「今回ほど、キミを羨ましいと思ったことはない。」
大陸北西遥か彼方、アーグランド評議国のとある
「……代わってやろうか?」
「ん?」
呆れ返った口調でアインズは言う。
「羨ましいなら代わってやろうか?
三日もナザリックの
「あぁ……そういう意味じゃない。
まぁ、それも真っ平御免なのは事実だが。」
ツアーは大きな竜の顔をぺたりと石床につけたまま気のない様子で応じた。
「記憶だよ。」
「……はぁ?」
「キミが、いろんなことをすっかり忘れ去れるのが心底羨ましい、と言っている。」
「……何があった?」
ギョロリ、と大きなツアーの目玉がアインズの
「忘れられるのが羨ましい、と言った
「聞かんことには、いったい何におまえが気落ちしてるのかさっぱりわからんからな。」
アインズが、本当に自身を気遣ってそう言ってくれていることにツアーは決して嫌な印象は
否、アインズに話せば少し楽になるだろうか?
「先にナザリック地上部で、アルベドたちを交えて語らったろう?」
ツアーが言っているのは、
「アレが……どうかしたか?」
「それじゃない。その直後の話だ。」
会議の席上、
「あの
「あぁ、それは後でセバスから聞いたから知っている。もう少し早く目を覚ましていてくれたら、オレがすっ飛んでいく必要もなかったのにな。」
「そこでボクが何を見たか……聞きたいかい?」
「……いや、ちょっと待て。」
「ボクは、セバスのことも、いささか杓子定規な癖がある、と思いはするものの、芯の通った真っ直ぐな
「あー、待て待て、ツアー!
オレは聞かない、っつーか、聞きたくないぞ!」
察しがついたアインズは大慌てでツアーを
「人型で騎乗位だったんだ。」
「ふぁーーーーーーーー!」
「またそれがエラく盛り上がっていてね……」
「
「しかも挿し入れていたのは前じゃなくて」
「オレが悪かった、間違ってた、それ以上は聞かせないでくれ!」
「……キミのその反応のお陰で少し気が晴れた。苦しみを分かち合える友がある、というのはまっこと有り難いものだ。
本題に入ろうか、アインズ。」
おまえなぁ……。
しかし、何故こういうときに限って感情抑制の神々しい緑色の光は発動しないのだろう?
とまれ、真面目な話をすれば気分も変わるだろう、と、改めてアインズはツアーと語らおうと思っていた話題へと話を進めた。
「なるほど、それはまた。」
ナザリックが
「ボクの感想としては、キミたちが試みたことは決して間違ってはいないし、むしろ流石だな、と思いはするが、見事に裏目を引いた、という感もなくはないね。」
と。
「オレ自身、結果的に余計なことをやらかした、とは思っている。」
「まぁ、為してしまったことを今更云々しても詮無いことだ。
問題は……」
「あぁ、これからどうするか、だ。」
世界最強の二人は、互いの顔を伺いあった。
最初に問うたのはアインズの方だ。
「おまえは……
うーん、とツアーが唸る。
「キミたちが考えるようにクリフなるプレイヤーの復活が叶わなかったのだとすれば、当面は何もないだろうが……何かあるとすれば、次の<百年の揺り返し>、だろうね。」
「おまえもそう思うか?」
「彼らにナザリックに伍する戦力は既にない、と見立てているのだろう?
が、幸いにして彼らは、七十余年後に新たな
「残念ながらそこは楽観視はできん。少なくともデミウルゴスはそう言っている。」
「……まさかデミウルゴスが、キミの望む決戦を演出すべく彼らに入れ知恵を?」
「縁起でもないことを言ってくれるな!
