億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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取り残されたブルーノ、出奔したアリスンの運命や如何(いか)に?


一二三と九十九(3)

「ブルーノさん……どしたの?」

 

 シャルティア・ブラッドフォールンが<お助け玉(レスキューボール)>の破砕を検知し、これを知らされた大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、守護者統括アルベド、執事セバスを伴ってシャルティアが検知した座標へ転移した。

 

 最初の邂逅の時点で、ブルーノが魔法による探査(スキャン)に対してほぼ無防備であることに気づいていたアインズ……無論、彼からすると「対策しろよ!」なのではあるが、本来ブルーノのギルドにその手の専門家があって、ユグドラシル時代はその能力に依存していた、と考えるのが自然なので敢えて突っ込みはしなかった……は、魔王(ロール)を演じてブルーノの注意をそらすかたわら無詠唱(サイレント)の各種探査魔法で一通りの値踏みを終えていた。

 骸骨聖騎士(スカルホーリーナイト)レベル総計九十三。ユグドラシルサービス終了時点まで居残って百レベル(カンスト)でないのは意外ではあったが、一方でその属性(クラス)からさもありなん、ともアインズは考えている。骸骨聖騎士は、アインズ自身がそうである(エクリプス)と比べればやや格が下がるものの不死者(アンデッド)異形種の中では突き抜けてレベリングが難しいもののひとつだからだ。

 そして、骸骨聖騎士は不死者としては例外的に善よりの(カルマ)を要求するものであり、しかもブルーノのそれはアインズとは真逆に善の方向へ振り切っていたので、その設定値(パラメータ)に拘束されるこちらの世界のブルーノが、神経質に警戒すべき存在でないことには既に見切りを付けていたのである。

 そのような背景もあって、随伴したアルベドは常の白衣(びゃくえ)を纏った姿で、得物の三日月斧(バルディッシュ)所持品(インベントリ)に収納した状態での訪問とあいなった。

 

 そして、<転移門(ゲート)>を(くぐ)り抜けて鬱蒼とした森の中に埋もれる汎用ギルド拠点……奇しくも千百年前の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)エリュシオンが使用していたのと同形式、規模も同じものであった……と、倒木に腰掛けて項垂(うなだ)れる骸骨、ブルーノを発見した。

 ブルーノは黙ったまま<聖なるオーラ>を最大出力でダダ漏れさせていて、アインズは、おそらくそれが自身の<絶望のオーラ>ダダ漏れ状態と同じ意味合いを持つものだろう、と気づく。

 

 つまりブルーノは、何らかの衝撃(ショック)を受けて茫然自失の状態なのだ、と。

 

 是にせよ否にせよ、最初の邂逅に際して示した融資の提案に対する結論に達したので呼ばれたのだ、と考えていたアインズは、このブルーノの様子に当惑していた。

 

「出直した(ほう)が、いい?」

 

 アインズは大魔王らしからぬ気遣いを見せたが、ブルーノはたちまちには何の反応も返さなかった。

 

 何なんだ、これ?

 

 ややあって、ブルーノがぽそりと一言(ひとこと)

 

「有村が……」

 

「あり?」

 

 俯いたままのブルーノが、一片の紙片をアインズに差し出す。受け取って目を通してみれば、

 

 <私、一人でこの世界で生きていくわ。

  ギルド拠点の維持を目指すかは、ギルド長に一任します。敬具。

 

                            アリスン>

 

と、書かれている。

 

「……何これ?」

 

 アインズはまだ事態が呑み込めずにいる。

 

「有村が出て行ってしまったんです。

 もう……ボクには存在し続ける理由がない。」

 

「ごめんごめん、ブルーノ。

 まったく理路がわからないから、わかるように話してくれない?」

 

 うちのNPCたちじゃないんだからさ、と困惑するアインズにそう問われてブルーノは、自分と共にこちらの世界に渡り来たプレイヤーがもう一人あって、名はアリスン、人間種の野伏(レンジャー)錬金術師(アルケミスト)で、その<現実(リアル)>における本名が有村一二三(ひふみ)なのだ、と語った。

 途端に背後に猛烈な殺気を感じてアインズが振り返ると、アルベドとセバスが憤怒の表情を浮かべ、アルベドに至っては既に三日月斧(バルディッシュ)を取り出して振りかぶっている。

 

「待て待て!」

 

 (いま)だわけがわからないままに馬々鹿々しく感じつつも、アインズは無防備なまま項垂れるブルーノの前に身を挺して立ちはだかり、自身の下僕たちの短気から守ろうとした。

 

 そりゃ、最初の出会いの時点でこれを告げていなかったブルーノにアルベドが腹を立てるのはわからんでもないが、なんで「困った人がいれば助けるのは当たり前」が信条のセバスまでそうなのよ?おまえの正義とやらはまったくもって物騒極まりないぞ、っつーか、そもそも来訪者(プレイヤー)にこちらから助けの手を差し伸べるべきだって言いだしたの、おまえだったよな?そうだよなーーー!

 

「モモン……いや、アインズさん。」

 

 俯いたままのブルーノから声がかかる。

 

「噂に聞く必殺(コンボ)で、ボクとNPCたちを消し飛ばしてもらえませんか?」

 

 ……はぁ?

 なんでそーなるのよ!

 

「いやいや、ちょっと待ってブルーノ。

 本当にわけがわからないからさ、わかるように説明しない?

