億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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いったい誰の思惑によるものか、キーノ・インベルンたち<黒の百合>は思わぬ形でアインズと水晶の夜(クリスタルナイツ)の闘争に巻き込まれる。


3.命懸けの課題(ミッション)

「実は……なくはないんだ。」

 

 躊躇いがちにそう言いながら、奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンは、行軍に際し常に肩から下げているお気に入りの革の肩掛け鞄(バッグ)をごそごそと探った。取り出されたのは……

 

 一欠片(ひとかけら)……とも呼び難い乾酪(チーズ)の屑。

 

「それが……何なのさ?」

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)でありながら吸血を好まない愛しの(あるじ)が、飢えを紛らわせるおやつに乳製品……(ひと)であれ獣であれ、乳はそもそもは血液に由来するものだ……を好み、特に保存性の観点から乾酪(チーズ)を鞄に忍ばせていることは承知しているが、目下の話題とそれの関係がクレマンティーヌにはたちまちに思い浮かばない。

 

「まぁ見ていてくれ。」

 

 キーノは、自身にとっては既に食べ物と言えないそれを、そっと床の上に置く。

 

 

                    *

 

 

 世界東端(とうたん)の城塞都市オークネイス。

 今、キーノ・インベルン率いる<黒の百合>は、彼女たちにカルサナス平原中央に出現した空飛ぶ船の調査を依頼した代数冒険者組合(ギルド・アルジェブラ)(そば)に宿を取って、これからどうするかを議している。

 

 来訪者(ユグドラシルプレイヤー)自称クリフとの邂逅からの帰路半ば、クリフが彼女たちに随伴させたと思しき羽虫による監視盗聴の緊張感(プレッシャー)に耐え兼ねたキーノは、自らに雷撃系最上位魔法<万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)>を放つという暴挙に出、以て一息に引き連れた羽虫を殲滅したが、同時に自分たちも、死にこそしないものの黒焦げになって野に転がった。

 先に双子忍者がユグドラシル自動人形(オートマトン)自己修復機能(セルフリカバリ)で行動の自由を回復し、大慌てで未だ行動不能の二人の連れを夜明け前に土中に埋めた。この()()()()()により()の生命を回復させたキーノとクレマンティーヌは、次の日没と同時に、

 

「「……ぶはっ!」」

 

と、動死体(ゾンビ)よろしく再生を遂げた。

 

「なんで殺虫魔法(ヴァーミンベイン)じゃないのよーーー!」

 

 クレマンティーヌは開口一番抗議の声を上げるも、

 

「大は小を兼ねる……だろ?」

 

と応じられ、大き過ぎるだろ!と突っ込む気力も起きなかった。

 辺りは一面の焼け野原で、クゥイアもクゥイナもきょろきょろすることがなくなり、よもやこれを生き延びた虫はいまい、と、すっかり機嫌を直したキーノは大手を振ってオークネイスへ凱旋した。

 

 代数冒険者組合(ギルド・アルジェブラ)のユーユエンに空飛ぶ船の乗員との会見が叶ったこと、少なくとも彼らに半人半馬(セントール)一族(クラン)やオークネイスに対する敵意がないこと、一方で、触れ得ざる者同士の抗争の可能性があるのでたちまちの半人半馬(セントール)の帰還は勧められないこと、を報告し、報酬受け取りは市議会の承認を得てから、と話をまとめてから宿を取った。

 その夜は()()()大いに盛り上がって気分転換(リフレッシュ)を果たし、明けて漸く目下の事態にどう対処するか、の議論が始まった。

 

 もっとも、議論するのはキーノとクレマンティーヌの二人だけ、ではあるのだが。

 

 クレマンティーヌが空飛ぶ船の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)水晶の夜(クリスタルナイツ)のクリフと何を考えて対話していたか、その概ねのところは、納得されたか否かはともかく、オークネイスへの道すがらに説明を終えていた。

 キーノは、クレマンティーヌがクリフを利用してアインズに一泡吹かせようと目論んでいるのではないか、との疑いを払拭しきれない様子だったが、クレマンティーヌは、あれはあくまでもあの場を切り抜けるための方便だから、と言い張った。未だキーノの疑念は晴れ切ってはいないが、その疑念は決してまったく的外れなものでもない。

 

 とまれ。

 

