億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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俄に反旗を翻した森の少女エンリネと大魔王アインズ・ウール・ゴウンの、一触即発の対話の行き着く先にあるものは?


7.中年(おっさん)よ腹を括れ

(いや)です!)

 

 <伝言(メッセージ)>越しに、エンリネからのよもやよもやの明確な拒絶を受けて、アインズは骨の口をパカリと()けて困惑していた。

 

 そもそも彼は、ナザリック地下大墳墓の有象無象の下僕(しもべ)たちが絶対の忠誠を捧げる(あるじ)であり、この世界において唯一実力比肩する白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンにしても、たとえ彼からしてアインズの言動に違和感があったとしても、たちまちにそれを全否定するような物言いは性格的に避ける手合いである。

 意味するところは、アインズの(げん)に対し真っ向から(いな)の意思表示を示す者など、戦闘対峙した来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を除けばあろうはずもなく、何ならエンリネのこれは、ひょっとするとこちらの世界へやって来て初めての体験ですらあったかも知れないのだ。

 

 だが。

 

 彼自身不思議に思うことには、アインズはエンリネのこの返しを苛立たしく感じることがなかった。

 むしろ、たとえアインズを先生と慕い相貌恐ろしい骸骨姿の不死者(アンデッド)であることを承知してはいないとは言え、敵対することなど到底不可能であることを理解している彼女が、ここまで明確に拒絶の意思表示を示して見せることに、感銘に近い何かを覚えていた、とすら言えるかも知れない。

 

 そんなことを考えていたアインズがしばし沈黙してしまったため、これを立腹と勘違いしたものか慌ててエンリネが取り繕った。

 

(す、すいません、先生!

 生意気な口を利いてしまって!)

 

「……い、いや。」

 

 と穏やかな声色でアインズは言う。

 

「驚いたのは事実だが、生意気だとか、そんなことは思ってないさ。」

 

 この返しに、エンリネはほっと一息ついた。

 

「だが。」

 

とアインズ。

 

「理由……を聞かせてもらえるか?

 咎めたいわけじゃない。純粋に興味があるんだ。」

 

 この問いかけにエンリネはしばらく沈思黙考して、どう自身の考えを伝えるべきか整理しているようだった。

 アインズは敢えてこれを追い立てることなく、静かに待った。

 

(私の名前はエンリネです。)

 

 彼女の発した第一声はこれだ。

 

「……それは知ってるよ。

 いや、ごめん、クルシュルとごっちゃにしてたのは悪かったよ。」

 

 鈴木悟の声色で喋りつつも、既に自身人間ではないアインズからすれば、人間エンリネと蜥蜴人(リザードマン)クルシュルの間に認識上の差異などほとんどない。

 

(いえ先生、そういうことじゃないです。

 私の名前は、伝説として伝わる森の民の英雄に因んだものです。)

 

「ふむふむ。」

 

 正直なところこの時点のアインズは、彼女が何を言わんとしているのかまったく想像がついてはいなかったが、(あせ)る必要があるでなし、素直にその言葉に耳を傾けている。

 

(血塗れ、あるいは覇王と二つ名された英雄エンリネは、ドクロサマーという骸骨姿の怪物に窮地を救われ、そこから英雄としての歩みを始めた、と聞きました。)

 

 ……そのドクロサマーって、ひょっとして?

 

(立ち去ろうとするドクロサマーに追い(すが)ったエンリネに対し、ドクロサマーは、異なる世界の住人である自身に庇護を求めるのは了見違いだ、と窘めたそうです。対してエンリネは、庇護を求めているわけではない、と言い返しました。)

 

 まさにそれなんです、髑髏(ドクロ)様!

 

 私たちは、つい先日まで、僅かではありますが王国に納めるものは納め、それで守っていただけるものと信じて暮らして参りました。ですが、それは私たちの勝手な思い込みで、実際に私たちを守ってくださったのは、私たちが勝手に当てにしていた王国ではなく、(えん)所縁(ゆかり)もない髑髏(ドクロ)様でした。

 

 あなた様が、私たちとはまったく違う世界の(かた)であることは、流石の私にもわかります。お頼りすることが筋違いであることも。

 

 だからこそ!

 

 この世に頼るべきものはなく、ただ、自分の力で生き抜いていかなきゃならないんだって、誰かを勝手に頼みにして生きていくなんて馬鹿げてるって、そう決意したことを(あかし)する、お形見をいただきたいのです!

