我らが
結論から言えば、事の発端は姉弟喧嘩の仲裁だった。
「フェ、フェ、フェンリルたちの餌にしちゃえば……よくない?」
「
「どっちにせよ皆殺しじゃねーか。」
既に何代目であるか意識されることすらなくなった当代のアウラ、マーレの
そんな彼らが
<
当初の混乱が落ち着き、森の民が至極当然のように生き残ったおよそ五千人の難民の面倒を見始めたとき、もちろんアウラもマーレも何の関心も払ってはいなかった。森に暮らす虫さんが少し増えたかな、とすら思っていなかった。虫を含む森の生き物の総数からすれば、難民の数など誤差にすらならない。
それでも彼らの意識に難民がのぼったのは、森自身が何の気なしに発した愚痴にすらならないボヤきがきっかけだった。
「あれは……駄目だわ。」
数十年に一度ふらりと現れてアウラ一族の誰かと言葉交わす森自身、こと
森自身は、人間種を含む森の民を高く評価していて、
一方で、ピニスンからすると俄に増えた難民たちは、全員が全員でないにせよ森の暮らしに順応する様子を見せず、街の生活様式をそのまま森に持ち込んだように見えていた。その火の扱い方や
実際にこの話をピニスンから聞かされたのは、気儘にのんびりと余生を過ごしていたシニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレだ。語った本人はさほど深く考えていたわけではなく、むしろ、このとき二人が茶を啜りながら頬張っていた謹製ナザリックまんじゅうの御相伴に預かることが目的で、実際にそれは果たされ、黙ったまま食べているのも気まずいので口にされただけの話題であった感もあるのだが、聞かされた既に老獪さを身につけたシニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレからすると、あのピニスンが他人をこのように評するのはただ事ではないな、と必要以上に大袈裟に受け取ったのは否めない。
かくしてこの話は当代のアウラ、マーレに申し送られた。それまで気にもしていなかった難民だが、こうして一度意識にのぼってしまえば、確かにその態度は、無視して差し支えないものではあるものの、決して面白いものでもない。むしろ、無視してよいものであれば殲滅したとて構わないではないか。
その殲滅の方法を巡って裁可を求めたアインズの前で、常の仲睦まじい二人らしからぬ大喧嘩をしてみせたのである。
「ア、アインズ様ぁ。この子たちの、お、おやつにしちゃ、駄目ですかぁ?」
「だからァ!お優しいアインズ様は、人間と言えども無用に苦しむ最期はお望みにならない、って言ってるだろォ!」
あぁ、あいもかわらずヤバい姉弟だな。
アインズは眩暈を覚えざるを得なかった。
無論、本性
さりとて。この時点のアインズは既に自身が<
「あー……おまえらの言い分には一理なくもないが。
森から追い払えば十分、じゃないか?」
とりあえず、無難な着地点を探ってみるも。
「ど、どうせ野垂れ死ぬに、き、決まってますぅ。ならフェンリルのおやつにした方がぁ……」
「だから
……一筋縄ではいかんな。
「あー、なんだ……その、アレだ。
ナザリックに直接立ち向かってくるでもない連中に、おまえらがどーこーする、なんてのは
アウラもマーレも、アインズが自分たちに何か意義深い教導を与えんとしている、と解したものか、一点の曇りもない澄んだ計四つの眼差しでアインズを射貫かんばかりに見つめているが、当のアインズにそんなつもりは毛頭なく、ただ、図らずも陥ったこの状況から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
「それが森にとって不都合なものなら、
「そ、その森さんが嫌ってるんだから、わ、私たち森の守護者が片付けるべきなんじゃぁ……?」
「そうですよ、アインズ様ァ!善は急げ、というヤツですゥ!」
モモンガさん。自然破壊ってのは、必ずしも悪意でおこなわれてきたわけじゃないんだよね。むしろ皮肉なことに、この生き物かわいいから餌をあげよう、この草花綺麗だから護ってあげよう、みたいな善意が、結果的に本来あるべき自然をかき乱して今に至る、みたいなところもあるんだよ。
「も、森さん自身に、そ、そうなるよう促す、ってことですかぁ?で、でも、どうやったらいいか……」
「
自然はね、護らなくても勝手に道を見出す、と言うか、自ら道を見出すのが自然であって、護られちゃってるのはもう自然じゃないんだよね。
「も、森の民に、じ、自分たちでやらせる、ってことですかぁ?」
「
あぁ……。
何だか、面倒臭い流れになってきてるぞ!
