億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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キーノ・インベルン率いる<黒の百合>が、ギルド水晶の夜(クリスタルナイツ)と対峙する。


2.かくして我らは被雷(ひらい)せり

「私は水晶の夜(クリスタルナイツ)のクリフ。

 キミたちに危機あることを知らせるべく、異世界(ユグドラシル)からやって来た者だ。」

 

 開口一番そう告げた女に、奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン、その眷属にして愛人兼参謀の貴族吸血鬼(ヴァンパイアロード)クレマンティーヌは面喰(めんくら)っている。

 

 これまで邂逅した来訪者たち(ユグドラシルプレイヤー)は、大魔王アインズ・ウール・ゴウンを含め、銘々に若干の温度差こそあれ、基本的には余りに力の差があり過ぎてこちらの世界の住人など(はな)から歯牙にもかけぬ様子で、自ら名乗りをあげる、などということがなかった。それ自体は無理もないことだ。キーノもクレマンティーヌも、道で出会った蟻に「こんにちは、私はキーノです、クレマンティーヌです」と挨拶することはないのだから。

 対して目前の女は、自身の名と所属するギルド名……としか二人には(かい)せようもない……を問われずもがなに名乗った上に、異世界(ユグドラシル)からやって来た者だ、と(てら)いもせず宣じて見せた。これまた、これまでには決してなかったことだ。

 

 どうやらこれまでに出会った来訪者(ユグドラシルプレイヤー)とは毛色が異なる相手のようだ。

 二人は直感的にそう判断する。

 

 ちなみに、双子忍者クゥイアとクゥイナは特に関心がないようで、キーノたちの脇を固めて隙のない警戒の視線を走らせ続けていた。

 

「早速の名乗り痛み入る。」

 

 自身、必ずしもユグドラシルの礼儀作法がどうあるべきか、に通じているわけではないキーノだが、ひとまずは自分が誠意ある態度だ、と信じる応じ方をすべきだろう、と判じて礼を執る。

 

「私はキーノ・インベルン、吸血鬼(ヴァンパイア)だ。こちらは私の眷属となるクレマンティーヌ。そして旅の仲間、クゥイアとクゥイナだ。」

 

 この名乗りに、自称クリフなる女は特に関心がないのか、これといった反応を示さなかった。

 それ以上に意外だったのは、アインズを含め、クゥイアとクゥイナを見て、ユグドラシルNPCだ、と喝破する来訪者(ユグドラシルプレイヤー)がこれまでにもあったが、彼女はそう言いださないばかりか、クゥイアとクゥイナに注目しようとすらしない。

 

 どういうことなのだろう?

 

 疑問は尽きないが、キーノはひとまず冒険者として請け負った自身の責務を果たすべきだろう、と考える。

 

「まず、私たちの訪問の目的を聞いてくれるか。」

 

 やはりクリフは取り立てて反応を返さない。

 聞く気がないわけでもあるまい、とキーノは話し続ける。

 

「空飛ぶ船……があると聞いて来たのだが。」

 

 クリフの背後には、キーノが船、と聞いて想像するものとは随分と異なるが、全長二百メートルを優に超える鋼鉄製の巨大な船体が横たわっている。あちらこちらから、キーノからすれば棘のように見える構造が飛び出ていて、その姿は船、というよりは金属の体を有する巨大な毛虫だ。これが空を飛ぶ、などということがあり得るのだろうか。

 

 対してクリフは、振り向きもせずに立てた親指で後背の船を指差した。

 おまえが言っているのはアレだ、ということらしい。

 

 何か事情があって今は飛ばさずにいるのか?

 

「……この辺りは半人半馬(セントール)の暮らす土地だ。おまえの空飛ぶ船に驚いて逃げて来た彼らから、おまえたちが危険な存在なのかどうかについて見極めを頼まれた。

 不躾な質問、かとは思うが……答えてもらえるだろうか?」

 

 無反応、無表情ながら理知を(かい)しないようには見えない相手に、キーノは単刀直入に事実を伝えた。

 (すこ)()を空けてクリフが応える。

 

「私は、こちらの世界の住人を無暗に襲ったりはしないし、そんな必要もない。」

 

 どこまで言葉通りに信じられるかはともかく、少なくともたちまちに事を構えるつもりのない様子にキーノは安堵する。が、続くクリフの言葉がキーノを不安にさせた。

 

「むしろ、その恐れのある者が今もこの世界に在ることを、キミたちに告げるべくやって来た者だ。」

 

 そう。

 彼女は開口一番「キミたちに危機あることを知らせるべく」と言ったのではなかったか。

 

 だが、これはいったいどういうことなんだろう。

 

 来訪者(ユグドラシルプレイヤー)がこちらの世界の住人にとって危険な存在であり得る、という知識は、キーノたちにとっては何を今更の話だ。

 一方で、<百年の揺り返し>の時宜(タイミング)から言えば四半世紀前にこの世界へやって来たに違いないクリフが、自身を「キミたちに危機あることを知らせるべくやって来た者」と名乗る、その意図は何だ?

