ブライア・ペシュメルには、このところ少し気になっていることがある。
大陸東方、かつてバハルス帝国と呼ばれた領域のほぼ中央を貫く中央山嶺のやや南寄り、主たる街道から
その中でも最たるものは、旧
この隊の結成に深く関わり、がために、正式に皆の歓呼を得て決まったわけではなかったがそれが自然であろうと皆に推されて、トブの大森林からの移住者ブライア・ペシュメル、この
人間、亜人を問わず、能力ある者が地位に推されるのか、はたまた地位が人を育てるのか、は一概にどちらとも言えぬ問いではあるが、ブライア・ペシュメルについては明らかに後者であり、移住直後は長く森の民の庇護を受けた難民出身である引け目もあってやや遠慮がちに振る舞っていた彼も、自分を頼りにしてくれる仲間たちの思いを受けて成長著しかった。
もっとも彼の場合、トブの森からの移住の旅の時点で既に指揮統率者としての才覚を垣間見せ、それを同じ難民の
そのようなブライアであるから、このところ
「次の休みなんだが。」
とブライアは口火を切った。
「飼ってる家禽を一羽締めよう、と思ってるんだけど、一人じゃ食べ切れなくてさ。もし暇ならご馳走するから俺っちの小屋に
食肉と卵を得るべく家禽を飼っていること、一人では食べきれないのは嘘ではないが、誘う口実としてはわざとらし過ぎるだろうか、と思わないでもなかったのだが、問われたゲオルグソンは特に気にするでもなく、
「ソレハアリガタイ!是非馳走ニナロウ!」
と陽気に応じたので、ブライアは随分と拍子抜けした気分を味わったものだ。
目下の
谷の
彼らの活動は、種々の
大陸東部では、軍団の主力と言えば重装歩兵で、
が、実際には機動力と継戦能力を欠く重装歩兵が単一兵科でその要件を満たす、などということはあり得ない。槍衾で戦場を設定する槍隊と、少なくとも五十人以上での斉射で面制圧火力支援をおこなう弓隊があって初めてその真価を発揮するものだ。大陸社会で大集団同士の会戦の機会が失われるにつれ、かつてはそうであって当たり前だ、と考えられていた軍団の編成は、<
そのような次第で、親方衆が所属していた地方都市の軍団では、実情に応じた編成、装備の改良がおこなわれていて、結果彼らが辿り着いたのは、槍衾の静止力と斬撃による殲滅力を兼ね備える
一方で、単騎で十人力を発揮する
「イイ匂イガスルナ!」
そのゲオルグソンが、刃の部分に革の覆いを
この物騒極まりない得物は彼を示す
「おぉ、来てくれたか。もうそろそろ焼き上がるところだ!」
と、ブライアは、適当な切り株をゲオルグソンのための腰掛けとして勧める。
ゲオルグソンはそれに従いながら、
「土産ダ。」
と、縄で吊った彼の顔の大きさほどある
「酒……か?」
「話シテナカッタカ。飯場デ試作サレタ蒸留酒ヲ分ケテモラッタモノダ。イケルゾ!」
だが。
あれは確か……医療用の消毒用途、じゃなかったか?
焼き上がった鴨の足を一本切り取り、これを自身の分として……彼にはこれで十分だ……残りをゲオルグソンに差し出し、
「「
二人は、くぃっ、と椀の酒を飲み干し、たちまちにブライアは顔を顰めた。
「こ、これは……随分と効くなぁ!」
「谷ノ
と、ゲオルグソンは笑った。
さもあろう!とブライアも続くが、これにゲオルグソンの
「余計なお世話かも知れないが。」
蒸留酒をチビチビやりながら、ブライアが本題を切り出したのは、ゲオルグソンが最後に残った鴨の胸郭の骨をバリバリ、と噛み砕いたときだった。
「ハロルドソンと何かあったのか?」
名残惜しそうに骨を噛み砕いていたゲオルグソンはしばし無言だったが、これを咀嚼し終え流し込むように一杯煽ってからこれに応じた。
「アァ……心配サセテイタカ。ダトシタラ、済マンナ。」
ひとまず口出しを問答無用に拒む様子がないことに、ブライアはほっとする。
「いや、詫びてもらうようなことじゃない。」
とブライアは片手を差し出して、申し訳無さそうな顔をしているゲオルグソンを制した。
「だが、もし俺っちで良ければ、事情を話してもらえば少しは気分が楽になるんじゃねーか、と思ってな。」
下手に取り繕うよりも直言した方がこの御仁には良いだろう、と考えたブライアは敢えてそう言った。幸い、ゲオルグソンに、少なくともこれをありがた迷惑と捉えている様子はない。
