億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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今月は本作転移歴500年前後、水晶の塔事変を取り囲む群像劇を五話全六回にて、例によって3日毎にお届けする所存。今話はみんな大好きカルネ村、本作におけるド・クロサマー王国のお話と相成りますれば、お楽しみいただければ幸い。


余11話 転移歴412年 青空教室
青空教室(1)


「先生、オハヨー!」

「おはよう、ございまっす!」

「おはよう、先生。」

「チーッス!」

 

 性別も種族も年齢もまったく不揃いの一団が、緩やかな窪地の芝生に集まって思い思いの挨拶を口にする。

 男女は当然として、種族は、人間、森妖精(エルフ)小鬼(ゴブリン)人食い鬼(オーガ)蜥蜴人(リザードマン)妖巨人(トロール)、と身長も体格もてんでばらばらで、年齢に至っては漸く(おのれ)の足で歩き始めたと見える子どもから、皺くちゃの老人まで色取り取りだ。

 

 ただ、挨拶を送る相手は(みな)同じ。

 窪地のほぼ中央で小さな切り株に腰掛ける頭巾(フード)付きの黒裳(ローブ)をすっぽりと(かぶ)った魔法詠唱者(マジックキャスター)

 

 その相貌は、見紛うことなき……骸骨!

 

「いつものように、添削して欲しい宿題はこの箱に入れといてくれ。」

 

と気さくに応じる彼が、四百年前に旧王都リ・エスティーゼを牛耳った犯罪組織<八本指>の用心棒、<六腕>の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)デイバーノックとは、よもや誰も思うまい。

 

 

 

 遡ること三百年前。とある事件をきっかけに()の住人に加わったデイバーノックは、それからしばらくは日中は廃屋同然の小屋の中で香を焚いて黙想し、星の具合のよろしい夜に限ってトブの大森林に赴いて位階魔法の実験をおこなう暮らしを送っていた。

 転機となったのは、ある朝それまで誰も(おとな)うことのなかった彼の小屋に、一人の小鬼(ゴブリン)の少年がやってきて、

 

「読み書きを教えておくれよ!」

 

と乞うたことだった。

 

「おまえ……オレが怖くはないのか?」

 

髑髏(ドクロ)様でしょ?怖くなんかないよ!」

 

 髑髏(ドクロ)様、は村人にとっては現在に繋がる村の始祖となった姉妹の命を救った伝説の存在だ。

 一方でデイバーノックとしては、六腕時代の仲間の(かたき)であると同時に、その髑髏様と自身が勘違いされたがために、一つ間違えれば消滅させられかねなかった忌まわしい名でもある。

 

「その呼び方は嫌なことを思い出すから()めてくれ。

 で……なんでオレなんだ?」

 

「村長さんが、読み書きを習いたいならデイバーノックさんのところに行けって。」

 

 ……あの女、余計なことを。

 

 と思わないでもないデイバーノックではあったが、表向きのこととは言えド・クロサマー王国第四代女王トゥリア・エモットの差配(アサイン)を無碍にも出来まい、と思ったものか、少年自身の責でなかったことにするのが無難だろう、と思いつく。

 

「小僧。」

 

「ヒコロクだよ。」

 

「……じゃぁ、ヒコロク。

 教えてやらんでもないが、おまえ一人に教えるというのも面白みに欠く。」

 

「別にぼくは、ぼくに教えてくれれば満足だけど。」

 

「おまえが満足かどうかなんてオレが知るか!

 ……あと九人ばかり生徒を集めろ。そしたら教えてやろう。」

 

「えーーー!」

 

 うんざり顔のヒコロクに、ちょろいものだ、とデイバーノックは北叟笑んだ。

 ところがその翌朝。

 

「連れてきたよ、髑髏(ドクロ)様!」

 

とヒコロクが、人間が七人、小鬼(ゴブリン)がヒコロク含め四人、人食い鬼(オーガ)妖巨人(トロール)が各一人の計十三人の子どもばかりを引き連れて現れたため、デイバーノックは引くに引けなくなってしまった。

 

「……わかった。わかったからその髑髏(ドクロ)様、は()めてくれ。」

 

 流石に小屋は暗く手狭だったので、デイバーノックは子どもたちを村のほぼ中央にある用途もなく放置されていた浅いすり鉢状の芝生で覆われた窪地に連れていき、そこで手習いを施すことになった。

