億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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過去に類例のないギルド水晶の夜(クリスタルナイツ)を、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは奇策を以て迎え撃つ。


8.鞘当て合戦(チキンレース)へようこそ

 月明かりのない闇夜(やみよ)に、廃墟に独り佇む金糸銀糸に縁取(ふちど)られた豪奢な漆黒の装束(ローブ)を身に(まと)った骸骨。諸手には、やたらとごてごてとした篭手(ガントレット)

 

 意外なことに、待ち人は徒歩で現れた。

 

「豪奢な装束(ローブ)を身に(まと)った骸骨。腹に紅玉なし。」

 

 そう呟く相手は、一見して人間種。目立った武装はなく、体線(ボディライン)にぴたりと沿ったSF風の全身(タイツ)を身に着けた十代末の女性に見えるが、骸骨の目にはそれがユグドラシル由来の自動人形(オートマトン)であることは一目瞭然。

 だが、聞いていたのとは異なり、逆撃(カウンター)を警戒して探査(スキャン)こそおこなってはいないものの、印象としては百レベル(カンスト)の迫力はなく、むしろナザリックのメイドに近い。

 

「残念至極……と言うほかありませんな。」

 

 迎えた骸骨の第一声はこうだ。

 

「残念至極と言うほかない、と?

 ……何が残念なのか。」

 

 女が問う。

 

「左様。ルーシェンなる知性値最大のNPCと相見(あいまみ)えるを期待しておりましたのに。」

 

「ルーシェンと会える、と期待していた、と?

 ……そういうおまえはアインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、本人ではあるまい。」

はったり(ブラフ)ですな!」

 

 さらりと骸骨は断言した。

 

はったり(ブラフ)だと?

 ……腹に世界級(ワールド)アイテム、モモンガ玉を欠くのが何よりの(あかし)。」

 

戯言(されごと)を。モモンガ玉は我が身体(アバター)の一部に(あら)ず。(われ)に隙あり、と偽装すべく敢えて外すこともありましょうて。」

 

「モモンガ玉を除装することもある、と?

 ……ブルーさんと対峙した折と随分と口調が異なるが、これ如何(いか)に?」

 

 突如として骸骨の声色が大魔王(ぜん)とした傲慢不遜なそれに転じる。

 

「口調などどうとでもなるわ、馬鹿者め!

 それに……あまりオレをがっかりさせないでくれるか?

 

 こちらからもお返ししてやろう。

 先程来、オレの言い様を逐一復唱するのは、<伝言(メッセージ)>越しに対応する者が真の知性である(あかし)だ。傀儡(くぐつ)を立てるのであればもう一工夫(ひとくふう)いったな。それとも単純に資源(リソース)が足りんか?今更、代理であることを知られるのは先刻承知、とは言わせんぞ。」

 

 俄に女の表情が歪み、

 

「……ルーシェン、モモンガにこちらが代理であることは見抜かれている。」

 

としばしの沈黙。

 ややあって。

 

「わかった。代理を向けた非礼は詫びよう。」

 

と女は軽く一礼を骸骨に捧げたが、応じる骸骨は再び口調を転じてにべもなく応じる。

 

「非礼とは思いませんぞ。もはやギルドの命脈と不二(ふに)であろうルーシェンが自らここへやって来たとしたら、如何なる必殺の一撃を秘めたものか、と我らは色めき立ったことで御座いましょう。

 ですが、こちらもそうであろう、とはったり(ブラフ)を以て試みたのは……いただけませんなぁ。」

 

 この指摘に女は応じず、簡潔にこう言った。

 

「本題を。」

 

「ですな。仕事(ビジネス)手際よく(スマートに)進めませんと。」

 

 骸骨は軽口でおどけて見せる。

 執筆もまた、無暗な文字数稼ぎは目指すところではないので、彼に倣って以降は女の復唱を省くこととしよう。

 

「では!」

 

と、骸骨は口火を切った。

 

「単刀直入に申し上げましょう。

 あなたの目論むところを試みた、その結果が知りたい。

 つまり報酬のユグドラシル金貨五億枚は……」

 

 何故か骸骨がその場でくるくるとつま先立ちに回転。

 ピタリ、と()まって篭手(こて)の人差し指を女へ(きっ)と突き向け、

 

「必要経費でもある……ということになりますな。」

 

 たちまちに女の顔に動揺が浮かぶ。

 おや?と骸骨は思うが自身はその情動を(おもて)に出すことはしない。

 

 鉄則だ。

 

「どうやって結果を報せる?」

 

 興味深い関心の順序だ、と骸骨は思う。

 

「強いて報せていただく必要もないでしょう。

 企てがうまく運べば、当人から一言御礼(おんれい)感謝の挨拶があって然り、恩知らずにもそのまま潜伏することなどありますまい。仮にそのような下卑(げび)た御仁であるならば、我らの興味も失せましょうよ。

 逆に、企てがうまくいかないのだとすれば、ただ、あなたは失意に沈んでおればよろしい。報せがない、すなわち失敗、ということで御座いますな。」

 

 なお増して女の表情に動揺が広がる。

 骸骨から見るとそれは、女が、自身を操る声の認識と、自分自身本来の認識の不一致に引き裂かれているかのようだ。

 

 なるほど……。

 

