鬼顔城(1)
転移歴1500年の晩秋。
自由都市リ・ボウロロールを総勢数千余の
先立ってこの軍勢に略奪を受けた付近の町村からの避難民で城塞都市はごった返しており、城壁の上には、彼らを守り抜かんと得物も装備も
彼らの中には、恐怖に駆られて破れかぶれの特攻を主張する
さりとて。
それまで城門手前500メートルほどの草地で無秩序に蠢いていた魔鬼が紡錘陣形を採るのが見え、いよいよ突入か、城壁の上から魔法や弓矢で先制を加えた後は、どこまで持ち堪えられたものかはわからないが遮二無二城門を支える他はない。かくなる上は、ぎりぎりまで引き付けて少しでも多くの出血を強いるのみ、と都市の守り
雲一つない晴天下、日差しを反射してきらきらと光る巨大な何かが北方から飛来するや、城壁の上にあっても熱気を感じる紅蓮の炎が魔鬼たちを包み込んだ。
<
対象物そのものではなく、それが存在する空間ごと斬り裂くのだ、とフレーバーテキストに謳われるその見えざる
ただ、城壁の上にあってこの異様な光景に固唾を呑んだ冒険者たちの中でも特に観察眼に優れた
そしてその放射の中心、すなわち竜の背には、この距離ではいったい何者であるかまで識別することが叶わないが、確かに漆黒の
「ア……アレハ!」
特に視力に優れた
「アレコソハ、伝説ノ
これを皮切りに「
*
少し時間を遡って。
異変に最初に気づいたのは、例によって
人間たちがリ・ボウロロールと呼ぶ城塞都市からも眺望が叶う、肥沃な平野と海を隔てる石灰岩台地の北端に、突如として
この発見は直ちに
際して、これを報じた参謀デミウルゴスは、
「外見から判断して拠点レベル二千五百以上、我らがナザリック地下大墳墓に匹敵するギルドで御座います!」
と感極まり上擦った声で告げたのであるが、これを聞いたアインズはそっけなく、
「二千五百五十だ。」
と返し、呆気に取られた三賢者に「しばらく放置で」とだけ命じて、敢えて対策の議論には応じようとしなかった。
七日ほどが経過した後、
この報告にも現れているように、この時点で出現したギルド拠点は、鬼顔城、と呼ばれるようになっていたが、これは彼らの
三賢者は、この魔鬼がナザリック地下大墳墓に無数の
魔鬼たちは、町々や村々からささやかな財物と季節柄豊富だった秋の収穫物をあらかた回収して一旦引き上げた。彼らは立ち向かってくる者を除き在地の人間や亜人にほとんど関心を示さず、少なからぬ犠牲者や成り行きで攫われた者はあるものの、住人の多くは近隣最大の城塞都市となるリ・ボウロロールへ逃げ込んだようだ、とやはり恐怖公眷属から報告が上がった。
「拠点レベル二千五百強ともなれば、あの程度の略奪では焼け石に水でしょうな。
もっとも、連中が<
そう注意を促したのは、言わずもがな、ナザリックの財務責任者パンドラズ・アクターである。
無論彼が言わんとしたのはナザリックに伍する規模の拠点を擁する来訪者の辿るであろう運命に対する皮肉、などではなく、次なる略奪がおこなわれるのは必定であるから先手を打つのであれば今だ、といったところであり、実際彼が案じたように翌日には新たな、先よりも更に数を増した数千余の魔鬼の軍勢の城塞都市リ・ボウロロール目指しての進発が報じられたのであるが、これに対してもアインズは、
「ないはずはないだろうよ。」
と気のない返事を返すのみで、これといった対応を下僕たちに命じなかった。
ついには、
「すまん、ちょっと出掛けてくる。」
と、
「単騎で迎撃なさるなど言語道断!」
と声を
「慌てるな、アルベド。
と、さらりと返してそのまま姿を
このような経緯があったがゆえに、<
「アインズ様が
と、
その<
ややあって、先にアインズがツアーに向けて骨の手の平で何かを示そうと右手をゆっくりと上げ始めたが、その完了を待たずにツアーが大きな指を立てたり折ったりしながら数を示した。
七。
軽く見上げてそれを確認したアインズは、満足そうに頷くと、さきほど上げようとしていた骨の手を頭蓋骨の真横、人間であれば耳のある辺りに添えた。
これは<
案の定、その<伝言>を愛する
が。
途端に彼女の表情が胡乱で訝しげなそれに転じていくのを、デミウルゴスもパンドラズ・アクターも見逃しはしなかった。
「どうしたのかね、アルベド?
