億劫のオーバーロード   作:wash I/O

63 / 144
大魔王アインズ・ウール・ゴウンとナザリックの三賢者(トリニティ)が、異世界の現実(リアル)について議論する。


異世界の現実(リアル)(2)

「それでは、本日の三賢者会議(トリニティ)を開催いたします。」

 

 ぱちぱちぱち、とお義理に拍手。

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 

 読者諸兄もお気づきの通り、いつからか開会の挨拶をおこなうデミウルゴスは、その通算回数を告げなくなった。

 

 否。

 

 いつからそうなったか、については(ほか)ならぬデミウルゴスの日記に記録がある。

 転移歴1100年代の末、第一万一千百十二回目からだ。

 

 その前回、いつものように「記念すべき第一万一千百十一回、三賢者会議(トリニティ)を開催いたします」と宣じたデミウルゴスに対し、

 

「無闇に記念すべき回を増やすな!」

 

とアインズがツッコミを入れたことがあった。

 これは、直接的にはこの直前に三代目アウラ、マーレが儚くも身罷っており、その傷心の記憶を留めていたアインズの八つ当たりに近い感情に(たん)を発していたのだが、言われたデミウルゴスは、驚くでもなく狼狽えるでもなく傷つくでもなく、これまた常と変わらず、

 

「……そういうことで御座いますね、アインズ様ァ!」

 

と感極まった仕草で応じ、実際、次回となった第一万一千百十二回三賢者会議からは通算回数が告げられなくなったのである。

 

 もっとも。

 記憶能力に宿命的、というか致命的制約を負う彼らは、誰一人としてそんなことは憶えていないし、そもそも以前には通算回数が常に告げられていたこと自体、当のデミウルゴスすら憶えてはいないのである。

 

「本日は……」

 

寝座椅子(ソファー)で背筋をぴんと伸ばし、両手を振り上げるデミウルゴス。

 

「満を()して、我ら下僕(しもべ)が長く夢見て参りましたところの、アインズ様よりの世界征服に向けたご提言がある、と伺っておりますれば……」

 

「……はぁ?」

 

 パカリ、とアインズの骨の口が(ひら)き、神々しい緑色の光がペカペカと放たれる。

 

「早速承りたく……如何(いかが)なさいましたか、アインズ様?」

 

 極自然に、デミウルゴスの顔が前に突き出される。

 

「誰が……」

 

「はっ?」

 

「……誰がそんなことを言った?」

 

「この世界を征服するに、我らが至高の主アインズ・ウール・ゴウン様以外の何者が適任でありましょうや?(いな)、何者もあり得ますまい!」

 

 デミウルゴスのいつものノリもさることながら、それが決してアインズの望むところではないとわかっているはずの居並ぶアルベド、パンドラズ・アクターが、このデミウルゴスの様子に何の反応も返さず、無視(スルー)を決め込んでいることの(ほう)がむしろアインズは気になっている。

 

 おまえらの愛も、忠義も……随分と中途半端だよな!そうだよなァーーー!

 

 と、叫びたくなる気持ちをぐっと(こら)えて、もう今日は()めにしようか、という気分にも蓋をして、どうしてオレがこんなところでふんばらにゃならんのだ、と身も蓋もない感慨を抱きつつアインズは立て直しを図る。

 

「それは……オレの望むところではない。今はまだ、な。」

 

と、ない威厳を保とうと、敢えて厳かにそう告げる。

 たちまちにデミウルゴスは、ハッ、とした表情を浮かべ、

 

「こ、これは!

 下僕の分を超えた先走りがありましたようで、その点につきましては深くお詫び申し上げます。」

 

と、口先では詫びを入れつつ、やはりその口元には三日月型の笑みを浮かべ、

 

「……では、改めまして。

 本日はアインズ様より、世界征服を目指す上で只今の現地人間社会の有り様について論じたき儀あり、と伺って御座いますれば、どうぞ。」

 

と、すっと右手をアインズへ向けて差し出した。

 

 うーん、やっぱり何か違うんだけどな、と思いつつも、殊更そこを論じても(せん)もなし。

 

 そもそもデミウルゴスのみならず、アルベド、パンドラズ・アクター、ナザリックの下僕の中でも突出して知に傾いた彼らは、アインズ自身が自覚する実像に対して銘々に若干の誤差を孕みこそすれ、基本的には至高の主の好み願うところを(おもんぱか)って行動する、言うなればアインズ自身を映し出す鏡のような存在だ。

 そしてアインズ自身は、何故自分が、この世界の人間社会に生じたに見える変化を三賢者と論じてみたくなったのか、その真のところを自分自身でも掴みかねていたのであるから、それを映す鏡たる三賢者の言動にもまた、ブレが生じるのは仕方のないところだ。

 

 そうに違いない。

 そういうことにしておこう。

 でないと、やっとれんわーーー!

