青空教室(1)
「先生、オハヨー!」
「おはよう、ございまっす!」
「おはよう、先生。」
「チーッス!」
性別も種族も年齢もまったく不揃いの一団が、緩やかな窪地の芝生に集まって思い思いの挨拶を口にする。
男女は当然として、種族は、人間、
ただ、挨拶を送る相手は
窪地のほぼ中央で小さな切り株に腰掛ける
その相貌は、見紛うことなき……骸骨!
「いつものように、添削して欲しい宿題はこの箱に入れといてくれ。」
と気さくに応じる彼が、四百年前に旧王都リ・エスティーゼを牛耳った犯罪組織<八本指>の用心棒、<六腕>の
遡ること三百年前。とある事件をきっかけに
転機となったのは、ある朝それまで誰も
「読み書きを教えておくれよ!」
と乞うたことだった。
「おまえ……オレが怖くはないのか?」
「
一方でデイバーノックとしては、六腕時代の仲間の
「その呼び方は嫌なことを思い出すから
で……なんでオレなんだ?」
「村長さんが、読み書きを習いたいならデイバーノックさんのところに行けって。」
……あの女、余計なことを。
と思わないでもないデイバーノックではあったが、表向きのこととは言えド・クロサマー王国第四代女王トゥリア・エモットの
「小僧。」
「ヒコロクだよ。」
「……じゃぁ、ヒコロク。
教えてやらんでもないが、おまえ一人に教えるというのも面白みに欠く。」
「別にぼくは、ぼくに教えてくれれば満足だけど。」
「おまえが満足かどうかなんてオレが知るか!
……あと九人ばかり生徒を集めろ。そしたら教えてやろう。」
「えーーー!」
うんざり顔のヒコロクに、ちょろいものだ、とデイバーノックは北叟笑んだ。
ところがその翌朝。
「連れてきたよ、
とヒコロクが、人間が七人、
「……わかった。わかったからその
流石に小屋は暗く手狭だったので、デイバーノックは子どもたちを村のほぼ中央にある用途もなく放置されていた浅いすり鉢状の芝生で覆われた窪地に連れていき、そこで手習いを施すことになった。
デイバーノックは無闇に長い時間を過ごしてきたこともあり、スレイン法国と旧リ・エスティーゼ王国の書法を教える分には何の問題もなかった。そしてこの時点の彼は、所詮は子どもの言い出したことだから、一回二回真似事程度に教えてやれば、すぐに飽きて皆何処かへ行ってしまうだろう、と考えていた。
ところが。
無論、中には飽きてやって来なくなる子どももいないではなかったが、新たに参加する子どもの数がそれを上回り、農閑期に限ってのことにはなるが子どもの親までもがこれまた種族関係なく加わるようになって、いつの間にやら常時三、四十人の教え子を抱える大所帯になってしまったのである。
何をやってるんだ、オレは?
だが、やはり無闇に長い時間を旅してきた彼が蓄えてきた知識を、それこそ砂地が水を吸うが如くに学んでいく子どもたち、これまでそういった知識と無縁だった大人たちが日に日に見違えていく
当初、子どもたちを含め多くの村人がデイバーノックを「
「「「ガイコツ先生!」」」
に落ち着いた。
「わたしも……子どもの時分にガイコツ先生の授業を受けてみたかったですわ。」
死の直前、七十代の既に次代に女王位を譲ったトゥリアが窪地を訪ねてぽそりと呟いた一言が、今なおデイバーノックの干からびた頭蓋にありもしない
「ヒコジュウ、よく書けていたぞ、上出来だ。セルシャは、朱書きしておいたがまとめがもう一工夫いるな。エルキルハウシュビッチはもう少し力を抜いて書け、読む方も肩が凝るぞ!」
デイバーノックは前回の教室で回収した宿題に朱を入れたものを、教え子たちの名を呼びながら返していく。
宿題、と言っても、別にこれは何か義務的な課題が出されたものではなく、銘々が思い思いに身につけた書き言葉で綴った文章の添削をガイコツ先生に委ねているもので、また、すべての教え子がこれをやっているわけではない。
いつ頃からか「青空教室」と呼ばれるようになった窪地での授業は、概ね三日おきに開講され雨天は休講、そして二部構成になっている。
第一部は文字通りの手習いで、読み書きを学ぶ。
