億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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大魔王アインズ・ウール・ゴウンを彼らしからぬ難民帰還事業へと誘ったもの、とは?


6.少女よ叛意を(いだ)

 我らが大魔王(アンチヒーロー)残念美女(ヒドイン)が九十六時間耐久出血大奉仕(サービス)に突入してしまい、恐怖公眷属(ゴキブリ)による覗き見も禁じられた今となってはその仔細を読者諸兄にお伝えする(すべ)も失われた……まぁ、またぞろあの悪魔(デミウルゴス)が抜け穴を見つけるに違いないのではあるが……ので、ここでは二人の愛の巣籠りの時間を利用して、そもそも何故大魔王アインズ・ウール・ゴウンが、トブの大森林の難民帰還事業などという、彼自身からすればどうでもいい話にかかずらう羽目に陥ったのか、について見ていくことにしよう。

 

 結論から言えば、事の発端は姉弟喧嘩の仲裁だった。

 

 

 

「フェ、フェ、フェンリルたちの餌にしちゃえば……よくない?」

(ねぇ)さんは本気でアインズ様がそんなことをお望みと思うわけェ?大地を割いて突き落とし、苦しまないよう一息(ひといき)に殺すべきだよォ!」

 

「どっちにせよ皆殺しじゃねーか。」

 

 既に何代目であるか意識されることすらなくなった当代のアウラ、マーレの闇妖精(ダークエルフ)双子(ツインズ)はこのとき御年(おんとし)二百五十余歳。姉アウラが魔獣使い(ビーストテイマー)、弟マーレが森司祭(ドルイド)であること、そして互いの容姿は初代に通じるが、口調と性格はそっくり入れ替わっている。

 そんな彼らが(あるじ)アインズ・ウール・ゴウンを掴まえて自分たちの議論の裁定を求めたのは、<森の大使(アンバサダー)>の融水谷(ツィラータール)訪問から遡って、丁度一年ほど前の話だった。

 

 <(めぇ)()く七日間>に際し大陸各所からトブの大森林に雪崩れ込んだ避難民は、少なからぬ混乱をもたらした。その初期に多く見られた、大災厄に正気を失い森からの略奪を試みた狼藉者(ろうぜきもの)たちは悉くアウラ、マーレの一族に討ち取られた。アウラたちは、決して森の民を守ろうとしたわけではない。こういった(やから)はしばしば森に火を放ったため、トブの大森林の守護者を自認する彼らからすれば看過すべからざる(もの)たちだったのだ。森の民たちもまた、こういった連中には容赦がなかった。

 当初の混乱が落ち着き、森の民が至極当然のように生き残ったおよそ五千人の難民の面倒を見始めたとき、もちろんアウラもマーレも何の関心も払ってはいなかった。森に暮らす虫さんが少し増えたかな、とすら思っていなかった。虫を含む森の生き物の総数からすれば、難民の数など誤差にすらならない。

 それでも彼らの意識に難民がのぼったのは、森自身が何の気なしに発した愚痴にすらならないボヤきがきっかけだった。

 

「あれは……駄目だわ。」

 

 数十年に一度ふらりと現れてアウラ一族の誰かと言葉交わす森自身、こと森精霊(ドライアード)ピニスンは、難民を評してそう言った。

 森自身は、人間種を含む森の民を高く評価していて、時間感覚(タイムスケール)の不一致から意思疎通(コミュニケーション)する気など毛頭ないものの、何なら彼らを森の一部、とすら考えていた。

 一方で、ピニスンからすると俄に増えた難民たちは、全員が全員でないにせよ森の暮らしに順応する様子を見せず、街の生活様式をそのまま森に持ち込んだように見えていた。その火の扱い方や不要物(ごみ)の処分の流儀など、森と共生する姿勢を欠く態度は、気長な彼をしても「ちょっとそれはないよなー」とボヤきたくなるには十分だったのだ。

