「ブルーノさん……どしたの?」
シャルティア・ブラッドフォールンが<
最初の邂逅の時点で、ブルーノが魔法による
そして、骸骨聖騎士は不死者としては例外的に善よりの
そのような背景もあって、随伴したアルベドは常の
そして、<
ブルーノは黙ったまま<聖なるオーラ>を最大出力でダダ漏れさせていて、アインズは、おそらくそれが自身の<絶望のオーラ>ダダ漏れ状態と同じ意味合いを持つものだろう、と気づく。
つまりブルーノは、何らかの
是にせよ否にせよ、最初の邂逅に際して示した融資の提案に対する結論に達したので呼ばれたのだ、と考えていたアインズは、このブルーノの様子に当惑していた。
「出直した
アインズは大魔王らしからぬ気遣いを見せたが、ブルーノはたちまちには何の反応も返さなかった。
何なんだ、これ?
ややあって、ブルーノがぽそりと
「有村が……」
「あり?」
俯いたままのブルーノが、一片の紙片をアインズに差し出す。受け取って目を通してみれば、
<私、一人でこの世界で生きていくわ。
ギルド拠点の維持を目指すかは、ギルド長に一任します。敬具。
アリスン>
と、書かれている。
「……何これ?」
アインズはまだ事態が呑み込めずにいる。
「有村が出て行ってしまったんです。
もう……ボクには存在し続ける理由がない。」
「ごめんごめん、ブルーノ。
まったく理路がわからないから、わかるように話してくれない?」
うちのNPCたちじゃないんだからさ、と困惑するアインズにそう問われてブルーノは、自分と共にこちらの世界に渡り来たプレイヤーがもう一人あって、名はアリスン、人間種の
途端に背後に猛烈な殺気を感じてアインズが振り返ると、アルベドとセバスが憤怒の表情を浮かべ、アルベドに至っては既に
「待て待て!」
そりゃ、最初の出会いの時点でこれを告げていなかったブルーノにアルベドが腹を立てるのはわからんでもないが、なんで「困った人がいれば助けるのは当たり前」が信条のセバスまでそうなのよ?おまえの正義とやらはまったくもって物騒極まりないぞ、っつーか、そもそも
「モモン……いや、アインズさん。」
俯いたままのブルーノから声がかかる。
「噂に聞く必殺
……はぁ?
なんでそーなるのよ!
「いやいや、ちょっと待ってブルーノ。
本当にわけがわからないからさ、わかるように説明しない?
そりゃおまえを消し飛ばすのは簡単だけどさ、意味不明なままにそれやると、オレも気分悪いとか思わない?思うよなーーー!」
アインズに胸倉掴まれてそう詰め寄られ、ようやくブルーノは全開状態の<聖なるオーラ>を収めて顔をあげた。
「ボクらは……ギルドの
「……えっ?」
ブルーノの言葉に、アインズは
「有村の居ない世界に存在し続ける理由もないので、いっそのことアインズさんの力で消し去ってもらえれば、と。」
「ギルドの
「何です、それ?
有村が言い出したんです。ボクたちは元の青野
これまでアインズはもちろんナザリックの
が、ブルーノの話によれば、アリスンというプレイヤーは、何がきっかけかはともかく、
こいつは……驚きだな!
「ブルーノ。」
とアルベドから声がかかる。
「……こちらの人は?」
「あぁ、最初に会ったときもオレの右手に立ってただろ?甲冑姿だったからわからんか。こいつは……」
「アインズ様の妻です。」
アインズの説明を途中からアルベドが上書いた。
「アインズさんの……奥さん?
NPC……でしょ?」
口をパカリと
「くだらないことを訊くのね?
