そして大魔王アインズ・ウール・ゴウンは苦渋の決断を迫られる!
「ギルド外の
「……はぁ?」
少し時間を遡って。
ここでアインズが超位魔法で生じさせた爆音が聴こえてきて、その場の皆が驚きを隠せない中、ただキーノだけは、ナザリックの連中がやって来たのに違いない、と確信していた。
「パランザム、あまり時間がないかも知れない。
おそらく
パランザムは沈黙している。
「おまえの一存で
だが、目前の
「無駄です。」
「やってみなければわからないだろう!」
キーノの訴えに、パランザムは寂しそうな声で応じる。
「ネス様は、心を閉ざしておしまいになられました。」
「ネス……というのが、おまえたちの
「最後に残られ、私たちと共にこちらの世界へ渡り来られた御方です。が、それはネス様がお望みになられたことでは決してなかったのです。」
どうにもキーノにはパランザムの話の内容が理解できない。
望まないのに渡り来る、というのはどういう意味なのだろう?
「ネス様はご自室に籠もられ、ただ、お母様に会いたい、お母様に会いたい、と泣いておいでです。」
「ネスの母親は……どうしたんだ?」
「存じ上げません。」
「はっ?」
「ネス様はロイ様の御子息ですが、ロイ様は男性であられました。」
「ロイ……というのは?」
「我らがギルド、スプリンターのギルド長であり、私の創造主でもある御方です。私は、ロイ様からネス様を御子息である、と教えられました。」
「なら母親もあるだろう?」
「そのような御方は存じ上げません。」
「では、父親……ロイは?」
「もう長くお会いしておりません。」
うーむ、とキーノは
今の今までそんな可能性を考えたこともなかったが、どうやらパランザムが
そしてもっとも理解に苦しむのは、母親を恋しがるような子どもが
「ですから私たちは、ネス様をお守りすべく、この<箱舟>を維持し続ける以外にないのです。」
「それが、他のユグドラシルプレイヤーを呼び寄せるとしても、か?」
キーノは、ネスを守りたいと訴えるパランザムは、この問いに応じるだろうと考えてそう口にした。
が、パランザムは意外な言葉を返した。
「それは……望むところでしょう。」
と。
ここに至ってキーノは、これ以上押し問答を続けても埒が明かない、と見切りをつけ、先に聴こえた爆音の正体を探ってくる旨をパランザムに告げた。懸念する通りそれがナザリック地下大墳墓の連中の為すところなのであれば把握しておくに越したことはないし、その間にパランザムたちが翻意する可能性もなくはないだろう。
「先の爆音が気になるので様子を見てくる。
その間に、
キーノはそう言いながら仲間たちを連れてパランザムの部屋を出ようと動き出した。
パランザムは彼女たちをこう言って見送った。
「あなたたちの誠意には感謝します。」
「……という具合なんだが。
アインズさんにはこれが何を意味するのか……わかるだろうか?」
キーノは、パランザムから語られた情報をこうしてアインズに話すことに後ろめたさがないでもなかったが、さりとて自身では何とも解釈のしようがなく、それ以上に、大魔王とは言え存外理知的なところのあるアインズ・ウール・ゴウンなれば、善処はしても自身の期待を裏切りはすまい、という思いもある。
一方で、キーノの話の途中からアインズは、甲冑の
「……キーノ、よくわかった、ありがとう。
おまえたちが先行してくれたのは、結果的に幸いだったかも知れん。」
アインズからそっけなく、ではあるが謝意が示されて、キーノは目を真ん丸にした。場合によっては記憶を取り戻すこともないままに殲滅されるかも、と覚悟していただけに、よもやこういう態度で迎えられるとは思いもしなかったことだ。
だが、そう応じたアインズはとりたててキーノたちには関心がないようで、傍らの
「どう思う。忌憚のないところを聞かせてくれ。」
問われたデミウルゴスは右手を折って腹に当て、深々と頭を下げながら、
「至高の主のお考えの通り、かと愚考する次第です。」
と答える。
「……はぐらかすな。正直、オレは少し迷っている。」
この言葉にキーノは驚く。
かのアインズ・ウール・ゴウンをして、迷う、という状況があるのか、と。
「だから、おまえの言葉で以て、おまえがこれをどう解釈したかが聞きたい。オレとおまえの考えが一致するようであれば、それが真に答えなのだろう。」