 そりゃおまえを消し飛ばすのは簡単だけどさ、意味不明なままにそれやると、オレも気分悪いとか思わない?思うよなーーー!」

 

 アインズに胸倉掴まれてそう詰め寄られ、ようやくブルーノは全開状態の<聖なるオーラ>を収めて顔をあげた。

 

「ボクらは……ギルドの情報(データ)を元にこちらの世界に再構築された複製(コピー)なんでしょう?」

 

「……えっ?」

 

 ブルーノの言葉に、アインズは()で驚く。

 

「有村の居ない世界に存在し続ける理由もないので、いっそのことアインズさんの力で消し去ってもらえれば、と。」

 

「ギルドの日誌(ログブック)……みつけたのか?」

 

「何です、それ?

 有村が言い出したんです。ボクたちは元の青野九十九(つくも)、有村一二三(ひふみ)じゃないって。ユグドラシルプレイヤー、じゃなくって、ユグドラシルキャラクターなんだって。」

 

 これまでアインズはもちろんナザリックの三賢者(トリニティ)も、アインズ自身は偶然発見した<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>から思い至った自分たちの異世界転生の秘密について、よもや自らその気付きに至る来訪者はいないだろう、と見立てていた。

 が、ブルーノの話によれば、アリスンというプレイヤーは、何がきっかけかはともかく、日誌(ログブック)をみつけたわけでもなく、でありながら、同じところに思い至ったらしい。

 

 こいつは……驚きだな!

 

「ブルーノ。」

 

とアルベドから声がかかる。

 

「……こちらの人は?」

 

「あぁ、最初に会ったときもオレの右手に立ってただろ?甲冑姿だったからわからんか。こいつは……」

「アインズ様の妻です。」

 

 アインズの説明を途中からアルベドが上書いた。

 

「アインズさんの……奥さん?

 NPC……でしょ?」

 

 口をパカリと(ひら)いて激しくペカるアインズから返答はない。

 

「くだらないことを訊くのね?

 有村とやらが気づいてみせたように、(わたくし)たちがユグドラシルキャラクターなのだとしたら、元がプレイヤーであったかNPCであったかに、違いなどあって?」

 

 うぐっ、とブルーノは口噤む。

 理路が完璧で反論の余地がないのもさることながら、アルベドの整然とした物言いは否応なくアリスンのそれを想起させ、またもブルーノは項垂れて落ち込む様子を見せた。

 

「ブルーノ。」

 

 再び涼やかな声でアルベドが問う。

 

「有村と語らったことを包み隠さず話しなさい。」

 

 しばし呻吟する様子を見せたブルーノは、躊躇いがちながらここ数日アリスンと議論した内容を説明してみせた。

 どのような論理で自分たちの顕現の仕組みに思い至ったか。アインズに無警戒だったブルーノに対し、アリスンはアインズ・ウール・ゴウンに襲撃されることを危惧していたこと。アインズのギルド維持資金融資の申し出の真意を疑っていたこと。豚鬼(オーク)から聞いた七百年前の水晶の塔の伝承を話してから様子がおかしくなったこと。

 

「なるほど……そういうことね。」

 

 ブルーノが語る水晶の塔の話の下りの途中で、不意にアルベドはそう呟いた。

 

 え、何!アルベドは何に気付いたの?

 オレ……おいてけぼり?

 

「アインズ様。」

 

 アルベドの涼やかな金色の猫の瞳がアインズを捉える。

 

「お許しいただければ、有村……アリスンなるものを追って少し語らってみたく思いますが、よろしいでしょうか?」

 

 アリスンが予想した通り、最初にブルーノと邂逅して以降、恐怖公眷属がブルーノ、そのギルド拠点、さらにはギルド拠点を出入りしたものを補足し続けており、その気になればいつでも強襲は可能な状態であった。

 

「んじゃ、オレも行くわ。」

 

 深い考えもなくアインズはそう応じたが、

 

「殿方には殿方のお考えがおありなように、女同士なればこそ語らえることも御座いましょう。

 ここは(わたくし)にお任せいただけませんか?帰路は<お助け玉(レスキューボール)>を使いますので。」

 

と、やはり涼やかな笑みで返される。

 

「よもや無茶はするまい、とは存じますが、ブルーノは未だ精神穏やかならぬ様子。至高の御方がお気遣いあることとも思いませんが、ついていてあげてくださいませ。まさかセバスのみをここに遺してアリスンを追うわけにも参りますまい。」

 

 そう言われればアインズに反論の余地はない。

 しかし……それって、有村が首なし死体になるだけじゃね?

