億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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現地人視点から来訪者(ユグドラシルプレイヤー)がもたらした影響はどのように見えていたのか、を無駄な解像度で描いたお話。


余15話 転移歴575年 歴史的特異点(サンギュラリティ・ヒストリア)
歴史的特異点


 歴史というものは、結局のところ偶然の積み重ねに過ぎない、とおっしゃる(かた)もおられますわね。

 

 たとえばこのアインドラ大学(ユニバシテ・ダインドラ)、設立時はエ・レエブル大学(コレージ・デ・レエブル)と称しました機関を立ち上げ、今日(こんにち)大学名にもその名を遺す名誉筆頭参事リキウス・アインドラは、今から遡ること四百五十年前、まだ無明(むみょう)の腐敗貴族に支配されていた同盟市リ・ブルムラシュール解放の戦いに身を投じ、その(のち)の市民の意識改革への関与を通じて、一見通じているように思われる言葉、というものが、前提される文化や習慣によって実は必ずしも同じ心象を語らう者の間に醸成しないのだ、という事実に気づき、以て、国語教育の重要性を鑑みてエ・レエブル大学の設立を決意したのだ、と伝わります。

 リキウス・アインドラの優れた点は、市民に国語教育をおこなう機関、ではなく、市民に国語教育をおこない得る人材を育てる機関、として大学を設立したことにある、などということは今更皆様にご説明するまでもないとは思いますが、そのような経緯がありましたので、当初のエ・レエブル大学は今日(こんにち)の人文学部に当たるものだけがありました。

 こうして設立されたエ・レエブル大学は、大陸随一の学府として実学を志す者を惹きつけ、また、エ・レエブルの経済発展が新たな投資先として学問の成果を強く求めたことも重なり、只今の、人文、経済、農業、魔法、工学の五学部を擁する、バハルス帝国の魔法学院をも凌ぐ学問の殿堂へと成長を遂げたわけでして、さしもの英傑リキウス・アインドラとて、当時はこれを期待も予測もしてはいなかったものでしょう。

 

 これはまさに、アインドラ大学の歴史が、数多くの偶然の積み重ねによって為されてきたことを証明している、と考えるわけですが、その一方で、原初のリキウス・アインドラの気づき、エ・レエブルには後進を育て得る人材を育てる機関があって然りである、という気づきがなければ、我々は未だ師匠から弟子へと知識や技能が継承されていくだけの非効率な徒弟制度の枠組みの中を彷徨(さまよ)っていた可能性も大いにあるのでして、そうなれば、エ・レエブルの発展の歴史も、今日(こんにち)我々が享受するそれとはいささか趣を変えていたやもしれません。

 つまるところ、リキウス・アインドラの気づきは、ことアインドラ大学の歩みにおいては、より大きな大陸全体の歴史の流れの中での大きな転換点であった、といっても過言ではないと考えているのですが、(わたくし)、人文学部歴史科において教授(プロフェッサー)を承るキャサリン・オコーナーが研究対象とするところは、まさにそういった転換点、一見して偶然の積み重ねによると見える歴史の中で、全歴史に決定的な影響を与えたと考えられるにも関わらず、今日(こんにち)の我々に(しか)とは認識されていないそれ、の探求なのです。

 

 私はこれを、歴史的特異点(サンギュラリティ・ヒストリア)、と呼んでおります。

 

 

 

 自由都市エ・レエブルに鎮座する大陸最高峰の学府アインドラ大学。

 その公開講義第三教室で、歴史科教授(プロフェッサーヒストリア)キャサリン・オコーナーはそのように語り始めた。

 

 アインドラ大学はエ・レエブル市予算と学生の支払う学費、および収益化(マネタイズ)された研究成果、で運営されている。

 そもそものエ・レエブル大学が創設者の意を受けてエ・レエブル市民の知の底上げを第一の目的に掲げていたため、教授職を拝命したものには少なくとも四半期に一度、市民に向けての公開講座において自身の研究を披瀝し、質疑応答することが義務付けられている。

 教授職には客員教授(プロフェッサーインビテ)正員教授(プロフェッサーティテュレ)があって、前者が格上だ。創設時点では前者だけがあって、教授会の推挙と市参事会の決議により招かれる教授は、市予算からその生活と研究費が保証されていた。大学の発展に伴い後者が加わり、こちらは教授会の推挙のみで着任できるが研究費のみが大学予算から割り当てられ、生活はあくまでも自弁で、基本的には資産家や土地所有者などの不労所得を有する者が、その余裕の結果得るところを市民に還元すべく勤めるもの、とされている。

 キャサリンは正員教授であり、研究費確保に市民の理解を要する、というのもあるが、それ以上に、研究の性質上在野研究者の声に耳を傾けることにも重きをおいているので、二ヶ月に一度はこの公開講座を開催することを欠かさない。目下のエ・レエブル市民は、こうした人文系の研究よりは投資の対象となり得る工学、農業、魔法に関するそれに興味関心が集まりがちであるため聴講者は決して多くはないが、席の三分の一は埋まっていた。中にはいささか窮屈そうに席に納まる蜥蜴人(リザードマン)の姿もあって一際目立っている。

 

