収支決算
「枚数で申しますと返って皆様にはわかり
と語りだしたのは、ナザリックの財務責任者、
「支出の部は総計二十五年分。
内訳を大きいものから順に述べますれば、ルベドの稼働費百八分が十五年、ルベドの
ルベドの稼働費の一割はナザリック地上部でのシャルティア、コキュートス、セバスとの鬼ごっこに費やしておりますのでいささか無駄が多御座いますが、これは必要経費と割り切る
「よもやあの者を放置するわけにもいかないのだから、そこはキミの言う通りなのだろうねぇ。」
三日月型の妖しい笑みを浮かべつつ、参謀デミウルゴスがそう応じる。
ナザリック地下大墳墓
例によってアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターが至高の主アインズ・ウール・ゴウンの前に集って
「対して収入の部は、まず、水晶の塔の宝物殿に残されたユグドラシル金貨は
水晶の塔の一員であったと見られる捕虜、
パンドラズ・アクターの報告は、これが水晶の塔の宝物殿の調査結果と矛盾しないと告げていた。本質的に野放図で七転八倒なナザリックの面々ではあるが、かつてユグドラシルを普く震え上がらせた、冒険浪漫をこよなく愛しつつも同時に
アインズの判断で
「ソリュシャン率いる戦利品回収班が掻き集めました
つまり……」
ここで、すっと立ち上がったパンドラズ・アクターがその場でくるくると
「見事なまでの大赤字、で御座います。」
わっはっは、と骨の諸手を叩いて大笑いしながら、これに上機嫌にアインズは応じた。
「元より儲けを期待してやったことじゃないからな!」
対して守護者統括アルベドはいささか不服な様子。
「それでパンドラズ・アクター。余剰金貨は如何程残ったのかしら?」
「二百六十一年分御座います。これは、只今この瞬間トブの大森林がすべて焼き払われ、たちまちのユグドラシル金貨獲得手段を失ったとて二百六十一年間はナザリックの維持が可能、の意とお考えください。」
トブの大森林の実りから得られるユグドラシル金貨は、
「重畳だ。むしろその程度の出費で<百年の揺り返し>を片付けた上、貴重なルベドの実戦
やはりアインズは上機嫌である。
もっとも、アインズにはルベドの実戦試験の他に、
それは
全
「デミウルゴス。おまえのルベド、ガルガンチュアの戦力評価を聞きたい。」
上機嫌なまま、アインズはそう話を振った。
「ガルガンチュアについては概ね予想通りで御座いました。
ルベドについては予想を遥かに上回る戦果、としか申しようが御座いません。パンドラズ・アクターも当初はかの者が
デミウルゴスもまた、楽しげにそう語る。
「アルベド、
言われたアルベドは
この時分のアルベドは、ユグドラシル時代にしばしばタブラ・スマラグディナがアインズ、当時のモモンガを
姉ニグレドについては、そのフレーバーテキストが<アインズ・ウール・ゴウンの
至高の四十一人の中にはるし★ふぁーのように、一つ間違えれば
かく言う自分自身も、愛する
そう考えると背筋に空寒いものを覚えるアルベドであったが、なればこそ、ユグドラシル終了寸前の貴重な時間を割いてまで、自身にモモンガを愛せよ、と命じてくれたアインズに対する愛が燃え上がる。あぁ、アインズ様のあの機転があったればこそ
「アルベド……アルベドさん?」
何やらデミウルゴスのルベド評を苦々しい顔で聞いていたアルベドが、次第に表情を蕩けさせ頬を赤らめあらぬ方向へ視線を
「……困ったやつだな。
まぁいい。話を続けよう。」
と、改めてデミウルゴス、パンドラズ・アクターの注意を自身に惹く。
「オレたちは、ナザリックを四半世紀賄えるユグドラシル金貨を
実のところアインズ自身には、本当にこれをやる必要があったのだろうか、という迷いがなくもなかった。
いつかはルベドの稼働検証をおこなう必要があると考えていたのは事実だし、この世界の住人を相手にそれをおこなうのは過剰に過ぎて評価にはならない。同じ動かすのであればいい機会だからツアーにも見せておこう……と考えたところに間違いはない、とは思っているが、それと、かの水晶の塔を殲滅すべきであったか否か、は別問題だ。
「仮定の話、にはなるので御座いますが。」
と、まず応じたのはパンドラズ・アクター。
「間抜けな魔法剣団が仕掛けるまで、水晶の塔は沈黙して御座いました。決戦に至るまで幾度か御座いました
「セバスも、塔周辺を実効支配していた
アインズたちは、ほぼ一年続いた水晶の塔の沈黙が、周辺を支配する
この時点のアインズたちは、その背後に
「
最初の外界との接触がかような無体なものでなければ、
「その点については
とデミウルゴス。
「さりとて。きっかけが何であれ一度暴走を始めた彼らに対し、宥める手段がなかったのもこれまた事実かと。ユグドラシルNPCを鎮める手段は忠誠の鍵を以て御するより
「それはデミウルゴスの言う通りだな。」
アインズは一旦その言葉をそのままに受け止めた。
「……念のために確認しておくが、デミウルゴス。」
「はっ?」
「あの馬鹿どもを……煽ったのは、おまえか?」
「まさか!アインズ様のご命令もなく
あぁ……訊くだけ無駄だった。
三日月型の笑みを浮かべてそう応じるデミウルゴスにアインズは深い溜息をつく。
「ゴホンッ……とにかく、だ!
