億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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そして……世界は滅びの(とき)を迎える。


世界を汚す者(1)

「ん……アインズ?

 よもやとは思うけれども、ボクが目を覚ますまで待っていてくれたのかい?」

 

 大陸北西遥か彼方、アーグランド評議国のとある人気(ひとけ)のない急峻な絶壁の上に聳え立つ同国永年評議員白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの居城、謁見の間で自身の三度目となる<永い眠り>から目を覚ましたツアーは、傍らに骸骨姿の友人、大魔王アインズ・ウール・ゴウンがあることに気づいて驚きの声をあげた。

 

「……いや、まさか。

 そろそろかな、と思って来ていただけさ。」

 

 そう言いながらアインズは、金糸銀糸に縁取(ふちど)られた豪奢な漆黒の装束(ローブ)(ひるがえ)して立ち上がった。

 その様子に不穏なものを感じたツアーは、心配そうに問いかける。

 

「何か……あったのかい?」

 

「……まぁ、見てもらった方が早い。

 寝起き早々悪いが、出れるか?」

 

「……傀儡(くぐつ)を起動するには少し時間がかかる。」

 

 ツアーがその巨躯を人目に晒すことを憚って外出に用いる<始原の魔法(ワイルドマジック)>で操るところの白金(プラチナ)の甲冑武者は、<永い眠り>を経ての再稼働に若干の事前準備を要した。

 

「いや、そのままで構わん……と思うぞ。」

 

と、アインズは気のない返事を返す。

 

「何処へ?」

 

「南であれば何処でもまぁ……同じようなもんだ。」

 

 やはりどこかおかしい、と訝しく感じつつも、ツアーは普段は決してそんなことはしないが、一度目の<永い眠り>から目覚め、寝起きの自分を来訪者(プレイヤー)狩りに誘ったアインズにそうしたように、彼を自身の背に乗せて居城を飛び立った。

 アインズが憶えていないのは仕方がないにしても、あのときのアインズは初めて乗ったツアーの背に随分と(はしゃ)いでみせたような気がするのに、今日のアインズは黙ったままに呆然と前方を見つめている。

 

 そもそもお喋り好きな骸骨だ。

 話したくなったら勝手に話し始めるだろう。

 

 そう割り切ったツアーは、ただアインズに言われたままに南に向かって飛翔した。

 

 あっという間にアーグランド評議国領空を抜け、内海(うちうみ)も越えて人間たちが暮らす大陸に差し掛かって、おや?とツアーは思う。

 随分と昔に自身が評議国に編入したポリス・ウロヴァーナの辺りまでは特に違和感はなかったのに、それを過ぎ越した辺りから地表が嫌に殺風景で、荒野(こうや)に瓦礫が広がっている。もう少し人間の街々があったような気もするが……アインズでもあるまいに記憶違いだろうか、と。

 

「あの瓦礫の山のあたりに()りてくれ。」

 

 不意にアインズがそう告げたので、ちらと振り返って背に乗るアインズの骨の指先が指し示す場所を正しく把握したツアーは、正確無比に友人が望んだ場所にその巨躯を着地させた。アインズの言葉通り、一面瓦礫の山だ。

 

 ひょい、とツアーの背から飛び()りたアインズが西の方角を指差す。

 

「あれ……がわかるか?」

 

 アインズの指差す先には、石灰岩大地の上に何やら作為的な、鬼の顔のような小山が見える。

 

「あぁ、以前に一緒に殲滅した……」

 

「そう。オレたちは鬼顔城(きがんじょう)、と呼んでいて、在地の人間たちもそう呼んでいたようだ。」

 

 それは、ツアーが一度目の<永い眠り>から覚めた頃にこちらの世界に渡り来て、たちまちに軍勢を率いて在地住民からの略奪を開始したがために、それ以上に、アインズがユグドラシル時代からの遺恨を(かか)えていたがゆえに、共に殲滅したギルド拠点の遺構だった。

 

「これを見てくれ。」

 

と、アインズは、自身の所持品(インベントリ)から小さな紙片を取り出す。存外器用なツアーは、それを前足の爪の先で(つま)んで受け取り、自身の大きな顔の前に引き寄せた。

 

 それは、無闇に精巧な小さな絵だった。

 

 中央に漆黒の英雄(モモン)姿のアインズが横を向いて立っていて、その背後、奥の方に今ここから見えているのとほぼ同じ角度(アングル)から見た鬼顔城が描かれている。まさに今アインズが立っている場所に甲冑姿の彼を立たせて、(いま)ツアーがいる足元にある何者かがその様子を写し取れば、丁度こんな具合になるだろう。

