億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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歴史の生き(?)証人たちが見たものは?


終章(エピローグ)、そして序章(プロローグ)

「な……何があったんだ、こりゃ?」

 

 (とき)彷徨(さまよ)い人、真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンは、目前の光景に絶句した。

 

 (ところ)は遥か昔の戦友(とも)、勇者ガ・ギンの墓所。

 長くキーノたち<黒の百合>が<緊急脱出(エヴァキュエイション)>による転移先として投錨していた地点であり、かつてのド・クロサマー王国、今はその名も忘れ去られたカルネ村を北に見下ろす丘の上に、ガ・ギン愛用の戦槌(ウォーハンマー)が物言わぬまま佇んでいる。

 

 村は、かつての城柵に囲まれた威容こそ失われてはいるものの、特に異変はないように見えた。

 キーノたちが最後に当地に立ち寄った百五十年ほど昔は、人間、小鬼(ゴブリン)妖巨人(トロール)の計二百人ほどが大陸の機械文明からも取り残されて旧態然(きゅうたいぜん)とした畜農を営んでいたものだが、その様子に変化はないように見える。何なら少し人口が増えたか。

 

 一方で、丘の南にはキーノを絶句させた光景が広がっていた。

 大陸東西を繋ぐ要衝、城塞都市エ・ランテルへ繋がる街道があったはずの草原には、差し渡し数百メートルに及ぶ火口(クレーター)が穿たれていた。その向こうにも、巨大な何物かが格闘したかに見える爪痕が大地に延々と刻まれている。

 キーノは、それが何であるかは想像がつかないものの、巨大な怪物が南から村、さらにはトブの大森林目掛けて押し寄せ、これを当地で迎え撃った何者かがあって、目前の火口(クレーター)は決着の一撃が残したものなのだろう、と考えている。

 

「……どう思う?」

 

 助言を求めて(かたわ)らの眷属に声をかけるも、

 

「ワタシにわかるわけないじゃーん。」

 

と、お手上げ仕草(ポーズ)貴族吸血鬼(ヴァンパイアロード)クレマンティーヌ。

 その左右では、双子少年忍者クゥイアとクゥイナが、クレマンティーヌを写し取ったかのような姿勢で居並んでいた。

 

「ひとまずはエ・ランテルへ足を伸ばしてみる?

 ま……望み薄、だとは思うけどねー。」

 

 そう(あるじ)に応じつつクレマンティーヌは、自分にとっての、望み、とはいったい何であろうか、と自身に問うていた。

 

 

 

 <黒の百合>は、ここ百年ほど大陸を離れていた。

 

 機械化文明、経済偏重の傾向が高まるにつれ、キーノたちが語って歩くところの、触れ得ざる者、についての警告に真摯に耳を傾ける者は漸減していき、お伽噺を真顔で語る狂人として扱われることも少なくなくなっていった。

 キーノ自身は、自覚的にはそのことを気になどしてはいなかったが、これを愛で以て支えるクレマンティーヌは、次第にキーノから表情が失われていっていることに並々ならぬ危機感を募らせていった。

 そして遂に、

 

「ツアー、とやらの国に行ってみよーよ!」

 

との提案がクレマンティーヌから()された。

 キーノは、アーグランド評議国は白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの治める領域であり、そのツアーの他にも竜王(ドラゴンロード)があることも承知していたので、そこで自分が出来ることなど何もない、と(はな)から考えて疑わない様子だったが、

 

竜王(ドラゴンロード)たちだって、普通の人間、亜人からすりゃ、触れ得ざる者、じゃね?

