億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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アインズとジャミルの邂逅から、五十年ほど経た後日談。


告解(3)

「夢見がちな、お嬢ちゃんのような()()()けんのは仕方ないけどさぁ。」

 

四十代手前(アラフォー)、自称第三位階魔法詠唱者(マジックキャスター)の年嵩の女が言う。

 

「リ・ボウロロールのアレは、連中が鬼顔城への観光客誘致に吹いた話で、実話なわけないわよぉ。」

 

 この怖いもの知らずの放言に、

 

 あーこいつ、雷撃喰らって死ぬわ。

 

と確信したクレマンティーヌは、周囲の誰にも気取られぬよう自身の(あるじ)、奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンの表情を伺った。

 が、当の本人はパカリと口を開けて魂の抜けたような顔をしており、(がら)にもなく放言女の命運を案じた彼女の心配は杞憂に終わった。

 

 喜ぶべきか憂うべきか。

 我が愛しの(あるじ)キーノ・インベルンも……

 

 随分と丸くなったものだ。

 

 

                    *

 

 

 キーノ率いる<黒の百合>は、今もなお倦まず弛まず、飽きも凝りもせず、大陸各地を風の赴くままに旅して、百年おきに現れる来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、彼女らの呼ぶところの、触れ得ざる者、について語って歩く活動を続けている。

 

 のだが。

 

 ここ百数十年の間に、はっきりと何だ、とはわからないものの、処々でその現れ方に違いがありこそすれ、確実に風向きが転じたことに彼女らはそれとなく気づいていた。

 

 昔は……千年の時を越えて旅を続ける彼女らにとって、どこからが昔、と言えるのかも曖昧模糊とはしているのだが……やはり実相は土地柄によって様々であるものの、どんな町や村であっても、若者の集いの場(コミュニティ)、のようなものがあったものだ。

 たとえば帝国であれば、それは、小さな町や村では古老が自邸を開放しているだけだったりもしたものだが、体裁だけは幼年学校(グルントシューレ)の形を取っていた。そういった教育制度を有さない地域では、土着の信仰の礼拝堂であったり、町で一番賑わっている盛り場が、自然と、後進の育成に関心のある有識者と、育成される若者が集まる拠点になった。

 そういった場は、キーノたちのような経験豊かな流しの冒険者を、基本的には歓迎したものだ。町や村の外の世界を実際に経験している者は、教育に携わる者たちの中にもそう多くはない。なので、学ぶ者にせよ教える者にせよ、キーノたちのような旅人を迎えて話を聞くことを、実益の有無に関わらず楽しむのが一般的だった。

 

 これが、このところそうでもなくなってきている。

 

 キーノ自身は確信をもってそう考えているわけでは必ずしもないが、どうやらこれは、高等教育機関の成熟と関係しているらしい。

 古都アーウィンタールの、バハルス帝国が実体を失った今もなお帝国魔法学院(ライヒスツァウバーアカデミ)と呼ばれるそれや、エ・レエブルのアインドラ大学(ユニバシテ・ダインドラ)を筆頭に、これに倣って一廉(ひとかど)の都市であれば同様の学府を擁するようになって久しいが、都市民に限らず、町や村に生を()けた中でも経済的に余裕があって(こころざし)の高い人々は、自然とそういった学府への進学を目指すようになった。

 かつては、そのためには土地の有力者の推挙などを要したものだが、学府側が真に実力のある学生を求めた結果、そういった旧弊は廃れて出自や種族を問わない選抜がおこなわれるようになった。必然的にそれに挑む側には、読み書き算盤が出来ることは当然として、相応の幅広い見識が求められることになり、極自然に、経済的に余裕のある人々は自身の子弟に学府進学のための教育を与えるようになった。

 

 結果、決して意図してそうなったわけでもないのだろうが、ある種の分断が生じる。

 

 すなわち、高い(こころざし)と経済的余裕を兼ね備えた人々が、進学を無二の目標に定めた専門的な教育を求める一方で、かつての若者たちの集いの場(コミュニティ)から距離を置くようになった。そして、これも必ずしも意図してそうなったわけでもないだろうが、その目指すところが、個々人の社会的、経済的成功に()()()されるきらいが出始めた。

 逆に、そういった層の積極的参与を失った集いの場(コミュニティ)もまた、それが実現するか(いな)かはともかく大陸を股にかけての夢や野望を語らう場から、地場の再生産、世代交代を確実足らしめるための場へと、こちらもその性格を矮小化させていくことになった。

 

 本能的にこの変化を感じ取りつつもこれを言語化して語るほどの聡明さには恵まれないキーノ、そして自身が選良(エリート)を選抜する超競争社会(スレイン法国)を生き残って現在に至る礎を得たがゆえにそこには取り立てて疑問を感じないクレマンティーヌは、それぞれ理由はまったく異なれども、大陸社会のあちこちで同時並行的に進んだこの変化の本質を、自覚的に捉えることが(つい)ぞなかった。

 かくして、その表層的な部分にのみ目の向く彼女らは、そうであってはならない、そんな格好の悪いことは口にしたくない、と願いつつも、ついつい、

 

 最近の若い連中は……なっとらんなー!

