億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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大魔王アインズ・ウール・ゴウンと白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの共闘による、城塞都市リ・ボウロロールを襲った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)殲滅戦の後。守護者統括(アルベド)参謀(デミウルゴス)は、銘々に至高の主の真意を慮っている。


鬼顔城(2)

「少しいいかね、アルベド?」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)執務室。

 執務机に座してたくさんの書面に何やら慌ただしく書きつけていた守護者統括アルベドは、少しだけその手を()めて声の(ぬし)を一瞥した。

 

 確かめるまでもない。

 小憎らしくも頼もしい同僚、狡知の参謀デミウルゴスである。

 

「丁度よかったわ、(わたくし)貴方(あなた)に使いを走らせようかと思っていたところだったの。」

 

 そう言いながら、既にアルベドの目線は書面に戻され、筆先を自身のここまでの書き付けを(あらた)めつつ走らせている。

 

「では、貴女(あなた)の用件から。」

 

 デミウルゴスは片手を差し出し、柔らかく腰を折ってアルベドに先を譲った。

 アルベドは、同僚のらしからぬ様子を訝しく思いつつも手を()めて、改めてデミウルゴスに向き合う。

 

「戦利品回収班に加えて、骸骨(スケルトン)撤収班を派する必要があるわ。

 撤収はシャルティアとソリュシャンに任せるとして、ギルド拠点調査のパンドラズ・アクターの助手にはナーベラルを当てることになるから、本百年紀の来訪者が片付いてうずうずしている貴方には悪いのだけれど、調査完了まで外出は控えてもらえるかしら?」

 

 転移歴1500年に入って以降、いつものようにトブの大森林を管理する闇妖精(ダークエルフ)双子(ツインズ)一族を例外に、ナザリックの下僕(しもべ)たちの外征は自粛されていた。アルベドの発言は、これまたいつものように、在地勢力への悪戯(いたずら)の機会を奪われて欲求不満に陥っているであろうデミウルゴスの心情を気遣ってのものだ。

 

「そんなことかね?もちろん構わないとも!」

 

 言われたデミウルゴスは、やはりいつものように三日月型の笑みを浮かべて大袈裟に両手を左右に開く。

 

「それに……まるで私が原住民たちに何か使嗾したくてうずうずしているかのような物言いは()めてもらいたいものだね。そんな下らないことに私が心奪われると貴女(あなた)が思っているのであれば、実に心外だよ。」

 

 アルベドは、もちろん思っているわよ、と言いたげな冷めた視線を返した。

 

「……コホンッ!

 では、私からよいかね?」

 

「執務しながら、でよいのならね。」

 

と、再び書き物に視線を戻すアルベド。

 その様子に、改めて()を正したデミウルゴスはこう切り出した。

 

「今回のアインズ様のご采配について、貴女(あなた)はどう思うかね?」

 

 はた、とアルベドの手が()まる。

 どうやらこれは、仕事の片手間に論じることが叶う話題ではないようだ。

 

「……貴方らしからぬことを問うのね。」

 

 アルベドはそう言うと筆を執務机(デスク)の上に置き、やおら両の手を自身の豊満な胸の前で握り合わせて恍惚とした表情をとった。

 

「流石で御座いますぅ、アインズ様ぁ!」

 

 言うまでもなく、普段のデミウルゴスを揶揄気味に真似たものだ。

 

「……で、よろしいのではなくて?」

 

 この返しに、デミウルゴスは悪びれる様子もなく答える。

 

「それはもちろん貴女(あなた)の言う通りだよ。だが!」

 

 口調を真摯なそれに転じ、デミウルゴスの指先が自身の眼鏡の山を鼻に押し当てる。

 

「アインズ様は鬼顔城に対するにあたり、自然沸き骸骨(ポップスケルトン)、手ずから召喚なされた下僕(しもべ)、さらにはよりによって白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーを(とも)とされた。」

 

 この指摘に対するアルベドの返しは飄々としたものだった。

 

「永い眠り、とやらから目覚めたツアーを含め、(みな)……ナザリックの仲間であることに変わりはないでしょう?」

 

 そう問われたデミウルゴスは、軽く頷きつつも持論を譲らない。

 

「それも貴女(あなた)の言う通りだよ。

 だが、不死者(アンデッド)の軍勢を動員するご采配に疑念を覚えていたのは貴女(あなた)も同様だったのではないかね?」

 