 実際にこの話をピニスンから聞かされたのは、気儘にのんびりと余生を過ごしていたシニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレだ。語った本人はさほど深く考えていたわけではなく、むしろ、このとき二人が茶を啜りながら頬張っていた謹製ナザリックまんじゅうの御相伴に預かることが目的で、実際にそれは果たされ、黙ったまま食べているのも気まずいので口にされただけの話題であった感もあるのだが、聞かされた既に老獪さを身につけたシニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレからすると、あのピニスンが他人をこのように評するのはただ事ではないな、と必要以上に大袈裟に受け取ったのは否めない。

 かくしてこの話は当代のアウラ、マーレに申し送られた。それまで気にもしていなかった難民だが、こうして一度意識にのぼってしまえば、確かにその態度は、無視して差し支えないものではあるものの、決して面白いものでもない。むしろ、無視してよいものであれば殲滅したとて構わないではないか。

 

 その殲滅の方法を巡って裁可を求めたアインズの前で、常の仲睦まじい二人らしからぬ大喧嘩をしてみせたのである。

 

「ア、アインズ様ぁ。この子たちの、お、おやつにしちゃ、駄目ですかぁ?」

「だからァ!お優しいアインズ様は、人間と言えども無用に苦しむ最期はお望みにならない、って言ってるだろォ!」

 

 あぁ、あいもかわらずヤバい姉弟だな。

 アインズは眩暈を覚えざるを得なかった。

 

 無論、本性死の支配者(オーバーロード)であるところのアインズ自身に難民皆殺しを躊躇う理由はないし、何なら生者を屠るのは大好きだ。

 さりとて。この時点のアインズは既に自身が<(めぇ)()く七日間>を引き起こすに至った仔細については何一つ憶えてはいなかったが、一方で、自分がこの世界に対していささか短慮な何かをやらかした、という反省は、アルベドに対する愛やツアーに対する友情同様に、彼を構成する不動の(コア)として刻み込まれている。ましてや、アインズの認識としては常にこちらの世界に渡り来た直後の、まだあどけなさも感じられた初代アウラ、マーレと心象重なる闇妖精(ダークエルフ)双子(ツインズ)に、大虐殺を使嗾するなど慮外のことだ。

 

「あー……おまえらの言い分には一理なくもないが。

 森から追い払えば十分、じゃないか?」

 

 とりあえず、無難な着地点を探ってみるも。

 

「ど、どうせ野垂れ死ぬに、き、決まってますぅ。ならフェンリルのおやつにした方がぁ……」

「だから(ねぇ)さん、お優しいアインズ様は苦しまずに一息(ひといき)に殺すことをお望みになる、って言ってるだろォ!ですよねェ、アインズ様ァ?」

 

 ……一筋縄ではいかんな。

 

「あー、なんだ……その、アレだ。

 ナザリックに直接立ち向かってくるでもない連中に、おまえらがどーこーする、なんてのは労力(エネルギー)の無駄遣い、というものだ。」

 

 アウラもマーレも、アインズが自分たちに何か意義深い教導を与えんとしている、と解したものか、一点の曇りもない澄んだ計四つの眼差しでアインズを射貫かんばかりに見つめているが、当のアインズにそんなつもりは毛頭なく、ただ、図らずも陥ったこの状況から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

 

「それが森にとって不都合なものなら、(ほう)っておけば生態系の均衡(バランス)が自然と片付けてくれるだろうさ。」

 

「そ、その森さんが嫌ってるんだから、わ、私たち森の守護者が片付けるべきなんじゃぁ……?」

「そうですよ、アインズ様ァ!善は急げ、というヤツですゥ!」

 

 モモンガさん。自然破壊ってのは、必ずしも悪意でおこなわれてきたわけじゃないんだよね。むしろ皮肉なことに、この生き物かわいいから餌をあげよう、この草花綺麗だから護ってあげよう、みたいな善意が、結果的に本来あるべき自然をかき乱して今に至る、みたいなところもあるんだよ。

 

「も、森さん自身に、そ、そうなるよう促す、ってことですかぁ?で、でも、どうやったらいいか……」

(ねぇ)さん、待って!アインズ様には何か深い考えがおありなんだよォ!ですよねェ、アインズ様ァ?」

 

 自然はね、護らなくても勝手に道を見出す、と言うか、自ら道を見出すのが自然であって、護られちゃってるのはもう自然じゃないんだよね。

 

「も、森の民に、じ、自分たちでやらせる、ってことですかぁ?」

(ねぇ)さん、何言ってるのさ。アインズ様に出来ないことなんてあるわけないだろォ!ですよねェ、アインズ様ァ?」

 

 あぁ……。

 何だか、面倒臭い流れになってきてるぞ!

