億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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大魔王アインズ・ウール・ゴウンと御曹司アレイン、ここに対決。
そして……。


世界を汚す者(3)

 狂宴(サバト)(たけなわ)

 夕日が西の空に沈みつつあり、篝火(かがりび)の炎がゆらゆらと揺らめく。

 

弱者、愚者、無能の諸君!

 唱和せよ(リピート・アフター・ミー)

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンの糞馬鹿野郎ッ!

 

「「「アインズ・ウール・ゴウンの糞馬鹿野郎ッ!」」」

 

大魔王アインズ・ウール・ゴウン、出て()ーい!

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン、出て()ーい!」」」

 

大魔王アインズ・ウール・ゴウン、臆したか!

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン、臆したか!」」」

 

 絶叫する群衆からしてみれば、自分が何を叫んでいるのか、そもそもアインズ・ウール・ゴウンとは何であるのか、そんなことは知ったことではなかった。

 人の子アレインに指摘された通り、自分たちが夢も希望もなく、ただ食って糞して寝てヤッて殖えるだけの満たされ得ぬ存在であることには、明に暗に自覚はある。その溜まりに溜まった不満をぶつける相手は、何であっても良かったのだ。

 

 よもや。

 自分たちが不満をぶつけるその相手が、動像寺院(ゴーレムテンプル)、水晶の塔、鬼顔城、といった一つ間違えればこの世界を滅ぼしかねなかったユグドラシルからの脅威を退(しりぞ)け、それらには比べるべくもないが、弱者、愚者、無能からの搾取、略奪を好む輩を(ことごと)く狩って、結果的に自分たちを守ってきた存在だ、などということに、思い至ろうはずもなし。

 

 同様に。

 誰一人気づく者はないが、集う群衆への食料供給は、徐々に、本当に徐々に減らされつつある。

 

 云百万人が(つど)う芝生の広場全体を俯瞰し得ない彼らには本当にどうしようもない話ではあるが、それでも既に、目聡いか、あるいは貪欲である者の中には、周囲の人間を恫喝、威嚇、威圧、あるいは殺害して食料の独占を図る者もあり、でありながら、その周囲で変わらず愛交、乱交に耽る者がある、という地獄絵巻の如き様相を呈しつつあるものの、渦中にある者はまったくそこに気づくことはなく、ただ(あお)られるままに、

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン、出て()ーい!」」」

 

と唱和するを繰り返した。

 

 果たせるかな。

 

 本当に、我らが大魔王が降臨する。

 まるでこの狂宴(サバト)が、召喚の儀式魔法であったかのように。

 

「……おいでになられましたな。」

 

 敢えて集音器(マイクロフォン)には拾われぬよう、小声で人の子アレインは呟いた。

 

 ただこの瞬間のみを思い描き、夢見、着々と準備万端整えてきた。

 世界全域に監視の目を光らせるナザリック地下大墳墓に企みが露見(ろけん)せぬようひたすら地味な蓄財に努め、満願成就を期して、この弱者、愚者、無能一千万による(サバト)開催を目指して来たのだ。

 

 いざ、ここからが晴れ舞台(Now it's showtime)

 

弱者、愚者、無能の諸君、刮目して見よ!

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンがご降臨あそばすッ!

 

 たちまちには、群衆の中にアレインのこの絶叫の意味を(かい)する者はなかった。

 

「……何だ、ありゃ?」

 

と、最初に上空を指差したのは誰であったか。

 とまれ、周囲の誰かがそうすれば、自然と群衆の視線はそちらへと向かう。

 

 そしてそこには。

 禍々しい渦を発しながら、雲一つない夕闇の(あけ)の空にぽっかりと黒い口を(ひら)いた……

 <転移門(ゲート)>!

 

 無論、それが何であるかを理解する者もまた、人の子アレイン以外、この場にはいない。

 

 そこから姿を現したのは。

 真っ赤な紳士服(スーツ)に身を包み、蝙蝠の翼、甲殻に覆われた(しな)る尾を備えた蛙頭の悪魔。

 

 嗚呼、ご息災のご様子で何よりで御座います!