 アインズは、骸骨(スケルトン)の大軍団をナザリックから派するに当たり、これを直接シャルティアに命じた上で一旦カッツェ平野のどうということはない座標へと向かわせた。自身は城塞都市リ・ボウロロールから同じ座標へ<転移門(ゲート)>を開きこれを迎え入れたものだが、これが、万が一の敵方勢力のナザリックへの逆流肉迫を避けるための措置であることは、アルベド、デミウルゴス共に理解している。

 いささか理解に苦しんだのは、この中継地点の防衛に当てられたのが、(ほか)ならぬアルベド、デミウルゴス、セバス・チャンであったことだ。際しては、玉座の間にて全体の統括をパンドラズ・アクターがおこなうこと、シャルティアはナザリック側から<転移門>を維持することが命じられた。

 この命令を受けた時点でアルベドも当惑を覚えたのは事実だ。後方支援とは言え自身が戦場に駆り出されることは稀であり、対ギルド戦に当たって玉座の間において戦況を俯瞰することが常のアルベドは、事後処理に当たっても改めてパンドラズ・アクターから引き継ぎを受けることを要し、それは目下の書類仕事にいささか難儀する理由にもなっているのだから。

 

「アインズ様が、ご自身の目の届かぬところに私とセバスを配することなど、これまでには決してなかったことだ。」

 

と、デミウルゴス。

 

 ……そりゃそうでしょ。

 貴方(あなた)、いったいこれまでに何度セバスをあちらこちらに置き去りにして、メイド連からの苦情処理を(わたくし)に押し付けたと思っているのよ、(わたくし)も回数までは憶えてないけど!

 

 とアルベドは思うが、口には出さない。

 

 ちなみに、今回に限っては正しくセバスはアルベド、デミウルゴスと共にナザリックへ帰還しているが、これはデミウルゴスがアインズの一連の采配に対して一抹の疑念を有しており、自身の悪戯(いたずら)がアインズが(えが)いた戦略を万が一にも阻害することを憚ったがためだった。

 

「思うのだがね。」

 

と、改めてデミウルゴスは()を正す。

 

「これまで邂逅した来訪者(プレイヤー)たちは、少なからずアインズ様のことをユグドラシル時代から知っていた者たちであったが、アインズ様が彼らをご存知であることはなかった。」

 

 あぁ、デミウルゴスもそこに気づいていたか、とアルベドは思う。

 

 当然と言えば当然だ。おそらくアインズ自身(くち)にこそ出さないが、アルベド、デミウルゴスがそこに気づくことを、望んではいないが期してはいただろう、と彼女も考えていたからだ。

 

「だが、アインズ様は鬼顔城の名、拠点レベルをご承知であられた。

 しかも、その鬼顔城との(いくさ)に際して、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレを前線から遠ざけられたとなれば……」

「そこまでよ!」

 

 強い口調でアルベドは、デミウルゴスの言葉を中途で(さえぎ)った。

 

「アインズ様は、(わたくし)たちに惜しみない愛を注ぎ何一つ包み隠さずご教示下さる至高の主であらせられるけれども、であるがゆえに、(わたくし)たちが知るべきでないとお考えになったことは決してご教示は下さらない。

 そこに探りを入れることは、下僕(しもべ)の分を超える……とは思わない、デミウルゴス?」

 

 もちろんアルベドは気づいていた。

 鬼顔城が何者で、アインズがどのような思いをそれに抱いているか。そして、その思いをそのまま下僕(しもべ)に託すことは返って下僕(しもべ)を少なからぬ危険に晒す恐れあり、と判じたからこそ、一見身勝手な独断行動を採っているのだ、ということに。

 

 だが、このアルベドの発言に対し、デミウルゴスはニヤリ、といつもの三日月型の笑みを浮かべた。

 

貴女(あなた)こそ、らしからぬ高説を()れてくれたものだ。

 もちろんそれも貴女(あなた)の言う通り。なればこそ私は、アインズ様のお心を案じているのだよ。」

 

 この物言いにアルベドも、うふふ、と笑みを返す。

 当然だ、デミウルゴスも気づかぬはずはない。

 

(おもんぱか)るも憚り多きことながら、我々に明かすべからざるユグドラシル時代の怨念をお一人で(かか)えたまま決戦に(のぞ)まれたアインズ様は、少なからずご心労を覚えておいでのことだろう。

