億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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今話は、ナザリックの面々が記憶を維持できない、という本連作(シリーズ)特有の設定を逆手にとった、憶断のオーバーロード https://syosetu.org/novel/288329/ の焼き直しのようで焼き直しでない、そんなお話。


余6話 転移歴223年 偽漆黒の英雄(モモン)事件
偽漆黒の英雄事件


「おまえさー。」

 

と、漆黒の全身甲冑(モモン)姿のアインズ。

 

「はっ?」

 

と、大きな荷物を担ぎながら老婆の手を引く執事セバス・チャン。

 

「何しに来たか……わかってる?」

 

「……お許しください、モモン様。

 さりとて、難儀している者を見過ごすことは、我が創造主の面目に賭けて……」

 

「あぁー!わかった、わかった!

 好きにしてくれ!」

 

 雲一つない晴天下、城塞都市リ・ボウロロールの大通りを二人は歩いている。

 周囲には既に随分な人だかりができていて、中にはアインズに向かって手を合わせて(おが)む者、跪礼を捧げる者もあり、さきほど(らい)の困惑は増す一方だ。

 

 これが……。

 

 これがデミウルゴスの仕込みでないとしたら、何だというんだ!

 

 ペカーーーッ!

 

 漆黒の甲冑が全身から神々しい緑色の光を放つと、周囲の町衆のざわめきはなお増して口々に喚呼が起こる。

 

「「偉大なる漆黒の英雄!」」

「「慈愛溢れる陛下!」」

 

 あー。

 こんなわけのわからないことになるなら、誰かに任せりゃよかった。

 

 

                    *

 

 

「恐れ多くもアインズ様の名を騙る不届き(もの)が御座います!」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 狡知の参謀デミウルゴスから緊急事態として招集がかかり、主だった階層守護者たちが(つど)っている。

 

 開口一番、やたらと愉快げに両手を振り上げつつそう告げたデミウルゴスに、たちまちに玉座の間はざわめきに包まれた。直情傾向の強いシャルティア、アウラ、比較的情緒の安定して見えるコキュートスまでもが「今すぐ打って出るべし!」といった構え。

 

 ふと、思うところのあったアインズは、それらには目もくれず自身の所持品(インベントリ)に個人的な書付(メモ)を探る。そこに予期した通りの記述を見つけたアインズは、ざわついたままの下僕たちを放置したまま小声に、

 

「<伝言(メッセージ)>。」

 

をつないだ。

 もちろん相手はナザリックの記憶を司る神託娘(オラクル)シズ・デルタだ。

 

「あ、シズ。オレオレ……そう、(いま)玉座の間。

 ちょっと調べて欲しいんだけどさー……あ、ごめん、ちょっと待ってね。

 

 騒々しい、静かにせよ!」

 

 喧々諤々騒ぎ立てる下僕の声にただでさえ控え目のシズの声の聞き取りを邪魔されて、やおらアインズは怒声を放った。たちまちに玉座の間が静寂に包まれる。

 

「……あ、ごめんごめん。

 そうそう、オレの偽物……あー、やっぱりそうか!

 ありがと、助かったよ。また今度遊びに行くわ、じゃーな!」

 

 ぷつ、と<伝言>が切れ、何事かと注目する下僕たちをやはり無視したままに、アインズはひょいひょいと骨の手を振ってデミウルゴスを手招きした。

 招かれたデミウルゴスは、一旦「(わたくし)で御座いますか?」と言わんばかりに自身を指差し、アインズがこくこくと頷くのを認めてすすっと至高の主に歩み寄る。アインズは世界級(ワールド)アイテム<諸王の玉座>からそそくさと立ち上がって、何を思ってかデミウルゴスの肩を()き玉座の間の隅奥の方へと引き込んだ。

 しばしば手ずから創造した下僕パンドラズ・アクターが彼に対してそうするように、骸骨の相貌を接吻せんかの如くデミウルゴスに寄せて問う。

 

「……おまえか?」

「はっ?」

 

 デミウルゴスは「一体何の事で御座いましょう?」の表情を崩さない。

 

「また、おまえの仕込みか?と訊いている。」

「御冗談を、アインズ様!何を証拠に……」

 

「コレだ!」

 

とアインズは、さきほど自身の所持品(インベントリ)に見つけた小さな紙片をデミウルゴスに示す。

 

  <オレの偽物が現れたらデミウルゴスを疑え!>

 

と書いてある。

 

「な!

