億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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<森の大使(アンバサダー)>に声を掛けてきた不死者(アンデッド)は、い、いったい何者なんだー?(白々しい)


2.何か、がいる

「あぁ……美味しぃ!久方ぶりの文明の味だわさ!」

「……確かに。決して高級なそれじゃないが、やはり村の茶葉は旨いな!」

「……!」

 舌をぺろり。

 

「お口に合ったのであれば幸いです!」

 

 城塞都市カイゼルシュタットの廃墟。

 女頭目(リーダー)エンリネ、小鬼(ゴブリン)ジューゲーム、ゴトー、フリニゲ、蜥蜴人(リザードマン)女司祭(プリエステス)クルシュル、妖巨人(トロール)ギンの六人からなる冒険者集団(チーム)<森の大使(アンバサダー)>は、ばったり邂逅した四人組<黒の百合(ゆり)>と、瓦礫ばかりの殺風景の中、銘々に適当な岩くれに腰掛けて喫茶を楽しんでいる。

 

吸血鬼(ヴァンパイア)でも……紅茶の味がわかるものですの?」

「クルシュル、失礼ナコトヲ言ウモンジャナイゾ!」

 

 属性(クラス)(がら)不死者(アンデッド)にあまりよい心象を(いだ)いてはいない蜥蜴人(リザードマン)が無遠慮に発した問いを妖巨人(トロール)が慌てて嗜めるのを聞いて、当の問われた吸血鬼(ヴァンパイア)二人は顔を見合わせて頬を緩ませた。

 

 

 

 奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)にして、自身を来訪者(ユグドラシルプレイヤー)とこの世界の住人の(あいだ)に立つもの、と認めるキーノ・インベルンの発した、

 

「その顔触れは……。

 おまえら、ひょっとして()から来たのか?」

 

の問いに、エンリネたちはしばし呆気に取られることになった。

 

 彼ら自身の認識としては、<(めぇ)()く七日間>以前から自分たちは大陸の人間社会からは無視された……もう少し穏便な言い方をすれば、知られていない、存在であり、初対面の相手から来歴を指摘されることなど考えたことがなかったからだ。

 一方で、キーノからすれば、人間、小鬼(ゴブリン)妖巨人(トロール)蜥蜴人(リザードマン)はかつてのド・クロサマー王国、カルネ村を構成する主要種族であり、これが共に行動していればそこから来たに違いない、と考えるのは至極当然のことに思われた。

 

「私はキーノ・インベルン、ご覧の通りの吸血鬼(ヴァンパイア)だ。

 おまえたちの()を知っているのは、随分と昔の話にはなるが、私たちも村に居候していたことがあるからだ。」

 

 この、六人組からしてみれば驚天動地の名乗りに、しばし当惑の表情を隠せなかったエンリネたちではあるが、ややあって落ち着きを取り戻し、

 

「まぁ……立ち話も何ですのでお茶でも飲みながら。」

 

と、湯を沸かし、村から携えて来た茶葉を煎じて城塞都市廃墟での茶会と相成った。

 

 この時点で互いに名を交わしたが、キーノとクレマンティーヌは「名ハ(ギン)、家名ハ(ガン)」と告げた妖巨人(トロール)の名乗りに大層驚かされることになった。

 かれこれ三千年も経っているのだから正しく伝わったものか否かは定かでないが、言葉通りに信じるならば、(いま)目前にある巨人の青年は、かつて情誼を交わしたカルネ村の()(びと)ギ・ガンの直系の子孫、ということになる。

 

 もっとも、話が()れるのを厭うて、敢えて二人共にそこには触れなかったのだが。

 

「キーノさんたちは、ここには何度か来られているんですか?」

 

 てっきり、自分たちとカルネ村の関わりについて根掘り葉掘り訊かれるもの、と考えていたキーノは、エンリネから発せられたこの問いに随分と驚かされることになった。

 と言うのも、自分も同じことを彼女に問おうと思っていたからである。

 

「……いや、<(めぇ)()く七日間>以降はこれが初めてだ。

 むしろ、どうしてそんなことを問うのか聞かせてくれるか?」

 

 キーノの逆質問に対するエンリネの答えは、予想通りのものだった。

 

 エンリネは包み隠さずここまでの経緯をキーノに明かした。

 自分たちがトブの大森林に今も暮らす難民たちの受け入れ先を探して旅に出たこと。

 最初の候補地として辿り着いた融水谷(ツィラータール)(おさ)から、この城塞都市廃墟に(ひそ)む何者かの見極めを頼まれたこと。

 