 

 そう思わないでもないアインズではあったが、どうもアルベドは何やら確信を抱いている様子に見えたので、そもそも彼女に頭が上がらないアインズは黙ってその言に従うことにした。ニグレドに<伝言(メッセージ)>してアリスンのおおよその現在座標を聞き出し、その近傍へ<転移門(ゲート)>を(ひら)く。

 

「では、行って参ります。しばしお待ちを。」

 

 相変わらず俯いたまま黙っているブルーノの隣で、アインズは()の後ろ姿を見送った。

 

 

                    *

 

 

「やっぱり捕捉されてたか……参ったな、どうしよう。」

 

 街道を進むと容易にブルーノに追いつかれる、と考えたアリスンは、鬱蒼とした森の中を南下し続けていたが、進行方向に疑う余地なく<転移門(ゲート)>とわかる光を認めて溜息をついた。ユグドラシルで冒険していた時分は防諜系魔法に秀でたギルメンにその辺りの対策はお任せだったので仕方のないことではあるが、腹を括って対峙せざるを得ないだろう。

 アリスン自身は人間種の錬金術師(アルケミスト)でレベル総計は九十八に達しブルーノを上回るが、習得している技能(スキル)の大半は生産職に関するもので、レベルが拮抗する相手に対しては戦闘能力はないに等しい。アインズ、と名乗っていると聞いたモモンガ本人か、そのNPCかは定かではないが、逃げて逃げ(おお)せるものでもなかろう、と判断した彼女は、アインズが理知的に見えたと語ったブルーノの言に望みを託し、会話でこの場を乗り切ろう、と意を決した。

 

 光が見えた方向にそのまま歩み進めば、木漏れ日の中に立っていたのは白衣の絶世の美女だ。

 悔しいけど……胸では負けてるわね、とアリスンは嘯く。

 

 頭上には二本の湾曲した太い(つの)が見え、腰からは黒い翼が生えている。異形種、自分の知識が正しければあれは女淫魔(サキュバス)だ。そして……明らかに自分よりも強い。百レベルNPCか!

 

貴女(あなた)が有村ね。アリスン、と呼んだ方がいいかしら?」

 

 白衣の美女は、涼やかな声でまずそう問うた。

 あの間抜け、わたしの名前、どころか本名まで告げて……と苛立つのは後回しにしよう。

 

「お好きなように。あんたは?」

 

(わたくし)はナザリック地下大墳墓守護者統括にして、至高の主アインズ・ウール・ゴウン様の……」

 

 うふふ、と美女が微笑む。

 

「妻です。」

 

 女淫魔(サキュバス)のNPCを……妻にするだなんて、ユグドラシル非公式ラスボスと謳われたモモンガさんは存外頭がイカれてたのね、とアリスンは思うが、もちろん口には出さない。

 少なくとも現時点の自称アインズの妻からは殺気は感じない。相手の冷静さを奪うべく敢えて怒らせる手は、元がNPCである存在には有効であることもあるだろうが、どう見ても目前のそれは自身の下僕サム、ユワン同様に、通常拠点NPCには割り当てられない高い知性を与えられた存在だ。

 それが敢えて対話を求めて来ているのだから、それが成立する間はのっているのが(きち)だろう。

 

「単刀直入に言うわね。」

 

と白衣の美女。

 

貴女(あなた)……ブルーノを愛しているのね?」

 

 な!

 NPC風情がいきなり何を言い出すんだ!

 

「……その是非を答える理由もないとは思うけれど、あんたがどうしてそう思い、なぜそんなことを問うためにわたしを追って来たのか、にはすこぶる興味があるわ。」

 

 アリスンは、結論を先延ばしすれば先延ばしするほど自身の安全性は高まるだろう、と考えている。

 だが、その辺りは白衣の美女、アルベドにはお見通しのようであった。

 

「元は人間のプレイヤーであった貴女(あなた)が、NPCに何がわかる、と憤るのは無理もないわ。」

 

 チッ、とアリスンは舌打ちする。

 こいつは……想像以上に頭がキレる。サムやユワンの比じゃない。ヘタをすると知性値最大か?流石はユグドラシルにその名が知れ渡ったギルド、アインズ・ウール・ゴウン。拠点NPCにそんな組み上げ(ビルド)をしていたなんて。

 

「でも貴女(あなた)は既に、この世界における(わたくし)貴女(あなた)の間には本質的に何の差異もないことを承知のはず。」

 

 ナザリックの連中もそこに思い至っていたのか、とアリスンは息を呑む。

 一方で、おそらくは自分たちよりも遥か以前に……きっと七百年前だという水晶の塔よりも前に渡り来て、暴走した水晶の塔を殲滅したであろうこいつらが、そこに気づいているのは、当然と言えば当然だろう、とも。

 

「だから(わたくし)の言葉は、同じ女の言葉、として聞いてくれると嬉しいのだけれど。」

 

 参ったな……。

 この類稀(たぐいまれ)なるNPCは、異世界の原生林の中で女子雑談(ガールズトーク)をやろうと言うのか!

 

「わかったわ。」

 

とアリスンは簡潔に答える。そして、矢継ぎ早にこうも。

 

「なら、あんたにもわかると思うけど、女心って複雑よね。自分でそうだ、と思っていることが必ずしもそうだとは限らないし、そうじゃないと思っていることが、本当にそうじゃないことだってある。

 だからわたしは、まず、あんたがどう思ってそんなことを、わざわざ転移までして来て問うているのかを教えて欲しいわ。」

 

 これにアルベドは妖艶な笑みを浮かべた。

 

貴女(あなた)、本当に頭がキレるのね、嬉しいわ。ナザリックの女たちは皆いい()たちだけれど、(わたくし)と拮抗するほどの知性を有したものはいない。機会があれば、一度、貴女(あなた)のような女と語らってみたいと以前から思っていたのよ。」

 

 さて、こいつの言葉はどこまで信用できるのだろうか?

 そう考えつつアリスンは、まずおまえが手札(てふだ)を切れ、と言わんばかりに無言のままに手を振って続きを促した。

 

「では結論から。

 貴女(あなた)不死者(アンデッド)であるブルーノに看取られることを厭うて出奔を決めたわね。」

 

 あちゃーーー!

