既に機能停止した画面ごと外部から機動外骨格七式の胸甲が剥ぎ取られ、ブライアの身体は外気に晒された。
「若者。」
との呼び掛けにブライアが視線を向ければ、そこには、光沢鮮やかな白鉻の全身甲冑、胸の中央には瑠璃色に輝く蒼玉。昆虫、あるいは竜を想起させる仮面を被った騎士の姿があり、ブライアに向けて片手を差し出していた。
「分不相応の力を振るう愚かさを身を以て知ったかね?」
騎士は事も無げにそう問う。
ブライアはただ、こくこく、と頷いて差し出された手を取ろうとしたが、不意に騎士の手が引かれた。
「もう一つ、手放さねばならぬ分不相応なものがあるのではないのかね?」
そう問われてブライアの視線は、右手の指に嵌めてあったクリフの元を訪ねるに用いる転移の力を有した指輪へと向かう。
決して全幅の信頼を寄せていた相手ではないが、それでもクリフは、ブライアには思いも寄らなかった知識と力をもたらしてくれた恩義ある者だ。今この指輪を騎士に差し出すことは、クリフに対する裏切りになるのではないか、とブライアは躊躇う。
が、騎士は彼のそんな心理も見透かしている様子。
「知恵や力を分かち与えてくれる者、人、これを師、あるいは友と呼ぶ。
さりとて、知恵や力を分かち与えてくれる者が、常に師や友であるとは限らない。
他にもそうである者はある。たとえば……悪魔、とか。」
この言葉にブライアは意を決した。
これは自身の感情で決裁できるような話ではない。
外した指輪を差し出すと、白鉻の騎士は、
「思い切りのよい若者だ、みどころがある!」
と上機嫌にそれを受け取ったが、それとほぼ同時に騎士の背後に眩い光が瞬き、続いて黒い渦が巻き起こったかと思えばたちまちに<転移門>が開かれた。
ブライアは幻惑を覚えて一瞬手で自身の目を庇ったが、そこから姿を現した存在に息を呑む。
金糸銀糸に縁取られた豪奢な漆黒の装束を身に纏い、その中腹に血を想起させる禍々しい紅玉を抱え込んだ……骸骨!
これは……!
まさにこの姿は、クリフから伝え聞いたアインズ・ウール・ゴウンのモモンガ!
……二十五年前、<冥と啼く七日間>で世界を滅ぼしたという、化け物中の化け物!
が、そのブライアの緊張とは裏腹に、出現した骸骨は開口一番上擦った声でこう叫んだ。
「この糞餓鬼!
突然割り込んで来て、何してくれやがる!」
もちろんアインズは、進退窮まった搭乗者が求めた救いの叫びに応じて現れた騎士が、我が友白金の竜王ツアーの孫にして、ナザリックの執事セバス・チャンの息子、正義白鉻の竜王タチウスドラコーナ・ミルザーゲッバーティアヴィチ、ことタッチであることを理解している。
問われたタッチはアインズの剣幕にはまったく関心がない様子で、さきほどブライアから受け取った指輪を、ポイ、とアインズに投げ寄越した。骨の手の平が過たずこれを受け取る。
「アインズさんの入り用はソレだろう?
この若者は私がもらっていく、さらばだッ!」
タッチは袖なし外套のように背から垂らしていた真っ赤な翼を開いて宙に舞い上がり、足先でブライアの両肩を捉えて持ち上げた。
「えぇ?」
ブライアは、機動外骨格に機乗してのそれとは異なる、我が身を晒しての初めての飛行体験に驚きの声を上げるが、驚いたのはそれだけではない。
存外、その飛行速度がのんびりと牧歌的だったからだ。
これ……容易に背後から撃ち落とせるんじゃね?
