億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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本作転移歴200年前後のナザリック地下大墳墓の面々の日常の風景を、例によって無駄な解像度で描く小話を3話全4回、3日毎に連投します。
今話は、そもそも大魔王アインズ・ウール・ゴウンがその一日をどのように過ごしているのか、という定番(ベタ)ネタにちょっと捻りを加えてお届けする所存。作中言及される『憶持のオーバーロード』はこちら https://syosetu.org/novel/295669/


余5話 転移歴157年 日常的でない日常
日常的でない日常


 ピピッ、ピピッ、ピピッ……。

 

「もうそんな時間か。」

 

 アインズの朝は早い。

 

 骨の指が伸びて目覚まし時計の警鐘(アラーム)()める。

 時刻は()()四時。

 

 ユグドラシルのゲーム内時間は<現実(リアル)>の日本時間と午前、午後が反転していた。つまり大半の日本人プレイヤーの生活時間との間に十二時間の時差があったことになるが、真っ当な生活を営むプレイヤーはユグドラシル時間の午前八時頃から冒険を始め、午前いっぱいを探索に費やして午後に入れば落ちる、のが一般的だった。

 この仕様はこちらの世界に転移して以降も継続されているようで、ナザリック地下大墳墓内の時刻同期機能を有する時計は(みな)、同地上部の外界に対し十二時間ひっくり返った時刻を示している。

 

 つまり、只今の現地時刻は午前四時、ということになる。

 

 アインズの前身、人間鈴木悟は、勤勉な男では決してなかったが被酷使(ブラック)会社員として時間に几帳面な生活を送っていたことは間違いなく、その性向はこちらの世界に渡り人間でなくなってしまった以降も、ナザリック内の時計がそうであるように、引き続き継続されていた。

 

 彼自身は不死者(アンデッド)の特性により睡眠を必要としない……というか、眠る、という能力(スキル)を欠いている、といった方がよいかも知れないが、既にこの時期、アインズを気遣ったアルベドの淫魔(サキュバス)の魔力による束の間の微睡みは与えられてはいたものの、当の本人はそれを記憶しておらず、自覚的には特別に要対処の事態が起こっていない限りは、現地時間の夜間は自室に籠もって考え事をしているのが常だ。

 これは、少なからぬ下僕(しもべ)が銘々の種族特性に従って睡眠を必要としており、これまたユグドラシル由来の仕様により、そういった者たちは最低でも一日四時間以上の睡眠を取らないと翌日の行動に制約(ペナルティ)を受けてしまう……ユグドラシル時代のプレイヤーたちはその時間は安全な場所に自身の分身(アバター)を置いて真っ当に出勤したり登校したりしていたので、この仕様自体は実質的には問題にならなかった……一方、アインズがずっと行動し続けていると(みな)それを憚って睡眠を取らなくなってしまうので、アインズは率先して休息している()()をする必要があったため、である。

 

「さて……と。

 <虚偽情報・生命(フォールスデータライフ)>、<攻性防壁(リアクティブプロテクション)>……」

 

 アインズの一日は、これまたユグドラシル時代からの習慣となる、効果時間一日の各種防御系強化(バフ)を自身に掛け直すところから始まる。

 彼自身、こんなことしなくてもいいんじゃないか、と思わないでもなかったが、万が一にもそれを怠った日に限って「あー、やっとけばよかった!」と悔いる事態に陥るのに耐えられない性格のアインズは、馬々鹿々しくもあろうはずもない難敵への備えを欠かすことができないのだ。

 

「<伝言(メッセージ)>。

 ……ニグレド、おはよう。特に何も変わりはないか?」

 

 ナザリックの防衛の(かなめ)であるニグレドに一声掛けるのは、こちらの世界に渡りきてから身についた習慣だ。

 ニグレドはアインズ同様睡眠や休息を必要としない存在で、何か異常を察知すれば速やかにアインズにそれを知らせてくれるが、何らかの事情でニグレドが即応不可能な状態に陥っていない保証はない。だから、日に一度ニグレドが変わらず監視を継続してくれているのだ、と確認することで安心する、という、これまた心配性のアインズらしい日課になる。

 

(あたしィィィの赤ちゃあァァァん!)

 

 ……あ、忘れてた。

 今、ニグレド壊れてるんだった!

 

 双子闇妖精(ダークエルフツインズ)アウラとマーレが禁断の愛の結晶、双子の子どもベロ、ベラを得て以降、ニグレドはずっとこんな具合だ。いまだあどけないベロ、ベラを目の届かないところへやろうとすると途端に肉切り包丁を振りかざしたニグレドが追ってくるので、乳母役のペストーニャ・ワンコ、ユリ・アルファを含め、ベロ、ベラは第五階層(氷河)のニグレドの部屋で共に暮らしている。

 

「ゴホンッ!

 あー、今日もベロ、ベラを可愛がってやってくれ!」

 

(はーーーい、アインズ様ぁ!)

