億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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ナザリック地下大墳墓の降臨から三千有余年。大魔王アインズ・ウール・ゴウン自ら滅ぼ(リセット)した世界で、新しい冒険の幕があがる。長編新シリーズ第1話全10回を3日毎に連投します。


新1話 死者の率いるギルド
1.帰還事業


「こりゃ……そうだよな?」

「あぁ、間違いねぇ。」

「将軍閣下にお知らせしねぇと!」

 

 左右を小高い丘陵に挟まれた谷間の草地を注意深く進んでいた三人の小鬼(ゴブリン)が、何かに気づいて(きびす)を返す。

 種族特性により(みな)小柄ではあるが漏れなく筋骨隆々、(まと)革鎧(レザーアーマー)も腰にぶら下げた(マチェット)も年季の入った業物(わざもの)で、彼らが手練れの冒険者(ヴェンチャー)であることを(あかし)して余りある。

 

 三人は彼らからやや遅れて後から続いていた、やはり三人組に合流する。

 

 重鎚(ヘヴィーメイス)を肩に担いだ妖巨人(トロール)

 色白の紅眼(こうがん)、魔力を宿した幾らかの宝飾品を身につけた蜥蜴人(リザードマン)女司祭(プリエステス)

 そして、歳の頃は二十代半ばの、人間の栗毛の女性。

 

 意外にも、三人の小鬼(ゴブリン)が「将軍閣下!」と礼を執った相手は、最年少に見える人間の女性に対してであった。

 

「……お願いだからソレ、()めてくれない?」

 

 女は、溜息混じりに自身に捧げられた大袈裟な称号に控え目な抗議の声を上げるが、三人組にそれを気にする様子はない。

 

「長いこと手入れされてませんが、確かに石畳です。」

「微かにですが直近に人が通った気配があるんで、間違いねぇでしょう。」

「これで先生に顔向けが出来る、ってモンでさぁな!」

 

 元を糺せば自分が強面の小鬼(ゴブリン)たちから、将軍閣下、などという不似合いな敬称を捧げられているのもその先生のせいなんだけどな、と女の表情にあからさまな不満が浮かぶ。

 その意味するところを誤解したものか、蜥蜴人(リザードマン)から彼女に声がかかった。

 

「大丈夫よ、きっと話の通じる相手に違いないわ。

 貴女(あなた)ならお役目をやり通せる、とワタシは信じてる!」

 

 いや、そこに不安があるわけじゃないのよ、と女は思うも、敢えてそれを口にしようとも思わなかった。

 

「うん、わかってる。ありが」

「静カニ!」

 

と、励ましに対して簡潔に謝意のみを女が返そうとしたとき、妖巨人が空いた片手をすっと挙げて、小声ではあるがそれでも仲間の注意を引くには十分に明朗なそれで皆を制した。

 蜥蜴人は妖巨人の後ろに隠れる位置を取り、三人組は妖巨人の鋭い視線が向かっている方角から人間の女を庇うような陣形(フォーメーション)を組む。

 

 果たせるかな、谷の奥手からのっし、のっし、と歩み来るのは、彼ら皆を斬り飛ばすに足りる斬馬刀(ホースチョッパー)を両の手で携えた大鬼(オーガ)

 

「ココハ私ニ任セテモラオウ!」

 

 やおら妖巨人は得物を大きく振りかざしつつ、仲間から離れて駆け出した。

 呼応するように大鬼もまた、斬馬刀(ホースチョッパー)を上段に振り上げてその歩みを早めた。

 

 ガキンッ!

 

 互いに振り下ろした重器が噛み合って耳をつんざく音が響き、蜥蜴人の女はたまらず目を瞑って顔を顰めた。

 

「モウ一合!」

 

 愉快げにそう叫びながら大鬼がその巨躯をくるりと翻して横薙ぎに斬撃を繰り出せば、

 

「望ムトコロヨ!」

 

 妖巨人もまたそれに倣い、ぶるんと、やはり横薙ぎに重鎚(ヘヴィーメイス)を振るう。

 

 申し合わせたかのように再び互いの得物がかち合って火花を散らす。

 その(さま)は、まるで踊り子が嗜む(まい)のよう。

 

 これに後ろから冷めた視線を送っていた人間の女は、

 

(この人たちってば……これをやらずにはいられないのかしら?)