 私が貴女(あなた)にお願いしたかったのは、もちろん貴女(あなた)がそこに心届かぬことなどない、とは承知しているが、それでも敢えて、常に増して、ご帰還あそばしたアインズ様を貴女(あなた)の力でお慰め差し上げて欲しい……ただ、それだけだ。

 これだけは……私には叶わぬことなのだからね。」

 

 何か得心を得たものか、既にアルベドは再び筆を取り、書類仕事をしながらこれに応じた。

 

「謙遜する必要はないわ。アインズ様は当然貴方(あなた)のその心遣いにも気づいておいでよ。そして言われるまでもなく、(わたくし)(わたくし)の努めを果たさせてもらうつもり。」

 

 デミウルゴスも何か納得したようで、身を翻して執務室から退出する歩みを進めつつ、右手を肩越しに上げてこう告げる。

 

「あぁ、そうだね。よろしく頼むよ。

 いささか余計な口出しが過ぎたようだ。不快に感じたのであれば許してくれたまえ。」

 

 ふん、(わたくし)(ゆる)しなど必要としていないくせに!

 

 と思いつつも、やはりアルベドは、それを口には出さなかった。

 代わりにこう言う。

 

「もっとも……」

 

 不意にデミウルゴスが立ち止まって振り返り、その眼差しがアルベドを捉えた。

 

「アインズ様は上機嫌でご帰還なされることでしょう。

 ツアー……も気付かないはずはないもの。」

 

 天上を仰いだデミウルゴスがハハハと(わら)う。

 

「……あぁ、そうだね。

 なんともはや、忌々しいことだ!」

 

 

                    *

 

 

「で、アインズ。

 本当のところを聞かせてもらおうか。」

 

 背に白金(しろがね)の傀儡を乗せたまま睥睨してそう問うツアーを、アインズはしばし無言のまま見つめていた。

 

 ふ。

 

 ふふ。

 

 あははははっ!

 

「参ったなぁ、ツアーに隠し事はできないな!」

 

 その声色は、普段の大魔王然としたそれではなく、遥か昔、アインズ、かつてのモモンガの()の人格であった鈴木悟のそれに近い。

 

「で。

 ……オレはどっちに向けて語りかければいいんだ?」

 

 改めて日常演じるところの威厳あふれる口調でそう問いながら、アインズは骨の頭を左右に振って、ツアー本体となる巨大な(ドラゴン)の顔とその背に乗せられた傀儡を見比べておどけて見せた。

 

「……ハハハッ!それももっともだね!」

 

 竜の大きな口を開いて笑ったツアーは、身を屈めて微睡みの姿勢を取り、続けて傀儡がひょい、と竜の背から飛び降りてアインズに並び立つ。

 

「この方が語らい易かろう。」

 

「おまえを試みよう、というわけじゃないんだが。」

 

とアインズ。

 

「まず、おまえがどう思ってそう問うのかを教えてくれるか?

 純粋に興味があるんだ。」

 

 そう尋ねられたツアーの傀儡は、いつもそうするように握った拳に兜の顎を当ててしばし考える様子を示した後、淡々とした口調で語り始めた。

 

「今回の来訪者(プレイヤー)だが、行動は稚拙なもので、しかも下位の魔物を数で押し立てて物資略奪に乗り出したことから、アルベドやデミウルゴスのような知恵ある下僕(しもべ)を欠いていたのは明らかだ。プレイヤー自身も、陣頭に姿を現さなかったのは単騎の直接戦闘に自信がなかったからだよね。」

 

「あぁ、その通りだな。」

 

 アインズは、ツアーのこの言に素直に首肯して見せる。

 

「ギルド拠点こそ見た目はナザリックに伍すると見える威容ではあったが、彼らはさしたる脅威ではなかった。(ほう)っておけばギルド維持資金とやらは遠からず底を突き、ボクらが何をせずとも忠誠を失ったNPCはプレイヤーを屠って、ただ拠点の中で目的もなく蠢く存在へ堕したことだろう。

 キミにリ・ボウロロールを……」

 

「あの城塞都市、そんな名前だったか?」

 

「……リ・ボウロロールを守る義理があったはずもないから、敢えて殲滅に乗り出したのは、彼らの(がわ)ではなく、キミにそうすべき理由があったからだ。」

 

