億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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ギルド拠点に潜入したキーノたちを待つ運命は?
見慣れぬ森林を纏った竜王(ドラゴンロード)とアインズ一行が戦いの火蓋を切る!


放置子(2)

 それは、並外れた大きさを除けば、まさに何かの果実であるかのような形状をしていた。

 横幅五十メートル前後に対し厚みは十メートル強の楕円球状。それがやや斜めになって、横軸方向それぞれの頂点を谷の両壁面に引っ掛けて宙に浮いている。

 

「推定拠点レベル四百。」

 

 問わず語りにクゥイアが言う。

 キーノもクレマンティーヌも、たちまちにはその意味するところがわからないが、来訪者(プレイヤー)たちの故郷、異世界ユグドラシルに由来するものであることは明らかだ。

 

 さて、どうしたものか、と首を(ひね)っていると、更に奥、鉱山へと続いているのであろう方向から数人の気配が近づいてくる。音を立てぬよう気遣いながら崖面を這い上がってそっと覗いてみると、手押しの一輪車に(ぎょく)の原石と思しき石板を載せた数人の男たちがやって来るのが見えた。

 男たちは、キーノたちが呆気に取られた構造物を気にするでもなくその直下へ至り、垂れ下がっていた(ロープ)をくいくい、と引く。合わせて上方(じょうほう)からカランカラン、と鐘のようなものが鳴る音が聴こえ、少しして大きな(たらい)のようなものが鎖で吊られて上から降りてきた。

 男たちはその盥に、えっちらおっちらと石板を乗せると、再び縄を引いて上に報せる。果たせるかな、随分と重たそうな盥は軽々と上に引き上げられていった。視線で鎖の行く先を追えば、件の果実のような構造物に開口部(かいこうぶ)があって、滑車のようなものが見える。何者かが構造物の中から石板を積んだ盥を引っ張り上げているらしい。

 

「クゥイア、あの中の様子がわかるか?」

 

 さきほどから何かを察知しているように見える双子忍者の片割れに問えば、

 

「人数不明。わかる範囲に小母(おば)さんほどの者はなし。」

 

との返答。

 

「……覚悟を決めて、乗り込んでみるか。」

 

「ここまで来て、手ぶらで帰るってのも何だしねー。」

 

 石板を運んで来た男たちの気配が消えるのを待って、<黒の百合>一行は一気に崖を駆け上がり、頃合い宜しいところで跳んで果実の開口部へ飛び込んだ。

 

 

 

「……?

 金貨ハモウ少シ待テ。」

 

 四人を出迎えたのは、さきほど盥を引き上げていたと思われる黒光りする金属製の身体(からだ)動像(ゴーレム)だった。キーノもクレマンティーヌも、自分ほどの強さを有した存在ではないようだ、と感じる。

 

「急に押し入ってすまない。」

 

 キーノは闘争の意思がないことを示すべく、何も持っていない手の平を動像に向けつつ声をかけた。

 

「我々はおまえたちが取り引きしている者たちとは別の者だ。

 話したいことがあってやって来た。おまえの主人に取り次いでもらえないか?」

 

 動像は、キーノのこの言葉にしばし呻吟する様子を見せたが、やがて、

 

「私デハワカラナイ。此処デ待テ。」

 

との言葉を残して、構造物の内部の方へと消えていった。

 どうやら会話が通じる相手ではあるようだ、とキーノもクレマンティーヌもあったりなかったりする胸を撫で下ろしたのも束の間、さきほどの動像よりは明らかに強い気配がこちらへ向かって歩いて来るのに気づいて息を呑んだ。

 だが、決してナザリック地下大墳墓の連中のような、問答無用の迫力は感じない。キーノは、エントマとかいった蟲使いに近いな、(など)と考えている。万が一戦闘に陥っても、自分一人殿(しんがり)に立てば皆を逃がすことは叶わなくはあるまい。

 

「……キミたちは?」

 

と、問いながら姿を現したのは、人型を採ってはいるが、その姿の向こうが屈折して透けて見える水精霊(ウォータエレメンタル)だった。

 

 

                    *

 

 

「なんともはや!」

 

 三日月型に口を歪めて、デミウルゴスは愉快げに(わら)った。

 

「笑い事ではないでしょう、人々が逃げ惑っています。」

 

と糞真面目な表情を崩さぬセバス・チャン。

 

「虫が逃げ惑っているからこそ笑えるのでしょ?」

 

と冷めた口調のナーベラル・ガンマ。

 

 ペカーーーッ!

 

 無言のまま、漆黒の全身甲冑の隙間から神々しい緑色の光を漏らす大魔王アインズ・ウール・ゴウン。

 

 歩みを早めて海岸線を進み、最後の石灰岩大地の高台から五キロメートルほど北に城塞都市の存在を認めるも、その上空をさきほど追い越された、セバスの言によれば空飛ぶ森、遠目には濃い緑色に見える竜王(ドラゴンロード)が悠然と旋回していて、この距離からでも四方の城門から多数の人間が慌てふためいて逃げ出しているのがわかる。

 

 何じゃ……こりゃ!