 

 大昔、かの十三英雄を率いることとなった来訪者(ユグドラシルプレイヤー)リク・アガネイアは、結果的に異世界(ユグドラシル)の脅威をキーノを含むこちらの世界の人々に知らせる役割を担うことになりはしたが、当人はそれを目的にこちらの世界にやって来たわけではなく、むしろその責を担わざるを得なくなったことに終生悩み続けた存在だった……とキーノは、今なればこそ理解している。

 かの大魔王アインズ・ウール・ゴウンも、必ずしも善意からそうしているわけでないことは承知しているが、結果的にしばしばこの世界を他の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の脅威から守っているものの、アレは本人が嫌々ながらも結局のところは好きでやっていることで、少なくともキーノから見て、アインズはそれを楽しみながらも本質的には面倒臭く感じているように見えたし、ましてや、その使命を帯びてこちらの世界にやって来た、などという様子は(おくび)にも感じられなかった。

 

 対して、目前の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)クリフは、自身はその使命を帯びた者だ、と胸張らんばかりの物言いだ。

 

 それに。

 さきほどから、クリフの様子にそこはかとなく覚える違和感が何であるのか、キーノには自身で明確にすることが叶わずにいる。

 

 リク・アガネイアと魔神。

 アインズ・ウール・ゴウンと下僕(しもべ)たち。

 クリフと……。

 

 そうか!

 

「クリフ、一つ教えてくれ。

 間違っていたらすまないが、おまえはエ……」

 

 と、ここで。

 突如としてクレマンティーヌがキーノの前に身を乗り出して割って入り、その発言を制した。

 

 何だよおまえ!とキーノはいきり立つも、自身の身体の影に隠れてクリフから見えない位置で彼女の手の平が手話(ハンドサイン)を示す。それは、普段はキーノが難敵との戦闘中に皆に対して用いることこそあれ、逆のことがほぼないものだ。

 

 すなわち。

 

<ここは私に任せて。>

 

 

 

 ここまでクレマンティーヌは、一見成立しているようで噛み合っていないキーノとクリフの対話を、締まらない笑みを浮かべながら、その(じつ)、極めて怜悧に観察していた。

 

 愛する(あるじ)キーノ・インベルンの、至らぬところを言われずもがなに補佐して見せることこそ、眷属たる我が使命、と任じているがゆえである。

 

 既に彼女は目前にある女が対話相手本人、ではなく、<伝言(メッセージ)>か何かで真の相手を代弁しているだけの傀儡であろうと踏んでいるが、加えて、キーノもどうやらそうらしい、と悟って確信に至ったことがある。

 

 ずっと昔から、キーノは、ユグドラシルプレイヤーは振るう力こそ突出しているが中身の人格は我々とそう変わるところはなく、何ならより愚かであったり幼かったりする場合もある、と語って憚らなかった。これを聞かされた当所は、自身スレイン法国に生を()け、すくなからずそれを神、と認識していたことも手伝って、クレマンティーヌは真に受けてはいなかったが、今は違う。

 特に、そう思わせたのは、決して長い時間ではなかったが、かの大魔王アインズ・ウール・ゴウンと直接向き合う機会を得たことだった。

 アインズ・ウール・ゴウンは、疑う余地なく尊大な存在ではあったが、邂逅の瞬間こそ過去の鯖折り体験を想起させられてドン引き状態だった彼女は、後から振り返って、アインズの尊大さが、彼自身の()から発せられているものではなく、彼を取り巻き持ち上げ狂気の忠誠を尽くす魔神(しもべ)たちの求めに応じて止む無くそうなっているものであって、しばしばキーノが言う通り、その本質は気のいいただのオッサンだ、という身も蓋もない事実に思い至っている。

 

