放置子(1)
「……何これ?」
クレマンティーヌは胡乱な声をあげた。
自由都市エ・ランテルのとある
クレマンティーヌが困惑の声をあげたのは、金貨三十枚と聞かされていたカッツェ平野の高位
「話が違うじゃーん……おまえ、死にたいの?」
一旦は三日月型の笑みを浮かべつつも、猫の目のように転じるその表情を一切の感情を感じさせない能面に転じたクレマンティーヌにそう問われて、
「待ってください、待ってください!
……これ、ご存知ないですか?」
と、三枚の、大陸全土で一般的に通用しているそれに比して恐ろしく形が整っており、しかも互いに寸分
「最近北方から流通しているもので、これ一枚で公金貨十枚に相当するものです。この辺りでは通俗的に、
そう言われてクレマンティーヌは、改めてその金貨を受け取りじっくりと検分してみる。
確かに、一般的な公金貨はたいてい形が歪んで波打っており、鋳造された時代によって異なる刻印も摩耗してはっきりとしないものが多いのに対し、
「金貨十枚分って……そんな額面、返って扱いにくくね?」
日常的な取り引きで額面が金貨一枚に達する場面などそうはない。市井で用いようものなら、受け取り側は釣り銭に難儀することもあるのではないか。
「黄金の輝き亭にしばしご投宿、と聞いていましたんで、数が嵩張るよりはこちらの方がかえって都合がよいか、と思ったんですが。」
そう言いつつも、事務員の本音としては、確かに扱い難い大判金貨を押し付けられそうな相手に押し付けてしまいたい、という面がないでもない。
「ま、そりゃ構わないけどさぁ。
ワタシが言ってんのは、ワタシら、がじゃなくて、街の連中はどうしてんの、って話よ。」
「私も詳しくは存じませんが、エ・レエブルやリ・エスティーゼの
仕事した銘々の冒険者への支払いはせいぜい金貨数枚ですから、どうしても大判がうちに溜まりますんで。」
「で、ワタシに厄介払い?」
クレマンティーヌがまるで噛みつかんばかりに身を乗り出し、やはり三日月型の笑みを浮かべてそう問うたので、事務員は再び大慌てで、
「め、滅相もない!
金貨三十枚相当の仕事を一日で片付けてこられる御方には、大判で支払うのが返って礼に適うと考えただけですよ!」
と取り繕ったが、クレマンティーヌは、
「冗談よ、そう慌てなさんなって。」
と、ぽんぽん、と事務員の肩を叩いた。
「……って、話しなんだけど、
キーノちゃん、どう思う?」
黄金の輝き亭で
彼女が想像した通り、キーノは、ただ黙ってそれをじーっと見るだけで反応がない。
「……ま、使えるんならいいんじゃないか?」
期待してなかったけど、キーノちゃんはそうよね。
「クゥイアちゃんはどう思う?」
直前までキーノの左右にあって、大判をじーっと眺めるキーノにどことなく小馬鹿にしたような視線を送っていた双子忍者が、すっと前に出てきてクレマンティーヌから金貨を受け取った。
「こいつらは昔、使いもしない金貨を溜めに溜め込んで、その重みで宿の床を抜く騒ぎを起こしたんだぞ。訊くだけ無駄だ。」
とうんざりした声色でキーノは茶化したが、意外や意外、クゥイアはさらりとその正体を明かしてみせた。
「ユグドラシル金貨。」
「……クゥイア。今何て言った?」
思いもしなかった
「……」
沈黙。
「双子ちゃーん。」
と、クレマンティーヌが手招き。
ガバッ、っと双子忍者を自身の豊満な胸に抱き寄せ、
「さっき何て言ったのか……もう一度お
「ユグドラシル金貨。」
「あー、キーノちゃん。宿の支払いが無駄に
イラッとしつつもキーノは大判金貨を奪い取り、
「<
を試みる。
「これは……」
昔から不思議に思いつつも
つまりこの金貨は、位階魔法<道具鑑定>が本来
「クレマンティーヌ……何かトンデモないことが起こってるみたいだな。」
「そう……みたいね。」
二人は顔を見合わせて、ゴクリ、と息を呑んだ。
*
「こちらをご覧ください。」
同じ頃のナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。
参謀デミウルゴスから緊急招集がかかり、主だった階層守護者が至高の主、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの
「手品……でもしてくれるのか?」
気のない声色でそう問う能天気な至高の主に、デミウルゴスはククク、と苦笑しながら応じる。
「まさか!
