億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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『死者の率いるギルド』三連作を締め括る2話全9回を3日毎に連投します。
今話は幕間劇、ナザリックの日常と、そこで知の下僕(しもべ)と交わされる少しだけ非日常的な対話をお楽しみあれかし。


新4話 日常の中の非日常な対話
日常の中の非日常な対話


 ピピッ、ピピッ、ピピッ……。

 

「もうそんな時間か。」

 

 被酷使(ブラック)会社員であった鈴木悟の習慣を今だに引き摺って、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの朝は早い。

 

 骨の指が伸びて目覚まし時計の警鐘(アラーム)()める。

 時刻は現地時間午前四時。

 

 もっとも、まったく眠ることがない、というか、眠ることができない不死者(アンデッド)死の支配者(オーバーロード)であるところのアインズにとって、目覚まし時計は目を覚ますために仕掛けられたものではなく、どこかで区切りを設けないと際限なく目下関心のあるところに執着し続けかねない自分自身に歯止めをかける便宜で仕掛けられたものに過ぎない。

 

「さて……と。

 <虚偽情報・生命(フォールスデータライフ)>、<攻性防壁(リアクティブプロテクション)>……」

 

 アインズの一日は、これまたユグドラシル時代からの習慣となる、効果時間一日(いちにち)の各種防御系強化(バフ)を自身に掛け直すところから始まる。

 人間であった時分に<現実(リアル)>の生活の中で女性の知り合いがほとんどいなかった彼はその辺りの機微を(つい)ぞ知る機会を得なかったが、今自分がやっているこれは、多くの女性が化粧をせずに外出するなど論外である、と思い込んでいたことに近いのかも知れない、などとアインズは考えている。

 

 さりとて、今この瞬間に限って言えば、この強化(バフ)には実益はある。

 只今のアインズ率いるナザリック地下大墳墓は、既にユグドラシル金貨獲得手段を失い維持費節約のために大地に着底(ちゃくてい)したままとは言え、超位魔法に準じる拠点攻撃兵装を備えた鉄血宰相(ビスマルク)級空中戦艦<蒼玉(サファイア)>を擁するギルド、水晶の夜(クリスタルナイツ)と交戦中、であるのだから。

 

「<伝言(メッセージ)>。

 ……ニグレド、おはよう。特に何も変わりはないか?」

 

 そのような事情もあって、目下ナザリックの目、ニグレドの監視資源(リソース)の大半はナザリックから見て東方、カルサナス平原を隔てる大地溝帯へ振り向けられている。

 転移歴500年に平原の中央に出現し、紆余曲折を経てアインズに殲滅されたギルド遺構、現地人が触れ得ざる塔、と呼び(なら)わす水晶造りの高塔(こうとう)の傍らに<蒼玉(サファイア)>は座礁したままだ。ニグレドの探査距離(スキャンレンジ)は大地溝帯の東端で途切れるが、水晶の夜(クリスタルナイツ)が何かの拍子にナザリック地下大墳墓の大凡の所在を特定し特攻してくることがあるとして、大地溝帯上空を通過することなく到達することはあり得ない。

 

(大地溝帯、ナザリック近傍、共に異常は御座いません、アインズ様。)

 

「うむ、いつもありがとう。引き続き頼むぞ。」

 

(恐れ入ります。)

 

 習慣化して久しいニグレドへの声掛けに異常なしの応答を得て、ひとまずアインズは一息つく。

 もっとも、ニグレドはナザリック防衛の(かなめ)でこそあれそのすべてでは決してない。むしろ早期警戒(アーリーワーニング)の主力は幾重にも張り巡らされた恐怖公眷属(ゴキブリ)の哨戒網であり、こちらは何か捉えれば即座に報告が上がってくるのだから、こうして毎朝アインズがニグレドに声をかけることに特に積極的な意味合いがあるわけでもないのだが。

 さりとてこれを()められないのは、ユグドラシル時代以来の非公式ラスボス、屋上の上に屋根に屋根を重ねる危機管理(クライシスコントロール)を厭わなかったモモンガ、鈴木悟が<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>に刻み込んだ、慎重とも、臆病とも、偏執狂的すらとも取れる性癖に由来するもので、その記憶から顕現したアインズ自身には、これに抗う(すべ)がないのだ。

 