 そう。

 人は、いくら尊大に振る舞うことが出来ようとも、完全に尊大な人、というのはあり得ない。尊大な人、と言えばクレマンティーヌにとっては合わせて思い浮かぶ鮮血帝ジルクニフ・エル・ニクスも、やはり周囲の期待に応えて本人望まぬままに強いて尊大に振る舞う存在であることを彼女は当時から正しく理解していた。同じく思い浮かぶ漆黒聖典番外席次……は、例外中の例外、アレは生まれの特殊さもあってただの気狂(きちが)いだった。

 一方で、真に尊大な存在、というものもクレマンティーヌは見知っている。アインズ・ウール・ゴウンの傍らにあった赤服の男、何故か彼女に「こいつとだけは仲良くできるんじゃねーか?」と思わせたアイツだ。

 そして、それが、かの赤服の男がいわゆるプレイヤーではなく、エヌピーシー、あるいは魔神と呼ばれる、プレイヤーによって、かくあれかし、と定義されて生まれた存在であるがゆえだ、とクレマンティーヌは理解している。人にとって尊大さは何かを目的としての手段として現れるものであるのに対し、エヌピーシーは、(みな)(みな)そうでもあるまいが、そうであるものは、ただただ尊大であるべく造られた者なのだ。だから、その尊大さにブレがない。

 

 そして。

 (いま)目前の傀儡の背後に感じる人格は尊大そのものだ。つまり、我々が目下対話する相手は、ときに我々よりも愚かであったり幼かったりする場合もあるプレイヤー、ではなく、徹底的に合目的的に言動するエヌピーシー、魔神だ。

 キーノもまた直感的にそれに気づいてそれを当人に問い質そうとしたようだが、愛すべき(あるじ)なれどもその馬鹿正直さはいただけない。こちらがそういう知識を有しており、プレイヤーとエヌピーシーを、完全に、でこそないものの見分けることが出来る、という手札(カード)を相手に晒すには早過ぎる。

 

 だからクレマンティーヌは敢えてキーノの前に割って入ったのだが、彼女にそうさせたのは何も駆け引きの都合のみによるものではない。

 

 赤服の男は、決して善なる存在ではなかったがいやらしさを感じなかった。

 清々(すがすが)しいまでに尊大な悪。

 そこに、男に対するそれはないが好意すらクレマンティーヌは覚えたものだが、目前の傀儡の背後に感じる人格は、同様に尊大でありながら、明らかに方向性が赤服の男とは異なる。

 

 あれを(わる)と呼ぶならば、

 こちらは……(よこしま)だ。

 

 物理的(フィジカル)な危険はまったく感じないのに、精神的(メンタル)なそれについてはヘドロのような臭気がプンプンと感じられる。

 恐らく後背の空飛ぶ船の中に隠れて糸引く何者かは、明らかに、我々を何らかの目的で使嗾せんと企んでいて、かつ、それをこちらに感じさせまいと意識している……漆黒聖典時代にそういった活動に自身深く関わってきた彼女なればこそ、この確信は揺るがない。

 となれば、この対話を馬鹿正直なまでの素直さを誇る愛しの(あるじ)に任せるは悪手だ。誠意は、捧げて価値ある相手に向けられるべきであって、こいつはそうじゃない!

 

「クリフちゃん……でよかったのよねん?」

 

 敢えてクレマンティーヌは軽い口調でそう問う。

 予想した通り、自称クリフはたちまちには何の反応も示さなかったが、やがてゆっくりとその視線がクレマンティーヌの方へと振り向けられた。

 

 薄気味悪いやつ!

 

「面白い話になってきたじゃなーい!」

 

(おど)けてみせても特に反応はなく、何ならキーノがぽかんと丸く(くち)()けている。

 

 そこは察しろよ!

 とクレマンティーヌは思うが、まぁ、面倒臭いが後で説明するしかないだろうと腹を括った。

 

「クリフちゃんがヤバい(ひと)じゃない、ってのはわかったからさー。

 その、ワタシらの危機、ってのを詳しく聞かせて頂戴よー。」

 

 やはり目前の女は表情一つ変えないが、なかなか答えが戻っては来ない。

 きっと、これを裏で操っているエヌピーシーが、急にこちらの対話戦術が変わったことに気づいて対応を検討しているからだろう、とクレマンティーヌは思う。

 

「九千九十五日前の出来事を覚えているか。」

 

 あーん?

 

 突拍子もないクリフの発言に、さしものクレマンティーヌも目を真ん丸に見開いたが、これがこちらの知性の程を計るべく敢えて投げかけられた問いだ、と気づいて、不自然にならぬよう気遣いながら再び締まらぬ笑みに表情を転じる。

 その途上、ちら、とキーノに目を向けてみれば、ぽかん、としたまま固まっている。

 おい!しっかりしてくれ!

