億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンに眷属クレマンティーヌの魔の手が迫る!


青空教室(2)

「双子ちゃん!」

 

とクレマンティーヌが叫ぶが早いか、(はた)からはまったく見分けのつかない双子忍者クゥイアとクゥイナが、彼ら(みな)の事実上の(あるじ)であるところの真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンの左右の腕をそれぞれに捕らえた。

 

 ユグドラシル的格付け(レベル)から言えば、キーノのそれは双子忍者銘々を僅かに上回るが、キーノが魔法詠唱者(マジックキャスター)であるのに対し忍者たちはやや情報戦に傾くものの近接戦闘(クラス)、ましてや二人がかりともなればキーノに抗う(すべ)はなく、容易に自由を奪われてしまう。

 

「お、おまえたち!いったい何のつもりだ!」

 

 クレマンティーヌはキーノの抗議に応じる素振りもなく、にんまりとその口を三日月型に歪めてこう言った。

 

(ばつ)ゲームでーす!」

 

「な、な、な……」

 

 (おそ)(おのの)くキーノを余所(よそ)に、クレマンティーヌの細く繊細で、でありながら、力強い指先が、キーノの敏感な部分へと迫る。

 

「や、やめろー!」

 

「……駄目(だめー)!」

 

 こちょこちょこちょ。

 

「きゃはははは、あー、()めてー、きゃはははは!」

 

 

                    *

 

 

 冒頭に見た茶番へ至る経緯には、いささかの説明を要するだろう。

 

 キーノ・インベルン率いる冒険者集団(チーム)……は対外的に正式な名乗りをしているわけではないが、ここでは便宜上<黒の百合(ゆり)>と呼ぶことにしよう……すなわち、キーノが眷属に迎えたところの貴族吸血鬼(ヴァンパイアロード)元スレイン法国漆黒聖典第九席次クレマンティーヌ、成り行きでキーノに従っている双子忍者クゥイアとクゥイナは、東バハルス帝国西端、トブの大森林に近い街道を行軍する一軍を、付かず離れずで追いつつその様子を伺っていた。

 

 遡ること七十年と少し前、帝国北西端の中堅都市ベルナーゼーに興った軍団が帝都に入って途絶えて久しかった推戴歓呼を強行し、第十三代バハルス帝国皇帝ジルクニフⅥ世が登極した。以降、帝国は再びの中央集権化の道を歩み始めたが、その実態はかつての威容を誇った東西バハルス帝国のそれに比べるも烏滸がましいもので、皇帝麾下の魔法剣団二軍のうち、一軍が帝国各都市を皇帝権威の宣撫を大義名分に巡回するものの、やっているところは上納金の取り立てであり、皇帝の代替わりを経るうちにこの軍団は、集金大隊(シュペンザメルバタリオン)などと揶揄されるようになっていた。

 これに並行して各都市は、決して皇帝に叛意を抱いてのものではないが、このいつ略奪集団に化けないとも限らない集金大隊に形だけでも拮抗する武力の要を覚え、こちらも実態は様々でこそあるものの、かつての大隊百名に相当する重装歩兵とその支援隊からなる軍団の整備に務めるようになった。

 

 その軍団員たちは、実質的には各都市に帰属する非正規の軍閥に過ぎないのであるが、彼ら自身の自己認識としては伝統の帝国軍団(レギオン)であるという意識もあるので、心の何処かでは、いつか帝都の軍団へ加わって栄達したい、という思いを抱くのであるが、自分たちの勢力維持に精一杯の帝都側は、丸っとそういう感性を欠いていて噛み合わない。

 結果、馬々鹿々しくも「何か地方で武功を立てれば立身出世がなるかも知れない」と夢想する者たちが現れ、その一部、特に知性拙く歴史に関心の薄い者たちにとって、トブの大森林に潜むド・クロサマー王国は、征服することは叶わないであろうが、威力偵察で屈強な亜人の首級のいくつかでも挙げることができれば胸を張って凱旋できる、と取らぬ狸の皮算用を(はじ)く格好の獲物、に見えたのである。

 

 今、キーノたちが追っている一軍もそういった(たぐい)のもので、重装歩兵が定員に満たない八十名弱、長槍、長弓を携え輜重隊を兼ねる軽装歩兵二百に、士官と思しき数騎の騎馬が見える。

