「「「
「……。」
大陸東部ほぼ中央、長閑な谷間の生き残り村
「……若いおまえらが形から入るのは、まぁ、わからんでもないが。
私が言うのも何だが、
体裁上は村の住民の総意を以て目下の
たちまちに、若者たちもその意を察して表情を緩め、はははっ、と快活な笑い声をあげる。
トブの大森林からの第二次移民団二百余名の受け入れもおわり、俄に村は賑やかになった。
自身、<
彼自身は幸いにしてそれを自覚していないが、空恐ろしいことに大魔王アインズ・ウール・ゴウンを前にして野心を語ったに際しても、念頭にあったのは、あくまでも正統性を示す称号としての皇帝のみであり、その権能の実際のところが意識されていたわけではない。
対して、トブの大森林からやって来た人々は、その大半は箸にも棒にも掛からぬ日和見者ばかりではあったけれども、極一部に、森の民の感化を受けて
中でも、ブライア・ペシュメル……はて、本当にあの伝説の四騎士の
ブライアたちは
一方で、森の文化は根本的に組織化の発想を欠いていて、銘々がやれることをやって補いあうを基本としており、特に力仕事はそれを得意とする大型亜人が独壇場とするところで、人間種の出る幕はなかった。ブライアたちはそこに自覚があったので、改めて人間種中心の社会に参画するにあたり、ジョウンが有するところの、個々の小さな力を結集して単純合計よりも大きな力を引き出すことを旨とする軍団の経験に、高い価値を見出したのである。
こうして集まった有志三十余名、加えて
もっとも彼らは戦いを目的としたわけではなく、また、元からの村の住民の一部が俄に活気だった若者たちに警戒感を示したこともあり、敢えて自らを
我々は、自分たちの
この他に、旧時代と比較してなされた画期に、女性の参画、というものがある。
元から村は人手が不足気味だったので、決して強いられたものでこそないが日々の野良仕事で図らずも男勝りに鍛えられた娘たちは少なからずいた。その一部は気勢をあげたブライアたちに賛同し、流石に古来軍団は男性のみから成った伝統を知るジョウンは最初のうちこそ躊躇いを見せたものの、結局は折れてこれを受け入れた。
「……面白いことになったもんだ。」
と、ジョウン・カタラクトは、形ばかりの閲兵を終えて、鍬や鋤を矛代わりに振るいながら、隊列行動の鍛錬をやっている若者たちを眺めている。
「
そんな彼に声をかけてきたのは、大災厄以前からの同僚の一人だ。
エンリネの
「あぁ、戻って来たか。ご苦労さん。」
先にエンリネから告げられた忠告に素直に従い、この半年の
もっとも、カイゼルシュタットに何者か……彼らは知る由もないが一時
「首尾はどうだった?」
「いくらか使い物になりそうな屑鉄は持ち帰ったんだが……」
と男は言葉尻を濁す。
「……何かあったか?」
この男と長い付き合いのジョウンは、すぐに意を察して仔細を尋ねた。
「それが……妙なものがあったんだ。」
と語る男の話は次の通り。
第一に、町の外れに目新しい爆発痕があったこと。男自身は、大災厄以前に知り合いの魔法詠唱者が虎の子の<
第二に、それに怖気て立ち去ろうか、とも考えたが、しばし町の気配を伺って何者もないようなのでそのまま立ち入り、思った通り誰にも会わないので安心して廃材集めをやったのだが、その最中に奇妙なものを見つけた、と言うのである。
「
一面の
それ自体は一見して
「気になったから、ひょっとしたら森の出身者に読める者がいるかも、と思って、炭の粉を振って羊皮紙に写し取ってきたんだ。」
「見せてくれるか?」
ジョウンは男が懐に仕舞い込んでいた羊皮紙を開いて目を通してみるが、確かにそれが文字であることは疑いあるまいが、まったく知らない文字だ。
「おーい!」
ジョウンは隊列行動の訓練を続ける
男が考えたように、森の出身者たちに「これが読めるか?」と羊皮紙を示して見せたが、誰一人としてそれを読み取れる者はなかった。
読み取れる者などあろうはずはない。
そこに書かれていたのは、以下の<
<
ご厚意に多謝。いずれ
*
「……ややこしいことになった。」
ナザリック地下大墳墓
いつものように至高の主をナザリックの
「そう……でしょうか、父上?」
うんざりした口調のアインズの一言で始まった協議に疑念の第一声を返したのはパンドラズ・アクター。
「ややこしく……ないか?」
「この布告は、
とアルベドが割り込む。
彼らもまたジョウン・カタラクト同様に、パンドラズ・アクターとルーシェンの傀儡となったNPC、ジュリーが会見した町で石碑を発見し、その文面をどう理解するか、について議論していた。
「……だから?」