「聞イテクレルカ?」
「もちろんだ、俺っちたちは剣も交えた友達じゃないか!」
既に当地に定着して二十年を過ぎたゲオルグソンを無闇に恐れる村人は居ないが、それでもゲオルグソンは、多くの村人が自分と対するに際して自身の機嫌を損ねることのないよう必要以上に気を
一方でブライアは、森の民との交際経験があったがゆえであるが、武闘派亜人の流儀に従い初対面のゲオルグソンに抜刀突撃しての
ゲオルグソンはそんなブライアのことが、ただただ気に入っていた。
「実ハナ。」
悩みを聞き出すのは不可能ではなかろうが骨が折れるだろう、と考えていたブライアの予想を裏切り、ゲオルグソンは存外普通に事情を語り始めた。
が、そこにブライアの理解が及ぶか、は別問題だ。
「ハロルドソン、ニ息子ガ生マレタ。」
独身者のゲオルグソンに対し、従兄弟のハロルドソンは妻帯者で娘が一人いる、と聞いたことはあったが妻にも娘にもブライアは会ったことはない。
というのも、一般に
「それは……めでたい話、じゃないのか?」
ブライアは極自然にそう問うたが、ゲオルグソンは不愉快そうな表情を緩めない。
「ソノ、ハロルドソン、ガ言ウンダ。」
「……何と?」
「息子ニ……ゲオルグソン、ノ名ヲ継ガセル、ト!」
はーん。
ブライアはここに至って漸く陽気なゲオルグソンを無口にさせた悩み、が何であるのかわかってきた。
これも森での暮らしで学んだことになるが、大陸全土で通用する話なのかどうかまではブライアも承知してはいないが、
人間種や
対して
たとえばゲオルグソンの息子は必ずゲオルグソンだ。そして父親は、息子に名を襲名した時点でゲオルグ、と名乗るようになる。対して女性、また襲名前の男子は、少なくとも対外的に知られた個人名を持たない。これは、彼女らは対外的な交渉をすべて家長の男子に任せるので名乗る必要がないからだ、と
この名の継承こそは、言うなれば個々の
ブライアは、ジョウンから伝え聞いて、ゲオルグソンが谷の一員に加わった経緯を知っている。
ゲオルグソンが谷にやって来たのは<
僻地であるがゆえに
ゲオルグソンがジョウンにしばしば過剰な忠誠を示してみせるのは、これを深く恩義に感じたからであり、やたらと陽気に振る舞うのは、元からそういう人物だったのかも知れないが、どちらかと言えば無口で人付き合いが苦手なハロルドソンと村人の間の緩衝材たらん、と心がけてきたからなのだ。
となれば、これを、ゲオルグソンがジョウンに対してそうであるように、深く恩義に感じたハロルドソンが、自身が得た長子にゲオルグソンの名を継がしめん、と願う気持ちはわからないでもない。
一方でゲオルグソンからすると、
「モチロン俺ハ断ッタ。」
まぁ、そりゃそうだわな、とブライアは思う。
少なくともゲオルグソンにとっては、はいはいそうですか、ありがとう、と受け入れる話ではないのだろう。
「ソンナコトヲシテハ、ハロルドソン、ノ名ヲ継グ者ガイナクナルデハナイカ!
トコロガ、ハロルドソン、ハ、マダ妻ハ子ヲ産メル、ナドト言イ出シタ。妻モソレヲ望ンデイル、ト。ソンナ破廉恥ナ真似ヲ、従兄弟ノ奥方ニ強イルコトナドデキヨウカ!」
一般に、肉体頑健な
なかなかに理解し難い観念ではあるが、種族が異なればそういった辺りの倫理観も異なっていて当然だ。敢えて喩えるならば、森から共に谷へ移住して来て以降疎遠な既に五十代に至った両親が「おまえに弟が生まれたよ」と知らせてきたら、恥ずかしいから勘弁してくれ、と思うかも知れない。そんな感じ……なんだろうか?
聞き出してはみたものの、事は当人からすれば種族の誇りに関する話で、友人ではあるが種族が異なり、互いに、重なり合わぬでもないがそれでも食い違いも多い価値観の
「オマエガ、俺ノ悩ミヲ案ジテクレタコト、ニハ感謝シテイル。」
ゲオルグソンは、真摯にそう言った。その言葉に嘘はない、とブライアも感じる。
「ダガ、コレニツイテダケハ、
確かに。
自分に、悩めるゲオルグソンに何か出来る、と考えたのは思い上がりが過ぎただろうか。
「ソモソモ、血ノ繋ガラヌ者ニ名ヲ継ガセル、ナド、聞イタコトガナイ!」
……ん?
