億劫のオーバーロード   作:wash I/O

54 / 144
<箱舟>のNPCの(おさ)パランザムはキーノに何を語ったのか?
そして大魔王アインズ・ウール・ゴウンは苦渋の決断を迫られる!


放置子(3)

「ギルド外の(かた)にお話しするのは憚られるのですが……私たちの(あるじ)は、自室に籠もったまま、私ども下僕(しもべ)との会話にも応じてはくださらないのです。」

 

「……はぁ?」

 

 少し時間を遡って。

 

 ここでアインズが超位魔法で生じさせた爆音が聴こえてきて、その場の皆が驚きを隠せない中、ただキーノだけは、ナザリックの連中がやって来たのに違いない、と確信していた。

 

「パランザム、あまり時間がないかも知れない。

 おそらく(いま)聴こえた爆音は、こちらの世界にあるもっともヤバいユグドラシルプレイヤーが、おまえたちを探しにやって来たものだ、と私は考えている。」

 

 パランザムは沈黙している。

 

「おまえの一存で(こと)を決し兼ねるのであれば、私をおまえの(あるじ)に引き合わせてくれ。(あるじ)が納得すれば、おまえも異存はないだろう?」

 

 だが、目前の風精霊(エアエレメンタル)は、そもそも(むな)しいその身体(からだ)をさらに(むな)しくさせつつこう呟く。

 

「無駄です。」

 

「やってみなければわからないだろう!」

 

 キーノの訴えに、パランザムは寂しそうな声で応じる。

 

「ネス様は、心を閉ざしておしまいになられました。」

 

「ネス……というのが、おまえたちの(あるじ)なのか?」

 

「最後に残られ、私たちと共にこちらの世界へ渡り来られた御方です。が、それはネス様がお望みになられたことでは決してなかったのです。」

 

 どうにもキーノにはパランザムの話の内容が理解できない。

 望まないのに渡り来る、というのはどういう意味なのだろう?

 

「ネス様はご自室に籠もられ、ただ、お母様に会いたい、お母様に会いたい、と泣いておいでです。」

 

「ネスの母親は……どうしたんだ?」

 

「存じ上げません。」

 

「はっ?」

 

「ネス様はロイ様の御子息ですが、ロイ様は男性であられました。」

 

「ロイ……というのは?」

 

「我らがギルド、スプリンターのギルド長であり、私の創造主でもある御方です。私は、ロイ様からネス様を御子息である、と教えられました。」

 

「なら母親もあるだろう?」

 

「そのような御方は存じ上げません。」

 

「では、父親……ロイは?」

 

「もう長くお会いしておりません。」

 

 うーむ、とキーノは(うな)る。

 今の今までそんな可能性を考えたこともなかったが、どうやらパランザムが(あるじ)と仰ぐネス、という人物は、それが具体的にどのような意味を持つのかはともかく、母親を恋しがる子どもであるらしい。父親にあたるロイが自身の創造主であると語るパランザムがその母親と面識がない、というのもキーノにとっては理解に苦しむ部分だ。

 そしてもっとも理解に苦しむのは、母親を恋しがるような子どもが(いま)ここにあるにも関わらず、父ロイの姿を長く見ていない、というパランザムの言葉。

 

「ですから私たちは、ネス様をお守りすべく、この<箱舟>を維持し続ける以外にないのです。」

 

「それが、他のユグドラシルプレイヤーを呼び寄せるとしても、か?」

 

 キーノは、ネスを守りたいと訴えるパランザムは、この問いに応じるだろうと考えてそう口にした。

 が、パランザムは意外な言葉を返した。

 

「それは……望むところでしょう。」

 

と。

 

 ここに至ってキーノは、これ以上押し問答を続けても埒が明かない、と見切りをつけ、先に聴こえた爆音の正体を探ってくる旨をパランザムに告げた。懸念する通りそれがナザリック地下大墳墓の連中の為すところなのであれば把握しておくに越したことはないし、その間にパランザムたちが翻意する可能性もなくはないだろう。

 

「先の爆音が気になるので様子を見てくる。

 その間に、(いま)一度考えてくれ。できるなら、ネスとやらと話してみて欲しい。」

 

 キーノはそう言いながら仲間たちを連れてパランザムの部屋を出ようと動き出した。

 パランザムは彼女たちをこう言って見送った。

 

「あなたたちの誠意には感謝します。」

 

 

 

「……という具合なんだが。

 アインズさんにはこれが何を意味するのか……わかるだろうか?」

 

