億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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ナズディークの聖主ジャミルと大魔王アインズ・ウール・ゴウンの邂逅は、果たして何をもたらすのか。


告解(2)

「覗き見ておられる(かた)

 私はもう、そう長くはない。一度顔を見せてはもらえませんか?」

 

 誰もいない部屋で誰に語りかけるでもなく、でありながら明朗にそう言葉を発したジャシムは、しばし緊張の表情のままにあったが、やがてそれも弛緩し、ふーっ、と溜息を吐いた。

 

 ユグドラシル時代のジャシムは、決して諜報戦に()けていたわけではなかった。

 が、白呪術師(ホワイトシャーマン)としての鍛錬(レベリング)の都合で習得した属性(クラス)の中には、普段ほとんど意識はしていないものの、被探査(スキャン)検知(ディテクト)技能(スキル)を有するものがあり、それが本能的に発揮されたものだろうか、過去の記憶が曖昧であるためいつから自分がこれに気づいていたかは定かでこそないものの、何者かに自身がずっと監視、あるいは観察されている、という感覚がジャシムにはあった。

 これまでは、自身が覗き見に気づいていることを相手に知られることが、返って災いをもたらすのではないか、という疑念もあり、それ以上に、これは誰かに見ていて欲しいという自身の願望がなせる錯覚ではないか、という思いもあって、ジャシムは強いてこれを無視し続けてきた。

 

 が、いよいよ自分の寿命もそう長くはない、と悟るに至り、自身が置かれている未だ理解不能の状況に対して(いだ)き続けてきた益体もない仮説も手伝って、敢えて監視者への接触(コンタクト)を試みる意を決したものだ。

 

 が、たちまちには何も起こらなかった。

 

 やはりこれは錯覚だったのか、自分は見えざる何者かの審判の視線を期待するあまりに、居ようはずもない者に呼びかけるなどという恥ずかしい真似をしたものか……ジャシムは無為な羞恥心を覚えて、頬を赤らめつつ改めて深く安楽椅子(ロッキングチェア)に身を任せて石の天井を仰いだ。

 

 そのときである!

 

「な?

 これは……<転移門(ゲート)>!」

 

 ジャシムは、自身に救いを求めてやって来る者たちの中に、極僅かではあるが位階魔法を操る者があることには気づいていたが、記憶にある限りは第二位階()まりで、<転移門(ゲート)>を(ひら)き得る者などいようはずもなかった。

 

 だが、(いま)目前に(ひら)かれたのは見紛うことなきそれだ。

 

 着座したまま驚愕の面持ちで待ち受ければ、まず姿を現したのは皴一つない紳士服に身を包んだ筋骨隆々の老執事、続いて白衣の豊満な美女。前者は一見して人間のようだが放つ気配が尋常ではない、有り体に言えば化け物の(たぐい)。後者は頭上に二本の大きな(つの)、腰から()やした黒い翼が、こちらも決して人間ではないことを雄弁に語っている。

 

 そして。

 現れた二人は左右に別れ、続いてやって来るものに礼を執った。

 

 これは、リーラがジャシムに対してそうであるように、ユグドラシルNPCがプレイヤーに対して執る所作だ。

 ということは、目前の彼らはリーラ同様のNPCであり、続いてやって来るのは自分同様のプレイヤーだ、ということになる!

 

 そして、<転移門(ゲート)>を(くぐ)って姿を現したのは、金糸銀糸に縁取(ふちど)られた豪奢な漆黒の装束(ローブ)(まと)い、腹の中に妖しげに輝く紅玉を抱えた骸骨姿の魔法詠唱者(マジックキャスター)

 

 これが誰であるかわからぬ者は、ユグドラシルプレイヤーの中には居るまいよ。

 

「ば、馬鹿な!

 あなたは、アインズ・ウール・ゴウンの……モモンガさん、なんですか?」

 

 これまでにも何度も聞いてきた……当然のことながらどれ一つ憶えてはいない、来訪者(プレイヤー)の第一声に迎えられて、アインズはナズディークの聖主、ジャシムの前に降臨した。

 

「あぁ、オレのことをご存知でしたか。」

 

 ま、そりゃそうだわな、と思いつつもこれは口にはしない。

 

「あなたのことは……ナズディークの聖主、と呼ぶべきかな?」

 

 そうするつもりがあったわけではないが、結果的にアインズの問いかけはやや揶揄を含むものになった。

 ジャシムは羞恥の表情を隠さず、こう応じる。

 

「それは……勘弁してください。

 ギルド融合(アマルガム)のジャシムです。」

 

 なるほど、この人物は、アインズ自身がそうであるのと同様に、必ずしもこの世界の人間たちから(かしず)かれることを望んでいるわけではないんだな、とアインズは理解すると同時に、背後から何やら不穏な気配を感じる。

 ちらり、ちらり、と振り返れば、アルベドはいつも通りの涼やかな微笑みを称えつつも金色の猫の瞳だけが笑っておらず、セバスに至ってはあからさまにジャシムと名乗ったプレイヤーに殺意の眼差しを向けている。

 

 ヤバい、ヤバい!