 キーノが予想していたのは後者の方で、何故その予想が叶ったかと言えば、自分たちもまたまったく同じことを別の集落で頼まれて当地に至ったからだ。

 

「実は、私たちもまったく同じことを頼まれてここにやって来たんだ。

 てっきりおまえたちが我々の依頼人を怯えさせた者か、と思ったんだが……違うようだな。」

 

「「「はぁ?」」」

 

 キーノのこの返しに、六人組は揃ってポカンと口を大きく()けた。

 こいつら面白い連中だな、そう思うよな?と仲間を振り返れば、クレマンティーヌも、双子忍者クゥイアとクゥイナも同じように口をポカンと()けて、わけがわからない、と言いたげな顔をしている。

 

「……参ったな。」

 

 想像の斜め上の事態に、キーノもまたそう呟いた後は言葉を失ったが、最初に正気を取り戻したのは、意外にもこの場に(つど)う十人の中ではもっとも頭のキレるキーノの懐刀、元スレイン法国漆黒聖典第九席次疾風走破にしてキーノ・インベルンの眷属兼愛人、クレマンティーヌである。

 

「……ちょっと想定外の展開ではあったけれども、これでここに何かが潜んでいた、のはほぼ確定よね。

 エンリネちゃんの言う谷の連中と、ワタシらが出会った()の連中に示し合わせてワタシらを担ぐ動機なんてあろうはずもないから、互いに同じ何かに気づいてワタシらに探索を頼んだ、って考えるのが自然だわさ。で、こうしてワタシらが能天気にお茶してても何の反応もないところをみると、その何かは少なくとも今はここにはいないんでしょうね。」

レテテ(おっぱい)!」

 胸の前に丸みを作る仕草(ジェスチャー)

 

「「「おー、なるほど!」」」

 

 その推理に七人が揃って感心の声をあげる。

 クレマンティーヌとしては、そこにさも当然のように(あるじ)キーノが加わっていることに疑問がないでもない。

 

レテテ(おっぱい)(あね)さんのおっしゃる、()()()()、ってのは何なんです?」

「クレマンティーヌ、ね。よろしく。」

 

 ジューゲームから発せられた問いに、クレマンティーヌは直接には答えなかった。

 これに答えたのはキーノである。

 

「おまえたちの本来の課題(ミッション)にも少なからず関わりのある話になるが、さて、どこから話したものやら……」

 

 そう前置きした後、キーノは自分たちのこの二十年間について掻い摘んで語った。

 

 <(めぇ)()く七日間>の直後、アーグランド評議国から<転移>でカルネ村を望むガ・ギンの墓所に戻ったキーノたちは、この大災厄の被害状況を把握すべく行動を開始した。

 一見、特に変化があったようには見えなかったカルネ村には敢えて立ち寄らず……キーノとしては、カルネ村を含むトブの大森林は、三千年の永き渡ってこの世界に暗躍する大魔王アインズ・ウール・ゴウン、率いるところのナザリック地下大墳墓の庇護下にある、と考えていて、連中が直接的にこちらの世界の存在と関係を取り結ぶことを好まないことは承知しているものの、下手に手を出して衝突するのは真っ平御免だ、と考えていた……まず、大陸西部の五大城塞都市、すなわちエ・レエブル、リ・エスティーゼ、リ・ロベル、エ・ペスペル、リ・ボウロロールを目指した。

 その時点ではまだ生々しかった、街道ならぬ(めぇ)()いた怪物の足跡を辿って巡ってはみたものの、いずれもかつてそこに人間文明の精華が存在したとは、(つゆ)とも匂わせぬ瓦礫の山。

 一方この探索の途上で、キーノたちはいくつかの生き残りの村に突き当たった。それらは共通して周囲を丘に囲まれていたり谷の合間にあったりする地勢的に隔絶した閑村で、がために街道に沿って破壊の限りを尽くした災厄の到来を免れたものと見えた。そこには、決して多くはなかったが都市部から避難した人々も流れ込んでいて、キーノたちはそういった村にしばしば長逗留して復興整備に助力もした。

 大陸にありながら建て付け上はアーグランド評議国に属するところのポリス・ウロヴァーナ、城塞都市リ・ウロヴァールが健在であることを確認した後は、再び<転移>の魔法でガ・ギンの墓所へと跳んだ。そして、今度は東だ、とばかりに東進を開始し、まず北回りでかつての帝都アーウィンタールに向かったが、辿り着いたそこはやはり、既に草木に埋もれた無人の荒野だった。

