億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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廃墟の中、大魔王アインズ・ウール・ゴウンと白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーは何を語らったか。


世界を汚す者(4)

「で……この()(さま)だ。」

 

 自由都市リ・ボウロロール廃墟。

 

 傍らに白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンを侍らせた我らが大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、肩を落とし項垂れた様子でそう言った。

 

「オレは完全な酔っ払い状態で、その後どうなったのかがさっぱりわからなかったが、事態の収拾に走ったナザリックの皆の話によれば、七日七晩かけて黒い仔山羊ちゃんは大陸の文明という文明を破壊し尽くしたらしい。」

 

「……どうなったの?」

 

 黙ったままアインズの話を聞いていたツアーがぽそり、と問う。

 

「だから大陸の文明という文明を……」

「いや、そうじゃなくて。」

 

「?」

 

「物騒な十六匹もの黒い仔山羊ちゃんは……どうなったの?

 今も何処かを駆け回っているの?」

 

「あぁ、そういうことか。

 ……竜王(ドラゴンロード)だ。」

 

 パカリ、とツアーの口が大きく(ひら)く。

 

「はぁ?」

 

「これも正確なところはよくわかってないんだ。

 ナザリックで確認しているのは、えーっと……何て言ったっけかな?

 おまえの同僚で、比較的話がわかるヤツがいる、って言ってたろ?」

 

「あぁ、青空の竜王(ブルースカイドラゴンロード)スヴェリアー……」

「そう!

 その(すべ)()だ。」

 

 それ、本人が聞いたら……かなり傷つくよ。

 

「北西に向かった三匹を、おまえの国の手前で(すべ)()が片付けたらしい。

 あと、おまえの嫁さんが……」

 

「……えぇ?」

 

「南東に向かった二匹は、エイヴァーシャーの森の手前でドラウが食い止めた。

 おまえは知らんだろうが、おまえに少し遅れてコニーも<永い眠り>に落ちていてな。この(あいだ)様子を見て来たがまだ寝入ってた。あいつの居所(やさ)があの森にあるから……」

 

 ツアーの目がまん丸に(ひら)き、キミ、どうしてボクの娘の住処(すみか)を知ってるの?と、その表情が疑問を雄弁に語る。

 

「……おいおいおぃ。

 お転婆娘(てんばむすめ)居所(いどころ)ぐらい押さえとけよ、無責任な!

 

 ……娘を守るべく、だったんだろうな。とにかく、二匹はドラウが()ったのは間違いない。

 流石のオレも気が引けてな。一言詫びを入れても(ばち)は当たるまい、とそれぞれ訪ねてみたんだが、どちらも呆れんまでに爆睡していて、呼べど揺らせど起きないから馬々鹿々しくなって帰って来た。まったくおまえら(竜王)はどうしようもない連中だな。

 まぁ機会があれば、オレが手間を取らせたことを詫びていた、と、おまえから伝えといてくれ。」

 

 骨の指を折りつつ数えながらアインズは続ける。

 

「三匹は、それぞれ破壊の限りを尽くした(あと)にトブの大森林に迷い込みそうになって、シャルティア、コキュートス、セバスの手にかかった。」

 

「森の守護は、アウラとマーレ、の一族……の仕事ではなかったのかい?」

 

「あいつらは少なからず森に逃げ込んだ避難民への対処で手一杯だったらしい。

 その(ほか)には、東へ向かった三匹だか四匹だかは、以前にオレが援助を与えてやった、赤いの、だか、青いの、だか……そんな名前のプレイヤーが()ったんだろう、ということになってる。これも気になって<伝言(メッセージ)>を投げてはみたが、応答しないところをみると()(ちが)えたんだろう。

 今、こうしてオレとおまえの会話が通じるのは、北東の果てに眠る<翻訳の神秘>が機能し続けているからだが、ある意味それはそいつのお陰だ、ということになるな。いいヤツ……だったみたいだが、悪いことをした。」

 

 淡々と語るアインズに、ツアーはかける言葉がない。

 

(ほか)、どうなったかがわからんのがいるが、どれも現存しないことだけはオレにはわかるから、まぁ、誰かが片付けてくれたんだろうさ。うち何匹かは、おそらくはおまえの孫の仕業だ。」

 

「……」

 

「よもや、とは思うが。」

 

「……」

 

「孫の名前……憶えてないのか?」

 

「記憶が続かないキミにそんなことを言われる筋合いはないよ!」

 

「じゃぁ、コニーの息子の名を言ってみろ。」

 

「……」

 

「言えねぇんじゃねーか!