 

異世界(ユグドラシル)……とやらには、(ねん)、で時間を計る習慣がないのかしらん?」

 

と軽口で応じれば、本当にそう思っているのかどうかは定かでないが、

 

「キミたちは寿命のない存在だから、この方がわかり易いか、と思った。二十四年前の出来事だ。キミたちがそれを<(めぇ)()く七日間>と呼んでいることは承知している。」

 

 クレマンティーヌの理解としてはそれは二十五年と三ヶ月少し前の出来事なのだが、これはこちらの世界の一年がぴたり三百六十日であるのに対し、異世界(ユグドラシル)、引いては背後にあった<現実(リアル)>のそれが三百六十五日と少しであり、これに水晶の夜(クリスタルナイツ)が気づいておらず、かつ()()()に語るがために生じた誤差だ。

 それは強いて指摘するほどのことでもないので、クレマンティーヌは黙って頷いて続きを促す。

 

「私自身はそのきっかけとなった魔法の発動を(じか)に目撃はしていない。

 が、結果生じた出来事は、ユグドラシルの超位魔法<黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)>のそれに一致する。」

 

「「はぁ?」」

 

とキーノ、クレマンティーヌは揃って驚きの声を上げた。

 

「いや待て待て!」

 

と、まくしたてようとするキーノを再び<ここは私に任せて>の手話(ハンドサイン)でクレマンティーヌが制する。

 

「ちょっと俄には信じ難いんだけどー。

 たった一発の魔法でこの世界が滅んだ、って言ってる?」

 

 やはりクレマンティーヌは、内心穏やかではないものの強いて軽口で問うた。

 が、応じる答えは、実際に話しているのがただの傀儡だから、と言ってしまえばそれまでだが、特に何の感慨も伝わってはこないものだ。

 

「それ自体は単なる即死攻撃の範囲魔法に過ぎず、生者でないキミたちには何ら害はない。

 が、殺した命の数に応じてレイドボス級の魔物を召喚することができる。これは難物で、キミたちが決して弱者でないことは既に理解しているが、キミたち四人がかりでも良くて相撃ち、おそらくは一方的に殲滅の憂き目に遭うことだろう。

 召喚される魔物の数はおよそ八万殺して魔物が一体だが、私自身はあのとき四体の魔物を目撃した。これだけで三十二万の生贄を要したことになるし、被害が世界全域に及んだことを勘案すれば、仕様上限いっぱいの十六体が召喚された可能性もある。となれば、少なくとも生贄には百二十八万が捧げられたのだろう。これはあくまでも下限値だ。」

 

 おいおいおぃ……本当(マジ)かよ!

 

 流石のクレマンティーヌも平静を装うのが辛くなってきて視線が泳ぐが、その先にある愛しの(あるじ)は既に白目を向いて失神寸前だ。

 しかもクリフは、さらに二人が正気を保つのが難しい衝撃の事実を告げる。

 

「私はそれを為し得る存在に、こちらで邂逅した。

 ユグドラシルにおいても、最後の難敵(ラスボス)と称され、恐れられていた化け物だ。放置すれば、遠からずアレは、キミたちを含めこの世界のすべてを滅ぼし尽くすこと疑いない。

 その名は……」

 

「「その名は?」」

 

「アインズ・ウール・ゴウン……」

 

「「……!」」

 

 キーノは当然、内心の動揺を晒すまいと心がけていたクレマンティーヌもその表情を引き攣らせるが、

 

「……のモモンガ。」

 

と続いて、

 

「「……はぁ?」」

 

となる。

 

 紛うことなき大魔王、アインズ・ウール・ゴウンの名が期せずして現れたのもさることながら、ももんが、などという滑稽味(こっけいみ)さすら覚える音韻に困惑してのことだ。

 そもそも、クリフは「水晶の夜(クリスタルナイツ)のクリフ」と名乗った。普通に考えればこれは、ギルド水晶の夜(クリスタルナイツ)の一員であるクリフ、の意であろう。同じ人物の語法であれば意味合いは同じで「アインズ・ウール・ゴウンのモモンガ」は、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの一員であるモモンガ、と(かい)すべきであろうが、彼女らの知るアインズ・ウール・ゴウンは、ナザリック地下大墳墓の(あるじ)である大魔王アインズ・ウール・ゴウンであって、アインズ・ウール・ゴウンはギルドの名ではない。

 

 これは……一体全体、どういうことなんだ?