 

「参った、参った、降参!」

 

 アリスンは両手を上げてそう告げた。

 真を射抜かれてはもう抗うだけ無駄だ。

 

「名前……訊いていい?」

 

「アルベドよ。」

 

「錬金術の白化(アルベド)?それとも天文学の反射能(アルベド)?」

 

「前者よ。そんなことを(わたくし)に問うたのも貴女(あなた)が初めて……だと思うわ。」

 

「ということは、あなたの創造主はタブラ・スマラグディナさん?」

 

「ご明察!タブラ・スマラグディナ様と面識があったの?」

 

「まさか!でも錬金術師(アルケミスト)界隈じゃ、あなたの夫よりも超有名人だったもの。」

 

 うふふ、とアルベドは微笑む。

 

「アルベド……って、呼んでも?」

 

「お好きにどうぞ。貴女(あなた)は……どう呼ばれたいかしら?」

 

「お好きに……って言いたいところではあるけれど、<現実(リアル)>の人間であった自分への未練は絶ちたいと思っているから、アリスン、って呼んでもらえるとありがたいわ。」

 

 やはりアルベドは楽し気に、うふふ、と微笑む。

 釣られてアリスンも、くくく、と笑った。

 

 アルベドとアリスンは適当な倒木に並んで腰掛けた。

 優しげな木漏れ日が二人を照らしている。

 

「アインズ……さん、ってどんな人なの?」

 

 半ば女子雑談(ガールズトーク)作法(マナー)として、実のところ本当に興味があってアリスンはまずアルベドに、愛する夫について尋ねた。

 

「端倪すべからざる至高の主。」

 

 問われたアルベドはそう即答するも、

 

「……と言いたいところだけど。」

 

と言葉を濁す。

 

「……だけど?」

 

 自身の溜めが十二分に相手の関心を惹きつけたことを認めて、アルベドは恍惚とした表情で漏らすようにこう告げる。

 

「あまりに……大魔王として君臨されるには、あまりにお優しい(かた)よ。」

 

 アリスンとしては、アインズ、すなわちアインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、というと、どうしても千五百人の大襲撃の終幕の「喝采せよ」が頭に浮かぶので、アルベドの語るアインズ像とそれが一致しない。アリスンの知るモモンガは、ユグドラシル非公式ラスボスの名に恥じない、超然とした人物だった。

 

「ブルーノ、はどうなの?」

 

 あ、ブルーノには「さん」はつかないのね、とアリスンは思うが、まぁ、そりゃNPCなんだからそうだわな、と納得してそこは聞き流す。

 

「有り体に言えば……駄目男ね。腐れ縁、ってやつかな。」

 

 これも半分は作法、半分は本音。

 

「でも……アリスンにとってはそこがよいのでしょう?」

 

 このNPCは、本当にNPCらしからぬことを言い出す!

 とアリスンは思うも、あぁそうだ、彼女もまた、ユグドラシルキャラクターがこちらの世界で、女、に転じた存在なのだ、私同様に、と得心もする。

 

「うーん、どうなのかな。優しい、って意味では、ブルーノもアインズさんに負けてないと思うわよ。アレは底なしのお人好しだわ。」

 

「そこは、女としては譲れないところよね。どのような形であれ、優しさのない男に魅力はないわ。ただの強がりと、優しさから溢れる強さ、は別物ですもの。」

 

 既にアリスンには、NPCと語らっている、という感覚はない。

 不意に、本当にただの女友達に、女同士で語らっているからこそ訊きたくなることが口に出る。

 

「……どうしてるの?」

 

「何が?」

 

「妻、って名乗るからには……」

 

「あぁ、そういうこと。」

 

 これで相通じることができるのだから、まさにアルベドは女であるに違いない。

 

「お気づきの通り(わたくし)女淫魔(サキュバス)。殿方を喜ばせる(すべ)は心得ているわ……と言いたいところだけれど、死の支配者(オーバーロード)であらせられるアインズ様は、(わたくし)如きの魔力では鉄壁の精神防御に阻まれてその御心までは手が届かない……普通はね。」

 

「普通は?」

 

「お優しいアインズ様は、そんな(わたくし)を慮って、時折……本当に時折()の、元々は人間の男であらせられた脆弱な精神を(わたくし)にお晒しあそばすわ。そのときアインズ様に捧げられる悦楽たるや……」

 

「アルベド自身、はどうなのよ?」

 

 おそらくは転移以来、無意識のうちに心のどこかで自分自身も問うていたことが思わず漏れる。

 

「アインズさんも骨だから……ないでしょ、ナニが。」

 

 だが、アルベドの返しは辛辣なものだった。

 

「アリスンは、欲しいの?」

 

 参ったなぁ……NPCからこんなことを問われる日が来ようとは夢にも思わなかったことだ。

 

「うーん、そこは難しいところだわ。」

 

 話しながら、アリスンは転移以来、ブルーノに全幅の信頼を寄せつつも決して彼には語ることができなかった漠然とした思いが自身の中で溶けていくのを感じていた。

 

「かまととぶるつもりはないんだけどさ。わたし……厳密に言えばユグドラシル時代のわたしの前身、の中の人、とブルーノのそれって、直接会ったことはないはずなのよね。敢えて会おうともしなかった。今となっては真相を確かめようもないんだけど、わたしもブルーノも既婚者を(よそお)って、そういうことになるのを避けてたように思うの。」

 

 うふふ、とアルベドが微笑む。

 

「ロマンチックなお話ではあるけれども、正直なところ、人間種のそういう機微に(わたくし)の理解は及ばないわ。でも、そうであればこそ、これからアリスンとブルーノは、人間種が生得的な本能に束縛されて極々限られた範囲でしか認識することができない愛の可能性に、挑むことができるのではなくて?

