「夢見がちな、お嬢ちゃんのような
と
「リ・ボウロロールのアレは、連中が鬼顔城への観光客誘致に吹いた話で、実話なわけないわよぉ。」
この怖いもの知らずの放言に、
あーこいつ、雷撃喰らって死ぬわ。
と確信したクレマンティーヌは、周囲の誰にも気取られぬよう自身の
が、当の本人はパカリと口を開けて魂の抜けたような顔をしており、
喜ぶべきか憂うべきか。
我が愛しの
随分と丸くなったものだ。
*
キーノ率いる<黒の百合>は、今もなお倦まず弛まず、飽きも凝りもせず、大陸各地を風の赴くままに旅して、百年おきに現れる
のだが。
ここ百数十年の間に、はっきりと何だ、とはわからないものの、処々でその現れ方に違いがありこそすれ、確実に風向きが転じたことに彼女らはそれとなく気づいていた。
昔は……千年の時を越えて旅を続ける彼女らにとって、どこからが昔、と言えるのかも曖昧模糊とはしているのだが……やはり実相は土地柄によって様々であるものの、どんな町や村であっても、若者の
たとえば帝国であれば、それは、小さな町や村では古老が自邸を開放しているだけだったりもしたものだが、体裁だけは
そういった場は、キーノたちのような経験豊かな流しの冒険者を、基本的には歓迎したものだ。町や村の外の世界を実際に経験している者は、教育に携わる者たちの中にもそう多くはない。なので、学ぶ者にせよ教える者にせよ、キーノたちのような旅人を迎えて話を聞くことを、実益の有無に関わらず楽しむのが一般的だった。
これが、このところそうでもなくなってきている。
キーノ自身は確信をもってそう考えているわけでは必ずしもないが、どうやらこれは、高等教育機関の成熟と関係しているらしい。
古都アーウィンタールの、バハルス帝国が実体を失った今もなお
かつては、そのためには土地の有力者の推挙などを要したものだが、学府側が真に実力のある学生を求めた結果、そういった旧弊は廃れて出自や種族を問わない選抜がおこなわれるようになった。必然的にそれに挑む側には、読み書き算盤が出来ることは当然として、相応の幅広い見識が求められることになり、極自然に、経済的に余裕のある人々は自身の子弟に学府進学のための教育を与えるようになった。
結果、決して意図してそうなったわけでもないのだろうが、ある種の分断が生じる。
すなわち、高い
逆に、そういった層の積極的参与を失った
本能的にこの変化を感じ取りつつもこれを言語化して語るほどの聡明さには恵まれないキーノ、そして自身が
かくして、その表層的な部分にのみ目の向く彼女らは、そうであってはならない、そんな格好の悪いことは口にしたくない、と願いつつも、ついつい、
最近の若い連中は……なっとらんなー!
と、いわゆる老害的な心象を、大陸の人々に対して少なからず抱え込んでしまっていたのである。
今、<黒の百合>の一行は自由都市リ・ロベルの南、アベリオン丘陵とを隔てる山地の麓にある、比較的近年になって発展した小さな町エクソダスを訪れている。
旧王国時代以来、アベリオン丘陵の亜人たちを仮想敵と見做し、実際しばしばその襲撃を受けることも少なからずあったリ・ロベルの人々は、長く都市城壁よりも南に農村以上の町を造ることがなかったが、その亜人たちとの融和も始まり、かつて海路に限定されていたローブル聖王国との交易の一部が丘陵経由の陸路に転じるに至って、その中継点の一つとしてここ二百年くらいの間に急速に発展を遂げたのがこの町、エクソダスであり、しばらくローブル聖王国を訪ねていなかったキーノたちにとって、この町に立ち寄るのは今回が初めてだった。
辺境最前線の町は、キーノたちが長く大陸で感じなくなっていた活気、とでも言うべき雰囲気に包まれていた。
交易路沿いとは言え、南の山地には今でも普通の人の手には余る天然自然の魔物の
最近では、
彼らのうちでも心得のある者は、無頼の者の当然の仁義として無遠慮にキーノたちの来歴などに探りを入れたりすることは決してなかったが、それでも一見して只者でないことがわかる