 

「あー、ジャシムさん。

 ちょっと……オレが腰掛ける椅子を造らせてもらっていいかな?」

 

「?」

 

 突然の申し出の意図が(かい)せず首を傾げるジャシムに、アインズは言った。

 

「あなたも自身の下僕(しもべ)を連れているからわかると思うが、こいつらはオレがギルド外の存在から対等以下の扱いを受けることを快くは思わないんでね。」

 

「……あ!

 気が付かず失礼しました。どうぞ、存分になさってください。」

 

 突然に位階魔法を発動させて先制攻撃と誤解されぬよう事前の了解を取り付けたアインズは、即席の玉座を<上位道具創造(グレータークリエイトアイテム)>でジャシムと対面する位置に(しつら)え、敢えて横柄にそこへふんぞり返った。

 案の定、表情を和ませたアルベドとセバスが何を命じられるでもなく、すすす、と両脇に立つ。

 

 ……なんでオレがこんなことに気を遣わにゃならんのだ!

 

 と、いささか理不尽を覚えつつも、こればっかりは自分が気をつけるしかないのは百も承知だ。

 

 この様子が可笑(おか)しかったのか、ジャシムは、ふふふ、と笑いを溢した。

 

 これも(はな)からわかっていたことだが、このプレイヤーは極めて温厚かつ理知的で、たちまちに戦闘になることはないだろう、とアインズは安堵すると同時に少しがっかりもする。

 

「敢えて詫びはしませんが。」

 

とアインズ。

 

「ジャシムさんのことをずっと覗き見ていたのは事実です。

 こちらの存在に気付いておられる、と知りましたので、一言挨拶するのが礼儀かと思いやって来ました。」

 

 簡潔に、突如転移訪問した理由のみを告げる。

 さて、ナズディークの聖主とやらは、これにどう応じるのだろう、と期待半分、不安半分で。

 

「誰かに見られている、とはずっと感じていたんですが、よもやユグドラシルプレイヤーとは……しかもあの有名な、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガさんとは思いもしませんでした。」

 

 アインズは軽く片手を上げて左右に振り、あの有名な、の言葉を否定してみせた。

 そうやって緊張を緩和しつつ、アインズのあいかわらず物理的にどこにあるのかよくわからぬままの意外に明晰な頭脳は、軽い違和感を覚えている。

 

 アインズの登場に驚くのは当然だ。もし逆の立場……アインズがこちらの世界で、たとえばアインズ・ウール・ゴウン同様にその名を馳せたアースガルズの天空城のギルメンからの訪問を受けたら、さぞ驚くことだろう。

 が、言葉に反してジャシムはあまり感銘を受けているようには見えなかった。人間種の彼が既に老境に至ってしまっているから情動が少ない、というのもあるのかも知れない、とは思いつつも、そもそもジャシムは、この世界に自分以外にユグドラシルプレイヤーが存在するかも知れない、と考えたことがまったくなかったような口ぶりだ。

 

 そんなことがあるだろうか?

 

「ですが、むしろそうであったのは、私にとっては幸いです。

 いろいろと前提をお話しする手間が省ける。」

 

 ジャシムが続けてそう言うと、アインズの困惑はなお深まった。

 こいつ……何を言っているんだ。

 

「……では、敢えてオレの覗き見に気づいていることを知らせてくれた理由、を伺いましょうか。」

 

 左右に振ったまま上げていた骨の手を差し出して、アインズはジャシムに先手を譲った。

 アインズの直感が、こいつはこれまでに出会ったユグドラシルプレイヤーとは随分と異なった類型(パターン)かも知れない、と告げている。

 

「ご覧の通り、私の寿命はもう残り少ない、と確信しています。

 死の支配者(オーバーロード)であるモモンガさんであれば、一目瞭然なのでは?」

 

「……ええ、そうですね。」

 

 隠す必要もあるまい、とアインズはそう答えた。

 出会うプレイヤーに対し、常に「今はアインズ・ウール・ゴウンと名乗っている、アインズと呼んでくれ」と語り続けてきたアインズが今回に限りそれを省いているのは、余命数日もないこのプレイヤーに、そんなことを言って聞かせる必要はない、と考えていたからだ。

 

「勝手な話であることは、百も承知の上でお願いします。」

 

 なんだ?