 キーノたちはド・クロサマー王国から彼らの撃退を請け負っているわけではなく……大陸において、冒険者(ヴェンチャー)を自称するものが国家間紛争に原則中立であるのは不文律としてこの時代も守られている……さりとて日頃世話になっている村への恩義もあるので様子伺いに並走しているに過ぎず、また、防諜能力に余りに大きな差があるため、軍団側はまったくキーノたちの追走に気づく様子がなかった。

 

「まだ日も高いのに。」

 

 正午からニ刻ほど、街道を離れて森の方角へと草原を行軍し続けた軍団が一旦停止し、やおら荷を解いて野戦陣地の構築を始めたのを認めて、キーノはそうぽろりと漏らした。

 クレマンティーヌ共々、吸血鬼(ヴァンパイア)である彼女らは、日中の日差しから被る悪影響を最小限に留める力を有する薄茶(ベージュ)色の頭巾(フード)付き外套(マント)と、その下には黒一色の身体(からだ)(ライン)に密着する忍者装束を纏っている。双子忍者も、その必要もないのにまったくお揃いの格好をしているのは御愛嬌だ。

 

「昔から帝国の強みは実はそこだからねー。」

 

とクレマンティーヌ。

 

「連中は常備軍で、食い扶持のほとんどは土建業(ゼネコン)で稼いでるから、ああいう土木工事はお手の物よね。」

 

「……でも、なんでまだ日も高いのにあんなことするんだ?」

 

 あん?

 

「ひょっとしてキーノちゃん、私を試してる?」

 

「はっ?何のことだ?」

 

 うーむ、とクレマンティーヌは唸る。

 眷属に迎えられて以降、キーノのことを自身の(あるじ)であるとする認識がクレマンティーヌにはあるが、その主人を評するに憚り多きことながら、いささかこの見た目幼気(いたいけ)魔法詠唱者(マジックキャスター)は、それにも似合わず脳筋(のうきん)なところがある、と。

 

「キーノちゃんは年の大半を野営で過ごすし、そもそも吸血鬼(ヴァンパイア)だから気にもしないだろうけど、連中の大半は日常はちゃんと家族の元に帰って食卓(テーブル)で白磁の皿で食事して、柔らかい寝台(ベッド)ですやすや眠る、言わば文明人の皆さんなワケよ。」

 

 この物言いは、半ばキーノを野蛮人、と評しているに等しいが、キーノがそれを気にする様子はない。

 

「そんな連中が最大限能力(ベストパフォーマンス)を発揮しようと思ったら、日の高いうちから陣地造って、その日の寝床を確保すんのは当然でしょ?そもそもの行軍計画もそれを前提に組まれるし。これを組織的に徹底してやれるのは昔から帝国だけで、これこそが帝国の強さの本当の理由なのよねん。」

 

「ふーん、そういうものなのかぁ。」

 

 おいおいおぃ、とクレマンティーヌは思う。

 

 かく言うクレマンティーヌ自身、戦略戦術の手解(てほど)きを受けたスレイン法国漆黒聖典は特殊部隊、ということもあって、実際の行動原則(ドクトリン)は軍隊よりはむしろ冒険者に近かった。無論、少数精鋭だけで国家間の紛争は戦えないので法国にも雑兵はおり、一騎当千の者がこれを使い潰して当然の気風があったので、クレマンティーヌも通り一遍の軍務の常識には親しんでいる。

 そんな彼女から見て、(あるじ)キーノのこの反応は、世間知らずにもほどがあるだろう、と思わせて余りあるものだ。

 現スレイン報国国家元首シロクロあたりを例外とすれば、力尽(ちからず)くで対峙して倒せぬ相手のいないキーノであればさもありなん、とは思うものの、そのシロクロ、かつての漆黒聖典番外席次絶死絶命ですら、本人の言動に反映されるかどうかはともかく、その辺りの心得は備えていたはずだ。

 

 いくらなんでもこれは……。

 

 そんな彼女の困惑を余所(よそ)に、キーノはしばらく帝国軍の野戦陣地構築を興味深気(ぶかげ)に見学していた。あと一刻で日も落ちようかという時分になって、街暮らしには到底及ばぬものの、さりとて不快ではない一夜を過ごすに十分な陣地が仕上がった頃になって、俄に西の方角からドドドッ、と大重量の何かが駆ける音が聴こえてきた。

 

「ギと(けん)ちゃん(コンビ)のお出ましだな。あいつもいい歳してよくやる。」

 

