「皆の者、謹んで忠誠の儀を!」
「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!
死の支配者に栄光あれ!」」」
ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。
主だった階層守護者、皆がその場に集っている。
言うまでもなく本日参集の議題は、繰り返し陽動と思しき出現を繰り返す水晶の夜の機動外骨格の扱いについて、だ。
「その後の観察から判明しておりますところについて述べますと、アレは出現間隔も位置もこちらの予測を避けるべく出鱈目を装ってはおりますが、当初の水晶の夜のプレイヤーがそうであったほどそれは徹底されてはおりません。」
パンドラズ・アクターがまず皆に向けてそう報告すると、これにアルベドが続いた。
「加えて、アレは例外なく夜半に人間どもが古に整備した街道跡に現れ、瓦礫を片付けて整地するを繰り返しております。その真の目的は未だ不明では御座いますが、街道の復旧をたちまちの戦略目標としておりますことは明らか。こちらの要撃を警戒して出撃は短時間に限定されているようでは御座いますが、網を張って待ち受けるのはそう難しくはないでしょう。」
つきつめればナザリック地下大墳墓の意思決定は大魔王アインズ・ウール・ゴウンの専権であり、また、下僕はすべて<アインズ・ウール・ゴウンの日誌>の記録から顕現した存在であるのだから、その考えるところも、自覚的にそこに気づくか否かはさておき、その総体である至高の主アインズ・ウール・ゴウンの範囲から逸脱することはない。
なので、アインズには殊更こうして皆を一堂に会させて方針を議する理由など、ないと言ってしまえばないのであるが、でありながら、アインズはこうして愛すべき下僕たちと作戦会議遊びをすることを、これまたこよなく愛しもしたのである。
「アウラ、マーレ。」
「「はいッ、アインズ様ァ!」」
敢えてアインズは、一旦話題を逸らした。
「トブの森に異常はないか?」
「だ、だ、大丈夫です!」
「ご懸念は、この陽動の間に敵本隊が森への侵攻を伺っている、といったところかとは思いますが、今のところそういう気配はありません!」
森の守護者を自認するアウラ、マーレ一族を代表して当代のアウラ、マーレが応じる。
当代のアウラ、マーレ姉弟は、容姿も発揮する能力も初代アウラ、マーレ、その長じた姿に準じるが、その口調と性格だけがすっかり入れ替わっている。
「重畳だ!」
上機嫌にアインズはそう応じるが、であればこそ、このあからさまな陽動の背後にあるはずの真意が読み解けないことに、いささかの苛立ちが募るのを感じている。
「私ト……」
と口、ならぬ大顎を開いたのは蟲王コキュートス。
「私ト、セバス……後詰メニ、シャルティア、ヲ配シ然ルベク誘導イタダケレバ、ヨモヤ討チ漏ラスコトハアリマセン。」
うんうん、とアインズが頷く。
コキュートスの言が、本来は自身単騎でもそれが可能であるが、敵方が何らかの罠を張って待ち受けていることを主が念頭に置いていると承知した上で近接戦闘、隠形看破に優れた相方を推挙していること、近接戦闘では引けを取らないシャルティアを敢えて後詰とするのは、完全殲滅ではなく搭乗者捕縛を戦術目標と定めていること、を含意していると見抜いてのことだ。
「大枠の方針については、コキュートスの言う通りだ。
オレたちに焦る理由はないが、さりとて、そろそろオレも我慢の限界だからな。」
そう嘯きながら、アインズは、ひょっとするとこれは敵方NPCに対する自身の唯一の弱点なのではないか、と思ってもいる。
トブの大森林の実りを擁するナザリック地下大墳墓は、事実上無限の継戦能力を有している。なので、単純に千日手で睨み合えば、確率的にはいずれ尽きる文明遺物の換金に依存している敵方が先に干上がる可能性が圧倒的に高い。待とうと思えば、アインズは千年、万年とその時を待つことができるのだ。
一方で、記憶能力を制約された彼の主観からすれば、あらゆることには常に潮時がある。特定の課題に対する集中力は、記憶から薄れるにつれて失われがちだ。鉄は熱いうちに打て、ではないが、自身の限定された記憶領域の大半が対象に割り当てられている瞬間に事を決するのが、結果的に課題に立ち向かう思考密度を最大化し、勝利の確度を押し上げる。
だが、これはアインズの精神が元を糺せば人間、鈴木悟に由来するがために抱え込んだ性向だ、とも言える。ユグドラシルAIに由来する水晶の夜のルーシェンなるNPCもまた、同様の記憶能力の制約を受ける存在ではあるが、人間特有の集中力の疎密の影響を受けるとは考え難い。文字通り敵は、千年だろうが万年だろうが、適切な手段で記憶の一部なりともを維持することさえ叶えば、一度定めた目的に対しては淡々と行動して倦みも飽きもしない存在なのだ。我らが神託娘シズ・デルタが常にそうであるように。