 

と、いわゆる老害的な心象を、大陸の人々に対して少なからず抱え込んでしまっていたのである。

 

 今、<黒の百合>の一行は自由都市リ・ロベルの南、アベリオン丘陵とを隔てる山地の麓にある、比較的近年になって発展した小さな町エクソダスを訪れている。

 旧王国時代以来、アベリオン丘陵の亜人たちを仮想敵と見做し、実際しばしばその襲撃を受けることも少なからずあったリ・ロベルの人々は、長く都市城壁よりも南に農村以上の町を造ることがなかったが、その亜人たちとの融和も始まり、かつて海路に限定されていたローブル聖王国との交易の一部が丘陵経由の陸路に転じるに至って、その中継点の一つとしてここ二百年くらいの間に急速に発展を遂げたのがこの町、エクソダスであり、しばらくローブル聖王国を訪ねていなかったキーノたちにとって、この町に立ち寄るのは今回が初めてだった。

 

 辺境最前線の町は、キーノたちが長く大陸で感じなくなっていた活気、とでも言うべき雰囲気に包まれていた。

 

 交易路沿いとは言え、南の山地には今でも普通の人の手には余る天然自然の魔物の(たぐい)は住まっている。それらから隊商を保護するため、大陸各地で本来の活躍の場を失ったかつての冒険者(ヴェンチャー)風の人々が当地周辺に自然と流れてきており、それが、ある意味で古風な、キーノたちの知る大陸の活気、に近いそれを醸したものだろうか。

 最近では、(ガラ)の悪い人が集まるから、という身も蓋もない理由で都市の外縁部に押しやられがちな冒険者組合(ギルド)が当地では今なお当たり前のように町の中心に居座っており、まさに、(ガラ)の悪い人、の溜まり場になりがちな……若者たちの集いの場(コミュニティ)も兼ねた……酒場も隣接している。自然とキーノたちの足もそこへ向かい、数組の、決して屈強ではないが手慣れた冒険者たちとの知己を得た。

 彼らのうちでも心得のある者は、無頼の者の当然の仁義として無遠慮にキーノたちの来歴などに探りを入れたりすることは決してなかったが、それでも一見して只者でないことがわかる黒尽(くろづ)くめ四人組からいろいろな話を聞きたがった。

 キーノたちも、当たり障りない昨今の各地の情勢から始まって次第に話題を深めていき、そろそろ頃合いだろうかという時分になって彼女らの旅の真の目的である、触れ得ざる者、の話を持ち出した。

 

 悲しいかな、()()()()()()()は、真の脅威、というものにほとんど縁がなかった。

 

 もちろん彼らとて、冒険者である以上は日常的に一つ間違えれば命を落としかねない生活をしている者たちだ。が、キーノとクレマンティーヌが知り合った時分と比べれば、たとえばかつてのバハルス帝国軍のような軍隊は過分に儀礼的な存在に零落(おちぶ)れていたし、町村を丸ごと襲うような野盗の噂は寡聞にして聞かなくなった。

 当地に限っていえば、かつてはアベリオン丘陵の亜人がいつ何時(なんどき)襲ってきて、女子(おんなこ)どもを攫って食べてしまうかわからない、などという、半ば都市伝説地味た緊張感があったものだが、その亜人たちの間で食人の習慣が廃れて既に千年以上の時を経ており、何なら冒険者の中にも少なからずその亜人の顔も見える。

 

 そういったこともあってキーノは、自身は事後的に知った三百年ほど前の城塞都市リ・ボウロロールを襲った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)鬼顔城を引き合いに出した。

 鬼顔城跡地が(のち)に観光地化したことも手伝い、かつて、過分に歪曲されつつも自身を含む十三英雄の物語が人口に膾炙していたのと同様、理解の浅深(せんじん)は様々でありながら、城塞都市リ・ボウロロールの窮地を救った竜騎士(シュバリエ・ドラゴン)の話を知らない者はまずいない。

 キーノ自身がこの事件を知ったのは発生から五十年経てからのことだったが、その時点でも、迫りくる下等の魔鬼(インフェリア・デーモン)から都市民を守らんとした有志のうち寿命の長い亜人には存命の者があって、キーノ自身は、トブの大森林に源流(ルーツ)を持つ妖巨人(トロール)老兵(ヴェテラン)から当時の話を聞き出したものだ。

 

「あれは、言うなれば、触れ得ざる者同士の衝突だ。」

 

とキーノは語った。

 

 賢明にも、当時街衆を守ろうとした冒険者有志は、迫り来る魔鬼(デーモン)たちが触れ得ざる者であることに気づき、堅く門を閉ざして守りに徹した。幸いにして、魔鬼と対立する別の触れ得ざる者……当人に確認はしていないが、アーグランド評議国の竜王(ドラゴンロード)が一枚噛んでいたのは間違いない、とキーノは考えている……が割って入り、結果的にリ・ボウロロールは救われた。

 

 が、あのとき。

 

 彼らが自身の力量を見誤って安易に魔鬼に自ら仕掛けていたら、リ・ボウロロールは廃墟と化して、既に我々はその街の名すら忘れ去っていたかも知れない。

 

 そう語るキーノの話に、同じ長机(テーブル)に集まっている年齢、性別、種族様々な冒険者たちは神妙に耳を傾けていたが、不意に、この輪からは少し離れた席に居て、それでも聞き耳は立てていたと見える年嵩の女魔法詠唱者(マジックキャスター)が割って入った。

 