 

 と、アレインは歓喜に打ち震える。

 

 続いて現れたるは、漆黒細身の全身甲冑(ヘルメス・トリスメギストス)(まと)い、腰からは鎧同様に漆黒の猛禽の翼、肩に長柄物(ながえもの)三日月斧(バルディッシュ)を担いだ女性。

 

 麗しのお(きさき)様。

 ご尊顔を拝すが叶わぬは、残念至極で御座いますとも!

 

 そして。

 金糸銀糸に縁取られた豪奢な漆黒の装束(ローブ)を翻し、腰骨の中空に血の色を思わせる真紅の球を抱いた骸骨がその姿を現すや、アレインは絶頂にも似た喜びを感じていた。

 

 遂にこのときだ!

 

歓迎申し上げよ!

 

 増幅器(アンプ)越しの声がそう命じると、そこかしこで打楽器の連打(ドラムロール)が始まり、探照灯(サーチライト)が夕闇の空に無数の光の柱として踊った。

 

 ジャーーーン!と金物(シンバル)一鳴(いちめい)するや、半数の光が中空の三人の降臨者へと集まる。

 予期していなかった照射灯(スポットライト)に、銘々が僅かに、ではあるが片手を翳して眩しさを遮った。

 

 今一度、ジャーーーン!と鳴り物があって、残る半数の光は広場に唯一遺された建築物、かつてスレイン法国神都大神殿と呼ばれた建物の中央、高くそびえ立つ塔の頂上の物見(やぐら)へと向かう。

 

 照らされた中には、長耳にかかる銀髪を靡かせ、色眼鏡で瞳を隠した着流し姿の美男があった。

 彼の父が常にそうするよう両手を高く振り上げ、歓喜の声色で弱者、愚者、無能の唱和を煽る。

 

弱者、愚者、無能の諸君!

 唱和せよ(リピート・アフター・ミー)

 大魔王アインズ・ウール・ゴウン万歳、死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン万歳!」」」

「「「死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 それを求めた(もの)の熱い思いとは裏腹に、その意味するところがわからないためか群衆の唱和はさきほどまでよりはまとまりを欠き、声の総量も小さかった。が、母数(ぼすう)が云百万に達するからには相応の迫力を放っていることに違いはない。

 

 人の子アレインは状況を冷静に分析する。

 御身ご自身がご降臨あそばしたのは想定通り。よもやかの御方が、自身とギルドの名を有象無象の者たちに(けが)されて、指を咥えて黙っていようはずもなし。

 ナザリック地下大墳墓の誇る知の下僕(しもべ)左右の両将を伴われたのは、空行(くうこう)容易い御二方(おふたかた)を以て足の踏み場もない当地へ徒歩の軍勢展開を避けられただけのことやも知れぬが、おそらくは……(いな)、疑うべくもなく、至高の御方の真意が、この狂宴(サバト)の殲滅ではなく、小生の真意を試みる対話、にあるがゆえだ。

 

 すべては思い描いた通り!

 

平伏(へいふく)したまえ!」

 

 アレインを含め、眼下の有象無象が至高の主の臨御を得て立ち尽くしたままであるのに苛立ったデミウルゴスが<支配の呪言(じゅごん)>を放ち、広場はどよめきを立てながら地面に這いつくばる者で溢れ返った。中には男女繋がったままに(もつ)れて転がる者もある。

 人の子アレインとてその例外ではないが、彼だけは、最上位悪魔(アーチデヴィル)の拒否不能命令が発せられる直前、自ら伏礼を執ったようにも見える。その証拠に、右手の集音器(マイクロフォン)はしかと握られたまま取り落とされることがなかった。

 

 そして、恋い焦がれた声がアレインの脳内へと届く。

 

(そこの小僧。)

 

 嗚呼、お(なつ)かしう御座いますぞ!

 

どうか!

 ……どうか小生のことは、アレイン、とお呼び下され、至高の御方!

 

 敢えてアレインは、集音器(マイクロフォン)に自身の返答を乗せた。

 受け取るアインズは、脳内に直接<伝言(メッセージ)>の応答を得るに少し遅れて増幅器(アンプ)越しの声を聴き、その体験にいささかの目眩を覚えている。

 

「至高の御身がこのような茶番にお付き合いある必要はありますまい。

 どうか、殲滅をお命じ下さい。」

 

 傍らからアルベドにそう声を掛けられたアインズは、軽く骨の手を振ってこれを()なした。

 

(……では、アレイン。

 おまえはいったい、何だ?)