 目下喫緊の課題は、苦し紛れとは言え、クリフから大魔王アインズ・ウール・ゴウン、彼の物言いに従えばアインズ・ウール・ゴウンのモモンガの所在究明を請け負ったことについて、どう対応するか、だ。

 

「以前さぁ。」

 

とクレマンティーヌ。

 

「自分の(あるじ)が引き篭もってる、とか言った精霊(エレメンタル)のエヌピーシー、とやらがいたじゃない?」

 

「……あぁ、アセナーラ子爵領の鉱山で出会ったスプリンターのパランザム、だったか?」

 

 キーノたち自身、すべてを自身で確認したわけではないが、その(あるじ)ネスが十歳前後の子どもであり、こちらの世界で顕現した自分自身を受け入れることが叶わないがために行き詰まり、盲目的に(あるじ)とギルド拠点を守護し続けるしかないパランザムたちを含め、これを憐れんだアインズが彼らすべてを殲滅した……と顛末が理解されている来訪者(ユグドラシルプレイヤー)だ。

 

「あのとき、ワタシらは連中に先んじてパランザムちゃんに辿り着いたけどさ。

 ……あいつら、すぐ後ろから追って来てたじゃん?」

 

「クレマンティーヌが言わんとするのは、山奥(ふか)くに潜んでいたパランザムたちですらそうであったのに、あんな目立つ空飛ぶ船を擁するクリフたちに……が気づいていないはずはない、と?」

 

 既に盗聴はない、と踏んでいる二人ではあったが、自然とアインズ・ウール・ゴウン、ナザリックの()をそのままに口に出すことを憚った会話が続いている。

 

「そゆこと。」

 

「だが、今回……連中は現れなかった。

 そして、クリフたちが存在し続けている、ということは、少なくとも連中にはクリフたちを殲滅するつもりがない……ってことだろうか?」

 

「そこは何とも。

 あいつら、こちらの世界に対して積極的に何か仕出かすでもない来訪者(ユグドラシルプレイヤー)には(はな)から興味がないでしょ?クリフちゃん自身は、言葉通りに信用できるかどうかはともかく、ワタシらに対しては何もするつもりも、その必要もない、とは言ったわさ。」

 

 だが、クレマンティーヌはもとより、キーノもまた、一見害がなさそうに見え、言動も理知的で、当人自身もこちらの世界の住人に害を及ぼすつもりはないと語るクリフを、でありながら、不気味で剣呑な存在だ、と感じていることを否定できない。

 しかもクリフは、アインズ・ウール・ゴウン……未だそれがキーノたちの知るアインズ・ウール・ゴウンそのものであるのかについても確信がないのではあるが……に対する敵意だけは明確に宣言し、キーノやクレマンティーヌにもかくあれ、と使嗾を試みているのは明白だ。

 

 そんな存在を、あのアインズ・ウール・ゴウンが見逃すだろうか?

 

「まぁ……当人に訊いて見るのが話が早いんだろうけど。

 クリフちゃんにも言ったように、出会うのはいつも突然で、こっちからあいつらに呼び掛ける手段ねーもんな。」

 

「……」

 

 ここでしばし呻吟するキーノ。

 そして場面は冒頭のそれに遡る。

 

「呼び掛ける手段だが。

 実は……なくはないんだ。」

 

 そう言いながら取り出した乾酪(チーズ)の屑を床に置くキーノを、クレマンティーヌは、ぽかん、とした様子で見つめている。悪魔召喚に床に魔法陣を描いて執り行う儀式があることは承知しているが、大魔王に呼び掛けるに床に乾酪(チーズ)とはこれ如何に?

 

「まぁ見ていてくれ。

 少し身を隠した方がいいかも知れない。」

 

 キーノはそう言うと、クレマンティーヌ、クゥイア、クゥイナを床の乾酪(チーズ)に対して死角となる、昨夜四人で楽しんだ寝台(ベッド)の裏へと誘い身を屈ませた。

 

 やがて。

 何処(いずこ)からか聞こえる、カサコソ、カサコソ、の音。

 

 姿を現したのは……一匹のゴキブリ。

 

「あーん?」

 

 クレマンティーヌはわけがわからず首を傾げるが、キーノから<そっと囲め>の手話(ハンドサイン)が示されて、黙ってこれに従った。

 対するゴキブリは夢中になって乾酪(チーズ)の屑を貪っていたが、自身に影が落とされて、ハッ、と見上げれば、腕組みした四人に取り囲まれていることに気づいて動きが()まった。