「何故、そんなことを知りたい?」

 

「ただただそんなことが叶うのか、に興味があるから。

 ……ではいけませんかな?」

 

()なことを。金貨五億枚を積めば復活叶うは自明ではないか。」

 

 と問う女の声は震えている。

 

「本意とは思えませんな。ルーシェンとて、試みんとするそれが、ユグドラシルにおける通常のそれそのものではない、ことは承知の上……ではないのですかな?」

 

「……」

 

「我らギルド、アインズ・ウール・ゴウンは武運に恵まれ、こちらの世界に渡り来る以前、すなわちユグドラシル時代には、死亡したプレイヤーがありませんのでね。」

 

「……」

 

「つまり我らには、これを試す機会がなかったのですよ。

 ブルー氏との邂逅を経てあなたの目論みが知れるところとなり、便乗させていただこうと思った次第で。

 念のために申し添えますれば、ブルー氏、ピンク氏いずれかの復活を試みるのは無しで御座いますよ。それが可能であることは、我らは既に承知しております。もっともあなたが、彼らのような役立たずになけなしの金貨を(はた)いて復活させる、とは(つゆ)とも思いはしませんが。」

 

「ルーシェン!

 これはいったいどういうことなの!」

 

 突如として女が片耳に手を当ててそう叫んだ。

 それはすなわちこの女が、ルーシェンの傀儡、としてではなく、自分自身としてルーシェンに問うていることを意味している。

 

 思った通り!

 と骸骨はほくそ笑む。

 

 ルーシェンは先に捨て駒としたプレイヤーに対してばかりでなく、(いま)目前にある女自動人形(オートマトン)を含め、恐らくは自陣のすべての存在に対し一切自身の真意を明かしてはいない。ひょっとすると、ブルー、ピンクの戦死すらも!

 そして、この対話の最中にこの局面に至ったことは、とりもなおさず、アインズ・ウール・ゴウンからの呼び掛けに応じたルーシェンが、よもやこんな話を振られるとは予想もしていなかったことを意味している。

 

 ようやくにして先手を取ったり!

 

 しばし女は骸骨の前で、俄に分裂症状を患ったかの如く小声で一人議論を演じた。

 仔細に聞き耳立てずとも、この(あと)どうなるか、は大方(おおかた)の予想はつく。

 女はルーシェンに言葉巧みに丸め込まれるに違いない。

 

 我らがナザリックにおいて、狡知の参謀(デミウルゴス)が常にそうするが(ごと)く。

 

「……金貨を。」

 

 突然落ち着きを取り戻した女が、右手を差し出して骸骨にそう告げた。

 

「それは、依頼を受諾する……ということでよろしいので?」

 

と骸骨が念押しする。

 女は黙ったまま頷いた。

 

「では、こちらを。」

 

 骸骨は金貨五億枚を詰めた<無限の革袋(インフィニティザック)>を差し出した。

 

(あらた)めは時間の無駄ですので無用に願いますぞ。

 寸分の狂いなく五億枚あることは、()えあるアインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて誓いましょう。」

 

 女は骸骨の言葉を素直に信じたものか、あるいは、(はな)からそこに興味がないのか、やはり黙ったままにそれを受け取り、速やかに左手の指に嵌めた<緊急脱出の指輪(リング・オブ・エヴァキュエイション)>を発動させた。ブルーが装備していたそれとは異なり、格の下がる使い切りアイテムのようで、たちまちにそれは塵と消える。

 

 開かれた<転移門(ゲート)>に受け取った革袋を投げ込むも、自身はそこには続かない。

 これも、前以て予想されていたことであるので、骸骨は殊更驚きはしなかった。

 

 ルーシェンは、ブルーを使嗾してギルド維持資金を獲得するに際し、収集した資材を(いま)目前の女がやってみせたのと同様に<転移門(ゲート)>経由で中継地点に送り届けさせ、これを別途拠点に回収していたもの、とみられている。おそらく中継点は羽蟻に掘らせた地中深くの仮設基地で、これも複数用意されており無作為(ランダム)に使い分けられていたに違いない。ブルーの手に複数の同様の指輪が装備されていたのはそのためだ。これらに対応する基地は既に撤収済みと考えられ、消失(ロスト)を誘う罠の可能性も鑑みてすべて換金(シュレッド)済みである。

 この戦術は、その様子を傍から覗き見る者に対し拠点所在を欺瞞すると同時に、ブルーを遠征のままに置いてギルド拠点への帰参を封じ、プレイヤーから直接命じられれば(いな)とは言えぬNPCの指揮権をブルーに奪還されぬためになされたものだ、と考えられている。

 

 果たして。

 正しく履行されるか(いな)かはともかく、契約はなった。

 そもそも、件の試みの成否を問うのは、本作戦の目的全体からすればほんの一部でしかない。

 

 むしろ只今骸骨の脳裏を占めるのは、はて、退路を断たれた目前の女はこれからどうするのだろう、という疑問だ。もちろん、(おのれ)の二本の足を備え、途中如何な省力化があったにせよギルド拠点からはそれで歩んできたのに違いないのであるから、帰って帰れぬわけではあるまい。