実際、ここに至る五年の間、音沙汰なく潜伏していたに見えた水晶の夜がこうもあからさまな陽動を繰り返すのは、粛々と水面下で進められた営為により何らかの前提条件が満たされたからだ、と考えるのが自然だ。NPC知性は、これを平然とやってのけるだろう。
「我らが参謀の見解も聞きたいところだ。」
珍しく口数少ないデミウルゴスへとアインズの視線が向かう。
向けられた当人は、片手を折って腹に当て、深く礼を執った後にまずこう言った。
「搭乗者捕縛は強いて試みる必要もないものか、と。
恐らく乗っておるのは、他愛もない現地人に相違御座いますまい。」
結論として搭乗者をどう扱うか、の考えは必ずしもデミウルゴスと一致しないアインズではあるが、ツアーから伝え聞いた、現地人に機動外骨格を貸与していたことがある、の話から、アインズも同様には考えていたものだ。よもや<現実>で病死した水晶の夜のギルド長クリフの復活が成りアレに乗っているなどということはあるまい。
ちなみにデミウルゴスもまた、ナザリックのこちらの世界での顕現直後にアズス・アインドラの存在を捉えており、何なら加えてツアーの友人にして死人使いリグリット・カウラウ、今も伝説として語られる三重魔法詠唱者フールーダ・パラダイン、後にデミウルゴスの子を生み以てこの世界を滅ぼすキッカケにもなった漆黒聖典番外席次絶死絶命の存在も把握していたが、いずれも当時は些末なこととしてアインズには報告されておらず、ただただデミウルゴスの日記上の記述として秘匿されていた。
「幽霊の、正体見たり枯れ尾花……といきたいものだな。」
軽い冗談のつもりでアインズはそう応じたが、デミウルゴスは常の彼とはいささか異なる調子でアインズに問う。
「敢えて、仕掛けられますか?」
「逆に……これ以上躊躇うべき理由があるなら、教えて欲しいほどだ。」
このデミウルゴスの言葉に、アインズ自身は本当に教えて欲しい、と考えてそう応じたのだが。
「あぁ、流石はアインズ様で御座います。
最早何も申し上げますまい。どうぞご存分にお仕置きください。」
と深々と腰を折られて、終に教えてはもらえなかった。
何だ?
この……嫌な予感!
*
融水谷の皇帝、ジョウン・カタラクトは、村の耕作地を見渡せる小さな丘に立って、郷士の仕事を眺めている。
今日は、畑の間を縫うように走る水路の整備がおこなわれている。
あの隊が結成された時分は若い連中のやることにはいちいち口出ししたくなったものだが、最近ではそういうことも少なくなり、何なら力仕事は全部お任せだ。
かつてジョウン自身も所属した軍団は、何事も人海戦術で解決することを旨とし、戦闘にせよ土木作業にせよあらゆる技術は専門特化する傾向が強かった。ジョウンも一通りの基礎に通じてはいるが、同僚や部下の専門領域には敢えて口出しせず、それを統率監督することに徹したものだ。
対して只今の郷士たちは総員数が限られていることもあって、もちろん銘々に得手不得手こそあるものの、互いに長じたところを学び合い、万能化を指向しているようにジョウンには見えている。そこには一長一短があることを彼は知っているので、小言の一つも出したい気持ちがないでもないのではあるが、それでも、若者たちがかつての自分たちが想像もしていなかった状況下において、創意工夫しているところは尊重したかった。
さて。
過日の、悪魔、を名乗った来訪者の言葉をどう考えたらよいものやら。
そんなことをジョウンはずっと考えている。
悪魔は、谷の外部から谷の分断を図る何者かが存在し、それに使嗾される谷の住民があることを示唆した。
その可能性が最も高いのは若頭的な立ち位置にあるブライア・ペシュメルだが、確かに彼は率先して行動する男ではあるが、決して独断専行する型の先導者ではなく、今も、他の若者たちから頼りにされていることを理解しつつも、彼らからの提案や助言に耳を傾けることを怠りはしない。
むしろ、ブライアの取り巻きの中に問題の人物が会って彼に何か耳打ちしている可能性も否定は出来ないし、ブライア自身にその気はないようだが存外彼が村の年頃の娘たちにモテていることは知っているので、そういった女性の中にブライアを使嗾する者がある、というのもあり得るだろう。
自身の部下や、あるいは事情を知らない他の村人を唆してそういった容疑者の日常の行動を密かに監視すること、それ自体は決して難しくはない。
だが、果たしてそれは為すべきこと……だろうか?
