億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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遂に、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーが<永い眠り>から目を覚ます。本編最終話『眠りの竜王(ドラゴンロード)』に後続する物語に始まる3話全6回を3日毎に連投します。


余19話 転移歴1500年 鬼顔城(きがんじょう)
鬼顔城(1)


 転移歴1500年の晩秋。

 自由都市リ・ボウロロールを総勢数千余の下等の魔鬼(インフェリア・デーモン)が囲んだ。

 

 先立ってこの軍勢に略奪を受けた付近の町村からの避難民で城塞都市はごった返しており、城壁の上には、彼らを守り抜かんと得物も装備も種族(クラス)(レベル)も不揃いの百余名の冒険者(ヴェンチャー)たちが(つど)っていた。

 彼らの中には、恐怖に駆られて破れかぶれの特攻を主張する(もの)も少なからずあったが、腕に覚えのある一部が口々に言うところの「あれこそは噂に聞いた、触れ得ざる(もの)、軽々に仕掛けず守りに徹するが肝要なり」の主張に暴発を押し(とど)められた。

 

 さりとて。

 魔鬼(デーモン)たちが一気に雪崩込んで来ようものなら、抗す(すべ)などないことは、誰の目にも明らかだった。

 

 それまで城門手前500メートルほどの草地で無秩序に蠢いていた魔鬼が紡錘陣形を採るのが見え、いよいよ突入か、城壁の上から魔法や弓矢で先制を加えた後は、どこまで持ち堪えられたものかはわからないが遮二無二城門を支える他はない。かくなる上は、ぎりぎりまで引き付けて少しでも多くの出血を強いるのみ、と都市の守り()たちが必死の覚悟に腹を括った、まさにそのとき!

 

 雲一つない晴天下、日差しを反射してきらきらと光る巨大な何かが北方から飛来するや、城壁の上にあっても熱気を感じる紅蓮の炎が魔鬼たちを包み込んだ。

 

 竜の吐息(ドラゴンブレス)

 

 白金(しろがね)に輝く竜が、それ自身の鱗を以てしか耐える(すべ)がないと聞こえる必殺の一撃を魔鬼の陣形ほぼ中央に放ち、その半数を一瞬にして蒸発せしめた。辛うじて焼き尽くされることを逃れた魔鬼たちは、それでも潰走することなく改めて密集隊形を採る構えを見せたが、これを立て続けに三連の目に見えぬ(やいば)が襲った。

 

 <現断(リアリティスラッシュ)>!

 

 対象物そのものではなく、それが存在する空間ごと斬り裂くのだ、とフレーバーテキストに謳われるその見えざる(やいば)を視認できた(もの)など、薙ぎ払われた当人たちを含め誰一人居ようはずもない。

 ただ、城壁の上にあってこの異様な光景に固唾を呑んだ冒険者たちの中でも特に観察眼に優れた(もの)だけが、かの切断が、熱い吐息を放った後も魔鬼の陣の直上に滞空していた白金(しろがね)の竜の背から放射状に広がっていったことに辛うじて気づいている。

 

 そしてその放射の中心、すなわち竜の背には、この距離ではいったい何者であるかまで識別することが叶わないが、確かに漆黒の装束(ローブ)(まと)って騎乗する竜騎士(ドラゴンライダー)の姿が見える。

 

「ア……アレハ!」

 

 特に視力に優れた妖巨人(トロール)か、あるいは人食い鬼(オーガ)か、亜人の戦士から歓喜の声が上がった。

 

「アレコソハ、伝説ノ髑髏(ドクロ)様!」

 

 これを皮切りに「髑髏様万歳(ヴィヴレ・ドクロサマー)!」「竜騎士万歳(ヴィヴレ・シュバリエ・ドラゴン)!」と歓呼が巻き起こったが、呼ばれる竜も騎乗する黒衣の骸骨もまったくそれに応じることはなく、続けて、すべてを焼き払う竜の吐息とすべてを薙ぎ払う恐ろしい魔法を放ち、あっという間に数千余あった魔鬼を一体残らず殲滅してしまったのである。

 

 

                    *

 

 

 少し時間を遡って。

 異変に最初に気づいたのは、例によって恐怖公眷属(ゴキブリ)だった。

 