 が、それは、少なからぬナザリック勢を、未だその位置が知れぬ彼女らの拠点<蒼玉(サファイア)>へ案内することを意味する。よほど特殊な手段を用いない限り、ナザリックは一旦補足した目標(ターゲット)を逃しはしない。そんなことは、ルーシェンは元よりこの女も百も承知のことだろう。

 

 つまるところ先のプレイヤー、ブルー同様に。

 この女もまた捨て駒にされた、ということだ。

 

「ルーシェン、とやらからの<伝言(メッセージ)>は途切れましたかな?」

 

 骸骨は、自身の言が女に対して威圧にならないよう、極力優しい声色でそう尋ねた。

 女はしばし呻吟する様子を見せたが、ややあって無言のまま頷く。

 

「では、改めてご挨拶をば。

 (わたくし)はギルド、アインズ・ウール・ゴウンの誇る拠点、()えあるナザリック地下大墳墓の財務責任者を仰せつかっております、パンドラズ・アクターと申します。貴女(あなた)同様、我らが至高の主、死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン様により手づからに創造された、NPCで御座います。本日は、我が(あるじ)アインズ・ウール・ゴウン様の名代(みょうだい)としてこの場に馳せ参じた次第。」

 

 女は反応しない。

 

「……名乗ってはいただけないのですな。

 まぁ、それはそれで構いません。時間も御座いませんので単刀直入にお伺いしますが、貴女(あなた)はルーシェンなる者に使い捨てとされた(てい)にて、おそらくはこちらへ歩み来られる途中に自ら敷設された地雷原へ向かい、自刃して果てる所存とお見受けいたしますが……それでよろしいので?」

 

 彼女の背後に、百レベル(カンスト)であることに加え只今は(あるじ)から借り受けた神器(ゴッズ)級の装束(ローブ)に守られたパンドラズ・アクター自身にとってはまったく恐れるものではないが、概算レベル十にも届かぬ彼女を瞬殺するに十分な罠が敷設済みであることに、(はな)から気づいていた彼はそう問うた。

 

 やはり、女から会話に応じる様子はない。

 

貴女(あなた)がそれをお望みであれば、強いてお諫めする理由も(わたくし)自身には御座いませんが、我が(あるじ)にして創造主アインズ・ウール・ゴウン様は、大魔王を名乗るが烏滸がましいほどに、我らギルドのNPC(しもべ)のみならず、ユグドラシルに由来するすべての者、ひいてはこの世界の普くすべてに慈愛を注ぐお優しい御方に御座いますれば、一時(いっとき)は虜囚にあまんじていただくことにはなりましょうが、決して貴女(あなた)にとって悪いようにはなされますまい。」

 

 そう言いながらパンドラズ・アクターは、自身もまた縛られるところのギルドへの忠誠は、こんな言葉で容易に覆されるものでないことはもちろん承知している。

 が、形ばかりとは言え、創造主アインズ・ウール・ゴウンを演じている今なればこそ、我が(あるじ)なればそうするであろうことを、無駄を承知で試みずにはいられなかった。

 

「ジュリー。」

 

と女が一言。

 

「?」

 

「パンドラズ・アクターが名乗ってくれたので、私も。」

 

「ジュリーさんとおっしゃる!良い名だ!」

 

「私と戦って下さる?」

 

「……生憎と今回は、殲滅せよ、の主命(しゅめい)を受けてはおりませんで、むしろ、殺すな、と申し付けられておりますれば、お相手することは叶いません。挑んでこられれば(わたくし)はたちまちに撤収することにあいなります。」

 

「そう……残念だわ。

 では、パンドラズ・アクター。ご機嫌よう、さようなら。」

 

 嗚呼、こうなることはわかりきっていたのに!

 

「さようなら、ジュリー。」

 

「ありがとう、パンドラズ・アクター。」

 

 やおら背を向けたジュリーはそのままゆっくりと歩み去り、やがて視界の彼方で生じた轟爆(ごうばく)に散った。

 

 自身の創造主クリフが傭兵として他ゲーム世界から招いたに過ぎないプレイヤーを捨て駒としたのは、常には口にこそせぬものの、アルベドではないが、創造主モモンガを残して去って行った至高の四十一人に対しわだかまりがなくもない彼にはまだ辛うじて理解できなくもない。

 ギルドへの忠誠は、NPCに何にも代えてギルドを守り通すことを強いるが、ここで言うギルドには、当然のことながらギルドに所属するすべての者が含まれて然りであろう。ギルド拠点は城に(あら)ず。そこに住まい(こころ)通わすプレイヤー()こそ石垣、NPC()こそ城……何やら先より信玄公(しんげんこう)づいておりますなぁ、これとて誠に(こう)自身の言葉やら知れたものではありますまいが。

 ルーシェンが同じギルドの忠誠の鍵を共有するNPCまでをも捨て駒とし、のみならず、言葉巧みに自刃へと追いやった……拠点の所在を敵に知られぬために云々と白々しくも言い含めたものだろうか……ことに、パンドラズ・アクターは空寒い気分を覚えた。

 

 (いな)

 

 愛されキャラとして創造されつつも勇猛果敢な軍人キャラでもある(わたくし)は、この程度のことに(おそ)(おのの)く存在では決してない。(いま)覚えたこの感情は、他者に対してそれをあからさまに向けることが極めて稀な慈悲あまねく慈愛深き我が創造主の性向を色濃く引き継ぐ(わたくし)が、不慣れな自身のそれを空寒く覚えたもの。

 すなわちそれは。

 

 (いか)り!

