億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴211年。
予期されたナザリックにとって二回目の<百年の揺り返し>が捕捉されぬまま11年が経過。二代目闇妖精双子(ダークエルフツインズ)、デミウルゴスの息子(アレイン)は七十四歳。


第2話 転移歴211年 バハルス帝国興亡史
4.バハルス帝国興亡史(1)


「あ、骸骨おじさんだーァ!」

 

 ボクッ!

 

 その声を発した小さな頭に容赦なく戦闘メイド(プレアデス)ユリ・アルファの拳骨(げんこつ)が振り下ろされた。

 

「アインズ様、とお呼び申し上げるように!」

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層(ジャングル)

 一面の風そよぐ草原に遊ぶ双子闇妖精(ダークエルフ・ツインズ)、の子どもたちをアインズが訪ねる都度繰り返される一幕である。

 

(おじさん……は流石に堪えるが、殴らいでも……まぁ、やまいこ流だもんなぁ。)

 

 ベロ、ベラの兄妹は、誕生から七十余年を経て、丁度ナザリックがこちらの世界へ転移してきた当時のアウラとマーレ、瓜二つの姿を現じている。性別がひっくり返っていることを除いては、だが。

 

「お、お(にぃ)ちゃーん!」

 

 <現実(リアル)>ではエロゲー声優でもあったぶくぶく茶釜の台詞と声色を想起させる声を上げつつ、妹ベラが合流してきたのを認めて、思わずアインズの心の頬が緩んだ。

 

 大方予想されていた通り、ベロとベラは多くの点で母父となるアウラ、マーレを踏襲してはいるものの少なからぬ異同も判明している。

 第一には姉弟が兄妹に反転したことだが、兄ベロが父マーレの森祭司(ドルイド)の能力を継承し、妹ベラが母アウラの魔獣使い(ビーストテイマー)のそれを引き継いだのも同様だ。出生順位、性別、技能(スキル)の組み合わせに何か法則性があるのか、についてはわかっていない。

 一方で、兄ベロは母アウラ同様の狩猟胴着(ハンティングベスト)を好み、妹ベラは父マーレ同様の可愛らしい裳裾(ブラウス)を好んだ。つまるところ、創造主ぶくぶく茶釜が仕掛けた服装嗜好の性別逆転は無視された(てい)になるが、これらはフレーバーテキストの記述がアウラ、マーレのこの世界における顕現に際し作用したものだ、と考えれば、ベロ、ベラにその影響が及ばなかったことはさほど驚くには当たらない、とアインズは考えている。

 

 危惧された短期記憶問題は杞憂だった。

 つまるところ、これもこの世界における顕現に際し直接的にユグドラシルNPCの仕様が翻案された結果であって、こちらの世界で純然たる血肉を得たベロ、ベラは、肉体の基本的な仕様については現地産の闇妖精(ダークエルフ)のそれに準じるものと見えた。

 いささか父に似てぼんやりした性格のベラが天然に物忘れ著しく見えるのは……まぁ、ご愛嬌なのだろう。いささか思い込み激しい兄ベロを含めて、デミウルゴスの日記に代わってナザリックの記憶をこの二人に任せる、などという発想は、アインズにはなかった。

 

 二人は共に、闘技の師父となる自称(じぃ)ことコキュートスの手ほどきを受けつつ、幼少の時分は主に自然湧き(ポップ)骸骨(スケルトン)を相手に、最近ではユリとエントマ・ヴァシリッサ・ゼータに護衛されつつではあるもののトブの大森林の獣を狩ることすら出来るようになったが、測値されるレベルは六十に漸く達したところで、同じ年頃であったアウラ、マーレに及ぶところではなかった。

 もっとも、亜人種は成長の遅いものであることは(はな)から承知していたし、そもそもアウラとマーレはナザリック地下大墳墓の拠点レベルに由来する過剰成長(ブースト)の結果なのだから、これは仕方のないことだ。

 

「アインズ様ァ、いらっしゃいませ!」

 

 兄ベロが満面の笑みでそう声をかけてきた。

 ユリの拳骨に凝りたのか、素直にアインズ様、とアインズを呼ぶが、これはベロにとっては目前の相手を識別する記号であるに過ぎない。

 

 てけてけてけ……

 

「骸骨のおじちゃーん!」

 

 ボクッ!