 キーノは、パランザムから語られた情報をこうしてアインズに話すことに後ろめたさがないでもなかったが、さりとて自身では何とも解釈のしようがなく、それ以上に、大魔王とは言え存外理知的なところのあるアインズ・ウール・ゴウンなれば、善処はしても自身の期待を裏切りはすまい、という思いもある。

 一方で、キーノの話の途中からアインズは、甲冑の籠手(こて)(ひたい)に当てて何やら考え込んでいる様子。

 

「……キーノ、よくわかった、ありがとう。

 おまえたちが先行してくれたのは、結果的に幸いだったかも知れん。」

 

 アインズからそっけなく、ではあるが謝意が示されて、キーノは目を真ん丸にした。場合によっては記憶を取り戻すこともないままに殲滅されるかも、と覚悟していただけに、よもやこういう態度で迎えられるとは思いもしなかったことだ。

 だが、そう応じたアインズはとりたててキーノたちには関心がないようで、傍らの赤服の男(デミウルゴス)に向かって問い掛けた。

 

「どう思う。忌憚のないところを聞かせてくれ。」

 

 問われたデミウルゴスは右手を折って腹に当て、深々と頭を下げながら、

 

「至高の主のお考えの通り、かと愚考する次第です。」

 

と答える。

 

「……はぐらかすな。正直、オレは少し迷っている。」

 

 この言葉にキーノは驚く。

 かのアインズ・ウール・ゴウンをして、迷う、という状況があるのか、と。

 

「だから、おまえの言葉で以て、おまえがこれをどう解釈したかが聞きたい。オレとおまえの考えが一致するようであれば、それが真に答えなのだろう。」

 

「あぁ、何とももったいなきお言葉!」

 

 赤服の男は三日月型の笑みを浮かべながら感極まった声でそう応じた後、簡潔に言った。

 

放置子(ほうちご)……で御座いましょうな。」

 

 やはりデミウルゴスもそう考えるのか。

 とアインズは溜息をつく。

 

「……何だ?その……ほうちご、と言うのは?捨て子?孤児?」

 

 キーノは聞き慣れない言葉に、何となく語感から類似を覚える語を挙げて問うた後に、いささか踏み込み過ぎか、と慌てて口を噤んだが、意外にもアインズにキーノの介入を拒絶する雰囲気はない。

 

「キーノがわからんのも無理はない。

 本来これはオレが判断すべきことだ、とは思うが、実際オレは少し迷っている。

 今から話すことを聞いて、おまえがどう思うかを聞かせてくれるか?」

 

「な!……も、もちろんだ!承ろう!」

 

とキーノは安請け合いするが、以降、この時点で後事をアインズにすべて委ねて撤収しておいた方がよかったか、としばし後悔することになる。

 

「どこから話せばキーノにも理解できるか……難しいところなんだが。」

 

 アインズは、引き続き片手を(ひたい)に載せたまま、ボソボソと語り始めた。

 

 

 

 アインズ、すなわち鈴木悟がユグドラシルプレイヤーとなったその黎明期には決して問題にならなかったものだが、最盛期を越えて以降、しばしば物議を醸した話題の一つに、若年プレイヤーの増加と暴走、というものがあった。

 ユグドラシルは、サービス開始当初は年齢制限(レーティング)十五歳以上を謳ったものだが、プレイヤーの平均年齢が上昇するに従って、(おも)に少なからず居た富裕層プレイヤーからの要望を受けてこれが八歳以上に引き下げられた。自身<現実(リアル)>において子を得たプレイヤーが、我が子を連れてユグドラシルを冒険することを望むようになったからだ。

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンはその参加条件にギルメンが社会人……他ならぬ鈴木悟が十二歳小学校卒業時点で就業していたことからわかるように、これは必ずしも法律上の成人とは一致しない……であることを掲げていたが、これは、自身の稼ぎでプレイする者と親の稼ぎに依存する者とでは自ずと費用(コスト)感覚に乖離があり、特にまだ真っ当な金銭感覚を身に着けていない富裕層の若年プレイヤーは、親の(かね)を浪費して短兵急に目立とうとする傾向を示し、アインズ・ウール・ゴウンの面々はそれを好ましく思ってはいなかったのだ。

 

 そしてユグドラシルの最末期に、アインズ、すなわちモモンガ自身も主に子を持つギルメンを通して聞かされた社会問題の一つに、ヴァーチャル放置子(ほうちご)、と呼ばれたものがある。