 トブの大森林の外苑に沿って配された西の魔蛇リラリュースの眷属が帝国の威力偵察を察知すると、その脅威度を慎重に判断した上で、こいつらは真性の馬鹿だ、と結論されるや巨大栗毛鼠(ギガントハムスター)森の賢王に騎乗した村一番の猛者、妖巨人(トロール)ギ・ガンが迎え撃って追い払うのが、ここ数十年の間、数年に一度ずつであるが恒例行事として繰り返されている。

 キーノたちに遅れてその接近に気付いた帝国軍が、慌てて装備を身につけ整列するのが見て取れた。

 

 横十人を縦に連ねた密集方陣(ファランクス)を採る重装歩兵と、その背後に二列の槍衾、さらにそれに守られた長弓兵。攻守ともに繁用される帝国軍の標準的な陣形だ。

 

 ザッ、ザッ、と小気味良く揃った足音も高らかに彼らが陣地を出る時分には、向かうところのギは、歩みを()めて、誰が真面目に聞いているものやらわからぬ名乗りを上げていた。

 

「ヤァヤァ我コソハ、ド・クロサマー王国ニ、ソノ名鳴リ渡リタル()ノ息子……」

 

「あいつ……あれ、やらずにはいられないのかな?」

 

 キーノは呆れた声を漏らすが、

 

「本来はあの名乗りを聞いて、帝国側が、こりゃ(かな)わん、と背を向けずにじりじりと後退して終わるのが正しいお作法よ。」

 

とクレマンティーヌは言う。

 彼女は帝国側の対応にも正直なところ苛立ちを覚えていて、たった一騎のド・クロサマー王国の迎撃に何度も追い払われているにもかかわらず、都市間でその経験が正しく共有されていないのは何故なんだ、と考えていた。

 少なくとも法国では、対抗し得る魔法詠唱者(マジックキャスター)を欠く状態で森妖精(エルフ)の王デケム・ホウガンとの対峙に至った場合は、数の優位があっても無理せずの即時撤収が徹底されていたものだ。

 

 そんな彼女の思いとは裏腹に、帝国軍はギに向けて緩歩前進を開始し、これを受けてギも、棍棒と見紛う分厚い両手剣(グレートソード)を振り翳し駆歩(ギャロップ)突進する。

 そんなギと(けん)ちゃんに向けて、密集方陣(ファランクス)の後方から長弓の一斉射が放たれたが、ギを捉えるかと見えた十数本の矢は剣で薙ぎ払われ、すり抜けた数本は(けん)ちゃんの硬い毛並みに(はじ)かれた。刹那、帝国軍の歩みが()まる!

 

「グルワァーーーーー!」

 

 重装歩兵まであと数歩のところでギは強く手綱を引き、(けん)ちゃんが後ろ足で立ち上がると同時にギは両手剣(グレートソード)を片手で最上段へ振り上げて奇声を発した。あれ、歩兵の最前列から見上げたらトンデモない光景だろうな、とキーノは他人事のように思う。

 事実、この威圧でほぼ勝敗は決した。これまで足並み揃っていた重装歩兵は俄にそれを乱し始め、背こそ見せぬものの遮二無二小剣(ショートソード)を振って目前の怪物の接近を阻んで……いるつもりになって後退している。さらに背後の槍兵、弓兵に至っては、騎兵の士官が(とど)めるのも聞かずに一部既に背を見せて逃げ出している者もあった。

 

「あっけないのな。」

 

 つまらなそうにキーノはそう呟くが、

 

「いやぁ、あれはよくないっしょ!」

 

とクレマンティーヌが応じた。

 

「……そうなのか?圧倒的に見えたけど。」

 

 勝敗が圧倒的なのはキーノの言う通りだが、それはクレマンティーヌの目から見ると実に危うい勝利に見えた。

 

「帝国の連中のやり方は理には適ってる、過去の失敗に学んでないだけで。

 あれ、最初の斉射が長弓だったからいいけど、あいつらも真正面からギが威圧突撃してくるのを読んでたからこその斉射なんであって、頭の切れる奴が可搬の弩砲(バリスタ)でも隠してたらヤバいってば。工作が得意な帝国の連中には、それができない理屈はないんだから。」

 

「……なるほど。

 じゃぁ、ギはどうすべきなんだろう?」

 

