億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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ナザリック地下大墳墓は、水晶の塔事変をどのように総括したのか。アインズ自身が語る伝説の『千五百人の大襲撃』を絡めた幕間劇で御座います。


余13話 転移歴502年 収支決算
収支決算


「枚数で申しますと返って皆様にはわかり(にく)う御座いましょうから、これがナザリック地下大墳墓維持費何年分に相当するかを以てご報告しよう、と思いますが。」

 

と語りだしたのは、ナザリックの財務責任者、二重の影(ドッペルゲンガー)パンドラズ・アクター。

 

「支出の部は総計二十五年分。

 内訳を大きいものから順に述べますれば、ルベドの稼働費百八分が十五年、ルベドの個体(ユニット)損耗約二割の再生費五年、ガルガンチュアの稼働費百三十分が三年、ルベドの起動(ブートストラップ)費二年、となっております。

 ルベドの稼働費の一割はナザリック地上部でのシャルティア、コキュートス、セバスとの鬼ごっこに費やしておりますのでいささか無駄が多御座いますが、これは必要経費と割り切る(ほか)ありませんでしょうなぁ。」

 

「よもやあの者を放置するわけにもいかないのだから、そこはキミの言う通りなのだろうねぇ。」

 

 三日月型の妖しい笑みを浮かべつつ、参謀デミウルゴスがそう応じる。

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 例によってアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターが至高の主アインズ・ウール・ゴウンの前に集って三賢者会議(トリニティ)(ひら)いている。本日の議題は、ナザリックがこちらの世界に転移して来て以来最大の殲滅戦となった、仮称水晶の塔との戦いの総括、である。

 

「対して収入の部は、まず、水晶の塔の宝物殿に残されたユグドラシル金貨は(はした)、僅か数十枚で御座います。(くだん)の捕虜の証言が裏付けられたことになりましょうな。」

 

 水晶の塔の一員であったと見られる捕虜、射手の天使(キューピッド)は、塔がこちらの世界に顕現すると同時に維持資金蕩尽が生じ、その()()主犯と目される彼自身の創造主でもあったプレイヤーが、七人の百レベルNPCに殺されたことを語った。

 パンドラズ・アクターの報告は、これが水晶の塔の宝物殿の調査結果と矛盾しないと告げていた。本質的に野放図で七転八倒なナザリックの面々ではあるが、かつてユグドラシルを普く震え上がらせた、冒険浪漫をこよなく愛しつつも同時に超現実主義者(ハイパーリアリスト)集団でもあったギルド、アインズ・ウール・ゴウンの命脈を継ぐ彼らもまた、何者かが主観で語ったことよりは、客観的に検証可能な事実を好む傾向がある。

 

 アインズの判断で射手の天使(キューピッド)は放逐され、以降の行方は知れない。

 

「ソリュシャン率いる戦利品回収班が掻き集めました魔法の品(マジックアイテム)のうち、換金箱(エクスチェンジボックス)に放り込んでしまって惜しくないもの、すなわち、聖遺物(レリック)級未満、かつ、他ならぬ換金箱(エクスチェンジボックス)真なる蘇生(トゥルーリザレクション)(ワンド)などこちらの世界における希少性(レアリティ)のないものの換金見積もりは、ナザリック維持費の二ヶ月分にも届きません。

 つまり……」

 

 ここで、すっと立ち上がったパンドラズ・アクターがその場でくるくると踊り子(バレリーナ)のような回転(スピン)を披露し、ピタと()まって軍帽に片手をかけ、斜に構えた決め姿勢(ポーズ)を取る。

 

「見事なまでの大赤字、で御座います。」

 

 わっはっは、と骨の諸手を叩いて大笑いしながら、これに上機嫌にアインズは応じた。

 

「元より儲けを期待してやったことじゃないからな!」

 

 対して守護者統括アルベドはいささか不服な様子。

 

「それでパンドラズ・アクター。余剰金貨は如何程残ったのかしら?」

 

