億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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引き続き、死者の率いるギルド水晶の夜(クリスタルナイツ)との闘争の続編を、2話全6回、三日毎の連投にてお届けします。今話は幕間劇、アインズ自身がトブの森からの移民団を導いた新天地融水谷(ツィラータール)の物語で御座います。


新2話 大鬼(オーガ)ゲオルグソンの悩み
大鬼(オーガ)ゲオルグソンの悩み


 ブライア・ペシュメルには、このところ少し気になっていることがある。

 

 大陸東方、かつてバハルス帝国と呼ばれた領域のほぼ中央を貫く中央山嶺のやや南寄り、主たる街道から()れ峰々に囲まれた盆地に位置する僻地であることから<(めぇ)()く七日間>の災厄を免れた融水谷(ツィラータール)は、トブの大森林からの帰還民およそ五百人を受け入れ、俄に活気づいている。

 その中でも最たるものは、旧帝国軍団(ライヒスレギオン)を想起させる、主に土木事業を請け負いつついざというときの集団戦闘にも対応可能な若者の組織が生まれたことだが、当人たちは自分たちを帝国時代のそれと区別するため、郷士(ランツクネヒト)、と称している。

 この隊の結成に深く関わり、がために、正式に皆の歓呼を得て決まったわけではなかったがそれが自然であろうと皆に推されて、トブの大森林からの移住者ブライア・ペシュメル、この(とき)(よわい)二十三は、三十余名からなる郷士(ランツクネヒト)の事実上の隊長を務めていた。

 

 人間、亜人を問わず、能力ある者が地位に推されるのか、はたまた地位が人を育てるのか、は一概にどちらとも言えぬ問いではあるが、ブライア・ペシュメルについては明らかに後者であり、移住直後は長く森の民の庇護を受けた難民出身である引け目もあってやや遠慮がちに振る舞っていた彼も、自分を頼りにしてくれる仲間たちの思いを受けて成長著しかった。

 もっとも彼の場合、トブの森からの移住の旅の時点で既に指揮統率者としての才覚を垣間見せ、それを同じ難民の老兵(ヴェテラン)たちからも少なからず認められていたのであるから、前者の要素もなかったわけではない。

 

 そのようなブライアであるから、このところ郷士(ランツクネヒト)の同僚であり、たちまちに戦闘の機会などあろうはずもないがそれでも部隊の最強の火力として期待される陽気な大鬼(オーガ)ゲオルグソンが、口数(くちかず)少なく落ち込み気味で、しかも傍から見る分には(じつ)の兄弟のように仲良く見えた従兄弟のハロルドソンを避けているように思われることが気がかりでならなかった。

 

「次の休みなんだが。」

 

とブライアは口火を切った。

 勤務体制(ローテーション)の都合で次の休日がゲオルグソンと(かぶ)るのは確認済みだ。

 

「飼ってる家禽を一羽締めよう、と思ってるんだけど、一人じゃ食べ切れなくてさ。もし暇ならご馳走するから俺っちの小屋に()ねーか?」

 

 食肉と卵を得るべく家禽を飼っていること、一人では食べきれないのは嘘ではないが、誘う口実としてはわざとらし過ぎるだろうか、と思わないでもなかったのだが、問われたゲオルグソンは特に気にするでもなく、

 

「ソレハアリガタイ!是非馳走ニナロウ!」

 

と陽気に応じたので、ブライアは随分と拍子抜けした気分を味わったものだ。

 

 

 

 目下の郷士(ランツクネヒト)は、ブライアを含むトブの森で自身を鍛えることに余念のなかった有志と、彼らに触発されて加わった元からの村の若者、ほぼ半々で構成されていて、村の若者のうち五人は女性だ。年齢は大鬼(オーガ)の二人を除けば二十代半ばから十代末に散らばっていて、ブライアは中央値よりやや年上。

 谷の総司令官(インペラトール)として推戴されているジョウン・カタラクトを含む四十代から五十代の軍団(レギオン)経験者らは郷士(ランツクネヒト)の一員とは見做されておらず、皆からは親方(マイスター)と呼ばれて土木作業や軍事教練の指導教官と仰がれている。

 彼らの活動は、種々の必要性(ニーズ)に応じて駆り出される土木作業が五割、谷の住人として当たり前にこなすところの農作業が三割、軍事教練が二割、といった具合になるが、やっている当人たちの意識としては、いずれもが万が一に備えての肉体の鍛錬であると捉えられており、実際、男女を問わず(みな)筋骨隆々と逞しかった。