 

と、しかたのないことだ、とは思いつつも深い溜息を吐く。

 

 刹那。

 

「「ガハハハハッ!」」

 

 互いの得物を左手で地面に突き立て降ろした二人の巨人が、天を仰いで大きな笑い声を挙げた。

 

「イイ腕ダ!」

「貴様コソ!」

 

 二人は、ガシッ、と空いた右手で握手を交わす。

 

「俺ノ名ハ、ゲオルグソン!」

「私ノ名ハ(ギン)、家名ハ(ガン)!」

 

 つまるところ、見る者を震え上がらせるこの打ち合いは、やっている当人からすれば名乗りに先立つ挨拶に過ぎない。多くの武闘系の亜人の間で共有されるお作法だ。

 

「あなたたちねー!」

 

 我慢できずに人間の女が後ろからツッコミをいれる。

 

「もうちょっと穏便に名前を言い交わせないの?」

 

 だが、これには二人の巨人が声を揃えて憮然と言い返した。

 

「「ソンナ無作法ナ真似ガ、出来ルカーーー!」」

 

 

                    *

 

 

 巨大な怪物が問答無用に大陸中の諸都市を灰燼に()した災厄、<(めぇ)()く七日間>から二十年。

 

 かつてアゼルリシア山脈の東方を支配した人間の帝国は、土木事業を国家運営の基礎に据えていて、城塞都市はもちろん、その周囲に連なる町村も悉く整備の行き渡った舗装された街道で繋がっていた。人口の過半を死に至らしめたかの災厄により手入れ(メインテナンス)をおこなう者を失った石畳は、早くも草木に埋もれつつある。かの怪物が街道に沿って進んだこともあり、基幹道に至ってはかつてそれが存在した痕跡すら危うげだ。

 

 そうであっても、人間たちは決して死に絶えたわけではなかった。

 

 かつて栄華を誇った城塞都市のほとんどが跡形もなく瓦礫の荒れ地と化した今日(こんにち)にあって、そこは、決して綺羅びやかでも華やかでもないが、それでもちょっとした楽園の様相を呈していた。

 六人組の旅人が、谷の街道遺構で出会った大鬼に先導されて辿り着いたのは、周囲をぐるりと小高い丘に囲まれた盆地で、多くの田畑と家畜が放たれた草地、その間を通う清流とポツポツと質素な小屋が建ち並ぶ、なんとも牧歌的な世界だった。

 

「はるばるトブの大森林からやって来た、と?」

 

 歳の頃は五十前後の男がそう問うと、六人組を代表して人間の女が、

 

「はい。」

 

と明朗な声で応じ、逆に男に問う。

 

「ゲオルグソンさんから、あなたが当代の皇帝(ジルクニフ)と聞きましたが……そうなんですか?」

 

 男は大慌てで(かぶり)を振った。

 

「まさか!」

 

 ゲオルグソン、と名乗った大鬼(オーガ)は「俺タチノ総司令官(インペラトール)ニ引キ会ワセヨウ!」と六人組を村に招いたのだが、紹介された当の本人はそれを即座に否定した。

 

「災厄以前、軍団(レギオン)の分隊長を拝命していたのは事実だが、皇帝、なんてのは(がら)じゃない。皆に村のまとめ役(リーダー)に推挙されてしまっただけのことで、実態は大工の棟梁だ。」

 

 彼に張り合った連れの小鬼(ゴブリン)たちから「そっちが皇帝ならこっちは将軍だ!覇王だ!血塗れだ!」と見栄を切られ、速攻三人の頭に拳骨(げんこつ)をくれてやった女としては、

 

 何処にもこういう巡り合わせの悪い人がいるものなのね……

 

と、男の境遇に、共感とも同情ともつかぬ深い溜息をつかざるを得ない。

 

「そう言う貴女(あなた)は、将軍……あるいは覇王、だとか?」

 

 聞き流せよ!

 

 女は、他称皇帝よろしく大慌てで諸手を振った。

 

「わかってておっしゃってますよね?

 アレは小鬼(ゴブリン)さんたちがふざけて言ってることです!

 

 私はエンリネ。成り行きでこの冒険者集団(チーム)<森の大使(アンバサダー)>の頭目(リーダー)、ということになっています。」

 

 エンリネは順に仲間を紹介する。

 彼女の近衛を務める小鬼(ゴブリン)野伏(レンジャー)三人組、ジューゲーム、ゴトー、フリニゲ。

 蜥蜴人(リザードマン)の神聖系魔法詠唱者(マジックキャスター)クルシュル。

 前衛(アタッカー)となる妖巨人(トロール)戦士(ファイター)ギン・ガン。

 

 読者諸兄お気づきの通り、エンリネ自身を含め、皆、トブの森に伝説として伝わる(いにしえ)の勇者に(ちな)んだ名を有しているが、云千年の(とき)の隔たりが微妙にその音韻を歪めて伝えている。

 

「私はジョウン……ジョウン・カタラクト。成り行きでこの融水谷(ツィラータール)皇帝(ジルクニフ)、ということになっている。」

 

 エンリネの名乗りに対し、村の(おさ)の男、ジョウンはエンリネ同様に彼女の境遇に共感とも同情ともつかぬ思いを交えつつ、その語りを裏返したかのような調子で応じた。誰の記憶にも残ってはいまいが、彼もまた、誰かの子孫であるのだろう。

 

「よもや当地を前以て知った上で目指して来られたわけではないと思うが、ここまでどのくらいかかった?」

 

 <(めぇ)()く七日間>を生き延びて以来、偶然辿り着いて定住したこの谷間の村の他には人間種の集住地を知らないジョウンは、興味深げにそう尋ねた。

 