見上げて見送る骸骨も、同じようなことを考えながらこちらに視線を向けているような気がする。
一方の骸骨は、一発<現断>でも喰らわせてやるか、いやいや、これで「痛い痛い、止めて止めて」だったら衝撃だよな、と阿呆なことを考えた後、そのオマケとして足先に摘まれている若者を探査してみた。
人間種、男、中立、レベル総計十五。属性は、戦士、騎士、指揮官、工兵……機動外骨格搭乗要件の最低限度を満たしてはいるが、有り体に言えば……滓だ。
「巻き込まれ損の現地人も、タッチの気紛れも……どーでもいーや。」
打ち合わせの取り決めに従い、タッチ出現以降はクソ真面目に防御姿勢を採ったままアインズの指示を待っていたコキュートス、セバスに手招きしつつ、さきほどタッチから受け取った指輪を眺めつ眇めつしながらアインズは呟く。
「どうせこっちも、人形が据えてあるだけなんだろうけどさ。」
「私の名はクリフ。
キミたちに危機あることを知らせるべく、異世界からやって来た者だ。」
召喚した無自我の不死者を露払いに潜らせて安全を確認した後、タッチが機動外骨格の搭乗者から回収した転移の指輪が指し示す先へ跳んでみれば、自分はクリフだ、と名乗るレベル僅か五の自動人形が洞窟の中で待っていただけだった。
その傍らには専用の整備台と予備の雷電瓶が無造作に転がっており、ここがその前線基地であったことに疑いはない。
「だろうな、とは思っていたが、ここまで徹底されると空寒いな。」
自称クリフが腰掛ける回転椅子の周囲には、直近に燃やされたと見える紙束の燃え滓が散らばっていて、恐らくそこに、このほとんど知性を備えていないように見える人形が演じるべき脚本が書かれていたのだろう、とアインズは推測する。機動外骨格に乗っていた小僧も、この人形に「キミには世界を救う使命がある、さぁ、この機械に乗り込んで!」とでも唆されたか。
この人形に、あろうことか主の名を僭称させたことには違和感もあるが、ナザリックが機動外骨格ではなくその搭乗者側から調査をおこなった場合に備えて、と考えると納得もいく。クリフ、の名が出れば、我々はあろうはずもない<現実>で死んだプレイヤーの復活の可能性を今一度真面目に受け取らざるを得ず、情報戦の一手としては評価できる。
そのために主の名まで利用するか、という気もするが、多分、知性振り切りのユグドラシルNPCというのは、我らがデミウルゴスが常々そうであるように、考えたくもないが元来そういうものなのだ、きっと。
などとアインズが考え込んでいると、キラリ、と何かが光って、次の瞬間には人形の首が刎ね飛ばされていた。剣戟を視認できなかったが、殺ったのはコキュートス以外にはあり得ない。
「……自爆攻撃、か?」
「オ察シノ通リ……デ御座イマス、アインズ様。」
いささかコキュートスが声を押し殺している。
「いかなる場合も平静を失わんコキュートスをオレは高く評価している。
が、今は我慢しなくていいぞ。オレも腸が煮えくり返っているんだからな!」
ふしゅーーーっ!
と、改めてコキュートスは荒々しい冷気を吹いた。
それにしても。
とアインズは再び考え込む。
ユグドラシル自動人形の多くは自爆攻撃技能を有するが、その破壊力は概ねレベルに比例する。百レベルのオレたちを嵌めるのに五レベルのNPCを自爆させてもせいぜい嫌がらせ、良くて時間稼ぎにしかならない。
「……!
<伝言>!
アルベド、オレだ!」
(いかがなさいましたか、アインズ様?)