経緯はどうあれ、水晶の塔の暴走の
この点についてはデミウルゴスもパンドラズ・アクターも異論はないようで、こくこく、と頷きながら
「そして、オレが水晶の塔の殲滅を決めたのは、パンドラズ・アクターがそうだったように、ルベドの性能試験、アレの存在を前提とした戦術の評価に丁度頃合いの相手だと思ったからで、それ以上でもそれ以下でもない。
あいつらをあのまま放置すれば、数ヶ月の内にトブの大森林に達していた可能性はあるだろうが、それはそのときになってそいつらだけを殲滅しても構わなかった。オレの読みでは、そうなってもその一隊を管轄していた
「左様……で御座いますか、アインズ様?」
デミウルゴスが意外そうな顔をしている。
「忌憚のないところを聞きたい、とオレは言ったはずだ。
言葉を濁さず、思うところを言ってくれ、デミウルゴス。」
「御下問……ですので敢えてお答え致しますが。」
デミウルゴスの人差し指が、すっ、と眼鏡の
「てっきりアインズ様は、かの
ふふ、とアインズは笑った。
「それがまったくない、とは言わん。むしろ楽しんでいるさ。」
珍しく、デミウルゴスがアインズの真意がわからない、と言いたげな視線を向けている。パンドラズ・アクターも、創造主の言わんとするところを掴みかねている様子。
「そして、おまえたちもそう思っているようだから、敢えてこの話をしている。」
改めてアインズは
「なぜルベドの性能評価が必要か。それは、アレがおまえたちを守る上で有用な道具だからだ。」
「……道具?」
「あ、おかえりアルベド。」
急にアインズの言葉を疑わしげな声色で復唱したアルベドに、アインズが鈴木悟の
「ルベドを妹、と設定されたおまえには申し訳ないが、ルベドはあくまでも道具だ。
いいか?おまえの
「ア、アインズ様ァ!」
「待て待てアルベド!」
たちまちに抱きつこうとしたアルベドを、アインズは骨の片手を差し出して制す。
「これもおまえには申し訳ないことを言うが、おまえだから、じゃない。無論それもあるが。
デミウルゴスであれパンドラズ・アクターであれ、他のいずれの
唯一の例外はギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだ。これを守り抜くことはおまえたちを守り抜くのと同じことだからな。」
「父上。」
とパンドラズ・アクター。アインズは無言のまま頷いて続きを促す。
「父上のお言葉はまことにもって有り難いことで御座いますが、
「ユグドラシル金貨で贖い得る
息子の言葉を中途で遮ってアインズはそう上書いた。
「……間違っておりましょうか?」
「おまえの言っていることは正しい、パンドラ。」
やはりアインズは、一旦その言葉をそのままに受け止めた。
そして続ける。
「だがな。」
三人の知の下僕の視線が否応なく
「おまえは宝物殿から一歩も出なかったから知らないだろうし、アルベドもデミウルゴスも後方に居たから仔細を憶えてはいないだろうが、ユグドラシル時代、ナザリックは千五百人の百レベルプレイヤーの襲撃を受けたことがある。」
千五百人の大襲撃、の名でギルド、アインズ・ウール・ゴウンの歴史に刻まれるその事件は、もちろん三人の下僕は承知しているが、アインズも語った通り、彼らは必ずしもその当事者ではなかった。
「あの戦いで、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレは一度
三人の下僕は息を呑む。
「オレは……オレたちは、有志で
その費用、ユグドラシル金貨五億枚は、経費節減のために
「おまえらは、
誰も、何も言葉を発することができなかった。
それほどの重みが、このアインズの発言にはあった。
「勘違いするなよ、オレは感傷を語っているわけじゃないからな。
これは厳密にはオレ自身の思いではなく、<アインズ・ウール・ゴウンの
もし、鈴木悟にその手段があったなら、あのとき彼は世界を破滅させるミサイルの発射ボタンを躊躇わず押しただろう。もしその手段があったなら、襲撃に関わったすべてのプレイヤー本人の自宅を襲ってその腹を裂き
「ア、アインズ様!」