 デイバーノックは無闇に長い時間を過ごしてきたこともあり、スレイン法国と旧リ・エスティーゼ王国の書法を教える分には何の問題もなかった。そしてこの時点の彼は、所詮は子どもの言い出したことだから、一回二回真似事程度に教えてやれば、すぐに飽きて皆何処かへ行ってしまうだろう、と考えていた。

 

 ところが。

 

 無論、中には飽きてやって来なくなる子どももいないではなかったが、新たに参加する子どもの数がそれを上回り、農閑期に限ってのことにはなるが子どもの親までもがこれまた種族関係なく加わるようになって、いつの間にやら常時三、四十人の教え子を抱える大所帯になってしまったのである。

 

 何をやってるんだ、オレは?

 

 だが、やはり無闇に長い時間を旅してきた彼が蓄えてきた知識を、それこそ砂地が水を吸うが如くに学んでいく子どもたち、これまでそういった知識と無縁だった大人たちが日に日に見違えていく(さま)は、元来は生者を屠ることを本能的に欲する彼であっても、存外面白かった。

 当初、子どもたちを含め多くの村人がデイバーノックを「髑髏(ドクロ)様」と呼んで憚らなかったが、これだけは決して譲らぬと都度訂正し続けた結果、デイバーノック、という音韻が一部の亜人たちにとって不自然なもので発音し難かったこともあって、彼に対する呼称はいつのまにか、

 

「「「ガイコツ先生!」」」

 

に落ち着いた。

 

「わたしも……子どもの時分にガイコツ先生の授業を受けてみたかったですわ。」

 

 死の直前、七十代の既に次代に女王位を譲ったトゥリアが窪地を訪ねてぽそりと呟いた一言が、今なおデイバーノックの干からびた頭蓋にありもしない()裏にしばしば思い起こされることを知る者は少ないが、そこからの三百年は、彼にとってはアッという間の時間だった。

 

 

 

「ヒコジュウ、よく書けていたぞ、上出来だ。セルシャは、朱書きしておいたがまとめがもう一工夫いるな。エルキルハウシュビッチはもう少し力を抜いて書け、読む方も肩が凝るぞ!」

 

 デイバーノックは前回の教室で回収した宿題に朱を入れたものを、教え子たちの名を呼びながら返していく。

 宿題、と言っても、別にこれは何か義務的な課題が出されたものではなく、銘々が思い思いに身につけた書き言葉で綴った文章の添削をガイコツ先生に委ねているもので、また、すべての教え子がこれをやっているわけではない。

 

 いつ頃からか「青空教室」と呼ばれるようになった窪地での授業は、概ね三日おきに開講され雨天は休講、そして二部構成になっている。

 

 第一部は文字通りの手習いで、読み書きを学ぶ。

 

 当初デイバーノックは、そもそもカルネ村がリ・エスティーゼ王国の一部だった経緯もあって、何の疑問もなく旧王国語を教えていたが、どこかの時点で、実用的には少なからず交易のある城塞都市エ・ランテルに準拠し帝国語も取り入れるべきことに気づいた。

 そこで、幼少の時分を帝都アーウィンタールに学んだ<(あけ)薔薇(ばら)>の混血(ハーフ)戦妖巨人(ウォートロール)ガ・ギンから彼が帝国幼年学校で用いた読み書きの教科書を譲り受け、これを独学習得した。さらに、その時点でいくらかいた帝国からの移住者……多くはデイバーノックにとっては教え子でもある……と語らって、エ・ランテルでも完璧でこそないが通用し、自由都市においても意味が通らないでもない書法を編み出していった。

 こうして生まれた村特有の混成言語(ピジン)が、今では教えられている。

 

 この教室には個々人の習得段階に応じた学年、のような概念はなく、すべての世代が一堂、ならぬ青空の下に会しているので、存外その教え方は野放図だ。毎回、二つか三つの事物、概念、言い回しをどう書き表すか、ということだけが教授され、身につけたい者はとりあえず今知ったその言葉を使って何か書いてこい、という話になる。

 これがさきほど、幾晩徹夜しようとも平気なデイバーノックが添削、返却した宿題、である。

 

