億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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そして事態は意外な展開を迎える。


10.異世界(ユグドラシル)からの来訪者(プレイヤー)

「今回ほど、キミを羨ましいと思ったことはない。」

 

 大陸北西遥か彼方、アーグランド評議国のとある人気(ひとけ)のない急峻な絶壁の上に聳え立つ同国永年評議員白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの居城。

 水晶の夜(クリスタルナイツ)との顛末を語らおうと訪れた我儘気ままな大魔王アインズ・ウール・ゴウンを、常ならぬどんよりと落ち込んだ様子で迎えたツアーは、開口一番そう言った。

 

「……代わってやろうか?」

 

「ん?」

 

 呆れ返った口調でアインズは言う。

 

「羨ましいなら代わってやろうか?

 三日もナザリックの(あるじ)をやったら、おまえはうんざりして二度と羨ましいだなんて言わないぞ、多分、きっと。」

 

「あぁ……そういう意味じゃない。

 まぁ、それも真っ平御免なのは事実だが。」

 

 ツアーは大きな竜の顔をぺたりと石床につけたまま気のない様子で応じた。

 

「記憶だよ。」

 

「……はぁ?」

 

「キミが、いろんなことをすっかり忘れ去れるのが心底羨ましい、と言っている。」

 

「……何があった?」

 

 ギョロリ、と大きなツアーの目玉がアインズの(ほう)へと向いた。

 

「忘れられるのが羨ましい、と言った(はな)から仔細を尋ねるのかい?」

 

「聞かんことには、いったい何におまえが気落ちしてるのかさっぱりわからんからな。」

 

 アインズが、本当に自身を気遣ってそう言ってくれていることにツアーは決して嫌な印象は(いだ)いてはいないが、それでもこの話についてだけは、余計なお節介だ、という気分もなくもない。

 

 否、アインズに話せば少し楽になるだろうか?

 

「先にナザリック地上部で、アルベドたちを交えて語らったろう?」

 

 ツアーが言っているのは、水晶の夜(クリスタルナイツ)のプレイヤー、ブルーとピンクが、ツアーの娘コニーの塒を襲った直後の三賢者会議(トリニティ)(けもの)のことだ、ということは辛うじてアインズにも理解は出来るが、そこで交わされた詳細な会話は既に記憶にない。

 

「アレが……どうかしたか?」

 

「それじゃない。その直後の話だ。」

 

 会議の席上、水晶の夜(クリスタルナイツ)にはギルド、アインズ・ウール・ゴウンに対する明確な敵意がある、と判断されたため、さらなる襲撃の可能性を覚えたツアーは、たちまちにエイヴァーシャーの森でその時点ではまだ<永い眠り>の(もと)にあった娘コニーを保護せんと飛び去った……ところまではアインズにもわかる。

 

「あの()の塒に着いてみたら、目を覚ましていた。」

 

「あぁ、それは後でセバスから聞いたから知っている。もう少し早く目を覚ましていてくれたら、オレがすっ飛んでいく必要もなかったのにな。」

 

「そこでボクが何を見たか……聞きたいかい?」

 

「……いや、ちょっと待て。」

 

「ボクは、セバスのことも、いささか杓子定規な癖がある、と思いはするものの、芯の通った真っ直ぐな(おとこ)だ、と評価しているから、別に構いはしないんだけれども……」

 

「あー、待て待て、ツアー!

 オレは聞かない、っつーか、聞きたくないぞ!」

 

 察しがついたアインズは大慌てでツアーを()めようとしたが、手遅れだった。

 

「人型で騎乗位だったんだ。」

 

ふぁーーーーーーーー!

 

「またそれがエラく盛り上がっていてね……」

 

()めだ、()めだ、と言うか、()めてくれ、ツアー!」

 

「しかも挿し入れていたのは前じゃなくて」

「オレが悪かった、間違ってた、それ以上は聞かせないでくれ!」

 

「……キミのその反応のお陰で少し気が晴れた。苦しみを分かち合える友がある、というのはまっこと有り難いものだ。

 本題に入ろうか、アインズ。」

 

 おまえなぁ……。

 しかし、何故こういうときに限って感情抑制の神々しい緑色の光は発動しないのだろう?