 

「……ゴホンッ。」

 

 意味もなく咳払いをして仕切り直しを図ったアインズは、やおら語り始めた。

 

「過日、アルベドとデミウルゴスがこちらの世界の人間社会に何か変化が生じている、という話をしているところに行き当たって、オレもいささか興味を惹かれた。」

 

 アインズが語り始めれば、その一言一句たりとも聞き逃すまじ、と三賢者たちは、身を乗り出してアインズへ注目を向ける。

 

「自分の目でも見ておくべきだろう、とユリを伴って少し視察に出掛けたが、確かに……確かに何らかの変化が起こっていることはオレも認めるところだ。」

 

 そう言いながら、何となく気に入ったので所持品(インベントリ)に仕舞い込んでいた、リ・ボウロロールの街でいささか無遠慮な女に撮影された、甲冑(モモン)姿の自身の写った写真を取り出して一瞥してみる。

 <現実(リアル)>のそれに比してしまえばまだまだ拙い技術でこそあれ、こういった文明の利器が当地人間社会に広まりつつある、という事実は、少なからずアインズに衝撃を与えている。

 

「そもそも、この世界は剣と魔法の世界であったのに……」

 

 <現実(リアル)>のような科学技術が広まる気配がある……と続けようとしていたアインズは、ここで一旦言葉を切った。というか、厳密には切ることを強いられた。

 

 この世界は剣と魔法の世界、と告げたところで三賢者たちが揃って、

 

「「「えっ!」」」

 

と、驚きの声を上げたがためだ。

 

「……えぇ?」

 

と、アインズも言葉を詰まらせる。

 

「オレ……そんなに可怪(おか)しなこと、言ったか?」

 

 この(あるじ)の問いに、三賢者は互いに顔を見合わせて困った表情を浮かべていたが、やがて誰かが応じねばなるまいと考えたものか、パンドラズ・アクターがこう言った。

 

「いえ。父上が、この世界が剣と魔法の世界だ、などという戯言(ざれごと)を仰るので、その真意を掴み損ねております。」

 

「……はぁ?」

 

 アインズには、逆に息子の言葉の真意がわからない。

 

「いや……剣と魔法の世界、だろ?」

 

「まさか。ゲームでもありますまいに。」

 

「……えぇ?」

 

 この進まぬ会話に、パンドラズ・アクターはしばし胸の前に触手を組んで、どうご説明申し上げればよいものか、と呻吟する様子を見せたが、やがてこんなことを語りだした。

 

「よろしいですかな、父上。

 たとえばこの世界が、千人の住人が暮らす一つの村だ、とお考えください。」

 

「ふむふむ。」

 

参謀殿(デミウルゴス)が定期的におこなっておる現地知的生物動向調査により、標本調査(サンプリング)土台(ベース)にはしておりますが、その傾向はほぼ正確に把握して御座います。これを千人の村に(なぞら)えますと、剣技(けんぎ)(たぐい)を弄ぶものは二人か三人、魔法に至っては一人いるかいないか。

 千人のうち、剣と魔法を嗜む(もの)が多くて四人の村を、父上は、剣と魔法の村、とお呼びになりますか?」

 

「な!」

 

 まったく思ってもみなかったパンドラズ・アクターの言葉に、アインズの骨の口が再びパカリ、と(ひら)いた。

 

「いや、でもユグドラシルは剣と魔法の世界で……」

 

「それは仰せの通りで御座います。プレイヤーにせよNPCにせよ、ユグドラシルでは剣と魔法、そのいずれをも嗜まぬ(もの)をみつける方が難しう御座いましょう?」

 

