億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴319年。
三度目の<百年の揺り返し>も捕捉されぬまま19年が経過した日常の一幕。皇子アレインは百八十ニ歳。


第3話 転移歴319年 父子鷹(おやこだか)
6.父子鷹(おやこだか)


「これはこれはアインズ様、ご機嫌麗しゅう御座います。

 またぞろ父デミウルゴスが無理を申しまして此方(こなた)へアインズ様をお誘い申し上げたものかと存じます。小生と致しましてはお陰様を持ちまして得難きご尊顔を拝す(えい)に浴しましたことは望外の喜びでは御座いますが、アインズ様におかれましては小生など塵芥(ちりあくた)の如き有象無象のものにて御座いましょう。ご不興を買ったものであれば、父デミウルゴスに代わって深くお詫び申し上げるところで御座います。」

 

 <百年の揺り返し>があって然りの年から早二十年近くが経過し、今回も知られず枯れ去るの(たぐい)だろうか、などということが囁かれつつあったある日のこと。

 

 スレイン報国の人の子シロクロを政治顧問のために訪ねる、という腹心デミウルゴスに誘われて同道してみれば、当のデミウルゴスはシロクロとやんごとなき所用があるので、どうぞアインズ様は我が子アレインとひとときご歓談ください、などと引き会わされ、久方ぶりに会ってみれば、すっかり青年に達した皇子アレインはお気に入りの絹帽(シルクハット)を振り降ろす礼を執りつつ立て板に水の調子でそう言った。

 

 こいつらはこういうやつなんだ、こうやってオレをからかって遊んでいるが、つきつめればこれもオレを楽しませようと慮ってのことだ、と自分に言い聞かせつつ……そうでもしないとこの父子には付き合いきれない……はて、デミウルゴスが己の(あるじ)の接待を息子に押し付けてまでおこなうやんごとなき所用とは何だろう、と思いを馳せる。

 

 何してくれようが構わないが。

 こんなやつ……こいつだけでもうお腹いっぱいだ。

 ちゃんと避妊はしてくれよ!

 

 そんなアインズの内心のボヤきを知ってか知らずか、次代のスレイン報国の元首人の子の座を約束された若者は至って我が道を征く風(マイペース)

 

「近頃小生このようなものを嗜んでおりまして、アインズ様のお心に(かな)えば幸いで御座いますが。」

 

 そそくさとアレインは、小脇に抱えた帽子の中に手を突っ込んでは次々と何やら取り出して並べる。

 

 手品かよ!

 

 このとき初めて知ったものだが、幼少の砌より彼が愛用するこの絹帽(シルクハット)は、六大神の時代より伝わるユグドラシル由来の魔法の品(マジックアイテム)で、いわゆるユグドラシルプレイヤー、NPCの所持品(インベントリ)を補完する(たぐい)のものであるらしい。

 

「香道、などと申しまして、香木の香りを楽しみますところに何やかやと作法を設けたもので御座います。」

 

 アレインはそそくさと手際よく、湯呑のような小さな炉に炭を焚べ、頃合いよろしい頃に不思議な曲線を描く鑷子(ピンセット)のようなもので摘んだ雲母の板を載せた。続いて香木を小刀(ナイフ)でこそげ取ったものを小さな匙で掬ってその上に添える。

 

「古人の申しますに、香の効能と致しまして、感は鬼神(きじん)(いた)り心身清浄、()汚穢(おわい)を除き()く睡眠を覚ます、などと伝わります。実際にそのような能力向上(バフ)があるものとは思いませぬが……おっと、最後のものはアインズ様には無用のもので御座いましたな。」

 

 いったいどこで仕入れたものか、蘊蓄を口にしながら支度を進めたアレインは、仄かな香りが立ち上ったところで炉をアインズの手元に勧めた。

 

「加えて曰く、静中(せいちゅう)に友と成る、とか。

 ささ、お楽しみ下さいませ。甘からず(にが)からず、寸門陀羅(すもんだら)迦楼禰(かるね)で御座います。 」

 

 この様子に呆気にとられたアインズは、勧められはしたもののこれをどう扱ったものやらさっぱり皆目見当がつかない。

 

「作法など、お構いなさいますな。お望みのままにお聞きくだされ。」

 