 

「<脱出(エヴァキュエイション)>ッ!」

 

 無言のパンドラズ・アクターの姿が<転移門(ゲート)>に消える。

 

 

                    *

 

 

「おや、御曹司の御帰還ぞな?

 今回は……」

 

 とここで、アインズに扮したままのパンドラズ・アクターが世界級(ワールド)アイテムに守られた指を自身の口の前で立てたので、

 

「あぁ、そうじゃったの。」

 

と、無駄口を叩いた者はその意を察する。

 

「で……(わらわ)には特に何も取り()いておるようには見えんが、それでもやるのかえ?」

 

 こくこく、と骨の頭が縦に振られた。

 

「されば!」

 

 ゴゥッ!

 

 金糸銀糸に縁取(ふちど)られた豪奢な漆黒の装束(ローブ)姿が、竜の吐息(ドラゴンブレス)に包まれる!

 

 

 

「あー、パンドラ。ご苦労だったな。()()は済んだか?」

 

「はい、父上。稀有な……体験をさせていただきましたァ!」

 

 只今は瓜二つの姿をしたこの()()の傍らには、先の倶摩羅天(カーティケア)ブルーの襲撃のすぐ(あと)に、一連の騒ぎにも気づかぬまま貪った<永い眠り>から目覚めたツアーの娘、今は竜形(りゅうぎょう)を採った紅水晶の竜王(ローズクォーツ・ドラゴンロード)コンスタンツァダラゴーナ・ミナスジェライス、ことコニーの姿がある。彼らがここにあるのは、父ツアーから火急をアインズに救われた旨を聞かされたコニーが、進んで自身の塒を本作戦の前線基地(フロントラインベース)に提供したものだ。

 もっとも、自身の生命に執着を持たない竜王(ドラゴンロード)である彼女が恩義を覚えたのは、自身の一命が救われたことではなく、自身を溺愛する父ツアーが失意に沈むことが未然に防がれたがゆえ、であったのではあるが、それはアインズたちからすればどうでもいいことだった。

 

 ここへの帰投に際し、よもや神器(ゴッズ)級の装束(ローブ)の防衛機能を突破はするまい、と考えられてはいたものの、万が一にも水晶の夜(クリスタルナイツ)の羽蟻が取り付いてくることを嫌って、コニーの吐息の洗礼を受けることは事前に取り決められていた。

 <完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>相当の隠形(おんぎょう)能力を有する八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)すら見抜くコニーの超知覚が羽蟻如きを見落とすはずもなく、やるのかえ?の時点でやる理由は失われていたのだが、やれることはすべてやって万全を期すのがアインズ・ウール・ゴウンの流儀である。

 結果、もちろん神器(ゴッズ)級の装束(ローブ)には焦げ跡一つ残らないものの、控え目に放たれた竜の吐息(ドラゴンブレス)を受けて、パンドラズ・アクターはHPの二割を失う羽目とあいなった。

 

「ようやく会見叶ったようだな?」

 

 実のところ、<水晶の夜(クリスタルナイツ)に告ぐ>の立て札が建てられたのはこれが七度目で、つまり、最初の作戦から既に七ヶ月が経過している。パンドラズ・アクターが帰投直後にコニーに口を噤むよう促したのは、万が一送り狼が取り付いていたとして、これを相手方に知られることを憚ってのことだ。

 

「ご覧になっておられたのでしょう?

 生憎と相手は()()()傀儡(くぐつ)で御座いましたが、対話の相手はルーシェンなる……(やから)で間違いなかったものか、と。」

 

「パンドラ。」

「……はぃ?」

 

 突然、常ならぬ真摯な口調で名を呼ばれて、パンドラズ・アクターは素っ頓狂な声を発した。

 彼の創造主は、そのままの口ぶりでこう続ける。

 

「おまえの気持ちはわかっている。

 なぜなら、オレもまったく同感だからだ。」

 

 ぶるる、とパンドラズ・アクターは身を震わせた。

 

「父上……。」

 

「だが、今しばらくその発露は押さえておけ。こちらの判断を狂わせるべく計算()くでこれをやっている可能性もなくはない。」

 

「ハッ!そこはまったくもって仰せの通りで御座います!」

 

「だがァ!」

 

 アインズの骸骨頭に穿たれた両の眼窩が、燃えるかの如く真っ赤にギラリと光る。

 

「アレに対するオレのムカつき具合は……。

 おまえの比じゃない、ということは、オレの代わりに憶えておけ!」

 

「た、確かに……」

 

 いつの()にやら本来の姿に戻っていたパンドラズ・アクターが、軍靴(ぐんか)(かかと)をカツン、と合わせる。

 

承りました(Jawohl)!」

 

 敬礼!