 

 郷士(ランツクネヒト)の結成当初は銘々が得意の得物を携えていたものだが、親方衆が「それでは、いざ、のときに使い物にならん!」と異議を唱え、金属資源が乏しいこともあって揃えるのに二年の月日を要したものの、今では制式装備としての矛槍(ハルバード)に統一されている。

 大陸東部では、軍団の主力と言えば重装歩兵で、全身甲冑(プレートアーマー)大盾(ラージシールド)、古くは投槍(ピルム)(のち)小剣(ショートソード)主武装(しゅぶそう)としたものだが、これは偏に、永きに渡って帝国軍が大規模集団戦闘を前提としており、重装歩兵がその決戦殲滅戦力と見做されてきたからだった。

 が、実際には機動力と継戦能力を欠く重装歩兵が単一兵科でその要件を満たす、などということはあり得ない。槍衾で戦場を設定する槍隊と、少なくとも五十人以上での斉射で面制圧火力支援をおこなう弓隊があって初めてその真価を発揮するものだ。大陸社会で大集団同士の会戦の機会が失われるにつれ、かつてはそうであって当たり前だ、と考えられていた軍団の編成は、<(めぇ)()く七日間>の時点では形骸化して久しかった。

 そのような次第で、親方衆が所属していた地方都市の軍団では、実情に応じた編成、装備の改良がおこなわれていて、結果彼らが辿り着いたのは、槍衾の静止力と斬撃による殲滅力を兼ね備える矛槍(ハルバード)主武装(しゅぶそう)とし、機動力確保のために防具も割り切って急所のみを守る板礼鎧(セグメンタータ)鉢兜(ヘルメット)に簡略化した軽装刃鋒兵(じんぽうへい)、単一兵科への統合だった。必然的に郷士(ランツクネヒト)もこれを受け継ぐことになった。

 一方で、単騎で十人力を発揮する大鬼(オーガ)のゲオルグソン、ハロルドソンについてはもちろんこの限りではなく、銘々元々得意としていた得物、力自慢のゲオルグソンは斬馬刀(ホースチョッパー)剣技(けんぎ)に優れたハロルドソンは長剣(ロングソード)を愛用し続けている。これは体格の相違から彼らが人間種の郷士(ランツクネヒト)と隊列を組むことがそもそも想定されておらず、遊撃戦力として密集方陣(ファランクス)の両翼に立つのが妥当、と親方衆たちが判断したためだ。

 

「イイ匂イガスルナ!」

 

 そのゲオルグソンが、刃の部分に革の覆いを(かぶ)せた斬馬刀(ホースチョッパー)を肩に担いでブライアの小屋の庭先に姿を現したのは、露天で丸焼きにしていた鴨の皮がいい具合に香ばしい薫りを漂わせ始めた頃合いだった。

 この物騒極まりない得物は彼を示す標識(トレードマーク)として谷の人々からは認知されており、日常それをこれ見よがしに担いで歩いていても、最早誰も問題視することはない。

 

「おぉ、来てくれたか。もうそろそろ焼き上がるところだ!」

 

 と、ブライアは、適当な切り株をゲオルグソンのための腰掛けとして勧める。

 ゲオルグソンはそれに従いながら、

 

「土産ダ。」

 

と、縄で吊った彼の顔の大きさほどある(かめ)を差し出した。

 

「酒……か?」

 

「話シテナカッタカ。飯場デ試作サレタ蒸留酒ヲ分ケテモラッタモノダ。イケルゾ!」

 

 融水谷(ツィラータール)で酒と言えば、村を囲む斜面のうち南向きの一帯で栽培される葡萄を醸造した葡萄酒(ワイン)が定番だが、共同の調理場で余った麦、芋を醸造し、これを蒸留して酒精(アルコール)を得る試みがおこなわれていることはブライアも聞いてはいた。

 

 だが。

 あれは確か……医療用の消毒用途、じゃなかったか?