 それに……。」

 

「それに?……何?」

 

「こう考えてみてはどうかしら?

 もしも(ぎゃく)だったら、と。」

 

「逆?」

 

「人間種ブルーノが男で、骸骨(スケルトン)アリスンが女だったら。

 殿方は、なにはともあれ、()れて()たないことにはおさまらないでしょう?」

 

 敵わないなぁ、この(ひと)には。

 アリスンもまた苦笑いで応える。

 

「確かにそこは女の特権ね。

 ……真面目なところを訊いていい?」

 

 アルベドは無言のままアリスンをみつめている。

 

「アルベドが、わたしにこう接してくれる……理由が知りたい。」

 

 ここまですべての問いに即答していたアルベドが初めて呻吟する様子を見せて、アリスンはようやく核心に触れた感を得る。対するアルベドは、しばし右手の人差し指を自身の唇に当てて蠱惑的な表情を浮かべていた。

 

「アインズ様の女に捧げられる愛を(わたくし)は独占している。

 でも、アインズ様の愛は、空よりも広く海よりも深い。」

 

 アリスンにはたちまちにはその含意がわからない。

 

「アインズ様の愛は、ただ(わたくし)のみを求め、(おもんぱか)り、(いつく)しみ、そして(むさぼ)る……そんなちっぽけなものではないの。

 アインズ様はユグドラシルに由来するすべてのもの、ひいてはこの世界すべてを愛しておいでよ。ときにこの(わたくし)をしてもそれらすべての存在に嫉妬を覚えるほどに!」

 

 嫉妬を覚える、と言いながら、アルベドの声色は歓喜のそれだ。

 

「愛する御方が愛するものを愛する……これもまた愛、だとは思わないかしら、アリスン?」

 

 ここに至ってアリスンの中で、自身の知っていたモモンガ像と、アルベドの語るアインズ像が朧気ながら重なった。

 そう、死屍累々の中に立ち尽くし「喝采せよ」とのたもうた非公式ラスボス、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガは、確かにあの瞬間、善戦虚しく散っていった下僕たち、中継を通して観戦していた者たち、襲撃を試み敗退した者たち、その他、非公式ラスボスに何かを期待していた者すべてを、確かに愛していた、に違いない。

 

「アルベドたちなのね、七百年前に水晶の塔の天使とやらを殲滅したのは。」

 

 そもそもアリスンが出奔を決めたのは、アインズがこちらの世界で七百年前から変わらず存在し続けているのだとしたら、ブルーノも七百年後にそうであり、そしてその傍らに自分はいないだろう、と気づいたからだった。

 

「多分、そうじゃないかしら。」

 

「……多分?」

 

 そう言えば、さきほども過去を語るに際しアルベドは言葉を濁したな、とアリスンは思う。

 

「アリスンは……もう気づいているでしょう?」

 

 ……そういうことか!

 この一ヶ月弱、余りに多くのことを考えすぎたがために少し疲れているのか、と思っていたが、転移直後の自身の言動の記憶があやふやになっていっていることに自覚はあった。自分たちがユグドラシルのキャラクターが転じてこの世界に生じた存在であるとすれば、その記憶能力は短期記憶(ワーキングメモリ)の制約を受けるはずだ。

 

「だからアリスンは、ブルーノがあなたを看取って悲しむであろうことを……そこまで深刻に考える必要はないのよ。」

 

 あぁ!

 突如何かが自分の中で振り切った感があって、気づけば一筋の涙が頬を伝っていることにアリスンは気づく。

 

「それ……喜んでいいのかな?」

 

「どうかしらね。私は寿命がないし、アインズ様もそうである上に絶対無敵であられるからわからないわ。」

 

 うーん、これは羨むべきなのだろうか。

 

「羨ましい?」

 

 読まれた!

 

「元々自分は人間だ、と思ってるわたしからすりゃ、ちょっとゾッとするわ。

 ちなみにアルベドはこれ、何年やってるの?」

 

「今年で丁度千二百年よ。」

 

「……はっ?

 なんでそんなこと断言できるの?」

 

「事前に調べてきたもの。」

 

 なるほど。

 呆れたことにナザリック地下大墳墓の連中は、記憶が続きもしないのに何らかの形でそれを記録に(とど)め、必要に応じて振り返りながら、それでも知っては忘れ、知っては忘れを繰り返しつつ、千二百年に渡ってアインズ・ウール・ゴウンのモモンガが抱え込んだ無上の愛とやらを、そこかしこに捧げ続けてきたのか!

 

 ユグドラシル時代も大概だったが、このトンデモなさはその比じゃない!

 

 そして、少なくともアルベドは、そのことに微塵の迷いもないのだ。

 この超然とした態度がその証拠だ。

 

 それと比べれば、なんて自分はちっぽけな尺度でものを考えていたものだろうか……。

 

「最後に一つ教えてちょうだい。」

 

 やはりアルベドは無言のまま待つ。

 おそらく、答えられないことには答えない、というつもりだからだろう、とアリスンは思う。

 

「アインズさんもアルベドも、(カルマ)は悪に全振りよね?