 

(そう訴えたエンリネの心意気に感じ入ったドクロサマーは一つの角笛を与え、吹けば小鬼(ゴブリン)の軍勢が現れてエンリネに忠誠を誓いました。ジューゲーム、ゴトー、フリニゲは、その小鬼(ゴブリン)の子孫だ、と言われています。)

 

 この話を聞きながらアインズは、それが自分であるか(いな)かはともかく……まぁ、こちらに転移してきた直後のアインズ自身の所業なのではあるが……これはユグドラシルプレイヤーが関わった話に違いない、と考えている。

 

(この決意、それ自体は英雄エンリネのものです。

 が、そのエンリネの名を与えられ、幼い頃からずっとこの話を聞かされてきた私にとっては、私自身の決意、生き方でもあるんです。この名を私に与えてくれた両親は、私が七歳のときに獣から私と友人を身を挺して守り、そして死にました。)

 

 何の(てら)いもなくさらりと口にされたその言葉に、アインズは思わず息を呑む。

 

(先生のおっしゃる厄介な奴、であろうがなかろうが、森は常に死と隣り合わせです。

 私の両親は、獣を恐れて森を逃げ出すことなんかせず、森に生き、そして森に死にました。

 それがどんなに危険で理解不能なものであろうとも、自分の力の出せる限りを尽くして向かい合い、生き抜いていく。これが……これこそが、英雄エンリネ以来受け継がれてきた……少なくとも私の……私たちの生き方なんです。)

 

 今この瞬間まで、アインズにとってエンリネは、現地人の中では少しだけ(ユニーク)な……さりとて突出しているわけでもない能力値(パラメータ)を有した群衆(モブ)の中の一個体、に過ぎなかった。

 それが、別の何かへと転じつつあることをアインズは感じている。決してツアーがそうであるように、限りある自身の記憶の一角に(とど)まる存在にまで昇華することはないだろうが、それでも、自身の永遠の彷徨(ほうこう)の中に仮初(かりそめ)の彩りを添えるであろう何かに。

 

(……お尋ねしても構いませんか?)

 

と不意にエンリネ。

 

「あぁ、もちろん構わないとも。」

 

 アインズは鷹揚にそう応じた。

 

(先生の言う、厄介な奴、は、キーノ・インベルンが言うところの、触れ得ざる者、なんですか?)

 

 エンリネは先の旅であのツアーの舎弟と行き会ってたんだっけ、とアインズは思い出す。

 

「まぁ、そんなところだ。」

 

(キーノさんも言いました。

 触れ得ざる者、そうだと思われる者に出食(でく)わしたら(おのれ)の力を過信せずにとり急ぎ逃げろ、と。)

 

「それはそれで間違ってはいないな。」

 

(でも、キーノさんはこうも言いました。

 触れ得ざる者は、とてつもなく危険でキーノさんたちであっても手に余る存在、ではあるけれども……決して理解不能な存在ではなく、相当の覚悟を要するものの、真正面から向き合えないわけではない、と。そして、希望は決して(つい)えないのだ、とも。)

 

「……あぁ、それもキーノの言う通りだ。

 オレも……そう思う。」

 

(ただの伝説、お伽噺だ、と言ってしまえばそれまでですが、私は、英雄エンリネはドクロサマーと真正面から向き合ったのだと信じています。)

 

 あぁ、そうだった……のかも知れないな。

 憶えてないけどさ。

 

(その名をいただいた私も……そうありたい、そうあろうと誓います。)

 

 ふ。

 

 ふふ。

 

「あははははっ!」

 

 思わずアインズは声を挙げて笑いだしてしまった。

 

 エンリネの決意を笑ったわけでは決してない。

 自分自身を(わら)ったのだ。

 

 (なん)てことだ!

 三千有余年の(とき)を戦い続けてきた大魔王、死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンともあろうものが。

 

 ……年端(としは)もゆかぬ小娘(こむすめ)に諭されようとはな!

 

 アインズは、今後も繰り返し邂逅するであろう来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に対し、万全の備えを怠ることはないものの、決して怯んでなどはいなかった。こちらの世界で規格外の力を発揮するとは言え、所詮は元は自分と同じ人間であり、しかも、ユグドラシルプレイヤーとしての力量など、非公式ラスボスと謳われた自身に比べれば屁のようなものでしかない。

 

 だがしかし。

 今回の相手はいささか毛色が異なっている。

 

 そんなことが決して起こり得ないことは承知の上で。アインズは、正直なところ双方が自由気ままな資源(リソース)を得て対峙したと仮定した場合、アルベド、デミウルゴスに勝てる自信がない。単騎で差しでやりあえば、かなり無茶な戦術を弄することにはなろうが勝つのはアインズだ。が、こと戦略レベルで考えた場合、アインズの知恵は知性値(INT)最大を割り当てられた人工知能(AI)に由来する彼らに遠く及ばないだろう、と。

 水晶の夜(クリスタルナイツ)のルーシェンとやらは、目下、ナザリックと比してしまえば極めて限定的な資源(リソース)しか有してはいないが、それでもその知性が自身の双璧となる両将に匹敵するものであろうことは疑いない。ここまでの行動も、常にアインズの予想を超えたそれを示していることがこれを(あかし)している。

 

 認めたくはないものだが。

 

 自分はそれに、決して怯えてこそいないものの、らしくもなく守勢に構えてしまっていたのだ!