当初デイバーノックは、そもそもカルネ村がリ・エスティーゼ王国の一部だった経緯もあって、何の疑問もなく旧王国語を教えていたが、どこかの時点で、実用的には少なからず交易のある城塞都市エ・ランテルに準拠し帝国語も取り入れるべきことに気づいた。
そこで、幼少の時分を帝都アーウィンタールに学んだ<
こうして生まれた村特有の
この教室には個々人の習得段階に応じた学年、のような概念はなく、すべての世代が一堂、ならぬ青空の下に会しているので、存外その教え方は野放図だ。毎回、二つか三つの事物、概念、言い回しをどう書き表すか、ということだけが教授され、身につけたい者はとりあえず今知ったその言葉を使って何か書いてこい、という話になる。
これがさきほど、幾晩徹夜しようとも平気なデイバーノックが添削、返却した宿題、である。
逆に言うと、殊更読み書きを覚えたいとは思っていない者、種族の特性から……少なくともデイバーノックは、
そんな彼らであっても、文字を読むという点では条件は同じになるので、最近では村のほとんどの者はこの混成言語を読むことが出来るまでになっており、これは村の情報伝達効率を飛躍的に向上させた。少なくとも三人集まれば、うち一人はそれがどんな種族の者であっても読むことだけは出来ると言われており、以前は口伝えで伝えるしかなかった話が、その到達距離、所要時間、継続時間いずれも大きく拡張されたがゆえである。
「……よし、手習いはここまでにしよう。作文は次回までの宿題だ。
じゃぁ、今日の
青空教室の第二部は、教え子の一人からお題を得ての
元々は、やはり無駄な長生きから随分と博識なデイバーノックに対し、最初期の教え子たちがやれ「十三英雄の話をしてくれ」だとか「蜥蜴人だけに尻尾があるのは何故か」などと無遠慮に問うてくることがあって、これにデイバーノックが自身の知るところを開陳し、教え子たちも思うところを述べて……といった
どちらかと言えばこちらが青空教室の
実のところ、手習いで教えられる
「「「はい、はい、はーい!」」」
デーバーノックのお題を求める呼び掛けに、たくさんの子どもたちが挙手で応じる。デイバーノックはその中でもいち早く挙手した
「じゃぁ、今日はチハヤだ。」
チハヤと呼ばれた少女は喜色満面でこう言った。
「なんでこうなったか!」
「……あのなぁ。」
とデイバーノック。
「人に話しをするとき、手短に結論から言え、と教えたのは確かにオレだ。
が、いくらなんでもそれは端折り過ぎだろうよ。
多少長くなっても構わんから、
この諧謔の効いた返しにドッと笑いが起こり「アア、始マッタゾ!」と手習いに関心少なく組打ちに興じていた
身も蓋もない指摘を受けたチハヤは、でありながらそれを気にするでもなく、照れ笑いを浮かべながらたどたどしくも語り始めた。
「
「あぁ、ハチゴローか。元気にしてるか。チハヤの親父も昔は随分とやんちゃでオレも手を焼いたものだ。」
またも聴衆からドッと笑いが起こる。
チハヤが「旅」と言っているのは、近頃は村の特に男衆の一部の間に、単身、または数人の集団で村の外を旅して知見を広めるのがある種の通過儀礼として
「村の
「こんな、とは?」
無論、デイバーノックはチハヤの言わんとするところを既に概ね察してはいるが、なるべく本人の言葉でそれを言わせようと導くのも、これまた教育効果を期待してのことである。そもそも急ぐ理由などまったくない。寿命、といったものに縁のない彼はとことん
「
「まったくいないわけでもあるまいよ。」
「うん、それは
でも、何て言ったらいいか……そのぉ……あのぉ……」
もちろんデイバーノックの真意は彼女を追い詰めるところにはないので、こういうときは助け舟を出す。
「まぁ、チハヤの言いたいところはわかる。種族が異なる者の間には、壁、あるいは溝がある、といったところか?」
「そう、それ!」
この話題は、外部社会を見聞してきた者であれば必ず抱く疑問であり、これまでにも繰り返しこの自由討論で話題になってきたものだ。とは言え、今ここにある者の大半はその討論に参加していたわけではないし、過去の講義録のようなものが残されているわけでもないので、これまでも、そしてこれからも、飽きることなくお題に登るであろうことは疑いない。