 

 と気づいたときには既に手遅れ。

 しかも、アウラ、マーレは、()()()()アインズが逃げ出せないように追い詰めた。

 

「「アインズ様ァ!」」

 

 アウラ、マーレの子、当代の兄ベロ、妹ベラ、このとき漸くナザリックの目ニグレドの執着の(くびき)から解き放たれたばかりの御年(おんとし)六十余歳が、アインズをトブの大森林に誘ったのはこの数日後のことだ。

 

「流石にそのままだとみんなビックリしちゃうからァ!」

「お、お着換(きが)え!お着換(きが)え!」

 

 あれよ、と言う()袖長(そでなが)道服(ローブ)姿に二人手製の妙ちきりんな仮面を(かぶ)せられたアインズが、手を引かれるがままにたどり着いたのは森のほぼ中央、蜥蜴人(リザードマン)の集落だ。

 

「お、精霊(フェアリー)さんが来たぞ!」

「村の中まで御出(おい)でとは珍しいこともあるもんだ!」

「それに……なんだか珍しいお客さんを連れておいでだぞ!」

 

 え……何これ?

 

 アインズ一行を迎えて色めき立つ蜥蜴人(リザードマン)たちの様子にアインズは困惑した。

 どうもこの連中は以前からベロ、ベラを見知っていて、精霊(フェアリー)と呼んでいるらしい。

 

 (あと)でシニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレから聞いた話になるが、彼ら一族はもう随分と昔から、時折自分たちの姿を森の民の前に晒していたのだそうだ。

 これは、元を辿れば二代目マーレが若い時分に森の民との交流を望みつつも果たせなかったことに(たん)を発しているらしい。数世代(すうせだい)の試行錯誤を経て、最年少世代に限り故意に隠形(いんぎょう)を解いて森の民の反応を窺う試みがなされた。

 アインズの許しなくしてのこちらの世界の住人への直接の影響力行使が禁じられていることは、ギルド忠誠の縛りを受けないアウラ、マーレ一族とて承知はしている。なので彼らは、決して森の民に何かを話し掛けたりすることはせず、ただ眺めるのみに徹した。

 一方、眺められる森の民はベラ、ベロの存在に気づきはしたものの、呼び掛けても応じるでもなく近づけば消えてしまう二人にどう対処したらよいかがわからなかったようなのだが、あるとき「あれは我らを見守る森の精霊(フェアリー)に違いない」と言い出すものがいて、試みに、と適度な距離を保ちつつ、何か物珍しいものをご覧に入れようとその時分に新たに開発された養殖(いけ)水流調節機構(フローバルブ)を運んで来て、その内部構造や操作の実演(デモンストレーション)をやって見せたらしい。

 これに当時のベラ、ベロは大いに満足して諸手を叩いて喜んだのだが、森の民の側も、そうだ、やはりあれは我らを見守る精霊(フェアリー)だ。ついては今後も、お姿を見かけた際は銘々に、お陰様で我々はこうして暮らせておりますよ、と何かご覧に入れるのがよろしかろう、という話になって、ますます各代のベラ、ベロを面白がらせた。

 

 こうして生まれた関係は、図らずもアインズ、かつての鈴木悟が生まれた<現実(リアル)>の日本に古来より存在した神祇信仰にも似た様相を呈したのであるが、森の民の意識からすれば、既に云千年の時を経て誰も仔細などわかりはしないものの、気紛れにエンリ、ネム・エモット姉妹を救ったアインズが、別れ際に「オレ格好良(かっけー)!」と自己陶酔しつつ告げた、髑髏(どくろ)様たる彼が「おまえたちを見ている」に元を糺せば由来することなど、至高の主、大魔王アインズ・ウール・ゴウンといえども思い至れようはずもなし。

 

 ベロとベラは、ただ無言のままに仮面をつけて全身を道服で隠したアインズを蜥蜴人の前に押し出した。

 自身の(あるじ)に対してその扱いはどうなのよ?と思わないでもないアインズであったが、二人は「アインズ様のお手並み拝見!」とばかりに黙ったままニコニコしている。(なん)てこったい!

