「覗き見ておられる
私はもう、そう長くはない。一度顔を見せてはもらえませんか?」
誰もいない部屋で誰に語りかけるでもなく、でありながら明朗にそう言葉を発したジャシムは、しばし緊張の表情のままにあったが、やがてそれも弛緩し、ふーっ、と溜息を吐いた。
ユグドラシル時代のジャシムは、決して諜報戦に
が、
これまでは、自身が覗き見に気づいていることを相手に知られることが、返って災いをもたらすのではないか、という疑念もあり、それ以上に、これは誰かに見ていて欲しいという自身の願望がなせる錯覚ではないか、という思いもあって、ジャシムは強いてこれを無視し続けてきた。
が、いよいよ自分の寿命もそう長くはない、と悟るに至り、自身が置かれている未だ理解不能の状況に対して
が、たちまちには何も起こらなかった。
やはりこれは錯覚だったのか、自分は見えざる何者かの審判の視線を期待するあまりに、居ようはずもない者に呼びかけるなどという恥ずかしい真似をしたものか……ジャシムは無為な羞恥心を覚えて、頬を赤らめつつ改めて深く
そのときである!
「な?
これは……<
ジャシムは、自身に救いを求めてやって来る者たちの中に、極僅かではあるが位階魔法を操る者があることには気づいていたが、記憶にある限りは第二位階
だが、
着座したまま驚愕の面持ちで待ち受ければ、まず姿を現したのは皴一つない紳士服に身を包んだ筋骨隆々の老執事、続いて白衣の豊満な美女。前者は一見して人間のようだが放つ気配が尋常ではない、有り体に言えば化け物の
そして。
現れた二人は左右に別れ、続いてやって来るものに礼を執った。
これは、リーラがジャシムに対してそうであるように、ユグドラシルNPCがプレイヤーに対して執る所作だ。
ということは、目前の彼らはリーラ同様のNPCであり、続いてやって来るのは自分同様のプレイヤーだ、ということになる!
そして、<
これが誰であるかわからぬ者は、ユグドラシルプレイヤーの中には居るまいよ。
「ば、馬鹿な!
あなたは、アインズ・ウール・ゴウンの……モモンガさん、なんですか?」
これまでにも何度も聞いてきた……当然のことながらどれ一つ憶えてはいない、
「あぁ、オレのことをご存知でしたか。」
ま、そりゃそうだわな、と思いつつもこれは口にはしない。
「あなたのことは……ナズディークの聖主、と呼ぶべきかな?」
そうするつもりがあったわけではないが、結果的にアインズの問いかけはやや揶揄を含むものになった。
ジャシムは羞恥の表情を隠さず、こう応じる。
「それは……勘弁してください。
ギルド
なるほど、この人物は、アインズ自身がそうであるのと同様に、必ずしもこの世界の人間たちから
ちらり、ちらり、と振り返れば、アルベドはいつも通りの涼やかな微笑みを称えつつも金色の猫の瞳だけが笑っておらず、セバスに至ってはあからさまにジャシムと名乗ったプレイヤーに殺意の眼差しを向けている。
ヤバい、ヤバい!
「あー、ジャシムさん。
ちょっと……オレが腰掛ける椅子を造らせてもらっていいかな?」
「?」
突然の申し出の意図が
「あなたも自身の
「……あ!
気が付かず失礼しました。どうぞ、存分になさってください。」
突然に位階魔法を発動させて先制攻撃と誤解されぬよう事前の了解を取り付けたアインズは、即席の玉座を<
案の定、表情を和ませたアルベドとセバスが何を命じられるでもなく、すすす、と両脇に立つ。
……なんでオレがこんなことに気を遣わにゃならんのだ!
