億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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死者の率いるギルド、水晶の夜(クリスタルナイツ)連作(シリーズ)の第二弾となる中編全5回で御座います。


新3話 死者が機動外骨格(スーツ)でやって来る
1.死者が機動外骨格(スーツ)でやって来る


「……はぁ?

 (いま)、何て言った!」

 

「はい……ですから機動外骨格(パワードスーツ)、と。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)執務室。

 至高の主、大魔王アインズ・ウール・ゴウンと守護者統括アルベドが特にどうということもない日常の管理運営について相談事をしているところに慌ただしく、でありながら愉快()な怪しい笑みを浮かべながら狡知の最上位悪魔(アーチデヴィル)、参謀デミウルゴスが姿を(あらわ)し、その第一声にアインズはただただ驚いた。

 

 曰く。

 ナザリックの目ニグレドの長距離探査(ロングレンジスキャン)が、ナザリックからみて東、旧バハルス帝国南東部にて、ユグドラシル後期の大規模仕様改定(バージョンアップ)、通称『ヴァルキュリアの失墜』にて追加実装されたSF風兵装機動外骨格(パワードスーツ)が、短時間ながら活動していたものを捉えた、とのこと。

 

「なんで……そんなものが?」

 

水晶の夜(クリスタルナイツ)、でしょうな。」

 

「……何だっけ、それ?」

 

 エイヴァーシャーの森のかつての森妖精(エルフ)の王の宮殿で<永い眠り>を貪っていた白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの娘、紅水晶の竜王(ローズクォーツドラゴンロード)コニーを突如襲った来訪者(プレイヤー)を撃退して五年。

 こちらの存在を察知している敵対ギルドが引き続き潜伏中、の情報は、もちろんのこと毎朝の活動開始時に流し読みする書付(メモ)復習(おさらい)を欠かさないので念頭にあるアインズだが、さりとて宿命的な記憶能力の限界を有する彼は、たちまちにはそれに対応する固有名詞を解することが困難だ。

 

「あぁ、そんな連中がいたんだっけか。」

 

 アルベドから概説(レクチャー)を受けたアインズは、強いて平静を装いつつそう応じた。

 

 想定される拠点レベル最大で四百五十、勢力としてはまったくナザリックに伍するものとは考えられていない本百年紀の来訪者、ギルド水晶の夜(クリスタルナイツ)は、でありながら、これまでに邂逅したそれとは一線を隔てる特徴を有している。

 ユグドラシルのサービス終了半年前にギルド長クリフなる人物が<現実(リアル)>で病死していた、というのがその最たるものだが、彼がユグドラシル以外のオンラインゲームから傭兵を招いてのギルド、アインズ・ウール・ゴウン攻略を目論んでいたこと、その遺児とでもいうべき振り切り(カンスト)知性を与えられたNPCルーシェンが、コニーの塒の強襲で二人の傭兵プレイヤーを捨て駒にし、それでも今なおギルドを取り仕切っているらしいことなど、いずれも前例のない話でてんこ盛りだ。

 

「<伝言(メッセージ)>!あ、パンドラ、オレだ。

 今、大丈夫ならちょっと来てくれるか……あぁ、そうだ執務室だ。」

 

 アインズは、特に理由がなければ基本的には宝物殿に籠もってすべての(もとい)となるギルド拠点維持の力の源泉、ユグドラシル金貨と、ユグドラシル時代から貯めに貯め込まれた稀有な魔法の品(マジックアイテム)の管理に従事している手づから生み出したNPC(しもべ)に招集をかけた。

 その職責上、パンドラズ・アクターは各種魔法の品(マジックアイテム)の専門家だ。アインズ自身、ユグドラシルの各種仕様には精通しているが、これに関連する想定外の事態については、NPCであるがゆえに揺るがぬ知性を発揮する助言者(アドバイザー)を傍らに置いて自身の判断に万全を期すのも、これまた石橋を叩いて渡ることを常とするアインズ・ウール・ゴウンの流儀、ということになる。

 

「お呼びとあらば、即参上ーーーッ!」

 

 くるくるくる、と回転しながら、ギルドの指輪の力で転移したパンドラズ・アクターが姿を現し、ピタ、と()まって軍帽を傾け斜に構えた得意の仕草(ポーズ)を決めるも、敢えてそちらへ視線を向ける者はない。

 

