億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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転移歴338年。
来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の手掛かりを追って帝国都市ベルナーゼーに潜入したセバス・チャンは、未知の敵に遭遇する。


8.黒の百合(2)

「首尾は?」

 

 ベルナーゼーの市街全体を見下ろす時計台の鐘楼で、音もなく帰還した二人の仲間に黒装束が問う。

 

「なくはない。」

 

との復命に、

 

「聞こう。」

 

と応じる。

 

「市民の間で皇帝軍の武具の話題は禁忌(タブー)

 (ブツ)を納めた者は一年ほど前に謀殺された模様。」

 

 手がかりなしか、と残念に思いはすれど、その話を素直に信じる限りは、皇帝およびその軍自体がユグドラシルプレイヤーである、という懸念はひとまず消し込めるかも知れない、と黒装束は思う。

 

「あと、ヤバいのが居る。」

 

「ヤバいの?」

 

「執事姿の(じい)さん。」

 

 執事姿、という語に何やら後ろ髪を引かれる思いがするものの、たちまちには含意が思い浮かばない。

 

「爺さんがどうした?強いのか?」

 

 もう一方の黒装束がぺらぺらと手の平を横に振って(いな)と答える。

 

「じゃ、何がヤバいんだ?」

 

との問いに対しては、

 

「目。」

 

と簡潔な回答。

 もう一人の無口な黒装束は、自身の目を指で左右に引っ張って剣呑な目つきを形作って見せる。

 

(おまえ……好きだよな、それ。)

 

「あんな目をした爺さんが、レベル1であるはずもなし。」

 

「なるほど、そういうことですか。」

 

 突如、予期せぬ声に割り込まれ三人は声の方向を振り返った。

 鐘楼の柱の一角に背中をもたれかけた白髪の老執事が、さきほど仲間が身振りで示した目つきの何百倍も険しい鋭い目線をこちらに注いでいる。

 

 宿の門前で何者かの視線を感じた後に直上へ跳躍飛翔し、上空から屋根伝いに走ったと見える監視者が遺した微かな痕跡……優れた忍者である二人組の黒装束は足跡など残すことは決してなかったが、それでも一瞬の接地に際して吹き払われた埃や僅かに歪んだ屋根材など、超常知覚を有するセバスが本気を出せば手掛かりはいくらでも見つかった……を追って辿ったものだ。

 

 対する黒装束の首魁(リーダー)は、直感的に目前の相手が、今はド・クロサマー王国の守り人の一人となった死者の大魔法使い(エルダーリッチ)デイバーノックのかつての仲間、六腕をリ・エスティーゼで一瞬のうちに屠ったと聞いた大魔王アインズ・ウール・ゴウンの眷属の一人、噂の爆砕執事(セバス)であると確信する。

 アインズとてもばったり邂逅すればこちらのことは憶えていまい。ましてや面識もなく問答無用に正拳突きで首無し死体を量産する爆砕執事に、よもや事情を語って聞かせる猶予はあるまい!

 

「撤収!」

 

 首魁と見える黒装束がそう叫ぶと、銘々がたちまちに行動に移った。

 

煙遁(えんとん)の術!」

 無言のまま(いん)を結ぶ一人。

 

 そして、

 

「<脱出(エヴァキュエイション)>!」

 

 刹那、ボンッと爆ぜる音と共にもうもうとした煙幕が巻き起こり、その中から強烈な閃光が走る。この相矛盾した目眩(めくら)ましは、であればこそ流石の爆砕執事……セバス・チャンも一瞬、ほんの一瞬ではあるが三人の黒装束の正確な位置を見失わざるを得なかった。

 

 と同時に開かれたのは見紛うことなき<転移門(ゲート)>。

 三人の黒装束は次々にその中へと飛び込み姿を消す。

 

 たちまちに嘘のように煙幕が消え失せ、セバスは<転移門>がすぐさま閉じられたのを認めた。ニグレドの支援(バックアップ)のない今にあっては、これでは彼らの(あと)を追うのは不可能だ。

 

「なかなかの手練(てだれ)(あなど)れませんな。」

 

 一人その場に残されたセバスはただ嘆息するしかなかった。

 正直なところ、三人のうち一人くらいは仕留められなかったわけでもない、とは思うが、今回の作戦の出発前に(あるじ)に強く諌められた事柄が、彼一流の攻撃本能を(にぶ)らせたのは否めない。

 

 ともかくも、まずはソリュシャンに合流し一刻も早くナザリックにこの邂逅を報告する必要があるが、標的(ターゲット)に認識されるよりも前に標的の存在につながる何かを掴め、と明確に厳命されたにもかかわらずこの(てい)たらくでは、叱責は免れまいと暗澹たる気分がセバスを包んだ。

 

 実のところ、忍者がセバスを怪しんだのは彼のあまりに鋭い眼光と<能力隠蔽(コンシール)の指輪>が擬態するレベルの乖離(ギャップ)が大き過ぎたせいであり、それ自体は彼の(せき)に帰すところではないのであるが、生真面目なこの男はそのような自己弁護を試みるどころか思いつきすらしない。

 

「目当てのユグドラシルプレイヤーか否かはさておき、いささか困ったことになりました。」

 

と自身の髭を擦って呟き思案する背後から、

 

「あのー。」

 

と声がかかってセバスは戦慄した。

 

 思案の最中であったとはいえ、この竜人の背後を取る、とは!