「大陸における人間……便宜上このように申しますが、これは狭義の人間種のみならず、言葉を通して意を解し合えるすべての者の意、とお考え下さい……人間の歴史のうち、文献で辿れるそれは概ね今から遡って千二百年前まで、となります。

 それ以前、については、もちろん人間が存在し何らかの活動をおこなっていた、という意味で歴史は存在するのですが、そちらは発掘考古学をご専門とされる方々にお任せし、(わたくし)はあくまでも文字言語で記録された歴史の範囲で語らせていただくことを、まずご認識ください。」

 

 蜥蜴人の聴講者にも気遣ってこのように前置きした後、彼女は本論に入った。

 

 

 

 (わたくし)の仮構するところの歴史的特異点は、過去千二百年のうちに二度あった、と考えております。

 

 一度目は言わずもがな、歴史が記録されるようになったこと、そのものでして、これは言い換えれば国家の誕生、とほぼ同じになります。千二百年前以前にもそのようなものがまったくなかった、とは申せませんが、当時から今に似た独立小集団の連邦体制を採っていたと見られる北方アーグランド評議国を除き、大陸本土に国家が存在した、という考えを考古学的証拠は支持しません。

 すなわち、千二百年前に我々は突如として国家……これも言い換えますと、何者であれ上位者がおり、これが下位者を操って全体で以て何らかの目的の実現を目指す組織、ということになりましょうけれども、そういうものが誕生した、ということです。この組織は、その運営の便法として、また自身の正統性の根拠として歴史を綴るようになり、ゆえに我々は文献を遡ってこれを知ることができるようになった、というわけですわね。

 

 これと紐づく歴史上の出来事はスレイン法国……現在のスレイン報国の前身ですね……とローブル聖王国、カルサナス都市国家連合の成立になります。これらは短く見積もっても百五十年の時間の幅を有する出来事であり、歴史的特異点、という言葉の印象がもたらすような、点、の出来事では決してありません。

 が、この時期に、大陸でせいぜい小さな部族、村落単位で生活していた人々が、それぞれに異なりつつも大きな組織を指向する歩みを同時的に始めた、という点には、皆様も異論はないものかと思います。

 

 困難な点としては、流石に千二百年前、ともなりますと遺された文献にも限りがあり、その語りも今日(こんにち)の我々が考える歴史との間には乖離があります。我々のその辺りの知識は、旧レエブン侯爵エリアス・レエブンが個人的に蒐集し後に公開されたレエブン文庫所蔵のスレイン法国に由来する文献に依存するところ大なのですが、その語るところは、有り体に申しますと神話です。

 皆様ご承知の通り、これが語るところの六大神や八欲王、さらに時代が(くだ)って語られる十三英雄と魔神、といった存在は、そのような超越的な何者かが実際にあったのではなく、歴史上の何らかの出来事を語った寓話(メタファー)である、というのが目下の歴史学の定説になっておりますが、その真に意味するところの解釈は難しい問題を多々孕んでおり、これはこれで独立した研究分野を成しています。

 それを認めた上で、千二百年から千年前あたりの時代に、そういった神話的表現で語り遺すしかなかった何か大きな変化があった……これを(わたくし)は一度目の歴史的特異点、と考えているのです。

 

 対しまして二度目の歴史的特異点は、これらの神話的記述と比べれば遥かに信憑性の高い歴史記録が遺されるようになった時代に起きています。今から遡ること五百七十年前、紐づく歴史上の出来事は、他ならぬ自由都市……当時は帝国、と冠しましたが、自由都市エ・レエブルの成立、ローブル聖王国と亜人連合との和解、ド・クロサマー王国の建国、スレイン法国の国号を報国と改めるに至った政変です。

 これらの出来事には、先に見た一度目の歴史的特異点ほどの共通点がないように思われるやも知れませんが、それは大きな誤解です。

 

 さきほど(わたくし)は、六大神、八欲王に加え、十三英雄と魔神の戦い、という、さらに三百年ほど後の話を合わせて語りましたが、この時代に旧リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国が成立した、という点において、これもまた歴史の画期ではあるのです。

 一方で、(わたくし)がこれを歴史的特異点として殊更注目しないことにはもちろん理由がありまして、リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国共に、少数の有志が無力の大多数を引き従える、という点においてはスレイン法国その他の当時の既存国家と変わらぬ枠組みの上に成立しているからです。つまり、これは国家の分裂、新生という歴史上の大事件ではあったけれども、決して転換点ではなく、むしろ延長線上の出来事なのです。

 対して、五百七十年前……これは七十年と少し遅れて起こったスレイン報国の政変を例外に、本当に数年の短い期間に集中的に起こった極めて劇的な変化だったのですが、これらは一見してわかりにくい共通の、でありながら、一度目の歴史的特異点から連綿と続いた流れに逆らう特徴を有しているのです。

 

 それは、ここまでの社会がそれぞれに個性的ではありつつも上意下達を原則としていたのに対し、我らがエ・レエブルを含むここに端を発した社会は、構成員の自発的参加が尊ばれる特性を共有しているのです。

 もし、ここへ至るまでの歴史に、そういった指向性を希求する運動が見え隠れしていたものなのであれば、これを歴史的特異点、と殊更特別視するつもりはないのです。が実際にはこれらの変革は、歴史が記録する限りにおいては極めて短い期間に生じた出来事であり、我らがエ・レエブルを含む自由都市に限って言えば、ほぼ一夜で為されたと言っても過言ではない、極めて異常な変化なのです。

 そして、でありながら、その中に暮らす我々は、今在る我々の有り様を極当たり前だと考えて生活しているがゆえに、その異常さに極めて鈍感、無関心なのであり、であるがゆえに、(わたくし)がこれに照明(スポット)を当てて研究する意義がある、と考えているのです。

 

 ご理解……いただけますかしら?

