億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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異世界転移以降、誰に知られることもなく沈黙する来訪者(ユグドラシルプレイヤー)がかくも多いのは何故か。この謎にキーノ・インベルン率いる仮称<黒の百合>が迫る。


余17話 転移歴1303年 放置子
放置子(1)


「……何これ?」

 

 クレマンティーヌは胡乱な声をあげた。

 

 自由都市エ・ランテルのとある冒険者組合(ギルド)

 真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン率いる冒険者集団、仮称<黒の百合>は、金員には特に興味関心がなかったが、さりとて大陸を渡って種々の活動を進めていく上で幾許かの金貨が必要となる場面は少なくない。ゆえにしばしば、極普通の冒険者の顔をして無難な依頼をこなし、その活動費を得ることがある。

 

 クレマンティーヌが困惑の声をあげたのは、金貨三十枚と聞かされていたカッツェ平野の高位不死者(アンデッド)間引きの報酬に、三枚の見慣れぬ金貨が差し出されたからだった。

 

「話が違うじゃーん……おまえ、死にたいの?」

 

 一旦は三日月型の笑みを浮かべつつも、猫の目のように転じるその表情を一切の感情を感じさせない能面に転じたクレマンティーヌにそう問われて、組合(ギルド)の事務員は大慌てで諸手を振った。

 

「待ってください、待ってください!

 ……これ、ご存知ないですか?」

 

と、三枚の、大陸全土で一般的に通用しているそれに比して恐ろしく形が整っており、しかも互いに寸分(たが)わぬ精密な文様が刻印された金貨を(つま)んで見せる。

 

「最近北方から流通しているもので、これ一枚で公金貨十枚に相当するものです。この辺りでは通俗的に、大判(おおばん)、なんて呼ばれていますが。」

 

 そう言われてクレマンティーヌは、改めてその金貨を受け取りじっくりと検分してみる。

 確かに、一般的な公金貨はたいてい形が歪んで波打っており、鋳造された時代によって異なる刻印も摩耗してはっきりとしないものが多いのに対し、(いま)手の中にあるそれは肉眼で見る限りは表裏面が定規で引いたように水平を保っており、鋳立て()もないものかと思わせるほどに光輝いて傷一つない。

 

「金貨十枚分って……そんな額面、返って扱いにくくね?」

 

 日常的な取り引きで額面が金貨一枚に達する場面などそうはない。市井で用いようものなら、受け取り側は釣り銭に難儀することもあるのではないか。

 

「黄金の輝き亭にしばしご投宿、と聞いていましたんで、数が嵩張るよりはこちらの方がかえって都合がよいか、と思ったんですが。」

 

 そう言いつつも、事務員の本音としては、確かに扱い難い大判金貨を押し付けられそうな相手に押し付けてしまいたい、という面がないでもない。

 

「ま、そりゃ構わないけどさぁ。

 ワタシが言ってんのは、ワタシら、がじゃなくて、街の連中はどうしてんの、って話よ。」

 

「私も詳しくは存じませんが、エ・レエブルやリ・エスティーゼの(ほう)じゃぁ、こういう額面の大きな金貨の方が使い勝手がよいほどに商売が活況だ、なんて聞きますからね。こいつも、そちら方面と付き合いのある商人から隊商護衛料金の支払いか何かでうちに回ってきたもんじゃないか、と思います。

 仕事した銘々の冒険者への支払いはせいぜい金貨数枚ですから、どうしても大判がうちに溜まりますんで。」

 

「で、ワタシに厄介払い?」

 

 クレマンティーヌがまるで噛みつかんばかりに身を乗り出し、やはり三日月型の笑みを浮かべてそう問うたので、事務員は再び大慌てで、

 

「め、滅相もない!

 金貨三十枚相当の仕事を一日で片付けてこられる御方には、大判で支払うのが返って礼に適うと考えただけですよ!」

 

と取り繕ったが、クレマンティーヌは、

 

「冗談よ、そう慌てなさんなって。」

 

と、ぽんぽん、と事務員の肩を叩いた。

 

 

 

「……って、話しなんだけど、

 キーノちゃん、どう思う?」

 

 黄金の輝き亭で(あるじ)キーノ・インベルンに落ち合ったクレマンティーヌは、組合での顛末を伝えつつ、こいつに訊くのは野暮だろう、とは思いながらも大判金貨を示して見せた。

 彼女が想像した通り、キーノは、ただ黙ってそれをじーっと見るだけで反応がない。

 

「……ま、使えるんならいいんじゃないか?」

 

 期待してなかったけど、キーノちゃんはそうよね。

 