 

 だが。

 

 続く声は、驚くほどに拍子抜けする調子のものだった。

 

「ひょっとしてユグドラシルっすかー?」

 

 

                    *

 

 

「あ、オレだ。

 

 ……ぬゎんだとぉーーーーーーー!」

 

 <伝言(メッセージ)>を受けたと見えたアインズが唐突に大声で叫んだので、傍らにあった守護者統括アルベド、参謀デミウルゴスともに、不意をつかれて大きくその身を仰け反らせた。

 

「ふむふむ……。

 

 はぁ?

 セバスが単独行動中に向こうから接触を受けた?

 

 何でそうなる?

 

 ふむふむ。

 ……まぁ、相手に敵意が見られない、と言うのならそれは幸いだが。

 

 ん?

 おまえ、今満足()なゲップしなかったか?したよなーーーーー!

 

 ……そう言うおまえは何してたんだ?

 え!

 

 何喰った?

 正直に言ってみろ!

 

 おいコラ待て!

 

 ……切られた。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)執務室。

 アルベド、デミウルゴスと共に、遠からずセバス、ソリュシャンからもたらされるであろう情報にどう対処すべきか、どういった局面が想定されるかを議していたものだが、そのソリュシャンからの第一報はまさに想像の斜め上、といったものだった。

 

「流石はアインズ様、お見事で御座います!」

 

 両の腕を真横に開いて、恍惚とした表情でデミウルゴスが称賛する。

 

 え、何か褒められるようなこと、オレした?

 

「元より、セバス、ソリュシャンの両名が何かやらかすのは承知のこと。その故意に見せた隙に応じたユグドラシルプレイヤーを捕捉せんとする計、見事図に当たりましたな!」

 

 ……この二人を今回の任務に推挙したの、そもそもおまえじゃねーか!

 なんだよ、その「何かやらかすのは承知のこと」ってのはよ!

 

 心のうちでアインズは叫ぶが、最早声に出して突っ込む気力が起きない。

 

御出御(ごしゅつぎょ)……なさいますか?」

 

 アルベドが、やや不安げにそう問うた。捕捉されたユグドラシルプレイヤーが対話可能な存在であれば、アインズ自らそれに対する他に手はなかろう、とは早々と結論されていたことだが、相手がユグドラシルプレイヤーであればこそ、よもや愛する主人が遅れは取るまい、とは思いつつも一抹の不安は脳裏をよぎる。

 

「それ以外にはあるまいな。

 相手は一人で土鬼(ノーム)だそうだ。セバスが隠密能力はともかく戦闘能力は皆無に等しい、と判じているようだからよもや危険はないとは思うが、念のためにコキュートスとシャルティアを、いつでも後詰めに出せるよう準備しておいてくれ。

 あとは、もしフィオーラ、フィオーレ、マーレ、アウラが外に出ているものであれば即時撤収。ニグレドにはナザリック周辺の警戒をいつにも増して慎重におこなうように、と。」

 

 矢継ぎ早にアインズは指示を下し、アルベドは跪礼を以て了解の意を返した。

 

「ツアー……には如何(いかが)いたしますか?」

 

 デミウルゴスが楽しげに問う。

 好きにしてくれ、と叫びたいところだが、ナザリックにあってはすべての決断は自身が下さざるを得ないことは元より百も承知だ。

 

「今のところは捨て置いて構わん。

 あいつも、今の時点で知らされたとて何ともしようがないだろうよ。」

 

 白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーが、その獣の本性に似合わずしばしばユグドラシルプレイヤーについて深い洞察を示すことは承知してはいるものの、やはり本質的な部分においては、ツアーはユグドラシルプレイヤーを知ってはいるがわかってはいない、とアインズは考えている。

 ゆえに、新たに邂逅したユグドラシルプレイヤーの品定めは、自身がおこなうしかないであろう、と。

 

「まずはセバスたちと落ち合う算段をつけんとな。

 <伝言(メッセージ)>!

 

 あ、ソリュシャンか?

 そう、オレだ!

 

 いや……もう怒ってないから。」

 

 

 

 街の名の由来となった湖の、街からは反対側となる人気(ひとけ)皆無の湖畔に、原生林に囲まれ周囲の視線を遮りつつも少し(ひら)けた野原となった丘があって、そこが会見の場所に設定された。

 セバスとソリュシャンが、どこから運び込んだものか二脚の椅子(スツール)とそれらに挟まれた脚高机(ハイテーブル)を用意していて、執事、女給(メイド)姿の二人が並び立てば、傍目には貴族が気まぐれに嗜む野点(のだて)の様相。

 

 問題の人物は、その一方の椅子に所在なさげに着座して待っていた。小柄な体から()れた足が、まったく地面に届かないままにぷらぷらと揺れている。

 

 <転移門(ゲート)>を潜ってアインズが姿を現すや否や、ひょいと椅子から飛び降りて歩み寄ったその土鬼(ノーム)は、アインズを見上げながら開口一番こう言った。

 

「ひょっとして、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガさん?

 非公式ラスボスの!

 

 ウチ、大ファンやったんですよー!

