億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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時間を遡って、ナザリック地下大墳墓の面々はブルーノとアリスンをどう迎え撃とうとしていたのか。


一二三と九十九(2)

「今回の訪問者(ユグドラシルプレイヤー)ですが、十二回目にして初めて、概ね想定通りの者が現れたようで御座います。」

 

 いつものように狡知の参謀デミウルゴスが、さも愉快げにそう告げた。

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの私室。

 三賢者(トリニティ)の面々が至高の主、大魔王アインズ・ウール・ゴウンを囲んでいる。

 

 このとき、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーは<永い眠り>の最中(さなか)にあり、その代理を務めるツアーの娘、紅水晶の竜王(ローズクォーツドラゴンロード)コニーも抱卵中でたちまちには動けない状態にあった。

 

「想定通り……とは?」

 

 こいつ、またぞろ何か良からぬことを企んでんじゃねーだろな、と不安になりつつアインズは続きを促した。

 

「場所はカルサナス都市国家連合東方の城塞都市オークネイス。その名が示す通り豚鬼(オーク)たちが暮らす街で御座いますが、配された恐怖公眷属(ゴキブリ)の報告によりますれば、極普通の旅人であるかのように街に立ち入った骸骨(スケルトン)が目撃され、豚鬼たちが騒ぎ出したのに気づくやとてつもない速度(スピード)で駆け去った、とか。」

 

「確かにそれは、想定される典型的なプレイヤーの初動、で御座いますな。」

 

 財務責任者パンドラズ・アクターが速やかにデミウルゴスの言に同意を示した。

 かねてより三賢者皆が言っていたことであるが、最も標準的なユグドラシルプレイヤーを想定した場合、こちらの世界に渡り来て最初におこなう行動は、ギルド拠点が顕現した地点から最も近い知的種族の町を訪ね状況の把握を試みることだろう、という大前提がある。

 

「豚鬼の反応に対し駆け去った、ということは、これは我々のようなNPCではありますまい。自身不死者(アンデッド)であり、かつ、こちらの世界の生者が不死者を容易には受け入れない、という知識を欠いたプレイヤーの行動、ということになりましょうな。」

 

「パンドラズ・アクターの申す通りで御座います。しかも、意思疎通(コミュニケーション)が成り立たないと見るや即時撤収した、ということは、この者は略奪を潔しとしない、比較的安定した人格を有したプレイヤー、ということになろうか、と愚考する次第で御座います、アインズ様。」

 

 パンドラズ・アクターとデミウルゴスが言っているのは、要するにゲーム開始直後のプレイヤーの行動、に他ならなかった。

 最初の町を訪ねる、というのはRPG(ロールプレイングゲーム)の王道だ。そして、自身がその町において歓迎されざる存在である、との認識を得て、それでも探索を強行するか、即時撤収を図るかで、概ねそれがNPCであるかプレイヤーであるか、さらにはどのような性向を備えた者であるかは類推することが叶う。

 スレイン法国を建国した六大神、様々な発明品の着想(アイデア)のみを遺した口だけの賢者、魔女の使嗾を受けてアインズに戦いを挑んだエリュシオンなど、最初に類似の行動を取ったであろう、と考えられる来訪者はこれまでにもあったが、意外なことにその初動を直接ナザリック勢が捉えたのは、転移歴1200年目にしてこれが初めて、ということになる。

 

「実験……に最適、ということかしら、デミウルゴス?」

 

 涼やかな声で守護者統括にしてアインズの后、女淫魔(サキュバス)アルベドが問うた。

 

「そういうことになるね。

 私の予想では遠からずこの者は、擬装を施した上でオークネイスを再訪することだろう。そして、この者が冒険者組合(ギルド)を訪ね、金員の取得を試みるようであれば、ギルド拠点は健在、と判じて間違いあるまい。

 となれば、貴女(あなた)が構想した枠組み(スキーム)が試されるときだ!」

 

 こちらもかねてより三賢者の見解が一致していたところになるが、真っ当な人格を有したプレイヤーが健在なギルド拠点と共にあった場合、ギルド維持資金の獲得を第一行動原理とすることは自明、と考えられている。そして、それが決して容易なものでないことも。

 その認識を前提に、追い詰められたプレイヤーが突飛な行動を取る前に、先手を打って何らかの助け舟を出してやってもよいのではないか、という案も以前から検討されていて、その具体的な施策については守護者統括アルベドに一任されていた。

