億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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双子闇妖精(ダークエルフツインズ)第二世代(セカンドジェネレーション)ベロ、ベラの兄妹は、至高の主アインズ・ウール・ゴウンを背後から襲った。


生なる事実(2)

「おまえたち……何の真似だ?」

 

 <絶望のオーラ>を全開にした至高の主に睨みつけられて、双子闇妖精(ダークエルフツインズ)ベロとベラの兄妹は、その場に立ち尽くすしかなかった。

 そこには、彼らが常日頃「お優しいアインズ様!」と慕うものは微塵とも感じられない。<絶望のオーラ>を受けて足下(あしもと)の植物がたちまちに枯れ、葉をはらはらと落としてさえいる。

 

 もちろん、自分にも言い分はある、とベロは思うも、想像を絶する恐怖心から言葉が喉から出てこない。今、目前にあって憤怒をこちらに向ける死の支配者(オーバーロード)、ナザリック地下大墳墓の(あるじ)でありながら、下僕(しもべ)たちに深い愛情を施して()まないアインズ・ウール・ゴウンが、実際には空恐ろしい存在であること、は百も承知のつもりだった。

 が、いざこうしてその苛立ちと殺意に満ちた視線が自身に向けられてみれば、これまでの自身の理解が如何に表面的であったものか、と思い知らされる。この大魔王は、その気になればこの世界のすべてを滅ぼし尽くしてなお余りある力を有した、正真正銘の化け物なのだ、と。

 

「何の真似だ、と訊いている。」

 

 今一度、何の感情も伝わってはこない平板な下問が発せられて、ベロは腹を括った。

 

 自分が、自分で正しいと考えたことをやった以上、その幕引きもまた自分でやるべきだ。

 そして、最も重要なのは……

 

「ボ、ボクは……」

 

とベロ。

 アインズからは何の反応もない。

 

 直視するのが怖くて、ベロは俯き加減のまま、それでも勇気を振り絞って自身がそうすべきと信じるところを語った。

 

「ボクは、アインズ様は向こうにいる亜人たちを狩ることを本当のところはお望みでない、と判断しました。これを見過ごせば、後日アインズ様がご自身の行為を悔いられるのではないか、と。」

 

 不意に<絶望のオーラ>が消失する。

 

「下僕の分際で勝手な判断をし、アインズ様に向けて魔法を放ったのはボクの罪です。どんな罰も甘んじてお受けしますが……」

 

 敢えてベロは視線をアインズへと向ける。

 

「これはボクの一存でやったことなので、ベラは……妹は勘弁してやってはいただけませんか?」

「お、お(にぃ)ちゃん!」

 

 たちまちにベラが噛みついた。

 

「ア、アインズ様、ち、違います!

 お(にぃ)ちゃんにアインズ様を()めるよう煽ったのは、わ、わ、わたしですゥ!」

 

と両手を左右に開いて背後に兄を庇う様子を見せる。

 ベロは即座に妹を押しのけて立ち位置を入れ替えた。

 

「違いまず、アインズ様!妹は悪くありません!」

「い、いえ、お(にぃ)ちゃんは……!」

 

 そのとき!

 

 二人はアインズの身体(からだ)が神々しい緑色の輝きを放ってペカるのを見た!

 こ、これは、何の祥瑞だろうか!

 

 

 

 対するアインズは、朦朧としていた意識が急速に明瞭となっていくのを感じていた。

 

 巨大野猪(ギガント・ワイルドボアー)を<時間停止(タイムストップ)>からの連続技(コンボ)で屠り軽い酩酊感を覚えたこと、遠方に数人の亜人の気配を察知してニグレドに追認(ベリファイ)を頼んだこと、までは憶えているが、その後が曖昧だ。

 夢の中を歩いているような気分になって、突如あるはずもない背後からの攻撃に気づき、自分が俄にいきり立ったのはわかっている。そして、いつものペカリに冷水(ひやみず)を浴びせられたかと思えば、目前には互いに庇いあうベロとベラの姿。

 

 ……なんてことだ。

 

「ベロ、ベラ。」

 

 ひとまず下僕の名を呼ぶ。

 常であればアインズに名を呼ばれれば、それだけでパァと表情を明るくして喜ぶ二人が、怯えきった引きつった顔でこちらを見ている。

 

「「ど、どうか、兄/妹だけは!」」

 

 ベロもベラも、自分を盾に相方をアインズから守ろうと必死の様子。

 

 嗚呼!