「夢見がちな、お嬢ちゃんのような()()()けんのは仕方ないけどさぁ。」

 

 かくしてお話は、冒頭の場面に戻る。

 

「リ・ボウロロールのアレは、連中が鬼顔城への観光客誘致に吹いた話で、実話なわけないわよぉ。」

 

 そんなことを言い出したのは、当地の冒険者の中では顔役の一組(ひとくみ)となる、<銀炎(シルヴァーファイア)>と名乗る二人組の一方だ。

 

 クレマンティーヌは、(いか)りに(われ)を忘れた(あるじ)が場所柄もわきまえずにこの女を雷撃で黒焦げにするんじゃないか、それはそれで面白いな!などと考えていたのだが、案じられた当の(あるじ)は口をポカンと(ひら)いて、固まったまま言葉を失っていた。

 いや、厳密に言えばキーノの口からは何やら音が漏れている。これを聞き取ろうとクレマンティーヌはやはり誰にも悟られぬよう微かに耳をキーノに向けたが、聴こえてきたのは、

 

「ふぁーーーーー……」

 

という魂の抜ける音のみだった。

 

 キーノちゃんてば。

 妙なところで白金(プラチナ)(ドラゴン)とか骸骨野郎と似てるわ!

 

 そういう冗談はともかく、クレマンティーヌも、これも世代差……それも千年級の……だと言ってしまえばそれまでではあるものの、近頃の人々が彼女らと比べれば本質的に危機意識が希薄で、リ・ボウロロールの鬼顔城と竜騎士の物語を言葉通りに受け取る胆力を失っており、その落差(ギャップ)がこれをお伽噺として受容させていることは元より承知している。かく言う(あるじ)キーノ自身も、お伽噺として語られるようになった十三英雄、絵本の題材になった<(あけ)薔薇(ばら)>を経て今日(こんにち)に至る存在だ。

 この女も、キーノが見た目のままの存在でないことには薄々気づいていないでもあるまいに、よくもまぁ入れる必要もない余計な茶々を入れてくれたものだ、はて、落とし(どころ)はどうしたものか……などと考えていると、意外なことに助け舟は、その女のさらに奥から届けられた。

 

「クレア。」

 

と、女魔法詠唱者の名を呼んでその注意を惹いたのは、こちらから見て彼女の向こう、差し向かいに同じ席に掛けていた彼女の相棒と思しき山羊人(バフォルク)の壮年戦士だった。

 キーノたちが<銀炎(シルヴァーファイア)>の名を記憶に留めていたのは、当地における亜人に対する風当たりが昔に比べて随分と和らいだとは言え、それでも人間と亜人が組んでいる冒険者が珍しかったからだ。実力的には比肩するものでは決してなかったが、それでもキーノは、否応なく千年前に共に各地を旅して歩いた混血武妖巨人(ハーフウォートロール)ガ・ギンを想起させられた。

 

 山羊人(バフォルク)の戦士は、相棒クレアの視線が自身を捉えたのを確認して続ける。

 

「私も、リ・ボウロロールの鬼顔城については詳しくは知らないし、言葉通りに受け取るものではないだろう、と思っている。」

 

「……で、何なのさ、ブレヒト?」

 

 相棒が、生来の性格的に決して無駄口を叩かない性分であることを承知しているクレアは、続きを促した。

 

「が、そちらのお嬢さんの言う、触れ得ざる者、には心当たりがなくもない。」

 

 この言葉に、キーノ、クレマンティーヌはもちろんのこと、彼女らを囲んでいた冒険者たちの注目が一気にこの山羊人の戦士、ブレヒトに集まった。

 問われず語りにブレヒトは、明朗な声色で酒場の皆に話し始める。

 

「もう、かれこれ五十年以上前の話になる。

 キミたちは知らないかも知れないが、私たち山羊人には、幼年の時分は幼少者とその母親だけが集まった幼年集落(キブツ)で暮らす習俗がある。」

 

 あぁ、よく知ってるよ。と、クレマンティーヌは思う。

 気狂(きちが)い女騎士団長を(あお)って、面白半分に焼き討ちしてやったもんさね。

 

 そしてこうも思う。

 なんで……そんなつまんないことをやってたんだろ、ワタシ。

 

「集落は部族の若者たちが守備し、幼年者の父親は年に数度顔を出すのみだ。私の父は、優れた戦士ではあったが片腕がなかった。

 そのことに引け目を感じていた私に、母はこう語ったものだ。

 おまえの父さんは、親友の命を守るために自身の右腕を犠牲にした男だ。それは決して賢明な行為ではなかったかも知れないが、それでもおまえは、そういう父の子だ、ということを決して恥じてはいけないよ、と。」

 

 ブレヒトの人柄をよく知る数人の冒険者たちが、さもありなん、と感じ入ったように、うんうん、と頷いている。

 

「ところがある日、しばらく顔を出さなかった父が訪ねてくると、あろうことか失われたはずの右腕が生えていた。」

 

 え?