キーノたちも、当たり障りない昨今の各地の情勢から始まって次第に話題を深めていき、そろそろ頃合いだろうかという時分になって彼女らの旅の真の目的である、触れ得ざる者、の話を持ち出した。
悲しいかな、
もちろん彼らとて、冒険者である以上は日常的に一つ間違えれば命を落としかねない生活をしている者たちだ。が、キーノとクレマンティーヌが知り合った時分と比べれば、たとえばかつてのバハルス帝国軍のような軍隊は過分に儀礼的な存在に
当地に限っていえば、かつてはアベリオン丘陵の亜人がいつ
そういったこともあってキーノは、自身は事後的に知った三百年ほど前の城塞都市リ・ボウロロールを襲った
鬼顔城跡地が
キーノ自身がこの事件を知ったのは発生から五十年経てからのことだったが、その時点でも、迫りくる
「あれは、言うなれば、触れ得ざる者同士の衝突だ。」
とキーノは語った。
賢明にも、当時街衆を守ろうとした冒険者有志は、迫り来る
が、あのとき。
彼らが自身の力量を見誤って安易に魔鬼に自ら仕掛けていたら、リ・ボウロロールは廃墟と化して、既に我々はその街の名すら忘れ去っていたかも知れない。
そう語るキーノの話に、同じ
「夢見がちな、お嬢ちゃんのような
かくしてお話は、冒頭の場面に戻る。
「リ・ボウロロールのアレは、連中が鬼顔城への観光客誘致に吹いた話で、実話なわけないわよぉ。」
そんなことを言い出したのは、当地の冒険者の中では顔役の
クレマンティーヌは、
いや、厳密に言えばキーノの口からは何やら音が漏れている。これを聞き取ろうとクレマンティーヌはやはり誰にも悟られぬよう微かに耳をキーノに向けたが、聴こえてきたのは、
「ふぁーーーーー……」
という魂の抜ける音のみだった。
キーノちゃんてば。
妙なところで
そういう冗談はともかく、クレマンティーヌも、これも世代差……それも千年級の……だと言ってしまえばそれまでではあるものの、近頃の人々が彼女らと比べれば本質的に危機意識が希薄で、リ・ボウロロールの鬼顔城と竜騎士の物語を言葉通りに受け取る胆力を失っており、その
この女も、キーノが見た目のままの存在でないことには薄々気づいていないでもあるまいに、よくもまぁ入れる必要もない余計な茶々を入れてくれたものだ、はて、落とし
「クレア。」
と、女魔法詠唱者の名を呼んでその注意を惹いたのは、こちらから見て彼女の向こう、差し向かいに同じ席に掛けていた彼女の相棒と思しき
キーノたちが<
「私も、リ・ボウロロールの鬼顔城については詳しくは知らないし、言葉通りに受け取るものではないだろう、と思っている。」
「……で、何なのさ、ブレヒト?」
相棒が、生来の性格的に決して無駄口を叩かない性分であることを承知しているクレアは、続きを促した。
「が、そちらのお嬢さんの言う、触れ得ざる者、には心当たりがなくもない。」
この言葉に、キーノ、クレマンティーヌはもちろんのこと、彼女らを囲んでいた冒険者たちの注目が一気にこの山羊人の戦士、ブレヒトに集まった。
問われず語りにブレヒトは、明朗な声色で酒場の皆に話し始める。
「もう、かれこれ五十年以上前の話になる。
キミたちは知らないかも知れないが、私たち山羊人には、幼年の時分は幼少者とその母親だけが集まった
あぁ、よく知ってるよ。と、クレマンティーヌは思う。
そしてこうも思う。
なんで……そんなつまんないことをやってたんだろ、ワタシ。
「集落は部族の若者たちが守備し、幼年者の父親は年に数度顔を出すのみだ。私の父は、優れた戦士ではあったが片腕がなかった。
そのことに引け目を感じていた私に、母はこう語ったものだ。
おまえの父さんは、親友の命を守るために自身の右腕を犠牲にした男だ。それは決して賢明な行為ではなかったかも知れないが、それでもおまえは、そういう父の子だ、ということを決して恥じてはいけないよ、と。」
ブレヒトの人柄をよく知る数人の冒険者たちが、さもありなん、と感じ入ったように、うんうん、と頷いている。
「ところがある日、しばらく顔を出さなかった父が訪ねてくると、あろうことか失われたはずの右腕が生えていた。」
え?