たまらずアルベドが飛び出してアインズを抱きしめた。
「もう、お
だが、アインズは、あはは、と笑った。
「あー、すまんすまんアルベド、雰囲気を出しすぎたな!」
その声色は、鈴木悟の
「アインズ様!」
「父上、アルベドが心配するのも当然です!」
「まったくお人が悪いにもほどが御座います!」
三者三様に抗議の声をあげるもアインズにそれを気にする様子はない。
「オレがオレを褒めるのもおかしな話だがな、あのときの鈴木悟は偉かった。
彼は……疑う余地なくこの世のすべてを筋違いにも呪ったに違いない鈴木悟は、そんな様子を
喝采せよ。
……と言ったんだ。
わかるか、おまえら?」
本人を前にして憚っているわけでもなさそうだ、と判じたアインズは結論を示す。
「彼はな、あの一言でユグドラシルを……見ていた者すべてを制したんだよ。」
アインズは遠くを見つめるかのように視線を上げた。
「
だが、鈴木悟はあの一言で、
貴様ら凡俗如きがいくら束になって
と言い切ったんだよ。超
三人の下僕たちは、アインズがこれを、
「悔しいが、この一事だけは、オレはどう転んでも鈴木悟には勝てない、と思っている。」
「「「はぁ?」」」
アインズがアインズ自身に勝てない、という意味不明な枠組みもさることながら、アルベドもデミウルゴスもパンドラズ・アクターも、聡明で慈悲深い至高の
が、アインズは続けてこういった。
「なぜなら……始末の悪いことにオレには、
「な……!
では、アインズ様はそこまでお考えになって!」
と、ここでデミウルゴスだけが突如としてそう叫んだ。
「あぁ、最初に気づくのはおまえだろう、と思っていたよ、デミウルゴス。鈴木悟の真意に、ただ一人気づいて声をかけてくれたのはウルベルトさんだったからな。
第八階層に達した三十人足らずの糞どもに、
ただ一人、ウルベルトさんだけが他の
モモンガさん一人に
とな。
あのときウルベルトさんが気づいてくれていなかったら、モモンガはともかく、鈴木悟は死んでいたかもしれん。」
ふふふ、とアインズはやはり楽しそうに笑う。
「鈴木悟が、喝采せよ、と言ったのは何故か。
理由は簡単だ、彼には他にどうしようもなかったからだ。だから、彼を見る者すべてが、アインズ・ウール・ゴウンは深手を負いながらもまったく揺るがない、と
オレは彼のこのときの声色を憶えているからな。恐ろしく平板で、堂々としていて、涼しげで、穏やかで、悟りの境地にも似てとても心の奥底で
だから、この一点に限ってオレは鈴木悟には決して勝てない。
なぜなら、オレにはそんなことをする理由がないからだ。」
アインズが顎を引き、その表情が引き締まった。
「おまえらの誰か一人でも殺す者がいたら。
オレは……この世界を一木一草残さず滅ぼせるんだからな。」
ギラリ、とアインズの腰骨の中空に浮かぶモモンガ玉が妖しい光を放つ。
「父上は……この世界を
パンドラズ・アクターも、ここに至ってアインズの言わんとするところに気づいたらしい。
アルベドも同じくで、何も口にはしないが穏やかな優しい瞳でアインズを見つめている。
「そういうことだ。自分で言うのもおかしいが、万が一にもそういう事態に至れば、オレは確実にキレる自信がある。おまえらが復活できるかどうか、は関係がない。その後、何が起こるか……は言うまでもあるまい。」
ここに至って三人の下僕は、至高の主が何を言わんとしていたのかを正しく理解した。
大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、この世界を、他ならぬ自分自身から守ろうとしているのだ、と。
「おまえらは頭が良過ぎるから、オレがこの世界を守ろうとしている、と勘違いしたままだと、自分自身を犠牲にしてそれを成し遂げよう、などというポカをやる恐れがある。ただでさえおまえらはユグドラシルNPCの本性に従って、無意識のうちに他ギルドとの闘争、叶うことならばその只中での活躍、を望んでいるからな。
無論、オレがこの世界を守りたい、と考えていないわけではないが、それはおまえらが愉快痛快に活躍する舞台として守りたいのであって、オレはこの世界自体には特段関心はない。ましてやその世界を守るためにおまえらを失うなど本末転倒も甚だしい、と言うべきだ。