「クゥイアちゃんはどう思う?」

 

 直前までキーノの左右にあって、大判をじーっと眺めるキーノにどことなく小馬鹿にしたような視線を送っていた双子忍者が、すっと前に出てきてクレマンティーヌから金貨を受け取った。

 

「こいつらは昔、使いもしない金貨を溜めに溜め込んで、その重みで宿の床を抜く騒ぎを起こしたんだぞ。訊くだけ無駄だ。」

 

とうんざりした声色でキーノは茶化したが、意外や意外、クゥイアはさらりとその正体を明かしてみせた。

 

「ユグドラシル金貨。」

 

「……クゥイア。今何て言った?」

 

 思いもしなかった()が飛び出し、キーノは慌てて追認を求めるが。

 

「……」

 沈黙。

 

「双子ちゃーん。」

 

 と、クレマンティーヌが手招き。

 ガバッ、っと双子忍者を自身の豊満な胸に抱き寄せ、

 

「さっき何て言ったのか……もう一度お(ねぇ)さんに、聞かせて欲しいなー!」

 

「ユグドラシル金貨。」

 (ぜに)の指型。

「あー、キーノちゃん。宿の支払いが無駄に(かさ)むから雷撃(ライトニング)はなしで!」

 

 イラッとしつつもキーノは大判金貨を奪い取り、

 

「<道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)>。」

 

を試みる。

 

「これは……」

 

 昔から不思議に思いつつも(つい)ぞその理由がわからないままにあったことの一つに、公金貨に対して<道具鑑定>を試みると、結果判明するその価値が金貨額面に届かず概ねその四分の一から五分の一になる、という現象があったのだが、(いま)キーノの脳裏に浮かんだ値は金貨の数と同じ三。

 

 つまりこの金貨は、位階魔法<道具鑑定>が本来標的(ターゲット)している金貨そのもの、ということだ。

 

「クレマンティーヌ……何かトンデモないことが起こってるみたいだな。」

 

「そう……みたいね。」

 

 二人は顔を見合わせて、ゴクリ、と息を呑んだ。

 

 

                    *

 

 

「こちらをご覧ください。」

 

 同じ頃のナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 参謀デミウルゴスから緊急招集がかかり、主だった階層守護者が至高の主、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの御前(ごぜん)(つど)っている。

 

 (みな)から歩み出たデミウルゴスが、跪礼を執りつつ右手の平でアインズに差し出し示して見せたのは、一枚のユグドラシル金貨。

 

「手品……でもしてくれるのか?」

 

 気のない声色でそう問う能天気な至高の主に、デミウルゴスはククク、と苦笑しながら応じる。

 

「まさか!

 配下の影の悪魔(シャドーデーモン)が、人間どもがエ・レエブルと呼ぶ街で発見し、回収して参ったもので御座います。」

 

「はぁ?」

 

 パカリ、とアインズの骨の口が(ひら)く。

 

「念のために訊くが。

 おまえらの中に人間の街で買い物をしたやつはいるか?」

 

 物の見事に(まと)を外したその問い掛けには、財務責任者パンドラズ・アクターが即答した。

 

「宝物殿金貨の支出入(ししゅつにゅう)すべてを把握しております(わたくし)の知る限りにおきまして、他ギルド支援のための支出を除き、ナザリックの財が外部へ漏出したことは一切御座いません。」

 

「つまり……(わたくし)たち以外のユグドラシルプレイヤーが、こちらの世界の住人への何らかの支払いにユグドラシル金貨を使用した、ということね?」

 

 即座に守護者統括アルベドがその含意を読み解いてみせる。

 

「<百年の揺り返し>、か。」

 

とアインズ。

 

「しかも、その時期から既に三年が経過している、ということは……」

 

「左様で御座います、アインズ様。おそらくこの金貨を市井に漏出させた今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)は、既に何らかの金貨獲得手段を得てギルド拠点を維持している、と考えて間違いありますまい。」

 

 おぉ!

 と玉座の間に(つど)った下僕たちからどよめきが上がる。

 

「是非、私ニ先鋒ヲ!」

「いや、そこはあちきにお任せいただきとうありんす!」

「待て待て!」

 

 アインズは大慌てで先走るコキュートスとシャルティアを制した。

 

「既に恐怖公眷属に命じて、エ・レエブル周辺諸都市のユグドラシル金貨の分布状況の調査を開始しております。」

 

とデミウルゴス。

 こちらの世界の人間、亜人の経済活動は、途中にどのような信用取り引きが介在するにせよ、最終的な決済は金貨によってなされるのが常だ。従って、標本調査(サンプリング)であれユグドラシル金貨分布の濃淡がわかれば、その傾向から概ねの出元(でもと)は推定できるだろう、とデミウルゴスは考えている。

 

「もっとも、その結果を待たずともおおよその位置はすでにわかっております。」

 

 そうなの?

