億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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今話は、本作独自設定となる双子闇妖精(ダークエルフツインズ)第二世代(セカンドジェネレーション)照明(スポット)した、より無駄に解像度の高い日常回。後編は3日後の公開となります。


余7話 転移歴302年 (なま)なる事実
生なる事実(1)


「やっぱり、あの子たちは面白いなぁ。」

 

 短金髪おかっぱ頭、すらりと背の高い美青年がそう漏らす。

 歳の頃は人間であれば十六、七、といったところだろうが、ややぽっちゃりの整った顔の左右に生える長耳は、彼が森妖精(エルフ)であることを(あかし)している。

 

「お、お(にぃ)ちゃーん。も、もう行こうよー。」

 

 背後から、やはり短金髪ざんばら頭の細身の美少女が不満げに声をかけたが「もうちょっとだけ!」と返されて、ふてくされる様子を見せた。

 

「ソ、ソリュシャンからも言ってやってよー!」

 

 少女は、さらに背後から二人の様子を興味深げに伺っていた豊満な美女に応援を求めたが、

 

「まぁ、よろしいじゃありませんか。

 見聞を広めるのは、決して悪いことでは御座いませんでしょう?」

 

と妖艶な笑顔で応じられて、ぷーっと頬を膨らませた。

 

 

 

 ユグドラシルから渡り来た双子闇妖精(ダークエルフツインズ)から生まれた第二世代、目下兄ベロ、妹ベラ、と名乗る二人は、お目付け役の戦闘メイド(プレアデス)ソリュシャン・イプシロンを伴って、トブの大森林の中を鍛錬(レベリング)を兼ねた哨戒に歩いている。

 彼らもまた双子であるがゆえに重ねた(よわい)は共に百六十五歳。種族特性により成長速度が遅いのでレベルは八十に達したところではあるが、もともとは彼らの護衛でもあったソリュシャンのそれを軽く超え、既にこちらの世界の大半の存在は恐れるところではなくなっている。

 

 さきほど(らい)、兄ベロが楽し()に観察しているのは、トブの大森林に住まう亜人種の中でも一大勢力の一つである蜥蜴人(リザードマン)の集落である。

 

 蜥蜴人は<現実(リアル)>におけるワニを直立させたような容姿の亜人種で、ユグドラシルにも相似の種族が存在した。当地においては、トブの大森林のほぼ中央にある大きな湖の周囲を取り囲む湿地帯に、五部族三千人ほどが暮らしている。

 ベロを面白がらせているのは、彼らが主食とする川魚を育てている生け簀だ。これは、一部に位階魔法を操る知性を有しつつも、長くは狩猟採集を中心に生活を営んできた彼らの文化の中では比較的最近に生じたもので、今から遡ること三百年前、緑爪(グリーンクロー)部族のザリュース・シャシャなる人物の創意から始まったものである。

 そもそものそれは、年毎に乱高下する安定しない漁獲量が潜在的に部族存続の大きな危険(リスク)になっていて、特に不漁の年には急場を凌ぐための同種共食いさえ生じさせていたことを憂いたザリュースが、救荒に備えた糧食保存の一策として試みたものであり、養殖と呼べるほどの規模のものでは決してなかった。

 彼らにとって幸いだったのは、そこから十年と経たずに南東の方角から屈強な小鬼(ゴブリン)人食い鬼(オーガ)妖巨人(トロール)を従えた、覇王、あるいは血塗れ、と称する……無論、本人がそう名乗ったはずはないのだが……人間の女傑の訪問を得たことで、当初蜥蜴人はこれを侵略者と見做して応戦する構えを見せたが、対するこのよくわからない陽気な混成集団は、自分たちの村の産物を大量に土産として持参しており、それを誰彼構わず大盤振る舞いしながら共生の可能性を説いて歩いた。

 蜥蜴人側はそもそも閉鎖的な気質を有していたこともあってたちまちにはこれを受け入れなかったが、彼らにもその名が届いていた東の巨人グが、腕試しと称して蜥蜴人きっての猛者、竜牙(ドラゴンタスク)のゼンベル・ググーと数合打ち合った後に発した言葉が彼らの心を動かした。

 

「無論俺モ、コイツラト和気藹々共ニ暮ラスナド御免被ルガ、存外コイツラハ(したた)カダ。断絶スルノハ(こころ)ミニ、少シ付キ合ッテカラデモ遅クアルマイヨ。」

 