アインズのこの気のない問いに、アルベドは怜悧に応じた。
「我らがそうしたように、ギルド秘密鍵による暗号化をおこなえるのは、ギルド武器を扱える者、すなわちギルド長のみで御座います。」
「もちろん、そんなことはわかっている。」
アインズの懸念はそこではない様子だ。
「アインズ様のおっしゃりたいことはわかります。」
と、やはり無闇矢鱈と愉快げなデミウルゴス。
「アルベドの申す通り、
「しかし、それでは自身の復活の証明にならんのはクリフなる者も承知でしょう。ましてや知性の
すかさずパンドラズ・アクターが異議を唱えたが、デミウルゴスは涼しい顔だ。
「それはパンドラズ・アクターの言う通り。
だが、そもそも彼らには復活を証明する動機がない。」
「……確かに、そこはデミウルゴスの言う通りね。」
たちまちに意を察したアルベドが同意を示す。
「
ここに至ってパンドラズ・アクターも意味するところを理解する。
「なるほど。文面を文字通り読めばクリフの復活はなった、と解釈できましょうし、暗号化がなされていないことはそれがならなかったことを示している、とも考えられますな。
我らに対する意趣返し……と言ったところでしょうか?」
「話はそう単純ではないだろう。」
と、アインズ。
「まず、皆の見解を確認しておきたい。
クリフの復活がなった、と思う者は挙手を。」
この問いかけに応じる者はない。
「では、ならなかった、と思う者は。」
パンドラズ・アクター、アルベド、デミウルゴスの順に手が上がり、最後にアインズ自身が手をあげた。
「そりゃそうだわな。」
とアインズは
「ユグドラシルにおいて……厳密に言えばユグドラシルのプレイヤー、NPCにとって、死、は
自分自身に言い聞かせるかのように、アインズは皆ももちろん承知しているところを語り続けた。
「
<
もう一歩進んで
それを可能にする
「クリフ……厳密に言えば名も知らぬその
つまり、ユグドラシルのサービス終了時点で、クリフの中の人は死んでいたのだろうが、クリフの状態が死であった、ということはない。そして、死の状態にないプレイヤーに<
未ログイン状態のプレイヤーを強制的にログインさせる手段……は、ユグドラシル側にはない。そんなことが可能なのであれば、ユグドラシル時代のオレがやっていただろう。」
最後の
「つまり。
ツアーは疑っていたようだが、そんなことが叶わないことは、オレたちにとっては自明だった。」
これは、今回の作戦発動時点からアインズと三賢者のうちで揺るぎなく合議されていたことではあった。
では何故これが試みられたのか、と問えば、もちろんツアーが想像を巡らせたように万が一にもそれが可能であるならば知っておきたい、という思いがまったくなかったわけではないが、真に期待されていた効用は、この呼び掛けであれば、如何に高い知性を有し虚実入り混じった駆け引きをこなし得るNPCであっても決して無視はできない、と確信されていたからだ。
敵方に油断があって、邂逅に際してギルド拠点位置、傘下のNPCの能力が把握できれば重畳。仮にそれがならなくとも、無効な復活の儀式に際し金貨がギルド拠点に無為に没収されることはないので、
実際、完全特定にまでは至らなかったものの、拠点の大凡の所在は絞り込まれており、敵方に脅威となる戦力が既にないことも確実視されているので、初期の目的は概ね果たされたことにはなる。
「だが……ルーシェンとやらがこういう返しをしてくる、というのを読み損ねたことは、正直に認めざるを得ん。」
負けず嫌い、という点では、そうであると分析されたルーシェン、分析して見せたデミウルゴスに勝るとも劣らないアインズであるが、この読み損ねについては、歯噛みしつつも言葉通り素直に認めざるを得ない、と考えていた。
「よもやないとは思うが、万が一にもクリフの復活がなっていたとして、あいつらは我々に対する約束を果たしたことにはなるが、こちらはその真偽を確かめる
一方で、読み通りクリフが復活していないとしても、今後オレたちは、ひょっとすると
「まったくもってアインズ様の仰せの通りかとは存じますが。」
とデミウルゴス。
「そこに何の懸念が御座いましょうや。我らにはそれに対応する知恵と力が有り余って御座います。」
「あぁ、その通りだともデミウルゴス。オレはそんなことは問題視なんかしてないさ。」
そう言いながら、アインズには他に懸念があるようだ。
「その動機、で御座いますね、アインズ様?」
もちろんそれに既に気づいている愛妃から声がかかる。
「そういうことだ。
ルーシェン、とやらが、敢えてこういう手を打った理由はなんだ?