 

 アインズは、出撃時点ではまったく想像もしていなかった展開にしばし言葉を失っていた。

 

 彼は既に、一口に竜王(ドラゴンロード)と称される存在が、存外大きな幅を持つことに薄々気づいている。

 直接血縁があるはずのツアーと娘コニーも似ているところなどまったくないし、そもそも名乗っている姓すら父母娘てんでバラバラだ。せいぜい共通するのは手、足、翼が一対(いっつい)あることだけで肌の色も質感も姓同様にバラバラ。始原の魔法(ワイルドマジック)を操る点では共通するが発揮される力もバラバラ。かの一族を一族と見做せる唯一の点は、総じてちょっと変わり者であること。他の竜王(ドラゴンロード)については推して知るべし。

 つまるところ竜王(ドラゴンロード)は、共通の身体、能力、性向を有する種族、というよりは、むしろ銘々にかなり異なる個性を有したアインズたちを、ユグドラシルプレイヤー、と総称するに近い、とアインズは考えている。

 

 城塞都市上空を飛ぶ竜王(ドラゴンロード)も、その巨躯と形状から、あぁ、あれはきっとツアーの同類なのだろう、とは思いはするものの、いくらおかしなところのあるツアーでも、あんな糞目立つ恥ずかしい真似はすまい、とアインズは思う。

 

「……ん?」

 

 不意にアインズは城塞都市のほぼ中央、領主の居館と思しきもっとも目立つ立派な建物の鐘楼の張り出し(バルコニー)に、えらく豪勢な衣装を纏った人間の男が、旋回する緑色の竜を指差しながら何か叫んでいるのに気づいた。流石に何を言っているかまではわからないが、身振りから竜に対して抗議しているのであろうことはわかる。

 

 町衆が皆逃げ出しているのに豪気なものだ、と愉快に感じるも、はて、あいつには竜王(ドラゴンロード)に対峙する(すべ)があるのだろうか。

 はっきりとは覚えていないが、稀に、本当に極稀にこちらの世界の住人にも第六あるいは第七位階の魔法に手が届く者があることは承知しているので、ひょっとするとひょっとするのか、面白いからもう少し様子を見てみよう、と伺っていると、あんなの無視していても構うまいに、急降下した竜王(ドラゴンロード)の尾が鐘楼ごと男を叩き潰した。(ひど)いな、と自分の普段の行状を棚上げして呟く。

 

 まことにもって身勝手なことながら。

 アインズは、自身が常にそうであるにもかかわらず、反撃の(すべ)もない者を蹂躙する奴が……

 

 大嫌いだった。

 

「ちょっと……(きゅう)を据えてやるか!

 <伝言(メッセージ)>。シャルティア、コキュートスを連れて今すぐここに来い!」

 

 傍らにあったデミウルゴスが、え?という表情を一瞬見せるも、すぐに三日月型の妖しい笑顔に転じる。

 

「シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に!」

 

 たおやかな膝折礼(カーテシー)を執るシャルティアがコキュートスを伴って現れるや、アインズは矢継ぎ早に指示を飛ばした。

 

「セバス、突入してあの馬鹿の動きを()めろ。

 シャルティアはオレの上、コキュートスは直下、デミウルゴスは左、ナーベラルは右にあって、満願成就まで防御。向かって来る者あれば各自の判断で迎撃せよ!」

 

「「「「ははっ!」」」」

 

 銘々の復命を待たず、アインズは漆黒の英雄(モモン)の外装を弾き飛ばし<飛行(フライ)>で宙に舞った。

 視界の中には光る軌跡を残して、一直線に城塞都市目掛けて走るセバスの背が見える。

 

 残り四人の下僕が命じた位置についたのを確認し、アインズは左右の手を大きく振った。

 金糸銀糸に彩られた豪奢な漆黒の装束(ローブ)姿のアインズを巨大な魔法陣が包み込む。

 

「おぉ、超位魔法!」

 

と声を上げたのはデミウルゴスか、シャルティアか。

 ほぼ同時に、彼方で大きな土埃が上がって緑色の竜王(ドラゴンロード)が都市に落下したのが見える。飛び上がったセバスが鉄拳で叩き落としたようだ。その程度で行動不能になるはずもない竜王(ドラゴンロード)とセバスは、既に無人となった市街を破茶滅茶に壊しながら殴り合っている模様。

 

「壮観だな!」

 

 愉快げにアインズが(わら)う。

 

 さりとて決して油断はしていない。

 超位魔法の充填時間は高位魔法詠唱者(マジックキャスター)にとって、最も危険な時間の一つだ。四人の下僕に周囲を警戒させているからといって安心はできない。

 

 もっとも、セバスの相手で手一杯の竜王(ドラゴンロード)を除き、今のアインズを()めることができる者など、この周囲に居ようはずもないのではあるが。

 

「さて、時間だ。刮目して見よ!

 超位魔法<天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)>!」

 

 刹那。

 エ・アセナル上空の空気が凍りつき、地上の竜王(ドラゴンロード)のある辺りを中心に、空に光の円弧が現れるや周囲の雲を薙ぎ払い、その中央を貫いて一直線に光の矢が走る!

 

 遥か宇宙空間から正確無比に放たれる必殺の一撃!

 

 閃光!

 衝撃波!

 少し間を()けて轟音!

 

 城塞都市は大量の土埃に隠れて一瞬見えなくなってしまったが、ややあってそこに切れ間が生じれば……

 

 光輝く十字架に肩を射貫かれて、大地に釘付けとなった竜王(ドラゴンロード)

 

「先に()く、追って来い!

 <転移(グレーター・テレポーテーション)>!」

 

 アインズは四人の下僕にそう言い残して自身は一息に大地に縫い付けられた竜王(ドラゴンロード)の頭上に跳んだ。何が起こったのかわからず恐慌状態にある竜王(ドラゴンロード)の頭目掛(めが)けて自由落下しつつ、

 

「<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!」

 

 ゴーン!

