億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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読者諸兄におかれては、自分もユグドラシルから異世界へ転移してみたい、自分であればもっと上手くやってのけるのに、などと益体もない夢想を抱かれる方もおいでのことかとは存じますが、大抵陥るところはこんなものだ、というところを無用な解像度で描いたお話で御座います。


余10話 転移歴400年 カルタン・ヌルの最期
カルタン・ヌルの最期


「……あれ!ワタシ、寝てた?」

 

 はっ、と彼女は覚醒した。

 

「参ったなぁ。明日も、っつーか、もう今日かぁ……早番なのになぁ。」

 

 そう呟きながら、彼女はVRデッキのHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を外そうと頭上に手を回すが、指先はそれを捉えることなく宙を切った。

 

 ……落ち着け、落ち着け。

 

 ユグドラシルに限らず、没入型仮想現実遊戯(DMMORPG)をやっていると、しばしば自身の生身の肉体の操身とゲーム中のアバターの操作を混同して慌てることがある。逆に、アーコロジーに立ち並ぶどれも無個性な建物が、低品位の画材(テクスチャ)を貼り付けられた立体描像(ポリゴン)に見えたことは、一度や二度ではない。

 

 繰り返しギルドの仲間たちと円卓の間で交わされた笑い話、定番のジョークだ。

 

 改めて彼女は頭上に手を回すが、やはりHMDはそこにはない。意を決して自身の頭を掴んでみるが、さらさらとした長髪が指に滑る。

 

 おかしい!

 自分は生まれながらの巻き毛で、髪質ももっとゴワゴワしたもの……だったはずだ。

 

 これも、ギルドの仲間たちに卑下混じりに繰り返し語ってきたことだ。

 

 恐る恐る、顔から順に、首、胸、腰、足からつま先まで指を這わせてみるが、がさつき一つない滑らかな肌、容易く折れそうなほど細いが力強い筋肉に支えられた首筋、手の平に収まりきらない豊満でやわらかな胸、きゅっとくびれた腰、カモシカのようなという言葉が相応しい(もも)から(すね)。触れれば触れた感触と触れられた感触を矛盾なく覚えている。

 

 どれも、コーディリアのものだ。

 

 そう、ワタシはコーディリアだ。

 ユグドラシルでのワタシはそう名乗る女戦士(ファイター)だった。

 

 が、そのユグドラシルは……昨夜終了したんじゃなかったのか?

 

 彼女はゆっくりと周囲を見回してみる。

 自身の所属したギルド、カルタン・ヌルの拠点、菊石迷宮(アンモナイトラビリンス)の玉座の間だ。

 眠りに落ちる直前、此処にいたのは記憶しているのでそこに矛盾はない。

 

 目前の安置台(ペデスタル)に恭しく置かれているのはギルド武器、<重力井戸への降下(プランク・ダイヴ)>。外見は反射率(ゼロ)の真っ黒な真球だが、魔法詠唱者(マジックキャスター)MP(魔力)の事実上の無限回復、その他の優れた力を有する聖遺物(レリック)級の逸品だ。

 が、戦士である彼女にとっては縁の少ない代物で、そもそもギルド長プロスペロの承認がなければ使うどころか動かすこともできない。

 

 ふと思うところがあって、コーディリアはその黒球(こくきゅう)を指先で軽く突いてみた。

 何の抵抗もなく台から落ちて床をコロコロ、と転がる。

 

 意味するところは明白だ。

 これは既にギルド武器ではない。

 

 そして視界に入るもう一つの物体。

 <換金箱(エクスチェンジボックス)>。

 

 そう、自分は昨夜来、ここで最後の大掃除をやっていたのだ。

 ギルド、カルタン・ヌルは一年ほど前の世界級(ワールド)アイテム獲得がかかったレイドボス戦で討伐貢献度トップ10(テン)入りを果たしたのをピークに、最盛期には十五人いたギルメンが次第にログインしてこなくなった。あれがギルド、最後の輝きだったのだ、と彼女は納得していたし、そういう彼女自身もログインしなくなった者の一人だった。

 そもそも参加ギルド数は14で、カルタン・ヌルの順位は8位だったのだから、中央以下だ。それに、レイドボスに与えたダメージの七割は上位3ギルドが与えたもので、しかも、最上位、見事世界級アイテムを獲得したそのギルドは、翌日に殲滅系ギルドの総攻撃を受けて陥落し、その後消息を聞かなくなった。

 

 あぁ、もう自分たちに出来ることはないんだ。

 

 ギルド長の隕石降らし(メテオコーラー)プロスペロはまた違ったようだが、他のギルメンが(みな)、ユグドラシルにおける自分たちの限界に達した、と考えていることはよくわかった。

 プロスペロはしばらくチャットウェアでギルメンに再起を呼び掛けていたが、ある日を境にそれがぷっつりと()んで、以降、こちらも消息を聞かない。真相を知るのが怖くて、彼女はそれ以上深入りはしなかった。

 

 それからもしばらくの間、ユグドラシルから新規クエストの案内や、ギルド拠点周囲に敵影を確認した警告などのメールが飛んできていたが、彼女がそれを開くことなく無視し続けた結果、メールウェアの支援AIがユグドラシル由来のメールを迷惑メールと判定するようになって、完全にその存在を忘れ去りかけていた。