「……聞く?」

 

「香道においては、香りは嗅ぐものではなく聞くもの、と称するそうで御座います。これとて古人が(いたずら)に己の価値を高めんと戯言(ざれこと)したものなれば、お気になさるには(あたい)ますまい。」

 

 そう言われてアインズは、しばしば珈琲、紅茶でそうするように、差し出された炉を無造作に両の骨の手で抱え、自身の骸骨の顔の前で水平方向にくるくる回してみる。ふわりと微かな甘い香りの後に、いささか焦げ臭く感じもするがさりとて嫌味なく、甘みを中和して爽やかな余韻を残すそれが加わり、これはなかなかどうして悪くはないな、と思う。

 

 面倒臭くて、とても真似する気にはなれないが。

 

「悪くない、馳走になったな。」

 

 アインズが洋卓(テーブル)の上を滑らせて炉を返すと、アレインは、

 

「然らば小生も余香を頂戴したく。」

 

と左の手の平に炉を受け、右手は筒のように構えて炉口に近づけ、逆の側に鼻を当ててその香りを楽しんだ。

 

 ほんっと……

 こいつ、びっくりするほどウルベルトさんに似てるわ!

 

 無論、ウルベルト・アレイン・オードルが香道を嗜む、などということはなかったが、彼には何やかやと何処ぞで仕入れてきた作法所作の(たぐい)を誇示する癖があった。アレインも弄ぶところの絹帽(シルクハット)の扱いがそうであったように。

 一方で、彼はそういったことを他人に強要すること、つまり他人の礼儀作法に対するこだわりはまったくなかったのだが、論敵を難じる際に出しに使うことを常套手段の一つとしていて、警察官として奉職していたわりには形通りの決め事に素直に従うことを苦手としたたっち・みーなどは、繰り返しそこを突かれてウルベルトにやり込められたものだ。

 

「アレイン、可怪(おか)しなことを訊くが……

 おまえ、前世の記憶のようなものを持っていたりするか?」

 

 デミウルゴスもまた、ウルベルトの生まれ変わりかと疑わせる言動をしばしば見せるものの、それはあくまでもその思考様式について感じるもので、今、アレインが見せるところの口調、立ち振る舞いにまで及ぶものではない。

 対するアレインはたちまちにアインズの問いの真意を見抜いたようで。

 

「アインズ様におかれましては、父デミウルゴスが小生を使嗾して、勿体なくもアインズ様の大親友にてあらせられましたお祖父(じい)様を真似させているもの、とお疑いのご様子。そのようなことがまったくない、とは申しませんが、小生のこれは、少なくとも小生自身は己の好みでやっておることで御座いますが、それがアインズ様のご不興を買うようであればもちろん改めさせて……」

 

「いや!

 不興などということはない……もちろんないさ。

 むしろ楽しませてもらっている。」

 

「それは幸いで御座います。」

 

 この親子の言葉は何処まで()に受けてよいものやら、と若干の眩暈を覚えつつ、アインズはこの機会にアレインに問うてみようと考えていた本題へ話を移した。

 

「未だ、おまえから覚知されるレベルは十に満たない。」

 

「お恥ずかしながら。」

 

と応える本人は、言葉の上ではともかくそれをどうとも思っていない様子。

 

「いずれおまえは母を継いで国を統べることになるのだろうが、それで……大丈夫か?」

 

 こちらの世界のものに害されるどころか傷ひとつ被ることもないであろう下僕(しもべ)に囲まれて暮らすアインズとしては、アレインの見るからの脆弱さはいささか不安を醸すものだ。

 が、アレインはこの問いに事も無げにこう答えた。

 

「小生に求められるところは戦闘者、ではなく、統治者の能力か、と承知しておりますれば。」

 

「……力なき者に民は従うまい?」

 

「本心からのお言葉とも思いませぬが、畢竟、人は力には従いませぬ。人は自らが従いたいと願う者に、たとえそれが聡明な他者からして如何に愚かな行為と見えようとも付き従うものと覚えます。さすれば小生が、スレイン報国の民の過半にとって付き従いたいと乞い願う者である限り、ご懸念には及ばぬものかと。」

 