有村とやらが気づいてみせたように、
うぐっ、とブルーノは口噤む。
理路が完璧で反論の余地がないのもさることながら、アルベドの整然とした物言いは否応なくアリスンのそれを想起させ、またもブルーノは項垂れて落ち込む様子を見せた。
「ブルーノ。」
再び涼やかな声でアルベドが問う。
「有村と語らったことを包み隠さず話しなさい。」
しばし呻吟する様子を見せたブルーノは、躊躇いがちながらここ数日アリスンと議論した内容を説明してみせた。
どのような論理で自分たちの顕現の仕組みに思い至ったか。アインズに無警戒だったブルーノに対し、アリスンはアインズ・ウール・ゴウンに襲撃されることを危惧していたこと。アインズのギルド維持資金融資の申し出の真意を疑っていたこと。
「なるほど……そういうことね。」
ブルーノが語る水晶の塔の話の下りの途中で、不意にアルベドはそう呟いた。
え、何!アルベドは何に気付いたの?
オレ……おいてけぼり?
「アインズ様。」
アルベドの涼やかな金色の猫の瞳がアインズを捉える。
「お許しいただければ、有村……アリスンなるものを追って少し語らってみたく思いますが、よろしいでしょうか?」
アリスンが予想した通り、最初にブルーノと邂逅して以降、恐怖公眷属がブルーノ、そのギルド拠点、さらにはギルド拠点を出入りしたものを補足し続けており、その気になればいつでも強襲は可能な状態であった。
「んじゃ、オレも行くわ。」
深い考えもなくアインズはそう応じたが、
「殿方には殿方のお考えがおありなように、女同士なればこそ語らえることも御座いましょう。
ここは
と、やはり涼やかな笑みで返される。
「よもや無茶はするまい、とは存じますが、ブルーノは未だ精神穏やかならぬ様子。至高の御方がお気遣いあることとも思いませんが、ついていてあげてくださいませ。まさかセバスのみをここに遺してアリスンを追うわけにも参りますまい。」
そう言われればアインズに反論の余地はない。
しかし……それって、有村が首なし死体になるだけじゃね?
そう思わないでもないアインズではあったが、どうもアルベドは何やら確信を抱いている様子に見えたので、そもそも彼女に頭が上がらないアインズは黙ってその言に従うことにした。ニグレドに<
「では、行って参ります。しばしお待ちを。」
相変わらず俯いたまま黙っているブルーノの隣で、アインズは
*
「やっぱり捕捉されてたか……参ったな、どうしよう。」
街道を進むと容易にブルーノに追いつかれる、と考えたアリスンは、鬱蒼とした森の中を南下し続けていたが、進行方向に疑う余地なく<
アリスン自身は人間種の
光が見えた方向にそのまま歩み進めば、木漏れ日の中に立っていたのは白衣の絶世の美女だ。
悔しいけど……胸では負けてるわね、とアリスンは嘯く。
頭上には二本の湾曲した太い
「
白衣の美女は、涼やかな声でまずそう問うた。
あの間抜け、わたしの名前、どころか本名まで告げて……と苛立つのは後回しにしよう。
「お好きなように。あんたは?」
「
うふふ、と美女が微笑む。
「妻です。」
少なくとも現時点の自称アインズの妻からは殺気は感じない。相手の冷静さを奪うべく敢えて怒らせる手は、元がNPCである存在には有効であることもあるだろうが、どう見ても目前のそれは自身の下僕サム、ユワン同様に、通常拠点NPCには割り当てられない高い知性を与えられた存在だ。
それが敢えて対話を求めて来ているのだから、それが成立する間はのっているのが
「単刀直入に言うわね。」
と白衣の美女。
「
な!
NPC風情がいきなり何を言い出すんだ!