 

 焼き上がった鴨の足を一本切り取り、これを自身の分として……彼にはこれで十分だ……残りをゲオルグソンに差し出し、(かめ)から木製の椀に酒を注げば、ささやかな宴の準備が整う。

 

「「乾杯(プロージット)!」」

 

 二人は、くぃっ、と椀の酒を飲み干し、たちまちにブライアは顔を顰めた。

 

「こ、これは……随分と効くなぁ!」

 

「谷ノ葡萄酒(ワイン)ハ、悪クハナイガ、俺ニハ薄インデナ!」

 

と、ゲオルグソンは笑った。

 さもあろう!とブライアも続くが、これにゲオルグソンの調子(ペース)で付き合ったら本題に入る前に酔い潰れるな、との苦笑いだ。

 

「余計なお世話かも知れないが。」

 

 蒸留酒をチビチビやりながら、ブライアが本題を切り出したのは、ゲオルグソンが最後に残った鴨の胸郭の骨をバリバリ、と噛み砕いたときだった。

 

「ハロルドソンと何かあったのか?」

 

 名残惜しそうに骨を噛み砕いていたゲオルグソンはしばし無言だったが、これを咀嚼し終え流し込むように一杯煽ってからこれに応じた。

 

「アァ……心配サセテイタカ。ダトシタラ、済マンナ。」

 

 ひとまず口出しを問答無用に拒む様子がないことに、ブライアはほっとする。

 

「いや、詫びてもらうようなことじゃない。」

 

とブライアは片手を差し出して、申し訳無さそうな顔をしているゲオルグソンを制した。

 

「だが、もし俺っちで良ければ、事情を話してもらえば少しは気分が楽になるんじゃねーか、と思ってな。」

 

 下手に取り繕うよりも直言した方がこの御仁には良いだろう、と考えたブライアは敢えてそう言った。幸い、ゲオルグソンに、少なくともこれをありがた迷惑と捉えている様子はない。

 

「聞イテクレルカ?」

 

「もちろんだ、俺っちたちは剣も交えた友達じゃないか!」

 

 既に当地に定着して二十年を過ぎたゲオルグソンを無闇に恐れる村人は居ないが、それでもゲオルグソンは、多くの村人が自分と対するに際して自身の機嫌を損ねることのないよう必要以上に気を(つか)っていることに気づかないほど愚鈍ではない。

 一方でブライアは、森の民との交際経験があったがゆえであるが、武闘派亜人の流儀に従い初対面のゲオルグソンに抜刀突撃しての()()を試みた男で、今はともかく、当時はまったく刃が立たなかったゲオルグソンにカラリとした笑顔を浮かべて素直に「あんたにゃまだまだ敵いそうにないよ」と(こうべ)()れた潔さも兼ね備えている。

 ゲオルグソンはそんなブライアのことが、ただただ気に入っていた。

 

「実ハナ。」

 

 悩みを聞き出すのは不可能ではなかろうが骨が折れるだろう、と考えていたブライアの予想を裏切り、ゲオルグソンは存外普通に事情を語り始めた。

 が、そこにブライアの理解が及ぶか、は別問題だ。

 

「ハロルドソン、ニ息子ガ生マレタ。」

 

 独身者のゲオルグソンに対し、従兄弟のハロルドソンは妻帯者で娘が一人いる、と聞いたことはあったが妻にも娘にもブライアは会ったことはない。

 というのも、一般に大鬼(オーガ)の女性は、常に暮らす天幕(テント)の内にあって自身の家族以外の前に姿を現すことがないからだ。そういう習俗なのだ、ということは森で暮らしていた時分に伝え聞いて知っていたので、殊更ブライアはこれを奇異に思ってはいなかった。

 

「それは……めでたい話、じゃないのか?」

 

 ブライアは極自然にそう問うたが、ゲオルグソンは不愉快そうな表情を緩めない。

 

「ソノ、ハロルドソン、ガ言ウンダ。」

 

「……何と?」

 

「息子ニ……ゲオルグソン、ノ名ヲ継ガセル、ト!」

 

 はーん。

 ブライアはここに至って漸く陽気なゲオルグソンを無口にさせた悩み、が何であるのかわかってきた。

 

 これも森での暮らしで学んだことになるが、大陸全土で通用する話なのかどうかまではブライアも承知してはいないが、大鬼(オーガ)は、女性の暮らしぶりもそうだが、名前、について独特の流儀と観念を有している。