「……スレイン報国は日に日に富み、周辺諸国から羨望の眼差しを受けることもあろう。彼らがそれを奪い取らんと(いくさ)をおこせば何とする?」

 

「これまたアインズ様にはご承知のこととは存じますが、民は己が守りたいと願う国でこそあれば、誰が命じずとも身体(からだ)を張って馳せ参じましょう。そのような心性の者を、常に一定数維持致しますれば特に憂うところも御座いますまい。」

 

 事実、スレイン報国では特に国家が触れして命じたわけでもないのに、各地において微妙に異同はあれどもアレイン親衛隊、と号する集団が多数立ち上がっており、うちいくつかは国家機関にそのまま吸収されたとアインズは聞き及んでいる。

 

「アインズ様におかれましては……」

 

とアレイン。

 

「ナザリックの皆々様の比類なき強さは、そもそも奈辺に由来するものとお考えですかな?」

 

 逆に問われて、ここまでのアレインの雄弁さに引き気味で、可笑(おか)しな答えを返して笑われても損だと考えたアインズは、

 

「おまえがどう考えているかを先に訊こう。」

 

と誤魔化した。

「さすれば!」とアレインは、滔々と自説を語る。

 

「無論、ナザリックの皆々様のお強さが、ユグドラシルにその名を知られたギルド、アインズ・ウール・ゴウンの数寄者(マニアック)組み上げ(ビルド)に由来することは論を待ちませんが、それは極端な数値(パラメータ)上の差異が為すものにて、本質では御座いますまい。」

 

「……うむ、アレインは何と見る?」

 

「ご下問とあれば烏滸がましくもお答えいたしましょう。

 ナザリックの皆々様の強さは、偏に皆々様が誰に憚ることもなく、金員で縛られたわけでなく、親兄弟を(しち)に取られたわけでなく、ただただ己の意思にてアインズ様に曇りなき忠誠をお誓い申し上げ、実際にそれに従って確固たる意思にて行動なさるがゆえ、と承知して御座います。」

 

 ここまでの発言にも垣間見えたように、どこまで承知しているものか定かでないが、アレインはユグドラシルと呼ばれる父の故郷が、そもそもどのようなものであったのか、朧気ながら理解しているように見えた。

 そのアレインが、自身称賛してみせるナザリックの下僕(しもべ)の忠誠心が何に由来するものか思い至らぬわけでもあるまいに、このような言辞を弄するのはどのような意味を持つものだろうか。

 

「然らば小生も、(ささ)やかながら我が国も同様にてあれかし、と考えておる次第でして。」

 

 底意地悪い問いか、と思いつつも、アレインの極限を探るべくアインズは敢えて問う。

 

「オレが、おまえの国の民すべての命と、他ならぬおまえの首を欲したとすれば……どうする?」

 

 これにアレインはまったく躊躇わずに即答した。

 

「アインズ様のお望みとあれば是非もなし。喜んで我が民とこの首、差し上げましょう。

 左様なつまらぬものにてアインズ様のお心をお慰めすることが叶うものであれば、望外の喜びで御座います。」

 

 オレは……トンデモないものをこの世界に持ち込んでしまったんじゃないか?

 

 その自身への問いは、扉を叩いて入室の許可を乞う音に掻き消された。

 

「失礼いたしました。

 所用を済ませ戻りました。」

 

とデミウルゴス。

 

「そのご様子ですと、アレインがまた何やら無体なことを申し上げましたでしょうか?」

 

 そう問われて、アインズは自身の口がパカリと開いていることに気づいた。慌ててその問いを打ち消そうとするよりも前にアレインが言う。

 

「ナモン、アインズ様は慈悲深くも小生のくだらぬ話にそれは熱心に耳を傾けて下さいました。

 ナモンの申し様は返ってアインズ様のご厚情に(あだ)なすものでは御座いませんかな?」

 

 デミウルゴスは息子のこの指摘には敢えて答えず、

 

「申し訳ございません、アインズ様。このように愚息は口ばかり達者になる一方でして、いやはや。」

 

と、極普通の父親が、知人に対してはそのように憚りつつも、自身は息子の成長を喜んでいるかのような照れ笑いを浮かべながら(おのれ)の後頭部を掻いてみせた。

 

 よもや……。

 

 よもやこれらいずれもが、この恐るべき父子の本心そのものであろうはずもない。

 オレにとっての最後の難敵(ラスボス)は、<百年の揺り返し(ユグドラシルプレイヤー)>なんかじゃなくて、

 こいつら……なんじゃないのか!