 

 この世界が何であるかの説明を求められても、知りたいのはむしろこちらの方だ。

 ここまでギルド維持に成功してきた以上、今更支援を求める必要もあるまい。

 死期を感じて……自身の下僕(しもべ)たちの今後をオレに託そう、とでもいうのか?

 

 といったアインズの予測に対し、ジャシムから発せられた願いはまったく予想外のものだった。

 

「私の……告解に耳を傾けていただきたい。」

 

 ……はぁ?

 

「こ、国会?」

 

告解(こっかい)()()げるの意で、罪を告白し赦しを乞うこと、で御座います、アインズ様。」

 

 腰を屈めたアルベドが、(あるじ)の天然ボケを補わんとしたものかアインズの耳元でそう囁く。

 アインズの知識においてはそれは、懺悔(ざんげ)、という言葉で理解されているものだ。

 

 それはともかく……なんでオレに?

 

「私は、私をずっと覗き見ているものは、天の御使(みつか)いである、と考えていました。」

 

「オレはそんな大層なものじゃないですよ。」

 

 敢えてアインズは骨の両手を左右にパッと開いて(おど)けて見せたが、ジャシムはそれを笑うでもなく拒むでもなく淡々と続ける。

 

「<現実(リアル)>においても、告解は天使に、ではなく、天より遣わされた教父(ファーザー)に対しておこなうもの。私に対しては天がモモンガさんをお遣わしになられたものでしょう。」

 

「いや、オレは別に、ジャシムさんのいう、天、とやらに命じられてここに来たわけでは……」

 

「教父とて、直接天に命じられるわけではありません。

 天は、然るべく采配なされるのみ。」

 

 うーむ、まったく想像外の展開になってしまった、とアインズは当惑する。

 

 ぶっちゃけこんなものに付き合う義理なんぞない、と思わなくもないが、さりとて、相手は余命僅かな同郷人だ。その今際(いまわ)(きわ)の頼み事については、(カルマ)が悪に全振りのアインズと言えども無碍には扱い難かった。

 

「聞くだけ……でいいんですか?」

 

 どう考えても、これはジャシムの信仰心に由来する行為だ。

 アインズ自身はそういった素養をまったく欠いているが、であるがゆえに、安易にこれを受け入れることは、返ってジャシムの信仰に対する冒涜ではないのか、という思いもなくはない。

 

「もちろんです。こればかりは、私の言葉を(あるじ)の言葉として全肯定するのみのNPCに語っても意味のないことですので。」

 

 ジャシムのこの物言いにアインズは不思議な共感を覚えた。

 全幅の信頼を寄せるナザリックの下僕(しもべ)たちではあるが、であるからこそ、彼らには語っても意味のないこと、というものは確かにアインズにもある。

 

 ぷるぷる、とアインズは骸骨頭を左右に振って最後の迷いを振り切った。

 思いも寄らない事態、ではあるが、ここは腹を括って聞いてやる一手だろう。それで失うものがあるでなし。

 

「わかりました。伺いましょう。」

 

 そう言いながら、心の中のリング型階層メニューを<時間停止(タイムストップ)>に照準(フォーカス)しておく。ジャシムの言が何かの拍子にセバスの逆鱗を刺激して頭が吹き飛ぶ、などという阿呆らしい事態が決してない、とはアインズには言い切れない。

 

「ありがとうございます。

 なるべく手短に済ませます。」

 

 アインズにむけて軽く一礼を捧げた後、ジャシムは語り始めた。

 

「何が起こっているのか、何故こうなっているのか、未だによくわかりません。

 この数年間、ずっと(わに)の背の上を歩む心持ちでした。」

 

 さもあろう、とアインズは思う。

 言葉通りに受け取れば、ジャシムはギルドの<日誌(ログブック)>の秘密に気づいてはいない。人間種であるがゆえの加齢から、自身がこちらの世界で歩んで来た時間の長さには思い至れようが、記憶の制約にも気づいていないか、気づいていたとしてもナザリックがやっているような対策には思い及ばなかったのだろう。

 

「私が当地で何をし続けてきたか、はご承知かと思います。」

 

 はて、聞いているだけでいい、とは言われたが、相槌は打った方がいいのだろうか?

