億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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能天気ながらも抜け目ないナザリックの面々が、うろつく機動外骨格(パワードスーツ)対策を開始する。


2.悪魔も赤服(スーツ)でやって来る

(仰せは承知したが、期待はせんでおくれや。

 (わらわ)は森より北へ出掛けることはほとんどないゆえに。)

 

 住処とするエイヴァーシャーの森から遠からぬところにユグドラシルの機動外骨格(パワードスーツ)が視認された旨を<伝言(メッセージ)>越しに知らされた紅水晶の竜王(ローズクォーツドラゴンロード)コンスタンツァダラゴーナ・ミナスジェライス、ことコニーは、気のない口調でそう応じた。

 

 伝えたアインズとしては、彼女の隠形(おんぎょう)看破能力に期待するところがなかったわけではないが、そもそも竜王(ドラゴンロード)たちは押し並べてこの世界の出来事全般に関心が薄く、よほど目立った無茶をし始めない限りは、それがアインズであろうが他の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)であろうが、敢えて対抗しようだとか備えようだとかいう意思を持たないのが常で、ツアーの娘コニーもその例外ではなかった。

 むしろ、彼らがそうであることによって無用な闘争に陥らずに済んでいることにもアインズは自覚があるので、強いてコニーを巻き込もう、という思いもまたない。偶然彼女がそれに邂逅したとき、想定外の危険(リスク)を生じさせないのであれば、たちまちには必要十分だ。

 

(アインズさんも、まっこと苦労性よなぁ。)

 

 そう(あき)れながらコニーは通信を切った。

 まぁ、言われて見ればそうだわな、(ほう)っておきゃいいだろ、と言われればごもっとも。

 

 さりとて。

 機動外骨格(パワードスーツ)が活動している事実は、そんなことが出来るはずはない、と確信していたユグドラシル時代に<現実(リアル)>において病死したと伝わるプレイヤー、クリフの肉体(アバター)が、当地において復活を遂げたという可能性を示しているだけに、これに前以て備えない選択はアインズにはなかった。

 

「おまえには何のことやら、かとは思うが。」

 

 続いて白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオン、ことツアーの居城を自ら訪ねたアインズは、コニーよりは関心を(いだ)くであろう友人に、さりとて獣に俄に理解できるとも思えない機動外骨格(パワードスーツ)をどう説明すれば伝わるものやら、と思案しつつ最新の情報を伝えたのであるが。

 

「あぁ、アレね。」

 

と、ツアーは特に機動外骨格(パワードスーツ)について何ら疑問に思っていない様子。

 

「……はぁ?」

 

「どうしたんだ、アインズ。ボクが何か可怪(おか)しなことを言ったかい?」

 

「いや……おまえ、機動外骨格(パワードスーツ)を知っているのか?」

 

「知ってるよ、持ってたもの。」

 

「何だとォ?」

 

 いつものようにアインズの骨の口がパカリと(ひら)く。

 

「八欲王の一人、プレイヤーが使っていた。

 そもそも彼らは無闇に魔法火力に頼るきらいがあって、それこそが彼らがキミの言う、二十、とやらを使って位階魔法をこの世界にもたらした理由だと考えているが、中でもアレの魔法の(はな)(かた)は出鱈目だった。如何せん継戦時間が短いからね。周辺に与えた被害は甚大だったが、少し耐えてやったら投棄されたよ。中身を片付けた後に興味があって回収し、所蔵していたんだ。」

 

 これを聞きながらアインズは、魔法火力による近接航空支援に特化した三式(マークスリー)だな、などと考えている。

 

「……今、ソレは何処にあるんだ?」

 

「何を馬鹿なことを。もちろん以前の傀儡と一緒に居城諸共木っ端微塵さ。」

 

 ツアーは、アインズ・ウール・ゴウンに次いでこちらの世界にやってきた来訪者(ユグドラシルプレイヤー)から超位魔法による強襲を受け、当時住んでいた城ごと装備や蒐集品の大半を失ったことがある。

 

「そんなもの……どうしてたんだ?