 

 ……タブラさんも、罪な設定を仕込んでくれたものだ。

 

 仕方がないので本件対策に召喚しナザリック外苑に配している多数の集眼の屍(アイボール・コープス)と順に接続して正常動作を確認する。こちらも、何か異常があれば向こうからアインズに警告(アラート)を発してくれる存在であり、万が一何者かに撃破されればアインズはそれをたちまちに知ることができるが、アインズの側から接続を試みないと、何らかの(トラップ)にかかって行動不能に陥っている等には気付けない。

 

 続いてアインズは、小さな(テーブル)の上に目立つように置かれた書付(メモ)に目を()る。目下のお決まり事(ルーティン)は毎日やっているがゆえに記憶に鮮明ではあるが、自身の有り様から考えてその記憶には常に不安がある。なので、最低限、今の自分がどういう状況なのかを毎朝振り返るのも、これまた欠かさず繰り返される日課だ。

 

 書付の先頭は、

 

  <ニグレド故障中>

 

だった。

 

 こっちを読むのが本来先だよな、そうだよな!

 

 昨日の朝も多分同じことをやってるよな、オレ!と自分自身に突っ込みつつ、ザッとアインズは書付を流し読んだ。そこには目下のナザリックの運営体制、最も留意すべき外界の存在としての白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの概略、等が書かれている。これらを確認した頃になると、自室の扉がノックされる。

 

「おはようございます、アインズ様。

 本日のアインズ様当番、リュミエールで御座います!」

 

 正直なところアインズ自身は、そんなことしてくれなくてもいいのに、と思わないでもなかったのだが、第九階層(ロイヤルスィート)のメイドたちは日替わりで回ってくる「アインズ様当番」に大層ご執心で、毎朝の出御に当たりアインズの身支度手伝いと執務室、または玉座の間への先触れ露払いの役を欠かさなかった。

 緊急事態が生じている場合を除き、アインズが自分で勝手にそれをおこなおうものならその日のアインズ様当番がヨヨと泣き始めて収拾がつかなくなるので、これまた馬々鹿々しくもアインズはその来室を待たねばならないのだが、下僕たちの欲するところに応えるのもこれまたナザリック地下大墳墓の(あるじ)たる自身の務めである、というのは先程流し読んだ書付にも記された大原則であり、そもそもアインズはそうすることが好きなのだから厭うようなものでもない。

 

 簡素な部屋着から金糸銀糸が彩られた神器(ゴッズ)級の漆黒の装束(ローブ)への召し替えをリュミエールに手伝ってもらった後、アインズは彼女を伴って執務室に向かって歩き始めた。ギルドの指輪で転移してしまってもかまわないのだが、こうして自らの足で歩むことで少なからぬ下僕たちと接する機会が増えるし、アインズはナザリック地下大墳墓内を歩き回るのがこの上なく好きなのだから、これまた厭うことでは決してない。

 

「おはようございます、アインズ様!」

 

 すれ違うメイドたちがリュミエールに羨望の眼差しを注ぎつつ朝の挨拶を捧げ、アインズもまたこれに軽く片手を挙げて応じていく。

 

「アルベド、アインズ様の御成りで御座います。」

 

 そう言いながらリュミエールが執務室の扉を開くと、中には守護者統括、アインズにとっては事実上の(きさき)となる白衣の女淫魔(サキュバス)アルベドが恭しく跪礼を捧げて待ち受けていた。

 

「おはようございます、アインズ様。」

 

「あぁ、おはようアルベド。」

 

 リュミエールを外に残してアインズは執務室に入る。以降リュミエールは、執務室の扉の前でアインズの謁見を求める者の取り次ぎをおこなうことになる。

 

 アルベドは、アインズ同様に睡眠を必要とはしない存在だが、アインズとは違って眠ることはできる。これには彼女自身に対し一定の強化(バフ)の効能があるが、それを求めて彼女が自主的に眠ること、は基本的にはない。

 決まってアインズとの情事の後に数時間の眠りを貪るのみで、他は、玉座の間か、あるいは此処、執務室にあってナザリック地下大墳墓の管理運営に二十四時間体制で従事している。アインズとのお楽しみの間、または月に一度の休暇を兼ねたアウラ、シャルティアとの女子会に際しては、デミウルゴス、またはパンドラズ・アクターがその任を代わって執り行う。

 

「昨夜来、特に異変は御座いませんでした。

 目下、アウラ、マーレ、デミウルゴス、コキュートスが外征中で御座います。」

 

 跪礼のままそう報告するアルベドの横を通り過ぎてアインズは執務机に着座し、片手を挙げてアルベドに自身の傍らに来るよう促した。アルベドは素直にこれに従う。

 

「コキュートス……が外に出てるんだっけか?」

 

 何だったっけ?とアインズは頭を捻るが、たちまちに思い出せない。

 

「御身の新たな狩りの獲物を探して、と聞いております。ナーベラル・ガンマを伴っておりますのでご心配には及ばぬものかと。」

 

「……じゃぁ、デミウルゴスには誰が?」

 

 階層守護者が外征するに際しては、不測の事態に備えて<伝言(メッセージ)>が使える助手を伴うのは、こちらの世界に渡り来て以降のナザリックの大原則の一つだ。

 

「デミウルゴスは、非常勤政治顧問としてスレイン報国を(おとな)っておりますので。」

 

「あぁ、そういうことか。」

 

 デミウルゴスがこの任に当たるに際しては、訪問先がかつての六大神のギルド拠点遺構内部に限られることから、よもや不測はあり得まい、といつからか助手の同伴が特例免除されている。