 

 

 

オコーナー婦人(マダム・オコーナー)。」

 

 研究概説が終わり、一人の恰幅のよい紳士が立ち上がる。

 

「キャサリン、で結構ですわよ。

 姓をお呼びになるのであれば、オコーナー教授(プロフェッサー・オコーナー)……と言っていただくのが当地での礼儀になります。」

 

 アインドラ大学では、初代名誉客員教授フランチェスカ・デルカが女性であったことから、学生を含め存外女性が多く、聴講者にもちらほらと見える。が、自由都市に限って見てもそれは決して一般的ではなく、今なお男性は稼ぎ、戦い、養う性、女性は生み、育て、養われる性、という観念は根深いので、おそらくこの紳士は他市からの客だろう、と看破したキャサリンはまずそう釘を刺した。

 

「これは失礼をいたしました、キャサリン先生。

 私はリ・エスティーゼで古物商を営むジョン・へーウィッシュと申します。たまたま商売の都合でこちらに逗留する間に先生の公開講義があることを知り、商売柄古文書にはいささか通じておりますので聴講させていただきました。」

 

「それはどうも。」

 

 キャサリンは、過分に尊大さを感じる男に形ばかりの礼を返した。

 エ・レエブル市民でない人間に媚を売る理由はないが、こういった人物に自身がどう対処するか、については大いに市民の関心の対象となり得る。

 

「私からは二つ質問させていただきたい。

 第一には、先生が二番目の歴史的特異点だ、とおっしゃる事変については先行研究、とでもいうべきものが御座いますな。」

 

 キャサリンは、そんなものがあれば私の目に止まっていないはずはない、と思いつつも関心を惹かれる。

 

「ほぅ……承りましょう。」

 

「先生はご存じないかも知れませんが、リ・エスティーゼの同時代的な在野研究者にプッシュグラム・アインザックなる者がありまして……」

 

「そいつ、知ってる!」

 

 講義室の隅に頭からすっぽり頭巾(フード)を被った人物が二人いて、その一方、長身な方が突如大きな声でそう言ったので一気に注目がそちらに集まったが、すぐに隣にいたもう一人がその裾を引っ張って着座させ、

 

「ゴホンッ……私の連れが騒がせて済まなかった、続けてくれ。」

 

と断ったので、ややあって騒ぎは収まった。

 

「……私の他にプッシュグラム・アインザックをご存知の(かた)がおられたとは驚きですが、彼の主著『神隠しの真相と帝国の陰謀』によれば、先生が二番目の歴史的特異点だ、とおっしゃる事件の多くは、バハルス帝国七代皇帝ジルクニフ・エル・ニクスとその宮廷魔術師フールーダ・パラダインが意図的に仕組んだもの、とか。それはそれで興味深いことではありましょうが、先生がおっしゃるような歴史的特異点、などというものとはいささか趣が異なるのではないか、と思う次第でして。」

 

「……」

 

「厳しい、指摘でしたかな?」

 

「いえ。二つある、と伺いましたので、そちらもどうぞ。」

 

 さらりとキャサリンにそう返されて、ジョンはやや不満げな表情を見せたが続いてこんなことを言い始めた。

 

「第二には、先生は六大神、八欲王の時代は神話で、自由都市エ・レエブルの成立は歴史上の事実だ、とおっしゃいました。私は趣味的に自由都市参事会議事録の写本も収集しておりまして、もちろんエ・レエブルのものも御座います。その中には、先生も話題になされたリキウス・アインドラ先生が、吸血鬼(ヴァンパイア)を眷属として操り一部の市参事から反感を買っていた、などという荒唐無稽な内容があるのをご承知ですかな?」

 

「な!」

 

 またも講義室隅の二人組の、今度は小柄な方が席を立とうとしたが、背の高い方に素早く取り押さえられたので聴衆の注目を集めることはなかった。

 

「かように、先生が歴史時代と見做される時分の文献も存外あやふやなもの。そのようなご認識の(もと)でなされる研究に如何程の意味合いがあろうものか、学のない私にはわかりかねますなぁ。」

 

 はぁ、とキャサリンは溜息をついた。

 どうしてこの男はかく必要もない恥をかくためにこのようにしゃしゃり出てきたものだろうか。こんな無学な人間を敢えて論破する理由はキャサリンにはないが、さりとて聴衆の少なからぬエ・レエブル市民に、かの正員教授はリ・エスティーゼの古物商にやり込められた、などと噂されても困るので、気乗りはしないが簡潔に反撃する。

 