 ギルドを成立させた親たちが我が子をギルメンに迎えたものの、親自身がユグドラシルに飽きてしまい、その一方で子は親から受け継いだギルドに残されて好き勝手をやっている、というもので、しばしばギルドの規模に比して突拍子もない行動を取るため鈴木悟などは、いったいどうなっているんだ?と首を傾げたものだが、死獣天朱雀ややまいこから背景を聞かされて、なるほど、と得心したものである。

 もちろん、すべての若年プレイヤーがそうであったわけでは決してない。アインズは、ギルメンの誰かから聞かされた「アースガルズの天空城の最前衛(エースアタッカー)の中の人は十二歳の女の子らしい」という話に驚かされたことを憶えている。が、これはあくまでも例外中の例外だ。

 多くの場合、自身がユグドラシルに飽きた親たちは、VRデッキに座らせてさえおけば子どもにかける手間が省ける、と言わんばかりに放置したものらしい。これがユグドラシルにおけるヴァーチャル放置子(ほうちご)、と呼ばれたものの実態になるが、その多くは親から与えられたギルド拠点に籠もってNPCと(たわむ)れるもので、(はた)から見るには害はなかった。当時のモモンガを「何なんだこいつらは?」と悩ませたのは、極一部例外的に存在したところの、親の財布を当てにしつつ、自身の技量を見誤って意味不明な課金頼みの攻勢に討って出た子どもたちである。

 

 そして、今の今まで考えもしなかったことになるが、ヴァーチャル放置子(ほうちご)が相当数存在しており、その親が子どものプレイ状況を把握しておらず、かつ、子ども自身が幼さゆえにユグドラシルのサービス終了に気づいていなかったとすれば、ログインしたままにサービス終了を迎えたプレイヤーの多くが、そういった子どもたちであった可能性は大いにあり得る。

 何ならそれは、こちらの世界に渡って来て以降、沈黙したまま姿を現さないプレイヤーが少なからずあることの、直接の原因の一つですらあるかも知れないではないか。

 

 

 

「キーノたちは、その<箱舟>とやらに容易に侵入が叶い、しかもたちまちに要撃されなかったんだな?」

 

 問われたキーノはこくこく、と頷いた。

 改めてアインズは深い溜息をつく。

 

「通常、プレイヤーが明示的にそうするな、と命じない限り、拠点NPCは外部からの侵入者には要撃を以て応じる。肝に銘じておけよ、キーノ。今回おまえらが消滅せずに済んだのは、運が良かっただけだぞ。」

 

 自身の安否を気遣うかのようなアインズの物言いに面食らいつつも、キーノの関心は別の方向へ向いていた。

 

「パランザムの言葉を信じる限り、ネスというプレイヤーは引き籠もったままで下僕たちに会ってもくれないそうだ。そんな者が外部の者の受け入れを命じた、とは俄に思えないんだが。」

 

 これに対し、答えを与えたのはデミウルゴスだ。

 

(わたくし)を含め、ある程度以上の知恵を与えられたNPCは、そこまで単純ではないのだよ。」

 

「おまえも……そう思うか?」

 

 どうしたことか、躊躇いがちにアインズが問う。

 

「おそらくそのパランザム、というNPCは、ギルド拠点が崩壊すれば自分たちが(あるじ)を害するに至ることを恐れていたものか、と推察いたします。これが極めて穏便、かつ持続可能な手段を以てのギルド維持を図った直接の動機でしょう。

 さりとて、その(あるじ)が寿命のない異形種であれば……おそらくはそうであろう、と思われますが、これが未来永劫続くこともまた、かの者にとっては自明であったものか、と。憐れなものです。」

 

 答えたデミウルゴスは、憐れ、と言いつつも楽し()だ。

 キーノには含意がわからない。

 

「どういう……ことなんだろうか?」

 

「おまえに説明してやる必要もないんだがな。」

 

と言いつつ、アインズはやはりどこか悲しげな調子で続けた。

 

「おまえが語らったNPCは、既に自身の(あるじ)に再起がないことに気づいているのさ。母親恋しさに泣き暮らしている、というのであれば、そいつの中身は十歳未満だろう。」

 

 ユグドラシルプレイヤーの中身が十歳未満の子ども?