「あぁ、何とももったいなきお言葉!」
赤服の男は三日月型の笑みを浮かべながら感極まった声でそう応じた後、簡潔に言った。
「
やはりデミウルゴスもそう考えるのか。
とアインズは溜息をつく。
「……何だ?その……ほうちご、と言うのは?捨て子?孤児?」
キーノは聞き慣れない言葉に、何となく語感から類似を覚える語を挙げて問うた後に、いささか踏み込み過ぎか、と慌てて口を噤んだが、意外にもアインズにキーノの介入を拒絶する雰囲気はない。
「キーノがわからんのも無理はない。
本来これはオレが判断すべきことだ、とは思うが、実際オレは少し迷っている。
今から話すことを聞いて、おまえがどう思うかを聞かせてくれるか?」
「な!……も、もちろんだ!承ろう!」
とキーノは安請け合いするが、以降、この時点で後事をアインズにすべて委ねて撤収しておいた方がよかったか、としばし後悔することになる。
「どこから話せばキーノにも理解できるか……難しいところなんだが。」
アインズは、引き続き片手を
アインズ、すなわち鈴木悟がユグドラシルプレイヤーとなったその黎明期には決して問題にならなかったものだが、最盛期を越えて以降、しばしば物議を醸した話題の一つに、若年プレイヤーの増加と暴走、というものがあった。
ユグドラシルは、サービス開始当初は
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンはその参加条件にギルメンが社会人……他ならぬ鈴木悟が十二歳小学校卒業時点で就業していたことからわかるように、これは必ずしも法律上の成人とは一致しない……であることを掲げていたが、これは、自身の稼ぎでプレイする者と親の稼ぎに依存する者とでは自ずと
そしてユグドラシルの最末期に、アインズ、すなわちモモンガ自身も主に子を持つギルメンを通して聞かされた社会問題の一つに、ヴァーチャル
ギルドを成立させた親たちが我が子をギルメンに迎えたものの、親自身がユグドラシルに飽きてしまい、その一方で子は親から受け継いだギルドに残されて好き勝手をやっている、というもので、しばしばギルドの規模に比して突拍子もない行動を取るため鈴木悟などは、いったいどうなっているんだ?と首を傾げたものだが、死獣天朱雀ややまいこから背景を聞かされて、なるほど、と得心したものである。
もちろん、すべての若年プレイヤーがそうであったわけでは決してない。アインズは、ギルメンの誰かから聞かされた「アースガルズの天空城の
多くの場合、自身がユグドラシルに飽きた親たちは、VRデッキに座らせてさえおけば子どもにかける手間が省ける、と言わんばかりに放置したものらしい。これがユグドラシルにおけるヴァーチャル
そして、今の今まで考えもしなかったことになるが、ヴァーチャル
何ならそれは、こちらの世界に渡って来て以降、沈黙したまま姿を現さないプレイヤーが少なからずあることの、直接の原因の一つですらあるかも知れないではないか。
「キーノたちは、その<箱舟>とやらに容易に侵入が叶い、しかもたちまちに要撃されなかったんだな?」
問われたキーノはこくこく、と頷いた。
改めてアインズは深い溜息をつく。
「通常、プレイヤーが明示的にそうするな、と命じない限り、拠点NPCは外部からの侵入者には要撃を以て応じる。肝に銘じておけよ、キーノ。今回おまえらが消滅せずに済んだのは、運が良かっただけだぞ。」
自身の安否を気遣うかのようなアインズの物言いに面食らいつつも、キーノの関心は別の方向へ向いていた。
「パランザムの言葉を信じる限り、ネスというプレイヤーは引き籠もったままで下僕たちに会ってもくれないそうだ。そんな者が外部の者の受け入れを命じた、とは俄に思えないんだが。」
これに対し、答えを与えたのはデミウルゴスだ。
「
「おまえも……そう思うか?」
どうしたことか、躊躇いがちにアインズが問う。
「おそらくそのパランザム、というNPCは、ギルド拠点が崩壊すれば自分たちが
さりとて、その
答えたデミウルゴスは、憐れ、と言いつつも楽し
キーノには含意がわからない。
「どういう……ことなんだろうか?」
「おまえに説明してやる必要もないんだがな。」
と言いつつ、アインズはやはりどこか悲しげな調子で続けた。
「おまえが語らったNPCは、既に自身の
ユグドラシルプレイヤーの中身が十歳未満の子ども?