 

「その様子からすると、キミたちは何か心当たりがあるのか?」

 

と問われてあたふたするキーノを再びクレマンティーヌが制した。

 

 今更知らぬ存ぜぬが通じるはずもないが、さりとて、クリフの言うアインズ・ウール・ゴウンのモモンガと、自身の知るナザリック地下大墳墓のアインズ・ウール・ゴウンの関係がよくわからない。

 しかも、ここまでの話の流れからすると、それが第三者から見て妥当なものであるかはさておき、このクリフと名乗るエヌピーシーは、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、に対して何らかの遺恨を抱えているのは間違いない。クリフが打倒したいと願うアインズ・ウール・ゴウンのモモンガは打倒されるべき存在であり、それに直接の助力は期待せずとも、間接的に協力しろ、少なくとも邪魔はしてくれるな、と言わんがために一連の話は語られているように聞こえる。

 

 さて……どうしたものか。

 

「隠し立てするようなことでもないよねー。」

 

 改めてクレマンティーヌは強いて軽口で応じた。

 後ろからキーノが、おい、おまえ、いったいどうするつもりなんだ、と不死者(アンデッド)の癖に今にも死にそうな目をしてクレマンティーヌの上着の裾を引いているが、三度(みたび)の<ここは私に任せて>でこれを突き放す。

 

「アインズ・ウール・ゴウン……ってのに心当たりがある、ってのはクリフちゃんの言う通りだわさ。」

 

 その物言いが思わせぶりであるがためか、クリフは続く言葉を発しない。

 おそらくは、おまえから手の内を明かせ、との無言の要求なのだろう。

 

「でも、ワタシの知るアインズ・ウール・ゴウンってのは。

 クリフちゃんの言うアインズ・ウール・ゴウンとは違うかも知れないんだな、これが!」

 

 期待はしていなかったが、目前の女はくすり、ともしない。

 再び(すこ)()()いて。

 

「そんなはずはありますまい。」

 

とクリフ。

 

「アインズ・ウール・ゴウンはアインズ・ウール・ゴウン。

 こんな辞書にも乗らない()が偶然にも一致する、などということはありますまい。」

 

 それはごもっとも、と思いつつも、むしろクレマンティーヌは、微妙にクリフの口調が変じたことが気になっている。元のそれが強いて演じていたものなのだとすれば、今のこれがクリフ、あるいは別の真名を持つ背後で糸引く何者かの()の口調なのかも知れない。

 であるとすれば、そいつはこちらがアインズ・ウール・ゴウンを知っている、という事実に、動揺……でなくとも、ともかく演技を続けることを失念させるほどの衝撃を覚えたのに違いない。

 

 だが。

 何かを決断するには、今一つ詰め材を欠くのも確か。

 

 何故、ギルドの名と個人の名が入違っているのか、クリフがアインズ・ウール・ゴウンに対する敵意をこちらに植え付けようと目論むのは何故なのか、クリフはアインズ・ウール・ゴウンをどうしたいのか、がわからない。

 

 ここは……時間を稼ぐ一手か。

 

「クリフちゃんの言うアインズ・ウール・ゴウンとワタシの知るアインズ・ウール・ゴウンが別人かも知れない、ってのは本当(ほんと)なのよ。その上で聞いて欲しいんだけどさぁ。」

 

 刹那、クレマンティーヌは三日月型の妖しげな笑みを浮かべた。

 

「クリフちゃんがアインズ・ウール・ゴウンとやらに何されたのかは知らねーけど、ワタシはちょいと遺恨があってねー!」

「クレ」

 

 大慌てで叫ぼうとするキーノの口をクレマンティーヌは素早く塞ぐ。

 

「そりゃぁ、語るも涙、聞くも涙の仕打ちなんだわさ!

 ……聞きたい?」

 

「……興味はない。」

 

「そこは聞くとこだろ!」

 

と、クレマンティーヌは食って掛かる。

 

「いいか!

 ワタシはアインズ・ウール・ゴウンに延べ八回殺されてんだよ!

 うち七回は鯖折りだよ、さ・ば・お・り!

 わかるか?

 (あらが)いようもない化け物に抱きしめられて、生きたまま背骨をへし折られるのがどんな体験か!

 しかも復活を挟んで立て続けに三連発、これを二度だぞ!

 信じられるか?」

 

 クリフはやはり顔色ひとつ変えないままにクレマンティーヌの訴えに耳を傾けていたが、やがて、

 

「……気の毒に、と言っておこう。」

 

と、ぽそり、と一言(ひとこと)

 

「だろー?だろー!