 逆に言うと、殊更読み書きを覚えたいとは思っていない者、種族の特性から……少なくともデイバーノックは、人食い鬼(オーガ)蜥蜴人(リザードマン)は、手の肉体構造上の制約から筆記には向いていない、と考えている……その学習に向かない者は、これには参加しないか、それでも何をやっているのかは気になるので遠巻きに眺めているか、今、少なからぬ人食い鬼(オーガ)の子どもたちがそうしているように、傍らで組打ちをして遊んでいるのが常だ。

 そんな彼らであっても、文字を読むという点では条件は同じになるので、最近では村のほとんどの者はこの混成言語を読むことが出来るまでになっており、これは村の情報伝達効率を飛躍的に向上させた。少なくとも三人集まれば、うち一人はそれがどんな種族の者であっても読むことだけは出来ると言われており、以前は口伝えで伝えるしかなかった話が、その到達距離、所要時間、継続時間いずれも大きく拡張されたがゆえである。

 

「……よし、手習いはここまでにしよう。作文は次回までの宿題だ。

 じゃぁ、今日のお題(テーマ)を出してくれるのは誰だ?」

 

 青空教室の第二部は、教え子の一人からお題を得ての自由討論(フリートーク)になる。

 

 元々は、やはり無駄な長生きから随分と博識なデイバーノックに対し、最初期の教え子たちがやれ「十三英雄の話をしてくれ」だとか「蜥蜴人だけに尻尾があるのは何故か」などと無遠慮に問うてくることがあって、これにデイバーノックが自身の知るところを開陳し、教え子たちも思うところを述べて……といった討論(セッション)に存外教育効果があることに気づいた彼がいつからか定番化させたものだ。

 どちらかと言えばこちらが青空教室の主たる呼び物(メインコンテンツ)であり、午前中に手習いを終えた後、銘々が持参した昼食やおやつを食べながら議論が始まるのだが、この時間帯になって参加する大人……皆、かつてのデイバーノックの教え子だ……も多い。

 実のところ、手習いで教えられる混成言語(ピジン)も、この自由討論の時間に「エ・ランテルでの商いにもう少し便利になる書き言葉はないものか?」と行商をやっていた人間から発議されたものを、繰り返される討論の中で陶冶されて成っていったものだ。結果的にそれは、当時は対応する筆記体系を持たなかった旧リ・エスティーゼ王国の裏社会で通用した卑語(スラング)に、下町で使われていた略式記法を合わせたようなものに落ち着いたのだが、妙なことが妙なところで役立つものだ、とデイバーノックは(おのれ)(わら)った。

 

「「「はい、はい、はーい!」」」

 

 デーバーノックのお題を求める呼び掛けに、たくさんの子どもたちが挙手で応じる。デイバーノックはその中でもいち早く挙手した小鬼(ゴブリン)の少女を氏名するが、もちろんここしばらく当たったことがない子を選ぶ配慮がなされた上でのことだ。

 

「じゃぁ、今日はチハヤだ。」

 

 チハヤと呼ばれた少女は喜色満面でこう言った。

 

「なんでこうなったか!」

 

「……あのなぁ。」

 

とデイバーノック。

 

「人に話しをするとき、手短に結論から言え、と教えたのは確かにオレだ。

 が、いくらなんでもそれは端折り過ぎだろうよ。

 

 多少長くなっても構わんから、()()()()()()()()()を皆にわかるように言ってくれ。」

 

 この諧謔の効いた返しにドッと笑いが起こり「アア、始マッタゾ!」と手習いに関心少なく組打ちに興じていた人食い鬼(オーガ)妖巨人(トロール)の子どもたちも合流し始める。

 

 身も蓋もない指摘を受けたチハヤは、でありながらそれを気にするでもなく、照れ笑いを浮かべながらたどたどしくも語り始めた。

 

(とう)ちゃんが旅から帰ってきて。」

 

「あぁ、ハチゴローか。元気にしてるか。チハヤの親父も昔は随分とやんちゃでオレも手を焼いたものだ。」

 

 またも聴衆からドッと笑いが起こる。

 チハヤが「旅」と言っているのは、近頃は村の特に男衆の一部の間に、単身、または数人の集団で村の外を旅して知見を広めるのがある種の通過儀礼として流行(はや)っていることを言っている。元は蜥蜴人(リザードマン)部族(クラン)の族長育成過程の習慣に由来したものらしいが、デイバーノック自身も詳しいところまでは承知してはいないものの、そういう試みはあって然りだろう、くらいには知っている。

 

「村の(そと)はこんなじゃないって言ってた。」

 

「こんな、とは?」

 