 なまじ生き残りの人々と関わってしまったがため大陸西部の調査に二十年を費やしたことに忸怩たる思いを抱いていたキーノは、そのまま大地溝帯を越えてカルサナス平原方面へ探索を進めようと意を決した。

 大地溝帯を通常の手段で往来可能な経路は一本しかない。かつてはその入り口へと導く街道が存在したので容易に辿り着けたそれは、廃墟と化した城塞都市同様に他の谷間と見分けがつかなくなっていた。朧気な記憶を頼りに踏み入った谷は案の定、到底踏破が叶いそうにない絶壁に前進を阻まれたのだが、そこに存在したのがその絶壁から流れ落ちる瀑布に因んで塵の滝(シュタウプバッハ)を名乗る生き残りの村だった。

 

「……そこからはおまえたちとほぼ同じ、だな。

 滝の連中も、ここの他に北に半日、それからもう半日いったところにある宿場街の遺構を含め廃品回収(サルベージ)をやっていたそうだが、とてつもない化け物の気配に気づいてそれ以来()めにした、と聞かされた。

 あの村には大した猛者はいなかったし、おまえたちのいう谷もそうだろうから、たまたま当地で互いに出食わして驚いた、という線もないだろう。とすると、クレマンティーヌの言う通りなんじゃないかな。」

 

 キーノの語りに、エンリネは興味深げに耳を傾けていた。

 

「ここに潜んでいた何か……というのは何なんでしょうか?」

 

「問題はそこだ。」

 

 ここに至ってキーノは自分たちの真の関心事である、触れ得ざる者、について告げた。

 この世界には、およそ百年おきに現れる強大な力を有した異世界からの来訪者、触れ得ざる者、が存在することを。

 

「私たちは、この世界の者たちが不用意に触れ得ざる者と事を構えて新たな災厄を引き起こすことがないように、その危険性を語って歩く者だ。当地の何者かが単に廃墟を彷徨(さまよ)不死者(アンデッド)か魔獣の(たぐい)であれば片付けるつもりだったが、触れ得ざる者の可能性があれば話は別だ。

 私たちであっても、触れ得ざる者との直接の対峙は手に余る。たちまちにその正体が知れない以上、私たちは滝の連中に、当面は廃墟での資材蒐集は控えるよう助言するつもりだ。無理強いはしないが、おまえたちも谷の連中にはそうしてやることを勧めたい。」

 

 随分と大きな話になってきたな、と六人組は互いに顔を見合わせて困惑した。

 

「その……」

 

と躊躇いがちにエンリネ。

 

「<(めぇ)()く七日間>もその、触れ得ざる者、が引き起こしたものなんでしょうか?」

 

 一気に本質を突いたその問いかけに、キーノは改めてエンリネの顔を覗き込んだ。

 触れ得ざる者の危険性を周知するところは望むところだが、必要以上に恐怖を煽って人々を萎縮させることは願うところではない。被雷(ひらい)の恐ろしさを誇張するあまり、常に洞窟に潜めと吹聴して何の益があろうか。

 だが、(いま)エンリネの瞳から伺い知れるのは、恐怖ではなく……それがまったくないわけでもなかろうが……むしろ、知的好奇心、少しでもこの世界の真理に近づきたい、と願う探求者、冒険者の強い意思だ。こんな小娘が屈強な亜人を率いていることを訝しく思ったものだが、どうやらこの女は何らかの資質に恵まれた者であるらしい。

 

「そこは……私にもわからない。無関係であるはずはないだろう、くらいが言えるところだな。」

 

 キーノは正直にそう答えた。

 

「見ての通り、私たちは永遠の(とき)彷徨(さまよ)(びと)だ。」

 

 改めて六人の視線がキーノに注がれる。

 

「かれこれ三千年以上この世界を旅してきた。おまえたちにとっては<(めぇ)()く七日間>が知るところの最大最悪の災厄、ということになろうが、似たようなことは以前にも繰り返されている。」

 

 なんと……と、六人は、受け取り方は銘々異なろうが、キーノのこの言葉に絶句した。

 

「が、決してそれは世界の終焉ではなかった。その証拠におまえたちは、数多(あまた)の災厄を乗り越えた者たちの子孫として、(いま)ここに存在している。

 希望は決して(つい)えはしない。が、誰かがこの知識を語り継がなければ、今後も同じことが繰り返されるだろう。私たちの努力も虚しく<(めぇ)()く七日間>は起こってしまったが、それでも私たちは諦めはしない。だからこうして、おまえたちにも私たちの知識の片鱗を語って聞かせた。