「二百六十一年分御座います。これは、只今この瞬間トブの大森林がすべて焼き払われ、たちまちのユグドラシル金貨獲得手段を失ったとて二百六十一年間はナザリックの維持が可能、の意とお考えください。」

 

 トブの大森林の実りから得られるユグドラシル金貨は、(とし)によって若干のばらつきこそあるものの、平均すればナザリック地下大墳墓がその維持に必要とするそれの五割増しをやや下回るところで安定している。

 

「重畳だ。むしろその程度の出費で<百年の揺り返し>を片付けた上、貴重なルベドの実戦記録(データ)が手に入ったんだから、これはお(とく)、と言うべきだろう。」

 

 やはりアインズは上機嫌である。

 

 もっとも、アインズにはルベドの実戦試験の他に、三賢者(トリニティ)の面々にも明かしていない真の目的があった。

 それは白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーにルベドを見せておくことであり、もちろんこれはナザリックに対して妙な気を起こしてくれるな、という牽制もさることながら、まかり間違えてツアーがルベドと対峙するに至った場合、初見でさえなければなんとかなるだろう、という意図がある。あいつのことだ、ルベドと近接戦をするのが如何に馬鹿げたことかを理解し、遠距離(アウトレンジ)からの範囲殲滅攻撃以外に勝機がないことには気付いたことだろう。

 全制約(リミッター)解除のルベド、ともなれば、さしものツアーも()が悪かろうが、万が一そのような事態が現実のものとなるとして、その時点のナザリックには()()()()()()()()()()()も失われていようから、よもや()()()()()自滅覚悟でそんな手段を弄することはあるまい。仮にあるとすれば、それはこの世界の終焉だ。

 

「デミウルゴス。おまえのルベド、ガルガンチュアの戦力評価を聞きたい。」

 

 上機嫌なまま、アインズはそう話を振った。

 

「ガルガンチュアについては概ね予想通りで御座いました。

 ルベドについては予想を遥かに上回る戦果、としか申しようが御座いません。パンドラズ・アクターも当初はかの者が熾天使(セラフ)殲滅に三時間ほど要すると考えていたようですが、実際にはその半分で片がつきました。最弱の様態(モード)でこれなのですから、全解放すれば如何程(いかほど)の破壊をもたらすものか!」

 

 デミウルゴスもまた、楽しげにそう語る。

 

「アルベド、貴女(あなた)の創造主タブラ・スマラグディナ様は、まことに鬼才の名が相応しい御方だ!」

 

 言われたアルベドは何処(どこ)か苦々しげだ。

 

 この時分のアルベドは、ユグドラシル時代にしばしばタブラ・スマラグディナがアインズ、当時のモモンガを悪様(あしざま)に罵った記憶の影響を受けていた。

 姉ニグレドについては、そのフレーバーテキストが<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>を通じてアインズには詳らかなのだから何も疑念はない。一方で、ルベドについては、その駆動論理(ロジック)はアルベドはもちろん、アインズですら理解の及ぶところではなく、よもや、とは思えども、そこに何かをきっかけにモモンガを害する仕込みがなされていない、とは断言できない、と彼女は考えていた。

 至高の四十一人の中にはるし★ふぁーのように、一つ間違えれば下僕(しもべ)を殺しかねない仕掛けをナザリック地下大墳墓に遺した者もある。シャルティアと共に大浴場(スパリゾートナザリック)で全裸のまま獅子の動像(レオ・ゴーレム)に追いかけ回された経験を有する彼女は、その危険性を身を以て知っていた。

 かく言う自分自身も、愛する(あるじ)モモンガが、ユグドラシル終了間際、慈愛の心でフレーバーテキストに愛の軛を与えてくれていなかったら、彼女が創造主の指向を少なからず引き継いで至高の四十一人に存外冷めた目線を送っているように、モモンガに対してもそうであった可能性はある。場合によっては、自分自身がタブラ・スマラグディナの意思を継いで、アインズを弑する者であったかも知れない。

 そう考えると背筋に空寒いものを覚えるアルベドであったが、なればこそ、ユグドラシル終了寸前の貴重な時間を割いてまで、自身にモモンガを愛せよ、と命じてくれたアインズに対する愛が燃え上がる。あぁ、アインズ様のあの機転があったればこそ(わたくし)の、今日(こんにち)の愛と(まこと)と性の喜びに満ちた日々が……あぁ、愛しているわアインズ!