 キーノも、その影に隠れてアインズの視線を避けているクレマンティーヌも驚きを隠せない。

 

「皆が皆そうだ、ということもなかろうが、普通に考えれば十歳の子どもが右も左もわからぬ異世界に突然放り込まれればそうなりもするわな。そして、何を言わずとも(かしず)いて(よろ)しげに計らう下僕(しもべ)に囲まれていれば、自らの認識を改める機会などあろうはずもない。」

 

 キーノは、朧気ながら記憶する真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)として覚醒した直後の自身、父母を含め生国の人々の死屍累々の中、何年もの(あいだ)呆然としたまま立ち尽くした自分自身を想起した。

 そうだ、自分にはあの(あと)、ツアーを始めとする十三英雄たちとの奇縁があって、こうして冒険を嗜む存在への昇華が叶ったものだが、それはツアーたちがあくまでもキーノを対等の存在として扱ってくれたからだ。もし彼らがキーノに(かしず)いたり、幼児であるかのようにあやす存在であったのならば、自身が今の自分へ至れたはずがないではないか!

 

「NPCたちは、本能的に、あるいは、ギルド崩壊によって自身が(あるじ)を弑することを恐れて拠点の維持に努めるだろうが、おそらく下僕の(おさ)だというキーノが語らったNPCは、それが母を求めて泣く自身の(あるじ)の苦しみを無為に長引かせるだけだ、ということにも、薄々気づいているんだろう。

 さりとて、絶対の忠誠に縛られた彼らは、いくら憐れんだとて自身の(あるじ)に自ら引導を渡すことは絶対に出来ない。」

 

「まさか……それじゃぁパランザムは!」

 

 ここに至って、キーノはアインズが何を言わんとしているかに思い至る。

 

「そういうことだ。

 そいつは、ユグドラシルプレイヤーであるか(いな)かに関わらず、否応なく応戦せざるを得ない自分たちを含めて、(あるじ)諸共に……殲滅してくれる何者かの到来を待ってるんだよ。」

 

「そ、そんな……」

 

 なんて……救いのない話なんだ!

 

「キーノの気持ちはわからんでもない。

 実際オレ自身、これにどう対すべきかについては正直なところ迷いがある。」

 

 アインズは相変わらず片手を(ひたい)に当てたまま喋っていて、迷っている、という言葉に嘘はないようだった。

 

「そいつらがただ穏便な手段でギルド維持を図るだけの存在であれば、特にどうこうするつもりはなかった。流出したユグドラシル金貨は問題ではあるが、次の<百年の揺り返し>までにはたっぷり時間はあるんだから、如何様(いかよう)にも対策はできるだろうからな。

 だが、キーノが調べてきてくれた話を聞いて迷っている。もちろん、おまえの言を鵜呑みにするつもりはないが、事実としては概ねそれがすべてだろう。となれば、これを捨て置くことは……」

 

 そのままアインズは言葉を濁した。

 

「キーノ・インベルン。」

 

と、赤服の男(デミウルゴス)から声がかかる。

 

「キミが分不相応にも勘違いせぬよう言っておくが、我が至高の主が、キミ如きの心情を慮っているものとは考えぬことだ。アインズ様が、来訪者の隘路に行き詰るを思いやられて慈愛の引導を下賜なさったことは、過去にいくらも例がある。キミは……心当たりがあるのではないかね?」

 

 あぁ、そうだ。

 七百年ほど前のことになるか。アベリオン丘陵からスレイン報国に現れた死霊使いプレイヤーがアインズと衝突しないよう仲裁を試みたことがあったが、今一歩及ばず、急襲したナザリック勢に驚いて慌てて逃げ去ったことがあった。その後の顛末は承知してはいない。

 

「あのときアインズ様は、十全な人間の精神を宿したままその屍肉を食らう者と成り果てたプレイヤーに乞われて、安らかなる死をご下賜あそばしたのだよ!」

 

 キーノからすると、そう語る赤服の男が、話す内容が陰鬱極まりないのに対し、さきほど(らい)諸手を振り上げて上機嫌なのが理解に苦しむところではあるのだが、きっとこいつもシャルティア同様にどこかが壊れた存在なのだろう、と受け止めている。

 対してアインズは、赤服の男に向けてひょいひょい、と手を振った。「余計なことは言うな」の意であろうか。

 

「キーノ。」

 

とアインズ。

 

「オレは、おまえの理解も共感も、必要とはしない存在だ。」

 

 この言葉に、キーノは黙って頷いた。

 

「それをわかった上で聞いてくれ。

 オレ自身……厳密に言えば少し違うが、まぁ、構わんだろう……オレ自身、幼い時分に両親とは死別している。」

 

 なんと!

 この紛うことなき大魔王にも、肉親などというものがあったのか?

