億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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余話を締めくくる中編、4章立て全8回。3日毎に連投します。


余断話 遠未来 世界を(けが)(もの)
異世界の現実(リアル)(1)


「結局のところ、闘争がないか、あるいは表面的に闘争を隠蔽してしまう社会は、人間精神を際限なく腐らせていくものなのだね、張り合いのないことだ。」

 

「あら、その状況自体は貴方(あなた)好みではないのかしら?」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)執務室。

 その日の朝、いつものようにアインズ様当番のメイドを伴って出御した時点で珍しく参謀デミウルゴスの姿がそこにあり、寝座椅子(ソファー)で守護者統括アルベドと向かい合ってなにやら雑談しているのに気付いたアインズは、たちまちに起立して礼を執ろうとする二人を制し「先に報告書の(たぐい)に目を通しておくからそのまま続けてくれ」と自身は執務机に向かった。

 

「それは貴女(あなた)の言う通りではあるがね。だが、既に抗する気概のない者を堕落させたとて何の喜びがあろうか。アルベドとて、敢えて色情狂を選んで歯牙にかけようとは考えないだろう?」

 

「そもそも(わたくし)はアインズ様以外の殿方を誘惑しよう、などとは思わないのだけれど。」

 

貴女(あなた)とて、(さか)りのついた犬のように貴女(あなた)を求めるアインズ様を望みはすまい。」

 

「……ちょっといいか?」

 

と割り込むアインズ。

 たちまちにデミウルゴスが、ハッ、とした表情で立ち上がり深々と腰を折る。

 

「失礼いたしました、アインズ様!

 さきほどの私の言はあくまでも言葉の綾でして、恐れ多くもアインズ様の有り様をどうこう申したものでは……」

 

「いやいや!そういう話じゃなくて。」

 

 アインズは骨の手の平をはらはらと振って、関心事はそこではない、とデミウルゴスに示した。

 

「さっきから、何の話をしてるんだ?

 闘争も気概もないとか、人間精神が腐るだとか?」

 

 あぁ、とアルベドが手を打つ。

 

「ここ二百年ほどの間に、大陸の人間社会が随分と変化いたしまして、それについてデミウルゴスと語らっていたもので御座います。」

 

「変化?」

 

 実のところアルベドのいう二百年の間、長く楽しんできた悪党狩りをする機会がめっきり減っているものの、たちまちにそのことを記憶しておらず、そもそも大陸の人間社会そのものに関心がまったくないアインズは、ただ首を傾げる。

 

「左様で御座います……否、本質的には何も変わってはいない、とも申せますが。

 とまれ、文明というものは畢竟、人間を腐らせるもので御座いますな。」

 

と、忌々しげに言い放つデミウルゴス。

 言われたアインズにはさっぱり意味がわからない。

 

「……ごめん、オレにもわかるように話してくれない?」

 

「これは!失礼いたしました、アインズ様!」

 

 そう言いながら、やっぱり口は三日月型に笑うんだよなぁ、お・ま・え・は!

 

「都度ご報告はいたしておりましたが、アインズ様におかれては特にご関心もないようでご記憶では御座いませんでしょう。そもそもの発端は二百年ほど前から当地の人間どもが電気を利用するようになったことから……」

 

「はぁ?」

 

 アインズが骨の口を開いて固まる。

 

「電気……って、あの電気?」

 

 対して真顔のまま問い返すデミウルゴス。

 

「他に……電気が御座いますでしょうか?」

 

 いちいち引っ掛かる言い方だな。

 しかも……楽しそうだし。

 

「どうやって?」

 

 さりとて自身では話の理路が見出だせないアインズはさらなる説明を求める。

 これに応えたのはアルベドだ。

 

「<雷電瓶(らいでんびん)>、をご記憶でしょうか?」

 

 それはわかる。

 位階魔法<雷撃(ライトニング)>、およびその高位魔法の放つエネルギーを蓄える仕掛け(ガジェット)で、その名は<現実(リアル)>においては発明された大学名から「ライデン瓶」と呼ばれた蓄電素子(コンデンサ)のご先祖様に引っ掛けた駄洒落だ。

 ユグドラシルにおいては最後期(さいこうき)に実装され、世界観との不整合から必ずしもプレイヤーからの評判が芳しくなかった兵装、機動外骨格(パワードスーツ)の動力源ともされていたものになる。

 

「アレをこちらで入手可能な素材から錬成する(すべ)が、二百八十年ほど前に見出されました。」

 

「……な!」

 

 パカリ、と、いつにも増してアインズの骨の口が大きく(ひら)く。

 

「続いて、これを(あか)り、熱、動力に転じる仕掛けも考案されましたが、百年ほどの間はただの珍しい見世物として扱われておったようで御座います。これが<現実(リアル)>で申しますところの産業革命にも似た変化をもたらしたのがここ百年ほどのことで……」

 

「いや、待て待て!