「そもそも単騎でこれをやってる時点で頭おかしい、としか言いようないけど。

 ギの迫力が相手の気勢を削ぐのに有効なのは間違いないから、まずは帝国側に一の矢、二の矢あたりまでを無駄打ちさせる前衛を配して……」

「いやいやいや!」

 

とキーノがクレマンティーヌの発言を制する。

 

「それじゃ、前衛に矢を受けて怪我する奴が出るじゃないか!」

 

 はぁー、とクレマンティーヌが溜息。

 

「怪我人出さないことを前提に戦争やってんのが頭おかしい、って私は言ってんの!」

 

 そもそもギがこの方法で帝国の威力偵察にしばしば対峙しているのは、実際に剣を振り下ろしてしまうと少なからぬ怪我人が帝国側に生じ、これに後で見舞いを添えて送り届けるのが面倒だ、という身も蓋もない理由によるものだった。

 

 そんなことを言い交わしている間にもおずおずと帝国軍は後退し、立ち位置を変えぬギから一定の距離が空いたところで号令一下、駆け足での撤収を開始した。ギは再び剣を振り上げ、(けん)ちゃん共々勝鬨(かちどき)を挙げている。

 

「まぁ、帝国側もこの状況で整然と撤収するだけ偉いわ。こっちも怪我人も死人も特にないみたいだし。」

 

(おど)かすだけで死人は出るまい。」

 

 はぁ?

 

「ちょっと、キーノちゃん。そこにお(すわ)んなさい!」

 

「ん?いや、元から座ってるけど。」

 

「さっきから聞くに耐えないので、ちょっとお勉強会をやります。」

 

「はっ?」

 

 かくして、両陣営撤退し日も落ちた闇夜の草原で、デイバーノックの青空教室よろしく、キーノはクレマンティーヌの軍学講義を拝聴することになったのである。

 

 

 

 仮称<黒の百合>の面々は、星がまたたき始めた空の下、クレマンティーヌを囲んで草の上に車座になっている。

 

「そもそも。」

 

とクレマンティーヌ。

 

「戦争における戦闘において、成すべきことは何でしょう?

 はい、キーノちゃん!」

 

「そんなの簡単じゃないか、敵をやっつけるんだろ?」

 

「……なワケねーだろ!」

 

 これは根が深いわ、とクレマンティーヌは前途暗澹たる気分に陥っている。

 

「キーノちゃんが言ってんのは、それ、戦闘、だよね?冒険者の。

 怪物(モンスター)の討伐作戦(クエスト)だったらそれで合ってる。やっつけるか、敵わないから逃げるか……あるいは互いの力量を読み誤ってやられちゃうか。」

 

「戦争も……そうなんじゃないのか?」

 

 この……脳筋(のうきん)めっ!

 

「戦争、ってのは別に何か目的があって、その手段として戦闘をするもの。

 ギと(けん)ちゃんはやろうと思えば連中を皆殺しにできるけどやらないでしょ?

 それは目指すところが、村の境を犯すな、という言伝(メッセージ)を伝えることであって、それさえ守ってくれるのであれば(ほか)は別に構わないから。

 帝国側も同じ。連中は必ずしもギの首級を挙げたいんじゃなくて……んなことできようはずもないけどさ、とりあえず出張ってくるギに何とか持ち堪えて相手を敗退させた、という事実が欲しいだけ。もっと言えば、街に帰ってそれを自慢したいだけで、村に対してどうこうしようなんて(はな)から思ってないの。わかる?」

 

「……それはわかるけど。」

 

「突き詰めれば、戦争ってのは相手に自分の言い分を認めさせるためにやるモンであって、相手を皆殺しにしちゃったら、そもそも言い分を認めさせる相手がいなくなるでしょーが!」

 

「あぁ!なるほど、それはおまえの言う通りだな!」

 

 そうキーノがニコリと笑うので、おいおぃ、おまえ大丈夫かよ、とクレマンティーヌの目眩はなお増した。

 

「ギと(けん)ちゃんはともかく、帝国が必ず大集団を組んで、指揮命令系統もしっかり整えて戦うのは、今回のこれがそれに当てはまるかは微妙にも思うけども、戦争の目的が個々人の手に負えるものじゃないから。

 では問題です。」

 

とのクレマンティーヌの声に、キーノの真顔がそちらへ向かう。

 

「帝国の隊長の最も注力すべき仕事は何でしょう?