 と、ブレヒトの話に耳を傾ける皆から一様に驚きの声があがる。

 

「聞けば、ローブル聖王国の南端に奇跡を施す聖者があって、その噂を聞きつけた父の親友、まさに父が自身の腕を犠牲にして命を守らんとした親友が、見聞を広める旅を装って父を誘い連れて行ったのだそうだ。

 父の親友は、聖者を前にして抜刀した剣を自身の首筋に当て、自分の命を捧げるので父の腕を元通りにして欲しいと願ったのだそうだ。聖者は、まさに己の首を捧げんとする彼を制止し、既に使い古され痩せ細ったその剣のみを所望して、見たことも聞いたこともない癒やしの魔法で父の腕を生やしたのだという。」

 

 なんと!

 この話に驚いているのはこの場の誰もがそうだが、特にキーノは、間違いなくこれは来訪者(ユグドラシルプレイヤー)だ、と確信していた。

 思えば、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、朽ち果てて百年を経たクレマンティーヌを復活させたのだ。腕の一本や二本、元通りにすることくらい彼らにとっては造作もないことであるに違いない。

 

「そもそも聖者は、突如として町々を襲った魔物を退(しりぞ)け封じ、犠牲となった者たちに奇跡の復活を与えたことでその名を知られるようになった、と聞いている。

 かの聖者こそ、まさにそちらのお嬢さんの言う、触れ得ざる者、ではないか、と私は思う。」

 

 語るブレヒトも、もちろん仔細はわからぬものの、同じことを考えてこの話を語ったものであるらしい。

 

「ブレヒト、でよかったか?」

 

とキーノが山羊人の戦士に声をかける。

 

「あぁ、そうだ、お嬢さん。

 もっとも、貴女(あなた)は見た目通りの(かた)ではあるまいがな。

 なんなら貴女(あなた)も、私からすれば、触れ得ざる者、だ。」

 

 既にキーノも、この場に集う冒険者たちの中ではブレヒトが頭一つ抜きん出た猛者であることには気づいていたので、世辞にも聞こえるその言い様は軽く聞き流した。

 

「差し支えなければ、その聖者についてもう少し聞かせてもらえるか?」

 

「もちろん構わないが、私の知ることは少ない。

 父はその後、遮二無二働いてちょっとした財を築いた。腕を元通りにし、それ以上に、父と親友の友情が永遠(とわ)ならんことを、と祈ってくれた聖者への報恩に捧げるためだ。

 が、父が再び聖者の堂宇を訪ねてみると、聖者は何処かへ消えてしまっていた。」

 

「……消えた?」

 

「その通り。

 聞けば、奇しくも父は、かの聖者、ナズディークの聖主が最後に癒やした者、であったらしい。

 在地の者が言うには、腕を取り戻した父と親友が立ち去った直後に聖者は行方が知れなくなり、彼が暮らした聖堂も消え去ってしまったのだとか。」

 

 またしても出遅れたか、とキーノは思う。

 だが、ブレヒトの話の通りであるとすれば、その来訪者(ユグドラシルプレイヤー)は、こちらの世界の住人から略奪をおこなうでもなく、また癒やしを与えるに際して無理な対価を求めるでもなく、圧倒的な魔力を見せつけて支配者の座に納まるでもなく……まさに言葉通りの聖者として振る舞っていたように聞こえる。

 あのアインズ・ウール・ゴウンが、よもやそんな人物を手にかけることはあるまい。

 

「実のところ、私がアベリオン丘陵を離れ冒険者の道を選んだ直接の理由は、どこかでかの聖者と相見(あいまみ)えることが叶わないか、と期待したからだ。」

 

「そんな話、私も聞いたことなかったように思うけど。」

 

 もう十年以上も共に冒険者稼業をやって来た相方の思わぬ告白に、女魔法詠唱者から苦言が入ったが、これに応じたブレヒトの返答はにべもないものだった。

 

「クレアはこんな話には関心は持つまい。

 仮に話していたとしても、そちらのお嬢さんに対してそうしたように、それは王政復古を目論むローブル聖王国南部の跳ねっ返りが吹聴した与太話だ、などと笑い飛ばしたろう?」

 

 この辛辣な切り返しにクレアは乙女のように頬を赤らめ、周囲からは笑いが起こった。

 ブレヒトは続ける。

 

「父は、自身への癒やしを最後に聖者が消息を絶ったことに、少なからず悩んでいた。何か自分に至らぬところがあって、聖者はそれに失望してナズディークの地を去ったのではないか、とな。」

 

「そんなことはないと思うぞ……断言は出来ないが。」

 

 その心情を慮ってキーノはそう言葉をかけたが、ブレヒトは片手を上げて軽くいなした。

 

「気遣いは無用だ。私も、それは父の考え過ぎだ、と思っている。

 が、本人がそれを気に病むことを()める手立てはない。

 違うか?」

 

 そう返されて、キーノは黙って頷く。

 

「だから、ナズディークの聖主を見つけ出して、理解できるものか(いな)かはともかくその失踪の真相を聞き出したい……それが私が故郷を離れて旅路についた最初の理由だったんだ。」

 

 思いもしなかった話の流れに、キーノはもちろん、クレマンティーヌまでもが神妙になって沈黙を強いられた。

 山羊人であるブレヒトは、虹彩の構造の違いから他の種族からはその視線が把握し(づら)い。どこを見つめて語っているか俄にはわからぬその(さま)が、余計にこの場の皆に複雑な心境を抱かせたものであろう。

 

 それに気づいたものか、ブレヒトは慌てて両手を振って釈明した。

 

「いや!