……おまえの舎弟、キーノ・インベルンだ。」
「……はぁ?」
パカリ、とツアーの大きな竜の口が
「おまえは承知していないのかも知れないが、キーノは仲間と一緒に世界のあちこちを歩き回って、在地の人間、亜人に
あいつは馬鹿じゃないから、基本的には、
このアインズの言い様はよほどツアーの関心を惹いたのか、おもむろにツアーは大きな頭を持ち上げて、両肘を着いて組んだ腕の上に乗せた。
「なるほど、キーノたちが語って歩いた相手の口を封じて歩く、なんて考えるだに馬々鹿々しいものね。」
「それだけじゃない。」
アインズは
「これまでにも、自らそこに思い至ったヤツは少なからずいた。
例えば、ギルド
「アインズ。」
唐突に、ツアーは真面目な声色でその名を呼んだ。
「ん?」
と、それまで中空を漂っていたアインズの視線がツアーに向かう。
「……楽しそうだね。」
今度はアインズの骨の口が、パカリ、と
しばしの沈黙。
「やはり……そう見えるか?」
「あぁ。」
即答された肯定に、アインズはガクリ、と肩を落とす。
「自分でも馬鹿げているのはわかってるんだ。
が、そのルーシェンとかいうNPCとガチで
「そこは敢えて否定はすまい。」
取り立ててあげつらうでもなく、ツアーはさらりとそう言った。
「ユグドラシル時代のキミ、キミたちアインズ・ウール・ゴウンが、キミたちの勇名にも関わらず戦いを挑んでくる
「ふふ。むしろオレは、おまえがオレを諌めてくれるか、と思っていたんだがな。」
「無駄なことはしない性分だ。」
ニッ、とツアーが笑う。
ハハハッ、とアインズも笑って返した後、声色を真剣なそれに戻した。
「有り体に言えば、百レベルとは言え、頭でっかちのNPC単騎などオレの敵じゃない。
ましてやオレにはナザリックの皆と、おまえ、コニーという味方がある。敵が気の毒になるほどだ。引き摺り出せさえすれば、瞬殺だ。」
「なんならボクは向こうについてあげようか?」
「冗談はよしてくれ!
……問題は、オレが余計なことをして相手の手に金貨五億枚があることだ。」
「クリフ、とやらの復活はなったはずはない、と?」
ツアーは未だ自説にこだわりがあるのか、そう問う。
「それが為るかも知れない、と考えたおまえの言には一理ある、とオレも認めてはいる。だからこそ実験を試みたんだが、それでも、ユグドラシルの仕様上、幸か不幸かそれはあり得ん。これは断言できる。」
「なるほど、問題はそうやって手を差し伸べられてもなお、
「そういうことになるな。まぁ、それもおまえの言う通り、実のところオレが暗に望んだ通りになった、と言われてしまえばそれまでだがな。」
アインズがいつになく自己否定的な言辞を弄ぶことがツアーには気にかかる。
「キミが気に病んでいるところを当ててみせよう。
ルーシェンを討ち取ったとして、金貨五億枚を投じて復活する。結果、キミの手の内を身を以て知ったルーシェンと再び対峙する羽目になる……と言ったところかな?」
「流石だよ、ツアー。
半分はそれであってる。」
ん?とツアーが身を乗り出した。
「どういう意味なんだい?」
「ヤツと差しになれば……オレは奥の手を使うつもりでいる。」
「まさかアレを?」
ツアーは、もちろん永くスレイン法国において至宝の一つとされてきた<
使用者諸共に敵を
「馬鹿を言え!」
言下にアインズはツアーの言葉を否定した。
「あんな糞を道連れにするために、オレが仲間の誰かを生贄にするわきゃないだろ!」
それはごもっとも。
「奥の手、と言ったろ。
ユグドラシル時代を含め、誰にも知られていないとっておきの切り札がある。
……知りたいか?」
語りたいのはキミだろ?とツアーは思うも、これは口に出さない。
ただ黙って頷くに際し、思わずツアーは、ゴクリ、と息を呑んだ。
同じく無言のアインズはツアーに歩み寄り、
「実はこういうことが出来る。
ごにょごにょ……」
「……えぇ!