 キーノちゃんだからこそ、かの国の連中に語れることもあろうってもんだわさ!」

 

とクレマンティーヌに促されて意を決した。

 無論、クレマンティーヌにとってアーグランド評議国の亜人たちが来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に如何に備えるか、などということはどうでもいいことで、ただただキーノの精神衛生を鑑み、これ以上大陸の人間社会を歩き回らせるのは得策でない、と判じてのことではあったのだが、例によって例の如く、キーノ自身はそこにはまったく思い至らない様子で、頼もしい参謀役の眷属がそう勧めるのであればそれはそれでありなのだろう、といった(てい)でこの提案に応じた。

 

 結果的にこのクレマンティーヌの機転のお陰で、<黒の百合>は(のち)の世に<(めぇ)()く七日間>と呼ばれるようになった大災厄の直撃から逃れることが叶ったのである。

 

 渡海を好まぬ吸血鬼(ヴァンパイア)(さが)に従い、エ・アセナル北方の山脈を力任せに踏破したキーノたちは、まずツアーの居城を目指した。が、そこで彼女たちを待っていたのは、屈強かつ大量の不死者(アンデッド)の群れに囲まれつつ、能天気にも鼻提灯をぷかぷかさせながら眠りこける白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)だった。

 呼べど揺らせど起きる気配のまったくないツアーに見切りをつけたキーノたちは、大陸の人間社会でそうしたように、評議国の亜人の町や村を巡って有志と語らう日々を過ごした。中にはまったく彼女らに関心を示さない種族もあったが、多くの場合、大陸からの珍客は歓迎され、皆、熱心にキーノの語る、触れ得ざる者、の物語に耳を傾けた。

 クレマンティーヌが自慢()に「こちらのキーノ様は、おまえたちの評議員閣下ツァインドルクス・ヴァイシオン卿のご友人にてあらせられる!」と大見得を切って以降は各地で熱烈な歓迎を受けることとなり、途中からキーノは、聴衆の関心に応じて自分の語る触れ得ざる者が、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)なのかそれとも竜王(ドラゴンロード)なのか、区別がつかなくなったほどだ。

 

 そんなこんなで、ときに冒険者として亜人たちの種々の問題解決に助力したり、さらには日々の農耕や牧畜を手伝ったりと、キーノはしばし忘れていた充実した生活を堪能し、以て笑顔を取り戻した(あるじ)にクレマンティーヌも大いに満足した。四人の禁断の愛の営みも益々盛んだった。

 

 そして百年ほど経ったある日、

 

内海(うちうみ)の向こうで何やら大変なことが起こったらしい。」

 

との噂を耳にした。

 

 聞けば、評議員の一角(いっかく)青空の竜王(ブルースカイドラゴンロード)が物凄い速度で南へ向かって飛んでいったのを目撃した者もあるとか。そんなことは前代未聞だ、と誰もが言う。

 平穏な日々にすっかり意識されなくなりつつあったが、思えば今年はまさに<百年の揺り返し>の年だ。これは大陸側で来訪者が何かしでかしたに違いない、と判じたキーノが、渋るクレマンティーヌを宥めすかしてガ・ギンの墓所へ向かって<転移門(ゲート)>を開いたのは、我らが死の支配者(オーバーロード)が引き起こした未曾有の大災厄から二ヶ月ほど経た時点のことであった。

 

 

 

 村から街道、の名残を辿って南へ一昼夜駆け、城塞都市エ・ランテル……が在ったはずの場所に辿り着いてみれば、そこは見事なまでの瓦礫の山だった。

 正しく言えば、キーノたちがそこにはかつて城塞都市があったはずだ、と思うからこそ瓦礫の山に見えるのであって、それを知らなければ遠目にはただのガレ()で、石塊(いしくれ)をいくらか掘り返してみれば辛うじて当地で栄華を誇った機械文明の痕跡らしきものがちらほら散見はされるものの、強いてそうしなければそれを感じさせるものは何も残ってはいない。

 無論、自身不死者(アンデッド)であるキーノとクレマンティーヌは、そこに多くの物言わぬ遺骸が埋もれていることには気づいている。その大半は、建物諸共に巨大な何者かに踏み潰されたようだ。いったい何をどうやったらこんなとてつもない破壊がもたらされるものか。

 

「この(ぶん)だと……」

 

「……まぁ。

 余所(よそ)も推して知るべし、ってとこじゃない?」

 

 がくり、とキーノは膝をついた。

 その瞳には、大粒の涙が溜まっている。

 

 嗚呼!