 

 が。

 

 奇妙なことにその絵には(ほか)にも描かれているものがある。

 これまた無闇に大きい建築中と思しき建物。三、四階建てだろうか。奇妙な鉄製の機械の腕がその上から伸びていて、ツアーにはたちまちにはそれが何であるかがよくわからない。絵の中のアインズはそんな建物に囲まれていて、鬼顔城は丁度その隙間から顔を覗かせていた。

 

「どういう……ことなのかな、アインズ?」

 

「……やっちまったんだよ。」

 

 ツアーの問いに、アインズはそう答える。

 

「何を……やっちゃったんだい?」

 

 そう問いつつも、大方の予測はツアーにはついている。

 今、周囲を取り巻く瓦礫の山は、この絵に描かれている壮麗な建物の成れの果てに違いない。

 

「此処のみならず、大陸の文明を……滅ぼしちまったんだよ、このオレが。」

 

「……はぁ?」

 

 ぽかん、とツアーは大きな口を()けた。

 

「オレはまさに……世界を(けが)す者、に違いあるまいよ!」

 

 吐き捨てるようにそう言うアインズに、ツアーはたちまちにはどう応じたものやら思いつかない。

 

「ともかく。」

 

 ツアーはその場に静かにしゃがみ込み、

 

「周囲には誰もいないようだし、まずは何があったのか順を追って話してみないかい?」

 

と、自身としては極力優しさを込めたつもりでアインズに語りかけた。

 

「あぁ、そうだな。

 おまえが寝ている間に、随分といろんなことがあったんだ。」

 

 ぽつぽつ、とアインズは、大魔王らしからぬ弱々しい口調で語り始めた。

 

 

                    *

 

 

 アインズとツアーのリ・ボウロロール廃墟での語らいから遡ること十数年。

 物語は、いつものようにナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間から始まる。

 

 時は丁度<百年の揺り返し>の年。

 これまたいつものように厳戒態勢下にあった皆に、狡知の参謀最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスから緊急招集が呼びかけられ、主だった階層守護者その他諸々が(つど)っている。

 

来訪者(ユグドラシルプレイヤー)か!」

 

 開口一番、アインズはやや上擦った声でそう問うたが、階下で膝を折るデミウルゴスは申し訳無さそうにこう応じた。

 

「いえ、残念ながら、未だそのような存在は捉えられておりません。

 が、いささか気になることがこちらの世界で起こっておるようで、それについて議すべく招集をかけさせていただきました。」

 

「……気になること?」

 

 例によって例の如く、アインズはその仔細をまったく記憶はしていないが、こうして皆に招集をかけるとき、既にデミウルゴスがいかなる事態であるにせよその全貌を概ね把握しているのが常だ、という直感は揺るぎなくある。

 であるがゆえに、このデミウルゴスの物言いは、良かれ悪かれ嫌な予感をアインズに(いだ)かせた。

 

 目下、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーは三度目の<永い眠り>の中にある。

 

 おいおい、寝すぎだろ?

 というか……オレに任せとけば問題ない、とか思ってんじゃねーだろーな!

 

 とアインズは憤ったものだが、眠ってしまったツアーはただただ鼻提灯をぷかぷかさせるのみで、揺らしても突いても無反応だった。しかもその数年後、今度はツアーの娘、エイヴァーシャーの魔女ことコニーまでもが<永い眠り>に入った。

 

 おまえら……示し合わせて故意に(わざと)やってんじゃねーだろな!

 

 とまたしてもアインズは憤ったが、如何(いかん)ともし難い。

 せめてもの意趣返しに、と双方の(ねぐら)を定期的に訪ねては不死者(アンデッド)を積み上げる日々を過ごした。

 

 ツアー、コニーの居る、居ないで、否応なく対来訪者(プレイヤー)戦術は変更を余儀なくされる。

 アインズはコニーと執事セバス・チャンの息子、タッチに接触(コンタクト)を図り、祖父と母の代わりが務まるものか(ため)そうとしたが、

 

「困ったことがあればいつでも私の名を呼びたまえ、ははははっ!」

 

と、またぞろパタパタ羽ばたいて(さぎ)(しぎ)のような間抜けな速度で飛び去ってしまい、こりゃ、仮に強かったとしても当てにならんわ、いよいよマジでヤバいときは駄目元で「タッチ、助けてー」と叫んではみよう、などと、冗談半分、本気半分で考えている。

 

「ひとまず……聞かせてもらおうか。」

 

 アインズは世界級(ワールド)アイテム<諸王の玉座>に敢えて深く鷹揚に掛けて、デミウルゴスに続きを促した。

 

「現地住民の一部が、ある場所を目指して一斉に大移動を始めております。」

 

 デミウルゴスの第一声に、アインズのみならず(つど)った下僕(しもべ)たち皆から困惑の声があがる。

 

「それが何だというのでありんすえ?