 千五百人の大襲撃も中継(ライブ)見て応援してたしー!」

 

 こういう日が来ることをまったく予想していなかったわけではなかったが、こうもあけすけに言われるとちょっとだけ……衝撃(ショック)だな、とアインズは内心苦笑いした。

 

「あのー……握手してもらってもいいっすか?」

 

 無遠慮に土鬼がアインズに近づくとセバスから俄に殺気が立ち上ったので、慌ててアインズは睨みつけてその気勢を制した後、片手の平を差し出して<時間停止避けの指輪>の返却を促した。万が一に際し、セバスを制する手段は確保しておく必要がある。

 指輪を受け取ったのち黙ったままに土鬼に歩み寄れば、相手は自身の右手を衣服で拭った後に満面の笑顔のままに背伸びをしながらその手をアインズに向けて差し出した。<負の接触(ネガティブタッチ)>等の物騒な技能(スキル)をちゃんと切っていることを再確認した上でその手を取れば、

 

「うわぁー、感激!

 ホントに骨の手やしー!

 本物のモモンガ玉やしー!」

 

と土鬼は無邪気に瞳をキラキラと輝かせて喜んで見せる。

 

 この時点でアインズは、見たところ中年男性の容姿を見せるこのユグドラシルプレイヤーの元々の中の人が、年若い女性、あるいはそれに準じる者であろう、と見切りをつけた。

 

「失礼ですが、能力値(ステータス)を拝見してもよろしいですか?」

 

 ユグドラシルにおいて、PvP(対人戦闘)を嗜まないプレイヤーの間で、相手の了解を得ずに能力値を覗き見ることはマナー違反だ、とする、そもそものゲームとしてのユグドラシルのあり方から考えれば筋違いな観念がまかり通っていたことをアインズは憶えている。

 無論<無詠唱(サイレント)>の魔法でそれをおこなうことは可能だが、万が一にも相手が対抗手段(カウンター)でも備えていれば途端に人非人(にんぴにん)扱いされ以降の交流に難をきたし、外面の良かった死獣天朱雀などに執りなしを頼み込んだりしたのは今となってはほろ苦い思い出だ。

 

「もちろん構わないっすよー!」

 

 読み取ったレベルは九十八。職業(クラス)技能(スキル)はほとんどがいわゆる生産職に関わるもので、セバスの背後を取ったという隠密能力(ステルス)も、戦闘のため、と言うよりはそれを回避するために組まれたものであることは、アインズには一目瞭然だ。上限(カンスト)に達していないのは、ここから更に上を目指すには重課金を除けば否応なくPvPをこなさざるを得ないからで、逆に言えばこのプレイヤーは戦闘を除く部分においてはユグドラシルを究めていた、とも言える。

 対して土鬼は、アインズに対して自身が能力値読み取りを試みることを希望はしなかった。元よりギルド、アインズ・ウール・ゴウンのファンだったと告げるこの人物は、攻略Wiki等を通じてアインズ、すなわちモモンガのそれをある程度承知しているつもりなのだろう。

 

 厳密には、ギルド挙げての巧みな欺瞞工作により、そこに公知された内容は真実混じりの嘘八百ではあったのだが。

 

「どうぞお掛けになってください。何か飲み物でも運ばせましょう。」

 

 たちまちの危険はない、と判断したアインズは、<伝言(メッセージ)>でナザリックから紅茶と適当に見繕った甘い菓子の(たぐい)を届けさせた。あちら側から<転移門(ゲート)>を開いてリュミエール、インクリメントを伴ったシャルティアが姿を現すと、一旦席についた土鬼は再び飛び出して三人の周りを「可愛いー!超可愛いー!」と狂喜乱舞の(てい)で駆け回った。

 

 中の人が若い女の子であったことは、これでほぼ確定だ。

 

 土鬼はギルド、カーター・ツィマーマンのヤチマと名乗った。

 アインズ自身はその名にまったく聞き覚えがなかったが、ヤチマたちがいわゆる箱庭系ギルドと呼ばれた人たちであることは容易に想像がついた。

 

 ユグドラシルプレイヤーの中には少なからず、戦闘を好まず、探索や課金で贖った資材を用いて自身のギルドを思い思いのこだわりで飾り立てることを好んだ人たちがいる。他ならぬギルドとしてのアインズ・ウール・ゴウンも、ヤチマが言及した最盛期末、伝説の千五百人による大襲撃を撃退して以降は、最早戦いを挑んでくる者がない、という点で図らずも箱庭系ギルドに似た様相を醸していた。

 

「モモンガさんは、召し上がらないんっすか?」

 

 供された苺のショートケーキを満足気に頬張りながらヤチマが尋ねる。既に帰還したメイドたちは、無駄は承知でアインズの分もケーキを用意していたらしい。

 

「ご覧の通りの骨の身体なもので……食べられないんですよね。」

 

 ここに至ってアインズは、いつの間にか自身が死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウン、ではなく、鈴木悟として喋ってしまっていることに気づいた。よもや、自身にこのような一面が残っていようとは、と思わないでもないが、対外的にどう思われていたかはさておき、自身の()がそういうものであったことはよくわかっている。

 

「……じゃぁ、ウチがいただいてしまって構いません?」

 