「お答えしましょう。

 まず、プッシュグラム・アインザックは今日(こんにち)の歴史学においては正統な研究者と認められていません。有り体に言えば彼は、個人的な怨念を正当化すべく初代ジルクニフ、パラダインに関する逸話のうち自身に都合のよいものを列挙したのみで、それはそれで仕事としては大したもので、実際、彼の書物は今日(こんにち)の歴史学者から引用文献目録として利用されることはありますが、その主張が顧みられることはありません。

 第二の点は、それは単なる事実です。リキウス・アインドラの友として冒険者集団<(あけ)薔薇(ばら)>で活躍した有徳の吸血鬼(ヴァンパイア)キーノ・インベルンがいたことは、エ・レエブルであれば絵本などを通じて子どもでも知っていることで、貴兄がそれを以て何を主張したおつもりなのか、無学な(わたくし)にはわかりかねます。」

 

 どっ、と聴衆から笑いが起こり、ジョンは苦々しい顔をしながら着座した。

 

 退出しないところをみると、本人には決して学ぶ意思がないわけではなく、本当に思い込みから教えを()れるつもりでアレを語ったのか、幸福なことだ、とキャサリンもまた苦笑するが、本質的に学問というのはそういうものだ、自身とていつより深い知識を有する碩学に笑い飛ばされぬとも限らぬではないか、と頭を切り替える。

 一方、小柄な方の頭巾(ローブ)の人物は「私が絵本になっているだと?」と頭を抱えるが、隣の長身の人物に「まぁまぁ」と宥められていた。

 

「さきほどのへーウィッシュさんのお話にも登場しましたが。」

 

 少し花を持たせてやろう、とキャサリンは語りを再開する。

 

(わたくし)が二番目の歴史的特異点、と見做している時代に、大陸全土に渡って<神隠し>と呼ばれた都市伝説が伝播していたことは事実です。ご存知でない(かた)も多いと思いますので掻い摘んでご説明しますと、骸骨、蟲、執事が悪党狩りをやっている、という荒唐無稽なものですが、骸骨はド・クロサマー王国の国号と、蟲はローブル聖王国で同時代的に信仰されるようになった正義の御蟲(おむし)様と符合しています。

 へーウィッシュさん(ムシュー・ヘーウィッシュ)には申し訳ないことながら、この<神隠し>の正体が伝説の大魔法詠唱者(マジックキャスター)、帝国のフールーダ・パラダインであるとする説は、種々の証拠から否定されていますが、何故この都市伝説が大陸全土に広まったのか、はわかっていません。

 そして、この都市伝説が鳴りを潜めるのはスレイン法国の政変とほぼ時期を同じくすることがわかっており、今なお君臨する国家元首、人の子、と称するシロクロが当時、神殺し、とも呼ばれていたことから何らかの関連があるのは明らかですが、こちらも因果関係の方向性、つまり、シロクロが<神隠し>と呼ばれた何かを解決したからそうであるのか、そもそも<神隠し>の都市伝説自体がシロクロへの権力移譲を潤滑(スムース)におこなうべく流布された工作であったのか、も明らかではありません。

 そもそも<神隠し>の話が、間違いなくその時代に書かれたものだと確認されている文献に登場するのは、シロクロの台頭に対して百年、パラダインが帝国の公の場に姿を現さなくなった時点からも二十年以上先行していて、これも因果関係の有無を不明瞭にしています。私はむしろ、同時代的な人々が、大陸全土を覆った大きな変化の波を敏感に感じ取って、これを<神隠し>という形で語ったのではないか、と考えています。」

 

 この助け舟(フォロー)に、どうやらジョン・ヘーウィッシュは溜飲を下げた模様。

 

「商社に勤めておりますヘレン・シャープと申します。」

 

 続いて質問に立ったのは、四十代くらいの小綺麗な女性だった。

 

(わたくし)、もちろん行ったことは御座いませんが、スレイン報国とも商いをしておりますので手紙の交換はいたしますのですが、さきほどオコーナー教授(プロフェッサー・オコーナー)は、二番目の歴史的特異点は、構成員の自発的参加が尊ばれる社会云々、という共通点があるとおっしゃいましたけれども、(わたくし)が手紙をやり取りいたしますスレイン報国の方々は、文面を見る限りはどなたも没個性的で、ただただ国家の命じるがままに業務に勤しんでおられるようにお見受けしますわ。これは……どうなのでしょう?」

 

 ヘレン、と名乗った女性は、ジョンがそうであったようなキャサリンを言い負かしてやろう、という気配はまったくなく、ただただ自身が日常の事実として感じるところとキャサリンが語ったところの乖離について、好奇心から知ることを欲しているように、少なくともキャサリンには見えた。こういう質疑は、学問の徒としては実に有り難い。

 

シャープさん(マダム・シャープ)、ご自身の実体験に基づく貴重なご見解をありがとうございます。おっしゃる通り、スレイン報国が上意下達が顕著な管理国家である点に、疑問の余地はありません。同国の実態についての情報は、マダムのような商売上の付き合いのある(かた)か旅人が持ち帰るものが主で、どうしても表層的な部分に限定されています。