 なんて、恥ずかしい!

 

「……感謝しよう。」

 

「「は、はいィ?」」

 

 双子は、アインズの言葉の意味がわからずに困惑しているようだ。

 

「よくオレを()めてくれた。

 ありがとう。」

 

 二人にまだ笑顔は戻らない。

 アインズもまた、これ以上かけるべき言葉をみつけることが出来なかった。

 

「ナザリックへ帰投する。狩りの獲物を忘れないようにな。

 <転移門(ゲート)>!」

 

 ベロとベラは慌てて切り分けられた肉の塊を掻き集め、至高の主の(あと)を追った。

 

 

                    *

 

 

「……といったことがあってな。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)執務室。

 指輪の力で転移するでもなく、自ら歩いて扉を開いてとぼとぼと入ってきた至高の主を出迎えたのは、平時はここか玉座の間にあってナザリックの管理全般を取り仕切っている守護者統括、アインズの実質上の后でもある女淫魔(サキュバス)アルベドだ。

 

 愛する主が双子闇妖精(ダークエルフツインズ)二代目(セカンドジェネレーション)を伴ってトブの大森林に軽い狩りに出掛けたのは承知はしていたが、よもやこんなしょぼくれた様子で帰って来るなどとは思いもよらぬこと。まずは本人の語りたいように語らせ聞いてやるのがよかろう、と席を勧め、傍らに立って問わず語りに顛末を聞き出した。

 

「よろしいのではないでしょうか?」

 

 満面の笑顔でアルベドが言う。

 

「……よろしく、はないだろう?

 おまえ、そう言ってさえいれば万事片がつく、だなんて思ってないよなー?」

 

 執務机に突っ伏したアインズが、半ば拗ね気味に顔を横に向けてそういうと、アルベドの笑顔はなお増した。

 

「おそらくはコキュートスかと。」

 

 はぁ?

 アインズには、この話の流れでかの無骨、かつ存外剽軽(ひょうきん)な武人の名が登場する理路がわからない。

 

「アインズ様の狩りに際し近衛を務める者のチェックリストにはこう御座います。

 

 アインズ様がこちらの世界の生物を無差別に殺戮開始する素振りを見せた場合、いかなる手段を以てしてもこれを()めよ、と。

 

 この条項に馴染みがあるのはコキュートスとセバス。そしてあのセバスに自分以外の他者と自身の責務を分かち合う発想などあろうはずも御座いませんから、消去法的に、伝わったとすればコキュートス経由、ということになりましょう?」

 

「……アルベドは何か聞かされていたのか?」

 

「まさか!

 コキュートスはその実直さゆえに、自身の能力の及ばぬことについてそれに優れた仲間の支援を求めることを決して躊躇いませんが、一方で、自身の能力にて足りることについてはすべて自身の一存と責任において誰に誇るでもなく、誰に知られることもなく果たすもの、と存じます。

 かの者がベロ、ベラからは格闘戦技の師と仰がれ、(じぃ)と慕われているのはご承知のことかと存じますが、生真面目なコキュートスのこと。あの二人がギルド秘密鍵の忠誠の縛りを受けていないことをわかった上で、であるからこそ、いざ、のときにアインズ様をお()めして差し上げられるのはおまえたちだけなのだ、とでも言い含めたもので御座いましょう。如何にもあの者らしい、とお考えになりませんか?」

 

 ……なるほど、言われてみれば確かに腑に落ちる。

 

 と思いつつも、アルベドにそう言われるまで、アインズ自身はまったくそんなことには思い至らなかった。ベロ、ベラに、ほんの僅かな間とは言え自制心を失った自身を垣間見られた羞恥心も相まって、どうにもやるせない思いが募ってもくる。