と、いささか理不尽を覚えつつも、こればっかりは自分が気をつけるしかないのは百も承知だ。
この様子が
これも
「敢えて詫びはしませんが。」
とアインズ。
「ジャシムさんのことをずっと覗き見ていたのは事実です。
こちらの存在に気付いておられる、と知りましたので、一言挨拶するのが礼儀かと思いやって来ました。」
簡潔に、突如転移訪問した理由のみを告げる。
さて、ナズディークの聖主とやらは、これにどう応じるのだろう、と期待半分、不安半分で。
「誰かに見られている、とはずっと感じていたんですが、よもやユグドラシルプレイヤーとは……しかもあの有名な、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガさんとは思いもしませんでした。」
アインズは軽く片手を上げて左右に振り、あの有名な、の言葉を否定してみせた。
そうやって緊張を緩和しつつ、アインズのあいかわらず物理的にどこにあるのかよくわからぬままの意外に明晰な頭脳は、軽い違和感を覚えている。
アインズの登場に驚くのは当然だ。もし逆の立場……アインズがこちらの世界で、たとえばアインズ・ウール・ゴウン同様にその名を馳せたアースガルズの天空城のギルメンからの訪問を受けたら、さぞ驚くことだろう。
が、言葉に反してジャシムはあまり感銘を受けているようには見えなかった。人間種の彼が既に老境に至ってしまっているから情動が少ない、というのもあるのかも知れない、とは思いつつも、そもそもジャシムは、この世界に自分以外にユグドラシルプレイヤーが存在するかも知れない、と考えたことがまったくなかったような口ぶりだ。
そんなことがあるだろうか?
「ですが、むしろそうであったのは、私にとっては幸いです。
いろいろと前提をお話しする手間が省ける。」
ジャシムが続けてそう言うと、アインズの困惑はなお深まった。
こいつ……何を言っているんだ。
「……では、敢えてオレの覗き見に気づいていることを知らせてくれた理由、を伺いましょうか。」
左右に振ったまま上げていた骨の手を差し出して、アインズはジャシムに先手を譲った。
アインズの直感が、こいつはこれまでに出会ったユグドラシルプレイヤーとは随分と異なった
「ご覧の通り、私の寿命はもう残り少ない、と確信しています。
「……ええ、そうですね。」
隠す必要もあるまい、とアインズはそう答えた。
出会うプレイヤーに対し、常に「今はアインズ・ウール・ゴウンと名乗っている、アインズと呼んでくれ」と語り続けてきたアインズが今回に限りそれを省いているのは、余命数日もないこのプレイヤーに、そんなことを言って聞かせる必要はない、と考えていたからだ。
「勝手な話であることは、百も承知の上でお願いします。」
なんだ?
この世界が何であるかの説明を求められても、知りたいのはむしろこちらの方だ。
ここまでギルド維持に成功してきた以上、今更支援を求める必要もあるまい。
死期を感じて……自身の
といったアインズの予測に対し、ジャシムから発せられた願いはまったく予想外のものだった。
「私の……告解に耳を傾けていただきたい。」
……はぁ?
「こ、国会?」
「
腰を屈めたアルベドが、
アインズの知識においてはそれは、
それはともかく……なんでオレに?
「私は、私をずっと覗き見ているものは、天の
「オレはそんな大層なものじゃないですよ。」
敢えてアインズは骨の両手を左右にパッと開いて
「<
「いや、オレは別に、ジャシムさんのいう、天、とやらに命じられてここに来たわけでは……」
「教父とて、直接天に命じられるわけではありません。
天は、然るべく采配なされるのみ。」
うーむ、まったく想像外の展開になってしまった、とアインズは当惑する。
ぶっちゃけこんなものに付き合う義理なんぞない、と思わなくもないが、さりとて、相手は余命僅かな同郷人だ。その
「聞くだけ……でいいんですか?」
どう考えても、これはジャシムの信仰心に由来する行為だ。
アインズ自身はそういった素養をまったく欠いているが、であるがゆえに、安易にこれを受け入れることは、返ってジャシムの信仰に対する冒涜ではないのか、という思いもなくはない。
「もちろんです。こればかりは、私の言葉を
ジャシムのこの物言いにアインズは不思議な共感を覚えた。
全幅の信頼を寄せるナザリックの
ぷるぷる、とアインズは骸骨頭を左右に振って最後の迷いを振り切った。
思いも寄らない事態、ではあるが、ここは腹を括って聞いてやる一手だろう。それで失うものがあるでなし。
「わかりました。伺いましょう。」
そう言いながら、心の中のリング型階層メニューを<
「ありがとうございます。
なるべく手短に済ませます。」
アインズにむけて軽く一礼を捧げた後、ジャシムは語り始めた。
「何が起こっているのか、何故こうなっているのか、未だによくわかりません。
この数年間、ずっと
さもあろう、とアインズは思う。
言葉通りに受け取れば、ジャシムはギルドの<
「私が当地で何をし続けてきたか、はご承知かと思います。」
はて、聞いているだけでいい、とは言われたが、相槌は打った方がいいのだろうか?