「……その是非を答える理由もないとは思うけれど、あんたがどうしてそう思い、なぜそんなことを問うためにわたしを追って来たのか、にはすこぶる興味があるわ。」
アリスンは、結論を先延ばしすれば先延ばしするほど自身の安全性は高まるだろう、と考えている。
だが、その辺りは白衣の美女、アルベドにはお見通しのようであった。
「元は人間のプレイヤーであった
チッ、とアリスンは舌打ちする。
こいつは……想像以上に頭がキレる。サムやユワンの比じゃない。ヘタをすると知性値最大か?流石はユグドラシルにその名が知れ渡ったギルド、アインズ・ウール・ゴウン。拠点NPCにそんな
「でも
ナザリックの連中もそこに思い至っていたのか、とアリスンは息を呑む。
一方で、おそらくは自分たちよりも遥か以前に……きっと七百年前だという水晶の塔よりも前に渡り来て、暴走した水晶の塔を殲滅したであろうこいつらが、そこに気づいているのは、当然と言えば当然だろう、とも。
「だから
参ったな……。
この
「わかったわ。」
とアリスンは簡潔に答える。そして、矢継ぎ早にこうも。
「なら、あんたにもわかると思うけど、女心って複雑よね。自分でそうだ、と思っていることが必ずしもそうだとは限らないし、そうじゃないと思っていることが、本当にそうじゃないことだってある。
だからわたしは、まず、あんたがどう思ってそんなことを、わざわざ転移までして来て問うているのかを教えて欲しいわ。」
これにアルベドは妖艶な笑みを浮かべた。
「
さて、こいつの言葉はどこまで信用できるのだろうか?
そう考えつつアリスンは、まずおまえが
「では結論から。
あちゃーーー!
「参った、参った、降参!」
アリスンは両手を上げてそう告げた。
真を射抜かれてはもう抗うだけ無駄だ。
「名前……訊いていい?」
「アルベドよ。」
「錬金術の
「前者よ。そんなことを
「ということは、あなたの創造主はタブラ・スマラグディナさん?」
「ご明察!タブラ・スマラグディナ様と面識があったの?」
「まさか!でも
うふふ、とアルベドは微笑む。
「アルベド……って、呼んでも?」
「お好きにどうぞ。
「お好きに……って言いたいところではあるけれど、<
やはりアルベドは楽し気に、うふふ、と微笑む。
釣られてアリスンも、くくく、と笑った。
アルベドとアリスンは適当な倒木に並んで腰掛けた。
優しげな木漏れ日が二人を照らしている。
「アインズ……さん、ってどんな人なの?」
半ば
「端倪すべからざる至高の主。」
問われたアルベドはそう即答するも、
「……と言いたいところだけど。」
と言葉を濁す。
「……だけど?」
自身の溜めが十二分に相手の関心を惹きつけたことを認めて、アルベドは恍惚とした表情で漏らすようにこう告げる。
「あまりに……大魔王として君臨されるには、あまりにお優しい
アリスンとしては、アインズ、すなわちアインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、というと、どうしても千五百人の大襲撃の終幕の「喝采せよ」が頭に浮かぶので、アルベドの語るアインズ像とそれが一致しない。アリスンの知るモモンガは、ユグドラシル非公式ラスボスの名に恥じない、超然とした人物だった。
「ブルーノ、はどうなの?」
あ、ブルーノには「さん」はつかないのね、とアリスンは思うが、まぁ、そりゃNPCなんだからそうだわな、と納得してそこは聞き流す。
「有り体に言えば……駄目男ね。腐れ縁、ってやつかな。」
これも半分は作法、半分は本音。
「でも……アリスンにとってはそこがよいのでしょう?」
このNPCは、本当にNPCらしからぬことを言い出す!