 ヤチマはアインズの境遇に同情を示すでもなく、美味しい、美味しいとケーキを頬張った。

 

 ヤチマが語ったセバスとの邂逅までの経緯は、なかなかに理解が困難なものだった。

 

 曰く、ギルド拠点の掃除をしていた彼……彼女、とすべきだろうか?……は、見覚えのない一枚の羊皮紙を見つけた。そこには当地ベルナーゼーへの地図と彼女には読めない文字で書かれた署名、加えて彼女自身の筆跡で「バミリネン」とその読み方を補ったと思しきカタカナが書き込まれていたのだと言う。

 

「ウチ、すっごく忘れっぽくて。

 これ見て、ヤバッ!このバミリネンって人と何か約束して忘れてるわーと思って。で、地図を頼りにこの街に来てここしばらく探してたんですけどー。何かバーッと(すんご)い速さで飛び上がって、んでもってビャーッと急降下した人を見かけてー。」

 

 はぁー、っとアインズは深い溜息をつく。

 ヤチマがこんなだったから何事も起こらずに済んだが、攻撃的なユグドラシルプレイヤーだったらセバスどころか眼下の街の住人も巻き込んで大惨事になっていたかも知れない。

 

「アインズ・ウール・ゴウンは異形種だけのギルド、って聞いてたんっすけど?」

 

 ヤチマが傍らに立ったままのセバスとソリュシャンを指してそう尋ねたので、アインズは再び骨の手の平を差し出して残る指輪を回収した。

 

「うちのNPCです。」

 

 指輪が外されると、たちまちにヤチマは、特にセバスを見つめながら、ヤバ!ヤバ!と興奮した。

 

「NPCでこんな組み上げ(ビルド)ってありっすかー!

 ウチの子らなんてペットみたいな感じですしー。」

 

 なるほど、彼女にも下僕(しもべ)が随伴しているらしい。

 土鬼の様子にいささか調子(ペース)を狂わされながらもアインズの中の冷静な部分がそう告げる。

 

「たっち・みーさん、をご存知で?」

 

 会社員であった鈴木悟の常識は身内に敬称をつけることに少なからぬ違和感を抱かせたものだが、ギルドメンバーであってもよほど親しい相手に直接呼びかける場合を除いて「さん」付を怠らないことは、これまた不合理ながらもまかり通っていたユグドラシルにおけるお作法の一つである。

 

世界最強(ワールドチャンピオン)の?もちろん知ってます、お会いしたことないっすけど!

 大襲撃のときのたっち・みーさんと……ウルベルト……アレイン・オードルさんでしたっけ?

 お二人が同時に放った<次元断切(ワールドブレイク)>と<大災厄(カタストロフ)>は最高の見せ場でしたよねー……あ、もちろん最後の反撃を完封したモモンガさんはもっと格好良かったですー!」

 

 真意がわからないので、阿りにも聞こえる部分は軽く無視(スルー)する。

 

「セバスは、そのたっち・みーさんが作ったNPCなんです。凄いでしょ?」

 

 常ならばこのような物言いを決して自身がしないであろうことはわかっていたが、期せずに訪れた戦闘の緊張を一切感じさせないユグドラシルプレイヤーとの会話に、ある種の感傷を覚えながらアインズはそう応じた。

 

 このひとときだけは鈴木悟に戻った気分で。

 

 だが同時に、至高の四十一人の軍師策士参謀たちに由来する冷徹な頭脳は、ここまでの会話で得られた情報から分析を開始してもいる。

 

 今回の作戦のそもそもの目的は、バハルス帝国軍にこちらの世界では数をそろえることが叶うはずもない武具をもたらした、ユグドラシルプレイヤーであることが疑われる者を探り出すことだった。ヤチマから読み取った()が備える技能(スキル)は、彼こそがそれを造った本人であることを強く示唆している。

 一方で、ギルド内で見つけた地図を頼りに当地に至ったと語るヤチマは、どうやら自身が為したそれをまったく記憶していないようだ。ユグドラシルでの記憶を楽し()かつ詳細に語る(さま)は、ヤチマもまたアインズと同様に、ギルドの<日誌(ログブック)>から顕現した存在であることを証ししているが、見る限り本人にその自覚は皆無で、どころかヤチマは自身の記憶能力の制約にも気づいていないか、そもそもまったく関心がないように見える。

 

 これはまた……突き当たってしまえばなるほど、と思わなくもないが、想像していなかった類型(パターン)だな、とアインズは内心嘆息した。

 

「ヤチマさんは、いつこちらに来られたんですか?」

 

「ログオフ出来なくなったのは……多分一年半くらい前かなーと思います。

 まー別に死にもしないみたいだし、いっか、みたいな。アハ!

 突然NPCが喋り出したのだけは大ウケっす!」

 

 <百年の揺り返し>の周期性から考えれば、ヤチマがこちらにやって来たのはいくら少なく見積もっても三十年以上前のはずだが、どうやら彼女は自身の短期記憶の続く範囲でしか物事を捉えていない様子。それ以前に、彼女は自身が異世界に迷い込んだことそれ自体はまったく問題視していないようだ。

 こんなノリで、どうやってギルド維持資金を得ているのだろう、あるいはモモンガ同様に莫大なユグドラシル金貨を溜め込んでいたのだろうか?