 だからー、クリフちゃんがアインズ・ウール・ゴウンをぶっ飛ばす、ってんなら協力しないでもないんだよー、わかるだろーーー?わかるよなーーー!」

 

 期せずして発せられたその煽り文句は、言った本人にその意識はなかろうが、不倶戴天の敵、大魔王アインズ・ウール・ゴウンのそれ。

 

「敵の。」

 

「……ん?」

 

「敵の敵は、味方。ということかな?」

 

 クレマンティーヌの三日月型の笑みは、もはや裂けて耳元まで届きそうな勢いだ。

 

「話がわかるじゃーーーん、クリフちゃんてばーーー!

 でもな。」

 

 急にクレマンティーヌが真顔になる。

 

「残念ながらワタシも、アインズ・ウール・ゴウンが何処に潜んでやがんのか、は知らねーんだよ。いつも出会うときは突然で、何の脈絡もあったもんじゃねぇ。

 クリフちゃんは……ワタシらがその所在の手がかりなりともを掴むのを期待してんだろ?」

 

「キミも……話がわかるのだね。」

 

 うまくいったな、とクレマンティーヌは安堵の気持ちに()で笑う。

 

「ご覧の通り、ワタシらはこの世界の住人にしちゃぁ突出した力の持ち主で、クリフちゃんが味方につけるにはうってつけだわさ。必ず見つけ出してやる、とまでは約束できないけど、ちょっと一旦預けてくれないかな。ワタシらも、クリフちゃんの見定めを頼んできた連中に報告しに戻らないといけないことだし。」

 

「よろしい。

 何か謝礼は必要かね?望みのモノを用意しておこう。」

 

 ここまで、常に一拍置いて返事してきたクリフが、ここだけは即答だった。

 自分の切り抜け方は間違っていなかった、背後で言葉にならない声をあげつつじたばた暴れ今や双子忍者に取り押さえられた愛しの(あるじ)の反応を除いて……とクレマンティーヌは再び(わら)う。

 

「特にこれといってないわさ。

 クリフちゃんがこの世界の住人を蹂躙したりしない、って約束でひとまずは十分。」

 

「それは約束しよう。」

 

とやはりの即答。

 

「何かわかったら此処に来て知らせる、でいいのかなーーー?」

 

「そうしてくれたまえ。」

 

 敢えてクレマンティーヌは念を押す。

 

「逆に。

 首尾よくアインズ・ウール・ゴウンの居所を突き止めたら、クリフちゃんは確実にワタシに代わってそいつをブチのめしてくれんのかい?」

 

 間が空いた。

 

「約束は出来ないが善処はしよう。」

 

 こいつは。

 まったく信用できないにもかかわらず、(よこしま)なこいつは妙なところで正直だ。

 

「じゃ、善は急げだからワタシらは行くわ。

 最後にひとついい?」

 

「……なんだね?」

 

「おっぱい揉んでいい?」

 

「な!」

 

と声を上げたのはクリフではなくキーノだ。

 

「構わないが……何故だね?」

 

「ワタシはユグドラシルの礼儀作法は知らないけどさー、こっちでは信義を交わした(あかし)に胸を揉んで別れんのよ、知らなかった?」

 

 おいおぃ、こいつ、何言ってんだ、とキーノは内心首を傾げるも、クレマンティーヌはどこ吹く風だ。

 

 クリフ、を名乗る女が抗う素振りをまったく見せないのを確かめて、むにっ、とその豊満な胸を掴む。すると女もまた、さも当然のようにクレマンティーヌの豊満な胸を、むにっ、と掴み返した。

 

 握手代わり、と考えれば真っ当な光景ではあるが……間抜けな絵面(えづら)だ。

 

「では、吉報を期待しているよ。この世界の安寧秩序のために。」

 

 おっぱいを鷲掴みにされたまま、顔色一つ変えないクリフがそう言う。

 

「綺麗事は()めなさいな。

 互いの復仇のために……でよくね?」

 

 再び、ニッ、と笑うクレマンティーヌ。

 

「……そうだな。互いの復仇のために。」

 

 そういい交わして二人は握手、ではなく、互いに掴んだ乳から手を(はな)す。

 

「んじゃ()っきますかー、キーノちゃん!」

「おぃおぃ、おまえー!」

 

 堪らずキーノは抗議の声を上げるも、クリフに背を向けたクレマンティーヌに肩を抱かれて無理やり押し出された。クリフが背後から追ってくる様子はない。やがてクレマンティーヌはキーノからも手を(はな)して、つかつかと振り返りもせず来た道を早足で進み始めた。これを追いながら、キーノが大声でがなり立てる。

 

「クレマンティーヌ、いったいどういうつもりなんだ!