「では、三賢者会議(トリニティ)の緊急開催、と参りましょう。」

 

 三日月型の妖しげな笑みを浮かべたデミウルゴスがそう宣じ、まずアインズを一人掛けの簡易玉座に、アルベド、パンドラズ・アクターを三人掛けの寝座椅子(ソファー)へと誘った。最後に自身が着座しつつ、胸元から一枚の写真(スクリーンショット)を取り出す。

 

「若干妨害(ジャミング)の影響を受けておりますが、ニグレドが念写(ねんしゃ)したもので御座います。」

 

 最初にこれを受け取ったアインズが一瞥を与えたが、確かに鮮明でこそないものの、一目でユグドラシルの機動外骨格(パワードスーツ)と判断できる程度にはその形状が写し出されている。

 

「パンドラ、どう思う?」

 

 写真はそのままパンドラズ・アクターに手渡し(リレー)された。

 触手でこれを受け取った息子は、(はた)から見る分には黒い穴にすぎないつぶらな瞳に写真を近づけたり遠ざけたりしながら、呻吟することしばし。

 

機動外骨格(パワードスーツ)七式(マークセヴン)

 一部あるべき外付け兵装を欠いておるやに見えますが、既製品(レディメイド)隠密強襲型(ステルスアサルトタイプ)……で御座いますな。」

 

 ユグドラシル的には自動人形(オートマトン)の一種と定義される機動外骨格(パワードスーツ)は、各種能力と対応する部品(パーツ)単位で調達しての組み上げ(アセンブル)により、プレイヤーの要求(ニーズ)に応じた調製(カストマイズ)が可能だが、これは結果的に全体の費用(コスト)が高くつくので、大半のプレイヤーにとっては、一般的な用途に応じて数種提供された組み上げ済み既製品を購入するのが普通だった。

 パンドラズ・アクターは、写真のそれが品揃え(ラインナップ)の七番目に登場する傍流(マイナー)な機種であることを一目で喝破してみせたが、もちろんそんなことはユグドラシル非公式ラスボスと謳われた彼の創造主、大魔王アインズ・ウール・ゴウンも承知している。

 

「父上にとっては不愉快なこと、では御座いましょうが。」

 

と息子が一旦言葉を切ったのを受けて、アインズは話の続きを予測しつつ骨の手の平をひょいと振って続きを促した。

 

水晶の夜(クリスタルナイツ)のギルド長、クリフなる者が……。

 父上対策に調達したもの、と考えるのが自然で御座いますな。」

 

 あぁ、パンドラもそう考えるのか。

 とアインズは息を吐く。

 

 アインズ自身の死の支配者(オーバーロード)肉体(アバター)のユグドラシル戦術上の位置付けは、大火力殲滅系魔法詠唱者(マジックキャスター)、最適間合い(レンジ)は中距離だ。

 これは、基本視認した敵は持ち前の火力で皆殺しにすることを前提としており、中途半端な近接戦闘職はアインズに接近すら出来ずに撃退されることを意味している。一方で、決して反撃手段がないわけではないものの、何らかの手段で大火力防衛線を突破して肉薄する敵は、アインズにとっては苦手な相手、ということになる。

 

「父上に肉薄するに、魔法による隠形(おんぎょう)は父上の魔力と相殺されて無効であり、暗殺者(アサシン)系の技能(スキル)持ちは引き換え(バーター)に継戦能力と何より不死者(アンデッド)への対応能力を欠く場合が多いため、結局父上の魔力総量の前に押し切られます。

 対して機動外骨格(パワードスーツ)七式(マークセヴン)は、超科学によるとされる<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>相当の隠蔽(コンシール)能力を有し、これを解除する必要こそあるものの肉薄に足る瞬間速力と、父上の火力に数発(すうはつ)は耐え得る装甲を有しておりますれば、これ単騎で父上に勝てる道理は御座いませんが、クリフなる者が思い描いた対父上戦術の一部としてこれがあったとしても、決して驚くものではありません。」

 

 これもまたアインズは、パンドラズ・アクターに言われるまでもなく先刻承知で、ユグドラシル時代からこれを意識していくつかの対策はもちろん考えていた。

 が、只今のアインズは、これに対ししばしば彼がそうするように「んなもん、わかっとるわ!」といった身も蓋もない返しはしない。こと自分自身の戦術上の有利不利に関わる話題は、第三者によって客観的に語られた方が、自身の感情が混じらずに冷静に考察することが出来る、と考えているがゆえである。