 我らがナザリックに関わりあることとは思えないでありんしょう!」

 

 珍しく、シャルティアが真っ当なことを言っている、とアインズは苦笑する。

 が、デミウルゴスがこれに着目している、ということは、決してナザリックと無関係でもないのだろう、ということもアインズは理解している。

 

「飢饉ヤ災害ヲ(のが)レテ、ト言ウコトナノカ?」

「そういうことであれば、アインズ様のお慈悲で以て救いの手を差し伸べるのも一手か、と。」

 

 コキュートス、セバスから発せられた問いには、これを統計的に分析していたパンドラズ・アクターが応じる。

 

参謀殿(デミウルゴス)の言葉の選択が正しくない(イメージ)(いだ)かせてしまったようですな。

 大移動、と言っても、個々は数人から多くて数十人の集団に過ぎません。一つ一つに注目すれば普通の旅人、隊商(キャラバン)のように見えることで御座いましょう。(はた)から見る限りは最小限の食料だけを携えての、物見遊山の旅であるかのように見えます。

 ですが、総数は既に百万人単位に及んでおり、しかも皆が皆同じ地域へ向かっており、かつ、帰路を歩む者は御座いません。」

 

「わ、渡り鳥、みたいな感じかなぁ?」

(ねぇ)さん、そんなワケないよォ!」

 

 既に何代目かよくわからなくなりつつあるアウラ、マーレがそんなことを一族でやいやい言い合っている。

 

「問題は、これらの下等生物どもが目指している場所が。」

 

とアルベド。

 

「アレイン皇国、と名乗っている点で御座います。」

 

 ……はぁ?

 

 これまた飽きるほどに繰り返されたパカリ(ぐち)反応(リアクション)をアインズは示した。

 同時に神々しい緑色の光でペカったアインズの視線は、自然とデミウルゴスへと向かうが、当のデミウルゴスはアインズに何か言われるよりも前に、すすすっ、と玉座のアインズの(そば)まで歩み寄ってきて、

 

「ちょっと。」

 

と、アインズの肩に親しげに手を掛ける。

 

「ん?」

「いえ、少しよろしいですか、アインズ様。」

 

 デミウルゴスはそのままアインズの肩を()いて立ち上がらせ、玉座の間の奥手隅の(ほう)へと誘った。そして、接吻せんかの如く至高の主の骨の相貌に自身の顔を近づけて小声で遠慮がちにぽそり。

 

(よもや、とは存じますが。

 アインズ様のご采配……では御座いませんよね?)

 

 ……はぁ?

 そりゃ……こっちの台詞だろがよ!

 

(んなワケあるか!

 っつーか、どう考えてもおまえの仕業だよなー?そーだよなー!)

 

 胸ぐら掴んでおこなわれたその恫喝は、デミウルゴスの調子(ペース)に巻き込まれ無意味に囁き声になっていて、いつもの迫力をいささか欠く。

 

(ご、御冗談を、アインズ様!

 (わたくし)が、こともあろうに我が創造主ウルベルト・アレイン・オードル様の御名(みな)を騙って遊ぶなどと、本気でお考えですか?)

 

 うーん、そう言われればそれもそうだわな、と思わないでもないアインズではあるが、だからこそ、デミウルゴスはその裏をかいてくる、という思いもなくはない。

 

(しかし……そんなことをした憶えはないぞ。)

(わたくし)にもそんなことは記憶に御座いません。)

 

 これが無罪証明にまったくならないことは、二人ともに承知している。

 

「<伝言(メッセージ)>!

