億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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そして悲劇の結末。


5.幸せな結末(ハッピーエンド)はやって来ない

「助けが必要なときはいつでも呼びたまえ、はははははっ!」

 

 どうやって知ったものか、正しく融水谷(ツィラータール)の自宅前にブライアを届けて笑いながら飛び去った空飛ぶ騎士(タッチ)に一命を救われて半月。

 

 異世界(ユグドラシル)からの来訪者、クリフを訪ねるのは決まって休日の前の夜だった。

 読者の便(べん)のため、しばしば週、という単位が文中で用いられることがあるものの。こちらの世界には文化圏をまたいで通用する、週、の概念はない。気候や地勢、すなわち農作業にどの程度の手間を要するか、にもよるが、三日から五日働いて一日休みをとる者が多いが、郷士(ランツクネヒト)は、二日、四日、あるいは六日着任して翌日は休み、という三種を、十五日毎に銘々が異なる順序で組み合わせ、かつ周期の初日をずらす勤務体制(シフト)を敷いている。

 これは帝国軍団(ライヒスレギオン)以来の習慣に由来するもので、こうすることで互いに顔を合わせる軍団員に偏りが生じないようにする古来からの知恵だったのだが、ブライアもこれに従って生活しており、クリフの教えはしばしば夜半にまで及んだし、途中から機動外骨格(パワードスーツ)に機乗して出掛けるようになったため、休前日にこれを当てて郷士(ランツクネヒト)の勤務に影響が出ないようにしていた。これが、ナザリック勢が容易に次の機動外骨格(パワードスーツ)出没日を予測できた理由、にもなっている。

 

 そのような次第なので、件の襲撃から明けた翌日は家から一歩も出ることが叶わず、食事も喉を通らなかった。

 次の日からは出仕しないわけにもいかないので、重い身体(からだ)を引き摺って無理やり訓練、作業に参加した。すぐにブライアの様子が可怪(おか)しいことは同僚たちに見抜かれ、何やかやと声を掛けられたものだが、大丈夫だから、ちょっと調子悪いだけだから、と応じつつも、ブライアはまったく生きた心地がしておらず、いずれ骸骨姿のモモンガか、四本腕の白銀武者か、あるいは爆砕執事が現れて命奪われるのではないか、と震えて眠れぬ幾夜を過ごしたが、そういうことは起こらなかった。

 運悪く巡って来ていた六連勤(ろくれんきん)が明けて、ついに力尽きたブライアは丸一日を泥のように眠って過ごした。

 

 この辺りから、彼の心理に変化が生じた。

 この五年間、そして直近に起こった出来事を、漸くにして客観的に見つめることが出来るようになった。

 

 端的に言えば、自分は酔っていたのだ、とブライアは考えている。

 

 異世界(ユグドラシル)からの来訪者、と名乗ったクリフの存在を、ブライアは(つい)に谷の誰にも打ち明けなかった。これは、クリフが来訪の目的を<(めぇ)()く七日間>を引き起こした化け物との決戦と告げていたためであり、それに谷の人々を巻き込むべきでない、との考えによるもので、クリフもそこは同様のように思われた。

 が、今のブライアは、それは聞こえの良い自己弁護であった、と考えている。

 

 クリフの側に、ブライアでなければならない何らかの事情があったことは察していた。それが、どうやらあの途方もない力を発揮した人型の乗り物の都合であったことも、仔細は承知していないが薄々は理解している。

 一方で、クリフの語る知識を直接なり間接なり聞く分には問題はなかったはずで、自分よりも遥かに人生経験豊かなジョウン・カタラクトやその他の仲間たちの助言を求めない理由は、本来的にはなかったのだ。にも関わらず、自分はクリフとの関係を秘匿し続けた。

 その動機は、自分が異世界(ユグドラシル)からの来訪者に選ばれた使命を帯びた存在だ、という枠組みに酔ってしまったからなのだ、ということに、ブライアは自ら思い至ったのだった。

 

 認めたくはないものだな、自分自身の若さゆえの(あやま)ちというものを!