配下の
「はぁ?」
パカリ、とアインズの骨の口が
「念のために訊くが。
おまえらの中に人間の街で買い物をしたやつはいるか?」
物の見事に
「宝物殿金貨の
「つまり……
即座に守護者統括アルベドがその含意を読み解いてみせる。
「<百年の揺り返し>、か。」
とアインズ。
「しかも、その時期から既に三年が経過している、ということは……」
「左様で御座います、アインズ様。おそらくこの金貨を市井に漏出させた今回の
おぉ!
と玉座の間に
「是非、私ニ先鋒ヲ!」
「いや、そこはあちきにお任せいただきとうありんす!」
「待て待て!」
アインズは大慌てで先走るコキュートスとシャルティアを制した。
「既に恐怖公眷属に命じて、エ・レエブル周辺諸都市のユグドラシル金貨の分布状況の調査を開始しております。」
とデミウルゴス。
こちらの世界の人間、亜人の経済活動は、途中にどのような信用取り引きが介在するにせよ、最終的な決済は金貨によってなされるのが常だ。従って、
「もっとも、その結果を待たずともおおよその位置はすでにわかっております。」
そうなの?
玉座のアインズは、デミウルゴスの方に向けて骸骨の顔をニュ、っと突き出した。
デミウルゴスは涼しげな調子で語り続ける。
「実は昨今、
「……はぁ?」
再びアインズの口がパカリ、と開く。
「父上、一般的に自由市場における物の価格はその需要と供給により……」
「んなもんわかっとるわ!」
息子の助け舟にアインズは一喝を返し、パンドラズ・アクターはいじけて床を触手の先ですりすりし始めた。
「あぁ……いや、すまん、パンドラ。
で、デミウルゴス。どういうことなのよ?」
「こちらがその
と、問われたデミウルゴスは
「ん?どこかで見覚えが。
……あ!<
「左様で御座います、アインズ様。
もちろん、これをそのまま
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンにおいてはその能力を独占していたのはアルベドの創造主タブラ・スマラグディナであり、目下のナザリックには<
もっとも、ナザリック自身がその力を必要とした場面はこれまでに例がなく、また、その行使は復活された者の
「であるがゆえに、<
「デミウルゴスの言いようからすると、
と口を挟んだのはもちろん守護者統括アルベド。
「流石はアルベド、ご明察です。
そして、大陸における
ここで、ちょいちょい、とアインズがデミウルゴスを手招き。
「……はっ?」
デミウルゴスは、階下に立ったまま不思議そうな顔でアインズを見ている。
再びアインズが、ちょいちょい。
デミウルゴスは、求められるままに玉座のアインズの
やおらその骸骨の相貌をデミウルゴスへぶつからんかの如くの勢いで近づけて一言。
「またおまえか?」
「……はっ?」
「とぼけるな!いくらなんでも段取りが良すぎる!
どうして
また何か仕込んでるんだよな?そうだよなーーー!」
「御冗談をアインズ様。そんなことをして
「それがわかれば苦労せんわ!