 玉座のアインズは、デミウルゴスの方に向けて骸骨の顔をニュ、っと突き出した。

 デミウルゴスは涼しげな調子で語り続ける。

 

「実は昨今、(ぎょく)の価格高騰が起こっておりまして。」

 

「……はぁ?」

 

 再びアインズの口がパカリ、と開く。

 

「父上、一般的に自由市場における物の価格はその需要と供給により……」

「んなもんわかっとるわ!」

 

 息子の助け舟にアインズは一喝を返し、パンドラズ・アクターはいじけて床を触手の先ですりすりし始めた。

 

「あぁ……いや、すまん、パンドラ。

 で、デミウルゴス。どういうことなのよ?」

 

「こちらがその(ぎょく)で御座います。」

 

と、問われたデミウルゴスは(ふところ)から丁度片手の平に収まる翡翠(ひすい)色の真球(しんきゅう)を取り出して見せた。

 

「ん?どこかで見覚えが。

 ……あ!<蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)>の!」

 

「左様で御座います、アインズ様。

 もちろん、これをそのまま短杖(ワンド)に据え付けたとて何の意味も御座いません。これ自体は力を封じるための触媒に過ぎず、蘇生(リザレクション)の力自体は錬金術師(アルケミスト)が封じねばなりません。」

 

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンにおいてはその能力を独占していたのはアルベドの創造主タブラ・スマラグディナであり、目下のナザリックには<蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)>を錬成するまでの技能(スキル)を有するものはおらず、使い切りとなるそれはユグドラシル時代からの在庫、他ギルド拠点遺構から回収したものがすべてとなる貴重品だ。

 もっとも、ナザリック自身がその力を必要とした場面はこれまでに例がなく、また、その行使は復活された者の格下げ(レベルダウン)を伴うので、万が一それが必要になったとしても、ギルド拠点が稼働している限り可能となる、望外なユグドラシル金貨を投じての副作用皆無(ノーペナルティ)の復活が選択されることだろう。

 

「であるがゆえに、<換金箱(エクスチェンジボックス)>は他の鉱物に比して(ぎょく)に高い価値を認めますれば、今回の来訪者はこれを資金源にしておるものではないか、と愚考する次第です。」

 

「デミウルゴスの言いようからすると、(ぎょく)の高騰が買い占めによるものではなく、流通量の低下によるものと確認が取れているのね?」

 

と口を挟んだのはもちろん守護者統括アルベド。

 

「流石はアルベド、ご明察です。

 そして、大陸における(ぎょく)の大半は、かの竜王(ドラゴンロード)の国と境を接する、人間たちがエ・アセナル、あるいはアセナーラ子爵領、と呼ぶ地域より産するものに御座いますれば、来訪者はそこに潜んでおり、採掘された原石を買い上げてその支払いに得られたユグドラシル金貨の一部を当てているもの、と考えますとすべての筋が通ります。」

 

 ここで、ちょいちょい、とアインズがデミウルゴスを手招き。

 

「……はっ?」

 

 デミウルゴスは、階下に立ったまま不思議そうな顔でアインズを見ている。

 

 再びアインズが、ちょいちょい。

 デミウルゴスは、求められるままに玉座のアインズの(そば)まで歩み寄るが、立ち上がったアインズはデミウルゴスの肩を抱いて玉座の間の奥手へ誘う。

 やおらその骸骨の相貌をデミウルゴスへぶつからんかの如くの勢いで近づけて一言。

 

「またおまえか?」

 

「……はっ?」

 

「とぼけるな!いくらなんでも段取りが良すぎる!

 どうして(ふところ)から都合よく(ぎょく)なんか出てくるんだ!

 

 また何か仕込んでるんだよな?そうだよなーーー!」

 

「御冗談をアインズ様。そんなことをして(わたくし)に何の得が……」

「それがわかれば苦労せんわ!

 

 ……またアレだろ。

 これに対処すると何処かにセバスが置き去りになるんだよな?そうだよなーーー!」

 

 比類なき大魔王は、らしからぬ被害妄想の(たぐい)に陥っている。

 

「仮に……そうなったとて構わないではありませんか、減るものでなし。」

 

 (なん)……なの、その(ひら)き直り!