と、ブレヒトの話に耳を傾ける皆から一様に驚きの声があがる。
「聞けば、ローブル聖王国の南端に奇跡を施す聖者があって、その噂を聞きつけた父の親友、まさに父が自身の腕を犠牲にして命を守らんとした親友が、見聞を広める旅を装って父を誘い連れて行ったのだそうだ。
父の親友は、聖者を前にして抜刀した剣を自身の首筋に当て、自分の命を捧げるので父の腕を元通りにして欲しいと願ったのだそうだ。聖者は、まさに己の首を捧げんとする彼を制止し、既に使い古され痩せ細ったその剣のみを所望して、見たことも聞いたこともない癒やしの魔法で父の腕を生やしたのだという。」
なんと!
この話に驚いているのはこの場の誰もがそうだが、特にキーノは、間違いなくこれは
思えば、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、朽ち果てて百年を経たクレマンティーヌを復活させたのだ。腕の一本や二本、元通りにすることくらい彼らにとっては造作もないことであるに違いない。
「そもそも聖者は、突如として町々を襲った魔物を
かの聖者こそ、まさにそちらのお嬢さんの言う、触れ得ざる者、ではないか、と私は思う。」
語るブレヒトも、もちろん仔細はわからぬものの、同じことを考えてこの話を語ったものであるらしい。
「ブレヒト、でよかったか?」
とキーノが山羊人の戦士に声をかける。
「あぁ、そうだ、お嬢さん。
もっとも、
なんなら
既にキーノも、この場に集う冒険者たちの中ではブレヒトが頭一つ抜きん出た猛者であることには気づいていたので、世辞にも聞こえるその言い様は軽く聞き流した。
「差し支えなければ、その聖者についてもう少し聞かせてもらえるか?」
「もちろん構わないが、私の知ることは少ない。
父はその後、遮二無二働いてちょっとした財を築いた。腕を元通りにし、それ以上に、父と親友の友情が
が、父が再び聖者の堂宇を訪ねてみると、聖者は何処かへ消えてしまっていた。」
「……消えた?」
「その通り。
聞けば、奇しくも父は、かの聖者、ナズディークの聖主が最後に癒やした者、であったらしい。
在地の者が言うには、腕を取り戻した父と親友が立ち去った直後に聖者は行方が知れなくなり、彼が暮らした聖堂も消え去ってしまったのだとか。」
またしても出遅れたか、とキーノは思う。
だが、ブレヒトの話の通りであるとすれば、その
あのアインズ・ウール・ゴウンが、よもやそんな人物を手にかけることはあるまい。
「実のところ、私がアベリオン丘陵を離れ冒険者の道を選んだ直接の理由は、どこかでかの聖者と
「そんな話、私も聞いたことなかったように思うけど。」
もう十年以上も共に冒険者稼業をやって来た相方の思わぬ告白に、女魔法詠唱者から苦言が入ったが、これに応じたブレヒトの返答はにべもないものだった。
「クレアはこんな話には関心は持つまい。
仮に話していたとしても、そちらのお嬢さんに対してそうしたように、それは王政復古を目論むローブル聖王国南部の跳ねっ返りが吹聴した与太話だ、などと笑い飛ばしたろう?」
この辛辣な切り返しにクレアは乙女のように頬を赤らめ、周囲からは笑いが起こった。
ブレヒトは続ける。
「父は、自身への癒やしを最後に聖者が消息を絶ったことに、少なからず悩んでいた。何か自分に至らぬところがあって、聖者はそれに失望してナズディークの地を去ったのではないか、とな。」
「そんなことはないと思うぞ……断言は出来ないが。」
その心情を慮ってキーノはそう言葉をかけたが、ブレヒトは片手を上げて軽くいなした。
「気遣いは無用だ。私も、それは父の考え過ぎだ、と思っている。
が、本人がそれを気に病むことを
違うか?」
そう返されて、キーノは黙って頷く。
「だから、ナズディークの聖主を見つけ出して、理解できるものか
思いもしなかった話の流れに、キーノはもちろん、クレマンティーヌまでもが神妙になって沈黙を強いられた。
山羊人であるブレヒトは、虹彩の構造の違いから他の種族からはその視線が把握し
それに気づいたものか、ブレヒトは慌てて両手を振って釈明した。
「いや!