 

 最初の鐘の音と同時に、機械仕掛けの時計を背負ったアインズが緑色の竜王(ドラゴンロード)の頭を、ズンッ、と踏みつけ、その顔に根付いた枝葉がパキパキと折れ散った。

 

 骸骨の眼窩がギラリと真っ赤に光る!

 

「十秒以内に降伏か死を選べ。」

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

「……降伏する。」

 

 明らかに闘争の意思を失って項垂れる竜王(ドラゴンロード)の姿に満足しつつ「あれ……そもそもオレ、何しに来たんだっけ?」と、無責任にも思うアインズなのであった。

 

 

                    *

 

 

「キミたちは……吸血鬼(ヴァンパイア)?」

 

 水精霊は不思議そうな表情を浮かべてキーノとクレマンティーヌを品定めしている。

 幸い、声色のみから判じる限り敵意は感じない。

 

「その通りだ。少しおまえたちと話がしたくて立ち寄らせてもらった。

 おまえがここの(あるじ)なのか?」

 

 そう問いつつもキーノは、感じる力やちょっとした所作から、直感的に目前の水精霊がナザリックのシャルティアやエントマに相当する下僕(NPC)なのだろう、と判断している。

 

「いや、ボクは(あるじ)ではない。」

 

 やはりそうか。

 

「私はキーノ・インベルン。こちらは私の眷属、クレマンティーヌだ。

 こちらの見分けのつかない双子忍者は……」

 

と言いかけたところで、水精霊の声色がやや強張る。

 

「この子たちは、ユグドラシルNPCじゃないか!」

 

「え?」

 

「そうは見えないが……NPCを連れているということは、キミたちはプレイヤーなのかい?」

 

 うーむ、ややこしいことになってきたぞ、とキーノは困惑する。

 

 クゥイア、クゥイナの双子忍者がどのような形であれユグドラシルに連なる者なのであろう、ということはわかっていたつもりだったが、ユグドラシルNPCがこういう反応を示す、というのは考えたこともなかった。

 

「いや、私たちはこちらの世界で生を()け、奇縁あって不死者(アンデッド)に転じた者だ。」

 

 真正直にそう告げてみるものの、水精霊の訝しげな表情は変わらない。

 が、ここでクゥイアが一歩前に出て意外なことを言い始めた。

 

小母(おば)さんは(あるじ)じゃない。」

 無言のままキーノを示すクゥイナの人差し指。

 

 そしてクゥイアは自身を指差して簡潔に一言。

 

「はぐれ(もの)。」

 

「……ギルド、(あるじ)は既にない、と?」

 

 コクコク、とクゥイナが頷く。

 

「それは……悪いことを訊いたね。

 でも、それじゃぁどうしてこの吸血鬼(ヴァンパイア)に従っているんだい?」

 

 水精霊の問いに、クゥイアは即答した。

 

小母(おば)さんとレテテ(おっぱい)は共に在る仲間。」

 右手は身体に水平に、左手は山を描いて胸の上を滑らせる身振り(ジェスチャー)

 

 お、おまえら……。

 キーノは嬉しく感じつつも、二人をうしろからポカリ、と殴った。

 双子は不服そうな顔をして振り向くが、何故か目だけは楽しそうだ。

 

「そういうことだ。おまえのギルド……と呼んでいいのかな?ともかく、おまえたちに害意があって訪ねたわけでは決してない。むしろ、おまえたちに危険を報せるべく立ち寄らせてもらった。」

 

 水精霊はしばし呻吟する様子を見せたが、

 

「……ボクでは判断がつかない。ついてきてくれ。」

 

と背を向けて奥手へ歩き始めた。

 

「パランザムに話してくれ。」

 

「パランザム、というのがおまえの(あるじ)なのか?」

 

 追って歩き始めつつ問うキーノに、歩みを()めず顔だけをキーノの方に向けた水精霊は言った。

 

「いや、パランザムは下僕の(おさ)だ。」

 

 構造物の中はさほど複雑な造りではなかった。最初に侵入を果たした開口部を含め外壁に沿ってぐるりと一周する回廊があり、途中四本の中央へ向かう通路が分岐する。その一本に入って最初の部屋の扉を水精霊は叩いた。

 

「パランザム、ボクらに危険が迫っている、と告げる外の客人を連れてきた。」

 

「ラケシュ、中へ。」

 

 どうやら自身は名乗りもしなかった水精霊はラケシュ、というらしい。

 ラケシュは扉を(ひら)いて中へ進む。そこは、キーノの目には簡素な調度品があるだけの取り立ててどうということのない居室に見えたが、意外なことにパランザム、と呼ばれて女の声で応じた相手の姿がない。

 

「失敬、すぐに可視化するわ。」

 

 その女の声がそう告げると俄に室内にもかかわらずつむじ風が起こり、少しして陽炎(かげろう)のような柔らかい体線(ボディライン)の女性の姿が浮かび上がった。ラケシュよりも、より透き通って見える。どうやらこちらは風精霊(エアエレメンタル)であるらしい。

 

「ここへの立ち入りは堅くお断りしていたはずなのだけど。」

 

 まず、パランザムはそう言った。

 この時点でキーノは、この者がアインズたちとは異なり、こちらの世界の住人を直接交流のあるアセナール子爵領の人間の範囲でしか把握していないのだろう、と理解する。

 