 それを言えば。

 

 寝台脇の小机(テーブル)に置いた、自身の短期記憶のみに依存してしまわないよう日々更新している書付(メモ)に骨の手を伸ばし、これを流し読みしながらアインズは考える。

 

 只今対峙するところのギルド、水晶の夜(クリスタルナイツ)のギルド長、ユグドラシルのサービス終了を待たずに世を儚んだと伝わるプレイヤー、クリフ。

 彼が打倒アインズ・ウール・ゴウンのモモンガを目指してユグドラシル外から傭兵を招き、大枚(はた)いて決して安からぬ空中戦艦まで贖ったその熱意もまた、彼らのギルドの<日誌(ログブック)>に深く刻み込まれたに違いなく、今これを率いているクリフが手ずから創造した指揮官NPCルーシェンもまた、その逃れられない影響下にあることは疑いない。

 パンドラズ・アクター、デミウルゴスの講じた奸計により<換金箱(エクスチェンジボックス)>を失い、たちまちのユグドラシル金貨獲得手段を欠く彼らは、俄に攻勢に転じることはないと(もく)されてはいるが、何かきっかけさえあればそうなることは自明だし、少なくとも彼らがこのまま座してギルドの命脈尽きるをただ待つことはない、とアインズは考えていた。

 

 またこれは、既にその所在が詳らかになっている<蒼玉(サファイア)>にアインズが自ら攻め込まない理由でもある。

 糞目立つ空中戦艦がユグドラシル時代にナザリック地下大墳墓が鎮座したところのヘルヘイムに存在していれば、流石に話題になってギルド、アインズ・ウール・ゴウンの知るところとなっていたはずだが、少なくともアインズにその記憶はない。なので、水晶の夜(クリスタルナイツ)は他の世界(ワールド)の住人であったはずだ。

 可動式のものであってもギルド拠点を他世界へ移動させるのは並大抵の手段では成せなかったので、常識的に考えればクリフが元々考えていた戦略に、空中戦艦を以てナザリック地下大墳墓を直接攻撃する、という選択(オプション)はなかったはずだし、一般論から言っても攻城兵装で拠点レベル二千を超えるギルドを殲滅するなどあり得ない。それは、地下迷宮(ダンジョン)よろしく自ら侵入して制圧する他ない、のがユグドラシルのお約束だった。

 されば、クリフの対モモンガ戦略は、何らかの方法でモモンガ自身を自拠点またはその周辺に誘い出し、これを迎え撃つものであった、と考えるのが自然だ。当然ルーシェンもこれを基本戦略として引き継いでいるはずで、その詳細を掴めてもいないのに敢えてそれに乗ってやる理由はアインズにはないのだ。

 

「しかし……気が滅入るなぁ。」

「おはようございます、アインズ様。

 本日のアインズ様当番、インクリメントで御座います!」

 

 そんなことを考えながらアインズがボヤいたのと、日替わり当番のメイド、インクリメントが入室して来たのはほぼ同時だったので、

 

「な、な、何か(わたくし)に……至らぬところが御座いましたでしょうかーーー!」

 

と、ヨヨと泣き始めたインクリメントを宥めるのに、アインズは無駄な時間を費やす羽目になったのだった。

 

 

 

「おはようございます、アインズ様。

 目下のところ、特にお耳に入れるべき異常は御座いません。」

 

 おだて褒めそやしてインクリメントの機嫌を取り繕い、既にこの時点でかなりの精神力を浪費しつつもそれを理由に自身の責務を放棄もできないアインズは、ありもしない威厳を保ちつつ(おごそ)かに執務室にその姿を現し、守護者統括アルベドの跪礼に迎えられた。

 奥手、三人掛け寝座椅子(ソファー)には狡知の参謀デミウルゴスの姿もあって、着座して何やらニヤニヤと笑いながら書物に目を通していたようだが、アインズの姿を認めるや慌てて立ち上がり、

 

「これは失礼いたしました、アインズ様。本日もご機嫌麗しく。」

 

と、こちらも深く礼を執る。

 

 デミウルゴスがここに居るのはアインズにとっては意外でも何でもない。そもそもそうしろ、と命じたのが、他ならぬアインズだからだ。

 彼の親友、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーは、デミウルゴスが戦いを盛り上げ以てアインズを楽しませるために水晶の夜(クリスタルナイツ)に何か入れ知恵をする、などという縁起でもない可能性を半ば冗談交じりに口にしたものだが、聞かされたアインズは存外これを()に受けていて、そんなことをさせてなるものか、とデミウルゴスに、当面の間はふらふら外出せず執務室に詰めてアルベドの傍らにあれ、と命じた。

 目の届く範囲にある限りよもや余計なことはやらかすまい、との思いあってのことだが、それとて、デミウルゴスが余計なことをやらかしていない保証には決してならない。

 

 何でオレがそんなことにまで気を配る必要があるんだーーー!