パンドラの言う通り、ただの意趣返しであるなら、それはそれで構わない。それでルーシェンが満足して終わりであるなら、な。」
「父上は……そうお考えではないのですな?」
「遺憾ながらその通りだ。」
息子の問いに、アインズは簡易玉座に深く座り直し、骨の腕を胸の前に苦々しく組む。
そしてこう告げた。
「
この
「流石で御座います、アインズ様!」
あぁ……おまえはそうだよな。
「すべてはアインズ様の思惑通り、まさに端倪すべからざる、という言葉がお似合いで御座います。」
この作戦に、おまえが手放しに賛成だった時点で、嫌な予感はしてたんだよ。
「
その発言の、オレ、の部分をおまえ、に置き換えたらまさにその通りだろうよ。
っつーか、おまえ!
この作戦を評して、敵方から我らに挑む動機を奪う神慮の策、とか言ってなかったかーーー?
「必ずしもオレは、闘争を望んでいるわけじゃない。
無用な戦いは、ないに越したことはないさ。」
無駄を覚悟で気のない様子でそういうアインズに、デミウルゴスは、
「またまた、ご冗談を!」
と
「すべては我らが至高の主、大魔王アインズ・ウール・ゴウン様の思し召しのままに!」
やはりそうなんだろうか。
オレは、無用な戦いなどしたくはない、面倒臭い、などと取り繕いながらも、デミウルゴス級の知性を有するNPCとの闘争を、実は心の底で望んでいるんだろうか。それを看破しているデミウルゴスは、だからこそこうやってオレがそこに陥るように、本人の主観としては
だが、既に賽は投げられてしまった。
結果的に、ルーシェンに対する
……成就してしまったのだ。
「……ややこしいことになった。」
再びアインズは深い溜息をつき、アルベドとパンドラズ・アクターの冷たい視線がデミウルゴスに注がれるも、注がれた本人にはまったくそれを気にする様子はなかった。
*
「……閣下?」
「いかがなされましたか、将軍閣下?」
「どこかお具合でも悪いので、閣下?」
ジューゲーム、ゴトー、フリニゲの
「「「閣下ッ!」」」
「……え!
あ、ごめん。考え事しちゃってたわ。
ナニ?何かあった?」
「いえ、ギンさんもいますし
とゴトー。
「何か……心配事でもおありなんですかい?」
ジューゲームが発した問いはまさに真を衝いてはいたのだが、真正直なエンリネであってもそこが誤魔化せないほどに馬鹿正直ではなかった。
「いや大丈夫、ごめんね心配かけて。
これで帰還事業も最後か、と思うと、ちょっと感慨深くなっちゃって……それで考え込んじゃってただけだから!」
キーノ・インベルンからもたらされた生き残り村の地図を頼りに受け入れ先の交渉はトントン拍子に進み、以降はほぼ月にニ団の
もっとも、ブライアの側はともかく、エンリネの眼中に特にブライアは意識されていないのであるが。
そして遂に今回が最後の移民団であり、半ばお祭り気分も手伝って
森の民の目指したところは、難民に新たな自立の場を提供すること、ただそれだけであり、森から追い出すことが企図されていたわけでは決してないので、およそ三千人いた難民のうち移民団として森を去ったのは二千七百と少し、といったところになった。
残る三百人前後は、ブライア・ペシュメルがそうであったように、少なからず森の民としての流儀を自ら身につけ、そのまま森の民と同化することを望んだ者たち、ということになる。その中には少なからず、既に旧カルネ村に定住している者との婚姻、友人関係等があってそうしたものもあった。
とまれ、帰還事業は発案されてから二年、という短期で完遂されたことになるが、そこに感慨を覚えている、とジューゲームに応えたエンリネの言葉それ自体は決して嘘ではないものの、実際にエンリネの脳裏を占めている関心事はそれではない。
最初の移民団が谷へ到着した直後、帰還事業の発起人であり、エンリネに対してのみ、
先生から森の民に対して別れが告げられたことは、ダンベルグを始めとする森の民の指導者たちに伝えている。彼らもまた、エンリネが予感していたように、遅かれ早かれ先生は我々の元から去っていくだろう、と予期していた者がほとんどで、これに対しては誰からも驚きも違和感も表明されなかった。
加えて、先生から警告されたところの、先生に恨みを
「先生はこうおっしゃいました。
彼ら自身がおまえたちから受けた恩に
先生は帰還事業をとても楽しまれたそうで、森の皆のことも大好きなので、
触れ得ざる者について触れることを避けたのは、森の皆は直接にはキーノ・インベルンと言葉交わしたわけではないので、自分がキーノから感じたところはうまく伝わらないだろう、と考えたからだが、ある程度の分別を心得たものは帰還事業が結果的にそのような
むしろエンリネを困惑させたのは、そのように告げたエンリネに対し、
「我々は、
「……はぃ?」
先生が全幅の信頼を寄せ、実際、帰還事業に八面六臂の大活躍を見せたエンリネを、
ちょっとぉ……勘弁してよぉ!