 

「その<箱舟>とやらに引き籠もっているプレイヤーが、母恋しさに泣く気持ちはわからなくもないんだ。

 オレには、幸いにしてギルド、アインズ・ウール・ゴウンの碌でもないが類稀(たぐいまれ)なる仲間たちとの出会いがあり、今はナザリック地下大墳墓のやはり碌でもないが類稀(たぐいまれ)なる仲間たちの支えを得て……そして今のオレがある。」

 

 あぁ!

 

「そしてオレは幸いにして……その類稀(たぐいまれ)なる有り難さに自ら気づけた。

 が、これに自ら気づけない者に救いはないし、気づけない者を救う手立ては……ないんだよ。残念ながら、な。」

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンもまた……理解不能の化け物などでは決してなく、自分と同じく永劫の(とき)の中を彷徨(さまよ)い歩む者なのだな、とキーノは改めて痛感する。

 それが自分のそれとまったく同じものだ、とは思わないが、それでもアインズが今語ったそれは、まさにキーノ自身がアインズと知り合って以降、思い続けてきたそれそのもののように、少なくとも彼女には思われたからだ。

 

「おまえにはわかるまいが、こちらの世界に渡って来たユグドラシルプレイヤーは、本質的にはユグドラシル終了時点の本来のプレイヤーそれ自身の、その瞬間の記憶の残照に過ぎん。オレが遠からずそいつらへの関心を失うことを思えば……(いま)引導を渡してやるのが、自ら望んだわけでもなく、今ここにある己を得たオレの責務だろうよ。」

 

 そう語るアインズは、漆黒の甲冑に身を包みその情動などわかろうはずもないのに、キーノには本当に悲しげに見えた。

 

「あぁ……アインズさんの言うことは、わかる。

 わかる、などと簡単に言ってしまうと、私なんかよりもとても大きなものを背負っているアインズさんに対して失礼かも知れないが、敢えて、わかる、と言わせてくれ。」

 

 キーノがそう告げると、ようやくアインズは(ひたい)に当てたままだった手を()ろし、

 

「ふふ。背負い込んでいる……つもりはないんだがな。

 まぁ、おまえたちは一旦手を引け。(あと)は任せてもらおう。」

 

と、やや明るさを取り戻した口調でそう応じた。

 

「それはそれとして、ひとつ訊いていいか?」

 

とアインズ。キーノは頷く。

 

「さっきからおまえの後ろでガタガタ震えているそいつは……何だ?」

 

 キーノが振り向くと、もちろんそこにいるのは顔面蒼白のクレマンティーヌだ。

 無理もない話だが、よく逃げ出さずにそこに居たもんだな。

 

「私が迎え入れた……眷属だ。」

 

 記憶に難のあるアインズのことだ。よもやクレマンティーヌのことなど憶えてはいまいが、不用意にその名を出せば、キーノの名から、ツアーの舎弟、をたちまちに引き当てたように、()りたいときに()れる都合のいい女、と思い出されても困るので、キーノはそう誤魔化した。

 

「ユグドラシル金貨から、当地にプレイヤーがあることを見抜いたのも彼女だ。」

 

 こうとでも言っておけば関心はそちらに向くだろう、とそう口にしてみればアインズの反応は案の定だ。

 

「ほぅ……それは大したものだな!」

 

 隣でデミウルゴスがいささか不満げな表情を浮かべている。至高の主が竜王(ドラゴンロード)と余計な一戦を交えさえしなければ我々が先行できましたでしょうに、とでも言いたげだ。

 一方、改めてアインズの視線を受けたクレマンティーヌは「ひーーーっ!」と声を発して身を縮み上がらせた。

 

「そんなに怖がることもないだろ?」

 

 あ、あんた!

 私に何をしてくれたか憶えてないの?

 

 まぁ……憶えていないのである。

 

「オレは不死者(アンデッド)を消滅させることに関心はない。」

 

 そうなの?ホントに?