 そんなあなたたちが、わたしたちにこのように振る舞う真意が知りたいわ!」

 

「あら、そんなこと?」

 

 今度はアルベドはまったく呻吟する様子を見せなかった。

 そして、その答えは聡明なアリスンをして、感得させて余りあるものだった。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの悪は、ただの悪じゃないのよ。

 既成のすべての枠組み、概念、常識を砕き突き貫いて、ただ欲するままに、信じるままに、(ほしいまま)に我が道を()く。

 それこそが、ユグドラシルはもとより三千大千世界に咲き誇る、アインズ・ウール・ゴウンの悪の華!」

 

 あぁ、アルベドは……。

 本当にアインズ・ウール・ゴウンを愛しているんだわ!

 

「ご存じなかったかしら?」

 

 知るわけないだろ!と心の中で突っ込みつつ、アリスンは意を決する。

 

「アルベドの旦那様にご挨拶がしたいのだけれど。」

 

「元よりそのつもりよ、来る?」

 

「ええ!」

 

 アルベドは掌の光る玉を割り砕いた。

 

 

                    *

 

 

「そりゃヒドいな。」

 

とアインズ。

 

「でしょ?

 前のギルド長が辞めたときに押し付けられたんですよ!」

 

暗黒整数剣(ダークインテジャー)を片手にブルーノ。

 

「こんなもん、普通の戦闘に使えませんよ。でも、これだからこそできることもあって。」

 

 ブルーノはアインズと並んで座っていた倒木から立ち上がってすたすたと自身のギルド拠点の外壁に歩み寄り、抜刀した。

 

「えいっ!」

 

と一閃するや、拠点の外壁の無難な部分がスパリ、と斬れて地面にコトリ、と落ちる。

 

「あ、ホントにHPが半分になった。」

 

()だなぁ、アインズさん。無詠唱(サイレント)で覗かないでくださいよ!」

 

「すまん、すまん。つい興味で、な。

 

 ……あー、そこ!セバス!

 張り合わんでいい。おまえが拳でギルド拠点を貫けるのは知ってるから!」

 

 通常、プレイヤーが振るう武器がギルド拠点の構造に傷をつけることはない。例外的に、アインズ自身も操るところの第十位階魔法<現断(リアリティスラッシュ)>、たっち・みーが弄んだ<次元断切(ワールドブレイク)>のような空間構造自体を破壊すると定義された攻撃、そこから派生するセバスやルベド、ガルガンチュアといった反則(チート)すれすれの組み上げ(ビルド)のNPCの能力はあるが、本当にこれは例外中の例外だ。そのような意味でブルーノの持つギルド武器は、確かに破格の逸品ではあった。

 

 まだ稼働状態にあるギルド拠点は再生能力を有する。ブルーノが切り落とした破片はたちまちに液状になって流れ、元の位置に納まって壁を修復する。一方で、<翻訳の神秘>を擁するエドモン・ウェルズの拠点遺構がそうであったように、機能停止したギルド拠点は決して再生しないし、こちらの世界へ渡り来て以降は自然の風化作用で損壊することもある。

 

「アインズさんは、水晶の塔の話はご存知で?」

 

「さっきも言ってたけど、何それ?」

 

 例によってアインズは、自分が殲滅した七百年前の来訪者のことなど欠片も覚えてはいない。

 

豚鬼(オーク)に教えてもらったんです。多分、ボクらよりもずっと昔にここに来たユグドラシルプレイヤーのギルド拠点だと思うんですけど、もう機能停止してるようなんです。だからそこへ行って、この剣で切り取って換金箱(エクスチェンジボックス)へ放り込めば、結構な額のユグドラシル金貨になるんじゃないか、と。」

 

 その中身をごっそり頂いたのは自分たちであるにも関わらず、ギルド拠点遺構そのものを換金しようなどと考えたことのなかったアインズは、素直にその発想に感銘を受けていた。

 

「そりゃぁ……まぁ、やってみないとうまくいくかどうかはわからんけど、脈はあるわな。」

 

「でしょ?

 でも……もういんです。アリスンが居ないのにギルド拠点を維持したって……」

 

「ただいま戻りました、アインズ様。」

 

 ブルーノの発言に割り込んでアルベドの声がする。

 

 え?

 このタイミングでアリスンとやらの首なし死体?

 そりゃないだろ、アルベドォ!

 

 などと、まったく見当違いのことを思いつつアインズが声の方向を振り返ると、アルベドと微笑みを交わしつつ歩み来る見知らぬ人間の女がいる。その後ろには、<転移門(ゲート)>から顔だけ覗かせつつ「今回はあちきの出番はありそうにないでありんす」と言いたげな胡乱な表情を浮かべるシャルティア。

 

「あー、すまんすまん、シャルティアも手間をかけたな!