 そもそも訪問の目的が、けしからんことに非常勤政治顧問だけではないので、()()()、曲がりなりにも女性の戦闘メイド(プレアデス)を待たせることを憚って、という側面もある。

 

「……で、今日は何だったかな?」

 

 ナザリックにおいて、何かをする、しないの、すべての決定権はアインズにある。

 一方で、具体的に()()するか、については、アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターのいわゆる三賢者(トリニティ)からの発議に委ねられている。

 

 君臨すれども統治せず……絶対権者が(ほしいまま)に振る舞う体制の脆さを憚ってのもの、と言えなくもないが、そもそもはアインズ、かつてのモモンガ、鈴木悟も、彼自身に何かをしたい、といった積極的な意思は皆無に等しく、至高の四十一人と称されたギルメンたちが銘々気儘に、アレをやろう、いやコレだ!と提案してくるところの利害を調整してギルドとしての意思を形成することを好んだものだが、それがこれまた今なお継続されているもの、といったところが正しい。

 そもそもアインズには、ナザリックを存続させる、下僕たちに面白可笑(おか)しく日々を過ごさせる、以外のことにはほとんど興味関心がない。転移以来百五十年以上を経て、今後もやって来るだろう来訪者(ユグドラシルプレイヤー)からもたらされる危険を除けばほぼ盤石なナザリック永続体制を確立してしまったアインズには、何かをしたい、という自発的な意思は、時折発作的に起こる狩りの衝動を除けばまったくなかったのである。

 

「エドモン・ウェルズのギルド拠点遺構を守護しております地下聖堂の王(クリプトロード)の慰問、が予定されております。」

 

とアルベド。

 

 ……何だったっけ、それ?

 

 太古の昔、フランス人プレイヤー、エドモン・ウェルズが操った妖巨人(トロール)錬金術師(アルケミスト)の成れの果てがもたらした<翻訳の神秘>は、ナザリックの面々にとっても最早欠くべからざるものではあったが、現下のそれは地中深くに埋められたギルド遺構内でアインズが召喚した多数の不死者(アンデッド)により守護されており、来訪者にせよ在地の者にせよ、そういった連中がこれを侵犯する危険(リスク)はほぼゼロだ。

 そういう(たぐい)のものをいちいち憶えていられるほどの記憶容量の余裕は、アインズはもちろんアルベドにもない。

 

「それはこういう次第で御座います。」

 

 アルベドは、事前に用意していた書面から<憶持のオーバーロード>のあらすじを掻い摘んで説き聞かせる。聞かされているアインズは、いつものように口が半開きだ。

 

 毎度のことながら……エラいことをしてきてるな、オレ。

 

「セバスが参りました。」

 

 そんなことをしているうちに、室外からリュミエールの声がする。アルベドが「中へ」と告げると、こちらもいつものように乱れ一つない執事服に身を包んだ竜人セバス・チャンが、つかつかと背筋をぴんと伸ばした姿勢で入って来た。

 

「少し早いか、とは思いましたが、本日はアインズ様のお出かけの(とも)を、と伺っておりましたので参上いたしました。」

 

 三賢者が立案する行動計画は前以て(ほか)の下僕たちにも差配されているので、セバスのような几帳面な性格の者は言われずもがなにこうして姿を現すのが常だ。

 アインズ自身は、地下深くに埋もれる密閉空間を訪問するのに前衛なんぞ要らんだろ、と思わないでもなかったが、アインズの外出に際して近衛がつくことを決めたのも(ほか)ならぬアインズだし、今更セバスに「いや、おまえ別に要らんから」と告げればセバスが「(わたくし)めに何か至らぬところが御座いましたでしょうか!」と騒ぎ出すのは目に見えているので、素直に差配に従う。

 

 これもまた、延々と繰り返されてきた日常だ。

 

「ゴホンッ!

 では、アルベド。行ってくる。

 留守を頼むぞ。」

 

「はっ、ご武運をお祈り申し上げます。」

 

 ……誰と戦ってこい、と言ってるんだ、おまえは?

 

とアインズは思うが、この台詞はユグドラシルの時分から、ギルド拠点を出撃していくプレイヤーに対してNPCから発せられることが定められた定型句で、意図を問うことに意味はない。

 

「<転移門(ゲート)>!」

 

 アインズは、自身が召喚した地下聖堂の王(クリプトロード)の現座標近傍に向かって道を開いた。

 

 

                    *

 

 

「これはこれはアインズ様。慰問に当地をお尋ねくださるとは何とも有り難いことで御座います!」

 

 エドモン・ウェルズの遺産、<翻訳の神秘>をもたらすところの<ロゼッタの石碑(ピエール・ド・ロゼッタ)>、その力を世界全域に波及させる世界級(ワールド)アイテム<巫女(ヴォルヴァ)の布告>の目前に<転移門>を(くぐ)って現れたアインズ、セバスを出迎えたのは、骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)司書Jだった。

 

 ……え?

 なんで、おまえ、こんなとこに居るの?

 

と、これまた身勝手にもアインズは思うのだが、もちろん、自身が仕込んだ悪戯(いたずら)でツアーの居城を吹き飛ばした真相に通じる司書Jをここに島流しして口封じしたことなど忘却の彼方で、ツアー自身が真相に(とう)に気づいていることも、これまたアインズの知るところではなかった。

 

 ……ま、いっか!