……またアレだろ。
これに対処すると何処かにセバスが置き去りになるんだよな?そうだよなーーー!」
比類なき大魔王は、らしからぬ被害妄想の
「仮に……そうなったとて構わないではありませんか、減るものでなし。」
「アインズ様。」
いつの間にやら、アインズのすぐ後ろまで様子を伺いに歩み寄って来たアルベドから声がかかる。
「ご疑念はごもっともかとは存じますが、今はまず、未だその全貌が見えぬ
「オレとしては、
無理もないことながら、これは重症だわ、とアルベドは息をつく。
「では、こうしてはいかがでしょうか。」
来訪者がアセナーラ子爵領にあるとして、現時点では相手方の正確な位置、それにも増して探知能力が如何程かがわからないため、
なれば、後方に控えて良からぬ策動をせぬよう、アインズ自身がデミウルゴスを伴って行けば……
「……よろしいのではないでしょうか!」
「あぁ!それは名案だね、アルベド。アインズ様、どうか御裁可のほどを!」
この時点でアインズは……今回はアルベドも
*
「思った通りだわさ。」
クレマンティーヌは誇らしげに豊満な胸を張った。
自由都市リ・ボウロロール。長く混迷の歴史を歩んできた当地も、転移歴でいうところの900年代末にようやく寡占共和制が根づき、自由都市群の穀倉地として、以降はゆっくりと、ながらも順調な発展を続けている。
<黒の百合>の一行は、クレマンティーヌの「
加えて、子爵領に向けての物流、特に贅沢嗜好品を運ぶ隊商が活況を呈しており、その支払いが悉く大判金貨でなされていることも。
意味するところは、子爵領において何者かが
「今更だけど、クレマンティーヌはすごいな!」
「
投げ
と関心してみせるキーノたち。
同時にこれは、彼女らには知る由もないことではあるが、デミウルゴスの真意を疑い続けたアインズは心配性に過ぎたのであって、きっかけがあればクレマンティーヌにもおおよそ何が起こっているのか思い描くことができるくらいなのであるから、デミウルゴスがそれを把握するのも容易であった、ということでもある。
「大判金貨がユグドラシルと関わりあるからには、子爵領にプレイヤーが潜んでいるのは間違いない。だが、どうしてそいつらは
しかも、そいつらにもアインズさん同様のトンデモない力があるに違いないのに、敢えて略奪に乗り出さず大人しく対価に金貨を支払っている、というのも
流石のキーノも、仔細もわからぬままに子爵領へ歩みを進めるのは躊躇われ、今はリ・ボウロロールでの拠点に確保した宿の一室でクレマンティーヌと語らっている。双子忍者は手持ち無沙汰に、互いに鏡を覗き込むようなにらめっこ状態。
「キーノちゃんらしからぬことを言うのね。
連中が、力こそ突き抜けているけれど頭の中身はワタシらと大して変わらないんだ、って言い出したのはキーノちゃんよ。そりゃ中にはまともな……何を以てまともと言うのかは難しいところだけど、まともなヤツが居てもおかしくないんじゃね?
逆に、略奪が当然、みたいなこと言ってるキーノちゃんの方が乱暴でしょ。」
さらりと正論で返されてキーノは言葉に詰まる。
「……でも、頭の中身が我々と変わらないからこそ、安易な略奪に走る、というのはあるんじゃないか?」
「略奪、ってのは欲しいものを手に入れる手段、じゃなくて、継続性を考えない、ってことよ。子爵領のプレイヤーが末永く安穏に過ごしたい、って考えているなら、強いて敵対者を呼び寄せる真似はしなくて当然じゃね?」
むむっ。
言われればなるほど、と即座に納得がいくのに、自身でそこに思い至れないキーノはいささか悔しさを覚えずにはいられない。いやいや、こうして自身の至らぬところを支えてくれるクレマンティーヌが共に在ってくれることに感謝を捧げよう、と半ば無理やり自分に言い聞かせるキーノ。
「で……どうするの、キーノちゃん?
ワタシとしては、そのプレイヤーが大人しく
クレマンティーヌにそう問われ、
自身の
「ともかく、子爵領に行ってみよう。
プレイヤーが理知的で穏便な者であれば、大判金貨の無分別な流出のヤバさを知らせてやるに越したことはない。」
あー、そうなるとは思ったけど、キーノちゃんも大概お節介焼きよね、とクレマンティーヌは呆れるが、彼女がそんなキーノが大好きなのもこれまた事実。
「んじゃ、腹括って行きますか!
