見慣れぬ森林を纏った
それは、並外れた大きさを除けば、まさに何かの果実であるかのような形状をしていた。
横幅五十メートル前後に対し厚みは十メートル強の楕円球状。それがやや斜めになって、横軸方向それぞれの頂点を谷の両壁面に引っ掛けて宙に浮いている。
「推定拠点レベル四百。」
問わず語りにクゥイアが言う。
キーノもクレマンティーヌも、たちまちにはその意味するところがわからないが、
さて、どうしたものか、と首を
男たちは、キーノたちが呆気に取られた構造物を気にするでもなくその直下へ至り、垂れ下がっていた
男たちはその盥に、えっちらおっちらと石板を乗せると、再び縄を引いて上に報せる。果たせるかな、随分と重たそうな盥は軽々と上に引き上げられていった。視線で鎖の行く先を追えば、件の果実のような構造物に
「クゥイア、あの中の様子がわかるか?」
さきほどから何かを察知しているように見える双子忍者の片割れに問えば、
「人数不明。わかる範囲に
との返答。
「……覚悟を決めて、乗り込んでみるか。」
「ここまで来て、手ぶらで帰るってのも何だしねー。」
石板を運んで来た男たちの気配が消えるのを待って、<黒の百合>一行は一気に崖を駆け上がり、頃合い宜しいところで跳んで果実の開口部へ飛び込んだ。
「……?
金貨ハモウ少シ待テ。」
四人を出迎えたのは、さきほど盥を引き上げていたと思われる黒光りする金属製の
「急に押し入ってすまない。」
キーノは闘争の意思がないことを示すべく、何も持っていない手の平を動像に向けつつ声をかけた。
「我々はおまえたちが取り引きしている者たちとは別の者だ。
話したいことがあってやって来た。おまえの主人に取り次いでもらえないか?」
動像は、キーノのこの言葉にしばし呻吟する様子を見せたが、やがて、
「私デハワカラナイ。此処デ待テ。」
との言葉を残して、構造物の内部の方へと消えていった。
どうやら会話が通じる相手ではあるようだ、とキーノもクレマンティーヌもあったりなかったりする胸を撫で下ろしたのも束の間、さきほどの動像よりは明らかに強い気配がこちらへ向かって歩いて来るのに気づいて息を呑んだ。
だが、決してナザリック地下大墳墓の連中のような、問答無用の迫力は感じない。キーノは、エントマとかいった蟲使いに近いな、
「……キミたちは?」
と、問いながら姿を現したのは、人型を採ってはいるが、その姿の向こうが屈折して透けて見える
*
「なんともはや!」
三日月型に口を歪めて、デミウルゴスは愉快げに
「笑い事ではないでしょう、人々が逃げ惑っています。」
と糞真面目な表情を崩さぬセバス・チャン。
「虫が逃げ惑っているからこそ笑えるのでしょ?」
と冷めた口調のナーベラル・ガンマ。
ペカーーーッ!
無言のまま、漆黒の全身甲冑の隙間から神々しい緑色の光を漏らす大魔王アインズ・ウール・ゴウン。
歩みを早めて海岸線を進み、最後の石灰岩大地の高台から五キロメートルほど北に城塞都市の存在を認めるも、その上空をさきほど追い越された、セバスの言によれば空飛ぶ森、遠目には濃い緑色に見える
何じゃ……こりゃ!
アインズは、出撃時点ではまったく想像もしていなかった展開にしばし言葉を失っていた。
彼は既に、一口に
直接血縁があるはずのツアーと娘コニーも似ているところなどまったくないし、そもそも名乗っている姓すら父母娘てんでバラバラだ。せいぜい共通するのは手、足、翼が
つまるところ
城塞都市上空を飛ぶ
「……ん?」
不意にアインズは城塞都市のほぼ中央、領主の居館と思しきもっとも目立つ立派な建物の鐘楼の
町衆が皆逃げ出しているのに豪気なものだ、と愉快に感じるも、はて、あいつには
はっきりとは覚えていないが、稀に、本当に極稀にこちらの世界の住人にも第六あるいは第七位階の魔法に手が届く者があることは承知しているので、ひょっとするとひょっとするのか、面白いからもう少し様子を見てみよう、と伺っていると、あんなの無視していても構うまいに、急降下した
まことにもって身勝手なことながら。
アインズは、自身が常にそうであるにもかかわらず、反撃の
大嫌いだった。
「ちょっと……
<
傍らにあったデミウルゴスが、え?という表情を一瞬見せるも、すぐに三日月型の妖しい笑顔に転じる。
「シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に!」
たおやかな
「セバス、突入してあの馬鹿の動きを
シャルティアはオレの上、コキュートスは直下、デミウルゴスは左、ナーベラルは右にあって、満願成就まで防御。向かって来る者あれば各自の判断で迎撃せよ!」
「「「「ははっ!」」」」
銘々の復命を待たず、アインズは
視界の中には光る軌跡を残して、一直線に城塞都市目掛けて走るセバスの背が見える。
残り四人の下僕が命じた位置についたのを確認し、アインズは左右の手を大きく振った。
金糸銀糸に彩られた豪奢な漆黒の
「おぉ、超位魔法!」
と声を上げたのはデミウルゴスか、シャルティアか。
ほぼ同時に、彼方で大きな土埃が上がって緑色の
「壮観だな!」
愉快げにアインズが
さりとて決して油断はしていない。
超位魔法の充填時間は高位
もっとも、セバスの相手で手一杯の
「さて、時間だ。刮目して見よ!