 

「うむ、出迎えご苦労。

 おまえたちの働きあって、世界は今なお<翻訳の神秘>に満たされている。改めて礼を言わせてもらおう。」

 

「な、な、なんと勿体ないお言葉!」

 

 司書Jは深々と平伏し、周囲の不死者(アンデッド)たちもそれに倣った。

 アインズ、セバスはもちろん、この場に居る誰もが物を見るのに灯りを必要としない者ばかりだ。エドモン・ウェルズのギルド遺構の玉座の間は、<巫女(ヴォルヴァ)の布告>が変わらず放ち続ける淡い光でのみ照らされ、その他には何も光源はない。

 ふと、アインズは、かつてギルドの円卓の間であった部屋の壁に、何か模造紙のようなものが貼られていることに気づいた。その視線を察知したものか、すかさず司書Jが説明を加える。

 

「如何せん変化のない毎日で御座いますので、皆の士気を高めるべくいろいろと工夫をして御座います。」

 

 見れば、こんなことが書いてある。

 

 <今月の標語:

   おかしいな、と思えば報連相!その気づきがよもやを防ぐ

 

        敵無侵入継続中 七〇〇五日目

 

                     今日も一日ご安全に!>

 

 ……なんじゃこりゃ?

 

 日数の部分は差し替えられるようになっているが、その期間は出立前にアルベドに聞いた、当地に地下聖堂の王(クリプトロード)が封じられた五十余年前から経た時間の半分にも満たない。それはそれで疑問だが、地中深くに()()()()にされたこいつらを、いったい何処の誰が襲うと考えてこれをやっているんだろう?

 

「あ、アインズ様!

 日数のところは、(わたくし)めが当地に赴任した日から起算して御座いますれば、決して過去に侵入者を許したことがあったわけでは御座いません。」

 

 司書Jはアインズの懸念を即座に見抜いて補足してみせたが、むしろアインズを当惑させていたのはあろうはずもない侵入者の有無ではなく、この張り紙の調子が否応なく思い起こさせた、同志ヘロヘロと語らったところの被酷使(ブラック)会社員であった己の前身の身の上だ。

 

 こういうの……()だよねー、ってヘロヘロさんとよく愚痴ったよなぁ。

 これも<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>に刻まれた記憶の()せる(わざ)……なのだろうか?

 

「ゴホンッ!

 いや、Jよ。素晴らしい工夫だ、今後もよろしく頼むぞ!」

 

 まぁ、こう言っときゃ不満もないだろう。

 

「ははっ、お褒めの言葉を頂戴し恐悦至極で御座いまするー!」

 

 ん?

 

「……オレだ。あぁ、エントマか。」

 

 突然<伝言(メッセージ)>が届いたので、アインズは骨の片手の平を司書Jに向けて制しつつこれに応じた。

 

「ふむふむ……ん?

 なに!在地の者から話しかけられただと!

 ……ほぅ、相手は以前からこちらを知っている様子?

 相手は名乗ったのか?……ピニスン?……なんだそりゃ?」

 

 エントマ・ヴァシリッサ・ゼータからの報せは、アウラ、マーレとトブの大森林を巡回中に、ピニスン、と名乗る森精霊(ドライアード)から話し掛けられた、というものだった。言うまでもなくアインズには、たちまちには何のことだかわからない。

 

「わかった、折り返すので少しそのまま待て!

 Jよ、おまえたちの慰問に来たのにすまないが緊急の連絡がはいってしまった。」

 

「いえいえ、(わたくし)どもに対してお気遣いなど不要です。どうぞ、御心のままに。」

 

 引き続き平伏したままの司書Jを余所に、アインズはこの手の緊急事態の対処を開始する。

 

「<伝言(メッセージ)>!

 

 あ、シズ?

 ……そう、オレオレ。そう、出先からー。」

 

 ナザリックの記憶の管理を丸投げしている後ろ暗さを誤魔化さんとするためか、神託娘(オラクル)シズ・デルタに<伝言>をつなぐと口調が必要以上に軽くなるきらいがアインズにはある。

 

「ピニスン、って何か調べてみてくれる?ごめんねー。

 ……あ、もうわかった。流石だよねー、シズ!

 ふむふむ……あぁ、そういうことか!

 いや、助かった。ほんとありがと!またねー!

 

 ふぅ……。

 

 <伝言(メッセージ)>!」

 

 アインズは矢継ぎ早に、エントマに約した折り返しの<伝言>を飛ばす。

 

「あ、エントマか。

 ピニスンについてはわかった、そいつは敵じゃない。トブの森、そのものだ。

 このまま待つから用件を聞き出してくれ。

 

 ……ふむふむ。

 一度ほど気温を下げて欲しい?」

 

 オレは……空調機(エアコン)かよ!

 

 一瞬苛立ちを覚えたアインズではあるが、そもそもトブの森に対して「必要があればいつでもオレが一発かましてやるから呼んでくれ!」と約束したのが(ほか)ならぬ自分自身であることは、先程シズから聞かされて承知している。

 なに安請け合いしてんだよ百年前のオレ!と思わないでもないが、今更そんなことを言っても仕方がないし、ナザリック地下大墳墓の維持費を支えるトブの大森林の実りに世話になっていることは疑いようもない事実であり、なればこそ、森との協約成立によって最大の懸案が解決したことに狂喜した当時の自分が大盤振る舞いを約したことは想像に難くなく、実際それが真相なので、彼らの求めに応じない理由はまったくない。

 

「……すぐに行くから、そのまま待たせてくれ。

 うん、じゃぁな!