 

と叫びたい気分でいっぱいのアインズではあるが、さりとて、それを愛すべき下僕(しもべ)たちに(さと)られることも好まない彼には、やはりありもしない威厳を保ち続ける以外の選択肢がなかった。

 

「ず、随分と楽し気に読書していたところを悪かったな。何を読んでるんだ?」

 

 骨の片手を差し出して鷹揚に二人の知の下僕(しもべ)に着座を勧めながらアインズがそう問うと、デミウルゴスは何の疑問もない様子で、

 

「自分の日記を読み返しておりました。」

 

と告げる。

 

 ……自分で書いたものをニヤニヤしながら読み返すなんて。

 そんなのおまえと、本作作者ぐらいだぞ!

 

 アインズはそう憤るも、とはいえ、しばしば最古図書館(アッシュールバニパル)を訪ねて<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>に刻まれた自身のユグドラシル時代の事績を読み返してやはり独りニヤニヤ笑うことのあるアインズに、これを責める資格はない。

 

「存外振り返りますと、思わず吹き出してしまうような記述も(おお)御座いまして。」

 

 アインズとしては、こちらの世界のナザリックの歴史に刻まれたところの自分自身の七転八倒を笑われたように聞こえて気分が悪い。が、それに突っ込む()も許さずデミウルゴスは言う。

 

「それが決まって(わたくし)自身の発言なので御座いますなぁ。」

 

 あぁ……おまえはつくづく幸せなやつだな。

 羨ましいよその性格、いや本当(ほんと)に。

 

 嫌味の一つでも言いたくなったアインズは、

 

「おまえのことだ。そうやって過去の記録を振り返りながら、執務室に缶詰の状態でも何か事を為せないか、悪巧みでもしてるんだろう!」

 

と言ってはみたものの。

 

「流石はアインズ様、お見通しであられるとは!

 まさに端倪すべからざる、の言葉がお似合いで御座います!」

 

と応じられて、ますます返す言葉を失った。

 

 そこを素直に認められたら。

 本当にオレには……どーしよーもねーじゃねーか!

 

「まぁ、そのような不敬な冗談(ジョーク)はさておきまして。」

 

 冗談(ジョーク)なのか?本当(ほんと)に?

 

「これまでの、特に我らが対峙いたしました来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の記録を顧みまして、一つ疑問に感じたことが御座います。差し支えなければ、アインズ様のお考えも伺ってみたく思いますが……如何(いかが)で御座いましょうか?」

 

 デミウルゴスは悪びれる様子もなく、己の主人にも席を勧める。

 ちら、とアインズは執務席のアルベドに目を向けるが、何やら書類仕事の最中のようで、アインズの視線を感じて目を合わせ、ニコリ、と微笑み返す。(わたくし)(いま)少しやることがありますので、どうぞデミウルゴスとご歓談ください、の意であるようだ。

 

「では……聞かせてもらおうか。」

 

 そう言いながらアインズは、デミウルゴスと差し向う一人掛けの上座(かみざ)に着座した。

 

「邂逅した来訪者(ユグドラシルプレイヤー)が、アインズ様、当時のモモンガ様のみならず、至高の四十一人の皆様方、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンを存じ上げていた事例(ケース)は枚挙に(いとま)が御座いません。」

 

 速やかにデミウルゴスは、楽し()に本題に入る。

 

「あぁ、そうだな。

 自慢するわけじゃないが、オレたちは無駄に有名だったからな。」

 