アインズ様は何と?」
通話が切れたと見えた時点ですかさず
「それが……どうもよくわからないの。」
さりとて。
至高の主から一命が下ったとなれば従うのが彼ら
若干の違和感を覚えつつも、皆、アインズの決断を成就させるべく、粛々と行動を開始したのである。
アインズとツアーは、城塞都市リ・ボウロロールを背にしたまま、西方の台地の上に鎮座する鬼顔城を望んで立ち尽くしていたが、ややあって再びアインズの片手が骸骨頭に添えられた。
ナザリックからの「準備完了」の報が届いたがゆえである。
リ・ボウロロールの人々は、自身の窮地を救ったに見える眼下の
そして、歓声が悲鳴に変わる。
その黒い穴……言うまでもなくアインズが開いた<
その大半は都市住人の少なくない者にとっても馴染みのある
しかも、歩兵と思しきそれらに混じって、
穴から姿を現したそれらの屈強な
悲鳴は沈黙に転じた。
竜と魔法詠唱者が
あれよと言う
ほどなくして鬼顔城側からも、これを迎え討たんとするものか、やはり
やがてあちらこちらで互いの戦線が接触し、不死者と魔鬼が小競り合いを始めた。城塞都市に籠もった人々はこの黙示録的な光景をただただ沈黙したまま見守る他なかったが、
もっとも。
誰一人気づくものなどあろうはずもなかったが、この時点で黒衣の魔法詠唱者、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、
「思惑通りだ……勝ったな。」
と独り北叟笑んでいたのであるが、果たせるかな!
二刻ほどの
ただアインズだけが、何事もなかったかのようにゆっくりと顔を上げて傍らにあるツアーの表情を伺う。その片目が自身に向けて
続けてアインズは、不死者の軍勢に
ここに至ってアインズは<
「あぁ、来てくれたね。
頭上に出現したアインズにそう告げた
身動きが取れないものの絶命していたわけではなかったそれは、金糸銀糸に彩られた漆黒の
「この
と開口一番罵った。
対するアインズは、これに憤るでもなく、さりとて蔑むでもなく、音も立てず静かにその
「今……悪夢を終わらせてやる。」
とだけ告げて、<
抗う
「……あっけないものだね。」
声をかけられたアインズはたちまちには応答を返さず、しばし二振りの
「……後始末が残っている。
鬼顔城で閃光が走ったら合流してくれ。不用意に近づいてくれるなよ、巻き込みたくはないからな。」
と言い残し、再びの<
独りその場に残された
*
双方ともに、ギルド拠点を襲う敵対プレイヤーの足止め以上でも以下でもない
その一方で、ただ
銘々の視野に入った敵に攻撃するのみの魔鬼に対し、
もっとも。
魔鬼たちがこの攻勢に耐え抜いたとして、その先に光明などあろうはずもなかったのであるが。
鬼顔城の目前に<転移>で姿を現したアインズは、石灰岩台地の高台から東方、こちらに向かって半包囲で魔鬼の群れを殲滅せんと迫りくる麾下の
「数で押し通すのは芸がないか、とも思ったが、これはこれで使えるな。」
これ自体はさほど珍しいことではない。むしろ拠点レベルが高く、かの千五百人の大襲撃までには至らぬにせよ、大戦力で攻め込まれる可能性の高いギルドほど、高火力偏重の拠点防衛NPCに依存する傾向があったのは事実だ。
そしてアインズは、シャルティアはもちろん、同じく火力偏重でありながら比較的安定した精神を有するコキュートスですら、原則としては単騎での戦略戦力と見做してはいないのだから、早急にギルド維持資金に転じ得る物資を求めた鬼顔城が、単体の力ではなく単純な数の暴力に頼らざるを得なかったのは無理もないところだった。