 流石にそうなってくると、来訪者(プレイヤー)の関与を疑わにゃならんのじゃないか?」

 

 慌ててアインズは割り込んで問うが、懐から無暗に分厚い帳面(ノート)を取り出したデミウルゴスから事も無げに告げられる。

 

「えぇ、左様で御座います。」

 

「……はぁ?」

 

 当惑するアインズを余所(よそ)に、デミウルゴスは自身の日記の記録から、三百年前の出来事について語り始めた。

 

 曰く、<百年の揺り返し>の年の二年後、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーが、大陸西部を高空哨戒中に崩壊済みと思われるギルド拠点遺構を発見した。

 それは奇しくもアインズがツアーと共に殲滅した仇敵、鬼顔城にほど近い石灰岩台地の奥深く、擂鉢穴(ドリーネ)の底だった。NPCは(みな)恐竜(ダイナソー)で、儚くも共食いをしたらしく僅かな高位肉食種が息も()()えに潜んでおり、憐れに感じたアインズにより処分された。これを率いていたプレイヤーも、おそらくは真っ先に食われてしまったのだろう、と判断された

 

「が、実際にはプレイヤーは無責任にも下僕(しもべ)を残して逃げ出しておったので御座いますなぁ!」

 

 腹心にさらりとそう復命されて、なおアインズは慌てた。

 

「いやいやいや!

 それはいかんだろう!」

 

 が、デミウルゴスは変わらず平然としており、むしろ不思議そうな様子で逆に問う。

 

「左様で……御座いますか?」

 

「そりゃそうだろう!

 そのプレイヤーはどうした?」

 

「さきほどアルベドが申しました通り、<雷電瓶>をこちらの世界にもたらしました。」

 

「……いや、そうじゃなくて!

 オレが訊いているのは、なぜそいつが放置されたのか、についてなんだが。」

 

 なおも憤るアインズに、デミウルゴスは、はぁー、と深い溜息をついてみせる。

 

「そんなヤツに関わる必要などない、と、アインズ様が仰せになりましたので。」

 

「……な!」

 

 見ていられなくなったのか、アルベドが割り込む。

 

「問題のプレイヤーは人間種で、計測されたレベルもさほどのものではなく、自身のギルド拠点からの脱出に際し装備(アイテム)の持ち出しにも失敗したようでほぼ徒手空拳で御座いました。そんな(やから)(ほう)っておけば寿命で死ぬのだから強いて関わる必要もない、とご判断なされたものかと。」

 

 うーむ。

 そう言われれば如何にも自分はそう命じそうだ、とアインズは思う。

 だって、面倒臭いもの。

 

「ギルド拠点の発見殲滅から三十年ほど経った時分に、現地人たちが<雷電瓶>を弄んでいることが恐怖公眷属(ゴキブリ)からの報告で明らかとなり、以てプレイヤーの生存が確認されました。

 その時点で改めてアインズ様にその旨をご報告すると共にプレイヤーの捕縛殲滅を進言申し上げましたが、ツアーもコニーも能天気に寝ていやがるのに、なんでオレが(ほう)っておけばいずれ死ぬヤツを相手にせにゃならんのだ、阿呆らしい!と仰せになりました。」

 

 このデミウルゴスの言葉にも現れているように、目下、ツアー、そしてその娘コニー、共に<永い眠り>の最中(さなか)にある。そこへの少なからぬ苛立ちが自身に先手を取ることを躊躇わせたであろうことに自覚のあるアインズとしては、何も言い返すことができなかった。

 

「むむ……。

 しかし、随分と手際がいいじゃないかデミウルゴス?

 何故そんなことをたちまちに言い返せる準備がしてあるんだ!」

 

と憤ってみせるも。

 

「この話題になれば当然ご下問あるだろうと考え、備えておりました。」

 

と、サラリと返されれば沈黙せざるを得ない。

 

 そんなところまで計算()くかよ!

 

「はいはい、わかりました!

 全部オレが悪いです。空が青いのも太陽が光るのも全部オレのせいです!」

 

 不貞腐れつつアインズがそう放言すると、慌ててアルベドが執り成しに割って入った。

 

「まぁまぁ、アインズ様。

 デミウルゴスも、アインズ様をからかって遊ぶのもその辺でおやめなさい。」

 

 ……アルベドもアルベドで聞き捨てならん物言いだな。

 おまえ、こいつがオレをからかって遊んでる、って認識なのか?そうなのかーーー!