 だからこそ、少なからず情誼を通じてしまった森の民に、避難を促すなどという発想に至ったのだ!

 

可笑(おか)しい……ですか、私?)

 

 自身の決意を笑われたものと思ったものか、不安げなエンリネの問いにアインズは(われ)に返った。

 

「いや、ごめん!ごめん!

 エンリネを笑ったわけじゃないんだ。むしろオレ自身を(わら)ったんだ!」

 

 カラリとした口調でアインズは取り繕った。

 この小娘が、それが実際に為せるか(いな)かはともかくとして、触れ得ざる者と真正面から向かい合う覚悟を誓っているというのに、彼女たちからすれば触れ得ざる者であるオレ自身がそれを欠いていたなんて、お笑い草もいいところじゃないか!

 

(先生自身を?)

 

「あぁ、そうだ。

 エンリネ、おまえには礼を言わねばならんな。お陰でオレは腹を(くく)れたぞ。

 ありがとう!」

 

(……えぇ?)

 

 たちまちには理路がわからず、エンリネは驚きの声をあげる。

 構わずアインズは続けた。

 

「おまえらに森から逃げ出せ、とは、我ながら随分と礼を失したことを言ったもんだ。悪かった、これについては心底詫びる。」

 

(いや、そんな!)

 

「だが。」

 

 突如としてアインズの口調は、鈴木悟のそれから大魔王(ぜん)とした常のそれに回帰した。

 

「おまえたちに少なからず危険が迫っているのは事実だ。オレはおまえたちのことが嫌いじゃないから、おまえらが無為に傷つけられるのを望みはしない。敢えてどうこうしろ、とは言わんが、おまえから森の皆に警戒を怠らんようにと、加えて、本当にヤバいと思ったときは迷わず逃げ出せ、と伝えてくれ。」

 

 逃げろ、と言っているのは同じだが、その意味するところが随分と変わったことにもちろんエンリネは気づいている。

 

(はい!私も、決して死に急いでいるわけじゃないですから!)

 

「そうだ。その意気だ!」

 

 あぁ、また楽しくなってきたぞ!とアインズは思う。

 

「そしてオレは、おまえに別れを告げねばならん。

 オレ自身、おまえらからすればキーノの言うところの触れ得ざる者だ。おまえたちと語らって、難民に本来あるべき場所での自立を促したように、オレもまた、おまえたちに対してはそうあるべきだ、と思う。わかるか?わかるよな?」

 

(はい!わかります!)

 

 先生から言われるまでもなく、いずれそうなるだろう、そうあるべきだ、と考えていたエンリネは、アインズの突然の離別の宣言にも明るく応じた。

 

「オレはオレで勝手にやらせてもらう。

 おまえらもおまえらで勝手にやれ。

 

 おまえらと取り組んだ帰還事業は本当に楽しかった。いささか無責任だが後始末は任せる!

 その礼に、貸していた魔法の品(マジックアイテム)はくれてやる。

 英雄エンリネがそうであったように、おまえの決意を(あかし)する形見にしてくれ。」

 

(……はい、あ……ありがとうございます!)

 

 それまではきはきとしていたエンリネの口調に、不意に感極まった涙声が混じったことにアインズは気づく。

 見どころのある()だが、同時に、普通の女の子でもあるんだな。

 

「最後に、真なる形見として我が名を告げよう。

 (われ)こそは、死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン!

 この世界の守護者を趣味で気取る、ただのおっさんだ!」

 

(……はぃ?)

 

「この形見はおまえだけの、エンリネだけのものだ。

 軽々に他人に語ってくれるなよ!」

 

(も、もちろんです!

 アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

 世界の守護者を趣味で気取る、ただのおっさんに栄光あれ!)

 

「さらばだ!」

 

 なんかちょっと最後がおかしかったけど、オレ、超格好良(かっけー)

 

 

                    *

 

 

「……それはまた。

 父上らしからぬご着想、かとは思いますが、賛同するに吝かでは御座いません。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 

 トブの大森林の少女エンリネとの語らいを通じ、図らずも自身が水晶の夜(クリスタルナイツ)に対して守勢に構えてしまっていることに気づいたアインズは、ユグドラシル非公式ラスボスに相応しい攻性(こうせい)の戦略に転じるべく一案を講じ、さりとて決して独断専行はしない彼……否、件の帰還事業を含め、存外彼が好き勝手気ままにやっていることは阿呆ほどある、と言えばあるのであるが……は、これを全幅の信頼を寄せるナザリックの三賢者(トリニティ)に諮ったものである。

 が、多くの点でアインズと嗜好を共有する手づから創造した下僕(しもべ)、パンドラズ・アクターの評は、賛同しつつも「父上らしからぬ」であった。実際それは、常のアインズであればおよそ考えるはずもない要素を含んでいたから、なのではあるのだが。

 

 対して狡知の参謀デミウルゴスは手放しでこれを褒めそやした。

 