 こうなることがわかっていたから大陸に戻るのは嫌だったんだ、とクレマンティーヌは溜息をつくが、なればこそ、自分にはしなければならないことがある、と気持ちを切り替えた。

 

「キーノちゃん!」

 

 あえて強い口調で(あるじ)の名を呼ぶ。

 振り返ったキーノは溢れる涙を隠そうともしていなかった。

 

「敢えて訊くけど……自分が居ればこの被害を防げたはずだ、なんて思ってないわよね?」

 

と問いつつも、キーノがそう考えて自身を責めているのは一目瞭然だ。

 そういう性格だ、というのは(はな)から承知で、だからこそクレマンティーヌにとってキーノは愛おしい(あるじ)でもあるのだが、同時に、面倒臭いヤツ!という思いもある。

 

「でも……でも……」

 

「んなワケねーだろ!」

 

 涙声で訴えにならない訴えを続けるキーノを、クレマンティーヌは怒鳴り飛ばした。

 びくり、と打ち震えていたキーノが身体を強張らせる。

 

「これは、ワタシらがいたらどうこうできた、なんて(レベル)の何かじゃないのは、キーノちゃんだってわかってるよね?それをそんな(ふう)に勝手に背負い込もうとするのは……よくないんじゃね?」

 

「……だって。」

 

「だって、もへったくれもないの!」

 

 ここが正念場だ、とクレマンティーヌは肚を括る。

 

「ワタシらは、魔物(モンスター)退治を請け負う時は金貨を頂く冒険者でしょ!

 なんで、守ってくれ、と頼まれたわけでもないキーノちゃんが責任を感じるわけ?」

 

 この正論に、キーノは口先を尖らせて沈黙している。

 

「それとも、丁度いい具合に街だの国だのがなくなったこの機に、生き残った連中を束ねて王様にでも名乗りをあげる?それなら、連中を守りたい、って話にも筋が通るわさ。ワタシはキーノちゃんの親衛隊長にでも騎士団長にでも、何なら政敵を片付ける刺客にでも、何にでもなってあげるわよ!」

 

「んなこと、するわけないだろ!」

 

 大陸に覇を唱えろ、とのクレマンティーヌの物言いに、思わずキーノは噛みつく。

 ニッ、っとクレマンティーヌは口を三日月型に歪める笑みを浮かべた。

 

「でしょー!んなことしないでしょ、キーノちゃんは。

 だとしたら、(いま)落ち込んでんのも……おかしくない?」

 

 このクレマンティーヌの言葉に、キーノはハッとした表情を見せて落ち着きを取り戻す。

 元より、そんなことはキーノだってわかってはいたことだが、数多(あまた)の遺体を抱え込んだ城塞都市廃墟の情景は、理屈抜きに否応なくキーノの感情を揺さぶった。

 

「それに、よーく見てみ。」

 

 キーノの情動が安定したのを見たクレマンティーヌは、今度は(あるじ)の、相変わらず脳筋(のうきん)で幼くありつつも、それでも怜悧な一面も備えた理性を励起するべく話題を転じる。

 

「村からここまで続いてた足跡、それを屠ったと思しき痕跡、街の壊れ方……どれも大きくて重いけど、せいぜい一体か二体の化け物がやったことに見えるでしょ?」

 

「うーん……確かにそうだな。少なくとも、何か軍勢のようなものが街を囲んだ、という感じじゃない。」

 

 クレマンティーヌの問いに、改めてキーノは冷静に廃墟を見回し、クレマンティーヌの観察眼の見抜くところを追認する。

 

「街の連中には逃げ出す機会がなかったわけじゃない。でも、埋まってる死体の数からすると、ほとんどの連中が逃げ出しも、ましてや化け物に挑むこともせず、ただ建物の中に隠れてそのまま踏み潰されたことを示唆してるよね、この状況は。」

 

 キーノは、こくこく、と頷く。

 