 アインズ自身の意識としては、当時のモモンガ、その背後にあった人間鈴木悟自身がそれを求めていたわけでは決してなく、むしろ悟はそういった益体もない承認欲求とは無縁な人間で、ただ自分たちが楽しい、面白いと思うことを我武者羅に突き詰めた結果、非公式ラスボスなどという二つ名を頂くに至った点については、否定こそしないものの、どちらかと言えば迷惑に感じていた口ではある。

 

「その帰結として、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の御身に対する態度は大きく二つに分かれます。」

 

 デミウルゴスは自身の指を折りながら語る。

 

「第一には、御身とギルド、アインズ・ウール・ゴウンに対し畏怖の念を(いだ)き、邂逅に際してもたちまちに戦闘に至ることはなくむしろ不調法ながらも礼を執る始末で、(わたくし)めなどは拍子抜けすら覚えた連中で御座います。」

 

 (みな)(みな)そうだったら楽なのに。

 なんでおまえは、そこまで残念そうにそれを語るんだ?

 

「第二には、御身に対し分不相応(ぶんふそうおう)な嫉妬の念を(いだ)き、身の程知らずにも無謀な戦いを挑んで参る連中ですな。目下の水晶の夜(クリスタルナイツ)もそういった(やから)の中でも特に相応の実力を欠く者、と評せざるを得ません。」

 

 そのことについては、逐一覚えてはいないものの、アインズ自身はうんざりしていた。

 

 冗談でも謙遜でもなく、本気で鈴木悟は、非公式ラスボスなんて面倒臭い、代われるものなら誰か代わってくれ、と思っていたのだが、代わってくれるならまだしも、代わってもくれないのにこちらを逆恨みする連中の頭の中身が、アインズにはまったく理解が出来なかった。

 そして、そのわけのわからない思いだけをギルドの<日誌(ログブック)>に刻み込み、その記述のままにこちらの世界で顕現する来訪者(ユグドラシルプレイヤー)は、もう修正が効かないのが明白であるがゆえに、アインズにとっては厄介なことこの上ない相手だ。ほとんどの場合それは(たい)した敵ではないが、倒したとてアインズには何の益もない。ひたすら面倒臭いだけだ。

 

 まぁ、そういう連中を返り討ちにしてやるのが……まったく楽しくないわけでもないのだが。

 

「ここで(わたくし)が疑問に思いますところは……」

 

とデミウルゴス。

 どうやらここからが真の本題であるらしい。

 

「第三の可能性として、御身と至高の四十一人の偉大さを知るがゆえにそれに憧れ、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの事績に倣ってユグドラシル時代を過ごし、こちらの世界へ渡って以降も、我ら同様にギルド維持が叶い、我らと対等に事に及ぶ者……が、一組くらいはあってもよさそうなもの。

 そうはお考えにはなりませんか、アインズ様?」

 

 どうにもデミウルゴスが、そういう歯応えのある連中と戦いたい、と暗に言っている点が気にはなるものの、なるほど、そういう視点で考えたことはなかったな、とアインズは素直に感心させられていた。

 

 一方で、そういった視座がまったくアインズになかった、というわけでもない。

 と言うのも、似たような話は少なからずユグドラシル時代のアインズ・ウール・ゴウン、至高の四十一人の(あいだ)でも交わされていたからだ。

 

「なるほど、おまえの言わんとするところはよくわかる。

 と言うのも、オレ自身がそうだったわけでは決してないんだが……」

 

 と、アインズが語ってみせたのは、至高の四十一人の中には、もちろんアインズ・ウール・ゴウンの秘中の秘たる部分には(おくび)も触れこそしないものの、自分たちの独自性の出発点辺りまでは初心者(ビギナー)を導き得る程度の秘訣(ノウハウ)を、ユグドラシル攻略Wiki(ウィキ)に匿名で投じていた者が少なからずいた、という事実だった。

 

「なんと!」

 

 これにはデミウルゴスの方が驚きの声を上げた。

 

「知ってると思うがオレは書き物なんてする(がら)じゃないし、ましてや人に教えを乞うことはあっても他人に偉そうに蘊蓄を垂れるような者じゃなかったから、アレを嬉々としてやってたギルメンが、実際のところ何を思ってやっていたのかはよくわからん。

 単に初心者(ビギナー)相手に偉そうにしたかっただけかも知れんし、心底ユグドラシルプレイヤーの底上げを望んでいたのかも知れんし、おまえがそうであるように、より強い敵、キレる敵と戦いたかった……まぁ、それを自分で育てるというのも随分と(ひね)くれた話だが、そういうヤツも居たのかも知れんな。」

 

「流石は至高の四十一人!