「先手を以て敵方からそもそも我らに挑む動機を奪ってしまおう、とのお考え。まさに神慮と申し上げる(ほか)御座いません!流石で御座います、アインズ様!」

 

 デミウルゴスにこういう応じられ方をすると、返って不安になるな、とアインズは思う。

 

「企図なされたところ、はもちろんわかりますが。」

 

 アルベドは他二人に比してやや慎重な立ち位置を取った。

 

「その効果としてデミウルゴスの申しますところが期されるのはともかく、その利に対して、要するところ(コスト)と潜在する危険(リスク)が割に合わぬものではないか、と。」

 

 愛妃の心配()な物言いにアインズは、うんうん、と頷いて見せる。

 

「アルベドの案じるところは最もだ、とは思う。

 が、オレとしては必ずしも敵の気勢を削ぐことだけを目的としているわけじゃない。」

 

「……と、おっしゃいますと?」

 

「純粋に興味がある。果たしてそんなことが可能なのか、とな。

 その実験をあいつらが身を呈してやってくれるのだとすれば、多少費用(コスト)がかかったとて構わんじゃないか。どちらに転んでもオレたちは何も失わず、新たな知見だけが残ることになる。」

 

「よもや、とは存じますが。」

 

 ここでパンドラズ・アクターが割り込んだ。

 

「実験の結果が是と出た場合……」

「んなわけあるかい!」

 

 アインズは、息子に(みな)まで言わせるまでもなくその問いを言下に否定してみせた。

 

「……この問いを発したのが、アルベド、デミウルゴスではなく、パンドラであったことには深い意味がある。

 そうだな?」

 

 アインズは常ならぬ真剣な調子で(つど)三賢者(トリニティ)に問うた。

 その意味するところをたちまちに察した全員の表情が強張る。

 

「アルベド、デミウルゴスにとっては不愉快な話になることは承知の上で、だが、極めて重要なことであるから、敢えて深堀(ふかぼ)りして論じるぞ。構わんな?」

 

 無言の同意。

 

「おまえたちに問おう。

 オレが、今ここでこうしてのほほんと大魔王をやっていられるのは……何故だ?」

 

「それはアインズ様が端倪すべからざる……」

()めろ、デミウルゴス!」

 

 いつもの調子でアインズを称賛し始めたデミウルゴスの饒舌を、たちまちにアインズは制した。

 

「わかっていてトボけているよな?そうだよなーーー!」

 

 アインズのこの恫喝に、珍しくデミウルゴスは口を噤む。

 

(くち)()(のぼ)せるも憚り多きことながら。」

 

 代わって、こちらも常ならぬ怜悧な表情に悲壮なまでの決意を込めてアルベドが応える。

 

「うむ、アルベド。

 忌憚なく思うところを述べてくれ。」

 

「……憚り多きことながら。

 至高の御身には、<現実(リアル)>に居場所も、これっぽっちの未練もおありでなかったから……と承知しております。」

「その通りだ!」

 

 躊躇いがちにそう答えたアルベドに対し、アインズは諸手を挙げながら歓喜の声色でその言を受け入れた。

 

「オレが、敢えてこういう言辞を弄ぶ意味をよくよく考えてくれよ。」

 

 改めてアインズは、強い口調で断りを入れ……そしてこう続けた。

 

「アルベドの創造主タブラ・スマラグディナ、デミウルゴスの創造主ウルベルト・アレイン・オードル……(ほか)多数は言うに及ばずだが、オレが今この瞬間も彼らを懐かしく偲んでいるのは偽らざる事実だ。」

 

 この言に、アルベドもデミウルゴスも、ごくり、と息を呑んだ。

 彼らは知性(たか)きがゆえに、既にアインズが言わんとするところを正しく理解していたからだ。

 

「だが、今このナザリックに在ることに耐えられるのは、誠に以て遺憾ながら……オレだけだ!

 ユグドラシル最終日、円卓の間を訪ねてくれたヘロヘロさんですら、翌日の仕事を気にして先に退出(ログオフ)した。あとほんの数十分……たったの数十分一緒にいれば、ヘロヘロさんはこちらにやって来れたんだぞ!」

「もう()めて、アインズ!」

 

 たまらずアルベドが腰を浮かせて愛する(あるじ)に縋りつこうとするも、差し出された骨の片手に制される。

 

「いやー、すまんすまん、アルベド。

 おまえのその気持ちは嬉しいが、それはいくらなんでもオレを安く見過ぎだぞ!