 おまえ自身はもちろん、傀儡でも乗れんだろ?」

 

 機動外骨格(パワードスーツ)へ機乗するに際し、種族は問われないが装備者の体格は人間種のそれに準じていることが求められる。アインズ自身も乗るだけなら乗れなくはないが、神器(ゴッズ)級の装束(ローブ)を脱いで()の骸骨姿になる必要があった。

 

「誰も彼も、ではないが、こちらの世界の人間にも乗れる者は僅かながらいたからね。

 実のところアレを所蔵していたのは、こちらの世界の住人が来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に対するに当たっての切り札の一つとなり得る、と思っていたからだ。実際、何といったかな……酒と女に目がなかった豪放磊落な男がいて、彼はかなり上手にアレを乗りこなしたが、そもそもこちらの世界で日常的に運用するには火力が過剰であることに彼自身気づいていたし、アレの背中に差し込んで力の源となる……(びん)、も数に限りがあったから、物の役には立たなかった、というべきだろう。」

 

 この話にただただアインズは呆れ返っている。

 ことによっては、世界を汚す者、とツアーに断定された自分に、その酔っぱらいが機動外骨格(パワードスーツ)に乗って戦いを挑んでくる世界線、というのもあり得たのかも知れないな、と。

 

「そもそもキミの関心事はソレそのものではあるまい。」

 

 あぁ、ツアーにはお見通しか、とアインズは息を吐く。

 

「アレはNPC(しもべ)には使えない……そんなところかな?」

 

「あぁ、その通りだ。」

 

「クリフ……だったかな?

 <現実(リアル)>で死んだ彼らのギルド長の復活が成ったかも知れない、と?」

 

「そんなところだ。」

 

 気のない様子で相槌を打つアインズに、ツアーは、うーん、と唸って見せる。

 

「これはキミ個人の問題だ、と思うので、踏み込むべきでないのか、と思わないでもないんだが。」

 

「いや、ツアー。そういう気遣いは無用に頼む。」

 

 自身が本当のところはどうしたいのか、いささかの迷いを(かか)えていることに自覚のあったアインズは、ツアーからの思わぬ示唆(サジェスチョン)を期待したからこそ敢えて自身でツアーを訪ねたのだ、とわかっていた。

 

「二つ、わからないことがある。」

 

「まずは聞こう。」

 

 骨の手が差し出され、続きが促される。

 

「第一に、水晶の夜(クリスタルナイツ)はこれまでに行き当たった来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の中で突出して強いわけではなく、むしろ戦力規模から言えば小さい部類だ。ユグドラシル時代からの因縁でキミをつけ狙ってくる可能性がある、ということは理解しているが、キミたちならば迎撃など子どもの手を捻るようなものだろう。ましてや彼らはギルド維持のためにこちらの世界で無分別な略奪を始める様子を見せない。そんな連中にかかずらう理由があるかい?」

 

 そんなことは、ツアーに言われるまでもなくアインズにもわかっていることだ。

 

「……あぁ、それはおまえの言う通りだな。

 で、もう一つは?」

 

「キミが、クリフとやらを必要以上に気にする理由がわからない。ユグドラシル非公式ラスボスの勇名を馳せたキミに遺恨ある者がやって来るのは珍しいことではないし、実際、これまでにもしばしばあったことだ。今更何だと言うんだい?」

 

 このツアーの言葉に、アインズは自分の中で(くすぶ)っていたモヤモヤした思いが形を得ていくのを感じた。

 

「それもおまえの言う通りだ。」

 

 即答かつ断言されたその言葉に、どうやらアインズ自身が何か気づきを得たようだ、と感じたツアーが矢継ぎ早に問う。

 

「で、実際のところ……どうなんだい?」

 

 アインズはしばし自身の考えを改めて整理するかのように呻吟する様子を見せたが、やがて意を決したようにこう言った。

 

「気味が悪いんだよ。」

 

「……はぁ?」

 

 今度はツアーの大きな口がパカリ、と(ひら)く番だった。

 

「死人につけ狙われている、というのがな。」

 

「……キミ、鏡を見たことないのかい?」

 

「そういう意味じゃない!

 いや、確かに。自身不死者(アンデッド)であるオレがこんなことを言うのが可笑(おか)しい、なんてことはわかってるんだ。わかってるんだが……」

 

 ツアーは相変わらず不思議そうな表情を浮かべ、アインズの続く言葉を待っているようだ。

 対してアインズは、極めて理知的な口調で喋り始めた。

 

「まず、オレが不死者(アンデッド)であることの意味だが、ユグドラシル的にはHP(生命力)()(あたい)で示され、その回復手段が通常の生者との間で逆転する者、以上でも以下でもない。オレは死の支配者(オーバーロード)で、ユグドラシルとこの世界で発揮される力はまさに死を司る者以外の何者でもないが、つまるところそれは、死、という言葉が象徴する力を発揮しているだけのことで、<現実(リアル)>における死そのものとは、何の関係もないんだ、実際にはな。」

 

 ツアーはただ、ふむふむ、と相槌を打って続きを待った。

 アインズは淡々と語る。

 

「オレの生まれ育った国には、(たた)り、という言葉があった。この世に恨みや未練を遺した死者の魂が舞い戻り、生者に何らかの災厄をもたらす、という……作り話だ。<現実(リアル)>では一度死んだ者は決して戻っては来ない。これは証明された事実ではなかったが、経験的に誰もがそれで間違いない、と考えていたものだ。にもかかわらず、(たた)り、という現実的には虚構であることが明らかな物語は、存外オレを含む多くの人々に受け入れられていた。