 

 簡潔にアインズは問う。

 これに問われたアレインは即答する。

 

小生は、烏滸がましくも至高の御方を私淑する者にて……」

 

 一瞬の()

 そして。

 

「……御身の親友にてあらせられた、ウルベルト・アレイン・オードル様のご遺命を継ぐ者で御座います。

 

 はぁ……?

 

 ここまで余裕綽々に振る舞っていた……実際、索敵範囲内にはまったく脅威とすべき何者をも検知しておらず、対峙する自称アレインも覚知される格付け(レベル)は一桁だ……アインズではあったが、突如として示された旧友の名に、骨の口をパカリと()けて神々しい緑色の光でペカることを強いられた。

 

(……そうは見えないが。

 おまえは、ユグドラシルプレイヤーなのか?)

 

 アインズ・ウール・ゴウンの名のみならず、ウルベルト・アレイン・オードルまでも知るとなれば、これはユグドラシルプレイヤーに違いない、とアインズは問いかけるが。

 

知、と申しますものは。

 

と、問いに噛み合わぬ言葉に始まった返答は、やはり一拍()()けて、

 

「……声を聞くのみにあらず。

 (えん)あって自ずと(さと)るところも御座いましょう。

 

と続いて、アインズは息を呑んだ。

 

 皆さん、ご存知ですかな。洋の東西による知、というものの捉え方の差異にはなかなかに面白いところが御座いまして、古代ギリシアの愛知(フィロソフィー)から断絶した中世の暗黒西洋においては、(なが)く聖者といえば預言者、すなわち神より真理を天下(あまくだ)りに承ったもの、と観念されたものでしたが、対して東洋では、同様のものを声聞(しょうもん)と呼び習わすとともに、併置されるものとして縁覚(えんがく)、あるいは独覚(どくがく)などと申しまして、自ずと(さと)(もの)もある、と観念されたので御座いますな。

 ところがどうして、東洋ではそういった自然哲学が存外ふわふわとしたものであり続けたのに対し、中東で傍流であり続けた天然自然の現象事物を観察してその背後に一意の法則を見出す精密自然科学が、与太話に溢れた聖典に真理を探し続けてきた暗黒中世の反動もあって、近世西洋でまず花開いたのは、実に趣深い歴史上の事実だ……などとお思いにはなりませんかな?

 

 ギルド迷物(めいぶつ)、タブラ・スマラグディナの蘊蓄が脳裏を(よぎ)る。

 自称アレインの発言は、タブラも語った認識をその基盤(ベース)に置いている。

 

 つまりこいつは。

 アインズ・ウール・ゴウン、ウルベルト・アレイン・オードルの名を知るのみならず、<現実(リアル)>に関する何らかの知識を有している!

 

 いよいよ以てこれが来訪者(ユグドラシルプレイヤー)でないはずがない、との思いが募るが、改めて<無詠唱(サイレント)>で覗き見たレベルは4。ユグドラシル最後のときにログインしていたプレイヤーがそんなはずはない、と思われる一方で、知性(INT)はほぼ最大、年齢(AGE)(無限大)、すなわち異形種、種族(クラス)準最上位悪魔(セミアーチデヴィル)とあって、こちらの世界で天然自然のそんな存在に出会ったことはないはずだ、という思いもまたある。

 

(……答えるつもりがないのであればそれでもよかろう。

 聞いてもどうせ忘れる!)

 

(たわむ)れを。

 至高の御方に知られぬことなどこの世界にありはしますまい。

 

 はて。

 拡声器(スピーカー)を通してアレインの発言のみ聞かされる広場に這いつくばった人間たちは、まったく理路がわかるまいなぁ、とアインズは思うが、仮にアインズが<伝言(メッセージ)>でアレインに届ける言葉が聞こえるようになったとて、その意味するところを理解する者など、ただの一人もいないだろう。

 

(だが。)

 

とアインズ。

 

(これにだけは答えてもらおうか。)

 

御下問、とあれば是非もなし。

 

(つど)った人間たちの一切の不幸の元凶がオレだ、というのは……。

 どういう了見だ?)