 

 とまれ、真面目な話をすれば気分も変わるだろう、と、改めてアインズはツアーと語らおうと思っていた話題へと話を進めた。

 

「なるほど、それはまた。」

 

 ナザリックが水晶の夜(クリスタルナイツ)に何を試みたのか、それに彼らがどう応じたのか、一連の話を聞き終えたツアーはまずそう言った。

 

「ボクの感想としては、キミたちが試みたことは決して間違ってはいないし、むしろ流石だな、と思いはするが、見事に裏目を引いた、という感もなくはないね。」

 

と。

 

「オレ自身、結果的に余計なことをやらかした、とは思っている。」

 

「まぁ、為してしまったことを今更云々しても詮無いことだ。

 問題は……」

 

「あぁ、これからどうするか、だ。」

 

 世界最強の二人は、互いの顔を伺いあった。

 最初に問うたのはアインズの方だ。

 

「おまえは……水晶の夜(クリスタルナイツ)の次の一手をどう読む?」

 

 うーん、とツアーが唸る。

 

「キミたちが考えるようにクリフなるプレイヤーの復活が叶わなかったのだとすれば、当面は何もないだろうが……何かあるとすれば、次の<百年の揺り返し>、だろうね。」

 

「おまえもそう思うか?」

 

「彼らにナザリックに伍する戦力は既にない、と見立てているのだろう?

 水晶の夜(クリスタルナイツ)がユグドラシル以来の、アインズ・ウール・ゴウンと戦いたい、という意思を今も宿していて、そのギルド長がユグドラシル時代から傭兵を招く指向を有していたのであればなおのことだ。

 が、幸いにして彼らは、七十余年後に新たな来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が現れることを知るまい。」

 

「残念ながらそこは楽観視はできん。少なくともデミウルゴスはそう言っている。」

 

「……まさかデミウルゴスが、キミの望む決戦を演出すべく彼らに入れ知恵を?」

 

「縁起でもないことを言ってくれるな!

 ……おまえの舎弟、キーノ・インベルンだ。」

 

「……はぁ?」

 

 パカリ、とツアーの大きな竜の口が(ひら)く。

 

「おまえは承知していないのかも知れないが、キーノは仲間と一緒に世界のあちこちを歩き回って、在地の人間、亜人に来訪者(ユグドラシルプレイヤー)、連中の言葉を借りれば、触れ得ざる者、についてそれに備えさせるべく語り歩いている。

 あいつは馬鹿じゃないから、基本的には、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)を舐めてかかるな、疑わしいとき、ヤバいときは迷わず逃げろ、さりとて真摯に向かい合って通じ合えぬでもない、といった常識的なところを説いているようで、オレもそれは決して間違った行為だとは思っていないが、その中には当然のことながら来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の現れる時宜(タイミング)についての知識も少なからず含まれるだろう。これが原住民を通して水晶の夜(クリスタルナイツ)に伝わる可能性はある。」

 

 このアインズの言い様はよほどツアーの関心を惹いたのか、おもむろにツアーは大きな頭を持ち上げて、両肘を着いて組んだ腕の上に乗せた。

 

「なるほど、キーノたちが語って歩いた相手の口を封じて歩く、なんて考えるだに馬々鹿々しいものね。」

 

「それだけじゃない。」

 

 アインズは所持品(インベントリ)から自身の個人書付(メモ)を取り出し、ちらちらとそれに目を走らせながら続けた。

 

「これまでにも、自らそこに思い至ったヤツは少なからずいた。

 例えば、ギルド光輝(ルミナス)の有村とかいうのは、アルベドが女子雑談(ガールズトーク)が楽しかった、と言っていたから頭が切れる女だったはずだが、オレたちがこの世界にあって、過去にオレたちに殲滅されたと思しきギルド拠点遺構が存在するという事実のみから、周期までには思い至らないものの<百年の揺り返し>の概略に自らたどり着いて見せたらしい。

 水晶の夜(クリスタルナイツ)を指揮するNPCルーシェンがアルベド、デミウルゴス級の知性を備えているのはここまでの駆け引きから明らかだから、キーノがばら撒いた知識に巡り合わなくとも自ら同様の理解に至る、というのはないとは言えんだろうな。」

 

「アインズ。」

 

 唐突に、ツアーは真面目な声色でその名を呼んだ。

 

「ん?」

 