「結果的に押し入ってしまったことは詫びる。

 が、私たちはパランザムが(ぎょく)を取り引きしている者たちとは関わりない者で、随分と遠くからここへやって来たんだ。立ち入りを拒んでいることは承知していなかった、すまない。」

 

「……それは構わないわ。

 それで、私たちに迫っている危険、とは何なのかしら?」

 

 存外理知的な対応に安堵しつつ、キーノはクレマンティーヌから、先にエ・ランテルで入手した大判金貨を受け取ってパランザムに示した。

 

「これだ。」

 

「……ユグドラシル金貨がどうしたの?」

 

「これを支払って(ぎょく)を買っているか?」

 

 パランザムは無言のままに頷く。

 

「随分な数のこの金貨が、こちらの世界に出回っている。

 そして、パランザムは気づいていないかも知れないが、ユグドラシルからこちらにやって来たのはパランザムたちだけじゃないんだ。こいつらを見ろ。」

 

 と、キーノは双子忍者を指差す。

 

「ラケシュは気付いたようだが、こいつらもユグドラシルの出身だ。訳あって今はどこのギルドにも組みせず私と旅をしているが、こいつらが今ここにあるのが、こちらの世界にパランザムたち以外のユグドラシル勢がいる証拠だ。」

 

 向こうが透けて見える顔であっても、その表情に動揺が浮かんだのは一目瞭然だった。

 ラケシュもまた、液体の体表にいくつも波紋を浮かべている。これも彼の心の動きを示すものなのだろう。

 

「私たちがこうしてパランザムのところに辿りつけた、ということは、当然他のユグドラシルから来た者にも同じ道を辿ることができるだろう。そのことを報せに来たんだ。」

 

 パランザムとラケシュは互いに顔を見合わせて視線を交わしている。

 

「なぜ?」

 

「……何故、とは?」

 

 こう告げれば当然危険に気づくと踏んでいたパランザムからそう問われて、キーノはその意図を掴みかねて問い返した。

 

「なぜ、あなたはそれを私たちに報せるの?

 あなたたちはこの<箱舟>の一員ではないのに。」

 

 なるほど、<箱舟>、というのが、アインズたちの、ナザリック地下大墳墓、に相当するものなのだな、とキーノは理解する。

 

「私はご覧の通りの吸血鬼(ヴァンパイア)で、かれこれ千五百年旅を続けてきた。その中で、少なくないユグドラシルプレイヤーの闘争に立ち会った。」

 

 パランザムとラケシュが目を見開いた。

 彼らとてこちらの世界の大半の人間からすれば規格外の力の持ち主ではあろうが、流石にキーノの言葉には驚かざるを得なかったようだ。

 

「申し訳ないんだが、正直に言うと、私は必ずしもパランザムやラケシュに味方したいと考えてこれを伝えに来たわけじゃないんだ。

 既に気づいていると思うが、こちらの世界の者たちはおまえたちに比べればとても弱い。私はその中でも、かなり例外的な存在だと考えてくれ。そして、ユグドラシルプレイヤーの闘争は、しばしばこちらの世界の者に少なからぬ被害を与えて来た。

 私の目的はそうした事態を未然に防ぐことで、おまえたちについていえば、ユグドラシル金貨の流出を()めて欲しくて訪ねて来た、という次第だ。

 ……わかってもらえるか?」

 

 一気に捲し立てつつ、キーノは脈打つことのないはずの心臓がバクバクと音を立てているかのような錯覚を覚えている。

 紛うことなき異世界からの来訪者に、(いま)自分はこうして直接対面に、理解されるかどうか必ずしも確信を持てない論理を、それでもこれが自分にできる精一杯の来訪者に対する誠意だ、と信じて訴えている。

 

 かつて、<(あけ)薔薇(ばら)>の勇者にして賢者、混血(ハーフ)武妖巨人(ウォートロール)ガ・ギンは、極めて迂遠な道のりではあったが、来訪者に誠実な態度を貫くことで結果的にその信を得た。それを思えば自分が(いま)試みているこれは、あまりに直截的で粗雑な手段であるようにも思われる。

 さりとて、既に相当数のユグドラシル金貨が出回っている現状にあっては、手を(こまね)けば(こまね)くほどに状況が悪化の一途を辿ることもまた明らかだ。

 

 私が……私が誠意である、と信じるところの誠意は……彼らに伝わるものだろうか?

 

「名を。」

 

「……え?」

 

「あなたの名を伺っていなかったので。」

 

 あぁ、そういえばラケシュに名乗ったきりだったな。

 

「すまない、気が()いて順序がおかしくなった。

 私はキーノ・インベルン、後ろにいるのはクレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナ。皆、こちらの世界の者と……ユグドラシルプレイヤー、その双方が陥る必要のない不幸に陥るのを防ぎたい、と考えて、できるだけのことはやろう、と旅する仲間たちだ。」

 

 にこり、とパランザムが微笑む。

 

「キーノ・インベルン、クレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナ。

 ……ありがとう。」

 

 嗚呼……我が誠意は通じたか!

 

「あなたたちの誠実さはよくわかったわ。でも……」

 

 でも?

 

「私たちは、私たちの(あるじ)のために<箱舟>を維持しなければならないの。」

 

 なんと!

 

「何か……他に手はないのか?

 既に出回ってしまった金貨の回収については協力させてもらうつもりだ!」

 

 キーノはそう詰め寄るも、パランザムは静かに首を横に振る。

 

 なんてことだ!