 わかって……くれるか?」

 

 と、尋ねてはみたものの、無言のままに強い意思を瞳に滾らせる六人組の答えは明らかだ。

 あぁ、図らずも良縁に巡り会えた、とキーノは喜びを感じている。

 

「むしろ、おまえたちがトブの大森林の難民の帰還事業に取り組み始めた、という話には私の方が驚かされているくらいだ。」

 

 決して阿るつもりはなかったが、キーノは素直な賛辞を送った。

 

「そのことなんですが……」

「あぁ、言わなくともわかる。」

 

と、片手を差し出してエンリネを制したキーノは双子忍者の方を振り返った。

 

「クゥイア、クゥイナ。ここまでに巡った生き残りの村の位置を地図に出来るか?」

 

 双子忍者は互いに顔を見合わせ、即座に。

 

「任せておけ、小母(おば)さん。」

 頭上で大きく丸。

 

「……小母(おば)さん?」

「そこは聞き流せ、エンリネ!」

 

 今更カルネ村の住人たちに小母(おば)さん呼びされるなど真っ平御免なキーノは大慌てでエンリネの言葉を打ち消し、ギロリ、とクゥイアを睨みつけるも、睨まれた側はそれを気にする様子もなく、革袋から一枚の羊皮紙を取り出して、既に筆を持って構えているクゥイナに手渡した。

 

「おぉ!

 クゥイナちゃんてばそんなことが出来るのね!」

 

 クゥイナがせかせかと手を動かすところを覗き込んだクレマンティーヌが驚きの声を上げるので、なんだなんだとキーノ、エンリネも続くが、クゥイナは羊皮紙の左上にリ・ボウロロール、右下に現在地カイゼルシュタットを配し、大まかな地形を加えてこれまでにキーノたちが立ち寄った生き残り村の相対位置を点描(プロット)しているのだが、器用なことに、これを左上から右に一列、再び左に戻って一列、と、ここに居る誰もそんなものは見たことがないのだが、まるで受像機(テレビ)走査線(スキャンライン)のような順序で描画していた。

 これは、元来ユグドラシルの忍者自動人形(オートマトン)であるこの双子が技能(スキル)として有するところの自動地図生成(オートマッピング)に由来するものになるが、そんなことを知る由もないキーノたちの目からすると、その奇妙奇天烈な描画順序はただただ呆れるほかないものだ。

 

「正直なところ、私はトブの大森林に少なくない難民が今も在るなど考えたこともなかったし、ましてや彼らを本来の平原の人間社会へ帰還させる事業など思いつきもしなかった。是非、おまえたちの役に立ててくれ。」

 

 アッと言う間に描き上がった地図をクゥイナから受け取ったキーノは、笑顔を浮かべながらエンリネにそれを手渡した。

 

「ありがとうございます!

 私たちは二ヶ月かけて漸く融水谷(ツィラータール)をみつけるのが精一杯だったので、すごく助かります。このご厚意は決して無駄にはしません!」

 

 エンリネもまた満面の笑顔でこれに応える。

 対してキーノは、すっと表情を真顔に転じた。

 

「ひとつ訊かせてもらっていいか?」

 

 エンリネは、キーノの突然の変化にきょとんとしている。

 

「決しておまえたちを侮って言うわけじゃないが、私の知るカルネ村の住人たちは、何というか、何事にも鷹揚で能天気で、難民の帰還事業なんてことを思いつく(がら)ではなかったように思う。

 それは……本当におまえたち自身の創意なのか?」

 

 訝しげにそう問うたキーノに、エンリネは「あぁ、そこですか」と事も無げに応じた。

 

融水谷(ツィラータール)(おさ)からもまったく同じことを尋ねられました。

 最近私たちに助言して下さるようになった凄い魔法使いの先生がいて、その(かた)が帰還事業の必要性を語って下さったんです。賛同したのは私たちの意思ですが、全体計画や道中役立つ魔法の品(マジックアイテム)を貸し出して下さったのも先生です!」

 

「……はぁ?」

 

「でも、先生は謙虚なのか恥ずかしがり屋なのか、あまり余所(よそ)で自分のことを語ってくれるな、とおっしゃるので、これ以上詳しいことはお話しできません、ごめんなさい。」

 

 ここでクレマンティーヌが、ちょいちょい、とキーノの服の裾を引いた。

 キーノの注意が自身に向いたのを確認して小声で一言(ひとこと)

 

(その、先生って。)

 

 キーノもすぐにクレマンティーヌの意を察する。

 

(あぁ、俄には信じがたいが……どう考えてもアイツしかあり得んだろう。よもや生きていたとは……いや、アイツに()()()()可笑(おか)しいか?)