 タッチ、だよ!」

 

「あぁ、たっち・みー……」

 

「ボケ!そりゃオレの昔の()れだよ!

 タチウスドラコーナ・ミルザーゲッバーティアヴィチ(極悪執事の息子)、だ!」

 

ふぁーーーーーーー!

 

 おまえ……妙なところがオレに似てきたよな?

 

「キミ……よく憶えていられるね。」

 

「こんな愉快な名前、一度聞いたら忘れられんわ!

 っつーか、おまえの孫だろ?憶えといてやれよ、常考(じょーこー)!」

 

 ハハハハハッ、と二人は笑い交わした。

 

「で。」

 

とツアー。

 

「その一件の首謀者が、何者であるかはわかったのかい?」

 

「わかったような、わからずじまいのような。」

 

「?」

 

 アインズの微妙な物言いにツアーが大きな頭を傾げる。

 

「本人から聞き出すのが早いだろう、と蘇生(リザレクション)を試みたが(がん)と応じなかった。

 つまり当人は、(はな)から死ぬ気でアレをやってた、ってことなんだろうな。」

 

「キミのことを知っていたように見えることも含め、理解に苦しむところだね。」

 

「仮説……はなくもない。」

 

「……聞こう。」

 

「シズちゃんズが……」

 

「シズちゃんズ?」

 

「あー、そこは深入りしてくれるな。

 <翻訳の神秘>のオマケ、みたいなもんだ。

 

 とにかくそいつらが演習を兼ねてナザリックの記憶の<索引(インデックス)>を総浚いして気付いたんだが、オレたちがこちらに来て百年ちょっと過ぎた辺りから八百年頃にかけて、不自然な改竄(かいざん)の形跡が見つかった。正しくは本当にこれが改竄なのかは断言できないが、そう考えないと説明のつかない不整合が多々ある。しかもこれが、すべてスレインだかアレインだかの国に関わっている。」

 

「そんなことを出来る(もの)……なんてあり得るかい?」

 

「そこはツアーの言う通り、そんなことが出来るのはシズ・デルタ以外にはあり得ないし、あの()自身にはそんなことをする動機もない。」

 

「デミウルゴス……だね?」

 

「あぁ、それ以外あり得んわな。」

 

「しかしどうしてまた……」

 

「これも仮説、になるが、アルベドは、アレインと名乗ったあいつはデミウルゴスの息子で……」

 

ふぁ?

 

「……ナザリックの記憶改竄の期間が森妖精(エルフ)の寿命と符合するから、デミウルゴスが現地の森妖精(エルフ)の女に子どもを産ませてスレイン何とかの権力を与え、女が寿命で死んだ傷心から一切の記録をナザリックの記憶から消し去った、と考えてるみたいだ。」

 

「俄には信じ難い話だけど……アルベドが言うくらいだから的外れでもないんだろうね。」

 

「記憶の改竄が始まる直前、オレがスレイン何とかを疎ましく思っていたのは事実らしい。

 こちらの世界へ来て以降、唯一記録されているナザリックへの侵入者があって……厳密にはシャルティアが勘違いで連れ込んだ、みたいだが……これがそこからやって来たレベル八十八に達する森妖精(エルフ)の女で、しかも父親は来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の忘れ形見だったようだ。ちなみに、その父親がコニーの(ねぐら)の元の持ち主だ。」

 

「その()……知ってるかも。」

 

「……はぁ?」

 

「髪の毛が、見事な白と黒の二色分け(ツートーン)じゃなかったかい?」

 

「んなモン、オレが憶えてるわけねーだろ!

 ……で、そいつが、何なんだ?」

 

「キミがこちらにやって来る少し前だったか。スレイン法国が神人(しんじん)を得た、とかいう話が伝わってきて様子見に出掛けたことがある。その時点でまだ娘は赤子だったが、連中、神の血筋を前面に押し立てて世界征服に乗り出す構えだったから、その娘を国外に出して何かさせるようなら黙ってはいない、と釘を刺した。」

 

「……おまえも大概お節介焼きだな。しかも実際には放置じゃないか!