 

「航続距離は如何程なのかしら?」

 

 とアルベド。

 

「既製品のままであると仮定して、隠蔽(コンシール)を維持したまま二十四時間の<飛行(フライ)>相当の巡航が可能ですので、守護者統括殿がお考えになられたところに資す情報は得られますまい。逆に、何処かに長期間潜伏して待ち受ける、といった用途にアレは向きません。動力を供給する雷電(らいでん)瓶の交換には専用の治具(じぐ)を備えた整備台を要しますので。」

 

 水晶の夜(クリスタルナイツ)のギルド拠点<蒼玉(サファイア)>のおおよそ存在し得る範囲は既に特定されているが、正確な所在は掴めていない。機動外骨格(パワードスーツ)の姿はその範囲内で捕捉されており、航続距離がそこから飛び出るに十分なことから、パンドラズ・アクターが言うようにその存在自体は拠点位置特定に資するところはなかった。

 

「対策は?」

 

 と問うたのはデミウルゴス。

 

「コレは速度と隠密性に特化した型ですので、耐久力はさほどはありません。さりとて曲がりなりにも機動外骨格(パワードスーツ)、無強化(エンハンス)の<現断(リアリティスラッシュ)>であっても最低でも五、六発は耐えましょうし、破壊したとて中身は無事で御座います。かといって<三重魔法最強化(トリプレットマキシマイズ)>しておりますと、その時間消費(コスト)の間に肉薄される恐れこれあり。

 もっとも簡単な破壊方法は、それ自身は所詮は魔法の品(マジックアイテム)に過ぎませんので、<上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)>で壊してしまうことですかな。もっともこれは、非稼働状態でのみ通用するもので御座いますが。」

 

 パンドラズ・アクターの答えるところはこれまたアインズの認識通り。アインズ自身はさらに二手、三手と考えているのだが、敢えてそれについては語らず、ここで最大の関心事を口にする。

 

「……問題は、だ。」

 

 と、アインズが言葉を切ったので、三賢者(トリニティ)の視線が至高の主に集まった。

 

「ユグドラシルの仕様上機動外骨格(パワードスーツ)は、パンドラも言ったように魔法の品(マジックアイテム)であると同時に、NPCに準じるものでもある。自我を持たない、という点ではオレたちのガルガンチュア、ルベドに近い存在ということになるが。」

 

 アインズは骨の指を立てて、こう言った。

 

「であるがゆえに、NPCはアレを装備は出来ない。」

 

「……ということは、(わたくし)たちが未だ承知していないプレイヤーが水晶の夜(クリスタルナイツ)にあるか。」

 

 と、ここでアルベドは、(あるじ)の含意を読み解こうとした言葉を切った。

 それは、言葉にするには(おぞ)ましい想像、であるように思われたからだ。

 

 がアインズは、さらり、と敢えて愛妃が口にしなかった可能性に触れた。

 

「あるいは。

 よもやあるまい、と考えていた……」

 

 苦々しい表情のアルベド。

 無表情のパンドラズ・アクター。

 無闇に楽しそうなデミウルゴス。

 

「クリフの復活が成っていた……かだ。」

 

 

                    *

 

 

「皆の歓呼を以て衆議を決したく思う。」

 

「異議あり!」

 

 ナザリックから見て東方、旧バハルス帝国領ほぼ中央南寄りの中央山嶺に位置し、水晶の夜(クリスタルナイツ)のギルド拠点<蒼玉(サファイア)>の比定地にもほぼ近い融水谷(ツィラータール)

 村の広場に少なくない村人が(つど)っていて、(みな)から推戴された名目上の村の総司令官(インペラトール)皇帝(ジルクニフ)ジョウン・カタラクトが、いくらかの演説の後に賛成の歓呼を求めたが、これに異議の声が挙がった。

 

 大陸の西方では、上位者の決定は絶対であり、同位者が複数ある場合は挙手や投票による多数決をおこなうのが正統な決議の手段である、とする観念が強かったのに対し、東方では、それが個人の推戴であれ方針の採択であれ、(つど)った有権者が歓呼することで総意と見做(みな)すを尊ぶ気風がある。

 賛否を問われた発議に対し、異論がある者は今なされたように異議を申し出、対立の論陣を張って自らへの歓呼を求めることは、決して上位者に対する無礼ではなかった。もちろん、これをおこなうにある程度の覚悟を要するのは当然のことではある。