妙な雰囲気にしてしまって済まなかった。」
そしてこう言う。
「そちらのお嬢さんの言う通りナズディークの聖主が、触れ得ざる者、なのだとしたら、そもそもの私の
私自身、丘陵を離れて大陸の思いの外の広大さを思い知らされ、父の悩みは父の悩みであって私のそれではない、と悟って今に至る。」
その口調はカラリとしたもので、嘘には聞こえない。
「そういう意味だと……。」
とクレア。
「私は……最高の相棒であるブレヒトを私の元にもたらすきっかけを作ってくれた、聖主、とやらに感謝すべきなのよねぇ?」
ふふ、とブレヒトの口元から笑みが漏れ、次第に笑い声は酒場全体に拡がっていった。
クレアとブレヒトは極自然に、陣取っていた席を離れキーノたちを囲んでいた冒険者の輪に加わった。
「少し話が
とキーノ。
「リ・ボウロロールの鬼顔城が本当に触れ得ざる者であったのか……私はこれまで調べて歩いた結果から間違いない、と確信してはいるが、これとて私自身が見聞したことではない。そして、ブレヒトの語ってくれたナズディークの聖主、なる人物が触れ得ざる者であるのか、についても、確たることは言えない。」
真正直にそう語るキーノに、否応なく、
「その上で、おまえたちが皆それぞれに腕に覚えのある冒険者であることも認めた上で……それでも、おまえたちにはどうしようもない、安易に仕掛けたり、手玉に取ろうとしたりすることが、
「まぁ……キーノがその可愛らしい見た目にそぐわない、私なんかじゃ足元にも及ばない魔法詠唱者であることは流石の私にもわかるから、そこは素直に承っておくわ。軽口叩いて御免なさいねぇ。」
クレアがそう言うと、キーノは軽く手を上げて、気にすることはない、と示した。
「でも。」
とクレアが続ける。
「万が一、キーノのいう触れ得ざるもの……と疑われる何者かと出食わしてしまったら。
私らはどうすべきなのかしら?」
そこに、自ずから思いを馳せてくれる者は、キーノにとってはありがたい存在だ。
「大前提として、触れ得ざる者の絶対的な少なさ、百年
だから、それらしき
望む者には、火急に際して私に連絡を取り得る<
クレアは、相棒ブレヒトと何やら視線を交わして意を決したようだ。
キーノに魔法の教授を乞うクレアを
「こんな機会はまたとなかろうから、一手合わせてもらえないか?」
腕に覚えのある剣士から手合わせを求められることは、クレマンティーヌにとってはさほど珍しいことではない。
彼女は目線で
「私はクレアたちに魔法を教えているから、外でちょっとやってくればいいんじゃないか。」
と気軽に応じた。
クレマンティーヌとブレヒトは、やはり戦士系の数人の
戦士職の中でも、
まず、互いに抜刀して利き腕に持った得物を斜め下に降ろし礼を執る。そこから間合いを大きく
以降は、攻勢側が繰り出す剣を守勢側が
いざ手合わせ、となってブレヒトから放たれた斬撃
ま、筋は悪くはないわさ。
と、クレマンティーヌは嘯く。
対するブレヒトは、最初は遠慮がちだった斬り込みに次第に力が入り、否応なく思い知らされる力量差に感銘を受けつつ口元には笑みを浮かべていた。応じるクレマンティーヌも、決して歯応えを感じる
観戦者たちは、二人の剣戟のあまりの迫力に既に引き気味だ。
「こう見えて、私は信心深い
剣を交えながら、ブレヒトがぽそり、とそう言う。
随分と小さな声で、剣戟の音もあって
クレマンティーヌの、何言ってんだコイツ?と言いたげな視線が自身を捉えたのを認めて彼は続けた。
「顔なしの伝道師、ネイア・バラハの教説を書き
やはりクレマンティーヌには、上がる息の中で意味不明な発言を続けるブレヒトの真意がわからない。
「ご承知かな。バラハと正義の
ブレヒト渾身の一閃が放たれ、やはりこれを軽く受け流したクレマンティーヌとの間合いが詰まる。
「バラハの語った悪魔は、
あーん?