 ともかく、それ以降スレインだかアレインだかとナザリックの間に相互干渉の記録は一切ない。まぁ、これも改竄で消された可能性もあるが、スレイン何とかを文字通り何とかしろ、と命じたオレの命令を拡大解釈したデミウルゴスが、何やかやと想像の埒外のことをやってくれた可能性は大いにある。」

 

「この話……デミウルゴスには?」

 

「するわけないだろ!あいつは存外アレで傷つきやすい、繊細でややこしい悪魔だ!

 ……まぁ、(とう)に聞き耳立てて気づいてるだろう、とは思うがな。」

 

 ややこしいのはデミウルゴス、だけじゃなくて、キミたちナザリック全員だよ!

 とツアーは思う。

 

「だが、デミウルゴスが一方的に忘れても、アレインとやらは自分が何者でナザリックが何であるかは承知しているだろうし、アルベドの仮説通りだとすればあのデミウルゴスの血筋だ。何をやらかしたって驚くには値しないし、実際オレは、デミウルゴスにいつもされているように、いいように手の平で踊らされた挙げ句にコレだ。(わら)ってくれ。」

 

 流石に……笑えないなぁ。

 と考えているのは、アインズも同様であるようだ。

 

「まぁ……笑い事じゃないわな。

 晴れて、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、世界を(けが)す者に成り果てた。

 どんな経緯があったにせよ、最終的にはオレ自身の決断なしに、オレの超位魔法が発動することはない。」

 

 改めて、アインズは一切感情を含まない平板(フラット)な口調でそう言った。

 

「弁明するつもりはない。

 煮るなり焼くなり、好きにしてくれ。」

 

 うーむ、とツアーは唸る。

 煮ても焼いても、食べるどころか出汁すら出そうにない身体(からだ)で何を言っているんだ、などという冗談はさておき、これは重症だな、とツアーは頭を(かか)え込みたい気分だ。

 

 さりとて「ま、別にいいんじゃない」で片付く話でもあるまい。

 正直なところ、ツアー自身にとってはどうでもいい話であるように思えなくもないのではあるが、アインズが思いの(ほか)この件で落ち込んでいることは見るからにわかるし、その一因は(ほか)ならぬツアー自身にもある。

 

 いろいろ随分と世話になってきたことでもあるし、ここは丁寧に応じてやらねばなるまい。

 

「まず、この有り様だが……」

 

と、ツアーは周囲の瓦礫の山を見回した。

 

「……もう少し穏便なやりようはなかったのか、と思わないでもないが、世界を滅ぼしかけた前科は、(ほか)ならぬボクにもあるから、偉そうなことは言えないな。」

 

 珍しくちゃんと予習をしてこの場に望んでいるアインズには、ツアーが自嘲気味に言うところの意味を正しく理解できる。

 

「八欲王、か?

 だが、アレはその馬鹿どもがおまえに挑んで来たからで……」

 

「否。」

 

と、ツアーはアインズの言を封じる。

 

「当時のボクに他に手がなかったのは事実だが、今振り返ればやりようはいくらでもあったように思えなくもない。そして、巻き添えになった大陸の人間たちは、当時のボクの眼中には一切なかった。

 復讐、に取り憑かれていたからね。ボクもあの頃は若かった。」

 

 このツアーの言葉に、ふふふ、とアインズは思わず微笑みを(こぼ)し、慌ててそれを打ち消した。

 

「……だが、相手は来訪者(ユグドラシルプレイヤー)だろ?」

 

「まさにそこだよ、アインズ!」

 

 (きっ)としたツアーの視線がアインズへ向かう。

 

「当時の、そしてキミと出会うまでのボクは、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を特別なもの、この世界とは相容(あいい)れない招かれざる者、と思っていた、思い込んでいた。」

 

「世界を(けが)す者……か。」

 

「あぁ、その通り。

 今更こんなことを言っても詮ないことだが、この言葉を、初めて出会ったときのキミに不用意に口走ったボクは、あまりにも思慮が足りなかった、と認めざるを得ない。」

 

 ツアーのツアーらしからぬ言動にアインズは当惑を覚えた。

 

「どういう……ことだ?」

 

「キミとキミの仲間たちは、ボクが、世界を(けが)す者、という言葉で以て自分自身を縛った呪いを解いてくれたのに、ボクは逆に、この言葉でキミに呪いをかけてしまった。」