 無論、デイバーノックはチハヤの言わんとするところを既に概ね察してはいるが、なるべく本人の言葉でそれを言わせようと導くのも、これまた教育効果を期待してのことである。そもそも急ぐ理由などまったくない。寿命、といったものに縁のない彼はとことん気長(きなが)なのだ。

 

小鬼(ゴブリン)とか、妖巨人(トロール)とか、人間とか、入り混じって暮らしてないって。」

 

「まったくいないわけでもあるまいよ。」

 

「うん、それは(とう)ちゃんも言ってた。

 でも、何て言ったらいいか……そのぉ……あのぉ……」

 

 もちろんデイバーノックの真意は彼女を追い詰めるところにはないので、こういうときは助け舟を出す。

 

「まぁ、チハヤの言いたいところはわかる。種族が異なる者の間には、壁、あるいは溝がある、といったところか?」

 

「そう、それ!」

 

 この話題は、外部社会を見聞してきた者であれば必ず抱く疑問であり、これまでにも繰り返しこの自由討論で話題になってきたものだ。とは言え、今ここにある者の大半はその討論に参加していたわけではないし、過去の講義録のようなものが残されているわけでもないので、これまでも、そしてこれからも、飽きることなくお題に登るであろうことは疑いない。

 そして、討論する都度、微妙に異なる新たな知見を銘々が得て帰ることは明らかなので、デイバーノックにはこれを月並み(マンネリ)な話題だと却下(リジェクト)する理由はなかった。

 

 さて、今日はどの切り口から話してやろうか。

 

「まずチハヤ、おまえはどう思うんだ?」

 

「うーん、よくわかんない。みんな(おんな)じなのにねー。」

 

 このやりとりを周囲の聴衆は興味深気(ふかげ)に見守っており、中には「それはこうだろう」「いや、あれだろう」と小声で言い交わす者もあるが、自由討論に際して皆に訴えたいことがあるときは挙手する決め事(ルール)は皆承知していて、場が混沌とすることはない。

 

「なるほど、では、こうしようか。」

 

と、デイバーノックは、何故そんなものを忍ばせていたものか(ふところ)から一粒の豆を取り出した。

 

「いいかチハヤ。これが目玉だと思え。」

 

 彼はそう言って骨の手の平の上の豆をチハヤによく見せた上で、やおらそれを自身の骸骨顔の額にペタリと貼り付けた。

 

「どう思う?」

 

 チハヤよりも先に、他の子どもたちから「お化けだー!」「三つ目の化け物だー!」と歓声が上がる。当のチハヤは含意がわからずに首を傾げている。

 

「オレとて、村の外をうろつけば大抵の奴からは、化け物だ、と逃げ惑われるだろうよ。

 だが、おまえたちはオレが怖くはないだろう?」

 

「「「全然!」」」

 

「それは、生まれてこの(かた)オレを見慣れているからだ。

 対して、村の(そと)の連中は、骸骨姿の教師になど出会ったことはない。そして、ほとんどの者は見慣れぬ者に対しては恐怖を抱くか、そうでなくとも警戒はするわな。」

 

 皆がふむふむ、と首肯している。

 

「ところがそんなおまえたちでも、オレの額に一つ目玉が増えれば、化け物だ、と言う。

 つまり、これは程度の差であって、絶対的に何かが違う、というわけじゃないんだな。

 わかるか?」

 

 ようやくチハヤも目前の教師の言わんとするところがわかったと見え、俄にその顔がパァと明るくなった。

 

「いい機会だから面白いことを教えてやろう。

 キルシュ、ちょっとこっちへ来い。」

 

 デイバーノックはチハヤの何人か隣に座っていた色白の蜥蜴人(リザードマン)の少女を手招きする。少女は、いったいなんだ?という訝しげな表情を浮かべつつも、おずおずと皆の前に歩み出た。

 

「よーし、そのあたりに立て。で、目を閉じろ。いい、というまで開くなよ。」

 

「はい、先生。」

 

 キルシュは素直にこれに従うが、デイバーノックは骨の人差し指をゆっくりとキルシュの額に近づけていく。

 

「あ!」

 

と少女が声を挙げた。

 

「先生の指が近づいてくるのがわかります!」

 

 これに聴衆が驚く。まだデイバーノックの指先はキルシュの額から随分と離れている。

 

「実は蜥蜴人の額には第三の目、とでもいうべきものが埋没している。」

 