そして、討論する都度、微妙に異なる新たな知見を銘々が得て帰ることは明らかなので、デイバーノックにはこれを
さて、今日はどの切り口から話してやろうか。
「まずチハヤ、おまえはどう思うんだ?」
「うーん、よくわかんない。みんな
このやりとりを周囲の聴衆は興味
「なるほど、では、こうしようか。」
と、デイバーノックは、何故そんなものを忍ばせていたものか
「いいかチハヤ。これが目玉だと思え。」
彼はそう言って骨の手の平の上の豆をチハヤによく見せた上で、やおらそれを自身の骸骨顔の額にペタリと貼り付けた。
「どう思う?」
チハヤよりも先に、他の子どもたちから「お化けだー!」「三つ目の化け物だー!」と歓声が上がる。当のチハヤは含意がわからずに首を傾げている。
「オレとて、村の外をうろつけば大抵の奴からは、化け物だ、と逃げ惑われるだろうよ。
だが、おまえたちはオレが怖くはないだろう?」
「「「全然!」」」
「それは、生まれてこの
対して、村の
皆がふむふむ、と首肯している。
「ところがそんなおまえたちでも、オレの額に一つ目玉が増えれば、化け物だ、と言う。
つまり、これは程度の差であって、絶対的に何かが違う、というわけじゃないんだな。
わかるか?」
ようやくチハヤも目前の教師の言わんとするところがわかったと見え、俄にその顔がパァと明るくなった。
「いい機会だから面白いことを教えてやろう。
キルシュ、ちょっとこっちへ来い。」
デイバーノックはチハヤの何人か隣に座っていた色白の
「よーし、そのあたりに立て。で、目を閉じろ。いい、というまで開くなよ。」
「はい、先生。」
キルシュは素直にこれに従うが、デイバーノックは骨の人差し指をゆっくりとキルシュの額に近づけていく。
「あ!」
と少女が声を挙げた。
「先生の指が近づいてくるのがわかります!」
これに聴衆が驚く。まだデイバーノックの指先はキルシュの額から随分と離れている。
「実は蜥蜴人の額には第三の目、とでもいうべきものが埋没している。」
とデイバーノック。
「日常は視覚、嗅覚を当てにしているから当の本人でも気づかんだろうよ。闘技に優れた男衆ならば、いつの間にかこれに気づいて
見れば、何人かの子どもたちは手近な蜥蜴人に対して追試を試みている。
その様子を愉快げに眺めながら、デイバーノックはキルシュを元の居場所へ送り返しつつ語った。
「面白いのはこれからだ。
皆、手近な者と互いに同じことを試してみろ。相手が蜥蜴人である要はない。」
この教師の発言に聴衆はいささか困惑した様子を見せるが、子どものみならず大人たちもこれに素直に従って、
「皆も既に気付いたとは思うが、蜥蜴人ほど遠くからは察知できないものの、
おぉ!と聴衆からどよめきが起こった。
たしかに、蜥蜴人、小鬼、人間、森妖精の
「チェッ、ツマンネーノ!」
と一人の
「まぁ、そう拗ねるなボルグソン。その分おまえらは体格、腕力に恵まれてるだろう?
幼少の今はともかく、成人したら並の人間はおまえには絶対
と窘められてニヤリと微笑み返す。
「さて、いささか脱線が過ぎたが、言いたいのはこういうことだ。
おまえらは、豆で作ったオレの第三の目を見て、お化けだ、と笑ったが、実はおまえらの大半にも第三の目があって、単にそれに自分では気づいていなかったから見慣れぬものだ、と判じたに過ぎない。つまり、何を以てこれは同類だ、あれは異質だ、とする境目は、実は気分次第で変わるあやふやなもの、ということになるな。」
やんや、やんやと喝采が飛ぶ。
「だが!」
と、敢えて声色を変えてデイバーノックはこう続けた。
「村の外の連中がそうであるように、少し見た目が違うからと言って恐れたり、一線を引くことが間違っているわけじゃない。むしろ大抵の場合はそれが正しい。
森にはおまえらなんぞ一発で殺せる毒をもった
同様に、おまえらはオレに慣れすぎているが、オレ以外の
聴衆は引き続き大爆笑しているが、最後の下りは存外デイバーノックが本気で案じていることではある。
「さて、チハヤ。」
と、デイバーノックは発議の少女に再び声をかけた。
「おまえはキルシュが好きか?」
チハヤは二つ隣に腰掛ける蜥蜴人の少女を一瞥した後、
「うん!」
と即答した。