と、それまで中空を漂っていたアインズの視線がツアーに向かう。

 

「……楽しそうだね。」

 

 今度はアインズの骨の口が、パカリ、と(ひら)いた。

 しばしの沈黙。

 

「やはり……そう見えるか?」

「あぁ。」

 

 即答された肯定に、アインズはガクリ、と肩を落とす。

 

「自分でも馬鹿げているのはわかってるんだ。

 が、そのルーシェンとかいうNPCとガチで()り合ってみたい、と思っている自分がいるのは否定できん。」

 

「そこは敢えて否定はすまい。」

 

 取り立ててあげつらうでもなく、ツアーはさらりとそう言った。

 

「ユグドラシル時代のキミ、キミたちアインズ・ウール・ゴウンが、キミたちの勇名にも関わらず戦いを挑んでくる(もの)たちを返り討ちにすることを心底楽しんでいたことは承知している。キミもまた、そういった記憶に縛られる存在ではあるのだろう。水晶の夜(クリスタルナイツ)もまた、そうであるように。」

 

「ふふ。むしろオレは、おまえがオレを諌めてくれるか、と思っていたんだがな。」

 

「無駄なことはしない性分だ。」

 

 ニッ、とツアーが笑う。

 ハハハッ、とアインズも笑って返した後、声色を真剣なそれに戻した。

 

「有り体に言えば、百レベルとは言え、頭でっかちのNPC単騎などオレの敵じゃない。

 ましてやオレにはナザリックの皆と、おまえ、コニーという味方がある。敵が気の毒になるほどだ。引き摺り出せさえすれば、瞬殺だ。」

 

「なんならボクは向こうについてあげようか?」

 

「冗談はよしてくれ!

 ……問題は、オレが余計なことをして相手の手に金貨五億枚があることだ。」

 

「クリフ、とやらの復活はなったはずはない、と?」

 

 ツアーは未だ自説にこだわりがあるのか、そう問う。

 

「それが為るかも知れない、と考えたおまえの言には一理ある、とオレも認めてはいる。だからこそ実験を試みたんだが、それでも、ユグドラシルの仕様上、幸か不幸かそれはあり得ん。これは断言できる。」

 

「なるほど、問題はそうやって手を差し伸べられてもなお、水晶の夜(クリスタルナイツ)がキミに対する戦意を失わなかったこと、なのだね?」

 

「そういうことになるな。まぁ、それもおまえの言う通り、実のところオレが暗に望んだ通りになった、と言われてしまえばそれまでだがな。」

 

 アインズがいつになく自己否定的な言辞を弄ぶことがツアーには気にかかる。

 

「キミが気に病んでいるところを当ててみせよう。

 ルーシェンを討ち取ったとして、金貨五億枚を投じて復活する。結果、キミの手の内を身を以て知ったルーシェンと再び対峙する羽目になる……と言ったところかな?」

 

「流石だよ、ツアー。

 半分はそれであってる。」

 

 ん?とツアーが身を乗り出した。

 

「どういう意味なんだい?」

 

「ヤツと差しになれば……オレは奥の手を使うつもりでいる。」

 

「まさかアレを?」

 

 ツアーは、もちろん永くスレイン法国において至宝の一つとされてきた<聖者殺しの槍(ロンギヌス)>の存在を知っている。

 使用者諸共に敵を消失(ロスト)へ追いやる究極の自爆兵器は、所有する法国の思想的な危うさも手伝って常にツアーの懸念の一つであった。これをアインズが既に手中に収めていると知らされたときは深く安堵したものだが、それは、アインズには物騒極まりないそれを使う動機などない、と考えていたからだ。

 

「馬鹿を言え!」

 

 言下にアインズはツアーの言葉を否定した。

 

「あんな糞を道連れにするために、オレが仲間の誰かを生贄にするわきゃないだろ!」

 

 それはごもっとも。

 

「奥の手、と言ったろ。

 ユグドラシル時代を含め、誰にも知られていないとっておきの切り札がある。

 

 ……知りたいか?」

 

 語りたいのはキミだろ?とツアーは思うも、これは口に出さない。

 ただ黙って頷くに際し、思わずツアーは、ゴクリ、と息を呑んだ。

 

 同じく無言のアインズはツアーに歩み寄り、先程来(さきほどらい)前脚を組んでその上に頭を乗せていたツアーに、頭を下げて耳を貸せ、と仕草(ジェスチャー)で示した。ツアーは黙ってこれに従う。

 

「実はこういうことが出来る。

 ごにょごにょ……」

 

「……えぇ!