 アインズは、今この瞬間までこの世界は剣と魔法の世界だ、と考えてまったく疑っていなかったので、このパンドラズ・アクターの言葉に心をかき乱された。

 

 そこに、反論の余地などまったくなかったからだ。

 

「強いて、ではこの世界は如何(いか)なる世界か、と問いますれば、疑う余地なく農本社会、ということになりますでしょうな。」

 

 さらり、とパンドラズ・アクターはそう言う。

 

「先の例で申しますと、千人のうち六百人、つまり六割は第一次産業、すなわち農業、牧畜業を生業としており、生産技術の向上により人手を要する場面が減って参りまして、我らの転移来訪以来一貫して漸減傾向には御座いますが、それでも五割以上がそうであることは揺るぎません。

 ですのでこの世界は、昔も今も変わらず農本社会なので御座います。」

 

 そりゃ……そうだわな、頭を冷やして考えれば。

 

「ご参考までに、第二次産業、すなわち鉱工業、第三次産業、すなわちその他の商業、支配者層……<現実(リアル)>で申しますところの公務員ですわな……はそれぞれ一割ほどで、この割合も一貫して大きな変化は御座いません。」

 

 この話を聞きながら、アインズは順に骨の指を折っていった。

 

「六、一、一……二本余らないか?」

 

と、折らずに残った自身の指を示す。

 

「それはいわゆる穀潰しで御座いましょう。」

 

と応じたのは愛妃アルベドである。

 

「……はぁ?」

 

「デミウルゴスの調査は、当の本人がどのように自認しているか、ではなく、実際にどのような生産活動に寄与しているか、でおこなったものですから、何の役にも立たず、周囲の(もの)の慈悲か、あるいは当人の才覚によるものか、とにかく自身には食うに足る(わざ)を欠くにもかかわらず、巧みに食を得て暮らしておる(もの)が、やはり常に二割程度はいる、ということで御座いましょう。」

 

 どうにもアインズには、言っていることはわかるが腑に落ちない。

 これを察したものか、デミウルゴスが口を挟む。

 

「キーノ・インベルン、とその一党をご記憶ですかな?」

 

「……何だったっけ、それ?」

 

 例によって、その名はたちまちにはアインズの記憶の中にはない。

 

白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの舎弟にして、こちらの世界の無知なる(もの)たちに、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の脅威について啓蒙するなどという不毛な活動を、アインズ様の手の平の上で踊らされていることも気づかぬままにおこなっておる阿呆どもで御座います。」

 

 あー、何かそんな連中いたな。

 

「かの(もの)たちは、どのような意味においても生産活動には従事しておりませんので、統計上は残り二割、穀潰しの(たぐい)になります。皆が皆でもありますまいが、剣や魔法を嗜み冒険者、などと自称しておる連中の大半も左様で御座いましょう。」

 

 無邪気にもこの世界を、剣と魔法の世界、と考えていたアインズからすれば、デミウルゴスの言う冒険者は、ある意味においてこの世界の主役だ。

 それを言下に、穀潰し、と断言されて、アインズはいささかの目眩を覚えていた。

 

 しかもデミウルゴスは、続けてこんなことを言い出す。

 

「もっとも。この定義からいたしますれば、トブの大森林の果樹園を管理運営するアウラ、マーレ一族を除き、生産活動に何ら関与せぬ我らもまた、穀潰し、ということになりますな!」

 

 わっはっは、と愉快げに(わら)うデミウルゴスに、うふふ、と微笑みながらアルベドが切り返す。

 

「アインズ様の意を受け、守護者統括としてナザリック地下大墳墓に本来あるはずもない秩序を日夜生み出し続ける(わたくし)を、穀潰しとはよく言ってくれるものね。」

 

 パンドラズ・アクターもまた。

 

「宝物殿の管理業務は、十二分に第三次産業に該当するのではないですかな。」

 

 そして三人顔を見合わせて、わっはっは、とやはり愉快げに笑う。

 が、一人、アインズだけはこれに素直に加わることができない。

 