「だとしたら、ワタシらが居たとしても、こいつらを助けることなんて出来やしないわよ。

 そりゃ、少なからず恐怖に身が竦んで何も出来なかったヤツもいるでしょうけど、大半は街を捨てて命を取る決断が出来なかった、ってこと。そんな連中の壁になる義理ある?ないでしょー、常識的に考えて!」

 

「ふふ。」

 

 ついさきほどまで取り乱して自身を呪うかの如き形相すら見せていたキーノが、不意に笑いを溢した。

 

「……何?」

 

「いや。クレマンティーヌの口から、常識的に考えろ、と言われるとは思わなかった。」

 

 その表情は、既に常のキーノ・インベルンだ。

 あぁ、自分はすべきことを成し遂げた、とクレマンティーヌは安堵する。

 

「……ひっどーい!キーノちゃんってば、ワタシを何だと思ってんのよ!」

 

 キーノの情動の乱れがひとまず落ち着きを見せたのを認めて、クレマンティーヌは敢えて軽口でそう応じた。

 いましばらく(あるじ)がこれを引きずり続けることはどうしようもあるまいが、最悪の事態は避けられたはずだ、と。

 

「連中……かな?」

 

 ぽそり、とキーノ。

 その意味するところは言わずもがなにクレマンティーヌに伝わる。

 

「ナザリックの?

 さぁ……それはどうだかね。」

 

 正直に彼女は、そこは何とも言えない、という感想を示した上でこう付け加えた。

 

「村で見た光景は、エ・ランテルを踏み潰した後にトブの森に迫った何かを、何者かが森の手前で食い止めたことを示してるわよね。村を守るため、だったかどうかはともかく、ナザリックの連中には森を守る動機はあるはずだから、普通に考えれば、食い止めたのはあの連中でしょうよ。連中の他に、そんなことが出来るヤツがいようはずもないしね。」

 

 その仔細までは承知していないものの、ナザリック地下大墳墓がトブの大森林の守護者を自認しているらしいことはクレマンティーヌも知っている。

 

「とすると……これはアインズさんたちが来訪者(プレイヤー)を迎え撃った結果なんだろうか?」

 

 キーノは、これをクレマンティーヌに問うことは筋違いだ、とは思いつつも、素直な疑問を自身の懐刀に投げる。

 

「そこも……どうだかね。」

 

 クレマンティーヌは言葉を濁した。

 

 来訪者(プレイヤー)、触れ得ざる者、と一口に言っても、その行動原理は様々だ。

 概ね共通しているのは、連中が自身の秩序の維持のために何らかの財を継続的に必要とするらしいことだが、それも、ある限界点を超えると統御が効かなくなって、キーノが魔神、と呼ぶところの(あら)ぶるだけの化け物に零落(おちぶ)れるらしい、ところまではクレマンティーヌも理解している。

 (いま)目に見えている事実だけから考えれば、魔神と化した来訪者(プレイヤー)が理由もなく城塞都市を滅ぼし、その破壊がトブの大森林に迫るのを見てナザリックの連中が応戦した、と考えるのが素直な解釈であることは彼女もわかっている。

 

 が、何か頭の片隅に釈然としないものが残る。

 

 第一に、ナザリックの連中は力任せの化け物集団に見えて存外頭が切れる、とクレマンティーヌは考えている。過去に何度かキーノと共に、ナザリックに先んじて来訪者(プレイヤー)との接触が叶ったことがあったが、そのときも連中はすぐ後ろを追って来ていた。

 逆に、クレマンティーヌたちが事後的にナザリックの暗躍を知った事例は数多(あまた)ある。意味するところは、比べるのも馬々鹿々しい話ではあるが、<黒の百合>とナザリック地下大墳墓を比較すると、その情報分析能力に決定的な差はないが、索敵範囲と行動力において圧倒的に勝るナザリックが先手を取ることが多い、ということだ。

 そして、今日(こんにち)に至るまで見過ごされた来訪者(プレイヤー)……仮にそんなものがあるとしたら今この瞬間も自分たちからもナザリックからも知られていないのだから、これは意味のない同語反復(トートロジー)だ、と思わないでもないのだが……というものは知られていない。

 そんな連中が、ここまでの災厄が起こるまで放置した挙げ句、彼らが守護する森の手前ギリギリで迎え撃つ、などというヘマをするだろうか?