「あぁ……ご明察だよ、ツアー。」

 

「そして……キミは敢えてナザリックの仲間たちを差配せず、ナザリック地下大墳墓維持の付録(おまけ)である骸骨(スケルトン)と自ら召喚した不死者(アンデッド)、そしてボクを伴って決戦に及んだ。ボクを含め、無危険(ノーリスク)の上に……無料(ただ)だからね。

 となれば、その意図は明らかだ。」

 

「……なんだと思う?」

 

「キミは、鬼顔城とやらの連中をナザリックの仲間と相見(あいまみ)えさせたくなかったのさ。

 しかも、これまで如何なる来訪者に対しても苛烈に振る舞いこそすれ最低限の礼儀は欠かさなかったキミが、かの狼男(ワーウルフ)プレイヤーを()()()()と蔑んで憚らない。

 その理由は……ボクには一つしか思い当たらない。」

 

 ふふふ、と微笑みながらアインズはツアーの結論を待つ。

 

「鬼顔城は……千五百人の大襲撃、と関わりがあるのだね。」

 

 わっはっはっは!

 

 突如、アインズは諸手を叩いて大笑いした。

 

「見事だ、ツアー!」

 

 事も無げに楽しそうな骸骨の友人に、ツアーの傀儡は肩を落としながら溜息をついた。

 

「キミ……大丈夫かい?」

 

 アインズは本当に愉快そうだが、対するツアーは心配()にそう問うた。

 

「何を案じてくれているんだ?」

 

「もう随分と昔の話でボク自身、どこまで記憶が正確であるか自信はないんだけれども、八欲王を殲滅したとき、随分とボクは(むな)しい思いをしたものだった。」

 

 八欲王は、ナザリック地下大墳墓に先んじること五百年前にこの世界へやって来た来訪者(ユグドラシルプレイヤー)で、ツアーにとっては親兄弟を殺された(かたき)に当たる。ツアーは、この世界すべてを焼き払いかねない決戦を制して八欲王を葬り去り、それから(のち)は、自身を来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に対するこの世界の守り()と自認していた。

 仔細はともかくそのことは、ツアーが何者であるかの定義の超重要な項目として、常にアインズの脳裏にある。

 

 なるほど、そういうことか。

 ツアーらしい気遣いだ、とアインズは心地良さを覚える。

 

「その心遣いには感謝しよう。正直なところ、最初に鬼顔城の出現に気付いたとき、オレの中に迷いがなかった、と言えば嘘になる。

 

 ……おまえも疲れていようから、続きは後日でも構わんが。

 聞くか?」

 

 返された意外な気遣いに、ツアーは黙って片手を差し出し続きを促した。

 

 今この瞬間の思いの丈は、今語らねば忘れてしまうアインズだ。

 語りたいときに語らせてやるがよかろう。

 

「犬っころ自身がそこに加わっていたか、までは知らん。

 が、鬼顔城を拠点としたギルド、桃金浦島太郎(ももきんうらしまたろう)が千五百人の大襲撃を仕組んだ発起人の一角であったことは確かだ。」

 

「も、ももきん?」

 

 ひょいひょい、と骨の手の平を振るアインズ。

 

「あー、そこは気にするな。諧謔(センス)を欠くただの駄洒落だ。

 しかもムカつくことに、連中自身は千五百人の大襲撃には参加していなかった。」

 

「それは……確かに胸糞悪いね。」

 

 アインズから語られたことこそないものの、ツアーは僅かながら情誼を通じたユグドラシルプレイヤーを介して、シャルティアがかの千五百人の大襲撃で命を落としたことを知っている。

 そしてツアーは、そこに戦略的な利点があることは十二分に承知した上で、それでも自身の利益のために他者を使嗾しつつ自らは安全圏に(とど)まろうとする陰謀家の(たぐい)は決して好むところではなかった。

 ある意味そのような一面を有するデミウルゴスがそこから漏れているのは、デミウルゴスが疑う余地のない陰謀家でありながら自身は矢面に立つことを好み、かつ、アインズを含む使嗾される(もの)すべてが使嗾されることを楽しめるよう配慮を欠かさないからだ。

 

「オレは詳細を思い出せないんだがな。」

 

 そう言いながら、アインズは右手の骨の人差し指を立ち上げ、左手は二本の指でV印(ヴィサイン)を作って示す。

 

「おまえと一緒に、十二番戦術で屠ってやった奴がいたろう?」

 

 その回想のされ(かた)は、屠られた側からは(はなは)だ不本意だろうよ、とツアーは苦笑する。

 

「あぁ……名前は知らないが、道化師(トリックスター)、だったかな?」

 

 やはりアインズは上機嫌に、パン、と骨の手の平を合わせる。

 

「そうそう、そいつだ!

