億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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弱者、愚者、無能であっても楽しく遊び暮らせると謳われるスレイン報国の闇の中へと迷い込んだザック氏、こと、への53番の運命や如何に?


第四市へ組53(2)

 こちらの世界の多くの者が気づいていないことの一つに、<伝言(メッセージ)>はMP(魔力)を消費しない、という事実が御座います。

 

 これは、そもそもユグドラシルにおいて<伝言>が、世界観にこだわるプレイヤー向けに供された方便であり、ゲーム上は意味を有していなかったことに由来しております。ユグドラシルプレイヤーは、ユーザーIDを承知しておって相手方から着信拒否されていない限り、仮想操作卓(コンソール)を介しての個人間通信(プライベートチャット)を利用することが出来ますし、NPCについても同様に命令操作が可能なので、そもそも<伝言>などは要らんのですな。

 一方で、ゲーマーと申します者はなかなかに厄介な人種で御座いまして「幻想(ファンタジー)世界であるユグドラシルにおいてネットワークゲームのコミュニケーションが成立するのはおかしい!」などと言い出す者がおりまして、この御仁は、いったい何を根拠に現実には存在しもしない幻想世界がそうであってはならぬ、と断言できるのか不思議でなりませんが、どこにでもこういう人種はおるので御座います。

 そしてこれは、ユグドラシルの遥か遠いご先祖様、<現実(リアル)>の20世紀の後半に産声(うぶごえ)を上げましたところの卓上ごっこ遊び(テーブルトップRPG)以来の伝統のようなものになりますが、たとえば、地下迷宮(ダンジョン)は地下の密閉空間であり、通常は光が差すこともないでしょうから、種族にもよりましょうが基本的には目が効かないはずで御座います。そこで、これを照明する松明(たいまつ)だの提灯(カンテラ)だの、あるいは常夜灯(コンティニュアルライト)の魔法だのと規定(ルール)が設けられるので御座いますが、大半のプレイヤーはそんな面倒なことはどうでもよくて、初めてのプレイでこそ神経質にそれに従いましょうが、二度目からはもうそれは暗黙の了解として処理されている前提で、本筋である戦闘や物語に興じたもので御座います。

 ところがこれを楽しめる程度の人数が集まりますと、必ず一人くらいは、やれ、提灯の油がもう切れるから暗闇になったはずだ、とか、やれ、松明を投げて敵の視線を幻惑したから攻撃判定に調整(アジャスト)を加えろ、その(あと)は真っ暗闇だ、などと誰も求めてもいないこだわりを発露して、他のプレイヤーやゲームマスターをうんざりさせる御仁が紛れ込んだので御座いますなぁ。

 

 ユグドラシルのサービス提供者、いわゆる<運営>は、自分たちが標的(ターゲット)する客層が潜在的にそういう困ったちゃんを含んでおることを百も承知ですので「この世界での遠距離会話は位階魔法<伝言(メッセージ)>で為されておりちゃんと設定されております、でもゲームのテンポが悪くなりますので普通に遊ぶ分には個人間通信(プライベートチャット)でよろしく」と、問題の所在を勝手にこだわる客側に丸投げしたので御座います。

 このとき、こだわりを発露する側は、手前の勝手でこだわるわりにはそのために余計な対価(コスト)を自身が負うことについては感情的になる手合が(おお)御座いますので、必然的に<伝言>は対価無し(コストゼロ)、MP消費を伴わない魔法、となったので御座います。

 

 小生如きが至高の方々の為さり(よう)を云々致しますのは憚り多きことながら、敢えて申し上げますれば、このあたりのギルド、アインズ・ウール・ゴウンの面々の匙加減は、中庸、ということになろうかと存じます。

 すなわち、NPCの中でも後方支援的な役割が期待されるニグレド嬢、ナーベラル・ガンマ嬢、ソリュシャン・イプシロン嬢、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ嬢が<伝言(メッセージ)>を習得(アサイン)されており、同様の理由からギルド長(モモンガ)軍師(ぷにっと萌え)戦術指揮官(ベルリバー)も些少とはいえEXP(経験値)(はた)いてそうであるのに対し、本気(ガチ)で拠点防衛戦力たることが求められた階層守護者の皆様は、限られた習得枠(スロット)を無駄にせぬようこれを悉く欠いております。まぁ、これを取り繕うようにナザリック内の伝令たれ、と定められたNPCもいくらかおいでであったようでは御座いますが。