 

 と、ペカペカ光るアインズだが、デミウルゴスにそれを気にする様子はない。

 

「そのような次第で御座いまして、こちらの世界の魔法詠唱者(マジックキャスター)に生産が叶う総電力量などたかが知れておりますから、決して劇的な変化があったわけでは御座いません。が、それでもこの世界の様相が我々が顕現した時点から随分と変わって参ったのは事実で御座います。

 その最たるものが、さきほどアルベドとも語らっておりました闘争の消失、あるいは非可視化、と申した(ほう)が厳密やも知れませんが。」

 

 やはり、どうにもアインズにはデミウルゴスの言い回しのくどさもあって、その意味するところが把握できない。

 それに気づかないはずがないアルベドが、すかさず助け舟を出すのもいつもの調子である。

 

(わたくし)共がこちらの世界にやって参りました時分は、少なからず国家間の戦争というものが御座いました。これは<雷電瓶>の登場の随分前から権力構造の分散に伴い鳴りを潜め、都市間の抗争に置き換わってきておりましたが、それすらもここ百五十年ほどはほとんど観測されておりません。

 <雷電瓶>を知ったのは、当初は問題のプレイヤーが逃げ込んだ城塞都市リ・ボウロロールの者たち、遅れてその者が晩年を過ごしたエ・レエブルの者たちですが、下等生物なりに考えを巡らせたものか、彼らはこの知の独占を敢えて図らず、大陸中への伝播を目論みました。」

 

「つまり……それがきっかけで平和な世界が訪れた、と?」

 

 自信なさげにアインズがそう問うと、デミウルゴスが「御冗談を!」とカカカと笑った。

 

「当地の馬鹿どもは電気の軍事利用に思い至りませんでした。雷撃銃(スタンガン)なり電磁銃(レールガン)なり、市民皆兵化を促す銃器の(たぐい)を生み出せば隣国を尽く平らげることも叶いましたでしょうに!

 結局のところ連中は、互いが新たに思い至る電気の利便の恩恵から漏れることを恐れて、上辺の協調を汲々と維持することを選んだので御座いましょうな、誠にもって遺憾の極み!」

 

 これは……どうにも逆説的だな、とアインズは感じ入った。

 

 デミウルゴスの物言いは相変わらず表現が難渋ですとんと胸には落ちないものの、言わんとすることはわかる。

 軍師(ぷにっと萌え)指揮官(ベルリバー)から嫌というほど聞かされた蘊蓄を通して、銃器が軍事史上においてどのような意味合いを有していたか、については、大枠は理解はしているつもりだ。

 剣で戦うにせよ魔法で薙ぎ払うにせよ……魔法は<現実(リアル)>にはなかったが……これを十全に扱う才を発揮する者など全体からすれば極僅かだ。だから、人類史は闘争に満ち溢れてはいたものの、ほとんどの時代において、実際に戦っていた者は全体からすれば極一部に過ぎなかった。国家間の戦争も、所詮は自らをそれを代表するものだと自認する限定的な人々の衝突だった。

 ここに、さしたる鍛錬や精進をせずとも容易に他者を傷つけ得る銃器が登場することで、デミウルゴスも言うように市民皆兵化が可能になり、人類の闘争は文字通り国家対国家の総動員の殺し合いに至った。これは、アインズの知る限りは鈴木悟が生きた時代からおよそ200年前、20世紀の中頃に頂点に達し、このままいけば本当に互いに皆殺しに至るかも知れない、ということに誰彼となく気づいてやや下火にこそなったが、経済的繁栄を謳歌する支配層とその腰巾着の目に直接触れない場所で延々と繰り返され、鈴木悟の時代にも少なからずそれは存続していたものだ。

 

 デミウルゴスの言が(まと)を射ているものであれば、言っている本人は随分とそれが気に食わないようだが、当地の人々は<現実(リアル)>の連中よりは随分と理知的で、核戦争(アポカリプス)寸前まで至らずとも()ずからの自制心でそれを回避した……ことになるのではないか?

 

 もっとも。

 アインズが詳しくは憶えていないだけで、当地の人々の中でも大陸東方大地溝帯の彼方、カルサナス平原に暮らす人々は、ナザリックの面々が到来するよりも遥か昔に、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの八欲王殲滅、続く彼ら自身の生き残りを賭けた大戦争を経験し、<現実(リアル)>のそれに似た理路から今日(こんにち)も存続する都市国家連合体制を生じさせたのではあるが。

 

 しかし。

 とアインズは考え込む。

 

 言葉通りに受け取れば、文明の利器が広まって都市間抗争も絶えたとなれば、それは平和な時代の到来、ということになるのだろう。

 自身の前身、鈴木悟が暮らした<現実(リアル)>のことを思えば、それは決して理想郷(ユートピア)などということはあるまいが、それでも、少なくとも悟自身はたちまちに戦争の災禍に巻き込まれる心配などなく、真面目に働いてさえいれば食うには困らないことが保証されていたからこそ益体もないユグドラシルなんぞに没頭できたのであり、(つい)には只今の自分自身、大魔王アインズ・ウール・ゴウンに至ったのだ。

 

 アルベドもデミウルゴスも、当地の人間たちが人間精神を腐敗させつつある、と評して憚らないようだが、それを言ったら、自分自身は腐敗も腐敗、腐り切った澱みの中から生じた化け物ではないか!