とデイバーノック。

 

「日常は視覚、嗅覚を当てにしているから当の本人でも気づかんだろうよ。闘技に優れた男衆ならば、いつの間にかこれに気づいて(おのれ)の武術に取り入れているものだが、そいつらも第三の目、とは考えていまい。」

 

 見れば、何人かの子どもたちは手近な蜥蜴人に対して追試を試みている。

 その様子を愉快げに眺めながら、デイバーノックはキルシュを元の居場所へ送り返しつつ語った。

 

「面白いのはこれからだ。

 皆、手近な者と互いに同じことを試してみろ。相手が蜥蜴人である要はない。」

 

 この教師の発言に聴衆はいささか困惑した様子を見せるが、子どものみならず大人たちもこれに素直に従って、(ペア)になった者と交互に目を閉じ、互いの額に指を近づけあった。途端、あちこちで「あっ!」「え?」と声が挙がり始める。

 

「皆も既に気付いたとは思うが、蜥蜴人ほど遠くからは察知できないものの、小鬼(ゴブリン)、人間、森妖精(エルフ)にも同じことが出来る。オレ自身、何故そうなのかはよくわからん。が、どうやらこれは、位階魔法習得の可能性と対応しているらしい。」

 

 おぉ!と聴衆からどよめきが起こった。

 たしかに、蜥蜴人、小鬼、人間、森妖精の魔法詠唱者(マジックキャスター)は知り合いに少なからずいるが、人食い鬼(オーガ)妖巨人(トロール)のそれは寡聞にして聞いたことがない。

 

「チェッ、ツマンネーノ!」

 

と一人の人食い鬼(オーガ)の少年が不平を口にするが、

 

「まぁ、そう拗ねるなボルグソン。その分おまえらは体格、腕力に恵まれてるだろう?

 幼少の今はともかく、成人したら並の人間はおまえには絶対(かな)わんのだからな。」

 

と窘められてニヤリと微笑み返す。

 

「さて、いささか脱線が過ぎたが、言いたいのはこういうことだ。

 おまえらは、豆で作ったオレの第三の目を見て、お化けだ、と笑ったが、実はおまえらの大半にも第三の目があって、単にそれに自分では気づいていなかったから見慣れぬものだ、と判じたに過ぎない。つまり、何を以てこれは同類だ、あれは異質だ、とする境目は、実は気分次第で変わるあやふやなもの、ということになるな。」

 

 やんや、やんやと喝采が飛ぶ。(みな)口々に、これだからガイコツ先生の話は()められない、帰ったら女房にも教えてやろう、などと言い合っている。

 

「だが!」

 

と、敢えて声色を変えてデイバーノックはこう続けた。

 

「村の外の連中がそうであるように、少し見た目が違うからと言って恐れたり、一線を引くことが間違っているわけじゃない。むしろ大抵の場合はそれが正しい。

 森にはおまえらなんぞ一発で殺せる毒をもった毒蛇(パイソン)がいる。今ボルグソンが焼いて食ってる蛇がまさにそれだが、これは人食い鬼(オーガ)が生まれながらにその毒への耐性を有しているからそうなのであって、他の者にとっては一見して蛇の毒の有無はわかり難いから、とりあえず蛇を怖がっておく、というのは有用だ。あ、リラリュースは別儀だ、あいつは卑屈だが根はいい奴だからな。

 同様に、おまえらはオレに慣れすぎているが、オレ以外の不死者(アンデッド)はおまえらにとっては間違いなくヤバい存在だ。そのことは努々(ゆめゆめ)忘れんでくれよ。オレの馴染みであるがためにおまえらがそれの餌食になったら寝覚めが悪いからな、まぁ、オレは寝ないんだが。」

 

 聴衆は引き続き大爆笑しているが、最後の下りは存外デイバーノックが本気で案じていることではある。

 

「さて、チハヤ。」

 

と、デイバーノックは発議の少女に再び声をかけた。

 

「おまえはキルシュが好きか?」

 

 チハヤは二つ隣に腰掛ける蜥蜴人の少女を一瞥した後、

 

「うん!」

 

と即答した。

 

「だが知っているか、チハヤ。キルシュはおまえと違って卵から生まれたんだ。キルシュ、チハヤは母親カミヨの(はら)から生まれた。随分と違うだろ?」

 

 問われたキルシュはしばし呻吟する様子を見せたが。

 