 また今度、何か一緒に狩りに行こう!」

 

 シャルティアは、ニッ、と笑って<転移門>と共に消えた。

 

「アリスン!」

 

「ごめん、ブルーノ。帰って来ちゃった。」

 

 ブルーノはアリスンに駆け寄り、二人は互いに固い抱擁を交わした。

 

「……やっぱ、出直そうか、ブルーノ?」

 

 どうにもアインズとしては気まずい。

 

「あ、すいませんアインズさん。お手間をおかけしちゃって!」

 

 対してアリスンは、そう言いながらブルーノをぽーんと突き放し、アインズの前に片膝をついて礼を執った。

 

「初めてお目もじ(つかまつ)ります。ギルド光輝(ルミナス)錬金術師(アルケミスト)、アリスンと申します。御身(おんみ)のご高配に厚く御礼を申し上げます。」

 

 ……えぇ!

 何なの、これ?

 

「御身の麗しき奥方、アルベド様より不肖の身に類稀(たぐいまれ)なるご指南を賜り、覚悟が決まりました。

 かくなる上は、自身の才覚にてこの世界を渡って参りますので、ご融資お申し出の段は有難き儀なれども、わたしにも矜持が御座いますので謹んでお断り申し上げます。その上で、万が一わたしたちがギルド拠点の維持に失敗し、下僕たちを御し損ねた際には、如何様にご処分いただいても差し支え御座いません。」

 

 な……なんだコイツ。

 突然家出したかと思えば、帰ってくるなりこれって……ややこしいやっちゃなぁ。

 

「と、アリスンは申しておりますが。」

 

とアルベド。

 

「アインズ様のお慈悲で以て、光輝(ルミナス)の二人の果敢なる試みに対する(ささ)やかな支援として、ギルド拠点維持資金一年分をご下賜あそばしますのがよろしいかと。よろしいのではないでしょうか?」

 

 ……え?

 何か悪いものでも拾い食いしてきたの、アルベド?

 

「アルベド!

 それはあなたの旦那様に申し訳ないわ!」

 

とアリスンが即座に叫ぶ。

 アインズはわけがわからない。アリスンに突き飛ばされてひっくり返っていたブルーノも同様の模様。

 

「えーっと……アリスン、さん?」

 

 ほぼ鈴木悟の()の声でアインズがそう声をかけると、アリスンはそれがアインズの声だとたちまちには気づかなかったようでしばし周囲をキョロキョロと見回した挙げ句、ようやくアインズの声だと気づいて慌てて、

 

「はい!」

 

と返事を返した。

 

「ゴホンッ!

 まぁ……なんだ。アリスンさんの矜持云々、はわかる。それにさっきまでブルーノとも話してたんだが、ギルド拠点資金獲得の当てはなくもない。が、それがうまくいくかはやってみないとわからないし、時間的猶予はそれほどないはずだ。」

 

「……それは仰るとおりですが。」

 

「であれば、だ。困るものでなし、受け取ってくれていいんじゃないか?アルベドもそう言ってることだし。

 これは慈悲だとか憐れみだとか、そういうものじゃなくて……そう!

 オレの……オレの、我儘だ。」

 

 あぁ、とアリスンは思う。

 

 これが……。

 これがアルベドが愛して()まない大魔王アインズ・ウール・ゴウンの愛なのか、と。

 

「……ありがたく、お受けいたします。」

 

 アリスンはそのまま深く最伏礼を執る。

 

「あー、そういうのは()めよう!()めよう、な!」

 

 アインズはアリスンに歩み寄って、接触()被害(ダメージ)系の技能(スキル)をちゃんと切っていることを確認した上で、自身片膝(かたひざ)をついてその手を取った。

 

「本当にこれはオレの勝手なんだ。

 オレには……こちらの世界に来てから出来た友人があってな。」

 

 恐る恐るアリスンが顔を上げ、アインズの顔をジッと見つめた。

 

「ちょっと(いま)そいつは寝てるんだが、そいつが寝ている間にこの世界が(けが)されるとオレはエラい恥をかくことになる。そうならないためなら、オレはおまえらを殲滅することもあり得るんだ。だからといって、問答無用に殲滅するような無粋な真似もオレは好まない。

 だから本当にこれは……オレの勝手、なんだ。わかるか?わかるよな?」

 

「……わかりました。」

 

 アリスンはゆっくりと立ち上がり、アインズに手を差し伸べて共に並び立つ。

 

「アルベドが愛し、愛される御方のお言葉、そのままに信じます。

 どうか、わたしたちの挑戦に実りあることをご期待ください。」

 

 アインズはアリスンの手を取って握手を交わし、

 

「あ、あぁ……健闘を祈るよ。」

 

 アルベドの視線を気にしつつアインズはそう言う。

 いつも通りの優しく涼やかな金色の猫の瞳を感じつつ、なんだかよくわからないけれど、アルベドが笑っているから多分これでいいはずだ、そうに違いない、と判じ……そして。

 

 あれ?

 これって……ブルーノさんと同じノリじゃね?