 人間種や森妖精(エルフ)妖巨人(トロール)は、所属する集団によって若干の差異もあろうが、個人名(ファーストネーム)家族姓(ファミリーネーム)から成る名を持つのが一般的だ。森の民に限って言えば、人間種は家族姓(ファミリーネーム)を用いることがいつからかなくなっていて、ブライアはエンリネのそれを聞いた憶えがない。大抵の場合それは父系のそれを引き継ぐことが多かったが、人間種の場合それは絶対ではなかったし、箔付けのための詐称も罷り通っている。一方で、森妖精(エルフ)妖巨人(トロール)は家族姓にそれぞれ独特の(こだわ)りを示した。

 対して小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)は、敬意を込めて捧げられる二つ名を除けば、個人名のみを有するのが普通だ。そして、小鬼(ゴブリン)が伝統的に男女別に通用してきた名前を適当に使い回しているように感じられるのに対し、大鬼(オーガ)のそれには明確な規則性がある。

 たとえばゲオルグソンの息子は必ずゲオルグソンだ。そして父親は、息子に名を襲名した時点でゲオルグ、と名乗るようになる。対して女性、また襲名前の男子は、少なくとも対外的に知られた個人名を持たない。これは、彼女らは対外的な交渉をすべて家長の男子に任せるので名乗る必要がないからだ、と(かい)されている。

 この名の継承こそは、言うなれば個々の大鬼(オーガ)男性が自認するところの存在理由(レゾンデートル)である、と初めて知ったときはブライアも随分と驚かされたものだが、よくよく考えてみれば、自分の両親も、本当に伝説の四騎士、雷光バジウッド・ペシュメルに連なっているのか怪しげなペシュメルの家名に随分とこだわっていたことを思えば、大鬼(オーガ)にとってはそれがこうなるのだ、と考えれば納得のいく話ではあった。

 

 ブライアは、ジョウンから伝え聞いて、ゲオルグソンが谷の一員に加わった経緯を知っている。

 

 ゲオルグソンが谷にやって来たのは<(めぇ)()く七日間>から半年ほど過ぎた時分だったらしく、その時点で身重の妻を連れた従兄弟ハロルドソンも一緒だった。ゲオルグソン自身は大災厄の際に妻子を失っており、従兄弟夫婦を連れて安住の地を求めて彷徨(さまよ)っていたが、ハロルドソン夫人の産み月が近づいて二進も三進もいかなくなり、谷の人間たちに、自身が谷の用心棒になるので従兄弟夫妻を受け入れて欲しい、と願い出たらしい。

 僻地であるがゆえに大鬼(オーガ)に馴染みのなかった谷の元からの住民たちはこれに難色を示したが、元は街の軍団暮らしで土木仕事の都合で数人の大鬼(オーガ)とも知己のあったジョウンが(あいだ)を執り成し、以てゲオルグソンたちは融水谷(ツィラータール)へ住み着くことになった。

 ゲオルグソンがジョウンにしばしば過剰な忠誠を示してみせるのは、これを深く恩義に感じたからであり、やたらと陽気に振る舞うのは、元からそういう人物だったのかも知れないが、どちらかと言えば無口で人付き合いが苦手なハロルドソンと村人の間の緩衝材たらん、と心がけてきたからなのだ。

 

 となれば、これを、ゲオルグソンがジョウンに対してそうであるように、深く恩義に感じたハロルドソンが、自身が得た長子にゲオルグソンの名を継がしめん、と願う気持ちはわからないでもない。

 一方でゲオルグソンからすると、大鬼(オーガ)の誇りとしては、従兄弟の名の継承を乗っ取るような真似は出来ない、ということになるのだろう。

 

「モチロン俺ハ断ッタ。」

 

 まぁ、そりゃそうだわな、とブライアは思う。

 少なくともゲオルグソンにとっては、はいはいそうですか、ありがとう、と受け入れる話ではないのだろう。

 

「ソンナコトヲシテハ、ハロルドソン、ノ名ヲ継グ者ガイナクナルデハナイカ!