 

 後方からそう言いながら妹ベラが走り寄って来て、アインズに飛びつく直前にユリの拳骨に叩き落された。

 

「アインズ様、とお呼び申し上げるように!」

 

(ほんっと、容赦ないな……。)

 

「いい子にしていたか、ベロ、ベラ?」

 

 アインズのこの呼び掛けに、ベラはユリに殴られた頭をさすりながらたちまちにアインズに纏わりついたが、ベロは憮然とした調子で、

 

「……そういうの()めましょうよ、アインズ様ァ!

 貴方がボクを生かすも殺すも気儘なご主人様であることは、ボクなりに理解しているつもりです。なので、ご主人様らしく横柄に振る舞っていただいた方が相対(あいたい)し易いです!」

 

と返す。

 

「あ、いや……わかっているつもりなんだが……つい、な。」

 

「お願いしますよ!」

 

 ボクッ!

 

「アインズ様に対して何と無礼な!」

 

 ベロとベラは、長じるに従ってユグドラシルから共に渡り来た下僕(しもべ)たちに見える絶対の忠誠を見せず、あくまでも自分の意思でアインズを自身の主人と受け入れ服従している様子を見せた。

 

 これに気づいたときは流石のアインズも面喰らったものだ。

 

 既に何千世代を重ねている恐怖公の眷属たちの様子から、下僕の子孫たちにもギルドの秘密鍵に由来すると考えられてきた絶対忠誠が引き継がれるものと思い込んでいたが、ゴキブリたちのそれは、あまりに寿命が短いがゆえの自由度の低さがなせるものであり……実のところ少なからず内部反乱は生じているのだが、それはあまりに絶対少数であり、共食いを厭わない眷属たちはそれを自然と覆い隠してしまっているのだ!……こちらの世界で生まれた者は、本源的に自身の自由意志に従うものと見えた。

 

 アインズに対するベロのこの言動にも見えるように、たちまちにこれが叛意にまでつながるものでないことはアインズも理解している。

 

 アウラ、マーレがまったくもって育児養育に関心を示さず、今なお気儘にトブの大森林の管理者として活躍し続けていることから、ベロとベラに彼らを父母と呼ぶ習慣はない。

 一方で、コキュートスを(じぃ)と慕い、ユリに対してしばしば反抗しつつも先生と敬意を払う姿に嘘偽りはなく、特に幼少の砌に可愛がられたニグレドに対し、成長に従ってほとんど無視されるようになって久しいのに、お化けのお姉ちゃん、と呼び習わし、爺の住まう第五階層(氷河)を訪ねるに当たっては挨拶に立ち寄ることを欠かさない様は、他の下僕たちとはいささか異なる形であるとは言え、ベロ、ベラもまた疑う余地なくナザリックの仲間、家族である、という安心感を与えてもいた。

 

 無論、常に注意を払い続ける必要はあるものの、だ。

 

 

 

 ベロ、ベラほど頻繁に、ではないが、デミウルゴスとシロクロの子、アレインにも、アインズはしばしば会ってはいる。そして、デミウルゴスの子らしく、こちらはこちらでまた異なる様相を見せてアインズを困惑させてもいた。

 

「これはこれはアインズ様、ご機嫌麗しゅう。ご尊顔を拝し恐悦至極に御座います。

 またぞろ父デミウルゴスはアインズ様にご心労をおかけしてはおりませんでしょうか?」

 

 直近、スレイン報国に出張るデミウルゴスにアレインの様子見に同行した折、受けた挨拶がこれだ。

 

 アレインとベロ、ベラはほぼ同時期に生まれ、種族もほぼ同じなので成長度合い(ペース)も相同で、見た目の印象もさしては変わらない。デミウルゴス似の細面にシロクロに似た物憂げな瞳と白黒が綺麗に入り混じった銀髪。

 

「ご承知のこととは存じますが、父デミウルゴスの行き過ぎましたるおこないは、偏にアインズ様の御為に良かれ、と考え尽くしたがゆえに智者が知に溺れて御心に叶わなかったものに御座いますれば、どうか、このアレインに免じてご寛恕いただけますれば幸いで御座います。」

 

 で、コレだ。

 デミウルゴスの血はよほど濃いと見える。

 

 いや、むしろ。

 

 この挨拶に際し、いつからか肌身離さず帯同する絹帽(シルクハット)を取ってさっと斜めに振り下げ礼を執る様は、祖父に当たるウルベルト・アレイン・オードルを思い起こさせる……というか、考えれば口調もそっくりそのままだ。

 

「申し訳ありません、アインズ様。

 アレインには生意気な口を利かぬよう、強く言い聞かせますので。」

 

 たちまちに言葉の上ではそう詫びを入れたデミウルゴスであるが、口調は明らかに声が踊って楽し()だ。というか、コレ、お前が故意に(わざと)やらせてるよな?だよな!