 オレも名前を思い出せないが、あいつはユグドラシル時代の、しても仕方のないアインズ・ウール・ゴウンのモモンガに対する嫉妬心に引きづられて、オレに拙くも無謀な戦いを挑んだ。」

 

 ツアーは興味深気(ふかげ)にアインズの続く言葉を待った。

 

「対してオレは……アインズ・ウール・ゴウンのモモンガは、千五百人の大襲撃以降、鬼顔城を含むそれを背後で画策した連中を片っ端から調べ上げ、復讐の機会を狙っていたのさ。

 もっとも、モモンガは至高の四十一人の欲するところを汲み取ってそれをギルドの意思として取りまとめることは巧みだったが、モモンガ自身が為したいところを皆に強いることなどなかったし、そもそも大襲撃以降は段々とギルメンたちがログインしてくる頻度も減って来て、特に火力偏重の百レベルの拠点防衛NPC二十体を擁する鬼顔城を攻略する、なんてことは現実的には不可能だった。

 <アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>の記録を調べる限り、モモンガがそれについて明示的に語ったことはない。が、こうしてオレがこれを思い出せるということは、言葉や振る舞いの端々(はしばし)に、当時のモモンガが抱え込んでいたドロドロとした怨念が籠もっているんだろうなぁ。」

 

 これを語るアインズは、まるで他人事のようだ。

 

「こちらに渡り来たオレと運命を分かった<現実(リアル)>の鈴木悟が、その後どうしたかを知る(すべ)はない。

 彼は決して闘争を好む人間ではなかったが、それでも、ユグドラシルを失った鈴木悟が、かの千五百人の大襲撃を企画した連中の自宅(やさ)を調べ上げて一人一人殺して歩いていたとしても、オレはさして驚かんさ。」

 

「アインズ……」

 

 またも心配そうな声色で名を呼ぶツアーに、アインズは大慌てで骨の両手を突き出して振って見せた。

 

「いや、すまんすまん、今のはオレが悪かった!

 誤解してくれるなよ。オレが語っているのはあくまでもモモンガ、鈴木悟の思いであって、オレの思いではないんだからな。」

 

 それは……同じものではないのかい?と問いたげにツアーは首を傾げる。

 

「鬼顔城の姿を認めたとき、鈴木悟の怨念のようなものがオレの中で鎌首をもたげたのは偽らざるところだ。そりゃそうだろう?オレはアインズ・ウール・ゴウンだが、鈴木悟でもあるんだからな!

 

 が、それに素直に従ったとしたら……。

 オレとあの道化師野郎は何が違うんだ?」

 

「なるほど。」

 

「いや待て、ツアー。早合点してくれるな!」

 

 アインズの悟りに似た境地に感銘すら覚えつつあったツアーは、このアインズのツッコミに再び首を傾げる。

 

「今のは少し格好をつけ過ぎた。

 オレは鈴木悟そのものではないが、それでも、やはり鈴木悟なんだよ。」

 

「どうにも……よくわからないなぁ。」

 

「なーに、簡単なことさ。

 鈴木悟がそうであったように、お膳立てを欲したオレは無意識のうちに、デミウルゴスにオレが鬼顔城のことを見知っていることを匂わせた。こうすれば、あいつは鬼顔城が千五百人の大襲撃の主犯格であると気づき、それに対してオレが真に何を望んでいるか見抜いて、いい感じに舞台を整えてくれるだろう。(あと)は野となれ山となれ、だ。」

 

 ……はぁ?

 今更ながら、キミたちのそのややこしいノリには呆れる他ないねぇ。

 

「だが、どうやらデミウルゴスの方が一枚上手(うわて)だったらしい。

 あいつは、その辺りを察しつつも、ナザリックを挙げて鬼顔城を殲滅することはオレの望みでは決してない、というところまで見透かしていたのか、情報収集にこそ余念ないものの決して事を構えようとはしなかった。」

 

「な!