 

 (こう)不幸(ふこう)か、必然的に陥った土壇場から自身は生き延びてしまった。

 ブライアを救った騎士は、ブライアとクリフを繋いでいた指輪を骸骨に投げ寄越した。

 申し訳ないことこの上ないが、おそらくクリフは……あの骸骨に返り討ちにされたのだろう。

 以降、自身の身に何も起こらないことは、骸骨の関心はただただ黒幕であったクリフのみに注がれており、駒の一つに過ぎなかったブライアはそもそも相手になどされていなかったことを意味している。

 

 自分が異世界(ユグドラシル)からの来訪者に選ばれた使命を帯びた存在だ、などという子ども地味た幻想が、まさに幻想、茶番であった何よりの証拠だ!

 

 だがしかし。

 図らずも知ってしまった、クリフが語ったところの、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガなる骸骨姿の怪物についての、そして、その化け物が再び世界を滅ぼそうと目論んでいる、という知識だけは残った。残ってしまった。

 

 クリフに貸与された、ブライアからすれば常識の埒外の機動外骨格(パワードスーツ)を以てしても、骸骨とその一味に対して自分は手も足も出なかった。ただ怯えて震えるだけだった。その装備も失われた今、自分に何が出来ようはずもない。

 谷の仲間たちに(るい)が及ぶ恐れを考えれば、軽々にこれを語ることも出来ない。クリフの存在とその教え、自身のこの五年間の体験は、墓場まで持っていかざるを得ないだろう。

 

 それでもブライアは、自分の出来る範囲で、自身の手足が届くところでは最善を尽くしていこう、と堅く誓った。

 それが、せめてものクリフに対する罪滅ぼしになる、そう考えずにはいられなかったからだ。

 

 

 

「皆、集まってくれてありがとう。」

 

 演台に立った谷の皇帝、ジョウンが聴衆に挨拶をしている。

 先にブライアがジョウンの動議に対して異議を唱えた集会から一ヶ月半。再びの参集が呼び掛けられ、よもや逃げ出すことなど出来ないブライアは、しぶしぶながらこれに馳せ参じた。

 皆の前で披瀝した、融水谷(ツィラータール)は東に向かって活路を開くべきだ、との考え方については、今なお間違っているとは思ってはいないが、そもそもこの考え方はクリフから与えられた知識に基づいて生じたもので、そこには当然のことながら自身の力量を見誤っての思い上がりも含まれている、と今のブライアは考えている。

 ジョウンがこれに言及するのであれば、思い切って異議の取り下げを申し出るべきだろう、とブライアはうつむき加減に演台の上の総司令官(インペラトール)の続く言葉を待った。

 

「先の集会で、トブの森に向かって街道整備を進めよう、という私の動議に異議が唱えられたのは(みな)憶えてくれていると思う。」

 

 あぁ、やはり話題はそこにいくか、とブライアは唇を噛んだ。

 が、続いて発せられたジョウンの言葉に、ブライアは目を見開くことになった。

 

「あれからいろいろと考えて、私は、異議を唱えたブライアの言に理がある、と考えを改めた。」

 

「……えぇ?」

 

 思わず驚きの声をあげたブライアに(つど)った聴衆の視線が注がれる。

 

「この際は、(みな)の歓呼を以て東進の大方針を決したいと思うのだが……」

 

 村人から歓呼の前触れのざわめきが生じたのを受けて、ジョウンは両手の平を下に向けて、まぁ少し待て、と身振りで示した。

 

「もう一つ、合わせて(みな)の意を問いたいことがある。」

 

と。

 

「私は、(みな)に推戴された総司令官(インペラトール)の職責を辞したい、と考えている。」

 

「「「えぇ?」」」

 

 たちまちに広場はどよめきに包まれた。

 口々に「誰もあんたに不満なんかないぞ」「若者の提案に耳を傾ける度量ある指揮官は必要だ」などと声があがるが、これもジョウンは手を振って宥めた。

 

「決して、先の動議に異議が唱えられた(せき)を負うて、などということではないんだ。

 私は、他に適任者がいなかったがために只今の職責を引き受けざるを得なかったものだが、今の谷は郷士(ランツクネヒト)の若者たちが育ち、新たな機運が生じている。

 そして、認めたくはないが私も老いた。正直なところ、先に唱えられた異議に対し、私の中に何らかの悪感情が生じたのは事実だ。が、そのこと自体が、私が年老いてしまったことを(あかし)している、と私は思う。そして、これを素直に認めることが出来るうちに、後進の若者に道を譲るのが老いたる者の務めである、と考えるに至った。」