 

「アルベド……アルベドさん?」

 

 何やらデミウルゴスのルベド評を苦々しい顔で聞いていたアルベドが、次第に表情を蕩けさせ頬を赤らめあらぬ方向へ視線を彷徨(さまよ)わせているのに気付いたアインズは、彼女の前で骨の手の平をひょいひょい、と振って声をかけてみるがまったく反応はなく、その魂は明後日(あさって)の方角へお出かけの様子。

 

「……困ったやつだな。

 まぁいい。話を続けよう。」

 

と、改めてデミウルゴス、パンドラズ・アクターの注意を自身に惹く。

 

「オレたちは、ナザリックを四半世紀賄えるユグドラシル金貨を(なげう)って水晶の塔を殲滅したわけだが……この判断自体に対する、おまえたちの忌憚のないところが聞きたい。」

 

 実のところアインズ自身には、本当にこれをやる必要があったのだろうか、という迷いがなくもなかった。

 いつかはルベドの稼働検証をおこなう必要があると考えていたのは事実だし、この世界の住人を相手にそれをおこなうのは過剰に過ぎて評価にはならない。同じ動かすのであればいい機会だからツアーにも見せておこう……と考えたところに間違いはない、とは思っているが、それと、かの水晶の塔を殲滅すべきであったか否か、は別問題だ。

 

「仮定の話、にはなるので御座いますが。」

 

と、まず応じたのはパンドラズ・アクター。

 

「間抜けな魔法剣団が仕掛けるまで、水晶の塔は沈黙して御座いました。決戦に至るまで幾度か御座いました三賢者会議(トリニティ)におきましても、かの者たちが外の世界に対して何もしないのであれば、放置しても問題あるまい、と繰り返し決議されていたものか、と存じます。」

 

「セバスも、塔周辺を実効支配していた半人半馬(セントール)(おさ)は、強さなどたかが知れたものではあったが、それでいてなかなかに出来た人物だ、と評していたな。」

 

 アインズたちは、ほぼ一年続いた水晶の塔の沈黙が、周辺を支配する半人半馬(セントール)たちが塔に対する無介入を貫いたことによることを理解している。戦後、ソリュシャンの戦利品回収活動の時間を確保すべく、自領に引き返してきた半人半馬(セントール)の足止めをセバスがおこなったが、その報告によれば、セバスの力量を理解せず浮き足立つ自族の若者たちを抑え、彼らの(おさ)はセバスに礼を執ったらしい。

 この時点のアインズたちは、その背後に真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンらの暗躍があったことを知らない。

 

参謀殿(デミウルゴス)の日記によれば、三百年前の同様に自ら(あるじ)を屠った動像寺院(ゴーレムテンプル)のNPCはまったく統制を失ってただ(うごめ)くのみの者たちであったようで御座いますが、水晶の塔は、稚拙でありつつも統制された戦略行動を採ったのは疑いようもない事実で御座います。

 最初の外界との接触がかような無体なものでなければ、意思疎通(コミュニケーション)が叶った可能性はないとは申せますまい。」

 

「その点については(わたくし)も、パンドラズ・アクターとまったく見解を同じくするもので御座いますが。」

 

とデミウルゴス。

 

「さりとて。きっかけが何であれ一度暴走を始めた彼らに対し、宥める手段がなかったのもこれまた事実かと。ユグドラシルNPCを鎮める手段は忠誠の鍵を以て御するより(ほか)なく、哀れにも連中はそれを既に失っていたのですから。」

 

「それはデミウルゴスの言う通りだな。」

 

 アインズは一旦その言葉をそのままに受け止めた。

 

「……念のために確認しておくが、デミウルゴス。」

 

「はっ?」

 

「あの馬鹿どもを……煽ったのは、おまえか?」

 

「まさか!アインズ様のご命令もなく(わたくし)がそんな勝手をしたことが、これまでに一度でも御座いましたでしょうか!」

 

 あぁ……訊くだけ無駄だった。

 

 三日月型の笑みを浮かべてそう応じるデミウルゴスにアインズは深い溜息をつく。

 

「ゴホンッ……とにかく、だ!