 おまえ、まさか本気でアイ……」

 

 突然<静かに>の手話(ハンドサイン)が示されて、慌ててキーノは口を噤む。

 対してクレマンティーヌは、いつの間に取り出したものか、器用に右手に持った筆で右手の平に小さな文字を書いている様子。

 

 無言のまま差し出されたそれを読めば、遥か昔に滅んだ、キーノ自身久方ぶりに目にするスレイン法国の書き言葉でこうある。

 

 <盗み聞きに用心。>

 

 な!

 

「そ、それってどういう?」

 

 再び示される手の平。

 

 <虫。文字、手話(ハンドサイン)も解読の恐れあり。>

 

ふぁーーーーーーー!

 

 思わず驚愕の叫びを上げるキーノを振り返りもせず、ひたすらクレマンティーヌは歩み続けた。

 今になって、吸血鬼(ヴァンパイア)となって久しい自分が掻くはずのない冷や汗をだーだー流している錯覚をクレマンティーヌは覚えている。

 

 ヤバい……ひたすらヤバい相手だった。切り抜けられたのは奇跡に近い。

 もっとも、彼女の読みでは、おそらく連中には一発で<黒の百合>を殲滅できるような火力はなく、仮にあったとしてもそれは(たい)アインズ・ウール・ゴウンの決戦に備えて秘匿されているはずだ。そもそも最後までクリフとやらは、こちらが何を目的とし、何を求め、何のために行動する者であるのかにすら関心を見せなかった。そんな相手に虎の子の火力を投じる理由はない。

 が、あれ以上あの得体の知れない知性と対話し続けて、無用な情報漏洩を避けられた、とクレマンティーヌには思えなかった。自分たちが自覚しない気づきのきっかけをクリフに与え、結果的にナザリック地下大墳墓に僅かでも被害が及ぼうものなら、今度は鯖折り三連発どころの話では済まないはずだ!

 

 そう。

 

 クレマンティーヌは、クリフとやらにアインズ・ウール・ゴウンに対して勝ち目がある、などとは(はな)から考えていない。そもそも、空飛ぶ船は空を飛んでいてこそ価値があり戦術的な優位があるのは明らかなのに、それを維持できていないのは連中が何らかの制約から全力が出せない状態だからに違いないのであって、そんな連中があの破格の化け物中の化け物、アインズ・ウール・ゴウンに勝てる謂れなどないのだ。

 一方で、相手はプレイヤーではなくエヌピーシーなのであり、魔神とも称されるそれは、こういう存在だ、と定義されたままに(かたく)なに振る舞う者だ。そいつがアインズ・ウール・ゴウンと戦う、と言っている以上、勝ち目があろうがなかろうが、あいつは必ずやるのだ。そのために、アレは一切手段を選ばない……そういう化け物だ。

 

 そして我々は、企図せずして我々自身がその駒として使えることを不用意に明かしてしまったのだ。

 

 これに気づいた時点でクレマンティーヌに選べた最善の一手は、自分もまたアインズ・ウール・ゴウンに遺恨ある者であることを示し、少なくともクリフに敵対する者ではないと信じ込ませた上で、この状況の対策を熟考する時間を稼ぐべく一旦自然に距離を取ること、以外になかったのである。

 

 厄介なのは、今なお双子忍者の目線がキョロキョロと周囲を伺っていることからすると、こちらを監視する羽虫の随伴を受けているのが確実であることだ。

 クレマンティーヌがこれに気づいたのは、目前で直接対話に応じていたのが読み通り傀儡なのだとしたら、こちらに告げられる言葉は<伝言(メッセージ)>で届けられているとして、操り(ぬし)はどうやってこちらの言葉を知っているのだろう、と考えたからだ。傀儡がこちらの物言いを逐一復唱するならともかく、そのような様子はなかった。とすれば、何か別の手段で我々の対話は少なくとも盗聴されていたことになる。

 思えば、あの女との邂逅直前、クゥイナがしきりに周囲を気にしていた。あいつらは、こちらが問えば素直に答えるが、問わないことは逐一報告はしてこない。クゥイナは特にその必要性を感じないままに手の届く範囲に現れた羽虫を潰していたものだろうが、あの時点でクゥイアに何故強いて羽虫を潰しているのか訊いておくべきだった。