「だが知っているか、チハヤ。キルシュはおまえと違って卵から生まれたんだ。キルシュ、チハヤは母親カミヨの
問われたキルシュはしばし呻吟する様子を見せたが。
「でも、お父さんとお母さんが愛し合って、そして生まれた、のは同じでしょ?」
と、笑顔をチハヤに向け、チハヤもニッコリと微笑んで返す。
「いい答えだ!」
とデイバーノックは二人を称揚し、窪地は拍手に包まれた。
「そこで話は、我らが敬愛すべき初代ネム・エモット女王陛下へと返ってくる。」
ネムの名を出すと、自然と聴衆は静まり返り居住まいを正した。
髑髏様……我らが我儘気儘な大魔王アインズ・ウール・ゴウンのことである、念のため……同様に、その名は村の誰しもにとって伝説の英雄、尊崇の対象だ。デイバーノック自身はそういう考え方はしていないが、皆がそうであることは承知しているので、敢えてこのように恭しい物言いをしてみせる。
「オレがこの村に加わった時点でもネムは既に故人だったから、直接の面識がないのは皆も知っての通りだ。が、オレが村に加わった時分に何やかやと世話を焼いてくれたゲ、という男がいる。そう、おまえらもよく知る村一番の
またも窪地は大爆笑だ。
「ゲは、子どもの時分にネムと直接会ったことがある。今から話すことはそのゲから聞いた話だ。」
ここで再び聴衆に静寂が戻る。初代女王ネム・エモットを直接見知る者の証言、はただそれだけで傾聴に値する百金の価値があるからだ。
「まことにもって恐れ多いことながら。」
とおどけてみせるデイバーノック。
「ネムはそのあたりが……天然にぶっ壊れておいでであったそうだ。」
ん?と皆がよくわからない、という顔をする。
皆を代表しているつもりか、発議者チハヤが問うた。
「女王様の、何が壊れてたの?」
「さっき、チハヤとキルシュは、お互いが愛し合う父母から生まれたから同じだ、と言ったな。そのあたりの感性だよ。
何を以て相手を仲間、友達と見るか……この辺りの感覚が、ネムは根本的に狂っていた、とゲは言っていた。ゲのさらにその親父、当時、森で東の巨人と恐れられていたグの前に初めて立ったときも、ネムは顔色一つ変えずに、こんにちわー、と挨拶してグを呆れさせたんだそうだ。」
おぉ!と再び聴衆をどよめきが包む。
「もちろん、それだけで事が成ったわけじゃない。
皆も知っての通り、ネムには、覇王、血塗れと恐れられた姉エンリが常に共にあった。」
ゴクリッ、と皆が息を呑む。
今も村では、聞き分けのない幼児に対しては「悪い子のところには覇王が来るよ!血塗れが来るよ!エンリが来るよ!」と震え上がらせるのが定番の躾だ。
「ゲの話だと、グはエンリに小指で弾き飛ばされた、と言っていたらしい。オレとて俄には信じ難いが、ゲは確かにそう聞いた、と言っていた。」
きゃー!と女の子たちから悲鳴が起こる。
無論、これはグが息子に冗談のつもりで語ったものなのだが、ゲは存外素直にこれを真に受けていて……角笛から召喚されエンリに忠誠を誓った
嗚呼、草葉の陰で覇王が、血塗れが
「そういう力の裏付けもあって、の話にはなるが、おまえたちがこうしてお互いの違いではなく、通じるところを見つけ合って仲間だ、と考える性向は、元を糺せば当時としては壊れ、と評さざるを得ないネムの感性に由来しているということになる。
ネムは、突き詰めれば、手足が二本ずつありさえすれば友達だったらしい。それで
言うまでもなく、さきほどから話題にのぼる
デイバーノックはここまでしか語らなかったが、実はゲが語ったネムの話には、いささか剣呑な続きがあった。
曰く、ネムは
とまれ。
年端もいかぬ子どもも居る場で語る話でもあるまいよ。
「そうしたネムの稀有な感性、覇王エンリの有無言わせぬ力が、異質な者同士を分断していた森を切り拓いた。そこに生まれ育ったおまえたちは、何の疑いもなくその感性を受け引き継いでいる。
とまぁ、これがオレの考える、チハヤの問う、なんでこうなったのか、の答えだ。
種々異説はあって然りだ。何か思いついた者は書いて持って来い、添削してやろう。」
「「「はーい!ガイコツ先生、ありがとうございました!」」」
こうしてこの日の自由討論はお開きとあいなった。