そりゃ……ワタシだろ、常考?
「そして見たところ……
参ったな。
と、クレマンティーヌは息を吐く。
よもや、そんなことを今更突きつけられようとは。
「……面白い話だねぇ。」
それまで黙ってブレヒトの剣を受けていたクレマンティーヌは、敢えて軽口で応じた。
「ワタシ……だったらどうするよ?」
三日月型の笑みが、裂けんばかりに拡がる。
「どうもしない。」
すすすっ、とブレヒトは三歩
これは剣士の手合わせにおける、参りました、の所作だ。
「
有り難い手合わせだった、感謝申し上げる。」
思いも寄らぬ賛辞に、クレマンティーヌは苦笑いを浮かべた。
「……んな、御大層なモンでもないけどねぇ。」
彼女も、得物を腰の革帯に収める。
ブレヒトは言う。
「我ら
ふふ、と思わずクレマンティーヌは微笑みを漏らした。
この剣士がどこまで理解した上で喋っているものかは定かでないが、存外亜人特有の感性で、彼女がブレヒトの語りに無意識のうちに応じていたところを読み取っていたものだろうか。
「ワタシも……久しぶりに楽しく剣が振るえたわさ、あんがとね!」
強いて含意には触れずにクレマンティーヌがそう言うと、
「世辞であっても有り難い。
そのお言葉、素直に頂戴しておこう。」
と改めてブレヒトは深く礼を執った。
クレマンティーヌは思う。
稀に……極稀に、ではあるものの、こういう奴との出会いがあればこそ、自分は永遠の
*
冒険者たちに席を辞する旨を告げて、キーノとクレマンティーヌは当地での活動の拠点に押さえた宿に一旦戻った。
部屋では、別行動で情報収集に当たっていた双子忍者が既に帰って来ていて、まるで
これは、二人が互いの記憶領域の
「キーノちゃん、お疲れ様!」
クレマンティーヌは、
一方でキーノが、昔と比べれば幾分はましにこそなったものの、それでもやはり何処かで、遠い昔、幾万の人間の命を吸い上げて呪われた真祖吸血鬼へと至った自身に今でも負い目を感じており、その償いに
そんな、
クレマンティーヌがそのような思いを堅く抱くようになって既に幾星霜。
対するキーノは、あいも変わらず、己の眷属がそのように気遣ってくれていることに、まったく気づいていないわけでもなかろうが、常にあっては特に意識が向いていない様子。
「遅きに失した感もあるが、何か足取りを追う手掛かりがないとも限らない。このままローブル聖王国の南端まで足を伸ばして、ナズディークの聖主、とやらの痕跡を辿ってみるか。」
まー、キーノちゃんはそうよね、とクレマンティーヌは苦笑い。
「五十年も前の話でしょ?
その辺りは人間種の領分だから、当時を知る存命者なんてそんなにいないよ、多分。」
今更
「そうだ!
ブレヒトの親父さん、あるいはその親友はまだ存命だろう。ブレヒトに
とキーノは、ひたすら前身する姿勢を崩さない。
「それは……よくないんじゃない?
ブレヒトの親父さんは聖主の失踪に責任を感じてるみたいだ、って言ってたじゃん?