 いったい、いつ(わたくし)めがそのような無体な真似をしたと……!」

 

 こ、この……便利な空っぽ頭めが!

 アインズは、自分自身を棚上げして苛立った。

 

「さっきシズに確認した。既におまえには二度前科がある、らしいぞ!

 そして……二度あることは三度ある、って言うよなー?そうだよなーーー!」

 

 デミウルゴスに悪気などなく、ただただ退屈な日々を過ごす(あるじ)を楽しませようとやったことであることは百も承知のアインズではあるものの、シズが復命したところによれば、デミウルゴスは百年ほど前に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と野良妖巨人(トロール)をそれぞれ(にせ)アインズ・ウール・ゴウンに仕立て、立て続けに騒ぎを起こしたことがあった……みたいだ。

 

 おかしいのは、そもそもそれを詳細に記録していたのもデミウルゴス本人だ、という馬々鹿々しい事実なのだが、この際そんなことはどうでもいい。

 

「誓ってそのようなことは!

 アインズ様は、無二の忠誠を尽くすこのデミウルゴスめをお信じ下さらぬ、と?」

 

 いったいぜんたい、おまえのどこを信じろと言うんだ!

 

「……まぁ、いい。

 ただ、今度もおまえの悪戯(いたずら)だったら、説教で済むと思うなよ。

 

 ……何故そこで三日月型の笑みになる?いったい何を期待してるんだ、おまえは!」

 

 このような無駄なやり取りを経て、改めてデミウルゴスから事態の説明が始まった。

 

 曰く、人間たちがリ・ボウロロールと呼ぶ城塞都市があり、その周辺はアインズの狩りの獲物に捧げるに相応しい阿呆どもがよくよく現れる土地柄でもあるのだが、ここしばらくそういった連中が鳴りを潜める一方、新たな王が立った、と街が沸き返っているのだという。

 

 その王が、こともあろうに<漆黒の英雄(モモン)>だというのだ!

 

「……んなこと、オレ、した?」

 

 自信なさげにアインズが問う。

 記憶にないことが自身の潔白証明にまったくならないことは、これまた百も承知だ。

 

「よろしいのではないでしょうか?」

 

と、楽しげな声を発したのはもちろん守護者統括アルベド。

 

「その者を転移強襲しアインズ様がその座に成り代わってしまえば、労なく一国が手中に収まりましょう!」

 

 ……なんでオレがそんな面倒臭いことに乗り出さにゃならんのだ!

 

「あちきにお命じありんせば……」

 

と、続いたのは鮮血の戦乙女シャルティア・ブラッドフォールン。

 

「……都市住民諸共皆殺しにして参りんしょう。幸いあちきなれば、人間どもに容姿を疑われることもありんせん!」

 

 殲滅するつもりなのに……見た目、関係あるか?

 

「アインズ様ハ無為ナ虐殺ハオ望ミニハナラヌ。

 <漆黒ノ英雄>ノ名ヲ騙ル不届キ者ト、ソノ取リ巻キデ十分デハナイカ。」

 

 オレは……コキュートスの方がまともだ、と評すべき、なのだろうか?

 

「待て待て!

 そもそもだな。そいつらが真似てるのがオレだと決まったわけでもあるまい。何ならツアーの傀儡(くぐつ)のつもりかも知れないじゃないか!」

 

 アインズがここしばらく外界での狩りに際して用いる偽装(ぎそう)漆黒の英雄(モモン)は、色違いなだけで白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの二代目傀儡にそっくりだ。

 

「いよいよアインズ様におかれましては、かの不遜な竜王(ドラゴンロード)を葬られますか?」

 

と、眼光鋭く至って真顔の執事セバス・チャン。

 

 なんでそうなる!

 この……お気楽極楽な脳筋(のうきん)どもめッ!