 

「で……あなた様は何処のどなた様で?」

 

 そのうち一人の蜥蜴人から声がかかって、やむなくアインズは双子のお膳立てに乗っかることになった。

 

「あー……オレは……そう!

 この森の奥深くで魔法の研究をずっとやっていた魔法詠唱者(マジックキャスター)だ!」

 

「「「ほーぅ……」」」

 

 蜥蜴人たちはアインズの、この自己紹介になっていない自己紹介に、どう応じたものやらよくわからない、という様子を示したが。基本的にベロ、ベラを森の精霊(フェアリー)として信頼している彼らは、その精霊(フェアリー)が危ない人物を自分たちの元に連れてくるはずはない、と安心しているようだった。

 

「で……どういったご用件で?」

 

「いや、特にこれといって……」

 

 ここでアインズは、不服そうに自身の背をベロとベラがつついていることに気づく。

 おまえらなぁ……。

 

「あー、そうだ!

 おまえらが森に住み着いた難民に難儀している、と、こいつらから聞いて、一つ(たす)(ぶね)を出してやろうか、と邪魔させてもらった次第だ!」

 

 たちまちに背後の双子は、ニパッ、と笑みを浮かべた。

 あー、面倒臭いことに踏み込んじまったぞ、オレ!

 

「それはそれは……。

 大したもてなしも出来ませんが、ひとまずはこちらへ、先生!」

 

 この時点から、アインズは極当然のように、先生、と森の民から呼ばれることになった。

 呆れたことにベロとベラは、蜥蜴人にアインズを引き渡すやそそくさと森の奥へと消えてしまった。遠くからアインズの言動を観察するつもりらしい。こちらの世界の住民への直接の影響力行使を禁じる、って、そういう意味じゃなくないか?っつーか、オレを置いていくのは、最大最強の影響力行使だろがよ!

 

 とまれ、始まってしまったものは仕方がない。

 そのうち、人間や小鬼(ゴブリン)妖巨人(トロール)などの森の民が加わって、蜥蜴人の集落の広場は先生を囲んで大賑(おおにぎ)わいになった。

 議論自体は、さして複雑なものではなかった。森の民自身は難民を決して負担とは感じておらず、そもそも豊かな森の恵みを銘々の得意に応じて入手し、不得手なものと分かち合うことを常とする彼らにとって、与える相手が多少増えたとてそれはまったく問題にはならなかった。

 一方で彼らは、極稀に森の暮らしに順応して森の民と同化する者もなくはないものの、難民の大半が与えられる一方の存在と成り果て、日々を無気力にただ生きているように見えることに、ある種の申し訳無ささを感じていた。自分たちがお節介を焼き過ぎることが、返って難民たちをそこに落とし込んでいるのではないか、こういう飼い殺しは本当はよくないのではないか、と言ったところが、森の民が目下覚えている違和感の最大公約数だった。

 

「天は自ら助くる(もの)を助く、と言ってな。」

 

 言っている本人は至高の四十一人の誰かからの受け売りを披瀝しているだけで、さして深い意味を理解しているわけでは必ずしもなかったが、苦し紛れのこの語りから始まったアインズの言葉に、森の民は大いに感銘を受けた様子だった。

 アインズとしても、この言葉を地で行く森の民に対し、決して悪い印象は抱かなかったし、むしろ、(みな)生き生きとしていて屈託がなく、不思議と生者だから屠ってやりたい、という衝動も、皆無でこそないものの起こらなかった。

 

「つまり……難民たちを直接援助するんじゃなくて、連中に自立できる場を与えてやれ、ってことなんですかね、先生?」

 

 誰かがその意を察すれば、(のち)に帰還事業、と呼ばれることになる計画の大枠は、森の民自身から示された。アインズは、かつてギルド長モモンガがそうであったように、銘々の森の民が何やかやと発案するところの互いの矛盾を調整し、次第に明確になっていく実施すべき事柄それぞれに、能力値(パラメータ)を覗き見て適材適所の人材を当てることに務めた。

 

 あれ……これ、めっちゃ楽しくない?