 

 重ね重ねすまないが、急ぎの用ができたのでちょっと行ってくる。」

 

 アインズが申し訳無さそうにそういうと、いよいよ司書Jも恐懼した。

 

「恐れ多いことで御座います。どうぞ、御心のままに!」

 

 

                    *

 

 

「超位魔法!

 <天地改変(ザ・クリエイション)>!」

 

 求められるままに、アインズはトブの大森林全域の気温を一度下げた。

 

「うわー、ナザリックのみなさんはやっぱり凄いなー!」

 

 森精霊(ドライアード)ピニスンは、きゃきゃ、と無邪気に喜んで見せた。

 

 聞けば、ここ三十年!ほどやや気温の高い夏が続いていて、アインズを含め外界の気温になぞ影響を受けないナザリックの面々はその事実にすら気づいていなかったのだが、森の木々はずっと「(つら)いよねー」「うだるよねー」とボヤき続けていたのだそうだ。

 今年の夏が特に暑さが厳しく、決して致命的なほどのものではないが、協約を結んだナザリックの連中もいつでも頼ってくれていい、と言ってくれているんだから、今年の夏くらいは少し贅沢をしてもいいんじゃないか、という話になって、ピニスンはアウラたち一行に声を掛けたらしい。

 

 別にもっと早く言ってくれてもいいのに……三十年とは。

 しかも求めるのは、たった一度の冷却。

 当然といえば当然だが……底抜けに気長な連中だよなぁ。

 

「ありがとうございました、今年の実りは最高のものをお約束しますよ!」

 

 上機嫌にピニスンは言うが、アインズ的にはこれ以上ユグドラシル金貨の実入りが増えても使い道ないんだけどなー、今でさえ増える一方なのに、などと考えつつも、流石にこれは口に出さなかった。

 

「いや、こちらもおまえたちには世話になっているからな。

 今後も、必要があればいつでも遠慮なく声をかけてくれ。」

 

「ボクたちは気長なので、そうそうはないと思いますけどね!」

 

 知ってるよ!

 

 森の木々の中に溶け込むように消えていったピニスンを見送っていると、入れ替わりにアウラ、マーレが気まずそうに声をかけてきた。

 

「申し訳ありません、アインズ様ァ。急にお呼び立てしてしまって……。

 こればっかりは、私たちではどうしようもなくってー!」

「だ、大地を割いて、とかだったらボ、ボクでも何とか、で、できたんですが。」

 

 そりゃそうだろうよ。

 っつーか、大地割いて何するつもりだよ、マーレ?

 

「ゴホンッ!

 おまえたちが気にする必要はない。むしろ、我らの盟友たるトブの大森林の求める声を、迷うことなく速やかにオレに知らせてくれたのは大手柄だ。エントマにも合わせて礼を言おう。ありがとう!」

 

「「「ア、アインズ様ァ!」」」

 

 感涙に咽びつつ抱き合う三人の様子に、思わずアインズのない頬が緩むが、

 

「ん?」

 

 またもの<伝言(メッセージ)>着信に意識がそちらへ向かう。

 

「すまんな、ちょっと呼ばれた。」

 

と骨の片手の平を差し出してアウラたちを制し、呼び掛けに応じる。

 

「……オレだ。

 あぁ、ナーベラルか。いや、問題ない。今は出先だが……いや、死んでお詫びとかそういうのはいいから。」

 

 続いて<伝言>を届けてきたのは、今朝アルベドから、コキュートスに随従していったと聞かされたナーベラル・ガンマだった。

 

「ふむふむ……見たこともないような大物がいる、と。

 ほぅ……アベリオン丘陵?……なんだっけ、それ?……あ、いや、おまえの<伝言>の発信座標はわかるからいいよ、別に……いや、だから死んでお詫び、とかはいいから!」

 

 要約すればナーベラルの報せは、コキュートスと共に訪れたアベリオン丘陵でアインズの狩りの獲物に相応しい何かを見つけたが、相手が野生の動物であり今を逃すと機を逸する恐れがあるので、差し支えなければ来訪を乞う、というものだった。

 

 ま、ここしばらく何にも狩ってなくて飢え気味だったのも確かだし……ここは素直にコキュートスの好意に甘えさせてもらうか!

 

「アウラ、マーレ、エントマ!

 すまんが急用ができたのでオレは行く。今日はよくやった!」

 

「「「お褒めいただき光栄です、アインズ様ァ!」」」

 

「<転移門(ゲート)>!」

 

 感極まって叫ぶ三人を尻目に、アインズは次なる目的地へ飛ぶ。

 

 

                    *

 

 

「……これが大物?