 この疑念があったればこそ、もう一つの疑念、目前の女は傀儡である、を確定事実にするために、クレマンティーヌはその乳を揉むという暴挙に打って出たのだが、これで疑念は確信に変わった。背後にいたエヌピーシーは、傀儡がどう扱われるか、こちらの世界の文化習俗が本来どうであるか、にはまったく関心がなく、言われるがままに乳を揉ませ、偽りの信の(あかし)にこちらの乳を揉んでみせた。あの女が当の本人であるならば、よもやこんな対応は採るまい。

 

「しかし……。」

 

 まったくの無言も不自然だし気も滅入るので、クレマンティーヌは盗み聞きされたとて害のない話題を振ってみた。

 

「おっぱい大好きのクゥイアちゃん、クゥイナちゃんが、クリフちゃんのアレを見つめもしないのは意外だったわさ!」

 

 対してクゥイアの曰く。

 

偽乳(フォウ)。」

 鼻を摘まんで左右に手を振る身振り(ジェスチャー)

 

 なるほど。クレマンティーヌ自身は直に触れたそれは紛うことなく手触り極上の巨乳ではあったが、あまりに理想的に過ぎて返って噓臭かったのも事実だ。クゥイア、クゥイナがそうであるように、あれは人に似せた何かであって人そのものではなかったのだろう。

 それにしても自身も人間の紛い物の癖に天然のおっぱいにこだわるとは、こいつらはこいつらで妙な性癖を持っていやがる、とクレマンティーヌは苦笑する。差し詰め違いのわかる男、とでも言いたいのだろうか、あとでたっぷり可愛がってやろう。

 

小母(おば)さんのがまだマシ。」

 拳骨に備えて頭を守る身振り(ジェスチャー)

 

 この余計な一言に、クレマンティーヌは巻き添えの雷撃を警戒して歩みを()めて身を屈めた。

 

 が。

 

 拳骨、または雷撃を予想された当の本人は、瞬き一つせず、無言のままに立ち止まったクレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナに一瞥もくれず、彼女らを追い越してひたすら東へと歩き続ける。

 

 これは計算外だった。

 キーノの精神(メンタル)が存外脆いのは承知していたつもりだが、監視、盗聴されているとて盗み見、盗み聞きされて差し支えない言動を採ってさえいれば問題ない、という割り切りがキーノには出来ないらしい。

 流石のキーノも、こちらがそれに気づいていることを相手に知られるのは悪手だ、ということは理解しているようでたちまちに得意の殺虫魔法を振り撒かないのが唯一の救いだが、だからこそ、その硝子(ガラス)の心に澱み続ける膿は危険極まりない。

 

 オークネイスについたら取り敢えず宿を取って、覗き見はないんだ、とキーノが信じる程度の目張りをして四人でヤって気分転換(ガス抜き)させるか。しかし、オークネイスまでもつだろうか。場合によっては青姦(あおかん)も……よもやキーノは応じまいな。

 いやいや、そんなことを考えている場合じゃない。図らずも巻き込まれてしまったクリフと大魔王アインズ・ウール・ゴウンの闘争の渦中をどう切り抜けるか、あわよくばあの糞骸骨野郎に一泡吹かせてやることができないか、これを真剣に考えねば。

 だが、なかなか名案が浮かんでこない。本人にその自覚はないが、キーノが相談役としてのクレマンティーヌを得て心の安寧を得たのと同様に、クレマンティーヌの狡知もまた、言葉の掛け合い(キャッチボール)を経てその最たるところが発露するもので、彼女とて沈思黙考は性格的に決して得意ではないのだ。

 

 そして。

 

 破綻は早くも行程半ば、クリフと別れて五日目の夜半にやって来た。

 

「……やって、られるかァーーー!」

 

 ひた、と立ち()まったキーノが、雲一つない晴天下、光輝く満月に向かって吠えた。

 慌ててクレマンティーヌが振り返ると、キーノは右手を天に向けて高々と振り上げている。

 

 おい、本当(マジ)か?

 おまえにゃ得意(とくい)の殺虫魔法があるだろーーー?

 なんでよりにもよってソレなんだよーーー!

 

「ごめん、みんな。

 でも、私は、もうこうするしかないんだーーーッ!」

 

「ひぃ、()めてぇーーー、キーノちゃーーーーーんッ!」

 

 クレマンティーヌの懇願虚しく、キーノはクレマンティーヌが予想した通りの行為に及んだ。

 

「<万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)>!」

 

 どじゃーーーん!

 

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