 

 ナザリック地下大墳墓がこちらの世界へやって来て以降、アインズはナザリックの絶対の(あるじ)として君臨しつつも、同時に、愛すべき下僕(しもべ)たちを守り抜く前衛(アタッカー)でもあった。だが、本来のモモンガ、鈴木悟は、もちろん作戦によっては前衛に立つこともあったが、最も得意としたことはギルドの頭脳(ブレイン)、そして調停者(フィクサー)であることだ。

 かくして、久しく忘れかけていた自身の天性に近い課題(ミッション)を得て、それこそ水を得た魚のようにアインズは帰還事業に没入し、この際は、と徹底して裏方(うらかた)に徹してこの懐かしくも目新しいごっこ遊び(ロールプレイ)を楽しんだのである。

 

 

                    *

 

 

「あー、オレだ。聞こえるか?」

 

(……あ!先生ですか!

 感激です、先生から直接<伝言(メッセージ)>をいただけるなんて!)

 

 あれ?

 オレ……かける相手、間違えた?

 

 <森の大使(アンバサダー)>に連絡するに際しアインズは、当人が魔法詠唱者(マジックキャスター)だから突然<伝言>を受けても一番当惑しないだろう、という判断で、常に色白の蜥蜴人司祭を選んでいたのだが、こちらの世界の住人の名前を憶えるのが宿命的な記憶能力の制約以前に苦手な彼は、宛先候補(アドレスリスト)から違った名前を選んでしまったらしい。

 

「エンリネ……だよな、蜥蜴人(リザードマン)の?」

 

 アインズの、あいも変わらず何処にあるのか定かでない脳内の宛先候補(アドレスリスト)上には、呼び掛ける相手の名前だけが記録されている。転移先(ブックマーク)などもそうだが、これらの記憶領域は仕様上短期記憶とは独立して十分な容量が確保されているため、無分別な運用をしない限りは数万年は困らないだろう、とされている。

 一方で、名前のみで識別される彼らがどんな種族(クラス)でどんな人物であるかは、頼りないことこの上ないアインズの短期記憶に依存しており、長くこの世界の存在としてはツアーとその係累以外と真っ当に付き合おうとしてはこなかったアインズは、そこに潜在する問題に自覚がなかった。

 

(私、鱗も尻尾もないですよ。それはクルシュルです!)

 

 そう応えるエンリネは、特に怒っている様子もなく、何なら声色は半笑いだ。

 先生はそういう人だ、と(とう)に割り切っていると見える。

 

「あー、すまん。()で間違えた。」

 

(クルシュルに御用ならかけ直されますか?)

 

「いや、むしろおまえの方が話が早い。今、大丈夫か?」

 

 アインズは、竜牙(ドラゴンタスク)村の作戦本部(ヘッドクオーター)の小屋の中に独りあって、<森の大使(アンバサダー)>の頭目(リーダー)エンリネに、間違い<伝言(メッセージ)>ながら声をかけた。これをやるのにわざわざ当地へ来る理由はないのだが、曲がりなりにも相手が女の子の場合、ナザリックでこれをやって万が一にもアルベドに露見(ろけん)したら(あと)が怖い。

 

 融水谷(ツィラータール)への移民団をアインズが引き受け、キーノ・インベルンからもたらされた生き残り村の地図を頼りに新たな移民受け入れ先との交渉をエンリネに任せてから、既に一ヶ月と少々経過している。

 アインズからの<伝言>を受けたエンリネは、既に最初に訪れた大陸西方の生き残り村で移民受け入れ交渉が成立し、麾下の小鬼(ゴブリン)二人が森へその旨を速報すべく駆けて、自身は残りの仲間と共に二つ目の候補へ向かって移動中だ、と復命した。

 なるほど。ここへ来てみて蜥蜴人たちがやたらと忙しなく何かやっていたのには気づいていたが、その速報がアインズの来訪を待たずに既に伝わっていて、第二の移民団の準備が始まっているからか、とアインズは得心した。

 

 したのだが。

 

「……指輪で<転移門(ゲート)>だけ開いて送ってやりゃよかったのに。」

 