 

 敢えてアインズは平静に問いかけた。

 相手は、こちらが少しでも本気を出せば一瞬で皆殺しにできる有象無象でしかない。そんな連中の与太話に腹を立てるのは、虫の鳴き声に言い返すに似て滑稽極まりないことだ。

 

 が。

 どうやってかは知らないが、少なからず<現実(リアル)>の知識に通じ、垣間見た知性の(あたい)だけはアルベド、デミウルゴスに匹敵するそれを示す自称アレインが、何を思ってそう言うのか、には興味がある。

 

 と言うか、知らずにはおれない。

 

不幸、と申してはおりませぬ。

 

 アレインはのっけからアインズの問いを否定し、より明朗かつ剣呑なことを言う。

 

小生の申しますところは、(つど)いましたる弱者、愚者、無能が、無為に何の意味もなく生きていくことを強いられておるのは、(ひとえ)にあなた様の(せき)に帰すところ、といったところで御座います。

 

「至高の御方はおまえたち有象無象に興味関心などないのだよ。

 存知もせぬ者に対し何を強いることがあろうか、馬鹿も休み休み言いたまえ。」

「あ、デミウルゴス。

 多分それ、向こうには聞こえてないぞ。中継しようか?」

 

 隣で吐き捨てるように言ったデミウルゴスに、思わずアインズは突っ込む。

 

是非に中継を。

 

と求められて、アインズは素直にこれに従った。

 

(えーっと……そう!

 オレはおまえらに興味なんかないしそもそも知らん。知らんのにオレのせいでどうのこうの、なんてありえんだろう常識的に考えて、この馬鹿者め!

 と、オレの隣にいるヤツが言ってるぞ!)

 

 やっておいて、オレの方が馬鹿っぽくね?と思わないでもないアインズであったが、返って来た返答は想像の埒外だ。

 

興味ご関心なく、そもそもご存知ですらないこと……それこそが、弱者、愚者、無能に、何の意味もなく生きていくことを強いておるので御座いますぞ。

 

 (なん)……じゃそりゃ?

 

 アインズとしては、相手が(いま)以て理路不詳ながら、アレイン、と名乗っていることも合わせて、親友ウルベルト・アレイン・オードルが、しばしばかつての自身、モモンガに対して弄んだ詭弁を思い出さずにはいられない。

 ウルベルトに言葉で抗するのはまったく不可能で、狐につままれたかの如くいいように操られたのは一度や二度ではない。そして、ウルベルトに操られてモモンガが為すことは、すべからくそもそもモモンガがやりたい、と願っていつつも自覚に至っていなかったことばかりだった。

 

 いやいや!

 オレは、興味関心がなかったのは嘘偽りないところであるが、さりとて、アレインの言う、弱者、愚者、無能に、何の意味もなく生きていって欲しいなどと願ったことはなく、むしろ、ウルベルト・アレイン・オードルがそうであったように、この世界の(あまね)く存在に(ほしいまま)に振る舞うことを願いすらしてきたはずだ。

 

(……どうにも、アレインの言うところがよくわからん。

 オレはおまえが期待しているほど頭は良くないから、もう少し噛み砕いて説明してくれないか?)

 

 何ならブチ殺す勢いでやって来た相手にこんなことを求めるのがおかしいのは百も承知で、左右から鳩が豆鉄砲を食らったような呆気に取られた視線をアルベド、デミウルゴスから注がれているのもわかってはいるが、とは言え、オレのわからんことを言うヤツはブチ殺す、なんてのも情けないので、たちまちにはやりたくない。

 

簡単なことで御座います。

 

 挑発的な口調で。

 アレインはこう言った。

 

どうか思い出して下さいませ。

 <現実(リアル)>において、御身が<現実(リアル)>の支配者たちから、どのように扱われておったかを!

 

「な……(なん)だとぉ!」

 

 これには、さしものアインズも思わず声を上げずにはいられなかった。

 

ユグドラシルにおいては比肩する者なき大魔王、非公式ラスボス、至高の四十一人の(かなめ)であられた御身とて、<現実(リアル)>の支配者たちからすれば興味関心の対象でないどころか、いない者として扱われたものでは御座いませんでしたかな?