 

 第二に、(あるじ)キーノがこの災厄に心痛めていることを理解しつつも、クレマンティーヌはキーノのその思い自体にはまったく共感できずにいた。何ならある種の清々(すがすが)しさすら覚えている。

 彼女はここ数百年の機械化文明に少なからず当惑を感じていて、それが(あるじ)に与える影響を鑑みてキーノをアーグランド評議国へ誘ったものだが、彼女自身の大陸の文明、国家に対する違和感は、何もここ数百年に始まったものではなかった。当時はそんなことは自覚していなかったかもしれないが、今なればこそクレマンティーヌにはそこを明確に言語化することが出来る。

 まだ生身の人間であった頃から、クレマンティーヌは、銘々が何をすべきか、どうあるべきか、無言のうちに押し付けてくる社会、その押し付けてくるもの自体いったい誰が定めたものなのか不明瞭で誰も責任を取ろうとしない社会、が大嫌いだった。最初、それはスレイン法国のみがそういう特殊な社会なのか、と考えていたが、他国を渡り歩くにつれ、何処に行っても具体的な現れ方が異なるだけで、他人の顔色を伺い、場の空気の求めるところに従うことで安心する者が多数派であること、に違いはなかった。

 そもそもクレマンティーヌに法国からの出奔を決意させたのは、絶対強者と考えて疑わなかった漆黒聖典番外席次絶死絶命もまた、最強の存在であるにもかかわらず、(ほしいまま)に振る舞うことなく周囲の期待を伺いそれに応じて振る舞う存在であることに気づいて、深く絶望させられたからだった。絶死絶命ほどの力を得て魂の自由を得られないのであれば、何処に何を求めようか!

 だから、彼女がキーノに魅力を感じたのは、何も吸血されて眷属に迎えられたからではなく、誰に求められたわけでもなく自身を来訪者(プレイヤー)との間に立つ者と定めたその生き様、そこに哀れさを覚えるほど愚直に突き進むその生き様に感じ入ったからなのだ、ということが、今のクレマンティーヌにはよくわかっていた。

 そんな彼女にとって、機械化文明の進展に伴い誰も彼もが事前に書かれた脚本(シナリオ)通りに最適解的な言動を採っているかに見える大陸社会……無論、個々人を見ればそうでない者もいることは百も承知だが、それは本当にごく一部の例外に過ぎなかった……は、それがかつてのスレイン法国のような警察国家的な強制を伴うでもなく、銘々が納得してそれに順応しているように見えるだけに、余計に(すこぶ)る居心地の悪いものだった。その社会を、(あるじ)キーノが無邪気にも守りたいと願っていることがわかるから、なおさらだ。

 

 はて、ナザリックの連中はどうだったろうか、とクレマンティーヌは考えている。

 もちろん、あの化け物どもが本質的にはこの世界の住人に一欠片の関心も持ち合わせていないことはわかっている。その一方で、数少ない邂逅ではありつつもこれまでの関わりから、彼女は自身の感性に合い通じるものをナザリックの連中に覚えていた。特に、常に恍惚とした表情を浮かべながら陰惨極まりないことを感極まった声色でがなり立てた赤服の男(デミウルゴス)なんかがそうだ。

 連中も、彼女が長く違和感を覚えてきた大陸社会の状況を、彼女同様に好ましく思っていなかったのだとすれば、何がきっかけになったかはともかく、何かのついでに滅ぼしてしまう、ということはあり得なくはない。連中にはそれを遠慮する理由など、これまた一欠片もないのだから。

 

「真犯人探しはワタシらの手には余るし、そんなことしたってワタシらには何の得もないわさ。

 むしろワタシらは……ワタシらだから出来ること、をやるんじゃなかったっけ?」

 