 じゃぁ、どうして?」

 

「これも簡単なことさ。」

 

 やはりアインズは事も無げに言う。

 

「オレが望んだのは、ナザリックの下僕(しもべ)を使って鬼顔城を蹂躙すること、なんかじゃない。

 あいつらは(みな)(さと)いからな。オレが()る気満々でプレイヤーに対すれば、(おのれ)の身を捧げてでもそれを成し遂げようとするだろう。

 

 もちろん、そんなことはオレの望むところじゃない。

 オレが……鈴木悟が望んでいたのは。

 

 戦友(とも)と共に、糞野郎をブチ殺してやることだったのさ!」

 

 なんともはや!

 ツアーはお手上げの仕草(ジェスチャー)で呆れてみせた。

 

不死者(アンデッド)の積み増しに出向いたオレが、おまえが五百年の眠りから醒めていることに気づいたとき、どれほど嬉しく、頼もしく思ったか、わかるか?

 実際、オレが自分が本当のところ何がしたかったのかに気づいたのは、まさにその瞬間だった!」

 

 はて……これを喜んだものやら、悲しんだものやら。

 

「どうにも参ったね、これは。」

 

 ツアーはそう応じるしかなかった。

 そこに含むところを感じたのか、アインズが訝しげに、伺っても意味のない傀儡の兜の中を覗き込まんとするかの如く身を乗り出して問う。

 

「不服……だったか?」

 

 ツアーの傀儡の籠手(こて)がアインズに向かって(ひら)いて差し出され、左右に振られた。

 

「……いや。」

 

 自然とツアーの手は彼の後ろ頭に添えられた。

 そして、はにかみつつポソリと一言(ひとこと)

 

「むしろ、シャルティアの仇討(あだう)ちに参加できたのは幸いだよ。」

 

 パカリ。

 とアインズの骨の口が(ひら)く。

 

「オレ……そんなことまで話したっけか?

 ……ま、いいや。」

 

 ここで、アインズの片手が骸骨頭の横に添えられる。

 <伝言(メッセージ)>の着信だ。

 

「……あぁ、わかった。これからオレの座標をシャルティアに送るから。

 じゃ、あとでな。

 

 ツアー、パンドラが戦利品回収班を率いてもうすぐ合流する。

 まだ起きていられるようなら一緒に中を検分するか?」

 

「五百年ほど寝た直後だからね、付き合わせてもらうよ。

 ただ……ボクの体だけは人目につかないところに置きたいな。」

 

 傀儡の視線が転寝(うたたね)姿の(ドラゴン)身体(からだ)へ向かう。

 事も無げにアインズは返した。

 

「んなもん、こうすればいい。

 <現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 たちまちに、二人のすぐ(そば)の鬼顔城の壁面に、ツアー本体を裕に通せる大穴が穿たれた。

 

「自分で動くか?

 何ならオレが魔法で吹き飛ばしてやろうか!」

 

「冗談はよしてくれ。もちろん自分でやるさ。」

 

 ツアーの傀儡は、姫でも抱き上げるように自身の(ドラゴン)身体(からだ)を軽々と(すく)い上げ、そのまま今しがたアインズが穿(うが)った大穴の中へ進んでいった。

 

「そんなことが……出来るのか?」

 

 再びパカリと骨の口を(ひら)いたアインズは、やはり上機嫌で愉快()に笑った。

 

 

                    *

 

 

「鮮やかな戦勝をお寿ぎ申し上げます。」

 

「!」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 愛妃アルベドに三つ指ついて迎えられた大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、しばし言葉を失って立ち尽くした。

 

 合流したパンドラズ・アクター、ナーベラル・ガンマを伴ってあらかた鬼顔城を検分し、発見されたギルド武器の成れの果て、その他いくつかの希少な刀剣の(たぐい)をツアーの手土産に与えた(のち)、詳細調査を息子(パンドラ)に丸投げしたアインズは、いつものように数ヶ所の転移を経てナザリック地下大墳墓地上部へ帰還した。

 その時点で時刻は現地時間の深夜過ぎ。デミウルゴスを含め少しばかりの睡眠を取る者もいることだし、何より今回の振る舞いに勝手が多かったことに自覚はあるので、バツを悪く感じたアインズはそのまま直接指輪の力で自室に跳んだものだが、そこにはアルベドの姿があった。

 

「つまらないものでは御座いますが、ささやかな祝いの品をご用意いたしました。」

 

 伏せていた愛らしい顔をアインズへ向けてアルベドはそう言うが、祝いの品、とやらはどこにも見当たらない。と言うか、目前のアルベドはほぼ全裸で、僅かに紅白の絹糸を()った(おび)のようなものを腰に巻いている。

 

 熨斗(のし)、のつもりなのだろうか?