ジャシムが返答を待っている様子だったので、アインズは軽く応じる。
「えぇ、神聖系位階魔法で当地の現地住民に奇跡を施し、ナズディークの聖主、と呼ばれてましたね。」
「モモンガさんは、これをどうお考えでしたか?」
うーん、聞いてるだけでいい、って言ったのに話が違うじゃねーか!
と今更突っ込む気にもなれないアインズは、はて、デミウルゴスの読みを語ってやるべきだろうか、と一瞬底意地悪く考えた
「ギルド拠点維持の手段としては妥当なもので、結果的に現地住民にとっても
ジャシムさんはお好きではないようですが、ナズディークの聖主、と呼ばれるのも無理はない。」
「違うんです。」
ジャシムは、アインズの言を否定した。
「だからこそ、私は告解をしなければならないんです。」
とも。
アインズは無言のままに骨の手を差し出して続きを促した。
「私は、決して聖者を気取っていたわけではないんです。
ひたすら続けてきたこれは、ただただ……贖罪なんです。」
「食材?」
「
再び中腰になったアルベドからそう耳打ちされて、アインズの困惑はなお深まる。
……なんのこっちゃ?
「私は、<
突然そう言われてアインズは鼻白む。
学歴小学校卒業のみで
今更オレを相手に優越感ゲーム?
そんな馬鹿なことはするまいよ。
表情を欠く骸骨の相貌ではあるが、その心象をジャシムは悟ったものか、諸手を振ってそれを打ち消しにかかる。
「いや、お考えになっているような立派なものではありません。
要は単なる金貸し。私は債権回収が専門で、平たく言えば借金取りを
社会的信用を欠き借金することすらできなかった鈴木悟からすると、やはりジャシムの話は雲の上の話題に聞こえる。
「決して、法令に触れたり、直接誰かを傷つけるような取り立てに及んだことは誓ってありませんし、そもそもそんなことは仕組み的に不可能で、強面の男が債務者を怒鳴りつけるような取り立ては、わかりやすさのために娯楽作品の中でだけ
実際の業務はもっと無味乾燥なもので、粛々と然るべき種々の手続きを進め、債務者と顔を合わせることもなく合法的にその財産を差し押さえる、そんな仕事です。自慢にもなりませんが、私は成績優秀でした。月間回収額で表彰されたことは、一度や二度ではありません。」
いったい……オレは何を聞かされているんだろう、とアインズは首を傾げたいが、ジャシムにそれに気づかれるのを憚ってぐっと
「が……もちろん私はそんな私の行為の裏には、常に
が、私が手続きを一つ進める都度、上司からお手並みお見事と褒められる都度、望外な
流石のアインズにも、ジャシムの語るところの意味がわかってきた。
その意味するところもさることながら、こちらの世界へ渡り来たジャシムがこういったことを明確に憶えているということは、彼はユグドラシル時代、まだ<
そうでなければ、ギルドの<
「私は、ここが煉獄なのだ、と思っています。」
とジャシム。
「
んなもん、
「私が感じ続けてきた視線は天の
アインズ自身は、この転移後の世界を、望まずに引き当てた
「ですから私は、
こういう考え方をするプレイヤーと出会うことになろうとは……だが、ジャシムの言葉を素直に受け止めれば、彼は実際にその通りに行動しやり遂げたんじゃないだろうか、とアインズは思う。実際、ナザリックはアインズを含めナズディークの聖主を、ナザリックに対してはもちろん、この世界に対しても脅威としては認めず、対処不要と判断していた。
だが、目前に見えるジャシムの表情は、自身が背負い込んだ贖罪を成し遂げた者のそれではなく、明らかに何かに怯えているようにアインズには見えた。
「嗚呼!」
唐突にジャシムは掛けていた
「愚かしくも私は、私の贖罪がなされたことの保証を求めて、私を覗き見る視線に声をかけてしまった。
そんな私に、天は、モモンガさんを遣わされたのです!