その傷口に敢えて塩を塗り込みに行くような真似までしなくても。」
言いながら、クレマンティーヌは、自分らしからぬことを口にしているな、と再び苦笑い。
ブレヒトに突きつけられた通り、自分はかつて
実際のところ、クレマンティーヌが真に気遣っているのはブレヒトの父親の心情ではなく、結果的にキーノが傷つくことを案じて、ではあるのだが、彼女自身にその自覚はないし、彼女からすれば両者は同じことだった。
一方、言われたキーノは、やはりクレマンティーヌのそういった複雑な心境には思い至らない様子で、
「あぁ……それはクレマンティーヌの言う通りだな、少し短気が過ぎたようだ。
よく諌めてくれた、ありがとう。」
などと言っていて、クレマンティーヌはその余りに、悲しくも愚かなまでにひたすら真っ直ぐな
クレマンティーヌは思う。
この町で語らった冒険者たちは、土地柄もあって昔気質の連中だった。
おそらく、キーノ自身はそんなことは気にもしてはいないだろうが、主だった城塞都市や中堅町村に暮らす人々が、キーノの語る話を我が事としては聞けなくなり、ただただお伽噺を騙る吟遊詩人であるかのように扱われることが多くなって随分経つ。
疲れを知らず眠りもしないキーノ、そしてただ黙々とそこに追従する双子忍者は、クレマンティーヌが「今日はここまで!」と
そんな彼女らは、彼女らの声が誰に届かずとも、理解されずとも、まったく倦みも飽きもしはしないが、それでもクレマンティーヌは、ここしばらく何をやっていてもただ前方の一点をじっと見つめる
それは、空振り続ける語らいによって、数値では計上されない
クレマンティーヌ自身も確たることは言えないが、それでも、確実にこの世界は変化してきている。
キーノは自らを、
カルサナス大平原の触れ得ざる塔然り。
魔女ラナー・ヴァイセルフの陰謀が未然に防がれたこと然り。
鬼顔城を迎えたリ・ボウロロールの冒険者たちが軽挙妄動しなかったこと然り。
だが、何か限界のようなものに我々は突き当たっているのかも知れない、とも思う。
まさにその通りだ。
不意にクレマンティーヌは、酒場での冒険者たちとのやり取りの中で、キーノが、噂に聞く
竜王も骸骨野郎も永遠不滅の存在で、実際のところ何を考えているのかは未だによくわからないが、何らかの彼らなりの信念に従って、黙々と永劫の
むしろ、キーノの語りの真意をどこまで理解したものかは定かでないが、当意即妙に応じて見せたブレヒトのような者こそ、
今、ではないにせよ……キーノは言い出したら聞かない性分なので、ローブル聖王国南端の調査はやらずにはおれまい……どこかの時点で方針の一大転換が必要になるな、とクレマンティーヌは感じている。
とまれ……。
「まぁ、旅の準備をするにせよもう夜も更けたことだし。」
「……私たちは
夜更けに出立して何が悪い?」
……疲れを知らぬ、というのは本当に
この朴念仁め!
「今夜の宿代は払っちゃってるんだからもったいないでしょ?
ヤろうよ、四人で!」
「
胸元に丸みを作る
決して欲情して誘っているわけではない。そうでない、わけでも決してないが。
ただ
「ゲフン、ゲフン!
いやぁ、まー……それもそうだな。」
朴念仁
その証拠に、おかしなことを問う。
「しかし、互いに入れ替わってるから問うても意味のないことは承知だが。
なんでいつも私に……クゥイアなんだ?」
お誘いにまんざらでもないキーノは、そうでありつつも、いつものように
「そりゃぁ……
と即答するクレマンティーヌ。
「……はぁ?」
「ほら!ヤッてる最中、クゥイアちゃんたらずっと、
「ゲホゲホッ!
……それが、引っかかるって話なんだけどなぁ。」
「あらぁ、そう?
アレ、言われてるときのキーノちゃんの表情、嫌がってるようには見えないわよ。むしろより感じちゃってるんじゃないかしらーーーん、いやーん、変態、エロ
「
「ふぁーーーーーーー!」
思い当たるところアリアリなキーノは顔を真っ赤にしつつ素っ頓狂な声をあげ、
完
<次話予告>
余話終劇。
満を持して、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは世界を
「この賭け……受けて立つか?」
「
億劫のオーバーロード余断話『世界を
いや……もーそんなこと、どーでもいいや。
贄となった弱者、愚者、無能が溜めに溜め込んだ憎悪、怨嗟、諦観に導かれるまま、十六匹の可愛い可愛い黒い仔山羊ちゃんが、大地を轟音立てて踏み鳴らし四方八方へと散っていく……。
12月吉日公開予定。