悪魔は、それをすればジョウンに揺るがぬ権力が約されるだろう、と言った。
ジョウンの秘したる願いを叶えるべくやって来た、とも。
それは、否定は出来ない。
自分は決して清廉潔白な人間ではない。もちろん表面上は古の帝国の命脈を未来へ繋ぐこの谷を守り抜くため、と考えて努めているつもりではあるが、それは皇帝としての権力の誘惑と常に表裏一体だ。
悪魔の言っていることが本当で、谷の外から谷の人々の繋がりを分断しようとする何者かの働きかけがあるのであれば、総司令官に推戴された自分にはこれを未然に防ぐ義務がある。一方で、それが自身の皇帝の座を守るために為されるものであるならば、まさに悪魔の誘惑だ。
不意に。
本当に不意に、ジョウンの脳裏に五年前の記憶が蘇る。
森からの移民団を引き連れた、仮面を被った奇矯な魔法使い、通称先生。
半ば社交辞令で、半ば本気で、自分と組んで大陸東側の支配者にならないか、とかけた誘いに、先生は曰く有りげなそっけない言葉を返した。
「ジルクニフ・エル・ニクスは、おまえみたいな安っぽい男じゃなかった。」
今も皇帝の称号にその名を残す帝国中興の祖、神皇初代ジルクニフ・エル・ニクス。
先生は、まるでそのジルクニフと面識があるかのようなことを口にした。
三千年以上前の伝説の人物に対し面識ある、など考えられようはずもないが、あの先生についてはそれがない、とは言い切れない、とジョウンは感じている。そもそも先生を谷へ導いた森の使者エンリネは、永遠の時を彷徨う吸血鬼と邂逅した、と語っていなかったか。先生もまた、その類であったのかも知れない。
そして先生はこうも言わなかったか。
「糞にはなるなよ、オレに殺されるぞ。」
ここで言われる、糞、とは。
まさに。
今自分が為すべきか為さざるべきかを迷うところの、自身の権力を維持するために未来ある若者たちを監視しその咎をあげつらおう、などと目論む者のことを言うのではないか。
あのときの先生は。
私が、今こうして悪魔の誘惑に迷うを前以て承知の上で、あの言葉を私に遺したのではないのか!
*
「敵が倒れたとき、自身のHPは僅か1であっても構わない。それは勝利なのだ。古の人はこれを、肉を切らせて骨を断つ、と表現したという。」
ブライアは再び異世界からの来訪者、クリフの元を訪れてその教えを受けている。
「特に、私が貸与した装備を使用している場合、被害を受けるのは装備であってキミではない。これを常に念頭においておくことだ。装備の耐久力が残っている限り、勝機は必ずある。」
言わんとするところはわかる。
森で師事した亜人の手練れにもしばしば、手負いの獣を侮るなかれ、と口酸っぱく釘を差されたものだ。実際、その教えに一命を救われたことは少なからずあったように思う。今クリフが言っているのは、それを立場を逆にした知見、と言えなくもない。
「集団戦闘を指揮するに当たってもまったく同じことが言える。いくら兵卒を失おうとも、最後に敵本陣を突き崩すことが叶うのであれば、それは疑う余地なく勝利なのだ。目前の犠牲に気を取られて、戦機を失うは愚かなことだ。」
このクリフの言葉に、ブライアは違和感を覚えた。
そんな場面はたちまちには具体的に思い浮かばないが、郷士を率いて自身が谷を襲う何者かと対峙したとして、仲間をいくら失っても最後に敵を撃退できればそれは勝利なのだ、という理屈は成り立たないようにブライアには思える。少なくとも自分はそんなことは望まない。
戦いである以上、まったく無傷、というわけにはいかないだろうが、味方の損耗を可能な限り少なくすることは大局的に考えたときの勝利の第一要件であって、犠牲を出してでも勝利すればそれでよい、というのは逆に愚かな考えではないのだろうか。そんな戦い方をして、戦後、仲間たちが自分を支持し続けてくれる、とは到底思えない。それは敗北だ。何なら戦わずして敵を退かしめることこそ最善ではないのか?