モモンガさんはおっしゃいました。
ギルド拠点維持の手段としては妥当なもの、と。
結局そうなんです!
私は、私のNPCたちがこの世界でさらなる罪を犯すことを恐れて、彼らを抑え続けるために、圧倒的優位を傘に聖者として振る舞っていただけ!衣食住を満たすために、誰かを苦しめていることに目を瞑ったまま借金取りの暮らしをしていたときと、本質的には何も変わってなどいない!
むしろ……。
ナズディークの聖主、などという分不相応な名を捧げられ
なんと!
これは……とてつもなく面倒臭いヤツだな、とアインズは内心溜息をついた。
言わんとするところはわからんでもない。
わからんでもないし、それはそれで結構なお話なんじゃね?と思いはすれども、肝心の当人に救われた様子が見えないのは、信仰としては……本末転倒なんじゃないのか?
「私は、最後の最期に天を、
それを嘲笑うかのように、天は、モモンガさんを私の元へお遣わしになられたのです!」
……面白い論理だ、とアインズは半ば呆れ、半ば感心する。
ふと気になって左右傍らに控えたアルベド、セバスに視線を走らせれば、どちらも特に関心がない様子で知らん顔だ。そりゃ、そうだわな。
タブラさんだったら、何か気の利いた
いや、あいつは神話、伝承が大好きだったがそれに対して斜に構えて揶揄するのが常だったから逆効果だな。
死獣天朱雀さんだったら、うまいことこいつの考えを呑み込んだ
ウルベルトさんだったら……
っつーか、あいつは悪魔だし。
ペロロンチーノだったら……
何かが吹っ切れたアインズは、唐突に自身の膝を、ダンッ、と叩いて立ち上がり、両手を左右に大きく
「
「……え?」
いつの間にやら両手で顔を覆い塞ぎ込んでいたジャシムが、おずおずと顔を上げる。
「このオレ、大魔王アインズ・ウール・ゴウンがジャシム、おまえの罪を
……不服か?」
「あ、いえ……その……」
ジャシムは、アインズの突然のこの物言いに返す言葉がない様子。
それを気にするでもなく、大魔王口調でアインズは続けた。
「まぁ、聞け!
自慢にもならんが、オレはかれこれ千八百年ほどこれをやっている。」
「千八百年!」
ジャシムの目が大きく
「おまえ以外にもたくさんのユグドラシルプレイヤーと出会ってきた。その中でもおまえは、やったことだけ言えば一番まともだ……言ってることは飛び抜けて狂ってるがな。
大概のプレイヤーは、ギルド維持のために無分別な略奪に乗り出すか、それすら出来ずに自滅するのが常だった。オレは存外この世界が気に入っているから、オレのお気に入りの世界を
そのオレが、おまえを
「……」
「いいか?