キーノも、その影に隠れてアインズの視線を避けているクレマンティーヌも驚きを隠せない。
「皆が皆そうだ、ということもなかろうが、普通に考えれば十歳の子どもが右も左もわからぬ異世界に突然放り込まれればそうなりもするわな。そして、何を言わずとも
キーノは、朧気ながら記憶する
そうだ、自分にはあの
「NPCたちは、本能的に、あるいは、ギルド崩壊によって自身が
さりとて、絶対の忠誠に縛られた彼らは、いくら憐れんだとて自身の
「まさか……それじゃぁパランザムは!」
ここに至って、キーノはアインズが何を言わんとしているかに思い至る。
「そういうことだ。
そいつは、ユグドラシルプレイヤーであるか
「そ、そんな……」
なんて……救いのない話なんだ!
「キーノの気持ちはわからんでもない。
実際オレ自身、これにどう対すべきかについては正直なところ迷いがある。」
アインズは相変わらず片手を
「そいつらがただ穏便な手段でギルド維持を図るだけの存在であれば、特にどうこうするつもりはなかった。流出したユグドラシル金貨は問題ではあるが、次の<百年の揺り返し>までにはたっぷり時間はあるんだから、
だが、キーノが調べてきてくれた話を聞いて迷っている。もちろん、おまえの言を鵜呑みにするつもりはないが、事実としては概ねそれがすべてだろう。となれば、これを捨て置くことは……」
そのままアインズは言葉を濁した。
「キーノ・インベルン。」
と、
「キミが分不相応にも勘違いせぬよう言っておくが、我が至高の主が、キミ如きの心情を慮っているものとは考えぬことだ。アインズ様が、来訪者の隘路に行き詰るを思いやられて慈愛の引導を下賜なさったことは、過去にいくらも例がある。キミは……心当たりがあるのではないかね?」
あぁ、そうだ。
七百年ほど前のことになるか。アベリオン丘陵からスレイン報国に現れた死霊使いプレイヤーがアインズと衝突しないよう仲裁を試みたことがあったが、今一歩及ばず、急襲したナザリック勢に驚いて慌てて逃げ去ったことがあった。その後の顛末は承知してはいない。
「あのときアインズ様は、十全な人間の精神を宿したままその屍肉を食らう者と成り果てたプレイヤーに乞われて、安らかなる死をご下賜あそばしたのだよ!」
キーノからすると、そう語る赤服の男が、話す内容が陰鬱極まりないのに対し、さきほど
対してアインズは、赤服の男に向けてひょいひょい、と手を振った。「余計なことは言うな」の意であろうか。
「キーノ。」
とアインズ。
「オレは、おまえの理解も共感も、必要とはしない存在だ。」
この言葉に、キーノは黙って頷いた。
「それをわかった上で聞いてくれ。
オレ自身……厳密に言えば少し違うが、まぁ、構わんだろう……オレ自身、幼い時分に両親とは死別している。」
なんと!
この紛うことなき大魔王にも、肉親などというものがあったのか?