 

 どうにもアインズとしては、曲がりなりにも(カルマ)が悪に全振りのアルベド、デミウルゴスが楽しげに人助けの相談をしている、という構図が、自分自身もまたそうであることを棚上げして不気味に思えてならないのではあるが、さりとて、建前上はこれはナザリックの危機管理において有効、と理屈づけられておこなわれていることでもあるので、よもやおかしな方向には転がるまい、そうに違いない、そうであって欲しい、いや駄目かもな……などと考えれば考えるほど思考が段々と後ろ向きになってしまい、思わず神々しい緑色の光を放たずにはいられない。

 

 ペカーーーッ!

 

「ではアインズ様。段取りの詳細は追って書面にてお届けいたしますので。

 初めての試み、ということも御座いますので、今回は(わたくし)もご一緒させていただきますわ。」

 

と、やはり喜色満面のアルベド。

 ナザリック地下大墳墓の管理統括を一手に任されていることもあり、普段はほぼ外界に出ることのない彼女なので、アインズと共に出撃するのが楽しみで仕方がない様子。

 

「曲がりなりにも相手はユグドラシルプレイヤーだからな。完全装備で挑まざるを得んだろう。その間、おまえの愛らしい姿を見ることが叶わないことだけが残念だな。」

 

「アインズ様のお望みとあれば、全裸に三日月斧(バルディッシュ)でも(わたくし)は構いませんが!」

 

 裸エプロンならぬ、裸バルディッシュかよ!

 ……いや、それもいいか?

 

 いかん、いかん!

 

「冗談はよせ、アルベド。おまえが万が一傷つくことでもあればオレは……」

「嬉しいわ、アインズ!」

 

 たちまちにアインズはアルベドに押し倒され、慌ててデミウルゴスとパンドラズ・アクターが愛する(あるじ)の骨格をへし折らんかの勢いで抱きしめる狂女を引き剥がしにかかった。

 

 

                    *

 

 

「ひ、ひ、非公式ラスボス!」

 

 ブルーノは、まったく想像していなかった事態に軽い狂乱(パニック)に陥っていた。

 そもそも自分たちが巻き込まれているのは常識の埒外の状況だ。これ以上何が起こったとて驚くこともあるまい、と考えていたブルーノであるが、こればかりは驚かざるを得ない。

 

 自分の記憶が確かであれば……アリスンの仮説が正しければ、少なくとも自分はギルド拠点で見聞きしたことについては正しく記憶しているはずだ……目下侵入探索中の塔の最上階、最奥の部屋でふんぞり返っているあれは、ユグドラシルにおける伝説的な存在、千五百人の百レベルプレイヤーの襲撃を受けギルド拠点に大損害を被りつつも、そのすべてを撃退してのけた上に、ただ一言「喝采せよ」と中継のカメラに向けてのたもうたユグドラシル非公式ラスボス、アインズ・ウール・ゴウンの死の支配者(オーバーロード)モモンガだ。

 

 ここは一旦撤収だ!

 

 そう考えたブルーノは<脱出の指輪(リング・オブ・エヴァキュエイション)>を発動させるが、命じられたままに形成された転移門(ゲート)はただちに光の破片となって砕け散った。

 

 <次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)>!

 

 いつの間に?

 そして、それの意味するところはただ一つ。

 

 これは決して偶然の邂逅などではなく、自分はここへ誘い込まれたのだ!

 

「ソコノ者。中ヘ入ッテハドウカ?」

 

 室内から、薄気味悪いほどに平板な声をかけられてブルーノは腹を括った。

 大慌てで階段を駆け(くだ)ったとて、塔の中央部と外壁の行ったり来たりを強いられる構造では背を見せて逃げるのは愚策中の愚策だ。下僕サムを殿(しんがり)に残す手もなくはないが、仮にそれで逃げ(おお)せたとしても、サムを身代わりに逃げ出したとなれば、その(あと)でアリスンに何をされるかわかったもんじゃない!