 これを思い出したのは、別に彼女にユグドラシルへの強い思い入れがあったから、ではなく、メールウェア支援AIは、その判断でユーザーの経済的損失をもたらしたがための訴訟を避けるべく、金銭の取得または損失に関わるメールは迷惑メール判定の例外として扱われる仕様であり、その結果、フィルタを通り抜けて彼女に届いたそれは、ユグドラシルのサービス終了は一週間後なので、未換金のユグドラシル金貨の処分はお早目に、というリマインダーだった。

 

 ユグドラシルのサービス終了日、翌朝の早番を引き受ける代わりに早めに仕事を切り上げた彼女は、ひょっとすると他のギルメンたちもログインしてくるかも知れない、との微かな期待を抱きつつ、夕食も摂らぬままにVRデッキに着座した。この時点で午後7時少し前。

 長く訪れなかった菊石迷宮(アンモナイトラビリンス)には特に変化はなく、何者かの襲撃を受けた形跡もなく、仲間たちが訪れたそれも、やはり……なかった。

 

 思った通り、宝物殿にはかなりの量のユグドラシル金貨が残されていた。

 というのも、ギルド武器<重力井戸への降下(プランク・ダイヴ)>は宝物殿金貨を使用者のMPに変換するものであり、その使用権を有するギルド長プロスペロは、しばしばこれを持ち出してその能力を前提とした戦術を弄することを好んだ。

 ギルド維持の観点からは必ずしも褒められた行為では決してないこれに、かつての仲間たちは顔を顰めたアイコンをチャット経由で示したものだったが、プロスペロは「私の利用分は私が課金して補うのだから問題ないはずだ」と開き直って憚らず、実際、緊急の利用にも備えてかなりの額面を投じてユグドラシル金貨に換えていたことを、彼女を含む仲間たちは承知していた。

 

 当のプロスペロがこれを払い戻し(キャッシュバック)に訪れた形跡がないのは気になるが……それについては思い悩むのは()めたはずだ、と彼女は頭を切り替えた。

 迷宮内にはこの他にも、処理(シュレッド)してしまえばかなりのユグドラシル金貨に化ける魔法の品(マジックアイテム)が散在しているはずだ。コーディリアはギルメンの権でNPCたちに各自の持ち場の周囲にあるそれらを回収して玉座の間に届けるよう命令を発し、届けたNPCからそれを受け取ると同時に、NPCが装備していた換金できそうな品々もすべて装備解除させ、元の持ち場へと追い払った。

 ギルドの防衛戦力は激減したことになるが、よもやここに至って菊石迷宮(アンモナイトラビリンス)を襲う殲滅系ギルドなどはあるまい。

 

 当初、彼女はいろいろと思い出がなくもないそれらの写真(スクショ)を撮っては<換金箱(エクスチェンジボックス)>に放り込む、という作業をやっていたが、途中で馬々鹿々しくなってきて、後はひたすら投げ込むだけになった。

 結局のところ、素材価値しか勘案されない換金は宝物殿金貨の総数を一割ほど増やしたに留まったが、深夜にはすべてが終わって雲散霧消するそれを残しておく合理的な理由はない。自身では決して動かすことができないギルド武器以外のすべてを処分した時点で午後9時を少し回っていた。

 

 午後10時までは、他のギルメンがやって来るのを待とう。彼女はそう考えていたが、時間が経つにつれ、他にも同じことをやっているプレイヤーはたくさんいるはずで、それがユグドラシルが実行されている電脳集合(クラスタ)に与える負荷、現金化に伴う振込通信の遅延などのリスクが気になりはじめて、結局10時になる前にコンソールから払い戻しの手続きをおこなった。

 払い戻しはユグドラシル金貨100毎単位だったので、今日のギルド維持費にも満たない端数が残ったが、彼女が向こう3日ほどは普段口にしない贅沢な食事ができそうな程度の現金が得られた。仲間たちが遅れてやってきて権利を主張するようであれば、追ってこれを分ければいい。

 

 そして、すっかり殺風景になった玉座の間で、今しばらく、来るか来ないかわからない仲間を待ちながら感傷に浸った。

 

 そもそもこのギルド拠点は、ギルドの前身となった自身を含む7人組のクラン、カルタンが狩った準レイドボス、誇大妄想狂ヤドカリ(メガロマニアック・パグロディア)が背負っていた巨大な化石頭足類(アンモナイト)の殻だった。この怪物(モンスター)自身が、ギルド拠点を獲得するイベントになっていたものだが、今思えば、あのときが一番輝いていたのかもしれない、と彼女は思う。

 これを指揮統率し、各種の手続きの差配や調整を一手に引き受け、自身クラン最強の火力でもあったプロスペロも疑う余地なく輝いていたが、既にこの時点で、彼が他の(みな)を単なる自身の引き立て役と見做しているのではないか、という疑念は少なからず仲間たちの中で、口にこそされはしないが共有はされていたように思う。

 当人に悪気などなく、ただただ感想戦として喋っていたのであろうことは百も承知ではあるが、プロスペロが件の世界級アイテムが懸かったレイドボス戦後に、数人のギルメンの動きが悪かったことをやや嫌味っぽく語ったことが致命傷だったのだろう、ということにも、本人を除く(みな)が気づいていたことだろう。プロスペロとて、彼が批判するそれが仮に完璧な戦技に置き換わっても討伐貢献順位が1つか2つ上がるだけのことで、ベスト3が揺るがないことは承知していたはずだ。