 もし、階層守護者の皆様にこのこだわりが徹底されておったのであれば、こちらに渡り来られて以降、外征に際して<伝言>を扱える助手の同伴を要する、などという無駄は避けられたのではないか、などと小生は考えてしまうので御座いますが、至高の四十一人とてよもやナザリック地下大墳墓が異世界で云百年の歴史を歩むことになろうなどとは夢にもお思いではありませんでしたでしょうから、それは言うだけ野暮、ということになりましょうな。

 

 翻って、位階魔法を利用するこちらの世界の住人は、そもそも己のMP(魔力)を数値で把握しておりませんで、ただ経験的に、魔法は強力であれば強力であるほど一日(いちにち)(あいだ)に発動できる回数に制限がある、ということだけが知られておりますので、ただ漠然と<伝言(メッセージ)>もそうであろう、と考えられてきたので御座います。

 加えまして、これも<運営>のこだわりになりますが、<伝言(メッセージ)>には位階に応じた伝達精度が定められており、第一位階では街程度、第二位階で周辺地域、と確実に到達する距離が変わって参ります。これは第七位階で世界全域に達するのですが、中途半端であるように思われるのは、ユグドラシルではさらに隣接する世界があったからで御座います。そしてこの通信は、離散(デジタル)方式であるがゆえに、精度が下がると雑音(ノイズ)がのるのではなく、間違い(エラー)補正が効かなくなって文字単位で化けますので、こちらの世界の住人からするとまったく意味不明なものになってしまいます。

 この、使用可能回数がわからない、せいぜい第三位階までしか達しないこちらの魔法詠唱者(マジックキャスター)では精度が確保できない、ことが(あだ)となって、<伝言>は、その存在と利便性が知られているにもかかわらず、こちらの世界では長く積極的に利用されることがなかった位階魔法なので御座います。

 

 前置きが長くなってしまいましたが、人の子、すなわち我が母、元スレイン法国漆黒聖典番外席次絶死絶命、転じてシロクロがスレイン報国を掌握して以降は、父ナモン(デミウルゴス)より教示いただきましたこの辺りの知識を土台(ベース)に、我が国ではこれを積極的に利用することにしたので御座います。

 

 どこぞの大魔王様の言い分では御座いませんが「費用(コスト)無料(ゼロ)はお得と言うものだ!」で御座いますな!

 

 つまり、第一位階の箸にも棒にもかからぬ魔法詠唱者であっても、同じ市内にいる者に対しては面識さえあれば確実に<伝言>を飛ばすことが叶いますので、適当な数のそれを各市に配すると共に、上位からの司令を中継する第二、第三位階の魔法詠唱者も適切に配置いたしまして、スレイン報国全土を覆い尽くす指令網(ネットワーク)を構築したので御座いますな。

 ザック氏が供されたものもまさにそれで、スレイン報国の国家運営に関わらぬ弱者、愚者、無能は(みな)、起床、感謝報恩、朝食、始業、終業、夕食、就寝を、この方法で管理されております。加えて、必要に応じての他市への移動や緊急災害時の避難指示、果ては配偶者の選定から生殖の時宜(タイミング)まで、すべて丸っと国家が差配しておるので御座います。

 

 これは、そもそものスレイン法国が、それそのものでは御座いませんが、<現実(リアル)>でいうところの共産主義国家に類似する体制を敷いていたものと親和性が高かったから、に(ほか)なりません。

 敢えて<現実>との違いを挙げますと、<現実>のそれが共産主義を方便として掲げつつ、その実のところ旗振る支配者自身は資本主義的価値観で(おのれ)個人の利益を追求するがゆえにその矛盾から悉く破綻していったのに対し、スレイン法国では選良(エリート)が神の導き、と信じられたところの六大神から授けられた大方針を実現するための生産基盤として労働者(プロレタリアート)を利用する、という枠組みが存外糞真面目に継続され、さらにはその微妙な経済均衡(バランス)を維持するために計画的におこなわれる間引きに対して、それは人道に反するので云々、などという非難が何処からもあろうはずがなかった、といったところで御座いましょうか。

 

 では、これが実際にどう回っておったのか、といったあたりを、再びザック氏のその後を追うことで見て参ることと致しましょう。

 