 目付きの悪さだけは天下一品だけど。」

 

 ナーベラルが<伝言>を発した座標に飛んでみれば、そこはぎりぎり草原、と言えなくもない半砂漠で、蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスと、助手として随伴したナーベラル・ガンマ……に加えて、アインズの知るどんな存在よりも悪寒を感じる(ひど)い目付きをした女が佇んでいた。

 

「アインズ様ニモ見エマスカ、コレガ?」

 

とコキュートス。

 

「……いや、これを屠れ、って呼んでくれたんじゃないの?」

 

 大物、と聞いて(いだ)いていた期待感が空振った反動もあって、アインズの口調がやや雑になっている。

 

 どうにも事情がよくわからないが、アインズは目前に見える目付きの悪い女から、屠るべき生者の気配も、同類である不死者(アンデッド)の気配も、そのいずれも感じない。さりとて、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの操る傀儡のようなとてつもない強者のそれを覚えるでもなく。

 

 それはただ、見えている、だけだ。

 

「コレハ、ネイア・バラハ、ト申ス人間デシテ。」

 

 人間?

 こんな目付き(ジト目)の人間……いる?

 

 アインズの脳裏に浮かんだ疑問は、微妙に焦点(ピント)がずれている。

 

「ゴ記憶デハナイト思イマスガ、百五十年ホド昔ノ当地デノ狩リニ際シ、アインズ様ガゴ助命ニナッタ者デス。私モ仔細ハ(わか)リマセンガ、コノ地ノ守護精霊(ガーディアン)転生(クラスチェンジ)シタモノデハナイカ、ト、デミウルゴス、カラ聞カサレマシタ。」

 

 自身の甲殻に刻んだ記憶をチラ見しつつそう語るコキュートスに対し、まったく予期していなかったデミウルゴスの名が現れたことで、アインズはまたぞろ碌でもないことに違いないからなるべく仔細には触れたくない、という気分に陥っている。

 

「ナーベラル、ニハ、コノ者ガ見エヌソウデス。」

 

「はぁ?

 ……そうなのか、ナーベラル!」

 

「申し訳ありません。私にはコキュートスとアインズ様のおっしゃることがまったくわかりません。この上は死んでお詫びを!」

 

 即座に膝をついたナーベラルが抜刀した刃を自身の首筋に当てる。

 

「待て待て!そういうのはいいから!」

 

 一方、コキュートスに、ネイア・バラハと紹介された女は、この様子が見えているのかいないのか、声どころか何の反応も返すことなくその場に佇み続けていた。

 

「コノ者ト、何ラカノ意思疎通(コミュニケーション)ガ成ッタコトハアリマセン。私ガ当地ヲ訪ネルト、タダコノヨウニ其処(そこ)ニアッテ、(ひど)イ目付キデコチラヲ見ルダケ、ノ存在デス。」

 

 あ、おまえもコレ、酷い目付きだ、って思ってんのね。

 よもやとは思ったけど、デミウルゴスにとってのシロクロみたいな感じかと思って、内心ドキドキしたわ。

 

「まぁいいよ、毒にも薬にもならないんだったら、興味ないし。

 で、肝心の大物ってのは?」

 

「アァ、ソレハコチラニナリマス。

 <眷属召喚、古代大蜻蛉(サモン・メガネウラ)>!」

 

 コキュートスが一本の腕を差し出して技能(スキル)の発動を宣言すると、羽幅1メートルはあろうかという巨大なトンボが姿を現し、彼方の砂漠へ向かってぶーん、と羽音を立てながら飛んでいった。ややあって、アインズは突如地中から巨大な(せい)の気配が地上目掛けて駆け上ってくるのを感じる。

 

 ドガッ!

 

 大量の土砂が巻き上がり、太さが差し渡し2メートルもありそうな超巨大な蚯蚓(スーパーギガントワーム)が頭だけを突き出し、ぱくり、とコキュートスが召喚した眷属を呑み込んだ後、再び地面の中に潜っていって姿と気配が消えた。

 

 あぁ……こりゃ大物だわ。

 

 定石だと<失墜する天空(フォールンダウン)>で大地ごと吹き飛ばしてやる(たぐい)の代物だが、ついさっき超位魔法を一発お見舞いしたところなので、再充填時間(リキャストタイム)待ちでその使用が今は叶わない。こんな何の知性もない虫相手に大盤振る舞いが過ぎるような気がしなくもないが、さりとて出し惜しみするものでもないし、あの手でいくか。

 

「コキュートス。」

 

「ハッ。」

 

「あれ、一匹か?」

 

「ハイ。ソレハ確認済ミデス。当地ニハ普遍的ニ存在スル生物カ、トハ思ワレマスガ、アレハソノ中デモ突出シタ個体デハナイカ、ト。」

 

「ミミズ……だよな、あれ。」

 

「左様カト。」

 

「いっぱいあるよな、心臓。」

 

「ゴ推察ノ通リカト。」

 

「んじゃ、今一度眷属を召喚して釣り出してくれ。食われる前に上空へ飛ばして可能な限り引き出せ。それでいけるはずだ。」

 

「仰セノママニ!」

 

 コキュートスは、再び巨大なトンボを召喚してさきほど超巨大蚯蚓が現れた辺りへと飛ばした。俄に地中から尋常ならざる気配が伝わってくる。

 

「<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!」

 

 八の字に両の手を開いたアインズが(エクリプス)技能(スキル)を発動させた。その背後に機械仕掛けの時計が出現し、怪しげな鐘の音が満願成就への秒読み(カウントダウン)を開始する。

 刹那、獲物の頭が地中から突き出し、コキュートスは言われたままにトンボを中空へ向かわせ超巨大蚯蚓をさらに高く引きずり出した。

 

「<魔法標的複数化(マスターゲティングマジック)>!」

 

 魔法強化(エンハンス)により、準備は万端整った。時宜(タイミング)もばっちりだ。

 

「コキュートス、そいつをこちらへおびき寄せろ!」

 

 何処からか響き渡る鐘の音を背景に、トンボがアインズに向かって飛ぶのに合わせ、超巨大蚯蚓はその身に見合った巨大な口を開いて、まさにアインズを丸呑みにせんと迫る。

 

「<心臓掌握(グラスプハート)>!」

 

 そのときコキュートスとナーベラルは、蚯蚓に向かって何かを掴み取らんと突き出されたアインズの骨の腕が、無数に分裂する(さま)を見た。

 

 その姿は、さながら千手観音!