 アッという間に数人の冒険者崩れの人間と小鬼(ゴブリン)工兵隊がやって来て、蜥蜴人が食糧確保に難儀していることを知るや、蜥蜴人が屈強でこそあれあまり手先が器用でないがゆえに悪戦苦闘していた生け簀の改良に乗り出した。加えて、カルネ村であり余っていた穀物、果実の類が支援物資として運び込まれたが、蜥蜴人にはこれらを食べる習慣がなかったので、当初は腹の足しにもならない珍味と見做されていた。

 ところが、何かの拍子にこれをよろしい具合に調合して生け簀の魚に与えると、その肥育に極めて効果大であることが判明し流れが変わった。こうなると、集落で養殖された魚が蜥蜴人の糊口を十分に満たし、余剰分がカルネ村に向けて出荷され始めるまでにさほどの時間は要しなかった。

 

 かくして、ド・クロサマー王国の建国に際しても、ザリュースは妻、朱の瞳(レッドアイ)のクルシュ・ルールーと共に、異種族統合の象徴(マスコット)として森の人気者になっていたネム・エモットの女王推戴にも名を連ねたものだが、以降もこの関係はより強固なものとなっていき、今では蜥蜴人たちの誰もが自身を()の一員、と自認するに至っていた。

 

 生け簀の様子を興味深げに眺めるベロは、もとよりそういった経緯については何も知らない。

 

 ナザリック地下大墳墓の面々は、個々人に若干の差異こそあれ、至高の主アインズ・ウール・ゴウンを含め基本的にはこちらの世界の存在全般に関心が薄く、格下の有象無象、下手をすれば虫扱いであることが普通だ。これは極端な力の差があってのことであるが、より本質的には、ナザリックの誰もがこの世界で生まれた存在ではないこと、に起因している。

 対して、マーレを父に、アウラを産みの母にこの世界で生を享けたベロ、そしてベラは、ナザリックの一員であると同時に自身をこの世界の存在である、と捉える自覚もあり、また、今でこそ極端なレベル差がありこそすれ、初めてトブの大森林を己の足で歩んだ時点では、ひとつ間違えれば命を取られかねない相手が周囲を闊歩していたことは憶えている。

 そのような背景もあって、たとえばエントマが普く現住生物を「お肉」と呼ぶことに比べれば、若干マシな……あくまでも程度の差でしかないのであるが……認識をそれら全般に対して(いだ)いていた。

 

 その彼の関心を惹いて()まないのは、蜥蜴人の生け簀と、遠からぬ将来、自身が二代目マーレを襲名すると同時にその管理の職責を引き継ぐことが予期される、ナザリック地下大墳墓の収入を支える果樹園との相似性である。

 

 森の恵みに形を与えて以て己の存続の糧にする、という点において、生け簀と果樹園はまったく同じものだ……少なくともベロにはそう思えた。

 そして、母アウラ譲りの好奇心に溢れる彼を魅了するのは、ナザリックの果樹園が存外保守的で一旦軌道に乗って以降は……途中、害虫との戦い、といった一幕もあったにせよ……ただそのまま森の実りを淡々と受け入れ続けているのに対し、蜥蜴人の生け簀には日々改良が加えられ、より洗練されていくように見えたことだ。

 鍛錬の合々間々(あいまあいま)の隠形しての観察を通して、ベロは、生け簀が張られた水域の汚濁が限界に達するよりも前にその組み換えがおこなわれることに当然気づいていたし、以前はただ単純に新たな生け簀を造って魚を移し替え、古いそれを破壊していたのに対し、昨今では柵が可搬性のあるそれに代わって動的に縄張りが変化していくようになったことも知っている。

 養殖密度の向上がその頻度を高くしていった時分、より標高の高い清水から別途水道のようなものが敷かれ、高低差を活かして生け簀の上流側に注ぎ込まれるようになって循環効率を改善したのに気づいたときは、()が事のように手を叩いて喝采を贈ったものだ。

 

 栄えあるマーレの名を襲名した暁には、自分もこういった工夫と改善を通して、至高の主とナザリックの仲間たちに貢献していこう!