 だが、あのときの彼はそれを口にすることを抑えきれず、結果的にギルドの命脈を自ら絶ってしまった。よもやゲーム如きのことで、とは思いつつも、長く消息を聞かない彼が自身の生命までを絶っていなければいいが……今日このときまで、これについて考えるのが嫌だからワタシはユグドラシルから目を背けていたんだ、という自覚が今の彼女にはある。

 

 はて、自分たちにはこの結末を避ける分岐点があったものだろうか。

 

 いや、そんなことを考えたとて意味はないだろう。仮にプロスペロがあの放言を自身の内に押し留めることが叶っていたのだとしても、このあたりが自分たちの力量の限界だ、という意識があったのは間違いないし、あれだけがギルドの求心力喪失の決定要因であったはずもなく、そもそもあれを乗り越えていたのだとしても、今日のサービス終了を避ける手立てはない。

 それでも彼女は、もう少し気持ちよくこの日を迎えることができなかっただろうか、(みな)でユグドラシルでの思い出を語らいながら、共に<運営>都合によるサービス終了を愚痴って終わることができていたならば、という思いを捨てきれずにいた。

 

 そんなことを考えているうちに、自分は眠ってしまっていたらしい。

 

 厳密に言えば、自分がユグドラシル最後の時間をアイテムの処分と残金貨の払い戻しに費やし、それを終えた後は玉座の間で考え込んで過ごしたことは、まるで台本のト書きにそう書かれたかのように記憶に鮮明だが、今振り返ると、自分が何を考え込んでいたのか、がはっきりとは思い出せない。

 

 いったい……何が起こっているのだろう?

 

 いくつかあった計時機能を有するアイテムもすべて処分してしまったし、さきほど(らい)コンソールが応答する気配を見せないので目下の正確な時刻がわからないが、どう考えても予告されていたサービス終了時刻、午前0時は過ぎているはずだ。何らかの<運営>側の事情でサービス終了が延期されたのだろうか。

 それにも増して彼女を困惑させるのは、コンソールが無応答であるがゆえに、<運営>への苦情(クレーム)のためのGMコールはおろか、強制切断(ログオフ)すらできないこと。さらには、今の自分がユグドラシルのアバターに過ぎなかったコーディリアの身体(からだ)を、疑いようもなく自身の肉体であると認識している事実だ。

 

 ふと、誰かの視線を感じて、慌てて彼女はそちらへ視線を向けた。

 

 コーディリア同様の理想的な体型(スタイル)の女性……でありながら、その肌は白鑞(しろめ)のような光沢を有し生身の人間のそれではない。

 ギルドの自動防衛戦の指揮官として生成されたNPC、自動人形(オートマトン)のジゼラだ。レベル20の戦闘指揮(クラス)特化型で、これを玉座の間に配置することで拠点防衛NPCのAI挙動に強化(バフ)がかかることから、多くの(ほか)ギルドにも同様のNPCがあったはずだ。

 

 そのジゼラが、じっとこちらを見ている。

 

 今一度、彼女は床に転がった<重力井戸への降下(プランク・ダイヴ)>に目を向ける。正当な所有者の許可なしには動かすことができないはずのそれが、彼女が指でつついただけで床に落ちたことは、前夜おこなった払い戻し(キャッシュバック)によりギルド維持資金が蕩尽し、ギルド武器が少なくともそのギルド武器としての能力を失っていることを示唆する。

 であれば、ギルド武器同様に拠点レベルから生成されたNPCもまた消失していて然りだが、今、目前にはジゼラが立っている。

 

 しかも、やおらそのジゼラが口を開いた。

 

「<伝言(メッセージ)>。玉座の間に叛逆者。タイエット、こちらへ。」

 

 な!

 

 コーディリアは息を呑んだ。

 NPCが発話している。音声で……自発的に?

 

 そうこうするうちに、ヤドカリの殻に由来するがゆえに有機的な曲面になっている隔壁に穿たれた巨大な扉が(ひら)き、呼ばれたタイエット……玉座の間に至る扉の守護を命じられた身の丈3メートル弱の黒檀銅像(エボニーゴーレム)が入室するや、やはりNPCが発するはずもない言葉を発する。

 

「ギルドの鍵は失われた。

 わたしがジゼラの指揮に従う理由は既にない。」

 

「タイエットの言は正しい。

 でも、昨夜来のその女の蛮行に思うところがあるのは、貴方(あなた)も同様でしょう。」

 

貴女(あなた)の言は正しい。」

 

 このやり取りにコーディリアは呆気に取られた。その内容もさることながら、ここで言われる、昨夜来のその女の蛮行、の、その女、とは疑う余地なく自分自身のことだ。

 コーディリアはNPCたちの装備を取り上げて処分(シュレッド)し、にも増して、ギルド維持資金を蕩尽させたのだから。

 

 黒檀の銅像(ゴーレム)が無言のままにこちらに近づいてくる。それが装備していた恐るべき破壊力を有した棍棒は既に失われているが、曲がりなりにも100レベルのNPCだ。徒手空拳で殴られたとて無傷では済むまい。その被打撃(ダメージ)を軽減する装備を一切欠いているのは、コーディリアとて同様なのだから。

 

 しかし、仮に攻撃を受けたとて、それが何だというのか。

 これはゲーム、しかも既にサービス終了したゲームの出来事に過ぎない。コーディリアを失って困ることなど何もないし、むしろHP(耐久力)(ゼロ)になればログオフが叶う可能性もある。

 

 敢えて一撃受けてみるか?