 と不安げな視線をアインズに向けるクレマンティーヌ。

 

「どうせ憶えていられないから敢えて名は訊くまい。」

 

 そういうアインズは、一時(いっとき)何か考える様子を見せた後に、こう言った。

 

「オレが何を言ったところで、どうせキーノは今後も、(あいだ)に立つ(もの)……だったか?……そうあろうとし続けるのだろう。それには敢えてとやかくは言うまい。

 

 が。

 

 こいつはこちらの世界の(もの)の中では破格の存在でありながら、存外脆いところもある。

 おまえが支えてやれ。」

 

「「……え?」」

 

 キーノとクレマンティーヌが二人揃ってぽかーん、と口を()けている。

 

 特にクレマンティーヌは、()が自然解体して以来数百年行方の知れない死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を思い出していた。今もトブの大森林のどこかで、独り魔道を探求しているものだろうか。

 あいつにも同じようなことを言われたような気がするが、骸骨の魔法詠唱者、というのはこういうものなんだろうか。

 

 あるいは。

 

 我が(あるじ)キーノ・インベルンの、類稀(たぐいまれ)なる人徳(じんとく)の為せる(わざ)

 

「ん……何かオレが可怪(おか)しなことを言ったか?」

 

 慌ててキーノは両手を突き出して振って見せた。

 

「そ、そんなことはない!

 アインズさんにそう言ってもらえて、幸いだ!なぁ、クレマンティーヌ?」

「キ、キーノちゃん、な、名前は出さないで!」

 

 だが、アインズはもはやクレマンティーヌに関心を持ってはいない様子だった。

 

 結局<黒の百合>の一行は「どこか適当な場所に<転移門(ゲート)>で送ってやろうか?」と気安く言うアインズに謝絶を告げて、エ・アセナルを(あと)にした。

 

 終わってみれば。

 やはり自分たちは何も成し得なかったのではないか、という失望感と。

 ……それでもユグドラシルプレイヤーとの相互理解にさらに一歩踏み込めた、という満足感。

 その双方を(いだ)きつつ。

 

 その後の<箱舟>の運命は、彼女らには知る由もない。

 

 

                    *

 

 

「ラケシュ、皆に応戦準備を、と。」

 

 とてつもない気配が徐々に迫りつつあるのを感じてパランザムはそう命じた。

 何の得があってか自分たち以外にユグドラシルプレイヤーがあることを報せてくれたあの吸血鬼(ヴァンパイア)の言葉は、そもそも疑ってなどはいなかったが、言葉通り真実だったのだろう。

 

 そしてある意味それは、パランザムにとっては待ち望んだ状況でもあった。

 

 <箱舟>の外に出てみれば、一目(ひとめ)見て破格とわかる、金糸銀糸に彩られた漆黒の装束(ローブ)(まと)った、骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)がある。

 

 あれは死の支配者(オーバーロード)

 まさに……我が(あるじ)(いま)ある苦しみから解き放つべく訪れた(もの)だ!

 

「おまえたちの(あるじ)に、自ら立つ望みはないのか?」

 

 何の前置きもなく骸骨はそう問うた。

 おそらくは、キーノ・インベルンと名乗ったあの吸血鬼(ヴァンパイア)と知己があるのだろう。彼女はユグドラシルNPCを連れて歩いていた。ユグドラシルプレイヤーと知り合いであっても驚くには値しない。

 

 そしてパランザムは、キーノに裏切られた、などとは決して思ってはいなかった。

 むしろあの者は、私の余人に語れぬ苦悩を(かい)し、この死の支配者(オーバーロード)を我々の元へと遣わしてくれたのに違いない、とすら思う。

 

「我らはただ、我らが(あるじ)をお守りするのみ。」

 

 パランザムはそう答える。

 骸骨の言う通り、(あるじ)は自らはお立ちにはなれません、と答えられぬわけではない。が、それは下僕(しもべ)が口にするにはあまりに(つら)い言葉だ。

 

 そして。

 最期の最後まで(あるじ)を守らんと戦い続ける者であれるならば、それに過ぎたる望みはない。

 

「<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!

 <魔法効果拡大化(ワイデン・マジック)>、<嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>!」

 

 (つい)にそのときだ!

 

 ゴーン……。

 

 機械仕掛けの時計を背負った骸骨は、打撃用の(スタッフ)を構えて待ち受けている。

 

「十秒ほどある。

 おまえたちの思い……全身全霊をぶつけてこい!」

 

 ゴーン……。

 

 嗚呼、粋な計らいだ!

 この骸骨は、我ら下僕(しもべ)の心を知る者だ!

