1.死者が
「……はぁ?
「はい……ですから
ナザリック地下大墳墓
至高の主、大魔王アインズ・ウール・ゴウンと守護者統括アルベドが特にどうということもない日常の管理運営について相談事をしているところに慌ただしく、でありながら愉快
曰く。
ナザリックの目ニグレドの
「なんで……そんなものが?」
「
「……何だっけ、それ?」
エイヴァーシャーの森のかつての
こちらの存在を察知している敵対ギルドが引き続き潜伏中、の情報は、もちろんのこと毎朝の活動開始時に流し読みする
「あぁ、そんな連中がいたんだっけか。」
アルベドから
想定される拠点レベル最大で四百五十、勢力としてはまったくナザリックに伍するものとは考えられていない本百年紀の来訪者、ギルド
ユグドラシルのサービス終了半年前にギルド長クリフなる人物が<
「<
今、大丈夫ならちょっと来てくれるか……あぁ、そうだ執務室だ。」
アインズは、特に理由がなければ基本的には宝物殿に籠もってすべての
その職責上、パンドラズ・アクターは各種
「お呼びとあらば、即参上ーーーッ!」
くるくるくる、と回転しながら、ギルドの指輪の力で転移したパンドラズ・アクターが姿を現し、ピタ、と
「では、
三日月型の妖しげな笑みを浮かべたデミウルゴスがそう宣じ、まずアインズを一人掛けの簡易玉座に、アルベド、パンドラズ・アクターを三人掛けの
「若干
最初にこれを受け取ったアインズが一瞥を与えたが、確かに鮮明でこそないものの、一目でユグドラシルの
「パンドラ、どう思う?」
写真はそのままパンドラズ・アクターに
触手でこれを受け取った息子は、
「
一部あるべき外付け兵装を欠いておるやに見えますが、
ユグドラシル的には
パンドラズ・アクターは、写真のそれが
「父上にとっては不愉快なこと、では御座いましょうが。」
と息子が一旦言葉を切ったのを受けて、アインズは話の続きを予測しつつ骨の手の平をひょいと振って続きを促した。
「
父上対策に調達したもの、と考えるのが自然で御座いますな。」
あぁ、パンドラもそう考えるのか。
とアインズは息を吐く。
アインズ自身の
これは、基本視認した敵は持ち前の火力で皆殺しにすることを前提としており、中途半端な近接戦闘職はアインズに接近すら出来ずに撃退されることを意味している。一方で、決して反撃手段がないわけではないものの、何らかの手段で大火力防衛線を突破して肉薄する敵は、アインズにとっては苦手な相手、ということになる。
「父上に肉薄するに、魔法による
対して
これもまたアインズは、パンドラズ・アクターに言われるまでもなく先刻承知で、ユグドラシル時代からこれを意識していくつかの対策はもちろん考えていた。
が、只今のアインズは、これに対ししばしば彼がそうするように「んなもん、わかっとるわ!」といった身も蓋もない返しはしない。こと自分自身の戦術上の有利不利に関わる話題は、第三者によって客観的に語られた方が、自身の感情が混じらずに冷静に考察することが出来る、と考えているがゆえである。
「航続距離は如何程なのかしら?」
とアルベド。
「既製品のままであると仮定して、
「対策は?」
と問うたのはデミウルゴス。
「コレは速度と隠密性に特化した型ですので、耐久力はさほどはありません。さりとて曲がりなりにも
もっとも簡単な破壊方法は、それ自身は所詮は
パンドラズ・アクターの答えるところはこれまたアインズの認識通り。アインズ自身はさらに二手、三手と考えているのだが、敢えてそれについては語らず、ここで最大の関心事を口にする。
「……問題は、だ。」
と、アインズが言葉を切ったので、
「ユグドラシルの仕様上
アインズは骨の指を立てて、こう言った。
「であるがゆえに、NPCはアレを装備は出来ない。」
「……ということは、
と、ここでアルベドは、
それは、言葉にするには
がアインズは、さらり、と敢えて愛妃が口にしなかった可能性に触れた。
「あるいは。
よもやあるまい、と考えていた……」
苦々しい表情のアルベド。
無表情のパンドラズ・アクター。
無闇に楽しそうなデミウルゴス。
「クリフの復活が成っていた……かだ。」
*
「皆の歓呼を以て衆議を決したく思う。」
「異議あり!」
ナザリックから見て東方、旧バハルス帝国領ほぼ中央南寄りの中央山嶺に位置し、
村の広場に少なくない村人が