 

 コーディリアは覚悟を決めて、無防備なままに迫りくるタイエットを待ち受けた。

 

 タイエットの黒光りする拳が目前に迫って、コーディリアは本能的に両の腕を自身の前で十字に構えて防御の姿勢を取ることを強いられた。刹那、猛烈な衝撃を感じ自身の身体(からだ)が後方へ向かって吹き飛ばされた。その背が玉座の間側面の壁に打ち付けられる。

 

 これが……痛み?ダメージを負う感覚?

 

 それは、想像していたものと少し異なるような気もしたが、そもそも今の彼女にはどうしたことか<現実>で自身が恐れていたはずの痛み、が実際にどのようなものであったか思い出すことが叶わない。その一方で、コンソールを欠く現状では正確な数値ではわからないものの、自身のHPが万全のおよそ三割、ごっそりと失われたことだけは何故かわかる。

 ともかくこれは、耐えられなくはないが、好んで受けるものではない。そして、ログオフ不能の現状においてHPが0に至ることの危険(リスク)が正しく把握できていない今、これを甘受し続けることは望ましいものではない、と、半ば本能的に彼女は感じていた。

 

 さりとて、どうすればいい?

 

 不意に彼女は、自身の脳裏に、かつてのゲーム内においては階層的に整理されたリング型メニューで示されていた戦士としての技能(スキル)が浮かぶことに気づいた。無駄であるかも知れないが、反撃しないわけにもいかない。

 

「<光円錐の拳(フィスト・オブ・ライトコーン)>!」

 

 馬々鹿々しくも光速で放たれ周囲からは相対論的に歪んで見える、とフレーバーテキストに謳われた技能の発動を意識すると、これまた馬々鹿々しくもコーディリアはその(わざ)の名を自身が大声で叫んでいることに気づいて気恥ずかしさを感じた。

 同時に、元来の自分が再現できようはずもないあり得ない動作を自分の肉体がやっている感覚が走ると同時に、コーディリアの身体(からだ)は文字通り光の矢のように宙を切ってその拳がタイエットの胴中央に突き立った。刹那、コーディリアは三回の宙返りを経て元の立ち位置へ戻る。平衡感覚はまったく狂いを覚えてはいないが、過剰なまでの視覚情報が流れ込み吐き気を催す錯覚がある。

 この一撃を受けたタイエットは、じりり、と後退する様子を見せたが倒れはしなかった。元より、防御力、耐久力に寄って組み上げら(ビルドさ)れたアレは、この程度の攻撃ではびくともしないだろう。

 

()()は素早いので、まず動きを封じるのが肝要です。」

 

と素っ気なくジゼラが言う。

 かつての自身の下僕(しもべ)が、よりによって(あるじ)を「それ」呼ばわりとは!

 

 だが、彼女が意味もなくそこに苦言を呈するよりも以前に、大きく片足を振り上げたタイエットが次の行動に移った。それが何を意味するかは彼女には理解できたが、対抗する手段がない。

 

「<チャンドラセカールの縛り(ホールド・オブ・チャンドラセカール)>!」

 

 そう叫びながらズン、と黒檀の円筒状の足が踏み鳴らされるや、コーディリアは自身の身体が下方へと強い力で引き寄せられ、行動の自由が奪われたことに気づいた。タイエットの技能(スキル)、敵の足元に高密度の中性子の塊を生じさせ、その重力で動きを封じると謳われた技の効果だ。

 本当に文字通りのことが実現できたらこんなものじゃ済まないだろう、とコーディリアは思うも、そんなことを考えている場合ではない。この技能は対象が接地していなければ何故か無効になるので、常に自身が装備していた<翼の長靴(ウィングブーツ)>が処分済みであることを悔いるも、しても意味のない後悔だ。

 

「持てる最大の火力で(とどめ)を。」

 

 ジゼラの声に、冗談じゃない!とコーディリアは色めき立つ。

 装備無しの状態で発動可能なタイエット最強の攻撃手段、円筒状の巨大な足を軸方向に亜光速回転(スピン)させつつ放たれる脳天かかと落とし、その名も<ティプラーの円筒(ティプラー・シリンダー)>は、日に一度しか使用できないという制約こそあれ、今コーディリアが自覚している残りHPすべてを奪い去ってなお釣りの出る代物だ。

 

 万事休すか……こうなっては、HPの喪失がログオフに繋がるに望みを託す(ほか)にない。

 

 コーディリアは覚悟を決めた。

 その間にも、タイエットは彼女が予想した通り、自身の必殺技を放たんと、ズン、ズン、とこちらへ向かってくる。これはゲームだ、これはゲームだ……繰り返し頭の中でそう唱えてはいるものの、彼女の心は、今や完全に恐怖に支配されていた。

 

 ズン!

 

 最後の足音が、タイエットがコーディリアを間合いに捉え立ち止まったことを告げたとき、突如としてさらにその背後から、懐かしくも頼もしい魔法詠唱の声が響き渡る!