 一方で、本学政治学科の調査によれば、報国が管理国家であるのは紛れもない事実である一方、特にシロクロの子、皇子アレインなる人物が表舞台に立って以降は、民間で自主的にこれを(ささ)えんとする組織が同時多発的に結成され、一定の社会貢献を果たしているようです。人の子シロクロは、絶対専制君主に見えて実は啓蒙的なのではないか、と政治学科の連中は分析しているようですわ。」

 

「んなわけあるかい!」

 

 頭巾(フード)の長身が小声で毒づくも、それは誰の耳に届くこともなく、質問にたったヘレンは、

 

「そういうことがあるのですね、勉強になりました!」

 

と喜色を浮かべて席についた。

 

「かの国が情報漏洩に神経質なのは事実、かと思いますので、お手紙のやりとりで探りを入れるのはお勧めはいたしません。その点はご承知おきくださいね。」

 

とキャサリンは配慮を怠らない。

 

「俺も……いいだろうか。」

 

 そう遠慮がちに立ち上がったのは一際目立っていた蜥蜴人(リザードマン)だった。太い尻尾に聴講席が狭かったようで、周囲にぶつけないよう気遣いながら少し振るって凝りをほぐしている模様。

 

蜥蜴人(リザードマン)の聴講者がおいでになることを事前に承知していれば、もう少し楽な席を用意できたのですが。」

 

とキャサリンは気遣うが、言われた本人は気にもしていない様子。

 

「郷に入っては郷に従え、だ。気遣い無用に頼む。

 俺はダンベル・ググー、旅人だ。とても興味深い話を聞けて感謝している。」

 

「ありがとうございます。」

 

貴女(あんた)の話にケチをつけるつもりはないんだが、俺の部族が()に加わったのは、村長ネム・エモットの人柄と、その姉、血濡れのエンリの武勇に皆が関心したからだ、と伝わっていて、貴女(あんた)の話と少し噛み合わない感じがするんだ。」

 

「村?」

 

「あぁ、貴女(あんた)の言い方だと、ド・クロサマー王国、ってことになるか。村長は女王様、だな。」

 

 そう言ってダンベルと名乗った蜥蜴人(リザードマン)は牙を見せてニッと笑った。

 

「正直に申し上げて。」

 

と、キャサリン。

 

「最近でこそググーさん(ムシュー・ググー)のように自由都市を旅人として訪ねてくださる(かた)も増えましたが、(わたくし)たちのド・クロサマー王国についての理解がまだ浅いものだ、という点は認めざるを得ません。」

 

 素直にキャサリンは情報不足を認めた。が、続いてこうも。

 

「一方で、女王ネム・エモット、覇王エンリ・エモットについては、元々リ・エスティーゼ王国カルネ村の住人であったことまでは文献で裏付けが取れています。これは本当に奇跡的なことで、カルネ村の人別を管理していた城塞都市エ・ランテルは当時、不死者(アンデッド)の大群に飲み込まれるという災厄を被っており、この時点で人別史料は失われていて当然でした。

 が、さきほども少し触れましたレエブン文庫の中から『王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ失踪事件、同調査団チエネイコ男爵殺害事件の覚書(おぼえがき)』と今日(こんにち)呼ばれる史料が発見され、ここにエモット姉妹が、驚いたことにストロノーフ、チエネイコ殺害の実行犯として名指しされているのです。」

 

 パカリ、とダンベルの口が(ひら)いた。流石に驚いているのだろうか。

 

「しかも史料は姉妹を、骸骨姿の怪力な不死者を使役した魔女、として語っています。当時の王国はこの話を荒唐無稽と考えて無視した……厳密に言えば対処のしようがなく思考停止したようですが、この覚書を持ち帰ったエリアス・レエブンは違ったようで、彼自身のものと鑑定された筆跡で『髑髏様(ド・クロサマー)とは何だ?我々はいったい何と戦っているんだ?』と加筆されています。

 ド・クロサマー王国建国から二十年以上遡った時点に、ド・クロサマーという国号と、建国の姉妹を結びつける記録がある、というのは、偶然とは思えません。レエブン文庫の存在が知られるようになったのはここ百年ほどの話ですので、そんなことをして何の意味があるか、はともかく、後世の者が後からこれらを紛れ込ませた可能性がほぼないから余計にです。

 そしてより驚くべきは、実はまったく同じ構造がローブル聖王国にも見いだせる点なんです。」

 

 この辺りの話題は彼女の研究の骨子に当たる部分でもあり、自然と声が踊る。

 

「換骨奪胎してしまえば、ド・クロサマー王国建国の物語は、少女が何者かに出会って変容を遂げ新国家建設の軸となった、という構造を有していますが、ローブル聖王国の亜人連合との和解の物語にも一人の少女が登場します。この少女、ネイア・バラハが<正義の御蟲(おむし)様>と称される何者かと出会って悟りを開き新秩序の礎となった、という物語です。

 ド・クロサマー王国建国と、ローブル聖王国と亜人連合との和解成立、はそれぞれ年代が文献記録から特定されていて、奇しくもエ・レエブルの自由都市化とほぼ同時期の出来事であったことがわかっています。これは、どちらか一方がどちらかを真似て語られた可能性を否定します。また、距離的隔絶から互いに影響を与えた可能性もほぼありません。にもかかわらず、今見たようにそれぞれの物語は驚くほどよく似た相似性を示しているのです。