 

「オレに……呪いをかけた、だとぉ?」

 

「正しくはボクがかけたんじゃない。キミがキミ自身を自ら縛ったんだ。

 キミとキミの仲間たちとの付き合いを通して、ボクは来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が、世界を(けが)す者、で必ずしもあるわけではなく、ボクや、その他この世界に生きるすべての者がそうであるように、彼らもまた、感じ、考え、どうしようか、何とかならないか、と藻掻(もが)く儚い存在であるに過ぎないことを学んだ。

 逆にキミは、キミ自身がユグドラシルからやって来たがゆえに、ボクが不用意に発した、世界を(けが)す者、の言葉に縛られて、同朋たちがこちらの世界へ与える影響の全責任を……自ら背負い込んだのさ。」

 

「な!」

 

 一瞬、アインズは色めき立つ様子を見せた、が。

 

「……あぁ、そうだな。

 それは、おまえの言う通りかもしれんな。」

 

と、素直にツアーの言を認める。

 それぞれの詳細は例によって不明瞭だが、思い当たる節は山程あるからだ。

 

「さりとて、ボクは無条件に来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を受け入れる、と決めたわけでもない。腹の立つヤツが居れば然るべく対処するし、実際そうした相手もある。これはキミも同様だろうが、それは彼らのみに限った話ではあるまい。

 ユグドラシルからやって来る者のみを特別扱いする理由はない。この世界にある(あまね)く存在と同様に、付き合いもするし、(とき)に戦い争うこともある。ただ、それだけだ。」

 

 無言のまま、アインズはツアーの続く言葉を待った。

 

「だから、八欲王との戦いで大陸全土を焼き尽くしたボクが無罪で、黒い仔山羊ちゃんで文明を滅ぼし尽くしたキミが有罪だ、という理屈は成り立たない。キミが有罪であればボクも有罪だし、ボクが無罪であればキミも無罪だ。そもそもボクらは何かに対して法だの掟だのの遵守を誓ったわけでもないのだから、罪のあるなしを問うこと自体意味がない、とも言えるけどね。」

 

 なんだか、またウルベルト・アレイン・オードルと話しているような気分になってきたな、とアインズは思う。

 

「アレイン、とやらが奉じたと思しきウルベルトくんの遺命、キミの記憶の中のウルベルトくんが告げた、人間が人間としてあれない世界など滅んだ方がいい、とする考え方の当否は、なかなかに難しいものがある。

 正直なところボク自身は、アレインがキミの(せき)を問うたのと同様に、否、それ以上に、個々の人間がどうあるか、どう生きるか、などということには興味も関心もない。有り体に言えば、そんなものは(ほう)っておけばよかったのに、と今もキミに対しては思う。

 だが同時に、キミが、アレインが引き連れた人々、潜在的に今後も生じ得るであろうそういった人々、人間社会の隘路に陥って人間でありながら人間であれない人々、自ら人間であると胸を張れない者たちを、かつて人間であった頃の自分自身に重ね合わせて慮った末この決断をしたのだ、ということも少なからず理解できる。」

 

 ここで一旦ツアーは言葉を切った。

 しばし呻吟する様子を見せた後、再び語り始める。

 

「キミがこちらへやって来る少し前の話だったか、蠍人(パ・ピグ・サグ)のある集落で(むご)流行(はや)(やまい)があった。甲殻の内側から(かび)(おか)されるというもので、(わずら)ってしまえば打つ手がなく、無闇に長く苦しみが続く上に感染の拡がりも早かった。

 個人的に情誼のあった、自身既に末期症状にあった息も()()えの代議員に救済を乞われて、ボクはその集落を跡形もなく一息に焼き払った。

 事後的に顛末を知った他の竜王(ドラゴンロード)たちは、何も口にはしなかったが苦々しい視線をボクに送ったものだ。無論彼らは、ボクの判断と行為を非難したわけではない。何がなくとも、人は衰え、病み、苦しみ、そして死ぬものだ。何故(なにゆえ)そこに竜王(ドラゴンロード)が介入する必要があろうか。皆の総意はその辺りであったろう、と思う。

 聡明なキミのことだ。ボクが何を言わんとしているかはわかるだろう?」

 

 アインズはやはり、無言のままに頷いた。

 