 

「恐怖公の眷属の(かた)、とお見受けするが、あっているだろうか?」

 

 ゴキブリに敬語で話し掛ける(あるじ)も大概だが、これにゴキブリが横柄に応じてクレマンティーヌは大いに驚かされた。

 

「いかにも。キーノの心尽くし、ありがたく頂戴いたしました。」

 

 言葉遣いこそ丁寧だが、キーノ、と呼び捨てることを含め、ゴキブリの物言いとは思えない。

 

「いつから?」

 

 思わずクレマンティーヌが問う。

 

「……貴女(あなた)は?」

 

 ゴ……ゴキブリに名を問われるとは!

 しかも、このゴキブリはキーノを名で認知しているのに、その第一の眷属の名を把握していない、というのも、クレマンティーヌとしては、それがナザリックが自身の名を記録に(とど)めていないことを意味するという点で幸いであると理解しつつも、いささか矜持に触る。

 そんな彼女の思いを知ってか知らずか、さらりとキーノが間に入って執り成した。

 

「彼女は私の眷属だ。

 それはともかく、クレマンティーヌも問うたが、あなたはいつから私たちを?」

 

 クレマンティーヌの名などにそもそも関心のないゴキブリはさらりと答える。

 

「無論、空中戦艦からずっと、で御座いますとも。」

 

 なんと!

 

 意味するところは、ナザリック地下大墳墓はかの空飛ぶ船、水晶の夜(クリスタルナイツ)のクリフの存在を承知の上で、おそらくは敢えて泳がせて監視下に置いていた、ということになる。

 

 しかし……。

 キーノはこのゴキブリの監視者が平気であるようだが。

 

 だとしたら……あの、どじゃーーーん!も要らなかったんじゃね?

 

「いや、待って待って!」

 

とクレマンティーヌが割って入る。

 

「あんた、あの雷撃を喰らって平気だったの?」

 

 クリフを訪ねた帰路、送り狼として随伴した羽虫にキレて自らに<万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)>を放ち、クレマンティーヌ自身黒焦げになって一時行動不能に陥ったのに、このゴキブリはアレをどうやって凌いだんだ?

 だが、この問いに対するゴキブリの態度はこれまた横柄なものだ。

 

「疑問に思うのですが。」

 

 何が?

 

貴女(あなた)は何の権があって(わたくし)に問い質すのでしょう。

 問い糺すのは、むしろこちらで御座いますのに。」

 

 な!

 

「ですが……疑問はごもっともかと存じますのでお答えしますと、前以て(わたくし)に、キーノはそうするに違いないから十二分に安全距離を取って追尾せよ、と助言下さった(かた)がおられます。もっとも、(わたくし)は<蟲殺し(ヴァーミンベイン)>を想像しておりましたので、あの雷撃に面喰ったのは事実、では御座いますが。」

 

 あぁ!

 クレマンティーヌは思う。

 

 わかってはいたことだが、ナザリックの連中はクリフなんかよりも何枚も上手(うわて)だ。

 こいつらに意趣返しを試みるなんて、自殺行為以外の何ものでもない……と。

 

 だが。

 続くゴキブリの発言は、クレマンティーヌが既にその自殺行為に踏み込んでしまっている、と告げていた。

 

「今回の貴女(あなた)がたの振る舞いに、我らが至高の主は大層ご立腹、と聞かされております。」

 

 すーーーっ、と血の気が引くのをクレマンティーヌは感じる。

 今更、あれは方便だった、などという言い訳は、キーノに対してはともかく、大魔王アインズ・ウール・ゴウンには通じまい。今の吸血鬼(ヴァンパイア)の肉体は、鯖折りでは消滅できない。いったいぜんたい何をされることやら……。

 

「……ですが。」

 

とゴキブリ。

 

「慈悲あまねく慈愛深き至高の主は、貴女(あなた)がたに贖罪の機会(チャンス)を与えるに吝かでない……と承っております。」

 

「「!」」

 

 クレマンティーヌ、そしてキーノも、思わず身を乗り出した。

 ゴキブリの慈悲に縋る、というのも馬鹿げた話ではあるが、今この瞬間は、疑う余地なくこのゴキブリが、かの比類なき大魔王アインズ・ウール・ゴウンの名代(みょうだい)であることは事実なのだから。

 

「……仔細を、承ろう。」

 