 

「アインズ様。」

 

 いつの間にやら、アインズのすぐ後ろまで様子を伺いに歩み寄って来たアルベドから声がかかる。

 

「ご疑念はごもっともかとは存じますが、今はまず、未だその全貌が見えぬ来訪者(ユグドラシルプレイヤー)について議するべきか、と。」

 

「オレとしては、大人(おとな)しく(ぎょく)を、略奪するでもなく対価を支払って手に入れて食いつないでるプレイヤーよりも、こいつが何を企んでるかの(ほう)がよっぽど気になるわーーー!」

 

 無理もないことながら、これは重症だわ、とアルベドは息をつく。

 

「では、こうしてはいかがでしょうか。」

 

 来訪者がアセナーラ子爵領にあるとして、現時点では相手方の正確な位置、それにも増して探知能力が如何程かがわからないため、長距離探査(ロングレンジスキャン)や<転移門(ゲート)>での乗り込みは得策ではない。何らかの調査をおこなうには陸路で向かう他なく、そうなると、外見上の問題から参加可能な人員は自ずと限定されることになる。

 なれば、後方に控えて良からぬ策動をせぬよう、アインズ自身がデミウルゴスを伴って行けば……

 

「……よろしいのではないでしょうか!」

「あぁ!それは名案だね、アルベド。アインズ様、どうか御裁可のほどを!」

 

 この時点でアインズは……今回はアルベドも共犯(グル)なのか?などと考え始めていた。

 

 

                    *

 

 

「思った通りだわさ。」

 

 クレマンティーヌは誇らしげに豊満な胸を張った。

 

 自由都市リ・ボウロロール。長く混迷の歴史を歩んできた当地も、転移歴でいうところの900年代末にようやく寡占共和制が根づき、自由都市群の穀倉地として、以降はゆっくりと、ながらも順調な発展を続けている。

 

 <黒の百合>の一行は、クレマンティーヌの「(ぎょく)が品薄、値動きがおかしい!」という、デミウルゴスのそれに通じる推察からアセナーラ子爵領を大判金貨の出処と睨んで旅を開始し、リ・ボウロロールに至ってここ二三(にさん)年の間に隣接する子爵領から随分な数の石工職人(メーソン)が流出しており、今は旧ボウロロープ侯領西方の石灰岩台地から辛うじて利用に耐える大理石もどきを切り出し、これに付加価値を与えて新たな名産品とする試みがなされていることを知った。

 加えて、子爵領に向けての物流、特に贅沢嗜好品を運ぶ隊商が活況を呈しており、その支払いが悉く大判金貨でなされていることも。

 

 意味するところは、子爵領において何者かが(ぎょく)を独占しており、失業した職人を国外に流出させる一方、どうやってか(ぎょく)を大判金貨に替えて、その財力で以て自由都市、さらには帝国方面から贅沢品を買い漁っている……といったところになる。

 

「今更だけど、クレマンティーヌはすごいな!」

レテテ(おっぱい)!」

 投げ接吻(キス)

 

と関心してみせるキーノたち。

 

 同時にこれは、彼女らには知る由もないことではあるが、デミウルゴスの真意を疑い続けたアインズは心配性に過ぎたのであって、きっかけがあればクレマンティーヌにもおおよそ何が起こっているのか思い描くことができるくらいなのであるから、デミウルゴスがそれを把握するのも容易であった、ということでもある。

 

「大判金貨がユグドラシルと関わりあるからには、子爵領にプレイヤーが潜んでいるのは間違いない。だが、どうしてそいつらは(ぎょく)なんか欲しがるんだ?

 しかも、そいつらにもアインズさん同様のトンデモない力があるに違いないのに、敢えて略奪に乗り出さず大人しく対価に金貨を支払っている、というのも()せないな。」

 

 流石のキーノも、仔細もわからぬままに子爵領へ歩みを進めるのは躊躇われ、今はリ・ボウロロールでの拠点に確保した宿の一室でクレマンティーヌと語らっている。双子忍者は手持ち無沙汰に、互いに鏡を覗き込むようなにらめっこ状態。

 

「キーノちゃんらしからぬことを言うのね。

 連中が、力こそ突き抜けているけれど頭の中身はワタシらと大して変わらないんだ、って言い出したのはキーノちゃんよ。そりゃ中にはまともな……何を以てまともと言うのかは難しいところだけど、まともなヤツが居てもおかしくないんじゃね?