「でも、お父さんとお母さんが愛し合って、そして生まれた、のは同じでしょ?」

 

と、笑顔をチハヤに向け、チハヤもニッコリと微笑んで返す。

 

「いい答えだ!」

 

とデイバーノックは二人を称揚し、窪地は拍手に包まれた。

 

「そこで話は、我らが敬愛すべき初代ネム・エモット女王陛下へと返ってくる。」

 

 ネムの名を出すと、自然と聴衆は静まり返り居住まいを正した。

 髑髏様……我らが我儘気儘な大魔王アインズ・ウール・ゴウンのことである、念のため……同様に、その名は村の誰しもにとって伝説の英雄、尊崇の対象だ。デイバーノック自身はそういう考え方はしていないが、皆がそうであることは承知しているので、敢えてこのように恭しい物言いをしてみせる。

 

「オレがこの村に加わった時点でもネムは既に故人だったから、直接の面識がないのは皆も知っての通りだ。が、オレが村に加わった時分に何やかやと世話を焼いてくれたゲ、という男がいる。そう、おまえらもよく知る村一番の猛者(もさ)(けん)ちゃんに跨って年甲斐もなくいまだに野を駆けるギ(じぃ)さんの親父だ。」

 

 またも窪地は大爆笑だ。

 

「ゲは、子どもの時分にネムと直接会ったことがある。今から話すことはそのゲから聞いた話だ。」

 

 ここで再び聴衆に静寂が戻る。初代女王ネム・エモットを直接見知る者の証言、はただそれだけで傾聴に値する百金の価値があるからだ。

 

「まことにもって恐れ多いことながら。」

 

とおどけてみせるデイバーノック。

 

「ネムはそのあたりが……天然にぶっ壊れておいでであったそうだ。」

 

 ん?と皆がよくわからない、という顔をする。

 皆を代表しているつもりか、発議者チハヤが問うた。

 

「女王様の、何が壊れてたの?」

 

「さっき、チハヤとキルシュは、お互いが愛し合う父母から生まれたから同じだ、と言ったな。そのあたりの感性だよ。

 何を以て相手を仲間、友達と見るか……この辺りの感覚が、ネムは根本的に狂っていた、とゲは言っていた。ゲのさらにその親父、当時、森で東の巨人と恐れられていたグの前に初めて立ったときも、ネムは顔色一つ変えずに、こんにちわー、と挨拶してグを呆れさせたんだそうだ。」

 

 おぉ!と再び聴衆をどよめきが包む。

 

「もちろん、それだけで事が成ったわけじゃない。

 皆も知っての通り、ネムには、覇王、血塗れと恐れられた姉エンリが常に共にあった。」

 

 ゴクリッ、と皆が息を呑む。

 今も村では、聞き分けのない幼児に対しては「悪い子のところには覇王が来るよ!血塗れが来るよ!エンリが来るよ!」と震え上がらせるのが定番の躾だ。

 

「ゲの話だと、グはエンリに小指で弾き飛ばされた、と言っていたらしい。オレとて俄には信じ難いが、ゲは確かにそう聞いた、と言っていた。」

 

 きゃー!と女の子たちから悲鳴が起こる。

 無論、これはグが息子に冗談のつもりで語ったものなのだが、ゲは存外素直にこれを真に受けていて……角笛から召喚されエンリに忠誠を誓った小鬼(ゴブリン)の始祖たちは、良かれと考えてエンリの武勇伝を捏造し吹聴したものだが、いつしか既成事実化したそれを聞かされ続けたゲに、常には冗談など言わぬ父が発した言葉を冗談だと見抜くことなどできたはずもなく、これを真顔で語るゲを間近に見たデイバーノックもまた然りであった。

 

 嗚呼、草葉の陰で覇王が、血塗れが()いている!