 そんなアインズの内心を、アルベドは(とう)にお見通しだ。

 

「アインズ様がお気に病まれることなど何もないのです!」

 

と上機嫌なアルベド。

 

「口の端に(のぼ)せるも憚り多きことながら、たとえ至高の主に至らぬところがあろうとも、それを補ってお支えすることこそが(わたくし)ども下僕(しもべ)の務めであり、最も喜びとするところ。ベロもベラも、今頃は自身が立派に役割を果たせた、と喜んでこそあれ、アインズ様に思うところなどあろうはずも御座いません。」

 

 逆にアインズとしては、これまたアルベドの言っていることがすべてごもっとも至極であるがゆえに、なおのこと恥ずかしさが募ってくる。

 

 こちらの世界へ渡り来て以来三百余年。

 ナザリックの維持運営も軌道に乗り、既に二度の<百年の揺り返し>も乗り越えたこの時分のアインズは、であればこそ、より万全を期そうと、ともすればいささか度を逸した完璧主義に陥るきらいを見せていた。この傾向に是正が為されるのはこれより三十年ほど先、百年越しで実ったデミウルゴスとツアーの協業(コラボレーション)成就を待つことを要する。

 

「どうしてもお辛い、ということであれば。」

 

とさらに増して上機嫌なアルベド。

 

(わたくし)の職務は守護者筆頭である以前に玉座の間の防衛。ナザリック地下大墳墓、最後の壁はこのアルベドで御座います。そして、愛する至高の主のお心をお守り申し上げる最後の壁もまた、この(わたくし)、アルベドで御座います。」

 

と言うが早いか、

 

 ぐわぁしっ!

 バンッ!

 

「な、何の真似だ、アルベドォ?」

 

 執務机に突っ伏していたアインズを恐るべき怪力で引っくり返し表裏逆転させる。

 

 天井の辺りから、

 

(守護者統括殿、ご乱心!)

(皆の衆、御用心召されい!)

 

と色めき立つ八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の声がざわめくが、彼女がそれを気にする様子はない。

 

(わたくし)女淫魔(サキュバス)の魔力にて、目眩(めくるめ)く快楽の中に溺れ、すべてお忘れになってしまわれるのもよろしいですよね?よろしいのではないでしょうか!」

 

 な!

 

「あー、待ってアルベドさん、待って!ちょっと待って!」

 

 既にアルベドに上を取られて身動きできないアインズは慌てた口調でアルベドを押し(とど)めた。

 

「たまには執務室で、とも思いましたが……ご自室のほうがよろしかったですか?」

 

「いや、そういうことじゃなくて!」

 

 力が緩んだ隙に、アインズは素早くアルベドの下から脱出し乱れかけた衣服を整え、

 

「ゴホンッ!

 流石にここでアルベドの癒やしに頼るのはオレの矜持に触る。おまえの助言は参考になった。

 が、今は甘えるのは遠慮させてくれ。また……(あと)でな。」

 

と言うが早いか、ギルドの指輪の力でどこかへ姿を眩ませてしまった。

 

 一人取り残されたアルベドが、その表情をさらに増して蕩けさせる。

 

(自信を失って弱気なアインズも……ちょー可愛ぃ!

 ……あらやだ、(わたくし)としたことが。)

 

 ふーっ、と一息吐くも、ムラムラと盛り上がった気持ちがどうにも収まらない。

 つい先程まで愛する(あるじ)が着座していた執務椅子に深く腰掛け、裳裾(スカート)の中にそっと手を差し入れて、既にしっとりと濡れた秘所を自ら慰め始める。

 

(あぁ、アインズ!今は傷つき悩んでも、いずれは(わたくし)のところへお帰りなさいませ。

 すべてを忘れさせて差し上げますわ、あぁ……!)

 

 天井の辺りから、

 

(守護者統括殿、ご乱心!)

(皆の衆、役得で御座る、御注目召されい!)