 オレは大丈夫だ。ちゃんとわかった上でこれを言っている。」

 

 そのまま伸びた骨の手が、優しくアルベドの頬を撫でた。

 

「し、失礼いたしました、アインズ様!」

 

 たちまちに、窘められた通り自身がアインズの精神的な強さを低く見積もっていたと気づいたアルベドが、怜悧な調子で詫びを入れるも、アインズはまったく気にする様子もなく、ぽんぽん、とアルベドの頭を撫でた。そして優しい口調でこう続ける。

 

「咎めているわけじゃないぞ。本当にアルベドは、オレなんかには勿体ないいい()だ。

 おまえがあればこそ……もちろんデミウルゴスもパンドラもだが……おまえたちが居ればこそ、今オレはここにこうしていられる、というのももちろんある。」

 

 常であれば「何をおっしゃいますアインズ様」と騒ぎ立てる三人が、今は、ただ無言に席についたまま主の言葉を噛み締めているのが、アインズにはよくわかった。

 

「わかってくれているとは思うが敢えて明言するぞ。

 オレ以外のギルメン、ユグドラシル終了時点でナザリックに居なかった連中とて、もちろんナザリックとおまえたちを嘘偽りなく愛し、大切に思っていたんだ。それは間違いないことだから誤解してくれるな。ただあいつらには他にも……他にも<現実(リアル)>に大切な何かが……それは家族であったり趣味であったり仕事であったり銘々異なっただろうが、それがあった、というだけの話なんだ。」

 

 こくこく、とアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターが頷く。

 

「……オレとは違ってな。

 だから、今回の試みの答えが是と出ても、そこだけは決して踏み間違えてはくれるなよ。オレにはまったくそんなことを試みるつもりはないし、デミウルゴスが如何にオレの使嗾を企もうとも、これにだけは応じるつもりはない!」

 

「「「はっ!

  仰せの儀、しかと承りました!」」」

 

 三人の知の下僕(しもべ)が、決してその場逃れに応じているわけではなく、間違いなく自身の意を汲んでくれた、と確信したアインズは、それまでいささか前のめりだった姿勢を崩してゆったりと簡易玉座に深く座り直した。

 

「あー、すまん。ちょっと肩の凝る話だったな!

 気楽にいこう、気楽に。所詮相手はたかだか拠点レベル五百にも及ばんカスだ!」

 

 強いてアインズが軽口でそういうと、三人の下僕もやや肩の力を抜いてその表情に笑みが浮かんだ。

 本当によく出来た連中だ、とアインズは、自身を支える彼らの存在と、彼らを自分に遺してくれたかつての仲間たちに無言のままに謝意を捧げる。

 

(わたくし)こそ、アインズ様のご深慮に思い及ばず余計なことを申しました。

 どうかお許しください。」

 

 そう言うアルベドに、アインズは軽くひょいひょいと手を振る。

 

「あー、本当にオレが悪かったから、そういうのはやめてくれ、アルベド!」

 

 これにアルベドがにこり、と可愛らしい微笑みで応じたので、ようやくアインズも安心して議論を先へと進める。

 

費用(コスト)対効果については、まぁ、こんなところだ。

 その上で、もしオレが見落としている危険(リスク)があればおまえたちに指摘してもらいたい。」

 

「それにつきましては。」

 

とデミウルゴス。

 

「アインズ様がそこにお気づきでない、とは思いませんが、それでも極めて重要なことかと考えますので敢えて申し上げますが、もしその試みが(いな)と出ました場合、結果的に敵に塩を送る(てい)となることも考えられますが……よろしいので御座いますか?」

 

「さしずめオレが上杉謙信で、水晶の夜(クリスタルナイツ)が甲斐武田家(たけだけ)、というわけだな。今後いつあるとも知れぬアルベド、デミウルゴス級の知能と対峙する折角の好機(チャンス)とあれば、敵にも万全の備えあれかし、と願うのは可怪(おか)しいか?」

 

 ギルメンの誰かから伝え聞いた蘊蓄を借りて、もちろんそれは承知していると示すアインズ。

 

「父上、その逸話は後世に捏造されたと疑われているもので……」

「んなもん、わかっとるわ!

 ……あぁ、いやいやパンドラ。そういじけてくれるな、すまんすまん、意地悪が過ぎた!」

 

 途端に目前の低卓(ローボード)に触手をすりすりし始めた息子にアインズは慌てて助け舟(フォロー)を出すが、このやりとりにさして関心のないアルベドが怜悧かつ真摯な表情でこれに続く。

 

「それをアインズ様がお望みだ、ということであれば強いて反対はいたしません。

 が、目下、水晶の夜(クリスタルナイツ)が鳴りを(ひそ)めているのは間違いなく彼らがそこに窮しているからであることは疑い御座いません。敢えて寝た子を起こす愚を犯されますか?」

 

「あぁ、それもアルベドの言う通りだな。」

 

 アインズは改めて深く玉座に座り直して、どこか遠くを眺めるような仕草を見せた。

 

「だが!」

 

 ここにこそ、至高の主の言わんとするところが凝縮される()だ、と悟った三人の知の下僕(しもべ)の視線がアインズに集中する。

 

「オレは、アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターの知性を深く信用している。

 水晶の夜(クリスタルナイツ)のルーシェンとやらがおまえらに匹敵する知性を有しているならば、それもまた信用に値するものであるはずだ。」

 

