億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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投げ入れられた小石から、期せずして拡がる思わぬ波紋。


9.ややこしい事態

「「「我らが総司令官に敬礼(アハトゥング、インペラトール)!」」」

 

「……。」

 

 大陸東部ほぼ中央、長閑な谷間の生き残り村融水谷(ツィラータール)

 

「……若いおまえらが形から入るのは、まぁ、わからんでもないが。

 私が言うのも何だが、今日日(きょうび)そういうのは流行(はや)らんのじゃないか?」

 

 体裁上は村の住民の総意を以て目下の皇帝(ジルクニフ)に推戴されたところの大工の棟梁、ジョウン・カタラクトは、自身の前に整列した若者たちに気さくにそう告げた。

 たちまちに、若者たちもその意を察して表情を緩め、はははっ、と快活な笑い声をあげる。

 

 トブの大森林からの第二次移民団二百余名の受け入れもおわり、俄に村は賑やかになった。

 自身、<(めぇ)()く七日間>の直前まで都市軍団の小隊長を務めていた……実際の主たる業務はやはり大工の棟梁、なのであるが……ジョウンは、帰還事業、と謳われた試みがなされるまで、大災厄以前に自身が学んだことを、村の次の世代に伝えていくなどという発想を正直なところ(つゆ)とも持ってはいなかった。

 彼自身は幸いにしてそれを自覚していないが、空恐ろしいことに大魔王アインズ・ウール・ゴウンを前にして野心を語ったに際しても、念頭にあったのは、あくまでも正統性を示す称号としての皇帝のみであり、その権能の実際のところが意識されていたわけではない。

 

 対して、トブの大森林からやって来た人々は、その大半は箸にも棒にも掛からぬ日和見者ばかりではあったけれども、極一部に、森の民の感化を受けて克己(こっき)の精神に溢れる一団があり、その気風は速やかに元から村にいた若者の一部にも伝染した。

 中でも、ブライア・ペシュメル……はて、本当にあの伝説の四騎士の一角(いっかく)、雷光バジウッド・ペシュメルの血筋なのだろうか?……という(よわい)二十(はたち)と少しの若者は、森にあっても人間、亜人を問わず、一芸を有した者には進んで教えを乞うことを常としていたらしく、何かのきっかけでジョウンの来歴を知るや「是非とも帝国古来の気風をご教示いただきたい!」と仲間を連れて押しかけてきた。

 

 ブライアたちは帝国軍団(ライヒスレギオン)の復興を期していたわけでは決してなく、むしろ彼らが知りたがったのは、土木工事など、たくさんの人間が協業しないと為せない仕事の段取りや差配だ。彼らは森の民の薫陶を受けて、一騎当千にはほど遠いもののそれなりに屈強な個人ではあった。

 一方で、森の文化は根本的に組織化の発想を欠いていて、銘々がやれることをやって補いあうを基本としており、特に力仕事はそれを得意とする大型亜人が独壇場とするところで、人間種の出る幕はなかった。ブライアたちはそこに自覚があったので、改めて人間種中心の社会に参画するにあたり、ジョウンが有するところの、個々の小さな力を結集して単純合計よりも大きな力を引き出すことを旨とする軍団の経験に、高い価値を見出したのである。

 

 こうして集まった有志三十余名、加えて大鬼(オーガ)ゲオルグソンとその従兄弟ハロルドソンが、融水谷(ツィラータール)の軍団一期生、ということになった。

 もっとも彼らは戦いを目的としたわけではなく、また、元からの村の住民の一部が俄に活気だった若者たちに警戒感を示したこともあり、敢えて自らを軍団(レギオン)であるとか帝国騎士(ライヒスリッター)であるといった、過去からの伝統に連なる名で呼ばなかった。

 我々は、自分たちの(さと)において、第一義的には個人では容易に為せない大仕事を請け負うため、二義的に外的な脅威から郷を守るために(つど)った有志である、という意味合いを込めて、いつからか郷士(ランクツネヒト)と称するようになった。

 