 

「ナモン、そのような申し上げようは決してお望みにならぬアインズ様であらせられることをわからぬ貴方(あなた)では御座いませんでしょうに。

 アインズ様、父デミウルゴスの失言、どうかお許しくださいませ。決して父にアインズ様に対して思うところがあるわけではなく、これまた偏にアインズ様に対する曇りなき忠義の心が為せる(わざ)に御座いますれば、どうか深き慈悲の心にてお受け取りあそばしますれば、望外の喜びにて御座いまする。」

 

 ……いや、違うわ。

 こりゃ、二人の連携プレイだ!

 

 こうやってオレをからかって遊んでんだよ、こいつらは!

 

 何たって、あのウルベルト・アレイン・オードルの、息子と孫、なんだから!

 

 このやり取りにも見えたように、興味深いことながら、アレインはアインズに対するときに限りデミウルゴスを父デミウルゴス、と表現するのに対し、直接呼びかけるに際してはナモンと呼ぶ、という不可思議な習慣を身につけている。母親に倣ってのことか、とも考えられるが、シロクロがアインズの真名を口にすることを憚るにもかかわらず、親しげにアインズ様、と口にすることと整合しない。少なくとも絶対忠誠など埋め込まれていようはずもないのに、だ。

 この餓鬼がシロクロの権力を遠からず丸々継承する……という点にアインズは柄にもなくスレイン報国の民に憐れみすら覚えたのであるが、意外や意外、その老獪な言葉遣いとは裏腹に、アレインはデミウルゴスにもシロクロにも似ても似つかぬ性向を有していた。

 

 生粋の純菜食主義者(ヴィーガン)で、食わぬどころか自らは虫一匹殺さないのである。

 

 これも初めてこの事を知ったときは驚天動地に見舞われたものだが、何のことはない、本質はデミウルゴスと同じ、あるいはより悪辣なものであった。

 

 極限定的な場面に限り、アレインは既にシロクロ同席の(もと)にスレイン報国の政治的意思決定に加わっているが、面白半分に<完全不可知化(パーフェクト・アンノウンアブル)>を施して隣席してみれば、言葉巧みに国官を褒めそやして踊らせた挙げ句、害ありと思われる輩に対する容赦ない処断を国官自身の意思決定を誘導して決断させるに巧みなことこの上なく、ところがその場にいた誰もが「アレイン皇子は罪深き者たちにも何と深い慈愛をお施しくださるものか」と感涙に咽ぶという、到底素面では見ていられない代物だった。

 結果、スレイン報国民の間では既に公知されて久しいアレイン皇子に対する評価、敬愛は爆上がりで、他国にまでその噂は鳴り響いているらしく、帝国自由都市では利に目ざとい商人が『アレイン皇子表敬訪問旅行(ツアー)握手券付き』を商品化しているとかいないとか。

 

 そしてこのときになってアインズは初めて気づいたのだが、デミウルゴスは、アインズの許可のない限りはこの世界の存在に直接介入しないように、との言い付けを、いろいろと怪しげな手練手管で例外事例を積み上げて来てはいるものの、基本的には遵守し続けて来たものだが、ここに既にスレイン報国の表舞台に立ったアレインが加わったことで、デミウルゴスは事実上の無制約手段(フリーハンド)を手に入れたに等しい状態だ。

 

 ……ま、今更どうしようもないわな。

 よもや、この世界を滅ぼすまではすまい。

 

 一方で、唯一の不安点としては……いやいやここまでの話も別の意味で不安なことこの上ないのではあるが……アレイン自身が決して強者ではないこと、だった。

 

 アインズに覚知されるレベルは10にも満たない。

 位階魔法も、如何なる技能(スキル)も発揮する兆しはなかった。

 

 これが幸いなのか、それとも恐るべき災いの前触れなのか、たちまちにアインズには判断がつかずにいる。

 

 

                    *

 

 

 目下のナザリック地下大墳墓は、ある種の厳戒態勢にある。

 

 白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンが<百年の揺り返し>と呼ぶところのユグドラシルプレイヤーの来訪があって然りの年から早十年と少し。一向にその存在が当のツアーによる哨戒も含め、捕捉されないがゆえである。

 

 アインズ、とその最も深い部分の思考を支える三賢者会議(トリニティ)はこう考えている。

 

 何はさておき、こちらに渡って来たユグドラシルプレイヤーの第一行動原理となるのは、ギルド維持に欠くべからざるユグドラシル金貨の確保であるはずだ、と。

 