オレはご覧の通りの
おまえの言う天、
じゃなきゃ……。
千八百年も、こんなことやってるわけねーもんなーーー!」
ジャシムは、ポカンと大きく口を
「そのオレ、大魔王アインズ・ウール・ゴウンが、おまえを
納得したか?するよなーーー、常識的に考えて!」
この恫喝を受けて、ジャシムはガクリ、と肩を落とした。
「……騙し討ちは嫌いなんで先に言っとくが、おまえが遺したNPCがギルド維持資金が尽きて機能停止した拠点から溢れ出して暴れるようなら、オレはそいつらを片付ける。嫌なら死ぬ前に何か手を打っておくことだ。時間はそうないぞ、オレの見るところ、余命は一週間もない!」
アインズは身を翻し、おもむろに<
「突然邪魔して悪かったな。
安らかな旅立ちを祈ってるよ。」
骨の手を振ってアルベドとセバスを先に行かせ、自らも帰投しようとしたとき、背後から声がかかる。
「……ありがとう、モモンガさん。」
その声色はさきほど狼狽して見せたそれとは、随分と違って穏やかだ。
「……アインズ・ウール・ゴウンだ。
ジャシムの言う天だか
ふふふ、とジャシムが笑う声を聞きながらアインズは片手を上げて会釈しつつ、振り返ることなく<
*
「……という話なんだが。
おまえ、どう思うよ?」
「どう思う、って……何が?」
「何が……って。
おまえ、オレの話、聞いてたか?」
数日の
アインズ自身、どうしてオレはこんな話をツアーにしているんだろう、と思わないでもなかったが、どうにも消化し切れないモヤモヤとした思いがあり、そしておそらくそれは、図らずもジャシムもそう言ったように、究極的にはアインズを追認することを常とするナザリックの
「うーん、正直なところ、そのプレイヤーの物の考え方はまったく理解できないな。」
微睡みの姿勢のまま、ツアーはまずそう言った。
「まぁ、そもそもが<
「いやいや、そこじゃなくて。」
無茶振りはわかっている、と告げようとするアインズにツアーが割り込む。
「そのプレイヤーが、どうして罪の意識を抱いていたのか、がよくわからない。」
そこからかよ!とアインズは笑いつつも呆れる。
「キミも承知の通り、ボクは食物連鎖の枠外の存在だ。」
「……あぁ、そうだな。」
アインズは、相槌こそ返したものの、このツアーの突然の物言いの含意がよくわからなかった。
「そんなボクですらこの世界に満ちている気を吸って我が身を養っているが、ボクが気づいていないだけで、同じように気に依存している者のそれを奪って苦しめていない保証はない。
存在する者は、いずれにせよ存在する他の者と何かを奪い合う運命からは逃れられない。ボクやキミのように、何も喰らわずとも……まぁ、キミは少し事情が異なるかも知れないが……何も喰らわずとも存在できるボクらですら、たとえば、たまたま空間のある同じ地点に在りたい、と願えば、その場所を奪い合うことからは逃れられまい。
誰かから何かを奪うことを罪、と呼ぶのであれば、罪のない存在などいない。そんな罪に何の意味がある?」
どうにもアインズとしては、常日頃デミウルゴスにやられているのとは別の意味で煙に巻かれた感がある。
言うなればツアーの主張は、アインズはタブラ・スマラグディナの蘊蓄を介して朧気にその概念を知り、おそらくはジャシムは言葉通りに受け入れていたのであろう、原罪、について、そんなものには意味がない、というものだ。
ツアーの論理に敢えて反駁する理屈も理由もアインズは持ち合わせなかったが、一方で、ジャシムを含め少なくない人々が信じていたように見えるそれを俄に否定できるほど、彼は無邪気でも独善的でも傲慢でもない。
「そもそも罪、とは、同じ
「あぁ、そうだな……そこはオレもそう思う。
だが、うまく説明できないんだが、意外にあいつと同じようなことを言ってたヤツは、少なくなかったような気もするんだ。」
「たとえば……ブループラネット君、とか?」
ツアーの口から懐かしい旧友の名が出て、ふふ、とアインズは笑う。
「ブルプラさんのあれはまた少し違うような気もするが……いや、根は同じかも知れないなぁ。」
自然愛好家ギルメン、ブループラネットは、決して信心深い人間ではなかったが、自然を破壊する存在としての人間存在全般に、自分自身を含め常に否定的だった。今、ツアーに言われるまで考えもしなかったことだが、確かに彼が常に抱えていたそれは、原罪、であったのかも知れない。
ブルプラさんがこちらの世界にやって来ていたら、ジャシムよろしく<
「そのプレイヤーが、この世界の人間たちに蘇生や治癒を与えることを贖罪と考えたのも、ボクとしてはどうにも理解に苦しむところだ。どうして人間たちなんだ、彼らが日々命を繋ぐべく少なからず狩っているであろう獣でないのは何故だ?