大陸の西方では、上位者の決定は絶対であり、同位者が複数ある場合は挙手や投票による多数決をおこなうのが正統な決議の手段である、とする観念が強かったのに対し、東方では、それが個人の推戴であれ方針の採択であれ、
賛否を問われた発議に対し、異論がある者は今なされたように異議を申し出、対立の論陣を張って自らへの歓呼を求めることは、決して上位者に対する無礼ではなかった。もちろん、これをおこなうにある程度の覚悟を要するのは当然のことではある。
異議の声を挙げたのは、
「ブライアは真っ先に賛同してくれるものか、と思っていたが。
よろしい、皆におまえの異議を説いてくれ。」
ジョウンはそう告げて、
こういった態度もまた、
「機会を与えてくれたことに感謝します、ジョウン!」
ブライアは素直に謝辞を述べて、いったいこの若者は何を言い出すつもりなのだろう、と期待半分、不安半分の村人たちの前に立った。
「ジョウンは、これからの村の方針として、トブの大森林の民との連携を強化すべく、西へ向けての街道整備をおこなうべきだ、とおっしゃいました。
俺っちは、そうではなくて東、大地溝帯入り口にあると聞こえる生き残り村、
開口一番、彼は端的に結論を述べた。
難民受け入れから五年、村内の環境整備の問題はあらかた片付き、食糧自給も適度な余剰を残しつつ安定してきた今、未来の世代に向けた投資をおこなっていくべきではないか、という思いは、銘々浅深の差はあれども村の皆が共有するところだった。
「理由はこうです。
長く森の民の庇護を受けていた移民出身の俺っちが言うのもおかしいですが、森の民は良かれ悪かれ森の外のことに関心がありません。俺っちたちが庇護されたのは、あくまでも彼らにとって外からやって来た俺っちたちがいつまでも森にとって異分子であり続けたからで、放置すれば暴発して森に迷惑をかける恐れがあったからです。
そして彼らはある時点で、このままこれを続けることは造作もないけれども、そうすると俺っちたち難民から自活の気力を奪って飼い殺してしまう、ということに気づいてくれました。だからこそ、いろいろとお膳立てをして俺っちたちをこの
たどたどしくも、でありながら理路整然としたブライアの主張に、村人たちは、元からの住人であるか移民であるかを問わず、うんうんと頷きながら耳を傾けている。
「トブの大森林は<
一方で森の民は、とても気前が良くて親切で勇敢で聡明な人々なんですが、本質的には森の外の出来事には関心がないです。そこへ逃げ込んだ俺っちたちを彼らは匿っちゃーくれましたが、それは本当に当時の俺っちたちが進退窮まって森自身にとっての
次第に興奮して口調が雑になるブライアは、やおら東の方角を指さした。
ジョウンは、存外この若造には扇動家の才もあるのかも知れない、などと考えている。
「帝国再興、なんて大袈裟なことを言うつもりはないんですが。
それでも俺っちは……森の民に自立を促された俺っちだからこそ、森から受けた恩義に報じるには、谷間を繋ぐ街道を復活させ、トブの大森林の連中と拮抗する勢力を大陸東部に作っていくのが正道なんじゃねーか、と思うんです。それが成って初めて、トブの大森林の連中と対等に付き合えるんじゃねーか、って。
生意気なことを言っちまってすいません。ご静聴ありがとうございました。」
「素晴らしい対立演説だった、ブライア!」
半分は正直な感想として、半分は異議を申し立てた若者を受け入れる度量を示すため、ジョウンはやや大袈裟気味にブライアを褒め称えた。その微妙な機微にまでには思い至らないブライアは、言うべきことは言い尽くした、という満足感を味わいつつ頬を赤らめる。
「皆、どうだろうか?」
とジョウンが改めて村人たちに呼び掛ける。
「私自身、ブライアの話には考えさせられるところが多かった。
いずれは今後の大方針について衆議を決せねばならん、と考えていたのでこういう場を設けた次第だが、それ自体は急ぐ話でもない。今日のところは、私の提案とブライアの異議を銘々持ち帰ってじっくり考えてもらって、日を改めて今一度議論する、ということにしたいと思うが?」
「「「
たちまちに賛同の歓呼が巻き起こり、この日の村民会議はお開きとなった。
「いったいどうなるかと思ったぞ!」
「おまえは思った以上に出来る男だ!」
「オレはおまえを支持するぜ!」
「今夜、アタイを抱いてくれないかい?」
思い思いに声を掛けてくる主に同世代の男女に会釈を返しながら、ブライア・ペシュメルは自宅としている