 

「サム、ボクが言うまでは決して仕掛けないでくれ。」

「承知いたしました。」

 

 下僕に釘を刺したブルーノは、戦闘の意思がないことを示すべく敢えて右手を軽く横へ開き、でありながら、咄嗟のときに逆手で抜刀できるよう左手はギルド武器暗黒整数剣(ダークインテジャー)の柄に軽く添えたまま、静かに室内に入って行った。

 

 僅かな時間だが先制があり得るか、を検討するが、たちまちに得られた結論は、無理、の一言に尽きた。

 モモンガ、と目される骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)の向かって左手に黒鉄(くろがね)の全身甲冑を纏い腰から翼を生やした細身の人物、輪郭線(ボディライン)から判じるに女、右手に白銀(しろがね)のやはり全身甲冑、と思いきや、甲殻で身を包んだ四本腕の恰幅のよい蟲の武者。

 どちらも長柄物(ポールウェポン)を床について立てていて、どのような軌道で突入を試みようとも初撃を弾かれるのは明らかだ。結果自分はHPの半分を失うが、蟲の武者はまだ三本の腕が空いていて、それぞれに対応すると思われる刀剣を腰に提げている。あれで一斉に反撃(カウンター)を受けたら避けようがない。

 サムに先制させるのはさらに論外だ。奥手の魔法詠唱者が本当にモモンガなのだとすれば、既になんらかの反撃魔法(カウンターマジック)が展開されているのは間違いない。不毛な一撃でサムを失い、自分には左右両方向から甲冑武者の斬撃が来て終了、だ。

 

 部屋の中程、奥手にいるモモンガ、らしき一行まであと十数歩、というところで立ち止まる。そのとき後方で、パタン、と扉が閉じる音がした。完全に退路は断たれた、と考えるべきだろう。(あと)は己の才覚で以てこの修羅場を何とか()(くぐ)る以外にない。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの、モモンガ……さん、なんでしょうか?」

 

 ブルーノはまず、先程来の最大の疑問を口にした。

 返答はモモンガと思われる人物、ではなく、向かって左手に立つ黒鉄(くろがね)の甲冑から発された。

 

「自身名乗ることもなく、至高なる御方の名を問うとは無礼な。」

 

 声は思った通り女……しかもこの物言いは、サムやユワン同様にこの女もNPCだ。

 こいつは驚きだ。ユグドラシルからこの世界にやって来たのは自分たちだけではなかったんだ!

 

「よい!」

 

 ん?

 女に続き、奥手の骸骨から声が発されて、ブルーノは驚く。

 

「オレのことを知っているのであれば、手間が省けて重畳だ。」

 

 あぁ、この声色は……確かにアリスンも一緒にギルドの玉座の間でコンソール越しに見た、「喝采せよ」と嘯いたモモンガの声だ!

 

「で……名乗る気はないのか?

 それとも名乗る名がないか?」

 

 続けてそう問われ、ブルーノは慌てて応じた。

 

「し、失礼しました!

 ボクは、ギルド光輝(ルミナス)のブルーノ、といいます。」

 

「かかってこないのか?」

 

「えっ?」

 

 ブルーノは困惑する。名を言い交わしたことで一先ず戦いは回避できた、と思ったのに、この返しとは!

 

「……いえ、そういうつもりは」

「<物体発見(ロケート・オブジェクト)>。」

 

 戦意を否定するブルーノに対し、モモンガらしき人物はたちまちには意図不明な魔法を使用した。

 だが、すぐにその目的は明らかになる。ブルーノが腰に提げた革袋が光ったからだ。

 

「おまえはオレの領域に土足で踏み込み、オレが召喚した怪物(モンスター)を先制で屠った上に、オレの領域にあった財物を、たった一枚のユグドラシル金貨とは言え得ているな。」

 

 なんてことだ!

 

 ブルーノは、流石に身体は動かさないものの自己認識としては頭を抱え込んだ姿勢(ポーズ)を取っている。

 襲ってくるでもなく鎮座していた骨の竜(スケリトルドラゴン)も、それを倒した結果得られたユグドラシル金貨も、すべては、これを言わんがための、この大魔王の計算尽くだったのだ!

 

「それが何を意味するか……わかるな?」

「参りました!」

 

 たまらずブルーノは床に膝をつき、暗黒整数剣(ダークインテジャー)安全装置(セイフティ)を掛けてこれも床においた。斜め後ろでサムが驚いていることは承知しているが、たちまちにはこれにはどうしようもない。

 

「ここに踏み入ったのは、豚鬼(オーク)から突然現れた砦の調査を冒険(クエスト)として請け負ったがためで、モモンガさんに対して他意あってのことではないです。無断侵入、怪物(モンスター)の破壊、金貨の窃盗については、謹んで……お詫びを申し上げます。」

 

 土下座こそしないものの、ブルーノは両手を膝に添えたまま姿勢を正してそう告げた。

 これで……誠意が伝わるものだろうか?