 

 そんなことを考えながらベロは生け簀を観察している。

 対して、いつも一緒であるがゆえにその後ろで不満げな表情を浮かべる妹ベラには、そういう感性は清々(すがすが)しいまでにまったくない。

 

 父マーレの気質を強く引き継いだ彼女は、ベロ同様に自身がこちらの世界に生まれた存在だという自覚は辛うじてあるので、父のように「潰してしまえば!」的な身も蓋もないことは言わないし、可愛らしい生き物を可愛らしいと感じる程度のまともさは備えている。

 一方で、そうであるがゆえに、基本的には至高の主と自身の相方を除けば自分以外の存在に対する興味関心を丸っと欠いている、と言うかぶっちゃけ、ギルドへの忠誠すら欠く彼女にとっては、兄に愛されている自分、がそのすべてなので、兄の関心が自分以外の何かに向かっている状況は、それが何に対してであれ不満で仕方がないのだ。

 

 そんな妹の思いを知ってか知らずか、ベロは、叶うものであれば、かつて母アウラが力ずくで至高の主の前に平伏(ひれふ)させたいと願った蜥蜴人や、彼らと協業して何やかやと創意工夫を凝らしている人間や小鬼(ゴブリン)たちと、語らう機会が得られないだろうかなどと考えてすらいた。

 もちろん、彼はギルド武器に秘められた忠誠の鍵に拘束されない存在でこそあるものの、至高の主アインズ・ウール・ゴウンが定めた掟、それ以上にそこに込められた意味については十二分に承知している。現地生物への不用意な干渉が、望ましからぬ思わぬ結果を招く恐れがあることがわからぬほど、既に彼は幼くはないのだ。

 

「も、もう!お(にぃ)ちゃんたら!

 お、置いて行っちゃうんだからね!」

 

「ごめん、ごめん!」

 

 ぷい、と背を向けて歩き出した妹の後を、ベロは慌てて追った。

 

 

                    *

 

 

 ナザリック地下大墳墓にとって三回目となるユグドラシルプレイヤー来訪の時期、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーが言うところの<百年の揺り返し>は、未だその兆候を捉えられてはいなかった。

 

 前々回、魔女アナールに使嗾されたギルド、エリュシオンがツアーを襲いアインズとの対決を試みたのは転移歴100年(すえ)、対して前回、こちらの世界にやって来ると同時に金貨蕩尽を迎え崩壊したと見られる動像寺院(ゴーレムテンプル)がツアーの哨戒で発見されたのは転移歴211年のことだった。

 エリュシオンの行動の直接の動機が枯渇しつつあった手持ちのユグドラシル金貨への不安感であったことは理解されているので、今回、転移歴300年から既に2年経過してもなお来訪者の気配がまったく感じられないのは、単純に考えれば前回同様に、人知れず崩壊したギルドが沈黙していることを想起させる。

 

 もっとも、この時点のアインズたちは知りようもないことだが、このとき既に箱庭系ギルド、カーター・ツィマーマンはアゼルリシア山脈の奥深くで奇跡的にも自給自足を開始していたのであるが、これにナザリック勢が気づいて対応開始するのは、まだ随分と先の話になる。

 

「幸いにして。」

 

と口を開いたのは最上級悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴス。

 

「宝物殿の金貨は掃いて捨てるほど御座いますので……」

 

 参謀のこの言葉に、ナザリックの財務責任者、二重の影(ドッペルゲンガー)パンドラズ・アクターの苛立たしげな視線が(きっ)と向かう。

 

 気楽に言ってくれるな!

 ギルド維持資金の管理が如何に神経を使う大変な業務であるかわかっていないのか!

 

との意思の表明であろうか。

 

 これに気づかぬほどデミウルゴスは無能ではない。

 

「いや、パンドラズ・アクター。いささか不適切な言葉遣いだったようで失礼した。言葉の綾だから、そう苛立たないでくれたまえよ。」

 

と速やかに取り繕いつつも、再度こう言う。

 

「……掃いて捨てるほど御座いますので、これを、ぽつぽつとこちらの存在の人里から近からず遠からずのところに一定間隔に並べまして。」

 

「ふむふむ。」

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンとその后、守護者統括アルベドが興味深げにデミウルゴスの続く言葉を待つ。

 

「その行き着く先につっかえ棒で支えた大きなザルを用意し、ユグドラシル金貨を追ってそこに至った来訪者(プレイヤーまたはNPC)を一網打尽……というのは如何で御座いましょう?」

 

 はぁ……。

 次から次へとよくも。

 

 この悪魔はよくも次から次へとくだらないことを思いつくものだ!