 経緯はどうあれ、水晶の塔の暴走の引き金(トリガ)を引いたのはこの世界の住人で、巻き込まれ損の者も少なからずは居ようが、本質的には自業自得だ、とオレは考えている。セバスが一目置いた半人半馬たちに被害が及ばなかったのは幸いだな。」

 

 この点についてはデミウルゴスもパンドラズ・アクターも異論はないようで、こくこく、と頷きながら(あるじ)の続く言葉を待ち受けている様子。

 

「そして、オレが水晶の塔の殲滅を決めたのは、パンドラズ・アクターがそうだったように、ルベドの性能試験、アレの存在を前提とした戦術の評価に丁度頃合いの相手だと思ったからで、それ以上でもそれ以下でもない。

 あいつらをあのまま放置すれば、数ヶ月の内にトブの大森林に達していた可能性はあるだろうが、それはそのときになってそいつらだけを殲滅しても構わなかった。オレの読みでは、そうなってもその一隊を管轄していた熾天使(セラフ)が反応するだけで、全戦力を以て応戦するような指揮統制は連中にはなかったろうよ。」

 

「左様……で御座いますか、アインズ様?」

 

 デミウルゴスが意外そうな顔をしている。

 

「忌憚のないところを聞きたい、とオレは言ったはずだ。

 言葉を濁さず、思うところを言ってくれ、デミウルゴス。」

 

「御下問……ですので敢えてお答え致しますが。」

 

 デミウルゴスの人差し指が、すっ、と眼鏡の(ブリッジ)を押し上げる。

 

「てっきりアインズ様は、かの竜王(ドラゴンロード)との世界の守護者ごっこを、存外お楽しみになられているものかと。」

 

 ふふ、とアインズは笑った。

 

「それがまったくない、とは言わん。むしろ楽しんでいるさ。」

 

 珍しく、デミウルゴスがアインズの真意がわからない、と言いたげな視線を向けている。パンドラズ・アクターも、創造主の言わんとするところを掴みかねている様子。

 

「そして、おまえたちもそう思っているようだから、敢えてこの話をしている。」

 

 改めてアインズは座椅子(ソファー)に深く座り直した。

 

「なぜルベドの性能評価が必要か。それは、アレがおまえたちを守る上で有用な道具だからだ。」

 

「……道具?」

 

「あ、おかえりアルベド。」

 

 急にアインズの言葉を疑わしげな声色で復唱したアルベドに、アインズが鈴木悟の()に近い反応を返しつつ、速やかに大魔王然とした語りに戻す。

 

「ルベドを妹、と設定されたおまえには申し訳ないが、ルベドはあくまでも道具だ。

 いいか?おまえの三日月斧(バルディッシュ)は何物にも代えがたいナザリックの至宝であるが、それを犠牲にしておまえを守れるのであれば、オレは躊躇わずそれを捨てるだろう。」

 

「ア、アインズ様ァ!」

 

「待て待てアルベド!」

 

 たちまちに抱きつこうとしたアルベドを、アインズは骨の片手を差し出して制す。

 

「これもおまえには申し訳ないことを言うが、おまえだから、じゃない。無論それもあるが。

 デミウルゴスであれパンドラズ・アクターであれ、他のいずれの下僕(しもべ)であれ、決してそのような局面に陥らないよう最善を尽くす前提で、それでもどうしてもおまえたちを守るために宝物殿の最奥に眠る<二十>を捨てねばならんとなれば、オレは捨てるだろう。ルベドも、そういう意味での道具だ。