 妙な雰囲気にしてしまって済まなかった。」

 

 そしてこう言う。

 

「そちらのお嬢さんの言う通りナズディークの聖主が、触れ得ざる者、なのだとしたら、そもそもの私の(こころざし)が分不相応なものだった、というだけの話なのだ。

 私自身、丘陵を離れて大陸の思いの外の広大さを思い知らされ、父の悩みは父の悩みであって私のそれではない、と悟って今に至る。」

 

 その口調はカラリとしたもので、嘘には聞こえない。

 

「そういう意味だと……。」

 

とクレア。

 

「私は……最高の相棒であるブレヒトを私の元にもたらすきっかけを作ってくれた、聖主、とやらに感謝すべきなのよねぇ?」

 

 ふふ、とブレヒトの口元から笑みが漏れ、次第に笑い声は酒場全体に拡がっていった。

 クレアとブレヒトは極自然に、陣取っていた席を離れキーノたちを囲んでいた冒険者の輪に加わった。

 

「少し話が()れてしまったが。」

 

とキーノ。

 

「リ・ボウロロールの鬼顔城が本当に触れ得ざる者であったのか……私はこれまで調べて歩いた結果から間違いない、と確信してはいるが、これとて私自身が見聞したことではない。そして、ブレヒトの語ってくれたナズディークの聖主、なる人物が触れ得ざる者であるのか、についても、確たることは言えない。」

 

 真正直にそう語るキーノに、否応なく、(つど)った冒険者たちの真摯な視線が集まる。

 

「その上で、おまえたちが皆それぞれに腕に覚えのある冒険者であることも認めた上で……それでも、おまえたちにはどうしようもない、安易に仕掛けたり、手玉に取ろうとしたりすることが、(おそ)るべき災厄につながる存在がこの世界にはあり得るんだ、ということを、頭の片隅に留めておいて欲しい、と私は願う。」

 

「まぁ……キーノがその可愛らしい見た目にそぐわない、私なんかじゃ足元にも及ばない魔法詠唱者であることは流石の私にもわかるから、そこは素直に承っておくわ。軽口叩いて御免なさいねぇ。」

 

 クレアがそう言うと、キーノは軽く手を上げて、気にすることはない、と示した。

 

「でも。」

 

とクレアが続ける。

 

「万が一、キーノのいう触れ得ざるもの……と疑われる何者かと出食わしてしまったら。

 私らはどうすべきなのかしら?」

 

 そこに、自ずから思いを馳せてくれる者は、キーノにとってはありがたい存在だ。

 

「大前提として、触れ得ざる者の絶対的な少なさ、百年(おき)と知られる来訪の時宜(タイミング)から考えて、おまえたちがそれと出会う可能性は極めて低い、とは思う。

 だから、それらしき(もの)と認めたときは、とりあえず全力で逃げろ、というのが一番簡単な答えだ。とは言え、おまえたちもそれぞれに矜持ある一廉(ひとかど)の冒険者だろうから、ただ逃げろ、とだけ言われて素直に受け入れるのも面白くはあるまい。

 望む者には、火急に際して私に連絡を取り得る<伝書鳩(ホーミングピジョン)>の魔法を教える用意がある。魔法の習得可能数にはそれぞれ限りがあるから、本来のおまえたちの生業に役立つ(スロット)を消費してしまうそれを無理強いはしないが、(われ)こそは、と思う者は申し出てくれ。」

 

 クレアは、相棒ブレヒトと何やら視線を交わして意を決したようだ。

 

 キーノに魔法の教授を乞うクレアを余所(よそ)に、ブレヒトはキーノの(かたわ)らにあった(しな)やかな肉体の女戦士、クレマンティーヌに小声で話しかける。

 

「こんな機会はまたとなかろうから、一手合わせてもらえないか?」

 

 腕に覚えのある剣士から手合わせを求められることは、クレマンティーヌにとってはさほど珍しいことではない。

 彼女は目線で(あるじ)の了解を求めたが、キーノは何でもない、という様子で、

 

「私はクレアたちに魔法を教えているから、外でちょっとやってくればいいんじゃないか。」

 

と気軽に応じた。

 

 

 

 クレマンティーヌとブレヒトは、やはり戦士系の数人の観戦者(ギャラリー)を連れて、既に夜更けで人気(ひとけ)のない酒場の前の通りに出た。

 

 戦士職の中でも、長剣(ロングソード)戦斧(バトルアックス)を力任せに振り回す腕力(パワー)系でない人々、すなわち、クレマンティーヌの刺突剣(スティレット)やブレヒトの曲刀(シャムシール)のような軽量細身の得物による斬撃を嗜む技能(スキル)系の剣士たちの間では、大陸の何処にあっても概ね通じる、手合わせに際しての不文律がある。

 まず、互いに抜刀して利き腕に持った得物を斜め下に降ろし礼を執る。そこから間合いを大きく(たも)ったまま阿吽の呼吸で二合、三合、と軽く切っ先同士を当てて、互いの力量を測る。この時点で格の上下が(かい)せない者、あまりの格差に怖気付いた者は、手合を辞するのが普通だ。

 一廉(ひとかど)の剣士であれば、いずれが格上(かくうえ)かはこれでわかるので、以降は自身を格下と認めた側が攻勢に……多くの場合は上段に構え、格上(かくうえ)側は随意に守勢に構える。もちろん今の場合、前者がブレヒト、後者はクレマンティーヌになる。