それとも。
クリフが生まれた異世界では、仲間を犠牲にしてでも勝利することが、正しい考え方だったのだろうか?
「……今宵の座学はこの辺りにしよう。
また少し練習してくるといい。禁忌は覚えているね?」
座学で種々の知識を与えられること三年。後に、谷一番の猛者、ゲオルグソンよりもさらに二回り大きい彼の言う装備を貸与され、その基本操作に洞窟内で習熟すること二年。
最近になって急にクリフは、これを野外へ持ち出して、一刻に限ってではあるが個人演習をせよと言い出した。望外なその力の用法として、ブライアは近い将来直面するであろう街道再整備事業、その地ならし、以外は思いつかなかった。
クリフの問いに、ブライアは即答する。
「何者かの気配を察知したらまず隠蔽し、即時撤退。
不用意に何も持ち帰らない。何もその場には残さない。」
「よろしい。気をつけて行っておいで。」
*
「おや、今宵は御曹司はおらんのかえ?
頼もしくも忌々しい悪魔参謀殿がご一緒とは、気が滅入るのぉ。」
<転移門>を潜って姿を現した大魔王アインズ・ウール・ゴウン、その狡知の右腕デミウルゴスの姿を認めて、人型を採って植物で編まれた寝座椅子に転がっていた紅水晶の竜王コニーは、憂鬱そうにそう呟いた。
作戦開始に先立ち、五年前同様にこちらの出撃地点の欺瞞のため、アインズはコニーに前線基地として塒の提供を求め、これを快諾された。が、存外ツアーがデミウルゴスに常に警戒しつつも一定の理解を示すのに対し、コニーはデミウルゴスがお気に召さぬらしい。
(こいつ……本当に今度はパンドラを狙ってやがるのか?)
思わずアインズがペカる。
対するコニーはそこには関心がなく、続いて恐怖公、蟲王コキュートス、そして共に息子を得た執事セバス・チャンが現れるや妖艶な笑みを浮かべた。
「おぅ、愛しいセバスではないかえ。
今宵は大切なお役目があろうが、追って妾の相手もしておくれかや?」
と気安く声をかける。
かけられた側は、鋭い眼光こそ緩まぬものの心無しか頬を赤らめた。
「デミウルゴス、打ち合わせを。」
強いてアインズはコニーを無視した。
あれはあれで、アインズが戦いに前のめりになり過ぎないよう、言っている本人は気の効いた冗談で場を和ませているつもりで言っているのだ、そうに違いない、そうであってくれ、でないとやっとれんわーーー!