 まさに……まさに端倪すべからざる方々で御座いますとも!」

 

 だから、(みな)(みな)じゃない、って言ってるだろ!

 まぁ、こいつに何を言っても無駄だわな。

 

「だが、実際にこれに応じてくれるプレイヤー、つまり、その真意はどうあれアインズ・ウール・ゴウンや、他の腕の立つ奴らが良かれと思って公開した秘訣(ノウハウ)を活用してくれるプレイヤー、ってのは存外少なかったんだよ。

 いや、活用しなかったわけじゃないとは思うんだが、何と言うか……」

 

「表面的なところだけを真似て、真に意味するところに心至らない、といったところで御座いますか?」

 

「あぁ、それだ!流石デミウルゴス、察しがいいな。」

 

「思えば、現地住民から烏滸がましくも、六大神、などと(おくりな)された来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の中に、御身を見た目だけ真似た阿呆がおりました。」

 

「そんなのいたっけか?

 ともかく、これに一番ぶつくさ言ってたのは他ならぬおまえの創造主、ウルベルトさんだ。まぁ、なんでウルベルトさんがそんなこと気にしてたのか、よくわからんのは同じなんだけどな。」

 

 ウルベルト・アレイン・オードルの名が出て、デミウルゴスはその表情にさらに陶酔を増す。

 

「嗚呼!(わたくし)めの考察が、図らずもウルベルト・アレイン・オードル様のお考えに通じていたとは……なんと……なんと身に余る光栄で御座いましょう!」

 

と、胸ポケットからスッ、と手巾(ハンカチ)を差し抜き目頭に当ててヨヨ、と感歎して見せる。

 

 おまえは……。

 パンドラにも劣らず役者だなぁ。

 

如我等無異(にょがとうむい)。」

 

 不意にアルベドの声がして視線を向ければ、いつの()にか傍らにアルベドが立っていた。

 

「あぁ、アルベド。事務仕事は終わったのか?いつも済まないな!」

 

「恐れ入ります、アインズ様。」

 

 とアルベドは一礼の後、

 

「楽しそうなお話ですので、(わたくし)も加わらせていただこうかと。

 よろしいわね、デミウルゴス?」

 

「もちろんだとも、アルベド。」

 

 デミウルゴスは不敵な笑みを浮かべながら、思うところがないでもない同僚に隣の席を勧める。

 

「で、アルベド。さっきのは……何だ?

 にょ……にょが……にょが?」

 

如我等無異(にょがとうむい)

 我が創造主、タブラ・スマラグディナ様がお好きであった言葉で御座います。」

 

 ……言葉、だったのか?

 とアインズは()で思う。

 

 そしてしばし沈思黙考。

 うーん、おかしい。タブラさんが蘊蓄で語った中に含まれていれば、きっかけがあればたちまちに思い出せるのが常なのに記憶に浮かんでこないのは何故だろう。

 

 と、アインズが考えているのはアルベドにはお見通しである。

 

「思いますに、タブラ・スマラグディナ様がアインズ様、当時のモモンガ様を含め、至高の四十一人の皆様の前でこの言葉を語られたことはおそらくはなかろうか、と存じます。」

 

 え!

 あの蘊蓄さんに、そんなことってあるの?

 

 とアインズの目が真ん丸になる。

 

「正しくは、我本誓願立(がほんせいがんりゅう)欲令一切衆(よくりょういっさいしゅう)如我等無異(にょがとうむい)。古代インドの聖者の言葉、とされるものです。

 和訓して、(われ)(もと)より誓願を立つ。一切の衆をして、(われ)(ごと)く等しくして異なることを()から()めんと(ほっ)す、と読みます。もっともこれは<現実(リアル)>の日本において人口に膾炙していたもので原典の梵語(サンスクリット)では……」

「いや、待て待てアルベド!」

 

 既にこの時点で、日本語で話されているはずなのにそうは聞こえないアインズからすると、本来の梵語ではどうこう、などというのは余計なお世話にもほどがあった。

 

「これは失礼いたしました。

 (わたくし)も、タブラ・スマラグディナ様の娘に御座いますればどうぞご容赦を。」

 