 

 最早、アインズの骨の顎は千切(ちぎ)れんばかりに大きく(ひら)き、神々しい緑色のペカりはおろか、<絶望のオーラ>もだだ漏れだ。

 

何故(なにゆえ)、御身は一度たりとも元いた世界へのご帰還を企図したことがなかったのか。

 それは、<現実(リアル)>には元から御身の居場所などなかったからで御座いましょう?

 御前に侍りましたる小生を含めた弱者、愚者、無能とて同じこと。

 <現実(リアル)>の支配者が、この世界は(かね)人脈(コネ)の世界なりと嘯いて、それを持たざる者たちを(はな)から勘定に入れなかったのと同様に、世界を統べる強大な力を有したる御身が、この世界は剣と魔法の世界なり、弱者、愚者、無能など知ったことか、となれば、何人(なんぴと)に生きる意味など見出(みいだ)せましょうや!

 

 トンデモない言いがかりであることは十二分に理解した上で、それでもこのアレインの言葉はアインズに突き刺さった。

 

 というか。

 

 ずっと長い間、食べ物など口にしなくなって久しい身ではあるものの、それでも喉の奥に刺さった魚の骨のように引っかかり続けて来た何かが、突如形を得て荒波を掻き立てながら眼前に浮上してきた錯覚をアインズは覚えている。

 

 やはりたちまちに記憶にはないが、これまでに出会った来訪者(プレイヤー)の中には、どうやったらログオフできるのか、<現実(リアル)>へ帰る手立てはないのか、と問うた者が少なからずいたはずだ。そりゃそうだ、当然だ。

 一方でアインズは、彼らにまったく共感するところがなかった。どうして<現実(リアル)>になんか帰りたがるんだ、折角こんな楽しい冒険の世界へやって来たのに!

 

 だがしかし。

 アインズは、それが自己欺瞞であることに気づかぬほど愚かではなかった。

 

 もちろんわかっている、わかっていたのだ。

 なぜ自分は、右も左もわからぬ異世界に突然放り込まれて、怯えることも狼狽えることもなくあっさりとこの(いま)以て意味不明な境遇をすんなりと受け入れることが出来たのか。

 それは、アレインが言う通り、そもそも自分には<現実(リアル)>に居場所がなかったからであり、唯一の居場所であったユグドラシルが失われた<現実(リアル)>に対しては、一抹の未練もなかったからだ。

 むしろ、ここには至高の四十一人の遺児たるナザリック地下大墳墓の下僕(しもべ)たちがあり、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーという得難い友もある。何が悲しくて<現実(リアル)>への帰還など望む必要があろう。至高の四十一人、こそ失いはしたが、それはユグドラシルの終了を待たずして……既に失われていたものだったではないか!

 

 アレインがアインズに突きつけたのは、アインズにそう思わせた<現実(リアル)>と同じ状況を、(ほか)ならぬアインズがこの世界の弱者、愚者、無能に与えているのだ、という告発であった。

 

こちらの人間社会が<現実(リアル)>のそれに似た様相を呈して参りました今日(こんにち)、たとえこの場に(つど)いし弱者、愚者、無能を一息(ひといき)に屠られましたとて、(おな)(もの)たちは続々と生まれて参りましょう。

 すべてはあなた様、ご自身もまた<現実(リアル)>の支配者に無視し続けられることで<現実(リアル)>に生き続ける意味を失ったにもかかわらず、そこに自ら思い至ることなく、弱者、愚者、無能を顧みることのなかった大魔王、アインズ・ウール・ゴウン様の未必の故意によるもので御座います。

 ですから小生は、敢えてこのように申し上げておるので御座います。

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンの糞馬鹿野郎ッ!と。

 

 自身の左右から三日月斧(バルディッシュ)を上段に振り上げたアルベド、悪魔の諸相<鋭利な断爪(だんそう)>を(あらわ)にしたデミウルゴスが全速力で飛び出すのを見て、アインズは咄嗟に反応した。

 

「<時間停止(タイムストップ)>!

 

 <魔法遅延化(ディレイマジック)><魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)><魔法二重最強化(ツインマキシマイズマジック)>!