 人間たちがリ・ボウロロールと呼ぶ城塞都市からも眺望が叶う、肥沃な平野と海を隔てる石灰岩台地の北端に、突如として魔鬼(デーモン)の顔を(かたど)ったかの如き巨大な岩城(いわじろ)が出現した。

 この発見は直ちに三賢者(トリニティ)を介して大魔王アインズ・ウール・ゴウンの知るところとなった。

 

 際して、これを報じた参謀デミウルゴスは、

 

「外見から判断して拠点レベル二千五百以上、我らがナザリック地下大墳墓に匹敵するギルドで御座います!」

 

と感極まり上擦った声で告げたのであるが、これを聞いたアインズはそっけなく、

 

「二千五百五十だ。」

 

と返し、呆気に取られた三賢者に「しばらく放置で」とだけ命じて、敢えて対策の議論には応じようとしなかった。

 

 七日ほどが経過した後、長距離探査(ロングレンジスキャン)を控えたニグレドに代わり、引き続き周囲に潜んで監視を続けていた恐怖公眷属から、鬼顔城(きがんじょう)から下等の魔鬼(インフェリア・デーモン)の大軍、総勢一千余が現れ、リ・ボウロロール西方の台地に沿った町村を片っ端に襲っていることが報じられた。

 この報告にも現れているように、この時点で出現したギルド拠点は、鬼顔城、と呼ばれるようになっていたが、これは彼らの(あるじ)アインズが、さも当然のようにそれをこう呼んだからだ。下僕(しもべ)たちが(あるじ)の語用に倣うのはごく自然なことだった。

 三賢者は、この魔鬼がナザリック地下大墳墓に無数の骸骨(スケルトン)があるのと同様に、拠点レベル二千を超えるギルド拠点には備わっていて当然の自然沸き怪物(ポップモンスター)であると判じ、それがこうして組織的な略奪行為に及んでいる以上、ギルドは健在でその維持資金獲得のために同じく健在の来訪者(プレイヤー)が命じたものに違いない、と色めき立ったが、やはりアインズはこれに対しても強い関心を示さなかった。

 

 魔鬼たちは、町々や村々からささやかな財物と季節柄豊富だった秋の収穫物をあらかた回収して一旦引き上げた。彼らは立ち向かってくる者を除き在地の人間や亜人にほとんど関心を示さず、少なからぬ犠牲者や成り行きで攫われた者はあるものの、住人の多くは近隣最大の城塞都市となるリ・ボウロロールへ逃げ込んだようだ、とやはり恐怖公眷属から報告が上がった。

 

「拠点レベル二千五百強ともなれば、あの程度の略奪では焼け石に水でしょうな。

 もっとも、連中が<換金箱(エクスチェンジボックス)>を所有していたとして、の話では御座いますが。」

 

 そう注意を促したのは、言わずもがな、ナザリックの財務責任者パンドラズ・アクターである。

 無論彼が言わんとしたのはナザリックに伍する規模の拠点を擁する来訪者の辿るであろう運命に対する皮肉、などではなく、次なる略奪がおこなわれるのは必定であるから先手を打つのであれば今だ、といったところであり、実際彼が案じたように翌日には新たな、先よりも更に数を増した数千余の魔鬼の軍勢の城塞都市リ・ボウロロール目指しての進発が報じられたのであるが、これに対してもアインズは、

 

「ないはずはないだろうよ。」

 

と気のない返事を返すのみで、これといった対応を下僕たちに命じなかった。

 

 ついには、

 

「すまん、ちょっと出掛けてくる。」

 

と、漆黒の英雄(モモン)姿の擬装すら採らずに<転移門(ゲート)>を開いたので、アルベドなどは大慌てで、

 

「単騎で迎撃なさるなど言語道断!」

 

と声を(あら)らげたのだが、既に半身を転移門に(くぐ)らせたアインズは、振り返りざまに、

 

「慌てるな、アルベド。

 寝坊助(ねぼすけ)のところに不死者(アンデッド)の積み増しに行くだけだ。」

 

と、さらりと返してそのまま姿を(くら)ましてしまった。

 