それはまた……何と言うか……
ツアーは目をまん丸に見開いて、絞り出すようにそう呟いた。
アインズは、再びツアーから間合いを取る方向へと歩みつつ、事も無げに、
「元はユグドラシルの仕様上の
と嘯いた。
「オレ自身、ちょっとした事故でこれが自分に出来る、と気づいたときは随分と驚かされたし、これを知るキッカケになった相手……つまり最初で最後の犠牲者、ということになるが、その中の人には
「まぁ、そういうことになるんだろうね、<
そう言いつつも、ツアーの理解は必ずしも実感を伴ったものではなかった。
「オレは真正直な人間だったからな。流石にこれはマズいだろう、とクソ真面目に<運営>に
もちろんオレは以降ソレを誰にも試みなかったし、そもそもこんなことをやる理由も機会もなかった。が、今もオレの脳裏に浮かぶ行動選択肢にこの
アインズの心の奥底を覗き込むような視線でツアーが問う。
「それでルーシェン、とやらを復活不能に封殺する、と?」
「そこが問題だ。」
と、アインズ。
「<
いくら糞のようなヤツとは言え、そこまでするのは
この言葉に、ツアーは一旦は胸を撫で下ろしたが、
「だが!」
と、アインズが強い口調で続けたために再び息を呑んだ。
「知性最大の化け物に手の内を知られて復活されるくらいなら、オレは躊躇いなくやるだろう。
「……キミってやつは。
願わくは、そういう事態に至らぬことを祈るのみだ。」
「オレもそう思う。」
この一言は、鈴木悟の
アインズらしい、とツアーは思う。
がアインズは、無言のまま帰路の<
「だが残念ながら、この世界では想像し得る最悪の事態は、遅かれ早かれ起こる運命なのさ。
オレが世界を滅ぼし尽くしたようにな!」
見送るツアーは深い溜息をつきつつ、アインズと深い親交を結んだ自身の
*
大陸の東の果て、城塞都市オークネイス。
その名の通り
大陸
オークネイスの更に東方には大半の人間亜人にとって利用価値の乏しい湿地帯と遠浅がオークネイス領のほぼ倍の面積ほど海まで続いている。こういった地形上の制約もあって、オークネイスの人々は長く海洋進出の発想を持たなかった。新世界を求めて出帆した者は決して皆無ではなかったが、特に成果は報告されなかったしそもそも戻って来た者はほとんどいない。
人間、亜人の文明世界、という意味において、まさにオークネイスは東の果てなのだ。
奇縁の
もともと快適な旅路とは評し難かった大地溝帯を唯一貫く桟道は、<
一見してその様子は、ここまでに垣間見てきた大陸西部と大差はなかった。
旧バハルス帝国の習慣に由来して大陸西部で街道整備が徹底されていたのは、政治的に一元化されているか
対して、すべてがすべて、でこそないものの、カルサナス平原、というくらいだから地形分断が少ない大陸東部においては、街道は必ずしも互いに距離を隔てた都市間を繋ぐ必須要件ではなかった。方角さえ間違えなければ、いつか何処かには辿り着けたからだ。
にもかかわらず、こちらでも街道整備が
我らが大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、連合北東端の僻地に眠る
キーノたちは当初、西部同様に巨大な怪物の足跡生々しい破壊された街道痕跡に沿って移動した。が、
これがキーノの精神衛生を悪化させることを懸念したクレマンティーヌが一計を案じ、敢えて街道痕跡を離れ、カルサナス平原中央部の横断を提案した。そこには、かつて彼女たちが、触れ得ざる、の言葉を伝え、結果的に短期ながらも
そして実際、キーノたちは半人半馬の生き残りの
彼らにとってカルサナス都市国家連合は、自分たちの縄張りの正統性、不可侵性を保証するものでこそあれ、そこに積極的に関わって何かを為すようなものでは決してない。なので、彼らは驚くほどに二十年前に世界を襲った大災厄にさほど強い関心を有しておらず、ただただ自分たちの領域の保全に徹していた。
さりとて、まったく無視を決め込むほどに彼らは不義理でもなく、むしろ義理人情には厚い口だ。大災厄直後、と言える半年を経た時点で、当時の族長は五騎一組の隊を組織し、連合の諸都市に文字通り
が、かつて大陸東から出帆した冒険家同様、そのほとんどが成果なし、すなわち、都市は壊滅、生存者の気配なしと告げたのだが、長駆して東の果てへ向かった一隊のみが驚きの事実を持ち帰った。
大陸
その解釈を巡って半人半馬の部族は頭を悩ませた。
カルサナス都市国家連合が長く安定して存在したのは、逆説的ではあるが、加盟諸都市が互いに、この協約がなければ誰かが他を殲滅して平原に覇を唱えるかも知れない、という潜在的な不信感を