不意に心配になったアインズは、ナザリック地下大墳墓玉座の間にある愛妃に呼び掛けるが、応じる声色は何ら変事が起こっていないことを意味していた。
「あぁ……何事もないのなら構わない。
こちらはクリフ、を名乗っていた人形……を片付けたところだ。
念のため、おまえからアウラ、マーレに呼びかけて異変のないことを確認してくれ。何事もなければ報告は不要だ。」
(確かに承りました。)
目下、ソリュシャンがアルベドの傍らにあり、ナーベラル、エントマは、アウラ、マーレ一族四世代を二隊に分けたそれぞれに随伴し、森の東端の南北で敵方急襲に備えていた。何かあれば既に凶報はアルベドに届いていて然りだから、よもや、とは思うが、念には念を、もこれまたアインズ・ウール・ゴウンの流儀である。
いくら考えても一連のこれ自体には戦略的な意味はまったくなく、ただただナザリックの耳目を惹きつけるために仕組まれたこと、とアインズは考えている。何なら件の機動外骨格がコキュートス、セバスの強襲に対して隠蔽で応じなかったのも、難敵に邂逅した際にその機能が封じられるよう仕込まれていて、巻き込まれ損の現地人もまた時間稼ぎの捨て駒として使われた公算が高い。
とすれば、水晶の夜には、虎の子の機動外骨格を投じてもなお、ナザリックの目を逸らしつつやりたかった何か、があったことになる。だが、そのナザリックも、それを支えるトブの森にも異変はない。もっとも、彼らがその所在や関係性を解している、と現時点ではみられてはいないのであるが。
「コキュートス、セバス!
一旦コニーの塒に戻るぞ!」
「はははははっ!」
「アインズさん。この悪魔の高笑いが耳障りで仕方ないゆえ、黙るよう命じておくれや。」
エイヴァーシャーの森、紅水晶の竜王コニーの植物の宮殿に戻ってみると、人型を採ってうんざりとした表情を隠しもしないコニーと、恐怖公の眷属が見たものを選んで映し出す<遠隔視の鏡>を指差して愉快げに高笑いを続けるデミウルゴスが待っていた。
これは……。
きっと碌でもないことになっている!
「何が……そんなに楽しいのかな、デミウルゴス?」
恐る恐る右腕と頼む狡知の参謀に尋ねてみれば。
「あぁ、アインズ様。お帰りなさいませ。
まぁ、こちらをご覧ください。古の帝都アーウィンタールの廃墟に潜んでおりました恐怖公眷属が三十分ほど前に垣間見た光景で御座います。」
ん?と鏡を覗き込めば、夜半だし画質は決して良くはないが、巨大な何かが宙に浮かんで飛んでいるのが映っている。
「な……これは!」
パカリ、とアインズの骨の口が開き、神々しい緑色のペカりと紫色の絶望のオーラがだだ漏れになる。
「左様で御座います、アインズ様!
笑いが……止まりませんで御座いましょう!」
対照的に、デミウルゴスは無闇矢鱈と楽しそうだ。
その突き抜けた前向きさ、ちょっと分けてくれ!
「や、やられた……」
がくり、と膝をつくアインズに、コキュートス、セバスが駆け寄るが、ただ独りデミウルゴスだけは、
「流石で御座います、アインズ様!
まさに、深慮遠謀ここに極まれり、と申し上げざるを御座いませんとも!」
と歓喜を絶叫した。
*
「鉄血宰相級空中戦艦。
拠点レベル四百、重課金のみで贖えるギルド拠点、で御座いますな。」
ナザリック地下大墳墓第九階層のアインズの自室。
想像の斜め上の事態を議するべく、三賢者が集っている。敢えて玉座の間への総員参集がおこなわれなかったのは、少なからずアインズがこの事態を「やられた!」と受け取っており、その動揺を下僕たちの前に晒したくはなかったからだ。