 

 しばしの沈黙。

 

 だが!

 

「あぁ、ブルーノさん、すいません。ちょっと雰囲気出し過ぎちゃって。

 アルベドもコキュートスも、この人は多分大丈夫だからもう構えなくていいよ。」

 

「え?」

 

「改めまして、アインズ・ウール・ゴウンです。

 アインズ、と呼んでください。」

 

 その声は、確かにモモンガから発せられてはいるが、随分と声色が違う。

 

「ア、アインズ……さん?

 モモンガさん、ではなくて、ですか?」

 

「えぇ、こちらに来てからはそう名乗ってるんで。」

 

 な……何なんだ、この軽いノリは?

 

「<道具創造(クリエイトアイテム)>!」

 

 アインズがスッと指さした先に応接セット一式が現れる。

 

「まぁ、ひとまずお掛けになって話しませんか。」

 

「は、はぁ……」

 

 おずおずと立ち上がったブルーノは、言われるがままに三人掛けの寝座椅子(ソファー)に座る。

 サムは黙ったままその背後についた。

 

 相対する一人掛けにはアインズが座り、左右にアルベド、コキュートスが屹立する。

 

「お茶でもお出しするところか、とは思いますけど、お互い飲めないでしょ?」

 

 そう問われて、初めてブルーノは自分が笑ったことを自覚した。

 

 

                    *

 

 

「あんたバカなのぉーーーッ!」

 

 唐突にそう怒鳴り飛ばされて、ブルーノは硬直した。

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンとの予期せぬ邂逅を経て、ブルーノは一旦オークネイスに立ち寄り代数冒険者組合(ギルド・アルジェブラ)のコンチアンに「砦の問題は解決した」と告げた。

 

 あれは魔法的な幻術によるもので実体はなく、魔法は自分が解いたのでもう問題はない、と。

 

 コンチアンは随分と驚いて見せたが、実際街道を行き交う誰から見てもそれはもう存在しないのだから、疑われることもないだろう、とブルーノは考えていた。

 組合の前には荷車があって、かなりの量の鋳鉄の(インゴット)が積まれていた。荷車は追って返してくれればいいから馬に繋いで持って行け、ということらしいが、ブルーノは「大丈夫だから」とコンチアンが運ぶのに随分と苦労したそれを片手で摘んでは所持品(インベントリ)に投げ込んで、これまたコンチアンを大層驚かせることになった。

 拠点に戻るとアリスンとユワンは出掛けていて、ブルーノは一人で鋳鉄を換金箱(エクスチェンジボックス)に放り込んだ。得られたユグドラシル金貨は三十枚ほど。アリスンの読み通り、当地の金貨の額面には届かないが金貨をそのまま放り込むよりは換金率がよい。

 上々の結果に満足しているとアリスンが戻って来たので、得られたユグドラシル金貨と、そして何より、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、今はギルド名アインズ・ウール・ゴウンを自身の名としているプレイヤーとの邂逅を告げると、アリスンに頭ごなしに怒鳴りつけられた。

 

「え?」

 

 ブルーノには、アリスンが何に立腹しているのかがわからない。

 

「元からどっか一本抜けてるところがある、とは思ってたけども、これほどまで、とは思わなかったわ。」

 

「ごめん……何に怒っているのか、わかるように説明してくれないかな?」

 

 アリスンの目が真ん丸に見開かれている。

 

「本当にわからないの?」

 

「……全然。」

 

「アインズ・ウール・ゴウンが陥落させたギルド拠点、いくつあったか知ってる?」

 

「え!」

 

「……遅いわよ。もうここも安全じゃないわね。あなた、送り狼や魔法による長距離探知(スキャン)への防御なんかやってないでしょ!」

 

 実際のところ、ブルーノはそんな可能性をまったく考えてすらいなかったので、アリスンのこの物言いに何も言い返すことができなかった。

 

「で、でも、モモンガ……いや、アインズさんは……」

「ギルド維持資金の貸付を提案した、って話?

 どこまでお人好しなのよ、あんたって骸骨は!」

 

 件の砦での会見に際し、大魔王アインズ・ウール・ゴウンはブルーノに対し向こう十年分のギルド維持資金の貸付を提案した。そうして得られる猶予期間内に独自の維持資金獲得手段を開発しろ、というのがアインズの言い分だった。

 

 その条件は、担保としてギルド武器をアインズに預けること。

 

「んなもん、何か裏があるに決まってんでしょ!