超位魔法<
刹那。
エ・アセナル上空の空気が凍りつき、地上の
遥か宇宙空間から正確無比に放たれる必殺の一撃!
閃光!
衝撃波!
少し間を
城塞都市は大量の土埃に隠れて一瞬見えなくなってしまったが、ややあってそこに切れ間が生じれば……
光輝く十字架に肩を射貫かれて、大地に釘付けとなった
「先に
<
アインズは四人の下僕にそう言い残して自身は一息に大地に縫い付けられた
「<
ゴーン!
最初の鐘の音と同時に、機械仕掛けの時計を背負ったアインズが緑色の
骸骨の眼窩がギラリと真っ赤に光る!
「十秒以内に降伏か死を選べ。」
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
「……降伏する。」
明らかに闘争の意思を失って項垂れる
*
「キミたちは……
水精霊は不思議そうな表情を浮かべてキーノとクレマンティーヌを品定めしている。
幸い、声色のみから判じる限り敵意は感じない。
「その通りだ。少しおまえたちと話がしたくて立ち寄らせてもらった。
おまえがここの
そう問いつつもキーノは、感じる力やちょっとした所作から、直感的に目前の水精霊がナザリックのシャルティアやエントマに相当する
「いや、ボクは
やはりそうか。
「私はキーノ・インベルン。こちらは私の眷属、クレマンティーヌだ。
こちらの見分けのつかない双子忍者は……」
と言いかけたところで、水精霊の声色がやや強張る。
「この子たちは、ユグドラシルNPCじゃないか!」
「え?」
「そうは見えないが……NPCを連れているということは、キミたちはプレイヤーなのかい?」
うーむ、ややこしいことになってきたぞ、とキーノは困惑する。
クゥイア、クゥイナの双子忍者がどのような形であれユグドラシルに連なる者なのであろう、ということはわかっていたつもりだったが、ユグドラシルNPCがこういう反応を示す、というのは考えたこともなかった。
「いや、私たちはこちらの世界で生を
真正直にそう告げてみるものの、水精霊の訝しげな表情は変わらない。
が、ここでクゥイアが一歩前に出て意外なことを言い始めた。
「
無言のままキーノを示すクゥイナの人差し指。
そしてクゥイアは自身を指差して簡潔に一言。
「はぐれ
「……ギルド、
コクコク、とクゥイナが頷く。
「それは……悪いことを訊いたね。
でも、それじゃぁどうしてこの
水精霊の問いに、クゥイアは即答した。
「
右手は身体に水平に、左手は山を描いて胸の上を滑らせる
お、おまえら……。
キーノは嬉しく感じつつも、二人をうしろからポカリ、と殴った。
双子は不服そうな顔をして振り向くが、何故か目だけは楽しそうだ。
「そういうことだ。おまえのギルド……と呼んでいいのかな?ともかく、おまえたちに害意があって訪ねたわけでは決してない。むしろ、おまえたちに危険を報せるべく立ち寄らせてもらった。」
水精霊はしばし呻吟する様子を見せたが、
「……ボクでは判断がつかない。ついてきてくれ。」
と背を向けて奥手へ歩き始めた。
「パランザムに話してくれ。」
「パランザム、というのがおまえの
追って歩き始めつつ問うキーノに、歩みを
「いや、パランザムは下僕の
構造物の中はさほど複雑な造りではなかった。最初に侵入を果たした開口部を含め外壁に沿ってぐるりと一周する回廊があり、途中四本の中央へ向かう通路が分岐する。その一本に入って最初の部屋の扉を水精霊は叩いた。
「パランザム、ボクらに危険が迫っている、と告げる外の客人を連れてきた。」
「ラケシュ、中へ。」
どうやら自身は名乗りもしなかった水精霊はラケシュ、というらしい。
ラケシュは扉を
「失敬、すぐに可視化するわ。」
その女の声がそう告げると俄に室内にもかかわらずつむじ風が起こり、少しして
「ここへの立ち入りは堅くお断りしていたはずなのだけど。」
まず、パランザムはそう言った。