「着底状態での維持費用は一般的な同レベルの固定式ギルド拠点と変わりませんが、機関始動させて浮上いたしますとこれが九倍に跳ね上がります。稼働させている仕掛けの多寡にもよりますが、ギルド維持に要する資金は概ね拠点レベルの二乗に比例いたしますれば、すなわち、只今の空中戦艦<蒼玉>の維持費用は、拠点レベル千ニ百に相当することになりましょうな。」
先程来、デミウルゴス以上に楽しげに蘊蓄を語るのは、もちろんナザリックの財務責任者にしてユグドラシルの魔法の品、各種仕掛けに目がない御曹司、パンドラズ・アクターである。
その性向は創造主鈴木悟、すなわちモモンガ、大魔王アインズ・ウール・ゴウンのそれに由来するのであるから、アインズもまた空中戦艦が嫌いなわけではないが、それが自身に明確に敵意を顕わにしている存在であれば話は別だ。
「主武装は二連装三十八センチ砲四基計八門、最大射程三十六キロ。実際にやってみねばどうなるかはわかりませんが、その魔法徹甲弾が直上から我等がナザリックを襲ったとして、第三階層辺りまでは侵徹するやも知れませんな。原型となった<現実>のそれは、水兵の練度にもよりましょうが分間三発撃てた、などと聞き及びますが、流石にそれではゲームバランスが崩れますので、ユグドラシルのそれは一日に四斉射、再充填に四時間と制約されております。概ね超位魔法による拠点直接攻撃に拮抗するもの、と考えればよろしいでしょう。」
ここに至ってアインズは、パンドラズ・アクターがやたらと上機嫌かつ饒舌なのは、この空中戦艦の元ネタが<現実>の20世紀のナチスドイツの軍艦だからだ、ということに、軍事愛好家ギルメン、ガーネットの知識を借りて思い至る。
なんだかなー、いや、オレがそういう風にこいつを創ったんだけどさー。
ふと見れば、愛妃アルベドの寒々しい視線がパンドラズ・アクターに刺さっている。
アインズはそれが向けられているのは息子のみならず自分にもだ、と錯覚する。
否……錯覚、ではないのかも知れない。
「あはははー、い、いかんなーパンドラ。そんな公開仕様を喜々と語ってー。
ちょ、ちょっと大人気ない、とか思わないかー?思うよなー。」
あれ……空気が和まないぞ。
慌ててアインズは次手を打つ。
「まーなんだ!アレはヤバい、っちゃーヤバい。そ、それは確かだ!
が、所詮は拠点レベル四百、オレの超位魔法<天上の剣>を喰らわせてやればあんなモン、一発轟沈だ。
もちろん、超位魔法は有視界で撃つから相手主砲の射界に立つ必要があるが、要するに先に一発撃たせちまえばあちらは拠点で自分自身は転移できないんだから、機動力にまさるこちらが飛び込んでドカン……まーその程度のモンだ、あんなのは!」
「七式は……」
不意に、アルベドの表情が、それまでの胡乱なそれから常の怜悧なそれに転じたのをアインズは見逃さない。
「さ、流石はアルベドォ!そ、その通ーーーり!
アレは、対峙する相手が目前で超位魔法の準備段階に入るに備え、これに突入させて無効化し、以て主砲攻撃の時間的余裕を稼ぎ出すべく用意されていたもの、と考えて間違いないだろうな、だよな?そうだよな!」
「なるほど……流石はアインズ様、ご教示に感謝申し上げます。」
「いやー、なになに、なんてことはないさ。っつーか、んなもん基本の基本で実際には役に立たんからなー。まーオレだったら、コキュートスを前衛に立ててこれ見よがしに真正面で超位魔法を展開し、相手が慌てて主砲を撃ったのを確認したら自ら超位魔法を中断して転移転進、すれ違いざまに死角からセバスに艦橋に拳骨叩き込ませるかな。なんならシャルティアにガルガンチュアを投げつけさせるか、アハハー!」
あれ……またアルベドの視線が寒くなってないか?
しかもオレに向けて。
「ご冗談はそのくらいにしていただきまして。」
ひーーーっ、ごめんなさいィ!