エンリネは、この想像の斜め上の事態に最初こそ心の底から当惑したものであるが、先生、こと大魔法使いアインズ・ウール・ゴウンと交わした対話を顧みて、徐々に考えを整理しつつある。
自分は、烏滸がましくも言い伝えられる
彼女もまた、自分同様に決して当人がそれを望んだわけではなく、最初から相応の実力を伴っていたわけでもないが、それでも誰かが先頭に一人立つことを要したカルネ村の人々、森の民から彼ら皆の思いの象徴として担ぎ上げられ、いつしか彼女自身がその共同幻想に同化していったのではないか。
「……ややこしいことになっちゃったわ。」
図らずもエンリネは、
むしろ、そこにこれからどう臨んでいくか、どうやって乗り越えていくか、そこに
がための、
「決して無理はしないでくださいよ、将軍閣下!」
今なおエンリネが体調不良を
すべては適材適所。
先生が喝破してみせたように、自分はきっとこうした状況に対応し得る生得的な才に恵まれているのだろう。
そのある無し、は個々人の優劣につながるものではないはずだ。
大昔から、森の民は銘々それぞれが得意とするところをこなし、不得手とする他者を補って支え合ってきたものだ。かく言う自分も、ジューゲーム、ゴトー、フリニゲ、ギン、クルシュルの助けがあって初めてこなせることを数え上げれば両手の指では足りない。
一方で、どうやら森の民の中にあって、まだ素直には認め難いしそれを受け入れる覚悟も完全に定まったと胸を張っては言えないが、それでも、自分だけが担える役割があるらしい、ということは、根が能天気、お気楽極楽にできているエンリネと言えども自覚せざるを得なかったのである。
「ほんと、大丈夫だから!
心配させてごめんね。」
と無理繰りの微笑みを返したそのとき、移民団隊列の前方から、ガキンッ、と鋼鉄がぶつかり合う音が響き、続いて、おぉ!とのどよめきが聞こえてきた。
「ギンさんだな、あの御仁もお好きだなぁ。」
とジューゲームがボヤく。
最後の移民団が到着しようとしている
移民受け入れ交渉に際し、エンリネたちは旧ブルムラシュー公領側から無理やり踏破してそこへ至ったものだが、どう考えても云百人を引き連れて同じ道を辿ることは不可能と判じられたため、移民団は大きく西側を迂回して二十日の行程を経て当地へ至ったものだ。
際しては、
アレを見慣れた自分たちはともかく、移民団の連中は……ドン引きなんじゃなかろうか。
ギンが勇猛果敢でありながら温厚理知的であることはエンリネのよく知るところでありつつも、同時にギンが種族の血に従って心の何処かで闘争を嗜む存在であることもまた、彼女はよく承知している。
有事に際して森全体の総指揮官であることを期待された自分もまた、ギンに倣ってその闘争を嗜む存在となるべきだろうか。否、先生は自然体の私を認めてくれたものであろうから、今後も、奇を衒うことなく自身の心の赴くままに、仲間たちの助けのあることを信じてやっていくほかないだろう、とエンリネは決意を新たにする。
「にしても……。
ややこしいことになっちゃったなぁ。」
変わらずジューゲーム、ゴトー、フリニゲの