とアリスンは思うも、あぁそうだ、彼女もまた、ユグドラシルキャラクターがこちらの世界で、女、に転じた存在なのだ、私同様に、と得心もする。
「うーん、どうなのかな。優しい、って意味では、ブルーノもアインズさんに負けてないと思うわよ。アレは底なしのお人好しだわ。」
「そこは、女としては譲れないところよね。どのような形であれ、優しさのない男に魅力はないわ。ただの強がりと、優しさから溢れる強さ、は別物ですもの。」
既にアリスンには、NPCと語らっている、という感覚はない。
不意に、本当にただの女友達に、女同士で語らっているからこそ訊きたくなることが口に出る。
「……どうしてるの?」
「何が?」
「妻、って名乗るからには……」
「あぁ、そういうこと。」
これで相通じることができるのだから、まさにアルベドは女であるに違いない。
「お気づきの通り
「普通は?」
「お優しいアインズ様は、そんな
「アルベド自身、はどうなのよ?」
おそらくは転移以来、無意識のうちに心のどこかで自分自身も問うていたことが思わず漏れる。
「アインズさんも骨だから……ないでしょ、ナニが。」
だが、アルベドの返しは辛辣なものだった。
「アリスンは、欲しいの?」
参ったなぁ……NPCからこんなことを問われる日が来ようとは夢にも思わなかったことだ。
「うーん、そこは難しいところだわ。」
話しながら、アリスンは転移以来、ブルーノに全幅の信頼を寄せつつも決して彼には語ることができなかった漠然とした思いが自身の中で溶けていくのを感じていた。
「かまととぶるつもりはないんだけどさ。わたし……厳密に言えばユグドラシル時代のわたしの前身、の中の人、とブルーノのそれって、直接会ったことはないはずなのよね。敢えて会おうともしなかった。今となっては真相を確かめようもないんだけど、わたしもブルーノも既婚者を
うふふ、とアルベドが微笑む。
「ロマンチックなお話ではあるけれども、正直なところ、人間種のそういう機微に
それに……。」
「それに?……何?」
「こう考えてみてはどうかしら?
もしも
「逆?」
「人間種ブルーノが男で、
殿方は、なにはともあれ、
敵わないなぁ、この
アリスンもまた苦笑いで応える。
「確かにそこは女の特権ね。
……真面目なところを訊いていい?」
アルベドは無言のままアリスンをみつめている。
「アルベドが、わたしにこう接してくれる……理由が知りたい。」
ここまですべての問いに即答していたアルベドが初めて呻吟する様子を見せて、アリスンはようやく核心に触れた感を得る。対するアルベドは、しばし右手の人差し指を自身の唇に当てて蠱惑的な表情を浮かべていた。
「アインズ様の女に捧げられる愛を
でも、アインズ様の愛は、空よりも広く海よりも深い。」
アリスンにはたちまちにはその含意がわからない。
「アインズ様の愛は、ただ
アインズ様はユグドラシルに由来するすべてのもの、ひいてはこの世界すべてを愛しておいでよ。ときにこの
嫉妬を覚える、と言いながら、アルベドの声色は歓喜のそれだ。
「愛する御方が愛するものを愛する……これもまた愛、だとは思わないかしら、アリスン?」
ここに至ってアリスンの中で、自身の知っていたモモンガ像と、アルベドの語るアインズ像が朧気ながら重なった。
そう、死屍累々の中に立ち尽くし「喝采せよ」とのたもうた非公式ラスボス、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガは、確かにあの瞬間、善戦虚しく散っていった下僕たち、中継を通して観戦していた者たち、襲撃を試み敗退した者たち、その他、非公式ラスボスに何かを期待していた者すべてを、確かに愛していた、に違いない。
「アルベドたちなのね、七百年前に水晶の塔の天使とやらを殲滅したのは。」
そもそもアリスンが出奔を決めたのは、アインズがこちらの世界で七百年前から変わらず存在し続けているのだとしたら、ブルーノも七百年後にそうであり、そしてその傍らに自分はいないだろう、と気づいたからだった。
「多分、そうじゃないかしら。」
「……多分?」
そう言えば、さきほども過去を語るに際しアルベドは言葉を濁したな、とアリスンは思う。
「アリスンは……もう気づいているでしょう?」
……そういうことか!