いいわよね、双子ちゃんも?」
「
胸元に丸みを作る
かくして<黒の百合>一行は、城塞都市エ・アセナルを目指して移動を開始する。
*
「モモン様とこうして共に旅する機会を得ようとは……感無量で御座います!」
「デミ……と見解が一致することは稀に思いますが、その点はまったく同感ですな。」
「これで糞執事が一緒でなければ完璧なので御座いますが。」
「……その点につきましても、
「気が合うじゃないか、糞執事。」
「左様ですな、糞悪魔。」
「あなたたち。アインズ様の御前でそのような
「モモン、だ!」
「し、失礼いたしました。死んでお詫びを!」
「……それはいいから!」
供するは、執事姿の竜人セバス・チャン。冒険者風の軽装に
この人選の時点で、何か間違ってるだろ!
数分おきに繰り返される下僕達のやりとりにアインズは深い溜息をつく。
一方で、人間の領域で行動しても見た目不自然でなく、アインズの前衛として十分な火力を有している点でセバス、ナーベラルが適任であることは明らかで、そこにデミウルゴスが加わればこうなってしまうのはいた仕方がない。
後方ではコキュートス、五代目アウラ、マーレが、シャルティアと共に後詰めに控えており、最悪の場合に備えてルベド投入の、準備まではされている。
アセナーラ子爵領を目指すに際し、
この遺構が、無人島とは言え外界に姿を晒して露出していることはデミウルゴスの日記の記録からわかっていたので、目下問題の来訪者がナザリックの目ニグレド相当の
この時点で子爵領とやらへ一気に転移しても構わなかったのだが、相手方の規模も備えもわからない状態で、認知されれば明らかにユグドラシル勢の強襲と察知されてしまう<
この経路には、いわゆる街道に相当するものはなく、入り組んだ海岸線に沿って獣道の
もっとも、必ずしも道を必要としないアインズたちは、行く手を阻む断崖絶壁があればこれを駆け登り、深い渓谷があれば飛び越えて、ほぼ一直線に北へ、北へと進んでいる。
「ニ百五十年ほど前の話になりますが。」
とデミウルゴス。
「アセナーラ子爵領北側山脈の
三代目シニョーラ・フィオーラ……現時点で既に故人である……は、ナザリックがトブの大森林の産するところに全面的に依存していることを憂いて、たちまちに確保にこそ乗り出さないものの、いざというときの
人間、亜人社会の動向調査結果から数ヶ所の鉱物採掘地点を特定していたデミウルゴスがこれに助言し、シニョーラ・フィオーラは教育的な意味合いを兼ねて五代目アウラ、マーレに
「目下問題の来訪者は、人間如きにユグドラシル金貨を支払っている以上、自ら採掘はおこなってはおらぬのでしょう。調査当時……今もさして変わらぬとは思われますが、人間どもの採掘能力では、原石ベースで拠点レベル六百以上のギルド維持費に耐えないことがわかっております。
人間への支払いもこれを原資にしておるに違い御座いませんので、今回の来訪者の戦力規模は、大きく見積もっても拠点レベル五百程度、ということになろうかと愚考する次第です。」
アインズは、改めて自身の下僕たちのナザリックへ捧げる愛の深さ、デミウルゴスの底知れぬ知性に感銘を受ける。
「その感じだと、埋蔵量の推定もしてるんだろう?