 以降は、攻勢側が繰り出す剣を守勢側が(はじ)く形で手合わせが進む。お互い、自身の一歩前に守るべき自身の肉体がある、と仮想し、そこに切り込まれたら負けを認めて退(しりぞ)くのが定め。攻勢、反撃(カウンター)に際しても、相手の一歩手前を狙い、かつ、寸止めすることが前提されていて、それを(こな)せない者には(はな)からこういった手合わせをおこなう資格はない。

 

 いざ手合わせ、となってブレヒトから放たれた斬撃数閃(すうせん)を、クレマンティーヌは軽く()なした。際しては、無用な刃毀れをブレヒトの刀に生じさせぬよう、その(しのぎ)刺突剣(スティレット)の側面で受けて流す配慮にも怠りはない。

 

 ま、筋は悪くはないわさ。

 

 と、クレマンティーヌは嘯く。

 対するブレヒトは、最初は遠慮がちだった斬り込みに次第に力が入り、否応なく思い知らされる力量差に感銘を受けつつ口元には笑みを浮かべていた。応じるクレマンティーヌも、決して歯応えを感じる(もの)ではないものの、久々に腕の立つ相手を得て自然と口が三日月型に歪んで笑みが溢れる。

 

 観戦者たちは、二人の剣戟のあまりの迫力に既に引き気味だ。

 

「こう見えて、私は信心深い(ほう)でね。」

 

 剣を交えながら、ブレヒトがぽそり、とそう言う。

 随分と小さな声で、剣戟の音もあって観戦者(ギャラリー)には届きそうもない。

 クレマンティーヌの、何言ってんだコイツ?と言いたげな視線が自身を捉えたのを認めて彼は続けた。

 

「顔なしの伝道師、ネイア・バラハの教説を書き()めた、と伝わる聖典は(みな)(そら)んじている。」

 

 やはりクレマンティーヌには、上がる息の中で意味不明な発言を続けるブレヒトの真意がわからない。

 

「ご承知かな。バラハと正義の御蟲(おむし)様との出会いの前に、山羊人(バフォルク)幼年集落(キブツ)を襲う悪魔が登場することを。」

 

 ブレヒト渾身の一閃が放たれ、やはりこれを軽く受け流したクレマンティーヌとの間合いが詰まる。

 

「バラハの語った悪魔は、刺突剣(スティレット)を両手に構え赤毛のおかっぱ頭(ボブヘア)。口を三日月型に歪めた妖艶な笑みを浮かべる、歳の頃は三十手前の美しい人間の女性の姿をしていたそうな。」

 

 あーん?

 そりゃ……ワタシだろ、常考?

 

「そして見たところ……貴女(あなた)は永遠の(とき)彷徨(さまよ)(びと)であるようだ。」

 

 参ったな。

 と、クレマンティーヌは息を吐く。

 

 よもや、そんなことを今更突きつけられようとは。

 

「……面白い話だねぇ。」

 

 それまで黙ってブレヒトの剣を受けていたクレマンティーヌは、敢えて軽口で応じた。

 

「ワタシ……だったらどうするよ?」

 

 三日月型の笑みが、裂けんばかりに拡がる。

 

「どうもしない。」

 

 すすすっ、とブレヒトは三歩退(しりぞ)いて納刀し、深く頭を下げた。

 これは剣士の手合わせにおける、参りました、の所作だ。

 

貴女(あなた)の剣は、使命に一途な真っ直ぐな剣だ。

 有り難い手合わせだった、感謝申し上げる。」

 

 思いも寄らぬ賛辞に、クレマンティーヌは苦笑いを浮かべた。

 

「……んな、御大層なモンでもないけどねぇ。」

 

 彼女も、得物を腰の革帯に収める。

 ブレヒトは言う。

 

「我ら山羊人(バフォルク)とて、今は廃れたが当時は食人の習慣を有し、人間たちからは怪物(モンスター)と恐れられていた、と伝わるものだ。」

 

 ふふ、と思わずクレマンティーヌは微笑みを漏らした。

 この剣士がどこまで理解した上で喋っているものかは定かでないが、存外亜人特有の感性で、彼女がブレヒトの語りに無意識のうちに応じていたところを読み取っていたものだろうか。

 

「ワタシも……久しぶりに楽しく剣が振るえたわさ、あんがとね!」

 

 強いて含意には触れずにクレマンティーヌがそう言うと、

 

「世辞であっても有り難い。

 そのお言葉、素直に頂戴しておこう。」

 

と改めてブレヒトは深く礼を執った。

 

 クレマンティーヌは思う。

 

 稀に……極稀に、ではあるものの、こういう奴との出会いがあればこそ、自分は永遠の(とき)に倦むことなく、己の使命に従っていけるものなのかも知れないな、と。

 

 

                    *

 

 

 冒険者たちに席を辞する旨を告げて、キーノとクレマンティーヌは当地での活動の拠点に押さえた宿に一旦戻った。

 

 部屋では、別行動で情報収集に当たっていた双子忍者が既に帰って来ていて、まるで(あいだ)に鏡があるかのように同じ顔を付き合わせてにらめっこをしていた。

 これは、二人が互いの記憶領域の断片化解消(デフラグメント)を図り会話担当(クゥイア)記憶担当(クゥイナ)を入れ替わる儀式なのだが、外見は変わらずそっくりそのままなので、キーノもクレマンティーヌもこの事実を未だ把握はしてはいないし、今後も決して気づくことはないだろう。