 キーノがゴキブリに続きを促した。

 ゴキブリはすっと立ち上がり、恭しく手……脚?を折って形ばかりの礼を執って告げる。

 

「されば……」

 

 ゴキブリから示された免責の条件は、これまた彼女らを困惑の底へと突き落とすものであった。

 

「……正直なところわけがわからないのだが。

 ともかく、言われた通りにすれば今回の一件に関する私たちの行動を不問に付してくれる……ということでいいんだろうか?」

 

 と、キーノは追認を試みるも、

 

貴女(あなた)がたに条件闘争を試みる余地などない、と(わたくし)は思いますが。

 むしろ、至高の主より御下命(ごかめい)あることを有難くもかたじけなし、と感謝申し上げるべきで御座いましょう?」

 

 ゴキブリの返しはにべもない。

 

「わかった、わかった!

 仰せの通りにしよう。恐怖公にはキーノ・インベルンからくれぐれも(よろ)しく、と伝えてくれ。」

 

「……」

 

「……まだ、何か……あるのか?」

 

 今なお感謝の思いのある恐怖公への言伝にゴキブリが沈黙したのを受けて、キーノは恐る恐るそう尋ねる。

 が、応答は拍子抜けするそれだった。

 

「さきほどの乾酪(チーズ)。今少しいただけませんかな?」

 

 

 

「どうにもわけがわからないが、言われた通りにする他ないだろう。」

 

 恐怖公眷属が再び供されたおやつのお裾分けに満足して姿を晦ました(のち)、キーノは仲間たちにそう告げた。

 

「まぁ、やむを得なかった、とは言え……身から出た錆だわさ。」

 

 クリフに話を合わせてアインズ・ウール・ゴウンへの敵意を()()しにし、これを言質に取られたクレマンティーヌもしぶしぶと同意する。命じられた事柄が、未だ脈絡不詳ながらも無茶振りでないことだけは幸いだ。

 

「<脱出(エヴァキュエイション)>!」

 

 キーノは、遥か昔の戦友(とも)ガ・ギンの墓所へとつながる<転移門(ゲート)>を開き、まず双子忍者を先に行かせ、続いてクレマンティーヌを送り出した。

 

「これがあって良かった。なかったら裕に一ヶ月はかかるからな。」

 

 そう溜息交じりに呟くキーノは、自身が大きな見落としをしていることに気づいていない。

 

 恐怖公眷属に出来たことが……。

 クリフの羽虫に出来ない理屈はない、ということに!

 

 キーノが(くぐ)り抜け閉じられる寸前の<転移門(ゲート)>に、一匹の羽蟻が続いたことをキーノたちは知る由もない。

 

 

                    *

 

 

「皆の者、忠誠の儀を!」

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

   死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 狡知の参謀デミウルゴスから招集がかかり、主だった顔触れが(つど)って飽きもせずいつものアレをやっている。

 

「デミウルゴス、報告を。」

 

 守護者統括アルベドに促され、すっと跪礼から立ち上がって至高の主に一礼を捧げたデミウルゴスは、(つど)下僕(しもべ)たちを振り返り、これまた飽きもせずに大きく左右に手を振り開いて、歓喜の表情でこう告げた。

 

「諸君!

 空中戦艦<蒼玉(サファイア)>が機関始動、移動を開始した!」

 

「待て待て!いつの話だ?」

 

 (たま)らず玉座に退屈そうにふんぞりかえっていたアインズが身を乗り出して割り込む。少なくとも彼自身はそんな速報は(しら)された憶えがない……忘れちゃってるだけなのか?

 が、問われたデミウルゴスは涼しい様子でこう返す。

 

一昨日(おととい)の昼過ぎ、の話で御座います、アインズ様。」

 

 鉄血宰相(ビスマルク)級空中戦艦の最大速度は時速五十キロ強で、それ自身は決して驚異的な速度でこそないが、もし水晶の夜(クリスタルナイツ)がナザリックの位置を何らかの方法で特定し特攻を仕掛けてきたものであれば、こんな悠長なことをやっている場合じゃないだろ、とアインズは色めき立つも。

 

「父上、ご懸念には及びません!