「その<箱舟>とやらに引き籠もっているプレイヤーが、母恋しさに泣く気持ちはわからなくもないんだ。
オレには、幸いにしてギルド、アインズ・ウール・ゴウンの碌でもないが
あぁ!
「そしてオレは幸いにして……その
が、これに自ら気づけない者に救いはないし、気づけない者を救う手立ては……ないんだよ。残念ながら、な。」
大魔王アインズ・ウール・ゴウンもまた……理解不能の化け物などでは決してなく、自分と同じく永劫の
それが自分のそれとまったく同じものだ、とは思わないが、それでもアインズが今語ったそれは、まさにキーノ自身がアインズと知り合って以降、思い続けてきたそれそのもののように、少なくとも彼女には思われたからだ。
「おまえにはわかるまいが、こちらの世界に渡って来たユグドラシルプレイヤーは、本質的にはユグドラシル終了時点の本来のプレイヤーそれ自身の、その瞬間の記憶の残照に過ぎん。オレが遠からずそいつらへの関心を失うことを思えば……
そう語るアインズは、漆黒の甲冑に身を包みその情動などわかろうはずもないのに、キーノには本当に悲しげに見えた。
「あぁ……アインズさんの言うことは、わかる。
わかる、などと簡単に言ってしまうと、私なんかよりもとても大きなものを背負っているアインズさんに対して失礼かも知れないが、敢えて、わかる、と言わせてくれ。」
キーノがそう告げると、ようやくアインズは
「ふふ。背負い込んでいる……つもりはないんだがな。
まぁ、おまえたちは一旦手を引け。
と、やや明るさを取り戻した口調でそう応じた。
「それはそれとして、ひとつ訊いていいか?」
とアインズ。キーノは頷く。
「さっきからおまえの後ろでガタガタ震えているそいつは……何だ?」
キーノが振り向くと、もちろんそこにいるのは顔面蒼白のクレマンティーヌだ。
無理もない話だが、よく逃げ出さずにそこに居たもんだな。
「私が迎え入れた……眷属だ。」
記憶に難のあるアインズのことだ。よもやクレマンティーヌのことなど憶えてはいまいが、不用意にその名を出せば、キーノの名から、ツアーの舎弟、をたちまちに引き当てたように、
「ユグドラシル金貨から、当地にプレイヤーがあることを見抜いたのも彼女だ。」
こうとでも言っておけば関心はそちらに向くだろう、とそう口にしてみればアインズの反応は案の定だ。
「ほぅ……それは大したものだな!」
隣でデミウルゴスがいささか不満げな表情を浮かべている。至高の主が
一方、改めてアインズの視線を受けたクレマンティーヌは「ひーーーっ!」と声を発して身を縮み上がらせた。
「そんなに怖がることもないだろ?」
あ、あんた!
私に何をしてくれたか憶えてないの?
まぁ……憶えていないのである。
「オレは
そうなの?ホントに?
と不安げな視線をアインズに向けるクレマンティーヌ。
「どうせ憶えていられないから敢えて名は訊くまい。」
そういうアインズは、
「オレが何を言ったところで、どうせキーノは今後も、
が。
こいつはこちらの世界の
おまえが支えてやれ。」
「「……え?」」
キーノとクレマンティーヌが二人揃ってぽかーん、と口を
特にクレマンティーヌは、
あいつにも同じようなことを言われたような気がするが、骸骨の魔法詠唱者、というのはこういうものなんだろうか。
あるいは。
我が
「ん……何かオレが
慌ててキーノは両手を突き出して振って見せた。
「そ、そんなことはない!