 唯一の例外はギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンだ。これを守り抜くことはおまえたちを守り抜くのと同じことだからな。」

 

「父上。」

 

とパンドラズ・アクター。アインズは無言のまま頷いて続きを促す。

 

「父上のお言葉はまことにもって有り難いことで御座いますが、(わたくし)と致しましては」

「ユグドラシル金貨で贖い得る下僕(しもべ)生命(いのち)世界級(ワールド)アイテムを天秤にかければ後者が勝る、と言いたいか?」

 

 息子の言葉を中途で遮ってアインズはそう上書いた。

 

「……間違っておりましょうか?」

 

「おまえの言っていることは正しい、パンドラ。」

 

 やはりアインズは、一旦その言葉をそのままに受け止めた。

 そして続ける。

 

「だがな。」

 

 三人の知の下僕の視線が否応なく(あるじ)に集まった。

 

「おまえは宝物殿から一歩も出なかったから知らないだろうし、アルベドもデミウルゴスも後方に居たから仔細を憶えてはいないだろうが、ユグドラシル時代、ナザリックは千五百人の百レベルプレイヤーの襲撃を受けたことがある。」

 

 千五百人の大襲撃、の名でギルド、アインズ・ウール・ゴウンの歴史に刻まれるその事件は、もちろん三人の下僕は承知しているが、アインズも語った通り、彼らは必ずしもその当事者ではなかった。

 

「あの戦いで、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレは一度(いのち)を落としている。階層守護者以下は語るに及ばずだ。」

 

 三人の下僕は息を呑む。

 

「オレは……オレたちは、有志で(かね)を工面しあって(みな)を復活させた。オレを含め、何人かのギルメンは数日は水しか飲めない暮らしを強いられたことだろうよ。当時はそうだった百レベルNPCの格下げ(ペナルティ)無しの復活は、今のオレたちには屁のようなものに過ぎん。」

 

 その費用、ユグドラシル金貨五億枚は、経費節減のために仕掛け(ギミック)の大半を停止させた現在のナザリックの年間維持費に換算すればおよそ七年分に相当する。つまり、目下のナザリックは二十年と少しを経ればトブの大森林の実りから、維持費を賄いつつそれに備えた貯蓄が可能になる。

 

「おまえらは、(かね)さえ積めば(みな)復活するんだからいいや、と当時のオレが……鈴木悟が考えた、と思うか?」

 

 誰も、何も言葉を発することができなかった。

 それほどの重みが、このアインズの発言にはあった。

 

「勘違いするなよ、オレは感傷を語っているわけじゃないからな。

 これは厳密にはオレ自身の思いではなく、<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>の記録から間接的に読み取った鈴木悟の思いでしかないことを断った上で聞いてくれ。

 もし、鈴木悟にその手段があったなら、あのとき彼は世界を破滅させるミサイルの発射ボタンを躊躇わず押しただろう。もしその手段があったなら、襲撃に関わったすべてのプレイヤー本人の自宅を襲ってその腹を裂き(はらわた)を引きずり出しただろう。もしその手段があったなら、襲撃の中継を楽しんだ者すべての目玉をくり抜き、拍手を打った手を斬り落としてやっただろう。もしその手段があったなら、広告(スポンサー)を付けて大襲撃の様子を中継した<運営>を社屋ごと爆破しただろう。もしその手段が」

「ア、アインズ様!」

 

 たまらずアルベドが飛び出してアインズを抱きしめた。

 

「もう、お()め下さい!」

 

 だが、アインズは、あはは、と笑った。

 

「あー、すまんすまんアルベド、雰囲気を出しすぎたな!」

 

 その声色は、鈴木悟の()に限りなく近いカラリとしたものだ。

 

「アインズ様!」

「父上、アルベドが心配するのも当然です!」

「まったくお人が悪いにもほどが御座います!」

 

 三者三様に抗議の声をあげるもアインズにそれを気にする様子はない。

 