 トコロガ、ハロルドソン、ハ、マダ妻ハ子ヲ産メル、ナドト言イ出シタ。妻モソレヲ望ンデイル、ト。ソンナ破廉恥ナ真似ヲ、従兄弟ノ奥方ニ強イルコトナドデキヨウカ!」

 

 一般に、肉体頑健な大鬼(オーガ)は乳幼児死亡率も極めて低いので、長男を得ると子作りをしなくなるのが普通だ、とは聞いていたが、少なくともゲオルグソンについては、次男を得ようとすることは極めて不道徳な行為であるらしい。継がせる名前がないと困る、という事情もあるのかも知れない。

 なかなかに理解し難い観念ではあるが、種族が異なればそういった辺りの倫理観も異なっていて当然だ。敢えて喩えるならば、森から共に谷へ移住して来て以降疎遠な既に五十代に至った両親が「おまえに弟が生まれたよ」と知らせてきたら、恥ずかしいから勘弁してくれ、と思うかも知れない。そんな感じ……なんだろうか?

 

 聞き出してはみたものの、事は当人からすれば種族の誇りに関する話で、友人ではあるが種族が異なり、互いに、重なり合わぬでもないがそれでも食い違いも多い価値観の(もと)で生きていることを認め合っている相手であればこそ、安易に口出せない問題であったことに気づき、ブライアは閉口せざるを得なかった。

 

「オマエガ、俺ノ悩ミヲ案ジテクレタコト、ニハ感謝シテイル。」

 

 ゲオルグソンは、真摯にそう言った。その言葉に嘘はない、とブライアも感じる。

 

「ダガ、コレニツイテダケハ、(とも)トハイエ、オマエノ助言ヲ求メルコトデハナイダロウ。」

 

 確かに。

 自分に、悩めるゲオルグソンに何か出来る、と考えたのは思い上がりが過ぎただろうか。

 

「ソモソモ、血ノ繋ガラヌ者ニ名ヲ継ガセル、ナド、聞イタコトガナイ!」

 

 ……ん?

 

「いや、待て待て!」

 

「?」

 

 思わず大きな声で叫んだブライアを、ゲオルグソンが何だ?と言わんばかりの訝しげな表情で覗き込んでいる。

 

「俺っちには、おまえさんとハロルドソンの間に入り込んでどうのこうの、なんてことは出来ない。それはわかってる。が、今のおまえさんの言葉は違う、と思うぞ。」

 

「違ウ、トハ?」

 

 意外にもゲオルグソンには聞く耳があるらしい。

 

「だいたい、俺っちが今の話をすんなり理解できるのは何でだと思う?」

 

 大鬼(オーガ)の名の習俗を詳しく知る人間種は、特に人間種が大半のこの谷にあってはそうはいない。

 だが、ゲオルグソンはそこはまったく疑問には感じていない様子だった。

 

「トブの森で暮らしていた子どもの頃に、俺っちはいろんな人に師事して教えを乞うたんだが、その中に大鬼(オーガ)の古老があってな。」

 

「……ホウ。」

 

 ゲオルグソンは興味津々だ。

 

「名をグランボルグ、と言う。」

 

 グランボルグは、両親を失った幼少のエンリネを見守り、その悲劇についてブライアに漏らした人物でもある。

 

「オォ!」

 

と、ゲオルグソンは驚きの声を上げ、居住まいを正した。

 大鬼(オーガ)は平均寿命に対して生殖可能年齢に至るのが遅いので、孫を得るまで存命である者はほとんどいない。その一方で、稀にあるところの既に子に名を譲り、その子がさらに子を得て名を譲った者は、自身の名の前に、グラン、と冠して古老であることを示す習慣があり、これは大鬼(オーガ)の世界では大いに尊敬されることであった。

 

「森ニハ、ソノヨウナ立派ナ御仁ガアッタカ!

 シテ、ブライアハ、ソノ御仁カラ我等ノ襲名ニツイテ習ッタノダナ。」

 

「そういうことだ。」

 

 漸く背景を(かい)したゲオルグソンにブライアは深く頷いて見せる。

 そしてこう続けた。

 

「意外なのはここからだ。

 グランボルグの親父さんの名は、サミュエルソンなんだ。」

 

「……ハァ?」

 

 ゲオルグソンの口から間抜けな声が漏れる。

 

「ソンナワケハ……ナイダロウ?」

 

「いやいや、俺っちにこんな法螺(ほら)を吹く理由なんてないだろ?