 死、という絶対的な断絶を境目に操作可能性のある世界とない世界を分かち、自身の手の届かぬ側に勧善懲悪の力を措定して、以て手の届く世界の倫理を(たも)たんとする試み。祟りの動因が、(きわ)めれば生きている(がわ)がすべきでないことをしたか、なすべきことをなさなかったか、に求められ、死んだ(がわ)が、(みな)(みな)生前そうであったはずもなかろうに、死んだ途端に適切な倫理の裁定者として語られるのがその証拠……タブラさんだったらそんなことを言ったかと思うが、実際それは確かに、そういう目的で語り継がれて来た共同幻想であって、ユグドラシルの不死者(アンデッド)は、その幻想の表層部分だけを真似た変奏曲の一つでしかない。そんなことはわかってるんだ。」

 

 いつの間にかアインズは、骨の両手を自身の顔の前に広げ、それをジッと見つめたまま語り続けている。

 

「オレと戦ってみたい、という未練を(いだ)いたまま病死したプレイヤーがいた、という話を聞いたとき、正直なところオレは、まぁ、そういうこともあるだろう、オレ、無駄に有名人だったしな、程度にしか思っていなかったのは事実だ。クリフはさぞ無念だったろうし、出来ればオレもそいつと一度やり合ってみたかったとすら思った。それは嘘じゃない。

 一方で、今のオレは<ギルドの日誌(ログブック)>に刻まれた記憶に束縛される存在だが、同時に、その背景にあった<現実(リアル)>の諸文化にもまた束縛される存在でもある。クリフをユグドラシルの魔法で蘇らせたい、と願うNPCが率いるギルドがこの世界にある、という事実は、否応なくオレに、(たた)りを想起させるんだよ。薄気味悪くて仕方がないんだよ。

 思えばオレが、連中に復活を試みる資金を出してやる、なんて突拍子もないことを思いついたのは、そこに覚えた感情を認めたくなかったから、なんだろうな。おばけなんてないさ!おばけなんてうそさ!というヤツだ。」

 

 ツアーの大きな手が動き出すのに気づいて、アインズはたちまちにそれを押し(とど)めた。

 

「いや、わかっているツアー。オレは可笑(おか)しなことを言ってるんだ!

 今のこの思いも、少し経てばオレはすっかり忘れちまうし、なんならペカっちまえば感情なんざ消えちまうんだ。なんでコレ、自分の意思で発動できないんだろうな。変な設定だよ、まったく。

 いや、待て待て、ツアー、早合点してくれるな。そういうことじゃないんだ。そういうわけじゃないんだよ、本当に。オレはユグドラシルに名を馳せた非公式ラスボス、大魔王アインズ・ウール・ゴウンだぞ。そんなはずはないだろう。」

 

 何を言われたわけでもないのに、アインズは骨の()(ひら)をはらはらと振って、何かを否定し続ける。

 

「問題は、だ!

 こんなことを言いながらオレは、連中と対峙したら、何の迷いもなく最適な戦略、戦術を選んで確実に()っちまうんだよ!オレはそういう存在なんだよ!

 そんな自分が……」

 

 はーーーっ、とアインズは深い溜息をついて言葉を切った。

 そして、ぽそり、とこう言った。

 

「……(こわ)いんだよ。」

 

 

                    *

 

 

御禊(みぞぎ)(はら)(たま)いし(とき)に、()()せる祓戸(はらえど)大神等(おおかみたち)

 諸諸(もろもろ)禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ)あらんをばァ!」

 

 ブンブンッ!

 

(はら)(たま)(きよ)(たま)えと、(もう)(こと)()こし()せとォ!」

 

 シャンシャン!

 

「「(かしこ)(かしこ)み……も(もう)すゥ!」」

 

 パン、パンッ!

 

「……おまえら。

 何やってんの?」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)執務室。

 ツアー訪問から戻ってみれば、そこには神主(かんぬし)装束に身を包み御幣(ごへい)を振り翳すパンドラズ・アクターと、同じく巫女装束を(まと)って三番叟鈴(さんばそうすず)を振り鳴らすアルベドの姿があった。

 

 巫女姿のアルベド……ちょっとそそられるかも。

 

 いやいや、そこじゃなくて!

 

「何の……騒ぎなんだ、これは?」

 

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、決して問い質したわけではなく、ただただわけがわからなかったのでそう尋ねたのだが、問われた二人の下僕(しもべ)は厳かにこう応じた。

 

「お祓い、をやっておりました。」

 

「……お祓い?」

 

参謀殿(デミウルゴス)が、父上は<現実(リアル)>で死んだプレイヤーの怨霊を気に病んでおられる、などと申しますので。」

 

 そこに思い至っているのは流石デミウルゴス、と思わないでもないが。

 気の遣いどころが……根本的に間違ってないか?