 そもそも、森からアインズが<伝言(メッセージ)>で大陸東西それぞれへと向かった交渉団に進捗を確認し、以て往路の手間を減らすことを計画したのはアインズ自身だったのだが、想定外の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)との邂逅があって中途でその仕事を放逐してしまっていた。

 むしろ、()()からの定時連絡が絶えたことに気づいて、それでも全体の所要時間短縮を狙って隊の一部を割いて次なる移民団準備の要を速報すべく森に走らせた判断は、なかなかどうして大したものだ、と思わなくもないものの、折角竜牙(ドラゴンタスク)村への<転移門(ゲート)>を開く指輪を貸してやっているのに、その利用に気づかなかったのはアインズ的にはお笑い草だ。使い切りアイテムでもあれば(つゆ)知らず、指輪の所有者自身が、開いた<転移門>を必ず(くぐ)らねばならぬ、という法はない。

 

(……あ!)

 

 (すこ)()を空けて、エンリネは素っ頓狂な声をあげた。

 本当に気づかなかったらしい。

 

(ジューゲーム、ゴトー、フリニゲの誰が私の元に残るかで随分と揉めて……そっちに気をとられて思い至りませんでした、いやー、恥ずかしーーー!)

 

 火急の脱出用に、と「片道になるから気をつけろよ」と言い添えつつアレを与え、そういう応用もあり得ることを教え忘れたのはオレだしな、とアインズも己を(わら)う。

 

「まー、そこはいいよ。こっちでは次の移民団の準備が始まってるみたいだし。伝令に走った連中は……きっと、おまえたちに合流したくて速攻折り返したんだろう。ここで会えたらオレが送ってやれたのに、気の毒なことをしたなぁ。」

 

 ちなみに。

 この発言にも現れているように、先生、ことアインズが任意地点への<転移門(ゲート)>を(ひら)き得ることは、エンリネを含む森の民の一部は承知している。移民団の移動に敢えてその手段を求めるものがいなかったのは、望外な奇跡で難民を救済することは難民自身のためにはならない、ということを誰もが理解していたからだ。

 ことアインズに限って言えば、今更自分が六大神の顰に倣うなど真っ平御免、と考えていたのももちろんある。

 

本当(ほんと)そうですよね。(あと)でゴトーとフリニゲに謝っときます!)

 

 そう応じるエンリネは、本人企図してのものでは決してなかろうが、結果的に小鬼(ゴブリン)三人組を振り回す自身の悪女ぶりを棚上げして本当に楽しそうだ。

 アインズも、なんだか楽しい気分になってくる。

 

 だが、アインズは楽しい会話をしたくて<森の大使(アンバサダー)>に呼び掛けたわけでは決してなかった。

 

「おまえらがいろいろ頑張っているところに水を差して悪いんだが。

 実は……ちょっとマズいことになっていてな。」

 

 

 

 先のツアーを交えた三賢者会議(トリニティ)の終幕、水晶の夜(クリスタルナイツ)が再び(コニー)を狙う可能性に気づいたツアーは大慌てで立ち去ったが、これを見送ったデミウルゴスは、

 

「ツアーの懸念はもっともですが、連中がコニーを再び襲う可能性は……(ひく)う御座いますでしょうな。」

 

 さらりとそう言った。

 実のところアインズ自身も、言われるまでもなく同様に考えていた。

 

 敵の視点から見れば、着手の時点で彼ら自身はそれが何者であるかはわかっていなかったにせよ、エイヴァーシャーの森に眠る竜王(ドラゴンロード)に威力偵察を仕掛けてみれば、百レベル(カウンターストップ)死の支配者(オーバーロード)と実力把握不能の白金(プラチナ)の傀儡に即応の要撃を受けてプレイヤー二人を瞬殺された(てい)だ。

 アインズとツアー双方を合わせて制圧し得る火力を温存しているのであればともかく……よもやそんなことはあるまい……これに再挑戦するなどというのは、まともな戦略眼(せんりゃくがん)のある者がすることではないし、敵方を実質的に指揮しているNPCルーシェンがナザリックの三賢者(トリニティ)に準じる知性を有しているという見立てからすればなおのことだ。