 このような経緯があったがゆえに、<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)>を頭上に抱えた恐怖公が駆け込んで来るや、

 

「アインズ様が白金(プラチナ)(ドラゴン)に騎乗して魔鬼(デーモン)どもを殲滅しておられますぞ!」

 

と、眷属情報網(ゴキブリネットワーク)から得た数秒遅れの中継映像を映し出したのを受け、ほぼ同時に「何ですとー!」と驚きの声を上げたデミウルゴスとパンドラズ・アクター、まったく予期していなかった突然の恐怖公の訪問に「きゃー!」と悲鳴を上げて逃げ出したアルベドによって、玉座の間は大混乱に陥ったのであった。

 

 

 

 その<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)>に映し出されるところの死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンは、共に自身に向けて喝采の声を上げる城塞都市を背にしたまま、振り返るでもなく無言のままに、殲滅した魔鬼の軍勢が光の粒になって消えていく様を眺めていた。

 ややあって、先にアインズがツアーに向けて骨の手の平で何かを示そうと右手をゆっくりと上げ始めたが、その完了を待たずにツアーが大きな指を立てたり折ったりしながら数を示した。

 

 七。

 

 軽く見上げてそれを確認したアインズは、満足そうに頷くと、さきほど上げようとしていた骨の手を頭蓋骨の真横、人間であれば耳のある辺りに添えた。

 

 これは<伝言(メッセージ)>を発する際に、しばしば無意識のうちに執られる所作だ。

 

 案の定、その<伝言>を愛する(あるじ)から受け取ったアルベドは、恐怖公との不意の邂逅で陥った恐慌から速やかに復帰し、涼やかな表情でアインズの(めい)を受け取った。

 

 が。

 途端に彼女の表情が胡乱で訝しげなそれに転じていくのを、デミウルゴスもパンドラズ・アクターも見逃しはしなかった。

 

「どうしたのかね、アルベド?

 アインズ様は何と?」

 

 通話が切れたと見えた時点ですかさず参謀(デミウルゴス)がそう問うたが、アルベドは困惑の表情を隠しもせずにこう答える。

 

「それが……どうもよくわからないの。」

 

 さりとて。

 至高の主から一命が下ったとなれば従うのが彼ら下僕(しもべ)(さだ)め。

 

 若干の違和感を覚えつつも、皆、アインズの決断を成就させるべく、粛々と行動を開始したのである。

 

 

 

 アインズとツアーは、城塞都市リ・ボウロロールを背にしたまま、西方の台地の上に鎮座する鬼顔城を望んで立ち尽くしていたが、ややあって再びアインズの片手が骸骨頭に添えられた。

 

 ナザリックからの「準備完了」の報が届いたがゆえである。

 

 リ・ボウロロールの人々は、自身の窮地を救ったに見える眼下の(ドラゴン)と黒衣の魔法詠唱者(マジックキャスター)に駆け寄りたい気持ちこそあれ、さきほど見せつけられたあまりの破壊力に本能的な恐怖を覚えたものか、あるいは「この(もの)たちこそが真に、触れ得ざる(もの)、であるに違いない」と悟ったものか、ただ城壁の内から歓声を送るにとどめていたのだが、魔法詠唱者の目前の空間に禍々しい黒い穴が形作られたことに誰彼となく気づき、(みな)息を呑んだ。

 

 そして、歓声が悲鳴に変わる。

 

 その黒い穴……言うまでもなくアインズが開いた<転移門(ゲート)>である……から、数え上げるも馬々鹿々しくなる夥しい数の不死者(アンデッド)が溢れ出したからである。

 その大半は都市住人の少なくない者にとっても馴染みのある骸骨(スケルトン)であったが、その装備している武具がいずれも彼らの常識の範疇外の逸品揃いであることは素人目にも一目瞭然。

 しかも、歩兵と思しきそれらに混じって、骸骨の大魔法使い(エルダーリッチ)死の騎士(デスナイト)の姿もちらほら散見されるではないか。

 穴から姿を現したそれらの屈強な不死者(アンデッド)たちは皆、黒衣の魔法詠唱者に一礼を施した後は、それぞれ指差し命じられた方向へと整然と進軍していく。

 

 悲鳴は沈黙に転じた。

 