 

 異議の声を挙げたのは、郷士(ランツクネヒト)の隊長を務めるトブの森からの移住者、ブライア・ペシュメルだった。

 

「ブライアは真っ先に賛同してくれるものか、と思っていたが。

 よろしい、皆におまえの異議を説いてくれ。」

 

 ジョウンはそう告げて、(よわい)自身の半分ほどの若者に立ち位置を譲った。

 こういった態度もまた、総司令官(インペラトール)に推戴された者に言わずもがなに求められる所作、と承知しているがゆえである。

 

「機会を与えてくれたことに感謝します、ジョウン!」

 

 ブライアは素直に謝辞を述べて、いったいこの若者は何を言い出すつもりなのだろう、と期待半分、不安半分の村人たちの前に立った。

 

「ジョウンは、これからの村の方針として、トブの大森林の民との連携を強化すべく、西へ向けての街道整備をおこなうべきだ、とおっしゃいました。

 俺っちは、そうではなくて東、大地溝帯入り口にあると聞こえる生き残り村、塵の谷(シュタウフバッハ)に向けて街道整備をおこなうべきだ、と主張します。」

 

 開口一番、彼は端的に結論を述べた。

 難民受け入れから五年、村内の環境整備の問題はあらかた片付き、食糧自給も適度な余剰を残しつつ安定してきた今、未来の世代に向けた投資をおこなっていくべきではないか、という思いは、銘々浅深の差はあれども村の皆が共有するところだった。

 皇帝(ジルクニフ)ジョウンは、そもそもの移民受け入れの時点から夢想していたトブの大森林との交易を現実化すべく、先祖伝来の土木技術を使っての西へと向かう街道整備の是非を村人に問うたものだが、ブライアは逆に東へ向かってそれをおこなうべきだ、と異議を唱えたことになる。

 

「理由はこうです。

 長く森の民の庇護を受けていた移民出身の俺っちが言うのもおかしいですが、森の民は良かれ悪かれ森の外のことに関心がありません。俺っちたちが庇護されたのは、あくまでも彼らにとって外からやって来た俺っちたちがいつまでも森にとって異分子であり続けたからで、放置すれば暴発して森に迷惑をかける恐れがあったからです。

 そして彼らはある時点で、このままこれを続けることは造作もないけれども、そうすると俺っちたち難民から自活の気力を奪って飼い殺してしまう、ということに気づいてくれました。だからこそ、いろいろとお膳立てをして俺っちたちをこの融水谷(ツィラータール)を含む生き残り村へ送り出してくれたのであって、そもそもの動機は、森の外との交流ではなく、あくまでも森の秩序の維持なんです。」

 

 たどたどしくも、でありながら理路整然としたブライアの主張に、村人たちは、元からの住人であるか移民であるかを問わず、うんうんと頷きながら耳を傾けている。

 

「トブの大森林は<(めぇ)()く七日間>にもまったく揺るぐことなく、独自の文化、生活様式を維持する大陸きっての一大勢力です。彼らとの関係強化を図る、というのは、望むと望まざるとにかかわらず、彼らの庇護を求めるってーことになります。

 一方で森の民は、とても気前が良くて親切で勇敢で聡明な人々なんですが、本質的には森の外の出来事には関心がないです。そこへ逃げ込んだ俺っちたちを彼らは匿っちゃーくれましたが、それは本当に当時の俺っちたちが進退窮まって森自身にとっての危険(リスク)と化していたからであって、自給自足成り立ち村の外への進出すら考えられるようになった今の俺っちたちとの付き合いを連中が望むか、と問えば、正直なところ向こうからすりゃ迷惑な話なんじゃないか、と思うんすよ。」

 

 次第に興奮して口調が雑になるブライアは、やおら東の方角を指さした。

 ジョウンは、存外この若造には扇動家の才もあるのかも知れない、などと考えている。

 

「帝国再興、なんて大袈裟なことを言うつもりはないんですが。

 それでも俺っちは……森の民に自立を促された俺っちだからこそ、森から受けた恩義に報じるには、谷間を繋ぐ街道を復活させ、トブの大森林の連中と拮抗する勢力を大陸東部に作っていくのが正道なんじゃねーか、と思うんです。それが成って初めて、トブの大森林の連中と対等に付き合えるんじゃねーか、って。