 

「キーノちゃん、お疲れ様!」

 

 クレマンティーヌは、(あるじ)キーノ・インベルンが疲れを知らず、この世界の並の者からは傷一つ(こうむ)らない存在であることは百も承知してはいるが、それでも、次第に空気を転じてきたこの世界の人間亜人社会の雰囲気に、キーノがある種の疲弊を覚えていることにも気づいている。

 一方でキーノが、昔と比べれば幾分はましにこそなったものの、それでもやはり何処かで、遠い昔、幾万の人間の命を吸い上げて呪われた真祖吸血鬼へと至った自身に今でも負い目を感じており、その償いに来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に対するこの世界の蕃塀(ばんぺい)たれ、と必要以上に自罰的であり続けていることも理解していた。

 

 そんな、(いと)おしいキーノを守り、支えていくことこそが、自身の存在理由(レゾンデートル)である。

 クレマンティーヌがそのような思いを堅く抱くようになって既に幾星霜。

 

 対するキーノは、あいも変わらず、己の眷属がそのように気遣ってくれていることに、まったく気づいていないわけでもなかろうが、常にあっては特に意識が向いていない様子。

 

「遅きに失した感もあるが、何か足取りを追う手掛かりがないとも限らない。このままローブル聖王国の南端まで足を伸ばして、ナズディークの聖主、とやらの痕跡を辿ってみるか。」

 

 まー、キーノちゃんはそうよね、とクレマンティーヌは苦笑い。

 

「五十年も前の話でしょ?

 その辺りは人間種の領分だから、当時を知る存命者なんてそんなにいないよ、多分。」

 

 今更(あせ)る必要はない、無理はするな、と仄めかしてみるも、

 

「そうだ!

 ブレヒトの親父さん、あるいはその親友はまだ存命だろう。ブレヒトに一筆(いっぴつ)書いてもらって話を訊きに行く、という手もあるな。」

 

とキーノは、ひたすら前身する姿勢を崩さない。

 

「それは……よくないんじゃない?

 ブレヒトの親父さんは聖主の失踪に責任を感じてるみたいだ、って言ってたじゃん?

 その傷口に敢えて塩を塗り込みに行くような真似までしなくても。」

 

 言いながら、クレマンティーヌは、自分らしからぬことを口にしているな、と再び苦笑い。

 ブレヒトに突きつけられた通り、自分はかつて山羊人(バフォルク)幼年集落(キブツ)を面白半分に焼き討ちした存在であり、何なら他人の傷口に塩を塗り込むのは今でも大好きなのに、キーノが自身を追い込もうとするところを抑えんがための方便とは言え、会ったこともない亜人の知りようもない苦悩を(おもんぱか)るようなことを言ってるなんて、お笑い草だわさ!

 実際のところ、クレマンティーヌが真に気遣っているのはブレヒトの父親の心情ではなく、結果的にキーノが傷つくことを案じて、ではあるのだが、彼女自身にその自覚はないし、彼女からすれば両者は同じことだった。

 

 一方、言われたキーノは、やはりクレマンティーヌのそういった複雑な心境には思い至らない様子で、

 

「あぁ……それはクレマンティーヌの言う通りだな、少し短気が過ぎたようだ。

 よく諌めてくれた、ありがとう。」

 

などと言っていて、クレマンティーヌはその余りに、悲しくも愚かなまでにひたすら真っ直ぐな(あるじ)が、(いと)おしくて(いと)おしくてたまらなかった。

 

 クレマンティーヌは思う。

 

 この町で語らった冒険者たちは、土地柄もあって昔気質の連中だった。(あるじ)キーノの望む形の語らいが成ったのは、本当に久しぶりのような気がしないでもない。

 おそらく、キーノ自身はそんなことは気にもしてはいないだろうが、主だった城塞都市や中堅町村に暮らす人々が、キーノの語る話を我が事としては聞けなくなり、ただただお伽噺を騙る吟遊詩人であるかのように扱われることが多くなって随分経つ。

 

 疲れを知らず眠りもしないキーノ、そしてただ黙々とそこに追従する双子忍者は、クレマンティーヌが「今日はここまで!」と()めない限り、延々と探索、行軍を続ける存在だ。

 そんな彼女らは、彼女らの声が誰に届かずとも、理解されずとも、まったく倦みも飽きもしはしないが、それでもクレマンティーヌは、ここしばらく何をやっていてもただ前方の一点をじっと見つめる(さま)を呈していたキーノに、少し表情が戻ったのを感じている。

 それは、空振り続ける語らいによって、数値では計上されない何某(なにがし)かの汚濁が、当人も気づかぬうちにキーノの精神に蓄積されていた(あかし)でもあるのだろう。

 

 クレマンティーヌ自身も確たることは言えないが、それでも、確実にこの世界は変化してきている。

 キーノは自らを、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)とこの世界の住人の、(あいだ)に立つ(もの)、と規定して今日(こんにち)までの歩みを続けてきた。この考え方自体は間違っていない、とクレマンティーヌは考えているし、誰にも知られることはないだろうが少なからず実績もあった、と信じている。

 