 

 広場は静まり返り、ジョウンのこの言葉に聞き入っていた。

 少しして、ぱらぱら、と拍手が始まり、やがてそれは喝采となった。

 

「「「総司令官(インペラトール)総司令官(インペラトール)!」」」

 

と歓呼が起こる。

 

「みんな、ありがとう。

 その歓呼は、私の考えに賛同し、称賛してくれたもの、と(かい)する。」

 

 片手を挙げてジョウンは感謝の意を示す。

 そして、こう言った。

 

「もう一つの動議とは他でもない。

 私の後任として、東進の未来を描いて見せたブライア・ペシュメルを推したい、と思うのだが……賛同してもらえるだろうか?」

 

「「「おぉ!」」」

 

 間髪入れずになおまして大きな歓呼が起こった。

 当のブライア本人は、まったく予期しなかった事態に立ち尽くすばかり。

 

「ついては、新たな世代への継承に際し、敢えて旧世代を想起させる総司令官(インペラトール)の称号は用いぬがよいか、と私は思う。そもそもこの称号は、帝国軍団(ライヒスレギオン)の全権者を意味したもので、我らが融水谷(ツィラータール)の有り様には相応しくないし、この称号を用い続けることが、反ってこれからの世代の足枷となることを私は危惧するものだ。」

 

 ジョウンのこの発言に、聴衆が銘々うんうんと頷いている。

 

「私は、軍事のみならず、これから谷の皆を新たな道へと、(そう)じて(すべ)べ導いていって欲しい、との願いを込めて……。

 ブライア・ペシュメルに、総統(フューラー)の称号を贈りたい、と思う!」

 

 再び激烈な歓呼が広場を包み込む。

 

「「「我等が総統万歳(ジーク・マイン・フューラー)!」」」

「「「ペシュメル総統に栄えあれ(ハイル・フューラー・ペシュメル)!」」」

「「「雷光の再来(ディ・ヴィーダケァ・ブリッツ)!」」」

 

「衆議は決したようだ。

 では、我等が総統(マイン・フューラー)に就任の挨拶を!」

 

 ジョウンの手が、呆気に取られたままのブライアに向かって差し出される。

 しばしブライアはどう応じたものかと躊躇う様子を見せたが、やがて意を決してジョウンに並び演台に登った。

 たちまちに、盛大な拍手と歓呼が彼を包み込む。

 

「「「我等が総統万歳(ジーク・マイン・フューラー)!」」」

「「「ペシュメル総統に栄えあれ(ハイル・フューラー・ペシュメル)!」」」

「「「雷光の再来(ディ・ヴィーダケァ・ブリッツ)!」」」

 

 対してブライアは、深々と聴衆に一礼を捧げ、簡潔にこう言った。

 

「残る俺っちの生涯を、谷の皆に捧げることを誓います。

 夜も昼も、寝ても、覚めても、このことで俺っちの頭は一杯です。

 融水谷(ツィラータール)はどうなるのかと!」

 

 

                    *

 

 

水晶の夜(クリスタルナイツ)は、まんまと毒を喰らった!」

 

 ナザリック地下大墳墓玉座の間。

 (つど)下僕(しもべ)たちを前に、狡知の参謀デミウルゴスが感極まった表情で両手を高々と振り上げてそう告げた。

 

 空中戦艦<蒼玉(サファイア)>が飛び去って以降、カルサナス平原中央に佇む水晶の塔遺構は、当然のことながら恐怖公眷属(ゴキブリ)により遠巻きに監視されていた。そして、当初は水晶の塔の上空に(とど)まっていたそれが、ある日を境に傍らに着底(ちゃくてい)し、そのまま浮上しないことが報告された。

 

「かの空中戦艦の武装を有効活用せんとする限り、滞空するが(きち)であるのは自明。拠点維持資金にたちまちの懸念なくば宙に浮かんだままで当然ですが、これが擱座したとなれば、参謀殿(デミウルゴス)の見立て通り、ということになりましょう。」

 

 続いて、ナザリックにおいて維持資金管理の(せき)を一手に担う財務責任者、パンドラズ・アクターがそう言う。

 

「敢えて問おう。

 連中が埋毒(まいどく)の計に気づき、それに()まった、とこちらに思わせるべく偽装している可能性は?」

 