 はい、キーノちゃん!」

 

「……クゥイアとクゥイナにも振れよ。」

 

「それ、何か意味あると思って言ってる?」

 

「……いや、言っただけ。」

 

「はい、じゃキーノちゃん!」

 

「……うーん、一番……勇敢に戦うこと?」

 

「双子ちゃん!」

 ガシッ、ガシッ。こちょこちょこちょ……

 

 こうして場面は冒頭の、キーノを襲った三人共謀(タッグ)(くすぐ)りの刑に至る。

 

「きゃはははは、あー、()めてー、きゃはははは!

 

 はぁ、はぁ。

 ……い、今のは何だ!」

 

「またこれをやられたくなかったら、真面目に考えて答えるように。」

 

 真面目に考えてないつもりはないんだけどな、とキーノは思うも、クレマンティーヌ()()が突き刺さりそうな視線でこちらを睨みつけているので言い返すことができなかった。

 逆にクレマンティーヌは、自分がこれを法国で叩き込まれたときは事実上の拷問だったのだから、こうして学べるキーノは恵まれている、などと考えていることは、キーノには思い及ぼうはずもない。

 

「いい、キーノちゃん?

 戦争ってのは、相手に言い分を認めさせるためにやる、って言ったよね?

 そのためには、まぁ、実際にはいろいろあるけども、一番単純に考えると、対峙したときに引き下がらないこと、ある程度の数の兵がその場に踏み(とど)まるってのが基本中の基本なのよ。」

 

「わかった!

 隊長は、逃げるな!戦え!と煽るんだ!」

 

「双子ちゃん!」

 ガシッ、ガシッ。こちょこちょこちょ……

「きゃはははは、あー、()めてー、きゃはははは!

 

 はぁ、はぁ。

 ど、どこが間違ってるって言うんだ!」

 

 こいつ……マジなのか?

 

「単騎で戦うことが多いキーノちゃんにピンと来ないのは仕方ないかな、とも思うけども、兵隊さんも一人ひとり、進むも退()くも考える人間なのよ、わかる?」

 

 キーノは、人格破綻気味に見えたクレマンティーヌに人間の機微に関して理路整然としたお説教を受ける現状に、どうにも呑み込めないところがないでもなかったが、さりとて、先程から言われるところはすべて納得せざるを得ないことばかりなので、うんうん、と頷いて見せる(ほか)ない。

 

「実際のところ、指揮官の仕事は戦場に来る前に終わってんのよ。」

 

「……はぁ?どういうことなんだ?」

 

「ギやキーノちゃんのような戦闘馬鹿はともかく……」

 

「ムッ!」

 

「……私、何か間違ったこと言った?」

 

「あ、いや……その通りです。」

 

「……戦闘馬鹿はともかく、普通の人は死にたくない、怪我したくない、と思ってるわけよ。そこへ(けん)ちゃんがぐわっと立ち上がって、さらにその上にギ(じぃ)さんが馬鹿みたいな得物を振りかざしてたら、まともな人間なら逃げ出すでしょ、フツー?」

 

「そりゃそうだな。私でもいきなり目の前であれをやられたら引くと思う。」

 

「……ちょっと意味違うけどさー。

 ともかく!帝国の連中は、そりゃ後ろの方で逃げちゃったのもいたけど、騎士連中は踏み(とど)まったでしょ?あれは、連中の隊長が普段から部下の信頼を得ていて、今、目に見えて直感が告げる生き残るための方策……平たく言えば背を向けて逃げる、よりも、隊長に事前に告げられた作戦に従い続ける方が生き残る確率が高い、って信じてるからこそ踏み(とど)まれるワケ。わかる?」

 

 キーノの目が真ん丸になる。

 なるほど!そういう捉え方をしたことはなかったが、考えてみれば<(あお)薔薇(ばら)>や<(あけ)薔薇(ばら)>の連中と共に難敵に対峙していた際に感じていた阿吽の呼吸も、根は同じだ。

 

「逆に言うと、兵隊は全体の目的を意識することを免除される。

 戦争を決断する国が目指すところをどうやって実現するか、一人一人の兵隊に考えさせるなんて無茶ぶりでしょ?絶対に足並み揃うわけないし。実際法国がそうだったけど、一騎当千の強者だけ集めて何かさせると逆に目的がボケて暴走しがちだったしね。

 だから隊長は、皆それぞれ思うことはあるだろうけど、この一戦においては隊長の指揮に従っていればちゃんと目的は果たせるんだ、だからともかく指揮には従うように……ってな信頼関係を築いておくこと、が重要なわけよん。」

 

「つまり普段から隊長は、おまえらは馬鹿だから自分の言うことを聞かないと死ぬぞと」

「双子ちゃん!」

 ガシッ、ガシッ。こちょこちょこちょ……

「きゃはははは、あー、()めてー、きゃはははは!