 本人から聞いたんだよ、グランボルグ爺さんの親父さんの名はサミュエルソンだって。」

 

「……ワケガワカランナ。」

 

「俺っちもだよ。大鬼(オーガ)の名の習俗を教えてくれた当の本人がその決まり事(ルール)から脱線してるんだからな。だから俺っちは、グランボルグ爺さんに理由を訊いたんだ。」

 

 

 

 まだ十歳だったブライアに、グランボルグは、これは自分の父にとってはいささか後ろ暗い話ではあるのだが、その父も既に故人だし構わんだろう、と前置きして語った。

 

 グランボルグの父、サミュエルソンには若い時分に無分別だったことがあり、グランボルグも名前を聞いていない相棒と野盗の真似事をしていた頃があった。

 そもそものきっかけは、人足(にんそく)として雇われた際に雇い主の人間が性悪で賃金を踏み倒され、これを実力行使で取り立てた経験から始まったものだが、この取り立てをお膳立ててくれた一回り年上の兄貴分が、グランボルグの名の由来につながる、その名もボルグソン、だった。

 サミュエルソンはこれに味を占め、小さな町の小金持(こがねも)ちの人間や小鬼(ゴブリン)を襲うようになった。これを知ったボルグソンは、そういう力任せの時代はもう終わったんだ、としばしばサミュエルソンたちを諌めたが、彼らはボルグソンに何やかやと釈明してその場を(しの)ぐものの、(ほとぼ)りが冷めた頃にまた同じことを繰り返してボルグソンを呆れさせた。

 

 そんなある日。

 サミュエルソンと相棒は、真っ黒な化け物、に出会った。

 

 

 

「ナンダ、ソノ、真ッ黒、トイウノハ?」

 

「俺っちに訊いてくれるな!

 グランボルグ爺さんも、そうとしか聞いてないんだから。」

 

 

 

 突然現れたそれは両手それぞれに一振りずつ、大鬼(オーガ)でも持ち上げるのに難儀しそうな大剣を掴んでいて、その姿を見た時点でサミュエルソンたちは闘志を失ってしまった。

 が、そこへ颯爽と駆けつけたボルグソンが割って入り、身を挺してサミュエルソンたちを(かば)った。無我夢中で背を向けて逃げ出したサミュエルソンたちは九死に一生を得たが、耳にこびりついて離れない、肉体が一刀両断される音を残して、それ以降、ボルグソンと出会うことはなかった。

 サミュエルソンはこれを大いに悔いて改心し、トブの森の民に加わって周囲の皆に尽くす生き方を選んだ。ほどなく良縁を得て男子を設けたが、自身の名ではなく、自身に改心の機会を与えてくれた英傑の名こそ後世に残すべきだ、と考え、妻の同意も得て息子の元服に際し命の恩人ボルグソンの名を与え、自身はサミュエルソンと名乗り続けた。

 そのボルグソンが自身も子を得てボルグと名を改め、孫を得て至ったのが只今のグランボルグだ、というのである。

 

 

 

「ハロルドソンが息子におまえさんの名を与えるのが妥当かどうか、は俺っちの口出(くちだ)すことじゃないのはわかってる。が、おまえさんの言う、血の繋がらない者に名を継がせるなんてあり得ない、というのは違う、と思うんだ。実際、俺っちが世話になったグランボルグ爺さんがそうだったんだからな。」

 

「ムムム。」

 

 ブライアの言葉に、ゲオルグソンは考え込む様子を見せた。

 

「グランボルグ爺さんの親父さんがボルグソンって御仁に大層恩義を感じてた、ってのはわかるし、ハロルドソンがおまえさんに同じように恩義を感じてるのもわかる。ましてや、おまえさんとハロルドソンは親同士が姉妹の、血の繋がった従兄弟なんだろ?」

 

 そもそもハロルドソンの嫁さんも単に子作りがしたいだけ、かも知れねーじゃねーか、と、口に出かけて、ブライアは慌てて言葉を呑み込んだ。ちょっと調子に乗って踏み込み過ぎたかも知れない。

 だが、そんな彼の懸念を余所(よそ)に、ゲオルグソンは大きな口を開いて、ガハハハハッと笑った。

 

「……俺トシタコトガ。

 オマエサンノヨウナ小童(こわっぱ)ニ、(さと)サレヨウトハナァ。」

 

小童(こわっぱ)、はないんじゃねーか。

 そりゃ、生きてきた年数じゃ俺っちよりも長命なあんたにゃ敵わないけどさ!」

 

 そう応じてブライアもカカカ、と笑って見せる。

 

「イイ話ヲ聞カセテモラッタ。

 グランボルグ(おう)ノ逸話ハ、ハロルドソン、ニ伝エテモ構ワンヨナ?」

 