 その後についてはやや異なった様相を示します。

 ド・クロサマー王国が今以てエモット姉妹の子孫とされる……あぁ、ググーさん(ムシュー・ググー)。気を悪くなされないでください。(わたくし)たち学者というものは、自身で未検証の事柄はすべて仮定として語ることを常としているので他意はないのです……子孫とされる人物を女王としているのに対し、ローブル聖王国、亜人連合ではネイア・バラハの子孫、というものは確認されていません。

 一方で、同地の人々によるネイア・バラハの目撃譚は今日(こんにち)まで続いており、人間種であったバラハが存命であるわけはありませんが、同地の人々がその内的倫理規範の根幹に『あの目(ジト目)に見られているからにはおかしな真似はできない』を共有していることはよく知られています。むしろこれは、アーグランド評議国における『()(なんじ)()る者(なり)』すなわち評議員たる竜王(ドラゴンロード)が国民を監視している、とする観念に通じるところがありますが、この点では、ド・クロサマー王国における『悪い子のところには血塗れが来るよ!』という躾の決まり文句も、同様と考えることもできましょう。」

 

 ダンベルの尾がピンと伸びる。

 これは蜥蜴人(リザードマン)においては、相対する者の力量を認めたときの所作だ。

 

教授(プロフェッサー)、恐れ入った。

 如何に俺が狭い世界に生きていたかを改めて痛感させられたよ、重ねて感謝する。」

 

 慌ててキャサリンは突き出した両手を振った。

 

「とんでもない!

 実は少しお願いがあるのですが。もし旅をお急ぎでないのであれば、(わたくし)客人(ゲスト)としてお留まりいただき、教えを乞うわけには参りませんでしょうか?」

 

「……俺よりも博識な教授(プロフェッサー)が、かい?」

 

「先にもお話しした通り、(わたくし)のド・クロサマー王国、ググーさん(ムシュー・ググー)のおっしゃる、村、についての理解が表面的なものに留まっているのは事実なのです。この機に、実際にそこでお暮らしの(かた)のお話を伺えるのはありがたいことです。」

 

「俺は旅に出るまでは部族の集落にいて、村、には行ったことがないんだが……それでも構わんのか?」

 

「むしろ(わたくし)の関心は、村、そのものではなく、そこに帰属意識を有する方々が日々どうお考えになって暮らしておいでなのか、の方にありますので、大歓迎です。」

 

 ダンベルは、少し考える様子を見せた後にこう応じた。

 

「俺は、見識を広げるために旅人となった。自由都市の人間たちは、大歓迎、というほどではなく、むしろ違和感を以て迎えられることの方が多かった、とは思うが、決して俺を排斥はしなかったし、いろいろな学びを俺に与えてくれた。

 逆に、俺が教授(プロフェッサー)の俺たちに対する理解を深める役に立つ、と言ってくれるのであれば、むしろこちらからお願いしたいくらいだ。」

 

 改めてダンベルは、ニッ、と笑い、キャサリンもそれに満面の笑顔で応じる。

 

(わたくし)学生(ゼミ)には釣りを嗜む者もいますので、ググーさん(ムシュー・ググー)がしばし口にされていないであろう生魚もご用意できますわよ!」

 

「いや、そのお気遣いは遠慮しよう。郷に入っては郷に従え……当地の郷土料理、できれば獣の肉、それに、旨い酒を少々馳走になれればそれに越したことはない。」

 

 うふふ、とキャサリンは微笑む。

 

「承知しました。では、(わたくし)が自身の学説に有利な証言を引き出すべくググーさん(ムシュー・ググー)を買収した、と後ろ指刺されない程度のささやかな手料理でお迎えします。」

 

 この彼女の返しに、講義室にもドッと笑いが起こった。

 キャサリンが「講義終了後に学生がお声がけしますので」とダンベルに告げて彼が着座すると、今一人質問者が立った。またも、やや老境に入った女性だ。

 

「リディア・ストーン、投資家で御座います。」

 

と簡潔に名乗る。

 

「改めて申し上げるまでもなく、アインドラ大学の経済、工学、農業、魔法学部の研究成果は、それぞれ何らかの実業と結びついておりますわね。それこそが、私の関心事で御座います。」

 

 キャサリンの表情がやや強張る。

 目下のエ・レエブル有産市民がアインドラ大学に最も求めるところがそれだ、ということを承知しているがゆえだ。

 

オコーナー教授(プロフェッサー・オコーナー)のお話は大変興味深いものでは御座いますが、それは何らかの実益に繋がるものでしょうか?」

 

 コホン、とキャサリンは咳払いを一つ。

 

ストーンさん(マダム・ストーン)のご指摘はごもっともで、それは(わたくし)のみならず、人文学部において為されるすべての研究に対して向けられているご批判であるもの、と承知しております。

 その上で敢えて申し上げるならば、人文学部において学問のための学問として為されるところと、(わたくし)の研究するところは一線を画すものである、と申し上げたいのです。」

 