 こちらの世界に渡り来る条件が、想定される通りプレイヤーがログインしたままユグドラシル終了を迎えたこと、であるとすれば、その時点で、転移後数年以上を賄い得るユグドラシル金貨を備蓄しているギルドは決して多数派ではないと考えられている。

 なぜならば、運営側都合によるサービス終了に際し、極めて割安の換金比率(レート)でこそあったものの、溜め込んだ金貨の現金払い戻し(キャッシュバック)がおこなわれていたからであり、これを無視してこちらの百年を裕に乗り切れる金貨を溜め込んでいたモモンガ、すなわちギルド、アインズ・ウール・ゴウンは例外中の例外、と言ってよい。

 

 だから、比較的まともな頭とささやかな余剰金貨を有していたに違いない六大神は、スレイン法国を建国する時間的余裕を得てこの世界の民から徴税した財によるギルド維持を試みたし、逆に単細胞で金貨に余裕のなかった八欲王は当座の資金確保のため、よもや百年を経て他のプレイヤーが現れようなどと思いもせず自身の存在の隠蔽を怠り、それどころか派手に活動していてクソ目立っていた六大神に襲いかかった……とアインズは想定していた。

 ここまでは、ツアーとの出会いの時点で読み切っていたし、図らずも、やはり当座のギルド維持資金に困り、加えてアインズを逆恨みした魔女アナールの使嗾によりアインズ・ウール・ゴウンの存在を示唆されたエリュシオンが、ほぼ同じ論理で行動したことによってもその仮説の妥当性が証明された。

 

 さて。

 

 今回の<百年の揺り返し>に際し、ここ十年に渡って何の兆候も捕捉できないことは、何を意味するだろうか?

 

 ナザリックを基準に考えれば、ナザリックとほぼ伍する存在が、彼らがそうしたのと同様に慎重に潜伏し何らかの金貨獲得手段を既に得ているか、得ていないまでも模索中である、ということになるが、確率統計的に考えればそんなことがそうそうあろうはずもない。

 ゆえに、その可能性は留保しつつも、最もあり得るのは、転移直後に金貨蕩尽と共にギルド拠点が崩壊する形態(パターン)であろう、というのは三賢者含めて意見の一致するところである。

 

 問題は、ギルド拠点が失われたとて渡り来たプレイヤーがたちまちに死ぬわけではない点だ。

 これも、今日(こんにち)に至るまでに偶然、必然諸々の機会に知り得たいくつかの事例をナザリックはデミウルゴスの日記として蓄えている。

 

 シロクロの祖母……すなわち皇子アレインにとっては曾祖母ということになる……の名前も伝わらぬ女森妖精(エルフ)プレイヤーは、ギルド崩壊を受けていくつかの魔法の品(マジックアイテム)のみを持ち出してエイヴァーシャー大森林の森妖精(エルフ)の王の庇護下に入ったのであろうことは、種々の証拠からほぼ確実だ。

 

 牛頭人(ミノタウロス)口だけの賢者は、まったく詳細が定かではないものの、その言葉だけが驚くほどこの世界の広範に渡って伝わっていることから、やはり早い時点でギルド拠点を失い世界中を<現実(リアル)>由来の知識のみを武器に口八丁で彷徨ったもの、と想定されている。

 

 ツアー、キーノが多くを語りたがらないためこちらも詳細については断定できないが、彼らが立ち向かった魔神は、実のところは十三英雄を率いたとされるプレイヤー、人間種の戦士リク・アガネイアが、ギルド拠点崩壊を受けて御し損ねた暴走NPCであろうというのは、マーレを介してツアーから十三英雄の物語を断片的に聞き出し分析を加えたデミウルゴスが熱心に唱えている説であるが、デミウルゴス自身にいささかツアーを貶めてやろうという意図が見え隠れすることもあって、アインズ自身は採用を迷っているものとなる。

 つまるところデミウルゴスが言わんとするのは、リク・アガネイアは自身が図らずも持ち込んだ災厄の種をツアーたちを巻き込んで刈り取ったに過ぎず、人口に膾炙するところの英雄でもなんでもない、ということなのだが、それが真実であるか否かはさておき、金貨蕩尽に陥り露悪趣味的NPCを抱え込んでいるプレイヤーが陥る類型の一つ、としては、それなりの説得力があることはアインズも認めている。

 

 さて、これがすべてか、と問えばそうではない。

 記録に残らない類型、というものに最初に言及したのはアルベドだ。

 

 

 

「正直に申し上げますと。」

 

と、躊躇いがちにアルベドは自身の考えを語った。

 