 

 父子が牽制の睨み合いを続ける傍らで、しばしアインズは神々しき緑色の光を放ち続けた。

 

 

                    *

 

 

 ナザリック地下大墳墓宝物殿。

 アインズは定期的に自らここを訪れ、保管されている魔法の品(マジックアイテム)の在庫を確認する。

 

 たちまちに使用する可能性のあるものについては、予備も含めて自身の所持品(インベントリ)に収めているが、これらはいわゆる戦術(タクティクス)級のものだ。戦略(ストラテジ)級のものについては宝物殿に保管しておくのはユグドラシル時代から変わらぬ習慣になる。

 ナザリックの財務責任者、手づから創造した(NPC)であるパンドラズ・アクターに問えば、瞬時にその収蔵品の正確な一覧を得ることが叶うことは、もちろんアインズは承知しているが、こういった重要事を全幅の信頼を寄せているとは言え下僕(しもべ)に丸投げすることには違和感があったし、それ以上に、アインズは溜め込んだ品々を直に検分するのがこの上なく好きだった。

 

 その性向は、彼の息子でもあるパンドラズ・アクターに、余すことなく受け継がれている。

 

「父上。」

 

と、共に品々の在庫確認を進めていたパンドラズ・アクターから声がかかる。

 パンドラズ・アクターにとっては、この作業の時間は数少ない親子水入らずの会話が楽しめる機会でもあった。

 

 アインズがそれを望んでいるか、は別にして。

 

「ん、何だ?」

 

「父上は……孫が欲しい、とお考えですかな?」

 

 いつものようにアインズの骸骨の顎がパカリと開く。

 

「……はぁ?」

 

 思わず声が漏れたが、パンドラズ・アクターはそこには特に関心がないようで、問わず語りに続けた。

 

参謀殿(デミウルゴス)の息子……が御座いますでしょ?」

 

「あぁ、アレインのことか?」

 

「その名が(あらわ)しております通り、かの者はウルベルト・アレイン・オードル様の孫、ということになりましょうな。」

 

「……まぁ、理屈の上ではそういうことになるわな。」

 

 実際のところ、ウルベルトはデミウルゴスの創造主ではあるが、血の繋がった親子というわけではなく、アインズとパンドラズ・アクターがそうであるように、父と子、という表現は厳密には比喩であるに過ぎない。

 

「ナザリックを去られて久しいウルベルト・アレイン・オードル様に孫があって、父上に孫がない、のは、いささか面妖……とは思われませんか?」

 

 そう言いながら、つつつ、とアインズの目前まで歩み寄り、傍から見るには二つの黒い穴でしかない瞳で己の創造主を凝視するパンドラズ・アクター。

 

「近いよッ!」

 

と、アインズは一歩下がる。

 

「別におかしくはないだろ?

 そもそもアレインは、あの何とか言うほにゃらら法国の森妖精(エルフ)がデミウルゴスにせがんで得た子であって、別にウルベルトさんが望んで生まれた孫じゃないし。」

 

 つい先日顔を合わせたのだから必ずしも固有名詞が記憶からすっ飛んで(パージされて)いるわけでもないのに、それでも正確に思い出せないアインズは極めていい加減な物言いでそう答えたが、やはりそういった詳細(ディテール)にパンドラズ・アクターの関心はなかった。

 

「父上は……欲しくは御座いませんか、孫?」

 

 アインズとしてはパンドラズ・アクターの意図がわからない。

 

「そもそもオレはご覧の通りの骨で、ナニもないからアルベドを身籠らせることもできんし……」

 

「!」

 

 再び急接近したパンドラズ・アクターが、ほとんど接吻でもしようかという距離で黒い点の目を見開く。

 

「ウルベルト様にデミウルゴスあるが如く、父上には(わたくし)があるではないですか!」

 

「……はぁ?」

 

「たとえば、で御座いますが。

 ナーベラル・ガンマ嬢は私と同じ二重の影(ドッペルゲンガー)。種族の相性も良う御座いますから、容易に孫が得られるものかと。」

 

「!」

 

 今度は逆にアインズがない瞼を見開き、ガバッとパンドラズ・アクターの肩に掴みかかって問うた。

 

「おまえ、ナーベラルが好きなのか!」

 

「いえ、全然。」

 

「はぁ?