 

 そして、互いに思い浮かんだ名を唱和す(ハモ)る。

 

((デイバーノック!))

 

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)にして、こちらの世界では伝説の大魔法使いフールーダ・パラダイン以外には知られていない三重魔法詠唱者(トライアッド)でもあるデイバーノックは、奇縁あって当時はド・クロサマー王国と称したカルネ村の住人となり、紆余曲折あって村の教師、事実上の指導者を請け負っていた()()不死者(アンデッド)だ。

 それ以前は犯罪組織の用心棒をやっていたりもした節操のない男ではあるが、村の住人となるキッカケとなった事件でキーノに恩義を感じ、それに報じようと吸血鬼(ヴァンパイア)となって日の浅いクレマンティーヌに「キーノを支えてやれ、そうしている限り虚無に陥ることはない」との助言を与えた、存外聡明な人物でもある。

 

「詳しいことを話せない、というのならそれはそれで構わんが、ひとつ教えてくれ。

 そいつは……不死者(アンデッド)か、私たちのような?」

 

 このキーノの問いにはエンリネではなく、クルシュルが憮然とした態度で答えた。

 

「そんなわけありません!

 私は神聖系魔法詠唱者(マジックキャスター)ですから、そこは間違えませんですわよ!」

 

 キーノとしては、デイバーノックが自身が譲ってやった<不死者(アンデッド)の気配封じの指輪>を今なお後生大事に使っているのであればさもあろう、としか思えない。

 

「先生の顔、見たことあるか?」

 

「先生は恥ずかしがりなのでいつも仮面を被り、長い袖の道服(ローブ)(まと)っておいでです。」

 

 エンリネにそう返されて、キーノとクレマンティーヌは顔を見合わせる。

 

(デイバーノック……だよな?)

(デイバーノック……よね?)

 

 謙虚で恥ずかしがり屋だ、とエンリネたちが思っているのが()せなくもないが、森の住民から先生、と呼ばれていることも含め、やはり二人には帰還事業の黒幕としてはデイバーノック以外心当たりがない。他人(ひと)のことを言えた義理ではないが、アイツも大概お節介焼きだな、とキーノ、クレマンティーヌは共に苦笑した。

 

「多分……その先生とやらは私も面識のあるものだ。

 憶えていたら、で構わないが、キーノ・インベルンからよろしく、と伝えておいてくれるか。」

 

「森に戻ったらいただいた地図を持って先生に報告に行きますから、そのときにお言伝は間違いなくお届けします!」

 

 エンリネは満面の笑みでそう言う。

 再びキーノとクレマンティーヌは互いに顔を見合わせて、はぁ、と溜息をついた。

 

 

 

「三百人、までなら何とでもなる、という結論になった。」

 

 谷からの出立から七日後、「一旦滝の連中のところに戻る」と言うキーノたちと別れ城塞都市カイゼルシュタットの偵察から戻った<森の大使(アンバサダー)>を出迎えた融水谷(ツィラータール)皇帝(ジルクニフ)ジョウン・カタラクトは、決した衆議を告げた。

 

「皆がうまく馴染むようであれば、さらに二百人の受け入れもできるだろう、という話になっているが、谷の今の人口は千人と少しだ。あまり急に新顔ばかりが増えても揉め事の火種にもなりかねないから、そこは勘案してくれ。」

 

 エンリネは期待を大きく上回る好回答を歓迎する一方、真正直に城塞都市での出来事をジョウンに語った。

 

「私たちは難民の皆さんに移住を無理強いするつもりもないですし、どちらかと言えば大陸の西方の出身者が多数派なので、こちらへの移住を希望する人は五百人には達しないかも知れません。」

 

 クゥイナが描いた地図にはトブの森の西側、(いにしえ)の昔、リ・エスティーゼ王国と呼ばれた領域に四箇所の生き残り村が記されていた。西部出身者の多くはそちらへの移住を希望するのではないか、とエンリネは考えている。

 

「それはそれで別に構わない。むしろ私としては、たちまちに街道を蘇らせることは叶わないだろうが、移民受け入れをきっかけに、トブの大森林のあなた達との(あいだ)に交易のようなことが始まることに期待している。それはお互いにとって将来へ向けての大きな一歩になるだろう。」