 

「うーむ……」

 

 アインズが腕を組んで唸り声を上げ始めると、うふふ、と微笑みながらアルベドが言う。

 

「アインズ様がご懸念なさるようなことでは御座いませんでしょう?

 所詮は下等生物、そのうち仮初(かりそめ)の平穏に飽きて血湧き肉踊る闘争を再開もいたしましょう!」

 

 オレは……何を案じている、と思われているんだろう?

 アインズのそんな疑問を余所(よそ)に、

 

「それはどうだろうね、アルベド。」

 

とデミウルゴスが物申す。

 

「そもそも当地の人間、亜人どもは、現状維持、保守的な傾向が極めて顕著だ。こういった輩は、乱世なればこそ右往左往して秩序安寧を求め新たな試みに挑みもしようが、一旦ある程度の安定した状況を得てしまえば、そこに安住してただそれを繰り返すのみの存在となることだろう。退屈極まりないとは思わないかね!」

 

 こちらもこちらで、アインズの心中に生じた、未だ自身でも何であるのかよくわからない漠然とした疑念とは少しズレたところを論じているような気がしないでもないが、そもそもデミウルゴスがそこに不満を感じている理由も、これまたよくわからない。

 

 と言うか。

 

 何故この二人、ナザリック地下大墳墓の運営管理を一手に握る守護者統括、鉄壁の防衛を司る参謀であるアルベド、デミウルゴスは、当地人間社会の傾向なんぞに関心を持ち、執務室で楽しげに語らっているのだろう?

 

 彼らの(あるじ)である自分、アインズ・ウール・ゴウンが彼らに期待するところは、ただただ誇るべき我らが拠点、ナザリック地下大墳墓とその仲間たちの維持永続だけであり、ナザリックの外の世界がどうなろうと知ったことではない。もちろん、依って立つところの実りを与えてくれるトブの大森林を筆頭に、心配らねばならぬところが決してないわけではないことはわかっているが、それにしても、大陸人間社会がどーのこーの、というのは、少なくとも今この瞬間のアインズがそんなことに関心がまったくなかったのと同様に、彼らにとってもどうでもいいことであるはずだ。

 が、同時に、頭脳明晰で過剰なまでの忠誠心漲る二人の一挙手一投足は、疑う余地なく一切の無駄なくアインズのために振るわれているものだ。つまり、今この瞬間のアインズには理解が及ばなくとも、彼らがそこに関心を向けているということは、それは遠からずアインズにとっても何か意味を持ってくること、であるに違いない。

 

 何一つ仔細は憶えていないものの、その一点についてだけは、アインズは骨身に滲みて知っている。

 

「あー、差し支えなければ、だが。」

 

とアインズ。

 二人の忠臣の視線が、(きっ)と至高の主へと向かう。

 

「次回の三賢者会議(トリニティ)で、パンドラも交えてその辺りを論じてみないか。どうもオレ自身、後ろ髪を引かれる思いがなくもない……髪、ないけどな。」

 

 アインズのこの言葉に、やはりアルベドはうふふと微笑み、デミウルゴスは三日月型の怪しげな笑みを浮かべた。

 

 あ……マズったかな?

 まぁいいか。(ほか)にやることもないし、こいつら楽しそうだし。

 

 何より。

 これを話し合っている間は、いくら不満があったとてこの世界を滅ぼしたりはせんだろう。

 

「承知いたしました。パンドラズ・アクターには追って(わたくし)から主旨を伝えておきましょう。」

「アインズ様にご満足いただける議論をご用意いたしますとも!」

 

 二人の楽しげな様子に、改めて不安になったアインズはペカペカと光るのであった。

 

 

                    *

 

 

「本日のアインズ様当番、デクリメントで御座います!」

 

 翌早朝、アインズの自室。

 いつものように朝の身支度を任せつつ、アインズは告げた。

 

「着替えが済んだらユリを呼んできてくれるか?

 今朝は執務室へは向かわずに、ちょっと外界の視察をしてくる。」

 

 命じられたデクリメントは、一瞬「それって私がアルベドに嫌な顔をされる役ですか?」と胡乱な視線をアインズに向けたが、

 

「……確かに承りました!」

 

とすぐに笑顔で復命した。

 もちろん、アインズも彼女の微妙な()の意味するところにたちまち気づき、

 

「あー、ゴホンッ!

 何と言うか……その、いつもすまないなぁ。」

 

と詫びたので、

 

「な、何をおっしゃいます、アインズ様ァ!