 逆に、略奪が当然、みたいなこと言ってるキーノちゃんの方が乱暴でしょ。」

 

 さらりと正論で返されてキーノは言葉に詰まる。

 

「……でも、頭の中身が我々と変わらないからこそ、安易な略奪に走る、というのはあるんじゃないか?」

 

「略奪、ってのは欲しいものを手に入れる手段、じゃなくて、継続性を考えない、ってことよ。子爵領のプレイヤーが末永く安穏に過ごしたい、って考えているなら、強いて敵対者を呼び寄せる真似はしなくて当然じゃね?」

 

 むむっ。

 言われればなるほど、と即座に納得がいくのに、自身でそこに思い至れないキーノはいささか悔しさを覚えずにはいられない。いやいや、こうして自身の至らぬところを支えてくれるクレマンティーヌが共に在ってくれることに感謝を捧げよう、と半ば無理やり自分に言い聞かせるキーノ。

 

「で……どうするの、キーノちゃん?

 ワタシとしては、そのプレイヤーが大人しく(ぎょく)を、愛でてんのか食ってんのかは知らないけど、それで満足してんのなら()っときゃいいじゃん、って思うけど。」

 

 クレマンティーヌにそう問われ、一時(いっとき)キーノは呻吟した。

 自身の()()の言はもっとも至極だ。一方で、こうして自分たちが気づけたくらいだから、ナザリックの連中も遅かれ早かれ事態を把握し、子爵領に何らかの行動(アクション)を起こすのは間違いない。よもやアインズが子爵領諸共の殲滅、などという無茶はするまい、とは思いつつも、叶うものであればユグドラシル金貨をこれみよがしに流出させることの危険性(リスク)を当人たちに知らせないと、アインズは当然として、今後やって来る他の来訪者が子爵領を襲うことだってあり得るはずだ。

 

「ともかく、子爵領に行ってみよう。

 プレイヤーが理知的で穏便な者であれば、大判金貨の無分別な流出のヤバさを知らせてやるに越したことはない。」

 

 あー、そうなるとは思ったけど、キーノちゃんも大概お節介焼きよね、とクレマンティーヌは呆れるが、彼女がそんなキーノが大好きなのもこれまた事実。

 

「んじゃ、腹括って行きますか!

 いいわよね、双子ちゃんも?」

レテテ(おっぱい)!」

 胸元に丸みを作る身振り(ジェスチャー)

 

 かくして<黒の百合>一行は、城塞都市エ・アセナルを目指して移動を開始する。

 

 

                    *

 

 

「モモン様とこうして共に旅する機会を得ようとは……感無量で御座います!」

「デミ……と見解が一致することは稀に思いますが、その点はまったく同感ですな。」

 

「これで糞執事が一緒でなければ完璧なので御座いますが。」

「……その点につきましても、(わたくし)もまったく同感です。」

 

「気が合うじゃないか、糞執事。」

「左様ですな、糞悪魔。」

 

「あなたたち。アインズ様の御前でそのような(いが)み合いは……」

「モモン、だ!」

 

「し、失礼いたしました。死んでお詫びを!」

「……それはいいから!」

 

 漆黒の英雄(モモン)姿のアインズが、左手に海を眺める険阻な細道を進んでいる。

 

 供するは、執事姿の竜人セバス・チャン。冒険者風の軽装に小剣(ショートソード)を佩いた戦闘メイド(プレアデス)ナーベラル・ガンマ。加えて、いつもの紳士服(スーツ)姿に宝石の瞳を隠す濃い色の日除け眼鏡(サングラス)をかけ、装甲された(しな)る尾を(ベルト)であるかのように腰に巻き付けた最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴス!

 

 この人選の時点で、何か間違ってるだろ!

 

 数分おきに繰り返される下僕達のやりとりにアインズは深い溜息をつく。

 一方で、人間の領域で行動しても見た目不自然でなく、アインズの前衛として十分な火力を有している点でセバス、ナーベラルが適任であることは明らかで、そこにデミウルゴスが加わればこうなってしまうのはいた仕方がない。

 後方ではコキュートス、五代目アウラ、マーレが、シャルティアと共に後詰めに控えており、最悪の場合に備えてルベド投入の、準備まではされている。

 

 アセナーラ子爵領を目指すに際し、三賢者(トリニティ)の検討を受けてアインズたちは一旦自由都市リ・ロベル沖合の無人島に今も残る、ナザリックが最初に邂逅した千二百年前の来訪者、エリュシオンのギルド拠点遺構へ転移した。

 この遺構が、無人島とは言え外界に姿を晒して露出していることはデミウルゴスの日記の記録からわかっていたので、目下問題の来訪者がナザリックの目ニグレド相当の長距離探査(ロングレンジスキャン)手段を持っていれば、当然その存在に気づいて調査しているだろう、と踏んでのことだ。が、そこには直近に何者かが立ち寄った形跡はまったくなく、アインズたちの転移に対する反応も皆無だった。