この一ヶ月弱、余りに多くのことを考えすぎたがために少し疲れているのか、と思っていたが、転移直後の自身の言動の記憶があやふやになっていっていることに自覚はあった。自分たちがユグドラシルのキャラクターが転じてこの世界に生じた存在であるとすれば、その記憶能力は
「だからアリスンは、ブルーノがあなたを看取って悲しむであろうことを……そこまで深刻に考える必要はないのよ。」
あぁ!
突如何かが自分の中で振り切った感があって、気づけば一筋の涙が頬を伝っていることにアリスンは気づく。
「それ……喜んでいいのかな?」
「どうかしらね。私は寿命がないし、アインズ様もそうである上に絶対無敵であられるからわからないわ。」
うーん、これは羨むべきなのだろうか。
「羨ましい?」
読まれた!
「元々自分は人間だ、と思ってるわたしからすりゃ、ちょっとゾッとするわ。
ちなみにアルベドはこれ、何年やってるの?」
「今年で丁度千二百年よ。」
「……はっ?
なんでそんなこと断言できるの?」
「事前に調べてきたもの。」
なるほど。
呆れたことにナザリック地下大墳墓の連中は、記憶が続きもしないのに何らかの形でそれを記録に
ユグドラシル時代も大概だったが、このトンデモなさはその比じゃない!
そして、少なくともアルベドは、そのことに微塵の迷いもないのだ。
この超然とした態度がその証拠だ。
それと比べれば、なんて自分はちっぽけな尺度でものを考えていたものだろうか……。
「最後に一つ教えてちょうだい。」
やはりアルベドは無言のまま待つ。
おそらく、答えられないことには答えない、というつもりだからだろう、とアリスンは思う。
「アインズさんもアルベドも、
そんなあなたたちが、わたしたちにこのように振る舞う真意が知りたいわ!」
「あら、そんなこと?」
今度はアルベドはまったく呻吟する様子を見せなかった。
そして、その答えは聡明なアリスンをして、感得させて余りあるものだった。
「アインズ・ウール・ゴウンの悪は、ただの悪じゃないのよ。
既成のすべての枠組み、概念、常識を砕き突き貫いて、ただ欲するままに、信じるままに、
それこそが、ユグドラシルはもとより三千大千世界に咲き誇る、アインズ・ウール・ゴウンの悪の華!」
あぁ、アルベドは……。
本当にアインズ・ウール・ゴウンを愛しているんだわ!
「ご存じなかったかしら?」
知るわけないだろ!と心の中で突っ込みつつ、アリスンは意を決する。
「アルベドの旦那様にご挨拶がしたいのだけれど。」
「元よりそのつもりよ、来る?」
「ええ!」
アルベドは掌の光る玉を割り砕いた。
*
「そりゃヒドいな。」
とアインズ。
「でしょ?
前のギルド長が辞めたときに押し付けられたんですよ!」
と
「こんなもん、普通の戦闘に使えませんよ。でも、これだからこそできることもあって。」
ブルーノはアインズと並んで座っていた倒木から立ち上がってすたすたと自身のギルド拠点の外壁に歩み寄り、抜刀した。
「えいっ!」
と一閃するや、拠点の外壁の無難な部分がスパリ、と斬れて地面にコトリ、と落ちる。
「あ、ホントにHPが半分になった。」
「
「すまん、すまん。つい興味で、な。
……あー、そこ!セバス!
張り合わんでいい。おまえが拳でギルド拠点を貫けるのは知ってるから!」
通常、プレイヤーが振るう武器がギルド拠点の構造に傷をつけることはない。例外的に、アインズ自身も操るところの第十位階魔法<
まだ稼働状態にあるギルド拠点は再生能力を有する。ブルーノが切り落とした破片はたちまちに液状になって流れ、元の位置に納まって壁を修復する。一方で、<翻訳の神秘>を擁するエドモン・ウェルズの拠点遺構がそうであったように、機能停止したギルド拠点は決して再生しないし、こちらの世界へ渡り来て以降は自然の風化作用で損壊することもある。
「アインズさんは、水晶の塔の話はご存知で?」
「さっきも言ってたけど、何それ?」
例によってアインズは、自分が殲滅した七百年前の来訪者のことなど欠片も覚えてはいない。
「
その中身をごっそり頂いたのは自分たちであるにも関わらず、ギルド拠点遺構そのものを換金しようなどと考えたことのなかったアインズは、素直にその発想に感銘を受けていた。
「そりゃぁ……まぁ、やってみないとうまくいくかどうかはわからんけど、脈はあるわな。」
「でしょ?
