「助けが必要なときはいつでも呼びたまえ、はははははっ!」
どうやって知ったものか、正しく
読者の
これは
そのような次第なので、件の襲撃から明けた翌日は家から一歩も出ることが叶わず、食事も喉を通らなかった。
次の日からは出仕しないわけにもいかないので、重い
運悪く巡って来ていた
この辺りから、彼の心理に変化が生じた。
この五年間、そして直近に起こった出来事を、漸くにして客観的に見つめることが出来るようになった。
端的に言えば、自分は酔っていたのだ、とブライアは考えている。
が、今のブライアは、それは聞こえの良い自己弁護であった、と考えている。
クリフの側に、ブライアでなければならない何らかの事情があったことは察していた。それが、どうやらあの途方もない力を発揮した人型の乗り物の都合であったことも、仔細は承知していないが薄々は理解している。
一方で、クリフの語る知識を直接なり間接なり聞く分には問題はなかったはずで、自分よりも遥かに人生経験豊かなジョウン・カタラクトやその他の仲間たちの助言を求めない理由は、本来的にはなかったのだ。にも関わらず、自分はクリフとの関係を秘匿し続けた。
その動機は、自分が
認めたくはないものだな、自分自身の若さゆえの
ブライアを救った騎士は、ブライアとクリフを繋いでいた指輪を骸骨に投げ寄越した。
申し訳ないことこの上ないが、おそらくクリフは……あの骸骨に返り討ちにされたのだろう。
以降、自身の身に何も起こらないことは、骸骨の関心はただただ黒幕であったクリフのみに注がれており、駒の一つに過ぎなかったブライアはそもそも相手になどされていなかったことを意味している。
自分が
だがしかし。
図らずも知ってしまった、クリフが語ったところの、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガなる骸骨姿の怪物についての、そして、その化け物が再び世界を滅ぼそうと目論んでいる、という知識だけは残った。残ってしまった。
クリフに貸与された、ブライアからすれば常識の埒外の
谷の仲間たちに
それでもブライアは、自分の出来る範囲で、自身の手足が届くところでは最善を尽くしていこう、と堅く誓った。
それが、せめてものクリフに対する罪滅ぼしになる、そう考えずにはいられなかったからだ。
「皆、集まってくれてありがとう。」
演台に立った谷の皇帝、ジョウンが聴衆に挨拶をしている。
先にブライアがジョウンの動議に対して異議を唱えた集会から一ヶ月半。再びの参集が呼び掛けられ、よもや逃げ出すことなど出来ないブライアは、しぶしぶながらこれに馳せ参じた。
皆の前で披瀝した、
ジョウンがこれに言及するのであれば、思い切って異議の取り下げを申し出るべきだろう、とブライアはうつむき加減に演台の上の
「先の集会で、トブの森に向かって街道整備を進めよう、という私の動議に異議が唱えられたのは
あぁ、やはり話題はそこにいくか、とブライアは唇を噛んだ。
が、続いて発せられたジョウンの言葉に、ブライアは目を見開くことになった。
「あれからいろいろと考えて、私は、異議を唱えたブライアの言に理がある、と考えを改めた。」
「……えぇ?」
思わず驚きの声をあげたブライアに
「この際は、
村人から歓呼の前触れのざわめきが生じたのを受けて、ジョウンは両手の平を下に向けて、まぁ少し待て、と身振りで示した。
「もう一つ、合わせて
と。
「私は、
「「「えぇ?」」」
たちまちに広場はどよめきに包まれた。
口々に「誰もあんたに不満なんかないぞ」「若者の提案に耳を傾ける度量ある指揮官は必要だ」などと声があがるが、これもジョウンは手を振って宥めた。
「決して、先の動議に異議が唱えられた
私は、他に適任者がいなかったがために只今の職責を引き受けざるを得なかったものだが、今の谷は
そして、認めたくはないが私も老いた。正直なところ、先に唱えられた異議に対し、私の中に何らかの悪感情が生じたのは事実だ。が、そのこと自体が、私が年老いてしまったことを
広場は静まり返り、ジョウンのこの言葉に聞き入っていた。
少しして、ぱらぱら、と拍手が始まり、やがてそれは喝采となった。