 あ、シズ?そうオレオレ、(いま)玉座の間。」

 

「……アインズ様。」

 

「あ、ごめんちょっと待って、デミが何か言ってる。

 

 なんだ、デミウルゴス!(いま)シズに照会を……。

 

 え?大食堂にいる?なんで?」

 

 デミウルゴスの日記として蓄えられたナザリックの記憶の照会を求めて戦闘メイド(プレアデス)シズ・デルタに<伝言(メッセージ)>を繋いだアインズは、彼女から「大食堂でメイドたちと歓談中」と応じられて困惑した。

 

「ですからアインズ様、この時間はシズは非番で御座います。」

 

と横からデミウルゴスが事情を説明する。

 

「ご失念かとは存じますが、只今はシズちゃんズ偶数号が着任しているものか、と。」

 

「はっ?何だそれは!」

 

 はーっ、とデミウルゴスは深い溜息。

 

「司書Jがエドモン・ウェルズのギルド拠点遺構から持ち帰った六体の忍者人形(オートマトン)で御座います。シズの助手に任じられ、シズちゃんズ1号から6号、と命名されたのは、(ほか)ならぬアインズ様では?」

 

 な!

 憶えてられるかー、そんなことーーー!

 

 とアインズは身勝手にも憤るが、流石にこれは口にはしなかった。

 どう考えても忘れている自分が悪い。

 それすらわからなくなるほど、アインズは身勝手ではない。

 

「……あ、ごめんごめん、シズ。

 邪魔して悪かったね……いやいや、気にしなくていいから。

 シズちゃんズにかけるから、メイドたちにもよろしく言っといて、じゃーねー!」

 

 大慌てでシズへの通話を切り、脳内の(ブックマーク)を確認する。

 確かに、<伝言(メッセージ)>の宛先候補(アドレスリスト)に、シズちゃんズ1号、2号……6号までがある。

 

「かの者たちの言語能力の制約もあり、シズほどに文脈までを(かい)した検索は叶いませんが、通り一遍の照会は可能です。」

 

と、不敵な笑みを浮かべたデミウルゴスが言う。

 

 どう考えても。

 勝手がわからんオレに自ら呼びかけさせて、その様子を見て楽しもうとしているのが見え見えだ。

 

 さりとて、デミウルゴス自身に嫌疑のある事柄の検索をデミウルゴスに任せるのも原理的におかしい、と考えたアインズは、しぶしぶ自らシズちゃんズへの通話を試みる。

 

「……<伝言(メッセージ)>!

 あ、シズちゃんズ2号か?」

 

(……)

 

「検索を……頼む。」

 

(……誰?)

 

 あぁ、そうか。

 こいつらは元からのナザリックの一員じゃないから、そこから始まるんだな。

 

「……アインズだ。」

 

(……誰?)

 

「アインズ・ウール・ゴウンだ。」

 

(……誰?)

 

「……ちょっと待て。

 

 おい、デミウルゴス!どうなってるんだ?

 こいつ、よりによってナザリックの(あるじ)が誰かわからんと言ってるぞ!」

 

「あぁ、それは。」

 

 三日月(ぐち)で楽しそうなデミウルゴスが助け舟を出す。

 

「かの者たちはシズに忠誠を誓っておりますれば、シズとの関係性を伝えねば理解されません。」

 

 よくもまぁ……そんなヤツを使う気になったもんだな、おぃ。

 いや、ナザリックにおいては自分の裁可なしに物事が進むことは……デミウルゴスの悪戯(わるふざけ)を除けば決してないはずだから、これも(ほか)ならぬ自分が認めて受け入れたこと、であるのは間違いないのだ。間違いないのだが、受け入れたそいつを一発殴ってこの苛立ちを解消したい(てぇ)ーーー!

 

「そ、そうだったな!

 

 あ、シズちゃんズ2号……待たせたな。

 シズ・デルタの(あるじ)、アインズだ……そうだ、その通りだ。わかってくれて嬉しいよ。

 

 で……何だったっけ、デミウルゴス?

 

 ……あぁ、そうだ!そうだったな!

 シズちゃんズ2号……アレイン皇国、について簡潔に頼む。」

 

(六大神が建国したスレイン法国の後継国家。転移歴700年代からアレイン皇国と改称。我らとシズちゃんの()えあるナザリックとの相互干渉の記録皆無。これで満足か?)

 

 ……このオレに向かって横柄なやっちゃな。

 っつーか、我らとシズちゃんのナザリック、ってどういうことだよ!

 

「……あぁ、満足だ。

 今後もよろしく頼む。」

 

(シズちゃんのためだ、任せておけ。)

 

 ブツッ。

 と<伝言(メッセージ)>が切れる。

 切れ方すら横柄に思われるのは気のせいか?