 

「<隕石落下(メテオフォール)>!」

 

 ギルドの冒険において、何度もHMD内で見慣れたはずのその視覚効果(エフェクト)は、今やまったく別物にコーディリアには見えていた。

 タイエットの頭上に突如渦巻く異空間が現れ、どう見ても玉座の間よりも遥かに大きい灼熱した岩の塊が出現したかと思いきや、そのままタイエットを押し潰したのだ。常識的に考えれば自分も巻き込まれて当然だが、不思議とその効果はタイエットのみに限定されているらしい。

 

「あぁ!」

 

 そして、ぐずぐずと燃え崩れるタイエットの背後から姿を現した魔法詠唱者(マジックキャスター)に、コーディリアは溜息を漏らした。

 

 あれは……

 

 見紛うことなくあれは、我らがカルタン・ヌルのギルド長、プロスペロではないか!

 

「プロスペロ!助けに来てくれたのね!」

 

 タイエットの破壊で縛りを解かれた彼女は、よろめく足取りで窮地を救った男に歩み寄った。

 人差し指を天に向かって突き上げた魔法発動時の姿勢(ポーズ)のまま、伝説(レジェンド)級の象牙色(アイボリー)上衣(トーガ)を纏った髭面のギリシア彫刻のような容姿の男、プロスペロは玉座の間入り口の扉を背に立っている。

 

「あなたも来ているとは思わなかったわ。」

 

 自分以外のギルメン……しかも、彼女が失意のあまり最悪の最期を迎えてはいないか、と心配していたギルド長の姿に、一気に気持ちが安堵の方向に振れたコーディリアは、プロスペロにお義理程度の抱擁(ハグ)は与えて叱るべきだろう、と無警戒のままに近寄ったのだが。

 

「……え?」

 

 そのプロスペロは、所持品(インベントリ)から素早く取り出した短剣(ナイフ)をコーディリアの脇腹に、何の躊躇いもなく突き立てた。即効麻痺性の毒効果があると見え、かつては決して身につけて放さなかった対策アイテムをまったく持たない彼女に、抗う(すべ)はない。

 へにゃり、と膝が折れて、頭を強打せぬよう庇うのが精一杯、コーディリアはぐったりと床に転がった。刺し傷からの大量出血に伴い、じりじりとHPが減少していくのを感じる。

 

「許されざる罪に、然るべき報いを。」

 

 何の感情も伝わってこない、まるでNPC、ジゼラやタイエットのそれと同じような口調で、ぽそり、とプロスペロが言う。

 その様子にも驚かされはしたが、より彼女を驚愕させたのは、プロスペロが手にした短剣の刃が彼女の肌を傷つけるのも厭わず、コーディリアの標準装備(デフォルト)外衣(ブラウス)を下着ごと切り裂いたことだった。自身の裸体が晒された感を覚え彼女は慌てふためくも、これもまたあり得ないことだ。

 ユグドラシルのアバターは衣装も含めてのアバターであり、各種装備品の差し替えはできても裸体になることなどできようはずもない。あられもない姿を麻痺したまま晒すコーディリアを無表情のまま見下すプロスペロは上衣(トーガ)を脱ぎ、これまたあり得ようはずもないそそり立った男性自身を晒して見せた。

 

 これは……アバターが凌辱(レイプ)されているものであって、ワタシではない!

 

 声も挙げられぬまま、コーディリアはただただこの悪夢が早く終わってくれ、と祈った。自身が自慰用の愛玩人形(ラブドール)であるかの如く力任せに扱われていること、自身の秘所がこの望ましからざる行為に悲鳴を上げていることはわかる。が、今感じているこの感覚が本当にそれそのものであるのか、の確信がコーディリアにはない。少なからず<現実(リアル)>において、理想的なものは一度たりともなかったものの体験したはずのそれの具体をまったく思い出せず、比較の対象がないからだ。

 プロスペロの人間とも思えぬ吠える声がしてようやく終わったか、と安堵するも束の間、雑にコーディリアを蹴飛ばして裏返したプロスペロは立て続けに尻穴を襲った。もはやコーディリアには、思考を停止させこの嵐のような行為が過ぎ去るのを待つ以外に為す(すべ)がない。

 結局プロスペロは、男性自身を清めるでもなく今一度コーディリアの前を犯した後、彼女を突き飛ばすように押しのけて立ち上がり上衣(トーガ)を纏った。

 

 うつ伏せになって涎を垂らしながら、辛うじて片目でプロスペロを視界に捉えたコーディリアは、これは彼を苦しめ、かつ、心配はしつつも放置して適切な配慮(ケア)を怠った自身に与えられた罰なのだろうか、と考えていた。

 これでプロスペロは気が済んだだろうか。これでワタシを赦してくれるだろうか。今なお意味不明なこの事態からの脱出に、共に取り組んでくれるだろうか。

 

 だが。

 

()せろ、雌豚。」

 

 プロスペロは、件の短剣をコーディリアの剥き出しの乳房の上に当て、そのまま全体重を乗せて貫いた。

 

 

 

 プロスペロが菊石迷宮(アンモナイトラビリンス)の円卓の間にログインしてきたとき、時刻は午後11時30分を回っていた。この時点の彼に、ひょっとしたら袂を分ってしまった仲間たちとの再会があるかもしれない、という期待がなかった、と言えば嘘になる。

 が、過去からの習慣で、ログイン直後におこなわれた各種の状況確認(ステータスチェック)の結果は、彼を修羅に堕とすに十分なものであった。

 

 宝物殿金貨蕩尽が警告されている。

 残数は五十枚未満で、次のギルド維持資金の要求に耐えない。

 

 もちろん、プロスペロは今夜サービス終了を迎えるユグドラシルにおいて、そんな金貨を確保しておく必要がないことは理解している。

 一方で、宝物殿金貨の蕩尽は、随分昔となる彼自身の最終ログイン以来外部からの侵入者の記録がない以上、かつてのギルメン……プロスペロが何度ギルドの再起を訴えても応じないばかりか、否の返信すら返さなかった連中のうちの誰かが、最期の最後に()()神聖なギルド拠点を訪れ、あろうことか資金横領に及んだことを意味している。

 

 彼は残りの20分と少しを、円卓の間で呪詛を吐きながら過ごした。

 

 いかに破綻した色恋沙汰から逃れようや!