 

「そういう力の裏付けもあって、の話にはなるが、おまえたちがこうしてお互いの違いではなく、通じるところを見つけ合って仲間だ、と考える性向は、元を糺せば当時としては壊れ、と評さざるを得ないネムの感性に由来しているということになる。

 ネムは、突き詰めれば、手足が二本ずつありさえすれば友達だったらしい。それで(けん)ちゃんも()としたそうだからな。」

 

 言うまでもなく、さきほどから話題にのぼる(けん)ちゃんとは、東の巨人()西の魔蛇(リラリュース)と並んで恐れられていた巨大栗毛鼠(ギガント・ハムスター)、森の賢王のことである。

 

 デイバーノックはここまでしか語らなかったが、実はゲが語ったネムの話には、いささか剣呑な続きがあった。

 

 曰く、ネムは()()()の方も天然に壊れていて、直接の子孫こそエ・ランテルから移り住んだ人間の薬師の男との間にもうけたが、ありとあらゆる種族とそれはそれは飽きもせずによく()()()()性の冒険家だったのだそうである。小鬼(ゴブリン)人食い鬼(オーガ)はもちろん、妖巨人(トロール)とてもその例外ではなく、ゲは既に五十代だったネムと寸前まではいったもののどうしても自身が()たずに為せなかった、とデイバーノックに語った。さらには、当時の蜥蜴人の総族長ザリュース・シャシャに誘いをかけて妻のクルシュ・ルールーと掴み合いの喧嘩になったとか、空恐ろしいことには(けん)ちゃんともヤッたらしい。いったいどうやって?

 

 とまれ。

 年端もいかぬ子どもも居る場で語る話でもあるまいよ。

 

「そうしたネムの稀有な感性、覇王エンリの有無言わせぬ力が、異質な者同士を分断していた森を切り拓いた。そこに生まれ育ったおまえたちは、何の疑いもなくその感性を受け引き継いでいる。

 

 とまぁ、これがオレの考える、チハヤの問う、なんでこうなったのか、の答えだ。

 種々異説はあって然りだ。何か思いついた者は書いて持って来い、添削してやろう。」

 

「「「はーい!ガイコツ先生、ありがとうございました!」」」

 

 こうしてこの日の自由討論はお開きとあいなった。

 

 

 

 実際にはこれに加えて、特に向学心著しい者を住まう小屋に迎えての個人授業もデイバーノックは引き受けている。そこで講じられる内容は、彼が最も得意とする位階魔法に始まり、歴史、数学、天文学、と幅広い。(みな)、第一位階に留まるが少なからぬ魔法詠唱者(マジックキャスター)も輩出していて、さきほど子どもたちに語った第三の目の知見も、その途上で気づきを得たものだ。

 

 目下の教え子は、第九代女王となるであろうエモット家の少女。

 

 デイバーノックはこの求めずに得た安らかな日々に充足感を覚えてこそいるものの、決して先々を楽観視しているわけではなかった。

 村の者たちは誰も気づいてはいないだろうが、存外村の均衡(バランス)は極めて危ういもので、いつ崩壊してもおかしくはない。今日の自由討論においても、村とその外を分かっているのは、(おのれ)と差異のある者の間の線引の如何であることが話題になったが、村の者たちは、いくらなんでもその線引がなさ過ぎる、とデイバーノックは危惧していなくもない。

 彼やリラリュースのような寿命を持たないものはさておき、皆、生まれたときからその環境に何の疑問もなく生きてきたのだからそれは仕方のないことだ、とは思うものの、その疑問のなさ、それ自体が問題だ。特に、村の連中には、ほとんどの場合自身に悪意を向けてくる者、それを隠して近寄ってくる者、の存在をまったくといってよいほど想定する習慣がなかったからだ。

 

 村の政治……という物言いはいささか大袈裟ではあるが……は、基本的には当代女王と、それを後見するデイバーノック、リラリュースの合議によっている。明の部分で村人に導きを与えるのは常に女王、皆には村長、と呼ばれる者の役割だが、青空教室を介して自身が良かれ悪かれ村人の思考誘導をおこなっていることにデイバーノックは自覚があったし、その天性から日陰仕事を好むリラリュースが誰に気づかれることもなく種々の問題を未然に片付けていることも承知している。

 そして、自分とリラリュースはともかく、人間であるエモット家の子女……実は既に亜人の血も少なからず交じっている……は、いつ絶えぬとも限らない。無論、エモット家の血筋自身に何か超越的な力があるわけではないとデイバーノックは知っているが、それでも、村の統合の象徴として皆の精神的な支えとなっていることは疑いようもなく、恐らくそれを欠いてしまえば、遠からず村は、滅びはせずとも瓦解、穏当な言い方をすれば発展的解消を迎え、分散霧消していくだろうと彼は考えていた。

 

 が、それが何だと言うのか。

 