 それはまた……何と言うか……(むご)いな。」

 

 ツアーは目をまん丸に見開いて、絞り出すようにそう呟いた。

 アインズは、再びツアーから間合いを取る方向へと歩みつつ、事も無げに、

 

「元はユグドラシルの仕様上の欠陥(バグ)みたいなもんだからな。」

 

と嘯いた。

 

「オレ自身、ちょっとした事故でこれが自分に出来る、と気づいたときは随分と驚かされたし、これを知るキッカケになった相手……つまり最初で最後の犠牲者、ということになるが、その中の人には直接通話(ダイレクトコール)で丁重に詫びを入れた。まぁ、その衝撃(ショック)でそいつはユグドラシルを引退しちまったんだがな。」

 

「まぁ、そういうことになるんだろうね、<現実(リアル)>では。」

 

 そう言いつつも、ツアーの理解は必ずしも実感を伴ったものではなかった。

 

「オレは真正直な人間だったからな。流石にこれはマズいだろう、とクソ真面目に<運営>に不具合報告(バグレポート)をしたが、以降音沙汰はなかったし、オレの行動選択肢からこの技能(スキル)は消えなかった。言っちゃなんだが、ユグドラシルは無闇に欠陥(バグ)が多かったから、どう考えてもオレにしか出来ないコレへの対応優先度は低かったんだろう。よもやコレを、曲がりなりにもユグドラシル全域に名の通ったオレが好んで多用して物議を醸す、と連中も思わなかったろうしな。

 もちろんオレは以降ソレを誰にも試みなかったし、そもそもこんなことをやる理由も機会もなかった。が、今もオレの脳裏に浮かぶ行動選択肢にこの技能(スキル)は存在している。流石に試したことはないが、おまえもよく知るオレの必殺(コンボ)が使えるくらいだから、これも間違いなくこの世界で仕様通りに発動するはずだ。」

 

 アインズの心の奥底を覗き込むような視線でツアーが問う。

 

「それでルーシェン、とやらを復活不能に封殺する、と?」

 

「そこが問題だ。」

 

 と、アインズ。

 

「<現実(リアル)>では笑い話で済んだが、ここでは文字通りそのままのことが起こるんだ。

 いくら糞のようなヤツとは言え、そこまでするのは酷過(むごす)ぎる。」

 

 この言葉に、ツアーは一旦は胸を撫で下ろしたが、

 

「だが!」

 

と、アインズが強い口調で続けたために再び息を呑んだ。

 

「知性最大の化け物に手の内を知られて復活されるくらいなら、オレは躊躇いなくやるだろう。

 (つら)いのは長くて半年だ、どうせ忘れる。」

 

「……キミってやつは。

 願わくは、そういう事態に至らぬことを祈るのみだ。」

 

「オレもそう思う。」

 

 この一言は、鈴木悟の()の声色で発せられた。

 アインズらしい、とツアーは思う。

 

 がアインズは、無言のまま帰路の<転移門(ゲート)>を開き、そこへ身を投じる直前に振り返って、常の大魔王(ぜん)とした口調でこう言った。

 

「だが残念ながら、この世界では想像し得る最悪の事態は、遅かれ早かれ起こる運命なのさ。

 オレが世界を滅ぼし尽くしたようにな!」

 

 見送るツアーは深い溜息をつきつつ、アインズと深い親交を結んだ自身の(せき)が、否応なく重みを増したことを感じていた。

 

 

                    *

 

 

 大陸の東の果て、城塞都市オークネイス。

 

 その名の通り豚鬼(オーク)が取り仕切る城塞都市と衛星町村から成る共和制都市国家だが、実際の住民の割合は豚鬼五、人間種三、その他の亜人種ニといったところで、国政の中核を豚鬼が占めているのは事実だが、これは種族分断が為されている、というよりは、長くカルサナス都市国家連合下では加盟各領域において、それぞれの領域の最多数派種族が領域の(まつりごと)(せき)を担って当然、の観念が通用していたことによる。