 言語に絶する犯罪への復讐!長命への怠惰!

 いまは亡き肉体人の先祖を復活させるため、

 神々との接触をいざ求めん!

 

 それは、狂人の詠う意味不明の無韻詩。

 

 そして午前0時、プロスペロは何かが変わったことに気づいた。

 それまでなかった、確かに己の足で大地に立っている感覚がある。<現実(リアル)>の自身がそうであろうはずもない筋骨隆々とした身体(からだ)を、疑いなく自分自身のもの、と自覚する。驚くべきことに、呪詛を謳って興奮した男性自身が屹立していることも!

 

 コーディリアがそうしたように、GMコールやログオフが不可能であることを確認した後、いくつかの位階魔法を空打ちして自分がそれを使えることは理解できた。目下起きている事態が何であるのかはともかく、駄目元でギルド武器だけは回収しようと玉座の間に向かえば、丁度その守護を委ねていたNPC、黒檀の巨人タイエットがこちらに背を向けて入室しているところだった。

 外から様子を伺えば、中には何も装備していない無課金ユーザーのような情けない格好をしたコーディリアが居て、タイエットと戦っている。

 

 なるほど。

 と、プロスペロは独り得心した。

 

 どういう趣向かは理解に余るが、どうやらユグドラシルの延長戦が始まっているらしい。あの糞女がギルド維持資金を横領したせいで、下僕(しもべ)たちの忠誠は失われ、まさに彼女はかつての下僕から横領の罪を問われているのだ。<運営>もなかなかに洒落た演出をするじゃないか、金貨の払い戻しを誘っておいてコレとは!

 プロスペロは後を追って入室し、魔法の効果に不安があったことも手伝って、こういった場合の定石に従い、即時発動ができない超位魔法を除けば自身の技の中でも最大火力となるそれを放ってタイエットを屠った。ほう、同士討ち(フレンドリファイア)が通るとは好都合だ、と北叟笑みながら。

 

 もちろん、プロスペロはコーディリアを救わんとこれをおこなったわけではない。

 むしろ、一瞬の希望を与えた後に絶望に陥れることこそ彼女を遇するに相応しい、と考えてのことだ。

 

 思った通り糞女は、土壇場に現れた英雄(ヒーロー)に救われたかのように、何の警戒心も持たずにこちらに近づいてきた。(わら)わせてくれるにも程がある。この糞は、自分が何をしでかしたのか理解していないのか?

 

 ギルド現役時代以来、不意の遭遇戦で貴重なアイテムを紛失(ドロップ)しないために、主要武装は常備せずに宝物殿に保管することが通例化していたため、真に貴重なそれらはことごとく糞女に処分(シュレッド)されてしまったが、それでも最低限の闘争に可能な武具は所持品(インベントリ)にはあった。

 相手は曲がりなりにも100レベルの女戦士、まともに接近戦をすれば敵うはずもない。が、完全に油断していたコーディリアの脇腹を刺すのは、笑ってしまいそうになるほど簡単だった。が、笑顔が相手に一瞬でも安心を与えることを嫌って、プロスペロは無表情を貫いた。

 今以て何故そうなっているのかはわからないが、18禁項目が無闇に厳しかったユグドラシルにおいて、公知されたサービス終了時刻以降、あろうはずもない男根が自身のアバターにそそり立っている以上、女戦士であるコーディリアも同様だろう。

 欲情したわけではないし、もちろんコーディリアを愛してなどいない。この糞は、ただHPを(ゼロ)にしてやるだけでは飽き足らない。その前に、徹底的な屈辱を味あわせてやる必要がある。だから、<現実(リアル)>において愛玩人形(ラブドール)しか相手にした経験のないプロスペロは、それであるかのように糞を扱ってやった。胸のすく思い、とはまさにこのことだ。

 そして、放心してか絶頂に至ってかは知ったことではないが、心ここにあらずのコーディリアの胸に、100レベルプレイヤーといえども抗いようもない致命的一撃(クリティカルヒット)をくれてやった。糞の目が真ん丸に見開かれ口から鮮血を吹き上げるに至って、ようやくプロスペロの口元からずっと(こら)えていた哄笑が漏れた。

 

()せろ、雌豚。ハハハハハッ!」

 

 死ぬまでに一度は言ってみたかった台詞だ。

 

 コーディリアの血液と精液まみれの薄汚れた身体(からだ)は、光の粒となって弾け飛んで消えた。できることならば、プロスペロはこれが腐って溶けていく過程も観察したいと思ったものだが、この際そんなことはどうでもいい。

 中の人……実際の性別が本当に女だったことは知っているが、きっとアラフォー、行き遅れの百貫デブであったに違いない……はログオフしたのだろうか。VRデッキの上で自身が味わった屈辱に身悶えていてくれれば幸い、あわよくば発作的に手首でも切ってはくれまいか!