同じことを、圧倒的な力で魔鬼の軍勢を目前で薙ぎ払って見せたにもかかわらず逆襲の高レベルNPCを派して来ないことから悟ったツアーは、プレイヤー自身も姿を現さないからには相手がおそらくはただ一人で、かつ、近接戦闘に適した者ではないのだろう、と見抜き、以て、アインズとの間で七番と約す戦術、すなわち、敵方の索敵範囲を超える超高空から戦域離脱を図るプレイヤーをツアーの傀儡が狙撃する戦術を、アインズから示されるまでもなく自ら提示して見せた。
これ見よがしにギルド拠点を半包囲して見せれば、ギルド維持資金獲得に焦ったプレイヤーは戦線を膠着させつつ自らその確保に走らざるを得まい、と読み切った手は見事に功を奏した。
屠ったプレイヤーは
改めてアインズは、鬼顔城を見上げてみる。
全域が地中に埋没しているがゆえに外部からは全貌を把握し得ないナザリック地下大墳墓とは異なり、拠点レベル二千を超えその全容を外界に晒すギルド拠点はなかなかの大迫力だ。
自分たちの
あの
中に潜む、知力に恵まれない暗愚な百レベルNPCたちは
一方で、火力偏重であるがゆえに異形種で、寿命を有さぬものが大半であろう彼ら、遠からずギルド忠誠の鍵の力をも失い、永遠の無明の中に沈む
ユグドラシル非公式ラスボスとして、行く末なき同朋たちに引導を渡してやるのもまた、
そんなことを考えながら、二日を
ギルド拠点を包み込んでいた防御結界が、突然失われたことにアインズは気付いた。
今だ乱戦状態の平原を見やれば、それまで辛うじて戦線を持ち堪えていた魔鬼たちが、陣形を崩して右往左往するのが見て取れる。忠誠の鍵の力が失われた結果、魔鬼たちは突如として戦う理由を失ってしまった。ナザリックの軍勢はこの好機を決して逃しなどはしない。包囲殲滅は時間の問題だろう。
「<
やおら鬼顔城へ向けて振り返ったアインズは、切り裂けぬもののない魔法の
「<
<
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
心地よい終幕への秒読みの鐘の音を聴きながら、アインズは考えた。
今後、あと何度これをやることになるのだろう、と。
もっとも、これが意味のない問いであることはアインズ自身わかっている。
彼は、逐一それを憶えてはいられない身の上なのだから。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
今がそうであるように、常にそれは彼の主観からすれば最初の体験なのだ。
そして、そうすべきである、との自身の判断に寸分の迷いこそないものの、それでも、ユグドラシルから渡り来て、こちらの世界で自らを律する秩序を
憶えていられないがゆえに、覚える痛みに慣れることもまたない。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……
むしろ。
常に初めてであるがゆえの、我が身を引き裂かれるかのような痛み。
ゴーン……ゴーン……ゴーン……カチリッ!
*
これ……。
後ろから見てたら、変な
そんなことを考えながら、
引き続き城塞に籠もったまま不安な眼差しを自身の背に注いでいる人間、亜人たちからすれば、骸骨を背に乗せて飛来した
どう考えても。
ボクが、アインズを含めた不死者の親玉、だよね、彼らの目からすれば。
そもそも。
永い眠りから目覚めてみれば、自身の居城の謁見の間もまた、足の踏み場もないほどの不死者で溢れていた。頭に血が上って一気に焼き払ってやったが、永い眠りは事前に予告できる
うーん、どっちも恥ずかしい!
その上で……これだ。
絶対に
勝手気儘な骸骨野郎め!