「私たちが探索のために森を離れて二ヶ月にはなります。」

 

 そう応じながらエンリネは、正確なところはまだわからないが、道さえわかってしまえば森と当地の間の所要時間は健脚者で十日ほどだろうか、と考えている。実際には、中途で随分と街道が寸断されているので、()()()()()()()()()()()の足では二週間、といったところだろうか。

 

「で……そこまでしてお訪ねいただいた理由、を伺おうか。」

 

 この問いに対するエンリネの答えは、ジョウンにとっては想像の埒外のものだった。

 

「帰還事業?」

 

「はい、そうです。」

 

 自身は森生まれの森育ち、と語るエンリネの話は、取りまとめれば次の通り。

 

 トブの大森林には今も<(めぇ)()く七日間>を生き延びた人間種、約五千名が難民状態で暮らしており、狩猟採集と森の亜人たちの庇護で何とか食い繋いで来はしたものの、大半の者にとって森の環境は好ましいものではなかった。

 その一部は、かつてカルネ村、あるいはド・クロサマー王国と呼ばれた領域に移り住んだが、村の収容力には自ずと限界がある。特に村の南、かつて大陸の東西をつないだ回廊平原が、さらに南方、日中であっても不死者(アンデッド)彷徨(さまよ)うカッツェ平野の瘴気に呑まれてからは拡大の望みも絶えたが、森にはまだ三千人ほどの行く宛てのない人々がある。

 

 かくしてエンリネたちは、彼らが農耕を営み新たな生活の場とし得る候補地を求めて、探索の旅に出たのだった。

 

(ゼロ)から自分たちで新天地を開墾するのが正道だ、と言われればそれはそうなのでしょうけれど、難民の多くは元は街暮らしをしていた人とその子孫で、容易にはいきません。とは言え、森の庇護を受けたままに世代を重ねれば、いよいよ彼らは自立の機会を失う恐れもあります。

 森の外にも、<(めぇ)()く七日間>を生き延びた人たちは少なからずおられるだろう、とは考えていました。かの災厄から二十年を経た今日(こんにち)、なお生活を営む人たちがあるとすれば営農に成功しているに違いなく、もし人手不足に困っておられるようであれば森の難民を移住者として受け入れていただけるのではないか、そうなれば双方にとって僥倖(ハッピー)なんじゃないか、と。」

 

 ジョウンはこの話を聞きながら、二十代半ばに見えるこの娘が存外聡明、かつ豪胆であることに驚かされている。

 

「正直なところ、貴女(あなた)の話に驚いていない、と言えば嘘になるが。」

 

とジョウン。

 

「……実際、谷の食料生産にはまだまだ余裕があり、一方で慢性的な人手不足であるのは貴女(あなた)の言う通りだ。正式な回答は(みな)(はか)ってから、にはなるが、よもや誰も拒みはしない、と思う。」

 

「ありがとうございます!

 ここまで足を伸ばした甲斐がありました!」

 

 エンリネは無邪気に喜んだが、ジョウンは訝し()な表情を隠さずにこう続けた。

 

「それはそれとして……少し尋ねてもいいか?」

 

「はい、何でもどうぞ!」

 

 見た目上は天真爛漫なエンリネを、品定めするかのように覗き込みつつジョウンは問う。

 

「不躾な物言いになるが、貴女(あなた)は随分と若く見える。そんな女の子が、こういうことを自分で考えて、しかも屈強な亜人を従えて何ヶ月も無人の荒野を旅する、というのが、どうにも釈然としない。そういうものがある、と聞いたことはなかったように思うんだが、トブの大森林には貴女(あなた)が仕える国家、のようなものがあるのか?」

 

 ジョウンのこの言葉に、ジューゲーム、ゴトー、フリニゲの三人の小鬼(ゴブリン)はあからさまに不快な表情を示したが、それに気づいたエンリネの鋭い視線で制されて言い返すことはしなかった。この様子に、妖巨人(トロール)ギンと蜥蜴人(リザードマン)クルシュルが、顔を見合わせてフフフと微笑む。

 

「それぞれの種族に(おさ)のような(かた)が何人かいて何やかやと取りまとめてはいますが、国、だなんて大袈裟なものは森にはありません。普段から互いの産物を交換したりするお付き合いがあって、その中で、自然と森の難民問題が話題にはなっていましたが、私たち自身は、まぁ、別にこのままでいいんじゃないか、と思っていたんですが、それはヤバいぞ、と助言者(アドバイザー)から提言をいただきまして。」

 

「……助言者(アドバイザー)?」

 

「えっと……とても聡明で優しい(かた)なんですが、謙虚なのかそれとも恥ずかしがり屋さんなのか、森の外でご自身の話をしてはくれるな、と釘を刺されているので詳しいことはお話しできません。

 私たちは、いろいろと教えてくださるので、先生、とお呼びしていますが、その先生が帰還事業の必要性について説明してくださって、皆が納得したのでこうして協力している、という次第です。」

 

