億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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キーノ・インベルンたちは、森の少女エンリネの窮地を救って自らも大魔王アインズ・ウール・ゴウンの勘気から逃れることが叶うのか……多分無理。


4.囚われの血塗れ(エンリネ)

「アンタがキーノ・インベルンかい?

 噂にゃ聞いてたが、聞いてた以上に叩き潰したくなるほど可愛らしいお嬢さんだなァ!」

 

 慣れないトブの大森林の中を五日かけて蜥蜴人(リザードマン)の集落、森の民の事実上の首都となる竜牙(ドラゴンタスク)まで辿り着いた奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン一行を出迎えた族長ダンベルグは、開口一番上機嫌にそう言った。

 

 キーノたちは村で、自分たちが探し求めるエンリネが、森の民から血塗れ、覇王、将軍閣下と当てにされていて、その都合で多くの時間を竜牙(ドラゴンタスク)で過ごしているはずだ、と聞かされた。加えて、エンリネが竜牙(ドラゴンタスク)へ一息に跳ぶ魔法の指輪を所有しており、何処かに出掛けているとしても一旦はそこへ立ち寄るはずだ、とも。

 <転移の指輪>を持ち歩くこちらの世界の冒険者など聞いたこともないキーノたちは、いよいよもってエンリネが大魔王アインズ・ウール・ゴウンのお気に入りだ、と語った恐怖公眷属(ゴキブリ)の言葉は嘘ではない、と確信し、なれば一刻も早く落ち合わねばならない、と先を急いだ。

 さりとて。長くキーノたちはトブの大森林をアインズ・ウール・ゴウンの領域、と認識していたのでかれこれ千年以上立ち入ったことがなく、蜥蜴人(リザードマン)の集住する湖のおおよその所在は承知していたものの慣れない森の道の踏破に思わぬ時間を要したものである。

 

「帰還事業が存外うまくいったのはアンタらが提供してくれた生き残り村の地図のお陰だ。機会があれば一度礼を言いたい、とは思ってたんだ。」

 

 キーノたちの来訪の事情を知らないダンベルグはそう言って彼女たちを饗そうとしたが、

 

「いや、そういうのはいいから。」

 

とこれを制したキーノは取り急ぎ用件を告げた。

 

「血塗れのエンリネに至急会いたいんだが……所在はわかるか?」

 

 あー、それは残念だったな、とダンベルグは応じる。

 

「三日ほど前になるが、アイツに手紙が届いて。」

 

「……手紙?」

 

 違和感を覚えつつ、キーノは仔細を尋ねた。

 

 ダンベルグの曰く、手紙は何人かの森の民の手を渡りに渡って届けられたもので、どうやってそれが為されたのかはわからず、そこには誰も関心を(いだ)いておらず、ただ、竜牙(ドラゴンタスク)のエンリネ将軍閣下、と宛名されていたがために届いたものであるらしい。

 差出人は東方、やはり帰還事業で少なくない難民が移住した融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)ブライア・ペシュメルという男で、彼自身難民の出でエンリネとは幼馴染なのだという。そのブライアから、谷で恐るべき異変があり相談を要するので来訪を乞う、谷の住人に気取られるとマズい状況なので、将軍麾下の手勢を率いるにしても最小限に(とど)めて欲しいと書かれていた、のだとか。

 

「これを聞かされたときのアイツの剣幕といったら」

「いやいや、そういうのはいいから!」

 

 大きな口を()けて笑うダンベルグをキーノは再び制した。

 

「ダンベルグちゃん!」

 

と、急に大きな声でクレマンティーヌが口を挟む。

 

「なんだい(ねぇ)さん、藪から棒に?」

 

「なんでダンベルグちゃんは、エンリネちゃん宛ての手紙の中身をそこまで知ってるわけ?」

 

 既にその理由をおおよそ察しているクレマンティーヌは確認のためにそう尋ねた。

 答えもほぼ予測した通り最悪のものだ。

 

「そりゃ……読んで聞かせたのは俺だからな。」

 

「エンリネちゃんは……」

 

「森生まれ森育ちのエンリネが東方の書き言葉を読めるわきゃねーだろ。俺はこう見えて博識(インテリ)だからな。書けないが読めるんだ!」

 