 

 この時点で子爵領とやらへ一気に転移しても構わなかったのだが、相手方の規模も備えもわからない状態で、認知されれば明らかにユグドラシル勢の強襲と察知されてしまう<転移門(ゲート)>の使用は、こと今回については悪手と判断したアインズは、大陸西岸の、当地の人間たちが通常使わない経路を北上して陸路アセナーラ子爵領を目指すことにした。

 この経路には、いわゆる街道に相当するものはなく、入り組んだ海岸線に沿って獣道の(たぐい)が断続的にあるのみであり、途中いくつかの漁労で成立する町村があるようだが、基本的にその住人たちは陸路には依存しておらず、海路でリ・ロベルまたはエ・アセナルと繋がっているようだった。

 

 もっとも、必ずしも道を必要としないアインズたちは、行く手を阻む断崖絶壁があればこれを駆け登り、深い渓谷があれば飛び越えて、ほぼ一直線に北へ、北へと進んでいる。

 

「ニ百五十年ほど前の話になりますが。」

 

とデミウルゴス。

 

「アセナーラ子爵領北側山脈の(ぎょく)につきましては、三代目シニョーラ・フィオーラが命じて五代目を襲名したばかりのアウラ、マーレが予備調査をおこなっております。」

 

 三代目シニョーラ・フィオーラ……現時点で既に故人である……は、ナザリックがトブの大森林の産するところに全面的に依存していることを憂いて、たちまちに確保にこそ乗り出さないものの、いざというときの代替策(オルタナティブ)に利用可能な資源を模索していた。

 人間、亜人社会の動向調査結果から数ヶ所の鉱物採掘地点を特定していたデミウルゴスがこれに助言し、シニョーラ・フィオーラは教育的な意味合いを兼ねて五代目アウラ、マーレに完全隠形(コンシール)した上での詳細調査と、結果のデミウルゴスへの報告を命じたのだそうである。

 

「目下問題の来訪者は、人間如きにユグドラシル金貨を支払っている以上、自ら採掘はおこなってはおらぬのでしょう。調査当時……今もさして変わらぬとは思われますが、人間どもの採掘能力では、原石ベースで拠点レベル六百以上のギルド維持費に耐えないことがわかっております。

 人間への支払いもこれを原資にしておるに違い御座いませんので、今回の来訪者の戦力規模は、大きく見積もっても拠点レベル五百程度、ということになろうかと愚考する次第です。」

 

 アインズは、改めて自身の下僕たちのナザリックへ捧げる愛の深さ、デミウルゴスの底知れぬ知性に感銘を受ける。

 

「その感じだと、埋蔵量の推定もしてるんだろう?

 今の調子(ペース)で採掘が続くとして、どのくらい()ちそうなんだ?」

 

「ご明察です。五代目マーレが申しましたには、現在手の入っている鉱脈については三百年程度ではないか、と。山脈をさらに奥に入ればまだあるやも知れませんが、これはそもそも踏破が人間の手に余るもの。ユグドラシル勢であっても、少なくともアウラ、マーレに匹敵する能力者がいなければ開発が叶わないので、競合する者もそうそう現れますまいから、ナザリックの非常用資源としては最優良の一つ、と目されております。」

 

 今回の来訪者がアインズ同様に寿命を持たぬ存在であると仮定しても、三百年後には資源が枯渇して再びのギルド存続の危機を迎えることを、デミウルゴスの報告は含意している。逆に言えば、千年を超えてナザリック地下大墳墓を支え続けるトブの大森林の恵みの有り難さが骨身に沁みる。

 

「恐怖公眷属の調査結果は?」

 

「ほぼ予想通りで御座いました。」

 

 自由都市群の無作為の地点でおこなったユグドラシル金貨の分布調査は、エ・アセナルから放射状に濃淡が広がっていて、その出処を明確に示すものだった。実際に発見された金貨の総数は五十に及ばないが、金貨流通量との比から推計して、およそ三千枚のユグドラシル金貨が出回っていると見られている。しかもこれは、このまま放置すれば増えることはあっても減ることはない。

 これもまたアインズの頭をいささか悩ませていた。目下の来訪者に何らかの手が打てたとしても、すでに漏出したユグドラシル金貨は大陸西部を流通し続けることになる。今後の<百年の揺り返し>に際し、その存在が来訪者の行動に与える影響は少なくないはずだ。

 

「……随分と面倒なことをしてくれたものだ。」

 

「ご懸念ごもっともでは御座いますが、流出の根を断つことさえ叶えば、如何様(いかよう)にも手は打てましょう。」

 

 溜息混じりのアインズに対し、デミウルゴスはどうということはない、と涼やかな調子で応える。

 

 おまえは……むしろ騒ぎが起こるほうが好きだもんな!