 

 はぁ、はぁ。

 い、今のは冗談じゃないか!真に受けないでくれ!」

 

「先生は確かに言いました。

 またこれをやられたくなかったら、()()()()考えて答えるように、と。」

 

「……あ、はい。そうでした。」

 

 しかし。

 とキーノは思う。

 

 クレマンティーヌの言うところはまったくもってもっとも至極ではあるが、当の本人にそんなことができるようには到底思えない。少なくとも兵士から信頼されるクレマンティーヌ、などという絵柄が、キーノにはまったく思い浮かばなかった。

 

「さっきから随分と偉そうに御高説を()れてくれているが。」

 

「何?」

 

「そういうおまえは、漆黒聖典時代にそんなことができたのか?」

 

「……あぁ、そういうこと。別に部下の心を掴む方法は信頼だけじゃないわさ。」

 

「?」

 

「お色気、よ!」

 

「……はぁ?」

 

「お美しくもむちむち豊満なクレマンティーヌ隊長に従っていれば、後であんなことやこんなことしてくれるかもしんなーい、ともなれば、並の男は喜んで死地に向かうわよ。キーノちゃんには難しいかも、だけど。」

レテテ(おっぱい)!」

 胸元に丸みを作る仕草(ジェスチャー)

 

「ムッ!」

 

というか、何だ、その間髪入れずの合いの手!

 一方で、キーノは自身のムッ、が、色気がないことを言われてのものなのか、過去のクレマンティーヌが兵に対して色目を使ったことに対してなのか、微妙な気持ちを抱いている。

 

 うーむ、どうものっぴきならないところへ私は堕ちつつあるのかも知れない……。

 

「キーノちゃんは、(おど)かすだけで死人は出るまい、って言ったけど。」

 

とクレマンティーヌ。

 

「みんな帯剣したりつがえた矢を持ってて大層な鎧まで着込んでたら、本能のままに逃げ出そうもんなら同士討ちもあるし、すっ転んで踏みつけられでもしたらそれで死ぬやつだっているわさ。そういうことにならないよう、軍隊の指揮官は日頃から、自身に絶対の信を集めると同時に仲間同士の関係にも気を遣って、いざ、のときに潰走に陥らないように務める、って話よ。それは結果的にその場に踏み(とど)まる、ってことなんだから、勝利の前提のすべて、ではないけれど、もっとも重要なものの一つよね。

 帝国が状況が許す限り野戦陣地の構築を最優先するのも同じ理由。陣地自体が目に見えて(わか)り易い、ここまでは退()いても大丈夫、という目印になるし、手間をかけて造った陣地を失いたくない、というのが踏み(とど)まる動機にもなるでしょ?

 旧王国や法国は(つい)ぞそういう習慣を持たなかったから、(かた)や身も蓋もない人海戦術に頼って無駄に国を疲弊させたし、(かた)や一騎当千の強者に頼り過ぎてその暴走が()められなくなり、その筆頭に国ごと乗っ取られちゃったのねん。」

 

 さきほどからの扱いに不満がないでもないキーノではあったが、クレマンティーヌの教示するところには得心がいったし、むしろ、人格破綻者に見えた彼女がここまで朗々とキーノには思い及ばなかったところを語る様に感銘すら覚えていた。あぁ、自分の眷属選びは間違ってはいなかった、と。

 

「では次の問題です。」

 

 え!まだ続くの?

 

「以上を踏まえて、今回の会戦におけるギの反省点を百字以内で述べよ。

 はい、キーノちゃん!」

 

「えーーーっ!