 大陸西端(せいたん)、アベリオン丘陵の豚鬼の部族が狩猟採集を中心に暮らしていたのに対し、最東端(さいとうたん)オークネイスの豚鬼たちは商工業に秀でた才を示した。この事実を以てそもそも両者は外見が似るだけで先祖(ルーツ)(こと)にするのではないかと論じる者もあったが、それ以前に、この両極端な生活様式を営む豚鬼の間には距離的隔絶から交流可能性がまったくないので、これが問題視されたことは歴史上一度たりともなかった。

 オークネイスの更に東方には大半の人間亜人にとって利用価値の乏しい湿地帯と遠浅がオークネイス領のほぼ倍の面積ほど海まで続いている。こういった地形上の制約もあって、オークネイスの人々は長く海洋進出の発想を持たなかった。新世界を求めて出帆した者は決して皆無ではなかったが、特に成果は報告されなかったしそもそも戻って来た者はほとんどいない。

 

 人間、亜人の文明世界、という意味において、まさにオークネイスは東の果てなのだ。

 

 

 

 奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン率いる<黒の百合(ゆり)>は、偶然にも邂逅したトブの大森林の覇王エンリネ率いる<森の大使(アンバサダー)>と別れた(のち)、一旦探索の依頼者である塵の滝(シュタウプバッハ)村へ戻って義理を果たし、村人の助力も得て再びの大地溝帯越えを試みた。

 もともと快適な旅路とは評し難かった大地溝帯を唯一貫く桟道は、<(めぇ)()く七日間>によってものの見事に破壊され尽くしていてその踏破は困難を極めたが、それでも一ヶ月後には彼女たちは広大なカルサナス平原を望む大地溝帯東側出口に至った。

 

 一見してその様子は、ここまでに垣間見てきた大陸西部と大差はなかった。

 

 旧バハルス帝国の習慣に由来して大陸西部で街道整備が徹底されていたのは、政治的に一元化されているか(いな)かは別にして、街、町、村は街道で繋がっていて当然であり、それこそが交わるにせよ争うにせよあるべき姿であると根強く観念されていたからだ。

 対して、すべてがすべて、でこそないものの、カルサナス平原、というくらいだから地形分断が少ない大陸東部においては、街道は必ずしも互いに距離を隔てた都市間を繋ぐ必須要件ではなかった。方角さえ間違えなければ、いつか何処かには辿り着けたからだ。

 にもかかわらず、こちらでも街道整備が(おろそ)かにされなかったのは、カルサナス都市国家連合成立以来、街道は連合諸都市間の信義を象徴する存在であり、これに分断が生じることはすなわち義絶を想起させ、途切れた街道の向こう側でこちら側を不利たらしめる謀議が為されているのではないか、との疑心暗鬼を生じさせるものであったからだ。

 我らが大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、連合北東端の僻地に眠る来訪者(ユグドラシルプレイヤー)エドモン・ウェルズの遺産、<翻訳の神秘>の保護のため意図的につながる街道を破壊したが、これが問題視されなかったのは、偏にそれが既に常用されなくなって久しい旧道であったことによる。

 

 キーノたちは当初、西部同様に巨大な怪物の足跡生々しい破壊された街道痕跡に沿って移動した。が、大方(おおかた)予想された通りではあるものの、破壊し尽くされた都市へ導かれるだけのことで、生き残り村はおろか復興の試みの兆候すら掴むことが叶わなかった。

 これがキーノの精神衛生を悪化させることを懸念したクレマンティーヌが一計を案じ、敢えて街道痕跡を離れ、カルサナス平原中央部の横断を提案した。そこには、かつて彼女たちが、触れ得ざる、の言葉を伝え、結果的に短期ながらも来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の暴発を抑制した半人半馬(セントール)を始め、都市文明化を好まない亜人種たちがかつては縄張っていたはずだ、と。

 

 そして実際、キーノたちは半人半馬の生き残りの部族(クラン)との再会を果たした。

 

 彼らにとってカルサナス都市国家連合は、自分たちの縄張りの正統性、不可侵性を保証するものでこそあれ、そこに積極的に関わって何かを為すようなものでは決してない。なので、彼らは驚くほどに二十年前に世界を襲った大災厄にさほど強い関心を有しておらず、ただただ自分たちの領域の保全に徹していた。