この時点でキーノは、この者がアインズたちとは異なり、こちらの世界の住人を直接交流のあるアセナール子爵領の人間の範囲でしか把握していないのだろう、と理解する。
「結果的に押し入ってしまったことは詫びる。
が、私たちはパランザムが
「……それは構わないわ。
それで、私たちに迫っている危険、とは何なのかしら?」
存外理知的な対応に安堵しつつ、キーノはクレマンティーヌから、先にエ・ランテルで入手した大判金貨を受け取ってパランザムに示した。
「これだ。」
「……ユグドラシル金貨がどうしたの?」
「これを支払って
パランザムは無言のままに頷く。
「随分な数のこの金貨が、こちらの世界に出回っている。
そして、パランザムは気づいていないかも知れないが、ユグドラシルからこちらにやって来たのはパランザムたちだけじゃないんだ。こいつらを見ろ。」
と、キーノは双子忍者を指差す。
「ラケシュは気付いたようだが、こいつらもユグドラシルの出身だ。訳あって今はどこのギルドにも組みせず私と旅をしているが、こいつらが今ここにあるのが、こちらの世界にパランザムたち以外のユグドラシル勢がいる証拠だ。」
向こうが透けて見える顔であっても、その表情に動揺が浮かんだのは一目瞭然だった。
ラケシュもまた、液体の体表にいくつも波紋を浮かべている。これも彼の心の動きを示すものなのだろう。
「私たちがこうしてパランザムのところに辿りつけた、ということは、当然他のユグドラシルから来た者にも同じ道を辿ることができるだろう。そのことを報せに来たんだ。」
パランザムとラケシュは互いに顔を見合わせて視線を交わしている。
「なぜ?」
「……何故、とは?」
こう告げれば当然危険に気づくと踏んでいたパランザムからそう問われて、キーノはその意図を掴みかねて問い返した。
「なぜ、あなたはそれを私たちに報せるの?
あなたたちはこの<箱舟>の一員ではないのに。」
なるほど、<箱舟>、というのが、アインズたちの、ナザリック地下大墳墓、に相当するものなのだな、とキーノは理解する。
「私はご覧の通りの
パランザムとラケシュが目を見開いた。
彼らとてこちらの世界の大半の人間からすれば規格外の力の持ち主ではあろうが、流石にキーノの言葉には驚かざるを得なかったようだ。
「申し訳ないんだが、正直に言うと、私は必ずしもパランザムやラケシュに味方したいと考えてこれを伝えに来たわけじゃないんだ。
既に気づいていると思うが、こちらの世界の者たちはおまえたちに比べればとても弱い。私はその中でも、かなり例外的な存在だと考えてくれ。そして、ユグドラシルプレイヤーの闘争は、しばしばこちらの世界の者に少なからぬ被害を与えて来た。
私の目的はそうした事態を未然に防ぐことで、おまえたちについていえば、ユグドラシル金貨の流出を
……わかってもらえるか?」
一気に捲し立てつつ、キーノは脈打つことのないはずの心臓がバクバクと音を立てているかのような錯覚を覚えている。
紛うことなき異世界からの来訪者に、
かつて、<
さりとて、既に相当数のユグドラシル金貨が出回っている現状にあっては、手を
私が……私が誠意である、と信じるところの誠意は……彼らに伝わるものだろうか?
「名を。」
「……え?」
「あなたの名を伺っていなかったので。」
あぁ、そういえばラケシュに名乗ったきりだったな。
「すまない、気が
私はキーノ・インベルン、後ろにいるのはクレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナ。皆、こちらの世界の者と……ユグドラシルプレイヤー、その双方が陥る必要のない不幸に陥るのを防ぎたい、と考えて、できるだけのことはやろう、と旅する仲間たちだ。」
にこり、とパランザムが微笑む。
「キーノ・インベルン、クレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナ。
……ありがとう。」
嗚呼……我が誠意は通じたか!