「問題は……その空中戦艦の行方、で御座いましょう?」
アルベドの目線が、至高の主を含む自分以外の三人を順に舐める。
「そこは守護者統括殿のおっしゃる通り。
概ね東へ向かって飛び去っておりますが、恐怖公眷属が空中戦艦を目視確認した地点を線で繋ぎますと、その直線上には転移歴501年に父上が殲滅した、水晶の塔、の遺構が御座います。」
水晶の塔。ナザリックの面々は承知していないが、正しくはギルド、丸太騎士修道会のギルド拠点<耆闍崛山>。カルサナス平原のほぼ中央に出現したそれは、当時の次代皇帝への推戴を求めて手柄を焦ったバハルス帝国軍団有志の無意味かつ無価値な急襲に反撃し、結果、周辺の都市国家に甚大な被害をもたらした。
これを魔神、と見做したアインズは、ルベドの稼働試験を兼ねてこれを殲滅したが、所蔵された魔法の品の類はごっそりナザリックが頂戴したものの、水晶造りの壮麗なギルド拠点遺構そのものはその場に残された。
これに目を付けたのは転移歴1200年に到来したギルド光輝の骸骨聖騎士ブルーノで、拠点構造を容易に斬り盗り得るギルド武器を所有していた彼は、水晶の塔の構造材を<換金箱>へ投げ込むことで拠点維持費を賄った……と見做されている。
「光輝のギルド拠点レベルは三百二十。求めるところなど僅かで御座いますし、かの御仁の性向を鑑みますれば水晶の塔すべてを換金し尽くした、とは思えませんから、相当量の部材が残ったままのはずで御座います。空中戦艦がまっすぐそこへ向かった、となれば……」
パンドラズ・アクターに指摘されるまでもなく、これが、アインズが「やられた!」と己の額を打った直接の理由となる。
機動外骨格の捕獲を試みた夜、邂逅地点から真北、想定されていた敵ギルド存在可能範囲のほぼ北限に当たる山麓に埋もれていた空中戦艦が出現し、東へと飛び去った。これは、機動外骨格による陽動が、偏に空中戦艦の離脱の時間稼ぎを目的としていたことを意味している。実際、ほぼすべての監視資源を標的と拠点、および拠点維持資金源の防衛に割り当てていたナザリックは、空中戦艦の離脱を事後的に知ることになった。
空中戦艦が東方、カルサナス平原の水晶の塔を目指した、ということは、水晶の夜が光輝のブルーノ同様、新たな拠点維持資金源として水晶の塔に目をつけたからだ。そして、これがここ五年間彼らの動きがなかった理由であり、おそらく水晶の夜は、目立たないよう最小限の、ナザリックの恐怖公眷属に相当する羽蟻NPCを四方八方に派しそれを探していたのであって、五年という期間は、まさに水晶の塔の発見に要した時間だったのだ。
逆に言えば、彼らはこの世界でギルド、アインズ・ウール・ゴウンと邂逅した、という事実から類推して、おそらく他にも同様の存在があり、それは彼ら同様に維持資金に窮して中には武運拙く崩壊したものもあるはずで、その遺構が何処かに存在しているに違いない、と思い至ったことを示唆している。
地中に埋まった空中戦艦を再浮上させるには相応の時間を要し、土砂を被ったままでは虎の子の主砲も使えまい。その無防備な状態をナザリックに晒すことを避けるべく、彼らは敢えて機動外骨格を捨て駒にしてナザリックの耳目をそこに惹きつけたのであり、それを見抜けなかったアインズは文字通り、してやられた!のであった。
「そういうことになるわな。
これで連中は、当面のギルド維持資金の懸念なしにオレたちと事を構えることが出来るようになったわけだ。まかり間違えてナザリックの所在がバレようものなら、パンドラが言ったように艦砲射撃を喰らう、というのもないとは言えん。」
心底悔悟と反省をしつつ自嘲気味にアインズはそう呟いた。
……のだが。
「お見事で御座います、アインズ様ァ!」
ここまで黙り込んでいたデミウルゴスが、突如としてそう叫んだ。
……はぁ?
何かオレ、褒められるようなこと、したかぁ?
「何を言ってるんだ、デミウルゴス。
打つ手、打つ手が裏目に出るばかりで……」
「またまたご謙遜を!
アインズ様もお人が悪い。」
「はぁ?」
本当にアインズは、デミウルゴスが何に喜んでいるのかまったく理解できなかった。
「すまんアルベド、こいつが何を言っているのか翻訳してくれるか?」
当人に問い質すのも馬々鹿々しいと考えたアインズは愛妃に助け舟を求めるも、
「はぃ?」
問われたアルベドは、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべた上で、
「……翻訳も何も、デミウルゴスの申す通り、かと存じますが。」
と応じる。
見れば、パンドラズ・アクターも同様の様子。そもそもパンドラズ・アクターにせよ、いくら空中戦艦の登場に親譲りの性癖を擽られたとは言え、彼もまたナザリックを艦砲射撃し得る敵の仕様を嬉々と語ったのは妙、と言えば妙だ。
えぇ!