 <衝撃波(ショックウェーブ)>!」

 

 塔の上で跪いたままのアレインへ一直線に飛翔した二人の下僕(しもべ)が、その途上で見えない壁に(はじ)かれてその軌道を転じ、同じく平伏(ひれふ)したままの群衆の中へ、ズドン、ズドン、と落ちて、少なからず巻き込まれた人々の肉体が砕け飛び、血飛沫(ちしぶき)が舞い上がる。

 

「すまん、アルベド、デミ。

 咄嗟のことで手加減が難しかった!」

 

 聞こえるわけないか、と思いつつも二人の下僕(しもべ)に手短に詫びたアインズは、自身が軽い酩酊を覚えていることに気づく。

 今この瞬間まで、自称アレインの真意に注意が向くあまり気にも留めていなかったが……それは図らずも、アレインの指摘が真を射ていることを(あかし)もしていよう……死の支配者(オーバーロード)の本能が生者を屠ることを欲するアインズからすれば、云百万人の人間を前にしたこの状況は、誘惑の極致、暴走寸前の桃源郷だ。墜落したアルベド、デミウルゴスに潰された犠牲者の血の香り、死の匂いが、俄にそれを自覚させた。

 ましてや、生きる意味を見出だせない、という根源的な憤懣を抱えた云百万の人間が放つ憎悪とも怨嗟とも諦観ともつかぬドロドロとした生臭い吐息は、アインズにとっては長期熟成(マチュレーション)された古火酒(ヴィンテージウヰスキー)の如き芳香にも感じられる。

 

はてさて、至高の御方。

 この始末、如何(いか)になさいますかな?

 

 哄笑にも似た問いを投げかけられて、アインズは言葉に詰まった。

 

 ウルベルト・アレイン・オードルの詭弁がそうであったように、アレインの言葉には、どうにも腑に落ちないところがないでもないが、さりとて、反論の余地もまた、ないように思われたからだ。

 生者の気配に感じた酩酊が、なお一層、アインズの目眩を加速する。

 

 やっちゃいなよー、モモンガさーん!

 

 最初に聞こえてきたのは、もう一人の親友、ペロロンチーノの声だ。

 あのなぁ、おまえ!

 

 弱い生き物は滅んでいくのが自然だ、なんてわかったようなことを言う人もいるんですけど、実際のところは滅ぶべきもの、なんてのは存在しなくて、たまたま生き残ったものが、あれは滅びるべくして滅んだんだ、と嘯いて目前の危機から目を(そら)してるだけなんですよねー、ボクらも含めて。

 

 武士道は、死ぬことと見つけたり!

 

 相互確証破壊(M.A.D.)はいろんな美辞麗句で正当化され続けて来ていて、これこそが世界の軍事(ミリタリ)均衡(バランス)(かなめ)だとか真面目に思ってる人も少なからずいるみたいなんすけど、これって平たく言えば、負け(いくさ)になるくらいだったらみんな死んじまえ、なんすよねー。

 

 みんなメイドになっちゃえばいいのに!

 

 敗戦処理の難しいところは、目前の敵の前から撤収するのが危険だから、ではなく、後背にあって敗戦の(せき)を問うことで自身の政治的な偽りの勝利を得んとする内なる敵が現れるから。これを事前に封じることで、撤退は敗戦ではなくなり真に転進となる。

 

 ごちゃごちゃ考えずに、まず殴りなさい!

 

 私はね、モモンガさん。

 人間は、(ほしいまま)に振る舞って、初めて人間だ、と思っているんですよ。

 人間が、人間としてあれない世界など……いっそのこと滅んだ方がいい。

 

 ……なるほどウルベルトさん、そういうことですか。

 

「アレイン、とやら。」

 

ははっ、至高の御方。

 

 アインズの呼びかけに、アレインは踊った声で拡声器(スピーカー)越しに応える。

 

「……あー、ちょっと待て。準備が必要だ。

 <転移門(ゲート)>!」

 

 おもむろに、ナザリックへの帰路が(ひら)かれる。

 

「アルベド、デミウルゴス、撤収だ。

 オレが呼ぶまで、一切の介入を禁じる。」

 

「「なっ!」」

 

