そして……。
夕日が西の空に沈みつつあり、
「弱者、愚者、無能の諸君!
大魔王アインズ・ウール・ゴウンの糞馬鹿野郎ッ!」
「「「アインズ・ウール・ゴウンの糞馬鹿野郎ッ!」」」
「大魔王アインズ・ウール・ゴウン、出て
「「「アインズ・ウール・ゴウン、出て
「大魔王アインズ・ウール・ゴウン、臆したか!」
「「「アインズ・ウール・ゴウン、臆したか!」」」
絶叫する群衆からしてみれば、自分が何を叫んでいるのか、そもそもアインズ・ウール・ゴウンとは何であるのか、そんなことは知ったことではなかった。
人の子アレインに指摘された通り、自分たちが夢も希望もなく、ただ食って糞して寝てヤッて殖えるだけの満たされ得ぬ存在であることには、明に暗に自覚はある。その溜まりに溜まった不満をぶつける相手は、何であっても良かったのだ。
よもや。
自分たちが不満をぶつけるその相手が、
同様に。
誰一人気づく者はないが、集う群衆への食料供給は、徐々に、本当に徐々に減らされつつある。
云百万人が
「「「アインズ・ウール・ゴウン、出て
と唱和するを繰り返した。
果たせるかな。
本当に、我らが大魔王が降臨する。
まるでこの
「……おいでになられましたな。」
敢えて
ただこの瞬間のみを思い描き、夢見、着々と準備万端整えてきた。
世界全域に監視の目を光らせるナザリック地下大墳墓に企みが
「弱者、愚者、無能の諸君、刮目して見よ!
大魔王アインズ・ウール・ゴウンがご降臨あそばすッ!」
たちまちには、群衆の中にアレインのこの絶叫の意味を
「……何だ、ありゃ?」
と、最初に上空を指差したのは誰であったか。
とまれ、周囲の誰かがそうすれば、自然と群衆の視線はそちらへと向かう。
そしてそこには。
禍々しい渦を発しながら、雲一つない夕闇の
<
無論、それが何であるかを理解する者もまた、人の子アレイン以外、この場にはいない。
そこから姿を現したのは。
真っ赤な
嗚呼、ご息災のご様子で何よりで御座います!
と、アレインは歓喜に打ち震える。
続いて現れたるは、
麗しのお
ご尊顔を拝すが叶わぬは、残念至極で御座いますとも!
そして。
金糸銀糸に縁取られた豪奢な漆黒の
遂にこのときだ!
「歓迎申し上げよ!」
ジャーーーン!と
予期していなかった
今一度、ジャーーーン!と鳴り物があって、残る半数の光は広場に唯一遺された建築物、かつてスレイン法国神都大神殿と呼ばれた建物の中央、高くそびえ立つ塔の頂上の物見
照らされた中には、長耳にかかる銀髪を靡かせ、色眼鏡で瞳を隠した着流し姿の美男があった。
彼の父が常にそうするよう両手を高く振り上げ、歓喜の声色で弱者、愚者、無能の唱和を煽る。
「弱者、愚者、無能の諸君!
大魔王アインズ・ウール・ゴウン万歳、
「「「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」」」
「「「
それを求めた
人の子アレインは状況を冷静に分析する。
御身ご自身がご降臨あそばしたのは想定通り。よもやかの御方が、自身とギルドの名を有象無象の者たちに
ナザリック地下大墳墓の誇る知の
すべては思い描いた通り!
「
アレインを含め、眼下の有象無象が至高の主の臨御を得て立ち尽くしたままであるのに苛立ったデミウルゴスが<支配の
人の子アレインとてその例外ではないが、彼だけは、
そして、恋い焦がれた声がアレインの脳内へと届く。
(そこの小僧。)
嗚呼、お
「どうか!
……どうか小生のことは、アレイン、とお呼び下され、至高の御方!」
敢えてアレインは、
受け取るアインズは、脳内に直接<
「至高の御身がこのような茶番にお付き合いある必要はありますまい。
どうか、殲滅をお命じ下さい。」
傍らからアルベドにそう声を掛けられたアインズは、軽く骨の手を振ってこれを
(……では、アレイン。
おまえはいったい、何だ?)
簡潔にアインズは問う。
これに問われたアレインは即答する。
「小生は、烏滸がましくも至高の御方を私淑する者にて……」
一瞬の
そして。
「……御身の親友にてあらせられた、ウルベルト・アレイン・オードル様のご遺命を継ぐ者で御座います。」
はぁ……?