 

 というか。

 ユグドラシル時代から似非中世(なーろっぱ)世界観との不整合から評判芳しくなかったSF(ふう)兵装機動外骨格(パワードスーツ)の出現に続く怨霊祓いの神道儀礼、のあまりの無秩序混交(ちゃんぽん)ぶりに、アインズの未だ何処に存在するのか定かでない脳は、鷲掴みにされてぶるぶる震わされているような錯覚を感じている。

 

「お気に……召しませんでしたでしょうか?」

 

 心配そうに上目遣いのアルベドに覗き込まれ、きちりと揃えられた巫女装束の襟口から、それでも豊満な胸の谷間が垣間見えて、アインズはアルベドの真意を疑った。

 口ではそんなことを言っているが、どう考えても誘惑してるよな?そうだよなーーー!

 

「あーーーいやいや、気にいらん、とかそういうことはないぞ。

 むしろ……なんだ。その……た、たまには、み、巫女姿も……いいにゃ。」

 

 か、噛んだ!

 

 が、言われたアルベドは愛する(あるじ)の噛みなど気にする様子もなく、たちまちに獣のような笑みを浮かべてそれはそれでアインズを身構えさせたが、突如としてその表情が怜悧なそれに転じ、片手が耳に当てられる。

 

「ん、どうした?」

「お待ちを、姉さん(ニグレド)からです。」

 

 もう一方の手でアインズを制したアルベドは、こくこく、と頷きながら、ナザリックの目からの報告に耳を傾けている様子。この時宜(タイミング)であれば、内容は聞かずとも想像がつく。

 

「件の機動外骨格(パワードスーツ)を検知したとのことで御座います。

 如何(いかが)なさいますか、アインズ様?」

 

 アルベドの復命は予想通りだった。

 

「そのまま監視だ、陽動と思われるそれにこちらから手を出す必要はない。

 隙あれば退却経路の追跡(トレース)を。ただ、敵方に逆撃(カウンター)の備えがないとは言えないから無理はするな、と伝えてくれ。」

 

「承知いたしました。」

 

 さきほどまでのノリとは打って変わった冷静な指示をアインズは与え、アルベドもまた、容姿こそ冗談のような巫女姿のままでありつつもニグレドに(あるじ)の指示を伝えた。

 矢継ぎ早にアインズはパンドラズ・アクターを振り返る。そこには二重の影(ドッペルゲンガー)ゆえか、アルベドとは異なり既に常の軍服姿に転じた彼の姿があった。

 

「どう思う?」

 

「父上の、陽動、とのご判断に間違いはないものかと。」

 

 相手方の対応能力の程を計るべく敢えて目立つ駒をこれ見よがしに動かして見せる、というのは、ユグドラシルにおけるギルド対ギルド戦術のイロハのイ、だ。なればこそ、転移以来これまでがそうであったような、発見即対応はご法度となる。

 こちらの世界にアインズ・ウール・ゴウンがあることに既に気づいている水晶の夜(クリスタルナイツ)は何らかの意図でこれをやっているに違いないのであるから、脊髄反射的にこれに応じるのは論外で、相手に気取られることなくその意図を看破すること、こそが第一の課題だ。

 

「注目すべきは出現位置、でしょうな。」

 

 それはアインズも気になっていたところだ。

 アルベドを介してこれを問えば、最初に検知された地点とはかなり離れた場所であるらしい。

 が、共通点もあって、それはかつての人間の街道が通っていた箇所だ、という点だった。

 

「ギルド維持資金獲得のための廃材集め、と考えると妙だな。」

 

「仰せごもっとも、かと。

 それが目的であれば都市廃墟の方が効率は(よろ)しゅう御座いましょうし、そもそもこのような目立つ兵装を投入する必要が御座いません。」

 

 水晶の夜(クリスタルナイツ)は今もナザリックの恐怖公眷属(ゴキブリ)に相当する羽蟻NPCを使ってそれを継続していると見られていて、総量は相当なものになるはずだが個々の規模が小さいため、ニグレドの長距離探査(ロングレンジスキャン)にはかからず、恐怖公眷属の哨戒もそれらしき痕跡を見出すに(とど)まっていた。

 

「ニグレドに伝えろ。

 敵能力の把握の優先度を下げ、何をやっているかの目視観察に注力せよ、とな。」

 

「はっ!」

 