 ん?とリディアは意外そうな表情を見せる。

 一方で、相応の資産を有する彼女に出資を求めて甘言を弄する者は数多(あまた)あるので、この程度は慣れっこ、でもある。

 

教授(プロフェッサー)の研究には実益がある、と?」

 

 訝しげに老女は問う。

 応えるキャサリンは、意を新たにしたかのように堂々とこう告げた。

 

「究極的にはそれを目指しております。

 と申しますのも、(わたくし)の目指す到達点(ゴール)は、歴史的特異点を人為的に発生させること、なのですから!」

 

 おぉ!と講義室がどよめきに包まれる。

 

(わたくし)が仮説する歴史的特異点の最も通俗的な、つまり、市井の人々にとって目に見えてわかりやすい解釈は、端的に言ってしまえば、神の降臨、になりましょう。実際、スレイン法国は(なが)く六大神をそのように語り継いできましたし、<神隠し>も同じ文脈で考えることが可能です。

 が、(わたくし)はこれをそういった超常的なものと考えておりませんで、我々人類に、どうしたことか突如起こる転換点を文学的に表現したもの、と捉えております。となれば、政治を操るに政治学、経済を最適化するに経済学があるように、歴史的特異点を人為的に生成し我々人類の進歩を加速する(すべ)も存在するに違いない、というのが(わたくし)の目論むところなのです。

 もちろん、正直に申しましてその成果をストーンさん(マダム・ストーン)ご存命の間に提供できるか、と問われればその確信はなく、むしろ手が届かぬであろうことを認めざるを得ませんが、(わたくし)の弟子、またその弟子の世代において、そのような技術が確立されるに違いない、と信じております。」

 

「夢のあるお話ですわね。」

 

とリディア。

 

「私は投資家で御座いますので、第一義的には投資によって回収される利益の有無を考える者ですわ。ですが……」

 

 ゴクリ、とキャサリンは息を呑む。

 

「そう申す私自身が、先人たちの投資の上に立っていることを知らぬ者でも御座いません。

 本日は大変貴重な御高説をありがとうございました、オコーナー教授(プロフェッサー・オコーナー)。」

 

 そう告げたリディアは何を約すでもなく静かに着席した。

 キャサリンとしては十二分に満足な質疑応答だった。

 

 

 

「アインザック爺さんは、偏屈だったけど気前のいい爺さんだったのよぉ。物凄い数の文献に埋もれて暮らしてて偉い学者なんかなー、とは思ってたんだけど……目録としてしか価値がない、とか言われちゃってて、ちょっと可哀想な気もしたわさー。」

 

 講堂を退出しつつ、クレマンティーヌは笑いながら(あるじ)にそう言った。

 クレマンティーヌにとって、プッシュグラム・アインザックは一度目……厳密に言えば四度目の復活からリ・エスティーゼ近郊に打ち捨てられた自身を拾ってしばらく養ってくれた恩人、でもある。

 

「いや、五百年も経ってこうして話題に上るだけでも凄いだろ、その爺さんは。」

 

 その五百年を遥かに超える(とき)を旅してきたキーノ・インベルンはそう応じる。

 むしろキーノとしては、本日の講義冒頭で語られた話をリキウス・アインドラ本人が聞いたらいったいどんな顔をしただろうか、などと考えていた。

 

「確かに。それはキーノちゃんの言う通りかもねー!」

 

 クレマンティーヌはそれ以上の関心をキャサリン・オコーナーの話に対しては抱かなかったようだが、キーノはその内容を咀嚼しかねていた。

 

 ちょいちょい妙な部分がありはしたものの、キャサリンの語る大陸の歴史は、キーノが実地に見聞してきたところと大きく異なることはなく、むしろ、見たところ三十半ばの彼女が文献調査のみからそれを組み上げたところに驚きを隠せない。

 それ以上に、彼女が()()して見せた歴史的特異点は、疑う余地なく、一度目は六大神、八欲王がもたらしたもの、二度目は大魔王アインズ・ウール・ゴウンの暗躍によるものだ。

 

 徹底して唯物論的で自身目にしたものしか信じなかったリキウス・アインドラ、訪問者(ユグドラシルプレイヤー)エリュシオンをも友と認めることを躊躇わなかったガ・ギン、それぞれに様相は異なれど、怪力乱神を語らず、すなわち、わからないことにはわからないままにそれ以上は語らないという姿勢は終生貫かれたもので、キーノはこれを二人の個性だと考えていたが、こうしてキャサリンの講義に耳を傾けた後では、それは自由都市エ・レエブルの街の空気がもたらすもの、であったのやも知れないとすら思われてもくる。

 

 あるいは。

 リキウス・アインドラ、ガ・ギンの精神は、確かに受け継がれているのだ、と評すべきか。

 

 もしキャサリン・オコーナーが、彼女が歴史的特異点をもたらしたと信じる存在との邂逅を求めて探索を開始するつもりなのだとしたら、無用な介入をせぬよう釘刺すべきか、と考えなかったわけではないキーノであるが、その歴史的特異点を人為的に生成することを目指すのだ、と気宇壮大なことを語るキャサリンに虚を突かれ、敢えて何も言わずにその場を立ち去ることにした。

 