「オレがオレを褒めるのもおかしな話だがな、あのときの鈴木悟は偉かった。

 彼は……疑う余地なくこの世のすべてを筋違いにも呪ったに違いない鈴木悟は、そんな様子を(おくび)にも出さず、すべての襲撃者を葬り去った後に高々と両手を掲げ、ただ一言、

 

 

 喝采せよ。

 

 

 ……と言ったんだ。

 わかるか、おまえら?」

 

 三賢者(トリニティ)と言えども、この問いには仮説すら思い浮かばない様子。

 本人を前にして憚っているわけでもなさそうだ、と判じたアインズは結論を示す。

 

「彼はな、あの一言でユグドラシルを……見ていた者すべてを制したんだよ。」

 

 アインズは遠くを見つめるかのように視線を上げた。

 

(つら)くなかったはずはない。悔しくなかったはずはない。むしろ泣き叫びたかったろうさ。叶うものならば、手近な誰かを殴り飛ばしてでも憂さ晴らししたかったことだろう。

 だが、鈴木悟はあの一言で、

 

 貴様ら凡俗如きがいくら束になって(かね)に物言わせてかかってこようとも、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンは……非公式ラスボスであるこのオレ、モモンガは……まったく揺るがん。

 

と言い切ったんだよ。超格好良い(かっけー)だろう?実際あれ以降、アインズ・ウール・ゴウンに喧嘩を売ってくるヤツは皆無だったからな。ま、それで結局みんなログインしてこなくなったんだから功罪は難しいところだが。」

 

 三人の下僕たちは、アインズがこれを、巫山戯(ふざけ)て言っているのか、何かを示唆せんと告げているのか判断がつかずにいた。

 

「悔しいが、この一事だけは、オレはどう転んでも鈴木悟には勝てない、と思っている。」

 

「「「はぁ?」」」

 

 アインズがアインズ自身に勝てない、という意味不明な枠組みもさることながら、アルベドもデミウルゴスもパンドラズ・アクターも、聡明で慈悲深い至高の(あるじ)が、でありながら存外負けず嫌いであることは承知しているので、この物言いの真意を掴みかねていた。

 

 が、アインズは続けてこういった。

 

「なぜなら……始末の悪いことにオレには、()()()からだ。」

 

「な……!

 では、アインズ様はそこまでお考えになって!」

 

と、ここでデミウルゴスだけが突如としてそう叫んだ。

 

「あぁ、最初に気づくのはおまえだろう、と思っていたよ、デミウルゴス。鈴木悟の真意に、ただ一人気づいて声をかけてくれたのはウルベルトさんだったからな。

 第八階層に達した三十人足らずの糞どもに、制約(リミッター)解除のルベドが投入された時点で大勢は決していた。対して、流石の至高の四十一人も、後始末が気になり始めたのかお葬式の空気(ムード)でな。そこに鈴木悟の決め台詞が投げ込まれて、能天気なあいつらは一気に気勢を取り戻した。

 ただ一人、ウルベルトさんだけが他の(みな)に気取られないようにモモンガの傍らに来て言ったんだ。

 

 モモンガさん一人に(つら)い役目をさせてすまなかった、ありがとう。

 

とな。

 あのときウルベルトさんが気づいてくれていなかったら、モモンガはともかく、鈴木悟は死んでいたかもしれん。」

 

 ふふふ、とアインズはやはり楽しそうに笑う。

 

「鈴木悟が、喝采せよ、と言ったのは何故か。

 理由は簡単だ、彼には他にどうしようもなかったからだ。だから、彼を見る者すべてが、アインズ・ウール・ゴウンは深手を負いながらもまったく揺るがない、と(かい)する言葉を発するしかなかった。

 オレは彼のこのときの声色を憶えているからな。恐ろしく平板で、堂々としていて、涼しげで、穏やかで、悟りの境地にも似てとても心の奥底で(いか)りと絶望が渦巻いていた男のそれとは思えない。が、本人であるオレは、その心の動きも、完全に、ではないがわかるから余計にその凄さもわかる。