 

「言われるまでもなく!」

 

 ゴーン……ゴーン……。

 

 どこからともなく響き渡る鐘の音の中、パランザムを始めとする<箱舟>の下僕たちが骸骨に襲いかかった。

 放つ魔法は悉く無効化され、武器を翳しての突入は事前に用意されていた反撃魔法(カウンター)と大魔王自らが振るう杖で(はじ)かれる。

 

 そうなるであろうことは(はな)からわかっていたことだ。

 一矢報いることすら叶わずとも構いはしない。

 

 今、こうして戦っていること。

 それこそが、我らが下僕(しもべ)である(あかし)だ。

 

 ゴーン……ゴーン……。

 

 最後の瞬間、パランザムは骸骨と目が合ったような気がした。

 

 表情がないはずの骸骨は、何故か哭いているように見えた。

 だからパランザムは、それに満面の笑みを返してやった。

 

 心無しか、骸骨も微笑み返してくれたような気がした。

 

 ゴーン……カチリッ。

 

 そして……すべてが塵へと帰る。

 

 

                    *

 

 

「儲け話。」

 

とクゥイア。

 

 エ・アセナルでのアインズ・ウール・ゴウンとの邂逅から一ヶ月。

 <黒の百合>の一行は、そのまま旧リ・エスティーゼ王国のあちらこちらを歩きつつ、これまでそうしてきたように、この者は、と思われる有志を見つけては触れ得ざる者について語る活動を続けている。

 

 城塞都市エ・レエブルで確保した宿で一息ついていた折、いつものように不意に消え、そして不意に姿を現す双子忍者がそう告げたので、(かね)に興味がないどころか、そもそも理解しているのかすら怪しいクゥイアの言葉を不思議に感じたクレマンティーヌが問い返した。

 

「なに、儲け話って?」

 

「ユグドラシル金貨。」

 

 そう言われて、クレマンティーヌは荷物の中の革袋を探った。

 エ・ランテルの冒険者組合(ギルド)で手に入れた三枚のそれは、どうにも遣る瀬無い思いがあって使わないままそこに眠っていた。

 

「公金貨二十枚と替えてくれるって。」

 

「「はぁ?」」

 

 これにはクレマンティーヌとキーノが共に驚きの声をあげた。

 二十枚、ということは、このあたりで通用していると聞いた相場の倍、ということだ。確かに儲け話ではあるが、それは何者かが、ユグドラシル金貨を相場以上の公金貨を(はた)いて()き集めていることを意味する。

 

「……どうする、キーノちゃん?」

 

「儲け云々はともかく、どういうことなのかは気になるな。」

 

 かくして、<黒の百合>はクゥイナの道案内に従ってエ・レエブルの、これといって特徴のない商家が立ち並んだ通りを進んだ。

 辿りついたのは、これまた取り立てて特徴のない集合住宅(インスラ)の地上階を貸店舗にしているもので、大判金貨高価買い取り中、と、乱れた筆跡で書かれた羊皮紙が扉に貼られている。

 

「うーん、どうにも嫌な予感しかしないんだが。」

 

 さて入ったものか、と様子を伺っていると、商人風の男が一人、何を気にするでもなく扉を開けて中へ入っていった。しばらく待つと男が喜色満面で出てくる。手には明らかにたくさんの金貨が詰まったと思しき革袋。そそくさとそれを懐に仕舞った男は、来たときと同様に軽やかな足取りで立ち去って行った。

 

「高価買い取り、ってのは嘘ではないみたいねー。」

 

「あの様子だとそうだな。入ってみるか!」

 

 意を決したキーノは、貸店舗の扉を開いて途端に息を呑んだ。

 

「エン……!」

 

 思わず名を口にしそうになって、慌ててキーノは口を噤んだ。

 そこに居たのは、遥か千年以上の昔、ナザリック地下大墳墓の食客になっていた時分に、共にトブの大森林の果樹園で害虫対峙に勤しんだ縁のある蟲使い、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータだったのだ。

 

「いらっしゃいませぇー。」

 

 エントマは、特に何を気にするでもなくキーノたちを出迎えたが、たちまちに造り(もの)の顔を訝しげに傾けて、

 

「アンデッドぉ?」

 

と、キーノとクレマンティーヌの面体を覗き込んだ。

 すると、

 

 パンッ!

 

と弾ける音がする。

 

 何事か、とキーノもクレマンティーヌも驚いたが、見ればエントマの後ろに女給(メイド)風の可愛らしい女の子が立っていて、紙の張扇(はりせん)でエントマの頭をひっぱたいていた。

 

「はい、余計なことはしないの。

 不死者(アンデッド)だろうが何だろうが、お客様はお客様よ!」

 

 な、何なんだ、これは?