 何か裏があるのではないか、と疑ってこう尋ねてはみたものの、そもそもジョウンは、種族特性から相手の心根を直感的に見抜くのに()けた大鬼(オーガ)のゲオルグソンが喜色満面で連れてきた六人組が悪党であるはずはない、とわかっていたし、釘を刺されていると言いつつも背後にいるという助言者(アドバイザー)の存在を真正直(ましょうじき)に語るエンリネには、苦笑せざるを得なかった。

 

「私をこの冒険者集団(チーム)頭目(リーダー)に推したのも先生です。詳しいことはよくわかりませんが、先生は私の顔を覗き込みながら、将軍(ジェネラル)属性(クラス)(レベル)が云々、集団統率(リーダーシップ)能力向上(バフ)がうんたらかんたら、と魔法の呪文のようなことをおっしゃり、これを面白がった小鬼(ゴブリン)さんたちからエンリネ将軍、だなんて呼ばれる羽目になって……ほんと、困っちゃってるんですよ!」

 

 途中から愚痴交じりになったエンリネの言葉は、ジョウンにも何のことやらさっぱり理解に余ったが、一方で、彼女にこの冒険者集団(チーム)を任せた、先生、とやらの人選は決して間違ってはいない、と彼は考えている。

 懸命にジョウンに事情を説明するエンリネを、後ろから見守る屈強な五人の亜人の視線が、信頼と親愛に満ちていることがありありとわかったからだ。

 

(おもむき)は理解した。」

 

とジョウン。

 

「流石に全員、というわけにはいかないが、手始めに二百人ほどなら受け入れられると思う。その試みがうまくいくようなら、さらに追加の受け入れも叶うだろう。ただ、さっきも言ったように正式なところは十日ほど時間をくれ。谷の(みな)との擦り合わせが必要だ。

 貴女(あなた)たちの帰路に更に十日、そちらもいろいろと準備があるだろうから実際の受け入れは三ヶ月ほど先になるかな?」

 

「あぁ!その点は心配無用です。」

 

 エンリネがそう応じたのとほぼ同時に、背後で蜥蜴人(リザードマン)女司祭(プリエステス)が、

 

「はい、クルシュルです。」

 

と唐突に声を上げた。

 

「……あ、はい。首尾よく人間の村にたどり着きました。

 えぇ……正式な回答には十日ほどかかるそうですが、まず二百人ほど受け入れてもらえそうです……はい、準備を進めておいていただければ……はい、わかりました。お願いします、では!

 

 エンリネ、先生からでした。移民団がいつでも進発できる準備を整えて、十日後に連絡を下さるそうです。」

 

「流石は先生、何でもお見通しね!」

 

 ジョウンはこのやりとりの意が汲めずに首を傾げる。

 それに気づいたエンリネが慌てて取り繕った。

 

「位階魔法<伝言(メッセージ)>です。ご存じありませんか?」

 

「いや、そういう魔法があるのは聞いたことがあるが……遥かトブの森からここまで届く<伝言>なんて、あり得るのか?」

 

 ジョウンの知識としては、その魔法は決して旅の距離を跨いで正しく意図を伝える代物ではなかった。

 

「先生は凄い魔法使いなんです!」

 

 対するエンリネは事も無げにそう胸を張る。

 

「そういう次第なので、回答をいただければ万事順調に進む前提で、二週間ほどで移民団がこちらに到着できます。」

 

「そいつは……凄いな。」

 

 ジョウンは話の急展開に驚きを隠せない。

 同時に、先細って消えてしまわないよう支えるのが精一杯だった谷の命脈に、突如として光明がもたらされたことに喜びを感じてもいる。新たな顔ぶれの受け入れに不安がないでもないが、エンリネ一党の振る舞いから考えれば、移り住んでくる人々も決して心根卑しい者たちではあるまい。すべての礎となる数の力を得て、谷は新たな展開を迎えることになるだろう。

 よもや……自身の存命の間にそのような機を得ることになろうとは、思ってもみなかったことだ。

 

「……これから私は谷の方方(ほうぼう)へ使いを走らせて移民受け入れの旨を(みな)(はか)ることになるが、その間、貴女(あなた)たちはどうする?もちろん、客人(ゲスト)としては歓迎するし、大したもてなしは出来ないのだが。」

 

「いえいえ、そこはお気遣いなく。」

 

 携行糧食はまだ十分持ち歩いている、と客人待遇を遠慮したエンリネに対し、ジョウンはやや躊躇いがちにこう続ける。

 

「もし可能であれば、で構わないんだが……移民受け入れの代償、とか、そういうつもりで言っているんじゃないんだが、貴女(あなた)たちを手練れの冒険者(ヴェンチャー)と見込んで、一つ頼まれてはくれないか?」

 

「……はぃ?」

 

 よもや自身が、曲がりなりにも皇帝(ジルクニフ)扱いを受けている人物から頼りにされる、などという状況(シチュエーション)を想像だにしていなかったエンリネは、()の抜けた声を発して口をポカンと()けた。

 

 

                    *

 

 