 生意気なことを言っちまってすいません。ご静聴ありがとうございました。」

 

「素晴らしい対立演説だった、ブライア!」

 

 半分は正直な感想として、半分は異議を申し立てた若者を受け入れる度量を示すため、ジョウンはやや大袈裟気味にブライアを褒め称えた。その微妙な機微にまでには思い至らないブライアは、言うべきことは言い尽くした、という満足感を味わいつつ頬を赤らめる。

 

「皆、どうだろうか?」

 

とジョウンが改めて村人たちに呼び掛ける。

 

「私自身、ブライアの話には考えさせられるところが多かった。

 いずれは今後の大方針について衆議を決せねばならん、と考えていたのでこういう場を設けた次第だが、それ自体は急ぐ話でもない。今日のところは、私の提案とブライアの異議を銘々持ち帰ってじっくり考えてもらって、日を改めて今一度議論する、ということにしたいと思うが?」

 

「「「総司令官に賛成(インペラトール)ッ!」」」

 

 たちまちに賛同の歓呼が巻き起こり、この日の村民会議はお開きとなった。

 

 

 

「いったいどうなるかと思ったぞ!」

「おまえは思った以上に出来る男だ!」

「オレはおまえを支持するぜ!」

「今夜、アタイを抱いてくれないかい?」

 

 思い思いに声を掛けてくる主に同世代の男女に会釈を返しながら、ブライア・ペシュメルは自宅としている丸太小屋(ログハウス)へ戻った。まだ日暮れ前だが、来客があることを嫌ってブライアは厚い窓帷(カーテン)()ろして外からの視線を遮り、夜半に備えての腹拵えに残していた煮豆を堅焼きパンに塗って頬張った。手早く食事を終えると、提灯(カンテラ)を用意して油を差す。

 一連の動作をこなしながら、ブライアは日中村人の前でおこなった自身の演説を反芻している。語った内容が自身の考えのほんの一部でしかないことに、ブライアには自覚があった。

 

 師事を求めて付き合った森の民を通し、他の難民よりも自分はより深く彼らの哲学、というべきものを理解している、とブライアは考えている。

 もちろん個人差はあるが、押し並べて森の民からは自分個人の生命であるとか財産に対する執着がほとんど感じられない。逆に彼らがもっとも重んじたのは、森の生態系が次世代へとそのままに受け継がれることで、彼らは個々人の死を悲しみはするけれども、絶対に避けるべき()(ごと)である、と考えている様子がまったくなかった。

 これは種族とは無関係に共有されている観念だ。人間種であったエンリネも、彼女を支えていた妖巨人(トロール)猛者(もさ)ギン・ガンも、取り巻きの小鬼(ゴブリン)三勇士も、概ね同じような価値観を(いだ)いている、少なくともブライアからはそう見えていた。

 逆に、融水谷(ツィラータール)郷士(ランツクネヒト)隊最強の火力となる大鬼(オーガ)ゲオルグソンはそうではない。ゲオルグソンが四半世紀前の災厄で妻子を失い、身重の妻を連れていた従兄弟のハロルドソンを保護すべく村を頼って現在に至ることをブライアは知っている。その動機は、決して難じるべきものではないが、森の民のそれに比すれば極めて利己的なものだ。

 

 このあたりに森と平地の民の認識の壁がある、とブライアは考えている。

 亜人中心、人間中心、というのは見た目に惑わされた誤った区分だ。

 

 森の民は自身を森の一部と捉え、自分自身もまた大きな循環の中で生じ消えていく泡沫(うたかた)(あわ)のようなものだ、と考えて迷いがないが、平地の民は、自分自身をあって当然の個と捉え、周囲の環境は個を存立させる足場であり、自身にはそれを(ほしいまま)に用いる権利がある、と考えている。

 この認識のずれ(ギャップ)は、互いに稀に邂逅する現在であればこそ笑い話で済むだろうが、ジョウンが夢想するような積極的な交流を始めてしまえば、遅かれ早かれ深刻な問題として先鋭化するに違いない。難民であった自分がそこに至らなかったのは、自分たちが一方的に庇護される者で、森の民の生き方に口出しするような立場でなかったからだ。そうであっても自分の両親やその取り巻きに至っては、森の民の生き方を下卑た言葉で蔑んで憚らなかったし、村で安定した生活を与えられた今は自分たちがそうであったことをすっかり忘れ去っている。まっこと愚かなことだ。

