一二三と九十九(1)
「てっとり早く
唐突にそう問われた
「随分と大層な格好をしてなさるが……見た目相応の実力があると思っていいのかい?」
カルサナス都市国家連合に所属する城塞都市オークネイスの、流しの冒険者にも仕事を斡旋している
まず目につくのは一見して純
対してまったく不似合いの、取って付けたような鋳鉄製の
腰に下げた得物は、見たところ素材のわからない真っ黒な鞘に収まった細身の
総じての印象は……見掛け倒し、だ。
「うちは仕事をしてくれる人の素性は問わないのが信条だから無理に、とは言わないが、その
「……それは勘弁して欲しい。」
「どうして?」
「実は……昔の話になるが、若気の至りでひどい向こう傷を負って、他人には晒せぬ
「はぁ……そりゃ、悪いことを訊いたね。まぁ、別に構わないさ。」
と言いつつも、豚鬼は既に、こいつは上客には充てがえないな、と判断している。
「どこから来なさったね?見たところ……人間かい?」
「随分と遠くから来た。そう……人間種だ。
事情があって至急に
「
「いくらになる?」
随分と短気なお人だ。
「ここから南へ向かう街道がある。わかるかい?」
「あぁ、そちらから来た。」
「なら、その東側にずっと深い森が続いていたのも承知だね?」
「……あぁ、確かに。」
「そこに住む
「わかった。」
と言うが早いか鉄仮面の男は身を翻し、つかつかと建物から出ていってしまった。
「……本当に短気なお人だな。多少剣で斬ったくらいで死ぬ
さりとて、
だが。
バラバラバラッ!
夕刻に
並の者であれば一匹仕留めるだけでヘトヘトになる相手をこれだけ仕留めてくるとは!
「武運拙く、この程度しか狩れなかった。」
鉄仮面は事も無げにそう言うが、どうも謙遜しているわけではなく本気でそう思っている口振りだ。
(これは……トンデモないめっけ物が転がり込んでくれたかも知れねぇ!)
「お見事だね、旦那ァ!」
豚鬼はひとまず両手を左右に大きく開いて大袈裟気味に男の武勇を讃えた。
「そういうのはいい。
こんなことが出来るのであれば、何ならうちに押し入って有り金すべて奪い去る、なんて荒事が出来ないわけでもあるまいに、そういう発想がなさそうなのはありがたいことだ。
「申し訳ないんですがね、旦那ァ。」
「……ならないのか?」
「いえ!もちろん買い取らせていただきますよ。
ただ、よもやこれほどを
「……あぁ、そういうことなら仕方がないな。わかった。では、残りは三日後に。」
「お名前を……」
「……」
「お名前をまだ伺っておりませんでしたので。」
「あぁ、あお……いや、ブルーノ。ブルーノだ。」
「……ブルーノさん、とおっしゃる。
私は当
何か訳ありのようだな、とコンチアンは思うがまだそれは口にはしない。
対して鉄仮面は、彼の名乗りにまったく関心を抱く様子がなかった。
「お見送りさせていただきますよ。」
強いてその無作法を咎めるでもなく豚鬼はそそくさと革袋に金貨を積め、やはり早々に身を翻して建物を出た鉄仮面を追って、外に出るなりたちまちに驚きの声を上げた。
「だ、旦那ァ……こりゃーいったい?」
素っ頓狂な声をあげて驚く豚鬼に、鉄仮面が振り返りつつ何でもない様子でこう答える。
「あぁ、ボクの愛馬だ。」
そこには、普通の馬よりも二周り大きく、さらに男の鉄仮面同様の鋳鉄の装甲を全身に纏った巨大な
「連れを待たせているので失礼する。はいやっ!」
金貨の入った革袋を受け取るや、男は全身甲冑を纏っているにもかかわらず軽やかに宙を舞って鉄の一角馬に飛び乗り、鞭を入れるでもなく装甲馬とは思えない風のような速さで駆け去っていった。
「こりゃー……ひょっとすると、ひょっとするぞ!」
あっというまに視界の彼方に見えなくなった男を見送りつつ、豚鬼は北叟笑む。
彼の再訪を待つまでの間にオークネイスでは、つい先日まで巷を
一日にして三十匹の
鉄仮面
鉄仮面騎士は物凄い
遥か前方に、日暮れまでにオークネイスに辿り着きたいのか早足で向かってくる旅人数人を認めると、自身が彼らの視野に収まるよりも先に、
「はいやっ!」
と手綱を引き、装甲一角馬は宙を舞った。
旅人の一団を飛び越し、その遙か先へ着地する。
小一時間ほど駆けて、彼は事前に目印として配した、彼だけに見える魔法の
「戻れ。」
下馬してそう命じると、馬の形をした装甲ががしゃり、と音を立てて地に落ちる。
彼が
「存外面倒臭いなぁ……。」
既に日も暮れ真っ暗闇の街道で、ブルーノはそう呟きながら馬の装甲を
ブルーノは、今度は森の中へと全速力で駆けていく。その速度は一角馬のそれにやや劣るもののやはり尋常なものではなく、しかもどのような
ややあって、ブルーノは前方に火が起こっているのを認めて慌てて立ち止まった。
だが、どうやらそれは
「
と声をかける。
焚き火で大きな獣を丸焼きにしていた
「アリスン、よ!