 と言うのも、アインズは自身の前身、鈴木悟が<現実(リアル)>において会社員であった自覚はあるが、その活動が現実社会の生産に寄与するものであったとは到底思えず、むしろ、至高の四十一人の記憶すべてを引き継いで少なからず人間社会の裏も(おもて)も見通せる身となった今では、鈴木悟は社会最下層の人間が不穏分子化するのを抑止する福祉政策の(もと)で生かされていたのではないか、被酷使(ブラック)会社員としての生活はその政策の鞭の面であり、そこから得た収入を注ぎ込んでいたユグドラシルは飴だったのではないか、自分はパンとサーカスに踊らされる、まさに穀潰しだったのではないか、と考えざるを得なかったからだ。

 もちろん、千年以上も昔のそんなことに頭を悩ませる必要などない、と心のどこかで訴える声が聞こえなくもないが、一方で、その千年の記憶をごっそり欠くアインズの主観においては、常に鈴木悟はたかだか去年の自分自身でもあるのだ。

 

 そんなことを考えながらペカペカ光るアインズの様子を訝しく思ったものか、デミウルゴスから声がかかる。

 

「アインズ様におかれましては、穀潰し、はお好みでは御座いませんか?」

 

 好むも何も……オレがその、穀潰しだろうよ。

 

「であれば、方針を転換いたしまして、今後の狩りの獲物は穀潰しを選んでお勧めするようにいたします。

 そうすれば、淘汰圧が働きまして、これまでアインズ様が当世界の人間どもを善よりにお導きあられたように、穀潰しは淘汰されて勤勉な(もの)のみが生き残りましょう!」

 

 はっ?

 オレが……この世界の人間を善へ導いた、だと!

 

「いや、待て待て、デミウルゴス!

 いったい何の話をしている?オレはそんなことをした覚えは……」

 

「御冗談を、父上。統計上もはっきり現れております。

 ナザリックの顕現以来、さきほどもご報告申し上げました通り、当地の人間の産業構造はほとんど変化しておりませんが、一方で、人間どもの(カルマ)は明らかに善よりに向かっておることが観測されております。」

 

とパンドラズ・アクター。

 大慌てでアインズは切り返す。

 

「それとオレに、何の関係がある!」

 

 やはり、うふふ、と微笑みを絶やさぬアルベド。

 

「アインズ様が好んで悪人をお狩りあそばし続けた結果、(カルマ)が悪寄りの(もの)の総数自体が減少したこと、その(もの)たちが子孫や後継者を残せぬこと、さらには明に暗にそこに働く力学を理解した下等生物たちが、自身の有り様をより安全な方向へと改めた結果で御座いましょう。

 すべて、御身の成せる御業(みわざ)で御座いますわ!」

 

ふぁーーーーー?

 

 なお増して激しく神々しくペカるアインズを余所(よそ)に、ハッ、と何かに気づいたような表情を浮かべたデミウルゴスが感極まった声色で言う。

 

「なるほど、そういうことで御座いますね、アインズ様!」

 

 既にアインズには反応を返す余裕もない。

 

「……参謀殿(デミウルゴス)は、何に気づかれたのですかな?」

 

「わからないかね、パンドラズ・アクター?

 すべてはアインズ様の思惑通りだったのだよ。当地の人間社会に闘争が見られなくなったことをつまらなく感じていた自身を恥じ入るばかりだ。」

 

「あら、もちろん(わたくし)は気づいておりましたわよ!」

 

 このデミウルゴスとアルベドの鞘当てに、本質的に外界にあまり強い関心を持たないパンドラズ・アクターは大きく首を傾げて説明を求める。雄弁に応じるのはもちろんデミウルゴスだ。

 

「そもそもユグドラシルにおける(カルマ)は、便宜上その両極が、(グッド)(イビル)、と呼ばれたものだが、本質的には秩序(ローフル)混沌(カオティック)、つまるところ、所与の秩序に従うか背くかを数値化したものだ、わかるかね?」

 

「無論、それは承知しておりますが。」

 

「では、所与の秩序、とは何だ?