 

 だが、これもブライアにとっては東進を主張する理由の本質ではない半分、これを詳細に語ったとて村人の大半には理解できないだろう、と考えるがゆえに敢えて語らないこと、に過ぎない。

 

 最も重要なのはもう半分の方だ。

 端的に言えば、来たるべき再びの大災厄に備え、トブの大森林は最後の聖域(サンクチュアリ)でなければならない。

 

 森の民を含めて誰もこれに着目せず、さも当然のように考えて疑問すら(いだ)かないのは何故なのだろう、とブライアは常々思っているのだが、<(めぇ)()く七日間>の破壊をトブの大森林は免れたのだ。大陸の城塞都市、衛星町村が悉く滅び去ったにもかかわらず。

 彼ら森の民が、自分たちは精霊(フェアリー)に守られている、との観念を有していることにブライアは気づいていた。そして、それが単なる信仰や希望なのではなく、彼自身は出会ったことこそないものの、現実に存在する何者かであるらしいことにも。思えば、自身を含む移民を融水谷(ツィラータール)まで導いてくれた先生、その眷属も、その(たぐい)であったのかも知れない。きっとそれらが、かの大災厄から森を守り抜いたのだ。

 逆に、災厄は都市と平地の民を選択的に滅ぼしていった。破壊が街道沿いにもたらされたのが何よりの証拠だ。それと繋がっておらず、大災厄以前にはほとんど平地の民から認知されていなかった森の民は巻き込まれることを逃れたのだ、という言い方もできる。であれば、街道を森へ向けることは、再び起こる大災厄に際し、難民を保護してくれた最後の聖域(サンクチュアリ)を巻き込む危険(リスク)をいたずらに増すことを意味もしよう。

 そんなことはあってはならない。平地の民は平地の民で独立した新たな連合を形成し、来たるべき大災厄に対し、立ち向かうことは叶わずとも、何らかの備えをしていかねばならない。それでもなお再びの大災厄が破滅をもたらしたとき、改めて我々とその子孫は森の民を頼ることもあろうが、それは本当に最後の希望として温存されるべきだ。

 

 自分は、期せずしてそのことを異世界からの来訪者に教示されたのだから!

 

 ブライアは既に暗くなった部屋で提灯(カンテラ)(あか)りで机を探る。胸元から常に首に掛けて秘匿する鍵を取り出し、施錠した引き出しを(ひら)いた。中には、一見して彼には似つかわしくない精密な造りの指輪が一つ納められている。

 これを(つま)んで自身の指に嵌めたブライアは、今一度戸外の気配を伺った。誰も訪ねてくる様子はない。郷士(ランツクネヒト)の同志や自身に言い寄ってくる村娘たちに隠し事をし続けていることに後ろ暗さを覚えないでもないが、これは他ならぬ来訪者と約したことであるし、そういう使命を自身が負ってしまったからには背負い続けていかざるを得ないものなのだろう、と割り切って久しい。

 

 彼が手を指輪に翳して能力の発動を求めると、眩い光と共に禍々しい闇の穴が口(ひら)いた。

 <転移門(ゲート)>!

 

「さて、行くか。」

 

 意を決してブライアは、何処(いずこ)かへと跳ぶ。

 

 

 

 融水谷(ツィラータール)から峰を二つか三つほど越えた、人が暮らすには向かない急峻な渓谷。

 日中であっても光が差し込むか微妙な谷底に、天然の横穴が開口している。

 

 微かに届く月明かりも入らない洞窟の入り口少し奥に、突如として<転移門(ゲート)>が(ひら)かれた。そこから姿を(あらわ)したのは、片手に提灯(カンテラ)を掲げたブライア・ペシュメルである。

 

「ブライアかい?こちらへおいで。」

 

 彼が着くや否や、奥手の暗闇から彼の名を呼び招く声がする。

 洞窟の住人は(あか)りを必要とはしない存在であるのか、提灯(カンテラ)がなければブライアには足元も覚束ない闇。

 

 声に応じて奥へと進むと、

 

「今、(あか)りを()けるよ。」

 

と声がして、俄に少し広くなった空間が、パッ、と日中の野外であるかのように明るくなった。明暗の変化についていけず、ブライアは片手を翳して眩しさを遮った後、油がもったいないので慌てて提灯(カンテラ)の火を消した。