「いや、待て待て!」
「?」
思わず大きな声で叫んだブライアを、ゲオルグソンが何だ?と言わんばかりの訝しげな表情で覗き込んでいる。
「俺っちには、おまえさんとハロルドソンの間に入り込んでどうのこうの、なんてことは出来ない。それはわかってる。が、今のおまえさんの言葉は違う、と思うぞ。」
「違ウ、トハ?」
意外にもゲオルグソンには聞く耳があるらしい。
「だいたい、俺っちが今の話をすんなり理解できるのは何でだと思う?」
だが、ゲオルグソンはそこはまったく疑問には感じていない様子だった。
「トブの森で暮らしていた子どもの頃に、俺っちはいろんな人に師事して教えを乞うたんだが、その中に
「……ホウ。」
ゲオルグソンは興味津々だ。
「名をグランボルグ、と言う。」
グランボルグは、両親を失った幼少のエンリネを見守り、その悲劇についてブライアに漏らした人物でもある。
「オォ!」
と、ゲオルグソンは驚きの声を上げ、居住まいを正した。
「森ニハ、ソノヨウナ立派ナ御仁ガアッタカ!
シテ、ブライアハ、ソノ御仁カラ我等ノ襲名ニツイテ習ッタノダナ。」
「そういうことだ。」
漸く背景を
そしてこう続けた。
「意外なのはここからだ。
グランボルグの親父さんの名は、サミュエルソンなんだ。」
「……ハァ?」
ゲオルグソンの口から間抜けな声が漏れる。
「ソンナワケハ……ナイダロウ?」
「いやいや、俺っちにこんな
本人から聞いたんだよ、グランボルグ爺さんの親父さんの名はサミュエルソンだって。」
「……ワケガワカランナ。」
「俺っちもだよ。
まだ十歳だったブライアに、グランボルグは、これは自分の父にとってはいささか後ろ暗い話ではあるのだが、その父も既に故人だし構わんだろう、と前置きして語った。
グランボルグの父、サミュエルソンには若い時分に無分別だったことがあり、グランボルグも名前を聞いていない相棒と野盗の真似事をしていた頃があった。
そもそものきっかけは、
サミュエルソンはこれに味を占め、小さな町の
そんなある日。
サミュエルソンと相棒は、真っ黒な化け物、に出会った。
「ナンダ、ソノ、真ッ黒、トイウノハ?」
「俺っちに訊いてくれるな!
グランボルグ爺さんも、そうとしか聞いてないんだから。」
突然現れたそれは両手それぞれに一振りずつ、
が、そこへ颯爽と駆けつけたボルグソンが割って入り、身を挺してサミュエルソンたちを
サミュエルソンはこれを大いに悔いて改心し、トブの森の民に加わって周囲の皆に尽くす生き方を選んだ。ほどなく良縁を得て男子を設けたが、自身の名ではなく、自身に改心の機会を与えてくれた英傑の名こそ後世に残すべきだ、と考え、妻の同意も得て息子の元服に際し命の恩人ボルグソンの名を与え、自身はサミュエルソンと名乗り続けた。
そのボルグソンが自身も子を得てボルグと名を改め、孫を得て至ったのが只今のグランボルグだ、というのである。
「ハロルドソンが息子におまえさんの名を与えるのが妥当かどうか、は俺っちの
「ムムム。」
ブライアの言葉に、ゲオルグソンは考え込む様子を見せた。
「グランボルグ爺さんの親父さんがボルグソンって御仁に大層恩義を感じてた、ってのはわかるし、ハロルドソンがおまえさんに同じように恩義を感じてるのもわかる。ましてや、おまえさんとハロルドソンは親同士が姉妹の、血の繋がった従兄弟なんだろ?」
そもそもハロルドソンの嫁さんも単に子作りがしたいだけ、かも知れねーじゃねーか、と、口に出かけて、ブライアは慌てて言葉を呑み込んだ。ちょっと調子に乗って踏み込み過ぎたかも知れない。
だが、そんな彼の懸念を
「……俺トシタコトガ。
オマエサンノヨウナ
「
そりゃ、生きてきた年数じゃ俺っちよりも長命なあんたにゃ敵わないけどさ!」
そう応じてブライアもカカカ、と笑って見せる。
「イイ話ヲ聞カセテモラッタ。
グランボルグ
ゲオルグソンは顔に似合わず意外にそんなところに気遣いするんだな、とブライアは面白く感じる。
元よりこれは、森の民の
「もちろん構わないさ。」
そう応じつつ、ブライアは、この話のオチは伝えない方がよさそうだ、と考えている。
グランボルグは既に故人だが、ブライアが師事していた時点では妻に先立たれており、何かをきっかけに意気投合した、夫に夭折された
母に似て長身細身の体格でありながら、父に似て肌色浅黒く筋肉質の風変わりな
「馳走ニナッタナ!」
上機嫌にゲオルグソンは席を立った。
「ハロルドソン、ニ会ッテクル。」
「なら、酒の
ゲオルグソンが持ち込んで半分以上を自ら飲み乾した蒸留酒の