「「「
と歓呼が起こる。
「みんな、ありがとう。
その歓呼は、私の考えに賛同し、称賛してくれたもの、と
片手を挙げてジョウンは感謝の意を示す。
そして、こう言った。
「もう一つの動議とは他でもない。
私の後任として、東進の未来を描いて見せたブライア・ペシュメルを推したい、と思うのだが……賛同してもらえるだろうか?」
「「「おぉ!」」」
間髪入れずになおまして大きな歓呼が起こった。
当のブライア本人は、まったく予期しなかった事態に立ち尽くすばかり。
「ついては、新たな世代への継承に際し、敢えて旧世代を想起させる
ジョウンのこの発言に、聴衆が銘々うんうんと頷いている。
「私は、軍事のみならず、これから谷の皆を新たな道へと、
ブライア・ペシュメルに、
再び激烈な歓呼が広場を包み込む。
「「「
「「「
「「「
「衆議は決したようだ。
では、
ジョウンの手が、呆気に取られたままのブライアに向かって差し出される。
しばしブライアはどう応じたものかと躊躇う様子を見せたが、やがて意を決してジョウンに並び演台に登った。
たちまちに、盛大な拍手と歓呼が彼を包み込む。
「「「
「「「
「「「
対してブライアは、深々と聴衆に一礼を捧げ、簡潔にこう言った。
「残る俺っちの生涯を、谷の皆に捧げることを誓います。
夜も昼も、寝ても、覚めても、このことで俺っちの頭は一杯です。
*
「
ナザリック地下大墳墓玉座の間。
空中戦艦<
「かの空中戦艦の武装を有効活用せんとする限り、滞空するが
続いて、ナザリックにおいて維持資金管理の
「敢えて問おう。
連中が
とアインズが問う。
「ご懸念はごもっともで御座いますが。」
応じたのは守護者統括アルベド。
「今この瞬間、御身がかのギルド拠点直前に転移して<
だからといってアインズは、たちまちに敵中へ飛び込むつもりはない。超位魔法対策は他にもいくらかあり得るからだ。が、これを何度か繰り返して確度を増していけば、遅かれ早かれアルベドの言った通りになる。相互確証破壊は最大の防御でもあるのだ。
続いてデミウルゴスが報告する。
「実際、空中戦艦の着底以降、水晶の塔から何らかの資材が運び込まれた形跡も御座いません。」
なるほど、とアインズは骨の腕を組んで唸った。
結果、本来無限の寿命を有する異形種、
どうにも……遣る瀬無いな。
と感じるのは、彼の性向を強く引き継いだ御曹司、パンドラズ・アクターも同様であるらしい。
「<
確かに。
アインズとて、ナザリックでそれが起こることを考えるとゾッとしない。
「されど、これで彼らとの闘争が決着したわけでは御座いません。」
ぴゃっ、と振り上げた手をゆっくりとアインズに向けて
「父上がお情けで下賜なさいましたユグドラシル金貨五億枚がそのまま彼らの手元にあるとして、これで<
いや、情けをかけたつもりなんかまったくなくて、何ならアレはオレの判断ミスだろ?とアインズは思うが、至高の主の威徳を
「拠点を晒すことに
すなわち、彼らの第一戦略目標は、我らがナザリック地下大墳墓の位置特定と、対しての空中戦艦による艦砲射撃、ということだ。
やはり無暗矢鱈と楽しげなデミウルゴスの煽りに、煽られた
結局のところそうなんだ、みんなこれが楽しくて仕方がないんだ、オレだって楽しくなくはないもの、と思いはすれど、他の皆が突き詰めれば「我らが至高の主は向かうところ敵なし」の揺るがぬ認識に支えられているのに対し、ただ一人、当の本人であるアインズだけは戦いに際しての
これって……オレだけが損してないか?
と思わないでもないのだが、これも何を今更だ。
「御下命をいただけますれば」
「完膚ナキマデノ殲滅ヲ」
「奴らにくれてやるのでありんす!」
セバス、コキュートス、シャルティアが声を揃えて意気揚々と言う。
実際、それは不可能ではないしむしろ容易だろう、とアインズは思う。
が、拠点位置を曝け出してしまっている
その試みが一度完遂されずに終われば、連中はギルド維持可能期間が短縮されることを覚悟の上で再び空中戦艦を浮上させ、破れかぶれの攻勢に転じることだってあるだろう。
そんなことを、敢えてこちらから引き起こす合理的な理由が……
果たしてあるだろうか?