 随分な人間を押し潰し、血(まみ)れで(あるじ)(そば)へ戻ってきたばかりの二人が驚きの声を上げた。

 

「それは……いったいどのような?」

「至高の御身を残して引き上げるなど!」

 

「静まれッ!」

 

 アインズは一喝して二人を沈黙させた。

 

「おまえたちには悪いが。

 オレは……」

 

 不敵な骸骨の相貌が、ニッ、と(わら)う。

 

「……我儘なんだよ!」

 

 骨の指先が(きっ)と<転移門>を指差せば、アルベド、デミウルゴスに抗う(すべ)はない。

 二人が通り抜けたそれを素早く閉じたアインズは、改めてアレインに向き直った。

 

 賭け(ギャンブル)というのは面白いもので、言葉の上では運を天に任せての勝ち負けがあることを前提しているのですが、当の博打打ち(ギャンブラー)には、賭ける瞬間に限っては勝利しか見えていないんですよ。そして意外にもそれは、その人の弱みではなく、強みであったりするんですね。

 

 正義は必ず勝つ。

 が、勝った者が正義である、とは限らないのが世の常。

 

「賭け、をしよう。」

 

賭け……で御座いますか?

 

 この驚天動地の場面を演出した人の子アレインとしても、アインズの突然の申し出の意がたちまちには(かい)せず、そのまま疑問として復唱する。

 対するアインズは、何の迷いも感じさせない口調で続ける。

 

「そう、賭けだ。

 賭けるのは、互いの矜持と(いのち)。」

 

それは……(よろ)しゅう御座いますなぁ!

 

 アレインの声は歓喜に満ち溢れている。

 

「いいか、オレはこれから超位魔法を使う。

 前衛なしにこれをおこなうのは、有り体に言えば自殺行為だ。」

 

 アインズの脳内には、超位魔法を発動せんと魔法陣を展開する自身に、奇襲をかけ得る存在が列挙されていた。

 

 白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアー、その娘コニー。

 目下二人は<永い眠り>の(もと)にあるが、もし今から自身が為さんとすることがあるべからざることであるならば、あいつらはたちまちに目を()まして駆けつけ、オレに致命的一撃(クリティカルヒット)を喰らわしてくれることだろう。

 

 タッチ……は、関心ないわな、こんなこと。

 誰も困ってないし。狂ってるけど。

 

 加えて、今以て背景がわからぬ人の子アレイン、の背後にあるやも知れない来訪者(ユグドラシルプレイヤー)

 オレが単騎で超位魔法の準備に入れば、勝機と見て仕掛けて来るに違いない。これは正真正銘、文字通りの致命傷となる恐れもある。

 

 が。

 

 それくらいの危険(リスク)抜きに、この賭けは成立しまいよ!

 

「アレインよ。この賭け……受けて立つ(ベットする)か?」

 

 刹那(ノータイム)にアレインが叫ぶ。

 

受けて立たいでか(コーーーーール)ッ!

 

 即座にアインズは、ぶんっ、ぶんっ、ぶんっ、と骨の腕を三度(みたび)振るう。

 超位魔法、準備段階(フェーズ)に入る所作(モーション)だ。

 

 たちまちに巨大かつ複雑怪奇な幾何学模様の魔法陣がアインズの身体(からだ)を包み込み、平伏(ひれふ)したままの弱者、愚者、無能から、驚愕とも困惑とも絶望とも取れるどよめきが沸き起こる。

 

では小生は、御身の超位魔法が成就する(ほう)に賭けると致しましょう。

 

 事も無げにそう言うアレインを、ふふふ、とアインズは鼻で(わら)った。

 

(たわ)けたことを。

 それじゃぁ賭けにならんじゃないか?」

 

(たわむ)れを仰せは御身では御座いませんかな?

 何者かに阻まれるを望んでおいではアインズ様で御座いましょうに。

 

 皆さん、ご存知ですかな。古今東西、各種の聖典には存外神を試みることを禁忌(タブー)とする教説が共通して見られるのですが、これをデッチ上げた連中は、おそらくは承知しておったのでしょうなぁ。神の在不在、作為無作為を我が身を賭けて問う者があるとすれば、その者は既に神に等しいのであり、聖典に胡座(あぐら)をかく自称預言者たちは、それを認めることが立場上出来んのですよ。

 

 わっはっはっはっは、と突如アインズは大笑いした。

 それは本当に、本当に楽しそうな笑い声だ。

 

「今ので賭けはおまえの勝ちだ!」

 

 アインズが自身の所持品(インベントリ)から何かを取り出す。

 

 骨の手にしっかと握り締められているのは、光り輝く砂時計!