 

 もっとも、読者諸兄の目線からすればアインズ含め、五十歩百歩、目糞鼻糞であろう。

 

「これを報じた恐怖公眷属(ゴキブリ)によりますれば……」

 

と、語り始めたのは御曹司パンドラズ・アクター。

 

「漆黒の全身甲冑を纏った人物は確かにその人間の街の宮城(きゅうじょう)、最奥の玉座に鎮座しておるのが目視確認されておるそうで御座いますが、一方でその者は、強者の気配はおろか生者のそれすら放っておらず、魔法による偽装を警戒した眷属たちは一旦撤収したとのことにて御座いますれば、既に本百年紀の来訪者は片付いたものとは存じますが相応の注意は必要ではないか、と。」

 

 十年ほど前、ツアーによって発見されたユグドラシルからの来訪者、仮称動像寺院(ゴーレムテンプル)は、既に(あるじ)なく拠点廃墟で無秩序に蠢く姿を憐れんだアインズの必殺技で一網打尽にされた。次の<百年の揺り返し>は八十年は先の話であろうから、目下問題の(にせ)<漆黒の英雄>自身がそうであったり、あるいはその背後に来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が潜んでいる可能性を、ここにいる誰もが高く見積もっているわけではなかった。

 一方で、恐怖公眷属の報告は僅かに、ではあるもののその可能性を匂わすものであり、ナザリック地下大墳墓がこちらの世界へやって来るよりも以前にやって来て潜伏していた来訪者が関わっている可能性が、決してゼロではないのもこれまた事実。

 

「オレが見てくる。」

「「アインズ様!」」

 

 自ら品定めをしてくる、と宣じたアインズに、たちまちにアルベドとデミウルゴスが噛みついた。

 

「至高の御身自ら御出御(ごしゅつぎょ)なさらずとも、然るべき下僕を派すれば……」

「そうで御座います、どうか(わたくし)めにお命じいただければ……」

 

 アインズがその知に全幅の信頼を寄せる守護者統括(アルベド)参謀(デミウルゴス)(ハモ)り気味にそう言うも、今なおこれがデミウルゴスの仕込みである疑いを抱き続けるアインズとしては、決して殺されまではしないだろうがきっといろんな意味で(ひど)い目に遭うに違いない状況下へ下僕を送り込むのは躊躇われたし、()してやデミウルゴスに全権を委ねるなど狂気の沙汰以外の何物でもあるまい。

 

「オレが見てくるの!」

 

 疑心暗鬼が振り切って半ばキレ気味のアインズは、そう言い切って二人を黙らせた。

 

「セバス、(とも)をせよ。シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレは、よもやない、とは思うが、万が一の後詰めに備え待機だ、いいな?

 それからアルベド。」

 

「はい、アインズ様!」

 

 名を呼ばれれば、それだけでアルベドは声が踊る。

 

「オレが出ている間、こいつが余計な手出しをしないか見張っておいてくれ。悪気がないのはわかってはいるが、こいつが良かれと考えて何かすると、大抵(ろく)でもないことになる。」

 

 アインズは、(きっ)とデミウルゴスを指差しながらそう言った。

 

「承知いたしました。デミウルゴスもいいわね?」

「……なるほど、そういうことで御座いますね!」

 

 最早突っ込む気力の起きないアインズは、無言のままに出撃の準備を始めた。

 

 

 

 で……コレだ。

 

 オレを自分たちの王だと思い込んだ人間たちに囲まれ、セバスは迷子の手を引いて親を探しに行ったまま帰ってこない。

 

 阿呆かと!

 馬鹿かと!

 

 デミウルゴスが演出した状況にしてはいささかおとなしすぎる感がなきにしもあらず、ではあるが、今頃このオレの様子をアルベドと並んで寝座椅子(ソファー)にでもふんぞり返って<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)>で眺めながら、手を叩いて笑ってんじゃねーのか、あいつは!

 

 やっべ……酔いそう。

 

 アインズ、こと本物の<漆黒の英雄(モモン)>は目下百人ほどの市民に取り囲まれている。これほどの人数、しかも無警戒、無防備な生者たちに取り囲まれるのは、憶えている範囲にはもちろんなく、記憶の外にもおそらく前例がないだろう、とアインズは考えている。

 そして、死の支配者(オーバーロード)の本性によって生者を屠ることを欲するアインズにとって、今の状況は大量の酒樽に囲まれたアルコール中毒患者のようなものだ。

 

 あー、今、<嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>ぶっ(ぱな)したら気持ちいいだろうなー。

 

と、思考が物騒な方向へ傾き出したとき、人混みの向こうから武装した二十人ほどの一団が近づいてくるのを認めて、辛うじてアインズは正気を保つことが叶った。

 もっとも、何らかの危険を感じてのことではない。レベル総計で言えば、人混みも武装集団も大差はなく、魔法的な欺瞞も検出されないので、アインズからすれば単に人混みが少し増えただけだ。