 ニグレドと言えど単位時間当たりに収集可能な情報量には上限があり、標準設定(デフォルト)ではその大部分が敵方欺瞞を回避した上での能力値(パラメータ)の把握に振り向けられている。この場合、監視対象の細かい所作がわからずじまいになるため、敢えてアインズは通常とは異なる視点での観察を命じた。

 

「……あらそう。わかったわ、アインズ様にはそうお伝えする。」

 

「消えたか?」

 

 アルベドが失意の声でそう呟いたので、意を察したアインズが問う。

 

隠蔽(コンシール)して撤収した模様です。

 以降、標的(ターゲット)消失(ロスト)、追尾不能とのことでした。」

 

「発見から三十分、実際の行動開始からは一時間といったところか。わかってはいたが、やはり敵方の戦術原則(ドクトリン)は徹底しているな。それは予想されていたことだから構わん。

 で、何をやっていたと?」

 

「それが……」

 

 とアルベドは言葉を濁す。

 

「瓦礫の片付け、だそうで御座います。」

 

「……はぁ?」

 

 いつものように、アインズの骨の口がパカリと(ひら)く。

 

 

                    *

 

 

 融水谷(ツィラータール)皇帝(ジルクニフ)、ジョウン・カタラクトは、提灯(カンテラ)を片手に独り夜半の小道を自邸に向けて歩いている。

 

 かつてのバハルス帝国の法体系においては、総司令官(インペラトール)の推戴を得た者は、時代によって規定される人員の多寡は異なるが、自身を護衛する衛士(リクトル)を引き連れる権を有する、とされた。

 もちろん、個人的に用心棒を雇って身を守る者が他に皆無であったわけではないが、特別な徽章でその身分を示す衛士(リクトル)は、それがあって当然の存在、と見做(みな)されるのみならず、その手になる恣意の殺人が罪に問われない、という特権を有した。これは、帝国において軍団員から総司令官(インペラトール)として推戴歓呼され得る者がそれほどに希少な逸材であり、何を以てしても謀殺から守られるべき存在である、と観念されたことによる。

 無論、有権者の支持をその存立基盤とする皇帝が、その権を濫用して無用に人を殺める、などということはそう起こるものではなかった。歴史上、これを最も活用した皇帝は、誰あろう初代ジルクニフ・エル・ニクスである。父帝謀殺に際しての、さらには帝権掌握後の政敵粛清は、すべて名目上は衛士(リクトル)によっておこなわれた。あらゆる公職が原則として軍団員の推戴で選出された帝国において、衛士(リクトル)だけは皇帝権によって任命されるものであったため、初代ジルクニフは自身の登極以前に遡って子飼いの強者(つわもの)にその身分を与え、以てその行為を法的に正当化したものであり、その苛烈さが彼に鮮血帝を贈り名させたのだった。

 

 そういった歴史上の仔細にまで精通はしていなくとも、ジョウンはもちろん衛士(リクトル)の法を承知はしている。

 一方で、それが必要だったのはかつての帝国がトブの大森林の東から大地溝帯に至る広大な領域を支配下におく巨大国家だったからであり、全臣民から遍く忠誠を誓われる皇帝、などというものが、所詮は観念上の存在であって現実ではなかったからだ。

 対して目下の谷は人口千五百人強。流石に全員の顔と名前が一致することはなくとも、一人、二人を間に挟めば全員が顔見知りだ。このような社会で、伝統によるものとは言え自身が衛士(リクトル)などを引き連れて歩けばどのような印象を醸すことになるかわからぬほど、ジョウンは阿呆ではなかった。

 

 が、それもいつまでそうでいられるか、とジョウンは息を吐く。

 

 今夜こうして帰宅が遅くなったのは、数日前に催した村民会議において、自身が問うた決議に異議が唱えられ、その善後策について<(めぇ)()く七日間>以前からの部下の私邸に招かれて語らっていたからだ。

 それは決して謀議、といった性格のものではなく、酒を酌み交わしながら図らずも逞しく成長しつつある郷士(ランツクネヒト)の顔触れ、中でもジョウンの発議に堂々たる異議演説を唱えてみせたブライア・ペシュメルの人となりを愛でる会であり、途中からは大災厄以前の思い出話にも花が咲いてついつい長引いてしまったものだった。

 

 それを正しく理解しつつも、であるからこそ、個々の村人がどう考えているかはともかく、自身の担うそれを重責であると考えるジョウンは、一抹の不安に囚われてもいた。

 トブの森から迎えた移民団も無事定着し、当初懸念された元からの住民と移民の対立も杞憂に終わった。実際、ブライアの異議演説に強く賛同を示した顔触れには、若者を中心に谷の出身者も多かった。がそれは、以前はその命脈を絶やさぬことが精一杯だった融水谷(ツィラータール)が、集団としての力を何処に糾合せんとするかで内部で競い合うという新たな段階(フェーズ)へ至ったことをも意味していよう。