 カルサナス大平原の触れ得ざる塔然り。

 魔女ラナー・ヴァイセルフの陰謀が未然に防がれたこと然り。

 鬼顔城を迎えたリ・ボウロロールの冒険者たちが軽挙妄動しなかったこと然り。

 

 だが、何か限界のようなものに我々は突き当たっているのかも知れない、とも思う。

 山羊人(バフォルク)ブレヒトは図らずも、キーノたちも自分からすれば触れ得ざる者だ、と言った。

 

 まさにその通りだ。

 

 不意にクレマンティーヌは、酒場での冒険者たちとのやり取りの中で、キーノが、噂に聞く竜王(ドラゴンロード)ツアーや大魔王アインズ・ウール・ゴウンに似ている、と感じたことを思い出す。

 竜王も骸骨野郎も永遠不滅の存在で、実際のところ何を考えているのかは未だによくわからないが、何らかの彼らなりの信念に従って、黙々と永劫の(とき)の流れの中を倦みも飽きもせず歩み続ける存在なのだろう。それを触れ得ざる者、と呼ぶのであれば、キーノとて、この世界の普通の存在からすれば十二分に触れ得ざる者だし、なんならクレマンティーヌ自身も、やや格は劣りこそすれやはり触れ得ざる者だ。

 むしろ、キーノの語りの真意をどこまで理解したものかは定かでないが、当意即妙に応じて見せたブレヒトのような者こそ、(あいだ)に立つ(もの)、ではないのか。我々は、我々は危険な存在だから関わり合うべきではない、などという矛盾したことを説いて歩いているに過ぎないのではないか。

 

 今、ではないにせよ……キーノは言い出したら聞かない性分なので、ローブル聖王国南端の調査はやらずにはおれまい……どこかの時点で方針の一大転換が必要になるな、とクレマンティーヌは感じている。

 

 とまれ……。

 

「まぁ、旅の準備をするにせよもう夜も更けたことだし。」

 

「……私たちは吸血鬼(ヴァンパイア)だぞ。

 夜更けに出立して何が悪い?」

 

 ……疲れを知らぬ、というのは本当に性質(たち)が悪いな、とクレマンティーヌは苦笑いする。

 

 この朴念仁め!

 

「今夜の宿代は払っちゃってるんだからもったいないでしょ?

 ヤろうよ、四人で!」

小母(おば)さん。」

 胸元に丸みを作る仕草(ジェスチャー)

 

 決して欲情して誘っているわけではない。そうでない、わけでも決してないが。

 ただ(ひとえ)に、歩みを()めることを知らぬ(あるじ)キーノ・インベルンに、一時(ひととき)の安らぎ、癒やしを与える手立ては(ほか)にはないのだ。

 

「ゲフン、ゲフン!

 いやぁ、まー……それもそうだな。」

 

 朴念仁吸血鬼(ヴァンパイア)キーノは、やはりそういった仲間たちの機微には一切気づかず、ただただ仲間たちがそう誘ってくれるのであれば応じないでもない、という様子。

 その証拠に、おかしなことを問う。

 

「しかし、互いに入れ替わってるから問うても意味のないことは承知だが。

 なんでいつも私に……クゥイアなんだ?」

 

 お誘いにまんざらでもないキーノは、そうでありつつも、いつものように小母(おば)さん呼びでキーノの相手に名乗りを上げた双子忍者の片割れを、訝しげに凝視する。

 

「そりゃぁ……言葉責(ことばぜ)め、でしょ。」

 

と即答するクレマンティーヌ。

 

「……はぁ?」

 

「ほら!ヤッてる最中、クゥイアちゃんたらずっと、小母(おば)さんの(ナカ)熱くてトロトロー、とか、小母(おば)さんなのにキツキツー、とか、耳元で囁いてるじゃない?」

 

「ゲホゲホッ!

 ……それが、引っかかるって話なんだけどなぁ。」

 

 (むせ)返りつつも抗議するキーノに、クレマンティーヌは妖しげな三日月型の笑みを浮かべてこう応じた。

 

「あらぁ、そう?

 アレ、言われてるときのキーノちゃんの表情、嫌がってるようには見えないわよ。むしろより感じちゃってるんじゃないかしらーーーん、いやーん、変態、エロ助平(すけべぇ)!」

小母(おば)さん、変態、エロ助平(すけべぇ)。」

 吊り目(イビルアイ)を蕩けさせる身振り(ジェスチャー)

 

ふぁーーーーーーー!

 

 思い当たるところアリアリなキーノは顔を真っ赤にしつつ素っ頓狂な声をあげ、雰囲気(ムード)もへったくれもないままに、永遠(とわ)彷徨(さまよ)う<黒の百合>の淫靡な夜が幕を()ける。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

 余話終劇。
 満を持して、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは世界を(けが)(もの)に成り果てる。

「この賭け……受けて立つか?」

受けて立たいでか(コーーーーール)ッ!」

 億劫のオーバーロード余断話『世界を(けが)(もの)

 世界記録(ワールドレコード)だな。
 いや……もーそんなこと、どーでもいいや。

 贄となった弱者、愚者、無能が溜めに溜め込んだ憎悪、怨嗟、諦観に導かれるまま、十六匹の可愛い可愛い黒い仔山羊ちゃんが、大地を轟音立てて踏み鳴らし四方八方へと散っていく……。

12月吉日公開予定。
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