 ジャシムが返答を待っている様子だったので、アインズは軽く応じる。

 

「えぇ、神聖系位階魔法で当地の現地住民に奇跡を施し、ナズディークの聖主、と呼ばれてましたね。」

 

「モモンガさんは、これをどうお考えでしたか?」

 

 うーん、聞いてるだけでいい、って言ったのに話が違うじゃねーか!

 と今更突っ込む気にもなれないアインズは、はて、デミウルゴスの読みを語ってやるべきだろうか、と一瞬底意地悪く考えた(のち)に、いや、変化球は()めておこう、と考え直した。

 

「ギルド拠点維持の手段としては妥当なもので、結果的に現地住民にとっても(さいわ)いだったか、と。

 ジャシムさんはお好きではないようですが、ナズディークの聖主、と呼ばれるのも無理はない。」

 

「違うんです。」

 

 ジャシムは、アインズの言を否定した。

 

「だからこそ、私は告解をしなければならないんです。」

 

とも。

 アインズは無言のままに骨の手を差し出して続きを促した。

 

「私は、決して聖者を気取っていたわけではないんです。

 ひたすら続けてきたこれは、ただただ……贖罪なんです。」

 

「食材?」

 

贖罪(しょくざい)(つみ)(あがな)うの意で、過去に犯した罪に相応する善行を積むことで赦しを乞うこと、で御座います、アインズ様。」

 

 再び中腰になったアルベドからそう耳打ちされて、アインズの困惑はなお深まる。

 ……なんのこっちゃ?

 

「私は、<現実(リアル)>では金融業に勤めていました。」

 

 突然そう言われてアインズは鼻白む。

 

 学歴小学校卒業のみで被酷使(ブラック)会社員の底辺営業職、と自認していたアインズ、鈴木悟からすると、金融業、という言葉はそれだけで選良(エリート)を意味する、重みのある言葉だ。

 

 今更オレを相手に優越感ゲーム?

 そんな馬鹿なことはするまいよ。

 

 表情を欠く骸骨の相貌ではあるが、その心象をジャシムは悟ったものか、諸手を振ってそれを打ち消しにかかる。

 

「いや、お考えになっているような立派なものではありません。

 要は単なる金貸し。私は債権回収が専門で、平たく言えば借金取りを生業(なりわい)にしていました。」

 

 社会的信用を欠き借金することすらできなかった鈴木悟からすると、やはりジャシムの話は雲の上の話題に聞こえる。

 

「決して、法令に触れたり、直接誰かを傷つけるような取り立てに及んだことは誓ってありませんし、そもそもそんなことは仕組み的に不可能で、強面の男が債務者を怒鳴りつけるような取り立ては、わかりやすさのために娯楽作品の中でだけ(えが)かれる前時代的なものです。

 実際の業務はもっと無味乾燥なもので、粛々と然るべき種々の手続きを進め、債務者と顔を合わせることもなく合法的にその財産を差し押さえる、そんな仕事です。自慢にもなりませんが、私は成績優秀でした。月間回収額で表彰されたことは、一度や二度ではありません。」

 

 いったい……オレは何を聞かされているんだろう、とアインズは首を傾げたいが、ジャシムにそれに気づかれるのを憚ってぐっと(こら)えている。

 

「が……もちろん私はそんな私の行為の裏には、常に(つい)となる泣いている人たちがいることを知っていました。理屈の上では、彼らが作った借金を利息を含めて取り立てるのは債権者の当然の権利であり、何もやましいところはないんです。頭ではそうわかってはいたんです。

 が、私が手続きを一つ進める都度、上司からお手並みお見事と褒められる都度、望外な賞与(ボーナス)が支給される都度、顔も知らない誰かが住む家を追われたり、今日着る服や食べる物に困ったり、人知れず首を括ってぶら下がっていることも知っていました。知っているけれども直視し難いので、ずっとそこから目を()らして暮らしていたんです。」

 

 流石のアインズにも、ジャシムの語るところの意味がわかってきた。

 

 その意味するところもさることながら、こちらの世界へ渡り来たジャシムがこういったことを明確に憶えているということは、彼はユグドラシル時代、まだ<現実(リアル)>に根を張った人間(プレイヤー)であった時分から、この遣る瀬無い思いをギルドの仲間たちに、モモンガとヘロヘロが互いにそうであったように、愚痴混じりに語ってきたのだろう。

 そうでなければ、ギルドの<日誌(ログブック)>に刻まれた記憶から顕現した今のジャシムが、こうしてこれを語れるはずはない。

 

「私は、ここが煉獄なのだ、と思っています。」

 

とジャシム。

 

煉獄(れんごく)とは、死者の魂が天国へ招かれるまでの間、犯した罪を浄めるべく留め置かれる場所、とされるもので御座います、アインズ様。」

 