 

 と、アインズは思うが、敢えて口にはしない。

 

「モモン様。」

 

 不意にセバスが口を挟んだ。

 

「どうした?」

 

「微かでは御座いますが……」

 

 そのとき!

 

最大警戒(フェイタルアラーム)!)

 

 今もアインズ一行を支援監視(バックアップ)するナザリックの目ニグレドからの<伝言(メッセージ)>に、アインズは片手を上げてセバスを制した。

 

(南南西より御身に接近しつつある飛翔体を検知。レベル推計不能、脅威度大。

 十五分以内に目視可能な上空を通過することが見込まれます。)

 

「ニグレド、ありがとう。

 そいつの動きから推測してオレたちに気づいている様子は?」

 

(恐らくありません。

 速度、方位ともに一定で、御身が目指しておられる城塞都市へほぼ一直線に進んでいます。)

 

「わかった、助かったよ。」

 

(恐れ入ります、ご武運を。)

 

 プツリ、と<伝言>が切れる。

 

「どうやらユグドラシル金貨は、オレたちが思っていた以上に面倒臭い連中を招き寄せているようだな。」

 

「……竜王(ドラゴンロード)、で御座いますか?」

 

 即座にアインズの言わんとするところを見抜いたデミウルゴスが問う。

 

「多分そうだろう。今も爆睡中のツアーは、竜王(ドラゴンロード)の中には意味もなく金銀財宝に執着する者がある、と語ったことがあったように思う。三千枚のユグドラシル金貨が大陸に散らばっているとすれば、出元の城塞都市には万はあるんじゃないか。連中の嗅覚を刺激するには充分だろうよ。

 ニグレドが言うには、あちらはオレたちに気づいていないようだ。一旦やり過ごして様子を見ようか、と思うが……どうか?」

 

「このまま会敵しても益は御座いますまい。

 糞執事、至高の主もこう仰せだ。無駄な闘気を(つつし)んでくれたまえよ。」

「言われるまでもないことです、糞悪魔。」

「あなたたち、アインズ様の御前で……」

「モモン、だ!」

「死んでお詫び……」

 

「やかましい!」

 

 アインズたちは今少し前進した(のち)、身を隠すのに丁度よい海に向かって走った深い亀裂を見つけ、そこに(ひそ)んで様子を伺った。

 ニグレドが予想した通りの時間が経過して、

 

「来ました。あそこです。」

 

とセバスが指差す方向を見れば、沖合二十キロメートルほどの海上を向かって右へとゆっくり滑空する何かが見える。アインズの視覚を以てしても、それが竜王(ドラゴンロード)であろう、というところまでしかわからない。

 

「緑色……の竜で御座いますな。緑、は鱗の色ではなく植物を身に纏っておるようで、まるで空飛ぶ森……今、こちらを一瞥いたしました!」

 

 片手を(ひたい)に翳して遠くを望んでいたセバスの言に、気づくのか……ツアーでなくとも竜王(ドラゴンロード)は馬鹿にはできんな、とアインズは嘆息するも。

 

「ですが……こちらに関心はないようです。

 すぐに視線を()らしました。」

 

「糞執事が無用な殺気の籠もった眼差しを送るから……」

 

「よせ、デミ。連中の知覚能力からすれば、さもありなんだ。」

 

 アインズはデミウルゴスの、こちらの方がより()()な嫌味を制する。

 

「<伝言(メッセージ)>!

 

 ニグレド、オレだ。

 目視した(ヴィジュアルコンタクト)。相手の軌道に変化は?」

 

(御座いません。さきほど(らい)と変わらぬ方位、速度を維持。)

 

「わかった、ありがとう。

 どうやらあいつの狙いもユグドラシル金貨で間違いなさそうだ。ややこしいことになってきたな。アレとプレイヤーが衝突でもすれば……」

 

「手間が省けてよいのではないでしょうか。双方満身創痍のところに漁夫の利を得るは、兵法の定石で御座います。」

 

と、やはり涼しい顔のデミウルゴス。

 

「捨て置いては、在住の人間たちが難儀いたしましょう。」

「虫がいくら死んだとて、気にする必要がありますか?」

 

 続いたセバスとナーベラルの正反対の言にアインズは目眩を覚える。

 うーん……やっぱりこの人選、何か間違ってるだろ!