 もちろんキーノは、キャサリンの考えを荒唐無稽、と笑ったわけでは決してない。

 物が落下するのは何故か、という問いは、ずっと昔から人間、亜人を問わず種々論じられてきたところだが、大きく分ければ、物には下へと向かう性質が本源的にあるのだ、という説と、大地は中空にある者を引き寄せるのだ、という説、加えて、そのように取り計らう何者かがあるのだ、という説が存在する。

 キーノは今の人間たちがどの説を採用しているのかを詳しくは知らないが、キャサリンの話を擬えれば、キーノは歴史的特異点の背後にそのように取り計らう何者かがあることを知っているが、それを承知していないキャサリンの視点から考えれば、キーノの知る事実は、キャサリンの言葉を借りれば、最も通俗的な説、ということになる。

 むしろ、キーノ自身が痛感するところの、こちらの世界の住人が訪問者(ユグドラシルプレイヤー)相通(あいつう)じることは、決して不可能ではないが極めて稀なことだ、という認識に鑑みれば、キャサリンが語ったように、普通の人間からすれば歴史的特異点は、自然や社会の諸々同様に観察、分析される対象に過ぎないのであって、であれば、技術的に操作もできるのではないか、と考える理路は、それはそれで正しいものであるのかも知れない。

 

 私は……トンデモない時代の生き証人なのだな。

 

 いや、不死者(アンデッド)だから、死に証人、か?などとつまらない不死者冗談(ジョーク)で不意に感じた空寒さを紛らわせる。

 

 振り返れば、さきほどまでその内部にいた堂々たるアインドラ大学の堂宇が見える。

 この場所は、百五十年ほど前まではキーノが、リキウス・アインドラ、ガ・ギンと共に暮らした安宿が立っていた場所で、建物の老朽化に伴いそれが廃業した後は、再整備事業があって奇しくもその真上にアインドラの名を関する大学の講堂の一つが建つことになった。大学にアインドラの名を(おく)()した人々も、よもやそんなことは承知してはいまい。

 

小母(おば)さん。」

 吊り目(イビルアイ)

 

 その声にふと目を向けると、キャサリン・オコーナーの講義室に入ったところまでは一緒だったのに途中で姿をくらました双子忍者クゥイアとクゥイナがいた。

 

「みつけてきた。」

 差し出される薄い本。

 

  <(あけ)薔薇(ばら)の冒険>

 

と表題されている。

 

「……ほんとにあるのかよ!」

 

「どれどれ。」

 

 ひょい、とクレマンティーヌが絵本を取り上げ、パラと表紙をめくって途端に大爆笑する。

 

「……何がそんなに可笑(おか)しいんだ?」

 

 きっとそうなるだろう、と思っていなくもなかったキーノではあるが、まったく文章を読むでもなくクレマンティーヌが腹を抱えて転げ回る様子に、憮然とした表情でそう問う。

 

「だって、だって!」

 

 クレマンティーヌが示したのは開巻すぐ、登場人物が並んだ(ページ)だ。

 

 一方の見開きに、晩年の姿を肖像(モデル)したと思しき紳士服姿で帯剣した見目麗しい男性。

 これは間違いなくリキウス・アインドラだ。参事をやりながら冒険してた、と思われているんだろうか。

 

 その隣に巨人。愉快なことに、顔は紙面の上に突き抜けていて描かれていない。

 戦槌(ウォーハンマー)に片肘ついて佇む姿は、そんなはずはないのにまるで当人を見て描いたようだ。

 これは問うまでもなくガ・ギンだ。

 

 そしてもう一方の見開きに、黒服細身の小柄な人物が三人。

 ()()にこれを描き分ける意図はまったくないようで、まるで三つ子だ。

 

(むご)い。」

 頭を抱える仕草(ジェスチャー)

 

 ……って、そりゃこっちが言いたいわ!

 

 よく見るとその三人のうち一人だけに牙が生えているのだが、これがどうしたことか、人食い鬼(オーガ)がそうであるように下から上に生えている。

 

 やってられるかーーー!

 

「当事者三人が揃ってんだから、これから版元を訪ねて改定を求めてもいーんじゃね?」

 

「んな恥ずかしい真似するわけないだろーーー!」

 

 もっとも。

 仮にクレマンティーヌの言う通り版元を訪ねて自ら肖像(モデル)になったとて、元より子どもにわかりやすく描かれた模式的なその絵柄は、結局そっくり三人組として仕上がったのに違いなく、そうなれば版元が晴天下突如の落雷を受けて炎上したのは必至なので、そうならなかったのは城塞都市エ・レエブルにとって幸いであった。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

「わたしたちはユグドラシルのサービス終了と同時に、ギルドの公共空間(パブリックスペース)で記録された情報(データ)を元に何らかの作用でこの異世界に再構成された複製(コピー)……と考えるのが一番しっくりくるわ。」

 転移歴1200年。
 ユグドラシルプレイヤー顕現の秘密に自ら気づく来訪者(あらわ)る!

 億劫のオーバーロード余16話『一二三と九十九』

 参ったな……。
 この類稀なるNPCは、異世界の原生林の中で女子雑談(ガールズトーク)をやろうと言うのか!

10月吉日公開予定。
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