 この他に、旧時代と比較してなされた画期に、女性の参画、というものがある。

 元から村は人手が不足気味だったので、決して強いられたものでこそないが日々の野良仕事で図らずも男勝りに鍛えられた娘たちは少なからずいた。その一部は気勢をあげたブライアたちに賛同し、流石に古来軍団は男性のみから成った伝統を知るジョウンは最初のうちこそ躊躇いを見せたものの、結局は折れてこれを受け入れた。

 

「……面白いことになったもんだ。」

 

 と、ジョウン・カタラクトは、形ばかりの閲兵を終えて、鍬や鋤を矛代わりに振るいながら、隊列行動の鍛錬をやっている若者たちを眺めている。

 

親方(マイスター)!」

 

 そんな彼に声をかけてきたのは、大災厄以前からの同僚の一人だ。

 エンリネの能力値(パラメータ)を垣間見たアインズの視線からすれば銘々誤差の範囲でしかなかろうが、ジョウンが指揮統率の才を有していたのに対し、(いま)声をかけてきた男は腕っぷしではジョウンに(まさ)ったが単細胞な人物だ。特に上下関係があるわけではなく、互いを認め合っているがゆえに以前からの呼び方がそのまま続いているだけで、流石に彼はジョウンに対して、司令官(インペラトール)であるとか皇帝(ジルクニフ)であるといった大袈裟な呼び方はしない。

 

「あぁ、戻って来たか。ご苦労さん。」

 

 先にエンリネから告げられた忠告に素直に従い、この半年の(あいだ)ジョウンは廃品回収隊をカイゼルシュタット廃墟に送るのを()めていたが、もうほとぼりも冷めたろう、という思いと、若い郷士(ランツクネヒト)たちにそれなりの装備を与えてやりたい、という願い、加えて、そもそもこの話が塵の滝(シュタウプバッハ)の連中とキーノ・インベルン一党が廃材を独占すべく吹聴している話ではないかとの疑いを(いだ)いていたのも手伝って、昔からの子飼いの部下に再訪を命じたものだ。

 もっとも、カイゼルシュタットに何者か……彼らは知る由もないが一時隠形(おんぎょう)()いていた鳩摩羅天(カーティケア)ブルーであろう……があったことはこの男自身が経験して知っているので、そこは避けて、敢えてもう一日足を伸ばして街道跡を北に進んだ宿場町を訪ねたものである。

 

「首尾はどうだった?」

 

「いくらか使い物になりそうな屑鉄は持ち帰ったんだが……」

 

と男は言葉尻を濁す。

 

「……何かあったか?」

 

 この男と長い付き合いのジョウンは、すぐに意を察して仔細を尋ねた。

 

「それが……妙なものがあったんだ。」

 

と語る男の話は次の通り。

 

 第一に、町の外れに目新しい爆発痕があったこと。男自身は、大災厄以前に知り合いの魔法詠唱者が虎の子の<火球(ファイアボール)>で作って見せたそれに見覚えがあるが規模はその比ではなく、どうやったらあんなものが作れるのか想像も及ばない、と言う。

 第二に、それに怖気て立ち去ろうか、とも考えたが、しばし町の気配を伺って何者もないようなのでそのまま立ち入り、思った通り誰にも会わないので安心して廃材集めをやったのだが、その最中に奇妙なものを見つけた、と言うのである。

 

一言(ひとこと)で言えば石碑、ということになるんだが、これが恐ろしく形が整っていて。」

 

 一面の石塊(いしくれ)の中に、ほぼ正確に垂直屹立していて被った土埃も僅か、極最近に設置されたものに違いなく、少なくとも大災厄以前に遡るものであろうはずはない。そもそも大災厄は、こうした形の整ったものを一切地上に残さなかった。

 それ自体は一見して御影石(グラナイト)の一枚板のように見えたが、先の爆発痕同様に、どうやったらこんなものが作れるのかと首を傾げるほどに四角四面に切り揃えられ表面は鏡のように磨き上げられたもので、そこに文字らしきものが彫られていたのだが、これもまた判で押したように整った書体でありつつも、まったく読めない未知の文字だった、とのこと。

 

「気になったから、ひょっとしたら森の出身者に読める者がいるかも、と思って、炭の粉を振って羊皮紙に写し取ってきたんだ。」

 

「見せてくれるか?」

 