 んなもん、おまえの創造主(タブラさん)から飽きるほど聞かされたわ!と思いつつも、軽く手を上げて、こうして問わずもがなに(こま)やかに補佐してくれるアルベドをアインズは(ねぎら)った。

 

「私が感じ続けてきた視線は天の御使(みつか)いのそれであり、私は煉獄においてどのように振る舞うのか試みられているのだ、と考えていました。」

 

 アインズ自身は、この転移後の世界を、望まずに引き当てたSSR(スーパースペシャルレア)だ、と思いこそすれ、ジャシムが語るような死後の世界、自身が<現実(リアル)>で犯した罪を償うべく送り込まれた世界だ、などと毛頭考えたことがなかったので、ジャシムの豊かな想像力……実際には彼が受け入れている教条(ドグマ)的な世界観……に素直に驚かされていた。

 

「ですから私は、(しゅ)がそうなされたように、当地の人々に恩寵を分け与えることで、この試みを乗り越えよう、と努めてきたんです。」

 

 こういう考え方をするプレイヤーと出会うことになろうとは……だが、ジャシムの言葉を素直に受け止めれば、彼は実際にその通りに行動しやり遂げたんじゃないだろうか、とアインズは思う。実際、ナザリックはアインズを含めナズディークの聖主を、ナザリックに対してはもちろん、この世界に対しても脅威としては認めず、対処不要と判断していた。

 だが、目前に見えるジャシムの表情は、自身が背負い込んだ贖罪を成し遂げた者のそれではなく、明らかに何かに怯えているようにアインズには見えた。

 

「嗚呼!」

 

 唐突にジャシムは掛けていた安楽椅子(ロッキングチェア)に深く背を沈め両手を天に向かって差し出した。

 

「愚かしくも私は、私の贖罪がなされたことの保証を求めて、私を覗き見る視線に声をかけてしまった。

 そんな私に、天は、モモンガさんを遣わされたのです!

 

 モモンガさんはおっしゃいました。

 ギルド拠点維持の手段としては妥当なもの、と。

 

 結局そうなんです!

 私は、私のNPCたちがこの世界でさらなる罪を犯すことを恐れて、彼らを抑え続けるために、圧倒的優位を傘に聖者として振る舞っていただけ!衣食住を満たすために、誰かを苦しめていることに目を瞑ったまま借金取りの暮らしをしていたときと、本質的には何も変わってなどいない!

 

 むしろ……。

 ナズディークの聖主、などという分不相応な名を捧げられ(かしず)かれるという、大罪を犯してしまいました!」

 

 なんと!

 

 これは……とてつもなく面倒臭いヤツだな、とアインズは内心溜息をついた。

 

 言わんとするところはわからんでもない。

 わからんでもないし、それはそれで結構なお話なんじゃね?と思いはすれども、肝心の当人に救われた様子が見えないのは、信仰としては……本末転倒なんじゃないのか?

 

「私は、最後の最期に天を、(しゅ)を疑ってしまったんです!

 それを嘲笑うかのように、天は、モモンガさんを私の元へお遣わしになられたのです!」

 

 ……面白い論理だ、とアインズは半ば呆れ、半ば感心する。

 ふと気になって左右傍らに控えたアルベド、セバスに視線を走らせれば、どちらも特に関心がない様子で知らん顔だ。そりゃ、そうだわな。

 

 タブラさんだったら、何か気の利いた聖句(せいく)でも引用してみせただろうか。

 いや、あいつは神話、伝承が大好きだったがそれに対して斜に構えて揶揄するのが常だったから逆効果だな。

 

 死獣天朱雀さんだったら、うまいことこいつの考えを呑み込んだ(うえ)でちょっとだけ前向きな方向へ導けただろうか。いや、アレはオレが無学かつ素直だから成り立ったもので、確固とした信仰心を揺るがせるものじゃないだろう。

 

 ウルベルトさんだったら……(むご)い詭弁で丸め込むんだろうなぁ。

 っつーか、あいつは悪魔だし。

 

 ペロロンチーノだったら……

 

 何かが吹っ切れたアインズは、唐突に自身の膝を、ダンッ、と叩いて立ち上がり、両手を左右に大きく(ひら)いてこう告げた。

 

(ゆる)す!」

 

「……え?」

 

 いつの間にやら両手で顔を覆い塞ぎ込んでいたジャシムが、おずおずと顔を上げる。

 

「このオレ、大魔王アインズ・ウール・ゴウンがジャシム、おまえの罪を(ゆる)す。

 ……不服か?」

 

「あ、いえ……その……」

 

 ジャシムは、アインズの突然のこの物言いに返す言葉がない様子。

 それを気にするでもなく、大魔王口調でアインズは続けた。

 

「まぁ、聞け!