 

 ジョウンはあくまでも前向きだ。

 

「で、私の頼み事の方はどうだった?その、キーノ・インベルンとかいう吸血鬼(ヴァンパイア)が、うちの若い連中が肝を冷やした相手だったんだろうか?」

 

「それは、どうも違うようです。」

 

 エンリネは、やはり真正直にキーノから聞かされた、触れ得ざる者、についてジョウンに語って聞かせた。

 融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウプバッハ)、それぞれの資材蒐集隊が出会(でくわ)した何者かは触れ得ざる者である可能性があり、(いま)なおカイゼルシュタットに(ひそ)んでいるわけでもないだろうが、当面は探訪は控えた方がよい……少なくともエンリネたちよりも遥かに強者であるキーノたちからそう勧められた旨を告げると、ジョウンは見るからに落胆した様子を見せた。

 

「それは残念ではあるが……キーノ・インベルンが語ったという、触れ得ざる者、については念頭に置いておくようにする。」

 

 ジョウンのこの言葉にエンリネは深く安堵した。

 キーノは「自分たちはこれから大地溝帯を越えてカルサナス平原へ向かうつもりだ」とエンリネに告げた。「触れ得ざる者、についての警告は、おまえたちから谷の者、また、今後縁ある者たちにも伝えて欲しい」とも。

 

 ジョウンがこれを理解してくれたのであれば、生き残り村の所在を記した地図で恩義のある<黒の百合>に、一つ報えたことになる。

 

 難民受け入れの回答を確認すべく、先生の側から約された<伝言(メッセージ)>が届くまでにはまだ三日の猶予がある。これを無為に過ごす理由などないし、それ以上に、キーノから提供された地図をいち早く先生に届けたい、という思いがエンリネにはあった。

 かくして、彼女は<森の大使(アンバサダー)>の皆にその旨を諮り、同意を得て<緊急脱出の指輪(リング・オブ・エヴァキュエイション)>を使っての即時帰投を決断した。

 

 この時点のエンリネたちは、自分たちの経験したこの冒険が、大きな動乱のささやかな前奏曲(プレリュード)に過ぎなかったことを知らない。

 

 

                    *

 

 

 深い深い森の中。

 木漏れ日も届かぬ闇が、それを見る者など誰一人居ないが、ぐにゃり、と歪んだ。

 

 隠形を()いて姿を現したのは異形の者。

 東洋風の鎧を身に(まと)った肌の青白い偉丈夫だが、不愉快そうに左右しっかと組んだ腕は三組、六本ある。

 

 異形種鳩摩羅天(カーティケア)

 

 その主属性(クラス)となる<軍神(グラディウス)>を極めれば、六面十二臂(ろくめんじゅうび)神形(しんぎょう)を現じ、時間限定ながらも肉弾戦無敵の技能(スキル)を発揮すると謳われる存在だが、今はその必要がないのか、あるいは彼は未だその域には達していないのか、腕の数を除けばその容姿は筋骨隆々とした武者に過ぎなかった。

 <韋駄天走(いだてんばしり)>の技能(スキル)を用いれば、<転移門(ゲート)>にこそ及ばぬものの、一昼夜のうちに大陸の東端から西端まで駆け抜けることが叶う彼ではあるが、さきほど解いたところの同じく技能(スキル)として有しMP(魔力)消費を伴わない<厭離穢土(おんりえど)>の発動中は、その引き換え(トレードオフ)に移動速度を大幅に制約されるという縛りを受ける。

 

(ブルーさん。)

 

 彼が隠形(いんぎょう)を解くのを待ち受けていたかのように自身の名を呼ぶ声が聞こえ、ブルーは、不愉快そうな六つの(こぶし)をより一層不愉快そうに握り締めた。

 

「森に着いたところだ。」

 

 と、簡潔に、ギルドの知恵袋に現状を告げる。

 

(今回の作戦(ミッション)は、これまでよりも飛び抜けて高い危険度(リスク)が想定されます。安易に隠形(いんぎょう)を解かぬことをお勧めいたします。)

 

 こちらの様子が見えているわけでもあるまいに、その見透かしたかのような物言いに、ブルーは(にわか)に苛立った。

 

「俺はな。指図されるのが好きじゃないんだ!」

 

(指図などしてはおりません。お勧め申し上げているだけのこと。

 そして、より安全でありたい、とお考えであれば従うが無難でしょう。)

 

 ブルーは深い溜息を吐く。

 わかってはいたことだが、ギルドの知恵袋、ルーシェンに議論では決して敵わない。

 不々承々ながら<厭離穢土(おんりえど)>を発動させ、その姿は再び闇に溶けた。

 

「で……俺は何を探せばいいんだ?