 こうして意は通じ合えたというのに。

 

 しかし、キーノは簡単には諦めなかった。

 パランザムたちがナザリックの連中同様に、自身の(あるじ)たるプレイヤーに絶対の忠誠を尽くしているのであれば、その(あるじ)の説得さえ叶えば下僕たちはそれに従うはずだ。

 

「パランザム。

 おまえの(あるじ)と、話をさせてもらうわけにはいかないだろうか?」

 

 駄目元でキーノはそう問うてみる。

 が、この問いに対し、パランザムは見るからに苦渋の表情を浮かべた。

 

「……何かマズいのか?

 私たちに何ができるかはわからないが、困ったことがあるのなら話してもらえないか?」

 

 そう訴えるキーノに、パランザムは長い沈黙の後にこう答えた。

 

「ギルド外の(かた)にお話しするのは憚られるのですが……私たちの(あるじ)は、自室に籠もったまま、私ども下僕との会話にも応じてはくださらないのです。」

 

「……はぁ?」

 

 どうやらナザリックとはいささか異なる事情がありそう、というのはわかるが。

 またしても(あと)一歩が届かないのか……。

 

 そのとき!

 

 何か衝撃波のようなものが通過する感じがあってギルド拠点が静かに揺れ、追って、中に居ても否応なく聴こえてくる遥か遠くからの爆音が届く。

 

「「「何?」」」

 

 <箱舟>勢も<黒の百合>の面々も、誰彼となく思わずそう口にする。

 

 そして、キーノの直感が告げる。

 あのときと……スレイン報国で死霊使いとの対話を試みたあのときと同じだ。

 

 何が起こっているのであれこれは……

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンであるに違いない!

 

 

                    *

 

 

「いいか!

 おまえみたいな無敵の化け物が、たかだか金貨欲しさに人間の街を襲う、なんてことが、(はた)から見て如何に馬々鹿々しく恥ずかしいことかわかるか?わかるよなーーー!」

 

 (きっ)とアインズが見上げて指差す先には、瓦礫の中にしゅんとした様子で立ち尽くす、全身を樹木で覆われた緑色の竜王(ドラゴンロード)の姿がある。

 

「おまえに、金貨を寄越せ、と言われて、断れる人間がいるわけないだろ!

 なら、最初からそう言えばいいじゃないか!

 おまえの蛮行は、おまえのみならず、他の竜王(ドラゴンロード)にとっても迷惑千万だぞ!街もこんな無茶苦茶になっちゃって。」

 

 怒鳴られている翠森の竜王(ビリジアンフォレストドラゴンロード)シャブエヌール・インカンデシンス……名乗ってはみたものの、相手には聞く気が(はな)からないように見えた……からすれば、竜王(ドラゴンロード)は他の竜王(ドラゴンロード)のやることに関心など持たないし、そもそも街の大半を壊したのはそっちじゃないのか?と思わないでもなかったが、このとてつもない力を有した骸骨とこれ以上揉めたいと考えない彼は、敢えて言い返そうとはしなかった。

 

「至高の御方(おんかた)、城の宝物庫、市中にあったユグドラシル金貨はすべて回収しました。総計一万飛んで三十六枚で御座います。」

 

 デミウルゴスが、竜王(ドラゴンロード)の前で(あるじ)の真名を口にすることを憚りつつ、デミウルゴスに付かず離れずで随伴して来た影の悪魔(シャドーデーモン)たちが()き集めた金貨の総数を報告した。

 

「うむ、ご苦労。

 五千でいいか?」

 

「……ん?」

 

 急にそう問われて、シャブエヌールは意味がわからない。

 

「いや、だから。

 半分の……五千でいいか?と訊いている。」

 

「何の話だ?」

 

「要らないのか?」

 

「……くれるのか?」

 

「おまえも、突然オレみたいな骸骨に肩に風穴()けられて、手ぶらで帰ったら立つ瀬があるまい。ここは折半ということにしよう。端数はこちらがもらう。文句あるか?」

 

 なん……なんだ、コイツは?

 

「もちろん、異論はない。」

 

「結構だ!

 デミ、こいつが持ち帰りやすいよう、適当な箱に五千枚ほど詰めてやれ。」

 

「はっ!」

 

 デミウルゴスは早速作業に取り掛かる。

 

「念のために言っておくが、間違ってもこの金貨をおまえの(ねぐら)の外へばら撒いたりしてくれるなよ。これ以上探しものが増えるなんて考えたくもないからな!」

 

 言われた側はやはり意味がわからない。

 

「おまえには自身の寝台(ベッド)敷布(シーツ)を千切って、世界にばら撒いて歩く趣味でもあるのか?」

 

 真顔でそう問うも、

 

「オレは眠れないんだ!」

 

との一喝で返されて、まったく会話が成立しなかった。

 

「おまえは面白いヤツだ。」

 

 とだけ言い残して、シャブエヌールはデミウルゴスが用意したユグドラシル金貨五千枚入りの箱を、大事そうに抱えて飛び去った。

 ツアーのそれとは比較するのも馬々鹿々しいのんびりした飛行を見送りつつ、アインズは溜息をつく。

 

 はぁーーーっ、ヤバかった。

 

 ついつい勢いでやっちまったものの、虎の子の超位魔法と(エクリプス)技能(スキル)を使い切っちまって、あの馬鹿が懲りずにもう一度挑んできたらどうしようかと流石に焦ったぞ!