 こう言えば前向きな思考を取り戻すだろう、と考えてそう応じれば、案の定キーノは笑顔を浮かべて、

 

「おまえの言う通りだ。取り乱して済まなかったな。

 ありがとう、クレマンティーヌ!」

 

と、立ち上がってない胸を張っている。この単純明快さも、クレマンティーヌからすれば(あるじ)の愛すべき性向だ。

 

 そのカラリとしたキーノとは対照的に、決して表情に出したりはしないものの、クレマンティーヌ自身はドロドロとした怨念を抱え込んでもいる。

 

 たとえ一時(いっとき)たりとは言え、我が愛しの(あるじ)キーノ・インベルンに(つら)い思いを(いだ)かせた何者かに、一矢報いずにおくものか!

 それが既に殲滅されたやも知れぬ来訪者(プレイヤー)であろうが、不倶戴天の骸骨野郎、大魔王アインズ・ウール・ゴウンであろうが、そんなことは彼女には関係がなかった。

 

「まずは現状の把握からだ。(いち)からの出直しになるが、これからもよろしく頼む。」

 

 意を新たにしたと見えるキーノが力強くそう宣じたのを受けて、クレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナは、それぞれに微妙に異なる思惑を抱えつつも、総じては満足そうに頷いた。

 

 永遠の(とき)彷徨(さまよ)(びと)、<黒の百合>の旅は続く。

 

 

                    *

 

 

「どう思う?」

「どう……って?」

 

 大陸のどこかの闇の中、問う声、それに応える声。

 

「超位魔法<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>だったでしょ、アレは。」

 

「そんなことは俺だってわかってる。

 俺たち以外にもユグドラシルプレイヤーがいる、ってことなのか?」

 

「超位魔法を使ったからユグドラシルプレイヤーだ、と決まったわけじゃないでしょ。

 むしろ、これは新しいゲームの導入部(イントロダクション)じゃないかしら?」

 

「……どういうことだよ?」

 

「ほとんど観察できなかったけど、この世界には文明社会らしきものがあった。それが忌まわしい魔術で突如滅ぼされて……ってのは、黙示録後(ポストアポカリプス)モノの常道じゃない?」

 

「それが俺たちの……課題(ミッション)、ってことか?」

 

「そう考えるのが自然よね。秩序が失われたこの世界に新たな秩序を打ち立てる、とか、あるいは大災厄をもたらした何者かを討伐するとか……お約束でしょ?」

 

 ここで、別の声色が加わる。

 

「あなたたちの目は節穴ですか。」

 

「なんだと!」

「何よ、偉そうに!」

 

「事実を述べたまでです。」

 

「……じゃぁ、ウチらが何を見落としてるか言ってみなさいな。」

 

「詳細調査せねば断言はできませんが。」

 

「何よ、自分もわかってないくせに偉そうに!」

「まぁ待てよ、最後まで聞いてやれ。」

 

「<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>によっておこなわれた破壊は、無分別なもの、には見えません。目前の森を含め、破壊されなかったものもあります。そこには理由がある、と考えるべきでしょう。」

 

「……そりゃそうでしょうけど。

 で……何なのよ?」

 

貴女(あなた)の物言いは、私達がこの物語の主人公であることを前提しています。私はそうは思いません。正しくは、そう断定するには早過ぎる、と申し上げています。」

 

「こんなワケのわからない異世界に飛ばされて、いきなり大災厄見せつけられて、ワタシらが主人公じゃない、なんてあり得る?」

 

「それは貴女(あなた)の願望であって、事実ではないでしょう。」

 

「何ですって!」

 

「この世界で敗北することの真の危険(リスク)が明らかでない今、願望を元に判断を下すのは得策ではありますまい。」

 

「下位NPCを使ってやった実験じゃ、蘇生(リザレクション)は叶ったじゃない?

 何の危険があるってのよ!」

 

「何を根拠に、ご自身は誰かから蘇生を施されて当然、とお考えなのでしょうか。」

 

「……それはこっちの台詞よ!」

 

「まぁ待てよ、二人共!俺たちが言い争っても何の得もないだろう?