そのうちの一都市のみが生き残り、他が悉く滅び去っているという事実は、カルサナス都市国家連合の名の
一方で、
といったような経緯を経て、結局この、オークネイス健在、の知見に対して初めておこなわれた半人半馬の
「な……どういう、ことなんだ?コレは!」
「……コレって、アレよね?」
「骸骨!」
剣を振り上げる勇ましい
半人半馬の言葉に一縷の望みを繋ぎ、<
像は、丁度
そして今、<黒の
その巨大な像の頭部が。
見紛うことなき
オークネイスの人々は、特にキーノたちに警戒感を示すこともなく、大地溝帯の西からやって来たことを告げれば、わざわざそんな遠くからこちらの様子を知るためにやって来られるとは感心するやら呆れるやら、といった反応。
あなたたちのような永遠の
辛うじて、
「あの、都市の前に建てられた巨像は何なんだ!」
と問えば、
「二十余年前に都市を襲った大災厄に際し、
と返された。
「……なんで
「よね!どう考えても、大災厄の化け物と戦って城塞都市を守り抜ける骸骨なんて、この世界に二人も三人もいないわよね!」
「つまりこの像は!」
「「アインズ・ウール・ゴウン!」」
「……なのか?」
折った両手を左右に広げてわけわからん、の
と、さらに複雑な勘違いを積み重ねていくキーノたちなのであった。
*
目下の
彼らが自身を養うところの基幹作物となる麦、豆、芋は共有地で輪作され、乳をもたらす家畜も私有はされていない。その世話は、特に何か明確な
これを食べられるように加工する作業も、村に何箇所かある共同の
各戸で火が扱えぬわけではなく、むしろ冬季に暖を要する大陸中央山麓部では暖炉は必須の設備であるが、であるがゆえに、太古の昔から燃料となる薪の節約のために主食の調理を集約するのは、当地を含む環境を等しくする人々の間で共有されてきた生活の知恵でもある。
その他は、端的に言えば、お裾分け、によって村は回っている。たとえば多くの家が庭先で思い思いの香草や野菜、家禽を育てておりこれは私有財と見做されるが、自家で消費し切れないものは近隣の知り合いに配り歩かれるのが常だ。これは、狩りで得られた獣肉や採集で得られた果実の類も同様だ。
<
只今の村人たちは、所有する金貨の多寡ではなく、自分が村の健全な存続にどのくらい貢献できる者であるかを身を以て示す、あるいは競うことにより、生活を成り立たせている。もちろん中には少なからず、役務をこなすことなく益のみを得ようとする
こういった社会の枠組み、制度上の課題に思いを巡らせる者など、<
移住してきてすぐは、住居が不足していたこともあって志を同じくする森に育った若者たちと雑居していたが、生活が落ち着いて家屋の整備も進んだことを受けて、今はジョウンの手解きを受けて学んだ技術を活かし、小さいながらも自ら建てた
ブライアは、自分でもいささか未練がましい、とは思いつつも、ずっと憧れの対象であった森の少女エンリネへの思いもあって、具体的な次の一歩に踏み出せずにいる
「嫌な気はしないものの、困ったもんだな……。」
ジョウンから借り受けた村でも数少ない書物……幸い両親が教養のある人物だったため、彼は帝国の書き言葉を操ることが出来た……に目を通していたブライアは、不意に叩かれた戸の音に、また誰かが何か持って来たな、と席を立った。森を旅立った時分は、こんなことになろうなどとは夢にも思っていなかったことだ。
「はいはい、
と扉を
「ん……見慣れない顔だけど、誰?」
郷士への参加はあくまでも自由意志であり強制されているわけではないので、人口千五百人強の村であってもまだ面識のない同世代の男があることはさして不思議ではない。
それにしても。
とブライアは思う。
それにしても奇妙な格好だ。
こんなに光沢があって
戸口に立った男は訝しげに様子を
「あぁ、ようやく要件を満たす人に出会えた。」
と意味、意図ともに不明な言葉を漏らした。
「……知ってて訪ねてくれてんだ、とは思うけど。
俺っちは
ブライアは、躊躇いがちにそう尋ねる。
すると男は。
さらり、とこう言った!
「私の名はクリフ。
キミたちに危機あることを知らせるべく、
新2話へ続く
<次話予告>
死者の率いるギルド、
新天地
億劫のオーバーロード新2話『
そして……遂に覗き見られるナザリック女子会の真実とは!
「って言うか。人食いは、シャルティア、エントマ、とソリュシャンよね?」
「あちきも長いこと食べてはおらんのでありんす!」
「ヤりまくってそのうち阿呆ほど増えるに決まってるんスから!」
「お
三月吉日公開予定。