 

 じゃぁアレか!

 デミウルゴスに何か入れ知恵でもされたか!」

 

 こういうおかしな話の背後には大抵奴が潜んでいるものだ!

 

「いえ、全然。」

 

「じゃぁ……一体何なんだ?」

 

 拍子抜けしたアインズは、パンドラズ・アクターから手を離しつつ適正距離を取るべく奥手へ突き放した。

 

「ですから、父上が孫が欲しかったりはしないか、と。」

 

「んなモン、要るかーーーーー!」

 

 闇妖精双子(ダークエルフ・ツインズ)が第二世代をもうけたことだけでも持て余し気味なのに、これ以上ややこしい要素を増やされて(たま)るか!

 

 ペカーーーッ!

 

「よもや、とは思うが。」

 

 不意に冷徹な思考を取り戻したアインズは、真剣な声色で問う。

 

「おまえはオレに万が一があった際の後継者について思いを馳せているのではあるまいな!」

 

「いえ!

 決してそのようなことは!」

 

 パンドラズ・アクターは大慌てですべての触手を左右に振って否定して見せたが、アインズは引き続き訝しげに骸骨頭を斜めに傾けている。

 

「自分で言うのも何だが、オレ以外の何者を以てしてもこのナザリックを統べるなどということは不可能だ。つまり、オレが(たお)れる、ということは、ナザリックの終焉と同じだ!」

 

「父上!」

 

「何を慌てる、パンドラ?

 そういうことにならないよう、ありとあらゆる手立てを日頃から打っていることはおまえも承知だろう。

 

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンは、常にありとあらゆる事態を想定し綿密な計画を練った上で行動することを旨としていて、想定外のことがあった場合の即時撤収もまったく躊躇わなかったが、自身の敗北を前提として備えることだけはなかった。

 

 それは何故だ?

 

 簡単なことだ。

 アインズ・ウール・ゴウンに敗北などあり得ん、あってはならんことだ!

 

 そして、今はオレがアインズ・ウール・ゴウンだ。

 だからオレの後継者、などということを考える必要はない!」

 

 アインズの力強い断言を頼もしく思いつつも、パンドラズ・アクターの触手はまだ何か言いたげに宙を掻いている。

 

「……まだ何かあるか?」

 

「いえ、父上。

 そこはまったく仰せの通りかと。

 

 が……何かお忘れでは御座いませんか?」

 

「いや、全然。」

 

「……」

 

「では、孫だの何だの、という話はこれで終わりだ。

 予備の短杖(ワンド)の在庫を確認したいから手伝ってくれ。」

 

 そういうとアインズは息子に背を向けて、雑然と各種の魔法の杖が積み上げられた区画へと歩み始めた。

 

 ので。

 

 (つい)ぞアインズは、この話題を振ったパンドラズ・アクターの真意が、ただただ「オレにはおまえがいるからそれでいい」と言って欲しかっただけなのだ、ということに気づかないままであった。

 

 

                    *

 

 

「貴様ニハ余計ナ節介ヤモシレヌガ……」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のバー。

 蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスと最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスの二人が、しばしばここで酒を酌み交わしつつ語らうのは、既に広く知られている。

 

「私がたとえ耳に痛かろうとも友の諫言に耳を傾けぬ狭量に見えるかね。」

 

 躊躇いがちに切り出したコキュートスに対し、デミウルゴスは上機嫌に切り返して続きを促した。

 

「貴様ノ息子ノ……虚弱デアルコトニツイテダ。」

 

 やはりデミウルゴスの気持ちを憚ってかコキュートスは遠慮気味に言う。

 が、言われたデミウルゴスは一瞬怪訝な表情を浮かべた後、自身の所持品(インベントリ)から帳面を取り出してぱらぱらとめくることしばし。

 

「あぁ、私は彼を弱い、とは思わないがね。」

 