「あなたたちの誠実さはよくわかったわ。でも……」
でも?
「私たちは、私たちの
なんと!
「何か……他に手はないのか?
既に出回ってしまった金貨の回収については協力させてもらうつもりだ!」
キーノはそう詰め寄るも、パランザムは静かに首を横に振る。
なんてことだ!
こうして意は通じ合えたというのに。
しかし、キーノは簡単には諦めなかった。
パランザムたちがナザリックの連中同様に、自身の
「パランザム。
おまえの
駄目元でキーノはそう問うてみる。
が、この問いに対し、パランザムは見るからに苦渋の表情を浮かべた。
「……何かマズいのか?
私たちに何ができるかはわからないが、困ったことがあるのなら話してもらえないか?」
そう訴えるキーノに、パランザムは長い沈黙の後にこう答えた。
「ギルド外の
「……はぁ?」
どうやらナザリックとはいささか異なる事情がありそう、というのはわかるが。
またしても
そのとき!
何か衝撃波のようなものが通過する感じがあってギルド拠点が静かに揺れ、追って、中に居ても否応なく聴こえてくる遥か遠くからの爆音が届く。
「「「何?」」」
<箱舟>勢も<黒の百合>の面々も、誰彼となく思わずそう口にする。
そして、キーノの直感が告げる。
あのときと……スレイン報国で死霊使いとの対話を試みたあのときと同じだ。
何が起こっているのであれこれは……
大魔王アインズ・ウール・ゴウンであるに違いない!
*
「いいか!
おまえみたいな無敵の化け物が、たかだか金貨欲しさに人間の街を襲う、なんてことが、
「おまえに、金貨を寄越せ、と言われて、断れる人間がいるわけないだろ!
なら、最初からそう言えばいいじゃないか!
おまえの蛮行は、おまえのみならず、他の
怒鳴られている
「至高の
デミウルゴスが、
「うむ、ご苦労。
五千でいいか?」
「……ん?」
急にそう問われて、シャブエヌールは意味がわからない。
「いや、だから。
半分の……五千でいいか?と訊いている。」
「何の話だ?」
「要らないのか?」
「……くれるのか?」
「おまえも、突然オレみたいな骸骨に肩に風穴
なん……なんだ、コイツは?
「もちろん、異論はない。」
「結構だ!
デミ、こいつが持ち帰りやすいよう、適当な箱に五千枚ほど詰めてやれ。」
「はっ!」
デミウルゴスは早速作業に取り掛かる。
「念のために言っておくが、間違ってもこの金貨をおまえの
言われた側はやはり意味がわからない。
「おまえには自身の
真顔でそう問うも、
「オレは眠れないんだ!」
との一喝で返されて、まったく会話が成立しなかった。
「おまえは面白いヤツだ。」
とだけ言い残して、シャブエヌールはデミウルゴスが用意したユグドラシル金貨五千枚入りの箱を、大事そうに抱えて飛び去った。
ツアーのそれとは比較するのも馬々鹿々しいのんびりした飛行を見送りつつ、アインズは溜息をつく。
はぁーーーっ、ヤバかった。
ついつい勢いでやっちまったものの、虎の子の超位魔法と
「で、いかがなさいますか?」
一緒に並んで
シャルティア、コキュートスは残りのユグドラシル金貨を運んで帰投済み。
セバスは一人で黙々と自ら破壊した街の瓦礫を片付けていて、ナーベラルがその様子に冷たい視線を送っている。
「超位魔法、
それがわかってて、なんでおまえは
いや……いくらなんでもそれは身勝手に過ぎるか。
「一旦……帰投なさいますか?」
おまえはセバスを置き去りにしたいだけだよなーーー?そうだよなーーー!
「……いや。これほどの騒ぎ……もとい!陽動に対しても潜伏していると見られるプレイヤーは反応を示さなかった。これは、相手方にそもそも戦闘の意思、または能力が欠如している証拠、と見たが……どうだ?」
「そういうことで御座いましたか!
ユグドラシルプレイヤーを探索しにきたにも関わらず、超位魔法、転移魔法、と避けていたはずの遠目にも目立つ手段を次々と行使なさる様子に、ノリと勢いだけでやってしまっておいでだ、などと愚かなことを考えておりました
……わかってて言ってるよな?
そうだよなァーーーーーッ!
「とまれ、そろそろ逃げ散っていた街の人間どもの中に、様子見に戻って来るものも御座いましょう。ご窮屈かとは存じますが、一旦は
「ゴホンッ!