 

 とすると。

 祝いの品、とはアルベドそのもの!

 

「……ゴホ、ゴホッ!

 あぁ、アルベド。いささか今回は勝手が過ぎたようだ、悪かったな!」

 

 意味もなく咳き込みつつ、下目遣いにアインズはアルベドの様子を伺った。

 幸い、その金色の猫の瞳に(いか)りの色は見えない。

 

「何をおっしゃいます!

 ささ、お召し替えをお手伝いいたしましょう。」

 

 アルベドはそそくさとアインズの金糸銀糸に縁取られた漆黒の装束(ローブ)を脱がせ、簡素な部屋着を(まと)わせた。(あるじ)身体(からだ)寝台(ベッド)の中央に進め、丁度よろしげな姿勢を取らせて自身は熨斗を腰に巻いたまま、ころん、とその中へと転がり込む。

 骨の両手を豊満な胸へ導き、振り返って一言。

 

「五百年ぶりのツアーとの共闘、お楽しう御座いましたか?」

 

 いっときアインズは「これは何かの罠ではないのか?」と呻吟したが、愛妃の常と変わらぬアインズの内奥深くまでを見通すかのような涼やかな瞳に疑念を払拭した。

 

「あ……あぁ、楽しかったさ!

 今回の戦術は、元を考えたのはオレだが、言わずもがなに選んでみせたのはあいつだ。本当に頼もしい(ドラゴン)さ、ツアーは!」

 

 アインズが楽しげにそう言うと、柔らかな肢体をより深く預けながらアルベドが問う。

 

「かの誇り高き竜王(ドラゴンロード)が、至高の御身に対してとは言え騎乗を許すとは思いませんでした。よもや無理強いしたわけでは御座いませんでしょう?」

 

 アルベドの濃厚な雌の香りに鼻孔を擽られ、ますますアインズは上機嫌だ。

 

「まさか!

 あいつが言い出したんだぞ、特別に騎乗を許す、ってな。

 まぁ、あいつなりに五百年の眠りの借りを返してくれたつもりなんじゃないかな。」

 

 まぁ!とアルベドは可愛らしい口をまん丸に(ひら)き、そこへ手の平を添えて驚きを示した。

 もっともアインズは、アルベドが本気で驚いているとは思っていない。アインズがもっとも楽しく感じる返しをしてくれているのはわかっている。

 

 だからこそ、真摯な詫びの言葉が自然と漏れた。

 

「……本当に済まなかったな、常ならぬ采配でおまえたちも困惑したろう?」

 

 うふふ、と微笑むアルベドは言葉を返さない。

 

「実はあれは」

「いいのよ、アインズ!」

 

 身を(ひね)ったアルベドの唇がアインズの歯茎に優しく触れて、続く言葉を遮る。

 

「御身が(わたくし)たちにどのようにお心遣い下さったかは、デミウルゴスも含め重々承知しておりますとも。」

 

 ふ。

 

 ふふ。

 

 あははははっ!

 

「そりゃ、バレるわなー。

 だよなー?そーだよなー!」

 

 アインズの声色が、鈴木悟のそれに転じる。

 

「ツアーにも見透かされたんだよ!」

 

「さもありましょう。

 アレは、獣なれどもアインズ様の友であるに相応(ふさわ)しい、気高(けだか)く聡明な者で御座います。」

 

 アルベドは慈母の如き優しい笑みを浮かべてアインズをみつめた。

 彼女は、アインズがこうして()を晒しているのは、そうすることを(こら)えられなかったから、ではなく、アルベドの愛を受け入れるべく敢えてそう振る舞っているのだ、と知っている。

 

「ですから今は、どうか私に全てを委ねて(くつろ)いで、アインズ。」

 

「あぁ、甘えさせてもらうよ。

 オレを真に癒やしてくれるのは、アルベドの愛、ただそれだけさ!」

 

 これもまた、アインズがアルベドを気遣って言っていることであることも、彼女は理解している。

 

 至高の主にして愛しい大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、決して自分のみが支える存在なのではない。

 ナザリックの仲間たち、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーとその係累、さらにはこの世界のすべての者が、アインズ様をお支えするべく存在している。

 

 それは何故か?