 そのお優しいお言葉だけで、私は天にも登る気持ちで御座います!」

 

と声踊るデクリメントに抱きつかれ、いや、こっちの方がアルベドを怒らせるんじゃね?とペカる羽目になった。

 

 

 

 漆黒の英雄(モモン)姿のアインズは、二振りの両手剣(グレートソード)を携えさせた戦闘メイド(プレアデス)ユリ・アルファを伴って、払暁の城塞都市リ・ボウロロールの外苑に降り立った。

 転移先の座標は、当地が電気の利用が最初に始まった都市だ、とアルベド、デミウルゴスから聞かされ、自身の転移栞(ブックマーク)を漁ってみつけた、ツアーと共に来訪者(ユグドラシルプレイヤー)鬼顔城を殲滅した際にナザリックの骸骨(スケルトン)軍団を呼び寄せるのに使ったそれだ。

 もちろん細かい経緯など憶えていないアインズではあるが、用途から考えて転移先は城塞都市外の荒れ地だと踏んで跳んでみたものの、たどり着いてみると意外にもそこは街中(まちなか)で、決して不潔感こそ漂ってはいないものの、下町(ダウンタウン)貧民街(スラム)(たぐい)だった。幸か不幸か、夜明け前ということもあって人通りはなく、全身甲冑のアインズと、重厚な二振りの剣を軽々と胸前に捧げ持つユリの突然の出現を見咎める者はいない。

 

「あれっ!

 ……転移先、間違えたか?」

 

 そんなはずはあるまい、とアインズは慌てて周囲の状況を確認する。

 向かって西方には台地の上に魔鬼(デーモン)の顔を(かたど)ったギルド拠点の遺構、振り返れば城塞都市の外郭城壁らしきものが見え、意図した座標に転移したのに間違いはなさそうだ。しばらく来ないうちに、元来の城塞の範囲を越えて街が拡がったものと見える。

 それはとりもなおさず、良かれ悪かれ都市が発展を遂げていること、加えて、さらに外郭を覆う城壁が造営されていないことは、当地の人間たちが外部からの脅威を想定していないこと、を意味していた。

 

 アインズが当地を訪れたのは、もちろん、電気についての知識がこちらの世界にもたらされたことにより生じた変化、とやらについて三賢者会議(トリニティ)で論じるに先立ち、一度自分の目でもそれを確かめておこう、と思い立ったからだ。

 ユリを伴ったのは、第一には単騎で出掛けることは自ら定めたナザリックの(ルール)を破ることになり、後でアルベドから怒られるのが怖いからだが、ユリを選んだのは人間の街で連れて歩くのに最も無難だからである。何らかの形でデミウルゴスの話を発端に始まった案件にセバスを連れ出すと大抵碌でもないことになる、という思い込みもある。

 

 転移した時点で、アインズは無意識のうちに人間の街が電灯で照明されていることを期待していたが、そういうことは起こってはいなかった。夜明け前の町のあちらこちらには少なからず常夜灯らしきものが灯ってはいるが、いずれもゆらゆらと揺れていて、油か何かを燃やして得ているもののようだ。デミウルゴスは、こちらの世界で供給可能な総電力など(たか)が知れている、と嘯いたが、その言葉の通り、城塞都市を不夜城と化すほどのそれはないのだろう。

 そのうち、周囲の二乃至三階建ての集合住宅(インスラ)からちらほらと人の姿が現れ始めた。その多くは男性で紳士服のようなものを(まと)っているが、それはセバスがそうであるようなパリっとした仕立ての良いものではなく、よれよれで綻びの目立つ見るからに一張羅だ。出勤する勤め人だろうか、と思うが、(みな)いささか生気に欠けていて、全身甲冑姿のアインズに気づくと、一瞬ぎょっとした表情を示しはするものの、さほど強い関心を示すでもなくそそくさと城塞都市の方へと歩み去って行く。

 特に他に当てもないので、アインズはその人々の後ろについて通りを歩み始めた。城塞都市が近づいてくると、無闇に背の高い建物がいくつか目につき始めた。城門へつながる大通りに出てみれば、驚いたことに七階建ての建物がある。基本的な構造は外見からは石積みで既に見た集合住宅と大きく変わるところはないが、一見して生活感はなく、雑居ビルのような感じだ。

 やたらと鼻につくよい香りがするので周囲を見回してみると、背の高い建物の足元に随分な数の屋台のようなものが出ていて、アインズが追って来た男たちがそこで油紙のようなものに包まれ湯気を放つ何かを贖っている。男たちはそそくさとそれを受け取ると、それに(かぶ)りつきながら、ある者はさらに城塞都市の方へと、ある者は大通りに面した背の高い建物へと入って行った。

 

 アインズは軽い既視感(デジャビュ)を覚えている。

 無論、自分自身は<現実(リアル)>の(なま)の情景を記憶などしていないが、(いま)目前に見えるこの様子は、しばしば同志ヘロヘロと愚痴混じりに語らった早朝の出勤風景そのものだ。

 当時の習慣を今も引き摺って現地時間の午前四時から活動を開始することを常とするアインズだが、かつての鈴木悟もそんな時間から行動を開始し、出勤途中に、それが屋台であったはずはないが、それでも同様に朝食を贖って、ゆっくり味わうでもなく旨くもないそれを無理やり詰め込みながら職場へと急いだはずだ。その悟を(はた)から見れば、目前の人々同様に生気を欠く幽鬼のように見えたことだろう。

 

 まったく同じことが……この世界でもおこなわれている!