 コキュートスはいささか困惑する。

 我々の有り(よう)からして止むなき仕儀ではあるが……こいつは自身の息子の存在をも失念するのだろうか。

 

「ソウ……ダロウカ?」

 

「無論、彼がキミの前に立てば疑う余地なく瞬殺で、欠片も残らぬだろう。

 だが、幸いなるかな、そのようなことは絶対に起きない。」

 

 そう応えてデミウルゴスはくいっと盃を煽った。

 嗜むは清酒剣菱(けんびし)

 

「ソレハ無論ダガ、息子ハコチラノ世界ノ並ノ強者ニモ遅レヲ取ルト聞ク。

 良クナイ……ノデハナイカナ?」

 

 やはり躊躇いがちにそう応じて後、コキュートスもグラスを煽る。

 嗜むは米焼酎(こめじょうちゅう)球磨(くま)

 

「私ガ鍛エ上ゲテヤロウカ?」

 

「よしてくれたまえ、コキュートス。

 幸いにしてないことを強いて起こすこともあるまい。

 死ぬだけだ。」

 

 友の好意をデミウルゴスは事も無げに謝絶した。

 

「シカシ、男子タルモノ強クナケレバナラヌ。

 ソウハ……思ワナイノカ?」

 

「キミの言は正しい。」

 

 盃に手酌で注ぎながらデミウルゴスは頷いてみせる。

 が、続けて逆にこう問うた。

 

「だが、そもそも強さとは何だね?」

 

「レベル、技能(スキル)筋力(STR)敏捷性(DEX)強靭さ(CON)……」

 

「いやすまない、私が言葉足らずだったよ、コキュートス。

 言いを換えよう。

 

 強さは……何をもたらすのかね?」

 

 曰く有りげな怪しい笑みが浮かぶ。

 コキュートスは即答した。

 

「勝利ダ。」

 

「その通り!」

 

 パン、と手を打ってデミウルゴスは返された答えを認める。

 が、その様子はまだ何か秘めていることに当然コキュートスは気づいていて、グラスを煽る手を止めてじっと友にその複眼を向けている。対するデミウルゴスは敢えて間を置かんとしたものか、再び盃の酒を煽った。

 

「だが、こういうことを言った(いにしえ)の賢人がいるそうだ。

 百戦百勝は善の善なるものに(あら)ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。

 

 私の口から、善、などと言うのもちゃんちゃら可笑(おか)しいものだがね。引用であるからには勝手にこれを、悪、に改めるのも可怪(おか)しな話だから、敢えてこう言わせてもらおう。」

 

孫子(そんし)、ダナ。

 オマエノ息子ハ、戦ワズシテ人ノ兵ヲ屈スル、ト?」

 

「そもそも彼が自ら兵を相手にすることなどないだろうが、戦うことなく人に膝を屈せしめる、という意味では同じだろうね。」

 

「……私、デモカ?」

 

「それはどうだろうね?

 だが、彼は既にキミとは決して戦う必要のない場所にいる。」

 

 剣に生きるコキュートスとしては、どうにも煙に巻かれた感が否めない。

 景気づけに一杯煽った上で、敢えて剣呑なところへ話題を進めた。

 

「オマエノ息子ハ、アインズ様ニ絶対ノ忠誠ヲ誓ウモノデハナイ。」

 

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンに揺るぎない絶対の忠誠を誓い得るのは、ユグドラシルより共に渡り来た者のみ。ベロ、ベラの二代目闇妖精双子(ダークエルフ・ツインズ)をこよなく愛でつつも、そのことを彼は片時たりとも忘れたことはない。

 

「そうだね、憐れなことだ。」

 

 コキュートスの心中を知ってか知らずか、ははは、と(わら)いながらデミウルゴスはそう応じた。

 

「ソノヨウナコトハアルマイ……トハ思ウガ」

「遠慮は要らん!