と気づいたときには既に手遅れ。
しかも、アウラ、マーレは、
「「アインズ様ァ!」」
アウラ、マーレの子、当代の兄ベロ、妹ベラ、このとき漸くナザリックの目ニグレドの執着の
「流石にそのままだとみんなビックリしちゃうからァ!」
「お、お
あれよ、と言う
「お、
「村の中まで
「それに……なんだか珍しいお客さんを連れておいでだぞ!」
え……何これ?
アインズ一行を迎えて色めき立つ
どうもこの連中は以前からベロ、ベラを見知っていて、
これは、元を辿れば二代目マーレが若い時分に森の民との交流を望みつつも果たせなかったことに
アインズの許しなくしてのこちらの世界の住人への直接の影響力行使が禁じられていることは、ギルド忠誠の縛りを受けないアウラ、マーレ一族とて承知はしている。なので彼らは、決して森の民に何かを話し掛けたりすることはせず、ただ眺めるのみに徹した。
一方、眺められる森の民はベラ、ベロの存在に気づきはしたものの、呼び掛けても応じるでもなく近づけば消えてしまう二人にどう対処したらよいかがわからなかったようなのだが、あるとき「あれは我らを見守る森の
これに当時のベラ、ベロは大いに満足して諸手を叩いて喜んだのだが、森の民の側も、そうだ、やはりあれは我らを見守る
こうして生まれた関係は、図らずもアインズ、かつての鈴木悟が生まれた<
ベロとベラは、ただ無言のままに仮面をつけて全身を道服で隠したアインズを蜥蜴人の前に押し出した。
自身の
「で……あなた様は何処のどなた様で?」
そのうち一人の蜥蜴人から声がかかって、やむなくアインズは双子のお膳立てに乗っかることになった。
「あー……オレは……そう!
この森の奥深くで魔法の研究をずっとやっていた
「「「ほーぅ……」」」
蜥蜴人たちはアインズの、この自己紹介になっていない自己紹介に、どう応じたものやらよくわからない、という様子を示したが。基本的にベロ、ベラを森の
「で……どういったご用件で?」
「いや、特にこれといって……」
ここでアインズは、不服そうに自身の背をベロとベラがつついていることに気づく。
おまえらなぁ……。
「あー、そうだ!
おまえらが森に住み着いた難民に難儀している、と、こいつらから聞いて、一つ
たちまちに背後の双子は、ニパッ、と笑みを浮かべた。
あー、面倒臭いことに踏み込んじまったぞ、オレ!
「それはそれは……。
大したもてなしも出来ませんが、ひとまずはこちらへ、先生!」
この時点から、アインズは極当然のように、先生、と森の民から呼ばれることになった。
呆れたことにベロとベラは、蜥蜴人にアインズを引き渡すやそそくさと森の奥へと消えてしまった。遠くからアインズの言動を観察するつもりらしい。こちらの世界の住民への直接の影響力行使を禁じる、って、そういう意味じゃなくないか?っつーか、オレを置いていくのは、最大最強の影響力行使だろがよ!
とまれ、始まってしまったものは仕方がない。
そのうち、人間や
議論自体は、さして複雑なものではなかった。森の民自身は難民を決して負担とは感じておらず、そもそも豊かな森の恵みを銘々の得意に応じて入手し、不得手なものと分かち合うことを常とする彼らにとって、与える相手が多少増えたとてそれはまったく問題にはならなかった。
一方で彼らは、極稀に森の暮らしに順応して森の民と同化する者もなくはないものの、難民の大半が与えられる一方の存在と成り果て、日々を無気力にただ生きているように見えることに、ある種の申し訳無ささを感じていた。自分たちがお節介を焼き過ぎることが、返って難民たちをそこに落とし込んでいるのではないか、こういう飼い殺しは本当はよくないのではないか、と言ったところが、森の民が目下覚えている違和感の最大公約数だった。
「天は自ら助くる
言っている本人は至高の四十一人の誰かからの受け売りを披瀝しているだけで、さして深い意味を理解しているわけでは必ずしもなかったが、苦し紛れのこの語りから始まったアインズの言葉に、森の民は大いに感銘を受けた様子だった。
アインズとしても、この言葉を地で行く森の民に対し、決して悪い印象は抱かなかったし、むしろ、
「つまり……難民たちを直接援助するんじゃなくて、連中に自立できる場を与えてやれ、ってことなんですかね、先生?」
誰かがその意を察すれば、
あれ……これ、めっちゃ楽しくない?