 うーん、そのー、あのー……ば、弩砲(バリスタ)がなくて……よかったね……とか?」

 

「双子ちゃん!」

 ガシッ、ガシッ。ツツツー。

「ぅああ゛ーーー!あ……あ……。

 

 ……い、い、今の……何だ?」

 

「こちょこちょだけじゃ趣を欠くのでちょっと遊んでみました。

 またこれをやられたくなかったら、真面目に考えて答えるように。」

 

「えっ?……えぇ!」

 

「はい、考えて!」

 

「うーん、そのー、あのー……この際皆殺しにしてしまった方が」

「双子ちゃん!」

 ガシッ、ガシッ。ツツツー、ツツツ、ツーツー。

「ぅああ゛ーーー!あ……あ……駄目ぇ……はぁ。

 

 ……な、な、何か増えてないか?」

 

(ばつ)が常に同じだ、と先生は言っていません。

 考えて!」

 

「うーん、そのー、あのー……ギも陣地を造って」

「双子ちゃん!」

 ガシッ、ガシッ。ツツツー、ツツツ、ツーツー、ツンツン、ツンツン。

「ぅああ゛ーーー!あ……あ……いぃ……。

 

 ……え?ん?……もういっちょ!」

 

「……わざと間違えてね?

 考えて!」

 

「うーん、そのー、あのー……」

「双子ちゃん!」

 ガシッ、ガシッ。ツツツー、ツツツ、ツツー、ツンツン、ツンツン、くちゅくちゅ、ペロペロ。

「ぅああ゛ーーー!あ……あ……いぃ……そこぉ……あぁ……もっとぉ。

 

 ……ま、ま、ま、まだ何も答えてないじゃないか!」

 

「いや……キーノちゃんも、もっとぉ、って。」

 

「……!」

 

「では、模範解答です。ギ(じぃ)さんはそろそろ隠居して……」

「えっ!」

 

「……えっ?」

 

「いや……もう……その……終わりなのかな、と。」

 

「……何が?」

 

「いや、その……あのぉ……」

 

「……うふふ。

 では、キーノちゃんには補講の必要があるので、村に帰ってから、一人で、先生の部屋に来るように。

 

 いいですね?」

 

「……うん。」

 

 そんなこんなでやられちゃった、ってーのは、なさけない、なさけない。

 

 

                    *

 

 

「ン?

 ガイコツ先生ジャナイカ。ドウシタ、コンナトコロデ?」

 

 騎乗していた(けん)ちゃんに別れを告げて一人日暮れの村外れの小道を歩んでいた妖巨人(トロール)ギ・ガンは、途上に佇む黒衣の魔法詠唱者(マジックキャスター)に気づいて声を掛けた。

 

「おまえさんがまた帝国の阿呆どもを蹴散らしにいったのはリラリュースから聞いていたからな。(ほか)にやることもないし、出迎えてやろうかと。」

 

 ククク、とギは笑う。

 

「ソレハ気遣イニ感謝スルデ御座ルヨ!」

 

「おまえさんも若くないのに、よくやる。」

 

「ソウダナ……近頃ハ(けん)チャンニ乗ルト、後カラ腰ガ痛ンデ(かな)ワンデ御座ルヨ。」

 

「また雷撃(ライトニング)針治療、してやろうか?

 あと、おまえ……(けん)ちゃんが感染(うつ)ってきてるぞ。」

 

 ガハハ、再び愉快そうにギは笑った。

 二人は、肩を並べて既に日も落ちた村の中を歩く。共に夜目が効くので不自由はない。

 

「引キ際ヲ誤ッタ感ハアルナ、正直ナトコロ。」

 

とギ。

 六十年ほど前、バハルス帝国で起こった内戦の一方の当事者が「我らにド・クロサマー王国の加勢あり」と吹聴したのに憤慨したギが単騎出陣して以来、ずっとこの役割はギが一人で背負ってきたものだ。

 

 その背景には、帝国側に村を攻める意図がないことに村長をはじめとした首脳陣が気づいていて、何事にも鷹揚であるわりには村に対する憎悪に対してだけは過剰に反応することの多い村人を巻き込むと、取り返しのつかないことになりかねない、という判断があった。

 デイバーノックは村人が村の外の悪意に対して鈍感に過ぎる、という危機感を覚えていたものだが、逆に村長とリラリュースは、少なくない旅人が村の外を旅して知見を得た結果、一部の者たちが既に、村が外の世界に対して軍事的には優勢であることを意識していることに気づいていた。

 

 ギ自身は、正直なところそういう難しいところはよくわからない(くち)である。

 

 が、馬々鹿々しくも功名を求めてしばしば村の境を犯す帝国軍を、自身が単騎追い払いさえすれば当面の問題はない、ということはもちろんわかっていた。なので、喜んでこの役割を引き受け、以て同じ妖巨人(トロール)部族(クラン)からはもちろん、薄々事情を察している村人たちからも深い敬意を捧げられてきたものだが、よもやこれが、老境に達した今日(こんにち)まで続こうとは思ってもみなかった。