あと……その糞ダっサい兜、取りなさいな!」
うーん、と唸りながらブルーノはそれに従った。
鉄仮面を外すと中から現れたのは……見紛いようもない骸骨。
「火……なんか焚いて大丈夫かな?」
「能天気にもギルド武器を持ち歩く馬鹿に言われたくはないわよ!」
「どんな難敵に出食わさないとも限らないから最大威力の装備で、ってキミも同意したじゃないか!」
アリスンはまるで聞こえていないかのように肉の焼け具合を気にしている。
「それ……有村が狩ったのかい?」
丸焼きになっているのは兎のように見えるが、その大きさが彼が知識として知るそれの
「ア・リ・ス・ン!
もういい加減に現実を受け入れなさいな!」
そう言いながら、少女は手にしたやたらと複雑な形状をした
「大丈夫かい……そんなもの食べて?」
「
そういいながらアリスンは、短剣にそのまま口を寄せて削ぎ取った肉を頬張る。
「悪くはない……けど、塩と胡椒は欲しいわね。
で、首尾は?」
問われたブルーノは、コンチアンから受け取った革袋を示して見せる。
「金貨を二十枚ほど稼いできた。」
「……まぁ、期待はできないけど
ユワーン、ユワーン!」
アリスンはさらに森の奥にある風景に似つかわしくない構造物に向かって何者かの名を呼んだ。
正二十面体を四つ繋いだような形をしたそれの壁の一部が音もなく開き、中から老人の顔がにゅっ、と出てくる。
「アリスン様、お呼びで?」
老人の顔に獅子の身体、蝙蝠の翼に蠍の尾。
「お肉が焼けたわ。ユワンも食べる?」
「これはありがたい、頂戴します。」
ユワンと呼ばれたマンティコアは、アリスンが切り払って飛んだ腿を空中でガブッ、と咥えた。
「残りは食べちゃっていいわよ。
それから、サム!」
アリスンの目線はブルーノの足元に向かう。
僅かな月明かりで生じていたブルーノの影の中から返答がある。
「はい、アリスン様。」
「私はブルーノと二人で大事な話があるの。
申し訳ないけど少し外してくれるかしら?」
「かしこまりました。」
途端にブルーノの影の中から薄く輝く
ブルーノの
「何もないとは思うけれど外部警戒。少しでも怪しいことがあれば呼んでちょうだい。」
「「はっ。」」
サムとユワンが同時に了解の声を発し、アリスンは手招きでブルーノを拠点内へ誘った。
「……有村はよく平気でいられるね。」
先を進むアリスンは何の反応も返さなかったが、二人共に室内に入って扉が閉じられるや、ガッ、とブルーノを壁に押し当てた。
「NPCの前でわたしを有村、と呼ぶのを
そういうのは、いざというときの指揮命令系統の混乱の原因よ!」
「で、でも……」
「でも、もへったくれもないの!
あんたもいい加減、現実だ、と受け入れなさいな!