 

「それは……スズメの取り方ではなくって?」

 

 おまえ(アルベド)もいちいち()に受けて相手にしてくれるな!

 

 ペカりつつもアインズは、デミウルゴスの到底本気で言っているはずもないこの発言の真意を理解している。

 

 前回、百年前もそうだったが、前々回の反省を踏まえて、ナザリック地下大墳墓は新たな来訪者の到来が想定される時期に厳戒態勢を採っている。

 たちまちに金貨蕩尽しない程度の余裕があった来訪者は、さりとてその獲得は絶対に必要なので、この世界でまず目につく人間や亜人の社会からの略奪や収奪、穏当であれば交流による財の獲得を試みるだろう、とアインズおよびその思考を支える三賢者(トリニティ)は考えた。

 であれば、その時期にいつもの調子でアインズが気まぐれの()()に出掛けたり、デミウルゴスが周辺社会の動向把握に暗躍したりすると、不意の遭遇戦に陥ることが想定される。

 そのような考えのもと、厳戒態勢が発令されたナザリックでは、アインズの狩りはもちろん、デミウルゴスの外征は自粛され、シャルティアによるナザリック外苑の哨戒も必要最小限に抑えられている。

 唯一の例外はアウラ、マーレによるトブの大森林の管理業務であり、これは、そもそもその守護の任が今日(こんにち)のナザリックの収入源であることに加え、ユグドラシル金貨獲得に(あせ)る来訪者が財を求めてこの原生林に敢えて向かう可能性は極めて低い、と考えられたことを理由としていた。

 

 つまるところ、デミウルゴスのこの箸にも棒にもかからないくだらない発議は、ただただ「暇で退屈で仕方がないから、そろそろ厳戒態勢を解除してくれ」との意図からなされているものだ。

 この辺り、ただアインズの傍らにあればそれで満足なアルベド、宝物殿で金貨と魔法の品(マジックアイテム)を数えていれば法悦に到れるパンドラズ・アクターとは、事情が異なることをアインズは理解している。

 

「ゴホンッ!」

 

と、アインズが意味もなく咳払い。既に胡乱なアルベドの視線をそこはかとなく感じており、おそらく自分がこれから言わんとすることは彼女にはお見通しであろう、とは思いつつも、暇で退屈で仕方がなかったのはアインズとて同じことだ。

 

「……まず、デミウルゴスの提案についてだが、却下だ。理由は……言うまでも、ないにゃ?」

 

 か、噛んだ!

 

「すべては、至高の主の思し召しのままに!」

 

 デミウルゴスは恍惚の表情でそう応じるが、アインズとしては、白々しいにもほどがある!としか思えない。

 

「まぁ、なんだ……その……オレもそろそろ狩りがしたい……にゃ。」

 

 あー、アルベドが睨んでる……()ぇーよぉ。

 

「その、アレだ!

 一年以上も動きがないんだからたちまちにどうこう、ということはないだろうし、そもそも新たにやって来る来訪者(プレイヤー)への警戒を怠らないのは当然だが、栄えあるナザリック、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンが、あまりに慎重になり過ぎて引き籠もっている、というのも如何なものか……と思うが。

 ど、どうか……にゃ?」

 

「では、厳戒態勢は解除、ということで?」

 

 相変わらず噛み続けるアインズの内心を知ってか知らずか、デミウルゴスは素早く自身の利権に繋がるところへ話を持っていく。

 

「宝物殿金貨をスズメの餌にされるよりは……(よろ)しゅう御座いますな。」

 

 パンドラズ・アクターにも異議はない様子。

 

「……なるほど、わかりました。」

 

とアルベド。

 アインズは一瞬ホッとするが、それも束の間。

 

「ですが!」

 

と、凛とした守護者統括の声が続いて背筋が伸びる。

 っつーか、ナザリックの支配者、オレ……だったよなぁ?