 

「ウチの子らの中にそちらの執事さんと同じような……ウチの子の方が若くて可愛いんっすけど、イノシローちゃんって言うのが居ましてね。この子が何やかやと取り仕切って、鉱石だの何だのを拾い集めて<換金箱(エクスチェンジボックス)>に放り込むんっすよ。いちいち課金しなくても良くなって超ラッキー!」

 

 言うなれば、彼女の言うイノシロー、とやらがアインズにとってのデミウルゴスなりアルベドなりに当たるのだろう、とアインズは理解する。セバスの組み上げ(ビルド)にあれだけ驚いて見せたくらいだから、イノシローを筆頭にペット扱いを受けている者を含め相当数の下僕(しもべ)を従えてはいるようだが、総戦力としては大したものではあるまい。

 が、よもやこのヤチマがそんなことを命じたであろうはずもないのに、その下僕が自身の裁量でギルド維持を図ったとなれば、その知性、機転は舐めてかかれたものではあるまい。おそらくイノシローはパンドラズ・アクター同様、そのフレーバーテキストにギルドの金庫番たれ、と規定されていたものに違いない。

 

 さて、どうしたものか……。

 

「多分、ヤチマさんは失念されているんだと思うんですが……」

 

 一時(いっとき)呻吟した末に、アインズは思い切って自身がセバス、ソリュシャンを当地に派した理由、つまり、何故アインズとヤチマがこうして邂逅するに至ったかを説明した。

 

 この世界が、自分たちと比べればとても弱い人たちから成っていること。

 そこに不似合いな多数の魔法の武具の存在を確認したこと。

 その出元を追って自身がここに辿り着いたこと。

 どう考えても、その武具の出元はヤチマ以外に考えられないこと。

 

 ヤチマの反応はこうだ。

 

「ヤバッ!」

 

 ……ルプスレギナを連れてきて、オレに代わって会話させるべきだったか?

 いや、それじゃ今以上にまったく話が進まんわな。

 

「あくまでもオレの想像ですけど、その地図に署名のあるバミリネン、って人は、ヤチマさんに武具造りをお願いした人だと思うんですよ。」

 

 アインズはこう考えている。

 

 カーター・ツィマーマンのギルド拠点は、おそらくはここからほど近いアゼルリシア山脈北東端、草木も生えぬ険阻な山岳地帯にある。アインズたちは鉱山開発を断念して久しく、長くトブの大森林の守護者を務めることでギルド維持資金を得てきたため、植生を欠く地域へ足を伸ばすことはほとんどなくなっていた。これまでヤチマたちと邂逅することがなかったのはこれが理由だろう。

 バミリネンというのは当地に関わりのある冒険者、おそらくは登山家で、何らかの偶然でヤチマと出会い……遭難でもしたところをヤチマの気の利く下僕(しもべ)に救助された、といったあたりか……陽気なヤチマの歓待を受けるうちに、やはり何かのきっかけで()の能力に気づいたに違いない。

 適当な口実……村を襲う剣呑な怪物退治に強力な武器がたくさん必要だ、とか……でヤチマに武具鍛造を依頼すれば、彼女のこのノリだ、断りはすまい。地図と署名を遺したのは、最もありえる可能性としては、バミリネンは決してヤチマを騙そうとしたわけではなく、誠意で以て後日の謝礼の授受を約したものではないだろうか。

 だが、このヤチマがそんなものに興味関心を抱くはずもなく、そのまま短期記憶から除去(パージ)されて、たまたま地図を再発見して当地でセバスたちと出食わしたのだとすれば……すべての状況証拠はこの考えを支持する、とアインズは考えているが……幸か不幸か我々はあまりに引きが良い、ということになるのだろう。

 

「そんなことになってるだなんて……と言うか、何にも憶えてないのでわかりようもないんっすけど、今後は気をつけるようにしないと駄目っすねー。」

 

「出来れば……紙にでも書いて目立つところにでも貼っておいた方がいいですよ。」

 

 ヤチマは、過分に我田引水な感がなくもないアインズの推理を疑うこともなく受け入れ反省の様子を見せた。が、それがこちらの世界の力均衡(パワーバランス)に無自覚のうちに影響を与えたことを憚って、のものでないことをアインズは承知している。

 

 箱庭系ギルドのプレイヤーたちは、共通して自身の行為がユグドラシル内に広く知られることを忌避する傾向があった。

 今から思えば不思議な話にも思えるのだが、彼らが自分たちが丹精込めて造り上げたギルド拠点へと他ギルドのプレイヤーを招くことなど滅多になく、ではその行為は自己満足なのか、と問えばそうでもなくて、彼らは専ら自慢のギルド拠点の写真(スクショ)を撮ってユグドラシル以外のネットサービスに匿名で晒し、これを自慢し合ったのである。

 

「じゃぁ、モモンガさん。ウチの子らが心配するんで帰ります。

 ケーキ、ご馳走様でしたー。」

 

 そう言うとヤチマは、再会を約すでもなくさも当然のように立ち去ろうとした。

 