これが、ユグドラシルなわけないでしょ!」
それからおよそ二十日間。
もしこれがユグドラシルの延長戦か何かなのだとしても、二十日もの間VRデッキの上で食事も排泄もせずに自身の肉体が放置されるなんてあり得ない。アリスンこと有村
「気休めにもならないわね。」
ブルーノが
「まぁ、これもここがユグドラシルじゃない、って証拠のひとつ、とは考えられるわよね。
ゲームだとしたら、無理ゲー過ぎるもの。」
お手上げポーズを取りながらそういうアリスン。
「どうしても必要かい、ユグドラ……」
ここまで言いかけたブルーノの骸骨の口を、アリスンの柔らかく
「黙ったまま私の部屋まで来なさい。」
言われるがまま、トボトボと骸骨頭の男は少女の後を追った。
「何故、私がこうしたか……わかる?」
無装飾なアリスンの
ブルーノは、あれ、アリスンの部屋ってこんな感じだったんだっけ?と違和感を覚えつつ正直に首を振る。
「NPCに聞こえる可能性のある場所で、ギルド維持資金の話をするのは賢明ではない……そうは思わない?」
アリスンに冗談を言っている雰囲気はまったくない。
「……ゲームのキャラクタだよ?」
「ゲームのキャラクタは喋らないわ。」
「AIで何とでも」
「否!」
アリスンは、言下にブルーノの反論を否定する。
「あなたが出掛けている間、ユワンと当たり障りのない会話をして過ごしたわ。彼はそう思っているでしょうけど、私が実際にやっていたのは
「そんな馬鹿な。」
「それはあなたの単なる感想でしょ!
目前にある事実にどう対処するかを考えなさいな!
ユワンもサムも、拠点NPCには普通割り当てない高い知性の
「……それ、本気で言ってるの?」
「そりゃ、あんたは
「ユワンもサムも百レベルNPCでボクらよりレベルが上だけど、でも、ボクらの
「ギルド拠点が維持出来ている間はそうでしょうね。でも、私の見積もりでは
ユグドラシル最終日に残ってた金貨の
ユワンは、わたしらがログインしてこなかった半年間が
「ゲームだよ!これ、ゲームなんだよ!」
「なワケないでしょ!
わたし……アレが来たのよ。」
「……はぃ?」
「生理がきたのよ!ゲームなわけないでしょ、これが!」
ブルーノは二の句を継ぐことが叶わない。
「あんたも薄々わかってはいるんでしょ?
何も食べてないでしょ?一睡もしてないでしょ?疲れもしないでしょ?」
少し考えた後に、こくこく、とブルーノは骸骨頭を縦に振った。
「私は眠くなるし、疲れるの。人間だもの。生理までくるのよ、女だもの。」
そう言いながらアリスンはやおら肩を払って上着を脱ぎ、自身の形の整った乳房を晒して見せた。
「え?なに!」
ブルーノは慌てて甲冑の
「……何やってんのよ、バカ!
ちゃんと見てご覧なさいな、何か感じる?」
「アリスンのおっぱい……がある。」
「性欲、感じる?」
「……ごめん、まったく。」
はーっ、とアリスンは深い溜息をついた。
「何詫びてんのよ!あんたを誘惑したくてやってんじゃないわよ!