 

 が。

 

 その武装集団を率いていると思しき髭面筋肉質、今目前にいる人間の中では確実に抜きん出てレベルが高い戦士風の男から、アインズに向けて声が発せられた。

 

「陛下、お忍びでお出かけとはお人が悪い!」

 

 男はこれみよがしな大声でそう言いながら、アインズに親しげに近づいてくる。

 

 こんな目立つ格好で……お忍びもクソもないだろうに。

 

 こいつは、オレのことを偽<漆黒の英雄>と思い込んで近づいて来るのだろうか。曲がりなりにも、陛下、と呼ぶ自身の主君と別人を間違えるかフツー?

 逆に、こちらが本物かどうかはともかく、自分たちが担いでいるそれとは別の<漆黒の英雄>と承知の上でこれをやっているのだとすれば……

 

 いい度胸をしている!

 

 そして、驚くべきことにさきほどアインズが自らに発した問いの答えは後者だった。

 アインズのすぐ横まで達した男が小声でこう言ったのである。

 

「思うところはおありかと存ずるが、仔細は追って説明するゆえ、今は群衆に手を振りつつご同道いただけないだろうか。」

 

 はぁ?

 

 しかし、ここでキレてしまうほど大魔王アインズ・ウール・ゴウンは大人気(おとなげ)なくはない。むしろ、よほど腹が据わっているのか、それとも底抜けの阿呆なのか、この人物に少しだけ興味が湧いた。

 

 戦士風の男が歩き出すのに合わせて、アインズは、若干の馬々鹿々しさを覚えつつも右手を軽く上げて群衆の歓呼を受けつつ男の(あと)を追う。男も肩越しにそれを認めた後は、黙々と先へ進んだ。

 

 こうして、このわけのわからない一行はリ・ボウロロールの宮城(きゅうじょう)に至り、ここで群衆とは別れた。そのまま城内を進み、途中で男が引き連れた一団とも別れ、アインズは男と共に人気(ひとけ)のない内庭に面した回廊を歩いている。

 やがて男は一室の扉を開き、右手を振り下ろす礼を執ってアインズに先の入室を勧めた。特に何の脅威も感じないので、そのまま中に入る。そこは簡易の謁見室か何かのようで、壁が紋章らしき模様が織り込まれた織布(タペストリー)で飾られており、簡素な玉座らしい椅子がある。

 

 背後で男が立ち止まったのを感じてアインズは振り返るが、目に入ったのは土下座する男だ。

 

 はぁ……?

 

「<漆黒の英雄>殿とお見受けする。」

 

 はて……どうしよう。

 殺すことを前提としてないヤツと会話するのは……自分が余計なことを口走らない自信がないので……避けたいところなのだが。

 

「そういう(ふう)に自分で名乗ったことは、ないんだがな。」

 

 とりあえず、一体何が起こっているのか、いたのかには少なからず興味があるので、当たり障りなく応じてみるのも悪くないだろう、とアインズは判断した。

 

「いつか、このようなことになるだろう、とはわかっていたのだが、それでも我々にはこれ以外に手がなかった。貴殿がお噂通りの英傑と信じ、許しを請いたい。」

 

「許すも何も。」

 

とアインズ。

 

「そもそもオレは、おまえが何を詫びているのかが……さっぱりわからん。」

 

「えっ?」

 

と男が床にこすりつけていた(ひたい)を上げた。

 

 

                    *

 

 

「んじゃ何か?

 おまえらは玉座にからっぽの全身甲冑を置いて、それを王だと言って国を治めてるのか?

 そんなことあり得るか?あり得んだろー常識的に考えて!」

 

 男が土下座した際の床の位置から動かないので、アインズも差し向かいに石床に胡座(あぐら)をかいている。

 およそこの世界においてもっとも常識から逸脱した人物から常識の欠如を問われているのだから、この男も随分と損な役回りを引き当てたものではあるが、怒鳴っているアインズの主観からすればそれが事実なのだから、どうしようもないことだ。

 

「貴殿の仰せはごもっともかとは思うが、とにかく我々には他に手がなかったのだ。」

 