 同じ釜の飯を食った者たちの(あと)を追って行き着いた先は小さな小屋で御座います。ザック氏を含め六人ほどがその中に入りまして、やはり木札で着席すべき場所が示されております。

 

(への53、今日の仕事です。そこにある果実を傷んでいるものとそうでないものに選別しなさい。)

 

 やはり頭の中にそんな声が聴こえて参りまして、何処で見張られているものやらわかりませんから、ザック氏はとりあえず言われた通りに選別に取り掛かります。時折、外から人がやって来て未選別の果実が運び込まれ、選別済みの果実が運び出されますが、他には特に何の変化も起きません。

 午前いっぱい、こちらの世界の者たちには計時の習慣はないので御座いますが、かの流行り唄(CMソング)に謳われた通り四時間ほどが経ちますと、

 

(への53、今日の仕事は終わりです。)

 

と声がします。ザック氏は一旦は席を立とうとしますが、他五人がそうしないのに気づいて、まだ何かあるものか、と様子を伺っておりますと、

 

(この部屋の仕事が優れていたと思うときは白の、普通であったと思うときは灰の、劣っていたと思うときは黒の(ふだ)を投じなさい。)

 

と聴こえて参りまして、たしかに自身が作業しておった台には白、灰、黒の三色の(ふだ)が置かれておりそれを投じる穴が穿たれておりまして、ザック氏はいったい何を基準に判じたものか、と疑問に思いつつも、今日のところは真正直に、可もなく不可もなく、の思いから灰の(ふだ)を投じます。

 

(への53、部屋に帰ってよろしい。)

 

 引き続き要領を得ない思いを抱きつつ、ザック氏は小屋を出ます。入れ替わりに同じような集団が小屋に入って来るところを見ると、これは交代要員である模様。その後は何の声も聴こえてはこず、他にやることもないザック氏はとぼとぼと充てがわれた部屋に戻りました。

 

(への53、裏の赤い看板の食堂で夕食です。)

 

と聴こえてきたのは夕刻間近。言われた通りにそこへ向かいますと、やはりそこは不自然な急な斜面が入り口に設けられた食堂で、朝食のときと同じ具合に自身の木札の席に、やはり温かい食事が用意されており、加えてほろ酔える程度ながらも葡萄酒(ワイン)まで添えられております。

 形の上だけ、と「人の子に感謝報恩を捧げます」と唱えてこれを頂戴し、しばらくすると(部屋に帰ってよろしい)と聴こえてこれに従います。

 

(への53、就寝です。)

 

 ……あん?

 ここではこれが続くのか!

 

 しかし、ザック氏が驚くのはこれからなので御座います。

 

(への53、起床です。復唱なさい。今日も一日、人の子に感謝報恩を捧げます。)

 

 翌朝も、起床と人の子への感謝報恩が告げられ素直にそれに従ったザック氏ですが、

 

(への53、向かいの黄色い看板の食堂で朝食です。)

 

と告げられて驚きます。てっきり昨日と同じところへ行け、と言われると思っていたのに。

 言われた通りにやはり急な斜面を(くだ)って食堂に入りますと、木札で席が指定されているのは同様ですが、食事の献立が、やはり豪勢なものではありませんが、まったく昨日とは素材も趣向も異なるもので、僅かながらも肉が含まれており、しかも総量はかなり多目になっておりました。

 

 よもや、とは思うが、飽きないように気遣われているものだろうか?

 自由都市に暮らしていた時分には、日によって異なるものを口に出来るなど考えもしなかったが……

 

などと訝しく思っておりますと、

 

(への53、部屋に帰ってよろしい。)

 

との声。

 

 え!仕事は?

 

 入れ替わりに食事に入ってくる人々とすれ違いつつザック氏は困惑するのですが、まだ街の全容もわからぬ今は、ともかく頭に聴こえてくる声に従う他に為す(すべ)がありません。

 

(への53、仕事です。建物を出て、歩いて来る一団に続きなさい。)

 

と聴こえてきたのは丁度お昼頃のことで御座いました。これにも従う他ないザック氏は慌てて通りへ出ますが、ややあって言われた通りにやはり数人の男女が歩いて参りますので、これについて参ります。

 

「あ、あんた。」

 

 ザック氏は、勇気を振り絞って先をいく男に声をかけてみます。意外にも男は、普通に応じてくれました。

 

「ん、なんだい?」

 