 アルベドはそう言ってニコリ、と微笑む。

 アインズとしては、アルベドがそうやって自身の創造主のことを楽し()に語るようになって良かったなぁ、とは思うものの、何故自分はそう思うのか、どうしてそれが今はこうであるのか、が思い出せずにいた。

 

 一方、その辺りには特に関心のないデミウルゴスは、しばし立てた指の上に顎を載せて何やら考えていたようだが、

 

「つまり……我が創造主ウルベルト・アレイン・オードル様と、アルベドの創造主タブラ・スマラグディナ様は、水と油、犬猿の仲、と思われていたけれども、その(じつ)はまったく同じ方向を向いておられた、ということでしょうか、アインズ様?」

 

「……はっ?」

 

 急にそう問われて、アインズには理路がわからない。

 

「驚くべきことではあるけれども、(わたくし)にはそうとしか思えないわ。

 そうで御座いますよね、アインズ様?」

 

とアルベド。

 

 あー、おまえら。

 オレを置いてどこか遠い世界の話をするの……やめてくれないか?

 

 アインズが黙ったままでいるので、何か言葉を継がねばならない、と感じたものか、デミウルゴスが問われず語りに言う。

 

「アルベドが申しましたところのタブラ・スマラグディナ様がお好みであられた言葉、如我等無異(にょがとうむい)は、タブラ・スマラグディナ様が、(みな)がご自身と同じようになれたらよいのに、と常に願っておられた、ということで御座います。」

 

「はぁ?

 んなことになったら、誰が蘊蓄を聞くんだよ!」

 

 一拍()けて。

 

「こ、これは!アインズ様もお人が悪い!」

「おほほ、面白う御座いますわ!」

 

と二人の知の下僕(しもべ)が笑い始める。

 

 アインズとしては笑わせるつもりなどまったくなく、ただ事実を言ったつもりなのに。

 

 ややあって。

 二人の笑い声が()まり、俄にその表情が訝し気になる。

 

 ひょっとして、よもやそんなことはあるまいが、我らが聡明博識にして叡智尽きることなき至高の主は、この話から振り落とされているのではあるまいか!

 

 ……そーだよ!

 

「ウルベルト・アレイン・オードル様がその確立に重要な役割を果たされましたところの、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの悪の思想は、端的に申しますと、誰に憚ることもなく我らは(ほしいまま)に振る舞うのだ、ということになりますでしょう?」

 

 優し気な声色でアルベドがそう言う。

 アインズは、直感的にこれは、アルベドが自分に向けて出してくれた助け舟だ、と気づいた。

 

「いつぞやアインズ様が夢に見た、と語ってくださったウルベルト・アレイン・オードル様は、人は皆、(ほしいまま)に振る舞うべきであり、そうあれないならばいっそ滅んだ方がよい、とおっしゃったのだとか。」

 

「アルベドの申します通り、我が創造主ウルベルト・アレイン・オードル様のお言葉は、アルベドの創造主タブラ・スマラグディナ様が好まれた言葉と、見事なまでに通底しておるので御座います。」

 

 ここに至って漸くアインズにも、二人が楽し()に語るところが朧げに、本当に朧げにではあるが、わかってきたような気がした。

 

「ご承知の通り、タブラ・スマラグディナ様は古今東西の神話、聖典、神秘学をこよなく愛しておいででした。そのことは至高の方々もよくご存じであられたかとは思いますが、では、何故タブラ・スマラグディナ様がそうであられたか、をご存じであった方は少ないのではないか、と思います。」

 

「……おまえは知ってるのか、アルベド?」

 

 思わずアインズは身を乗り出す。

 

「もちろん直接にお伺いしたことは御座いません。タブラ・スマラグディナ様とて、よもや(わたくし)がこうして(ほしいまま)にそのお言葉を懐かしむ存在となり得ようなど、お考えにはなりませんでしたでしょうから。

 ですが、タブラ・スマラグディナ様の私的空間(プライべートスペース)にて文献渉猟(しょうりょう)の助手として傍らにあった(わたくし)なればこそ、(おもんぱか)ることが叶うところも御座います。」

 

 それは、アインズには知る由もない<アインズ・ウール・ゴウンの日誌(ログブック)>の範囲外となる記憶だ。

 