 さりとて、まったく無視を決め込むほどに彼らは不義理でもなく、むしろ義理人情には厚い口だ。大災厄直後、と言える半年を経た時点で、当時の族長は五騎一組の隊を組織し、連合の諸都市に文字通り()()として走らせていた。何があったのかを知ること、そして、万が一救援を必要としている都市があるのであれば、そこへ部族を挙げて馳せ参じるため、である。

 が、かつて大陸東から出帆した冒険家同様、そのほとんどが成果なし、すなわち、都市は壊滅、生存者の気配なしと告げたのだが、長駆して東の果てへ向かった一隊のみが驚きの事実を持ち帰った。

 

 大陸東端(とうたん)、城塞都市オークネイス健在!

 

 その解釈を巡って半人半馬の部族は頭を悩ませた。

 カルサナス都市国家連合が長く安定して存在したのは、逆説的ではあるが、加盟諸都市が互いに、この協約がなければ誰かが他を殲滅して平原に覇を唱えるかも知れない、という潜在的な不信感を(いだ)き続けていたがためだ、ということは、牧歌的な暮らしを営む半人半馬たちといえども理解はしていた。

 そのうちの一都市のみが生き残り、他が悉く滅び去っているという事実は、カルサナス都市国家連合の名の(もと)に永きに渡って封じられていた忌まわしい禁忌(タブー)が、遂に現実のものとなったことを連想させた。以て、不義理を誅伐すべくオークネイスへ向けて部族を挙げて進撃すべし、と主張する若者たちも少なからずあったのだと言う。

 一方で、豚鬼(オーク)と直接の情誼を有する一部の者にとって、確かに彼ら豚鬼(オーク)は、種族特性として利に目聡く日和見主義者な一面もあって決して好ましい連中ではないものの、さりとて、このような破滅的な手段で連合諸都市を滅ぼし尽くすような猛者(もさ)では決してない、のも明らかだった。仮にそういう意図があったとして、彼らであれば、多額の融資をしてその利子で以て相手を封じ込めるとか、褒め殺しておいて自身に都合のよい話を通すとか、そういうケチ臭い手段が用いられるはずだ、と言われれば、暴発しかけた者たちも(ほこ)(おさ)めざるを得ず、そもそも大災厄の破壊が東から、ではなく、西から波及していったらしいことにも気づいている者は気づいていた。

 

 といったような経緯を経て、結局この、オークネイス健在、の知見に対して初めておこなわれた半人半馬の対処(リアクション)は、それを、二十年を経て西からやってきた四人組の旅人、<黒の百合(ゆり)>に告げること、になったのである。

 

「な……どういう、ことなんだ?コレは!」

「……コレって、アレよね?」

「骸骨!」

 剣を振り上げる勇ましい身振り(ジェスチャー)

 

 半人半馬の言葉に一縷の望みを繋ぎ、<(めぇ)()く七日間>を生き延びた文明を求めて東の果てに至ったキーノたちが見たものは、まるで何事もなかったかのように以前通りの威容を示す城塞都市オークネイスと、その手前に、西に向かって立ち尽くす身の丈三十メートルはあろう真新しい巨大な像だった。

 

 像は、丁度(いま)クゥイナが真似しているような勇ましい姿勢(ポーズ)で細身の剣を振り上げており、像から見て後背に当たる城塞都市オークネイスを西からやって来る何者かから守ろうとしているように見える。優美な造りの全身甲冑を(まと)っており、胸甲には巨大な宝玉が埋め込まれているような細微な彫刻が施されていた。

 

 そして今、<黒の百合(ゆり)>の四人、皆をぽかーんと呆れさせているのは。

 

 その巨大な像の頭部が。

 見紛うことなき髑髏(しゃれこうべ)であったことだ。

 

 オークネイスの人々は、特にキーノたちに警戒感を示すこともなく、大地溝帯の西からやって来たことを告げれば、わざわざそんな遠くからこちらの様子を知るためにやって来られるとは感心するやら呆れるやら、といった反応。

 あなたたちのような永遠の(とき)彷徨(さまよ)(びと)であれば(つゆ)知らず、当面は航続距離と採算の問題から、大地溝帯を越えての交易など望めようはずもなし。さりとて我らオークネイスの(たみ)は、来訪される旅人は何者であれ歓迎いたしますでしょうよ、皆様もどうぞごゆるりと、と言われてしまえば肩透かしを食らった(てい)で二の句が継げなかった。