 竜と魔法詠唱者が魔鬼(デーモン)の軍勢に囲まれたリ・ボウロロールの窮地を救ったことに疑いはないが、これでは魔鬼が不死者に代わっただけで、何なら禍々しさで言えばなおも数を増しつつある不死者の軍勢の方が数段(うえ)ではないか。

 あれよと言う()に、竜と魔法詠唱者の左右に、総勢は彼らが駆逐して見せた魔鬼のそれを遥かに超える鶴翼(かくよく)の陣形が成った。やおら骨の指が屹っと彼方の鬼顔城を指差せば、整然と進軍が開始される。それは見る人が見れば、鬼顔城を半包囲せんとするものであることは明白だった。

 ほどなくして鬼顔城側からも、これを迎え討たんとするものか、やはり下等の魔鬼(インフェリア・デーモン)の大軍が出撃したが、密集しているところを一息に殲滅されたことに懲りたものか、大きな弧を描いて迫りくる不死者の軍勢に合わせて放射状に散開する(さま)を見せた。

 やがてあちらこちらで互いの戦線が接触し、不死者と魔鬼が小競り合いを始めた。城塞都市に籠もった人々はこの黙示録的な光景をただただ沈黙したまま見守る他なかったが、白金(プラチナ)の竜と黒衣の魔法詠唱者もそれは同様のようで、関心があるのかないのか、あるいは別の何かを待っているのか、しばらくは最初に陣取った位置からまったく動く様子を見せなかった。

 

 もっとも。

 

 誰一人気づくものなどあろうはずもなかったが、この時点で黒衣の魔法詠唱者、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、

 

「思惑通りだ……勝ったな。」

 

と独り北叟笑んでいたのであるが、果たせるかな!

 

 二刻ほどの(のち)、鬼顔城の遥か直上の空から、向かって斜め右下方(かほう)へ向かって、リ・ボウロロールにあっても眩さを覚える雷光のようなものが走った。実際多くの人々が、何かが中空(ちゅうくう)轟爆(ごうばく)したものかと慌てて身を伏せたほどだ。

 

 ただアインズだけが、何事もなかったかのようにゆっくりと顔を上げて傍らにあるツアーの表情を伺う。その片目が自身に向けて瞬き(ウィンク)され、(はかりごと)の成就を告げた。

 

 続けてアインズは、不死者の軍勢に隠形(おんぎょう)随伴させていた集眼の屍(アイボール・コープス)から戦況を確認する。膠着した戦線に変化はない。つまり、今しがた()()()()()()()()(もの)以外、プレイヤーはいない!

 

 ここに至ってアインズは<転移(グレーター・テレポーテーション)>で、傍らにあったツアーの操る傀儡(くぐつ)目掛けて()んだ。

 

 

 

「あぁ、来てくれたね。

 ()()をあのまま晒しているのは流石に落ち着かないから、手早く済ませてくれると助かる。」

 

 頭上に出現したアインズにそう告げた白金(プラチナ)の甲冑、ツアーの傀儡の足下(そっか)には、その得物、二振りの神器(ゴッズ)級の両手剣(グレートソード)で胸と腹を貫かれ、石灰岩の岩肌に縫い留められた迷彩服姿の狼男(ワーウルフ)があった。

 身動きが取れないものの絶命していたわけではなかったそれは、金糸銀糸に彩られた漆黒の装束(ローブ)(まと)い、その中腹に妖しげな輝きを放つ紅玉(こうぎょく)を宿した骸骨の転移出現を認めるや、

 

「この(ファッキン)不正(チート)野郎!」

 

と開口一番罵った。

 

 対するアインズは、これに憤るでもなく、さりとて蔑むでもなく、音も立てず静かにその()(たい)の傍らに着地するや、深い溜息を吐きつつ、

 

「今……悪夢を終わらせてやる。」

 

とだけ告げて、<真なる死(トゥルーデス)>を与えた。

 

 抗う(すべ)なくこれを受け入れ、光の粒となって霧散していくその亡骸(なきがら)を見つめつつ、ツアーが呟く。

 

「……あっけないものだね。」

 