 ジョウン自身は決してブライアに、自身を蹴落として権力を掌握しようなどという野心を見てはいなかったが、一方で今回の議論が、これまで意識していなかった世代間対立の存在を顕わにしたのも事実だ。ブライア自身にそのつもりがなくとも、善意の取り巻きがブライアの発議を現実化たらしめるべくジョウンの追い落としを図る、という可能性はあり得るし、これにやはり善意の保守派が感情的に応じるようなことがあれば、谷が真っ二つに割れてしまうことにもなりかねない。

 

「ことによっては、今回の一件の取り回しが谷の命運を決しかねん。よくよく考えて事に当たらねば。」

 

 (ひと)りそう呟きながら漸く見えて来た私邸に近づいて、おや、とジョウンは首を傾げた。

 (なか)から(あか)りが漏れている。

 

 ジョウンは独身で、私邸にも独居している。

 総司令官(インペラトール)推戴以前から実質的に谷の政務を取り仕切っていたジョウンは、名目上のこととは言え結果的に発揮してしまう権力を、谷の元からの住民からすればやはり余所者でしかなかった自身が濫用している、と見られるのを恐れて、敢えて生活を質素に律し、妻帯も控え日常の雑事をこなす女中(メイド)すら側近くに置かなかった。今になって思えば、それはいささか(かたく)なに過ぎたのではないか、と思わないでもないが、齢五十を越えてしまった今となっては、それこそ何を今更だ。

 流石にジョウンの私邸を、宮殿、と呼ぶお目出度い者はいないが、原則としてそこは全住民に開放されており、彼が留守の間に入って中で待つ者もしばしばある。(いま)(とも)されている(あか)りもそれだろうか。先の出来事を思えば、かつての部下以外にも自身と何か語らいたい、と考えた者があることは不思議ではない。

 それにしても、既にとっぷりと夜も更けて日付も変わろうかという時分まで待つ者は、少なくともこれまでにはいなかった。あるいは、そうまでせねばならない切迫した何か、があってのことだろうか。

 

 ジョウンは、万が一に備えて常に佩刀(はいとう)している小剣(ショートソード)の柄に軽く手をかけたまま、私邸の中に入った。(あか)りは応接室から漏れていたので、そちらへと向かう。不気味なくらいに何の気配も感じない。

 

(いま)戻ったところだ、待たせてしまったのならばすまない。」

 

 敢えて軽口を唱えながら入室したジョウンは、ハッ、と息を呑んだ。

 

「……キミたちは。

 いったいキミたちは何処(どこ)の誰だ?」

 

 無作法なことに、まったく見覚えのない待ち人は奥手の上座(かみざ)に足を組んで座っていた。

 ジョウンの問いに応えることなく逆に問う。

 

「キミが谷の皇帝、ジョウンだね?

 まぁ、掛けて楽にしたまえ。」

 

 こいつ、曲がりなりにも人の家で何を言っているんだ、と思わないでもないが、その余りに堂々とした態度に気押されたジョウンは、言われるがままに対面する椅子に腰掛けた。

 

「私がジョウンだが……キミは?」

 

 見たこともない真っ赤な紳士服(スーツ)に身を包み、夜半の屋内にも関わらず色濃い日除け眼鏡(サングラス)で瞳を隠した男は、三日月のような妖しげな笑みを浮かべながらこう言った。

 

「私かね?

 魂と引き換えにキミの秘したる願いを叶えるべくやって来た……」

 

 男の両手が左右に大きく開かれる。

 

「悪魔さ!」

 

「……はぁ?」

 

 ジョウンにはわけがわからない。

 男の態度もさることながら、着座した男の一歩後ろで立っている美しい女性もよくわからない人物だ。さきほどからこちらをゴキブリでも見るかのようなきつい眼差しで睨みつけている。そんな目で見られるほど小汚くはしていないつもりだが。

 

「それは……何かの冗談なのかね?」

 

 それでもジョウンは、強いて平静を保った。

 少なくとも二人からは、たちまちにこちらを害そう、といった殺意の類は感じられない。

 

「なるほど、皇帝に推されているだけあってなかなかの胆力じゃないか!」

 

 愉快げに赤服の男はそう言う。

 ジョウンとしては、会話が成立していない感に目眩を覚えざるを得ない。

 

「すまないが、疲れて戻って来たので、特に用がないのであれば後日に改めてもらえるとありがたいのだが。」

 

 ジョウンは狂人に見える目前の人物と諍いになることのないよう、穏便なお引き取りを願おうと試みたが、相手にそういうつもりはないらしい。

 