 

「大判金貨をお持ち込みのお客様でしょうか?」

 

 にこやかに女給(シクスス)が問う。

 これが、ナザリックの連中が拡散したユグドラシル金貨を回収すべくやっていることは明らかだが、その一員によもやメイドがあろうなどとは思いもよらないキーノとしては、この可愛らしい女の子はこの事業のためにアインズたちが雇い入れたものだろうか、と疑問に思うものの、その雇われ(もの)がエントマの頭を躊躇いもなく張扇(はりせん)でひっぱたいた理路がわからない。

 この女の子もナザリックの一員で、しかも蟲使いエントマよりも上位の者なのだろうか?

 どう考えてもそうは見えないが。

 

「お客様?」

 

 シクススに改めて問い掛けられ、キーノは慌てて(われ)に返る。

 

「あぁ、すまない。これだ。」

 

とユグドラシル金貨を三枚差し出すと、特に改めるでもなく、

 

「ではこちらを。」

 

と金貨の詰まった革袋を差し出された。敢えて数える気にもならないが、確かに六十枚は入っていそうだ。

 

「ありがとうございました。」

 

と頭を下げられて、エントマに「お帰りはこちらぁ!」と扉を指差されては、これ以上会話のしようもない。

 

 かくしてキーノたちは、アインズと少なからず心が(かよ)った、と喜んだのも束の間、やはりナザリックの連中は何を考えているのかよくわからんな、と呻吟しつつ立ち去る他なかった。

 

「ベタではあるけれど、堅いやり方ではあるわさ。」

 

 ふふふ、と笑いながらクレマンティーヌが言う。

 

「あいつら……存外面白い連中だね。」

 

とも。

 

 キーノとしては、おそらくこれは連中が打った手のほんの一部に過ぎず、他にも何か知ればこちらが卒倒せざるを得ないようなことをやっているに違いない、などと考えているが、敢えてそれは口にしなかった。

 実際のところ、金貨回収の主力は恐怖公眷属(ゴキブリ)であり、少なからぬ自由都市住民が気づきもしない間に偶然入手した大判金貨を失っているのだが、(つい)ぞそれが問題視されることはなかった。気づいたとて、打てる手などなかったことだろう。

 

「この話を、それとなく喧伝して歩く手伝いくらいはしてやってもいいかも知れないな。」

 

 キーノとしては、アインズたちのやり方は賢明であることは理解しつつも、回収が進み大判金貨の希少性が高まるに連れて、別の意図でその保持を図る者も現れることを危惧している。そういう連中には、自分たちがそこに潜む危険性を語って歩かねば、アインズたちの手は届くまい。

 

「それはキーノちゃんの言う通りだと思うけど、連中が謝礼でも支払ってくれるかしらん?」

 

 おまえも大概いい度胸をしてるな!

 

 言わずもがなにその表情からキーノの意を察したクレマンティーヌが、

 

「冗談よ!本気にしないの!」

 

と取り繕う。

 

「それはそれとして、大仕事(おおしごと)が片付いたんだから、我らがご主人様からワタシたち下僕(しもべ)へのご褒美はあっていいと思うんだけどぉ……どーかなー?」

 

 ん?

 

「ヤる?四人で!」

 

「ゲフンゲフン!」

 

 いや、まぁ……それも悪くないか。

 

 

 

 結局、自由都市群に流通したユグドラシル金貨のほとんどすべては転移歴1400年の到来を待たずにナザリック地下大墳墓の宝物殿に収まることになった。

 

 旧リ・エスティーゼ王国に由来した最後の貴族専制領アセナーラは、リ・ボウロロールの共和制の気風を学んだ石工職人(メーソン)たちの帰国に伴い、自由都市エ・アセナルとして新たな道を歩み始めることになる。

 以降、彼らは永く自分たちの歴史の発端として、(ぎょく)の富の独占を図って竜王(ドラゴンロード)の手にかかった最後のアセナーラ子爵と、急襲した竜王(ドラゴンロード)を撃退し(まち)を救った<漆黒の英雄>を伝説として語り継いでいくことになるが、そんなことはアインズを含め、ナザリック地下大墳墓の能天気な面々の、知ったことではなかった。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

 いつものように三日月(くち)の不穏な笑顔で(あらわ)れた参謀(デミウルゴス)が、アインズを不安と困惑の中へと陥れる。

 あーそーか。
 ナザリック地下大墳墓の主人たるこのオレには、見たくないものを見ない、聞きたくないものを聞かない権利すらないんだな。

 億劫のオーバーロード余18話『正義降臨』

「この世に生まれる者は(みな)、自ら望んで生まれるものだ。そなたとて、自身望んでこの世界にやって来たのではないのかえ?」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。