 

「まぁ、掛け給え。」

 

 自身は、ブライアには馴染のない回転椅子に腰掛けた若い男が、手を差し出してブライアを対面する寝座椅子(ソファー)へと誘った。ブライアは素直にこれに従う。

 

「今日はどこから話そうかな。」

 

 これまたブライアからすると何度見ても見慣れない光沢のある全身(タイツ)に身を包んだ十代後半の若者は、楽しそうにそう言う。

 

「前回は、万が一モモンガと対峙したらどうするか、という話までだったと思うよ。」

 

 ブライアがそういうと、若者は椅子から伸びる自在腕(アーム)に添えられた書付(メモ)に目をやり、さらにそこに何かを書き加えながら、

 

「あぁ、そうだったね。そこから始めよう。」

 

と応じた。

 

 ブライアの理解としては、若者の名はクリフ。

 五年ほど前に突然ブライアの前に(あらわ)れたクリフは、この世界に危機あることを知らせるべく異世界(ユグドラシル)からやって来た者だ、と名乗った。

 いくらブライアとは言え、唐突なこの物言いを俄に信じたわけではないが、好奇心から付き合い始めてたちまちにもたらされる知識に魅了されることになった。クリフは、ブライアが見たことも聞いたこともない不思議な、でありながら、よくよく考えればなるほど然り、と唸らされる多くの知見をブライアにもたらした。

 その一部は、少なからずブライアが郷士(ランツクネヒト)の隊長として頭角を(あらわ)した一助にもなっている。クリフの語る、人間の集団、組織というものはどういった力学で形成され、どのような理路で均衡(バランス)し、そして(ぎょ)することが叶うか、についての知識は、恐ろしく磨き上げられたもので、何なら森の民の哲学がより深く理解できるようになったのもクリフの教えによるところが大きい。

 

 そして。

 クリフからもたらされた知識の最たるもの、クリフ自身が最もブライアに伝えたいと訴えたそれは、今から遡ること二十四年前……ブライアの理解としてはそれは二十五年前の出来事なのだが、何故かクリフはこれを二十四年前、と言う……世界中の文明という文明を灰燼に帰した大災厄<(めぇ)()く七日間>をもたらした者の正体だった。

 

「アインズ・ウール・ゴウンのモモンガは、正真正銘の化け物だ。キミたちが<(めぇ)()く七日間>と呼ぶ破壊も、位階魔法を超える彼の超位魔法によって為されたのは間違いがない。私自身がそれを目撃したわけではないが、実際に為されたそれはモモンガが習得している超位魔法<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>の効果と一致する。彼以外に、こんなことが出来る者はよもやあるまい。」

 

 クリフは、大災厄の主犯としてアインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、なる人物を名指しした。

 彼の言うところによれば、モモンガもまた異世界(ユグドラシル)からやって来たとびきり邪悪な化け物であり、クリフにとっては宿敵なのだ、という。

 クリフが主張するところによれば、モモンガはこの世界を滅ぼし尽くすことを試みたが、何か不首尾があってそれは不徹底に終わったように見えるのだそうだ。ゆえに、遠からず再びの大災厄をモモンガが引き起こすのは疑いがなく、自分はそれを未然に防ぐための知識と力をブライアに授けるべく今ここにあるのだ、とクリフは言う。

 

「だが、超位魔法にはいろいろと制約があって、ブライアがモモンガと対峙するに当たってそれが使用される、といったことはまずない。」

 

 ブライアからすると、クリフの話は、部々分々は明晰で納得のいくものでありつつも、話のつながりはお世辞にもまともとは言い難く、断片的な知識が何の脈絡もなく飛び出してくる印象が否めない。であっても、それを承知の上でブライアの側が整理しながら聞けば、決して理解不能なものでもなかった。

 

「私が貸与している装備を使用している限り、万が一ブライアがモモンガと単騎で対峙したとしても、最初の一撃で瞬殺される、ということはない。が、今から話すことだけはしかと憶えておいてもらって、モモンガがこの手に打って出たときは()にも(かく)にも逃げ出すことを推奨したい。」

 