 ジョウンは男が懐に仕舞い込んでいた羊皮紙を開いて目を通してみるが、確かにそれが文字であることは疑いあるまいが、まったく知らない文字だ。

 

「おーい!」

 

 ジョウンは隊列行動の訓練を続ける郷士(ランツクネヒト)たちに声をかけ、皆を集める。

 男が考えたように、森の出身者たちに「これが読めるか?」と羊皮紙を示して見せたが、誰一人としてそれを読み取れる者はなかった。

 

 読み取れる者などあろうはずはない。

 そこに書かれていたのは、以下の<現実(リアル)>の日本語だったからだ。

 

水晶の夜(クリスタルナイツ)よりアインズ・ウール・ゴウンへ告ぐ。

 ご厚意に多謝。いずれ戦場(いくさば)にて相見(あいまみ)えんと乞い願う。

               水晶の夜(クリスタルナイツ)ギルド長 クリフ>

 

 

                    *

 

 

「……ややこしいことになった。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 いつものように至高の主をナザリックの三賢者(トリニティ)が取り囲んでいる。

 

「そう……でしょうか、父上?」

 

 うんざりした口調のアインズの一言で始まった協議に疑念の第一声を返したのはパンドラズ・アクター。

 

「ややこしく……ないか?」

 

「この布告は、平文(ひらぶん)で御座いました。」

 

とアルベドが割り込む。

 彼らもまたジョウン・カタラクト同様に、パンドラズ・アクターとルーシェンの傀儡となったNPC、ジュリーが会見した町で石碑を発見し、その文面をどう理解するか、について議論していた。

 

「……だから?」

 

 アインズのこの気のない問いに、アルベドは怜悧に応じた。

 

「我らがそうしたように、ギルド秘密鍵による暗号化をおこなえるのは、ギルド武器を扱える者、すなわちギルド長のみで御座います。」

 

「もちろん、そんなことはわかっている。」

 

 アインズの懸念はそこではない様子だ。

 

「アインズ様のおっしゃりたいことはわかります。」

 

と、やはり無闇矢鱈と愉快げなデミウルゴス。

 

「アルベドの申す通り、平文(ひらぶん)による布告がなされたことは、ギルド武器を扱える者、すなわちギルド長であるクリフの復活はならなかったこと、を直接的には意味しましょう。が、仮にクリフの復活がなったとして、かの者には敢えて平文(ひらぶん)でこの布告を発することが可能で御座いますな、実際にこうしてなされたように。」

 

「しかし、それでは自身の復活の証明にならんのはクリフなる者も承知でしょう。ましてや知性の振り切っ(カンストし)たルーシェンなるNPCが傍らにあればなおのこと。」

 

 すかさずパンドラズ・アクターが異議を唱えたが、デミウルゴスは涼しい顔だ。

 

「それはパンドラズ・アクターの言う通り。

 だが、そもそも彼らには復活を証明する動機がない。」

 

「……確かに、そこはデミウルゴスの言う通りね。」

 

 たちまちに意を察したアルベドが同意を示す。

 

(わたくし)たちがユグドラシル金貨五億枚を以て依頼したのは、ユグドラシル時代に<現実(リアル)>で世を儚んだプレイヤーの復活が今この世界で叶うか(いな)かの実験とその結果の報告であって、形式上は彼らはそれを果たしたことにはなるけれども、それをどう解釈するかは我々の(せき)に帰する……と言ったところかしら。」

 

 ここに至ってパンドラズ・アクターも意味するところを理解する。

 

「なるほど。文面を文字通り読めばクリフの復活はなった、と解釈できましょうし、暗号化がなされていないことはそれがならなかったことを示している、とも考えられますな。

 我らに対する意趣返し……と言ったところでしょうか?」

 

「話はそう単純ではないだろう。」

 

と、アインズ。

 

「まず、皆の見解を確認しておきたい。

 クリフの復活がなった、と思う者は挙手を。」

 

 この問いかけに応じる者はない。

 

「では、ならなかった、と思う者は。」

 

 パンドラズ・アクター、アルベド、デミウルゴスの順に手が上がり、最後にアインズ自身が手をあげた。

 