「「「なんと!」」」

 

 この言にはさしもの三賢者(トリニティ)も驚きの声を上げる。

 アインズはそれを気にするでもなく、こう付け加えた。

 

「逆にそいつが、オレの送った塩でオレに(あだ)なす程度の()(もの)であるならば。

 ……強いて恐れる必要もあるまいよ。」

 

「そこまでお考えの上でのご決裁とあれば、何も申し上げることは御座いません。」

「どうか父上の思し召しのままにご采配をお振るい下さい。」

「流石で御座います、アインズ様ァ!」

 

 かくして。

 

 攻勢に転じる、とするアインズの決断は、三賢者(トリニティ)の諮問を経て、晴れてナザリック地下大墳墓の不動の意思となった。

 

 

                    *

 

 

 朝日の差し込む大陸東方の何処とも知れぬ都市廃墟に、俄に<転移門(ゲート)>が開かれた。

 そこから姿を現したのは。

 

 第一に、白銀の鎧武者かと思いきや胴から生えた腕は四本。ナザリック随一の剣豪、蟲王(ヴァーミンロード)コキュートス。

 第二に、能面の如き無表情ながらも涼やかな美姫。戦闘メイド(プレアデス)ナーベラル・ガンマ。

 最後に姿を現したのは、この<転移門>を開いた本人、常とは異なり真紅の全身鎧に身を包んだナザリックのポンコツ核兵器、鮮血の戦乙女シャルティア・ブラッドフォールン。

 

「夜明けの吸血鬼(ヴァンパイア)、でありんす!」

 

 何言ってんだ、こいつ?とコキュートスとナーベラルから冷めた視線が注がれるも、まったくそれを意に(かい)さぬシャルティアが、続けて一言。

 

「どうにもあちきとしては、こんなことを続けて意味があるのか、わからんのでありんす!」

 

「どこに聞き耳があるとも限らないのだから、余計なことは口にするものではないですよ。」

 

 すかさずナーベラルがシャルティアを嗜めるも、やはりシャルティアにはそれを気にする様子はない。

 その間にも、コキュートスは淡々と為すべき仕事をこなしていた。

 

 丁度一ヶ月前にここに建てた立て札の回収だ。

 何人(なんぴと)にも引き抜き持ち去ることが叶わぬよう深く地面に差し入れられた杭を軽々と引き抜き、

 

「シャルティア、後始末ヲ。」

 

と簡潔に告げる。

 

「そこまで神経質になる必要があるとも思えんでありんしょうに……」

「シャルティア!」

 

 シャルティアの軽口に再びナーベラルからツッコミが入り、渋々ながらもシャルティアは自身の可愛らしい指先を、先ほどコキュートスが杭を抜き去って残った穴へと向けた。

 

「おんしに言われんでもわかっておるでありんす!

 <溶岩融解(マグマメルティング)>!」

 

 たちまちに生じた超高温により瓦礫とその下の岩盤が溶け交わって、杭が打たれていた痕跡が跡形もなく消え去る。

 

「即時撤収ダ。」

「シャルティア!」

 

 再び無駄口が漏れる前にナーベラルに強い口調で名を呼ばれ、

 

「わかっておるので、あ・り・ん・す!

 <転移門(ゲート)>ッ!」

 

 さしものシャルティアも即応する。

 再び短絡路(ショートカット)が開かれ、そそくさと三人はその中へと姿を消した。

 

 辿り着いたのはナザリック……ではなく、エイヴァーシャーの森、ツアーの娘コニーが塒とするところの、かつての森妖精(エルフ)の王デケム・ホウガンの植物で編み上げられた宮殿の前だ。

 毎月新月の翌朝に繰り返されるこの作戦行動に当たっては、万が一にも敵方にナザリックの位置を探知されることのないよう、三人は一旦徒歩でカッツェ平野へ向かい、そこから何箇所かの偽装(ダミー)の転移を経てここエイヴァーシャーの森へ至り、そこから行動開始するという迂遠な手段を用いている。

 この宮殿がナザリックにとって意味のある場所であることは既に敵方に露見しているので、それを逆用してすべてがここから(たん)を発しているように見せるための欺瞞工作……本当にそこまでする必要があるのか、という問いは、ほぼ無限の実行力を有するナザリックでは往々にして顧みられることがない……ということになるのだが、このあたりも、短気なシャルティアを苛立たせている要因の一つだ。

 

「どうにもわからんのでありんす!」

 

と再びボヤくシャルティア。

 宮殿周囲の防諜対策は只今(ただいま)はほぼ完璧なので、当地に在ってはさきほど出先でナーベラルが案じて見せたような盗み聞きへの配慮は不要だ。

 

 過去二十年に渡り、大陸各所で水晶の夜(クリスタルナイツ)の行動を監視し続けた恐怖公眷属の記録を改めて総浚いした結果、当所でおこったアインズと倶摩羅天(カーティケア)の邂逅が敵方に知られたのは、相手方にナザリックの恐怖公に相当する女王蟻(クイーンアント)型のNPCがあり、これが自身の眷属として羽蟻(ウィングドアント)を飛ばしていたことによる、とほぼ確実視されている。