ナザリック地下大墳墓がこちらの世界へやって来て以降、アインズはナザリックの絶対の
かくして、久しく忘れかけていた自身の天性に近い
*
「あー、オレだ。聞こえるか?」
(……あ!先生ですか!
感激です、先生から直接<
あれ?
オレ……かける相手、間違えた?
<森の
「エンリネ……だよな、
アインズの、あいも変わらず何処にあるのか定かでない脳内の
一方で、名前のみで識別される彼らがどんな
(私、鱗も尻尾もないですよ。それはクルシュルです!)
そう応えるエンリネは、特に怒っている様子もなく、何なら声色は半笑いだ。
先生はそういう人だ、と
「あー、すまん。
(クルシュルに御用ならかけ直されますか?)
「いや、むしろおまえの方が話が早い。今、大丈夫か?」
アインズは、
アインズからの<伝言>を受けたエンリネは、既に最初に訪れた大陸西方の生き残り村で移民受け入れ交渉が成立し、麾下の
なるほど。ここへ来てみて蜥蜴人たちがやたらと忙しなく何かやっていたのには気づいていたが、その速報がアインズの来訪を待たずに既に伝わっていて、第二の移民団の準備が始まっているからか、とアインズは得心した。
したのだが。
「……指輪で<
そもそも、森からアインズが<
むしろ、
(……あ!)
本当に気づかなかったらしい。
(ジューゲーム、ゴトー、フリニゲの誰が私の元に残るかで随分と揉めて……そっちに気をとられて思い至りませんでした、いやー、恥ずかしーーー!)
火急の脱出用に、と「片道になるから気をつけろよ」と言い添えつつアレを与え、そういう応用もあり得ることを教え忘れたのはオレだしな、とアインズも己を
「まー、そこはいいよ。こっちでは次の移民団の準備が始まってるみたいだし。伝令に走った連中は……きっと、おまえたちに合流したくて速攻折り返したんだろう。ここで会えたらオレが送ってやれたのに、気の毒なことをしたなぁ。」
ちなみに。
この発言にも現れているように、先生、ことアインズが任意地点への<
ことアインズに限って言えば、今更自分が六大神の顰に倣うなど真っ平御免、と考えていたのももちろんある。
(
そう応じるエンリネは、本人企図してのものでは決してなかろうが、結果的に
アインズも、なんだか楽しい気分になってくる。
だが、アインズは楽しい会話をしたくて<森の
「おまえらがいろいろ頑張っているところに水を差して悪いんだが。
実は……ちょっとマズいことになっていてな。」
先のツアーを交えた
「ツアーの懸念はもっともですが、連中がコニーを再び襲う可能性は……
さらりとそう言った。
実のところアインズ自身も、言われるまでもなく同様に考えていた。
敵の視点から見れば、着手の時点で彼ら自身はそれが何者であるかはわかっていなかったにせよ、エイヴァーシャーの森に眠る
アインズとツアー双方を合わせて制圧し得る火力を温存しているのであればともかく……よもやそんなことはあるまい……これに再挑戦するなどというのは、まともな
一方で
であるとすれば、敵がプレイヤー二人を失ってもなおアインズに対する戦意を失っていない前提で次なる一手を予測するならば、エイヴァーシャーの森ではない災厄を逃れた地を襲って、こちら側の反応を引き出し、あわよくばその拠点、ナザリック地下大墳墓の所在を探ろうとすること、に違いない。
その候補地として考えられるのは……。
大陸
そして。
ナザリック地下大墳墓の存続を支える……トブの大森林!