何なのコレ?
「……ちょっと待て。何かオレだけ振り落とされてる感があるんだが。
誰でもいいからオレにわかるように説明してくれないか?」
「「「えっ?」」」
「……えぇ?」
またこのお約束かよ!と思いつつも、アインズの困惑は増すばかり。
だいたいこうなると、最初にこのグダグダの解決を図るのは彼である。
「父上は私どもの言葉での説明、をご期待のご様子ですので申し上げますが。」
と、遠慮がちに話し始めるパンドラズ・アクター。
「参謀殿の埋毒の計は既に滞りなく為されておりますれば、後は、果報は寝て待て、かと存じますが……」
「そもそもはキミの発案じゃないか、私はただそれを遂行しただけのことさ。
アインズ様、どうかお褒めの言葉はパンドラズ・アクターに!」
漸く説明が始まったか、と思いきや、デミウルゴスが割り込んで益々アインズは混乱する。
それを察したものか、アルベドが問うた。
「よもやご記憶ではない、とは存じますが、転移歴1000年を迎える直前に、<換金箱>損壊事件が御座いました。」
「……何だっけ、ソレ?」
例によって例の如く、アインズにはたちまちにはその仔細がわからない。
そんなことはもちろん承知のアルベドが説明するところはこうだ。
ナザリックにはそもそも<換金箱>がただ一つあるのみだったが、殲滅したギルド拠点からの接収品として今ではいくつかの予備を所持している。
であるがゆえに、そこへの物品の投げ込みが野放図になった時期があって、当時これを業務としていた第五階層の雪女郎が、冷凍保存されていたアインズが狩った野盗の遺骸を装備品ごと放り込んだところ、たちまちに異音が生じて貴重な<換金箱>が破壊される、という事件が起こった。
たまたま野盗の一人が、ユグドラシルに由来する接触により他物品を破壊する罠効果を有した何かを所持していたためだが、その辺りの知識を欠いた雪女郎はまったく無警戒にそれを投げ入れてしまい、結果、まさにその罠に期待されていた通りの事態に至った、という話である。
「以来、換金はあらゆる魔法の品に精通いたしましたる私めの専権にて御座いますれば、同じ過ちは決してナザリックでは起こらないので御座いますが、拠点レベル四百、これを率いるNPCにうち百レベルが費やされておりその者が事実上単独で切り盛りしておる水晶の夜には、私に相当する者などあろうはずもないので御座いますな。」
「と、パンドラズ・アクターが申しますので、宝物殿に死蔵されておりました、そのような効果を有する品々を掻き集めまして、前以て水晶の塔遺構に潜ませて御座います。
これを実施しました影の悪魔の報告によりますと、光輝のブルーノはよほど几帳面な性格であったようで、塔頂から順に少しずつこれを削り取っており、最上部、玉座の間の辺りはすっかりなくなっていたそうで御座いますが、そこから下は綺麗に残っており、いくらか中途まで切り出した状態で放置されておりました。
ここへさりげなく、物品破壊効果を有する品々を混ぜ込んでおきました。その多くは湧き怪物が取り落とす水晶ですので、逸材を欠く水晶の夜の阿呆な単純作業NPCどもにはまったく見分けがつきません。」
感極まった声色でデミウルゴスが告げる。
「これを名付けて、埋毒の計。」
な……!
「その仕込みが整った矢先、その旨をご報告するまでもなくアインズ様より機動外骨格捕獲の命が下りましたので、流石はアインズ様、我々の一歩も二歩も先を読み通しておいでだ、と、ただただ感銘を受けておりました。
まさに!