 それよりもまずはギルド維持資金を何とかしないと。」

 

貴方(あなた)の目も節穴ですか。」

 

「……おまえさ。俺がおまえに(たす)(ぶね)出したの、わかってる?」

 

貴方(あなた)がそう考えたことはわかっていますが、私はそんなことは必要とはしておりません。」

 

「あのさー。冒険始める前に、こいつ……()っちゃわない?」

「待て待て!

 で……おまえにはギルド維持資金に当てがあるのかよ?」

 

(さいわ)いにして、換金(エクスチェンジ)可能な瓦礫は山程あります。」

 

「はぁ?

 異世界にやって来て、最初にやることが廃品回収業かよ!」

 

「特定の(ぎょう)を卑しいものと見下す言に合理性はありません。

 それに、この廃品回収は決して容易ではありますまい。むしろ慎重におこなう必要があります。」

 

「……どゆこと?

 あんた、敵対するプレイヤーが存在する前提で喋ってる?」

 

「いない、と考える理由はありません。

 むしろ、使用された超位魔法はその存在を示唆しています。」

 

「じゃ、そいつらを片付けんのが先でしょ!」

 

「相手が一組(ひとくみ)なのか複数なのか、その総戦力が如何程(いかほど)か、もわからない状況で、拠点、NPCを失っても構わないと考える理由がありますか?」

 

「ワタシはこんな糞ゲー、とっとと終わらせてログオフしたいだけよ!」

 

「それはおそらく叶いますまい。」

 

「どういう意味だ?」

 

「言葉通りの意味です。あなたたちは既に人間ではありますまい、おそらく。」

 

「たとえログオフできなくなっても、これがゲームでワタシらが人間なのは変わらないでしょーが!」

 

「繰り返しますが、それは貴女(あなた)の願望であって事実ではありますまい。」

 

「……かれこれ一ヶ月、食事も睡眠も必要としなかったのは確かだわな。俺たちの人間の身体(からだ)が今なおVRデッキに座って健在でいる、とは考えにくい。

 でも、それと俺たちが人間かどうか、ってのは別問題じゃないのか?」

 

「あなたたちが人間であるとすれば、<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>の(にえ)に捧げられたであろう数多(あまた)の人命、儚くも滅ぼし尽くされた文明社会に心動かされないのは何故でしょう?」

 

「ゲームのモブキャラが死んだからなんだってのよ?」

「おまえと一緒にしないでくれ。俺は、少なからずコレをやった何者かにはムカついてるぜ。」

 

「あなたたちがどのような感情を(いだ)くか、はあなたたちの自由です。

 が、差し当たりギルドの維持には協力していただく必要があります。」

 

「あんた、ギルド長でも何でもないでしょうが!」

「指図、を受けるのは好きじゃないんだがな。」

 

「あなたたちに何か対案があるのであれば、それは謹んで承ります。

 何もないのであれば、私の(げん)に従うのが(きち)です。

 

 ……生き残りたい、のであれば。」

 

「「……。」」

 

 どこかの闇の中で謀議は続く。

 

 

                    *

 

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 階層守護者をはじめ、(つど)った数多(あまた)の下僕から忠誠の歓呼を受けた我らが大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、久々に腰掛けた世界級(ワールド)アイテム<諸王の玉座>の座り心地を楽しみつつ、軽く片手を挙げてこれに応えた。

 

「行動を開始せよ!」

 

「「「ハハッ!」」」

 

 と命じてはみたものの、特に何かすることがあるわけでもなく、ただ何千年も変わらぬ日常が続くだけなのは百も承知ではあるが、でありながら、かけがえなきナザリック地下大墳墓を維持し続けるためにやらねばならぬこと、やり続けねばならぬことが山程あることもこれまた事実。

 

 守護者統括アルベドを先頭に玉座の間から銘々の持ち場へと向かって退出していく下僕たちを見送りながら、アインズは満足()に頷いた。

 

 嗚呼、我がナザリック地下大墳墓は永久に不滅なり!