 

 この、感慨とも困惑とも判別し難い情動のために気づくのが遅れたが、アインズの聴覚がこの世界のものらしからぬ音を捉える。

 ごとごと、と石畳の上を車輪が走る音だが、同じ音源から明らかに電動機(モーター)独特の唸る音がする。その(みなもと)を求めて視線を彷徨(さまよ)わせれば、縦にした大きな樽のようなものに作業着姿の男が乗っていて、滑るようにこちらに向かって走ってくる。

 

 アインズがこちらの世界で初めて目にした電気の恩恵を活かしたものは、アインズの理解としては<現実(リアル)>の構内運搬車(ターレット)に相当するものだった。

 興味深いのは、この車両が鎖で繋いだ宙に浮く数枚の板を牽引していたことで、そこからアインズは<飛行(フライ)>に類似する位階魔法の作用を覚知するが、それそのものではない。この時点の彼には知る由もないことになるが、こちらの世界の低位の魔法詠唱者(マジックキャスター)の創意工夫が生み出した第(ゼロ)位階魔法、またの名を生活魔法<浮遊板(フローティングボード)>。

 板の上には何やかやと荷物が載っていて、これらもこれから始まる仕事の準備なのだろう、ということは想像はつくが、電気の力と魔法の力を極当然のように組み合わせて使っている(さま)に、さもあらん、とは思いつつも、アインズは衝撃(ショック)を受けたことを認めざるを得なかった。

 

 これは……思っていた以上にエラいことになっているな。

 

 (はた)から見れば今の自分は、田舎から都会に出てきて驚いているお(のぼ)りさんに見えるだろうな、と自嘲しつつ、それでも好奇心を抑えられないアインズは、さらに周囲を観察しながら歩みを進めた。

 既に空は明るくなっていて人通りも随分と増えてきたが、やはり、明らかに場違いな姿をしたアインズに関心を寄せる者はなく、時折目が合ってぎょっとした様子を見せる者もあるにはあるが、やはりそそくさと身を翻し、関わり合いにならぬが(きち)、と言わんばかりに離れていく。

 

 不意にアインズは、左手の空間にぽっかりと()()いたのを感じて歩みを止めた。

 見上げてみれば、二棟の高層建築物が建て替えか何かをやっているようで、三階部分くらいまで石組みの外装が整った構造の上に、それぞれ鉄の骨組みの巨大な腕のようなものが突き出している。

 

 明らかに、これは<現実(リアル)>で言うところの起重機(クレーン)だ。

 

 早朝ということもあってそれはまだ稼働はしていないようだが、間違いなくあれも電動機(モーター)音を唸らせ作動するのだろう。これの存在が、さきほどから見てきた背の高い建物の建築を可能にしたのだ。

 可笑(おか)しなことに、丁度その隙間から、西方の台地の上に屹立する来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の遺構、鬼顔城を望むことができる。この組み合わせは、アインズに超現実的(シュールレアリスティック)な目眩を覚えさせるに十分だった。

 

「おいおぃ、本当(マジ)かよ?」

 

 思わずアインズがそう言葉を漏らした、そのとき、

 

 カシャッ!

 

 左手の建築中の建物を見上げていたアインズからすると後背、右手の方向から何やら小さな機械音が聴こえた。

 

「……ん?」

 

 取り立てて危険を覚えたわけではないが、アインズも、三歩遅れた位置で変わらず両手剣(グレートソード)を捧げ持ったまま従っていたユリも、本能的に音の方向を一瞥した。

 

 視線の先には。

 何やら複雑な形をした箱を抱えた、こちらの世界にナザリックが転移してきた直後のアウラを想起させる、活動的な男装姿の女性の姿があった。歳の頃は二十と少し、だろうか?

 

「あー、ごめんごめん。

 おじさんがあんまり面白い格好してるもんだから、つい黙って撮っちゃったわ!」

 

 お……おじさん?

 

 あ、ヤバッ!

 

 おじさん呼ばわりの衝撃(ショック)もさることながら、そこから想定される当然の帰結に振り返れば、(カルマ)が善よりであるはずのユリ・アルファが明白な殺意の籠もった眼差しを女に向けているのに気づいて、アインズはまず大慌てで忠誠心過剰な下僕(しもべ)を制した。

 

「待て、ユリ!

 戯言(たわごと)だ、聞き流せ。」

 

 すっ、と憑き物が落ちたかのようにユリの表情が()に戻る。

 

 あー、ユリにしてよかった。

 セバスだったら、もうこの女、木っ端微塵だわ!