「そりゃそうだわな。」

 

とアインズは(わら)う。

 

「ユグドラシルにおいて……厳密に言えばユグドラシルのプレイヤー、NPCにとって、死、は状態(ステータス)異常の一種でしかない。つまるところ、HP(生命力)(ゼロ)である、ただそれだけだ。」

 

 自分自身に言い聞かせるかのように、アインズは皆ももちろん承知しているところを語り続けた。

 

HP(生命力)(ゼロ)でなければ、それが正の方向であれ()の方向であれ然るべき回復手段があるが、一旦(ゼロ)に至ったそれに回復をおこなうには、<蘇生(リザレクション)>によって死の状態の解除をしなければならない。事前課金によるギルド拠点からの再出撃(リスポーン)は、装備の一部の遺失(ドロップ)を引き起こす以外はこれに準じる。

 <真なる死(トゥルーデス)>は、この死の状態をさらに固定化するもので、これは一旦死んだプレイヤーやNPCが一定時間そのまま捨て置かれて肉体(アバター)が失われた場合も同様だ。この場合、さらに上位の<真なる蘇生(トゥルーリザレクション)>を以てその状態を含めて解除せねばならない。すべての状態を正常化し得るギルド拠点での金貨五億枚を投じての復活も、これに準じるものだ。

 もう一歩進んで消失(ロスト)、すなわちその者が存在したという情報(データ)そのものが失われた場合、いかなる手段を用いても復活は叶わない。一般的に、はな。」

 

 それを可能にする世界級(ワールド)アイテムの存在を知るアインズは、思わせぶりな語尾を添えたが、これは目下は本題ではない。三人の知の下僕(しもべ)も、そこは承知しているのでさらりと聞き流した。

 

「クリフ……厳密に言えば名も知らぬその()()()が<現実(リアル)>で死んだとき、普通に考えればユグドラシルプレイヤーであるクリフの状態(ステータス)は未ログインだ。ゲーム中に突然死したのだとしても、一定時間入力を失ったプレイヤーは警告の後に自動ログオフされ、肉体(アバター)はギルド拠点に強制送還されて保護される。

 つまり、ユグドラシルのサービス終了時点で、クリフの中の人は死んでいたのだろうが、クリフの状態が死であった、ということはない。そして、死の状態にないプレイヤーに<真なる蘇生(トゥルーリザレクション)>を施そうが、金貨五億枚を投じようが何も起ころうはずはない。それらの措置が解除すべき状態(ステータス)異常がクリフには生じてはいないからだ。

 未ログイン状態のプレイヤーを強制的にログインさせる手段……は、ユグドラシル側にはない。そんなことが可能なのであれば、ユグドラシル時代のオレがやっていただろう。」

 

 最後の(くだり)にアルベドが一瞬腰を浮かせたが、それに気づいたアインズがすぐさま骨の片手を差し出してこれを制し「わかってるから!大丈夫だから!自虐冗談(ジョーク)だから!」と笑って見せたので、アルベドもにこりと微笑んで席についた。

 

「つまり。

 ツアーは疑っていたようだが、そんなことが叶わないことは、オレたちにとっては自明だった。」

 

 これは、今回の作戦発動時点からアインズと三賢者のうちで揺るぎなく合議されていたことではあった。

 

 水晶の夜(クリスタルナイツ)に対し、<現実(リアル)>で死んだ彼らのギルド長の復活を資金を与えた上で使嗾はするが、それが叶わないことは、相手方にとっては不明でも、ナザリックにとっては(はな)からわかりきったことだ、というものである。

 では何故これが試みられたのか、と問えば、もちろんツアーが想像を巡らせたように万が一にもそれが可能であるならば知っておきたい、という思いがまったくなかったわけではないが、真に期待されていた効用は、この呼び掛けであれば、如何に高い知性を有し虚実入り混じった駆け引きをこなし得るNPCであっても決して無視はできない、と確信されていたからだ。