もはや骨のあんたには、肉欲なんてモンもなくなっちゃってるでしょ、って言ってんの!」
そう言われてブルーノは愕然とする。
確かに……本来の自分、青野
だが今の自分には、その勃起すべき
「わたしを有村って呼ぶな、ってのは、NPCを混乱させないため、ってのももちろんあるけど、それ以前に、わたしらはもう、有村
「……どういうこと?」
ナニを失ったとて、自分は青野
「本当は、これ、言いたくないのよ。あなた、確実に傷つくから。まぁ、
「な、なんだよ!ビビらせるなよ!」
「覚悟がないなら
やはりアリスンには冗談を言っている感じはまったくない。
腹を括ってブルーノは続きを促した。
「……言ってみろよ。」
「その前に武器を手放して。発作的に斬られるのは真っ平御免だから。」
そんな大袈裟な、と思いつつも、やはりアリスンはまったくの真顔なので、ブルーノは腰に
「これでいい?」
アリスンは途端に、容赦なく重い一言を放った。
「あなた。奥さんの名前、言える?」
沈黙。
そして。
*
「やっぱりこれ、面倒臭いなぁ……。」
これをやることになったのは、一度目の訪問に際し、ユグドラシル時分と同じノリで骸骨そのままの姿で街に立ち入って大騒ぎを起こしたからだ。街を取り仕切っているのが彼の常識からすれば雑魚
仕方がないので、アリスンに言われるまでもなく、ダっサいなぁ、と思いつつも手持ちの中で他に選択肢がなかったがために鋳鉄製の
この世界で入手した金貨の余りに期待外れな換金率に、コンチアンと約した残り金貨の受け取りなど必要ないと考えたブルーノに対し、アリスンは、
「
と主張し、城塞都市オークネイス再訪をブルーノに勧めた。
アリスンがそう言うのであれば、ブルーノには断ることは不可能だ。
彼女の決定は絶対で、理屈で彼女に敵うはずもなく、実際アリスンの判断は大抵の場合において正しい。
オークネイスに向かって馬を走らせながら、ブルーノはアリスンが語った解釈を反芻してみる。
「奥さんの名前、思い出せないでしょ?
私も、亭主の名前が思い出せないのよ。」
自身の妻の名前が思い出せない衝撃を不死者固有の動揺抑制で乗り切ったブルーノに、アリスンは何の躊躇いもなくそう告げた。
「……いったい、どういうことなんだろう。」
「まだギルドがユグドラシルにあった頃、あなた、この部屋に入ったことあるわよね?」
「あぁ……何度かあったような気はする。」
「この部屋の様子、覚えてる?」
あぁ、それか!さっきから感じていた違和感は。
「そこは気になってた。
入ったことがあるはずの部屋なのに、まるで初めて見たような印象だ。」
「私もなのよ。」
「……えっ!」
「自分の部屋に何があったか、はわかるのに、部屋の様子がわからなかった。
で、気付いたのよ。どうして、あなたが奥さんの、私が亭主の名前を思い出せないのか。」
アリスンは、自分たちの記憶が、突き詰めればギルドの玉座の間、または円卓の間で語ったことに限られているのだ、と主張した。
二人は共に既婚者であり、互いに配偶者の愚痴を円卓の間でしばしば交わす間柄ではあったが、気恥ずかしさからなのか後ろめたさからなのか、
同様に、アリスンが何かの用事でギルド内の自身の私室にブルーノを招く場合、円卓の間で落ち合って声をかけ、そこから移動するのが常だった。だから、どちらもアリスンの私室をブルーノが訪れた、という記憶ははっきりしている。が、今の二人は玉座の間、または円卓の間で語らったり聞いたりしたことしか覚えていないので、アリスンの私室での出来事は……そこで語らった内容を玉座の間か円卓の間で反芻していない限り、思い出すことができないのだ。
その他のギルドの出来事も、思い出せるのは玉座の間、または円卓の間で語ったことばかりで、ギルド外での冒険を覚えているのはあくまでもそれをそれらの場所で振り返って語らったからであって、冒険自体の記憶はない。その証拠に、ギルド拠点がニザフョッル山に連なる無名の峰の麓にあったことははっきりと覚えているのに、そこに鎮座する我らがギルド拠点の外から見た
「もう物理的にあり得ないけど、百歩譲って今の私達がVRデッキに座った有村
そして、今話した、わたしたちの記憶がどうやらギルドの玉座の間、または円卓の間で語ったことに限定されるらしい、を勘案して考えれば、わたしたちはユグドラシルのサービス終了と同時に、ギルドの
アリスンから告げられた衝撃的な仮説を思い出しつつ、ブルーノは慌てて手綱を引き絞って愛馬の速度を緩めた。日の高いうちのオークネイスは決して人通り多い街ではなく、通りは閑散としていた……ブルーノは不死者の索敵能力によって街が多数の生者で溢れていることには前以て気づいていたので、これは人口が少ないからではなく、
豚鬼の通勤ラッシュ?