 廃墟での廃品回収とは話が変わってくるんじゃないのか?」

 

(何か、をです。)

 

「……わかるように言ってくれ!」

 

 ルーシェンの思わせぶりな口調に、吐き捨てるようにブルーは応じるが、相手の調子はまったく変わらない。

 

(その森は、世界を廃墟と化した災厄に際して守られていた疑いがあります。

 破壊を為した者が破壊対象から除外したのか、別の何者かが破壊の前に立ち塞がったのか、は定かではありませんが、いずれにせよ、そこには守るべき何かがある、ということになりますでしょう?)

 

 さも当然のようにこう語るルーシェンを、ブルーはまったく理解が出来なかった。

 

 ログオフが出来なくなってからおよそ()()くらい、だろうか?

 今なお自分たちが置かれている状況は意味不明のままで、ルーシェンの指揮に従うことで辛うじてギルド維持が叶っているのは紛れもない事実だ。そのルーシェンがこの森に見出すべき何かがある、と言うのではあれば、それは調べるべきなのだろう。

 が、出自の違いによるとは言え、ブルーから見て不明瞭な理路に基づき、さも合理的に迷いなく語るルーシェンには常に困惑させられる。

 

「後詰めの方は大丈夫なんだろうな?」

 

(ピンクさんには私からお伝えしております。)

 

 ピンクは、共にログオフ不能の事態に巻き込まれたギルメンで、ブルー同様の異形種、こちらは怪蟹(ザラタン)魔法詠唱者(マジックキャスター)だ。ルーシェンの差配で常にブルーとは別行動を採り、万が一の難敵邂逅に際して火力支援をおこなう……ことになっている。

 

(おりますが。)

 

「……が。何なんだ?」

 

(今回に関しては、見つかる何かが対話可能な何者か、である可能性も御座いますので、その際は、ピンクさんは()らぬ方が好都合ではないか、と。)

 

 この、人を人とも思わぬ……まぁ、実際、人じゃなくて蟹なんだが……ルーシェンの言い様はやはりブルーを苛立たせるが、言っていること自体には敢えて噛みつくつもりもない。と言うか、むしろ大賛成だ。ピンクは、中の人が女性であったわりにはあまりにガサツ、かつ攻撃的で、理知的な相手との対話交渉の場に同席させたい人柄(キャラ)では決してない。

 

「そこはおまえの言う通りだろうよ。

 ……本人には言ってないだろうな?」

 

(私がそのようなヘマをする、とお考えなのであれば心外です。)

 

 そりゃそうだろうが。

 だとしたら……。

 

 俺がいちいちおまえの発言に苛立ってるのは何なんだ?

 この一切の配慮(デリカシー)を欠く糞に、ピンクが「あいつ、実は裏で<運営>とつるんでんじゃないの?」と疑っていることを突きつけてやろうか。そんなことをしても、この屁理屈野郎はそれこそ屁とも思わないだろうが。

 

(では、ご武運をお祈り申し上げます。)

 

 ぷつり、とルーシェンからの<伝言(メッセージ)>が途切れた。

 

 コンソールが応答しなくなって以来、あちらはこちらに呼び掛けられるが、こちらがあちらに呼び掛ける手段がない、というのもブルーを苛立たせていることの一つである。

 

 さりとて、こんな森の中で一人苛立っていたとて栓もなし。

 ともかく、何か、を探そう、とブルーは探索を開始した。

 

 彼の隠形技能(スキル)<厭離穢土(おんりえど)>は、位階魔法<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>に相当するものになるが、MP消費がなく半永久的に使用できる点で優れている。一方でその交換条件(バーター)として、発動中はすべての自身の挙動が緩慢になる、範囲攻撃、盲撃(めくらう)ちを含め攻撃を受けると強制解除され一定時間再発動できない、という制約がある。

 特に彼が好まないのは前者の方で、ユグドラシル終了以前は不便には思いつつもそこまで忌み嫌っていたわけではなかったように思うものの、一挙手一投足が自身の身体(からだ)のそれと認識されるようになった目下(もっか)()()()においては、まるで粘性の強い油の中を泳いでいるような感覚があり、どうしても好きにはなれなかった。