 アインズの装束(ローブ)にデミウルゴスが恐怖公眷属(ゴキブリ)を忍ばせていたが如く……神器(ゴッズ)級のそれと言えど、所属ギルドを同じくする者に対してその自動防衛機能は発動しないのである……倶摩羅天(カーティケア)の鎧にも当人に知らされぬままに羽蟻が随伴してその一挙手一投足を監視していた、というわけだが、仕掛けがわかってしまえば対策はさして難しくはなかった。

 無論この対策についても、相手方にナザリックがそれに気づいていることをあからさまとせぬよう……これまたそこまでする必要があるのか、についてはナザリックでは度外視されるのが常だ……各種の欺瞞を交えておこなわれているのもお約束である。

 

「相手はたかだか拠点レベル五百ほどの雑魚だというではありんせんか。そんなものはあちきが単騎で乗り込んで一息に殲滅してみせるでありんす!」

 

 実際、決して自身無傷では済むまいが、それだけの力を彼女が備えているのは事実、ではある。

 

「無益な発言です。シャルティアといえど、所在のわからぬ拠点を攻撃はできないでしょう?」

 

と、徹底して冷徹美女(クールビューティ)を気取るナーベラル・ガンマ。

 

「そこは適材適所!そういう地味な仕事が得意な者がみつけて、あちきに知らせてさえくれればよいのでありんす!」

 

「話ハソウ単純デハナイ。」

 

 憮然とした口調でコキュートスが言う。

 

「シャルティア、モ聞キ及ンデイヨウ。

 此度(こたび)ノ敵ニハ、デミウルゴス、アルベド、ニ匹敵スル知恵者ガアルラシイコトヲ。」

 

 自身、卓越した剣技(けんぎ)の持ち主でありつつも知性を決して舐めてはかからない彼は、そのことを殊更に重要視している。無論、バーナザリックで酒を酌み交わしつつ語らいながら、悪友デミウルゴスにいつもいいように煙に巻かれる自分に自覚があるからだ。

 

(ペン)で剣に勝った者は、実際にはおらんのでありんす!」

 

 言っている本人どこまでわかって言っているものやら定かでないが、やおら知的を装ってシャルティアはそう反論する。

 

「デハ、シャルティア、ニ問オウ。

 オマエハ、デミウルゴス、ト事ヲ構エテ、勝ツ自信ガアルカ?」

 

「あちきとデミウルゴスが戦うなんてことは、あろうはずがありんせん!」

 

 ……オマエ、私ノ言ッテル意味、ワカッテル?

 と、コキュートスの大顎(おおあご)がパカリと(ひら)く。

 

「……問イ(かた)ヲ改メヨウ。

 デミウルゴス、ニ等シイ知恵ヲ有スル者ト戦ッテ、勝ツ自信ガアルカ?」

 

 うーん、と唸りながらしばしシャルティアは考え込む。

 彼女なりに考え尽くしたものか。

 

「ちょっと……ゾッとせんのでありんすな。」

 

と真正直な回答。

 

「ソレハ、シャルティア、ダケデナク、ナザリックノ(みな)ノ案ジルトコロダ。

 図ラズモ、シャルティア、ハ適材適所ト言ッタガ、マッタクモッテ正シイ。

 (ゆえ)ニ、デミウルゴス、ガ深謀ヲ以テ差配スルコトロニ、愚痴ヲ(こぼ)スハ聞キ捨テナラン。」

 

 コキュートスの言葉は、極めて辛口ではありつつも、シャルティアを不意に傷つけぬための配慮と、何よりも仲間たちへの誠意と愛情に満ちていた。

 それがわからぬほどポンコツではないが、さりとてたちまちには不満の解消しないシャルティアは、バツの悪い表情で不貞腐れる様子を見せたが、これを傍で見ていた能面のナーベラルには、不意に微かに……本当に微かに、ではあるが口許に笑みが浮かんだ。

 

 が、これはすぐに掻き消えた。

 <伝言(メッセージ)>を受信したからだ。

 

「……えぇ、わかった。これからシャルティアに座標を引き継ぐ。ありがとう、ソリュシャン。

 シャルティア、ナザリックから次の作戦地点の指示があったわ。座標を送るから<転移門(ゲート)>をお願い。」

 

 <伝言>は、目下ナザリックにてデミウルゴスの傍らにある戦闘メイド(プレアデス)ソリュシャン・イプシロンからだった。常ならばデミウルゴスの助手を務めるのはナーベラルの役目になるが、これが入れ替わっているのは、敵方との不意の遭遇戦もあり得る状況で、前線火力としてのナーベラルが優先されたからである。

 ()()()()()()()()()、はともかく、デミウルゴス、ナーベラル共に、互いの存在に執着するようなことはまったくない。

 