 

 ゴーン……カチリッ!

 

「終わりだ!」

 

 まさにアインズの目前僅か数十センチへ蚯蚓の口先が迫った瞬間、連鎖する炸裂音が鳴り響き蚯蚓の各体節が次々と弾き飛んでいった。辺りは撒き散らされた蚯蚓の体液で泥沼の如き様相を呈すが、アインズの身体(からだ)神器(ゴッズ)級の漆黒の装束(ローブ)はそれを(はじ)いてまったく汚れない。

 

 ぷっはーーー!

 こりゃ、(たま)らんわーーーーー!

 

 久々の、大物を死霊系魔法で一撃の(もと)に屠った満足感にアインズは酔いしれた。

 これだから狩りはやめられない!

 

 あ……これ、<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>、なくても良かったか?

 ま、いっか。減るもんでもなし!

 

「……コキュートス、ナーベラル。よくオレを呼んでくれた、感謝しよう。」

 

 アインズが厳かにそう告げると、素早く二人の下僕は共に跪礼を執って、

 

「恐レ入リマス!」

「有難き幸せ!」

 

と恐懼した。

 ただ、ネイア・バラハ、とされる幻だけが、変わらず立ち尽くしたままジト目でアインズを見つめている。

 

 うーん、薄気味悪いやつ。

 ま、いっか!

 

 ん?

 

 嘘だろ!また<伝言(メッセージ)>かよ!

 

 アインズが突然あらぬ方角に視線を向けたのに気づいたコキュートスが「如何ナサイマシタカ?」と気遣う様子を見せたが、アインズはいつものように骨の片手の平を差し出してこれを制し、

 

「しばし待て、<伝言>だ。」

 

と遮る。

 

「オレだ。

 ……ん?

 

 誰だ、おまえ?」

 

 アインズは、あろうはずもない男性の声が聴こえてきて当惑する。ナザリック勢でアインズに<伝言>してくる者は(みな)、女性NPCばかりだ。

 

「はっ?

 でびっど……ほー……そん?

 

 うーむ……すまん、掛け直すからちょっと待っててくれ。

 いや、すぐだから。ごめん、ほんとちょっと待ってて!

 

 <伝言(メッセージ)>!

 あ、シズ?ごめーん度々(たびたび)。あ、そう、大丈夫?」

 

 アインズは、<伝言>してきた謎の男の正体を探るべく、再び神託娘(オラクル)シズ・デルタに呼び掛けた。仕様上、面識ない者がアインズに<伝言>することは不可能だから、デミウルゴスの日記にその存在は記録されているはずだ。

 

「……あ、わかった?助かるー!

 ふむふむ……はぁ?……あ、そういうこと!

 ってことは、何か死にそうな声してたけど、ほんとに死にそうなんだ。

 うんうん……ともかく死んじゃう前に掛け直すわ。

 ありがとねー、シズ!

 

 <伝言(メッセージ)>!

 あ、ピー?まだ生きてる?」

 

 シズから、デイヴィッド・ホーソンが五十年と少し前にアインズと戦った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)であること、通称ピーであること、当時見た目三十代半ばの人間種であったピーは寿命が近いことが想定されることを聞き出したアインズは、慌てて折り返しの<伝言>を飛ばした。

 

「あ、生きてた!

 あー、でももう長くないんだー。そっかー、まぁ、しかたないよな人間だもんな。

 え?生きてるうちにギルド武器の引き継ぎがしたい?

 いやいいよ、別に。()らんし。

 ……あー、いやいや、昔のオレは借金のカタとかそういうこと言ったのかも知れないけどさー、もういいじゃん、そういうの。時効だよ、時効。こっちも返せ、とか督促してたわけじゃないしさ。

 いや、泣くなよー。別にいいよ、気にしなくて。

 ……うんうん、あぁ、オレもおまえが楽しんでくれたのなら嬉しいよ!

 あぁ、そうだな、そうだよな。また何年後かにギルド拠点の遺品は貰いにいくから。

 ……うん、わかった。達者でな、いや、もう死ぬのか。あぁ、冥福を祈るよ。じゃーな!

 

 待たせたな。」

 

 振り返ると、コキュートスが大顎を大きく(ひら)いてぽかーん、としている。

 

「あぁ……気にしなくていい!大した話じゃないから。

 ……いや、どう考えても忘れるよな、これ。

 

 <伝言(メッセージ)>!」

 

 何だか今日は慌ただしいなぁ、と思いつつさらにアインズは<伝言>を飛ばす。

 

「……あ、パンドラ?