 

「して……父上の首尾はいかがですかな?」

 

 アインズの隣には恐怖公があって、<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)>に先の会見を覗き見ていた眷属から得た映像を映し出していた。アインズ自身は周囲に無数の魔法陣を展開させており、今も宙に浮かんだ数枚の巻物(スクロール)が順に燃え落ちていっている。

 

「……いきなり()に戻るなよ、盛り上げたオレが馬鹿みたいじゃないか……。

 

 あー、ゴホンッ。わかっていたことだが<物体発見(ロケート・オブジェクト)>での追跡は駄目だな。

 中継地点は割り出せたが、今から駆け付けたとて(もぬけ)(から)だろうよ。」

 

「そなたらはいつも(せわ)しないのぅ。」

 

 パンドラズ・アクター同様に、いつの()にやら人型に転じた着流し姿のコニーが話に割り込んだ。

 

「ボケ!竜王(おまえら)が能天気過ぎるんだ!」

 

「嗚呼、コニー。今もお美しいとは存じますが、(わたくし)竜形(りゅうぎょう)を採った貴女(あなた)の方が好みですなぁ。」

 

「パンドラはキラキラするものが好きなだけじゃねーか!」

 

「今回の作戦成功を記念して、一枚、鱗を頂けませんか?」

 

「御曹司が……(わらわ)(まぐお)うてくれるなら、考えんでもない。」

 

コニーッ!

 

「本気にしよったか、アインズさん?

 そなたの大好きな冗談じゃ、ほっほっほ!」

 

「冗談なのですか!お求めとあれば(わたくし)は……」

 

「おまえら!邪魔するなら出て行け!」

 

「アインズさんよ。」

 

 やおら、コニーの口調が真面目になる。

 

「御曹司を諫めつつも、先程来、ご自身紫の光(絶望のオーラ)がダダ漏れじゃぞな。」

 

「……な!」

 

 慌ててアインズはそれを()めた。

 

「アインズさんの気持ちはわかる。(わらわ)にとってもまっこと不愉快な見世物であったぞな、アレは。

 さればこそ、今少し鷹揚に構えては如何(いかが)かぇ?」

 

 ふふ……参ったな、これは。

 

「あぁ、コニーの言う通りだな。攻勢に転じたはいいが、今度は勢い余って前のめりになったようだ。おまえの助言には感謝しておこう。」

 

 改めて居住まいを正したアインズは、大魔王(ぜん)とした口調でコニーにそう告げる。

 対してエイヴァーシャーの魔女、コニーはニマリッ、と妖艶な笑みを浮かべ、

 

「されば、御曹司をしばし拝借しても……」

「それは駄目(だめー)。」

 

 

                    *

 

 

「皆の者、謹んで忠誠の儀を!」

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 主だった階層守護者、(みな)がその場に(つど)っている。

 

 ユグドラシル時代から、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンでは、対外的な作戦が一段落するとそれへの参加不参加を問わず、その時点でログインしているギルメンすべてが円卓の間に(つど)い、感想戦をおこなうのが常だった。円卓の間で交わされたすべての会話を(つぶさ)に記録する<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>を人格の(みなもと)とする只今のアインズが、無暗にユグドラシルの戦略戦術に通じているのも、(ひとえ)にこれに由来している。

 この感想戦はもちろん、作戦の論功行賞を明らかにするとともに今後の作戦への気づき(フィードバック)を得るためにおこなわれていたものだが、これがユグドラシル全体で普遍的にそうであったかと問えばもちろんそんなわけはなく、大半のプレイヤーは野放図に遊んでいたものだし、至高の四十一人とて、そういった生真面目な実利だけを求めていたわけでは決してない。

 

 アインズ、当時のモモンガを含めて、至高の四十一人にとってそれもまた、楽しいお遊び(ロールプレイ)の一つだった、ただそれだけの話なのだ。

 

 こちらの世界に渡り来て以降も、開催場所こそ玉座の間に移ったが、彼らの性向を色濃く引き継いだアインズとナザリックの下僕(しもべ)たちは、同じことを続けている。やっている当人たちは相変わらず、楽しいからやっている、のノリではありつつも、デミウルゴスの日記に蓄積されるそれは、たしかにナザリックの無双な強さの秘密の重要な要素でもあった。

 

(みな)、ご苦労だった。」

 

 鷹揚にアインズがそう告げると、下僕(しもべ)たちは深々と至高の主に跪礼を捧げ(あるじ)の講評を待った。

 

「今回の来訪者、水晶の夜(クリスタルナイツ)はなお健在であり、これを率いているのは我らが三賢者(トリニティ)同様の知性値(INT)振り切っ(カンストし)たNPCだ。

 そしてこれまで、相手方にこちらの存在を認知された状態で睨み合う、などということはなく、先制一気殲滅を常としてきたオレたちにとって、不利でこそないが決して呑気に構えてはいられない状況ではあるが、おまえたちの献身的な協力を得て、作戦の第一段階を無事終えることが出来たことに感謝したい。

 

 皆、本当にありがとう!」

 

「「おぉ!」」

 

 と場がどよめくも、たちまちに骨の片手を差し出したアインズがこれを制する。

 

「今日は、これを振り返ってこれからの対水晶の夜(クリスタルナイツ)戦を万全のものとしたい。おまえたちも何か気づくところがあれば、遠慮なく申し出てくれ。」

 

「「ハハッ!」」

 

 下僕(しもべ)たちの即時復唱に満足()に頷いたアインズは本論に移る。

 

「まず、今回の作戦はパンドラズ・アクターの活躍するところ、極めて大であった!」

「父上、ありがたき幸せ!」

 