 あんたが骸骨同士の(よしみ)(ほだ)されんのは勝手にしてくれりゃいいけどさ。巻き込まれる方としてはたまったもんじゃないわよ!」

 

 別に骸骨同士だから、ってわけじゃないんだけどなぁ、とブルーノは思うものの、それを言い返すつもりにもなれない。

 

「……まぁ、あちらさんにその気があれば今この瞬間に殲滅されててもおかしくはないから、それが起こらない、ってことは、たちまちにそういうつもりじゃないのかも知れないけど。

 念のために訊くけど……わたしのこと、喋ってないわよね?」

 

 ぷるぷるぷる、とブルーノは骸骨頭を勢いよく左右に振った。

 

「それは流石にキミが怒るだろう、と思ったから。」

 

 気を遣ったのはソコだけかよ!とアリスンは毒づく。

 

「それに彼は、ボクに即決を求めずに、じっくり考えた上で答えてくれればいい、とまで言ってくれたんだ。」

 

「……どうやって?」

 

「はっ?」

 

「いや、だからどうやってアインズ・ウール・ゴウンに連絡を取るのよ?

 あんたはもちろん、わたしだって<伝言(メッセージ)>なんか習得してないでしょ。

 ナザリック地下大墳墓の場所でも教えてもらったの?」

 

「まさか!

 あぁ、これだよ。」

 

 ごそごそ、とブルーノは所持品(インベントリ)から丁度手の平に収まるほどの光る玉を取り出した。

 

「……何それ?」

 

「これで連絡が取れるって。」

 

 アリスンは右手を自身の(ひたい)に当てて、はーーーっ、と深い溜息をつく。

 

「アホかーーーっ、おまえは!

 それこそが送り狼じゃないのーーーっ!」

 

と言うが早いか、ブルーノから光る玉を取り上げて床に叩きつける。

 

「うわーーーっ!」

 

 ブルーノが滑りこんで、あわやのところで玉を受け止めた。

 

「何してんのよーーーっ!」

 

 丁度足元に来たブルーノの骸骨頭をアリスンはガシガシと踏みつけた。

 

「痛い、痛い、()めて!

 これ、割っちゃ駄目なやつだから。割ったら<伝言(メッセージ)>みたいなのが飛んで場所がわかるから、拠点の場所が知られたくないなら、どこか適当な場所に呼び出せ、って言われたんだから!」

 

「はぁーーーっ?」

 

 アリスンのつま先蹴り(トーキック)がブルーノの顔面中央を襲う。

 

「それを最初に言いなさいよーーーっ!」

 

 

 

「モモンガは……」

「あ、今はアインズ・ウール・ゴウンってギルド名を名前にしてる、って言ってたよ。アインズ、って呼んで欲しいって。」

 

「んなこたぁどうでもいいわよ!

 話の腰を折らないで!

 

 ……その、アインズは。」

 

「……呼び捨て、()めない?本人の前でやったらエラいことになるよ、多分。」

 

「あんた、今からでもどこか遠くでその玉割って、アインズ・ウール・ゴウンに入れてもらえば?」

 

「話の腰を折ってるのは……アリスンだよ。」

 

「……ごめん。」

 

 二人はギルド拠点のアリスンの私室で、話し合っている。

 さきほどは玉座の間で掴み合いの喧嘩になって、気付いて大慌てで飛んできたサムとユワンに引き剥がされた。

 

「その、アインズ……さんは。

 気づいてるのかな?」

 

「……何に?」

 

「わたしらがもう元の人間じゃなくて、ユグドラシルのアバターとギルドの記録から生まれた複製(コピー)だ、ってあたり。」

 

 正直なところブルーノはアリスンのこの仮説に、筋の通った話だ、と感心はしつつも、納得はできずにいた。

 

「そこは何とも。」

 

 アインズがブルーノに語ったのはギルド維持資金についてのみで、そもそも何故自分たちがこんなことになっているのか、といった話はまったく含まれなかった。その振る舞いは、当初大魔王然とした態度を取りつつも突然()の中の人の喋りに転じたところも含め、ユグドラシル時代のプレイヤー同士の交流をそのままなぞったものだったからだ。

 