 

「いかがで御座いましたか、アインズ様?」

 

と、踊った声でデミウルゴスに問われたアインズは、当然おまえは事前に調べて知ってるくせに、何なんだそのノリは!と苛立ちつつも、シズちゃんズ2号に倣って簡潔に応じた。

 

「ナザリックとの相互干渉の記録皆無、だそうだ。

 ……これで満足か?」

 

「つまり……この件につきましては、アインズ様も(わたくし)めも無罪であることが明らかとなりました。となれば容疑者は……」

 

とデミウルゴスは、突如玉座の間の片隅に引きこもってごにょごにょやっているアインズたちを訝しげに眺める(つど)った下僕(しもべ)たちに、(きっ)と鋭い視線を向ける。

 

 んなわけあるかーーーい!

 

「待て待て、デミウルゴス!

 わかった、わかった、これは偶然だ!

 国名がウルベルト・アレイン・オードル共和国であるならいざ知らず、アレイン、はたかが四文字、しかも元はスレインなんとかだったと言うから、なんでかは知らんがスをアに換えたらたまたま(かぶ)ったんだ、そうだよな?そういうことにしとこう!」

 

 これ以上わけのわからない方向に話が(こじ)れるのを憚って、アインズは一息に収集を図った。

 

「なるほど、そういうことで御座いますね!

 流石はアインズ様で御座います!」

 

 何に感心されているものやらさっぱりわからないが、諸手を胸の前で組み合わせて感激するデミウルゴスの肩を()き、アインズは玉座へと戻った。

 

「すまん、待たせたな。仕切り直しだ!」

 

 一時(いっとき)、アルベドとパンドラズ・アクターが無言のまま胡乱な視線をアインズに向けて気まずい空気が流れたが、ややあってようやく本題が始まる。

 

「アレイン皇国、と申しますのは取るに足りぬ小国にて、大陸南西部で<現実(リアル)>で言いますところの共産国家の真似事を細々(ほそぼそ)とやっておる連中で御座います。」

 

と説明を始めたのはパンドラズ・アクター。

 

 曰く、国家元首はアレイン、と名乗る独裁者で現在の国号になって以降変わっておらず、かつてのバハルス帝国の皇帝が常にジルクニフ、と名乗ったのと同様に、代々襲名されている名前あるいは称号であろう、と考えられている。

 軍事的な国力は皆無に等しく、国内経済も必要最小限(ミニマム)なもので大陸中央部の電化、機械化の恩恵もほとんど届いておらず、国家主導の厳格な計画経済体制の(もと)、農業と手工業中心の牧歌的な暮らしを営む連中で、これまでいかなる意味においてもナザリックの関心を惹くような存在ではなかった……とか何とか。

 

「ですが。」

 

とアルベドが補足を加え始める。

 

「国家元首アレイン名義の資産が、大陸各所に散在することが確認されております。国内を賄って余剰した資金はすべて分散投資に振り向けられていると見え、ある意味において、経済的に大陸を支配しているのはこの者だ、と言えなくもありません。」

 

 本来その立ち位置(ポジション)は我らが至高の主のものであって当然、と永く考え続けてきたアルベドは、苦々しげな表情でそう報告した。

 

「な!

 流石にそんなやつだったら、デミウルゴスが……」

 

 <現実(リアル)>の鈴木悟もまた苦々しくも羨望の眼差しを送ったであろうアーコロジーの権力者たちにも似たその話に、アインズは、デミウルゴスが(ほう)っておくわけがない、と同時に、デミウルゴスがやらせているに違いない、との思いが頭の中いっぱいに拡がって言葉を濁した。

 

「それが……面白くも何ともないので御座います。」

 

と、言われずもがなに(あるじ)の意を察したデミウルゴス。

 

「かの国は、やろうと思えば大陸全土を思いのままに動かし得る財力を有しつつ、ただそれを利殖するのみで何を為そうともいたしません。贅沢嗜好品を買い漁るでもなく、慎ましやかな生活を送りながら、ただただ蓄財するだけの、あくびが出るほどに退屈な連中なので御座います。」

 

「……まったく意味がわからんなぁ。

 しかも、だ。軍事力がないのに財だけ溜め込んでたら……賊や他国に蹂躙されんのか?」

 

 アインズは極常識的な観点から疑問を呈するが、

 