 <(めぇ)()く七日間>から二十年を経た今日(こんにち)、大陸の平野部はどこも似たような光景を呈している。

 

 低木と草花に覆われた果てしない原野。かつて人間種の城塞都市を網の目のように結んだ石畳の街道は、見る影もない。手入れする者がいなくなれば、それが自然に覆い尽くされるのはアッと言う()のことだった。

 むしろ、もっとも往来に適した平坦な箇所を通っていたはずの街道跡の方が、目下は踏破が困難だ。というのも、そうであったはずの場所に限って、一体何をどうしたらこうなるのか理解し難い凸凹(でこぼこ)になっていて、そこに昔は舗装に用いられていたのであろう(れき)()り混じり、さらには草木が生い茂って、並みの者が歩けばたちまちに足を取られてしまうからだ。

 いくつかの大河川に分断されつつも見渡す限りの平野が連なる大陸西部に対し、大陸東部は山地、台地が散在し、(いにしえ)の帝都アーウィン(タール)ですらその名に、谷、を含むほどの地勢だ。これを網目のように繋いでいた街道が、埋もれるだけならまだしも徹底破壊されてしまうと、網の結び目に位置する集住可能地は互いに孤立を余儀なくされてしまうのは大陸東部ならではの事情であり、またそれこそが、かつてのバハルス帝国が街道整備に決して手を抜かなかった理由でもあった。

 

 <(めぇ)()く七日間>当時にまだ幼児だったエンリネは、かの災厄に紐づく直接の記憶を有してはいない。

 突然、見慣れぬ多くの人間が森に踏み込んできて、(みな)ただただ疲れ果て何かに怯える(てい)であったことは朧げに憶えてはいるものの、もちろんその意味するところなど幼かった彼女に理解できようはずもない。

 長じる過程で、往時を知る難民の体験談を聞く機会は少なからずあった。よほどの恐怖であったのか、(みな)口数少なく決して詳細明らかな証言ではなかったが、共通して言われたのは、見上げる体躯の真っ黒な多脚(たきゃく)の怪物が何もかもを問答無用に踏み散らかしていった、というものだった。

 

 (いま)目前に見える凸凹(でこぼこ)は、その怪物の遺した足跡なのだろうか?

 

 エンリネは漠然とそんなことを考えている。

 樹木に覆われてしまっているのではっきりとはわからないが、繰り返し現れる凸凹(でこぼこ)の穴の部分は、その(けい)が軽くギン・ガンの身長二人分を超えて見える。難民の話を事前に聞いていなかったら、これが何かの足跡だ、とは決して考えはしなかっただろう。足の(けい)がそうなのだとしたら、その上に載っていたに違いない本体は如何ほどのものだったのだろうか。

 

 難民たちが、辛うじて森の(たみ)の好意で生を繋いだにもかかわらず、その大半が一向に自立しようとする気概を見せないことに、エンリネ自身、苛立ち、とまではいかないものの、何とも言い難い複雑な思いを抱えていたのは否めない。

 が、こうして森を出て、今も大地にしかと残る難民を難民たらしめた傷跡を目の当たりにすると、そういった自身の思いは彼らに対して酷であったかも知れない、と考えざるを得なかった。こんな足跡を遺す化け物に自分たちの築いてきた世界を灰燼に帰されたら、そしてそれが何処から来たやら何処へ行ったのかもわからずじまいで、しかも再来はない、と誰にも断言できないともなれば、文明再建の気力がないことを責めるのはあまりに無情というものだ。

 

「……アレ、じゃないか?」

「おぅ、それらしいな。」

「将軍閣下にお知らせしないと!」

 

「聞こえてるわよ!

 ……お願いだからソレ、()めてくれない?」

 

 先頭をいくジューゲーム、ゴトー、フリニゲの小鬼(ゴブリン)三人組がやおら振り返って告げるまでもなく、エンリネも行く手前方(ぜんぽう)に見えて来た、やや高台となったところにある植生を欠く岩山に既に気づいていた。

 

 融水谷(ツィラータール)から谷間の道に沿って南下し、街道幹線跡と思しき凸凹(でこぼこ)を東進すること三日目の日も傾き出した時分になって、<森の大使(アンバサダー)>一行は旅の目的地を望む低木の藪の中にあった。

 谷の皇帝ジョウンは行程四日と言っていたが、歩けば巨木の根に足を攫われることが常の森の(たみ)六人組にとって、草木に埋もれた街道跡はさほどの難路ではなかった。

 

「クルシュル、不死者(アンデッド)の気配感じる?」

 

「今のところそういうものはないわ。」

「私モ、特ニ目立ッタ気ハ覚エンナ。」

 

 エンリネが振り返って女司祭(プリエステス)に尋ねると、彼女に加えて問われるまでもなく、妖巨人(トロール)からも復命がある。

 

「じゃぁ……あそこにいい感じの大きな木があるから、今夜はあの下で野営して、城塞都市廃墟の探索は明朝から、にしましょうか。」

 