 

「後継者ノ育成ヲ怠ッタノハ反省スルトコロ大デ御座ルヨ。」

 

 クレマンティーヌに指摘されるまでもなく、ギもまた、帝国軍撃退の妙技(ノウハウ)を結果的に自分だけが独占してきてしまったことに忸怩たる思いを抱いている。少なくとも(けん)ちゃんへの騎乗技能は後進を求めるべきだった、と思わないでもないのだが、一方で、当の(けん)ちゃんは村の当代随一の豪傑以外は決してその背に乗せてはくれない存在だ。

 

(けん)ちゃん抜きで、単騎はありえんものなぁ。

 さりとて、オレが出ていくとそれこそエラいことになる。」

 

 デイバーノックは、今なお帝国において髑髏(ドクロ)様伝説が()きていることを承知している。

 ド・クロサマー王国史上最大の戦いとして語り継がれる、帝国一個軍団一万人が村の門前に陣を張った一戦の幕引きに、エ・ランテルに乗り込んで蝋面ポロリ事件を起こし、結果的に帝国崩壊の引き金を引いてしまったことを、デイバーノックは今でもいささか気恥ずかしく感じていた。

 

「マァ……考エテミレバ、デ御座ル。」

 

 だから感染(うつ)ってるってば!

 

「我々ハイササカ欲深(よくぶか)、カモ知レンヨナァ。」

 

「欲深?」

 

「ガイコツ先生ハ紛ウコトナキ不死者(アンデッド)ダカラ、俺トハ事情ガ異ナルヤモ知レンガ。」

 

 興味深げにデイバーノックはギの続く言葉を待つ。

 

「村ヲ俺ガ守ッテヤル!トイウノハ、本来ノコノ村ノ生キ方デハナカッタヤモ、ト思ワンデモナイノデ御座ルヨ。」

 

 嗚呼、とデイバーノックは感嘆した、

 子どもの時分からよく知るこの老妖巨人(トロール)は、最早自身の教え子ではなく、真に友であるのだ、と。

 

「……あぁ、そうだな。おまえさんの言う通りだ。

 村は、村人(みな)が、銘々のやり方で守ろうとするから村なのであって、誰か一人に守られるものじゃない。少なくともネム・エモットはそんなことは望みはしなかったろうし、エンリ・エモットも一人で村を……向かうところ敵なしの彼女には朝飯前だったやも知れんが、よもや自分の力だけで村を守ろうとは考えなかっただろう。

 オレもおまえさんも、ちょっとばかりうまく行き過ぎて、過保護に過ぎたかもしれんなぁ。」

 

「俺ニハ難シイコトハ(わか)ラン。

 タダ、コノ命アル限リ、自分ニ出来ルコトハヤッテイキタイ。

 今更、生キ方ハ変エラレンデ御座ルヨ。」

 

「ふふ、それはオレも同じだ。

 もっとも不死者(アンデッド)のオレが、生き方、なんて言うのも可笑しいがな!」

 

「ガハハ、ガイコツ先生節ハ永遠ダ!」

 

「おうよ、永遠にやってやろうとも。おまえのことも、おまえの親父のことも、おまえの爺さんのことも、永遠に語り継いでやろうとも!」

 

 二人は互いにバンバンと背中を叩き、上機嫌のまま村の闇の中へと消えていく。

 

 

 

 ド・クロサマー王国は、その後紆余曲折はあれども転移歴900年代までは存続した。(のち)(つい)にエモット家の血筋が絶え、デイバーノックが案じた通り、求心力を失った村は分散霧消の道を緩やかに歩んでいくことになるのだが、存外、村で培われた独特の感性、哲学は大陸に広く薄く伝播していくことになる。

 

 デイバーノックがどうなったか、を語る者はない。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

「では答えてくれ。なぜ貴様は、敢えて()くんだ?」

「帝国のためです!」

 億劫のオーバーロード余12話『帝国軍に栄光あれ(ジーク・ライヒスレギオン)

「カルサナス平原の半人半馬(セントール)たちは、大遠征の目的地となる水晶の高塔を、触れ得ざる塔、と呼んでいるらしいぞ。示唆的だ、とは思わんか?」
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