「「ヤラれた!」」

 

 ほぼ同時にキーノとクレマンティーヌが声を上げる。

 幼馴染のブライアが、エンリネが帝国由来の書き言葉が読めないことを知らないはずはない。仮に本当に来訪を乞うのであれば言伝を預けた急使(クーリエ)を立てるはずだ。つまり手紙は、エンリネとブライアの存在と関係を知ってはいるが仔細までは承知していない何者かが仕立てた偽物。

 

 この状況下でそんなことをする理由がある者は、この世界に一人しか居まい。

 

「鯖折りだ……鯖折りだ……」

 

 クレマンティーヌは、既に自身の命運は尽きた、と諦め模様(ムード)でへにゃへにゃとその場にへたり込んだ。エンリネの保護に失敗したのはもちろんのこと、どう考えても結果的にエンリネの存在を偽手紙の差出人に知らしめたのは、<黒の百合>の行動だ。

 つまり、自分たちはクリフの羽虫の追跡を、完全には振り払っていなかったのだ。

 これをかの大魔王がどう評価するか……強いて恐怖公眷属(ゴキブリ)に問うまでもない。一息に消滅させられるものであれば幸い、未来永劫の拷問責苦が待ち受けていること疑いないではないか!

 

 一方のキーノは、まだ諦めるつもりはない。

 アインズが恐ろしいわけではない。これは冒険者としての矜持を賭けた思いだ。

 

「ダンベルグ、エンリネに危機が迫っている。

 彼女が東へ向かうのに使った道はわかるか?」

 

 キーノの真剣な表情に、どうやらこれはただならぬ事態らしい、と悟ったダンベルグも、それまでとは打って変わった真摯な面持ちに転じた。

 

「俺達の湖から東に流れ出る川がある。途中、いくらか難路があるが、森に慣れた者はこれに沿って沢を下るのが定石だ。なんなら道先案内人を出すが。」

 

 これをキーノは謝絶する。

 

「それで十分だ。私たちの速度について来れない者は返って足手纏になる。」

 

「俺たちに他にできることはあるかい?」

 

「エンリネは<転移の指輪>を持っているんだろう?

 もし彼女が自身で窮地を脱して帰還したら、おまえたちで彼女を匿ってくれ。仔細を語る(いとま)はないが、これは事によっては森の命運にも関わる話だ、と思っておいて欲しい。」

 

「……あぁ、わかった。

 急いでアイツを追ってくれ!」

 

 かくして<黒の百合>は、ダンベルグに示された沢を全速力で下り始めたのであるが、このとき、またキーノは一つ重要な要素を見落としていた。

 竜牙(ドラゴンタスク)へ向かうに際し、道に迷いながら恐る恐る進んだ彼女たちは、(はた)から見る分にはまったく他の森の民と見分けがつくものではなかった。一方で、只今の彼女たちは、森の中程に突然現れ、東へ向かって森の如何なる存在も決して発揮しない速力で一直線に駆ける正体不明の何者かだ。

 

 これを。

 厳戒態勢下の森の精霊(フェアリー)さんが、見逃すはずがないではないか!

 

 

                    *

 

 

「……あれ?」

 

 目を覚ましたエンリネは、まず疑問を感じた。

 

 自分は小鬼(ゴブリン)三勇士、ジューゲーム、ゴトー、フリニゲを伴って、融水谷(ツィラータール)総統(フューラー)ブライア・ペシュメルの火急の呼び出しに応じるべく一路東へ向かって旅をしていたはずだ。記憶を遡ってみれば、向かう先に河が見える緩やかな傾斜地の藪を下っていくと川の手前に誰かが立っていて……

 

「目が覚めましたか?」

 

と声をかけられて、慌ててエンリネは声がした方向へ顔を向けるが、あたりは真っ暗で何も見えない。

 

「失敬、これでは貴女(あなた)には見えますまい。」

 

 パチリッ、と弾指する音がして突然辺りが明るくなり、エンリネは眩しさに片手で目を覆った。恐る恐る指を開いて覗き見れば、自分は洞窟か何かの中にいて目前には……小さな子どもがある。

 

「……キミ、誰?」

 