 

「……ん?」

 

と、ここで思わず疑念の声が漏れたのは、下僕たちの列の最後尾にあって今まさに玉座の間から出て行こうとしていた狡知の参謀デミウルゴスが、ぴた、と歩みを()めたかと思いきや、あちらを向いたまま爪先滑らし(ムーンウォーク)で戻って来たからだ。

 この時点で、早くも大魔王アインズ・ウール・ゴウンの不安は最高潮(クライマックス)だ。

 

 カツンッ!

 

 玉座の階下へ至ったデミウルゴスは、(かかと)を合わせて一鳴(いちめい)させるやくるりと身を翻し、やおら両の手を左右に大きく開いて三日月型の歓喜の笑みを浮かべた。

 

「アインズ様!」

 

 おまえ……パンドラみたいだぞ。

 

「御身が御不在の間、いささか不穏な動きを捉えておりまして。」

 

 台詞と身振り(ポーズ)があってねーぞ!

 まぁ……おまえは楽しくてしかたがないんだよな、そーだよな。結構なことだ!

 

「ゴホッ!

 う、うむ……聞かせてもらおうか。」

 

と応じつつも、出来ればアインズは聞きたくなどはない。

 デミウルゴスが楽しそうに語り始めること、は大抵碌でもないことだ。だが、碌でもないことだからといって全権をデミウルゴスに委ねてしまえば、もっと碌でもないことになるに決まっている。だから自分は聞きたくもない話に耳を傾け、考えたくもないことに何某(なにがし)かの決断をせざるを得ない。

 

 本当に……碌でもない話だ!

 

「本百年紀の催事(イベント)は、まだまだこれからのようで御座います。」

 

 折った右手を自身の胸に当て、礼を執りつつそう告げるデミウルゴスの言葉の含意に、

 

「……ほぅ。」

 

と、アインズは散逸しかけた集中力を取り戻す。

 

「それは……重畳じゃないか。

 もっと近くへ()い。ゆっくり聞かせてもらおうか!」

 

「ははっ!」

 

 すすすっ、とデミウルゴスは玉座のすぐ(そば)まで歩み寄る。

 互いに誰を憚ってか、小声でぼそぼそと、いつものように、ひとつ間違えれば世界そのものを消滅させかねない謀議が始まった。

 

「……それはまた。

 ちょっと……考えてなかった形態(パターン)だな。

 

 いや……オレ、がそうなのか?」

 

 自身の右腕と頼む狡知の参謀の報告に、思わずアインズは漏らす。

 対するデミウルゴスは常と変わらぬ様子で楽し()に言う。

 

「またまたアインズ様、ご冗談を!」

 

 だよな!

 ナザリック地下大墳墓の(あるじ)は、オレ、アインズ・ウール・ゴウン、だよな?そうだよなーーー!

 

「念のために訊くが」

「まさか!そのようなことは御座いません!」

 

「……まだ、何も訊いてないんだけど。」

 

「アインズ様におかれては、(わたくし)めが御身御不在のうちに何やら仕込みをおこなったものとお疑いのご様子。アインズ様に無二の忠節を尽くす(わたくし)が、そのような勝手をおこなったことが今だかつて一度たりともあったでしょうか!」

 

 ……なかったんだとしたら、どうして今この世界は焼け野原なんだ?

 いや、やったのはオレだけどさ!

 

 あー、禄でもないことこの上ない!

 

 さりとて。

 

 禄でもない日常でありこそするが、愛すべきナザリック地下大墳墓、存外お気に入りのこの世界を護り通す冒険こそが、億劫(おっくう)でありつつも、億劫(おくごう)死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンの嗜むところであることも、これまた疑う余地なき真理。

 

 二人の謀議もまた、深い闇を神々しい緑色の光でペカペカと照らしながらなお続く。

 

 

                    完

 

 




一旦これで終わりますが、ご覧の通り続きは考えてます。
新1話の公開はいまのところ未定です。
とまれここまでご愛読多謝!
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