一連の動作をこなしながら、ブライアは日中村人の前でおこなった自身の演説を反芻している。語った内容が自身の考えのほんの一部でしかないことに、ブライアには自覚があった。
師事を求めて付き合った森の民を通し、他の難民よりも自分はより深く彼らの哲学、というべきものを理解している、とブライアは考えている。
もちろん個人差はあるが、押し並べて森の民からは自分個人の生命であるとか財産に対する執着がほとんど感じられない。逆に彼らがもっとも重んじたのは、森の生態系が次世代へとそのままに受け継がれることで、彼らは個々人の死を悲しみはするけれども、絶対に避けるべき
これは種族とは無関係に共有されている観念だ。人間種であったエンリネも、彼女を支えていた
逆に、
このあたりに森と平地の民の認識の壁がある、とブライアは考えている。
亜人中心、人間中心、というのは見た目に惑わされた誤った区分だ。
森の民は自身を森の一部と捉え、自分自身もまた大きな循環の中で生じ消えていく
この認識の
だが、これもブライアにとっては東進を主張する理由の本質ではない半分、これを詳細に語ったとて村人の大半には理解できないだろう、と考えるがゆえに敢えて語らないこと、に過ぎない。
最も重要なのはもう半分の方だ。
端的に言えば、来たるべき再びの大災厄に備え、トブの大森林は最後の
森の民を含めて誰もこれに着目せず、さも当然のように考えて疑問すら
彼ら森の民が、自分たちは
逆に、災厄は都市と平地の民を選択的に滅ぼしていった。破壊が街道沿いにもたらされたのが何よりの証拠だ。それと繋がっておらず、大災厄以前にはほとんど平地の民から認知されていなかった森の民は巻き込まれることを逃れたのだ、という言い方もできる。であれば、街道を森へ向けることは、再び起こる大災厄に際し、難民を保護してくれた最後の
そんなことはあってはならない。平地の民は平地の民で独立した新たな連合を形成し、来たるべき大災厄に対し、立ち向かうことは叶わずとも、何らかの備えをしていかねばならない。それでもなお再びの大災厄が破滅をもたらしたとき、改めて我々とその子孫は森の民を頼ることもあろうが、それは本当に最後の希望として温存されるべきだ。
自分は、期せずしてそのことを異世界からの来訪者に教示されたのだから!
ブライアは既に暗くなった部屋で
これを
彼が手を指輪に翳して能力の発動を求めると、眩い光と共に禍々しい闇の穴が口
<
「さて、行くか。」
意を決してブライアは、
日中であっても光が差し込むか微妙な谷底に、天然の横穴が開口している。
微かに届く月明かりも入らない洞窟の入り口少し奥に、突如として<
「ブライアかい?こちらへおいで。」
彼が着くや否や、奥手の暗闇から彼の名を呼び招く声がする。
洞窟の住人は
声に応じて奥へと進むと、
「今、
と声がして、俄に少し広くなった空間が、パッ、と日中の野外であるかのように明るくなった。明暗の変化についていけず、ブライアは片手を翳して眩しさを遮った後、油がもったいないので慌てて
「まぁ、掛け給え。」
自身は、ブライアには馴染のない回転椅子に腰掛けた若い男が、手を差し出してブライアを対面する
「今日はどこから話そうかな。」
これまたブライアからすると何度見ても見慣れない光沢のある全身
「前回は、万が一モモンガと対峙したらどうするか、という話までだったと思うよ。」
ブライアがそういうと、若者は椅子から伸びる
「あぁ、そうだったね。そこから始めよう。」
と応じた。
ブライアの理解としては、若者の名はクリフ。
五年ほど前に突然ブライアの前に
いくらブライアとは言え、唐突なこの物言いを俄に信じたわけではないが、好奇心から付き合い始めてたちまちにもたらされる知識に魅了されることになった。クリフは、ブライアが見たことも聞いたこともない不思議な、でありながら、よくよく考えればなるほど然り、と唸らされる多くの知見をブライアにもたらした。
その一部は、少なからずブライアが
そして。
クリフからもたらされた知識の最たるもの、クリフ自身が最もブライアに伝えたいと訴えたそれは、今から遡ること二十四年前……ブライアの理解としてはそれは二十五年前の出来事なのだが、何故かクリフはこれを二十四年前、と言う……世界中の文明という文明を灰燼に帰した大災厄<
「アインズ・ウール・ゴウンのモモンガは、正真正銘の化け物だ。キミたちが<