 そう、オレオレ。

 

 ピーがもう寿命で死ぬんだって。

 ……あ、そうか、そりゃおまえもいきなりこれじゃ意味わからんよな。

 

 うーむ……。

 とにかく、だ!

 五十年ほど前にやり合ったプレイヤーがもう死ぬんだ、って連絡くれたんだよ。

 え?いや、今さっきだよ。

 で、こっちが遺品を貰うことになってるんだけど、どう考えても忘れるからさー。

 うん、そうそう。

 死にかけのとこに押しかけても悪いからさ。そうだな……あと二十年もしたら確実に死んでるだろうから、それから回収班を送り込めるように、適当に算段しといてくれる?うん、そうそう。折角連絡くれたんだし、忘れたら悪い、と言うかもったいないでしょ?

 あ、何とかできる?すまん、面倒臭いこと頼んで。

 じゃ、後始末は任せたからー!

 

 待たせたな。」

 

 振り返ると、引き続きコキュートスは大顎を大きく(ひら)いてぽかーん、としたままで、何故かその隣にネイア・バラハだ、という女の幻が並んで立っていて、こちらもジト目のままなのは変わらずだが、不思議とアインズにはその表情が、漏れ出そうな笑いを必死に(こら)えているようにも見えた。

 

 ……いろいろとおかしいのは自分でもわかっている。

 笑ってくれるな!

 

「……コキュートスもナーベラルもここにはもう(よう)ないだろ?

 <お助け玉(レスキューボール)>使ってシャルティア呼ぶのももったいないから、一緒に帰るか!」

 

 

                    *

 

 

「……という慌ただしい一日だったんだが。」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 コキュートス、ナーベラルを連れて帰投したアインズは、アルベドといつの間にか戻っていたデミウルゴスの出迎えを受けた。

 

「念のために訊くが……おまえの仕込み、じゃないよな?」

 

「御冗談を、アインズ様。私はスレイン報国へ非常勤政治顧問の任に出ておりましたので。」

 

とデミウルゴス。

 

 言下に否定してみせるわりに……その三日月型に楽しげな口はなんだ!

 それに、シロクロのところに行ってた、というのもあからさまな現場不在証明(アリバイ)工作っぽくないか?

 

「お疑いであればシロクロに御下問あれば……」

 

 おまえに身も心も捧げてるヤツの証言に何の意味があるんだよ!

 

「さしものデミウルゴスも、トブの大森林の森精霊(ドライアード)、アベリオン丘陵の超巨大蚯蚓(スーパーギガントワーム)、ユグドラシルプレイヤーの寿命を使嗾することはできませんでしょう。お考え過ぎではありませんか?」

 

 うふふ、と微笑みながらアルベドがそう執り成しを図るが、本当にそれはデミウルゴスにできないことなのだろうか、とアインズの不安は募るばかりだ。

 

「それに。」

 

とデミウルゴス。

 

「仮に(わたくし)めにそんなことができたとして、何の得が御座いましょう?」

 

 まぁ、そう言われりゃそーだけど、オレが困惑してりゃそれだけでおまえ楽しそーじゃねーか!と思いつつも、何か証拠があるわけでもなく、とりたてて被害があったわけでもないので話はそのまま沙汰止みとなった。

 

 

 

 それから一週間ほど経った頃。

 

「何かお役目があってのことかとは思いますけど、絶対に困る、というほどではないですが、それでも権限上のことで問題が生じることもあるので、セバスを長く不在にするのであれば代行を立ててもらわないと。」

 

 守護者統括アルベドに対し第九階層(ロイヤルスィート)メイドを代表してシクススから苦情(クレーム)が入り、これを伝え聞いたアインズは慌ててエドモン・ウェルズのギルド拠点遺構に忘れ物を迎えに行った。当の忘れ物、ならぬ忘れられ(もの)(あるじ)に失念されていたことを気にするでもなく、一週間を司書Jと西洋将棋(チェス)をしながら過ごしていた。全戦全敗だった。

 このオチに、やはりこれはデミウルゴスの仕込みに違いない、と確信したアインズは、そうであるとして、アイツはこれをいったいどうやって実現しているんだ、としばし眠らぬ幾夜を過ごす羽目になったが、やがて雑事に紛れて忘れ去っていった。

 

 なればこそ!

 

 なればこそ大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、仔細こそ異なれども似たような日常……何故か毎回セバスが何処かに置き去りにされる……が、十数ヶ月に一度欠かさず繰り返されているという冷厳な事実に、(つい)ぞ気づく機会はないのであった。

 

 

 

「親愛なる読者諸兄の皆様。

 皆様も(わたくし)がこれを差配したもの、とお疑いであるかのように思いますが、これらはすべて我が至高の(あるじ)の類稀なる威徳と強運が招き寄せるものであって、(わたくし)如き浅学不才に為せようはずもありません。これは、()()()()()真実です。それでは皆様、御機嫌よう。」

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

「恐れ多くもアインズ様の名を騙る不届き(もの)が御座います!」

 いや待て!
 それ、以前(まえ)にもやったよなー?そうだよなーーー!

 億劫のオーバーロード余6話『偽漆黒の英雄(モモン)事件』

 あー、今、<嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>ぶっ(ぱな)したら気持ちいいだろうなー。
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