アインズさんにそう言ってもらえて、幸いだ!なぁ、クレマンティーヌ?」
「キ、キーノちゃん、な、名前は出さないで!」
だが、アインズはもはやクレマンティーヌに関心を持ってはいない様子だった。
結局<黒の百合>の一行は「どこか適当な場所に<
終わってみれば。
やはり自分たちは何も成し得なかったのではないか、という失望感と。
……それでもユグドラシルプレイヤーとの相互理解にさらに一歩踏み込めた、という満足感。
その双方を
その後の<箱舟>の運命は、彼女らには知る由もない。
*
「ラケシュ、皆に応戦準備を、と。」
とてつもない気配が徐々に迫りつつあるのを感じてパランザムはそう命じた。
何の得があってか自分たち以外にユグドラシルプレイヤーがあることを報せてくれたあの
そしてある意味それは、パランザムにとっては待ち望んだ状況でもあった。
<箱舟>の外に出てみれば、
あれは
まさに……我が
「おまえたちの
何の前置きもなく骸骨はそう問うた。
おそらくは、キーノ・インベルンと名乗ったあの
そしてパランザムは、キーノに裏切られた、などとは決して思ってはいなかった。
むしろあの者は、私の余人に語れぬ苦悩を
「我らはただ、我らが
パランザムはそう答える。
骸骨の言う通り、
そして。
最期の最後まで
「<
<
ゴーン……。
機械仕掛けの時計を背負った骸骨は、打撃用の
「十秒ほどある。
おまえたちの思い……全身全霊をぶつけてこい!」
ゴーン……。
嗚呼、粋な計らいだ!
この骸骨は、我ら
「言われるまでもなく!」
ゴーン……ゴーン……。
どこからともなく響き渡る鐘の音の中、パランザムを始めとする<箱舟>の下僕たちが骸骨に襲いかかった。
放つ魔法は悉く無効化され、武器を翳しての突入は事前に用意されていた
そうなるであろうことは
一矢報いることすら叶わずとも構いはしない。
今、こうして戦っていること。
それこそが、我らが
ゴーン……ゴーン……。
最後の瞬間、パランザムは骸骨と目が合ったような気がした。
表情がないはずの骸骨は、何故か哭いているように見えた。
だからパランザムは、それに満面の笑みを返してやった。
心無しか、骸骨も微笑み返してくれたような気がした。
ゴーン……カチリッ。
そして……すべてが塵へと帰る。
*
「儲け話。」
とクゥイア。
エ・アセナルでのアインズ・ウール・ゴウンとの邂逅から一ヶ月。
<黒の百合>の一行は、そのまま旧リ・エスティーゼ王国のあちらこちらを歩きつつ、これまでそうしてきたように、この者は、と思われる有志を見つけては触れ得ざる者について語る活動を続けている。
城塞都市エ・レエブルで確保した宿で一息ついていた折、いつものように不意に消え、そして不意に姿を現す双子忍者がそう告げたので、
「なに、儲け話って?」
「ユグドラシル金貨。」
そう言われて、クレマンティーヌは荷物の中の革袋を探った。
エ・ランテルの
「公金貨二十枚と替えてくれるって。」
「「はぁ?」」
これにはクレマンティーヌとキーノが共に驚きの声をあげた。
二十枚、ということは、このあたりで通用していると聞いた相場の倍、ということだ。確かに儲け話ではあるが、それは何者かが、ユグドラシル金貨を相場以上の公金貨を
「……どうする、キーノちゃん?」
「儲け云々はともかく、どういうことなのかは気になるな。」
かくして、<黒の百合>はクゥイナの道案内に従ってエ・レエブルの、これといって特徴のない商家が立ち並んだ通りを進んだ。
辿りついたのは、これまた取り立てて特徴のない
「うーん、どうにも嫌な予感しかしないんだが。」
さて入ったものか、と様子を伺っていると、商人風の男が一人、何を気にするでもなく扉を開けて中へ入っていった。しばらく待つと男が喜色満面で出てくる。手には明らかにたくさんの金貨が詰まったと思しき革袋。そそくさとそれを懐に仕舞った男は、来たときと同様に軽やかな足取りで立ち去って行った。
「高価買い取り、ってのは嘘ではないみたいねー。」
「あの様子だとそうだな。入ってみるか!」
意を決したキーノは、貸店舗の扉を開いて途端に息を呑んだ。
「エン……!」
思わず名を口にしそうになって、慌ててキーノは口を噤んだ。
そこに居たのは、遥か千年以上の昔、ナザリック地下大墳墓の食客になっていた時分に、共にトブの大森林の果樹園で害虫対峙に勤しんだ縁のある蟲使い、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータだったのだ。
「いらっしゃいませぇー。」
エントマは、特に何を気にするでもなくキーノたちを出迎えたが、たちまちに造り
「アンデッドぉ?」
と、キーノとクレマンティーヌの面体を覗き込んだ。
すると、
パンッ!