 ユグドラシルにおいては、戦役脚本(キャンペーンシナリオ)毎に定義される恣意的なものだ。

 たとえば、とある王国を救え、とされたそれにおいては、王族を助力する行動が秩序(ローフル)、それに反する行動が混沌(カオティック)であり、プレイヤーは自身の(カルマ)に応じた行動を取れば加点(バフ)を得るし、逆にそうでない場合は減点(デバフ)(こうむ)る。

 さる帝国の支配から民草を解放せよ、が使命(ミッション)の場合、すべてが逆転する。皇帝への助力は混沌(カオティック)、これを討てば秩序(ローフル)だ。

 絶対的な善、絶対的な悪、は存在しない。善悪は、所与の秩序の(もと)、相対的に決せられるものに過ぎないのだよ。」

 

「でもこの世界には、所与の秩序、は存在しない。」

 

と涼やかなアルベドの声が割り込む。

 

「まさにそこだよ、アルベド!」

 

 デミウルゴスの声が踊る。

 

「アインズ様は、当地の人間、亜人どもが、総体として秩序(ローフル)に偏るよう差配なさってこられたのだ。悪党狩りは言うに及ばず、既に霧散しはしたがトブの大森林の亜人共に共生秩序を知らしめたド・クロサマー王国然り、(いま)なおコキュートスが正義の御蟲(おむし)様と崇められるアベリオン丘陵然り。失われた<翻訳の神秘>を再びこの世界へ施されたことは言うに及ばず。

 連中は皆、自身望むと望まざるとにかかわらず、アインズ様の巧みなご計略によって、この世にありもしない秩序を、明に暗に希求する存在へと成り果てたのだ!」

 

「なんと……では、彼らが求めて()まぬ秩序とは!」

 

 パンドラズ・アクターも、言われんとするところに思い至った様子。

 

「「我らが至高の主、アインズ・ウール・ゴウン様!」」

 

 アルベドとデミウルゴスが唱和す(ハモ)る。

 

「よもや……よもやこれほどまでの深慮遠謀を寡黙にお続けになられてきたとは!

 まさに、端倪すべからざる、という言葉がお似合いで御座います。(いな)、他の何者を以てこの言葉を捧げることができましょうや?何者もありますまい!」

 

 言われるアインズはさきほど(らい)、感情抑制の神々しい緑色の光と、絶望のオーラの紫色の光を激しく入り混じらせて輝くばかりだ。

 

 不意に「よ、よくぞ見抜いたデミウルゴス!」と横柄に応じてひとまずこの場を切り抜けたい、とする誘惑がアインズを襲うも、彼はこれを(すんで)のところで(こら)えた。

 

 それをやってしまえば。

 自分は本当に世界征服に乗り出さざるを得なくなってしまうではないか!

 

 そんな面倒臭いことは真っ平御免だ!

 

 だがしかし。

 ……いったいどうやってこの場を切り抜ければいいんだーーー?

 

「……違う。」

 

 ぽそり、とアインズが言う。

 

「「「はっ?」」」

 

 遂に我らが(あるじ)が待ちに待った世界征服に乗り出すのだ、と浮かれていた三人の下僕の注目が一気にアインズに集まった。

 

「そんなことを……オレはやってない。」

 

「またまた、ご謙遜を!」

 

「いや、違うんだ!」

 

 改めて、アインズは強くそう言い切った。

 が、アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター、いずれも(あるじ)の言葉が腑に落ちないようで、いったいどういうことなんだ、と訝しげな表情を浮かべている。

 

 アインズは、腹を括ってたどたどしく語り始めた。

 

「まず、(カルマ)だ。」

 

「「「?」」」

 

「仮に、だ。仮におまえたちの言ったことが正しいとして、だ。

 オレがこの世界の人間たちが求める秩序になる?

 おかしいだろ!

 オレ自身、(カルマ)は悪に全振り、混沌(カオティック)の最たるものじゃないか!」

 

「ですが。」

 

と応じたのは愛妃アルベド。

 

「アインズ様は、我らがナザリック地下大墳墓に秩序をもたらしておいでです。

 その範囲がこの世界全域に拡がることが、それほどおかしなことでしょうか?」

 

 うーむ、流石に一筋縄ではいかないな、とアインズは一時(いっとき)呻吟する様子を見せた。

 が、逆にアルベドのこの言葉は、アインズの中に(くすぶ)っていた遠い過去の記憶を呼び覚ます。

 

「あぁ、そうだな。アルベドの言はある意味において正しい。」

 

「では!」

 

「いや、待て待て。最後まで聞いてくれ。」

 

 アインズは、骨の手の平を声を踊らせる愛妃に差し出して制した。

 

「ユグドラシル時代のオレ、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガは、至高の四十一人のまとめ役だった。」