 男はガジーボ・ストロノーフと名乗った。肩書きはリ・ボウロロール戦士団戦士長。

 男の祖先に今は亡きリ・エスティーゼ王国の戦士長があって……もっとも本人は、それは自身の祖父、あるいはその先代辺りが騙ったもので真実ではないと考えているらしい……その血筋を買われてこの地位にあるのだそうだ。

 

 ガジーボが、無理もないことではあるものの、アインズには記憶の片隅にすらない種々の固有名詞をわかって当然の口調で話すので、どうにもからっぽの骸骨頭には筋がうまく入ってこないのだが、大枠はこんな感じだ。

 

 当地、城塞都市リ・ボウロロールとそれを含む今は実体のないボウロロープ侯国は、長く支配秩序を欠いた状態が続いている。百年ほど前に有徳の子爵が出て一旦はリ・ボウロロールを掌握したかに見えたが、彼の死後にお世辞にも有能ではなかった実子たちの間で跡目争いがおき、逆に民からの信望厚く後継者に望まれた男爵が謀殺されて以降は誰も彼もが互いに疑心暗鬼の状態で、誰が統治者で誰が民で誰が賊なのか、混沌としたままだったのだそうだ。

 一方で、この状況下でも何とか日々の暮らしを繋いできた民達の間では、新たな自分たちの王として<漆黒の英雄>が立って秩序を回復してくれることを望む声が、ずっと燻り続けてきた。

 この名が世に聞こえるようになったのも百年以上も昔の話で、常識的に考えれば百年前のそれと今日(こんにち)のそれが同一人物であろうはずもないが、民は銘々勝手に自分好みの解釈を語って憚らなかった。

 

 <漆黒の英雄>は、ある特殊な剣技を一子相伝する者の間で代々継承される称号らしいぞ!

 

 とか。

 

 甲冑の中は実は闇妖精(ダークエルフ)で、故に長命であり、故に<漆黒>なのだ!

 

 とか。

 

 エ・レエブルに不死の吸血鬼(ヴァンパイア)の冒険者が居たというから、<漆黒の英雄>もそうであるに違いない!

 

 とか。

 

 転機となったのは、<漆黒の英雄>に続けて現れると噂の<進退を問う赤女狐(あかめぎつね)>……この下りでアインズは突如大爆笑し、ガジーボを驚かせた……に癒やされた者の中に、朧気ながら<漆黒の英雄>を目撃しその姿形を記憶に(とど)めた者があり、偶然その者が、ボウロロープ侯国の秩序回復を目指して帝国自由都市の有志の支援を受けつつ地下活動を続けていた一団と巡り合わせたことだ。

 

「貴殿に対しては極めて礼を失する物言いかとは思うが、民にとってみれば、目に見えさえすれば内実などどうでもよかったのだ。実際、彼らの間では貴殿が何者であるかについて百人いれば百通りの説があり、しかも皆、それのどれが真実であるかになど興味がなく、互いの話の気持ちのよい部分は気持ちよいままに呑み込んで、さらに尾鰭(おひれ)はひれを加えて広まっていく始末だ。本当に貴殿には申し訳ない限りなのだが。」

 

 ガジーボを含む一団は生存者の証言を元に全身甲冑を拵え、これを玉座に据えて<漆黒の英雄>の新生リ・ボウロロール王国国王即位を宣言したのだという。

 

 そりゃ恐怖公眷属もよもや……鎧だけ玉座に置いて王様扱いしてるとは夢にも思わんわな!

 

 玉座にあるのが伽藍洞(がらんどう)の鎧であることを知るのはガジーボの他に国の実務を司る者を中心に二十余名。今のところ市民にこれを疑う様子はまったくなく、何なら本物の<漆黒の英雄>が賊狩りをやった噂が街に届けば、中身が(から)の鎧に見た目よさげな姿勢(ポーズ)だけ取らせて輿(こし)に載せ、凱旋(パレード)までやると聞かされてアインズは困惑した。

 と言うのも、アインズ自身の記憶としてはここ数ヶ月この辺りで狩りをしたことはないはずなのに、ガジーボはつい先日もそれをやったばかりだ、と言うのだ。余程のことがないかぎり一ヶ月程度の記憶ははっきりしているので、この話にどこにも誤りがないのだとすれば、ガジーボたちが祝した賊狩りをやったのは<漆黒の英雄>ではない誰かだ。

 

 こんなわけのわからない話があるか、フツー?