 子どもは問いには直接には答えない。

 

貴女(あなた)に害をなすつもりはありますまい。」

 

 目が慣れてきて、エンリネはゆっくりと体を起こした。

 

 目前の子どもは一見して十歳と少し、といったところだろうか。取り立てた特徴もなく印象に残らない顔立ち、短く髪が切り揃えられていて、性別すら定かではない。見たこともない身体にぴったりと張り付いた光沢のある全身(タイツ)を着ており、背中に何か大きな荷物を背負っていて、これを母衣(マント)で覆って隠している。

 

 初見の観察を終えて、ハッ、とエンリネは我に返った。

 

「ジューゲームは?ゴトーは?フリニゲは?」

 

 有難迷惑でありつつも自身に忠義を誓う小鬼(ゴブリン)三勇士の安否を、エンリネは大慌てで問うた。

 

「彼らには用はないので眠らせたままに置いてきました。

 よもや死にはしますまい。」

 

 はいそうですか、というわけにはいかないが、少なくとも殺されたりしたわけではない、と理解してエンリネは安堵の溜息をつく。

 只今の光源のわからぬ洞窟の照明もそうだが、どうやら子どもは魔法詠唱者(マジックキャスター)であるらしい。ここに攫われるに際し眠らされたのも魔法によるものなのだろう。そして、そんなことが出来るからには、この子どもが見た目通りの子どもであるはずはない。

 

 これは……触れ得ざる者?

 

 五年前、難民帰還事業の途上で出会った吸血鬼(ヴァンパイア)キーノ・インベルンは、この世界には、およそ百年おきに現れる強大な力を有した異世界からの来訪者、触れ得ざる者がある、と語った。よもや子ども、とは思わなかったが、これがそれ……なのだろうか?

 

 ともかく。

 たちまちに害されることがないのであれば腹を括るしかあるまい、と、エンリネは、自身の名の由来ともなった古代の英雄に倣って、真正面から触れ得ざる者と向かい合う覚悟を決めた。

 

 そうすべきことは、キーノに教えられたのはもちろん、先生、に自ら誓ってみせたところでもある。

 

小鬼(ゴブリン)さんたちに用がなくて、私にだけ用がある、というのが()せないのだけれど。」

 

 血塗れ、覇王、将軍閣下、と持ち上げられてこそいるが、これは言っている連中は(みな)冗談だとわかってやっていることだ……少なくともエンリネは、この時点ではそう考えるようにしていた。そんな自分に、ただの婚期を逃しつつある三十路手前(アラサー)女子に、触れ得ざる者が何の用があるというのだろう。

 

 やはり子どもは、直接にはエンリネの問いに答えなかった。

 

貴女(あなた)にとっても悪い話ではありますまい。

 <(めぇ)()く七日間>、はわかりますね?」

 

 もちろんそれはわかるが、唐突に二十五年も前の大災厄がここに持ち出される理路がわからない。

 ともかくエンリネは、黙って頷いて続きを促す。

 

「私は貴女(あなた)たちに代わって、かの大災厄を引き起こした者を打ち倒したいと願う者です。」

 

 ……はぁ?

 

「その者は、何故かは知らないが貴女(あなた)を守りたいと考えていると知りました。

 つまるところ、貴女(あなた)は人質、ということになります。」

 

「ちょ、ちょっと待って!いったいどういうこと?

 私、そんな大災厄を引き起こせる知り合いなんていないし、ましてやそいつが私を守りたいなんてあり得ないでしょう、常識的に考えてーーー!」

 

 諸手をぶんぶん振ってエンリネは抗議するも、子どもにそれを気にする様子はない。

 

「その名を聞けば、思い当たるところもあるのでは?」

 

 あれ?

 この流れ、なんだか既視感(デジャヴュ)

 

「<(めぇ)()く七日間>を引き起こした者。

 その名は……アインズ・ウール・ゴウン」

 

 ペチッ!

 

 エンリネは後先考えずに飛び出して、かつて同じことをしたブライアにそうしたように、でありながら、小さな子を叱るときのように手加減した上で子どもの頬を打った。

 子どもはかわすでもなく、それを受けて平然としている。

 

「のモモンガ。」

 

 ……はぁ?