 すっと、パンドラズ・アクターが立ち上がり、これに(つど)った皆が惜しみない拍手を送る。

 これに応えてパンドラズ・アクターは、踊り子(バレリーナ)のようにその場でくるくると回転(スピン)した。

 

「あー、いや。そういうのはいいから。

 ゴホンッ。僅かな邂逅ではあったが、パンドラの機転で水晶の夜(クリスタルナイツ)、さらにはこれを率いるルーシェンなるNPCの為人(ひととなり)がいろいろと明らかになった。その最たるものは!」

 

 アインズがこのように言葉を切って()めを設けるとき、そこにあらゆる真理が凝縮されている、と信じる下僕(しもべ)たちは息を呑んで続く言葉を待つ。やっている本人には必ずしもそういう自覚はないのだが。

 

「このNPCが……孤独だ、という点だ。」

 

 この力強い断言に、再び()は「おぉ!」とのどよめきに包まれる。

 

「こいつは、自身の真意を仲間に明かすことなく詭弁による使嗾でギルドを差配し、しかも、最初の邂逅においてそうであったように、プレイヤーのみならず、自身と同じ、同僚であるはずのNPCを捨て駒とし、あろうことかギルド拠点位置秘匿のため……自刃を強いることまでした!」

 

 コニーに諫められてもなお、これについて考えるとアインズの声色はやや強張る。

 これを(びん)に感じて(つど)下僕(しもべ)も銘々それぞれながら浮足立った様子を見せるが、アインズは即座に両手の平を下に向けて、強いて陽気な口調で「まぁ落ち着け、落ち着け」と皆を宥めた。

 

「これをおまえたちがどう感じるか、など先刻承知だ。

 何故なら、オレ自身がそうだからだ……が、むしろこれは喜ばしいことでもある。」

 

 ん?とそれぞれに不思議そうな顔をする下僕(しもべ)たち。

 だが、既にその真意に気づいているアルベド、デミウルゴスは歓喜の笑みを浮かべている。

 

「仲間に支えられることも、仲間を信じることも出来ない者など!」

 

 アインズの両の手が力強く天に向かって振り上げられる。

 

「我らナザリックの敵ではないからだ!」

 

 そう言い切ったアインズに、一斉に立ち上がった下僕(しもべ)たちは、

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

  死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

と歓呼するを繰り返した。

 

「では、デミウルゴス。」

 

 あえて平静な口調に戻してアインズが問う。

 

「今回の作戦の成果の詳細報告を……頼む。」

 

「ハハッ!」

 

 狡知の最上位悪魔(アーチデヴィル)は、すっとその場に立ち上がって、いつものように感極まった三日月型の笑みを浮かべながら左右に手を開いた。

 

「まず、敵戦力分析ですが、今回、毎月場所を転じての我らからの布告に対し、水晶の夜(クリスタルナイツ)が応じるのに七ヶ月を要しました。

 これを、先にギルド拠点維持資金獲得を主に担っていたプレイヤーが敗死したことにより彼らが資金難に陥り……それ以外に考えようも御座いませんが……そこからの体制立て直しに要した時間、と仮定して、これに種々の不確定要素を加味し、シズ・デルタの演算能力を以て模擬実験(シミュレーション)したところ、敵方の拠点レベルのあり得る最大値は四百五十に下方修正、と相成りました。

 実際にはさらにこれを下回るものか、と愚考する次第です。」

 

「重畳だ!」

 

 デミウルゴスの報告に、アインズは満足()に応じる。

 

「シャルティア、コキュートス、ナーベラルには地味な仕事をさせてしまったが、大手柄だぞ!」

 

 この言葉に、称揚された下僕(しもべ)たちが銘々に誇らしげな笑みを浮かべた。

 

「彼らの為しましたところはそれだけでは御座いません。」

 

 と、デミウルゴスは続ける。

 

「ここまでの経緯から、敵方は最上位の<転移門(ゲート)>による転移手段を欠いているものと考えられます。帰路こそ<脱出(エヴァキュエイション)>を用いておりますが、どこへ現れるにも基本は、我らの恐怖公眷属(ゴキブリ)に相当する羽蟻を除き陸行(りっこう)徒歩によります。」

 

「つまり、自刃した憐れなNPCとパンドラが会見した地点から、半径いくばくかの円内に敵のギルド拠点がある……ということか?」

 

 この下問に、デミウルゴスは後ろ頭を掻きながら何やら言葉を濁す。

 

「残念ながら、そう(はなし)は単純では御座いませんで……。」

 

「その円内にあるのは、彼らが物資回収に際し拠点位置秘匿に用いている中継基地でも構わない、ということね?」

 

と割り込んだのは守護者統括アルベド。

 むむっ、とそこに自ら思い至れなかったアインズが悔しそうにしている。

 

「その通りだよ、アルベド。

 だが、その中継基地を設けるにしても、そこへの最初の移動は徒歩でおこなわれるもの、と考えられる。これに、先に触れた体制立て直しに七ヶ月を要した事実を加味すれば、結局のところそれは、彼らの拠点が存在し得る一定の領域に至るわけさ、彼らの無駄な欺瞞の努力にもかかわらずね!」

 