「決戦を
強いて鷹揚な口調でアインズは告げる。
「パンドラズ・アクター、デミウルゴスの計によって
シャルティア、コキュートスら、直情的な
一方で、この世界を
「それでも連中がギルド拠点の存続を望むとあれば、ナザリックを襲ってユグドラシル金貨、あるいは<
「「「ははっ!
すべては我等が至高の主、アインズ・ウール・ゴウン様の思し召しのままに!」」」
おそらくは……。
このまま何もなく終わる、などということもあるまい、と。
*
トブの大森林。
「私は、トブの森の人々との関係を深めていく、という自身の考えも決して間違ったものとは思っていないんだ。」
と。
「ついては就任の初仕事として、
「旅……ですか?」
たちまちにその意図が理解できなかったブライアはそう問うた。
ジョウンは言う。
「難民受け入れから五年、幸いにして我等が
これを受けて、ブライアは
かくして彼らは、ブライアたちが谷を目指した道のりを丁度逆行する形で森に向かった。二百人で十二日を要したそれは、ブライアを含め鍛えられた精鋭の男女十一人にとっては七日の道のりだった。さらにそこから二日をかけて、彼らは森の民の中心地……という意識は当人たちはあまりないのだが……となる
「……よもや。おまえさんたちまでもが、とはな。」
これを出迎えた族長ダンベルグは、まず呆れ気味にそう言った。
ブライアはやはりその意味するところがわからずに丁重に真意を問うたが、ダンベルグが言うには、東方からこういった使節が来訪するのはこれが初めてだが、西方の生き残り村四ヶ村からは、年に二回は似たような集団がやって来るのだと言う。
「そんなことしなくていい、と何度も言い聞かせてはいるんだが話が通じなくてな。手ぶらで返すわけにもいかねぇからこっちも土産を用意することになって、正直困ってるんだ。」
どうやら大陸西方の人々は、かつてのヴァイセルフ王家や連なった爵位持ち、
「しかもあいつらは、
言われてみれば、エンリネ取り巻きの
「俺っちたちは、決して森の庇護を求めて来たわけじゃないっすよ。
ただ、皆の支援があって今の俺っちたちがあるのは事実なんで、あくまでも今回の訪問はその御礼に、です。土産なんて気を使わないでください。」
ブライアは族長ダンベルグにそう応じたが、
「そんな、こっちに恥をかかせるようなことを言われちゃ、それはそれで困るんだぜ。」
と、結局馬鹿げた量の森の物産を手渡されることになった。
「やっほーブライア、お久しぶりィ!」
「これは覇王、血塗れ将軍閣下。お呼び立てして申し訳ない。」
ブライアは腕を胸の前に折って礼を執り
一瞬、ぷっ、とエンリネの頬が膨らんだが、
「そういうブライアは谷の
凄いじゃーん!」
と返されて、二人はアハハハ、と笑いあった。
「で。」
とエンリネ。
「大事な話……って何?」
腹を括ってこの場に臨んだつもりのブライアであったが、いざそのときに至ると躊躇いが生じた。
今、自分が彼女に伝えようとしていることは、本当に伝えるべきことだろうか?
「この五年……本当にいろんなことがあったんだ。」
まずブライアはそう言った。
「まぁ、五年もあればいろいろ……あるんじゃない?」
エンリネは、だから何だ?という顔をしている。
ブライアはたちまちに本題に入ることが出来ず、
「……そう言えば、エンリネが見たがっていた、先生、の魔法を見たよ。」
と呟く。
「!」
途端にエンリネが興味津々の笑顔を見せた。
「とてつもない雷撃で、
「そうなんだー!いいなー、いいなー!私も見たかったな!」
エンリネは魔法の威力にのみ興味を示し、先生は人間ではないだろう、というブライアの剣呑な言葉にまったく興味がない様子だ。
元から承知なんだろうか?