まさに端倪すべからざる、と申し上げる他ありますまい!」
「ふぁーーーーーーー!」
意味不明の雄たけびを上げ、神々しい緑色の光と紫色の絶望のオーラをこれでもかと放ちながら、アインズは簡易玉座ごと仰向きにひっくり返った。
「「「ア、アインズ様ァッ!」」」
それでも種族特性上意識を失うことが出来ない彼の視界に、慌てて駆けよる三人の知の下僕の姿が目に入るが、最早アインズは、ものを考えること、それ自体を拒否したい気分でいっぱいだった。
まったく……。
こいつらときたら、目を離したら何をしでかすかわかったもんじゃねーな!
と。
*
デミウルゴス、パンドラズ・アクター退席後のアインズの自室。
愛妃アルベドだけが寝台の上で大魔王アインズ・ウール・ゴウンの傍らにある。
常と異なるのは、アインズは膝を抱えてそこに三角座りしており、これを着衣のままのアルベドが背後から肩を抱いて慰めていることだ。
「……今回ばかりは、流石に参った。」
と、呟くアインズ。
「何が、で御座いますか?」
もちろん承知の上で尋ねるアルベド。
「だってさー、オレ、完全に蚊帳の外じゃん!」
アインズの口調は完全に人間鈴木悟のそれで、これも常であればアルベドは隙あり、とばかりに獣の形相で襲い掛かりそうなものであるが、それはなされない。
このような状態に陥ったアインズが、そこからの気持ちの切り替えに女淫魔の魔術に頼ることを潔しとしないことを、これまたアルベドは承知している。
「下僕の為すところは、これすべて、主の威徳に帰すところで御座います。」
その理屈はわからないでもないアインズではあるが、さりとてそれで納得がいくものでもない。
「アインズ様におかれては、口の端に上せるも憚り多きことながら、私ども、加えては水晶の夜のルーシェンなる知性振り切りのNPCに、何やら引け目を感じておいでのご様子、とお見受けいたしますが。」
「そりゃドン引くだろー?
ぶっちゃけ、おまえらのノリにはついてけないよォ!」
アインズの言は最早駄々っ子のそれだ。
怜悧な口調のままにアルベドは続ける。
「後ろ向きの予言……おわかりになりますか?」
「ん?」
突然脈絡不明な言葉が飛び出して、不意にアインズの脳裏に、実のところそう捨てたものでもない冷静な思考が回復する。
皆さん、ご存じですかな?世には予言、などと言われるものが多々ありますが、あれは実に下らない理屈で成り立っておるのですぞ。というのも、的中した予言、とされ、予言者の功績と謳われる言説の影には、同じ予言者の口から発せられ箸にも棒にも掛からなかった幾万の虚言があるのであって、世人の記憶には的中したとされる予言しか残らないので、言うなれば認識論的錯覚によって百発百中の予言者などというものが仮構されるに過ぎないのであって、実際には万発一中、ぺロロンチーノくんの射撃の方がよく当たるだろう、という程度のものなのですなぁ。
より質の悪いものになりますと、予め為された予言に対し、現実の方を取捨選択してさもすべての予言が的中したかのように書き出しておいて、予言はすべて成就した、などと嘯く手法も何千年も前に人類は編み出しておるのですが、これが具体的に何を言っておるのか、についてはいささか差し障りもありますので明言は控えさせていただきましょう。かく言う私も、何を今更ながら炎上は怖いですからな。それでは皆様、ご機嫌よう。
例によって脳裏に浮かんだのは、ギルド迷物、アルベドの創造主タブラ・スマラグディナの蘊蓄だ。
「アインズ様には釈迦に説法か、とは存じますが、私どもNPCの知恵も、本質的にはそれと同じものなので御座いますよ。」
「……どゆこと?」
どうにも理路が掴めないアインズは、アルベドにさらなる説明を求めた。
「パンドラズ・アクター、デミウルゴスが、水晶の夜が水晶の塔へ向かうことを事前に読み切っていたもの、とお考えですか?」
「……違うのか?」
「その可能性が最も高い、と考えていたのは事実でしょうが、いちいち報告されぬだけで、実際には埋毒の計は大陸西方の鬼顔城、大地溝帯の動像寺院、その他の来訪者拠点遺構にも仕込まれているので御座います。」