とアインズが問う。

 

「ご懸念はごもっともで御座いますが。」

 

 応じたのは守護者統括アルベド。

 

「今この瞬間、御身がかのギルド拠点直前に転移して<天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)>を用いますと、彼らには抗う(すべ)が御座いません。空中戦艦の機関が始動するよりも前に、超位魔法が成就するからです。その危険を犯しても維持資金を節約したい、となれば、疑う余地もないものか、と。」

 

 だからといってアインズは、たちまちに敵中へ飛び込むつもりはない。超位魔法対策は他にもいくらかあり得るからだ。が、これを何度か繰り返して確度を増していけば、遅かれ早かれアルベドの言った通りになる。相互確証破壊は最大の防御でもあるのだ。

 

 続いてデミウルゴスが報告する。

 

「実際、空中戦艦の着底以降、水晶の塔から何らかの資材が運び込まれた形跡も御座いません。」

 

 なるほど、とアインズは骨の腕を組んで唸った。

 結果、本来無限の寿命を有する異形種、自動人形(オートマトン)である水晶の塔(クリスタルナイツ)のルーシェンは、突如として限られた寿命を意識せざるを得ない存在に転じたわけだ。拠点が崩壊したとてたちまちにNPCが死ぬわけではないからそれは相同ではないが、自身の創造主、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンとの決戦を望んだクリフの遺命以外に目指すところのない当人からすれば、それはきっと同じことだろう。

 

 どうにも……遣る瀬無いな。

 

 と感じるのは、彼の性向を強く引き継いだ御曹司、パンドラズ・アクターも同様であるらしい。

 

「<換金箱(エクスチェンジボックス)>が破損した瞬間の敵首魁の心境を察しますと、なかなかに()(たま)れぬものが御座いますなぁ……まぁ、自業自得なのでは御座いますが。」

 

 確かに。

 アインズとて、ナザリックでそれが起こることを考えるとゾッとしない。

 

「されど、これで彼らとの闘争が決着したわけでは御座いません。」

 

 ぴゃっ、と振り上げた手をゆっくりとアインズに向けて()ろしながらパンドラズ・アクターが言う。

 

「父上がお情けで下賜なさいましたユグドラシル金貨五億枚がそのまま彼らの手元にあるとして、これで<蒼玉(サファイア)>は裕に三百年維持可能です。これが機関始動して浮上いたしますとその期間は四十年を切ってしまいますから、彼らにはその選択は出来んのでしょう。」

 

 いや、情けをかけたつもりなんかまったくなくて、何ならアレはオレの判断ミスだろ?とアインズは思うが、至高の主の威徳を(あか)しする逸話(エピソード)だ、と一旦認識されたが最期、決して覆らないのはナザリックのお約束なので敢えてそこには突っ込まない。

 

「拠点を晒すことに危険(リスク)があることを承知の上で、水晶の夜(クリスタルナイツ)が敢えて埋もれていた空中戦艦を離陸させたのは、水晶の塔付近に陣取ることが当面の維持資金を確保しつつ我らを牽制するに有利、と見たからに相違ない。

 すなわち、彼らの第一戦略目標は、我らがナザリック地下大墳墓の位置特定と、対しての空中戦艦による艦砲射撃、ということだ。埋毒(まいどく)の計の成就により、ここに深刻(シヴィア)残り時間(タイムリミット)を彼らは課せられたことにはなるが、大戦略に変更はあるまい。つまり連中は、三百年以内にナザリック所在を突き止めることを目指し、特定が叶えばたちまちに空中戦艦を浮上させて特攻してくるのさ!」

 

 やはり無暗矢鱈と楽しげなデミウルゴスの煽りに、煽られた下僕(しもべ)一同が「来るなら来い!」と気勢を上げている。

 結局のところそうなんだ、みんなこれが楽しくて仕方がないんだ、オレだって楽しくなくはないもの、と思いはすれど、他の皆が突き詰めれば「我らが至高の主は向かうところ敵なし」の揺るがぬ認識に支えられているのに対し、ただ一人、当の本人であるアインズだけは戦いに際しての危険(リスク)を真面目に考えることを強いられるので、

 

 これって……オレだけが損してないか?