 敵方に油断があって、邂逅に際してギルド拠点位置、傘下のNPCの能力が把握できれば重畳。仮にそれがならなくとも、無効な復活の儀式に際し金貨がギルド拠点に無為に没収されることはないので、水晶の夜(クリスタルナイツ)には当面の拠点維持に困らない金貨が残ることになる。そうなれば、他に特に行動指針があろうはずもない彼らは、少なくとも短期的には鳴りを(ひそ)め、危惧されたトブの大森林への攻勢などということも起こらないだろう、とアインズたちは考えていた。

 

 実際、完全特定にまでは至らなかったものの、拠点の大凡の所在は絞り込まれており、敵方に脅威となる戦力が既にないことも確実視されているので、初期の目的は概ね果たされたことにはなる。

 

「だが……ルーシェンとやらがこういう返しをしてくる、というのを読み損ねたことは、正直に認めざるを得ん。」

 

 負けず嫌い、という点では、そうであると分析されたルーシェン、分析して見せたデミウルゴスに勝るとも劣らないアインズであるが、この読み損ねについては、歯噛みしつつも言葉通り素直に認めざるを得ない、と考えていた。

 

「よもやないとは思うが、万が一にもクリフの復活がなっていたとして、あいつらは我々に対する約束を果たしたことにはなるが、こちらはその真偽を確かめる(すべ)がない。

 一方で、読み通りクリフが復活していないとしても、今後オレたちは、ひょっとすると水晶の夜(クリスタルナイツ)には復活した百レベルのプレイヤーがいるかも知れない、ということを戦略、戦術上の前提として常に念頭に置くことになる。」

 

「まったくもってアインズ様の仰せの通りかとは存じますが。」

 

とデミウルゴス。

 

「そこに何の懸念が御座いましょうや。我らにはそれに対応する知恵と力が有り余って御座います。」

 

「あぁ、その通りだともデミウルゴス。オレはそんなことは問題視なんかしてないさ。」

 

 そう言いながら、アインズには他に懸念があるようだ。

 

「その動機、で御座いますね、アインズ様?」

 

 もちろんそれに既に気づいている愛妃から声がかかる。

 

「そういうことだ。

 ルーシェン、とやらが、敢えてこういう手を打った理由はなんだ?

 パンドラの言う通り、ただの意趣返しであるなら、それはそれで構わない。それでルーシェンが満足して終わりであるなら、な。」

 

「父上は……そうお考えではないのですな?」

 

「遺憾ながらその通りだ。」

 

 息子の問いに、アインズは簡易玉座に深く座り直し、骨の腕を胸の前に苦々しく組む。

 そしてこう告げた。

 

()()()()()がこれをするのは、次なる闘争の予告、しかあり得ん。」

 

 この(あるじ)の言葉に、アルベド、パンドラズ・アクターは、確かに仰せの通り、ややこしいこと、になりましたなと言わんばかりに深い溜息をついてみせたが、ただ一人デミウルゴスだけは、元からニヤついていた表情に、さらに歓喜の笑みを加えた。

 

「流石で御座います、アインズ様!」

 

 あぁ……おまえはそうだよな。

 

「すべてはアインズ様の思惑通り、まさに端倪すべからざる、という言葉がお似合いで御座います。」

 

 この作戦に、おまえが手放しに賛成だった時点で、嫌な予感はしてたんだよ。

 

水晶の夜(クリスタルナイツ)の思考を巧みに誘導し、好敵手(ライバル)としてここしばらくアインズ様の無聊を慰める役目を申し付けるの計、見事に図に当たりましたな!」

 

 その発言の、オレ、の部分をおまえ、に置き換えたらまさにその通りだろうよ。

 

 っつーか、おまえ!

 この作戦を評して、敵方から我らに挑む動機を奪う神慮の策、とか言ってなかったかーーー?