「少なからず(わたくし)は、最期までお残りくださったモモンガ様、アインズ様を例外に、至高の四十一人の皆様方を、口の端に上せるも憚り多きことながら、お恨み申し上げております。」

 

 この大胆不敵な発言にアインズは、ゴクリと息を呑んだものだ。

 

「あくまでも例え話としてお聞き下されば幸いですが、仮に……仮に、ユグドラシル最終日にモモンガ様がナザリックをお訪ね下さらず、タブラ・スマラグディナ様がモモンガ様に代わってこちらの世界にお越しになられた、と想定下さいませ。

 そして、ナザリックの宝物庫には余剰金貨は存在せず……これもあくまでも例え話で御座いますが、ナザリックをお訪ねになったタブラ・スマラグディナ様がモモンガ様が身を粉にして納めて下さいました膨大な金貨を、ユグドラシル終了間際に、<現実(リアル)>の現金とやらに替えていたものといたしましょう。」

 

「誅殺……ですな。」

 

 即座に意を察したパンドラズ・アクターが常ならぬ冷ややかな声でそう告げたので、再びアインズはゴクリ、と息を呑まざるを得なかった。その言葉はまったく冗談に聞こえず、明確な殺意を帯びていたからだ。

 

 加えて。

 

 恐るべき想像力を発揮したアルベド自身は知る由もないが、<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>を通してユグドラシル時代の円卓の間における雑談を(つぶさ)に記憶するアインズは、ログインしてくる頻度が目に見えて下がってきた時分のタブラ・スマラグディナ、そしてウルベルト・アレイン・オードルが、少なからず<現実(リアル)>における金回りにいささか難儀している旨の愚痴をしばしば(こぼ)していたことを知っている。

 

 つまり。

 

 今、アルベドが語っている「例え話」は、もちろん例え話でありはするものの、ひょっとすると()()()()()、ではあるのだ。

 

「無論、私が申し上げたき儀は、タブラ・スマラグディナ様を弑し奉りたい、などという戯けたことでは御座いません。タブラ・スマラグディナ様あればこそ、私の……至福に満ちた今日(こんにち)の、アインズ様との愛の営みが……あんなことや、こんなことや、あぁ、そんなところまでそんな風にされては、私はもう、あぁ……」

 

「アルベドの言わんとするところはよくわかったよ。

 つまりはこういうことだ。」

 

 途中から明後日の方向へ彷徨(さまよ)い出てしまったアルベドに代わってデミウルゴスが続きを補う。

 

「異世界転移と同時に金貨蕩尽を迎えるギルドの所有者が、自身の下僕(NPC)に愛情を抱いていようはずもなく、当然その下僕もまた、ギルドへの忠誠のみが所有者との関係性なのであって、それがギルド崩壊によって失われてしまえば、残るのはただただかつての所有者への怨念だけ……と言いたいのだね。」

 

 三度(みたび)アインズはゴクリ、とないはずの息を呑んだ。

 

「そうなってしまえば、仕えるべき(あるじ)もなく維持すべきギルド拠点もない下僕(しもべ)たちは、よほど特殊なフレーバーテキストでも与えられていない限り、この世界に対して自ら何かをしよう、という意思は持たないことでしょう。

 つまり、誰に知られることもなく拠点遺構の中に残されて蠢き続ける存在、と成り果てるわけです。何ともはや哀れな話ではありませんか!」

 

 そう言うデミウルゴスは、言葉とは裏腹にやたらと楽しげだ。

 ちなみにアルベドはそのまま愛の妄想に浸って帰って来なかった。

 

(ほんっと、頭いいんだか、悪いんだか!

 まさに残念美女(ヒドイン)って言葉はアルベドのためにこそあるよな。

 

 ま、そこがたまらなく可愛いんだけど、さ!)

 

 一瞬、共に妄想の中に引き込まれそうになったアインズは、神々しき緑色の光を放ちつつ正気を取り戻し、そのまま、不意に思い出したユグドラシル末期のタブラとウルベルトの金欠(かねこま)話をもそのまま意識の外に追いやり、以降振り返ることはなかった。

 

 とまれ。

 

 アインズたちの転移に遡ること百年前、及び四百年前については、デミウルゴスが調査した限りにおいてこの世界の存在たちは<百年の揺り返し>に関連すると疑われる事象を記録しておらず、ツアーもまた、誰も来ないこともあるのだろう、程度の雑な認識でいたことはわかっている。

 そして、アルベドの発言を元に想定された類型は、転移直後のギルドが、いわば内破することによって誰に認知されることもなく消えていくことを示唆していた。

 

 はて、今回の沈黙は、その類型を意味するものであろうか?