 

「平手打ちの理由を訊かせてくれますか?」

 

 子どもはまったく表情が変わらないので、怒っているのか驚いているのか、単に知りたいだけなのかがエンリネには皆目見当がつかない。

 

「あの……その……ご、ごめんなさい!」

 

 エンリネは、唐突に頭を下げて詫びを入れた。

 

「人違いでした。」

 

 馬鹿正直に、エンリネは自身の判断を伝えた。

 

「あなたが……クリフ、なの?」

 

 ここに至ってはじめて……はじめてエンリネは子どもに、それがなんであるかはわからないが何某(なにがし)かの情動が生じたのを感じるも、それはすぐに消えた。

 

「ブライアから聞いたのですね?」

 

「……ということは」

「その通り。彼の名を騙った手紙を届けたのは私です。」

 

「あちゃーーー……」

 

 と、エンリネは見るからに落ち込む様子を見せる。

 

「あなたが倒したい相手は、モモンガ、というのよね?

 ブライアにもそう語ったのよね?

 

 私、最後まで聞かずに、アインズ・ウール・ゴウン様の名が出た時点でカーーーッと来ちゃって、あなたもそうだけど、ブライアにも平手打ちかましちゃったのよ。悪いことしたなぁ。」

 

 だが、子どもは驚くべきことをエンリネに告げた。

 

貴女(あなた)の他にも、モモンガをアインズ・ウール・ゴウン、とギルドの名で呼ぶ者がありました。貴女(あなた)がモモンガに魅入られているのであれば、あながち間違ってはおりますまい。」

 

と。

 

「私がアインズ・ウール・ゴウン様と呼ぶ先生と、あなたがモモンガと呼ぶ<(めぇ)()く七日間>を引き起こしたモモンガは同一人物だと?

 それ、おかしくない?

 だって先生は……アインズ・ウール・ゴウン様は、私たちと一緒に難民の帰還事業をやってたのよ。自分で災厄を引き起こしておいて、それを救済する人……(ひと)じゃないのかもだけど……そんなの、いるわけないじゃない!」

 

 キーノが(いだ)いたものと同じ疑問をエンリネは子どもに投げかけた。

 が、やはり子どもにはそれを気にする様子がない。

 

「それはあなたの感想に過ぎますまい。

 事実は事実。その理由など、私の知るところではありません。」

 

「どうして?」

 

 なおもエンリネは問う。

 何故、自分はそうするのだろう、と疑問に思いつつ。

 

「どうしてあなたは、そのモモンガ、を打ち倒したいの?」

 

 エンリネの記憶では、先生は「オレの古くからの友人がちょっと厄介な奴に絡まれてな。まぁ、そいつは大した相手じゃなかったんでとっとと片付けたんだが、結果的にそいつの連れの恨みを買う羽目になった。」と語ったはずだ。

 この子どもの友人が、結果的に先生のとてつもない魔法で(あや)められて、その復讐を誓っているものなのだろうか。だが、先生の言葉通りに受け取れば、そもそもはその友人が先生の友人にちょっかいを出したのがきっかけなのではないのか。

 

貴女(あなた)たちの世界を守るため、ではおかしいですか?」

 

「それは嘘。」

 

 エンリネは断言する。

 

「世界を守るために人質を取って戦うなんて、そんなの……変でしょ!」

 

 ここに至って、子どもは黙り込んだ。

 そして、初めて表情が生じた。

 

 ふふ。

 

 ふふふ。

 

 と忍び笑い。

 

貴女(あなた)は面白い(ひと)だ。」

 

と子ども。

 

「エンリネ、よ!

 あなたは……クリフ、でいいのかしら?」

 

 きっと名乗りはしないのだろう、と思いつつ、エンリネはそれでも、こうして言葉を交わす相手であれば名を呼び交わすべきだ、と信じてそう名乗る。

 

 意外にも……子どもは、名乗った。

 

「エンリネ、私はルーシェン。」

 

「ルーシェン?

 ルーシェン・クリフ?それともクリフ・ルーシェン?」

 

 馬鹿正直なエンリネの脳内に、偽名、という概念は存在しない。

 

「ただルーシェン。クリフは……今は亡き我が創造主の名です。」

 

 そうぞう……しゅ、って何だ?