 

「必ずしもオレは、闘争を望んでいるわけじゃない。

 無用な戦いは、ないに越したことはないさ。」

 

 無駄を覚悟で気のない様子でそういうアインズに、デミウルゴスは、

 

「またまた、ご冗談を!」

 

(おど)けて見せた。

 

「すべては我らが至高の主、大魔王アインズ・ウール・ゴウン様の思し召しのままに!」

 

 やはりそうなんだろうか。

 オレは、無用な戦いなどしたくはない、面倒臭い、などと取り繕いながらも、デミウルゴス級の知性を有するNPCとの闘争を、実は心の底で望んでいるんだろうか。それを看破しているデミウルゴスは、だからこそこうやってオレがそこに陥るように、本人の主観としては()()で導いているんだろうか。

 

 だが、既に賽は投げられてしまった。

 結果的に、ルーシェンに対する(あるじ)の命を賭けての挑発は……。

 

 ……成就してしまったのだ。

 

「……ややこしいことになった。」

 

 再びアインズは深い溜息をつき、アルベドとパンドラズ・アクターの冷たい視線がデミウルゴスに注がれるも、注がれた本人にはまったくそれを気にする様子はなかった。

 

 

                    *

 

 

「……閣下?」

「いかがなされましたか、将軍閣下?」

「どこかお具合でも悪いので、閣下?」

 

 ジューゲーム、ゴトー、フリニゲの小鬼(ゴブリン)三勇士が敬愛する将軍閣下、こと、<森の大使(アンバサダー)>の頭目(リーダー)、エンリネの前後を行ったり来たりしながらそう呼び掛けたが、問われている本人は何やら考え事をしている様子で、そのまま黙々と歩き続けていて反応がない。

 

「「「閣下ッ!」」」

 

「……え!

 あ、ごめん。考え事しちゃってたわ。

 ナニ?何かあった?」

 

 小鬼(ゴブリン)たちからすると、帰還事業最後の移民団三百余名を護衛して移動中であるにも関わらずエンリネが考え事に耽って声がけに応じない、というのもさることながら、常ならばたちまちに「ソレ、()めてくれない!」と応じる閣下呼びに返しがないことの(ほう)が不安だ。

 

「いえ、ギンさんもいますし殿(しんがり)にはダンベルグの旦那たちもおいでなんで(あやま)ちはない、ったー思いますがね。エンリネの(あね)さんがあんまりぼーっとなさっているもんで流石に気になりまして。」

 

とゴトー。

 

「何か……心配事でもおありなんですかい?」

 

 ジューゲームが発した問いはまさに真を衝いてはいたのだが、真正直なエンリネであってもそこが誤魔化せないほどに馬鹿正直ではなかった。

 

「いや大丈夫、ごめんね心配かけて。

 これで帰還事業も最後か、と思うと、ちょっと感慨深くなっちゃって……それで考え込んじゃってただけだから!」

 

 融水谷(ツィラータール)へ最初の移民団が発してから一年弱。

 キーノ・インベルンからもたらされた生き残り村の地図を頼りに受け入れ先の交渉はトントン拍子に進み、以降はほぼ月にニ団の進捗(ペース)で森から移民団が進発することになった。途中からはエンリネ自身も移民団の護衛に加わった。谷への第二団はその中でもかなり早い時期に催されたため、エンリネは参加することは叶わず、ためにブライア・ペシュメルとの再会はならなかった。

 

 もっとも、ブライアの側はともかく、エンリネの眼中に特にブライアは意識されていないのであるが。

 

 そして遂に今回が最後の移民団であり、半ばお祭り気分も手伝って竜牙(ドラゴンタスク)族長ダンベルグ自身が護衛に名乗りを上げる、などという前代未聞(サプライズ)を伴ってもいるのであるが、彼とて族長となる以前は部族の通過儀礼として、まだ大災厄で失われる以前の大陸諸都市を旅人として訪ねた経験がある者だ。誰にも語られはしなかっただろうが、自身の眼でその痕跡を確認しておきたい、という思いもあったのかも知れない。

 森の民の目指したところは、難民に新たな自立の場を提供すること、ただそれだけであり、森から追い出すことが企図されていたわけでは決してないので、およそ三千人いた難民のうち移民団として森を去ったのは二千七百と少し、といったところになった。

 残る三百人前後は、ブライア・ペシュメルがそうであったように、少なからず森の民としての流儀を自ら身につけ、そのまま森の民と同化することを望んだ者たち、ということになる。その中には少なからず、既に旧カルネ村に定住している者との婚姻、友人関係等があってそうしたものもあった。

 とまれ、帰還事業は発案されてから二年、という短期で完遂されたことになるが、そこに感慨を覚えている、とジューゲームに応えたエンリネの言葉それ自体は決して嘘ではないものの、実際にエンリネの脳裏を占めている関心事はそれではない。