「いささかペカっておいでのようですが。
大丈夫ですか、アインズ様?」
楽しそうにそう言うデミウルゴスを、屹とアインズが睨みつけた。
さしものデミウルゴスもボケる場面でない、と気づいたものか真顔に戻って主命に従う。
「ここまでの傾向から鑑みて、今宵再び件の機動外骨格が街道跡の何処かに姿を現す可能性が高い。目下、ニグレドが監視資源の九割をその早期検知に割り当てているので、出現とほぼ同時にこれを捉えることが叶うだろう。」
先の玉座の間での議論では、コキュートスはシャルティアを自身の後詰に推したが、アインズは自身が陣頭に立つことを望み、そのシャルティアは、ニグレドが機動外骨格発見に全力投入する分疎かになるナザリック近傍の防衛のため、今は完全装備でナザリック地上部に立っている。
「検知があり次第、アインズ様の<転移門>にてコキュートス、セバスが現場へ突入。際しては恐怖公眷属をいくらか伴ってもらい、以降、私とアインズ様は当地より恐怖公を介して観戦する。」
コキュートス、セバスが、こくり、と頷き承知を示した。
「標的は機動外骨格七式単騎、が前提だ。敵主武装は中距離に誘導弾八機、近接戦に超振動刃。分担はコキュートスが防空、セバスは突撃とする。アインズ様は搭乗者の確保をお望みであらせられるので、そこは間違えないでくれたまえ。前提が崩れた場合、すなわち敵方からの増援を認めた際は、一旦コキュートス、セバスは防御に努め、アインズ様のご指示を待つように。」
アインズもまた、こくり、と頷き基本戦術に同意を示す。
「最後に。言うまでもないとは思うが各自帯同した世界級アイテムの使用は禁止だ。」
水晶の夜が世界級アイテムを所持している可能性はない、と判断されているが、だからといって無対策で戦いに挑むなど論外、はナザリックのお約束である。
この後、あらゆる作戦に共通する戦術原則がチェックリストで確認され、準備万端が整う。
「……以上で打ち合わせを終了いたします、アインズ様。」
腕を折って腹に当てたデミウルゴスが深くアインズに叩頭し、戦闘前儀式の終了を告げた。
「うむ、完璧だ、デミウルゴス。
今宵は……いい夜になりそうだな!」
そう言いながら上機嫌の大魔王は、両の骨の手を左右に大きく広げて高らかに嗤った。
そんな彼らの背後から、呆れた口調のコニーの言葉が届く。
「ほんに、そなたらは忙しないのぉ。」
*
ブーーーッ!
初めて聞く警報音にブライアは俄に緊張を強いられた。
「警報通告、可戦域ニ<転移門>検出、所属不明NPC二体、推定レベル総計二百、脅威度極大。」
「え?……えぇ!」
聞き慣れない言葉に軽い恐慌に陥る間にも、矢継ぎ早に機械は意味不明な何かをがなり立て続ける。
「予約伝言発信、高優先度命令起動。」
とにかく、落ち着いてクリフの教えに従わなければならない。
ブライアは、大きく息を吸って肉声で機械に命じた。
「隠蔽を、頼む!」
「高優先度命令ニヨリ、隠蔽ハ拒絶。」
「え!それって隠蔽できねぇ、ってことかぁ?」
「仰セノ通リ。」
大変なことになった。
隠蔽できない、ということは、何者かはわからないが、えぬぴーしー、とやらからこちらは丸見えで、もし敵意があるならば戦闘になる、ということは流石のブライアにも理解はできる。
「推奨される作戦行動は?」
同じくクリフに教えられていた教示機能を頼ってみると。
「敵ニ対シ現有全火力ニヨル砲撃ノ即時実施、続イテ撤収。同意サレマスカ?」
これに同意する、ということは、えぬぴーしー、に対し、こちらの敵意を顕わにする、ということだ。
戦闘?
俺っちが……異世界からやって来た世界を滅ぼし得る化け物と、戦闘?
「……同意、するしかねーわな!」
とブライアが呟いたのと、前方画面に赤い注意喚起の囲みに包まれた白銀四本腕の鎧武者が映し出されたのはほぼ同時だった。
カチン、カチン!
自身の左右から何か金属が弾けるような音が立て続けに聞こえた後、ドドドドドッ、と気を失いそうな爆音が響いてブライアは震え上がる。続けて画面越しに、どうやら自分自身から飛翔開始したと思われる八つの光が白煙棚引かせて上空へ向かって舞い上がり、その頂点に至って急速落下し始めるのが見えた。
ブライアは「続イテ撤収」を推奨されたことも忘れて、ただただその光景に魅了され立ち尽くした。
次の瞬間。
光弾が向かうやに見えた白銀の鎧武者が抜刀し、空へ向かって一閃振るったのがブライアの視点からも見えた。刹那、武者を中心に光の円弧が急拡大する虹のように広がったかと思えば、その弧と光弾が接した中空で次々と轟爆が生じ、その閃光で辺りがパーッと明るくなる。
「え?……えぇ!