 自慢にもならんが、オレはかれこれ千八百年ほどこれをやっている。」

 

「千八百年!」

 

 ジャシムの目が大きく見開(みひら)かれる。

 

「おまえ以外にもたくさんのユグドラシルプレイヤーと出会ってきた。その中でもおまえは、やったことだけ言えば一番まともだ……言ってることは飛び抜けて狂ってるがな。

 大概のプレイヤーは、ギルド維持のために無分別な略奪に乗り出すか、それすら出来ずに自滅するのが常だった。オレは存外この世界が気に入っているから、オレのお気に入りの世界を(けが)す連中が暴れ出したら、片っ端から葬ってやったもんさ。

 

 そのオレが、おまえを(ゆる)す、と言っている。」

 

「……」

 

「いいか?

 オレはご覧の通りの死の支配者(オーバーロード)だ。ムカつくヤツがいれば、それがユグドラシルプレイヤーだろうがこの世界の元からの住人だろうが容赦なくぶち殺してきた。

 おまえの言う天、(しゅ)が実在するものかどうか、オレは知らん。おまえがそれを信じる、と言うのならそれを尊重しよう。そして、それが存在し、おまえの言う通りオレをおまえに遣わしたのだとすれば、オレはおまえの言う天、(しゅ)に認められた存在だ、だよな?そーだよなー!

 

 じゃなきゃ……。

 

 千八百年も、こんなことやってるわけねーもんなーーー!」

 

 ジャシムは、ポカンと大きく口を()けて二の句が告げない様子。

 

「そのオレ、大魔王アインズ・ウール・ゴウンが、おまえを(ゆる)す、って言ってんだよ!

 納得したか?するよなーーー、常識的に考えて!」

 

 この恫喝を受けて、ジャシムはガクリ、と肩を落とした。

 

「……騙し討ちは嫌いなんで先に言っとくが、おまえが遺したNPCがギルド維持資金が尽きて機能停止した拠点から溢れ出して暴れるようなら、オレはそいつらを片付ける。嫌なら死ぬ前に何か手を打っておくことだ。時間はそうないぞ、オレの見るところ、余命は一週間もない!」

 

 アインズは身を翻し、おもむろに<転移門(ゲート)>を開く。

 

「突然邪魔して悪かったな。

 安らかな旅立ちを祈ってるよ。」

 

 骨の手を振ってアルベドとセバスを先に行かせ、自らも帰投しようとしたとき、背後から声がかかる。

 

「……ありがとう、モモンガさん。」

 

 その声色はさきほど狼狽して見せたそれとは、随分と違って穏やかだ。

 

「……アインズ・ウール・ゴウンだ。

 ジャシムの言う天だか(しゅ)とやらに首尾よく出会うことが叶ったら、大魔王アインズ・ウール・ゴウンからよろしく、と伝えてくれ。」

 

 ふふふ、とジャシムが笑う声を聞きながらアインズは片手を上げて会釈しつつ、振り返ることなく<転移門(ゲート)>を(くぐ)った。

 

 

                    *

 

 

「……という話なんだが。

 おまえ、どう思うよ?」

 

「どう思う、って……何が?」

 

 白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーは、眠たそうな瞳をアインズに向けてそう問うた。

 

「何が……って。

 おまえ、オレの話、聞いてたか?」

 

 数日の(のち)、アインズはツアーの居城をふらりと訪ね、ナズディークの聖主ジャシムとの対話について語って聞かせた。

 アインズ自身、どうしてオレはこんな話をツアーにしているんだろう、と思わないでもなかったが、どうにも消化し切れないモヤモヤとした思いがあり、そしておそらくそれは、図らずもジャシムもそう言ったように、究極的にはアインズを追認することを常とするナザリックの三賢者(トリニティ)と語らってどうにかなるものではないように思われたのもこれまた事実。

 

「うーん、正直なところ、そのプレイヤーの物の考え方はまったく理解できないな。」

 

 微睡みの姿勢のまま、ツアーはまずそう言った。

 

「まぁ、そもそもが<現実(リアル)>の信仰に基づく話だからな。おまえにわかれというのも……」

「いやいや、そこじゃなくて。」

 

 無茶振りはわかっている、と告げようとするアインズにツアーが割り込む。

 

「そのプレイヤーが、どうして罪の意識を抱いていたのか、がよくわからない。」

 

 そこからかよ!とアインズは笑いつつも呆れる。

 