でも……もういんです。アリスンが居ないのにギルド拠点を維持したって……」
「ただいま戻りました、アインズ様。」
ブルーノの発言に割り込んでアルベドの声がする。
え?
このタイミングでアリスンとやらの首なし死体?
そりゃないだろ、アルベドォ!
などと、まったく見当違いのことを思いつつアインズが声の方向を振り返ると、アルベドと微笑みを交わしつつ歩み来る見知らぬ人間の女がいる。その後ろには、<
「あー、すまんすまん、シャルティアも手間をかけたな!
また今度、何か一緒に狩りに行こう!」
シャルティアは、ニッ、と笑って<転移門>と共に消えた。
「アリスン!」
「ごめん、ブルーノ。帰って来ちゃった。」
ブルーノはアリスンに駆け寄り、二人は互いに固い抱擁を交わした。
「……やっぱ、出直そうか、ブルーノ?」
どうにもアインズとしては気まずい。
「あ、すいませんアインズさん。お手間をおかけしちゃって!」
対してアリスンは、そう言いながらブルーノをぽーんと突き放し、アインズの前に片膝をついて礼を執った。
「初めてお目もじ
……えぇ!
何なの、これ?
「御身の麗しき奥方、アルベド様より不肖の身に
かくなる上は、自身の才覚にてこの世界を渡って参りますので、ご融資お申し出の段は有難き儀なれども、わたしにも矜持が御座いますので謹んでお断り申し上げます。その上で、万が一わたしたちがギルド拠点の維持に失敗し、下僕たちを御し損ねた際には、如何様にご処分いただいても差し支え御座いません。」
な……なんだコイツ。
突然家出したかと思えば、帰ってくるなりこれって……ややこしいやっちゃなぁ。
「と、アリスンは申しておりますが。」
とアルベド。
「アインズ様のお慈悲で以て、
……え?
何か悪いものでも拾い食いしてきたの、アルベド?
「アルベド!
それはあなたの旦那様に申し訳ないわ!」
とアリスンが即座に叫ぶ。
アインズはわけがわからない。アリスンに突き飛ばされてひっくり返っていたブルーノも同様の模様。
「えーっと……アリスン、さん?」
ほぼ鈴木悟の
「はい!」
と返事を返した。
「ゴホンッ!
まぁ……なんだ。アリスンさんの矜持云々、はわかる。それにさっきまでブルーノとも話してたんだが、ギルド拠点資金獲得の当てはなくもない。が、それがうまくいくかはやってみないとわからないし、時間的猶予はそれほどないはずだ。」
「……それは仰るとおりですが。」
「であれば、だ。困るものでなし、受け取ってくれていいんじゃないか?アルベドもそう言ってることだし。
これは慈悲だとか憐れみだとか、そういうものじゃなくて……そう!