ここまで余裕綽々に振る舞っていた……実際、索敵範囲内にはまったく脅威とすべき何者をも検知しておらず、対峙する自称アレインも覚知される
(……そうは見えないが。
おまえは、ユグドラシルプレイヤーなのか?)
アインズ・ウール・ゴウンの名のみならず、ウルベルト・アレイン・オードルまでも知るとなれば、これはユグドラシルプレイヤーに違いない、とアインズは問いかけるが。
「知、と申しますものは。」
と、問いに噛み合わぬ言葉に始まった返答は、やはり一拍
「……声を聞くのみにあらず。
と続いて、アインズは息を呑んだ。
皆さん、ご存知ですかな。洋の東西による知、というものの捉え方の差異にはなかなかに面白いところが御座いまして、古代ギリシアの
ところがどうして、東洋ではそういった自然哲学が存外ふわふわとしたものであり続けたのに対し、中東で傍流であり続けた天然自然の現象事物を観察してその背後に一意の法則を見出す精密自然科学が、与太話に溢れた聖典に真理を探し続けてきた暗黒中世の反動もあって、近世西洋でまず花開いたのは、実に趣深い歴史上の事実だ……などとお思いにはなりませんかな?
ギルド
自称アレインの発言は、タブラも語った認識をその
つまりこいつは。
アインズ・ウール・ゴウン、ウルベルト・アレイン・オードルの名を知るのみならず、<
いよいよ以てこれが
(……答えるつもりがないのであればそれでもよかろう。
聞いてもどうせ忘れる!)
「お
至高の御方に知られぬことなどこの世界にありはしますまい。」
はて。
(だが。)
とアインズ。
(これにだけは答えてもらおうか。)
「御下問、とあれば是非もなし。」
(
どういう了見だ?)
敢えてアインズは平静に問いかけた。
相手は、こちらが少しでも本気を出せば一瞬で皆殺しにできる有象無象でしかない。そんな連中の与太話に腹を立てるのは、虫の鳴き声に言い返すに似て滑稽極まりないことだ。
が。
どうやってかは知らないが、少なからず<
と言うか、知らずにはおれない。
「不幸、と申してはおりませぬ。」
アレインはのっけからアインズの問いを否定し、より明朗かつ剣呑なことを言う。
「小生の申しますところは、
「至高の御方はおまえたち有象無象に興味関心などないのだよ。
存知もせぬ者に対し何を強いることがあろうか、馬鹿も休み休み言いたまえ。」
「あ、デミウルゴス。
多分それ、向こうには聞こえてないぞ。中継しようか?」
隣で吐き捨てるように言ったデミウルゴスに、思わずアインズは突っ込む。
「是非に中継を。」
と求められて、アインズは素直にこれに従った。
(えーっと……そう!
オレはおまえらに興味なんかないしそもそも知らん。知らんのにオレのせいでどうのこうの、なんてありえんだろう常識的に考えて、この馬鹿者め!
と、オレの隣にいるヤツが言ってるぞ!)
やっておいて、オレの方が馬鹿っぽくね?と思わないでもないアインズであったが、返って来た返答は想像の埒外だ。
「興味ご関心なく、そもそもご存知ですらないこと……それこそが、弱者、愚者、無能に、何の意味もなく生きていくことを強いておるので御座いますぞ。」
アインズとしては、相手が
ウルベルトに言葉で抗するのはまったく不可能で、狐につままれたかの如くいいように操られたのは一度や二度ではない。そして、ウルベルトに操られてモモンガが為すことは、すべからくそもそもモモンガがやりたい、と願っていつつも自覚に至っていなかったことばかりだった。
いやいや!
オレは、興味関心がなかったのは嘘偽りないところであるが、さりとて、アレインの言う、弱者、愚者、無能に、何の意味もなく生きていって欲しいなどと願ったことはなく、むしろ、ウルベルト・アレイン・オードルがそうであったように、この世界の
(……どうにも、アレインの言うところがよくわからん。
オレはおまえが期待しているほど頭は良くないから、もう少し噛み砕いて説明してくれないか?)