 ゲオルグソンは顔に似合わず意外にそんなところに気遣いするんだな、とブライアは面白く感じる。

 元よりこれは、森の民の(あいだ)では知っている者は知っている話で、何ならグランボルグ自身が鉄板ネタとして自ら語って歩いていたものだ。

 

「もちろん構わないさ。」

 

 そう応じつつ、ブライアは、この話のオチは伝えない方がよさそうだ、と考えている。

 

 グランボルグは既に故人だが、ブライアが師事していた時点では妻に先立たれており、何かをきっかけに意気投合した、夫に夭折された森妖精(エルフ)の未亡人と暮らしていた。二人の間にはよもやよもやの混血(ハーフ)の息子があって、祖父サミュエルソンの名と母親の亡夫の姓を引き継いだのだった。

 母に似て長身細身の体格でありながら、父に似て肌色浅黒く筋肉質の風変わりな混血森妖精(ハーフエルフ)は、森では知らぬ者のいないちょっとした有名人だったのだが、彼の存在は、グランボルグを、立派ナ御仁、と評したゲオルグソンの只今の判断を狂わせかねない。

 

「馳走ニナッタナ!」

 

 上機嫌にゲオルグソンは席を立った。

 

「ハロルドソン、ニ会ッテクル。」

 

「なら、酒の(かめ)は持って行けよ。」

 

 ゲオルグソンが持ち込んで半分以上を自ら飲み乾した蒸留酒の(かめ)をブライアは指差すが、

 

「ソレハ、オマエノ分ダ。モウヒトツアルンダヨ。ガハハッ!」

 

と、後ろ手を振りながらゲオルグソンは歩み去った。

 

 思った以上にうまく事が運んだな、とブライアは胸を撫で下ろした。最終的にハロルドソンの長男がどちらの名を継ぐのか、は彼ら自身の問題でブライアが口出すことでもあるまいが、少なくともゲオルグソンがハロルドソンの申し出に気分を悪くしたまま、という事態は避けられたはずだ。

 

「我ながら、勝手な振舞い、ではあるわな。」

 

 そう自嘲しつつ、ブライアは残された(かめ)から今少し酒を注いで一煽(ひとあお)りする。

 自分には、郷士(ランツクネヒト)の仲間はおろか、谷の誰にも明かすことなく抱え込んでいる秘密があるにもかかわらず、乞われたわけでもない揉め事の仲裁に乗り出すとは、身勝手にもほどがある。

 

「この話……クリフはどう思うだろうか?」

 

 一人そう呟くも、抱え込んでいる秘密、すなわち異世界(ユグドラシル)からの来訪者クリフは、一方的に自身の知をブライアに与える存在で、彼の周辺の事情にはまるで興味関心がない様子だ。いろいろと話してはみたものの、その心を捉えられたように思ったことは一度たりともなかった。

 

 まぁ、無理もあるまい。

 あちらは本気で、この世界を再びの大災厄から守りたい、と考えているようだからな。

 

 くぃ、っと残った酒を一気に煽って、その喉を焼く強さにブライアは激しく咳込んだ。

 

 

                    *

 

 

「……という話を、デミウルゴスから聞いたのでありんす。」

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層(ジャングル)

 概ね月に一度、守護者統括アルベドの非番に合わせて開催されるナザリック女子会に、主だった綺麗どころが集まっている。

 

「で。それが何なの、シャルティア?」

 

 シニョーラ・フィオーラか、フィオーラか、アウラか、ベラか。

 とまれ、アウラ一族の女性の誰かから、そう問う声があがった。

 

「わからんのでありんすか?

 こちらの人食い鬼(オーガ)は、親父から息子、息子から孫へと、同じ名前を引き継いでいくのでありんす。」

 

 (つど)った誰もが、意気揚々と聞きかじりの知識を語るシャルティアの真意が(かい)せず首を傾げている。

 

「つまり!」

 

 ふむふむ。

 

「チビ助は、闇妖精(ダークエルフ)ではなく人食い鬼(オーガ)だ、ということなのでありんす!」

 

 しらー。

 

 何を言い出すかと思えばまったくくだらないことを、と皆が(あき)れ顔を浮かべているが、語っている本人に疑問はないらしい。

 

「も、森の大鬼(オーガ)さんたちは、人間を、た、食べなくなって久しいですよ。」

 