「アレイン皇国自体に金貨があるわけでは御座いませんので。その大半は大陸各地の株式、証券として存在しており、証書を奪ったとて換金は正当な所有者にしか叶いません。

 つまり、彼らの財を力尽(ちからづ)くで奪おうにも、奪うべき財は物理的には存在しておらんのです。そもそもこの事実も、我らだからこそ知れることで、この世界の住人で承知しておる者はおりますまい。」

 

とパンドラズ・アクターに応じられて、アインズの当惑はなお増した。

 

「でありながら、この者たちは権益の独占を図らぬばかりか、株主筆頭になることすら巧みに避けておりまして、如何なる(せき)を担うこともひたすら忌避し、ただただ書面上の財産目録を増やすことのみを目的に清貧生活を続けてきたようにしか見えんのですなぁ。まぁ、私は結構好きですが、こういうの。」

 

 父上も、存外お好きで御座いましょう、そういうの?

 

 と、アインズは息子に問われたような気がした。

 実際アインズは、ナザリック宝物殿に大量のユグドラシル金貨を溜め込み、世界級(ワールド)アイテムを筆頭に希少な品々を所狭しと並べているが、それらを使う当てはまったくなく、何なら如何にこれを目減りさせることなくさらに増やすか、ばかり考える日々を過ごしてきたし、おそらくこれは未来永劫そうだろう。

 それと、規模や質は比べるべくもないが、似たようなことをやっている連中がこの世界にもいるらしい、という話だと言われてしまえば、アインズには返す言葉がなかった。

 

「しかし……だったらどうしてそこへ大陸の人間たちが集まるんだ?」

 

「それはこちらで御座います。」

 

 アインズの疑問に対し、デミウルゴスから一片の紙片が差し出される。

 

「人間の街、エ・ランテルにて恐怖公眷属により回収されたものですが。」

 

 何か書かれているが、当然のことながらこちらの世界の文字でアインズには読めない。

 

「……何が、書いてあるんだ?」

 

 紙片を突き返されたデミウルゴスが慌てて復命する。

 

「これは失礼いたしました!

 催し(イベント)のチラシ、のようなもので、このように書いて御座います。

 

 アレイン皇国へ(つど)え。

 弱者、愚者、無能のための(サバト)、食べ放題、呑み放題、帰路の心配無用。」

 

「……はぁ?」

 

 再びアインズの骸骨の口がパカリと(ひら)かれる。

 

「同様のものが大陸の各所で確認されており、意図的に人を招き寄せておるようです。

 もっとも、こんな胡散臭い招きに真っ当な暮らしをしている者が応じるはずもなく、食い詰め(もの)、穀潰しの(たぐい)が続々と集まっております。」

 

とパンドラズ・アクターが補足する。

 

「……なんで?」

 

「「はっ?」」

 

「いや、なんでそんなことするわけ?」

 

 自然に口から漏れたアインズの疑問に、デミウルゴス、パンドラズ・アクターがほぼ同時に反応した。

 

「それがわからぬから、こうして皆で議しておるので御座いますが。」

「父上はどのようにお考えでしょうか?」

 

 ……おまえらがわからんのに、オレにわかるわけねーだろがよ!

 

「食べる、のではありんせんか?」

「そ、そんなことするのは、シャ、シャルティアくらいのものじゃなーい?」

 

 さも当たり前であるかのように発せられたシャルティアの言葉に、すかさずアウラが突っ込む。

 

「さりとて、今回の来訪者(プレイヤー)があちき同様に人喰いを嗜む種族である可能性はあるのでありんせんか?」

「そ、それは……な、なくはないでしょうけどぉ。」

 

 存外シャルティアは真面目に考えていた、と気づいてアウラは言葉を濁したが、これにはアルベドが()を唱えた。

 

「シャルティアの言うことはもっともだけれど、仮にそうだとして、シャルティアなら現地人を使嗾してこんな人の集め方をするかしら?」

 

「あちきなら問答無用に街を襲うでありんす!