 

「……ごめんなさい、あなたの話がよくわからないわ。

 そうぞうしゅ、というのが何なのか。そのクリフ……は、今は亡き、と言うんだから故人なのよね?それにはお悔やみを申し上げるけど、そのクリフ……が、アインズ・ウール・ゴウン様に殺されたから恨んでいるの?」

 

 エンリネはエンリネなりに考えに考え、先生の告げたとっとと片付けた相手、というのがクリフなのだろうか、と考え、そう言ってしまってから、それじゃ時系列(じけいれつ)が合わないじゃないか、と気づいて頭を(かか)える。

 

「不思議、だ。」

 

「……はぁ?」

 

「エンリネに仔細を告げる理由も必然性も私にはないのに。

 不思議と語る自分に気づいて驚かされています。」

 

とルーシェン。

 

「冗談じゃないわ!巻き込まれているこっちとしては、仔細を知る理由も必然性も大アリよ!」

 

 このエンリネの返しに、再びルーシェンは、今度は屈託のない笑みを浮かべた。

 

「ふふふ、エンリネは本当に面白い(ひと)だ。」

 

 

                    *

 

 

「……すまん。

 さっぱり意味がわからないからもう一回言ってくれ。」

 

 と、唖然とした口調の大魔王アインズ・ウール・ゴウン。

 

「エンリネの身柄を預かった。無事に返して欲しくば次の新月の午前(ゼロ)時に当地に一人で現れたし。水晶の夜(クリスタルナイツ)のルーシェン……で御座います。」

 

 と、訝しげな目線を隠す素振りもない守護者統括アルベド。

 

「駄目だ、さっぱりわからん!」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層(ロイヤルスィート)のアインズの自室。

 先にパンドラズ・アクターがアインズに扮して水晶の夜(クリスタルナイツ)のNPCジュリーと邂逅した名も知られていない町の廃墟で、再びナザリックに向けた言伝、と思しき文章を刻んだ石碑が発見されたのを受け、三賢者(トリニティ)(つど)ってその解読を試みている。

 

「エンリネ……って何だ?

 物言いは完全に人質を取った(てい)だが、何でオレが知りもせん奴を人質に取られて一人ノコノコ出ていく必要がある?

 知性振り切り(カンスト)のはずのルーシェンが、何を勘違いしてそんなことになるんだ!」

 

 当然のことながらアインズの記憶としては、エンリネの名どころか、共に楽しんだ帰還事業もすっかり押し流されて忘却の彼方だ。

 

「問題はそこでは御座いません!」

 

と吠えるアルベド。

 

「エンリネ、というのは明らかに女の名!」

 

「いや、待て待てアルベド!

 ルーシェンとやらはともかく、おまえまで何だ!

 オレは知らんぞ、本当に……いや、多分……」

 

 今にも噛みつき掛かりそうな愛妃に抗弁しつつ、大魔王は自身の発言に自信を失いつつある。よもや自分が浮気をする、などということはあり得ない、そう信じたいのは山々だが、毎度のことながら、記憶にないことはまったく自身の無罪証明にはならないのだ。

 

「相手は知性振り切り(カンスト)なればこそ、アインズ様がこの脅迫に応じると考えているので御座いますよ!忌々しいことこの上御座いませーんッ!」

 

 つまるところアルベドは、記憶が続かずその管理野放図(はなは)だしい愛する(あるじ)の言葉よりも、同じく記憶が続かぬ存在ながらも高い知性を有するが故に鉄壁の記録管理をおこなっているに違いない敵の言葉を信じざるを得ない、という語るも馬々鹿々しい二律背反(ジレンマ)に陥っているのだが、常の怜悧な彼女ならばともかく、今の女の感情に支配された様態(モード)では、論理的にそこから抜け出すことが出来ない模様。

 

「おい、おまえらも黙ってないで助けてくれ!」

 

 自然とアインズの視線は同席するパンドラズ・アクターとデミウルゴスに向かうが、アインズ同様に唖然とした様子のパンドラズ・アクターはともかく、デミウルゴスは努めて平静を保ちつつもその口元が、ひくひく、と微妙に震えている。

 

 まるで……(こら)えがたい笑いを噛み殺しているように!