 

 辛うじて、

 

「あの、都市の前に建てられた巨像は何なんだ!」

 

と問えば、

 

「二十余年前に都市を襲った大災厄に際し、数多(あまた)の眷属を引き連れ、百余体の魔物の前に立ちはだかって我らと我らがオークネイスを守り抜き、そして力尽きた慈愛(あまねく)く勇猛にして果敢な真なる英雄、骸骨聖騎士(スカルホーリーナイト)様のご遺徳を偲んで建てられたもので御座います。」

 

と返された。

 

「……なんで聖騎士(ホーリーナイト)、なんてことになっているのかは意味不明だが。」

 

「よね!どう考えても、大災厄の化け物と戦って城塞都市を守り抜ける骸骨なんて、この世界に二人も三人もいないわよね!」

 

「つまりこの像は!」

 

「「アインズ・ウール・ゴウン!」」

 

「……なのか?」

 折った両手を左右に広げてわけわからん、の仕草(ジェスチャー)

 

 と、さらに複雑な勘違いを積み重ねていくキーノたちなのであった。

 

 

                    *

 

 

 目下の融水谷(ツィラータール)は、当の本人たちにはそんな意識はなかろうが、<現実(リアル)>で言うところの、原始共産制、とでも呼ぶべき体制下にあった。

 

 彼らが自身を養うところの基幹作物となる麦、豆、芋は共有地で輪作され、乳をもたらす家畜も私有はされていない。その世話は、特に何か明確な決め事(ルール)があるわけではないが村人(みな)が参加する共同作業であり、収穫物も共有の(くら)に収められる。

 これを食べられるように加工する作業も、村に何箇所かある共同の竈門(かまど)に数日毎に有志が(つど)っておこない、その炊煙に気づいた者が銘々立ち寄って焼き上がったパンや煮上がった粥、()った豆、(ふか)した芋を受け取って帰る。余ったものは乾燥させて救荒に備えた保存食料になったり、飼料に転じたり、と無駄はない。

 各戸で火が扱えぬわけではなく、むしろ冬季に暖を要する大陸中央山麓部では暖炉は必須の設備であるが、であるがゆえに、太古の昔から燃料となる薪の節約のために主食の調理を集約するのは、当地を含む環境を等しくする人々の間で共有されてきた生活の知恵でもある。

 その他は、端的に言えば、お裾分け、によって村は回っている。たとえば多くの家が庭先で思い思いの香草や野菜、家禽を育てておりこれは私有財と見做されるが、自家で消費し切れないものは近隣の知り合いに配り歩かれるのが常だ。これは、狩りで得られた獣肉や採集で得られた果実の類も同様だ。

 鍛冶(かじ)、建築、医療などの便宜(サービス)についても例外ではなく、それぞれ技能を有した者が頼まれごとに応じ、対する謝礼としてお裾分けを受け取っている。より稀で特殊な技能を有する者ほどもて囃され村全体に対して影響力を発揮するに至るのは至極自然な物の道理で、ジョウン・カタラクトが歓呼を以て総司令官(インペラトール)に推されたのも、彼がその経歴に従って、多くの村人にとって縁のない集団統率の技術を身につけていることが、誰の目にも明らかであったことによる。

 

 <(めぇ)()く七日間>以前、旧バハルス帝国に由来する共和制城塞都市の緩やかな経済連合圏に組み込まれていた村ではもちろん公金貨が通用しており、今も数百枚のそれが現存してはいるが、貨幣経済自体は大災厄以降は有名無実化してしまった。

 只今の村人たちは、所有する金貨の多寡ではなく、自分が村の健全な存続にどのくらい貢献できる者であるかを身を以て示す、あるいは競うことにより、生活を成り立たせている。もちろん中には少なからず、役務をこなすことなく益のみを得ようとする穀潰し(フリーライダー)が紛れ込みもしようが、森からの移民を迎えてなお総人口が二千人に満たない当地においては、それが社会の存立を危うくするほどの問題に至ることはなかった。