 

「ともかく、進もう。

 打つ手は……道すがら考える。」

 

 ひょい、と岩の隙間から飛び上がるアインズを、三人の下僕が追った。

 

 

                    *

 

 

 そのころ<黒の百合>の一行は、早くも城塞都市エ・アセナルを離れ、さらに北へ北へと進んでいた。

 

 キーノたちが抱いていた懸念とは裏腹にエ・アセナルは平穏そのもので、むしろ自由都市方面から流れ込んだ大量の文物で溢れ返っていた。半日ほど様子を伺えば、双子忍者の情報分析担当クゥイアが目下の状況を見事に要約してみせた。

 

 アセナール子爵は市民、領民に大盤振る舞いを続けていて、租税も最小限のものに(とど)まり、(みな)が領主に惜しみない敬愛を注いでいること。唯一(わり)を食ったのは長くエ・アセナルの経済を支えていた石工職人(メーソン)たちで、子爵が採掘権を独占している鉱山組合からの原石の提供が断たれ、食い扶持を失って街を去っていったこと。一方で、鉱山組合自体は今も活発に活動しており、月当番で入れ替わる鉱夫たちが以前同様に北方の山脈と街を行き交っていて、しかも誰もが羽振りが良いこと。

 

 にもかかわらず、街では一切(ぎょく)を目にすることがなくなっていること。

 

 これらの事実から、プレイヤーは鉱山そのものか、少なくとも山脈内に陣取っていると睨んだキーノたちは、そこへ向かう意を決した。

 

 エ・アセナルから鉱山までは普通の人間が徒歩で向かうには三日の距離で、街道は一本道だ。途中、形式的な砦がいくつかあるものの、そもそも道がなくとも前進できる<黒の百合>にそんなものは壁にはならなかった。最後の砦、鉱山へと繋がる唯一の谷間の道を押さえる関門だけは百名前後の守備兵に守られてはいたが、これも人間の賊の侵入に備えたものでキーノたちの前には何の意味もなさなかった。

 

 結局彼女らは、エ・アセナルを発して僅か一日で鉱山へとつながる谷間の道の旅人になった。

 

 ここからはいささか面倒だ。

 いつ前後から鉱夫や輜重が通らないとも限らず、ばったり出食わして騒ぎを起こすべきでないと考えたキーノたちは、道そのものではなく、道に沿って切れ込んだ渓谷へ降りてその壁面を伝って北進している。突き抜けた身体能力を有する彼女らであっても、その速度は否応なく減速を強いられた。

 

「疲れないのが救いだけど……流石に気が滅入るわ。」

 

と、岩肌に張り付いて慎重に進むクレマンティーヌがボヤく。

 

「すまないな、思った以上の大事(おおごと)になってしまって。」

 

 応えるキーノも同様に岩肌に張り付いている。

 黒装束のせいもあって、自身が今は懐かしい恐怖公眷属(ゴキブリ)にでもなったかのような気分だ。

 彼女自身は<飛行(フライ)>でこういった手間を省くことも可能だが、独り先行しても意味がないので、そういう手段はいざというときのために取っておくに越したことはない。

 

「片付いたら……また、アレ、やろうよ!」

 

「アレ?」

 

「ほら、この前試したら結構良かったじゃん、四人で!」

 

「ゲフン、ゲフン!

 な、何を言い出すんだ!馬鹿なことを言ってたら足を滑らせて落ちるぞ!」

 

「あらー?

 四人で、としか言ってないのに、何を考えてるのかしらん?

 いやーん、キーノちゃんの変態(へんたーい)、エロ助平!」

 

「お、おまえなぁ……」

 

 二人が何を思い浮かべているのか、呆れ返りつつも「確かにアレは意識が飛ぶほど凄かった」とキーノが考えている四人でやることの詳細、については、読者諸兄の想像にお任せしよう。

 

「ギルド拠点。」

 

 不意に、同様に岩肌に張り付きつつも、ひょいひょいと気楽に進む双子忍者の片割れ、クゥイアがそう告げたので緊張が走る。

 黙ったままのクゥイナの指先は、奥手一方向を(きっ)と指して揺るがない。

 

「な……何なんだ、あれは?」

 

 指差された方向を凝視するキーノも、我が目を疑う光景にそう呟かざるを得なかった。

 

 まだそこまではかなりの距離があるものの、谷間の道の真上に、差し渡し五十メートルほどの大きさの、何かの実のような楕円球状の灰色の物体が引っ掛かって中空に浮かんでいたからだ。

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