 それとも……。

 

 

                    *

 

 

「父上、バハルス帝国が崩壊する由に御座います。」

 

 アインズが一人身支度を整えていた自室に、不意に指輪の<転移>で姿を現したパンドラズ・アクターがそう告げた際、アインズの脳裏にまず浮かんだのは、

 

(何……そのなんちゃら帝国って?)

 

という、いつものお約束だったのではあるが、沈黙する<百年の揺り返し>はもちろん常に念頭にはあったので、

 

「遂に<百年の揺り返し>か!」

 

と興奮気味に問うたのだが、戻ってきた答えは、

 

「いえ、全然。」

 

「……じゃ、何なの?」

 

「ですから、バハルス帝国が……」

 

「いや、だから何なの、その……帝国って?

 ナザリックと何か関係があるの?」

 

「いえ、全然。」

 

(……わからん!)

 

「崩壊、と申しますよりはむしろ、発展的解消、とでも表現すべきものでは御座いますが……」

 

「いや、だ・か・ら!

 それが何なのよ?」

 

「興味……御座いますでしょ?」

 

「いや、全然。」

 

 途端、パンドラズ・アクターの傍から見る分には黒い穴でしかない目と口が縦長に伸び上がり、歌声とも悲鳴ともつかぬ何かが絶叫される。

 

「帝国ぅー、国家ぁーの、栄枯ぉ、盛衰ぃわぁー(わわわわぁーーー)。

 男のぉー、男のぉー、男のぉーーーーーウッ!

 

 浪漫(ろまん)……で御座いましょ?」

 

 最期にはいつもの軍帽に片手をかけ斜に構えた姿勢(ポーズ)を決めてぴしゃり、と言い切る。

 

「聞きたくは御座いませんか……バハルス帝国三百余年の興亡史?」

 

「……おまえが語りたいんだろ?

 

 だよな?

 そーだよなー!

 

 あーいやいや、パンドラ、そういじけるな。

 すまん、今のはオレが悪かった、意地悪が過ぎた!」

 

 アインズの恫喝を受けて息子が部屋の隅に寄ってこちらに背を向け、触手の先で壁と床の隙間をすりすりし始めたのを見て、慌ててアインズはそう取り繕ったが、刹那、振り返ったパンドラズ・アクターは一気に距離を詰め、

 

「聞・き・た・い・で・しょ?」

 

「近いよ!

 あー、わかった、わかった、聞きたい!聞かせてくれ!

 

 ……どうせ、やることないし。」

 

「それではぁー、お求めも御座いましたことで……」

 

「いや、別に求めてな……

 

 あー求めてます、はい、パンドラさん、お願いします!」

 

 バンバンッ!

 

 パンドラズ・アクターの触手が座卓(テーブル)を叩く。

 

「それでは聞いていただきましょう。

 パンドラズ・アクターが語らせていただきますところのぉーーー!

 

 バハルス帝国興亡史!

 

 ……の始まり始まりぃーーーーー!

 お代は聴いてのお帰りでぇ!」

 

(……面倒臭っ!)

 

 

                    *

 

 

 時は今より遡ること四百余年、皆様よくご存知の魔神と十三英雄の対峙に並行いたしまして、これを人類存亡の危機と捉えました当時のスレイン法国、只今のスレイン報国で御座いますがぁ、こちらが、その時点では少なからず人間や亜人の集住はありましたものの、事実上は未開の大地でありましたところの大陸北西部、北東部、すなわちアゼルリシア山脈に分断され今日(こんにち)西は帝国自由都市群、東はバハルス帝国が鎮座いたしますところの平原に、幾ばくかの屯田兵団を派遣いたしましたのがそもそもの始まりでぇ御座います。

 

 バンバンッ!

 

 当初彼らは本国の統制下にありましたものの、十三英雄の戦いが熾烈になるにつれ、またスレイン法国も足並み揃わずごたごたがぁ御座いまして、それぞれに自立の道を歩むことと相成りました。

 このとき山脈の東西で命運を分かちましたのは、西側が水の手もよろしく肥沃な大地であったのに対し、東側は台地が多くいささか土壌も痩せてぇ御座いました。結果、西側では兵農の分離が速やかに起こり、それはすぐさま、やたらにお作法だの血統だのを重んじる支配層と、それに従ってさえおれば食うに困らぬ被支配層に転じたぁので御座います。

 

 バンバンッ!