 ひとまず、目下最もの関心事を問うてみます。

 

「……何処に向かってるんだい?」

 

「あぁ、あなたは新入りさんだね?」

 

 問われた男は手慣れた様子でそう言いました。

 

「一昨日来たばかりだ。」

 

「今日は畑で雑草取りだ、多分。」

 

 これにもザック氏は驚かされます。日によって変わるのは、どうやら食事だけではなく仕事もそうであるらしい、と。しかも、昨日は午前いっぱいが仕事だったのに今日は午後に変わっている。これもおそらくは日によって変わるのに違いあるまい、とザック氏は考えます。

 

「お、おれは、ザック、ってんだが……あんたは?」

 

「……あぁ。それはここでは意味のないことだから。」

 

 男との会話はそこで途切れてしまいました。

 果たせるかな、一団は市壁を越えて小一時間歩いた農場に至り、そこで二時間少々草むしりをやった後に、やはり昨日同様の白、灰、黒の(ふだ)入れを求められ、やはり昨日同様に灰を投じれば、昨日とはまた違った食堂で夕食を取るよう頭の中の声に告げられて、ザック氏は、これは喜ぶべき状況であるのか、それとも忌むべき事態であるのか、判断がつかずにおりました。

 

 自分があのままリ・エスティーゼに暮らしていれば、早晩飢えるか糊口を凌ぐべく何らかの危ない橋を渡らざるを得なかったのは確かであり、そのことを思えば、この、頭の中に聴こえてくる声に従ってさえおれば、朝夕の温かくしかも日によって異なる食事が午前か午後の労働だけで保証される暮らしは、夢の国、といえば、まさに夢の国ではあるけれども……これは本当に自分が望んだ夢の国、なのだろうか?

 

 さりとて、故郷を捨てて一文無しのザック氏には他に行く当ても御座いませんですから、惰性でこのまま幾日かを過ごして参りますと、段々とものを考えること、それ自体が馬々鹿々しくなっても参ります。

 食堂は十日ほどで一巡いたしましたが、供される食事は変わらず日によって異なり、どれも決して飛び抜けて美味しくはありませんがさりとて不味くもなく、むしろ、その日の仕事が肉体労働のときは食事の量が応じて増えていることにザック氏は既に気づいております。

 仕事の方は、未だに一度たりとも同じことをしたことは御座いませんが、二日目に訪れた農場には収穫に出かける機会があり、このときは場所を告げられるだけで先行く一団に合流せよ、とは告げられませんでした。どうやら天の声……そう教えられたわけでは御座いませんが、自ずとザック氏は頭の中に聴こえてくるそれをこう名付けております……は、自身がこの街に慣れるに従ってそれに応じた指示を投げてくるようだ、ということにも思い至ります。

 

 こうして、人の子に感謝報恩を捧げる日々を送る限り食うには困らないことは呑み込めたザック氏なのですが、ただただそうしておれば無能に相応しい平穏な人生を全う出来たものを、ある日、余計なことを思いつきます。

 

 仕事が午前か午後かはその日になってみないとわからんのですが、午前に仕事をした日の午後に仕事がないことは既にわかっておりますので、午前の仕事を終えたザック氏は、その日の午後、夕食までの時間を街の探索に充てることを思い立ちます。

 集合住宅を出た時点では天の声から、勝手に外出しないように、と咎められるのではないか、と心配したものですが、そういうものは御座いません。あちらこちらで仕事をした成果で街の概容は掴めておりますから、普段立ち入らないところを含め、いろいろと歩き回ることが叶いました。

 

 ここにもいくつかの気づきが御座いました。

 

 第一には、この街の目につくすべての住人が、慣れの程度の差こそあれ、自分と同じような暮らしをしていることであり、互いに会話を交わすことがほとんどないことです。もっともザック氏自身、そんなことを天の声に命じられたわけでもないのですが、たまたま通りすがった誰かと目が合いますと、無意識の内に、

 

「人の子に感謝報恩を。」

 

と口にしてしまいまして、相手もやはり笑顔で同じ言葉を返します。敵意は一切感じないものの、交歓や共感もまたそこには御座いません。

 

 第二には、入市に際して「旅ですか、移住ですか?」と問われたことからも想定されるように、少なくない他所(よそ)からやって来た人間や亜人の旅人も通りを歩いていて、この者たちは、以前……今となっては既に随分と遠い昔のことのように思われる……ザック氏が当たり前と感じていた自由都市の住人と変わらぬ感じで振る舞っておることです。