「これまで、
無論アインズは、このパンドラズ・アクターの言の意味するところを理解しており、その点については、他に選択肢はなかった、とは思いつつも、自身が下した決断にいささか反省するところがあった。
アルベドは目下の状況を評して、守勢側が本質的に不利、と言ったが、そんなことも殊更アルベドに指摘されるまでもなく承知している。デミウルゴスは
アインズは、大慌てでコニーの救援に駆けつけたことにより、この世界に守りたいと願うものが存在することを、結果的にルーシェンに知らしめてしまったのだ。
こういう事態が想定されるからこそ、敵にこちらの存在を悟られぬままに敵の戦力を完全に把握した上で一気殲滅するのが最上、とわかっていたつもりが、我ながらトンデモないヘマをやらかしたものだ、とアインズは自嘲した。
そして困ったことに。
今のアインズには、自身がトブの大森林を守りたいと考える理由が、森がナザリック地下大墳墓の維持資金の源であるから、のみではないことに既に自覚があったのである。
「結論から言おう。
難民のみならず、おまえたち自身も一旦森から避難してもらいたい。」
アインズはエンリネに、至極簡潔にそう告げた。
(……はぃ?)
言われた側は、無理もないことだが、この唐突な話の意味がわからないようだ。
アインズとしては、この話を敢えて
難民に対してそうであったように、アインズはこちらの世界の住人に奇跡をもたらすつもりはないのだ。
幸いにして、その時間的余裕は十分ある、と考えられている。
デミウルゴスは、
何となれば、ギルド拠点が失われれば、ルーシェンが目指しているであろう、叶うや叶わざるやわからぬ
その大部分を担っていたと見られるブルーを失った今、短期的に見れば<
(もう少し詳しく話していただけますか?)
と不安そうなエンリネの声。
そりゃそうだわな、これじゃ毎度デミウルゴスの
「あぁ、ちょっと急ぎ過ぎたな。順を追って話そう。」
アインズは、どうにも常の自分とは違うノリになっているな、と思いつつも、いささか不謹慎ながら半ばそれを楽しみつつ続ける。
「おまえが話を取りまとめてくれた村への移民団を、無事送り届けた直後のことだ。」
(それを聞いて安心しました、ありがとうございます!)
この
が、だからこそ、自分たち自身の危機は正しく理解してもらわねばならない。
「いや、そういうのはいいから聞いてくれ。
本当にその直後、オレの古くからの友人がちょっと厄介な奴に絡まれてな。まぁ、そいつは大した相手じゃなかったんでとっとと片付けたんだが、結果的にそいつの連れの恨みを買う羽目になった。」
まったくの嘘にもなってはいないだろう、と考えながら、アインズは極力エンリネが理解しやすいように語っているつもり、ではある。
「オレとしたことが抜かったんだが、オレを恨んだ連中に、オレがおまえたちの森と関わっていることがバレてしまっている。おまえらにとっては迷惑千万な話になるだろうが、オレの
流石に事態の深刻さに気づいたものだろうか、エンリネは一言も発さぬままにアインズの言葉に聞き入っている様子だ。
「ぶっちゃけ、そいつとオレが差しでやり合ったとして、負けることはない。というか、そいつら自身はオレからすれば屁でもない連中に過ぎん。が、だからこそ連中は、搦め手を狙ってくる可能性が高い。もちろんオレはおまえらを守ってやりたい、とは思うが、正直に言って被害を
今回の帰還事業は、オレからするとほんの気まぐれで始めた話だったんだが、おまえらとこれに取り組むのは本当に楽しかったし、オレはおまえらのことが嫌いじゃないんだ。オレの不注意から始まった話でおまえらが巻き添えを喰らうのは何としても避けたいから、難民と一緒に一旦森から逃げて欲しい……という、まぁ、随分と勝手な話になっちゃうんだけど。」
途中からアインズの声色と口調は、鈴木悟のそれに近くなってしまっていた。
が、そうであると同時にアインズはまた、今なお鈴木悟でもあった。
対して、やはりエンリネは一言も発しない。
まぁ、無理もない、と思わないでもないアインズである。
「わかるか?わかるよな?」
極力優しい声色で念を押してみる。
だが。
エンリネから返された最初の反応は、まったくの予想外のものだった。
彼女は凛とした口調ではっきりとこう答えたのである。
(
と。
「……はぁ?」
いつものように、アインズの骨の口がパカリと開く!