 参謀殿(デミウルゴス)。父上の心配性をよく承知の貴兄(あなた)が、話の順序の詐術(レトリック)で殊更に父上の不安を煽って遊ぼうとするのは……看過できませんなぁ。」

 

と呆れた様子のパンドラズ・アクター。

 

「……はぁ?」

 

 これまた飽きもせず、パカリ、と大きく開かれる骨の口。

 

「かの空中戦艦の進路は東、こちらから見て真逆で御座います。」

 

 と補足したのはアルベド。

 

「ナザリック急襲の恐れもないものにアインズ様のお耳を汚すも如何なものか、と考え、(みな)の招集が叶ったこの場にてご報告したもので御座います、アインズ様。」

 

 ニコリ、と笑ったアルベドにそう言われ、アインズはパンドラズ・アクターの言う詐術(レトリック)、の意味するところを悟る。

 ()っと睨みつければ、デミウルゴスは三日月型の笑みを浮かべたままに、さっ、っと目を至高の主から()らした。おまえの忠誠心を疑ったことなど一度たりともないが、未だにオレは疑いようもないそのおまえの忠誠心が……まったく理解できんよ!

 

「そいつらは……」

 

と鮮血の戦乙女シャルティア。

 

「何処へいったのでありんしょう?」

 

「大陸東端(とうたん)の城塞都市オークネイスに配した恐怖公眷属の報告によれば、<蒼玉(サファイア)>はその上空を巡行速度で通過しさらに東へ向かったということだ。都市は大騒ぎになったそうだが、そんなことは我々の知ったことではない。

 そして、更に東には広い干潟とどこまで続くやわからぬ海があるのみだ。おそらくは、どこぞの海上に着水して投錨、機関停止したものだろうね。彼らにはアレを動かし続ける余裕などないのだから。」

 

 デミウルゴスがその問いに応える。

 

「それって……意味あります?」

 

と続いたのは当代のマーレ。

 

「兵法ノ理カラ言エバ。」

 

 意外にも応じるのは、戦技(せんぎ)においてはマーレの師に当たる蟲王(ヴァーミンロード)コキュートスだ。

 

「既ニ遠間ニアル者ガ更ニ退クハ愚カナ振舞イ。

 サレド、カノ者タチニ我ラガ守護者統括(アルベド)参謀(デミウルゴス)ニ匹敵スル知恵者ガアルトナレバ、ソコニハ必ズ意味ガアル、ト考エネバナラヌ。」

 

「で……そ、そ、その意味って……何ですか?」

 

 当代のアウラが()でコキュートスの心を抉る。

 それが彼にわかっているものであれば、既に彼の口から語られていて然りである。

 

「コキュートスの言う通りだな。」

 

と割って入ったのは、他ならぬ大魔王アインズ・ウール・ゴウン、その人であった。

 

「連中にとって、あの空中戦艦には二つの意味合いがある。」

 

 下僕(しもべ)たちの注目が、雄弁に語る至高の主へ一気に注がれる。

 

「第一には、連中にとっての最大の火力だ。

 あの主砲は、正しく扱えばナザリックの第三乃至第四階層までは貫通する威力がある。」

 

 おぉ!とどよめく下僕(しもべ)たち。

 対してアインズは、ハハハッと笑って「そう色めき立つな」と骨の手の平を振った。

 

「実際にはそんなことは不可能だ。アレの航行速度は最大でも時速五十キロほどで、ニグレドが検知してからナザリックを射程に収めるまで随分な時間がある。その間に、オレ、コキュートス、セバス、おまけにシャルティアが立ちはだかれば、連中には為す(すべ)もない。

 同時に狙える(まと)は多くて二つだ。オレが超位魔法を展開すれば確実にオレを狙ってくるだろうが、オレに一斉射している間にコキュートスたちが仕掛ければ容易に撃墜できる。まぁ、その程度のものだ。」

 

 下僕(しもべ)も安堵した様子で、釣られてハハハッと笑う者もある。

 

「第二には、オレたちにとってナザリックがそうであるように、自分たちと命運を共にするギルド拠点だ、ということだな。だから、よほど勝利に確信があるか破れかぶれの特攻でもない限り、アレがナザリックに突進してくる、などということはあり得ない。

 それがこうしてさらに距離を取り、大陸の果て、オレたち自身どうなっているか知らない海の彼方に退避した、ということは、連中はその拠点を絶対に死守する必要のある何かに着手したことを意味している。」

 

 ここまで一息に語って、アインズの視線は最も頼りとする参謀へと向かった。

 

「どうだ、デミウルゴス?