 じゃぁ、こいつらの崇め奉る<漆黒の英雄>って……何処の誰なんだよ!

 

 一方でアインズは、ガジーボ・ストロノーフなる人物の胆力に感心しないでもなかった。

 市中を彷徨(うろつ)くアインズを取り巻いた町衆の騒ぎに気付いたこの男は、それが、自分たちが確信犯的に担ぎ上げた虚像の本物である可能性を承知の上で、どう応じるやわからぬ<漆黒の英雄>に一人対峙すべくこうして自分をここへ招いたのだ。早々と逃げ出す一手もないではなかったのに。

 

「……こんなことを貴殿にお願いできる義理でないのは百も承知の上で」

(ことわ)る!」

 

 ガジーボが(みな)まで言わずとも先が読めたアインズは、一言で斬って捨てた。

 感心こそしたものの、こんな向こう見ずな連中の尻拭いで王様ごっこに付き合わされて(たま)るか!

 

「そもそも、おまえらは大きな誤解をしている!

 いいか?オレは一度たりとも自ら<漆黒の英雄>などと名乗ったことはない……はずだ!」

 

「いや、それでも貴殿は実際に」

 

「それも誤解だ!

 耳の穴をかっぽじってよーく聞け。

 オレはムカつくやつを殺すのが、ただただ好きなんだ!」

 

「えっ?……えぇ!」

 

「おまえたちのために殺しているわけじゃない。それに……。

 今この瞬間は、勝手に他人(ひと)の行状を利用しているおまえらにも……若干ムカついてるぞ。」

 

 ゴクリ、とガジーボは息を呑んだ。

 目前にある<漆黒の英雄(モモン)>は、いろいろと想像していたのとは異なる妙なところがありこそすれ、話は通じる相手だと(かい)していたが、今々(いまいま)言われたところの、別におまえらを皆殺しにすることを躊躇う理由などない、と言わんばかりの物言いは、はったり(ブラフ)にも冗談(ジョーク)にも聞こえなかった。

 

「ま、いいよ。そこは。」

 

 ガジーボが二の句を継げずにいると、存外きさくな助け舟が出された。

 そもそもアインズとしては、どう考えても間抜けに過ぎるこの話に、これはデミウルゴスの仕込みではなかった!という安堵感が勝ち過ぎて、その仔細などどうでもよくなっている。

 

 皆さん、ご存知ですかな。中世欧州の大神学者トマス・アクィナスは、その遺骨を聖遺物(レリック)として欲する者たちに息を引き取るや否や遺体を煮溶(にと)かされたそうです。対して我が国では、弘法大師空海を皮切りに死すことなく奥の院で生き続けているとされる聖者があって、近世以降にもその二番煎じが多数生じているのですが、22世紀の今日(こんにち)にあっても、嘘か(まこと)か朝な夕なに膳を捧げられているものがあるとかないとか。

 一方で、これらを一概に荒唐無稽と(わら)えるかと言いますとそうでもないのでありまして、(ほか)ならぬ皆さんの中にも、万世一系の天皇家の血筋、などというあろうはずもない幻想(ファンタジー)を、存外素直に信じておいでの(かた)()られましょう?

 

 不意に脳裏に聞こえてきたギルド迷物タブラ・スマラグディナの蘊蓄にアインズは苦笑した。

 当時は面白くありこそすれ何の益体もないものだ、と考えていたそれは、存外(いま)のアインズが、共感できなくなって久しくなった人間存在を理解する上で、大きな助けになっている点は否めない。

 

「だが、こんな茶番は遅かれ早かれ露見して破綻するに決まっている!」

 

 敢えてアインズは、タブラの蘊蓄が示唆したところとは逆のところを口にしてみた。

 が、各種隠蔽(コンシール)で真の力量を包み隠しているとは言え力勝負など不可能、と理解しているはずのアインズに対し、意外にもガジーボは力強く反論してきた。

 

「それはそれで構わないのだ!」

 

 ……はぁ?

 

「たとえ僅か五年、十年であっても、この茶番で安堵する民があるのであれば……束の間の平和を享受できるのであれば、茶番は茶番ではない!ないはずだ!