 

と色めき立つ八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)の声がざわめき続けているが、無心に己の豊満な胸を揉みしだく彼女にそれを気にする様子はない。

 

 

                    *

 

 

「今日は……おっかなかったなぁ。」

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層(ジャングル)

 双子闇妖精(ダークエルフツインズ)二代目(セカンドジェネレーション)(ねぐら)は母父初代アウラ、マーレ同様に当地のとある樹上にあるが、両親と同居しているわけではない。

 

 ベロは初めて垣間見た至高の主アインズ・ウール・ゴウンの恐るべき一面を顧みながら、果たして自身の言動は適切であったろうか、と思いを巡らせている。

 

 アインズが決して怒っていなかったこと、は既に理解している。

 <転移門(ゲート)>でナザリック地上部へ戻ったアインズは、両手いっぱいに獲物の猪肉を(かか)えた二人を()き上げて第九階層大食堂へ転移し、

 

「オレが仕留めた猪は皆食べたがるだろうから、欲しがる(もの)に均等に行き渡るようよろしく頼む、と料理長に伝えてくれ。」

 

と言い残してそのまま歩み去っていった。

 少なくともこれは怒り狂っている者の態度ではない、とベロは考えている。

 

 一方でアインズからは、攻撃紛いの手段で主の狩りを妨害した行為については、神々しい緑色の輝きを放った直後の「よくオレを()めてくれた、ありがとう」の他には、何の言及もないままだった。

 

 これは何を意味するものだろうか?

 

 アインズが、その恐ろしい見た目に似合わず存外多弁で下僕に対して(こま)やかな配慮を欠かさない存在であり、ときに訊いてもいないことまでぺらぺらとよく喋ることは、物心ついた時分には気づいていた。そんなアインズが、悲壮な決意で望んだ自身の行動に、講評も与えずに立ち去ってしまったことがベロを不安にさせていたのである。

 

 が。

 対して妹ベラは、こうして自分が今日の稀有な出来事を思い起こして呻吟しているのとは異なり、特に何でもないという様子で、狩りに使った得物の手入れ、片付けをやっている。彼女は平気なのだろうか?

 

「ベラも、今日はありがとう。」

 

とベロが声をかけると、パァと笑顔のベラが振り返る。

 

 可愛ぃ!

 

 が、続いて妹は不思議そうな顔をする。

 

「……な、何が?」

 

 ん?

 

「何が……って、何が?」

 

「いや、お(にぃ)ちゃんが突然ありがとう、って言うから、何が?」

 

 はっ?

 いやいや、それはわからないはずはないでしょー!

 

「いや、そのぉ……ベラはボクが蜥蜴人(リザードマン)を観察してるとすぐ不機嫌になるから、てっきり彼らが嫌いなのかと思っていたけど、ベラも気にしてくれていたんだよね!」

 

「に、二本足のワニなんか別にどうでもいいわよォ。」

 

 ……え?

 

 そうか!ベラは、あくまでもアインズ様が後からこの世界の亜人を無為に殺めたことを悔いられることを慮って……

 

「お、お仕事だから。」

 

「……ん?」

 

「じ、(じぃ)から教えてもらった、わたしたちの大切なお仕事だから。」

 

「……えぇ!

 アインズ様のお気持ちを慮ってのことじゃないの?」

 

 ベロはそう妹に詰め寄るが、ベラは、はぁー、と深い溜息をつく。

 

「あのねー、お(にぃ)ちゃん。」

 

と、ベロの目前にベラは人差し指を立てて物申す。

 

「ア、アインズ様のお気持ちはアインズ様のお気持ち。わ、わたしたちにわかる、と、ほ、本気で思ってる?」

 

 うーん、それはそう言われればごもっとも。

 

「そ、そもそもアインズ様は、至高の四十一人の、け、化身、であ、あ、あらせられる、の。デ、デミウルゴスがそう言ってたわ、わかる?」

 

 それももちろんわかっている。

 物忘れ甚だしいアインズを含むナザリックの面々の日々の言動からは思いも及ばないことではあるが、ナザリック地下大墳墓が三百年に及ぶ歴史を刻んでいること、さらにその前史として、こことは違う「ユグドラシル」と呼ばれた世界があり、当時は、これまた想像も及ばないことではあるが、アインズに匹敵する力と知恵を兼ね備えた至高の四十一人と呼ばれる方々が存在したことも、先生と慕う戦闘メイド(プレアデス)ユリ・アルファから、幼少の砌より繰り返し教え込まれてきたことだ。