 オレの読みに何か過不足はあるか?」

 

 デミウルゴスは法悦の表情で至高の主を称賛した。

 

「まさにアインズ様の仰せの通りかと。(わたくし)(ごと)き浅学不才の()が付け加えるべきことなどあろうはずも御座いません!」

 

 うーん、そこまで大袈裟な言い方をされると返って不安になるな、とアインズは(わら)う。

 

「して、父上はそれは何だ、とお考えなのでしょうか?」

 

 (みな)を代表してのつもりか、パンドラズ・アクターがそう問うた。

 アインズは楽しそうに続ける。

 

「連中がギルド拠点をどうしても守らねばならない理由は、まさにそれがギルド拠点だから、と言ってしまえばそれまでだが、連中の手元にまだ辛うじて五億枚のユグドラシル金貨が残っているとして、それを投じる理由は失ったギルドの一員の復活しかないが、それをするには言うまでもなくギルド拠点が健在でなければならない。

 つまり、ギルドの一員、しかもここまでプレイヤーすら捨て駒にしてきた連中が、失うわけにはいかないそれが死を賭した戦いに挑むからこそ万が一にもギルド拠点は失えない……とまぁ、そんなところだろう。

 どうかな、アルベド?」

 

「まさに仰せの通りでよろしゅう御座いましょう、よろしいのではないでしょうか!」

 

 アルベドもまた、歓喜の声でそう応じる。

 

「要するに、だ。」

 

 これまた飽きもせず、大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、言葉を一旦切って溜めを設けた。

 そして言う。

 

「いよいよ……ルーシェン、とやらが出て来るんだろうよ。」

 

 アインズの眼窩がギラリ、と赤く輝き、口許が不敵に歪んだ。

 

「アウラ、マーレ!」

 

 アインズが玉座の間に(みな)を集めた折、この呼び方はアウラ、マーレ一族全員に対する呼び掛けとなる。もちろんこれを承知している四世代四組八名の闇妖精双子(ダークエルフツインズ)が、一斉に、

 

「「「ははっ!」」」

 

と呼応する。

 

「連中がオレたちとトブの森の関係に気づいている、とは俄には思えんが、トブの森はオレたちの拠って立つ最重要防衛線だ。常に鉄壁の態勢を採ってくれているとは承知しているが、なお増して心掛けよ。」

 

「「「承知しました、アインズ様ァ!」」」

 

 八人の明るい復唱が玉座の間に響き渡る。

 

「コキュートスはシニョーラ・フィオーラ、シニョーレ・フィオーレについて遊撃に備えよ。」

 

「ハハッ、仰セノママニ。」

 

「セバス、エイヴァーシャーの森に赴きコニーを警護せよ。よもやあいつが狙われることはないだろうし一人でも大丈夫かとは思うが念のためだ。」

 

「ははっ、承知いたしました。」

 

「シャルティア、しばしナザリック地上部を常時哨戒し、怪しい者は問答無用に叩き潰せ。難敵と見た場合は、第一手で自らセバスを呼び戻し共闘せよ。」

 

「承知いたしましたのでありんす!」

 

「パンドラズ・アクター、ルベドを最強形態で起動し待機だ。よもや出すこともあるまい、とは思うが、ナザリック近傍で使う分には遠慮も必要あるまい。」

 

「承知……致しましたぁーーーんーーーアインズ様ぁ!」

 

 ……そのくるりんぱ敬礼、は要らん!

 

「アルベドは玉座の間で全体を統括せよ。

 恐怖公に全域の映像監視所(モニターセンター)を用意させるが……すまん、これは辛抱してくれ。」

 

「御下命とあらば、追っての出血大奉仕(サービス)で相殺いたしましょう。」

 

 おまえ、我が愛妃ながら……抜け目ないなぁ。

 いや、オレの愛妃だからこそそうなのか?

 

「そしてデミウルゴス!」

 

 最後にアインズは、最も頼りにする……できればそうしたくないがそうせざるを得ない狡知の参謀を指差してこう言った。

 

「頼むから……余計なことはしてくれるな!」

 

 これに対し、やはりデミウルゴスは飽きもせず歓喜の声でこう叫ぶ。

 

「そういうことで御座いますね!流石はアインズ様で御座います!」

 

 ……あー、駄目だ。早速嫌な予感がしてきた。

 

 

                    *

 

 

「わらしがエンリネじゃがね。」

 

 歯のない老婆にそう応じられて、キーノは深い溜息をついた。

 いったいこれで何人目だ?