 

 対して自然の恵み芳しからぬ東側ではそんな悠長なことは言ってはおられませんですからしてぇ、兵農混交の状態が引き続きましてそこで何やかや血で血を洗う抗争なども経ました挙げ句、これを収めるために兵士総員の歓呼を以て総司令官を選出いたしましたのがぁ、今日に続くバハルス帝国の皇帝(インペラトール)の始まりでぇ御座います。

 

 バンババンッ!

 

 そのような次第で御座いますから、三代目まで、帝国皇帝にはいわゆる世襲、というものが御座いませんでした。これが、漸く口に入りますものにも余裕が生じだした時分になりましてぇ、三代目が四代目に自身の嗣子を以てせんと何やかやと裏工作を図りましてぇ、これがまんまと功を奏しましたのが、いわゆる皇家エル・ニクスの興りでぇ御座います。

 それでもなお、形式的に、では御座いますがぁ、即位に際しては兵士総員の歓呼を以てすることを習わしとしておりましてぇ、そのような次第でぇありますから、バハルス帝国臣民には、皇帝は自ら選んだ我らが司令官なのであり、であるがゆえに、自らそこに忠誠を誓うのだ、なんてぇいう、循環論法にも似た心性が受け継いでいかれることとなったのでぇ御座いました。

 

 バンバンッ!

 

「いや、ちょっと待って、パンドラ。」

 

 

 

「……何で御座いましょう、父上?」

 

「これ……ずっとこの調子でいくわけ?」

 

「楽しう……御座いましょ?」

 

「楽しそうだわな……おまえだけ。」

 

「続けて……よろしう御座いますかな?」

 

「……いいよもう!続けて!」

 

「では!」

 

 

 

 バンバンッ!

 

 さーて皆様お立会い!

 

 風向きが変わりましたのは五代目皇帝の時代でぇ御座います。即位に兵士の歓呼を要するからには、歓呼してくれる兵士、なかんずくそれを束ねる各地の地方司令官への利益供与が欠かせませんのはいつの世とて同じこと。三代目から四代目、四代目から五代目、と世襲する間に、なんやかやと積もりに積もりましてぇ、あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たず、と、とっ散らかってぇ参りました。

 これは不味い、と気づきました五代皇帝。晩年ちょいと踏ん張りましてぇ、ここいらの関係をなかなかにうまいこと取りまとめまして、実力至上主義の傾向のありました末端の方についても貴族制をば展開いたしましてぇ、エル・ニクス家を頂点に戴く専制を、見た目の上では築き上げたのでぇ御座います。

 

 ところがどっこい!

 

 バンバンッ!

 

 そもそも帝国臣民、とりわけ皇帝選出権を有しますところの兵士諸君におかれましては建国期を通じまして、自ら選んだ皇帝ゆえに自ら忠誠を捧ぐ、なる摩訶不思議な心性を、それこそどこぞの島国の武士道の如く尊重いたしておりましたものですからぁ、この心根と、実際には問答無用に世襲される皇帝位、貴族特権との折り合いがぁつきません。

 さりとてこれに個々人が歯向かいますには、既に国はえらく大きくなってきておりまして、おいそれとそのようなことは出来ない雰囲気が漂ってぇ参りました。結果、どのようなことが起こるか、と申しますと、実のところは選ばれるべくして選ばれる皇帝、与えられるべくして与えられる貴族特権であるにもかかわらず、如何にもそれが衆望を得ましてぇ、自然に兵士が皆で歓呼して決した体裁を取ろうとするわけでぇ御座います。

 そういたしますと、兵隊さんたちが集合していざ歓呼しますよー、となります前に、いろいろと調整ごとばかりが増えて参りまして、と申しますのも、万が一にも兵隊さんがたくさん集まっておりますところで、何某何兵衛に斯々然々の権を与えん、などとどなたさんかが声高に申しますところへ、うぉー、と一息に決まればよろしゅう御座いますが、万が一にも呼吸が合いませんで、あれ、これ……歓呼していいの?なんて空気の読み合いが始まってしまいますってーと、何某何兵衛さんが赤っ恥をかくのはもちろんのこととして、それに端を発して刀杖沙汰なんてのも考えられまして、洒落にならないのでぇ御座います。

 

 バンバンッ!

 

 さらにややこしいことに!

 

 バンババンッ!