今の
「ご明察です。五代目マーレが申しましたには、現在手の入っている鉱脈については三百年程度ではないか、と。山脈をさらに奥に入ればまだあるやも知れませんが、これはそもそも踏破が人間の手に余るもの。ユグドラシル勢であっても、少なくともアウラ、マーレに匹敵する能力者がいなければ開発が叶わないので、競合する者もそうそう現れますまいから、ナザリックの非常用資源としては最優良の一つ、と目されております。」
今回の来訪者がアインズ同様に寿命を持たぬ存在であると仮定しても、三百年後には資源が枯渇して再びのギルド存続の危機を迎えることを、デミウルゴスの報告は含意している。逆に言えば、千年を超えてナザリック地下大墳墓を支え続けるトブの大森林の恵みの有り難さが骨身に沁みる。
「恐怖公眷属の調査結果は?」
「ほぼ予想通りで御座いました。」
自由都市群の無作為の地点でおこなったユグドラシル金貨の分布調査は、エ・アセナルから放射状に濃淡が広がっていて、その出処を明確に示すものだった。実際に発見された金貨の総数は五十に及ばないが、金貨流通量との比から推計して、およそ三千枚のユグドラシル金貨が出回っていると見られている。しかもこれは、このまま放置すれば増えることはあっても減ることはない。
これもまたアインズの頭をいささか悩ませていた。目下の来訪者に何らかの手が打てたとしても、すでに漏出したユグドラシル金貨は大陸西部を流通し続けることになる。今後の<百年の揺り返し>に際し、その存在が来訪者の行動に与える影響は少なくないはずだ。
「……随分と面倒なことをしてくれたものだ。」
「ご懸念ごもっともでは御座いますが、流出の根を断つことさえ叶えば、
溜息混じりのアインズに対し、デミウルゴスはどうということはない、と涼やかな調子で応える。
おまえは……むしろ騒ぎが起こるほうが好きだもんな!
と、アインズは思うが、敢えて口にはしない。
「モモン様。」
不意にセバスが口を挟んだ。
「どうした?」
「微かでは御座いますが……」
そのとき!
(
今もアインズ一行を
(南南西より御身に接近しつつある飛翔体を検知。レベル推計不能、脅威度大。
十五分以内に目視可能な上空を通過することが見込まれます。)
「ニグレド、ありがとう。
そいつの動きから推測してオレたちに気づいている様子は?」
(恐らくありません。
速度、方位ともに一定で、御身が目指しておられる城塞都市へほぼ一直線に進んでいます。)
「わかった、助かったよ。」
(恐れ入ります、ご武運を。)
プツリ、と<伝言>が切れる。
「どうやらユグドラシル金貨は、オレたちが思っていた以上に面倒臭い連中を招き寄せているようだな。」
「……
即座にアインズの言わんとするところを見抜いたデミウルゴスが問う。
「多分そうだろう。今も爆睡中のツアーは、
ニグレドが言うには、あちらはオレたちに気づいていないようだ。一旦やり過ごして様子を見ようか、と思うが……どうか?」
「このまま会敵しても益は御座いますまい。
糞執事、至高の主もこう仰せだ。無駄な闘気を
「言われるまでもないことです、糞悪魔。」
「あなたたち、アインズ様の御前で……」
「モモン、だ!」
「死んでお詫び……」
「やかましい!」
アインズたちは今少し前進した
ニグレドが予想した通りの時間が経過して、
「来ました。あそこです。」
とセバスが指差す方向を見れば、沖合二十キロメートルほどの海上を向かって右へとゆっくり滑空する何かが見える。アインズの視覚を以てしても、それが
「緑色……の竜で御座いますな。緑、は鱗の色ではなく植物を身に纏っておるようで、まるで空飛ぶ森……今、こちらを一瞥いたしました!」
片手を
「ですが……こちらに関心はないようです。
すぐに視線を
「糞執事が無用な殺気の籠もった眼差しを送るから……」
「よせ、デミ。連中の知覚能力からすれば、さもありなんだ。」
アインズはデミウルゴスの、こちらの方がより
「<
ニグレド、オレだ。
(御座いません。さきほど
「わかった、ありがとう。
どうやらあいつの狙いもユグドラシル金貨で間違いなさそうだ。ややこしいことになってきたな。アレとプレイヤーが衝突でもすれば……」
「手間が省けてよいのではないでしょうか。双方満身創痍のところに漁夫の利を得るは、兵法の定石で御座います。」
と、やはり涼しい顔のデミウルゴス。
「捨て置いては、在住の人間たちが難儀いたしましょう。」
「虫がいくら死んだとて、気にする必要がありますか?」
続いたセバスとナーベラルの正反対の言にアインズは目眩を覚える。
うーん……やっぱりこの人選、何か間違ってるだろ!