 声をかけられたアインズはたちまちには応答を返さず、しばし二振りの両手剣(グレートソード)が突き立ったままの岩肌をぼんやり眺めていたが、

 

「……後始末が残っている。

 鬼顔城で閃光が走ったら合流してくれ。不用意に近づいてくれるなよ、巻き込みたくはないからな。」

 

と言い残し、再びの<転移(グレーター・テレポーテーション)>で姿を消した。

 

 独りその場に残された白金(プラチナ)の傀儡は、少しの(あいだ)、顎に手を当てて首を(ひね)り何か思案するような様子を見せたが、やがて、転移して消えた、と言われても誰も疑わないであろうとてつもない速度で、城塞都市の前に佇む自身の無防備な本体目指し飛び去った。

 

 

                    *

 

 

 (あるじ)を失ったとてたちまちにそれを知る由もなく、下等の魔鬼(インフェリア・デーモン)たちはナザリックの骸骨(スケルトン)軍団と無為な戦いを続けていた。

 

 双方ともに、ギルド拠点を襲う敵対プレイヤーの足止め以上でも以下でもない自然湧き怪物(ポップモンスター)、個々の戦闘力そのものに決定的な差があったわけではない。

 その一方で、ただ(あるじ)から攻め寄せる軍勢の迎撃だけを命じられた魔鬼と、随所に然るべき指揮官として適度な知性を与えられた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を配されたナザリック勢の間には決定的な差異があった。

 銘々の視野に入った敵に攻撃するのみの魔鬼に対し、骸骨(スケルトン)たちは指揮官の随時の判断に従って押しては退()き、退()いては押しの緩急で出血を()い、確実に魔鬼の勢力を削いでいった。

 

 もっとも。

 魔鬼たちがこの攻勢に耐え抜いたとして、その先に光明などあろうはずもなかったのであるが。

 

 鬼顔城の目前に<転移>で姿を現したアインズは、石灰岩台地の高台から東方、こちらに向かって半包囲で魔鬼の群れを殲滅せんと迫りくる麾下の骸骨(スケルトン)軍団の戦いを、しばし満足()に眺めていた。

 

「数で押し通すのは芸がないか、とも思ったが、これはこれで使えるな。」

 

 ()()()()があったから、と言ってしまえばそれまでだが、鬼顔城が繰り返し自然湧き怪物(ポップモンスター)の軍勢での略奪を試みたことから、アインズは敵方が、ナザリックで言うところのデミウルゴスやアルベドに相当する単独で戦略級の判断を為し得るNPCを欠いていることを見抜いていた。

 これ自体はさほど珍しいことではない。むしろ拠点レベルが高く、かの千五百人の大襲撃までには至らぬにせよ、大戦力で攻め込まれる可能性の高いギルドほど、高火力偏重の拠点防衛NPCに依存する傾向があったのは事実だ。(ほか)ならぬナザリック地下大墳墓も、大襲撃までは如何なる侵入者の第三階層以遠への到達を許さなかった火力偏重の……言い換えれば、身も蓋もない物言いにはなるが、お馬鹿の、シャルティア・ブラッドフォールンを擁している。

 そしてアインズは、シャルティアはもちろん、同じく火力偏重でありながら比較的安定した精神を有するコキュートスですら、原則としては単騎での戦略戦力と見做してはいないのだから、早急にギルド維持資金に転じ得る物資を求めた鬼顔城が、単体の力ではなく単純な数の暴力に頼らざるを得なかったのは無理もないところだった。

 

 同じことを、圧倒的な力で魔鬼の軍勢を目前で薙ぎ払って見せたにもかかわらず逆襲の高レベルNPCを派して来ないことから悟ったツアーは、プレイヤー自身も姿を現さないからには相手がおそらくはただ一人で、かつ、近接戦闘に適した者ではないのだろう、と見抜き、以て、アインズとの間で七番と約す戦術、すなわち、敵方の索敵範囲を超える超高空から戦域離脱を図るプレイヤーをツアーの傀儡が狙撃する戦術を、アインズから示されるまでもなく自ら提示して見せた。

 これ見よがしにギルド拠点を半包囲して見せれば、ギルド維持資金獲得に焦ったプレイヤーは戦線を膠着させつつ自らその確保に走らざるを得まい、と読み切った手は見事に功を奏した。