「そんなボクであっても、今回の一件について言えば、ここまでしなくてもよかったんじゃないの、とは思う。

 思うが、ではどうすべきだったか、ボクにはたちまちに思案がない。

 そんなボクが……どうこう言うべき話ではないだろうね。」

 

 一気にそう語った後に、ツアーは指を一本立ててアインズの肩に載せ、噛みしめるようにこう言った。

 

「その上で、キミに詫びさせてくれ。

 ボクの種族特性上やむを得ないことではあるが、キミが最も(つら)い決断を求められた瞬間(とき)(かたわ)らに寄り添えなかったことは、キミの友として慙愧に耐えない。」

 

 パカリ、とアインズの骨の口が(ひら)き、その視線が頭上のツアーの大きな顔へと向かう。

 アインズはしばしそのまま不動となったが、やがて自身の肩に添えられたツアーの指に骨の手を掛け、

 

「オレも……短気を起こして悪かった。

 次は、おまえが目を覚ますまで待つようにするよ。」

 

と応じたが、これにツアーはポソリと一言(ひとこと)

 

「次なんか……」

 

 意を察したアインズが高らかにツアーに唱和す(ハモ)る。

 

「「……あってたまるかーーーっ、ボケーーーッ!」」

 

 ふ。

 

 ふふ。

 

 ははは。

 

 わははははっ。

 

 ワッハッハッハッハッ!

 

 能天気で我儘気儘で世界を焼き払い得る二人は、共に天を仰いで笑った。

 少なからず生き残った人々は、空の彼方から届いたこの世のものとも思えぬ哄笑に、ひたすら恐怖するほかなかった。

 

 

                    *

 

 

「そもそもこの世界の下等生物どもに、都市、国家、などというものは分不相応だったので御座います。」

 

 失意のままに、その(あるじ)が眠る白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの居城に十数年籠ってナザリック地下大墳墓を顧みなかった至高の主の帰還を、知の下僕(しもべ)たちは責めるでもなく、かと言って喜ぶでもなく、ただただ日常の延長として迎えた。

 

 後ろ暗さからこっそり自室に跳んだアインズはたちまちにアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターのナザリック三賢者(トリニティ)に捕獲された。土下座を始めたアインズは「まぁまぁ」と席を勧められ、続いて(あるじ)不在の間になされた彼らの()()()()が開陳された。

 

「この世界に国家の概念をもたらしたのは、徴税によるギルド維持を目論んだ六大神なる来訪者(ユグドラシルプレイヤー)であり、しかもこの連中は、父上がそうであらせられるような聡明さも慈愛も備えてはおらず、ただただ<現実(リアル)>の国家概念の表層的な部分、自分たちに都合のよい部分のみをつまみ食いしてこちらの世界へ持ち込んだので御座います。」

 

 彼らは、そもそも至高の主がこの世界の生殺与奪の権能を握っていて当然、の認識を有しているので、誰一人としてアインズがもたらした文明崩壊を問題視などしてはいない。

 一方で、アインズが自身の行為に、どのような理路によるものか慮ることは敵わぬものの心痛めているようだ、ということがわからないほど能天気でもないので、この大災厄からアインズを免責する論理を構築すべく、シズちゃんズを動員してナザリックの記憶を総点検し、ここに至るまでの歴史を洗い直したらしい。

 

「国家、というものは、その構成員に対し、銘々が真摯に己が如何に生きるべきか、あるべきか、を問うことを免除いたします。

 同時にそれは、そこに漬け込んで支配のための支配、搾取のための搾取を弄ぶ(やから)の跋扈を許し、実際、(わたくし)どもがやって参りました当時の人間社会はそのような身の程知らずの阿呆ども、それらの蹂躙に甘んじる(くず)どもで溢れかえっておりました。前者の主だったものは、光栄にも御身により分相応の死を下賜されました。」

 

「我々の来訪直後、父上がご神慮でもって導きを与えた少女たちは、まさにその反定立(アンチテーゼ)となる社会を構築いたしました。共同体としてのそれは既に失われて久しゅう御座いますが、その理念は今も大陸全土に広く薄く行き渡っておりますれば、これからの人間社会復興に際し、一定の役割を果たすであろうことが見込まれております。