オレの……オレの、我儘だ。」
あぁ、とアリスンは思う。
これが……。
これがアルベドが愛して
「……ありがたく、お受けいたします。」
アリスンはそのまま深く最伏礼を執る。
「あー、そういうのは
アインズはアリスンに歩み寄って、接触
「本当にこれはオレの勝手なんだ。
オレには……こちらの世界に来てから出来た友人があってな。」
恐る恐るアリスンが顔を上げ、アインズの顔をジッと見つめた。
「ちょっと
だから本当にこれは……オレの勝手、なんだ。わかるか?わかるよな?」
「……わかりました。」
アリスンはゆっくりと立ち上がり、アインズに手を差し伸べて共に並び立つ。
「アルベドが愛し、愛される御方のお言葉、そのままに信じます。
どうか、わたしたちの挑戦に実りあることをご期待ください。」
アインズはアリスンの手を取って握手を交わし、
「あ、あぁ……健闘を祈るよ。」
アルベドの視線を気にしつつアインズはそう言う。
いつも通りの優しく涼やかな金色の猫の瞳を感じつつ、なんだかよくわからないけれど、アルベドが笑っているから多分これでいいはずだ、そうに違いない、と判じ……そして。
あれ?
これって……ブルーノさんと同じノリじゃね?
と、アインズは妻の尻に敷かれる
*
「
ナザリック地下大墳墓
アインズがシャルティアを伴って狩りに出ている隙を見計らってか、狡知の参謀デミウルゴスが、守護者統括にして自称アインズの妻、アルベドを訪ねた。
「いささか
いけ好かない同僚のこの言葉に、執務机で書類仕事をしていたアルベドはその手を
「らしくないのはデミウルゴスの方よ。
ん?と意外そうな表情をデミウルゴスは示す。
報告書は一連の経緯とナザリック宝物殿からの支出額を正確に記載してはあるものの、どのような理路でそうなったのか、については何も告げてはいない。アルベドが単身アリスンなる女プレイヤーを追って説得した旨に言及はあるが、どのような説得がおこなわれたかについては説明を欠いていた。
「一方が人間種、もう一方が
「そこは……
ニッ、とアルベドが妖しげな笑みを浮かべる。
「しかも、あの者たちは愛し合っているのよ。」
「……あぁ、そういうことかね!
守護者統括殿はよい趣味をしておいでだ!」
パンッ、と手を打ったデミウルゴスもまた、三日月型の笑みを浮かべた。
「あの二人は、決して色褪せないユグドラシル時代の若い時分の自身の記憶の束縛を受けつつ、日々、人間種である女の方だけが年老いていく現実に直面する。そして、その間を繋ぐこちらの世界における記憶はどんどん消えていってしまうのよ。それがあの者たちにもたらす苦しみを思い描けば、愉快なことこの上ないでしょう?
そうなることがわかっているのにそこから安易に逃げ出すことを許すほど、
「はははっ、
余計な口出しをして、すまなかったね。他意はないのだよ、気にしないでくれたまえ。」
アルベドは再び視線を机上の紙面に向け、仕事をするから出ていけ、と言わんばかりに、ひょいひょい、と手の甲をデミウルゴスに向けて振った。
「では、失礼。」
簡潔にそう告げて、デミウルゴスは執務室を退出した。
……あいかわらず食えない女だ。
彼女が口にした動機は、私好みのそれをそれらしく語ったもので、彼女自身がそんなくだらないことに関心があろうはずはない。
そもそも、もっとも互いが輝いていた時分の記憶に縛られつつ、日々老い衰えていく互いと向かい合い、何でもない日常を無為に浪費し、共に培った記憶は色褪せ、
アルベドの真の動機は、ただただ自身が任された、来訪者に援助を与えることで世界を
まぁ……それを言ってしまえば私もまったくその通り、なのではあるが。
はっきりしているのは、カルサナス都市国家連合方面に展開された
完
<次話予告>
「ユグドラシル金貨。」
「……クゥイア。今何て言った?」
自由都市エ・ランテルで入手した三枚のユグドラシル金貨が、キーノ・インベルン率いる冒険者
億劫のオーバーロード余17話『
「気が合うじゃないか、糞執事。」
「左様ですな、糞悪魔。」
「あなたたち。アインズ様の御前でそのような
「モモン、だ!」
「し、失礼いたしました。死んでお詫びを!」
この人選の時点で、何か間違ってるだろ!