 アインズとしては、自身をユグドラシルの有名人モモンガだと彼女が気づいた時点で、少なからず粘着されはしないか、ナザリック地下大墳墓を見学したいなどと言い出したらどうしよう、と気を揉んでいたのだが、拍子抜けするほどそういったことはなかった。

 そもそも彼女は、アインズがいつここに来て、どのようにナザリックを維持しており、今回の調査についても何故手間をかけてまでそんなことをしたのか、といったことに清々(すがすが)しいまでに興味関心を示さなかった。

 

 が、これもよくよく考えれば箱庭系ギルド特有の流儀に起因することは明白だ。

 

 彼らが自身のギルド拠点の露出、他者への影響発揮に消極的であったのは、まさにアインズ・ウール・ゴウンに代表される他のギルド拠点を攻略することを旨とする……アインズからしてみれば、それこそが本来のユグドラシルの遊び方のように思われるのだが……言うなれば()()系ギルドの中でも、無遠慮に非武闘派のギルドを襲うことを躊躇わない輩の視線を常に警戒していたからだ。

 ユグドラシルは、ゲームとしての緊張感を維持すべく敗北時のやり直しが容易ではないバランスチューニングを施されていた。まさにこのあたりのシビアさがアインズを含む至高の四十一人にとってはたまらなく魅力的であったのだが、誰も彼もがそういった緊張感に耐えられるはずもなく、また、そもそも誰かと競って勝敗を決すること自体耐えられないという人も少なからず存在したであろうことは、今振り返ればこそ理解できる。

 そして、そのようなユグドラシルであればこそ、ユグドラシルの外部に向かってユグドラシルに参加していることをネット越しに誇示する一方、ユグドラシル内部に向けては極力自身が目立たぬように行動する、という、アインズからすればこれは今なお理解不能な思考様式ではあるのだが、そういった人々も少なからず……どころか、おそらくはそういった人々こそがユグドラシル最盛期を支えた多数派(メジャー)だったのであり、ヤチマはそういった人々の中でも、短期間でユグドラシルに飽きることなく最期まで居残り続けた数寄者の成れの果て、なのである。

 同様の傾向を備えていたであろうギルドの仲間たちと語らって形成された<日誌(ログブック)>に思考を束縛される()()()()ヤチマ、少なからず他者の目線を自身に誘導することで承認欲求を満たしていたにも関わらず、その行為自体は中の人がユグドラシルの外でおこなっていたがゆえに<日誌>にその部分が反映されなかったヤチマは、ひたすらにギルド拠点の飾り立て(ドレスアップ)を継続する。

 

 そして彼女は、最早そこから自ら抜け出る(すべ)を持ってはいないのだ。

 

 呼び止めるか否か、をアインズが迷っている間に、ヤチマは隠形系の技能(スキル)を使って姿も気配も消してしまった。ニグレドに追跡を命じれば、今ならばまだ足取りを追える可能性はあったが、結局アインズはそれをしなかった。カーター・ツィマーマンの大凡のあり得る範囲は既にわかっているので、必要が生じれば探し出せなくはあるまい。

 

 しかし、アインズにとってその存在は最早瑣末事でしかない。

 と言うのも、新たな深淵の扉を図らずも開いてしまったことに気づいたからだ。

 

 ギルドの維持に専念し、たた下僕(しもべ)のみを偏愛し、他者からの視線が自分たちに届かぬよう注意を払い、この世界の人々の行く末には関心がなく、最早そこから抜け出る(すべ)がない……

 

 のは、他ならぬアインズとて同じではないのか?

 

 

                    *

 

 

「流石に今のはヤバかったな!」

 

 転移門(ゲート)をくぐり抜けた彼女は、そうする必然性があるとも思えないが口元を隠していた布をバッと取り払い大きく息を吐いた。その素顔、未だ外見は幼くも見えるが、長い旅路の中で繰り返し潜り抜けてきた数々の修羅場が彼女に自然と備えさせた老獪さをも垣間見せる、真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルンの素顔が顕わになる。

 続いた二人の黒装束も、やはりそうする必然性があるとも思えないのに、写し取ったかのような動きでそれに倣い、同じく互いに写し取ったかのような相似の顔を晒した。

 

「ヤバ!」

 吐き気を催す身振り(ジェスチャー)

 

 ここ二百年共に旅を続けて来た双子忍者、クゥイアとクゥイナだ。

 

 キーノが操るところの転移魔法は、アインズやシャルティアが弄ぶそれとは異なり勝手気ままに任意の座標へ移動するほどの力を持たない。その時点で一箇所を拠点(ホーム)と定め、そこへ向かっての緊急脱出を可能とするがゆえに<脱出(エヴァキュエイション)>と称する第五位階魔法となる。

 

「ただいま、ギンさん。

 触れ得ざる者とかち合って死に損なったよ。」

 

 キーノは物言わぬ墓碑……同じく共に旅をした仲間であり、古い親友の忘れ形見でもあった巨人の愛用した戦槌(ウォーハンマー)に声をかけた。

 

 ここは、ド・クロサマー王国とエ・ランテルの間で、長く王国と帝国の事実上の国境線と見なされてきた東西に連なる丘陵。そこを南北に貫く街道から外れて、ド・クロサマー王国の砦と一面の麦畑を最も美しく見晴らせる箇所に、本人の遺言に従い混血武妖巨人(ハーフウォートロール)ガ・ギンの亡骸は葬られ、墓碑に代えて愛用の得物が突き立てられている。