 

 だから、この一点に限ってオレは鈴木悟には決して勝てない。

 なぜなら、オレにはそんなことをする理由がないからだ。」

 

 アインズが顎を引き、その表情が引き締まった。

 

「おまえらの誰か一人でも殺す者がいたら。

 オレは……この世界を一木一草残さず滅ぼせるんだからな。」

 

 ギラリ、とアインズの腰骨の中空に浮かぶモモンガ玉が妖しい光を放つ。

 

「父上は……この世界を来訪者(ユグドラシルプレイヤー)から守っているわけではないのですな。」

 

 パンドラズ・アクターも、ここに至ってアインズの言わんとするところに気づいたらしい。

 アルベドも同じくで、何も口にはしないが穏やかな優しい瞳でアインズを見つめている。

 

「そういうことだ。自分で言うのもおかしいが、万が一にもそういう事態に至れば、オレは確実にキレる自信がある。おまえらが復活できるかどうか、は関係がない。その後、何が起こるか……は言うまでもあるまい。」

 

 ここに至って三人の下僕は、至高の主が何を言わんとしていたのかを正しく理解した。

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、この世界を、他ならぬ自分自身から守ろうとしているのだ、と。

 

「おまえらは頭が良過ぎるから、オレがこの世界を守ろうとしている、と勘違いしたままだと、自分自身を犠牲にしてそれを成し遂げよう、などというポカをやる恐れがある。ただでさえおまえらはユグドラシルNPCの本性に従って、無意識のうちに他ギルドとの闘争、叶うことならばその只中での活躍、を望んでいるからな。

 無論、オレがこの世界を守りたい、と考えていないわけではないが、それはおまえらが愉快痛快に活躍する舞台として守りたいのであって、オレはこの世界自体には特段関心はない。ましてやその世界を守るためにおまえらを失うなど本末転倒も甚だしい、と言うべきだ。

 それこそがもっともオレが避けたいと願っていることで、それを回避するためならば、オレはルベドやガルガンチュアや世界級(ワールド)アイテムを失うことも躊躇わない。いや、やっぱり惜しいから、そういうことにはならないように万全を尽くすが、それでもどうしようもなくなったら、やはり躊躇わない……と思うぞ、多分、きっと。」

 

 すべてを見透かしたような口調で始まったアインズの喋りは、その末尾でいささかぐだぐだな様相を示したが、アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター、誰一人としてそんな些末なことに気を取られる者はなかった。

 

 ただただ至高の主の、自分たち下僕に対する愛の深さに感嘆する(ほか)なし。

 

「今回の事例(ケース)もまさにそうだが、暴走開始したNPCがあればその時点で危険(リスク)なしに投入可能な全戦力を一気呵成に叩き込んで殲滅する、というのは、ナザリック防衛の観点からも有効な戦術だ、とオレは考えている。相手がこちらの手の内どころか存在すらも知らないうちに叩き潰すのは基本中の基本だからな。異論はあるか?」

 

 三人が一様に無言のまま首を振った。

 特にデミウルゴスは、これまでアインズがツアーの影響を受けてこの世界を守るべくそれをやっていた、と思い込んでいたこともあって、その認識を新たにしている。

 

「プレイヤーが混じってくると少し話が違ってくるわな。

 デミウルゴス。確か以前に居たよな、プレイヤーが混じった集団(パーティー)が。」

 

「四百年前のエリュシオン、で御座いますな。

 小癪にもアインズ様の必殺(コンボ)に対する備えをして挑んで参りました。」

 

 会議前に事前に議事に関係する下調べを欠かさない参謀は、下問に即答した。

 

「そう、それだ!