 彼がアインズ様に弓引くようなことがあれば誅したまえ。

 

 もっとも、キミにその機会が巡ってくることはあるまい。」

 

 コキュートスの言葉を遮ってデミウルゴスは事も無げにそう言うが、コキュートスには、まるでデミウルゴスの息子アレインが誅伐を加えんとするコキュートスに先手を打って制するだろう、と言われたように聞こえる。

 

「ドウイウ……意味ナノダ?」

 

「簡単なことだ!」

 

 デミウルゴスはますます上機嫌に左右に大きく手を開いて答えた。

 

「もちろん、キミが気づく前に私が彼を殺すからだよ!」

 

 しばしの沈黙。

 コキュートスは、友のこの首尾一貫した調子を、知ってはいるが理解ができなかった。

 

「思ったほど……ウケなかったようだね?」

 

 笑う……ところだったのだろうか?

 

「しかし、一つだけ例外があり得る。」

 

 さらにデミウルゴスが思わせぶりな一言をつけ加える。

 

「オマエノ息子ガアインズ様ニ歯向カッテモカ!」

 

 ふしゅー!

 

「あー、コキュートス!

 その吹き出す冷気を少し抑えてくれたまえ、ピッキーが凍ってしまう。

 

 例外、というのは他でもない。

 アインズ様ご自身がそれをお望みになった場合だよ。」

 

 ぴた、とコキュートスの吐く冷気は止まった。

 

「私ハ貴様ホドニハ知恵ガ回ラヌ。今少シ説明シテクレルカ?」

 

「ただいまのアインズ様は、ツアーなる獣とこの世界の守護者()()()に興じておいでだが」

「ソノ物言イ、イササカ不敬デハナイカ!」

 

 デミウルゴスが愉快げに語る言葉尻をコキュートスが捉えるが、デミウルゴスは意に介さない。

 

「そうかね?私はそうは思わない。

 アインズ様ご自身もご承知だ。かの獣がアインズ様の真意を、知っているつもりにはなっても理解なされぬことは疾うにご承知であらせられる。」

 

 やや浮き上がった腰を再び席へ戻し、落ち着きを取り戻すべく一杯煽った後にコキュートスは続きを促した。

 

「だが、それも千年万年とは続くまい。

 私は、アインズ様は遠からず本来のご自身の有り(よう)、ユグドラシルを遍く震え上がらせた最後の難敵(ラスボス)として、この世界における本懐をお遂げあそばされるだろう、と拝察しているのだよ。」

 

「……ナント!」

 

「だが、そのときこの世界に大魔王アインズ様に立ち向かう者なかりせば、いかほどお寂しくお感じになられることだろうか。その胸中をお察し申し上げると、私は胸の痛みに酒の味もわからなくなるよ。」

 

と、旨そうに剣菱をひと煽り。

 

「そこで我が息子の出番だ。」

 

「?」

 

「わからないかね?

 これはまだ誰にも語ってはいない我が秘中の秘なればそのつもりで聞いて欲しいのだが。」

 

「無論ダ。」

 

(きた)るべき日、我が子アレインは、この世界の有象無象を煽り立てて一致団結させ、無謀にもアインズ様に戦いを挑む(かなめ)たれかし、と願っている。」

 

「ナ……ナンダト!」

 

「そのときは、どちらが彼の首級を挙げるか競おうではないか!」

 

 あっはっは、と(ひたい)に手を当てて愉快そうに(わら)う友が、コキュートスには、デミウルゴスらしいと思えはすれど、やはり理解できなかった。

 

「もっとも、なかなかそれは難しいことだろうね。」

 

「ソウ……ナノカ?」

 

 コキュートスは完全にデミウルゴスの言葉に翻弄されて、自分が酔っているのが酒なのか友の言葉なのかがわからなくなっていた。

 

「当然だよ。」

 

 再び左右に大きく手を開いてデミウルゴスはこう断言した。

 

「我が子アレインは、アインズ様御自らの御手にかかることを全力を尽くして望むからだ!

 これに立ち向かうはなかなか骨が折れることだろう。

 そうは思わないかね、コキュートス!」

 

 わっはっは、と再び天を仰いで(わら)い続ける友の姿に、今宵はいささか悪い酒だったやも知れぬ、とコキュートスは内省した。




<次話予告>

()バハルス帝国に潜む来訪者(プレイヤー)
隠密潜入(エスピオナージ)を試みるセバスとソリュシャンに、謎の黒装束三人組の影が迫る。

億劫のオーバーロード第4話『黒の百合』

「類型で言えば、この行動様式は六大神のそれ、ということになる。」
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