 

と、アインズは妻の尻に敷かれる(おのれ)(わら)った。

 

 

                    *

 

 

報告(レポート)には一通り目を通させてはもらったがね。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)執務室。

 アインズがシャルティアを伴って狩りに出ている隙を見計らってか、狡知の参謀デミウルゴスが、守護者統括にして自称アインズの妻、アルベドを訪ねた。

 

「いささか光輝(ルミナス)とやらの連中に、温情を与え過ぎ……ではないかね?貴女(あなた)らしくもない。」

 

 いけ好かない同僚のこの言葉に、執務机で書類仕事をしていたアルベドはその手を()め、面倒臭そうに胡乱な表情をデミウルゴスへ向けた。

 

「らしくないのはデミウルゴスの方よ。貴方(あなた)、本気で(わたくし)があの者たちに温情を与えた、とでも思っているの?」

 

 ん?と意外そうな表情をデミウルゴスは示す。

 報告書は一連の経緯とナザリック宝物殿からの支出額を正確に記載してはあるものの、どのような理路でそうなったのか、については何も告げてはいない。アルベドが単身アリスンなる女プレイヤーを追って説得した旨に言及はあるが、どのような説得がおこなわれたかについては説明を欠いていた。

 

「一方が人間種、もう一方が不死者(アンデッド)の二人は、確実に次の<百年の揺り返し>を待たずに死別するわ。連中は、<日誌(ログブック)>こそ発見していないものの、(わたくし)たちの顕現の秘密、短期記憶の制約にも気づいているから、その運命を自覚せざるを得ない。おわかり?」

 

「そこは……貴女(あなた)の言う通りだろうね。」

 

 ニッ、とアルベドが妖しげな笑みを浮かべる。

 

「しかも、あの者たちは愛し合っているのよ。」

 

「……あぁ、そういうことかね!

 守護者統括殿はよい趣味をしておいでだ!」

 

 パンッ、と手を打ったデミウルゴスもまた、三日月型の笑みを浮かべた。

 

「あの二人は、決して色褪せないユグドラシル時代の若い時分の自身の記憶の束縛を受けつつ、日々、人間種である女の方だけが年老いていく現実に直面する。そして、その間を繋ぐこちらの世界における記憶はどんどん消えていってしまうのよ。それがあの者たちにもたらす苦しみを思い描けば、愉快なことこの上ないでしょう?

 そうなることがわかっているのにそこから安易に逃げ出すことを許すほど、(わたくし)は……温情深くはないのよ。ましてや、独り取り残される不死者の男が永劫に抱え込むであろう孤独を思い浮かべれば、楽しくって身震いしちゃうわ!」

 

「はははっ、貴女(あなた)の言う通りだ、アルベド。

 余計な口出しをして、すまなかったね。他意はないのだよ、気にしないでくれたまえ。」

 

 アルベドは再び視線を机上の紙面に向け、仕事をするから出ていけ、と言わんばかりに、ひょいひょい、と手の甲をデミウルゴスに向けて振った。

 

「では、失礼。」

 

 簡潔にそう告げて、デミウルゴスは執務室を退出した。

 第九階層(ロイヤルスィート)の廊下を独り歩み、すれ違うメイドたちに片手を上げて会釈しながら、自身と双璧をなす守護者統括との短い会話を振り返る。

 

 ……あいかわらず食えない女だ。

 

 彼女が口にした動機は、私好みのそれをそれらしく語ったもので、彼女自身がそんなくだらないことに関心があろうはずはない。

 女淫魔(サキュバス)である彼女は、悪魔である私が対峙する者に破格の待遇を与えて魂の堕落へと導くことを嗜むのと同様に、対峙するものを魅了する何某(なにがし)かを与えてその魂を蝕むことを常とする。アリスンとかいうプレイヤーもそうして丸め込まれたものに違いない。

 そもそも、もっとも互いが輝いていた時分の記憶に縛られつつ、日々老い衰えていく互いと向かい合い、何でもない日常を無為に浪費し、共に培った記憶は色褪せ、(つい)にはどちらか一方を失って打ちひしがれる……のは、かの者たちに限らず、有限の寿命に縛られた愛し合う者すべてが必然的に抱え込む運命、に過ぎないではないか。

 アルベドの真の動機は、ただただ自身が任された、来訪者に援助を与えることで世界を(けが)す者となることを抑止する試みの第一号をいかなる形にせよ成功させ、自身の実績とすること、以上でも以下でもあるまい。正直にそう語って悪い理由はないのに、この私に対しても籠絡を以て応じるとは、つくづく因業の深い女だ。

 

 まぁ……それを言ってしまえば私もまったくその通り、なのではあるが。

 

 

 

 光輝(ルミナス)のブルーノとアリスンに対しては、以降はナザリック地下大墳墓は没交渉となったため、その後にどのような道程を辿ったのかについては、ギルド拠点維持が叶ったのかどうかについても含め、デミウルゴスの日記には記録されていない。万が一に際し、とアインズが与えた<お助け玉(レスキューボール)>も使用されることはなかった。

 はっきりしているのは、カルサナス都市国家連合方面に展開された恐怖公眷属(ゴキブリ)から、暴走したユグドラシルNPCによると見られる災厄が報告されることがなかったこと、そしてこれより遠くの未来、アインズが放った十六匹の黒い仔山羊(こやぎ)ちゃんのうちの三ないし四匹を屠って、豚鬼の都市オークネイスを自身の生命と引き換えに守り抜いたのがブルーノであったらしい……ということだけである。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

「ユグドラシル金貨。」
「……クゥイア。今何て言った?」

 自由都市エ・ランテルで入手した三枚のユグドラシル金貨が、キーノ・インベルン率いる冒険者集団(チーム)<黒の百合>を新たな冒険へと誘う。

 億劫のオーバーロード余17話『放置子(ほうちご)

「気が合うじゃないか、糞執事。」
「左様ですな、糞悪魔。」
「あなたたち。アインズ様の御前でそのような(いが)み合いは……」
「モモン、だ!」
「し、失礼いたしました。死んでお詫びを!」

 この人選の時点で、何か間違ってるだろ!
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