 ……言われてみれば、おかしな話でありんすなぁ。」

 

 ポンコツな彼女も、流石に自身の言の矛盾に気づいた様子。

 

「<換金箱(エクスチェンジボックス)>に片っ端から放り込むとか!」

 

 へらり、とした笑顔を浮かべながら人間を投げ込む身振り(ジェスチャー)のマーレが話に加わった。

 

(いな)、それはありますまい。」

 

と返したのはパンドラズ・アクター。

 

「マーレは承知しておらんでしょうが、<換金箱>は皮革などに素材価値がある場合を除き、生体には反応しませんので。」

「でも、衣服、装備品諸共なら……いくらかの金貨にはなるんじゃないですか?」

 

 自身の着想にこだわるのはいかにもマーレらしい、とアインズは苦笑いを浮かべつつ、間違ってもそんなことはしてくれるなよ、それをやってツアーに一撃必殺(ワンパンキル)された阿呆(プレイヤー)が以前いた……ような気がするぞ、と軽くペカる。

 

(にえ)、トイウノハ、アルノデハナイダロウカ?」

 

とコキュートスが議論に加わった。

 

「アインズ様。タトエバ、我々ノ知ラヌ世界級(ワールド)アイテムガアリ、生キタ生贄ヲ捧ゲルコトデユグドラシル金貨ガ得ラレル、ナドトイウコトハアリマセンデショウカ?」

 

 脳筋(のうきん)のわりには、どうして面白いことを考えるじゃないか、と感心しつつ、アインズはこう応じた。

 

「コキュートスの発想はなかなかに興味深いが、オレの考えとしては可能性は低いと思う。

 ユグドラシルにおいて、ユグドラシル金貨はすべての(もとい)である以上に、<運営>にとっての収入源でもあった。ユグドラシルは、すべてのギルド、プレイヤーにとって、ユグドラシル金貨が不足気味になるように意図的に設計(デザイン)されていて、皆が金貨を欲するからこそそれを売りつける<運営>は儲かったんだ。

 そういう意味で、直接的に金貨を生み出す<換金箱>は例外中の例外だったのであり、だからこそ稀有な価値があってオレたちもいくつかの予備を保管している。あの<運営>が他の金貨獲得手段を提供していた、とは俄には考えにくいな。」

 

 コキュートスは恐懼しながら「余計ナコトヲ申シマシタ」と引き下がったが、アインズは、気にしなくてよい、と骨の手をひょいひょいと振ってみせた。

 実際のところ、この時点では誰も気づくはずもなかったが、結果的にもっとも真相に近いところを突いていたのはコキュートスだったのだが。

 

「皆様はこの一件の背後に来訪者(プレイヤー)がある、という前提でお考えのようですが。」

 

 自分も何か言わねばならぬ、と思ったものか、セバスが一歩前に出て話し始めた。

 

「時期的なことからそう考えるのは当然ではありますが、それは実は単なる偶然で、アレイン皇国、とやらが有徳の国家であり、大陸中の食い詰めた人間、亜人を憐れんで施しをせんとしているだけ、ということではないでしょうか?」

 

如何(いか)にも、後先を考えぬセバスらしい発想だよ!」

 

と、吐き捨てるようにデミウルゴスが言う。

 

「食料生産、調達ともに無限におこなうことは不可能で、ある期間に限定された領域内で養い得る人口密度には自ずと上限が課せられる。これは大陸各都市においても人口がある閾値を越えて増加しない足枷にもなっているが、アレイン……皇国とやらがやっている目下の人集めは、明らかにこの上限を軽く超過している。

 短期間なれば何とかできなくもなかろうが、私の試算では()って二ヶ月だ。遅かれ早かれ食料が尽きて、さりとてたちまちに帰路につくことができない者たちは、残ったそれを奪い合う餓鬼界を現じることとなるだろう。セバスが施したいと願う慈悲とは、そんなものかね?」

 

 たちまちにセバスは唇を噛んだ。

 正直なところ、面倒事に関わりたくない、という願望混じりで似たようなことを考えていたアインズは、嫌味混じりのこのデミウルゴスの言に「あー、言わなくてよかった」などと内心(ないしん)胸を撫で下ろしている。

 

 しかし……と、アインズ。

 この雰囲気、昔を思い出すなぁ、と。

 

 <運営>主催のキャンペーンシナリオやイベント、敵対ギルドとの抗争開始などに際し、ギルメン皆がこうして玉座の間や円卓の間に(つど)って、あーでもない、こーでもない、と議論したのをアインズは懐かしんでいる。

 今のアインズがそうであるのと同様に、当時のモモンガ、鈴木悟も、議論が正解や有益な結論を導くことよりも、益体もない突飛な発想が飛び交うのを好んだものだ。案外デミウルゴスは、これをオレが楽しむだろう、と考えて、特段気にする必要もないこの一件を議論の遡上にのせたものかも知れないな。

 

「ここまでの話をまとめると。」

 