「キミも承知の通り、ボクは食物連鎖の枠外の存在だ。」

 

「……あぁ、そうだな。」

 

 アインズは、相槌こそ返したものの、このツアーの突然の物言いの含意がよくわからなかった。

 

「そんなボクですらこの世界に満ちている気を吸って我が身を養っているが、ボクが気づいていないだけで、同じように気に依存している者のそれを奪って苦しめていない保証はない。

 存在する者は、いずれにせよ存在する他の者と何かを奪い合う運命からは逃れられない。ボクやキミのように、何も喰らわずとも……まぁ、キミは少し事情が異なるかも知れないが……何も喰らわずとも存在できるボクらですら、たとえば、たまたま空間のある同じ地点に在りたい、と願えば、その場所を奪い合うことからは逃れられまい。

 誰かから何かを奪うことを罪、と呼ぶのであれば、罪のない存在などいない。そんな罪に何の意味がある?」

 

 どうにもアインズとしては、常日頃デミウルゴスにやられているのとは別の意味で煙に巻かれた感がある。

 言うなればツアーの主張は、アインズはタブラ・スマラグディナの蘊蓄を介して朧気にその概念を知り、おそらくはジャシムは言葉通りに受け入れていたのであろう、原罪、について、そんなものには意味がない、というものだ。

 ツアーの論理に敢えて反駁する理屈も理由もアインズは持ち合わせなかったが、一方で、ジャシムを含め少なくない人々が信じていたように見えるそれを俄に否定できるほど、彼は無邪気でも独善的でも傲慢でもない。

 

「そもそも罪、とは、同じ(ルール)に従う、と約した者同士があって、一方がその掟に反したときに罪あり、とされるものだろう?その、何とか言うプレイヤー自身、<現実(リアル)>の彼のおこないが、キミたちの奉じた世俗の法に反していないことを承知していたのであればなおさらだ。」

 

「あぁ、そうだな……そこはオレもそう思う。

 だが、うまく説明できないんだが、意外にあいつと同じようなことを言ってたヤツは、少なくなかったような気もするんだ。」

 

「たとえば……ブループラネット君、とか?」

 

 ツアーの口から懐かしい旧友の名が出て、ふふ、とアインズは笑う。

 

「ブルプラさんのあれはまた少し違うような気もするが……いや、根は同じかも知れないなぁ。」

 

 自然愛好家ギルメン、ブループラネットは、決して信心深い人間ではなかったが、自然を破壊する存在としての人間存在全般に、自分自身を含め常に否定的だった。今、ツアーに言われるまで考えもしなかったことだが、確かに彼が常に抱えていたそれは、原罪、であったのかも知れない。

 ブルプラさんがこちらの世界にやって来ていたら、ジャシムよろしく<現実(リアル)>での罪滅ぼしだ、と一念発起して、この世界の人為的なものすべてを破壊し()くして原野に還しただろうか?いや、ブルプラさんはそういう(キャラ)じゃないな。

 

「そのプレイヤーが、この世界の人間たちに蘇生や治癒を与えることを贖罪と考えたのも、ボクとしてはどうにも理解に苦しむところだ。どうして人間たちなんだ、彼らが日々命を繋ぐべく少なからず狩っているであろう獣でないのは何故だ?

 百歩譲って誰かに害を与えてしまうことを罪と認めるにしても、害を与えてしまった相手に償うのでなければ、どのような意味においてもそれは自己満足でしかあるまい。そして、こちらの世界へやって来てしまった彼には、彼が害を与えたと考える相手に償う(すべ)などあろうはずもない。」

 

「それはアレじゃないかな、オレも詳しいところまではよくわからないんだが。

 あいつの信じていた信仰は、あいつらが(しゅ)と呼ぶ古代の聖人が人々を癒やしたり蘇らせる奇跡を起こした、と説くんだ。オレはこれをお伽噺の一種、としか考えていないが、あいつが本気でそれを信じていたのであれば、その(しゅ)とやらに倣おうとした、と考えれば納得がいく。」

 

「であれば、なおのことそれは自己満足だろう?」

 

 と、ツアーの返しは身も蓋もない。

 

「いや、アインズ。誤解しないでくれよ。ボクは、自己満足はよくない、と言っているわけじゃない。むしろ、自己満足に至れる者は(さいわ)いだ、とすら思う。

 

 キミが彼に……与えてやったように、ね。」

 

 ……はぁ?

 パカリ、とアインズの骨の口が大きく開く。

 

 それに気付いたツアーは、それまで眠たげに半眼だった目を見開(みひら)く。

 

「え!……わかってて言ったんじゃないのかい?」

 

 ……それはこっちの台詞じゃねーのか?