 屠ったプレイヤーは暗殺者(アサシン)系の属性(クラス)を修めた者と見え、種族特性も相まって隠形(おんぎょう)しての走破には自信があったようだが、ツアーの始原の魔法(ワイルドマジック)に由来する超知覚を前に、それは児戯に等しかった。

 

 改めてアインズは、鬼顔城を見上げてみる。

 

 全域が地中に埋没しているがゆえに外部からは全貌を把握し得ないナザリック地下大墳墓とは異なり、拠点レベル二千を超えその全容を外界に晒すギルド拠点はなかなかの大迫力だ。

 自分たちの(あるじ)を屠った仇敵が目前に立っているにもかかわらず、鬼顔城からは何者も姿を現すことがなかった。

 あの()()()()は、自身の下僕(しもべ)に何ら後事を託すことなく単騎で出陣に及んだのだろう。愚かなことだ、とアインズは溜息を漏らしつつ、思えば自分とて、これまで決してそんなことはしなかった……と思うが、今回に限っては下僕たちに詳しい説明もせぬままツアーのみを伴って決戦に及んだのだから、偉そうなことを言えた義理ではないな、と自嘲の(わら)いを(こぼ)す。

 

 中に潜む、知力に恵まれない暗愚な百レベルNPCたちは(あるじ)の憤死に気づくこともなく、このまま放置しても、在地の人間たちが余計なことさえしなければ特に害はないのだろう、とアインズはわかっている。

 一方で、火力偏重であるがゆえに異形種で、寿命を有さぬものが大半であろう彼ら、遠からずギルド忠誠の鍵の力をも失い、永遠の無明の中に沈む運命(さだめ)の彼らを、そのまま捨て置くこともまた、アインズにとっては慮外の行為だ。

 

 ユグドラシル非公式ラスボスとして、行く末なき同朋たちに引導を渡してやるのもまた、死の支配者(オーバーロード)役目(ロール)だろうよ!

 

 そんなことを考えながら、二日を()た正午。

 ギルド拠点を包み込んでいた防御結界が、突然失われたことにアインズは気付いた。

 

 今だ乱戦状態の平原を見やれば、それまで辛うじて戦線を持ち堪えていた魔鬼たちが、陣形を崩して右往左往するのが見て取れる。忠誠の鍵の力が失われた結果、魔鬼たちは突如として戦う理由を失ってしまった。ナザリックの軍勢はこの好機を決して逃しなどはしない。包囲殲滅は時間の問題だろう。

 

「<魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)>、<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 やおら鬼顔城へ向けて振り返ったアインズは、切り裂けぬもののない魔法の(やいば)を放った。ギルド拠点外壁に大穴が穿たれ、当然のことながら修復される様子はない。

 

「<あらゆる生ある者の目指すところは死である(The goal of all life is death)>!

 <魔法効果拡大化(ワイデン・マジック)>、<嘆きの妖精の絶叫(クライ・オブ・ザ・バンシー)>!」

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

 心地よい終幕への秒読みの鐘の音を聴きながら、アインズは考えた。

 

 今後、あと何度これをやることになるのだろう、と。

 

 もっとも、これが意味のない問いであることはアインズ自身わかっている。

 彼は、逐一それを憶えてはいられない身の上なのだから。

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

 今がそうであるように、常にそれは彼の主観からすれば最初の体験なのだ。

 

 そして、そうすべきである、との自身の判断に寸分の迷いこそないものの、それでも、ユグドラシルから渡り来て、こちらの世界で自らを律する秩序を()損なった、愚かで憐れな、それでいて(いと)おしく感じもする存在に、自ら引導を渡している心の痛みもまた、アインズは覚えていた。

 

 憶えていられないがゆえに、覚える痛みに慣れることもまたない。

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……

 

 むしろ。

 常に初めてであるがゆえの、我が身を引き裂かれるかのような痛み。

 

 ゴーン……ゴーン……ゴーン……カチリッ!