 最近では町衆の婦女から、これで安心して子をもうけることが出来る、との声を耳にする機会が増えた。もちろん、今なお領内に少なからずある無頼どもから、我々が彼女らを守りきれるのかどうかはわからない。が、彼女らがそういう希望を(いだ)くことができるようになった、ただその一点を以てしても、我々はこの茶番を試みてよかった、と考えている。貴殿にとっては噴飯物であろう、とは思うが、その点だけはご理解いただければ有り難い。」

 

 モモンガさん、気負う必要などないんですよ。モモンガさんが非公式ラスボス、大魔王(ロール)の権化と噂されていること、キミ自身が必ずしもそれを歓迎していないこと、でありながら、皆の期待は裏切れない、とお考えなのも承知しています。

 が、結局のところ、何をしたところで、モモンガさんがどうありたいと願い実際どうあるか、と、我々ギルメンを含め(みな)がモモンガさんに何を期待しどうあって欲しいと願うのか、が、一致することはあり得ないですし、それが一致するとすれば、最早モモンガさんを動かしているのはキミではないか、あるいは、キミの他にこの世に人はないことになる……そうはお考えになりませんか?

 

 しばしばそんな言葉をかけてくれたのは、例によって死獣天朱雀だ。

 当時の鈴木悟は、いろいろと気遣って慰めてくれる死獣天朱雀に感謝しつつも、その真に意味するところは理解していなかったはずだが、今なればこそ、アインズには痛いほどに死獣天朱雀がモモンガに伝えんとしたことがわかる。

 それが、こうして自分が死獣天朱雀の言葉を思い出すからなのか、死獣天朱雀を含む至高の四十一人の記憶の上に自身が成り立っているからなのかは判じる(すべ)もないが、今のアインズにとって両者の間には本質的には違いはない。

 

 思えば、だ。

 

 ユグドラシル時代、非公式ラスボス、大魔王(ロール)の権化と謳われたモモンガであったが、それは、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガはそうであるに違いない、そうであって欲しい、と願った連中が生じさせた幻影なのであり、実態としての中の人、鈴木悟が大魔王とはほど遠い、少しばかり器用で他者に対する気遣いが不器用に過剰なだけの凡庸な人間であったことは、死獣天朱雀に言われるまでもなく(ほか)ならぬ当人、アインズ自身がよくわかっている。

 

 中身のない鎧が周囲の期待を得て力を現じた、という点では、当時のモモンガも同じだ。

 

 そして、こちらの世界に顕現して以降は比肩する者なき強者、恐るべき大魔王にして死の支配者(オーバーロード)であるアインズもまた、モモンガ、鈴木悟から生じた存在であるがゆえに、実質的には強面なだけの中身のない鎧だ。その自分が演じた<漆黒の英雄(モモン)>が、ガジーボが祭り上げるところのさらに中身のない別の鎧を生じさせたのだから、余程自分は中身のない鎧に縁があるのだろう。考えてみれば、こちらの世界唯一の友人(白金の竜王ツアー)も中身のない鎧だ。

 

「わかった。」

 

とアインズは簡潔に応じて立ち上がる。

 

「<漆黒の英雄>は、おまえらが勝手に言っている(まぼろし)であってオレとは関係がない。

 オレはおまえらのやることに興味なんかないし、どうせすぐに忘れる。」

 

 ガジーボは再び両手を床について、

 

「かたじけない!」

 

と謝意を示した。

 アインズとしてはすこぶる居心地が悪い。

 

「いや、だから……そういうのは()めよう、な!

 うーん、そうだな……。

 そう、たとえば、だ!」

 

 アインズは半ばやけくそ気味に放言する。

 

「たとえば……毎日自宅前の原っぱで、健康によかれと体操する男がある、とする。

 男が動き回るのを恐れて、鳥は原っぱに降り立たないわな。

 すると原っぱの虫たちは思うわけだ。あぁ、この男は我々を鳥から守ってくれている!」

 

 ガジーボの口がぽかん、と(ひら)く。

 どう考えてもこの文脈における、原っぱの虫、は自分たちのことだ。

 

「で、ある日虫は男に話しかける。あなたは我々の王です。

 男からしたら……はぁ?何言ってんだこの虫は、だろ!