「そう時間は取らせない。虚心坦懐に私の話に耳を傾けたまえ。」

 

と応じられて、なお目眩は増すばかり。

 話を聞けば帰ってくれるのであればともかく聞こう、と言わんばかりに、無言のままジョウンは片手を差し出して男に続きを促した。

 

「キミの権力に危機が迫っている。」

 

 いきなり嫌なところを衝いてくるな、とジョウンは思う。

 それはまさに、今、自分が考えたくはない、と願いつつも考えてしまっているところだ。

 

「これは、谷の外からの介入によってなされているものだ。承知しているかね?」

 

 ん?とジョウンは意外だ、という表情を隠しもせず晒す。

 目下進行中の事態は、たしかに皇帝として推戴された自身の立場を危うくする恐れのあるものではあるが、あくまでも谷の中での意見の対立であって、男の言う外部からの介入などということは考えてもみなかったからだ。

 

「気づいていることを期待はしていなかったのでそれは構わない。

 キミはそこに注意を払わなければならない。谷の住人に、これまでになかった力や知恵を発揮する者があれば、まずはその者を疑うことだ。」

 

 まったく見知らぬ人物が深夜に自邸で待ち受けていて、名乗りもせずに語りだしたにもかかわらず、流暢な喋りにジョウンは完全にその調子(ペース)に呑み込まれている。

 

「その者は、谷の外の何者かと何らかの手段で繋がっており、キミにとっては獅子身中の虫となっている存在だ。疑わしい者に探りを入れ、谷の外の者との連絡手段を特定したまえ。」

 

 今、自分と明確に対立する立場を顕わにしたのはブライア・ペシュメルだ。そこに疑いはないが、彼はそもそも独立不羈の精神に溢れる若者で、赤服の男が言うように、これまでになかった力や知恵を突然発揮し出したわけではない。さりとて、公衆の面前で堂々と反対の立場を表明したのは初めてのことだから、これを力や知恵の発揮、と呼ぶのであればそうなのかも知れない。あるいは、ブライアの背後にこれを使嗾する真の対立者があるのか?

 

「それを突き止め私に報告した暁には、キミには揺るがぬ権力が約されるだろう。」

 

「どうやって?

 私はあなたが何処(どこ)の誰かも知らぬのに。」

 

 この荒唐無稽な話を丸っと信じたわけでもあるまいに、ついついジョウンは赤服の男への連絡手段を問うた。

 

「何か気づきを得れば、この部屋で夜半に独り呟きたまえ。

 私は地獄耳なのだ……悪魔だからね。」

 

 そう告げると赤服の男は、すっと立ち上がった。

 

「夜更けに前触れなしの突然の訪問の非礼は詫びよう。

 キミの善処を期待しているよ。」

 

 えっ?と虚を衝かれて着座したまま首を回して見送るしかないジョウンを余所(よそ)に、赤服の男は同道(どうどう)の女を連れて、悪魔、との名乗りが想起させるような煙と消える手段を用いもせず、普通に扉から出て行ってしまった。

 

「……な、何だったんだ?

 それとも、今夜の酒が悪かったのか?」

 

 

 

 深夜の融水谷(ツィラータール)の村外へと至る小道を、赤服の男と美しい女が歩いている。

 

「よいのですか、デミウルゴス?」

 

 村を出てしばらくしたところで、女が男に声をかけた。

 

「何がだね?」

 

 男……狡知の最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスは、振り返りもせずに逆に問う。

 

「アインズ様のお許しも得ずに現地住民に対しあのような……」

(いな)!」

 

 ぴた、と歩みを()めたデミウルゴスは、やはり振り返らずに右手を挙げて人差し指を立てた。後ろを追っていた女、戦闘メイド(プレアデス)にしてデミウルゴスの外征の助手を務めるナーベラル・ガンマも、これに応じて足を()める。

 

「私は()()の通報を求めただけで、現地人に何か影響力を行使したわけではないからね。」

 

「……しかし、貴方(あなた)はあの()に権力を約束しませんでしたか?」

 

「それは通報の結果、外敵が排され彼自身の行為によって実現するもので、私が何かするわけではないだろう?」

 

「……」

 

 どうにもナーベラルは煙に巻かれた感を覚えるが、さりとて彼女に割り当てられた知性はこれ以上の反論を可能とはしなかった。それを承知しているデミウルゴスは、また何も言わずに歩き始める。

 

「で……」

 

「何だね、まだ何かあるかね?」

 

「どうして徒歩なんです?<お助け玉(レスキューボール)>を割れば……」

 