 

 

                    *

 

 

 これ……。

 後ろから見てたら、変な絵面(えづら)なんだろーな。

 

 そんなことを考えながら、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンは城塞都市リ・ボウロロールを背にしたまま、ナザリックの不死者(アンデッド)の軍勢の魔鬼(デーモン)攻囲戦を眺めていた。

 

 来訪者(ユグドラシルプレイヤー)狙撃を終え、帰投させた傀儡は自身の傍らに立たせている。

 引き続き城塞に籠もったまま不安な眼差しを自身の背に注いでいる人間、亜人たちからすれば、骸骨を背に乗せて飛来した(ドラゴン)が問答無用に魔鬼を焼き払ったかと思えば、それに倍する不死者の軍勢を呼び寄せ、今は何故か骸骨に代わって白金の甲冑武者を侍らせているように見えていることだろう。

 

 どう考えても。

 ボクが、アインズを含めた不死者の親玉、だよね、彼らの目からすれば。

 

 そもそも。

 

 永い眠りから目覚めてみれば、自身の居城の謁見の間もまた、足の踏み場もないほどの不死者で溢れていた。頭に血が上って一気に焼き払ってやったが、永い眠りは事前に予告できる(たぐい)のものではないので、それを知らずに居城を訪れた少なくない評議国代議員たちが、不死者の大群に埋もれつつ能天気に鼻提灯をぷかぷかさせる自分を目にしたはずだ。

 

 うーん、どっちも恥ずかしい!

 

 その上で……これだ。

 絶対に故意(わざと)だ、そうに違いない!

 

 勝手気儘な骸骨野郎め!

 

 こんなところからはさっさと飛び去りたいのは山々だが、アインズとは合流を約してしまったし、彼が自慢の必殺(コンボ)でギルド拠点に遺されたNPCを一掃しようと考えていること、そのためにはギルド拠点維持資金の蕩尽を待つ必要があること、プレイヤーの焦った行動からそこに要する時間は僅かであり、食事も睡眠も必要としないアインズにとってそれを待つことなど何でもないこと、はもちろん理解している。

 

 そう言えば。

 アインズと同じ死の支配者(オーバーロード)であったスルシャーナは、やはり食事も睡眠も必要としない者だったが、骨の相貌にそうすべき肌などないのに「睡眠不足は化粧の乗りが悪くなるの」と意味不明のことを(のたま)い、一日四半日(六時間)は眠れもしないのに臥榻(ベッド)に横になるのだ、と言っていたような気がする。

 声色と口調からスルシャーナが女性であることは理解していた。アインズは男性だから化粧云々などは気に()めまいが、<現実(リアル)>において人間であったはずの彼は、心地よい眠りを懐かしく思ったりはしないものなのだろうか。形だけでも少しはそうしてくれれば、付き合わされるこちらとしては幾分楽になるのに。

 

 ツアーも食事は必要としない身の上だが、睡眠の(ほう)は、必須ではないが大好きだ。何なら一日中でも許されるものならばずっと眠っていても平気なくらいに大好きだ。

 今もまた少し微睡みたく思わないでもないが、相変わらず後方では城塞都市の住人たちが恐怖……ではあるまいが、畏怖の眼差しをこちらに注ぎ続けていて、なまじキリッと仁王立ちをしていたため、頭を()ろして微睡む姿勢(ポーズ)をたちまちには取り(づら)い。

 

 と言うか、この状態で居眠りを始めようものなら、背後の人間たちからすれば、自分は不死者の軍勢を戦わせながら自身は眠りこけるふてぶてしいにも程がある化け物になってしまう。そんな恥ずかしい真似は真っ平だ。

 それに、万が一アインズの必殺技が放つであろう閃光を見逃して彼を待ち惚けでもさせようものなら、後でどんな仕返しを受けるかわかったものではない。

 

 あぁ、一旦城に帰って寝てるから<伝言(メッセージ)>で呼んでくれ、と一声(ひとこえ)かければよかった。

 馬鹿!昨日のボクの馬鹿!