 やはりデミウルゴスはシズ・デルタを使って、不確定要素を順列組み合わせした模擬実験(シミュレーション)を繰り返し、ギルド拠点<蒼玉(サファイア)>の所在は旧バハルス帝国南東部、北限は古都アーウィンタール、南限はエイヴァーシャーの森、東はカルサナス平原へ向かう大地溝帯の半ばを越えず、西は帝国を東西に分かつ中央山嶺に及ばない、と結論づけた。

 これは、当所から倶摩羅天(カーティケア)ブルーが目撃されてきた位置からおおよそ予測されていたそれと大きく違いはなかったが、本作戦によりこの範囲を越えて存在することはあり得ない、との確信を得たことこそが大戦果である、とデミウルゴスは力説した。

 

 領域が特定されてさえしまえば、ほぼ永続、ほぼ無限の資源(リソース)を有するナザリック地下大墳墓にとって、人海戦術の力業(ちからわざ)は最も得意とするところだからだ。

 

「加えまして、以下はここまでと比しますと確度をやや欠きますが。」

 

と慎重な断りを入れてデミウルゴスは続ける。

 

「ルーシェン、なるNPCは、パンドラズ・アクターとの会見に及ぶに当たり、自身の真意を見抜かれまいとかなり(こま)やかな配慮をおこなっていたであろうことが伺えますが、同時に、随分とボロを出しても御座います。」

 

「ほぅ……聞かせてもらおうじゃないか。」

 

 アインズのみならず、居並ぶ下僕(しもべ)たちが興味深気(ふかげ)に身を乗り出した。

 

「第一に、かの者は開口一番パンドラズ・アクターに、アインズ様……かの者は只今の御身のご尊名を承知せぬので、モモンガ様、と申しておりましたが、モモンガ様ではない、と詰め寄っておりますが、これはどうしてなかなかに不自然な発言と評さざるを得ません。」

 

 もうこの時点で、悲しいかなアインズは振り落とされ気味であることに自覚があった。

 さきほどは、意図してか(いな)かはともかく……多分前者だろう……すかさずアルベドが後追い(フォロー)してくれたお陰で居並ぶ下僕(しもべ)の前で余計な恥をかかずに済んだが、誰もそれを以て至高の主を笑ったりはするまいに、下手な相槌は打てないな、と(かしこ)まっている。

 

「そもそもアインズ様は、ご自身が会見に臨むことを約されていたわけでは御座いませんから、先方もそんなことは期待はしていなかったことでしょう。そこへ、外見はアインズ様であるかのように見えるパンドラズ・アクターが現れたから、と言えばそうなので御座いますが、この場合、それがアインズ様ご本人であるかを敢えて確認する必要があるのは、狙撃(スナイピング)の準備がある場合のみ、で御座いましょう?」

 

 無論、アインズも含め会見に際し奇襲があることは想定していて、ゆえにアルベドがどうしても譲らなかったことを受けてパンドラズ・アクターが赴いたのであるし、加えて、いつでも介入できるように現場近くにはコキュートス、セバス、ナザリック側ではシャルティアが稼働準備まで済ませたルベドを侍らせて待ち受けていたのであるが、敵方が本人確認を試みる、というのは正直なところ考えてはいなかった要素だった。

 

「実際には狙撃も奇襲もなく、にもかかわらず、ルーシェンは開口一番それをおこないました。

 これが何を意味するか……」

 

「あー、デミウルゴス!」

 

 アインズは先手を打った。

 

「……はっ?」

 

「あー、なんだ。皆、話の続きを期待しているから……聡明なアインズ様はお気づきのことと存じますが、は今日はなしだ、というか禁止だ!サクサク、と続けてくれ!」

 

「……はぁ。」

 

 デミウルゴスは一瞬拍子抜けした様子を見せたが、気を取り直して話を進める。

 

「これは、パンドラズ・アクターが、初見からおまえはルーシェンではない、と断言してみせたことを受けて、と考えるのが妥当、と愚考する次第で御座います。」

 

「そこに貴方(あなた)が思い至るのはさもありなんね。」

 

 と、いささか揶揄気味のアルベド。

 アインズを含め、他の皆は含意がわからずに、ぽかーん、としている。

 

「ふふ、言ってくれるね、守護者統括殿は!

 その通りだよ!かの者は、私同様に随分と負けず嫌いな性向を有していると見える!」

 

 おぉ!とどよめきがあがり、一緒になって声をあげて腰を浮かせていたアインズは、慌てて玉座に深く座り直した。

 

「これは今後かの者と対するに当たり、重要な情報となるものか、と存じます。

 加えますれば、パンドラズ・アクターが、目前の相手が傀儡であるを見抜いたのは、傀儡が復唱によって彼の言葉を<伝言(メッセージ)>越しに伝えたからですが、これはすなわち、此度(こたび)彼らはブルーに仕込んでいたような羽蟻NPCの随伴を避けたからです。察するところ連中は、我々がそれ在ることに気づいていることに気づいておりません。気づいておれば、これを随伴させるを躊躇う理由は御座いますまい。我々が指定した場所へ戦力を送り込めば徹底探査(スキャン)されることは自明ですからな。