「畏まりました、将軍閣下!」

「あっしは下草を払って整えやす、閣下!」

「風除けの設営は任せておくんなさい、閣下!」

 

「だから……ソレ、()めてくれない?」

 

 野伏(レンジャー)技能(スキル)に優れた三人組が手際よく天幕(テント)を張って、たちまちに野営の準備が整った。

 先生から借り受けた<無限の革袋(インフィニティザック)>にかなりの保存食を詰め込んでいたので糧食には十二分にゆとりがあったのだが、ここ数日は、

 

「頼み事をしておいて手ぶらで送り出すのは忍びない!」

 

と気遣ったジョウンから提供された、谷特製の固焼きパンが主食になっている。道すがら小鬼(ゴブリン)たちが仕留めた野兎(のうさぎ)を焙って裂き分け、森から運んできた香草(ハーブ)を加えれば、俄に野営食とは思えないご馳走だ。

 

 

 

「移民受け入れの代償、とか、そういうつもりで言っているんじゃないんだが。」

 

と切り出された頼み事は、城塞都市カイゼルシュタット廃墟の威力偵察だった。

 

「谷での暮らしが安定するようになってから、腕に覚えのある者数名が城塞都市廃墟を訪ねるようになった。瓦礫を掘り返せば刀剣や道具など、まだ使えるものは幾らか出て来る。墓荒らしのようで気がひけないでもないが、背に腹は代えられないからな。」

 

 谷には鍛冶場(かじば)はあったが金属は災厄以前からそこにあったものがすべてで、遠からずその不足が問題になると考えたジョウンの元の同僚、部下たちが廃材回収を思い立ったものらしい。これは見事に図に当たって、人手不足もあって年に一度か二度の往還しかできなかったものの、当面困らない程度の資材の回収が叶った。

 多くあって困るものでもないから、これは旅の容易な季節を選んで繰り返される恒例行事となったのだが、直近におこなわれた三ヶ月前の廃墟詣でに際し、異変があったのだとジョウンは言う。

 

「とてつもない気配……廃墟から戻ってきた連中はそうとしか言わないんだが、とにかく、そういうものと出会(でくわ)して這々(ほうほう)(てい)で逃げ帰ってきたんだ。以来、誰も廃墟には行きたがらない。」

 

 それを……私たちにどうしろと?

 エンリネは、ごくりと息を呑む。

 

「これをやってる連中は決して強者(つわもの)じゃないから、それは仕方ない話だし、私はゲオルグソンの腕っぷしをよく知っているし全幅の信頼を寄せてはいるが、徒歩で四日もかかるところへ彼を送り出した上に微妙な判断を要するやもしれない課題(ミッション)を押し付ける気にもなれない……というか、こいつには無理だわな。」

 

「サモアロウ!サモアロウ!」

 

 ガハハ、と(わら)いながら隣で話を聞いていた大鬼(オーガ)が相槌を打つ。

 何を言われているか、本当にわかっているんだろうか?

 

「たちまちに資材不足に困っているわけでもないんだが、さりとて宝の山をこのまま諦めるのも惜しい。そこへ貴女(あなた)たちの来訪があって、私は少し欲深になっている。

 確信があるわけじゃないが、あそこに何か居るとしたら、気の毒な災厄の犠牲者たちが不死者(アンデッド)として彷徨(さまよ)い出たものじゃないか、と思う。そちらの蜥蜴人(リザードマン)のお嬢さんは神聖系魔法の心得があるようだし、これは渡りに船じゃないか、と。」

 

 そう言われれば、なるほど、と得心できるし、難民受け入れに応じてくれそうなこの谷の利益につながる頼み事は断り(づら)いのも事実。さりとて独断のできないエンリネは、振り返って仲間を顧みる。

 

「低位不死者(アンデッド)デアレバ、クルシュルノ魔法デ退散デキヨウシ、余程ノ魔獣デモナケレバ、私ト小鬼(ゴブリン)三勇士デ追イ払ウコトハ叶オウ。」

 

と応じたのは妖巨人(トロール)のギン。

 ジョウンは「おぉ、受けてくれるか」と喜色を浮かべて身を乗り出したが、

 

「ダガ。」

 

と片手を差し出したギンに制される。

 

「我ラハ中遠距離ノ火力支援ヲ担ウ魔法詠唱者(マジックキャスター)ヲ欠ク。元ヨリ我ラノ使命ハ移民先ノ探索デアッテ戦闘デハナイカラダ。ソノ、トテツモナイ気配、トヤラノ排除ヲ約スコトハ出来ン。」

 

 むしろその言は、ジョウンから見れば逃げ腰ではなく正直な誠意に思われた。

 

「もちろん、貴方(あなた)たちに無理をお願いするつもりはない。そもそも三ヶ月も前の話で、その何者かがあそこに留まっているかどうかも(さだ)かじゃないからな。私としては、既にそこには何もいないか、あるいは、やはり危険だから当面は近づかない方がいい、ことがはっきりするだけで十分だ。」

 