あぁ、そうだな、それはおまえの言う通りだ。」
アインズは改めて<
それからほどなくして、デミウルゴスが予見してみせたように、瓦礫の向こうからちらほらと人間の姿が垣間見えるようになった。瓦礫を片付けるセバスが随分と大きな音を立てているので、自ずと人々はそれを目指しておっかなびっくり近づいてきたようだ。
やがて、アインズ一行を取り囲むように集まった人だかりからざわざわと声が聴こえるようになったが、敢えてアインズたちに話し掛けてくるものは皆無であった。
「諸君!」
突然、デミウルゴスが両手を高々と振り上げて群衆に声をかける。
「諸君の街を襲った無法な
喝采したまえ!」
たちまちに「おぉ!」と唸る歓声と盛大な拍手がアインズを包み込むが、
支配の
とアインズは憤った。
さりとて、ここでそんなことでキレたとて何の益もなし。
いくら待っても当地に潜んでいるはずのユグドラシルプレイヤーからの
少なからぬ町衆が南へ向かって這々の
アインズの
頭を冷やして考えれば、領主と思しき人間が
ま……対
良くも悪くも大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、こういう点においては常に底抜けに前向きである。
「ん?」
睡眠や休息をしないアインズ、セバスは、夜通しで後片付けを続け、夜が明ける頃にはこれから町衆たちが試みるであろう再建事業に差し支えないであろう程度の整地が済んだ。
「<
(お気づきの対象は北東2キロ数4。うち
「ありがとう、ニグレド。」
(恐れ入ります、どうぞご武運を。)
ニグレドの初動
探査の結果を誤魔化す手段を有しているのであれば、なぜそれは全員に徹底されていないのだろう。しかも推定レベル総計に80ものブレがあるのは、ニグレドが詳細不明の2が少なくともレベル60以上ではあるはずの忍者であると睨んでいるからだろう。とすると、残り二人のレベルは計130ということになり、ユグドラシルの終了時点まで居残ったプレイヤーにせよNPCにせよ、どうにも中途半端な
「<
(御身がお気づきの者を北側城門の物見櫓にて
あぁ、流石にデミウルゴスは初動が早いな。
「ニグレドの探査結果は、プレイヤーにしては中途半端だ。
おまえの見立てはどうだ?」
(さしたる脅威にも見えませんので、ニグレドに後詰めを警戒させつつ囲んでしまうのが手っ取り早いか、と愚考する次第です。)
「わかった。念のため
(既に差配して御座います。)
「重畳だ。
おーい、セバス、ナーベラル。プレイヤー狩りだ!」
アインズは、何をするでもなく佇んでいた二人に声をかけ、デミウルゴスの<伝言>受信座標目指して移動を開始する。
「何だか妙なことになってるな。」
「街の真ん中あたりに、城があったはずだよね?」
城塞都市エ・アセナルが近づくにつれ、キーノもクレマンティーヌも一昨日に立ち寄ったはずのそれの雰囲気が変わっていることに気づいた。
最も目立つのはクレマンティーヌも言う通り、外目にもよくわかった領主城館が見えなくなっていることだが、城壁の周囲に何やかやと日用品の類が散らばっていて、まるで慌てふためいた人々が街から逃散したかのような
いくら掛け合っても
だが。
「あちゃ……手遅れだったか。」
「そうみたいね。諦めて跳ぶ?」
「いや、無駄だと思う。気づくのが遅れたが<
キーノもクレマンティーヌも、まだ目視こそできていないものの、何やら不穏な気配に自分たちが突如取り囲まれたことには気づいていた。双子忍者はいつの間にか
パランザムたちはナザリック地下大墳墓の存在にまったく気づいていないばかりか、想定すらしていなかった様子だ。ということは、自分たちは連中にかなり先んじて<箱舟>との
ここは……腹を括って対峙せざるを得まいな。
問題は、自分たちのことを正しく認識してくれるかどうか、だ。
ややあって、<黒の百合>は自分たちを囲んだ存在を目視する。
「なんてこった……
キーノのこの言葉に、クレマンティーヌの身が縮む。
真正面に漆黒の全身甲冑。
少し
少し離れて向かって右手に、これまでにも幾度となく心胆寒からしめられた爆砕執事。左手には、唯一キーノにとっては自身の力量で拮抗できそうに見える随分と美しい女性。ただその表情は能面のようで、不意にキーノは、千年前に共に旅した親友、リキウス・アインドラの妻リュシにどことなく面影が似ているな、などと考えている。
さて……先手を取るのが
「憶えてはおられまい、とは思うが……キーノ・インベルンだ。アインズさん!」
まずキーノは大声で歩み来る漆黒の甲冑にそう呼び掛けた。
案の定、その歩みが一旦
だが、返ってきた言葉が少し想像していたのと違った。
「オレのことを知っているとは話が早い。」
……え?