 

「デミウルゴスが何処へ行って誰の機嫌を伺おうが元より(わたくし)の知ったことでは御座いませんが、統計的に考えますと十分に小規模なギルドであれば三年程度の運営資金猶予を残してこちらへ渡ってくる可能性があることが想定されております。

 アインズ様の狩り、についてだけは、向こう二年ほどはトブの大森林の内に(とど)め、姉さん(ニグレド)完全支援(フルバックアップ)を以て常にも増して万全を期する……ことを条件に賛成させていただきます。」

 

 その、涼やかな笑みを浮かべつつも目だけが笑っていない愛妃の物言いに、アインズは縮み上がる。

 

「あー……アルベドの言う通りだ、ごもっともだ!ごもっともであるとも!

 そうだ、そうしよう!しばらくは森の中で狩りをさせてもらおう!そ、それでよい……かにゃ?

 いつもおまえが、そうしてオレのことを思ってくれていることを、嬉しく思うぞ!」

 

 漸くアルベドの目も笑ったので、アインズは人心地ついた気分になった。

 

「で、では。

 ナザリック地下大墳墓の厳戒態勢を一部解除する!」

 

「「「ははっ!」」」

 

 こうしてこの日の三賢者会議(トリニティ)は幕を閉じた。

 退出間際、アルベドはデミウルゴスのすぐ側を通り過ぎながら、嫌味のつもりで小声で囁く。

 

貴方(あなた)玩具(おもちゃ)が恋しいなんて意外だわ。」

 

 デミウルゴスの返しはにべもないものだった。

 

()()の心身ともの欲求不満で、玩具(おもちゃ)を失っては元も子もないのでね。」

 

 ……(わたくし)貴方(あなた)とでは、玩具(おもちゃ)、が何を指しているのか微妙に一致していないわね、とアルベドは思うも、それを口に出すことはなかった。

 

 

                    *

 

 

「では……お手並み拝見、といこうか。」

 

 金糸銀糸に縁取られた豪奢な漆黒の装束(ローブ)を纏った骸骨、アインズ・ウール・ゴウンが鷹揚にそう言うと、たちまちに双子闇妖精(ダークエルフツインズ)二代目(セカンドジェネレーション)は行動を開始した。

 

「<植物操作(プラント・コントロール)>!」

 

 兄ベロが森司祭(ドルイド)の魔術を放つと、鬱蒼とした木々が妹ベラの射線を気遣ったかのようにうねうねと自ら動いて間隙を作った。その奥深くに、ちらりと大きな獣の姿が見える。

 

「え、えいッ!」

 

 妹ベラが、母アウラが携えるそれほどの逸品ではないが、それでもこちらの世界の住人が扱うどれよりも優れた弓から矢を放った。それは過たず一撃で獣の急所を捉え、ドサリッ、と重量のあるそれが倒れ込む音がする。

 

「見事な連携攻撃(プレイ)だ、腕を上げたな!」

 

 アインズは上機嫌でその様子を称揚した。至高の主と認める大魔王の賛辞に、双子にパァと屈託のない笑顔が浮かぶ。

 獲物はトブの大森林に多く生息する巨大野猪(ギガント・ワイルドボアー)だ。大きさは<現実(リアル)>の成体の灰色熊(グリズリー)ほどはあり測値されるレベルはときに二十を超えることもある。しばしば見られるその言葉通りの()突猛進は決して侮れたものではないが、そもそもは大人しい草食の獣に過ぎない。そして、その余りに旺盛な食欲と繁殖力から、トブの大森林自身が適度な間引きをナザリックの面々を含む森に住まうすべての者に期待している存在、でもあった。

 

 ベラは、早速軍用短剣(ミリタリーナイフ)のような刃物を取り出してその巨躯の解体に取り掛かる。女子高生ほどの見た目の彼女が嬉々と臓物を()き出すその(さま)にアインズは若干の目眩を覚えるが、母アウラの魔獣使い(ビーストテイマー)の力を引き継いだ彼女にとって、この(たぐい)の手技が朝飯前であることは元より承知している。

 次々と切り出された肉の塊には、ベロがやはり森司祭(ドルイド)技能(スキル)で腐敗を抑える処理を加えた。ナザリックの料理長への土産にするためだ。ナザリック地下大墳墓は、運営資金が尽きぬ限りは食を必要とするすべての下僕の需要を賄う糧食の自給自足が可能だが、たまには毛色の違った食材も喜ばれるだろう。

 