「馬鹿なことを言うものではない。<転移門(ゲート)>など(ひら)こうものなら、この谷に(ひそ)んでいるやも知れぬ水晶の夜(クリスタルナイツ)間諜(スパイ)に気取られるやも知れぬではないか。目下、我々の能力は擬態の指輪の力で(はた)から見る分にはレベル1の(かす)でしかない。大手を振って歩いたとて、監視資源(リソース)に乏しい彼らには見抜けようはずもない。愉快なことじゃないか!」

 

 うーん、それはごもっとも。

 しかし、デミウルゴスの物言いは、彼がこの村にそれがある、と必ずしも確信を得ていないことを示してもいた。流石のナーベラルもそこには思い至る。

 

「この虫の巣に敵ギルドの息がかかっていると、確信しているわけではないのですか?」

 

 ふふふ、とデミウルゴスは不敵に笑って漸く振り返った。

 

「私としたことが、そのような関心をキミに(いだ)かせるとは!」

 

 そう言いつつもデミウルゴスは常と変わらず、否、常に増して愉快げだ。

 

「いいかね?

 キミも機動外骨格(パワードスーツ)の一件は聞き及んでいよう?」

 

「……それはもちろん。」

 

「アレはNPCには扱えぬ。さればプレイヤーが機乗するを要するが、水晶の夜(クリスタルナイツ)に既にプレイヤーはない。我らが至高の主は、堅実にもあろうはずもない<現実(リアル)>で死去したプレイヤーの復活の可能性を考慮の上で慎重に対処しておいでだが、プレイヤーでもNPCでもない者もまた、機動外骨格(パワードスーツ)を扱い得るのだよ。」

 

「?」

 

「わからないかね?

 こちらの世界の人間さ!」

 

「そんなことが?本当に?」

 

 ナーベラルには、虫が自身に匹敵する力を発揮する機動兵器を操る様が思い浮かばない。

 

「これは過去に例がある。大陸西方、かつてリ・エスティーゼ王国と呼ばれたところに金剛(アダマンタイト)級冒険者などと称したアズス・アインドラがあって、これが機動外骨格(パワードスーツ)三式(マークスリー)に機乗していた記録が私の日記にある。何のことはない、無分別にも白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーが貸し与えたものだ。あのお調子者にも困ったものだよ、まったく!」

 

 思いも寄らない話にナーベラルの目がまん丸に見開かれる。

 

「同じことを水晶の夜(クリスタルナイツ)は試みることが出来る。要件は、第一に人間種に準じた体格であること。(カルマ)中立(ニュートラル)であること、加えて騎士、指揮官、工兵の職能(クラス)を有すること。決して該当する者は多数派ではないが、探せば見つけるのは容易だ。

 そして連中にはこれをする動機もある。機動外骨格(パワードスーツ)が出没すれば、我々はそれを操るプレイヤーの存在を仮定せざるを得ないし、ましてやそれは、我らが至高の主が懸念してやまない<現実(リアル)>で死去したプレイヤーの復活を想起させる。()に受ければ、我々の対応は二手、三手と遅れを取ることになろう。」

 

 いつの間にか、ナーベラルの視線は驚きのそれから、うっとりとした魅了のそれに転じていた。

 

「だが!」

 

と、両手を高々と振り上げ歓喜に満ちた笑みを浮かべるデミウルゴス。

 

「連中の計算違いは、ナザリック地下大墳墓に狡知の参謀として私、デミウルゴスがあることだ!

 彼らの拠点<蒼玉(サファイア)>の存在可能範囲内に人間、亜人の集落は目下三つしか確認されていない。つまり機動外骨格(パワードスーツ)の乗り手を求人(リクルート)するには、ここか、もう一つの村か、紅水晶の竜王(ローズクォーツドラゴンロード)コニーが縄張るエイヴァーシャーの森しかあり得ないのだ。

 最後のそれが標的される可能性は無視して構わなかろうから、二つの村に善意の通報者を仕込めば、キミの言うところの()が勝手に魔女狩りをやってくれる、という寸法さ。水晶の夜(クリスタルナイツ)には、よもや現地人が自分たちに探りを入れてこようなどという発想も、それを未然に察知するに十分な資源(リソース)もあろうはずもないから、我々は我々の企図を察知される可能性が極めて低く、かつ、我々のかける手間が最小な手段を用いるに(しく)はないのだよ。

 実に愉快に……感じないかね?」

 

「えぇ、とても愉快だわ!」

 

「そう考えれば、これから徒歩でもう一つの村へ向かうのも苦になるまい!」

 

 急にナーベラルが冷めた真顔になる。

 

「……いえ、それは面倒臭いわ。」

 

 なおもデミウルゴスは変わらず愉快げだ。

 

「はははっ、それは私もだ。

 十二分に安全余裕(マージン)を確保した上でシャルティアを呼ぼう。」

 

 やがて二人の姿は闇の……中へと消える。

 

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