 

と思わないでもないのだが、これも何を今更だ。

 

「御下命をいただけますれば」

「完膚ナキマデノ殲滅ヲ」

「奴らにくれてやるのでありんす!」

 

 セバス、コキュートス、シャルティアが声を揃えて意気揚々と言う。

 

 実際、それは不可能ではないしむしろ容易だろう、とアインズは思う。

 が、拠点位置を曝け出してしまっている水晶の夜(クリスタルナイツ)の側もそんなことは百も承知であろうから、動員可能な全火力を投入しての一気殲滅が成功するとも俄に思えないし、当然相手もこちらがそうして来る可能性を意識していようから、その裏をかかれて逆撃を被る恐れもある。

 その試みが一度完遂されずに終われば、連中はギルド維持可能期間が短縮されることを覚悟の上で再び空中戦艦を浮上させ、破れかぶれの攻勢に転じることだってあるだろう。

 

 そんなことを、敢えてこちらから引き起こす合理的な理由が……

 果たしてあるだろうか?

 

「決戦を(あせ)る必要はないさ。」

 

 強いて鷹揚な口調でアインズは告げる。

 

「パンドラズ・アクター、デミウルゴスの計によって水晶の夜(クリスタルナイツ)はユグドラシル金貨を得る手段を失った。<換金箱(エクスチェンジボックス)>がなければ、こちらの世界の住人に対して無分別な略奪に乗り出す、などということもよもやなかろう。」

 

 シャルティア、コキュートスら、直情的な下僕(しもべ)たちはいささか落胆した様子を見せる。

 一方で、この世界を(けが)す行為に及ばない者たちを、強いて殲滅するまでもない、というのは長くナザリックにおいて貫かれてきた大方針でもある。

 

「それでも連中がギルド拠点の存続を望むとあれば、ナザリックを襲ってユグドラシル金貨、あるいは<換金箱(エクスチェンジボックス)>を奪い取る以外に道はない。それは結果的に連中の命脈を縮める試みになるだろうが、敢えてそうしたいのであれば受けて立つのみ。そうでなければ、放っておいて構わん。」

 

「「「ははっ!

  すべては我等が至高の主、アインズ・ウール・ゴウン様の思し召しのままに!」」」

 

 下僕(しもべ)たちの復命を片手を軽く挙げて受け止めつつ、アインズは思う。

 

 おそらくは……。

 このまま何もなく終わる、などということもあるまい、と。

 

 

                    *

 

 

 トブの大森林。

 融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)への推戴を受けたブライア・ペシュメルは、難民時分に暮らした樹上の小屋を訪れている。

 

 ()総司令官(インペラトール)ジョウン・カタラクトは、谷の皆の歓呼を得てブライアの総統就任を確実なものとした(のち)にこう告げた。

 

「私は、トブの森の人々との関係を深めていく、という自身の考えも決して間違ったものとは思っていないんだ。」

 

と。

 

「ついては就任の初仕事として、総統(フューラー)ペシュメルにはトブの森へ使者として旅に出てもらえないか、と思うのだが、どうだろう?」

 

「旅……ですか?」

 

 たちまちにその意図が理解できなかったブライアはそう問うた。

 ジョウンは言う。

 

「難民受け入れから五年、幸いにして我等が融水谷(ツィラータール)は順調な発展を続けている。森の民はさして我々に関心を(いだ)いているまい、というブライアの言はもっともだが、それと、我々が森の民のお陰で新たな道に進みつつあることに答礼するのは別儀、とは思わないか?」

 

 これを受けて、ブライアは郷士(ランツクネヒト)の三分の一を率いてトブの森を訪ねることになった。際しては、村で造られた織物など、荷として嵩張らず贈られても無駄にならないだろう品々を携えた。またこの訪問は、ブライアが谷を代表する総統(フューラー)の座についたこと、東進して旧バハルス帝国領域の連携拡大を目指す方針であること、を森の民に報告する目的も兼ねている。

 かくして彼らは、ブライアたちが谷を目指した道のりを丁度逆行する形で森に向かった。二百人で十二日を要したそれは、ブライアを含め鍛えられた精鋭の男女十一人にとっては七日の道のりだった。さらにそこから二日をかけて、彼らは森の民の中心地……という意識は当人たちはあまりないのだが……となる蜥蜴人(リザードマン)部族(クラン)竜牙(ドラゴンタスク)の集落へと至った。