 ジョウンのこの言葉に、ギンはすかさずエンリネに瞬き(ウィンク)を送った。彼も彼女同様に、難民受け入れを表明してくれた谷への恩義は果たしたい、と願いつつ、自分たちの危険(リスク)を無用に大きくしないよう、妥協点を探ったものであるようだ。

 

「そういうことであれば、喜んでお引き受けします。」

 

 

 

 ……と笑顔で応じはしたものの。

 

 エンリネとしては、自身の判断に絶対の自信があったわけではもちろんないし、むしろ、この安請け合いが大事な仲間を危険に陥れはしないか、と内心ビクビクしているのも正直なところ。

 

「驚くべきことだが、おまえには生来の(しょう)(うつわ)があるようだ。

 過信は禁物だが、自分の直感を大切にすることだな。」

 

というのは、自身を<森の大使(アンバサダー)>の頭目(リーダー)に推した際の先生の言葉だが、今となってはこの言葉だけがエンリネの心の支えだ。

 火を絶やさずの交代の寝ずの番を三人組とギンに任せ、エンリネはクルシュルと共に毛布に(くる)まって微睡みに落ちる。蜥蜴人(リザードマン)の体温は人間種よりも押し並べて低く、ひんやりとして気持ちがいい。逆にクルシュルから言わせれば、人間の女の子は柔らかくて温かく心地よいのだ、と聞かされたことがある。

 

(明日はどうなることやら……)

 

 

                    *

 

 

 谷に至るまでの旅の途上、<森の大使(アンバサダー)>は二箇所の城塞都市廃墟を見かけはしたが立ち寄ってはいなかった。

 

「よもや今も城塞都市廃墟に留まっている者はいまい、立ち寄るのは時間の無駄だ。」

 

と先生に言われたからだが、立ち寄ってはならぬ、と禁じられたわけではない。

 

 森の(たみ)は東西のいずれであっても長く大陸の人間社会に対して関心を持っていなかったので、城塞都市カイゼルシュタット、と言われてもその謂れ等については何の知識も有してはいなかった。

 実際のところのそれはバハルス帝国南東端にあり、南にエイバーシャー大森林を望む高台に栄えた城塞都市で、地名は東に隣接する植林地の権益を皇帝権が独占したことに(ちな)み、帝国が有名無実化して以降も良質な木材を産する地として知られていたものだ。

 

「ここなら登れそうですぜ、将軍閣下!」

「足元にお気をつけて、どうかあっしの手を取ってください、閣下!」

「いや、取るならどうかあっしの手を閣下!」

 

「……だからさァ!」

 

 岩壁の大きな落差があるところで自身に手を差し伸べながら張り合うゴトーとフリニゲにエンリネが溜息をついていると、不意にその身体(からだ)がふわりと持ち上げられた。

 

 妖巨人(トロール)ギンが、エンリネとクルシュルを合わせて自身のそれぞれの肩に担いだがためだ。

 

「「きゃっ!」」

 

 二人は思わず悲鳴をあげたが、構わずギンは「フン!」と掛け声とともに飛び上がり、自身の身長に少し加えたほどあった落差を飛び上がった。三人組が活躍の機会を奪われたとばかりに、ブーブーと不平を鳴らしている。

 

「ありがとうございます!

 でも、ちゃんと自分で登りますから……こういうのは()めてくださいね。」

「ご配慮には感謝しますが。

 ……無遠慮に淑女(レディ)(うろこ)に触れるのは、無作法ではないかしら!」

 

 謝意半分、(いか)り半分の二人の物言いに、

 

「コレハ失敬、将軍殿、司祭殿!」

 

とギンは悪びれもせず、八重歯をニッと見せて(わら)った。

 その(うしろ)腰には、彼の得物となる重鎚(ヘヴィーメイス)が提げられている。加えて、体格に劣る女性とはいえ、二人を抱えて自身の身長を軽く飛び上がってみせるギンの膂力に、不平を漏らしていた三人組は否応なく沈黙を強いられた。

 

 (いま)通過した落差は、元は都市城門へと繋がる長い登り口(スロープ)の一部だったようだ。石積みで造られていたそれは、あちらこちらが崩落して元が道であったことがほとんどわからない有り様。

 六人組の誰もがそもそも、城塞都市、というものに馴染みがなく、都市、というくらいだから町なんだろう、滅んだとはいえ、何かしらそれらしい雰囲気が少しは残っているものか、と考えていたものだが、まったくそのようなものはなかった。

 

 ただただ延々と続く瓦礫の山。

 

 これが、かつては人間種の文明の(すい)を極めた都市だったのだ。

 頭ではわかってはいたつもりだったが、<(めぇ)()く七日間>のもたらした破壊が、如何に度外なものであったか、六人組は改めて思い知らされていた。

 いったいどれほどの怨念がこれを為さしめたのであろうか。あるいは、豪雨や大嵐、落雷がそうであるように、これもまたまったく無作為な、自然の気まぐれによるものなのか。俄に判断のつかない彼らは、ただただ空寒(そらさむ)さを覚えつつ感嘆するしかなかった。