 

 四十年ほど前に寿命を全うした彼は、その最晩年を義兄弟ゲ・ガンと共に、時に狩りに興じたり、農地を耕す助けをしたり、村の人間や小鬼(ゴブリン)人喰い鬼(オーガ)妖巨人(トロール)の子どもの遊び相手を務めたりしながら当地で穏やかに過ごした。

 

 息を引き取るまで傍らにあった双子忍者について、その時点でギンも、共に最期を看取ったキーノも、出会い以来まったく加齢の様子を見せない彼らが人間であろうはずがなく、異世界(ユグドラシル)に連なる触れ得ざる者であることには当然気づいていた。

 正直なところ、キーノは双子忍者はギンの付属物であると考えていたし、裏取りこそなされていないもののプレイヤーであることすら疑われる得体の知れない二人と、ギン抜きに共にあり続けることには躊躇いがなくもなかった。

 

 が、臨終に際し、ギンは自身の大きな手の中にキーノ、クゥイア、クゥイナの小さな手を集めてこう言ったのだった。

 

「今マデ共ニ在ッテクレタコトニ感謝スル。

 ソシテコレカラハ、キーノ小母(おば)サンガ、オマエタチト共ニ在ッテ感謝スル者トナルダロウ。」

 

と。

 

小母(おば)さん。」

 指先で両目の隅を斜め上にひっぱり上げて吊り目(イビルアイ)

 

 ギンの最後の心遣い、そして今、自身の胸中を慮って慰めに声をかけてくれる……クゥイナは相変わらず頑なに一言も発しはしないが……双子忍者に感謝しつつも、キーノは、どうしてギンは今際(いまわ)(きわ)に自身を、キーノ、とだけ呼んではくれなかったのだろう、という筋違いな不満を抱えてもいる。

 

 お陰でこのざまだ。

 

小母(おば)さん。」

 吊り目(イビルアイ)

 

 もちろんギンが身罷って後のことになるが、キーノは試みに、と本人たちの承諾を得た上で双子忍者からの吸血が叶うか挑戦してみたことがある。結果は幸か不幸か惨敗。二人の一見柔らかに見える首筋に、キーノの牙は文字通りまったく()が立たなかった。

 今以てクゥイアから……これをクゥイナに問うて何の益あろう……自身が何者であるかの説明はないし、アインズから教えられた短期記憶問題も鑑みれば、そもそも彼ら自身自分が何者であるか承知していない可能性もある。そうでなくとも結局のところは徒労に終わるに違いない問いを今更発するつもりもないが、実験の結果からキーノは、二人はいわゆる肉動像(フレッシュゴーレム)(たぐい)なのではないか、と考えている。

 

 動死体(ゾンビ)と混同されがちなそれは、破壊されない限り不死の存在であることは通じているが、動死体が基本的には不死者(アンデッド)の本能に従って行動するものであるのに対し、肉動像は魔法的に与えられた命令に従うものだ。

 事実、クゥイアとクゥイナは、しばしばキーノを苛立たせて楽しんでいる……としかキーノには思えない……ことを別にすれば、驚くほどにキーノに対して従順だった。

 また、彼らが<(あけ)薔薇(ばら)>において普通に食事睡眠を取っていたのは、ただただ(あるじ)と定めたギンの行動に倣っていたものであって、そこにキーノが取って代われば、そんなものを必要としていないことはすぐにわかった。

 

 であればこそ!

 

 であればこそ、ギンが最期の最後に自身を「キーノ」とだけ呼んでくれたならば、いかなる呪術によるものかはわからないが、それを命令と受け取った双子は、自分を「キーノ」と呼んでくれたのではないか、などと考えてしまうのである。

 

小母(おば)さん。」

 吊り目(イビルアイ)

 

 いや、違うな。

 きっとギンは……筋肉達磨な外見と、それ以上に産みの母に似合わない繊細で聡明な心をもった優しい巨人は……こうすることで私がギンを偲んで過度の感傷に浸ることのないよう、ギンを思い出す都度、そこに不満を抱いて高ぶった感情が感傷を吹き飛ばすように配慮してくれたに違いない、違いないのだ。

 

 そう考えないとやっとれんわー!

 

 ここに戻る都度、儀式であるかのように繰り返してしまう回想をキーノは終えた。彼女は新たな原点となったギンの墓所を<脱出>の投錨地点(アンカー)と定め、緊急退避と旅の終焉の短絡(ショートカット)に使うようになった。この回想は、転移魔法の残心のようなものだ。

 

 キーノの意識は今回の旅の反省へと向かう。考えること、については双子忍者はまったく当てにならず……そもそも当人たちには何かをどうこうしたいというような自発的意思が傍から見る限り皆無で、エ・レエブルでは使う当てなく溜めに溜め込んだ金貨で定宿の床板を抜くなどという騒ぎすら起こしたものである……この一点についてはキーノの専権になっている。

 

 せめて語らう相方が一人いても、と思わないでもないが、屠られぬ限り永遠の彷徨(ほうこう)を宿命づけられた彼女らと命運を共にできる者はそうはいない。

 

 とまれ。

 