 

「……よもや。おまえさんたちまでもが、とはな。」

 

 これを出迎えた族長ダンベルグは、まず呆れ気味にそう言った。

 ブライアはやはりその意味するところがわからずに丁重に真意を問うたが、ダンベルグが言うには、東方からこういった使節が来訪するのはこれが初めてだが、西方の生き残り村四ヶ村からは、年に二回は似たような集団がやって来るのだと言う。

 

「そんなことしなくていい、と何度も言い聞かせてはいるんだが話が通じなくてな。手ぶらで返すわけにもいかねぇからこっちも土産を用意することになって、正直困ってるんだ。」

 

 どうやら大陸西方の人々は、かつてのヴァイセルフ王家や連なった爵位持ち、(のち)の城塞都市参事会に代わるものとしてトブの森の民を観念しているらしい。庇護者(パトロヌス)への付け届けは欠かせない、ということなのだろうが、これに土産を持たせて送り返す森の民の対応は、結果的に朝貢貿易のような様相を呈していた。

 

「しかもあいつらは、(みな)揃いも揃って、森と平地を安堵する覇王、血塗れ将軍様のご威徳に報恩感謝云々、とか言ってんだよ。最近でこそ諦め気味の苦笑いを浮かべるで済んでるが、初めてこれを聞いた覇王()()を宥めるのは、結構大変だったんだぜ。」

 

 言われてみれば、エンリネ取り巻きの小鬼(ゴブリン)たちがどこまで本気なのか、彼女をそんな(ふう)に呼んでいたっけな、とブライアは思い出した。

 総統(フューラー)などという自身に捧げられた称号も大概ではあるが、エンリネのそれは云千年の歴史ある(ふた)()だけに、押し付けられた側の気苦労も並大抵のものではないだろうな、とこちらも苦笑い。

 

「俺っちたちは、決して森の庇護を求めて来たわけじゃないっすよ。

 ただ、皆の支援があって今の俺っちたちがあるのは事実なんで、あくまでも今回の訪問はその御礼に、です。土産なんて気を使わないでください。」

 

 ブライアは族長ダンベルグにそう応じたが、

 

「そんな、こっちに恥をかかせるようなことを言われちゃ、それはそれで困るんだぜ。」

 

と、結局馬鹿げた量の森の物産を手渡されることになった。

 

 

 

「やっほーブライア、お久しぶりィ!」

 

 竜牙(ドラゴンタスク)での歓待を受ける仲間たちに一時の(いとま)を告げ、空き家のまま残っていると聞かされた自身の樹上(じゅじょう)小屋で大事を議すべく覇王来訪を待つ旨を言伝(ことづて)し、一人待ち受けていたブライアに、五年前と何ら変わらぬ調子でエンリネは声をかけた。

 

「これは覇王、血塗れ将軍閣下。お呼び立てして申し訳ない。」

 

 ブライアは腕を胸の前に折って礼を執り(おど)けてみせた。

 一瞬、ぷっ、とエンリネの頬が膨らんだが、

 

「そういうブライアは谷の総統(フューラー)だって?

 凄いじゃーん!」

 

と返されて、二人はアハハハ、と笑いあった。

 

「で。」

 

とエンリネ。

 

「大事な話……って何?」

 

 腹を括ってこの場に臨んだつもりのブライアであったが、いざそのときに至ると躊躇いが生じた。

 今、自分が彼女に伝えようとしていることは、本当に伝えるべきことだろうか?

 

「この五年……本当にいろんなことがあったんだ。」

 

 まずブライアはそう言った。

 

「まぁ、五年もあればいろいろ……あるんじゃない?」

 

 エンリネは、だから何だ?という顔をしている。

 ブライアはたちまちに本題に入ることが出来ず、

 

「……そう言えば、エンリネが見たがっていた、先生、の魔法を見たよ。」

 

と呟く。

 

「!」

 

 途端にエンリネが興味津々の笑顔を見せた。

 

「とてつもない雷撃で、巨大鷲(ギガントイーグル)の群れが一発で跡形もなく消え去った。あんな位階魔法、見たことはもちろん聞いたこともない。先生……は、少なくとも人間じゃないよ、多分、きっと。」

 

「そうなんだー!いいなー、いいなー!私も見たかったな!」

 

 エンリネは魔法の威力にのみ興味を示し、先生は人間ではないだろう、というブライアの剣呑な言葉にまったく興味がない様子だ。

 

 元から承知なんだろうか?