う、撃ち落とされたァ?」
「煙幕発生機自動起動。
可能ナ限リ速ヤカニ退却セヨ!」
今、身に纏うこの機械、巨大な甲冑は、ブライア自身が己の身体に動けと命じるのと同等の意思を以て命じないと指一本動かない。そんなことはクリフから教えられて承知していたし、実際、まるで巨人の如く大きくなった自身の身体を操るかのように、操縦の練習がてらここしばらく街道跡の瓦礫の片付けを難なくこなしてきたものだが、それはあくまでも平時にあってのことで、会敵の緊張の中それが出来るか、はまったくの別問題だ。
むしろ、ブライアの視線は画面に映し出される現実とは思えない光景に釘付けになってしまい、続く具体的な行動をまったく思い浮かべることが出来なくなっていた。
目前には、機械が先程告げたそれであろうか、どす黒い煙が一面を覆っている。これが自身の退却のための目眩ましとして撒かれたものであることはブライアも理解はしているが、こんなものがあの化け物に通用するのだろうか。
と考えた瞬間、その煙の視界ほぼ中央に突然渦巻きが生じ、その中からとてつもない速度で拳を振りかぶって憤怒の表情を浮かべた老執事が飛び出して来たのが見えて、ブライアは息を呑んだ。
時間が止まったかのような錯覚。
実際のそれは本当に……本当にほんの一瞬の出来事であったのだが、確かにブライアは、その執事と目が合ったような気がした。それは、たかだか二十余年ほどの生涯ではあるが森での自己鍛錬の日々の中少なくない修羅場を経験してきた彼であってもまったく見覚えのない……。
どんなに屈強な亜人であれ、
飢えに乾いた獣であれ、
決して宿すこと叶わぬ純粋無垢に結晶した、殺意の眼差し!
これに射貫かれたブライアは、まさに蛇に睨まれた蛙、鷹の前の雀、猫の前の鼠。反撃はもちろん、受け身の姿勢どころか指一本動かすこと叶わず、彼を包み込む巨大な甲冑は執事の鉄拳をまともに喰らう。
衝撃!振動!暗転!
自分の体に直接の被害こそ感じないものの、搭乗した機械ごと後方に吹き飛ばされる感覚を覚え、これまで画面越しに見ていたがために現実味を欠いたそれが、間違いなく現実なのだ、とブライアは悟った。
その画面も、あの出鱈目な老執事の一撃で機能しなくなったのか機内は真っ暗闇。
「警報通告、機体損耗率70%超過、即時撤退セヨ、撤退セヨ!」
出撃前に聞かされたクリフの話ではないが、一撃で七割の損耗なのであれば、もう一撃喰らえば合計は十四割で、十割でこの機械が破壊されるのであれば、残り四割は自分が受けるのだろう、とブライアは思う。四割、と言えば僅かな気もするが、この機械を破壊するに足る力の四割に、生身の人間である自分の肉体が耐えられようはずもない。
「撤退セヨ、撤退セヨ!」
この機械があれば、簡単に、ではないにせよどんな相手であってもそれなりに戦える、などと一瞬でも考えていた自分の愚かさを呪ってみても最早詮無いこと。外部視界の消失に伴い件の化け物執事が何処にいるかはさっぱりわからないが、周囲に濃厚な殺意が漂っているのをブライアは感じている。
否、そんなものを感じ取る能力が自分にあろうはずもなく、ただただ自身は既に観念してしまっているのだ。
喉はカラカラで声が出そうにもないが、最後の悪足掻きで出ないそれを必死に振り絞り、ブライアは叫んだ。
「誰でもいいから助けてくれーーーッ!」
次の瞬間!
ズガンッ、と轟音!
……?
衝撃、死……が来ない。
何故だ?
気味の悪い沈黙。
わからない状況を理解しようと、視界が既に封じられたブライアはただ耳を澄ました。
聞こえてきたのは。
「痛い痛い、止めて止めて。」
との気の抜けた声。
……はぁ?
そして。
同じ声色が続いてこう言った。
「誰かと思えば……パパではないか。」
*
丁度このとき。
古都アーウィンタール……とかつて呼ばれた都市廃墟から山を三つ隔てた人跡未踏の谷間。
俄に大地が震え始める。
自然の地震の知られていないこの世界で何事か!
機動外骨格狩りに全資源を集中させる大魔王アインズ・ウール・ゴウン、率いるナザリック地下大墳墓、共に誰一人この異変に気づくはずもなし。