 

 最初の移民団が谷へ到着した直後、帰還事業の発起人であり、エンリネに対してのみ、死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン、この世界の守護者を趣味で気取るただのおっさん、と、わかったようなわからないような名乗りを告げた、森の民の呼ぶところの、先生、と<伝言(メッセージ)>越しに交わした会話の意味するところを、今一度彼女は考えていた。

 先生から森の民に対して別れが告げられたことは、ダンベルグを始めとする森の民の指導者たちに伝えている。彼らもまた、エンリネが予感していたように、遅かれ早かれ先生は我々の元から去っていくだろう、と予期していた者がほとんどで、これに対しては誰からも驚きも違和感も表明されなかった。

 加えて、先生から警告されたところの、先生に恨みを(いだ)いた触れ得ざる者がトブの大森林を狙う可能性について、エンリネは言葉のままに皆に伝えることを躊躇い少し自己流の味付け(アレンジ)を加えた。

 

「先生はこうおっしゃいました。

 彼ら自身がおまえたちから受けた恩に(あだ)で報いることはないだろうが、難民を通じて森が存外豊かで富んでいることを知った者の中には、(よこしま)な欲望を(いだ)く者もないとは言えない。おまえたちは、そういった者たちからもたらされる脅威に備えねばならず、そしてその脅威は、おまえたちが考えているよりも大きなものになるかも知れない。

 先生は帰還事業をとても楽しまれたそうで、森の皆のことも大好きなので、後々(のちのち)に先生が悲しむことになることのないよう、しっかり自分たちを守っていって欲しい……先生はそう仰せでした。」

 

 触れ得ざる者について触れることを避けたのは、森の皆は直接にはキーノ・インベルンと言葉交わしたわけではないので、自分がキーノから感じたところはうまく伝わらないだろう、と考えたからだが、ある程度の分別を心得たものは帰還事業が結果的にそのような危険(リスク)を孕むことは覚悟の上であったようで、殊更エンリネの言に噛みつくものもなかった。

 むしろエンリネを困惑させたのは、そのように告げたエンリネに対し、蜥蜴人(リザードマン)妖巨人(トロール)大鬼(オーガ)(おさ)たちから異口同音に返された反応だった。

 

「我々は、一族(クラン)の問題については今後もそれぞれの責任において判断、対処していくが、こと森全体の安全に関わる危機については、先生が一目置いたところのエンリネ将軍の、下知に従うことを誓う。」

 

「……はぃ?」

 

 先生が全幅の信頼を寄せ、実際、帰還事業に八面六臂の大活躍を見せたエンリネを、(いにしえ)の覇王、血塗れの再来と見做す観念は、ジューゲームたちが常に「将軍閣下!」と彼女に付き従ったことも手伝って、思いの外森の民の強者(つわもの)たちの間に(ひろ)まってしまっていた。

 

 ちょっとぉ……勘弁してよぉ!

 

 エンリネは、この想像の斜め上の事態に最初こそ心の底から当惑したものであるが、先生、こと大魔法使いアインズ・ウール・ゴウンと交わした対話を顧みて、徐々に考えを整理しつつある。

 

 自分は、烏滸がましくも言い伝えられる(いにしえ)の覇王、血塗れが誓ったとされる森の民の生き方を先生に披瀝し、自らもそれに殉じるのだと大見得を切ったものだが、思えば、その当の覇王、血塗れとて、最初は自分と同じだったのではないか。

 彼女もまた、自分同様に決して当人がそれを望んだわけではなく、最初から相応の実力を伴っていたわけでもないが、それでも誰かが先頭に一人立つことを要したカルネ村の人々、森の民から彼ら皆の思いの象徴として担ぎ上げられ、いつしか彼女自身がその共同幻想に同化していったのではないか。

 

「……ややこしいことになっちゃったわ。」

 

 図らずもエンリネは、水晶の夜(クリスタルナイツ)からの予想外の反撃(カウンター)にアインズがボヤいたのと同じようなことを呟くのであるが、アインズがそうであるように、エンリネもまた、ややこしいこと、に対して怯んでいるわけでは決してない。