 一方で水晶の夜(クリスタルナイツ)、厳密に言えばそのルーシェンが、エイヴァーシャーの森に貴重であるはずの戦力を敢えて派したのは、<(めぇ)()く七日間>に際し、かの森が災厄を免れていたことに不審を覚えたことを何らかの方法で記録していたからだ。おそらくは、廃材回収で賄ってきたギルド維持資金確保が安定してきたことを受けて、課題整理でもやったのだろう。二十年越しでこういうことになるのも、如何にもNPC的な知性のなせる(わざ)ではある。

 であるとすれば、敵がプレイヤー二人を失ってもなおアインズに対する戦意を失っていない前提で次なる一手を予測するならば、エイヴァーシャーの森ではない災厄を逃れた地を襲って、こちら側の反応を引き出し、あわよくばその拠点、ナザリック地下大墳墓の所在を探ろうとすること、に違いない。

 

 その候補地として考えられるのは……。

 

 大陸東端(とうたん)来訪者(ユグドラシルプレイヤー)光輝(ルミナス)のブルーノが自身の命と引き換えに守り抜いたと考えられている豚鬼(オーク)の城塞都市オークネイス。

 青空の竜王(ブルースカイドラゴンロード)スヴェリアー・マイロンシルクがさも当然のように防衛して見せたアーグランド評議国南端ポリス・ウロヴァーナ。

 

 そして。

 ナザリック地下大墳墓の存続を支える……トブの大森林!

 

「これまで、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を迎え撃つ我らナザリックの……父上の戦いは、初手からの詰み(チェックメイト)を原則として御座いました。つまり、相手方には我らの在ることを知った上で次の一手を考える機会すら与えられなかった、ということになりますな。」

 

 無論アインズは、このパンドラズ・アクターの言の意味するところを理解しており、その点については、他に選択肢はなかった、とは思いつつも、自身が下した決断にいささか反省するところがあった。

 アルベドは目下の状況を評して、守勢側が本質的に不利、と言ったが、そんなことも殊更アルベドに指摘されるまでもなく承知している。デミウルゴスは水晶の夜(クリスタルナイツ)が脅迫によってナザリックからのユグドラシル金貨略取を目論む可能性を示唆したが、今この瞬間は自身がそんなものに応じるはずはない、と断言できるものの、いざその場面になってみればどうなるかは正直なところ自信がない。

 アインズは、大慌てでコニーの救援に駆けつけたことにより、この世界に守りたいと願うものが存在することを、結果的にルーシェンに知らしめてしまったのだ。

 

 こういう事態が想定されるからこそ、敵にこちらの存在を悟られぬままに敵の戦力を完全に把握した上で一気殲滅するのが最上、とわかっていたつもりが、我ながらトンデモないヘマをやらかしたものだ、とアインズは自嘲した。

 

 そして困ったことに。

 今のアインズには、自身がトブの大森林を守りたいと考える理由が、森がナザリック地下大墳墓の維持資金の源であるから、のみではないことに既に自覚があったのである。

 

 

 

「結論から言おう。

 難民のみならず、おまえたち自身も一旦森から避難してもらいたい。」

 

 アインズはエンリネに、至極簡潔にそう告げた。

 

(……はぃ?)

 

 言われた側は、無理もないことだが、この唐突な話の意味がわからないようだ。

 アインズとしては、この話を敢えて蜥蜴人(リザードマン)の族長たちではなく最初に<森の大使(アンバサダー)>に伝える選択をしたのは、その頭目(リーダー)に据えた女……に直接言うつもりは実はなかったのだが……の覗き見た能力値に将の才を見出しており、この難局を彼ら自身で乗り切らせるのに最良の采配だ、と考えたがゆえである。

 難民に対してそうであったように、アインズはこちらの世界の住人に奇跡をもたらすつもりはないのだ。

 

 幸いにして、その時間的余裕は十分ある、と考えられている。

 デミウルゴスは、水晶の夜(クリスタルナイツ)のルーシェンが、<(めぇ)()く七日間>、すなわち二十年前の彼ら自身のこちらの世界への転移直後の時点でエイヴァーシャーの森に何かがあることに気づき、それを何らかの方法で記憶していたにも関わらず実際の探索開始が今日(こんにち)に至ったのは、(ひとえ)にルーシェンの中での行動選択の優先度(プライオリティ)の第一位がギルド維持資金の確保にあったためだ、と看破した。