百歩譲って誰かに害を与えてしまうことを罪と認めるにしても、害を与えてしまった相手に償うのでなければ、どのような意味においてもそれは自己満足でしかあるまい。そして、こちらの世界へやって来てしまった彼には、彼が害を与えたと考える相手に償う
「それはアレじゃないかな、オレも詳しいところまではよくわからないんだが。
あいつの信じていた信仰は、あいつらが
「であれば、なおのことそれは自己満足だろう?」
と、ツアーの返しは身も蓋もない。
「いや、アインズ。誤解しないでくれよ。ボクは、自己満足はよくない、と言っているわけじゃない。むしろ、自己満足に至れる者は
キミが彼に……与えてやったように、ね。」
……はぁ?
パカリ、とアインズの骨の口が大きく開く。
それに気付いたツアーは、それまで眠たげに半眼だった目を
「え!……わかってて言ったんじゃないのかい?」
……それはこっちの台詞じゃねーのか?
「本気で……そう思うか?」
「……いや。
正直言えば、実は
こ、こいつ!
「……で。
どういうこと……なんだ?」
「……まったくキミときたら。
いいかい?」
ツアーはそれまで床にぺたりと沈めていた大きな顔を上げ、前足の指を一本立ててアインズの注意を惹いた。
「知性ある者は、知性あるがゆえに、常に矛盾した思いを抱えて生きていくものだ。」
「ほぅ……それは?」
興味深げにアインズはその身を乗り出す。
「自分は正しい、という思いと、誰かに正しいと認めてもらいたい、という思いさ。
私は正しい、と思いたいが、そこには不安がある。だから誰かに正しいと認められることを求めるが、それは自分が正しくないかもしれない、ということを認めることでもある。常に汝は正しいと応じる者にそれを求めて何の意味があろう。さりとて私は正しくありたい。そこに確証を得たい、と乞い願う。が、それを他に求めれば、実は正しくないのかもしれない、と不安になる。
何となくアインズは、しばしばこういったことを優しく自身に説いてくれた、死獣天朱雀を懐かしく思い浮かべている。
「その何とかいうプレイヤーに準えれば、彼は自身正しくあらんと信じるところの贖罪を続けてきたが、それを正しいと認めてくれる誰かを欲してキミを呼んだ。だが、彼本来の信念からすれば、自身の正しさの保証を誰かに求めること、それ自体が正しくない行為だ、ということになる。それは、彼からすれば原理的には神を疑うのと等価だろうからね。
対してキミは、
語りながら、ツアーはアインズとの初めての出会いを思い出している。
キミは世界を
オレとおまえが喧嘩する、のと、オレが世界と喧嘩する、のは、同じじゃないだろ、とも。
おそらくはあのときも、アインズはさほど深く考えてあの言葉を発したのではあるまい、とツアーは承知している。
一方で、アインズの言葉が、自身に決定的な変化をもたらしたことも正しく理解していた。
ユグドラシルプレイヤーは世界を
対してアインズは、ツアーの言を聞いてしばしその意味するところを咀嚼せんと固まっていたが、何かが飲み込めたのかポンッと骨の手の平を打った。
「なるほど!流石ツアーだ、面白いことを言う。
あのプレイヤーに別れ際に穏やかな口調で礼を言われたんだが、どうにも理路がわからなくて気になってたんだ。余命幾許もない
いや、むしろオレ、
あの時点で悦に浸らなかったのは、何だか損した気分だな!
などと
野放図なまでのこの素直さは、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの大魔王らしからぬ美徳だな、と微笑ましく思う。
「しかし……いろんなヤツがいるもんだな。
流石のオレも、今回のプレイヤーの物言いには驚かされた。」
ツアーからすれば、アインズこそが常に驚きを与えてくれる存在であるが、敢えてそれは口にはしない。
「ああ、そうだね。
だからこそ世界は面白い。」
ハハハッ、と二人は笑う。
この時点の彼らは、この世界に、もっと深い原罪を抱え込み気の遠くなるような贖罪の計画を淡々と進める存在があることを知らなかった。