 

 ギルド黄金期の記憶が語られ始めると、自然と三人の知の下僕(しもべ)からは浮ついた雰囲気が消え、(あるじ)の言葉を厳粛に拝聴しよう、とする姿勢が現れる。

 

「ユグドラシルにおいて、大規模なギルドを維持運営することは、決して容易なことではなかった。一方で、至高の四十一人はお世辞にも協調性なんてものとは縁のない碌でもない連中で、一つ踏み間違えれば敵対ギルドにその隙を突かれたり、あるいは自滅してしまう恐れも常にあったんだ、わかるか?」

 

 こくこく、と三人が素直に頷く。

 

「だが、それを取りまとめていたオレ、ギルド長モモンガは、決して至高の四十一人に対し、ギルド維持のためにあーしろ、こーしろ、などということはしなかった。それは何故だ?」

 

 三人の下僕(しもべ)は互いに顔を見合わせるが、返答はない。

 アインズは続ける。

 

「オレにとって、ギルドの存続とあいつらの好き勝手は、どちらも同じくらい(いと)おしく大切なものだった。だからオレは、あいつらの好き勝手同士が衝突してギルドの存続を危うくするところの調整には奔走したが、好き勝手自体は決して咎めなかった。

 オレにとって重要だったのは、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンそのものではなく、至高の四十一人が好き勝手をやって、それでも存続が揺るがないアインズ・ウール・ゴウンだったからだ。ギルド維持のためにあいつらが汲々とする、なんてことは、オレの望むところではなかった。

 

 そしてそれは今も同じだ。

 ユグドラシル時代以上に、この世界においてギルドを維持していくことは難しい。」

 

(たぐい)稀なる叡智溢れる至高の御身を以て、成し得ぬことなどありますまい!」

 

 すかさずデミウルゴスが称賛の声を上げたが、これをアインズは押し(とど)める。

 

「それは無用な世辞だ、デミウルゴス。

 確かに、オレは……オレたちは幾千年の(とき)を越えてこのナザリック地下大墳墓を守り通して来た。が、それは決して容易な道のりではなかったし、これまでに邂逅した来訪者(ユグドラシルプレイヤー)のほとんどにそれが叶わなかったことを思えば、オレたちは我が身の幸運に感謝すべきでこそあれ、己に才覚ありと誇るような話じゃない。そんな慢心は、百害あって一利もなしだ。それがわからぬおまえではあるまい。」

 

 この(あるじ)の言葉に、デミウルゴスは姿勢を正し、それでも満面の笑みを浮かべつつ「仰せの通りで御座います!」と返した。

 

「アルベドは、さっき図らずも守護者統括の役目を、ナザリック地下大墳墓に本来あるはずもない秩序を日夜生み出すもの、と言ったな。まったくもってその通りだ。

 おまえたちを含め、ナザリックの仲間たちの多くは生来の(カルマ)は悪、混沌(カオティック)の存在だ。が、ギルドの維持存続が難しいこの世界を渡っていく上で、最低限の秩序は保たざるを得ない。こんな無茶振りに千年以上に渡って応え続けてくれているアルベド、それを支えるデミウルゴス、パンドラ、他の仲間たち(みな)に、オレは頭が上がらないさ。」

 

「「「な、何ともったいないお言葉!」」」

 

「事実だ!」

 

 恐縮する下僕(しもべ)たちに、言下にアインズはそう告げる。

 

「オレの唯一の望みは、かつての至高の四十一人がそうであったように、おまえたちが勝手気儘に活躍する(さま)を見ることだ。そのためにはナザリック地下大墳墓を維持していかねばならん。その労をオレはまったく惜しまないが、ナザリックを維持することだけを目的とした秩序をおまえたちに押し付けるつもりはまったくないし、そんなこともしてはこなかったはずだ。」

 

 記憶の続かぬ言っている本人は、いや、実のところいろいろ下僕(しもべ)自身にとっては不本意なことを押し付けてきたような気がしなくもないなぁ、などと思っているのだが、三人の下僕(しもべ)はそこには関心がないようで、ひたすらにアインズが自分たちに捧げる愛の深さに感じ入っている様子。

 

「そして!」

 

と、アインズ。

 ここまで語って、自身の思考の中でもやもやとしていた何かが、明確な輪郭を得た感を彼は覚えていた。

 