「ひょっとしてアリスン、アインズさんが<運営>とつるんでこれをやってる、とか思ってる?」

 

 自分自身も心の片隅で疑っていること、むしろ、そうであってくれればよい、くらいに思っていることをブルーノは口にしてみる。が、アリスンの返しはにべもないものだった。

 

「そりゃないでしょ。アインズさん……この場合、モモンガさん、って言った方が正しいような気もするけど、もちろんわたしだって面識があるわけじゃないけどさ、あの人のノリを考えたら、誰からどんな条件を出されたところで素直に従うわけないでしょ。

 そもそも<運営>は魔法使いじゃないんだからさ。ユグドラシルのことは何でも好き勝手には出来たでしょうけど、VRデッキに座ってる人間までは拘束できないし、人間の生理的な能力を超えたことをわたしらにさせることもできない。でも実際わたしらは、主観的には既にここで三週間以上を体験してるし、眠くなるわたしに対し、あんたは一睡もしないどころか食欲も性欲も失ってる。

 わたしたち自身が、記憶が繋がっているから自分をユグドラシルプレイヤーだ、と思い込んでいるだけで、実際のわたしたちはユグドラシルのキャラクターだ、って考えた方が納得いくじゃない。こんなこと、VRデッキ経由でできっこないわよ。」

 

 ブルーノは、ただただ有村はいったいどういう人生を歩んで来たがためにこういう物の考え方をするようになったのだろう、と感じ入っている。が、最早それを知る術はない。自分自身も、自身がギルドの玉座の間か円卓の間で語った青野九十九(つくも)の人生のほんの一部しか思い出すことができず、しかも、それがすべて真実であった保証はどこにもない。

 

「でも……だいたいわかってきたわ。」

 

「……何を?」

 

「いろいろ、よ!」

 

「……それじゃわからないよぉ。」

 

 それまでそっぽを向いて話していたアリスンは、改めてブルーノに向かい合った。

 

「問題です。

 アインズさんがわたしらに貸そう、っていうユグドラシル金貨は、そもそもどこから出てくるわけ?」

 

「うーん……それはわからないけど、彼は、貸付金で当座を凌ぐ間に金貨獲得手段をみつけろ、って言うんだから、探せばいろいろあるんじゃない?

 そうそう、街で豚鬼(オーク)に教えてもらったんだけど、七百年前にどこかの平原に突然現れた水晶の塔があって、そこから天使の軍勢が現れて街々を襲った、って話なんだけど、天使はもういなくって、でも水晶の塔はまだそこに建ってるらしいんだよ。

 コンチアン……あ、その豚鬼の名前なんだけど、彼に訊けばおおよその場所もわかるだろうから、その塔を解体して片っ端から<換金箱(エクスチェンジボックス)>に放り込めば……

 

 あれ、アリスン。聞いてる?」

 

 話の途中からアリスンの視線が何やら遠くを彷徨(さまよ)う素振りを見せ始めたので、ブルーノは話を中途で切ってアリスンの顔の前で自身の骨の手の平を振った。

 その状態はしばし続いたが、やおらガバッとブルーノの両肩を掴んだアリスンが、

 

「それ、重要な話だわ!」

 

と叫ぶ。

 

「でしょ?だから金貨獲得手段は」

「違うわよ、バカ!あなたはその話の含意に気づかないの?」

 

「……お願いだからさ。アリスンの方が頭がいいのはわかってるから、キミの気づきの説明の最初にいちいちボクをアホだ、バカだ、って言うの……()めてくれない?」

 

「んなこたぁどうでもいいわよ。

 いい?

 

 七百年前に現れた水晶の塔。そこから現れた天使の軍勢。

 これって、わたしらと同じじゃない?」

 

「……はぁ?」

 

「少なくともそれは、ここで暮らしてる豚鬼からすりゃ常識の埒外の存在だったから、七百年経っても語り継がれてるんでしょ?ほんとに七百年なのか、文学的な修辞の可能性もあるけどさ、でも、とにかく大昔にそういうことがあった、と。

 ……ユグドラシルプレイヤーでしょ、それって?」

 

「七百年前だよ?」

 

「それ言ったら、そもそも今わたしらがここに居ること自体あり得ないでしょーが。

 それに、元のわたしらの<現実(リアル)>とこの世界の時間の流れ方が同じである必然性なんてないもの。

 そしてこれが、アインズ・ウール・ゴウンがわたしらに貸す、っていう金貨がどこから来たのか、の答えよ。」

 