「メイドさんたちは、皆さん細身のわりにはよく召し上がりますからねェ。これだけあれば全員分の猪カツ丼に十分足りますよォ!」

 

 既に三頭目となった獲物の肉塊を取りまとめながら、ベロが満足げにそう言う。

 

「ふふふ、そうだな。」

 

と、アインズも応じたが、彼自身の死の支配者(オーバーロード)の本能は、自身もまた狩りをすることを欲していた。

 

「特別に二人にオレの技を見せてやろう。

 ベラ、一匹オレに向かってけしかけてくれ!」

 

 コクリ、と頷いたベラが薄暗い森の奥へと向かって静かに息を吹きかけると、ややあって、ドドドッと大質量の何かがこちらへ向かってくる音が響き始めた。

 アインズに向かって一直線に途轍もない速度で迫りくるのは、やはり巨大野猪(ギガント・ワイルドボアー)だ。

 

「よーく見ていてくれよ。

 ……<時間停止(タイムストップ)>!」

 

 直後。

 

 ベロとベラの目に見えたのは、アインズに向かって猪突猛進してきた獣が、アインズの身を捉えたかと思いきやまるで幻影(イリュージョン)を襲ったかのようにそのまま通り抜けた様子だった。獣自身もその勢いのままに数本の樹木をなぎ倒した後、手応えのなさに気づいてやおら振り返り、再び突進せんと身構えるも……

 

 ドサッ。

 

 振り返った巨大野猪(ギガント・ワイルドボアー)の頭が、鋭利な刃物ですぱりと斬り落とされたかのように地に落ち、その体はへにゃりとへたり込んだ。切断面からは大量の鮮血が溢れ出し地面を朱に染める。

 

「す……凄い!」

「流石はアインズ様ァ!」

 

 ベロとベラはやんやと喝采を送った。

 

「今のは<時間停止(タイムストップ)>からの?」

 

「その通り。

 オレがユグドラシル時代も最も得意とした技の一つ、<遅延魔法(ディレイマジック)>の連続技(コンボ)だ。見るのは初めてだろう?」

 

 ベロの問いにアインズは、こちらの世界の生を屠った際に覚える小水差し(ジョッキ)一杯の麦酒(ビール)を呷ったような清涼感を味わいつつ、誇らしげにそう応じる。

 

「本来はこんな小物相手に披露するような技ではないがな。来たるべき来訪者(プレイヤー)との戦闘では、相手がこういう技を使ってくることも十分あり得る。もちろん、それが想定される場面においてはおまえたちにも時間対策の魔法の品(マジックアイテム)を装備させることになるが、こういう攻撃もあるのだ、ということを肌で憶えておくのは重要だ。」

 

「あ、ありがとう御座います、アインズ様ァ!

 ご、ご教示いただいたことは、け、決して忘れません!」

 

 ベラがそう復命する様子に、アインズは満足げに頷いた。

 事実、共に渡り来た下僕たちとは異なり、ユグドラシルキャラクタから顕現した者に宿命づけられたこちらの世界での短期記憶保持の制約を受けないベロとベラは、こういった体験を正しく自身の成長の糧とすることが可能だ。

 

「ベラ、この獲物も解体して持って帰ろう!」

「うん、お(にぃ)ちゃん。メ、メイドちゃんたちも、アインズ様が手ずから屠られた獲物のお肉には、き、きっと大喜びだよね!」

 

 二人は喜色満面で巨大野猪(ギガント・ワイルドボアー)の片付けに取り掛かったが、一人アインズだけは、さきほど獣が飛び出して来た方角へと鋭い視線を向けていた。

 

「……<伝言(メッセージ)>。

 ニグレド、オレだ。」

 

 何を問わずとも、ナザリックの目、ニグレドは(あるじ)の呼び掛けの意図に既に気づいている。

 

(……お気づきの対象は御身から西南西五百メートルほど。亜人の野伏(レンジャー)が7、推定レベル総計100から150、脅威度小。お気になさるとも思いませんでしたのでご報告いたしませんでした。)

 

「ありがとう。またな。」

 

(恐れ入ります。)

 

 短いやり取りの後、アインズは無言のままにニグレドが告げた方角へ向けて静かに歩き始めた。

 これもまた取るに足りない獲物ではあるが、生ある者には違いない。

 

 嗚呼……刈り取りたい!屠ってやりたい!