 

 一見する限り、目に入るのはすべて無価値な石塊(いしくれ)ばかりで、ジョウンが語ったようなかつての文明の存在を匂わす遺物は見当たらない。仮に当地を訪れそれを求めたのが谷の住人だけだったのだとしても、彼らも繰り返し蒐集をおこなったそうだから、容易に回収可能なものは既にすべて持ち去られてしまったのかも知れない。

 ところどころに面一(つらいち)の大きな石材があって、(れき)の中に斜めに突き立っているものがある。ギンが試みにその一つを、エイッ、と抜いてみたが、その下もただ石塊(いしくれ)があるばかりで、石材が占めていた空隙はすぐに周囲から崩れてきた(れき)に埋まった。

 

「ジョウン、ノ仲間タチハ、ドウヤッテココカラ価値アル資材ヲ探シタノダロウナ。思ッテイタ以上ニ骨ノ折レル仕事ノヨウダ。」

 

 ギンはそう言いながら持ち上げた石柱を、ヨイショ、と傍らに降ろす。

 これに対しエンリネが何か言おうとしたとき、すっ、とクルシュルが片手を挙げてそれを制した。意を察した小鬼(ゴブリン)三人組が素早く(マチェット)を抜刀して周囲を伺う構えをとる。

 

不死者(アンデッド)の気配。

 それも……これはトンデモない大物だわ!」

 

 六人の表情に緊張が走る。

 エンリネは、自身の左手の薬指に嵌めた指輪に軽く手を掛けた。これは先生から、万が一に際しての緊急脱出手段として貸与されたもので、森に向かっての<転移門(ゲート)>を開くことが叶う代物だ。が、この脱出は一方通行のもので、ここでこれを使ってしまうと融水谷(ツィラータール)への旅が振り出しに戻ってしまうことが、たちまちの使用を彼女に躊躇わせる。

 

「向こうはこちらに気づいて近づいてくる!」

 

 誰も<緊急脱出の指輪(リング・オブ・エヴァキュエイション)>の使用を言い出さないところを見ると、考えているところは(みな)同じらしい、と判じたエンリネは、

 

「一旦邂逅しましょう。

 ジューゲームは<聖水>の準備を!クルシュルは<聖別(コンセクレーション)>をお願い!」

 

と、共に不死者(アンデッド)に対して忌避効果を有する措置を仲間に指示した。

 

「<聖別(コンセクレーション)>!」

「基本は戦闘はせずに、背を見せずにゆっくり退()きましょう!」

 

 クルシュルが片手を天に翳して神聖系位階魔法を発動させたのと、エンリネが大方針を告げたのはほぼ同時だった。

 仄かに温かく感じる聖別(せいべつ)の光を浴びながら、ギンは後背に提げた重鎚(ヘヴィーメイス)を構えてニヤリ、と(わら)う。自身を含む仲間の危機に不謹慎か、とは思いつつも、種族特性に由来する難敵を迎えて湧き上がる歓喜は抑えがたい。

 

 やがて前方から、瓦礫を踏むいくつかの足音が近づいてきた。

 音から察すれば大質量の存在のそれではない。大量死のあった場所にしばしば発生すると聞く集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)ではなさそうであることは幸いだが、クルシュルが、大物、と感じ取ったからには並の相手であろうはずはない。

 その気配は丁度六人からすると真東、朝の陽光が差し込む方角から迫って来ている。不死者(アンデッド)に有利な時間帯ではないはずだが、逆光に向かって敵を迎える形になってしまったことに、エンリネは忸怩たる思いを(いだ)いていた。想定外の事態、といってしまえばそれまでだが、これには注意を払っておくべきだった、と反省の念が募るも、まずはこの難局を乗り越えなければ、この反省を活かす機会も失われてしまう。

 

 逆光の中に現れたのは人影(マンシルエット)が四つ。

 

 足音がしたことから物理実体を有する相手であることはわかっていたが、意外にも随分と小柄だ。一体だけすらりと背の高い、光の中に浮かぶ柔らかな身線(ボディライン)から女性であることがわかる者があるが、それ以外は小鬼(ゴブリン)三人組と背丈はさほど変わらない。

 はて、クルシュルの見立て通りであればかなりの大物、とのことだが、そういう印象は今のところ受けないが、真っ直ぐこちらに向かって来るのは間違いない。小鬼(ゴブリン)たちと妖巨人(トロール)は、改めて銘々の得物を強く握り締めて応戦に備えた。

 

 が。

 

 不死者(アンデッド)と聞いていたので敢えてこちらから呼び掛けはしなかったのに、相手方から言葉が届いて六人組はハッ、と息を呑んだ。

 

 その口調は随分と老成して聞こえるのに、声色自体は似つかわしからぬ幼い少女のそれ。

 

「その顔触れは……。

 おまえら、ひょっとして()から来たのか?」

 

 その問いの意が()せず、しばし六人は互いに顔を見合わせて困惑することとなった。

 

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