実際にはこれに加えて、特に向学心著しい者を住まう小屋に迎えての個人授業もデイバーノックは引き受けている。そこで講じられる内容は、彼が最も得意とする位階魔法に始まり、歴史、数学、天文学、と幅広い。
目下の教え子は、第九代女王となるであろうエモット家の少女。
デイバーノックはこの求めずに得た安らかな日々に充足感を覚えてこそいるものの、決して先々を楽観視しているわけではなかった。
村の者たちは誰も気づいてはいないだろうが、存外村の
彼やリラリュースのような寿命を持たないものはさておき、皆、生まれたときからその環境に何の疑問もなく生きてきたのだからそれは仕方のないことだ、とは思うものの、その疑問のなさ、それ自体が問題だ。特に、村の連中には、ほとんどの場合自身に悪意を向けてくる者、それを隠して近寄ってくる者、の存在をまったくといってよいほど想定する習慣がなかったからだ。
村の政治……という物言いはいささか大袈裟ではあるが……は、基本的には当代女王と、それを後見するデイバーノック、リラリュースの合議によっている。明の部分で村人に導きを与えるのは常に女王、皆には村長、と呼ばれる者の役割だが、青空教室を介して自身が良かれ悪かれ村人の思考誘導をおこなっていることにデイバーノックは自覚があったし、その天性から日陰仕事を好むリラリュースが誰に気づかれることもなく種々の問題を未然に片付けていることも承知している。
そして、自分とリラリュースはともかく、人間であるエモット家の子女……実は既に亜人の血も少なからず交じっている……は、いつ絶えぬとも限らない。無論、エモット家の血筋自身に何か超越的な力があるわけではないとデイバーノックは知っているが、それでも、村の統合の象徴として皆の精神的な支えとなっていることは疑いようもなく、恐らくそれを欠いてしまえば、遠からず村は、滅びはせずとも瓦解、穏当な言い方をすれば発展的解消を迎え、分散霧消していくだろうと彼は考えていた。
が、それが何だと言うのか。
自身は生者を屠ることを旨とする
位階魔法の深淵に至りたい一心で、人の心を一切失う覚悟で禁呪を以て
何故、自分は揺るがぬ自我を維持したままの不死者転生が叶ったのか?
答えは明瞭で、生者であった時分から自身には、生者への愛情も憎悪も、そもそも一切の関心がなかったのだ。大抵の人間は双方兼ね備えていて、一方が欠落するから反動が大きく出る。魔導探求が
今だからわかることだが、自身を最初に生者の世界へ引き戻した男、六腕の
そしてそのゼロが命を落としたあの戦い……というか、正しくは一方的な虐殺において、その友を救うことができなかった無念を相殺すべくそう思うのかも知れない、との疑いを抱きつつも、でありながら確かに、全身全霊の一撃を
初代女王ネム・エモットが愛の方向へ壊れていたのと同様に、自分もまた虚無の方向へ壊れていたのだ、と悟ったのは、まさに
そして、そんな彼にとって、依怙贔屓や気に入らぬ個人の排斥が御法度となる
そうでありつつも、やはり不死者である彼は、無意識のうちに生者の死を望んではいる。それを敢えて自らおこなわないのは、わざわざ手間をかけてまでそんなことをする必要はないのだ、と気づいたからだ。
そもそもの発端、髑髏様と自分を勘違いし恭しく跪礼を捧げて村へ誘ったニモ・エモットは死んだ。村の教師の座へと導いたトゥリア・エモットも死んだ。陽気な友人ゲ・ガンも死んだ。その義兄弟ガ・ギンも死んだ。ヒコロクも死んだ。ヒコロクの両親、ヨタローもハルも当然死んだ。キーノ・インベルンが道を誤っていなければ、やたらと弁が立って不思議と気の合ったリキウス・アインドラとかいう若造も既に死んでいるだろう。
何もする必要などない。
皆、逝ってしまい、自分だけが取り残される。
だがそれは
言うなれば、これは壮大な絵巻物だ。
巻を進めれば登場人物も、舞台すらも入れ替わる。この村、ド・クロサマー王国も例外ではないだろう。
俯瞰する立ち位置にある自分は、それを眺めているに過ぎないのだ。
嗚呼、オレはこの世界で最も充実した不死者であるに違いあるまいよ!
「さて、そろそろギの
村の外れまで迎えに行ってやるとするか。」
デイバーノックは夕暮れの村をとぼとぼと夕日を背に歩む。