 MP(魔力)はまだたっぷりあるから<現断(リアリティスラッシュ)>で押し切れなくはなかったろうが、そんな何の益もない上に面倒臭いのは真っ平御免だ。

 

「で、いかがなさいますか?」

 

 一緒に並んで竜王(ドラゴンロード)を見送っていたデミウルゴスから声がかかる。

 シャルティア、コキュートスは残りのユグドラシル金貨を運んで帰投済み。

 セバスは一人で黙々と自ら破壊した街の瓦礫を片付けていて、ナーベラルがその様子に冷たい視線を送っている。

 

「超位魔法、(エクリプス)技能(スキル)、いずれもたちまちに使用できない状態で未知のユグドラシルプレイヤーと邂逅するのはいかがなものか……と愚考する次第です。」

 

 それがわかってて、なんでおまえは()めてくれなかったんだぁ?

 いや……いくらなんでもそれは身勝手に過ぎるか。

 

「一旦……帰投なさいますか?」

 

 おまえはセバスを置き去りにしたいだけだよなーーー?そうだよなーーー!

 

「……いや。これほどの騒ぎ……もとい!陽動に対しても潜伏していると見られるプレイヤーは反応を示さなかった。これは、相手方にそもそも戦闘の意思、または能力が欠如している証拠、と見たが……どうだ?」

 

「そういうことで御座いましたか!

 ユグドラシルプレイヤーを探索しにきたにも関わらず、超位魔法、転移魔法、と避けていたはずの遠目にも目立つ手段を次々と行使なさる様子に、ノリと勢いだけでやってしまっておいでだ、などと愚かなことを考えておりました(わたくし)めを、どうかお許しください。」

 

 ……わかってて言ってるよな?

 そうだよなァーーーーーッ!

 

「とまれ、そろそろ逃げ散っていた街の人間どもの中に、様子見に戻って来るものも御座いましょう。ご窮屈かとは存じますが、一旦は漆黒の英雄(モモン)姿にお戻りになられるべきか、と愚考いたします。」

 

「ゴホンッ!

 あぁ、そうだな、それはおまえの言う通りだ。」

 

 アインズは改めて<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>で漆黒の英雄(モモン)姿を採った。

 それからほどなくして、デミウルゴスが予見してみせたように、瓦礫の向こうからちらほらと人間の姿が垣間見えるようになった。瓦礫を片付けるセバスが随分と大きな音を立てているので、自ずと人々はそれを目指しておっかなびっくり近づいてきたようだ。

 やがて、アインズ一行を取り囲むように集まった人だかりからざわざわと声が聴こえるようになったが、敢えてアインズたちに話し掛けてくるものは皆無であった。

 

「諸君!」

 

 突然、デミウルゴスが両手を高々と振り上げて群衆に声をかける。

 

「諸君の街を襲った無法な(ドラゴン)は、こちらにおられる漆黒の英雄、モモン様が撃退した。

 喝采したまえ!」

 

 たちまちに「おぉ!」と唸る歓声と盛大な拍手がアインズを包み込むが、

 

 支配の呪言(じゅごん)でそんなことされても……嬉しくも何ともねーよ!

 

 とアインズは憤った。

 さりとて、ここでそんなことでキレたとて何の益もなし。

 

 漆黒の英雄(モモン)姿のアインズが軽く右手を上げて喝采に応えると歓声はなお増し、アインズの困惑もまたなお増す結果となった。

 

 

 

 いくら待っても当地に潜んでいるはずのユグドラシルプレイヤーからの反応(リアクション)がないので、再充填時間(リキャストタイム)稼ぎを兼ねてアインズは、セバスの瓦礫の片付けに加わった。

 

 少なからぬ町衆が南へ向かって這々の(てい)で逃げ去った竜王(ドラゴンロード)を目撃していたため、彼らはアインズたちをまったく疑うことがなく、体格の良い男たちはセバスと共に瓦礫を片付けるアインズに加わって、後片付けを始めた。

 アインズの(そば)近くまで来たものは決まって「ありがとうございました!」「街を救っていただいて感謝します!」と口にするので、アインズとしては随分とバツが悪い。

 頭を冷やして考えれば、領主と思しき人間が竜王(ドラゴンロード)の尾で居城諸共叩き潰された時点で、これを放置すればかの竜王(ドラゴンロード)は城の宝物庫のユグドラシル金貨だけを抱えて飛び去っていたはずだ。被害が領主居城周囲半径2キロメートルにまで及んだのは、セバスの投入、続いての本来はギルド拠点破壊に用いる超位魔法に起因するのは明らかで、町衆に謝意を捧げられる都度、アインズは控え目に神々しい緑色の光をペカペカと放っていた。

 

 ま……対竜王(ドラゴンロード)戦術として考えていたこれの実戦試験(テスト)ができた、と考えて割り切るか!