 

「デーミーウールーゴースー!

 おまえ、何か知ってるな?知ってるんだよなーーー!」

 

「御下問、とあればお答えせねばなりますまい。」

 

 デミウルゴスが何か語る様子を見せて、漸くアルベドは席に腰を下ろして、

 

「承りましょう。」

 

と落ち着きを取り戻す。

 

「まず、エンリネと申しますのは」

「待て!」

 

 アインズは一旦デミウルゴスを押し(とど)めた。

 

「まず背景からだ!」

 

 アインズは、デミウルゴスの話が「エンリネと申しますのはどこそこに居るしかじかの女で御座います」で始まると確信している。今一度、アルベドを炎上させようと狙ってのことだ、と。

 

 チッ。

 

「あー、おまえ(いま)舌打ちしたろ!したよなーーー!」

「御冗談をアインズ様!(わたくし)が至高の主にそのような不遜な真似をしようはずが」

「いいから説明しろ!背景から、だ!」

 

「ハハッ!」

 

 と、まっこと無駄なやり取りを経て、漸くデミウルゴスは本題に取り掛かった。

 

「アインズ様はこのようなつまらぬことをご記憶にお(とど)めでは御座いますまいが、五年ほど前、アインズ様はトブの森の住民を使嗾して、先のアインズ様の世界殲滅によって森に逃げ込んだ難民を、本来その(もの)たちが暮らした平野部へ送り戻す帰還事業をご実施になり、随分とお楽しみになりました。」

 

「……はぁ?

 オレが?何で?」

 

 これまた馬々鹿々しくも自分がやったことの理由を、他人(ひと)に尋ねる大魔王。

 

「慮るも憚り多きことながら、ユグドラシル時代のアインズ様は、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長というお立場もあって、決して前衛(アタッカー)ではなく、むしろ、至高の四十一人の皆様方の間を取り持つ調停者(フィクサー)であられたもの、と承知しております。

 対して、こちらの世界においでになってからのアインズ様は、有り難くも(わたくし)たち下僕(しもべ)をお守り下さるべくご自身矢面に立たれることが(おお)御座いました。ですので、敢えて森の住民たちの裏方役を買って出られ、往時の雰囲気を再現してお楽しみになっておられたものではないか……と、かよう推察しておる次第で御座います。」

 

 ここに至って、漸くアインズにも話の筋が見えて来た。

 なるほど、そう言われれば如何にもそれは自分がやりそうな話だ。

 

「エンリネ、と申しますのは、この帰還事業の中でも特に活躍目覚ましかった人間種の女野伏(レンジャー)で、当時二十三歳、無論アルベドと比べてしまえば月とスッポン、天地雲泥の差は御座いますが」

止め(ストップ)!」

 

「……いかがいたしましたか、アインズ様?」

「いかがいたしましたか、じゃねーだろ!

 おまえ、また余計な形容を積み増ししてアルベドを燃やそうとしてるよな?そうだよなーーー!」

 

 チッ。

 

「おまっ」

「エンリネは、奇しくも我等ナザリックと水晶の夜(クリスタルナイツ)の闘争にも、微かな影響を与えて御座いまして……」

 

 デミウルゴスはさらり、と至高の主のツッコミを自身の発言で上書く。

 

「……当初、敢えて水晶の夜(クリスタルナイツ)と事を構えず守勢に構えておいでだったアインズ様が、連中にクリフの復活を試させる、という奇策を講じられたのは、アインズ様がエンリネにトブの森からの一時避難をお勧めあそばされたものを、生意気にもエンリネが断ったことに(たん)を発しておるので御座います。」

 

「ちょっと待て。」

 

 とアインズ。

 

「……何か、わかりにくいところが御座いましたでしょうか?」

 

「なんで……」

 

「はっ?」

 

「なんでおまえがそんなことを知っている?」

 

「ナザリックの記憶の管理は(わたくし)の専権事項にて御座いますれば……」

「そこじゃない!」

 

 と、アインズは憤る。

 デミウルゴスの言っていることが本当で、自分が五年前に帰還事業、とやらに奔走したのだとして、自分の性格からすればこれを自分はナザリックの皆には内緒でやっていたはずだ。

 にもかかわらず、アインズ自身が記憶も記録も……いや、ひょっとすると所持品(インベントリ)を探れば当時の書付(メモ)か何かが出てくる可能性はあるが、とにかく、アインズ自身が思い出せも語ってもいないことを、こうも雄弁にデミウルゴスが語って見せるのはどういうことだ!