「漸くオレにも、何故今回の議論をしよう、という気になったのかわかってきた。

 これに先立って人間の街を視察してきたのは最初に話した通りだが、そこには、かつてのオレがそうであったように、行きたくもない戦場に駆り出されるかのように生気なく職場へ向かう(もの)たちばかりがあって、オレは愕然としたものだ。」

 

「父上、それはご謙遜が過ぎましょう!」

 

 思わずパンドラズ・アクターが割って入るが、

 

「いや、すまん。

 正しくはオレの前身、人間鈴木悟の話だ。」

 

とアインズは(わら)ってみせる。

 

「とにかく、おれは街の人間たちの覇気のない(さま)を見て、こう思ったんだ。

 嗚呼!この世界も、<現実(リアル)>のようになってしまうのか、とな。」

 

 この辺りは、ナザリックの知性を司る三賢者と言えども、<現実(リアル)>についての認識を根本的に欠いているので何とも応じようがなかった。

 

「だが……一人だけ。

 一人だけ印象に残った女があった。」

 

「……おんな?」

 

 (かす)かにアルベドの(かた)の眉が釣り上がる。

 

「いや、待て待てアルベド!そういう意味じゃない!

 これを見ろ!」

 

とアインズは、再び所持品(インベントリ)からリ・ボウロロープで撮影された自身の写真を大慌てで取り出して皆に示す。

 

「これは?」

「写真……このようなものがこちらの世界に?」

「写っているのは……漆黒の英雄(モモン)姿のアインズ様、で御座いますな。」

 

「街で出会った女が撮って、譲ってくれたものだ。

 あー、いや待て待て、不敬だ!誅殺だ!とかいうのはなしだ!オレも了解してのことなんだから!

 

 面白いやつでな。ギルド拠点遺構を背景に街の高層建築を見上げるオレの姿に何か感じたところがあったらしく、自分が被写体(モデル)になっておいて言うのも何だが、オレも悪くない一枚だと思う。そいつも、自身の代表作になるだろう、と言っていた。」

 

 下僕(しもべ)たちには、たちまちにはなぜアインズがこんなことをさも楽しげに語っているのかがよくわからなかった。

 

「オレは……こういう何の益体もないことに、熱中するやつが……好きなんだよ。

 あ、いや、待て待てアルベド、そういう意味じゃない!姿も名前も思い出せん女に妬いてくれるな!

 

 いいか?

 アインズ・ウール・ゴウンのモモンガは、好き勝手なことをしてしばしばギルド自体を存続の危機にすら陥れる至高の四十一人を愛して()まなかった。

 同様に今のオレ、アインズ・ウール・ゴウンは、隙あらば禄でもないことをしでかしてくれるおまえたちの、その禄でもなさに常に頭を悩ませつつも、でありながら、おまえらの禄でもなさが大好きだ。ナザリック地下大墳墓は何を以てしても守り抜かねばならん我らが拠点、ではあるが、それを守ることだけに汲々とし、銘々の碌でもなさの発露を(こら)えるおまえたちなど見たくもない!」

 

 はて、我らは(あるじ)から褒められているのだろうか、それとも?

 ぽかん、とした三人をそのままにアインズは続ける。

 

「オレ自身、今の今まで気づいていなかったが、いつの間にか、オレは同じことをこの世界のすべての存在に求めるようになっていたんだよ。思えば、ツアーとその一族も、これまた禄でもない連中だ。が、オレはあいつらのそんな禄でもなさも好きなんだよ。

 同様に、ナザリックの皆とは比べるべくもないが、それでも、この世界の有象無象の存在たちにも、秩序に汲々とする(もの)ではなく、碌でもないヤツであって欲しい、とオレは願ってしまっていたんだな。

 

 だからオレは、死んだ魚のような目をして職場へ向かう人間たちに失望すると同時に、写真を熱く語りこれで天下を取るんだと気宇壮大な夢を嘯く女に出会って……ちょっとホッとしたんだ。」

 

 我ながら無茶苦茶なことを言っているような気がしないでもないが。

 皆……わかってくれるだろうか?