 同様に、父上のご神慮で以て託宣の巫女となった少女、改革の旗手となった皇帝もまた、六大神以来の硬直化した人間社会に新風を吹き込み、その安定的発展に寄与したもので御座います。」

 

 アルベドとパンドラズ・アクターが、至高の主の功績として喜々と語る大半に、聞かされているアインズとしては思い当たる節はない。いや、記憶にないのは仕方がないとしても、どう考えても自分がそんな深慮遠謀を以てこの世界に積極的に関わったはずなどないのに、アルベドたちはこれをアインズが意図してやったもの、と信じて疑わないらしい。

 

「一方でアインズ様は、もったいなくも(わたくし)ども下僕(しもべ)に常日頃お注ぎ下さると同様に広大無辺なお慈悲で以て、この世界の住人たちに自ら進む道を選ぶことを許されました。

 されど所詮は下等生物。望外の(えい)に浴しながら、この者たちはその恩恵の意味するところを(かい)するでもなく、結局のところ六大神によって与えられた国家の(かせ)から飛躍することが叶わなかったもの、と存じます。」

 

守護者統括殿(アルベド)の申します通り、この世界の者どもは自由の意味を履き違え、それを無思慮に謳歌する者と、その自由にすら心至らず勝手にも世界を呪う者、の分断を生じせしめたもので御座います。

 不遜にも、アレイン、を名乗った不届き者は、後者の怨念を束ねて父上にその総決算を迫ったもので御座いましょうが、そもそもは、かの者の言う弱者、愚者、無能の自身の力及ばざるが為の隘路を、事もあろうに父上に問責するとは筋違いにもほどが御座いましょう!」

 

「そのような不遜の(やから)を一気に殲滅なさいますと共に、お慈悲で以て再びそのような者たちが巷に溢れることのないよう、六大神の残滓とでも言うべき人間国家文明諸共に処断なされましたのは、まさにご英断、と申し上げるほか御座いません。

 御身がお心を痛めずとも……よろしいのではないでしょうか?」

 

 アインズとしては、彼らが自身を慰めようとしてこの益体もない屁理屈を弄んでいることは正しく理解しているが、<永い眠り>から目覚めたツアーとの対話を通じて、完全に、でこそないものの、既にある程度の落とし(どころ)に自ら至っているつもりの彼としては、

 

 そこまで無理繰り気を遣ってくれなくてもいいのに。

 

などと思わないでもなかったのであるが、それでも彼らの心遣いは嬉しかった。

 

 むしろ。

 

 いつになく雄弁なアルベド、パンドラズ・アクターに対し、この事件の真犯人容疑がかかっているデミウルゴスが沈黙を保っているのが不安になってくる。流石のデミウルゴスも、自身の記憶に既になく、また、明確に企図してのことでないにせよ、結果的に未曾有の事態を自身が引き起こしてしまったことに、猛省しているものだろうか?

 

 が、そんなことはあるまい、という思いもある。

 

 デミウルゴスの創造主、ウルベルト・アレイン・オードルが「人間が人間としてあれない世界など滅んだ方がいい」という極端な思想をかつてのアインズ、モモンガに対し語ったのは<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>に刻まれた疑いようもない事実だ。

 アインズがそうであるように、デミウルゴスも少なからずその影響下にあるのだろう。

 

 一方でアインズは、ウルベルトはどこまで本気だったのだろう、という疑いも(いだ)いていた。

 と言うのも、ツアーの居城に籠もり始める直前、流石に気になって<日誌(ログブック)>の件の(くだ)りを読み返してみたのだが、

 

「モモンガさんも私と同じように考えてくれるようで……ホッとしましたよ。」

 

に続いて記録されているウルベルトの発言が、

 

「話は替わりますが、ぶくぶく茶釜さんご出演の新作『蹂躙する姉、凌辱される弟』が大層評判なのをご存知ですかな?」

 

だったからだ。

 

 幸か不幸か、その不穏な表題(タイトル)新作(エロゲー)の中身についての記憶は一切ない。

 

 そりゃそうだわな、茶釜さんが出演してるそれを玉座の間や円卓の間で遊んでいるところを、万が一にも本人や取り巻きに見つかったらエラいことになるもんな……というのはさておき、ひょっとすると最古図書館(アッシュールバニパル)を探せば出てくる可能性も……というのもさておき。

 