「ソレハ、オマエノ分ダ。モウヒトツアルンダヨ。ガハハッ!」
と、後ろ手を振りながらゲオルグソンは歩み去った。
思った以上にうまく事が運んだな、とブライアは胸を撫で下ろした。最終的にハロルドソンの長男がどちらの名を継ぐのか、は彼ら自身の問題でブライアが口出すことでもあるまいが、少なくともゲオルグソンがハロルドソンの申し出に気分を悪くしたまま、という事態は避けられたはずだ。
「我ながら、勝手な振舞い、ではあるわな。」
そう自嘲しつつ、ブライアは残された
自分には、
「この話……クリフはどう思うだろうか?」
一人そう呟くも、抱え込んでいる秘密、すなわち
まぁ、無理もあるまい。
あちらは本気で、この世界を再びの大災厄から守りたい、と考えているようだからな。
くぃ、っと残った酒を一気に煽って、その喉を焼く強さにブライアは激しく咳込んだ。
*
「……という話を、デミウルゴスから聞いたのでありんす。」
ナザリック地下大墳墓
概ね月に一度、守護者統括アルベドの非番に合わせて開催されるナザリック女子会に、主だった綺麗どころが集まっている。
「で。それが何なの、シャルティア?」
シニョーラ・フィオーラか、フィオーラか、アウラか、ベラか。
とまれ、アウラ一族の女性の誰かから、そう問う声があがった。
「わからんのでありんすか?
こちらの
「つまり!」
ふむふむ。
「チビ助は、
しらー。
何を言い出すかと思えばまったくくだらないことを、と皆が
「も、森の
と当代のアウラ。
「って言うか。人食いは、シャルティア、エントマ、とソリュシャンよね?」
と当代のフィオーラ。
「あちきも長いこと食べてはおらんのでありんす!」
「「そもそもワタシたち、食べたことないわよ!」」
当代フィオーラとベラが
この何の情報価値もないやりとりに生暖かい視線を送りつつ、守護者統括アルベドは、このまったく無意味な嫌味をシャルティアにさせているのが、先の至高の主による現地文明殲滅の結果、ナザリック近傍に迷い込む人間、亜人が皆無となり、これによって食人の機会を失った彼女が覚えている
いやむしろ、デミウルゴスがこの益体もない知識をシャルティアに与えたのも、同じところに思い至ったあの頼もしくもあるがいけ好かない悪魔が、シャルティアをアウラ一族を
「まぁまぁ。」
と割って入ったのは、意外なことに
「他にすることのない現地人は、ヤりまくってそのうち阿呆ほど増えるに決まってるんスから!」
ここで彼女とシャルティアの目が合い、
「「うしししし!」」
と怪しげに笑う。
「虫の交尾で盛り上がるなんて、馬鹿げてるわ。」
冷めた口調でそう突っ込むのはナーベラル・ガンマ。
これに、コホンッ、と咳払いが入る。
「
と苦言を呈したのはユリ・アルファ。
「そもそも、アウラ、マーレ一族の名の継承を定められたのはアインズ様。
これを
「その通りです……わん。」
しれっ、と隣でペストーニャ・ワンコが追従する。
「よろしいじゃないですか。」
と執り成しに入ったのはソリュシャン・イプシロン。
「シャルティアの
「お
エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ……は、特に何も考えてはいないのだろう。
ここで、突如としてカタタタッと軽快な
珍しく非番で顔を出していたシズ・デルタの手元からだ。
「私が参加した女子会の雰囲気を悪くする者は……」
明らかに銃口はシャルティアを捉えており、左右脇を同じく非番でシズについて来た忍者
さしものシャルティアも、シズの冗談に見えないその様子にドン引きだ。
「ま、待つのでありんす!
というか、どうして女子会に少年忍者がおるのでありんすか!」
「非番のシズちゃんズはシズから決して離れないのだから仕方がないでしょう。
シズも銃口を下ろして。
アルベドがそう制すると、シズとシズちゃんズは素直に矛を納めた。
何故かシズちゃんズは、
「「
などとのたまいながら、アルベドを嬉しそうに見つめ、一方のシャルティアに冷ややかな視線を浴びせる。
「……意味はわからんのにムカつくのでありんす!」
この様子にアルベドは、なかなか理想の女子会にはならないものね、と深い溜息をついたのだった。
新3話へ続く
<次話予告>
あるはずもないユグドラシル由来の兵器が目撃され、ナザリック地下大墳墓が俄に色めき立つ。
「
億劫のオーバーロード新3話『死者が
「あるいは。
よもやあるまい、と考えていた……。
クリフの復活が成っていた……かだ。」
そして訪れる悲劇の結末に涙せよ!