 

「そ、その至高の四十一人の、化身であ、あ、あらせられるアインズ様が、わたしたちが何をしたところでどうこうできるわけないじゃない?」

 

「じゃぁ何でベラはあのとき……」

「え!お(にぃ)ちゃんも気づいてたんじゃないの?」

 

 この想像外の返しにベロは深く困惑させられた。

 

「……何を?」

 

「ア、アインズ様よ。」

 

「いや……だからアインズ様の……何?」

 

「えっ!」

 

「え?

 いや……これじゃ話進まないからさ!」

 

 ベラは再び、はぁーと深く息を吐いてこう続ける。

 

「だ、黙り込んじゃったでしょ、あの、お、お喋り好きなアインズ様が!」

 

「……はぁ?」

 

「ぎ、巨大野猪(ギガント・ワイルドボアー)をすっごい魔法で屠られたときは、ア、アインズ様、お喋りだったじゃない?」

 

 あぁ、言われてみれば……。

 

「で、でも、急に黙りこくって、あ、あらぬ方角を、ご、ご覧になってたでしょ?」

 

「……それだけ?」

 

「ほ、他に何があるの?

 あ……こ、これが(じぃ)が言ってたアレだ!何だかよくわからないけど(じぃ)が言うくらいだからやらなきゃ!と思ったのに。お、お(にぃ)ちゃんたら、い、石みたいに固まっちゃって動かないんだもーん!」

 

 ベロは妹のこの身も蓋もない発言に愕然とした。

 思えば……である。

 

 しばしばアインズが、誰彼とになく父マーレを評して「考えようによっちゃーあいつはオレ以上の化け物だぞ」と言っていることは知っている。ベロから見て、何を考えているのか今一つ要領を得ない父は、有する力の恐ろしさはともかく存外凡庸な人物に見えていなくもなかったので、アインズのマーレ評とベロの印象の間には少なからぬ乖離があった。

 

 だが、今この瞬間その乖離が埋まったのだ。

 

 あのとき……アインズが蜥蜴人の一団に気づいて沈黙したとき、ベロは、実際にはわかるはずもないアインズの思い、将来抱くやも知れぬ気持ちを慮るばかりで、速やかに決断を下すことが出来なかった。

 ベラは違う。ただ目に見える事実……無言のアインズが現地生物を見つめている……だけから決断し、その澄んだ瞳で、どうしておまえは決断しないのだ、と兄に問うたのだ。

 そしてそれは、ベラが戦闘者、決断者として優れているがゆえに為されたものでは決してない。妹ベラは、そして彼女がその性向を強く引き継いだ父マーレは、わかったつもりにはなれても実のところわかろうはずもない他者の思い、気持ちなどというものには、そもそも微塵の興味も関心もないのだ。

 

 ただ、目前にある事実だけがある。

 

 ベロは、デミウルゴスなりアルベドなりが「アインズ様がお望みのことです」と言葉巧みに使嗾さえすれば、アインズに背後から殴り掛かる父を容易に想像することが出来たし、妹ベラも、今後もアインズが沈黙して現地生物をただ眺めていれば、何の躊躇いもなく背後を襲うのだろう、と理解できた。

 そんなことは決して自分はしないし、おそらくアインズとて、いささかおかしなところが見え隠れこそすれ、そんな真似はすまい。無論、これも確認のしようがないが、たちまちに決断すれば蜥蜴人を一瞬で葬れるアインズを自分たち如きに()めることが叶ったのは、アインズの中にも何らかの葛藤があったからに違いはないのだ。しばしばアインズが、益体もない脳内会議に陥っているように見えることもこれを(あかし)する。

 

 そういう点においては、アインズも、少なくともベロと同じくらいにはまともなのだ。

 