この世界にもそんなものがあるのか!
と益体もないことを考えたブルーノだが、人目につくところで召喚獣を消すのも憚られ、馬々鹿々しく感じつつも轡を取って歩いていると、やたらと幼少に見える豚鬼たちが自分の周囲を興味深げに走り回っていることに気づく。
既に
「あぁ、ブルーノさん!お待ちしておりましたよ!」
冒険者組合に着いてみると、コンチアンが建物の外に出てブルーノ来訪を今か、今かと待ち構えていた。
「大物がいくらか含まれてましたんでね、少し色を付けさせてもらいました。」
馬を置いて……召喚獣は彼が命じない限り決して動かないので繋ぐ必要もない……建屋に入ると喜色満面のコンチアンから大きな革袋が手渡された。中を改めるとざっと五十枚ほどの金貨が入っているように見える。これ自体にさしたる価値はなかろうが、アリスンの言う通り、これを以て贖える鉱物には今少しの価値があるかも知れない。
そう考えて、この街でそういうものが手に入る場所を自然に訊き出すにはどう持ち掛ければよいものか、と思案するうちに、コンチアンの方から話が始まった。
「今日はいい話がありましてね。まだご入用なんであれば、受けていただけるとありがたいんですが。」
そもそもコンチアンが払おうと思えば払えた最初の報酬を敢えて小出しにしたのは、この英雄級の力を持ちつつそこに自覚がないように見える冒険者に確実の再訪を動機づけ、その間により自身に旨味のある話を探すためだったのであり、見事それは図に当たった。
「突然
「えぇ。ここから前回とは逆に北の方へ街道を進みますと左手から深い渓谷が合流してくるんですが、その向こう側に一際目立つ赤い岩肌の山がありまして、そのまんま
コンチアンの話によると、それはブルーノが最初にオークネイスを訪ねて騒ぎを起こした直後の話らしく、街道を行き交う人々がこれに気づいて市当局へ知らせたものであるらしい。
「旦那はご存知ないかも知れませんが、先だってここでも日中突然
いや、それは知ってるよ。ボクだもの。
「そこへ来て突然現れた砦でしょう?皆、恐ろしい災厄の前触れなんじゃないか、なんて話になってましてね。とは言え、触れ得ざる塔の伝承もありますから、誰もビビっちまって様子見にすら行けやしねぇ。」
「触れ得ざる塔?」
素直に「何だそれは?」と返したブルーノにコンチアンの胡乱な視線が突き刺さった。
「ほんと、旦那はいったい何処からおいでなさったのか!この辺りの者で触れ得ざる塔の話を知らぬ者なんておりませんよ。まぁ、ご出身を敢えてお尋ねはいたしませんがね。」
コンチアンが語るには、今から遡って七百年前、カルサナス平原のほぼ中央、
「市当局は、渓谷を越えて問題の砦に接近し、喫緊の危険の有無を確認してくる冒険者を求めてます。もちろん、砦への接触、侵入は御法度ですぜ。またぞろ天使が溢れ出たら洒落になりませんからね。」
話を聞きながらブルーノの心は既にコンチアンの話から逸れて上の空だ。
この流れはユグドラシル時分にも馴染みのあるキャンペーンシナリオの導入部を想起させる。既に自分たちの力がこの世界の者たちに比べれば抜きん出ていることには自覚があるので、砦の探索に乗り出すのは当然として、正確な位置がわからないが、今なお平原に存在するという水晶の塔、とやらも気になるところだ。塔というからにはそれなりの質量があるはずで、これがすべて水晶でできているのだとすれば、うまくやれば一気にギルド維持資金問題が解決するかも知れない。
「いくらになる?」
相変わらず短気なお人だ、とコンチアンは北叟笑む。
ブルーノ自身は、今手元にある金貨五十枚で入手する鉱物の換金成績が良かったら、追加購入の資金があるにこしたことはない、程度の認識だ。
「百……五十枚、でいかかでしょう?」
ブルーノは、おそらく市当局から出ている額はもっと多くて、コンチアンは自分の取り分をどこらへんまで確保できるか探っているつもりなんだろうな、と思うが、それが多少増えたところで、最終的に得られるユグドラシル金貨の数は誤差の範囲でしかあるまい。
「乗った。」
「流石はブルーノさんだ!」