うーむ、どうも何か勘違いされているっぽいな。
見れば、赤い
一方、左右両翼の執事と女性は自身の
「待って、待って、アインズさん、待って!
どうやっているのかは承知していないが、キーノ、の名でナザリックの記録を調べてもらえれば私のことがわかってもらえるはずだ!」
と大慌てで取り繕う。
「ナーベ、こちらへ。」
赤い男がそう言うと、キーノを
果たせるかな、今度は逆に女が男に耳打ちし、続いて男は漆黒の全身甲冑に耳打ちする。
……存外面倒臭い連中だな。
「ツアーの舎弟?」
男の耳打ちにアインズがそう返したのが聞こえて、千年前にもアインズからそんな呼ばれ方をしていたな、とキーノは思う。
別に自分はツアーの舎弟になったつもりはないし、何なら対等な友人だ、と思っているのでいささか癪に障る物言いではあるが、アインズの記憶の性質からすればそんなことの訂正を求めるだけ無駄だし、それはアインズにとってのキーノを指し示す記号のようなものだ、と考えれば苛立つ理由もなかろう。
「まだ生きていたか……いや、
あんたも骸骨なのに……妙なところにこだわるよな。
「お陰様で息災だ。アインズさんもお元気そうで何よりだ。
これは……いったい何の騒ぎなんだ。」
「あぁ、ちょっと阿呆な
どうしておまえがここにいる?
それに……後ろの同じ顔をした忍者はユグドラシルNPCじゃないか!
なぜおまえがそんなものを連れてるんだ?」
あぁ、そこはラケシュと同じ反応を返すんだな。
キーノとしては、かつては理解不能の存在、と考えていたユグドラシルプレイヤーの考えを存外読めることに気づいて北叟笑む。
「当地に潜むユグドラシルNPCにも同じことを問われた。
こいつらははぐれNPCで、縁あって今は私の旅の仲間だ。」
「当地に潜むユグドラシルNPC……だとぉ?」
俄にアインズの声が上擦るのに気づき、キーノは敢えて先手を取った。
「そうだ。アインズさんたちもユグドラシル金貨が市井に流れていることに気づいてここを訪ねたものか、と思うが、私も同様だ。
甲冑の中で驚きのあまりアインズの骨の口がパカリ、と
「話の途中で大きな爆音が聴こえてきて。彼らが不安がったので様子見を請け負って戻って来たら、案の定アインズさんたちと鉢合わせた……という次第だ。」
アインズが途中から沈黙してしまったので、キーノもそこで説明を打ち切った。
あけすけに喋りすぎて気分を害したものだろうか?
だが、意外なことにキーノのこの話に対する最初の
「流石で御座います、アインズ様!
よもや……よもや、ここまでの仕掛けがなされていようとは!」
諸手を高々と振り上げて感極まった声色でそう叫ぶ男の意図が、キーノにはまったくわからない。
「何故アインズ様が阿呆な
何言ってんだコイツ?
と思っているのは、キーノだけではない。
アインズもだ。
「キーノ・インベルン。今回の来訪者についてわかったところをアインズ様にご報告したまえ。」
それを知ってか知らずか、デミウルゴスはアインズがキーノを先行させ来訪者を調査させた、と思い込んでいる様子。セバスとナーベラルに至っては、この展開についてこれずに目が明後日の方角を泳いでいる。
「それが……ちょっと思いも寄らないことになっていて。」
「思いも寄らないこと?」
デミウルゴスのお膳立てに乗ったわけでもあるまいに、キーノが本当に調査報告らしいことを口にし始めるも、たちまちに言葉を詰まらせたことに関心を惹かれたものか、正気を取り戻したアインズが言葉のままに復唱してその意を問う。
よもやこれをアインズに報告することになろうなどと考えていなかったキーノであるが、自分ではこれをどう考えてよいやら見当もつかなかったのも事実なので、ここはこの奇縁に乗るしかなかろう、と腹を括った。
「そう、思いも寄らないことだ。
今回の
「……はぁ?」
再び甲冑の中で、さきほどよりも更に大きくアインズの骨の口がパカリ、と