 

「いや、私が探しているのは冒険者のエンリネで……」

 

「失敬なことを言うもんじゃないよ、お嬢さん。

 こう見えても若い頃は魔法詠唱者(マジックキャスター)として鳴らしたもんさね。

 どーれ、<魔法の矢(マジックアロー)>!」

 

 すっ飛んでいく光弾(こうだん)を見送りつつキーノは深い溜息を吐く。

 

 トブの大森林南端、かつてカルネ村、あるいはド・クロサマー王国、と呼ばれた、今はただ、村、と呼ばれる人口三千人ほどの、人間、小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)、その他が()()じって暮らす名もなき集落。

 キーノたち<黒の百合>はエンリネを探して村の中を歩き回っているが、一向に目当てのエンリネに行き着くことはない。

 何人目かのエンリネに、

 

「エンリネ、という名は大昔の森の英雄に由来するもので、同名の者が無暗(むやみ)に多い。」

 

と聞かされて頭を抱えている。

 

 恐怖公眷属(ゴキブリ)に命じられた内容もさることながら、これまた想像の埒外の事態だ。

 クレマンティーヌは(うす)ら笑いを浮かべて視線を彷徨(さまよ)わせている。

 無理もない。

 キーノはともかく、これをやり遂げないと、数千年ぶり七度目の鯖折りが待っている、とクレマンティーヌは本気で思い込んでいるのだから。

 

 

 

「至高の主は、貴女(あなた)がたに贖罪の機会(チャンス)を与えるに吝かでない……と承っております。」

 

に続いて、馬々鹿々しくも恐怖公眷属(ゴキブリ)から告げられた拒否不能の命令は、まったく予想もしない事柄だった。

 

「トブの森に、エンリネ、という冒険者の少女がおります。これは至高の御方のお気に入りで、貴女(あなた)たちには水晶の夜(クリスタルナイツ)の一件が落着するまで、その娘を守り抜いていただくことになります。」

 

「「……はぁ?」」

 

 わけがわからずに、キーノ、クレマンティーヌは並んで口を、ぽかん、と(ひら)いた。

 

「おわかりになりませんかな?

 烏滸がましくも我らが至高の主との対決を望む水晶の夜(クリスタルナイツ)にまともな戦力などあろうはずもなく、されば、搦手から攻めるは兵法の常道。至高の御方のお気に入りの娘が人質に取られるなどということになれば、慈悲あまねく慈愛深き至高の主は、少女を救うべく不利な状況での決戦を受けて立たれることでしょう。」

 

 んなわけあるかい!と突っ込みたいのは山々だが、これを言っているゴキブリは確信をもって語っている様子なのでそれも憚られ、二人はただただ了解を示すしかなかった。

 

 が、よくよく考えてみれば心当たりがないでもない。

 旧バハルス帝国南東端、城塞都市カイゼルシュタットの遺構で偶然出会った、小鬼野伏(ゴブリンレンジャー)蜥蜴人(リザードマン)女司祭(プリエステス)妖巨人(トロール)を率い、<(めぇ)()く七日間>をトブの森に逃れた難民の帰還事業をやっていると語った少女は、エンリネ、と名乗ったのではなかったか。

 

 そして。

 

 その時点では、キーノ、クレマンティーヌともに、彼女が「先生」と呼んだ帰還事業を裏で糸引く人物を、かつてド・クロサマー王国で教師をやっていた死者の大魔法使い(エルダーリッチ)デイバーノックだと考えて疑っていなかったが、納得する、しないは別にして、エンリネが謙虚、あるいは恥ずかしがり屋と評した先生なる人物が、実はデイバーノックではなくかの大魔王アインズ・ウール・ゴウンだった、と考えると、すべてが繋がるではないか。

 思えば、デイバーノックがあの村に住み着くことになったのは、彼が村の住人から髑髏(ドクロ)様と崇敬されていたアインズ・ウール・ゴウンと勘違いされたことに端を発していたが、此度は逆のことをキーノたちがやらかしたことになる。じゃぁ、本物のデイバーノックは今どうしているのだろう。いや、それはひとまずどうでもいい。

 

 しかし。

 仮にそうだとすると、更に深まる謎がある。

 