「では早速行ってくるので、この金貨は預かっておいてくれ。
もし頼めるものなら、ボクが出掛けている間にこれを、鉄だとか
自分でその手段を探して歩くのを厭うて、ブルーノはコンチアンへの丸投げを図った。
言われたコンチアンはしばし「何のこっちゃ?」という顔をしていたが、
「はいはぃ、その程度のお手伝いなら喜んでさせていただきますとも!」
と請け負った。彼が首尾よく砦の様子を確認して生還した暁には、自分の手元にも同額の金貨百五十枚が残るのだから、意味不明の頼み事を断る筋はない。
「お見送りさせていただきますよ。」
さきほど手渡したばかりの金貨の詰まった革袋を受け取ったコンチアンは、手刀を切りながらブルーノの前を横切り、彼のために扉を開いた。
たちまちに彼の怒鳴り声がする。
「グォルァ!糞餓鬼ども、何してやがるッ!」
「「「うわぁーーー!」」」
ブルーノが停めていた馬が何もしないのをいいことに、集まっていた豚鬼の子どもたち数人が上に乗って遊んでいたようだ。
「ハハハッ、別に構わないじゃないか。」
後から出てきたブルーノはそう言って笑ったが、
「ブルーノさんはお人が
と問われて、それを言ったらおまえの商売に困ったことになるだろう、と苦笑せざるを得なかった。
もっとも、鉄仮面に覆われたその表情はコンチアンには伝わらないし、仮に素顔を晒していたとて、筋肉も皮もない骸骨の相貌は何も伝えることがなかっただろう。
「では行ってくるよ。地金の件はよろしく!」
「へいへぃ、確かに承りました!」
こうしてブルーノは、さらに北に向かって未把握の地域へと歩みを進めることになった。
ギルド、
青野と有村は、元々は別のオンラインゲームで知り合った仲間で、不思議と気が合ったのでずっとつるみ続けていたものだが、何かのきっかけで有村が他のプレイヤーたちと揉め事を起こし、その有村に誘われてユグドラシルを新たな遊び場に選んだ……ところまでは、ギルドに迎えられるに際し当時のギルド長、キャンベルに話したので憶えている。
一方で、決してそれが
そして……ブルーノは、有村と知り合ったそのゲーム名、はおろか、どんなゲームであったかについても思い出すことができずにいる。
この事実は、アリスンが語った仮説……我々はユグドラシルのサービス終了と同時に、ギルドに記録された情報を元に何らかの作用でこの異世界に再構成された
妻の名前はおろか顔すら思い出せない衝撃もさることながら、自身が既婚者であった、という認識は、
はて……青野
かの仮説に思い至ったことをはじめとして、知性の面において有村
<
そして、自分がゲーム上の
が……こうも考えることができるのではないか?
ブルーノは、実は女性としての有村
だが、そもそもの妻が幻であるならば、自身の今の情動にも納得がいく。むしろブルーノは、何とかして有村を……アリスンを守り抜きたい、ただそれだけを考えている自分に自覚があった。
が、同時に……。
人間の異性愛に欠かせぬ要素であった肉欲的な器官を一切失った自分は、アリスンに対してどのような意味においても性的な衝動をまったく感じないのだ。中世欧州で吟遊詩人が謳って歩いたという、騎士道の愛、などというものが実際に存在したのだとすれば、今の自分がそうであるのかも知れない、などとブルーノは思いを馳せ、そしてそんな自分を
そんなことを考えながらひたすら北を目指して駆けていたブルーノは、前方に
ここまで駆けた距離を思えば徒歩で旅する者が最初の中継地とする小さな町はほど近いはずだ。向こうに見える人だかりは、おそらく今朝早くそこを発ってオークネイス目指して南下してきたものだろう。そんな人々が立ち止まって、向かって左方向を指さしながら何か語らっている。
「……あれか。」
彼らが指差す方向、深い谷を越えた
そしてそれは……
「<
ブルーノ自身に縁がなく実物をみたことがないと思うが、大規模ギルドが集団で長距離遠征をおこなうに際し、仮の橋頭堡を設ける第十位階魔法があったはずだ。
今も自身の影に潜むNPC、
そんなことができる存在がこの世界に居る、なんてあり得るだろうか?