「差し支えなければ、是非聞かせてほしいな。」

 

と遠慮がちにアインズ。

 

「タブラ・スマラグディナ様は、そういった神話、聖典について、それは神話であるから素晴らしいものなのだ、と恭しく接する者、聖典なんて出鱈目に決まっているのだから顧みる必要などないと嘯く者、いずれをも苦々しく思っておいででした。

 神話、聖典も、生身の人間が書いたものに違いないのだから、一見して荒唐無稽に思われるそれには、それぞれの時代において、それを書かねばならなかった、それが書かれなければならなかった相応の泥臭い理由があるのであり、そこにこそ学びと、それ以上に面白さがあるのだ、と、タブラ・スマラグディナ様はお考えでした。

 ギルド迷物(めいぶつ)と謳われた蘊蓄も、タブラ・スマラグディナ様が、他の至高の方々にそこに気づくことを促すべく語られたもの、と(わたくし)は考えております。すなわち、如我等無異(にょがとうむい)で御座いますわね。そして、だからこそタブラ・スマラグディナ様は、如我等無異(にょがとうむい)それ自体についてはお語りにはならなかったものではないか、と拝察いたします。」

 

 なんと……あの蘊蓄にそんな深い意味合いがあったとは!

 パカリ、とアインズの骨の口がいつものように(ひら)かれるが、真に驚かされるのはこれからだ。

 

「ですが、タブラ・スマラグディナ様のその思いは、至高の方々には(つい)ぞ理解されることがなかったので御座いましょう。

 ただ一人……アインズ様、往時のスズキサトル様を例外に。」

 

 ……?

 

 スズキサトル……って。

 

 ……オレ、だよな?

 

 ……?

 

 えぇーーーーーーー!

 

「まさに貴女(あなた)の言う通りだ、アルベド。

 思えば、ウルベルト・アレイン・オードル様の悪の思想を体現しておいでであらせられるのも、至高の方々に対しては憚り多きことながら、我らが至高の主、アインズ・ウール・ゴウン様の他にはないのだからね。」

 

とデミウルゴス。

 

 ふぁーーーーーーー!

 

(わたくし)は、恐れ多くもアインズ様、当時のスズキサトル様を小卒の青二才、と蔑んで憚らなかった創造主の言葉の記憶に人知れず心を悩ませておりましたが、今なればこそ、何故タブラ・スマラグディナ様がそのようなことを仰せであったのかがわかります。

 タブラ・スマラグディナ様は、ただ一人、スズキサトル様だけがタブラ・スマラグディナ様の真意を汲み取り体現なさっていることに、口の端に上せるも憚り多きことながら……妬いておいでだったので御座いましょう。」

 

「それも貴女(あなた)の言う通りだ。

 ウルベルト・アレイン・オードル様がスズキサトル様を大親友、とお認めあそばしておられたのも、まさに只今のアインズ様が、我らギルドの下僕(しもべ)ばかりかこの世界の普くものに(ほしいまま)に振る舞えと、日々億劫(おくごう)の心労を尽くしておいでであることを、予見しておいでであったからに違いないのだよ!」

 

 人の話を聞ける、というのは、これはこれだけで才能なんですよ。

 それを他人には求めるタブラさん、ウルベルトさん、たっちさんは、雄弁でこそあれ、人の話を聞けませんでしょう?その点では、キミとぺロロンチーノくんに一日(いちじつ)(ちょう)アリ、と言ったところです。

 ましてやキミには、人の話を聞いて、それを何倍にもして返す力があるんですよ。だから私はキミをギルド長に推したんです。私が太鼓判を押します。どうか自信を持ってください、モモンガさん。

 

 不意にアインズの脳裏を、懐かしい死獣天朱雀の声が(よぎ)った。

 

 アインズの……鈴木悟自身の思いとしては、無知無学な自身を持ち上げてくれる(みな)の期待に応えるべく、話をよく聞き、その思いを汲んで、自分に出来る限りのことをする、ただそれだけのことに徹していただけで、そんなことは当たり前のことで、誰に誇ることでもない、と考えていたものだが。

 往時の鈴木悟はともかく、今のアインズには、図らずもアルベド、デミウルゴスから語られたタブラ・スマラグディナ、ウルベルト・アレイン・オードルの真意、とされるところにも自然と思いが至る。