クリフは、大災厄の主犯としてアインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、なる人物を名指しした。
彼の言うところによれば、モモンガもまた
クリフが主張するところによれば、モモンガはこの世界を滅ぼし尽くすことを試みたが、何か不首尾があってそれは不徹底に終わったように見えるのだそうだ。ゆえに、遠からず再びの大災厄をモモンガが引き起こすのは疑いがなく、自分はそれを未然に防ぐための知識と力をブライアに授けるべく今ここにあるのだ、とクリフは言う。
「だが、超位魔法にはいろいろと制約があって、ブライアがモモンガと対峙するに当たってそれが使用される、といったことはまずない。」
ブライアからすると、クリフの話は、部々分々は明晰で納得のいくものでありつつも、話のつながりはお世辞にもまともとは言い難く、断片的な知識が何の脈絡もなく飛び出してくる印象が否めない。であっても、それを承知の上でブライアの側が整理しながら聞けば、決して理解不能なものでもなかった。
「私が貸与している装備を使用している限り、万が一ブライアがモモンガと単騎で対峙したとしても、最初の一撃で瞬殺される、ということはない。が、今から話すことだけはしかと憶えておいてもらって、モモンガがこの手に打って出たときは
基本的にクリフの口調は、世界を滅ぼし得る化け物とそれを迎え撃つブライア、という、俄に受け入れ難い枠組みを
「もしモモンガの後背に機械仕掛けの時計が出現したのを認めたら……」
「と、時計……って何だい?」
このようなやり取りが、二人の会話には無闇に多い。
クリフは左手を掲げて何か魔法を唱え、そこに丁度収まる懐中時計を創り出して見せる。
「こういうものだ。
このように、クリフは何でも自在に生み出す魔法を事も無げに弄して見せるが、そうして生み出された物をブライアに持ち帰らせることは、この洞窟への行き来に使用する<転移の指輪>を除き一切ない。
クリフに言わせればそれは、この世界の隅々に監視の目を行き渡らせていると思われるモモンガに対し、クリフ、そしてブライアの存在を知らせる危険のある行為だ、ということらしい。
「モモンガの後背に機械仕掛けの時計が出現したのを認めたら、ひとまず二百メートル以上の安全距離を取ることだ。」
「……メートル?」
「あぁ、そうだな。これもブライアにはわかりにくいな。とりあえず人間の足でニ百歩ほど、と考えればよいが、もう少し余裕をとった方がいいだろう。とにかくモモンガは、後背に時計を出現させた十二秒後には自身から半径二百メートル以内にある生物、無生物を問わずあらゆるものを塵へと返す力があり、これは通常如何なる手段を以てしても防ぐことが出来ないのだ。」
そんな無茶苦茶なことが出来る化け物を相手に、この世界を守るべく自分が立ちはだかるだなんて正気の沙汰じゃないだろ、とブライアは思うが、口には出さなかった。今なお、どこまでクリフの言葉を信じてよいものやら、確信が持てずにいるからだ。
「が、まったく逃げ去ることもまた推奨はされない。
<
果たしてそんなものが本当にあり得るのだろうか?
「ブライアが気落ちするのはわからないでもない。」
と、その気分を見透かしたかのような、でありながら、やはり当事者意識をまったく欠いて聞こえる声色。
「だが、
言わんとするところはわからないでもないし、実際ブライアは、トブの森で暮らした時分に何度かはそういった修羅場に行き当たり、まさにクリフが言うような覚悟を決めて切り抜けたことがある。だが、そのときの相手はたかが獣だ。世界を滅ぼし得る化け物に、そんな覚悟が何かなし得るのか?
「もちろん今はまだそのようなときではない。私が言っているのは、不幸にして只今モモンガと邂逅したときの心構えを言っているのに過ぎない、ということは忘れないでくれたまえ。あちらも、まだこちらの動向をしかとは掴めていないはずだから、準備期間は十分にある。
そして、武運拙くモモンガの凶刃にかかることがあったとしても、だ。」
剣呑なその言葉に、ごくり、とブライアは息を呑むが、やはりクリフは事も無げにこう言うのだった。
「死、というものは、状態の一つに過ぎない。
如何程の時間を要しようとも然るべき手段さえ講じれば、復活は叶うのだ。何も恐れることはない。」
不自然な明かりに煌々と照らされた洞窟の闇の奥底で、二人の秘密授業は続く。