 自身は生者を屠ることを旨とする不死者(アンデッド)だ。この自己認識は、当地で暮らすようになってもまったく揺らいではいない。自分が生者の世界に迎え入れられたのだ、などとデイバーノックは考えてはいなかった。

 

 位階魔法の深淵に至りたい一心で、人の心を一切失う覚悟で禁呪を以て死者の大魔法使い(エルダーリッチ)へと転じたとき、驚くほど自身に変化が起こらなかったことをデイバーノックは忌々しくも懐かしく思い出す。自分の先達たちは、どれだけ人情味溢れる者であっても不死者化した途端に生者への怨念を剥き出しとし、遅からず生者の駆逐対象となったものだ。

 

 何故、自分は揺るがぬ自我を維持したままの不死者転生が叶ったのか?

 

 答えは明瞭で、生者であった時分から自身には、生者への愛情も憎悪も、そもそも一切の関心がなかったのだ。大抵の人間は双方兼ね備えていて、一方が欠落するから反動が大きく出る。魔導探求が(おのれ)のすべてであったデイバーノックにはそれがまったくといってよいほどなく、不死者化は彼の自我に変化らしい変化を与えなかった。

 

 今だからわかることだが、自身を最初に生者の世界へ引き戻した男、六腕の首魁(リーダー)ゼロも、デイバーノックが魔導に対してそうであるように、闘技に対してのみ執着した虚無の男だった。他の連中はともかく、ゼロは八本指を単なる資金源(スポンサー)としか考えておらず、その行状に良くも悪くもまったく無関心だった。その意味で、当時はそんなことは考えもしなかっただろうが、ゼロはデイバーノックにとっては初めて得た友、でもあったのだ。

 そしてそのゼロが命を落としたあの戦い……というか、正しくは一方的な虐殺において、その友を救うことができなかった無念を相殺すべくそう思うのかも知れない、との疑いを抱きつつも、でありながら確かに、全身全霊の一撃を爆砕執事(セバス)に放ったときのゼロは本当に楽しそうだったし、全く功を奏さなかったそれに対する反撃(カウンター)の脳天かかと落としを喰らったゼロは、驚愕の中にも恍惚の表情を浮かべて死んでいった……と今なればこそ思う。

 

 初代女王ネム・エモットが愛の方向へ壊れていたのと同様に、自分もまた虚無の方向へ壊れていたのだ、と悟ったのは、まさに妖巨人(トロール)の友人ゲ・ガンからネムの驚天動地の逸話(エピソード)を聞かされた折のことだった。

 そして、そんな彼にとって、依怙贔屓や気に入らぬ個人の排斥が御法度となる()()は、結果的に自分でも驚くほどの天職となってしまった。人生……は()うの昔に終わっているのだが……わからぬものだな、と彼は独り苦笑する。

 

 そうでありつつも、やはり不死者である彼は、無意識のうちに生者の死を望んではいる。それを敢えて自らおこなわないのは、わざわざ手間をかけてまでそんなことをする必要はないのだ、と気づいたからだ。

 

 そもそもの発端、髑髏様と自分を勘違いし恭しく跪礼を捧げて村へ誘ったニモ・エモットは死んだ。村の教師の座へと導いたトゥリア・エモットも死んだ。陽気な友人ゲ・ガンも死んだ。その義兄弟ガ・ギンも死んだ。ヒコロクも死んだ。ヒコロクの両親、ヨタローもハルも当然死んだ。キーノ・インベルンが道を誤っていなければ、やたらと弁が立って不思議と気の合ったリキウス・アインドラとかいう若造も既に死んでいるだろう。

 

 何もする必要などない。

 皆、逝ってしまい、自分だけが取り残される。

 

 だがそれは(おのれ)が望んで選んだ道だ。後悔などはしていないし、そもそもそういう感性が自身に備わっていれば、こんな道は選ばなかったはずだ。

 

 言うなれば、これは壮大な絵巻物だ。

 巻を進めれば登場人物も、舞台すらも入れ替わる。この村、ド・クロサマー王国も例外ではないだろう。

 俯瞰する立ち位置にある自分は、それを眺めているに過ぎないのだ。

 

 嗚呼、オレはこの世界で最も充実した不死者であるに違いあるまいよ!

 

「さて、そろそろギの(じぃ)さんが帰ってくる頃だろう。

 村の外れまで迎えに行ってやるとするか。」

 

 デイバーノックは夕暮れの村をとぼとぼと夕日を背に歩む。

 

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