 

「正直なところ、よもやそんなことをお考えであられたとは驚きを隠せませんが……」

 

とパンドラズ・アクター。

 

「さりながら、承ってしまえば、如何(いか)にも父上らしい仰せ、と感服いたしました。」

 

 息子は父の救いようのないややこしい性癖に得心した様子。

 

 一方アルベドは、無言のまま潤んだ瞳でアインズをみつめていた。

 

 あぁ、普くすべてを包み込むアインズ様の愛!

 そして、その宇宙大の愛をただ一人独占する栄を得たる我が身の幸せよ!

 

 その精神は、この場を離れてどこかへお出かけしてしまった模様。

 

「なるほどアインズ様、そういうことで御座いますね!」

 

 デミウルゴスは、アインズからすると嫌な予感しかしない歓喜の声を高々と上げる。

 

「……デミウルゴス。

 嫌な予感がするから、おまえの言うそういうこと、をちょっと話してみてくれるか?」

 

 骨の相貌をにゅっと突き出してアインズは問う。

 

「アインズ様の真意に思い至らなかった私をどうかお許しください。

 狩りの獲物に捧げるべきは、穀潰し、ではなく、死んだ魚のような目をした(もの)たちなのですね!」

 

 ……はぁー。

 

 っつーか、おまえ。

 わかってて故意に(わざと)ボケてるよな?そーだよなーーー!

 

「んなわけあるか!」

 

 アインズは言下に否定した。

 

「たとえば、だ。」

 

とアインズは語る。

 語る本人に自覚はないが、実のところ以下の喩え話は、至高の四十一人の一人、<現実(リアル)>においては大学で教鞭に立っていた死獣天朱雀が、何かの拍子に自身の教え子に対する立ち位置(スタンス)を語ったものだ。

 

「言うなれば、オレは自宅の庭を近所の子どもたちに開放している好々爺だ。

 オレは縁側で茶をすすりながら、子どもたちが無邪気に走り回って遊んでいるのを眺めて楽しんでいる。もしそこに中途半端に頭の回るやつがいて、騒ぐな、大人(おとな)しくしろ、爺さんの顔色を伺え、などと仕切る餓鬼が(あらわ)れれば、オレは、そんなことはする必要がない、と(たしな)めるだろう。オレは、皆が好き勝手やっているのが好きなんだから。じゃぁ、お行儀のよいやつは追い出すか?んなことするわけねーだろ!

 逆に、もしその庭にダンプカーが飛び込んでくれば、オレは子どもたちを守るだろう。オレにはそれをするに十分な力がある。が、子どもたちに守ってやったから感謝しろ、なんて恥ずかしいことを言うつもりは毛頭ない。これも、オレが好きで勝手にやっていることなんだからな。」

 

 図らずもアインズの語るそれは、アーグランド評議国に君臨する竜王(ドラゴンロード)が自認するところに近いが、アインズ自身はそこには関心がなかった。

 

「つまるところこれはオレの……」

 

 アインズは両の骨の手を高く掲げる。

 

「……我儘、なんだよ。」

 

 嗚呼、なんともはや……!

 三人の知の下僕(しもべ)は、銘々に微妙に異なった、それでも深い部分では通底した感嘆の溜息を吐く。

 

「父上の我儘に、どこまでもお(とも)させていただきますとも!」

「そういうことで御座いますね、アインズ様!流石で御座います!」

「あぁ、素敵だわ、アインズ!」

 

 抱きつこうと飛び出したアルベドの腰の翼左右それぞれにデミウルゴスとパンドラズ・アクターの手がかかり、彼女は豊満な胸からアインズの前に置かれていた平机(テーブル)の上にベタンッ、と落ちた。

 

「わっはっは、何をやっているアルベド!」

 

 アインズはすこぶる上機嫌だ。

 

「流石はナザリックの知を司る三賢者(トリニティ)だ。

 おまえたちに相談してよかった。お陰で頭の中のもやもやがスッキリしたぞ!」

 

「「「お褒めに預かり、ありがたき幸せ!」」」

 

 と、このような具合にこの日の三賢者会議は終了した。

 

 後になって考えれば。

 

 この日の議論が、遠からずアインズがこの世界に引き起こす大災厄を予兆していた、と言えなくもないのであるが、そんなことにはアインズを含め、心底能天気にできているナザリックの連中は誰一人として思い至ることがなかったのである。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。