 発言から察するにルーシェンは八割方パンドラズ・アクターをアインズ様本人と判じたようで御座いますが、一切の奇襲これなく、傀儡に仕立てたNPCを始末するにもその者自身に敷設させた地雷を用いました。すなわち、当の本人については未確定では御座いますが、敵方には単騎で一撃必殺の攻撃力を有した戦力は、プレイヤーにせよNPCにせよ、既にない、と断定して差し支え御座いますまい。」

 

 ルーシェンの性格はともかく、水晶の夜(クリスタルナイツ)にこれ以上の戦力はあるまい、という点ではアインズも同様に考えていたので、これにはただただ深く頷いた。

 おそらく打倒アインズ・ウール・ゴウンを目指していたというギルド長クリフの関心と資源(リソース)は対外戦に全振りされていて、自身の拠点防衛にまでは回っていなかったのだろう、と。

 ブルーがレベル七十七であったことから、彼らがユグドラシルの歴史の中では後発組であったことに疑いはなく、新参かつ拠点レベルが五百に届かない弱小ギルドをユグドラシル末期に敢えて狙う者もそうはいなかったであろうから、これは納得のいく話になる。

 

「さらには!」

 

 とデミウルゴスが声高に言うのを見て、アインズは内心、え!まだあるの?などと思っている。

 

「ルーシェンが、ユグドラシル終了以前に病死したと伝わる創造主の復活を目論んでいるのではないか、というのは、本作戦実施まではあくまでもアルベドが慧眼を以て喝破した仮説、に過ぎませんでした。が、パンドラズ・アクターの巧みな話術により、ほぼこれが真実であることが明らかとなったので御座います。」

 

 ここで再びパンドラズ・アクターが、すっ、と立ち上がってくるくると回り、ピタと止まって軍帽を斜に構えるが……誰も見ていなかった。

 

「パンドラズ・アクターは、終始ルーシェンに対し、あなたの目論むところを試みた結果が知りたい、としか申しておらず、その目論見が具体的に何であるのか、についてはすべて遠回しに仄めかしてしかおりませんでした。

 にもかかわらずルーシェンは、どうやってその結果をアインズ・ウール・ゴウンに報せるのか、という方法論にいきなり踏み込んでおります。しかも続けて、自身の真意を伏せていた傀儡に知れることを承知の上で自ら、金貨五億枚を積めば復活叶うは自明ではないか、などと問いました。平静を装って連絡の方法論を問うてはみたものの、よほど真を衝かれたことに(あせ)ったので御座いましょうなぁ、愉快痛快!」

 

 この時点でアインズは、決戦に及ぶか(いな)かはともかく、一度デミウルゴスとルーシェンを差しで口喧嘩させて見物してみたい、などと阿呆なことを考えてしまっている。

 

「そしてもっとも愉快なことは!」

 

 デミウルゴスが感極まって両手を高々と振り上げる。

 

「我らが悉くかの者の思考を先読みして見せたのに対し、かの者は我々の実力を悉く読み損ねた!

 ……ことに尽きるので御座います!」

 

 と、ここに至って。

 

 勝利を確信して沸き上がる下僕(しもべ)たちを余所(よそ)に、ただ一人アインズだけは一抹の不安を覚えていた。

 

 デミウルゴスの言うことはもっとも至極でまさにその通りだが、一気殲滅を目的としない邂逅を果たしたことにより、我々は敵方に、我々がそれだけの能力を有する存在だ、ということを見せつけてしまった。

 パンドラズ・アクターの煽りがルーシェンの負けず嫌いな性格を衝いたからだ、とデミウルゴスは(わら)って見せるが、それを言えば、当所想定外の先手を取られ続けた我らナザリックもまた、結果的にルーシェンの煽りに応じて無用な見栄を張ったことになるのではないか?

 デミウルゴスがそうしたように、ルーシェンにもまた、こちらのさらに裏の裏をかく強い動機を与えてしまったのではないか……と。

 

 まぁ……。

 細かいことは追々考えるか。

 

 と、アインズは頭を切り替える。

 

「アウラ、マーレも、よく恙無く森を守り通してくれた。おまえたちが森の実りを守ってくれるからこそ、ナザリックは後顧の憂いなく戦い続けることが出来る。

 たちまちに水晶の夜(クリスタルナイツ)が何か仕掛けてくることはないとは思うが、油断のないよう引き続きたのんだぞ。」

 

 と、前線に立たなかったものへの心遣いも忘れはしない。

 

「「「ア、アインズ様ァ!」」」

 

 一族計八人、十六のつぶらな瞳がアインズに向かい喜色を浮かべた。

 

「セバスも、幸いすぐにコニーが<永い眠り>から醒めてくれたお陰で助かったが、気を使わせて悪かったな。ツアーも恩義に感じてくれるだろう、よくやった。」

 

 続けてアインズはセバスにも労いの言葉を送ったが、送られた当人は何やらはにかんで当惑している。

 

「……どうした、セバス?」

 

 それに気づいたアインズが真意を問うとセバスは頬を赤らめ、珍しく目を()らしながらこう答えた。

 

「お褒めの言葉をいただくほどのことでは御座いません。

 (わたくし)めにはいささかの()()……も御座いましたので。」

 

「……ふぁ?」

 

 敢えてアインズは、その詳細を問い糾しはしなかった。

 と言うか、考えたくもなかった。

 

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