 

 ここに参加いたしますところの皆々様は、自ら選んだ皇帝ゆえに自ら忠誠を捧ぐ、という建前を大層重んじて御座いますから、あからさまに、次の集会ではこいつを推そうと思ってんだけど、おまえさん……どうよ?なんてことは帝国臣民の沽券に関わりますれば、おいそれと人目のあるところで語り合うことがかないません。さりとてこれを密談いたしますとぉ、それこそ何やら叛意あり、なんてぇ痛くもねぇ腹を探られます。

 どこぞの共産国家のように、次の選挙は誰々に投票せんと銃殺!とか言い切って下さる方がおりますれば随分と楽なので御座いましょうけれども、こちらの皆々様は実態がまったく伴っておらないにもかかわらず銘々は主体的自己である、そうであらねばならぬ、そうでなければ恥ずかしくってお天道様の下も歩けやしねぇ、なんて思い込んでおいでで御座いますから、行き着くところは馬々鹿々しくもつまるところは腹の探り合いなのでぇ御座います。

 

 バンバンッ!

 

 しかもまた間の悪いことに。

 

 バンババンッ!

 

 良かれと思って返ってこういうややこしい国情を醸しましたところの五代皇帝の後を襲ったところの六代目さんが、これまた目も当てられない凡庸な御仁で御座いました。凡庸な御仁であるにもかかわらず、あちらの方は随分とお盛んな方で御座いましてぇ、その癖お(めかけ)さんなんてぇのをうまいこと囲う器用さは御座いません。事もあろうに、お手付になった綺麗どころのうち後継者足り得る男子を得た皆様方に揃って正妃の座を大盤振る舞い致しましたからさぁ大変!

 それでもまぁ、お国柄とでも申しますか、末端の方々は、矜持だけは立派にお持ちで御座いますれば何とか国家としての統制だけは失わずに千鳥足で歩んで参ったのでぇ御座いますが、いよいよ六代さんの寿命も限りが御座いましょうなんてぇことが、口の端に上せるも憚り多き事ながら、なんてぇいささか気が早くも囁かれ始めました時分に、よりにもよって正妃のお一人が何を思ってか六代さんを謀殺なさったのでぇ御座います。

 

 バンッ!

 

 あらまぁ根回しも済んでおりませんのにどうしたことで御座いましょう!

 

 バンバンッ!

 

 帝国兵士の皆々様も、何か物申したい気持ちこそは立派にお持ちでは御座いますが、もうこういう雰囲気になって参りますと下手に動くと災いが返ってくるってんで、身動き一つとれたぁもんじゃぁ御座いません。

 

 バンッ!

 

 そこに皆様お待ちかね!

 

 バンババンッ!

 

 颯爽と登場いたしましたのが、皆々様よーくご存知の第七代、後に鮮血帝の二つ名を戴きますところのジルクニフ・エル・ニクス!

 

 バンッ!

 

 このとき(よわい)十五と少しというから、こぃつぁー驚きだぁ!

 

 バンババンッ!

 

 幼少の砌より語らいましたる子飼いの強者を速やかかつ的確に差配いたしましてぇ!

 

 バンバンッ!

 

 帝位を争うご自身の生みの母親を含め正妃、兄弟を(ことごと)く!

 

 バンッ!

 

 ばっさ!

 

 バンッ!

 

 ばっさ!

 

 バンババンッ!

 

 と斬り殺したのでごーざーいーまーすぅーーーー!

 

 バン、バン、バン……バババンッ!

 

 と言ったところでお時間と相成りました、続きは次回の講釈で!

 どうぞ皆々様ご機嫌よろしぅーーーーーー!

 

 バンバン……ババンッ!

 

 

 

「エーーーーーーーーーーーッ!」

 

 

 

「……如何なさいましたかな、父上?」

 

「いや……いかんだろ、それ?」

 

「ハッ?」

 

「なんで一番面白くなってきたところで……そうなのよ?」

 

「……講談、というのはそういうものだ、と心得て御座いますが。」

 

「続きを。」

 

「……ハッ?」

 

「いや、続きを!早く!」

 

「……おまえが語りたいんだろ、とか。」

 

「?」

 

「いや、別に求めてないし……とか。」

 

「!」

 

「楽しそうだわな……おまえだけ、とか。」

 

「すいませんでした!

 オレが間違ってました!

 気になって仕方がないから続きを聞かせて下さい、パンドラさん!

 お願いします!」

 

「では、父上のたってのお望みで御座いますれば続きを……と進めて参りたいところでは御座いますが!」

 

「!」

 

「紙面も尽きて参りましたので、続きは次話のお楽しみ!」

 

「<三重魔法最強化(トリプレット・マキシマイズ・マジック)>。」

 

「?」

 

「<現断(リアリティ・スラッシュ)>!」

 

「ぐはぁ!」

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