こんなところからはさっさと飛び去りたいのは山々だが、アインズとは合流を約してしまったし、彼が自慢の必殺
そう言えば。
アインズと同じ
声色と口調からスルシャーナが女性であることは理解していた。アインズは男性だから化粧云々などは気に
ツアーも食事は必要としない身の上だが、睡眠の
今もまた少し微睡みたく思わないでもないが、相変わらず後方では城塞都市の住人たちが恐怖……ではあるまいが、畏怖の眼差しをこちらに注ぎ続けていて、なまじキリッと仁王立ちをしていたため、頭を
と言うか、この状態で居眠りを始めようものなら、背後の人間たちからすれば、自分は不死者の軍勢を戦わせながら自身は眠りこけるふてぶてしいにも程がある化け物になってしまう。そんな恥ずかしい真似は真っ平だ。
それに、万が一アインズの必殺技が放つであろう閃光を見逃して彼を待ち惚けでもさせようものなら、後でどんな仕返しを受けるかわかったものではない。
あぁ、一旦城に帰って寝てるから<
馬鹿!昨日のボクの馬鹿!
さりとて。
プレイヤーが死んだとてたちまちに行動不能に陥るわけでもない魔鬼とナザリック
いや、ナザリック勢が勝利を収めるであろうことは
そんなこんなで一夜、そしてまた一夜が明けた。
結局ツアーは一睡もせぬまま……実際には突っ立ったままうとうとしていなかったわけでもない……だったのだが、流石にこのまま何日も待たされたら辛いな、などと考えだした矢先、太陽が南中した直後に彼方に望む鬼顔城が一閃の輝きに包まれたのを認めて、ふーっと息を吐いた。
読み通り、ギルド維持資金は本当に僅かしか残っていなかったんだな、憐れなものだ、などと思いつつ、アインズに合流すべく傀儡を小脇に抱えて飛び立とうか、としたところでツアーは思い
そんなことをすれば、多数の不死者を引き連れた
なのでツアーは、馬々鹿々しくは感じつつも一旦意識を傀儡に移して自らに騎乗し、ずり落ちないことを確認して改めて巨大な翼を開いた。これで人間たちからは竜騎士が飛び去ったように見えるだろう……いや、派手に暴れすぎたから焼け石に水だろうか?
対して、都市の前に陣取ったまま動かない巨大な竜に不安を覚え、寝ずの番を立ててこれを見守っていたリ・ボウロロールの人々は、これを見送ってツアー以上に大きな安堵の溜息をついたのであるが、そんなことは既に鬼顔城までの途上の
「……来たか。
居眠りでもして気づかないかと思っていたぞ!」
あぁ、やっぱりそう思われていたんだね。
鬼顔城の門前でツアーの飛来に気づいたアインズから声がかかる。
その声色は随分とご機嫌だ。
「一日でギルド資金が尽きてくれたのは幸いだったな。
そう残ってはいまい、とは思っていたが、別れてから、一旦居城へ帰って待ってもらうべきだったか、と気にしていたんだ。」
今更だが……そこに気づいていてくれたのであれば幸いだよ。
ツアーはそう思うが口には出さない。
「パンドラに詳細調査させてから、にはなるが、オレの読みでは犬っころは宝物の多くを惜しんで換金せぬまま宝物殿に遺しているはずだ。戦利品は折半でいいな?」
なおも上機嫌でアインズはそう言う。
これを聞くツアーの心中はいささか複雑だ。
支配秩序を失ったユグドラシルNPCは、かつて魔神、とも呼び習わされたこの世界にとって危険な存在だ。それをわかった上でアインズが始末をつけたことは理解している。
が同時に、アインズはユグドラシル由来の普くものに愛着を抱いており、必ずしもその殲滅を楽しんでいるわけではないこともまた、ツアーはよく知っている。
「犬っころにトドメをくれてやったのはオレだが、一番槍はおまえだ。
ギルド武器……の成れの果てはおまえが持っていくか?居城も随分と殺風景になっていたようだし。」
ボクの城の謁見の間が殺風景になったのは、キミが溜めに溜め込んだ
むしろ。
来訪者殲滅の後味の悪さを誤魔化すべく
「まぁ、それは追々。」
と、戦利品先取の勧めに形ばかりの遠慮を示した後。
「で、アインズ。」
の呼びかけに、骸骨の友人の視線が自身を捉えたのを受けて、ツアーは、後日機会があれば問うてみるか、と思っていたことを、敢えてこの場で問い
「本当のところを聞かせてもらおうか。」
と。