 水晶の夜(クリスタルナイツ)のクリフは、ユグドラシル時代にアインズ・ウール・ゴウンに対して何らかの遺恨を抱えていて、だからああいう嘘をついて我々にそう思い込ませようとしたのだ、と考えられなくもないが、二十五年前に<(めぇ)()く七日間>を目撃したと語る彼女の話は仔細(ディテール)が整っていて、そのための嘘にしては手が込み過ぎていた。言いを換えれば、まったく信用ならない人物の発言であるにもかかわらず、話自体には信憑性があった。

 彼女の言うアインズ・ウール・ゴウンのモモンガと、キーノたちの知るナザリックのアインズ・ウール・ゴウンは本当に同一人物なのか、という疑問を棚上げしたとしても、少なくともクリフは本気で<(めぇ)()く七日間>はアインズ・ウール・ゴウンが引き起こした大災厄だと考えている、と(かい)して間違いあるまい。

 これを信じるとすると、アインズ・ウール・ゴウンは、自分で世界を滅茶苦茶に壊しておいて、それで生じた難民の帰還事業に、トブの森の住民と協力して当たっていたことになる。

 

 そんな馬鹿な話……あるかぁ?

 

 まぁ、キーノがどう思おうと実際そういう馬鹿な話なのだからそこはどうしようもないのではあるが、そんなことは彼女には知る由もない。クレマンティーヌはともかく、キーノは秘中の秘、アインズの記憶が極短期間しか維持できず、次から次へとあらゆることを忘れ去ってしまうことを承知している。

 何かの拍子に世界を滅ぼし、それをすっかり忘れ、何かの拍子で自分が滅ぼした世界の民を憐れんで救いの手を差し伸べる……と想像するに馬々鹿々しい真似を、アレは実際にやりかねない存在なのだ。

 

 そう、それが真相だ、キーノ!

 いや実際のアインズは、自分が世界を滅ぼしたことを百も承知の上で、それでもエンリネたちとの帰還事業を存外楽しんだのであるから、キーノ目線からすればより一層(たち)が悪い、とも言えようが。

 

「お祖母(ばぁ)ちゃん、駄目よー。ボケて<魔法の矢(マジックアロー)>なんか撃っちゃー!」

 

 十代末の女の子が駆け寄って来て、さきほど自身も冒険者であったことを証明すべく魔法を放った老婆を窘めた。発言からすれば孫なのだろう。この村の痴呆(ボケ)老人問題はいささか剣呑な様相を示している。

 

「何を言うか!この人たちがわらしの魔法を見たいと言ったからでボケてなんぞおらんわ!

 あ!孫のエンリネですじゃ、可愛いですじゃろー?」

 

 こいつもエンリネかよ!

 だが、そのエンリネが、キーノたちにとってはまさかの救世主であった。

 

「みなさんは余所(よそ)からおいでになったんでしょう?」

 

 孫エンリネが問う。

 

「そうだな。何処から来た、と問われると答えに窮するんだが。」

 

 うんざり気分でキーノはそう応じたが、孫エンリネの関心はそこではない様子。

 

「お祖母(ばぁ)ちゃん、余所(よそ)から来た人が知ってるエンリネ、と言ったら彼女しかいないんじゃないのかな?」

 

「……おぉ、そうじゃの!

 流石はわらしの孫じゃ、いい子じゃのう!」

 

 老婆は上機嫌で孫の頭を撫でる。

 

「いやいや待ってくれ、話の理路が見えないんだが!」

 

 慌てて食い下がると、孫エンリネが「何を言ってるんだ」と言いたげな呆れた表情を浮かべてこういった。

 

「おばさんたちが探してるエンリネは、血塗れ将軍閣下以外ありえないじゃない!」

 

 ……はぁ?

 

 お……お、小母(おば)さん?

 

 クゥイアがそう煽ったでもなくさらりとそう呼ぶ孫エンリネの言葉にキーノはがくりと膝をつき、そのまま茫然自失となって動かなくなった。

 もちろん、孫エンリネがおばさん、と呼んだのは、頭ひとつ抜きんでて目立っていたクレマンティーヌであって、()()的には孫エンリネと対して変わらないかむしろ幼いキーノではないのだが、今のキーノにそれに気づけ、と求める方が無茶振りというものだろう。

 

 とまれ。

 こうしたいきさつを経て、漸く<黒の百合>は目当てのエンリネへと繋がる手掛かりを得たのであるが、これを双子忍者の索敵範囲外からじっと見つめる羽蟻の存在にもまた、(つい)ぞ気づかぬままなのであった。

 

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