と弾ける音がする。
何事か、とキーノもクレマンティーヌも驚いたが、見ればエントマの後ろに
「はい、余計なことはしないの。
な、何なんだ、これは?
「大判金貨をお持ち込みのお客様でしょうか?」
にこやかに
これが、ナザリックの連中が拡散したユグドラシル金貨を回収すべくやっていることは明らかだが、その一員によもやメイドがあろうなどとは思いもよらないキーノとしては、この可愛らしい女の子はこの事業のためにアインズたちが雇い入れたものだろうか、と疑問に思うものの、その雇われ
この女の子もナザリックの一員で、しかも蟲使いエントマよりも上位の者なのだろうか?
どう考えてもそうは見えないが。
「お客様?」
シクススに改めて問い掛けられ、キーノは慌てて
「あぁ、すまない。これだ。」
とユグドラシル金貨を三枚差し出すと、特に改めるでもなく、
「ではこちらを。」
と金貨の詰まった革袋を差し出された。敢えて数える気にもならないが、確かに六十枚は入っていそうだ。
「ありがとうございました。」
と頭を下げられて、エントマに「お帰りはこちらぁ!」と扉を指差されては、これ以上会話のしようもない。
かくしてキーノたちは、アインズと少なからず心が
「ベタではあるけれど、堅いやり方ではあるわさ。」
ふふふ、と笑いながらクレマンティーヌが言う。
「あいつら……存外面白い連中だね。」
とも。
キーノとしては、おそらくこれは連中が打った手のほんの一部に過ぎず、他にも何か知ればこちらが卒倒せざるを得ないようなことをやっているに違いない、などと考えているが、敢えてそれは口にしなかった。
実際のところ、金貨回収の主力は
「この話を、それとなく喧伝して歩く手伝いくらいはしてやってもいいかも知れないな。」
キーノとしては、アインズたちのやり方は賢明であることは理解しつつも、回収が進み大判金貨の希少性が高まるに連れて、別の意図でその保持を図る者も現れることを危惧している。そういう連中には、自分たちがそこに潜む危険性を語って歩かねば、アインズたちの手は届くまい。
「それはキーノちゃんの言う通りだと思うけど、連中が謝礼でも支払ってくれるかしらん?」
おまえも大概いい度胸をしてるな!
言わずもがなにその表情からキーノの意を察したクレマンティーヌが、
「冗談よ!本気にしないの!」
と取り繕う。
「それはそれとして、
ん?
「ヤる?四人で!」
「ゲフンゲフン!」
いや、まぁ……それも悪くないか。
結局、自由都市群に流通したユグドラシル金貨のほとんどすべては転移歴1400年の到来を待たずにナザリック地下大墳墓の宝物殿に収まることになった。
旧リ・エスティーゼ王国に由来した最後の貴族専制領アセナーラは、リ・ボウロロールの共和制の気風を学んだ
以降、彼らは永く自分たちの歴史の発端として、
完
<次話予告>
いつものように三日月
あーそーか。
ナザリック地下大墳墓の主人たるこのオレには、見たくないものを見ない、聞きたくないものを聞かない権利すらないんだな。
億劫のオーバーロード余18話『正義降臨』
「この世に生まれる者は