「ともかく、進もう。
打つ手は……道すがら考える。」
ひょい、と岩の隙間から飛び上がるアインズを、三人の下僕が追った。
*
そのころ<黒の百合>の一行は、早くも城塞都市エ・アセナルを離れ、さらに北へ北へと進んでいた。
キーノたちが抱いていた懸念とは裏腹にエ・アセナルは平穏そのもので、むしろ自由都市方面から流れ込んだ大量の文物で溢れ返っていた。半日ほど様子を伺えば、双子忍者の情報分析担当クゥイアが目下の状況を見事に要約してみせた。
アセナール子爵は市民、領民に大盤振る舞いを続けていて、租税も最小限のものに
にもかかわらず、街では一切
これらの事実から、プレイヤーは鉱山そのものか、少なくとも山脈内に陣取っていると睨んだキーノたちは、そこへ向かう意を決した。
エ・アセナルから鉱山までは普通の人間が徒歩で向かうには三日の距離で、街道は一本道だ。途中、形式的な砦がいくつかあるものの、そもそも道がなくとも前進できる<黒の百合>にそんなものは壁にはならなかった。最後の砦、鉱山へと繋がる唯一の谷間の道を押さえる関門だけは百名前後の守備兵に守られてはいたが、これも人間の賊の侵入に備えたものでキーノたちの前には何の意味もなさなかった。
結局彼女らは、エ・アセナルを発して僅か一日で鉱山へとつながる谷間の道の旅人になった。
ここからはいささか面倒だ。
いつ前後から鉱夫や輜重が通らないとも限らず、ばったり出食わして騒ぎを起こすべきでないと考えたキーノたちは、道そのものではなく、道に沿って切れ込んだ渓谷へ降りてその壁面を伝って北進している。突き抜けた身体能力を有する彼女らであっても、その速度は否応なく減速を強いられた。
「疲れないのが救いだけど……流石に気が滅入るわ。」
と、岩肌に張り付いて慎重に進むクレマンティーヌがボヤく。
「すまないな、思った以上の
応えるキーノも同様に岩肌に張り付いている。
黒装束のせいもあって、自身が今は懐かしい
彼女自身は<
「片付いたら……また、アレ、やろうよ!」
「アレ?」
「ほら、この前試したら結構良かったじゃん、四人で!」
「ゲフン、ゲフン!
な、何を言い出すんだ!馬鹿なことを言ってたら足を滑らせて落ちるぞ!」
「あらー?
四人で、としか言ってないのに、何を考えてるのかしらん?
いやーん、キーノちゃんの
「お、おまえなぁ……」
二人が何を思い浮かべているのか、呆れ返りつつも「確かにアレは意識が飛ぶほど凄かった」とキーノが考えている四人でやることの詳細、については、読者諸兄の想像にお任せしよう。
「ギルド拠点。」
不意に、同様に岩肌に張り付きつつも、ひょいひょいと気楽に進む双子忍者の片割れ、クゥイアがそう告げたので緊張が走る。
黙ったままのクゥイナの指先は、奥手一方向を
「な……何なんだ、あれは?」
指差された方向を凝視するキーノも、我が目を疑う光景にそう呟かざるを得なかった。
まだそこまではかなりの距離があるものの、谷間の道の真上に、差し渡し五十メートルほどの大きさの、何かの実のような楕円球状の灰色の物体が引っ掛かって中空に浮かんでいたからだ。