 

 しかし。

 

 そんな高揚も(じき)に醒め、プロスペロは改めて目下の自身の置かれた状況と向かい合っていた。

 <運営>が何を思ってこんなことをやっているのか知る由もないが、ユグドラシルの延長戦として、ログオフを封じられた<脱出ゲーム(リアルエスケープ)>に自分は強制参加させられているらしい。こんな馬々鹿々しいことに付き合う義理はないから、体性感覚がまったくなくVRデッキの緊急停止ボタンにすら手が届かない今となっては、適当な100レベルNPCに突っ込んで玉砕しゲームオーバー、でも一向に構わないが、それはそれで興を削ぐ。

 

 できることならば、このゲームを突破(クリア)して、<運営>の鼻を明かしてやりたい、とプロスペロは考えている。

 

 問題は、ギルド武器<重力井戸への降下(プランク・ダイヴ)>のMP回復能力を前提とした組み上げ(ビルド)のプロスペロは、継戦能力を根本的に欠いていて、虎の子の<隕石落下(メテオフォール)>を大盤振る舞いした今となっては、攻撃手段が皆無に等しいことだ。超位魔法はMP無しでも発動できるが前衛なしに使うなんてあり得ない。MPの回復を待とうにもここには食料がなく、眠ってもHP、MPともに回復は微々たるもので、そもそもVRデッキに生身の肉体を拘束されたままゲーム内で睡眠するなんてことは、その後訪れるであろう汚物の後始末を考えれば言語道断だ。

 だから、可能な限り短期の解決を試みるべきだが、菊石迷宮(アンモナイトラビリンス)はその名の通り螺旋を描く一本道の構造で、最も単純(シンプル)な意味でのクレタ型迷宮であり、最奥に宝物殿、その手前に今在る玉座の間があって、外へ至るにはただひたすらに十六ある隔壁を突破していく必要がある。

 しかもその中間点には、三体の100レベルNPC、司祭ヴィクラム、骸骨の時の支配者(クロノマスター)ティモン、巨大梟(ギガントオウル)サチオ、が一箇所に居並んで待ち構えている。その装備品は糞が取り上げて処分済みだろうが、裸状態であっても技能(スキル)だけで数度プロスペロを殺すに十分な火力を備えた連中だ。今の自分にアレを突破する力はない。

 さりとて、ここに籠城するのも良策ではない。コーディリアを犯し始めた時点で、これを見ていた防衛指揮官NPCジゼラはそそくさと玉座の間を退出していった。ログインした時点でよもや戦闘などするつもりはなかったので偽装系の防御措置を怠ったから、ジゼラはこちらの残りMPが大火力攻撃魔法を扱うに足りないのに気づいているはずだ。この機を逃すまじ、と、アレが100レベルNPCを含む忠誠心を失った下僕(しもべ)たちを引き連れて襲ってくる可能性は少なからずある。今やそれはプロスペロにとっては時限爆弾のようなものだ。

 

 ただ一つだけ。

 

 一つだけプロスペロにはこの状況からの脱出に一縷の望みをつなぐ手段が残されている。

 が、それはいささか投機的な危険を孕むものだ。

 

 <転移門(ゲート)>。

 

 100レベル魔法詠唱者(マジックキャスター)であるプロスペロはこれを行使することが可能で、幸いにしてその程度のMPは残されている。

 問題は、何処へ飛ぶか、だ。

 

 ユグドラシルの仕様上、事前に特別な儀式をおこなったり、専用の魔法の品(マジックアイテム)を錬成しない限り、ギルド拠点内の任意地点間で転移をおこなうことはできない。なので、プロスペロが転移先に選択できる直近の座標は菊石迷宮(アンモナイトラビリンス)のすぐ外、ヴァナヘイムのアテーナイエー山の中腹だ。

 

 が……本当に拠点の外は、ヴァナヘイムなのか?

 

 不可能座標への転移は、それを通り抜けた者の喪失(ロスト)を引き起こす危険な行為だ。

 

 仕様上、転移先座標はアバターに記録される(ブックマーク)で管理されており、栞を任意に生成することは可能だが、通常は実際にその地点に当人が立って自ずと得るか、その場に立っている者、あるいは立ったことのある者からもたらされた座標情報から作られる。この場合、転移は安全な行為だ。

 一方で、以前は存在したが何らかの理由で失われた座標……地下迷路(ダンジョン)のある地点が今この瞬間稠密な岩に埋もれていない、と誰が言えよう……悪意を以て巧みにそれらしく偽装された(トラップ)座標、というものは存在する。

 

 プロスペロは迷った。

 他にも同様にこの<脱出ゲーム>に巻き込まれている者の存在を仮定すると、少なくないプレイヤーが今自分が置かれている状況に陥るはずだ。そうしたプレイヤーが、ともかく忠誠を失った下僕たちから逃れて一息つくべく拠点外へ転移する、というのは、最も想定される行動の一つだ。だから、ここに罠を張る、というのは、悪辣でしられたユグドラシル<運営>としては、極めてあり得る話であるように思われる。

 一方で、この状況が真に<脱出ゲーム>であるならば、そうだと気づいた時点でもはや(ほか)に打つ手がない状況に陥るものであれば、それはゲームとしては成立しない。真にプレイヤーの力量が試されるのは、一旦拠点外に出て態勢を立て直してからでなくては意味がない、と思われるのもまた事実。