何ならブチ殺す勢いでやって来た相手にこんなことを求めるのがおかしいのは百も承知で、左右から鳩が豆鉄砲を食らったような呆気に取られた視線をアルベド、デミウルゴスから注がれているのもわかってはいるが、とは言え、オレのわからんことを言うヤツはブチ殺す、なんてのも情けないので、たちまちにはやりたくない。
「簡単なことで御座います。」
挑発的な口調で。
アレインはこう言った。
「どうか思い出して下さいませ。
<
「な……
これには、さしものアインズも思わず声を上げずにはいられなかった。
「ユグドラシルにおいては比肩する者なき大魔王、非公式ラスボス、至高の四十一人の
最早、アインズの骨の顎は
「
それは、<
御前に侍りましたる小生を含めた弱者、愚者、無能とて同じこと。
<
トンデモない言いがかりであることは十二分に理解した上で、それでもこのアレインの言葉はアインズに突き刺さった。
というか。
ずっと長い間、食べ物など口にしなくなって久しい身ではあるものの、それでも喉の奥に刺さった魚の骨のように引っかかり続けて来た何かが、突如形を得て荒波を掻き立てながら眼前に浮上してきた錯覚をアインズは覚えている。
やはりたちまちに記憶にはないが、これまでに出会った
一方でアインズは、彼らにまったく共感するところがなかった。どうして<
だがしかし。
アインズは、それが自己欺瞞であることに気づかぬほど愚かではなかった。
もちろんわかっている、わかっていたのだ。
なぜ自分は、右も左もわからぬ異世界に突然放り込まれて、怯えることも狼狽えることもなくあっさりとこの
それは、アレインが言う通り、そもそも自分には<
むしろ、ここには至高の四十一人の遺児たるナザリック地下大墳墓の
アレインがアインズに突きつけたのは、アインズにそう思わせた<
「こちらの人間社会が<
すべてはあなた様、ご自身もまた<
ですから小生は、敢えてこのように申し上げておるので御座います。
大魔王アインズ・ウール・ゴウンの糞馬鹿野郎ッ!と。」
自身の左右から
「<
<
<
塔の上で跪いたままのアレインへ一直線に飛翔した二人の
「すまん、アルベド、デミ。
咄嗟のことで手加減が難しかった!」
聞こえるわけないか、と思いつつも二人の
今この瞬間まで、自称アレインの真意に注意が向くあまり気にも留めていなかったが……それは図らずも、アレインの指摘が真を射ていることを
ましてや、生きる意味を見出だせない、という根源的な憤懣を抱えた云百万の人間が放つ憎悪とも怨嗟とも諦観ともつかぬドロドロとした生臭い吐息は、アインズにとっては
「はてさて、至高の御方。
この始末、
哄笑にも似た問いを投げかけられて、アインズは言葉に詰まった。
ウルベルト・アレイン・オードルの詭弁がそうであったように、アレインの言葉には、どうにも腑に落ちないところがないでもないが、さりとて、反論の余地もまた、ないように思われたからだ。
生者の気配に感じた酩酊が、なお一層、アインズの目眩を加速する。
やっちゃいなよー、モモンガさーん!
最初に聞こえてきたのは、もう一人の親友、ペロロンチーノの声だ。
あのなぁ、おまえ!
弱い生き物は滅んでいくのが自然だ、なんてわかったようなことを言う人もいるんですけど、実際のところは滅ぶべきもの、なんてのは存在しなくて、たまたま生き残ったものが、あれは滅びるべくして滅んだんだ、と嘯いて目前の危機から目を
武士道は、死ぬことと見つけたり!
みんなメイドになっちゃえばいいのに!
敗戦処理の難しいところは、目前の敵の前から撤収するのが危険だから、ではなく、後背にあって敗戦の
ごちゃごちゃ考えずに、まず殴りなさい!