 

それは……反則では御座いませんかな?

 

「さっきも言ったろう?

 オレは……」

 

 砂時計が、光の粒を撒き散らしつつ握り割られる。

 

「……我儘なんだよ!

 

 まっこと人の子アレインは、我が親友ウルベルト・アレイン・オードルの化身に違いない。

 オレが真に何を望んでいるかを喝破して、見事に使嗾してくれた。

 

 これでこの行為はオレの……。

 オレの意思、オレの決断によるものだ!

 

 皆が(ほしいまま)に振る舞い人間としてある。

 世界はそういうものであるべきだ、とお考えにはなりませんか、アインズさん?

 

「ウルベルトさん。

 オレはあんたと違って……ヤるときゃ()りますよ。

 

 超位魔法、<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>ッ!

 

 禁断の呪われた超位魔法が成就する!

 アレインは上擦った声でこれを称え、続いて自らを誇った。

 

お見事で御座います!

 父上、小生は……小生は成し遂げましたぞッ!

 

 アインズの足元から同心円状にぱたぱたと力なく崩れる人間が(さざなみ)(ごと)く広がり、アレインはそれが自身に向かって迫り来るを見る。

 

 最期の言葉は、かくあらねばなるまい!

 

アインズ・ウール・ゴウン様万歳ッ!

 死の支配者(オーバーロード)に栄光あれーーーッ!

 

 歓喜の絶叫と共に、ぱたり、と呆気なくアレインも倒れ伏した。

 

 対する大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、先にも後にも例を得ないであろう空前絶後の大殺戮が死の支配者(オーバーロード)身体(からだ)に催した快楽の渦に、喜びを通り越して恐怖すらしている。

 脳内の殺勘定(キルカウンター)は百万を越えてなお回り続けている。<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>が生じさせた死の風がアインズを中心に同心円状に拡がっているので、時を経るごとに単位時間当たりの殺戮数は増える一方だ。

 

 おいおい、思ってた以上にヤベぇぞ!

 オレ……壊れちゃうんじゃねーか?

 

 アインズは失われて久しい男根が腰骨から天に向かってそそり()ち、ドピュピュ、ドピュピュ、と絶え間なく卑猥な音を立てながら精液を吐き散らしているかのような錯覚を感じていて、その量、頻度もまた増す一方だ。

 女の子が続けてイク感覚って、こんな感じなんだろうか、などと阿呆なことを嘯く余裕も既に失われ、宙に浮かんだままの身体(からだ)はあっちへフラフラ、こっちへフラフラ。骨の関節という関節がガクガクと震え、神々しい緑色のペカりも何を為すでもなくただペカるだけ。

 

「うぉ、うぉ、うぉ……あへ!うひ!……うへぇあ゛ばばばばぁーーーーー!

 

 死の風がアレイン皇国神都の広場を舐め尽くすと同時に、意味不明の奇声を発しながら<飛行(フライ)>の制御を失ったアインズは一直線に落下し、ザク、っと骨の両足から芝生に突き刺さった。

 

 それでも、悲しいかな種族特性上失神することの決してない彼が真っ白な意識の中に垣間見たのは。

 

 中空(ちゅうくう)から降り立つ(にえ)への応報。

 言葉で形容すること叶わぬ禍々(まがまが)しき容姿の、可愛い可愛い黒い仔山羊ちゃん!

 

 その数、仕様上限いっぱいいっぱいの十六匹。

 

 世界記録(ワールドレコード)だな。

 いや……もーそんなこと、どーでもいいや。

 

 贄となった弱者、愚者、無能が溜めに溜め込んだ憎悪、怨嗟、諦観に導かれるまま、十六匹の可愛い可愛い黒い仔山羊ちゃんが、轟音立てて大地を踏み鳴らし四方八方へと散っていく……。

 

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