 

 仮にハズレ(くじ)を引いたとて、ログオフして終わりであれば失うものは何もない。

 

「<転移門(ゲート)>!」

 

 かくしてプロスペロは、不帰路(ふきじ)となる禍々しき光の輪を(くぐ)る。

 

 

                    *

 

 

「……見てたのか?」

 

「はっ?」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 転移歴400年も残すところ数日となり、未だあるべき来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、<百年の揺り返し>の捕捉がないことから、改めて気を緩めることのないように、とする注意喚起と、来訪者が1年を乗り越える余剰金貨を有していた可能性を勘案し、やや変化していくことを強いられる対応方針を徹底すべく、主だった階層守護者たちが一堂に介している。

 

「いや……あんまり生々しい(リアルだ)から、実はおまえはそれを見つけて、皆に内緒のまま独り黙って覗き見てたんじゃないか、と。」

 

 一通りの議事が終わった後、狡知の最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスは「心配せずとも、今回の愚かな来訪者の辿った末路はこのようなものでしょう」と、怪しげな笑みを浮かべながら両手を高く振り上げ、滔々と、ギルド、カルタン・ヌルの最期、と自ら題した物語を開陳した。

 

「ご冗談を、アインズ様。あくまでも……(わたくし)がその()()では御座いますが……あくまでも譬え話、として仮構させていただいたもの……で、御座いますとも!」

 

 その、三日月型の口が不安を煽るんだよ!

 

「講談師、見てきたような嘘をつき、なんぞと申しますが、(わたくし)も負けてはおれませんな。」

 

 いや、そこは負けとけ、パンドラ!

 

「し、しかしだな、デミウルゴス!

 作り話にしては、(いや)に微細に凝ってたじゃないか。と言うか、凌辱(レイプ)(くだり)、要るか?要らないだろー、常識的に考えてー!」

 

「いえいぇ、アインズ様ァ!

 アレがないと画竜点睛を欠く……と、あちきなんぞは思うのでありんす。」

 

 そりゃ……どう考えてもおまえの趣味だろ!

 

「ただ、デミウルゴスは真面目が過ぎて猟奇的描写にキレがありんせんなぁ。あちきでありんせば、コーディリアなる雌豚の穴という穴に……」

「待て待て、シャルティア!」

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、期せずしてシャルティア・ブラッドフォールンから放たれそうになった精神攻撃を寸でのところでかわした。

 

「私ハ、デミウルゴスノ想像力ニ感服シマシタ。サモアロウ、ト思イマス。」

 

 酒場(バー)でいつもいいようにコイツにノせられてるおまえ(コキュートス)に言われても説得力ねーよ!

 

「出来ることであれば、コーディリア嬢を助けてさしあげとう御座いました。」

 

 毎度のことながら……おまえ(セバス)の正義は(やっす)いなー!

 

「お、お(ねぇ)ちゃん、こ、これって、大抵のユグドラシルプレイヤーはそうなるのに、ア、アインズ様が今こうしてボクらといるのは、す、凄い、ってことだよね?」

 

「何言ってんのよフィオーレ、(あっ)たり前じゃなーィ!」

 

「ボクは、アインズ様の下僕として生を享けたことを誇らしく思います!」

 

「ワ、ワ、ワタシも、お、お(にぃ)ちゃんに、お、同じく!」

 

「フ、フクロウさん……で、出てこなかったァ。」

 

「え!姉貴(あねき)の関心事、そこォ?」

 

 闇妖精(ダークエルフ)三世代六人衆。

 わかるけど……わからん!

 

「デミウルゴスの言わんといたしますところは。」

 

とアインズの傍らにあって優しげな視線を愛する(あるじ)に注ぐアルベド。

 

「多くのユグドラシルプレイヤーが、自身の下僕(しもべ)に対する愛情を欠き、以て分相応の末路へ、不可避の最期へと堕ちるに対し、(わたくし)どもにユグドラシル時代はもちろんのこと、こちらの世界に渡り来てより四百年を経た今日(こんにち)にあっても変わらぬ無上の愛を惜しむことなく注いで下さるアインズ様の、何と禍々しくも麗しく端倪すべからざる至高の御方であられることよ、と。(わたくし)も、そんな御方に矢継ぎ早に、前から後ろから……突き立てられたい、あぁ!」

 

 アルベドはそのまま帰ってこなくなった。

 

 ただ一人アインズだけが、何でおまえら、嘘か(まこと)かはともかく、こんな(むご)い話聞かされた(あと)に和気藹々なのよ?ほんと、禄でもねー連中だな、おまえらはー!と呆れ返りつつも微笑むのであった。

 

 

 

 そして。

 

 何処とも知れぬ深海の底に横たわる巨大な化石頭足類(アンモナイト)の殻の中、ジゼラたち(あるじ)なきカルタン・ヌルの下僕(しもべ)たちは、あろうはずもない訪問者を永遠に待ち続ける……のかも知れない。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

「あ!」

と少女が声を挙げた。

「先生の指が近づいてくるのがわかります!」

 億劫のオーバーロード余11話『青空教室』

 (おそ)(おのの)くキーノを余所(よそ)に、クレマンティーヌの細く繊細で、でありながら、力強い指先が、キーノの敏感な部分へと迫る。

「や、やめろー!」
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