 

 さりとて。

 

 プレイヤーが死んだとてたちまちに行動不能に陥るわけでもない魔鬼とナザリック骸骨(スケルトン)軍団の戦いが気にならなかったわけでもない。

 いや、ナザリック勢が勝利を収めるであろうことは(はな)からわかりきったことではあるが、(あるじ)に似て周辺への配慮に欠ける、というかそもそもそういうものがない連中が何かの勢いで城塞都市へ雪崩込んで多数の死者が出れば、自身が気遣うようなことでないことは百も承知ではあるものの、寝覚めが悪いのもこれまた事実。

 

 そんなこんなで一夜、そしてまた一夜が明けた。

 

 結局ツアーは一睡もせぬまま……実際には突っ立ったままうとうとしていなかったわけでもない……だったのだが、流石にこのまま何日も待たされたら辛いな、などと考えだした矢先、太陽が南中した直後に彼方に望む鬼顔城が一閃の輝きに包まれたのを認めて、ふーっと息を吐いた。

 読み通り、ギルド維持資金は本当に僅かしか残っていなかったんだな、憐れなものだ、などと思いつつ、アインズに合流すべく傀儡を小脇に抱えて飛び立とうか、としたところでツアーは思い(とど)まる。

 

 そんなことをすれば、多数の不死者を引き連れた(ドラゴン)が、最後には白金(しろがね)の騎士を攫って飛び去った、などと背後の城塞都市で語り継がれるのは必定だ!

 

 なのでツアーは、馬々鹿々しくは感じつつも一旦意識を傀儡に移して自らに騎乗し、ずり落ちないことを確認して改めて巨大な翼を開いた。これで人間たちからは竜騎士が飛び去ったように見えるだろう……いや、派手に暴れすぎたから焼け石に水だろうか?

 

 対して、都市の前に陣取ったまま動かない巨大な竜に不安を覚え、寝ずの番を立ててこれを見守っていたリ・ボウロロールの人々は、これを見送ってツアー以上に大きな安堵の溜息をついたのであるが、そんなことは既に鬼顔城までの途上の中程(なかほど)に達しているツアーの知ったことではなかった。

 

「……来たか。

 居眠りでもして気づかないかと思っていたぞ!」

 

 あぁ、やっぱりそう思われていたんだね。

 

 鬼顔城の門前でツアーの飛来に気づいたアインズから声がかかる。

 その声色は随分とご機嫌だ。

 

「一日でギルド資金が尽きてくれたのは幸いだったな。

 そう残ってはいまい、とは思っていたが、別れてから、一旦居城へ帰って待ってもらうべきだったか、と気にしていたんだ。」

 

 今更だが……そこに気づいていてくれたのであれば幸いだよ。

 

 ツアーはそう思うが口には出さない。

 

「パンドラに詳細調査させてから、にはなるが、オレの読みでは犬っころは宝物の多くを惜しんで換金せぬまま宝物殿に遺しているはずだ。戦利品は折半でいいな?」

 

 なおも上機嫌でアインズはそう言う。

 これを聞くツアーの心中はいささか複雑だ。

 

 支配秩序を失ったユグドラシルNPCは、かつて魔神、とも呼び習わされたこの世界にとって危険な存在だ。それをわかった上でアインズが始末をつけたことは理解している。

 が同時に、アインズはユグドラシル由来の普くものに愛着を抱いており、必ずしもその殲滅を楽しんでいるわけではないこともまた、ツアーはよく知っている。

 

「犬っころにトドメをくれてやったのはオレだが、一番槍はおまえだ。

 ギルド武器……の成れの果てはおまえが持っていくか?居城も随分と殺風景になっていたようだし。」

 

 ボクの城の謁見の間が殺風景になったのは、キミが溜めに溜め込んだ不死者(アンデッド)諸共にボクが焼き払ったからで、元を糺せばキミのせいじゃないか!とツアーは思うも、これも口には出さない。

 

 むしろ。

 

 来訪者殲滅の後味の悪さを誤魔化すべく(おど)けて見せているものか、と思っていたアインズの言動の端々に降り積もった違和感が閾を超えたものか。

 

「まぁ、それは追々。」

 

 と、戦利品先取の勧めに形ばかりの遠慮を示した後。

 

「で、アインズ。」

 

の呼びかけに、骸骨の友人の視線が自身を捉えたのを受けて、ツアーは、後日機会があれば問うてみるか、と思っていたことを、敢えてこの場で問い(ただ)してみることにしたのである。

 

「本当のところを聞かせてもらおうか。」

 

と。

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