 

 そんなアインズの思いを知ってか知らずか、女は無遠慮に声を掛けてきた。

 

「戦争でもすんの?今日日(きょうび)流行ら(はやん)ないよー、そーいうの。」

 

 そう言いながら、女の視線はアインズには向けられておらず、抱えた箱を何やらいじっている。

 どうにも調子が狂って、たちまちにアインズは言葉が返せなかった。

 

「ちょっと待ってくれる、多分いい感じに撮れたはずだから。

 <焼き付け(プリンティング)>!」

 

 第一位階にも満たない、彼からすれば奇妙な魔法が行使され、アインズの困惑はより増した。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)とは思わなかったな、とアインズは思うも、これまたアインズは承知しないことになるが、一般的にこちらの世界でその敬称を捧げられるのは、あくまでも第一位階以上の魔法を操ることができる者だけだ。

 

「これは……思った以上の出来だわ、見て!」

 

と女がアインズに歩み寄り、手の平に収まるほどに小さな紙片を差し出す。

 

「……白黒(モノクロ)写真?」

 

 そこには、奥手に鬼顔城、その左右手前に起重機(クレーン)聳える二棟の建築中の建物、そして、それを感慨深げに見上げる漆黒の甲冑騎士……アインズが、汎焦点(パンフォーカス)で写っている。

 色彩を欠き陰陽(コントラスト)のみのそれは、アインズにとっては知識としてのみ知る前時代の遺品で、たしかギルドの鍛冶師(かじし)非電脳小物(アナログガジェット)に一家言あったあまのまひとつがそんな写真機(カメラ)を持っていると聞いた憶えがある。もっともそれは、安価な電脳模倣機(デジタルエミュレーション)ではあったのだが。電気と直接関係するわけでもなかろうが、伴う技術革新の中で生まれた副産物、といったところなのだろうか。

 

 逆に女は、何を勘違いしてか甲冑姿で(みやこ)に物見遊山に至ったお(のぼ)りさんに見えた人物が、自身は流行の最先端と信じる写真を知っていることに素直に驚いて見せた。

 

「あら!写真を知ってるなんて、時代錯誤(アナクロ)おじさんらしからぬ博識ね!」

 

 またしてものおじさん呼ばわり、しかも時代錯誤(アナクロ)を冠してのそれに頭を抱え込みたい気分のアインズを余所(よそ)に、女は楽しげに語る。

 

「わかる、おじさん?

 これこそが、新時代の芸術なのよ!」

 

「げ……芸術?」

 

「そう。この一枚は特にそうよ!」

 

 アインズとしては、自分が写っている写真が芸術だ、と突然告げられてどう応じたものやら見当がつかない。

 

「写真は単に便利な写し絵じゃないの。そのとき、その一瞬にしかない時空間を切り抜いてこの小さな枠の中に封じ込める魔法なのよ!」

 

 あぁ、とアインズは思う。

 写真(スクリーンショット)を単なる思い出の記録、程度にしか認識していなかったアインズ、当時のモモンガに、あまのまひとつが、物理レンズを通してのみ得られる何かがある!みたいなことを熱く語っていたっけなぁ。

 

「この小さな窓の中に、リ・ボウロロールの歴史を象徴する鬼顔城、現代の技術の最先端の高層建築と建築機械、そしてそれを驚きながら眺める時代錯誤(アナクロ)おじさんが封じ込められてる。光量(こうりょう)も構図も完璧で、この像は、今この瞬間にしか得られなかったもの。百年前にも百年後にも存在しない、今このときなのよ!素敵でしょ?」

 

 やたらと気分(テンション)高い(ハイな)女だな、と半ば(あき)れつつ、どこかでホッとした気分を感じていることにアインズは気付いた。

 

 そうだ、オレは生気乏しく行きたくもない職場へ向かう男たちの姿に、かつての自分自身の前身、鈴木悟を重ね見て、いささか憂鬱(メランコリック)な気分に陥っていたんだ。あぁ、いろいろと便利になるのは結構なことだが、同時にこの世界もまた、かつての<現実(リアル)>のような面白みも味気もない世界になっていってしまうのだろうか、と。

 それはそれで真実であろう、とは思われるものの、誰も彼もがそうではない、ということを、この目前の女が証明してみせてくれている!

 

「自分が被写体(モデル)の写真にこんなことを言うのもどうか、とは思うが……おまえの言う通り、確かにいい写真だ。今、この瞬間の稀有さ、唯一無二性を感じるよ。」

 

 世辞半分、本気半分……この写真は、おそらくこの世界の存在が唯一(ゆいいつ)手にした、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの肖像、ということになるのだ……でそう応じると、女はさらに嬌声を上げた。

 

「わかってもらえて嬉しいわ!