森を守護している
「今、先生は?」
「私たちの元からは去って行かれたわ。
ご自分は、私たちからしたら、触れ得ざる者……そうおっしゃってた。」
そう応じるエンリネに、先生との離別を惜しんだり寂しがっている様子はまったくない。
むしろ楽しげにすら見えるのが、ブライアには不思議に思われた。
「触れ得ざる者……か。
実は。」
とブライアは、覚悟を決めてこれまで誰にも打ち明けることが叶わなかった本題に触れた。
「俺っちも出会ったんだよ、その……触れ得ざる者、ってやつに。」
「?」
エンリネは、彼の言葉の意味を掴みかねているようだ。
「彼……クリフ、と彼は名乗っていたんだけど。
クリフは、自分は異世界からやって来た者だ、と俺っちに告げたんだ。」
「異世界?」
「あぁ、こんなことを突然言い出したら頭がおかしくなったんじゃねーか、と思われるのはわかってるんだ。でも、クリフが俺っちに語って聞かせた話は想像の埒外の知識ばかりで、本当にそういう異世界があるんだ、って俺っちは信じてる。ひょっとすると、先生、もその
ここで漸くエンリネの頭の中で、五年前に邂逅した永遠の
この世界には、およそ百年おきに現れる強大な力を有した異世界からの来訪者、触れ得ざる者、が存在する。
キーノは、この世界の者たちが不用意に触れ得ざる者と事を構えて新たな災厄を引き起こすことがないように、その危険性を語って歩く者だ、と言った。過去何千年にも渡ってそういった災厄は繰り返されているのだ、と。
そして。
その知識を誰かが語って歩く限り、希望は決して
「ここからが話の肝なんだ。心して聞いてくれ。」
とブライアが断りを入れ、流石のエンリネも緊張を強いられた。
「クリフは、俺っちに<
「……えぇ!」
エンリネの目がまん丸に見開かれる。
「そして、そいつは再びの世界の破壊を企んでいるとも。それを未然に防ぐべく、俺っちに知識を与えるんだ、とクリフは言ってた。実際、クリフはそいつの手にかかって……はっきりとは俺っちもわからないんだけど、多分、そいつに消されちまった……俺っちはそう考えてる。」
エンリネは、両手を口に当てて叫びだしそうになるのを
無理もない。この話があまりに衝撃的なのは、ブライアにとっても同じことだ。
「俺っちはこの話を誰にも打ち明けられずにいたんだけど、エンリネになら……覇王の再来、血塗れ将軍、と
「……あんまり嬉しくない言われようだけど。
でも、そう言われたら聞かないわけにはいかないわ!」
剛胆な彼女は、早くもブライアのもたらす知を受け入れる覚悟を決めたようだ。
「そう言ってくれると思ってたよ。
<
「その名は?」
「……アインズ・ウール・ゴウン」
「はっ?」
パンッ!
のモモンガ、と続けようとしたブライアがその名を告げる前に、エンリネの平手打ちがブライアを襲った。
「
だが、エンリネは顔を真っ赤にして今にも掴みかかってきそうな感じだ。
「何だもクソもないでしょ!
アインズ・ウール・ゴウン様がそんなワケありません。
あの御方は、この世界の守護者を趣味で気取る、ただのおっさんです!」
「……はぁ?」
ブライアには意味がわからない。
「あなた、きっといたずら好きの
まったく大事な話だ、って言うから期待してたのに失礼しちゃうわ、プンスカ!」
「いや、あの、実際俺っちは
「知りません!」
もはやエンリネは聞く耳を持たなかった。
「谷の
お役目、ご苦労様でした!」
強い口調でそう言うと、エンリネはぷい、と背を向けて、そのまま小屋から出ていってしまった。
「え……?」
一人残されたブライアは追いかける気力も起きず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
本当の本題は……まだ、これからだったのに。
結局、これが二人の今生での最後の会話になった。
ブライア・ペシュメルは、
その後は、遠いご先祖様から引き継いだ血筋がなせるものか、先代の
対して、このとき三十路手前だったエンリネは見事に婚期を逃し、この直後に再びの大事件に巻き込まれたこともあって何か悟りを得たものか、以降は文字通りトブの森の覇王、血塗れ将軍として振る舞うようになった。指揮者、統率者としての力量もさることながら、こちらも何か吹っ切れたのか
ジューゲーム、ゴトー、フリニゲの
この二人のすれ違いの
*
「あのさー、キーノちゃん。
……もう
世界
「いや。あのアインズ・ウール・ゴウンがこの都市を西からやって来た<
「なわけあるか。」
お手上げの
この五年間をキーノ・インベルン率いる<黒の
新4話へ続く
<次話予告>
「我らが対峙いたしました
デミウルゴスから何気なく発された問いから思いがけない方向へと広がっていく深淵な
億劫のオーバーロード新4話『日常の中の非日常な対話』
あー、おまえら。
オレを置いてどこか遠い世界の話をするの……やめてくれないか?
四月吉日公開予定