 驚いたことには、彼らは食事をしたり物品を手に入れたり宿に泊まるに際し、公金貨、銀貨を支払っております。ここまで食事に対価を求められないこと、仕事に賃金が支払われないことから、サック氏はスレイン報国ではそもそも(かね)を扱うことがないのだ、と思い込んでおったのですが、外から当地を尋ねる者については別儀である様子。

 

 そして最も大きな気づきは、外からやって来た人間、亜人が、疑いなく()であるように見えるのに対し、この街で暮らし働く人々が、まるで操り人形であるかのように見えることなので御座いました。

 

 言うまでもなく、ザック氏自身は今や後者の部類、ということになりましょう。

 

(への53、赤い看板の食堂で夕食です。)

 

の声にハッと(われ)に返ったザック氏は、とぼとぼといつもの食堂に向かい、またいつもと異なる献立の、冷めた食事をいただきました。

 

 そしてこのとき、結果的に自身の寿命を縮めることとなる気づきを得てしまったので御座います。

 

 常に食堂に入った時点で温かい食事が用意されていたのは何故か。

 それは、自分が充てがわれた部屋、または仕事場に居ることが前提されていて、そこから食堂までの所要時間は予測できるから、自分に対するそれと同じ手法で操られている食堂の給仕もまた、自分が席につく直前に温かい料理を供することが可能だからだ。

 が、今日初めてその前提を崩した自分は、今こうして冷めた食事を食べている。

 

 意味するところは……自分はまったく監視されてはいない、ということ。

 天の声が命じたわけでもないのに外出した自身が、何の咎めも受けていないこともこれを裏付ける。

 

 思えば、仕事が終わる都度投じることを求められる三色の(ふだ)も同じ理屈で、仕事の質そのものはまったく監督されておらず、同じ仕事に従事した者同士が相互に監視評価している(てい)を装うことで怠惰を防がんとしているもので、実体はない。そもそも黒札(くろふだ)を投じたとて、それが誰の手抜きや怠けを言っているのかを示す機能は何処にもないではないか!

 

 ザック氏は、自分がスレイン報国の秘密に気づいた、と北叟笑みます。

 明けて翌日。

 

「今日も一日、人の子に感謝報恩を捧げます。」

 

 いつものように食事を済ませ、その日に差配された仕事は外からやって来た旅人向けの宿の清掃で御座いました。ザック氏は、自身に充てがわれたそれよりは上等な臥榻(ベッド)に寝転んで過ごし、何食わぬ顔で白札(しろふだ)を投じて帰ります。思った通り、何の咎めも御座いません。それでもいつも通り、食事は供されるので御座います。

 その翌日、また翌日も同様に過ごし、ついには差配された仕事場に出向く必要すらないことに気づきます。自身が欠員を出した仕事場では、これを不満に感じた同僚が少なからず黒札(くろふだ)を投じて帰った、などということはこの男には思い至らんので御座いましょうな。

 

 嗚呼、これこそがおれが求めていた夢の国だ!

 

 こうなって参りますともう歯止めが効きません。

 入国に際し取り上げられることがなかったのでそのまま忍ばせておりました短剣(ナイフ)を持ち出しましてふらふらと街を出歩き、目論見通り人気(ひとけ)少ない裏路地で独り仕事へ向かうものかそれとも食堂への途上かうら若い女性を見定めてこれに襲いかかり、犯して口封じに殺します。

 それでもいつも通り、食事は供されるので御座います。

 

 嗚呼、人の子に感謝報恩を!

 

 そんなことが三ヶ月も続いた頃で御座いましょうか。

 

(への53、青い看板の食堂で朝食です。)

 

の声にそこへ向かったザック氏は上機嫌に「今日の飯は何だい?」なんて軽口を(たた)きながら勢いよく扉を(くぐ)ったのですが、食堂内に踏み入った自身の右足に床を捉えた感覚がないことに驚いて下方に視線を向けると、そこにはあるべき床がなく大きな縦坑(ピット)が口(ひら)いておりまして、遥か底には剣山に貫かれた死屍累々が積み重なっておることに気づくのですが、次の瞬間には自身もその一人に加わって、儚くも分相応の生涯の幕を閉じたので御座いました。

 