 転移先の座標は、音声口頭や文字書き物でも伝達は可能であるが、もっとも確実なのは<伝言(メッセージ)>で直接相手の脳内に送り込むことであり、この場合、原理的には電子メールに記載された住所(アドレス)をコピー&ペーストするのと同じ水準(レベル)で伝達に伴う誤謬の発生を……たとえ超ポンコツなシャルティアであっても……避けることが叶う。

 存在しない座標に対する転移はときに消失(ロスト)を引き起こす危険(リスク)のある行為であり、原則ナザリックでは<伝言(メッセージ)>および<お助け玉(レスキューボール)>以外の手段で伝達が試みられることはない。

 今回の布陣についてのみ言えばソリュシャンが直接シャルティアに<伝言>して悪い理由はないが、目下の外征はいつ何時(なんどき)不意の遭遇戦に陥るやも知れないことを前提しているので、際して前衛(アタッカー)となるシャルティア、コキュートスへの攪乱となり得る直接のメッセージを避け、一歩退いての火力支援(ファイアサポート)が割り当てられたナーベラルへの連絡を基本とし、そこから必要に応じて中継することが定められた。

 この辺りにも、今回の事案に対するナザリック側の本気度が現れている、とも言えよう。

 

 ナーベラルから中継された座標を元にシャルティアが<転移門(ゲート)>を(ひら)いた先は、またも大陸東方の何処とも知れぬ都市廃墟。ただし、先に撤収したそれとは異なる場所だ。さきほどと同じ順に(くぐ)り抜けて辺りの様子を伺い、たちまちに警戒すべき存在がないことを確認の上で作業に取り掛かる。

 

 と言っても、やることはさほど難しいことではない。

 

 前の廃墟から持ち去り長得物(ポールウェポン)であるかのようにコキュートスが肩に担いでいた立て札を、ズンッ、と彼の怪力で以て何者にも持ち去れぬよう深く地面に突き立てれば作戦完了(ミッションコンプリート)(みな)、振り返ることもなくそそくさと再び<転移門(ゲート)>を(くぐ)ってエイヴァーシャーの森へと戻る。

 後は、慎重に送り狼がないことを確認した後、再びいくつかの偽装転移を経てナザリックへ帰投すれば、今月の彼らのお勤めは終了、ということになる。

 

 さて。

 では彼らが廃墟に残した立て札は何であったのだろうか。

 

 物理的には真銀(ミスリル)からナザリックの鍛冶師(かじし)が鋳造した面一(つらいち)、こちらの世界の並みの者には損壊できない造りだ。

 布告を記す盤面にまず目立つのは、一面を覆うギルド、アインズ・ウール・ゴウンの紋章。これを背景に何かが書かれているが、一見して意味のわからない数列である。

 

 これは、ナザリックの至宝、ギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを以て……すなわち唯一その使用の権能を有する大魔王アインズ・ウール・ゴウン自身の手によって暗号化された文面。これを復号して読むための鍵は、すなわちその背景に刻まれたギルド紋章に(ほか)ならず、ユグドラシルプレイヤー、NPCであれば、生来的に埋め込まれた標準(デフォルト)機能に従って難なくこれを読むことが出来る。もっとも、こちらの世界の何者かが天文学的偶然に頼ってこれを復号化したとて、現れるのはユグドラシル公用語たる<現実(リアル)>の日本語であるのだから、その意味するところが(かい)せようはずもない。

 そんな暗号化に何の意味があるのか、と問えば、アインズ・ウール・ゴウンの紋章を以て解読できる暗号を発することが出来るのはアインズ・ウール・ゴウン、ひいてはそのギルド長のみであり、これは間違いなくギルド、アインズ・ウール・ゴウンの発したものである、と(あかし)する意味合いがある。

 

 今回に限って言えば、相手方に既にこちらがアインズ・ウール・ゴウンであることは知られている、と見做されているので強いてこれを隠す理由はない。むしろ、敵指揮官が高い知性を有していると目されればこそ、一般的なユグドラシルプレイヤーが素養(リテラシ)を欠いたがゆえに積極的には利用されなかったこの暗号機能を用いることで、こちらが相手を決して舐めてかかってはいないこと、同時に、一定の敬意を以て対そうとしていることを暗に(つた)えん、と狙ってのものだ。

 

 その意を理解せぬのあれば、それはそれで構わない。

 そんな相手は、(はな)からアインズ・ウール・ゴウンの敵ではないのだから。

 

 では、そこには何が書かれていたのであろうか。

 

 それは……こうである。

 

 

 

 <アインズ・ウール・ゴウンより水晶の夜(クリスタルナイツ)のルーシェンに告ぐ。

  依頼したき案件これあり。

  受諾の意思あれば仔細は新月の夜現地時間午前0時に当地を(おとな)って問え。

  即金ユグドラシル金貨五億枚を以てこれに報いん。>

 

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