 

 おそらくそのタブラが好んだ言葉、というのは、インドの聖者が自ら発したものではなく、後世の聖者を偲ぶ何者かが、自分たちが敬慕する聖者はそうあれかし、我らもかくあれかし、と願った祈り、誓いだ。それは言いを換えれば、聖者を特別なものとして崇め(たてまつ)るのではなく、自らも同じところへ至るのだ、至ることを目指すべきなのだ、という思いを含意している。

 これは、引き比べるのも馬々鹿々しいことだが、まさにデミウルゴスが語ったところの、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンを崇拝したり羨望したりする者は多いが、自らもそれに倣おうとする者は稀だ、という話に通底している。

 他ならぬアインズ自身、こちらの世界へ渡り来て以降、幾度となくそういう機会、誘惑はあったにも関わらず、都度、オレは神様になんかなりたくない、とそれを撥ね退()けてきたではないか。

 そして、だからこそ自分は……大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、愛すべきナザリックの下僕(しもべ)たちはもちろんのこと、この世界の普く有象無象にも(ほしいまま)に振る舞えぞかし、と願い、自らその範たるべく我儘気儘に突き進んできたのではないか。

 

 これらすべてが、タブラ・スマラグディナ、ウルベルト・アレイン・オードル他、至高の四十一人と共に刻み込んだ、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの記憶の積み重ね(オーバーロード)によるものなのだ。

 

 嗚呼!

 

 今更ながらオレは……なんて凄い奴らに囲まれていたんだろう。

 そして今なお彼らの記憶に支えられ、彼らの遺児に付き従われる我が身の何と(さいわ)いなことか!

 

「ふふふ。」

 

 思わずアインズは微笑みを(こぼ)す。

 それは、常の感情抑制の神々しい緑色の光を励起させるほどの激しさを伴いはしなかったが、なればこそ、アインズの未だ何処にあるのやら不明瞭な頭脳の隅々にまで静かに染みわたっていくような、そんな感銘であった。

 

「いい話を聞かせてもらった。

 改めて、今のオレがこうあることに間違いはない、と確信したぞ!」

 

「それはよろしゅう御座いました。」

 

 愛妃アルベドもまた、にこやかにそう応じる。

 

「では、お喋りはこの辺りにいたしまして、決裁をいただくべきことを取りまとめておりますので、ザッと目を通していただけますか、アインズ様。」

 

 アルベドはそう言いながら席を立ち、アインズを執務机の方へと導いた。

 

「ああ、そうだな。

 デミウルゴスも、楽しい話をありがとう。」

 

 アインズもそれに素直に従い、立ち上がりながらデミウルゴスに簡潔な謝意を伝える。

 デミウルゴスは慌てて立ち上がり、腕を折って腹に当て、深々と叩頭した。

 

「もったいないお言葉、光栄の極みで御座います。」

 

 アルベドの後に続きながら、振り返ることもなくアインズは言う。

 

「おまえの言う通り、オレたち、アインズ・ウール・ゴウンに倣った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)と一戦交える機会があればいいのにな。」

 

 デミウルゴスは、深く頭を下げたまま、口許だけをニヤリと歪ませ、

 

「左様で御座いますな、アインズ様!」

 

と応じた。

 

 いつぞや御曹司パンドラズ・アクターに、言霊(ことだま)は呪いとなることも御座いますれば、と忠告されたにも関わらず、能天気に発せられたこの言葉が現実のものとなるのはまだまだ随分と先の話にはなるのであるが、その時点のアインズは、パンドラズ・アクターの忠告はもちろん、今日のこの会話のこともすっかり忘れ去っているのであった。まったく、碌でもないことこの上ない。

 

 

                  新5話へ続く

 

 

 




<次話予告>

『死者の率いるギルド』三連作が(つい)に完結。
亡主の遺命を果たさんとするNPCと大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、如何なる結末を迎えるものか。

 億劫のオーバーロード新5話『死者は永遠(とわ)に死ねず』

「先に謝っておこう。
 これからオレはおまえに(ひど)い仕打ちを与えるが、決して恨んではくれるなよ。元を糺せばおまえをそういう風に創ったクリフの(せき)に帰するものだ。万が一にも再会が叶ったら、自分で文句を言うんだな。」
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