 

 良くも悪くも大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、こういう点においては常に底抜けに前向きである。

 

「ん?」

 

 睡眠や休息をしないアインズ、セバスは、夜通しで後片付けを続け、夜が明ける頃にはこれから町衆たちが試みるであろう再建事業に差し支えないであろう程度の整地が済んだ。再充填時間(リキャストタイム)も経過し、改めてユグドラシルプレイヤー探しを始めるか、などと考えていたところ、街の外から何やら濃厚な不死者(アンデッド)の気配が近づいてくることに気づく。

 

「<伝言(メッセージ)>。あ、ニグレド、おはよう。」

 

(お気づきの対象は北東2キロ数4。うち魔法詠唱者(マジックキャスター)1、戦士1、詳細不明2、推定レベル総計250から330、脅威度中。挙動から推定して御身の存在には気づいておりません。)

 

「ありがとう、ニグレド。」

 

(恐れ入ります、どうぞご武運を。)

 

 ニグレドの初動探査(スキャン)で、竜王(ドラゴンロード)を別にすれば、詳細不明、とされる存在は極めて珍しい。これが問題のユグドラシルプレイヤー、またはそのNPCか、と思いはするものの、アインズは確信が持てずにいる。

 探査の結果を誤魔化す手段を有しているのであれば、なぜそれは全員に徹底されていないのだろう。しかも推定レベル総計に80ものブレがあるのは、ニグレドが詳細不明の2が少なくともレベル60以上ではあるはずの忍者であると睨んでいるからだろう。とすると、残り二人のレベルは計130ということになり、ユグドラシルの終了時点まで居残ったプレイヤーにせよNPCにせよ、どうにも中途半端な(あたい)だ。

 

「<伝言(メッセージ)>。デミ、今どこだ?」

 

(御身がお気づきの者を北側城門の物見櫓にて目視(もくし)したところで御座います。)

 

 あぁ、流石にデミウルゴスは初動が早いな。

 

「ニグレドの探査結果は、プレイヤーにしては中途半端だ。

 おまえの見立てはどうだ?」

 

(さしたる脅威にも見えませんので、ニグレドに後詰めを警戒させつつ囲んでしまうのが手っ取り早いか、と愚考する次第です。)

 

「わかった。念のため影の悪魔(シャドーデーモン)を大回りさせて退路を断て。」

 

(既に差配して御座います。)

 

「重畳だ。

 おーい、セバス、ナーベラル。プレイヤー狩りだ!」

 

 アインズは、何をするでもなく佇んでいた二人に声をかけ、デミウルゴスの<伝言>受信座標目指して移動を開始する。

 

 

 

「何だか妙なことになってるな。」

 

「街の真ん中あたりに、城があったはずだよね?」

 

 城塞都市エ・アセナルが近づくにつれ、キーノもクレマンティーヌも一昨日に立ち寄ったはずのそれの雰囲気が変わっていることに気づいた。

 最も目立つのはクレマンティーヌも言う通り、外目にもよくわかった領主城館が見えなくなっていることだが、城壁の周囲に何やかやと日用品の類が散らばっていて、まるで慌てふためいた人々が街から逃散したかのような(てい)だが、おかしなことに街中からは早朝の炊煙がいくつも立ち上っていて、常と変わらぬ朝を迎えているようにも見える。

 

 いくら掛け合っても(あるじ)との会見を取り次いではくれないパランザムに対し、彼女らもまた突如聴こえた爆音に不安を覚えていたことはキーノにも理解はできたので、ひとまず様子を見てくることを請け負ったものだ。こうして誠意を示していけば、引き籠もっているという(あるじ)も、ひょっとすると対話に応じてくれるかも知れない。

 

 だが。

 

「あちゃ……手遅れだったか。」

 

「そうみたいね。諦めて跳ぶ?」

 

「いや、無駄だと思う。気づくのが遅れたが<次元封鎖(ディメンジョナルロック)>済みだ。」

 

 キーノもクレマンティーヌも、まだ目視こそできていないものの、何やら不穏な気配に自分たちが突如取り囲まれたことには気づいていた。双子忍者はいつの間にか苦無(くない)を構えてキーノたちの左右を守る立ち位置を採っている。

 パランザムたちはナザリック地下大墳墓の存在にまったく気づいていないばかりか、想定すらしていなかった様子だ。ということは、自分たちは連中にかなり先んじて<箱舟>との接触(コンタクト)に成功したことになる。

 

 ここは……腹を括って対峙せざるを得まいな。

 問題は、自分たちのことを正しく認識してくれるかどうか、だ。

 

 ややあって、<黒の百合>は自分たちを囲んだ存在を目視する。

 

「なんてこった……御大(おんたい)自らのお出ましだ。」

 

 キーノのこの言葉に、クレマンティーヌの身が縮む。

 

 真正面に漆黒の全身甲冑。白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの傀儡と色違いなだけで瓜二つのそれは、疑う余地なく大魔王アインズ・ウール・ゴウンその人だ。

 少し()けて並び立つ、赤い紳士服(スーツ)(まと)った切れ長の男に見覚えはないが、三日月型の妖しげな笑みを浮かべていて不気味極まりない。

 少し離れて向かって右手に、これまでにも幾度となく心胆寒からしめられた爆砕執事。左手には、唯一キーノにとっては自身の力量で拮抗できそうに見える随分と美しい女性。ただその表情は能面のようで、不意にキーノは、千年前に共に旅した親友、リキウス・アインドラの妻リュシにどことなく面影が似ているな、などと考えている。

 

 さて……先手を取るのが(きち)と出るか(いな)かは微妙だが、記憶に難のある連中は、こちらが彼らを見知っていることさえ示せば、まずは事実確認をおこなうはずだ。

 

「憶えてはおられまい、とは思うが……キーノ・インベルンだ。アインズさん!」

 

 まずキーノは大声で歩み来る漆黒の甲冑にそう呼び掛けた。

 案の定、その歩みが一旦()まる。

 

 だが、返ってきた言葉が少し想像していたのと違った。

 

「オレのことを知っているとは話が早い。」

 

 ……え?