「はぁ?」
「デミウルゴスは大陸東部の人間の生き残り村を訪ね、直接の影響力行使に及ばぬ範囲内で、悪魔の誘惑の言を弄して水晶の夜の息が掛かった者の密告を煽って歩いて御座います、こちらは功を奏さなかったようですが。」
「な!」
「この他にも、やはり逐一報告されないままに空振っている施策はそれこそ万と御座います。これを可能にしているのは、ただただ私どもが元を糺せばユグドラシルAIに由来し、順列組み合わせでありとあらゆる可能性を試みるにまったく倦まない存在である、ただそれだけのことで御座いますのよ。」
そう言いながら、うふふ、とアルベドは微笑んだ。
「ですが、アインズ様は違います。」
「そりゃ、そんなことはオレには出来ないよ。」
「いえ、そこではなくて。」
と再びアルベドは、うふふ、と笑う。
「私どもNPCにとってはすべての行動選択肢が等価、そこにそもそも価値を見出すことがないのです。なぜなら私どもにとっては、忠誠を誓ったギルドの存続、主たるプレイヤーの意向が第一義であり、私ども自身の嗜好、価値判断などというものは存在しません。」
「……デミウルゴスに限って言えば、そうでもない、よーな気もしないかー?」
と、訝し気なアインズ。
「それはかの者の御身の無聊を慰めんとする工夫の幅が無暗に広過ぎるせいで御座いましょう。」
と、アルベドのフォローになっているようでなっていないフォロー。
「とまれ、私どもNPCには、まったく論外のものを排除する以外に、そもそも行動選択肢を取捨選択する必要性も必然性もないのです。ですので、能力のある限りをそこへ投じます。
アインズ様はそうではありません。類まれなる慈愛と叡智で以て、そこに価値を見出し与える……これは、ナザリックにおいてはアインズ様のみに為しえることであり、私どもは、アインズ様が最終的に選び取られる選択肢の可能性を豊かにするためだけに存在するのであって、であるがゆえに、結果的に御身に顧みられることのなかった選択肢がいくらあろうとも意に介さぬので御座います。」
うーん、どうにも煙に巻かれたような気もするな、と感じつつ、それでもアインズはアルベドの言に深く感じ入っていた。
なるほど確かに、ユグドラシルのキャラクターと<ギルドの日誌>に刻まれた記憶から顕現した存在、という点において、自分、すなわちプレイヤーと、アルベド、つまりNPCは本質的には同じものだ。一方でアルベドの言う通り、人間鈴木悟由来であるがゆえに良かれ悪かれその性向を引き継いでいるアインズと、ユグドラシルAIの思考定型手順に由来するNPCたちの間には、決定的な差異もまた存在している。
今、自分が感じているアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター、そして水晶の夜のルーシェンに対する引け目は、暗算速度で計算機に嫉妬したり、走る速さで磁気高速鉄道に敗北感を覚えるに似て馬々鹿々しいこと……なのかも知れない。
「いやー、やっぱアルベドは凄いや!」
やや気分を持ち直したアインズは、三角座りを解いて胡坐をかき、アルベドの方を振り返りながらバツ悪そうに後ろ頭を掻いた。
アルベドは微笑みを絶やさずにこう言う。
「お考えください。こちらの世界に渡り来たプレイヤーのうち、一体何人が只今アインズ様がなされているような接し方でNPCに対することが叶いましょうや。この一点のみを以てしても、アインズ様は私どもにとって、唯一無二の稀有なる至高の主なので御座いますよ。」
そう言いながら、アルベドがアインズの骨の頬に、ちゅっ、と口づけする。
流石にそれが照れて赤く染まることはないが、陰に入っていたアインズの気分が陽に転じたことをアルベドは感じていた。
「楽しいから……もう少しお喋りしていい?」
遠慮がちにアインズが問う。
自身の女の部分が多少疼かないでもないが、愛する主が喜ぶことであれば、アルベドとしてはそれが何であっても構うことはない。
「もちろんよ、アインズ!」
二人はそのまま寝台の上で、くだらないことから深淵な哲学まで、よしなしごとを語り明かした。