と当代のアウラ。

 

「って言うか。人食いは、シャルティア、エントマ、とソリュシャンよね?」

 

と当代のフィオーラ。

 

「あちきも長いこと食べてはおらんのでありんす!」

 

「「そもそもワタシたち、食べたことないわよ!」」

 

 当代フィオーラとベラが唱和す(ハモ)る。

 

 この何の情報価値もないやりとりに生暖かい視線を送りつつ、守護者統括アルベドは、このまったく無意味な嫌味をシャルティアにさせているのが、先の至高の主による現地文明殲滅の結果、ナザリック近傍に迷い込む人間、亜人が皆無となり、これによって食人の機会を失った彼女が覚えている気疲れ(ストレス)なのであるとすれば、何らかの対策が必要だろうか、などと生真面目に考えていた。

 いやむしろ、デミウルゴスがこの益体もない知識をシャルティアに与えたのも、同じところに思い至ったあの頼もしくもあるがいけ好かない悪魔が、シャルティアをアウラ一族を(まと)にしたガス抜きに誘導すべくやったことか?

 

「まぁまぁ。」

 

と割って入ったのは、意外なことに戦闘メイド(プレアデス)狼女(ワーウルフ)ルプスレギナ・ベータであった。

 

「他にすることのない現地人は、ヤりまくってそのうち阿呆ほど増えるに決まってるんスから!」

 

 ここで彼女とシャルティアの目が合い、

 

「「うしししし!」」

 

と怪しげに笑う。

 

「虫の交尾で盛り上がるなんて、馬鹿げてるわ。」

 

 冷めた口調でそう突っ込むのはナーベラル・ガンマ。

 これに、コホンッ、と咳払いが入る。

 

(ひん)のない会話に(ひん)のない茶々ね。」

 

と苦言を呈したのはユリ・アルファ。

 

「そもそも、アウラ、マーレ一族の名の継承を定められたのはアインズ様。

 これを大鬼(オーガ)(なぞら)えるなど、不敬極まりありません。」

 

「その通りです……わん。」

 

 しれっ、と隣でペストーニャ・ワンコが追従する。

 

「よろしいじゃないですか。」

 

と執り成しに入ったのはソリュシャン・イプシロン。

 

「シャルティアの戯言(たわごと)を真に受けて不敬だのなんだのと、大袈裟ですわよ。」

「お(にくー)!」

 

 エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ……は、特に何も考えてはいないのだろう。

 

 ここで、突如としてカタタタッと軽快な連続装弾(ローディング)音がする。

 珍しく非番で顔を出していたシズ・デルタの手元からだ。

 

「私が参加した女子会の雰囲気を悪くする者は……」

 

 明らかに銃口はシャルティアを捉えており、左右脇を同じく非番でシズについて来た忍者自動人形(オートマトン)シズちゃんズ3号、6号が苦無(くない)を構えて護衛(ガード)している。

 さしものシャルティアも、シズの冗談に見えないその様子にドン引きだ。

 

「ま、待つのでありんす!

 というか、どうして女子会に少年忍者がおるのでありんすか!」

 

「非番のシズちゃんズはシズから決して離れないのだから仕方がないでしょう。

 シズも銃口を下ろして。Sois sage, les enfants(いい子になさい、坊やたち)!」

 

 アルベドがそう制すると、シズとシズちゃんズは素直に矛を納めた。

 何故かシズちゃんズは、

 

「「les tétés(レテテ).」」

 

などとのたまいながら、アルベドを嬉しそうに見つめ、一方のシャルティアに冷ややかな視線を浴びせる。

 

「……意味はわからんのにムカつくのでありんす!」

 

 この様子にアルベドは、なかなか理想の女子会にはならないものね、と深い溜息をついたのだった。

 

 

                  新3話へ続く

 

 

 




<次話予告>

あるはずもないユグドラシル由来の兵器が目撃され、ナザリック地下大墳墓が俄に色めき立つ。

(わたくし)たちが未だ承知していないプレイヤーが水晶の夜(クリスタルナイツ)にあるか。」

 億劫のオーバーロード新3話『死者が機動外骨格(スーツ)でやって来る』

「あるいは。
 よもやあるまい、と考えていた……。

 クリフの復活が成っていた……かだ。」

そして訪れる悲劇の結末に涙せよ!

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