 やはりブルーノには、アリスンの話の理路が掴めなかった。

 

「連中は、わたしらよりもずっと昔にここに来て、ユグドラシル金貨を生み出す方法を見つけたのよ。ナザリック地下大墳墓の拠点レベルって、確か二千七百を超えてたはずだからその維持費もトンデモない額面になるはずだけど、連中、それを贖ってなお余りある金貨の湧く泉を持ってるんだわ!」

 

「金貨は泉からは湧かないよ。」

 

「その骸骨頭には何が詰まってんのよ!……って、空っぽだわね、見るからに。

 比喩に決まってんじゃないの!

 

 問題は動機の方ね。わたしらにギルド維持資金を貸して、連中に何の得が?」

 

 ブルーノはアリスンの思考の拍子(テンポ)についていけない。

 辛うじて、

 

「担保にギルド武器が欲しいから?」

 

と言っては見るものの、

 

「んなモン、欲しけりゃ()うにあんた()られて奪われてるわよ。」

 

と切り返されて、口を噤むしかなかった。

 

「多分、だけど……水晶の塔、だっけ?

 そういうことが昔からあるんだわ、ここでは。」

 

「……どういうこと?」

 

「あんた不死者(アンデッド)の癖に、骸骨聖騎士(スカルホーリーナイト)なんて面倒臭いクラスを目指したせいで(カルマ)が善に全振りでしょ?だから思いつきもしやしないんだろうけど、私ら同様にこの世界にやって来てギルド維持資金に困ったやつが何やるか、ってったら……そりゃ略奪でしょ、常識的に考えて。」

 

 うーむ……それを、常識、と言われてもなぁ、とブルーノは考え込むが、アリスンの言っていることはもっともだ。

 

「つまり、以前からユグドラシルプレイヤーがここでは暴れて、豚鬼やら何やらに迷惑かけてきたのよ、きっと。水晶の塔も多分それで、別の誰かがそれを……あぁ、そういうことか……参ったわね、こりゃ。」

 

 話の途中でアリスンは何かに気づいたようだが、そのまま黙ってしまった。

 ブルーノが心配そうにアリスンを覗き込むが。

 

「アリスン?」

 

「……あぁ、ごめん。わたしもう寝るわ。続きは明日以降、ってことで。

 はい、出ていった!出ていった!」

 

と、部屋から追い出されてしまった。

 

「眠れないの……(つら)いな、何もすることないし。

 アインズさんも、そうなのかな?」

 

 ブルーノはそう呟きながら、サムとユワンと雑談でもして気を紛らわそうと、彼らの待つ玉座の間へ向かってトボトボと歩き出した。

 

 

                    *

 

 

「わたし、ユアンと狩りをしてくるわ。」

 

 翌朝、アリスンは何事もなかったかのようにそう言って出掛けてしまい、取り残されたブルーノは何もすることがなくなってしまった。

 ブルーノは、自分がアインズを待たせてしまっている、という後ろめたさを覚えていたので、受諾するにせよ謝絶するにせよ、アリスンと合意を形成しなければならない、と考えていたのだが、翌日以降もアリスンはたくみに話をそらしてアインズの融資話の議論にのってはくれなかった。

 

 三日経って、オークネイスのコンチアンと約した謝礼受け取りの日になったので、ブルーノは、

 

「とりあえず今日は金貨で持ち帰って……構わないよね?」

 

とアリスンに問うたが、彼女は振り向きもせずコクコクと頷くのみだった。

 

 どうにも女の子の物の考え方はわからないなぁ、とボヤきながら、ブルーノはオークネイス目指して駆けた。

 例によってコンチアンは代数冒険者組合(ギルド・アルジェブラ)の玄関前でそわそわしながら待っていた。

 

「市当局から問題解決に加算金(ボーナス)が出ましてね。」

 

 コンチアンは金貨が百枚ずつ入った革袋を三つ、差し出した。

 

「ブルーノさんさえご都合が宜しければ、市長が直接にご挨拶したい、なんて言ってるんですけど……どうされます?」

 

 豚鬼は、そう尋ねつつも既にブルーノがどう応じるかは察している様子だ。

 

「そういうのはやめておくよ、面倒臭いし。」

 

「旦那はそうおっしゃるだろう、と思ってましたよ。」

 