 聡明な読者諸兄におかれては既にお気づきのこととは存じますが、ザック氏の大きな勘違いは、我がスレイン報国が個々人の行状の管理などという、労力ばかり要して見返りの少ない事業にはこれっぽっちも関心がなく、弱者、愚者、無能はすべて漏れなく(バルク)で扱っていることに思い至らなかったことなので御座います。

 

 仕事を終えた最後の三色の(ふだ)は、真っ当な者であれば灰を投じることを前提としておりまして……そもそも阿呆でも出来る仕事にその良し悪しなどあろうはずも御座いませんからな……これに白や黒を投じるものは、無用に自身の功を誇ろうとする者か、逆に他人の足を引くしか能のない者と判じておるのでありまして、それが実際に誰のことを言っているのかわからぬのはザック氏の考えた通りなので御座いますが、統計的にどの番号(ふだ)を割り当てられた者が差配された現場で有意に白または黒が多く投じられるか、は、簡単に把握出来るので御座います。

 そして、これが白にせよ黒にせよ一定の閾値を越えた者については(フラグ)が立ちます。後は、人口統計上生じた間引きの必要に応じて、さきほど御覧頂いたザック氏の辿った命運の如く、それが回収されるので御座います。元より日によって案内される食堂が異なるのも、傾斜のついた食堂入り口も、すべてこのための仕込み。

 この一連の手続きも半ば自動化されておるもので、そもそもザック氏が「天の声」と呼んだところの<伝言(メッセージ)>をやらせておる魔法詠唱者(マジックキャスター)にしても、手順(マニュアル)化された流れ図(フローチャート)台詞集(スクリプト)に従って、管理盤上に置いた番号(ふだ)に対応する駒を動かし、それがある枠に至れば決まった<伝言(メッセージ)>を飛ばしているだけのことで、結果的にザック氏を絶命せしめた食堂への案内もそれを届けた本人は何が起こったかを承知しておらず、何ならザック氏が落ちた穴も仕事としてそれを差配された者が何に供されるものか知らぬままただ作業として(ひら)いたもので、ひょっとすると明日は彼ら自身が穴、もしくは相当する何か、に導かれることすらあるので御座います。

 

 本人に何の過失もなく巻き込まれる者も多少はおりましょうが、(わたくし)どもと致しましては、金輪際我がスレイン報国が至高の御方にご迷惑をおかけせぬこと、それでいて、母上様の余人には(かい)せようもない歪んだ郷里愛(きょうりあい)が満たされ続けさえするのであれば必要十分なので御座いまして、そんな些細なことには(はな)から興味関心がないので御座いますよ。

 

 よく出来て……御座いましょう?

 

 誤解のないように申し添えますれば、只今垣間見ていただいたこれはスレイン報国のほんの一部、弱者、愚者を取り回しておこなう生産活動の中でも最も下層の部類で御座いまして、もちろん、もっと人間的な営みもおこなわれておるので御座います。

 たとえば、小生の名を冠しましたアレイン親衛隊であるとかアレイン報恩団などといったものをやっておる連中は、実のところザック氏と同じ境遇の者たちなのですが、ザック氏よりも少しだけまともな……否、考えようによってはより愚かなこの連中は、日に四時間しか差配されぬ仕事では(ひま)を持て余しますので、これを消費するべくあの活動を立ち上げ、勝手にやっておるので御座いますなぁ。

 中にはそこから頭角を現して、より理知的な職責へ、自律的な思考へと至る者もないではないので御座いますが、そもそも国家運営に関わる国官の類は、移住に際しての技能の有無、幼少の時分の教育選別でより分けられておりますれば、市井で()()()を待っておる時点で既にその者はある意味終わっている、のがスレイン報国なので御座います。まぁ、国官連中も別の意味で終わっておるので御座いますが。

 

 これを非道、無情と評するは自由なれども、小生と致しましては、そのような御高説を述べる(かた)には是非ともご教示賜りたいので御座いますが、では、他にどうやってこの無能どもを遇せよと仰るのか、といったところなので御座います。

 少なくとも我が国においては、この枠組みの内部で従順におる限り……まぁ、国家体制と経済均衡維持のための間引きは常に必要なので御座いますが……職と衣食住と、子孫を残すことすら約されておるので御座いますから、これを非難される方々におかれましては、代案をお示しいただきたい、より清廉潔白な手法によってそれを実現して見せていただきたい、と、このように考えておる次第でして。

 

 愉快……で御座いましょう?