 

「……」

 

 デミウルゴスが押し黙る。

 

「説明……が必要じゃないか?デミウルゴス!」

 

「只今は……」

 

「只今は……何だ?」

 

「只今は水晶の夜(クリスタルナイツ)との闘争こそが一大事。そのような時節にそんな些末なことは……捨て置いてよろしいのではないですか?」

 

 ……はぁ?

 どの口でそんな事を言うんだ、おまえはーーーッ!

 

 だがここで、デミウルゴスの絶体絶命の窮地(ピンチ)……でもあるまいが……に意外な助け舟が届く。

 

「ん……あ、オレだ。あぁ、ソリュシャンか、どうした?」

 

 それは、トブの森の東側に展開するアウラ、マーレ一族に連絡役で同行した戦闘メイド(プレアデス)ソリュシャン・イプシロンから発せられた<伝言(メッセージ)>だった。

 アルベド、パンドラズ・アクターは、当然のことながら何か水晶の夜(クリスタルナイツ)に動きがあったもの、と捉えて緊張の面持ちで構える。

 

 デミウルゴスは……薄ら笑みを浮かべたまま。

 

「ふむふむ……はぁ?何じゃそりゃ?」

 

 パカリ、とアインズの骨の口が開くのを見て、アルベドもパンドラズ・アクターも、ひとまず大事(おおごと)ではないようだ、と一息つく。デミウルゴスは変わらず……。

 

「いや、ぶっちゃけどーでもいいだろ、それ。

 ……うーん、そうだな。一段落ついてから考えるとして、余計なことはされたくないから一旦捕縛だ。

 はぁ?オレに殺される、と震えてる?

 アホか!オレはそんなに暇じゃない、と言っとけ!」

 

 どうやら<伝言(メッセージ)>は切れた模様。

 

「何で……御座いました?」

 

と興味深げにパンドラズ・アクターが問う。

 

「こっちはこっちでわけがわからん。

 キーノ・インベルン、って何だったっけ?吸血鬼(ヴァンパイア)らしいが。」

 

白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーの舎弟、で御座いますな。眷属とシズちゃんズに似たユグドラシルNPCを連れて、来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の危険性をこちらの世界の原住民に説いて歩く不毛な活動を続けておる阿呆どもで御座います。」

 

と、デミウルゴスが、もう何度目だ、と問いたくもなる解説を入れる。

 

「……シズちゃんズ、って何だ?」

 

「アインズ様がシズ・デルタの助手を申し付けた、エドモン・ウェルズのギルド遺構で発見された課金支援部隊(ユニット)の忍者自動人形(オートマトン)で御座います、アインズ様。」

 

 これにはアルベドが捕捉を入れる。

 

「エドモン・ウェルズって」

「「「アインズ様!」」」

 

 三賢者(トリニティ)が揃って至高の主にツッコミを入れた。

 これではキリがない。

 

「あー、何の話だったっけ?

 そうそう、キーノだ、キーノ・インベルンな。なんかそんな連中いたな、まだやってたのか。

 とにかくそいつらがトブの森を凄い勢いで走ってて、マーレが捕獲したらしい。とりあえず目下の情勢には関係ないからそのまま取り押さえとけ、と命じた。」

 

「関係……なくはない、のでは御座いませんか?」

 

 と口を挟んだのはパンドラズ・アクター。

 

「関係、ないだろ?」

 

「いえ父上。かの(もの)たちは以前にも父上に先んじて来訪者(ユグドラシルプレイヤー)に接触したことがあったような気がいたします。我々とは独立して水晶の夜(クリスタルナイツ)に接触し、我等に対する戦いに加担した、ということもなくはないのでは?」

 

 ハッハッハッ、とアインズは高らかに笑う。

 

「ツアーの舎弟だぞ、あいつらは!