 何となれば、ギルド拠点が失われれば、ルーシェンが目指しているであろう、叶うや叶わざるやわからぬ(あるじ)クリフ復活の試行、それ自体が不可能になってしまうからだ。

 その大部分を担っていたと見られるブルーを失った今、短期的に見れば<蒼玉(サファイア)>は赤字運営に陥ることになる。これが堅実な黒字となるまで攻勢に転じることはあるまい……自分であればそうするだろう、とデミウルゴスは断言した。

 

(もう少し詳しく話していただけますか?)

 

 と不安そうなエンリネの声。

 そりゃそうだわな、これじゃ毎度デミウルゴスの片言隻句(へんげんせきご)に振り回されるオレみたいじゃねーか!

 

「あぁ、ちょっと急ぎ過ぎたな。順を追って話そう。」

 

 アインズは、どうにも常の自分とは違うノリになっているな、と思いつつも、いささか不謹慎ながら半ばそれを楽しみつつ続ける。

 

「おまえが話を取りまとめてくれた村への移民団を、無事送り届けた直後のことだ。」

 

(それを聞いて安心しました、ありがとうございます!)

 

 この()に及んでもエンリネの関心は、俄に告げられた森の危機、よりは、新天地へと送り出した移民の行く末に向けられているらしい。その剛胆なのか能天気なのかよくわからないノリに呆れつつも、それは決してアインズにとって嫌な印象を醸すものではなかった。

 が、だからこそ、自分たち自身の危機は正しく理解してもらわねばならない。

 

「いや、そういうのはいいから聞いてくれ。

 本当にその直後、オレの古くからの友人がちょっと厄介な奴に絡まれてな。まぁ、そいつは大した相手じゃなかったんでとっとと片付けたんだが、結果的にそいつの連れの恨みを買う羽目になった。」

 

 まったくの嘘にもなってはいないだろう、と考えながら、アインズは極力エンリネが理解しやすいように語っているつもり、ではある。

 

「オレとしたことが抜かったんだが、オレを恨んだ連中に、オレがおまえたちの森と関わっていることがバレてしまっている。おまえらにとっては迷惑千万な話になるだろうが、オレの居所(いどころ)を知らないあいつらが、オレを釣り出すために森を襲う恐れが出てきてしまった。」

 

 流石に事態の深刻さに気づいたものだろうか、エンリネは一言も発さぬままにアインズの言葉に聞き入っている様子だ。

 

「ぶっちゃけ、そいつとオレが差しでやり合ったとして、負けることはない。というか、そいつら自身はオレからすれば屁でもない連中に過ぎん。が、だからこそ連中は、搦め手を狙ってくる可能性が高い。もちろんオレはおまえらを守ってやりたい、とは思うが、正直に言って被害を皆無(ゼロ)にする自信はない。

 今回の帰還事業は、オレからするとほんの気まぐれで始めた話だったんだが、おまえらとこれに取り組むのは本当に楽しかったし、オレはおまえらのことが嫌いじゃないんだ。オレの不注意から始まった話でおまえらが巻き添えを喰らうのは何としても避けたいから、難民と一緒に一旦森から逃げて欲しい……という、まぁ、随分と勝手な話になっちゃうんだけど。」

 

 途中からアインズの声色と口調は、鈴木悟のそれに近くなってしまっていた。

 死の支配者(オーバーロード)の本性と矛盾することを自分がやっている、という思いもなくはない。

 が、そうであると同時にアインズはまた、今なお鈴木悟でもあった。

 

 対して、やはりエンリネは一言も発しない。

 まぁ、無理もない、と思わないでもないアインズである。

 

「わかるか?わかるよな?」

 

 極力優しい声色で念を押してみる。

 だが。

 

 エンリネから返された最初の反応は、まったくの予想外のものだった。

 彼女は凛とした口調ではっきりとこう答えたのである。

 

(いや)です!)

 

と。

 

「……はぁ?」

 

 いつものように、アインズの骨の口がパカリと開く!

 

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