 むしろ、そこにこれからどう臨んでいくか、どうやって乗り越えていくか、そこに(ひそ)危険(リスク)と得られる利益(メリット)は何か。そこから逆算して、何処までならば危険(リスク)覚悟で踏み込む価値があるか、をついつい考え込んでしまっていた。

 

 がための、

 

「決して無理はしないでくださいよ、将軍閣下!」

 

 今なおエンリネが体調不良を(かか)えつつも皆を心配させぬために無理して何でもないように行軍を続けているのだ、と受け取っているフリニゲが心配そうにエンリネの顔を覗き込んでいるのだが、覗き込まれている側としては、その心根は嬉しいものの、このややこしい話を分かち合うことを小鬼(ゴブリン)三勇士に求めるつもりは毛頭なかった。

 

 すべては適材適所。

 先生が喝破してみせたように、自分はきっとこうした状況に対応し得る生得的な才に恵まれているのだろう。

 

 そのある無し、は個々人の優劣につながるものではないはずだ。

 大昔から、森の民は銘々それぞれが得意とするところをこなし、不得手とする他者を補って支え合ってきたものだ。かく言う自分も、ジューゲーム、ゴトー、フリニゲ、ギン、クルシュルの助けがあって初めてこなせることを数え上げれば両手の指では足りない。

 一方で、どうやら森の民の中にあって、まだ素直には認め難いしそれを受け入れる覚悟も完全に定まったと胸を張っては言えないが、それでも、自分だけが担える役割があるらしい、ということは、根が能天気、お気楽極楽にできているエンリネと言えども自覚せざるを得なかったのである。

 

「ほんと、大丈夫だから!

 心配させてごめんね。」

 

と無理繰りの微笑みを返したそのとき、移民団隊列の前方から、ガキンッ、と鋼鉄がぶつかり合う音が響き、続いて、おぉ!とのどよめきが聞こえてきた。

 

「ギンさんだな、あの御仁もお好きだなぁ。」

 

とジューゲームがボヤく。

 

 最後の移民団が到着しようとしている(サン)クウェールは、かつてのボウロロープ公国の東端(とうたん)、街道の通った国都リ・ボウロロープから遠く離れ、東側を険阻な谷に阻まれる僻地であることから<(めぇ)()く七日間>から生き残った村で、村の名前は大昔に当地を領した有徳の男爵に(ちな)むのだという。

 移民受け入れ交渉に際し、エンリネたちは旧ブルムラシュー公領側から無理やり踏破してそこへ至ったものだが、どう考えても云百人を引き連れて同じ道を辿ることは不可能と判じられたため、移民団は大きく西側を迂回して二十日の行程を経て当地へ至ったものだ。

 際しては、融水谷(ツィラータール)大鬼(オーガ)ゲオルグソンがあったが如く、村の用心棒を引き受ける妖巨人(トロール)があったことをエンリネは覚えている。受け入れ交渉に赴いたとき、ギンとクルシュルは他の移民団を率いていて別行動だったので、ギンからすれば(サン)クウェールの妖巨人(トロール)は初見の相手、お約束の()()()に及ぶのは想像に難くない。

 

 アレを見慣れた自分たちはともかく、移民団の連中は……ドン引きなんじゃなかろうか。

 

 ギンが勇猛果敢でありながら温厚理知的であることはエンリネのよく知るところでありつつも、同時にギンが種族の血に従って心の何処かで闘争を嗜む存在であることもまた、彼女はよく承知している。

 有事に際して森全体の総指揮官であることを期待された自分もまた、ギンに倣ってその闘争を嗜む存在となるべきだろうか。否、先生は自然体の私を認めてくれたものであろうから、今後も、奇を衒うことなく自身の心の赴くままに、仲間たちの助けのあることを信じてやっていくほかないだろう、とエンリネは決意を新たにする。

 

「にしても……。

 ややこしいことになっちゃったなぁ。」

 

 変わらずジューゲーム、ゴトー、フリニゲの小鬼(ゴブリン)三勇士から自身に注がれる心配そうな視線を感じながら、そう呟かずにはおれぬエンリネなのであった。

 

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