 基本的にクリフの口調は、世界を滅ぼし得る化け物とそれを迎え撃つブライア、という、俄に受け入れ難い枠組みを基礎(ベース)に語られる割には、どこか悲壮感を欠いていて他人事のように聞こえるところもなくはない。もっともブライアは、自身が異世界(ユグドラシル)特有の話法に通じてはいない、という自覚があるので……言葉通りに聞いて、何言ってんだコイツ?と感じるところは、たとえば森の民の少女エンリネの話にも多々あった……そこは敢えて気にしないように努めている。

 

「もしモモンガの後背に機械仕掛けの時計が出現したのを認めたら……」

「と、時計……って何だい?」

 

 このようなやり取りが、二人の会話には無闇に多い。

 クリフは左手を掲げて何か魔法を唱え、そこに丁度収まる懐中時計を創り出して見せる。

 

「こういうものだ。異世界(ユグドラシル)ではこの道具を使って(とき)の経過を計るのだが、死の支配者(オーバーロード)であるモモンガにとって、それは時とともに必ず死を迎えるすべての存在に対する自身の(エクリプス)技能(スキル)象徴(シンボル)でもある。」

 

 このように、クリフは何でも自在に生み出す魔法を事も無げに弄して見せるが、そうして生み出された物をブライアに持ち帰らせることは、この洞窟への行き来に使用する<転移の指輪>を除き一切ない。

 クリフに言わせればそれは、この世界の隅々に監視の目を行き渡らせていると思われるモモンガに対し、クリフ、そしてブライアの存在を知らせる危険のある行為だ、ということらしい。

 

「モモンガの後背に機械仕掛けの時計が出現したのを認めたら、ひとまず二百メートル以上の安全距離を取ることだ。」

「……メートル?」

 

「あぁ、そうだな。これもブライアにはわかりにくいな。とりあえず人間の足でニ百歩ほど、と考えればよいが、もう少し余裕をとった方がいいだろう。とにかくモモンガは、後背に時計を出現させた十二秒後には自身から半径二百メートル以内にある生物、無生物を問わずあらゆるものを塵へと返す力があり、これは通常如何なる手段を以てしても防ぐことが出来ないのだ。」

 

 そんな無茶苦茶なことが出来る化け物を相手に、この世界を守るべく自分が立ちはだかるだなんて正気の沙汰じゃないだろ、とブライアは思うが、口には出さなかった。今なお、どこまでクリフの言葉を信じてよいものやら、確信が持てずにいるからだ。

 

「が、まったく逃げ去ることもまた推奨はされない。危機(ピンチ)好機(チャンス)でもあるのだ。大技を繰り出したモモンガには当然のことながらその力の大きさに応じた再充填待ち時間(リキャストタイム)が課されることになる。ここにこそ勝機があるのだよ、わかるかね?」

 

 <(めぇ)()く七日間>をもたらした存在に対する勝機。

 果たしてそんなものが本当にあり得るのだろうか?

 

「ブライアが気落ちするのはわからないでもない。」

 

 と、その気分を見透かしたかのような、でありながら、やはり当事者意識をまったく欠いて聞こえる声色。

 

「だが、異世界(ユグドラシル)を含めて、完全無欠、無敵の存在、などというものはあり得ないのだ。そんなものは無意味(ナンセンス)なのだよ。どのような強者であっても……(いな)、強者であればこそ、驕りから生じる隙、というものが必ずあるものだ。」

 

 言わんとするところはわからないでもないし、実際ブライアは、トブの森で暮らした時分に何度かはそういった修羅場に行き当たり、まさにクリフが言うような覚悟を決めて切り抜けたことがある。だが、そのときの相手はたかが獣だ。世界を滅ぼし得る化け物に、そんな覚悟が何かなし得るのか?

 

「もちろん今はまだそのようなときではない。私が言っているのは、不幸にして只今モモンガと邂逅したときの心構えを言っているのに過ぎない、ということは忘れないでくれたまえ。あちらも、まだこちらの動向をしかとは掴めていないはずだから、準備期間は十分にある。

 そして、武運拙くモモンガの凶刃にかかることがあったとしても、だ。」

 

 剣呑なその言葉に、ごくり、とブライアは息を呑むが、やはりクリフは事も無げにこう言うのだった。

 

「死、というものは、状態の一つに過ぎない。

 如何程の時間を要しようとも然るべき手段さえ講じれば、復活は叶うのだ。何も恐れることはない。」

 

 不自然な明かりに煌々と照らされた洞窟の闇の奥底で、二人の秘密授業は続く。

 

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