 

 獲物の解体に夢中になっていたベロとベラは、このアインズの不穏な様子に気づいていなかったが、ふとした拍子に、至高の主が自分たちに背を向けて、まるで夢遊病患者か何かのようにふらふらと森の奥へと歩み去ろうとしているのに気づく。

 

「いかがなさいましたか、アインズ様ァ?」

 

 ベロはそう呼び掛けてみるが応答がない。

 ほぼ同時に、彼もまた至高の主が惹きつけられているのであろう気配を察知した。

 

(……あの子たちだ!)

 

 それがここしばらくのお気に入りの観察対象、蜥蜴人であることにベロは気づいた。彼らもまた巨大野猪(ギガント・ワイルドボアー)を狩らんと集落を離れてここまで踏み込んでいたものか。そもそも、さきほどベラがアインズの命で主に向かってけしかけたそれを狙っていて、これが急に駆け去ったので後を追ったものかも知れない。

 

 そして……。

 

 至高の主は、明らかにあの子たちをも狩りの獲物と定めて行動開始せんとしているように見える。とても強くてとても優しい骸骨は、でありながら、同時に<死>そのものでもあるのだ。

 

(ど、どうしよう……)

 

 ベロは深く困惑する。

 

 至高の主は絶対だ。元より、蜥蜴人はお気に入りの観察対象でこそあれ、別段愛情や共感を……共感については少しあったかも知れないが、それでも特別な思い入れのある対象であったわけではない。至高の主がこれを屠りたいと願うのであれば、(ほしいまま)に御振舞いになられて当然だ。

 

 だがしかし。

 この状況(シチュエーション)は……。

 

 まさに数ヶ月前、格闘戦技の師から常ならぬ面持ちで教示されたアレ……ギルド秘密鍵の忠誠の縛りと記憶の制約を受けない自分たちだけに課せられた重大な役割、として申し渡された、まさに……まさに、あの状況ではないのか!

 

 それでもベロは、決断することが叶わなかった。

 森の奥へとふらふらと歩み行く至高の主の背を目線で追う事しか出来ずにいた。

 

 が、そのとき。

 

 ギュッと自身の片腕にしがみつかれた感覚でベロは(われ)に返った。

 傍らにあった妹ベラが、心配そうな、それでもまっすぐ兄ベロだけを、ただまっすぐにみつめる澄んだ瞳をこちらに向けている。蜥蜴人に特に興味関心を抱かず、むしろそれを夢中に観察する兄に嫉妬にも似た感情を示して見せた彼女もまた、師の言葉から自身と同じ思いを抱いていたのに違いない。

 

 嗚呼、何て愛らしい瞳なんだろう!

 そして、彼自身何よりも大切に思う妹の視線は、彼に勇気を与えた。

 

 意を決して妹を見つめ返すと、妹もまたコクリと黙って頷き返す。

 今はただ、ナザリックの一員として、栄えあるマーレ・ベロ・フィオーレ、アウラ・ベラ・フィオーラの名を継ぐ者として、成すべきことを為すのみ!

 

「<茨の束縛(ボンデージ・オブ・ソーン)>!」

「<沼蝸牛の召喚(サモン・スワンプスネイル)>!」

 

 兄と妹は、何を言葉で謀るまでもなく至高の主の足止めを企図した技でその背後を襲った。

 

 アインズの周囲から無数の茨が生え出してその身を縛り上げんと包み込み、召喚された眷属が作り出した泥濘(ぬかるみ)が足元を掬わんとする。

 

 が!

 

 外出に際し無意識のうちにアインズが自身に仕掛ける防御魔法がたちまちにこれらを無効化し、弾ける光の粒を辺りへと撒き散らした。

 

 あろうはずもない背後からの攻撃に、金糸銀糸に彩られた漆黒の装束(ローブ)を纏った死の支配者(オーバーロード)の歩みが()まり、静かに闇妖精(ダークエルフ)兄妹の方を振り返る。パカリ、と骨の口が(ひら)かれるも、それが笑ってのものでないことは見るからに明らかだ。

 そして、やはり無意識のうちに全開にされた<絶望のオーラ>の禍々しい紫色の輝きに包まれた紛うことなき<死>が、微塵の優しさも感じさせない声色で冷たく問うた。

 

「おまえたち……何の真似だ?」

 

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