 森を守護している精霊(フェアリー)さんとやらの同類?あるいは……。

 

「今、先生は?」

 

「私たちの元からは去って行かれたわ。

 ご自分は、私たちからしたら、触れ得ざる者……そうおっしゃってた。」

 

 そう応じるエンリネに、先生との離別を惜しんだり寂しがっている様子はまったくない。

 むしろ楽しげにすら見えるのが、ブライアには不思議に思われた。

 

「触れ得ざる者……か。

 実は。」

 

とブライアは、覚悟を決めてこれまで誰にも打ち明けることが叶わなかった本題に触れた。

 

「俺っちも出会ったんだよ、その……触れ得ざる者、ってやつに。」

 

「?」

 

 エンリネは、彼の言葉の意味を掴みかねているようだ。

 

「彼……クリフ、と彼は名乗っていたんだけど。

 クリフは、自分は異世界からやって来た者だ、と俺っちに告げたんだ。」

 

「異世界?」

 

「あぁ、こんなことを突然言い出したら頭がおかしくなったんじゃねーか、と思われるのはわかってるんだ。でも、クリフが俺っちに語って聞かせた話は想像の埒外の知識ばかりで、本当にそういう異世界があるんだ、って俺っちは信じてる。ひょっとすると、先生、もその(たぐい)(かた)だったのかも知れねぇ。」

 

 ここで漸くエンリネの頭の中で、五年前に邂逅した永遠の(とき)彷徨(さまよ)(びと)吸血鬼(ヴァンパイア)キーノ・インベルンが語った話とブライアのそれが繋がった。

 

 この世界には、およそ百年おきに現れる強大な力を有した異世界からの来訪者、触れ得ざる者、が存在する。

 キーノは、この世界の者たちが不用意に触れ得ざる者と事を構えて新たな災厄を引き起こすことがないように、その危険性を語って歩く者だ、と言った。過去何千年にも渡ってそういった災厄は繰り返されているのだ、と。

 

 そして。

 その知識を誰かが語って歩く限り、希望は決して(つい)えはしないのだ、とも。

 

「ここからが話の肝なんだ。心して聞いてくれ。」

 

とブライアが断りを入れ、流石のエンリネも緊張を強いられた。

 

「クリフは、俺っちに<(めぇ)()く七日間>を引き起こした奴の名を教えてくれたんだ。」

 

「……えぇ!」

 

 エンリネの目がまん丸に見開かれる。

 

「そして、そいつは再びの世界の破壊を企んでいるとも。それを未然に防ぐべく、俺っちに知識を与えるんだ、とクリフは言ってた。実際、クリフはそいつの手にかかって……はっきりとは俺っちもわからないんだけど、多分、そいつに消されちまった……俺っちはそう考えてる。」

 

 エンリネは、両手を口に当てて叫びだしそうになるのを(こら)えているようだ。

 無理もない。この話があまりに衝撃的なのは、ブライアにとっても同じことだ。

 

「俺っちはこの話を誰にも打ち明けられずにいたんだけど、エンリネになら……覇王の再来、血塗れ将軍、と渾名(あだな)されるエンリネには話さなきゃいけない……そう思ってここへエンリネを呼んだんだ。」

 

「……あんまり嬉しくない言われようだけど。

 でも、そう言われたら聞かないわけにはいかないわ!」

 

 剛胆な彼女は、早くもブライアのもたらす知を受け入れる覚悟を決めたようだ。

 

「そう言ってくれると思ってたよ。

 <(めぇ)()く七日間>を引き起こし、今一度の破壊を企む者の名は!」

 

「その名は?」

 

「……アインズ・ウール・ゴウン」

 

「はっ?」

 

 パンッ!

 

 のモモンガ、と続けようとしたブライアがその名を告げる前に、エンリネの平手打ちがブライアを襲った。

 

(いた)ッ!な、何だよ、急に?」

 

 だが、エンリネは顔を真っ赤にして今にも掴みかかってきそうな感じだ。

 

「何だもクソもないでしょ!