 はははっ、と二人は顔を見合わせて……相変わらずブルーノは不格好な鉄仮面を被ったままではあるのだが……笑った。

 

「コンチアン、ちょっとお願いがあるんだけど。」

 

と切り出すブルーノに、

 

「ようやく私の名を呼んでくださいましたね?」

 

とコンチアンは嬉しそうに応じる。

 

「そうだったっけ?いや、別に他意があったわけじゃないんだよ。」

 

 ブルーノは引け目を感じて詫びを入れたが、コンチアンは両手を振って「どうぞお気になさらずに」と、ブルーノに本題を促した。

 

「実は、この前キミが教えてくれた、水晶の塔、とやらに行ってみたくてね。

 わかるものなら行き方を教えて欲しいんだ。」

 

 あぁ、とコンチアンは息を吐く。

 

「ブルーノさんは、こんな街に納まる(かた)じゃない、と思ってましたんで仕方ないですわな。正直言いますとね、旦那。私は旦那にはここに居ていただきたいんですよ。でも同時に、どこか空の彼方でご活躍なさる旦那の噂を風に聞いてみたい、とも思うんですわな。」

 

「ごめんね、コンチアン。」

 

「いいってことですぜ、旦那のお陰で二ヶ月分の儲けは稼がせていただけましたから、この程度のご恩返しはさせていただいて当然でしょうよ。でも、いつ戻っていただいても、私がブルーノさんを歓迎する、ってことだけは憶えておいてくださいな。」

 

「あぁ、ありがとう。忘れないよ。」

 

 この時点のブルーノは、自身にはそれが叶わないことを知らない。

 

 コンチアンは半日をかけて、羊皮紙に自ら筆を取って街と街道を繋ぐ地図を描いた。普通の旅人が徒歩で旅すればその行程は裕に一ヶ月以上を要するものになるが、ブルーノの一角馬(ユニコーン)なら要する時間はその三分の一になるんじゃないか、もっとかな、とコンチアンは愉快そうに笑った。

 この街で宿を取るならここにしろ、この村の料理はこれが名物だ、などという観光案内(ガイド)まで書き加えられていったのだが、そんなものを一切必要とはしないブルーノであっても、コンチアンの心根が嬉しくてこれを中途で遮る気にはなれなかった。

 

「水晶の塔は半人半馬(セントール)の国にありましてね、連中は今でも塔の周辺を禁足地と定めて余所者の出入りを拒んでる、って話です。私も仕事の都合で何人かの半人半馬と付き合ったことがありますが、義理堅い連中ですがね、だからこそ、筋を通さない者に対しては苛烈に振る舞うところもあります。よもや旦那が揉め事を起こされる、とは思いませんが、必ず連中の許可を取ってから塔に近づくことをお勧めします。」

 

 ブルーノは、<現実(リアル)>のことは断片的にしか思い出せないけれども、こんなに誠実な人物と出会ったことはないんじゃないだろうか、と思いながらコンチアンの話に耳を傾けていた。おかしなことに、相手はユグドラシルでは何も考えずに踏み潰していた雑魚モンスター、豚鬼(オーク)であり、こちらは鉄仮面で素顔を隠した骸骨だ。

 が、確かにブルーノは、初めて感じる人と人の心の繋がり、のようなものに自身が感銘を受けていることを覚えていた。

 

「あぁ、必ずそうするよ。」

 

「お名残惜しいですがね、どうかお達者で。」

 

 コンチアンは外まで出て見送ってくれた。

 

「あぁ、コンチアンも元気で居てね。

 いつになるかは約束できないけど、いつかまた立ち寄らせてもらうよ。」

 

 ブルーノがそう言いながら右手を差し出すと、

 

「そりゃ、人間たちの流儀ですわな。私たちはこうするんですわ。」

 

と、コンチアンは背伸びをしながらブルーノに軽い抱擁(ハグ)を与えた。

 ブルーノも、自身のこちらの世界の存在に比すれば余りに馬鹿げた力が彼を傷つけないよう気遣いつつ、彼を抱き返す。

 

「本当にありがとう!」

「旅のご無事をお祈りしておりますよ!」

 

 馬に鞭入れつつブルーノは、この世界でこうして暮らしていくのも悪くないかもな、という思いを抱きつつあった。

 

 だが。

 

 その思いは長続きはしなかった。

 

 ギルド拠点に戻ってみれば、今日は拠点で待っていると言ったはずのアリスンの姿が何処にもなかったからである。

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