 続けてこんな話をし始める人物の話を()に受けて、オレはこの世界の文明を滅ぼしたのか、んなアホな、という思いもなくはないのであるが、それはデミウルゴスとて同じだろう。もはや真相を知る(すべ)もないが、だからこそ、必要以上に自責の念にかられていなければいいのだが。

 

「して……アインズ様。」

 

 そんな呻吟をしているところに、そのデミウルゴスから声がかかる。

 

「……うむ。」

 

と、敢えて鷹揚に応じるアインズ。

 

「旧弊が一掃されたこの期に、大陸にアインズ様の広大無辺な慈悲と叡智を以て治められる王道楽土を建設するも一興、かとは存じますが。」

 

 あ、駄目だ。

 こいつ、全然懲りてないわ。

 

「いかがでしょうか!」

 

 口を三日月型に歪ませた笑みを浮かべ、両手を左右に大きく広げたデミウルゴスの、その手が当たって隣にあったアルベドが鬱陶しげにそれを振り払う。

 

参謀殿(デミウルゴス)には付ける薬も御座いませんな。」

貴方(あなた)、自身の悪巫山戯(わるふざけ)がどれだけアインズ様を苦しめたか、わかっていないのかしら?」

 

 どうやらパンドラズ・アクターもアルベドも、考えていることは同じらしい。

 が、デミウルゴスにそれを気にする様子はない。

 

 そりゃそうだわな。

 おまえの創造主は、人類絶滅を願いながらエロゲーのこと考える朴念仁だもんな。

 

「……ゴホンッ!」

 

と咳払いで()を取って、アインズは言う。

 

「まずは、長く不在にしてしまってすまなかった。

 その間、ナザリックを(つつが)無く維持運営してくれたおまえたちに礼を言っておこう。」

 

 何をおっしゃいます、アインズ様!と色めき立つ下僕(しもべ)たちを差し出した骨の手の平で制してアインズは続ける。

 

「この件について、やり過ぎだったのはオレ自身認めるところで、ツアーにも、もう少し穏便にならなかったものか、と苦言を呈されはしたが、あいつとは手打ちになった。今後、これについて蒸し返すのは無用、と心得よ。」

 

「「「はっ!」」」

 

と、三人の知の下僕(しもべ)が応じる。

 

 あまりに素直なその態度に、本当かよ?と、若干の不安を覚えつつもアインズは続けた。

 

「おまえたちの研究成果、とやらは理解した……つもりだ。

 確かに、大元を辿れば六大神が国家……モドキをこの世界に造ったのが発端だ、というのは一理ある、とオレも思う。以てオレ自身が免責された、などとは思ってはいないが、オレたちが少なからず<現実(リアル)>の認識を引き摺って、この世界に国家が存在するのは当然だ、と考えてきたことについては、大いに反省すべきところがあるな。」

 

「そんな!

 (わたくし)どもは、御身に(せき)あり、などとはまったく考えておりません!」

 

 アルベドがそう食いついたが、これもアインズは軽くいなす。

 

「オレは、この世界では最強、至高の存在だ。そうだな?」

 

 アインズは、敢えてそう問うた。

 

「そんな存在には、否応なく相応の責任がある。

 ……いや、そういう言い方は正しくないな。

 

 オレはそういう存在であるからこそ、世界に対して責任を負うことを……(たしな)む。

 これは義務だとか使命じゃなくて、絶対強者のみに許される贅沢、単なるオレの我儘だ。

 だからオレは、あのアレイン、とか名乗った小僧の糾問にまったく理がなかった、とは思っていない。」

 

「では!」

 

と感極まった声色のデミウルゴス。

 

「いよいよこの世界の有象無象に、至高の御身の御威光をお示しあそばしますか!」

 

「……いや、()めとこう。」

 

 やはりアインズは、興奮気味のデミウルゴスに敢えて気のない素振りで応じる。

 

「オレがオレの振る舞いに責任を感じるのと、この世界の全責任を背負い込むのは、似ているようで別物だ。それがわからんデミウルゴスでもないだろう?」

 

「それは仰る通りで御座いますが、さりとて何かしら手を打ちませんと再発防止の観点からも……」

 

 それは……おまえが余計なことをしない、で十分なんじゃね?