似て見えるのは単なる偶然だろうか?
「えらく勇ましい格好をしてなさるね。まさかあの砦に突入でもするつもりなのかい?」
砦を指さしながらわいのわいの言っていた人だかりからブルーノに声がかかった。見たところ普通の人間だ。よもや
「……その、まさかさ!」
砦の外見に一旦ギルド拠点に戻ってアリスンと相談すべきか、と迷わないでもないブルーノであったが、結果的に人だかりから投げかけられた言葉に
馬に鞭打てばその
果たせるかな、何者に出食わすでもなく目測高さ三十メートルほどの重厚感のある塔状の建物の足元に辿り着き、ブルーノは下馬する。どうしたことか塔の入り口と見られる扉は開け放されていて、まるでブルーノの侵入を誘っているかのようだ。
コンチアンは砦への接触、侵入は御法度、と語ったが、仮に天使とやらが溢れ出したとて、ギルド武器
「サム!」
「はっ!」
即座に彼の影の中から半透明の幽霊が現れる。
頼りなげな外見であるが、レベル九十三のブルーノに対し、拠点レベルから生成されたサムは
「ボクのうしろに付いて。基本はボクが片付けるつもりだけど、ボクの
ユグドラシルでもNPCへの命令条件はこんな感じだったから多分理解してくれるだろう、とサムにそう命じて、自身は
「これは……要らんわな。」
ブルーノはずっと視野を狭くしていた不格好な
最後に彼は、
「さて……
「私もおりますので
と、背後から声がかかってブルーノは息を呑んだ。
アリスンが言った通り、この物言いはAIのそれじゃない。確固たる自我を有する存在のそれだ。不用意に悪いことを口にしてしまった。
「ごめんよ、サム。まさか拠点の外でキミを
と大袈裟目に喜んで見せる。
「私も、ブルーノ様の拠点攻略の後衛を務めさせていただけますのは光栄で御座います。」
あぁ、こいつの忠誠を失う、なんてのは御免
ブルーノとサムは、塔内部への侵入を開始した。
「どうにも……拍子抜けだな。」
ブルーノは、左手の
塔の内部は、それぞれの階はほぼ
二階でいきなり
「第五位階までに絞って……とおっしゃいませんでしたか?」
逆にサムからそう問われて、アリスンも言っていたがこれが、杓子定規、というやつか。こいつも存外面倒臭いやつだな、などと思いつつ、魔法の使用制限を第七位階まで引き上げる旨を告げれば、<
その遺骸の足元に落ちていたのがコレだ。
「ユグドラシル金貨がある、ってことは……やっぱりここはユグドラシルなのか?」
以降、塔の九階まで登って来たものの、同じ
わけがわからないな、と思いつつ、最上階と思しき十階に到達してみればここまでと様子が変わった。登りきった地点は壁で区切られた薄い部屋で、これみよがしに立派な両開き扉が隣室との間を隔てている。
「ここが
そう確信したブルーノは、結局一度も振るうことがなかった
これは本来は、ブルーノとアリスンをギルド
この剣は、攻撃が通れば24ビット値の
ただしその威力の算出は下位から8ビットごと三回に分けておこなわれ、都度立ったビットの数が偶数でないと上位ビットが
「鬼が出るか、蛇がでるか?」
ブルーノは、最低限の
そして、僅かに開いた隙間から中を覗き見て、
「……え?
えぇーーーッ!」
こちらの世界で行動開始して以来、アリスンの予測不能な言動を除けば何事にも特に驚くことのなかった彼をしても、思わず大きな声を出してしまった。
そこにあったのは。
その相貌はブルーノ同様に……骸骨!
しかも、これみよがしにその腹の中に浮かぶ妖しげな光を放つ紅玉は……。
「ひ、ひ、非公式ラスボス!」
ブルーノは、右手で虎の子の