 ギンの死後、双子忍者を伴った彼女は、かつてツアー、そしてアインズに語って見せた自分なりの来訪者(ユグドラシルプレイヤー)問題への関与を開始せんと、一旦大陸北西端エ・アセナルへ至り、ときに流しの冒険者(ヴェンチャー)として単発の依頼をこなすこともありはしたが、その時間の大半をこの世界の人々の現状認識の把握と、有志を見つけての語らいに費やしながら、徐々にその範囲を南へ向けて拡げていった。

 時折転移でド・クロサマー王国へ立ち戻りつつも、都度、元の途中地点へ陸路で戻るを繰り返し、ローブル聖王国で折り返してアベリオン丘陵でも亜人たちと共にいくらかの時を過ごし、悪い噂こそ聞かないがいささか剣呑なスレイン報国を避けてエ・ランテルへ至り、旧東バハルス帝国領へ歩みを進めたのが一年前のこと。

 

 ここで新皇帝推戴を知ったキーノは、頼まずともクゥイアが拾い集める噂話から皇帝麾下の軍団の類まれなる武具の謎に辿り着いた。

 

 当初予定では、七八年くらいをかけてバハルス帝国をじっくり巡った後はカルサナス都市国家連合へ向かう計画を立てていたものだが、帝国の諸都市町村に立ち寄る都度、市民たちが恐ろしい武具を軍団員すべてに持たせると聞く新皇帝に対し期待と不安の入り混じった注目を向けていることを知り、ひょっとするとこれは、と思い立って一息に帝都アーウィンタールを目指した。

 帝都の夜陰に紛れて実物を検分すれば、見たことかユグドラシルの気配が濃厚だ。それでもキーノは()れることなく慎重に帝都で調査を続けてはみたものの、問題の武具以外にユグドラシルの影はまったく感じない。かくして、皇帝軍の発地に手掛かりを求めんとしてベルナーゼーを訪れたキーノは、ユグドラシル勢という意味では期待通り、アインズの眷属という意味ではよもやよもやの爆砕執事と鉢合わせ、大慌てで撤収し今に至った、という次第である。

 

 キーノはここまでの旅を通じて、想像以上にアインズが件の漆黒の甲冑姿で……二度と笑いはすまい……この世界のあちこちをうろつき回っての刀杖沙汰を繰り返していることにもちろん気づいていたが、想像以上でありこそすれ遭遇確率で言えば雷に打たれるような話だ。なので、アインズに恫喝されながら聞いた短期記憶の制約の話を反芻しつつも、そうそうに行き遭うものではあるまい、と考えていた。

 今になって考えればさもありなん、ではあるものの、よもやアインズもまた皇帝軍の武具の話に関心を抱いて調査の眷属を繰り出していようとは思いもしなかったことだ。今回用いた脱出手順は、どちらかと言えば皇帝軍に潜むユグドラシルプレイヤーと対峙してしまった場合の一旦撤収のために打ち合わせていたもので、結果的にそれが彼女たちを救命したのだが、いやはや、転ばぬ先の杖とはよくいったものだな、とキーノは改めてない胸を撫で下ろした。

 

 同時にそれは、ツアーにも似て大雑把に見えるあの大魔王が、殊の外この世界の些細な出来事にも目を光らせていることを意味してもいた。

 

 自身は間に立つ者だ、とアインズに対して大見栄を切ってはみたものの、こんな調子では足手まといの役立たずと罵られても言い返せはすまい。だがしかし、キーノはこの程度のことでは志は折るまい、とも考えている。

 この世界の住民の立場から今回の一件の教訓を考えれば、キーノ自身は問題の皇帝軍の武具が真にユグドラシル由来であるか否かの確証にまでは至れなかったものの、それを匂わせるものを不用意に扱うと、アインズ・ウール・ゴウンという大災厄を招き寄せる呼び水になり兼ねない、ということだろうか。

 かつて、口だけの賢者が<バベルの塔>の物語を通して言語相通じるの稀有なることを暗に訴え遺したように、何かこれを警告する寓話を広める、というのは一つの手であるかも知れない。いや、それは流石に迂遠に過ぎるだろうか。

 

「泣き声。」

 聞き耳を立てる仕草(ジェスチャー)

 

 不意のクゥイアの声に、キーノは益体もない思索から現実へと引き戻された。

 夜半の吸血鬼の聴覚は半端なものではないが、自身には何も聴こえない。

 

「気のせいじゃないのか?

 こんな人通りもないところで……気味の悪い。」

 

 不死者(アンデッド)が言う台詞じゃないな、と苦笑するも束の間、何も言わぬままにクゥイナが街道の方角へと駆け出したので、キーノとクゥイアはその後を追った。

 

 しばらくすると、キーノの耳にも何やらすすり泣く声が聴こえてくる。

 おいおいマジかよ!と引き気味にもなるが、場所柄ド・クロサマー王国のまだ森に不慣れな若者が道に迷って立ち往生することは少なからず起こるので、これもそうか、とは思うが森は逆方向で自分たちのような存在を除けばこんな夜中に街道を行くものなどあろうはずもない。

 

 そして。

 

「え?

 そ……そんな馬鹿な!」

 

 キーノは、そこにあろうはずもない人物と再会することになるのである。

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