 アインズ・ウール・ゴウン様がそんなワケありません。

 あの御方は、この世界の守護者を趣味で気取る、ただのおっさんです!」

 

「……はぁ?」

 

 ブライアには意味がわからない。

 

「あなた、きっといたずら好きの小悪魔(インプ)に化かされたのよ!

 まったく大事な話だ、って言うから期待してたのに失礼しちゃうわ、プンスカ!」

 

「いや、あの、実際俺っちは機動(パワード)

「知りません!」

 

 もはやエンリネは聞く耳を持たなかった。

 

「谷の総統(フューラー)、頑張って。

 お役目、ご苦労様でした!」

 

 強い口調でそう言うと、エンリネはぷい、と背を向けて、そのまま小屋から出ていってしまった。

 

「え……?」

 

 一人残されたブライアは追いかける気力も起きず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

 本当の本題は……まだ、これからだったのに。

 

 

 

 結局、これが二人の今生での最後の会話になった。

 

 ブライア・ペシュメルは、機動外骨格(パワードスーツ)に乗って大魔王アインズ・ウール・ゴウンに邂逅したとき以上の衝撃と落胆を覚え、融水谷(ツィラータール)への帰路の出来事もほとんど記憶には残らず、谷に帰参した(のち)も魂が抜け去ったかのようなその様子に谷の人々を慌てさせたが、三ヶ月ほどで何かが吹っ切れたのか元に戻り、以降、この出来事を振り返ることがなかった。

 その後は、遠いご先祖様から引き継いだ血筋がなせるものか、先代の(おさ)ジョウン・カタラクトとは真逆に、自身に言い寄る女性に次々と手をかけ多くの子孫を残した。彼の子を生んだ女性たちは(みな)納得づくで互いに啀み合うこともなく、また、谷の人々も総統(フューラー)の絶倫ぶりを微笑ましくこそ思え、これを権力の濫用と見做(みな)して糾弾したりすることはなかったという。

 

 対して、このとき三十路手前だったエンリネは見事に婚期を逃し、この直後に再びの大事件に巻き込まれたこともあって何か悟りを得たものか、以降は文字通りトブの森の覇王、血塗れ将軍として振る舞うようになった。指揮者、統率者としての力量もさることながら、こちらも何か吹っ切れたのか戦技(せんぎ)の鍛錬研鑽にも熱が入り、絶頂期となった四十前後(アラフォー)時分には、族長ダンベルグや妖巨人(トロール)ギン・ガンと手合わせして一本取ることも少なくなかった、とか。

 ジューゲーム、ゴトー、フリニゲの小鬼(ゴブリン)三勇士は、あれ?オレたちやり過ぎた!と気づいて慌てたが(とき)すでに遅く、その生涯をエンリネの忠勇なる下僕(しもべ)として生きていくことを余儀なくされた。(あるじ)に対する秘めたる思い(ニャンニャン)を成就したものがあったかなかったか、については伝わっていない。

 

 この二人のすれ違いの(せき)何処(いずこ)に求めるか、については、なかなかに難しいものがあると言えよう。

 

 

                    *

 

 

「あのさー、キーノちゃん。

 ……もう()めない?」

 

 世界東端(とうたん)豚鬼(オーク)の城塞都市オークネイスの東方に広がる干潟にて。

 

「いや。あのアインズ・ウール・ゴウンがこの都市を西からやって来た<(めぇ)()く七日間>の怪物から守り通したのだとしたら、その後背、この干潟にナザリック地下大墳墓が存在するはずだ!」

 

「なわけあるか。」

 お手上げの身振り(ジェスチャー)

 

 この五年間をキーノ・インベルン率いる<黒の百合(ゆり)>が不毛な潮干狩りに費やしていた、という語るも馬々鹿々しい事実をここに書き(とど)め、本話を締め括ることとしよう。

 

 

                  新4話へ続く

 

 




<次話予告>

「我らが対峙いたしました来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の記録を顧みまして、一つ疑問に感じたことが御座います。」

デミウルゴスから何気なく発された問いから思いがけない方向へと広がっていく深淵な対話(ダイアローグ)の幕間劇。

 億劫のオーバーロード新4話『日常の中の非日常な対話』

 あー、おまえら。
 オレを置いてどこか遠い世界の話をするの……やめてくれないか?


四月吉日公開予定
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