 そもそも男は虫が居たことに気づいてないし、何なら体操しながら虫を踏み潰したことだってあったはずだ。その虫から謝意を捧げられて……どうしろと?どうしようもないよなーーー!」

 

 今しばらくぽかーんとした表情だったガジーボは不意に、はははっ、と笑い声をあげた。

 

「貴殿は……空恐ろしい御方だが、同時にとても愉快な御仁だ。」

 

 アインズも思わず、ククク、と笑いを漏らす。

 

「それだけが取り柄だ。これがなかったら、オレはただの化け物だ。」

 

 何かを悟ったものか、ガジーボは改めて居住まいを正し、目前の<漆黒の英雄>に問う。

 

「いささか順序が狂ったが……差し支えなければ、ご芳名を承りたい。」

 

 これにアインズはさらりと返す。

 

「オレの真名を知ることは、すなわち知る者の死を意味する。それでも敢えて名を問うか?」

 

 あぁ、この御方は我々如きにその名を問うことが許される存在ではないのだ、と感じ入ったガジーボは深々と最伏礼を捧げた。言っている本人は、

 

 決まった、オレ超格好良い(かっけー)

 

と悦に入っているだけだ、などということは彼に思い及ぼうはずもなし。

 

 ふと眩い光が生じたのを感じて顔をあげると、既にそこには<漆黒の英雄>の姿はなかった。

 ガジーボは、この邂逅を自身の胸一つに(とど)めることを決め、今一度<漆黒の英雄>が立っていた場所に向かって伏礼を捧げた後、意を新たにして立ち上がった。

 

 

                    *

 

 

 それから一週間ほど経った頃。

 

「何かお役目があってのことかとは思いますけど、絶対に困る、というほどではないですが、それでも権限上のことで問題が生じることもあるので、セバスを長く不在にするのであれば代行を立ててもらわないと。」

 

 守護者統括アルベドに対し第九階層(ロイヤルスィート)メイドを代表してデクリメントから苦情(クレーム)が入り、これを伝え聞いたアインズは慌ててリ・ボウロロールに忘れ物を迎えに行った。当の忘れ物、ならぬ忘れられ(もの)(あるじ)に失念されていたことを気にするでもなく、一週間をひたすら人助けに費やしていた。

 

「おまえらさー……見てたんだろ?

 何でその時点で言ってくれないのよ?」

 

とアインズは訴えたが、

 

(わたくし)めが余計な手出しをしないか見張れ、とアルベドに命じたのは、(ほか)ならぬアインズ様ではないですかー!」

 

と、例によって口を三日月型に歪ませて笑うデミウルゴスに切り返されて言葉を失った。

 

 うーむ、これもやはりデミウルゴスの仕込みだったのだろうか。あいつのことだ、きっと絶賛放置プレイ中のセバスがあの人間の街でひたすら益体もない人助けを続ける様を何処からか覗き見て、手を叩いて大爆笑していたに違いないが、そんなことのためにこんな仕込みするか?しないだろ、常識的に考えてー!とは思うものの、さりとてこれを言下に否定できない自分がいるのもこれまた事実。

 

 あー、誰か代われるものなら代わってくれ!

 

 結局、偽<漆黒の英雄>事件がデミウルゴスの仕込みによるものなのか、現地住民の創意によるものなのかは不分仕舞(わからずじまい)だった。

 

 

 

 新生リ・ボウロロール王国はこの後三十年も経たぬうちに、目敏くその虚偽性を見抜いたボウロロープ侯爵家の末流を自称する一団に蹂躙され、その命脈を絶った。新たな統治者は、自分たちの正統性を主張しつつも未だに徘徊の噂が絶えない<漆黒の英雄>を憚って、新生リ・ボウロロール王国が<漆黒の英雄>の名を騙った僭称者であったと声高に喧伝したため、<漆黒の英雄>が国王として即位したという逸話(エピソード)は、歴史に刻まれることなく忘れ去られていった。

 馬々鹿々しいことには、この自称ボウロロープ侯爵家の末流たちも、当初こそ慎重に振る舞っていたものの何処かで(たが)が外れて民草を虐げるようになり、本物の<漆黒の英雄>によって気まぐれの殲滅に遭う憂き目に至るのだから、まこと、国家の命運というものは計り知れないものである。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

 闇妖精(ダークエルフ)双子(ツインズ)の不意の攻撃が大魔王アインズ・ウール・ゴウンを背後から襲う!

「おまえたち……何の真似だ?」

 億劫のオーバーロード余7話『(なま)なる事実』

 嗚呼!
 まさにアインズ様はキェルケゴール、ショーペンハウアー、ニーチェを身読(しんどく)しておいでだ!
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