 父マーレと……妹ベラは、違う。

 一度こうだと決めたら、何の躊躇もなく最大火力が放たれる。

 

 そして、アインズにそれが決して起こらないのだとすれば、至高の主の「考えようによっちゃーあいつはオレ以上の化け物だぞ」の言葉は、決して世辞でも称賛でもなく、ただただ単なる事実なのだ。

 

 思い込みの激しい妹のことだ。(じぃ)、ことコキュートス自身が与えた使命に訂正を加えない限り、その最悪の事態は必ずいつか起こるのだろう。コキュートスに事情を説明して対応を求めるべきだろうか……いや、「諫言ハ御手討(おてうち)覚悟デ望ムベシ!」などと脳筋(のうきん)な答えが返ってくるに決まっている。アレは、そういう蟲だ。

 

 なんてこったい!

 ベロは思わず自身の(ひたい)を打つ。

 

 いざ、のとき、ボクが()めなきゃいけないのは。

 ……アインズ様、だけじゃないらしいぞ!

 

「そ、そんなことよりも、お(にぃ)ちゃーん!」

 

 そ、そんなことって!

 これより他に重要なことがボクらにある?

 

「こ、これって、貸し、よね?」

 

「……はぃ?」

 

「だからー。お(にぃ)ちゃんは大切なお仕事に一歩出遅れたでしょ?

 わたしが補佐(フォロー)しなかったら、大変なことになってたわよー!」

 

 ……って、それ。

 おまえが言う?

 

「貸しは、返すべき……よね?そうよね!」

 

 ……あちゃー、また始まった!

 

「そういうわけで、今夜は抜かず五発です!」

「えーーーーーッ!」

 

 あの日……コキュートスから「オマエタチニ大切ナ話ヲシテオキタイ」と重大な使命を与えられ、初めての麦酒(ビール)を奢られた三ヶ月ほど前のあの夜、「わたしー少し酔っちゃったみたい!」と上機嫌の妹に押し倒されてされるがままに初めてを奪われたあの夜以来、ベラはずっとこの調子だ。

 自分たちにもう一つの重大な使命、アウラ、マーレ一族の血筋を伝えていく使命があること、対して妖精(エルフ)の受胎率が極めて低く、その実りを得ることが容易でないことは、ベロとて承知している。

 

 そ、それにしてもこれは……。

 

「ア、アインズ様は、よく食べてよく寝なさい、っていつも仰せじゃないか……流石に抜かず五発じゃ眠れないよー!」

「……?そんなことないわ、お(にぃ)ちゃんはこれからわたしと()()んだから!」

 

 いや、それは意味が違うでしょ!

 

「仕方ないわねー、うち二回はわたしが上になって、あ・げ・る!」

 

 ベロは思う。

 これ、ボクが男の子だから人によっては夢の状況(シチュエーション)とすら思われるかも知れないが、ベラがこうだということは、父マーレも同じノリであったに違いない。母アウラは、よく体が()ったものだな……。

 

 いやいや!

 これを過去形で語るのは気が早いかも知れない。

 

 考えてみれば、両親が自分たちの養育をユリ・アルファやペストーニャ・ワンコに丸投げしたのは、もちろん彼女らがそれを望むから、というのもあろうが、今なお両親が自分たちと居を共にすることが決してないのは、()()蜜月が今も続いているから、ではないのか?

 

「と、と、ともかく、せめて返り血はシャワーで流してからにしようよ!」

 

 流石に血の色こそ見えないが、嬉々と獲物を解体してみせた妹からはまだ生臭い匂いが少ししている。

 

「うん!じゃぁ一緒にお風呂に入って一回しよう!