 

「本気で……そう思うか?」

 

「……いや。

 正直言えば、実は(なん)にも考えてなかったんじゃないか、とは思っていた。」

 

 こ、こいつ!

 

「……で。

 どういうこと……なんだ?」

 

「……まったくキミときたら。

 いいかい?」

 

 ツアーはそれまで床にぺたりと沈めていた大きな顔を上げ、前足の指を一本立ててアインズの注意を惹いた。

 

「知性ある者は、知性あるがゆえに、常に矛盾した思いを抱えて生きていくものだ。」

 

「ほぅ……それは?」

 

 興味深げにアインズはその身を乗り出す。

 

「自分は正しい、という思いと、誰かに正しいと認めてもらいたい、という思いさ。

 私は正しい、と思いたいが、そこには不安がある。だから誰かに正しいと認められることを求めるが、それは自分が正しくないかもしれない、ということを認めることでもある。常に汝は正しいと応じる者にそれを求めて何の意味があろう。さりとて私は正しくありたい。そこに確証を得たい、と乞い願う。が、それを他に求めれば、実は正しくないのかもしれない、と不安になる。

 (カルマ)が悪に全振りのキミであっても、自分の考えに間違いがあるかも知れない、という内省を経ずに決断に至ることなどあるまい。そこにまったく迷わないのは、本能の命じるままに生きる獣だ。」

 

 何となくアインズは、しばしばこういったことを優しく自身に説いてくれた、死獣天朱雀を懐かしく思い浮かべている。

 

「その何とかいうプレイヤーに準えれば、彼は自身正しくあらんと信じるところの贖罪を続けてきたが、それを正しいと認めてくれる誰かを欲してキミを呼んだ。だが、彼本来の信念からすれば、自身の正しさの保証を誰かに求めること、それ自体が正しくない行為だ、ということになる。それは、彼からすれば原理的には神を疑うのと等価だろうからね。

 対してキミは、(ゆる)す、と言い切ったのだろう?決して愚かではなかった彼は、神であろうはずもないキミにそう断言されることで、結局のところ自分の正しさは自分自身で認めるしかない、キミにそう背を押された、と悟ったんじゃないかな。」

 

 語りながら、ツアーはアインズとの初めての出会いを思い出している。

 

 キミは世界を(けが)す者なのか、と問うたツアーに対し、アインズは、オレが嫌いなのなら受けて立つが、世界を(けが)す者だからどうこう、というのは勘弁してくれ、と応じた。

 オレとおまえが喧嘩する、のと、オレが世界と喧嘩する、のは、同じじゃないだろ、とも。

 

 おそらくはあのときも、アインズはさほど深く考えてあの言葉を発したのではあるまい、とツアーは承知している。

 

 一方で、アインズの言葉が、自身に決定的な変化をもたらしたことも正しく理解していた。

 

 ユグドラシルプレイヤーは世界を(けが)す者であり迎え討つべきである、という、実際には親兄弟を八欲王に殺されたことからツアーが抱え込んでいた呪いを、アインズはあの何気ない言葉で解いたのだ。

 

 対してアインズは、ツアーの言を聞いてしばしその意味するところを咀嚼せんと固まっていたが、何かが飲み込めたのかポンッと骨の手の平を打った。

 

「なるほど!流石ツアーだ、面白いことを言う。

 あのプレイヤーに別れ際に穏やかな口調で礼を言われたんだが、どうにも理路がわからなくて気になってたんだ。余命幾許もない(じじぃ)を追い込んだんならちょっと悪かったかな、とも思ってたんだが……そういうことなら問題ない!」

 

 いや、むしろオレ、超格好良(ちょーかっけー)

 あの時点で悦に浸らなかったのは、何だか損した気分だな!

 

 などと可怪(おか)しなことを考えているのは、ツアーにはお見通しだ。

 野放図なまでのこの素直さは、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの大魔王らしからぬ美徳だな、と微笑ましく思う。

 

「しかし……いろんなヤツがいるもんだな。

 流石のオレも、今回のプレイヤーの物言いには驚かされた。」

 

 ツアーからすれば、アインズこそが常に驚きを与えてくれる存在であるが、敢えてそれは口にはしない。

 

「ああ、そうだね。

 だからこそ世界は面白い。」

 

 ハハハッ、と二人は笑う。

 

 この時点の彼らは、この世界に、もっと深い原罪を抱え込み気の遠くなるような贖罪の計画を淡々と進める存在があることを知らなかった。

 

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