 自分で言うのも何だが、オレは無駄に有名人だったからな。プレイヤーが交じるとどうしてもそいつらがオレの手の内を知っている前提で考える必要が出てくるから話がややこしくなるが、あのときもそうだったとは思うが、そうであっても所詮取れる対策はたかだか有限だ。前以てあり得るすべての可能性を読み切って備え、想定外に対する撤収準備を怠らない限り、基本は同じ、先制の一気殲滅こそが最適解だ。

 最も恐れるべきはオレたちに伍する存在、つまり、ギルドが健在で、プレイヤーがオレと同じくらい人格が安定していて、おまえらと同じくらいの知性を割り当てられたNPCがそいつを本気(ガチ)で支えている……そんなギルドとの対峙だ。これはそうそうないとは思う。特に、拠点NPCに通常おまえらほどの知性を割り当てることはないから、余程ないとは思う。

 だがオレは、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンを、稀有だったとは思うが、唯一無二だと思い込むほどのぼせ上がってはいないつもりだ。」

 

「ですから、こうして(わたくし)どもにこのお話を。」

 

と、惚れ惚れした表情でアインズをみつめるアルベド。

 

「まさにその通りだ、アルベド。

 万が一、オレたちに伍する存在と対峙したとしても、絶対にオレたちの方が勝ることが一つだけある!」

 

「えぇ、アインズ様!」

「まことに父上!」

「まさに端倪すべからざる、というお言葉がお似合いで御座いますとも!」

 

「オレたちは、既に、それこそがオレたちの強みであることを知っている。

 遅れてやって来る連中には気の毒だが、これだけは、こちらに来てすぐの者は絶対に気付けない!」

 

 ダン、と膝を打ってアインズは立ち上がった。

 

「今日は、オレのこの考えを確認すべく、おまえたちとこうして先の一戦を振り返ったが、ナザリック最高の知恵者たるおまえたちが(みな)納得してくれたことこそが、オレの考えが正しい証明だと確信したぞ!」

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 三人の下僕は素早く跪礼を執って改めて得難き至高の主に忠誠を示す。

 

「これをこのまま他の下僕に告げたとて、おまえたちのようには呑み込めまい。

 銘々に工夫して、この考え方が皆に行き渡るよう……頼んだぞ。」

 

「「「ははっ、すべては至高の主の思し召しのままに!」」」

 

 こうしてこの日の三賢者会議(トリニティ)はお(ひら)きとなった。

 

 

 

 実際のところ。

 

 この日を境にナザリックの面々の認識が劇的に変わる、などということは起こらない。

 もちろん、しばらくはアインズも、オレ超格好良(かっけー)、と悦に入っているし、三人の知の下僕たちもそれぞれに創意工夫してこれの他の下僕への流布に尽力し、それは少なからず成果を挙げるのであるが。

 

 (みな)、他ならぬ(あるじ)アインズ・ウール・ゴウンを含め、忘れてしまうのである。

 

 何なら、仔細こそ異なれど同じような会話は三賢者会議(トリニティ)に限らず、数え切れないほどこれまでにも繰り返えされてきたのであって、すべてでこそないが、その一部はナザリックの記憶を司るデミウルゴスの日記にも事細かに記されているのである。

 

 が。

 

 これはその性格上、こういうことについて調べよう、という視点から入って初めて顧みられるものなのであって、(つい)ぞ大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、これから下僕(しもべ)たちに意気揚々と語って聞かせようと思っていることについて、事前に「ひょっとしてオレって前にもこのネタやった?」と神託娘(オラクル)シズ・デルタに尋ねる習慣を身に付けなかった。

 

 だが、そんなことは大した問題ではないのである。

 

 アインズはこれをやるのが大好きなのだから。

 

 何度やっても、楽しいものは楽しいのだから。

 

 だから、すっかり忘れられるのは……(さいわ)いなのである。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

(つわもの)どもが夢のあと。
(あるじ)もギルド拠点をも失ったNPCの辿る行く末とは。

 どうして自分はこの見知らぬ世界を一人彷徨(さまよ)っているのだろう。

 億劫のオーバーロード余14話『さすらいの吟遊詩人』

「……恥ずかしながら、私の所属したギルドは失われて既にない。」

「すまない、(つら)いことを思い出させてしまった。(ゆる)してくれ。」
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