と怜悧な声でアルベドが告げる。

 

「アレイン皇国なる人間の国家が目的不詳の大規模な人集めを試みており、実際、百万人規模の人口移動が観測されているものの、応じる者たちは物の役にも立たぬ穀潰しばかり。<百年の揺り返し>の時節であることを踏まえれば、背後に来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が暗躍している可能性は考えられるけれども、今のところそれを裏付ける事実は捕捉されていない……といったところでいいかしら?」

 

 特に誰にも異論はないようで、皆黙ってこくこく、と頷いている。

 そしてアルベドの視線が、愛する至高の主へ向かった。

 

「アインズ様は……」

「ん?」

 

 アインズの視線も自然と愛妃へ向かう。

 

「……いかがお考えですか?」

 

「はぁ?」

 

 オレにわかるわけがないだろーーー!と叫びそうになったアインズだが、これまた自然と下僕(しもべ)たちの視線が自身に集まっていることに気づいて、慌ててその言葉を呑み込む。

 

 自分は、たとえ知恵で三賢者(トリニティ)に劣ろうとも、実際のところ下僕(しもべ)たちに期待されるほど慧眼聡明ではなくとも、それでも腐ってもこのナザリック地下大墳墓の(あるじ)なのであり、すべての最終的な決断は自分が下さなければならないのだ。

 

「ゴホンッ!」

 

と意味もなく咳払い。

 

 さて困った、どうしよう。

 注目する下僕たち、誰の顔を見てもそこには「すべてお見通しのアインズ様は何と仰るのだろう!」との期待が溢れている。毎度の無茶振りだよなー、とは思うが、この無茶振りに応えるのも、これまたナザリック地下大墳墓の主人たる自身の務め。

 

「まず……現時点では、この騒動の裏に今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)がいるかいないか、は流石のオレにもわからん。」

 

と、アインズは正直に告白した。

 十全な情報収集なしに憶測で投機的な判断を(くだ)すのは、アインズの好むところではない。

 

「ぶっちゃけ、この世界の住人がどこに集まろうが散ろうが、何をしようがしまいが、オレたちの知ったことじゃない。さりとて、これまでこのようなことが起こったことはないんだから注意を払うのは必要だ。当然、しばらく成り行きを監視する必要はあるだろう。」

 

 ひとまず、別にオレでなくても言えるだろう的な、極めて常識的な見解をアインズは示した。

 

「その上で、重要なことは、だ。」

 

と言葉を切って、改めて下僕(しもべ)たちの注意を惹き寄せる。

 

来訪者(プレイヤー)にせよ、現地の住人にせよ、オレたちがこうして今ここにいて、こうやって世界の出来事に目を光らせていることを、知る者などいない、という点だ。

 アレイン皇国、が何を思ってこんな馬鹿げたことをやっているのか、少なからずオレも興味がないわけじゃないが、それは強いて知らねばならんほどのことではないし、むしろ、ナザリックに何ら資すところのない好奇心に負けて余計な先手を打ち、既にやって来て潜伏しているやも知れない本百年紀の来訪者(プレイヤー)に我々の存在を知られる、なんてことは決してあってはならんことだ。

 そうだよな?オレ、おかしなこと言ってないよなーーー!」

 

 我ながら、何でもないつまらない結論を勢いで強弁している感がないでもないが、とどのつまるところ、アインズとしては出来る限り、関わる必要のない面倒事には関わりたくない、が本音も本音だ。

 

「というわけだから、この件は無視だ。

 恐怖公眷属による監視は継続、万が一何か想定外の動きがあるようならば改めて議す。

 異議のある者……はいるか?」

 

「「「すべては至高の主の思し召しのままに!

  アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 といった具合で、何やかやと盛り上がった割には、決まったことは、関わり合いになりたくないから無視、という極めて消極的な決定だった。

 もっとも、アインズは当然として、かのデミウルゴスを含め、この時点ではナザリックの誰もがこの判断を妥当、と考えて疑うことなどなかった。退屈な日々に少しだけ彩りを添える珍事の発見が報告されたに過ぎず、それについてこうして皆で喧々諤々論じ合うのも、これまた楽しいお遊びではないか、といったところが皆の見解の最大公約数であったことは間違いない。

 

 そして、追って届けられた凶報に、誰もが自身の能天気さを悔いる……こともまたなかったのである。皆、自分の能天気さもまた、綺麗さっぱり忘れ去ってしまう存在であるがゆえに。

 

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