 あ、これは五発には数えないからねー!」

 

 ……洒落にならないなぁ、これでボクらにアインズ様みたいに寿命がなかったら、死ぬわ。

 

 そんなことを思いつつも、いざ事が始まってしまえばベロとてそれを楽しんでいないわけでは決してない。いやむしろ、自身の腕の中で嬌声を上げる可愛い可愛い妹は、ベロにとっては何にも代えがたい宝物だ。

 

 はて、妹はやはりこれも、お仕事、と思ってやっていることなのだろうか。

 いやいや、実際にはわかるはずもない他人の気持ちを無為に思い悩むのはよそう。今、目の前に見える事実、それがすべてだ、ということは、妹ベラが身を以て教えてくれたではないか。

 

 勢いよく装備と衣服を脱ぎ捨てた二人は浴室へ向かい、ややあって中からベロ、ベラの感極まった声が響く。

 

「あ……あ……ボク、もう!」

「お(にぃ)ちゃん、中に出して!」

 

 その歓声を聴くものが、二人の他に……あるはずもなし。

 

 

                    *

 

 

「おや、アインズ様。何かお探しでしたら、お申し付け下されば司書に命じて持って越させますが。」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層最古図書館(アッシュールバニパル)

 その司書長、二本(つの)骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスは、不意に転移で姿を現した至高の主にそう声をかけたが、とぼとぼと歩くアインズからは何の応答もない。無言のまま向かう先は、普段誰も立ち入ることのない思想哲学書の棚、ティトゥスからすれば創造主の一人となる至高の四十一人中きっての碩学であった死獣天朱雀の遺品で占められた区画だ。

 

 不躾か、とは思いつつもティトゥスは主の後を追って様子を伺う。

 アインズは、無言のまま書架から数冊の書物を取り出して閲覧席に積み上げ、着座してからはそれを黙々と読み始めた。叢書の背表紙に目をやれば、セーレン・キェルケゴール、アルトゥル・ショーペンハウアー、フリードリヒ・ニーチェ、と名だたる<現実(リアル)>で知られた哲学者の名が連なる。

 創造主たちから学術探求の才を受け継いだティトゥスにしても、彼らの著作を読み解くのは決して容易なことではない。嗚呼、偉大にして聡明、尽きぬ叡智をお持ちの至高の主は、でありながら、今なおこうして学ぼうとされているものか!とティトゥスは感嘆の溜息を漏らした。

 

 いささか()せないのは、至高の主の口元から繰り返し「ほ、本物だ!今度は……本物だ、ひーーーっ!」との呟きが繰り返し聞こえることだ。はて、かの哲学者たちの箴言にそんなものがあっただろうか?

 もしアインズの言う「本物」が、実存主義、(なま)なる事実、といった類のことを言っているのであれば、むしろマルティン・ハイデッガーやカール・ヤスパースの著書でもお勧めするべきだろうか。

 

 等々(などなど)考えながらティトゥスはアインズの(そば)に近づきかけて、はた、とその歩みを止めた。

 アインズが、読書中にもかかわらず全開状態の<絶望のオーラ>を放っていることに気づいたからだ。

 

 嗚呼!

 まさにアインズ様はキェルケゴール、ショーペンハウアー、ニーチェを身読(しんどく)しておいでだ!

 

 ここで声をおかけするのは無粋極まろう、と思い直したティトゥスは静かにその場を去った。ありがたくもかしこき至高の主のたゆまぬ探究心にあやかりたいものだ、と感謝の念を捧げつつ。

 

 しかし。

 

 何故(なにゆえ)「ひーーーっ!」なのだろう?

 キェルケゴールは「様子なんか見に行くんじゃなかった」と言っただろうか。ショーペンハウアーは「忘れたい、忘れたい」と願っただろうか。「深淵を覗き見てしまった」とニーチェは……なんか、ちょっと違うぞ。

 

 いやいや、至高の主のお考えの真のところなど、私如きに思い及ぶはずもなし。

 

 

 

 この(あと)、正気に戻ったアインズが「アルベドと遊ぼー」となるまでに三十時間を要した。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

弱者、愚者、無能であっても楽しく遊び暮らすことのできる夢の国、スレイン報国の実態にアナール学派の手法で迫る探訪記(ルポタージュ)

「今日も一日、人の子に感謝報恩を捧げます。」

 億劫のオーバーロード余8話『第四市へ組53』

「されば小生が、それを実現してみよう、などと(だい)それたことを考えておるので御座いますよ!」

8月吉日、ホラー特集第1弾として公開予定。
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