 こういった社会の枠組み、制度上の課題に思いを巡らせる者など、<現実(リアル)>の古代においてもそうであったように、その渦中にあってただ日々の生活をこなす人々の中にあろうはずなどなかった。一方で、ジョウン・カタラクトが名目上のこととは言え皇帝(ジルクニフ)に準じる権威を有するものである、との推挙がおこなわれたのは、この経済体制は人口の増加に伴い何処かで破綻するものであり、自分自身がそうなるつもりは毛頭ないものの、いつか現れるであろう食料や富の搾取、独占を目論む不届き(もの)を前以て制する庇護者を、村人の誰もが本能的に求めたからであるのに違いない。

 

 郷士(ランツクネヒト)の事実上の隊長におさまったブライア・ペシュメルもまた、そういった大局的なところにまで目が及ぶ者では決してなかったが、それでも自ら望んで至ったこの新たな郷里に貢献せんと、熱い思いを抱きつつ鍛錬の日々を送っていた。

 移住してきてすぐは、住居が不足していたこともあって志を同じくする森に育った若者たちと雑居していたが、生活が落ち着いて家屋の整備も進んだことを受けて、今はジョウンの手解きを受けて学んだ技術を活かし、小さいながらも自ら建てた丸太小屋(ログハウス)に独居している。他の郷士も同様。これは適齢期を迎えつつある彼らが嫁取りを意識していたのも手伝って、のことによる。

 ブライアは、自分でもいささか未練がましい、とは思いつつも、ずっと憧れの対象であった森の少女エンリネへの思いもあって、具体的な次の一歩に踏み出せずにいる(くち)ではあったが、誰もが一目置く郷士の隊長、あるいは絶倫の人として勇名を馳せたご先祖様の血を彼もまた発現したものか、彼の丸太小屋を押しかけ女房を気取って訪れる女性は、郷士に名を連ねた娘たちを中心に少なくはなかった。

 

「嫌な気はしないものの、困ったもんだな……。」

 

 ジョウンから借り受けた村でも数少ない書物……幸い両親が教養のある人物だったため、彼は帝国の書き言葉を操ることが出来た……に目を通していたブライアは、不意に叩かれた戸の音に、また誰かが何か持って来たな、と席を立った。森を旅立った時分は、こんなことになろうなどとは夢にも思っていなかったことだ。

 

「はいはい、(いま)()けるよー。」

 

と扉を(ひら)いてみると、そこに立っていたのは予想に(たが)い、村の若い乙女ではなく、自分よりも少し若い、十代末と見える美しい容姿の細身の男性だった。

 

「ん……見慣れない顔だけど、誰?」

 

 郷士への参加はあくまでも自由意志であり強制されているわけではないので、人口千五百人強の村であってもまだ面識のない同世代の男があることはさして不思議ではない。

 

 それにしても。

 とブライアは思う。

 

 それにしても奇妙な格好だ。

 こんなに光沢があって体線(ボディライン)にぴたりと合っ(フィットし)た衣装は森でも村でも見たことがない。何なら滑稽にすら見える。

 

 戸口に立った男は訝しげに様子を(うかが)うブライアを気にするでもなく、

 

「あぁ、ようやく要件を満たす人に出会えた。」

 

と意味、意図ともに不明な言葉を漏らした。

 

「……知ってて訪ねてくれてんだ、とは思うけど。

 俺っちは郷士(ランツクネヒト)の隊長をやってるブライア・ペシュメルってんだけど……おまえさんは何処の誰だい?」

 

 ブライアは、躊躇いがちにそう尋ねる。

 すると男は。

 

 さらり、とこう言った!

 

「私の名はクリフ。

 キミたちに危機あることを知らせるべく、異世界(ユグドラシル)からやって来た者だ。」

 

 

                  新2話へ続く

 

 




<次話予告>

死者の率いるギルド、水晶の夜(クリスタルナイツ)との戦いの合間の幕間劇。
新天地融水谷(ツィラータール)を舞台に語られる、種族を(こと)にする男同士の心の交流譚。

 億劫のオーバーロード新2話『大鬼(オーガ)ゲオルグソンの悩み』

そして……遂に覗き見られるナザリック女子会の真実とは!

「って言うか。人食いは、シャルティア、エントマ、とソリュシャンよね?」
「あちきも長いこと食べてはおらんのでありんす!」
「ヤりまくってそのうち阿呆ほど増えるに決まってるんスから!」
「お(にくー)!」


三月吉日公開予定。
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