 これ、記念に差し上げる。」

 

と写真をアインズに差し出す。

 

「……いいのか?」

 

 遠慮がちに受け取りながらアインズは尋ねた。

 

「その代わり、お願いがあるのだけれど。」

 

と女はいやに媚びた姿勢を見せる。

 

「願い?」

 

「この写真の焼き増しを、私の作品として(おおやけ)にすることを認めてもらえるかしら?

 きっとこの一枚は、遠からず写真芸術の旗手として世に広く知られる私の代表作になるわ!」

 

 こいつは驚きだな。

 言葉通りに受け取れば、この女は、写真が発明されて()もないこの世界で、早くも肖像権を意識してるのか!

 

 ふ。

 

 ふふふ。

 

 わははははっ!

 

 思わず愉快になったアインズは大きな笑い声を上げた。

 自身の気宇壮大な夢を(わら)われたと思ったものか、俄に女の表情が不機嫌になる。

 

「いや、すまない。決しておまえの夢を笑ったりしたわけじゃないんだ。

 オレにも昔、おまえのとは違うが、いろんな夢を熱く語った仲間たちがいてな。それを思い出して楽しくなってしまったんだ。」

 

 そう言いながら、アインズは片手で所持品(インベントリ)を探る。

 何かの用のために、と忍ばせていた、こちらの世界の公金貨を一掴み。

 

「この写真と、いい話を聞かせてくれた礼に受け取ってくれ。」

 

 慌てて差し出された女の手に十数枚の金貨が溢れる。

 

「待って、ちょっと待って!そういうつもりじゃなかったんだけど!」

 

 女は、写真の押し売りを図ったかのような(てい)になったのが気に食わないらしい。

 

「遠慮するな。オレもこの写真が気に入った。正当な対価だ。

 多過ぎるのなら、それはオレがおまえの夢を応援したものだ、とでも思ってくれればいい。」

 

 うふ、と女が微笑む。

 

「そういうことなら……ありがたく頂戴するわ、時代錯誤(アナクロ)おじ(さま)!」

 

 ……さん、が、(さま)になるだけなんだな。

 

「じゃぁねー!」

 

 結局女は名乗りもせずに、ぴゅー、と駆け去っていった。

 落ち着いて考えてみれば、これはこれで観光客相手に記念写真を売りつける詐欺の手口だったのかも知れないが、仮にそうだったとしてもアインズにとってはどうでもいい話だ。

 

 この世界は少し<現実(リアル)>に似たつまらなさを現じ始めてはいるものの、ああいう活き活きとした面白いヤツも少なからず存在している。

 

 それがわかっただけでアインズとしては満足だ。

 

 この(あと)、アインズは続けてユリを伴ったまま城塞都市内に入りあちらこちらを見て回った。電気技術を応用したと見える奇怪な物品もいくつか目にはしたが、それは決してアインズの想像の範囲を逸脱するものではなかった。

 あの女の他に、印象に残る人間、亜人とも出会いはなかった。あれは余程の変わり者だったのか、あるいは、自分は言葉巧みに丸め込まれただけだったのか。これはアインズには判断がつかない。

 

 ちょっとした思いつきで道行く人に、冒険者組合(ギルド)の所在を尋ね立ち寄ってみた。

 それは城塞都市の中でも(さび)れた一角にあって、人の出入りも見られなかった。中に入って声をかけてみると「なんだい、そのご大層な格好は!」と呆れられ、試みにどんな仕事があるかと問えば、示された最も実入りのよいそれは、エ・アセナル北方の未開の山地に分け入り新しい鉱脈を探す、というものだった。

 

「夢が……ないもんだな。」

 

 思わずアインズはそう呟いたが、

 

「むしろ、夢なんざ見なくて済む時代に感謝すべきですぜ、旦那。」

 

と応じられて、溜息を吐くしかなかった。

 

 

                    *

 

 

 このときから幾らか時間が経って(のち)のお話。

 

 リ・ボウロロールの雑居ビルの一角で、小さな写真の個展が開かれた。

 当初、誰の関心を呼ぶこともなかったそれは、そこに掲示された一葉の写真、

 

  <時代錯誤(アナクロ)おじさん>

 

と題されたそれが人伝(ひとづ)てに話題を呼び、やがて大盛況となった。

 

 女が自らいささか自信過剰気味に嘯いたように、この一葉はリ・ボウロロールの新進気鋭の写真家、ガエル・ストロノーフの初期の代表作として知られるようになり、多くの焼き増しが市中のみならず、鬼顔城観光の土産物として少なからず大陸中に広まることになった。

 

 無論。

 この写真に写った時代錯誤(アナクロ)おじさん、その偽物がかつてこのリ・ボウロロールの王に祭り上げられたこと、祭り上げた主犯が(ほか)ならぬこの写真家のご先祖様だった、などという奇遇に気づくものは、誰一人としていようはずもなかった。

 

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