 アインズ・ウール・ゴウンは、そう遇されて当然の勇猛知略と慈愛を兼ね備えた存在だからだ!

 

 あぁ、我らが至高の主の(さいわ)いなること果てなき空の如く()くことなき星の如し

 その至高の主の女への愛を独占する我が身の(さいわ)いなること枯れざる泉の如く底なき海の如し。

 

 二人は、そのまま夜明けまで余人には決して理解しようもない彼らだけの愛の営みを楽しんだ。

 ()って一年程度の記憶しか有さぬ二人は永遠の蜜月(ハネムーン)の中にあり、倦怠期が訪れる様子はない。

 

 

                    *

 

 

 リ・ボウロロールの人々から見て一連の出来事は僅か四日間、鬼顔城の出現から数えても二週間ほどでしかなく、誰もその真に意味するところを理解することはなかった。

 少なからずド・クロサマー王国の命脈を受け継いたトブの大森林出身の亜人勢は「伝説の髑髏(ドクロ)様だ!」「いや、あれはガイコツ先生だ!」と囃し立てたが、それ以上でもそれ以下でもなかった。ましてや白金(しろがね)(ドラゴン)をアーグランド評議国の竜王(ドラゴンロード)と結びつけて考える者は皆無で、途中から騎乗者が骸骨から甲冑騎士に差し替わったことも手伝って、

 

 城塞都市リ・ボウロロールの窮地を救った竜騎士(シュバリエ・ドラゴン)

 

が、在地の者たちの認識の最大公約数として落ち着いた。

 

 神話級の会戦を目の当たりにした興奮もようやく落ち着いた時分になって、数組の冒険者が恐る恐る鬼顔城……彼らもまた、誰からともなくかのギルド拠点遺構をそう呼ぶようになった……に立ち入ったが、当然のことながらそこは既に蛻抜(もぬ)けの(から)で、武具、魔法の品(マジックアイテム)はおろか、調度品の(たぐい)も遺されてはおらず、ただただ気宇壮大な構造があるだけだった。

 城塞都市からも全貌を望むことが叶ったそれは、やがてリ・ボウロロールの観光資源となり、歴史的経緯から他自由都市群に対して経済発展に遅れを取り穀倉地帯としての地位に甘んじていた彼らを、リ・エスティーゼ、エ・レエブル、リ・ロベル、エ・ペスペルに並ぶ大陸西方五大自由都市の一角に押し上げるに至る。

 これは結果的にこれらの都市すべてを滅ぼすに至る一大事変の伏線にもなるのだが、この時点でそこに思い至る者などいようはずもなかった。

 

 大陸の方々から噂を聞きつけて物見遊山に訪れる人々に、はじめのうちこそ在地の者たちによって、突如出現した鬼顔城、溢れ出し町村を襲った魔鬼(デーモン)の軍勢、これを薙ぎ払った白金(しろがね)の竜騎士と率いられた不死者(アンデッド)の軍団、がまことしやかに語られたものだが、観光客の大半はこれを言葉通りに受け取ることなどなく、鬼顔城は在地の人々が観光資源として自ら造営したもので、これに箔をつけるべく荒唐無稽な神話が付加されたものだ、と考えるようになった。

 

 真相に気付いたのは。

 事件時点で東方カルサナス都市国家連合を旅しており、五十年遅れてこの話を耳にし呆気にとられる他なかった<黒の百合>の面々のみだった。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

「あんたは、俺の超位魔法が発動するまで持ち堪えてくれればそれでいい。」

 来訪者(ユグドラシルプレイヤー)森妖精(エルフ)マルジットが共闘を呼び掛けた相手とは?

 億劫のオーバーロード余20話『喧嘩両成敗』

「痛い痛い、()めて()めて。」

 そんな危なっかしい存在が、今この瞬間もこの世界で野放しになっているだなんて、まったく神も仏もない、とはまさにこのことだな。
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