 

 もっとも。

 

 仔細に差異こそ御座いましょうが本質的には似たような国に、何の疑問も抱かず、抗する声を上げるでもなくお暮らしの読者諸兄に、はたしてこれを(わら)う資格がありや?というのはまた別のお話、ということになりましょうな。

 

 いや、失敬。これはいささか言葉が過ぎました、ご容赦くだされ。

 諸兄の行く末に(さち)多からんことをお祈りいたしております。

 

 

                    *

 

 

 以下、余談では御座いますが、至高の御方、父ナモン(デミウルゴス)を含め、しばしばご下問あるところの、小生が忝なくも偏諱(かたいみな)を頂戴したウルベルト・アレイン・オードル様の生まれ変わりであるや否や、との問いについて、小生の考えるところを開陳いたしたく存じます。

 

 小生の思いますところ、この問い自体が本質的に誤っておりまして、そもそも「生まれ変わり」とは何であるのか、何が満たされていればそれは生まれ変わりであり、何がそうでなければそうでないのか、が定義不可能である以上、これは論じる意味のない問いなので御座いますなぁ、身も蓋もない話では御座いますが。

 そのような意味において、恐れ多いことでは御座いますが、至高の御方も父ナモンも浅はかなことを小生に問うておられる、と申し上げざるを得ないので御座います。

 

 さりとて。

 

 これで終わっては単なる詭弁……ウルベルト・アレイン・オードル様がお得意だったそうで御座いますなぁ……で終わってしまって興に欠けますので、少し異なる角度から論じてみたい、などと思っておるので御座いますが。

 

 <現実(リアル)>の20世紀の中庸、日本のとある宗教家がこんなことを申したそうで御座います。

 

   仏典は学ぶものではなく、思い出すものである。

 

 とか何とか。

 

 これは背景に輪廻転生観……皆様もご承知かとは思いますが、これは本来仏教に由来するものでは御座いません……を前提としておりまして、仏教者は前世、今世、来世に渡って仏道を行じておるのに違いないのであるから、今、目前に文献として存在する仏典を学ぶ、ということは誤った認識であり、仏典に縁すれば前世に学んだことが思い出されるのだ、といった意味合いになっておるので御座います。

 

 無論、この言説にまったく真理性など御座いませんで、より厳密に申し上げるならばこれは立証、反証ともに不可能な命題にて御座いますれば、ただの言葉、に()ぎんので御座います。

 

 されど。

 

 本稿冒頭にて述べましたユグドラシルにおける<伝言(メッセージ)>の消費MP(魔力)がゼロである、という一連のお話は、実は小生が父ナモンに教示いただいたのはまさに、<伝言>の消費MPがゼロである、位階により伝達確度が変わる、という事実、ただそれだけなので御座いまして、それ以外の部分は、小生がその事実とその他のナザリックの皆々様の有り様からすべて類推したことであり、実のところ小生も、はたして本当にそうであるのかどうかは承知はしておらんので御座います。

 一方で、小生は述べましたるところの<運営>の意図であるとか、プレイヤーの心理であるとか、共産主義が破綻するのは何故か、その他諸々につきまして、すべて疑う余地なく真理であると確信しておるので御座いまして、これを先の宗教家の言と合わせて鑑みまするに、これらを小生が()()()()()のだといたしますれば、小生がウルベルト・アレイン・オードル様の生まれ変わりである、ということは、あながち否とも言えぬのではないか、などと(だい)それたことを考えておるので御座いますよ!

 

 もっとも、読者諸兄がおそらくそうであられるように、聡明慧眼なウルベルト・アレイン・オードル様なれば、儚くも馬々鹿々しい生者の世界に今一度生まれ出たい、と願われたとは到底思えはしないので御座いますが。

 

 それでは皆様、云千云百年先にいずれまた。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンに永遠(とわ)の旅の供に迎えられたクレマンティーヌの胸中に渦巻く葛藤。

「そもそも不死者(アンデッド)、とはいったい何なんだ?」

 億劫のオーバーロード余9話『クレマンティーヌの憂鬱』

「あんた……キーノちゃんのことが好きなの?」

「いったい何を聞いてたんだ?オレには情愛や憎悪が欠落していた、と言った端はなからそれとは!」
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