私はね、モモンガさん。
人間は、
人間が、人間としてあれない世界など……いっそのこと滅んだ方がいい。
……なるほどウルベルトさん、そういうことですか。
「アレイン、とやら。」
「ははっ、至高の御方。」
アインズの呼びかけに、アレインは踊った声で
「……あー、ちょっと待て。準備が必要だ。
<
おもむろに、ナザリックへの帰路が
「アルベド、デミウルゴス、撤収だ。
オレが呼ぶまで、一切の介入を禁じる。」
「「なっ!」」
随分な人間を押し潰し、血
「それは……いったいどのような?」
「至高の御身を残して引き上げるなど!」
「静まれッ!」
アインズは一喝して二人を沈黙させた。
「おまえたちには悪いが。
オレは……」
不敵な骸骨の相貌が、ニッ、と
「……我儘なんだよ!」
骨の指先が
二人が通り抜けたそれを素早く閉じたアインズは、改めてアレインに向き直った。
正義は必ず勝つ。
が、勝った者が正義である、とは限らないのが世の常。
「賭け、をしよう。」
「賭け……で御座いますか?」
この驚天動地の場面を演出した人の子アレインとしても、アインズの突然の申し出の意がたちまちには
対するアインズは、何の迷いも感じさせない口調で続ける。
「そう、賭けだ。
賭けるのは、互いの矜持と
「それは……
アレインの声は歓喜に満ち溢れている。
「いいか、オレはこれから超位魔法を使う。
前衛なしにこれをおこなうのは、有り体に言えば自殺行為だ。」
アインズの脳内には、超位魔法を発動せんと魔法陣を展開する自身に、奇襲をかけ得る存在が列挙されていた。
目下二人は<永い眠り>の
タッチ……は、関心ないわな、こんなこと。
誰も困ってないし。狂ってるけど。
加えて、今以て背景がわからぬ人の子アレイン、の背後にあるやも知れない
オレが単騎で超位魔法の準備に入れば、勝機と見て仕掛けて来るに違いない。これは正真正銘、文字通りの致命傷となる恐れもある。
が。
それくらいの
「アレインよ。この賭け……
「
即座にアインズは、ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ、と骨の腕を
超位魔法、準備
たちまちに巨大かつ複雑怪奇な幾何学模様の魔法陣がアインズの
「では小生は、御身の超位魔法が成就する
事も無げにそう言うアレインを、ふふふ、とアインズは鼻で
「
それじゃぁ賭けにならんじゃないか?」
「お
何者かに阻まれるを望んでおいではアインズ様で御座いましょうに。」
皆さん、ご存知ですかな。古今東西、各種の聖典には存外神を試みることを
わっはっはっはっは、と突如アインズは大笑いした。
それは本当に、本当に楽しそうな笑い声だ。
「今ので賭けはおまえの勝ちだ!」
アインズが自身の
骨の手にしっかと握り締められているのは、光り輝く砂時計!
「それは……反則では御座いませんかな?」
「さっきも言ったろう?
オレは……」
砂時計が、光の粒を撒き散らしつつ握り割られる。
「……我儘なんだよ!」
まっこと人の子アレインは、我が親友ウルベルト・アレイン・オードルの化身に違いない。
オレが真に何を望んでいるかを喝破して、見事に使嗾してくれた。
これでこの行為はオレの……。
オレの意思、オレの決断によるものだ!
皆が
世界はそういうものであるべきだ、とお考えにはなりませんか、アインズさん?
「ウルベルトさん。
オレはあんたと違って……ヤるときゃ
超位魔法、<
禁断の呪われた超位魔法が成就する!
アレインは上擦った声でこれを称え、続いて自らを誇った。
「お見事で御座います!
父上、小生は……小生は成し遂げましたぞッ!」
アインズの足元から同心円状にぱたぱたと力なく崩れる人間が
最期の言葉は、かくあらねばなるまい!
「アインズ・ウール・ゴウン様万歳ッ!
歓喜の絶叫と共に、ぱたり、と呆気なくアレインも倒れ伏した。
対する大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、先にも後にも例を得ないであろう空前絶後の大殺戮が
脳内の
おいおい、思ってた以上にヤベぇぞ!
オレ……壊れちゃうんじゃねーか?
アインズは失われて久しい男根が腰骨から天に向かってそそり
女の子が続けてイク感覚って、こんな感じなんだろうか、などと阿呆なことを嘯く余裕も既に失われ、宙に浮かんだままの
「うぉ、うぉ、うぉ……あへ!うひ!……うへぇあ゛ばばばばぁーーーーー!」
死の風がアレイン皇国神都の広場を舐め尽くすと同時に、意味不明の奇声を発しながら<
それでも、悲しいかな種族特性上失神することの決してない彼が真っ白な意識の中に垣間見たのは。
言葉で形容すること叶わぬ
その数、仕様上限いっぱいいっぱいの十六匹。
いや……もーそんなこと、どーでもいいや。
贄となった弱者、愚者、無能が溜めに溜め込んだ憎悪、怨嗟、諦観に導かれるまま、十六匹の可愛い可愛い黒い仔山羊ちゃんが、轟音立てて大地を踏み鳴らし四方八方へと散っていく……。