 が、ブルー自身は「本当にそうなのだろうか?」と疑ってはいるものの、ルーシェンに「我々を容易に屠り得る難敵が存在する可能性が高い」と繰り返し吹き込まれ続けているがために、時折気分で解除はするものの、改めて警告を受けるとついつい隠形(いんぎょう)してしまう自分にも彼は気づいていた。

 

 そもそも、ルーシェンは何を根拠に、難敵、の存在を疑っているのだろう。

 

 この半年の間、ただただルーシェンの指示に従って見渡す限りの荒野(こうや)の中、<換金箱(エクスチェンジボックス)>に放り込む資材を求めて廃墟巡りを繰り返してきた。得られる廃材は、この延長戦の舞台にかつて文明が存在していたことを匂わせてはいるが、それがいつ滅んだのか、何故滅んだのか、の手掛かりはブルーの憶えている限りまったく見つかってはいない。

 ルーシェンは、この森は何者かの意図によって破滅を免れたのだ、と言った。あいつは正直に、それが破壊者による意図的な除外なのか、破壊者に対する防衛者が存在したからなのかわからない、と言ったが、それを言ったら、そもそもその破壊がいつのことだかわからないのに、目下やっている探索に意味があるものだろうか。それが一万年前のことだとしたら、破壊者も防衛者も、結果的に守られた何かも、此処に残っていようはずもない。

 自分たち以外にも何かがこの世界をうろついていることは既に知ってはいる。廃材回収中、あまりに鬱陶しいので隠形を()いたことが少なからずあるが、はっきりと憶えてはいないものの、何度か、慌てふためいて逃げ出す存在を覚知したことはある。が、それは難敵、とは到底言えない連中で、正確に探査(スキャン)したわけではないが、直感的にはレベル一桁、高くても十台前半が関の山だったように思う。

 ルーシェンの言う難敵、とはいったい何で、どの程度のものなんだろう。何故あいつだけが、俺もピンクもまったく想定していない脅威の存在を、説得力溢れる口調で力説できるのだろう。いったい、あいつは何を知っているんだろう。

 

 あるいは、ピンクが半ば被害妄想的に疑って言うように、実は既にルーシェンは俺たちが知っていたルーシェンではなくなっていて、それがユグドラシル<運営>であるか(いな)かはともかく、この延長戦を演出する何者かの傀儡と化して、俺たちが主人公として挑戦を強いられているこの物語の進行役を務めているのだろうか?

 

 隠形の副作用(ペナルティ)で遅々として進まぬ前進への苛立ちを紛らわせるべく、ブルーはそんなことを独り考え続けていた。意味もなく、同じことを繰り返し、繰り返し考え続けているかのような徒労を覚える。

 そうこうするうちに大分(だいぶ)と森の奥深くへと進んできた気はする。さきほど(らい)、複数の何者かの気配を感じている。が、ブルーはそこに脅威は感じてはいない。以前に廃墟で逃げ散った連中と、強さでいえばさして変わらないように思われたからだ。

 異なるのは、廃墟で感じたのは人間の気配であったのに際し……あぁ、今の自分は、果たして人間なのだろうか……今、木々の隙間から微かに漏れ伝わってくるのは森妖精(エルフ)のそれだ。この延長戦世界では、森の自然湧き怪物(ポップモンスター)森妖精(エルフ)で、廃墟ではそれが人間……人間が自然湧き怪物(ポップモンスター)?……ということ、なのだろうか?

 

 やがてその気配も消えてきて、いよいよ何を探せばいいんだ、と途方に暮れつつあったとき、ブルーは突如として一つの気づきを得た。

 

 さっきから感じている森妖精(エルフ)の気配は、()()を避けている!

 

 可視(ヴィジュアル)的に把握されているわけでは必ずしもないが、彼の脳内には、自身の周囲に覚える生体の存在の疎密が点描(プロット)されている。

 それらが銘々無作為(ランダム)に移動しているものであれば、もちろんある程度の疎密はあって当然で、逆にこれが完全に等間隔になっていたら文字通り作為的な指揮者の存在を疑うことになるが、そういったものが一切感じられない一方で、森の奥に、明らかにすべての気配が敢えて近寄ろうとはしない一角があることにブルーは気付いたのである。

 

 面白い演出ではあるな。

 ひとまずの目的地(ゴール)は、そこか?

 

 隠形したまま彼は、何か、がいると確信した領域へと、ゆっくり、ゆっくりと歩みを進めた。

 

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