 うーむ、どうも何か勘違いされているっぽいな。

 見れば、赤い紳士服(スーツ)の男もまた、アインズの方を「え?」という顔をして見ている。

 一方、左右両翼の執事と女性は自身の(あるじ)に気安く声をかけたキーノに立腹したものか、見るからに不機嫌そうな表情を浮かべているので、

 

「待って、待って、アインズさん、待って!

 どうやっているのかは承知していないが、キーノ、の名でナザリックの記録を調べてもらえれば私のことがわかってもらえるはずだ!」

 

と大慌てで取り繕う。

 

「ナーベ、こちらへ。」

 

 赤い男がそう言うと、キーノを恐怖公眷属(ゴキブリ)でも見るような目付きで睨みつけていた女性が男の方へススと歩み寄った。男は何やら耳打ち。女は顔を向こうに向けて片手を耳に当て、なにかやっている。おそらくはナザリックの誰かに<伝言(メッセージ)>で、キーノ、とは何者であるかを調べさせているのだろう。

 果たせるかな、今度は逆に女が男に耳打ちし、続いて男は漆黒の全身甲冑に耳打ちする。

 

 ……存外面倒臭い連中だな。

 

「ツアーの舎弟?」

 

 男の耳打ちにアインズがそう返したのが聞こえて、千年前にもアインズからそんな呼ばれ方をしていたな、とキーノは思う。

 別に自分はツアーの舎弟になったつもりはないし、何なら対等な友人だ、と思っているのでいささか癪に障る物言いではあるが、アインズの記憶の性質からすればそんなことの訂正を求めるだけ無駄だし、それはアインズにとってのキーノを指し示す記号のようなものだ、と考えれば苛立つ理由もなかろう。

 

「まだ生きていたか……いや、不死者(アンデッド)に生きていたか、はおかしい……か?」

 

 あんたも骸骨なのに……妙なところにこだわるよな。

 

「お陰様で息災だ。アインズさんもお元気そうで何よりだ。

 これは……いったい何の騒ぎなんだ。」

 

「あぁ、ちょっと阿呆な竜王(ドラゴンロード)(きゅう)を……いや、そんなことはどうでもいい。

 どうしておまえがここにいる?

 それに……後ろの同じ顔をした忍者はユグドラシルNPCじゃないか!

 なぜおまえがそんなものを連れてるんだ?」

 

 あぁ、そこはラケシュと同じ反応を返すんだな。

 キーノとしては、かつては理解不能の存在、と考えていたユグドラシルプレイヤーの考えを存外読めることに気づいて北叟笑む。

 

「当地に潜むユグドラシルNPCにも同じことを問われた。

 こいつらははぐれNPCで、縁あって今は私の旅の仲間だ。」

 

「当地に潜むユグドラシルNPC……だとぉ?」

 

 俄にアインズの声が上擦るのに気づき、キーノは敢えて先手を取った。

 

「そうだ。アインズさんたちもユグドラシル金貨が市井に流れていることに気づいてここを訪ねたものか、と思うが、私も同様だ。一足(ひとあし)お先に面会してきた。」

 

 甲冑の中で驚きのあまりアインズの骨の口がパカリ、と(ひら)くが、それはキーノには伝わらない。

 

「話の途中で大きな爆音が聴こえてきて。彼らが不安がったので様子見を請け負って戻って来たら、案の定アインズさんたちと鉢合わせた……という次第だ。」

 

 アインズが途中から沈黙してしまったので、キーノもそこで説明を打ち切った。

 あけすけに喋りすぎて気分を害したものだろうか?

 

 だが、意外なことにキーノのこの話に対する最初の反応(リアクション)は、アインズ・ウール・ゴウンその人ではなく、隣に断つ赤服の男から返って来た。

 

「流石で御座います、アインズ様!

 よもや……よもや、ここまでの仕掛けがなされていようとは!」

 

 諸手を高々と振り上げて感極まった声色でそう叫ぶ男の意図が、キーノにはまったくわからない。

 

「何故アインズ様が阿呆な竜王(ドラゴンロード)如きを相手になされたものか理解できずにおりましたが、先に遣わしたこの者たちが来訪者と接触し、情報を持ち帰る時間を稼いでおられたとは……まさに、端倪すべからざる、というに相応しい深慮遠謀で御座います!」

 

 何言ってんだコイツ?

 

 と思っているのは、キーノだけではない。

 アインズもだ。

 

「キーノ・インベルン。今回の来訪者についてわかったところをアインズ様にご報告したまえ。」

 

 それを知ってか知らずか、デミウルゴスはアインズがキーノを先行させ来訪者を調査させた、と思い込んでいる様子。セバスとナーベラルに至っては、この展開についてこれずに目が明後日の方角を泳いでいる。

 

「それが……ちょっと思いも寄らないことになっていて。」

 

「思いも寄らないこと?」

 

 デミウルゴスのお膳立てに乗ったわけでもあるまいに、キーノが本当に調査報告らしいことを口にし始めるも、たちまちに言葉を詰まらせたことに関心を惹かれたものか、正気を取り戻したアインズが言葉のままに復唱してその意を問う。

 よもやこれをアインズに報告することになろうなどと考えていなかったキーノであるが、自分ではこれをどう考えてよいやら見当もつかなかったのも事実なので、ここはこの奇縁に乗るしかなかろう、と腹を括った。

 

「そう、思いも寄らないことだ。

 今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)は……引き籠もっている。」

 

「……はぁ?」

 

 再び甲冑の中で、さきほどよりも更に大きくアインズの骨の口がパカリ、と(ひら)くが、やはりそれはキーノには伝わらなかった。

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