 よもやオレに喧嘩を売る真似などすまいよ。まぁ、念のために一段落してから事情を訊き出す、で十分だろ?」

 

 はて、キーノたちは大魔王の信を得ている、と喜ぶべきなのであろうか?

 

「で……何の話をしてたんだっけ?」

 

 これは、ユグドラシル由来の存在が宿命的に抱え込むところの短期記憶の制約、ではなく、偏に大魔王アインズ・ウール・ゴウンがあまりに気が多いがために結果的に注意力散漫に陥る本質的欠陥によるところである。

 

「トブの森の民の一人を人質に、水晶の夜(クリスタルナイツ)のルーシェンがアインズ様との果たし合いを所望しておる話で御座います。」

 

と、すかさずデミウルゴスが告げる。

 たちまちにアルベドの胡乱な視線がデミウルゴスに突き刺さるが、デミウルゴスも、そしてアインズにもこれを気にする様子はない。

 既にアインズの、あいも変わらずその実体がどこに存在するのか定かでない頭脳は、知性振り切り(カンスト)と聞く百レベルNPCとの決戦に向けて勝利の方程式を演算しつつあった。

 

「あぁ、そうだったな。」

 

 横柄にそう応じつつ、アインズは不敵な笑みを浮かべる。

 

「……あいつは随分とオレたちを楽しませてくれた、そうだろう?」

 

 言葉通り楽しかったかどうかはともかく、これまでになかった類型(タイプ)来訪者(ユグドラシルプレイヤー)であった、という点については、三賢者(トリニティ)の誰にも異存はなかった。

 

「なれば……せめてもの礼に、望むというのであれば受けて立ってやるさ!」

 

「「アインズ様!」」

 

 アルベド、パンドラズ・アクターが揃って異議を唱える。

 

「人質云々はともかく、明らかにこれは罠で御座います。そこへ至高の御身が単身突入するなど言語道断!」

「アルベドの申す通りです。ここは私に名代(みょうだい)をお命じあって」

 

(いな)ッ!」

 

 パンドラズ・アクターの発言の途中でアインズはこれを斬って捨てた。

 

「この阿呆は、ユグドラシル非公式ラスボス、大魔王アインズ・ウール・ゴウンに手袋を投げて寄越したんだぞ!」

 

 あぁ、わかってはいたことだが、最早何を言っても至高の主の意思は変わるまい、とアルベド、パンドラズ・アクターは観念した。

 

「あー、勘違いするなよ。オレは決して冷静さを失ってるわけじゃないからな。

 ルーシェン、とやら自身が陽動で、別働隊がトブの森の果樹園、エイヴァーシャーの森のコニー、あるいはナザリックに襲いかかる、という可能性もなくはない。だから、アウラ、マーレ、コキュートス、セバス、シャルティアはこのまま臨戦態勢だ。」

 

「では、御身には誰が?まさかお一人で!」

 

 心配()にアルベドが問う。

 

「馬鹿を言え。

 デミウルゴス!」

 

 アインズは、種々問題が多いながらも、それでも最も頼りになる右腕の名を声高に呼ぶ。

 

「はっ!」

 

「前衛を申し付ける。供をせよ。」

 

「はっ、喜んで!

 ですが……よろしいのですか、アインズ様?」

 

 即答に続いて、訝しげにデミウルゴスは問うた。

 至高の主はその問いの意を(かい)せぬ様子。

 

「何がよろしいんだ?」

 

「ルーシェン、とやらは、御身が一人で来なければ人質の安全を保証せぬ、と申しておるようで御座いますが。」

 

 フンッ、とアインズはこれを鼻で(わら)った。

 

「んなもんオレが知るか!殺したければ勝手に殺せばいい。

 そしてそうなれば……」

 

「そうなれば?」

 

「……あいつの創造主、ユグドラシル終了まで生きることの叶わなかったクリフとやらが草葉の陰で、自身の創造物の余りの矜持のなさを恥じ入って、落涙するだけだろうさ!」

 

「「「ははっ、すべては至高の主の思し召しのままに!」」」

 

 三賢者(トリニティ)が揃って復命の声を上げ、かくして最後の戦いの機が熟す。

 

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