 と、流石にアインズは口にはしない。

 

「無用だ。」

 

 繰り返しアインズは、平静な口調でそう言う。

 

「オレは、この世界が、この世界の普く存在が、(ほしいまま)に振る舞うことを願っている。」

 

 自然とアインズの視線は、何処か遠くへと漂った。

 

「そいつらが(ほしいまま)に振る舞った結果、同じことが繰り返されるのかも知れないし、また、まったく異なる別の破滅へと至るのかも知れない。が、そうならないように事前に手を尽くす、などというのはあまりに欲深(よくぶか)というものだ。

 何か起こってから……あー、これは流石にマズいわ、と気づいてから、考える、で十分だ。オレたちにはそうするに足る力と知恵があるし、そもそもそれこそが、オレたちのこの世界の……」

 

 不意にアインズの言葉が途切れ、三人の下僕(しもべ)の注意が引き寄せられる。

 アインズは骨の両手で何かを掌中に慈しみ弄ぶかのような形を造ってこう続けた。

 

「この、期せずして手中に収めた存外お気に入りの、

 

  異世界の楽しみ方

 

 ……というものだ。そうは、思わないか?」

 

「父上、まことに以て仰せの通りで御座います!」

「よろしゅう御座います、よろしいのではないでしょうか!」

「なるほど、そういうことで御座いますね、アインズ様ァ!」

 

 アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの三賢者(トリニティ)は、銘々に喜色の声をあげた。

 必ずしもアインズの発言に感銘を受けたから、ではない。

 

 自らの手でこちらの世界の文明社会を灰燼に()して(のち)、長く友人(ツアー)の居城に独り籠もって一時はナザリック地下大墳墓の(あるじ)たることを放棄してしまうかに見えたアインズが、再び彼らの上に君臨してさえくれるのであれば、何処へ向かうかなどというのは些末な問題でしかないのだ。

 

「おまえたちが納得してくれたのなら重畳だ。

 

 ついてはアルベド。

 皆、職務に精励して強いて気を揉んではいまいが、オレの不在に不安を感じていた者も多いだろう。オレ自身が帰還を宣言して安心させるとともに、これからのナザリックの大方針を改めて示そうと思う。

 

 玉座の間に皆を集めてくれ。」

 

 そう命じながら(きっ)とした視線が愛妃へ向かう。

 

「はっ!

 至高の主の思し召しのままに!」

 

 応じる愛妃の怜悧ながらも、本質的に空虚な彼の心を優しく癒やし包み込むが如くの眼差しに、アインズは深く満足()に頷いて見せた。

 

 

 

「我らが至高の主の御前である!

 皆の者、謹んで忠誠の儀を!」

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 あまねく下僕(しもべ)が一堂に会している。

 

 アインズは、ナザリックの大方針を改めて示そう、などと嘯いたが、これまでと特に変わることなどなかった。

 すなわち。

 

 知的生物動向調査担当に最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴス。

 財務責任者に二重の影(ドッペルゲンガー)パンドラズ・アクター。

 トブの大森林の守護者に闇妖精(ダークエルフ)アウラとマーレ、その一族。

 ナザリック近傍防衛兼後方支援に真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)シャルティア・ブラッドフォールン。

 アインズ近衛(このえ)蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスと竜人セバス・チャン。

 そしてこれらを束ねる守護者統括にしてアインズの愛妃、女淫魔(サキュバス)アルベド。

 

 ナザリック地下大墳墓の永続を期するに当たり、これが鉄壁の布陣であることに、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは絶対の確信を(いだ)いている。

 

 はて、これを皆にこうして申し下したのはいったい何度目なんだろう。

 ひょっとすると、世界を滅ぼし尽くしたのも、これが初めてではないのかも知れない。

 

 仮にそうだとして、それが何だと言うのか。

 オレは我儘気儘にこれを続けていくのだ!

 

 そして。

 

 親友ウルベルト・アレイン・オードルの記憶に使嗾されるまでもなく、ナザリックの仲間たち、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーとその一党、この世界の有象無象が皆、(ほしいまま)に振る舞い続けることを望み慈しみ続ける限り、この世界に、冒険の種の尽きることあるまじ。

 

 モモンガさーん、私のことを忘れないで下さいよー!

 

 黙っとれ、ペロロンチーノ!

 いや、今後もここぞというときは、オレの背を押してくださいね。

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンとナザリック地下大墳墓の、永遠(とわ)の冒険は果てなく続く!

 

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