それこそがもっともオレが避けたいと願っていることで、それを回避するためならば、オレはルベドやガルガンチュアや
すべてを見透かしたような口調で始まったアインズの喋りは、その末尾でいささかぐだぐだな様相を示したが、アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター、誰一人としてそんな些末なことに気を取られる者はなかった。
ただただ至高の主の、自分たち下僕に対する愛の深さに感嘆する
「今回の
三人が一様に無言のまま首を振った。
特にデミウルゴスは、これまでアインズがツアーの影響を受けてこの世界を守るべくそれをやっていた、と思い込んでいたこともあって、その認識を新たにしている。
「プレイヤーが混じってくると少し話が違ってくるわな。
デミウルゴス。確か以前に居たよな、プレイヤーが混じった
「四百年前のエリュシオン、で御座いますな。
小癪にもアインズ様の必殺
会議前に事前に議事に関係する下調べを欠かさない参謀は、下問に即答した。
「そう、それだ!
自分で言うのも何だが、オレは無駄に有名人だったからな。プレイヤーが交じるとどうしてもそいつらがオレの手の内を知っている前提で考える必要が出てくるから話がややこしくなるが、あのときもそうだったとは思うが、そうであっても所詮取れる対策はたかだか有限だ。前以てあり得るすべての可能性を読み切って備え、想定外に対する撤収準備を怠らない限り、基本は同じ、先制の一気殲滅こそが最適解だ。
最も恐れるべきはオレたちに伍する存在、つまり、ギルドが健在で、プレイヤーがオレと同じくらい人格が安定していて、おまえらと同じくらいの知性を割り当てられたNPCがそいつを
だがオレは、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンを、稀有だったとは思うが、唯一無二だと思い込むほどのぼせ上がってはいないつもりだ。」
「ですから、こうして
と、惚れ惚れした表情でアインズをみつめるアルベド。
「まさにその通りだ、アルベド。
万が一、オレたちに伍する存在と対峙したとしても、絶対にオレたちの方が勝ることが一つだけある!」
「えぇ、アインズ様!」
「まことに父上!」
「まさに端倪すべからざる、というお言葉がお似合いで御座いますとも!」
「オレたちは、既に、それこそがオレたちの強みであることを知っている。
遅れてやって来る連中には気の毒だが、これだけは、こちらに来てすぐの者は絶対に気付けない!」
ダン、と膝を打ってアインズは立ち上がった。
「今日は、オレのこの考えを確認すべく、おまえたちとこうして先の一戦を振り返ったが、ナザリック最高の知恵者たるおまえたちが
「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!
三人の下僕は素早く跪礼を執って改めて得難き至高の主に忠誠を示す。
「これをこのまま他の下僕に告げたとて、おまえたちのようには呑み込めまい。
銘々に工夫して、この考え方が皆に行き渡るよう……頼んだぞ。」
「「「ははっ、すべては至高の主の思し召しのままに!」」」
こうしてこの日の
実際のところ。
この日を境にナザリックの面々の認識が劇的に変わる、などということは起こらない。
もちろん、しばらくはアインズも、オレ超
何なら、仔細こそ異なれど同じような会話は
が。
これはその性格上、こういうことについて調べよう、という視点から入って初めて顧みられるものなのであって、
だが、そんなことは大した問題ではないのである。
アインズはこれをやるのが大好きなのだから。
何度やっても、楽しいものは楽しいのだから。
だから、すっかり忘れられるのは……
完
<次話予告>
どうして自分はこの見知らぬ世界を一人
億劫のオーバーロード余14話『さすらいの吟遊詩人』
「……恥ずかしながら、私の所属したギルドは失われて既にない。」
「すまない、