億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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遂に大魔王アインズ・ウール・ゴウンと、水晶の夜(クリスタルナイツ)のNPCルーシェンの直接対決の機が熟す。


5.闇よりも深い闇へ

「ワタシら……どうなんのかな?」

 

「んなもん、私にだってわかるもんか!」

 

 トブの森の東寄りの何処か。

 マーレが魔法で生み出した神鎖(しんさ)(ごと)き硬さを誇る(いばら)に雁字搦めに捕らえられた奇縁の真祖吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)キーノ・インベルン率いる<黒の百合>は、意味不明の状況に(おそ)(おのの)いていた。

 

 いささか裏目に出たものの、その失態を補うべくアインズに命じられたところの森の少女エンリネを保護すべく自分たちは駆けていたのに、何故かそのアインズの配下のナザリックの下僕(しもべ)に捕縛されて、しかも何を訴えようとも……それは(はな)からわかっていたことではあるが……取り付く島もない。

 

「あー、キミたちに有り難くもアインズ様から言伝(ことづて)。」

 

と声を掛けてきたのは、他ならぬ彼女らを為す(すべ)なく捕らえて見せた闇妖精(ダークエルフ)マーレだ。

 

 かつて。

 一時期その身柄をツアーからナザリック地下大墳墓に預けられ食客に甘んじた経験のあるキーノは、そのときに淡い恋心を覚え、(のち)にその本質に気づいて背筋を(さむ)からしめられた初代マーレを憶えている。

 (いま)目前にあるマーレは、まさに彼女の記憶の中にある美しい短金髪の青年マーレそのものだが、一方で、キーノの知るマーレはその酷薄な性格とは裏腹に、もっとオドオドと(ども)りながら話す、見た目だけは気弱な者だったはずだ。

 

 そのマーレが、胸を張って満面の笑顔でこう言う。

 

「心して聞いてねェ……ゴホンッ。

 アホか!オレはそんなに暇じゃない!……とのことでしたァ。」

 

 わけが……わからない。

 

 

                    *

 

 

「ねぇ、ルーシェン。」

 

「なんだね、エンリネ?」

 

 夜半。

 かつてのバハルス帝国東方の、今や誰もその名を思い出すこともない小さな宿場(まち)の廃墟。

 エンリネは、直立不動のルーシェンの(かたわ)らで瓦礫に腰掛け、暖を取るべく起こした焚火を見つめながら問うた。

 

「どうしても……やるの?」

 

「私はそのために創られたのだから、やらない、などという選択肢はありますまい。」

 

 エンリネは、既にルーシェンの語るところの意味を、おおよそは理解はしている。

 理解はしているが、納得はできなかった。

 

 (ひと)……ルーシェンは、見た目はともかく人間種、ではないようだが……に己の意思では避けがたい運命、宿命、というものはあるのだろうか、とエンリネは思う。

 

 考えてみれば、自分自身も随分とおかしなことにはなっている。

 ほんの数年前まで……先生に<森の大使(アンバサダー)>の頭目(リーダー)に抜擢されるまでは、歳の割には腕と糞度胸に恵まれたただの女の子……まぁ、この時点でただの女の子、ではなかったかも知れないが……女の子でしかなかった自分が、何を間違ってか太古の英雄、血塗れ、覇王の再来と呼ばれ、将軍閣下、と名だたる森の亜人の強者(つわもの)たちから恭しく扱われる存在に持ち上げられてしまった。

 これが自分自身が望んでそうなったことか、と問われれば、(いな)、というか、んなわけあるかーーー!と叫び出したいエンリネではあったが、さりとて、そこにまったく自分の意思が介在していないか、と問われれば、それはそれで違うような気もするのだ。

 

 これを、運命、宿命、などと言いたくはない。

 エンリネはそう考えている。

 

 決戦の(とき)を待つ間、ルーシェンはいろいろなことを語ってくれた。

 その多くはエンリネの理解には余るものだったが、ルーシェンがクリフ、という何者かの手によって創られた存在であり、その目的が打倒アインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、とされているがゆえに、只今のルーシェンは、そのモモンガ、エンリネが知るところのアインズ・ウール・ゴウン、この世界の守護者を趣味で気取るおっさん、に戦いを挑むのだ、というところは理解できた。

 

 が、納得はできない。

 

 特に、ルーシェンにとってモモンガを倒すべき理由が、何度訊いても、それは倒すべきだからだ、の同語反復(トートロジー)に陥ることがエンリネを困惑させていた。

 既にルーシェンが決して邪悪な存在ではない、と感じているエンリネは、アインズ・ウール・ゴウンが<(めぇ)()く七日間>を引き起こした張本人である、というルーシェンの言を、嘘だ、とは思ってはいなかった。そして、それを理由にアインズ・ウール・ゴウンに戦いを挑むのだ、と言うのであれば百歩譲って納得も出来よう。

 だが実際には違うのだ。ルーシェン自身は、特に<(めぇ)()く七日間>をどうとも思ってはいなかった。それを話題にすればエンリネを含むこちらの世界の住人の感情を揺さぶるに充分だ、と考えているだけで、それ自体に対しては清々(すがすが)しいまでに関心がなく、一旦エンリネがそこに気づいてしまえば、以降はそれを隠そうともしなかった。

 

 ルーシェンが言うには、ルーシェンが生まれたところのユグドラシル、という異世界には、常に倒すべき敵があって、中でもアインズ・ウール・ゴウンは別格の非公式ラスボスなのだ、とのこと。

 最後の難敵(ラスボス)だから倒すべきだ、という物言いは、言葉の上では理が通っているが、結局のところ倒すべきだから倒すべきなのだ、と言っているだけの同語反復(トートロジー)だ。

 

 エンリネは、森の暮らしを通して種族が異なればそれぞれに容易には相容れない異なる価値観を有していて、なんならそれは、種族が同じであってもしばしばあることを理解している。

 自分が、ルーシェンがそこからやって来たと言う世界、ユグドラシルの価値観を完全に理解しているわけでないのは承知しているので、そこは口出しすべきではないか、とも思われる一方で、少なくともエンリネ自身は、生まれも価値観も異なる小鬼(ゴブリン)のジューゲーム、ゴトー、フリニゲ、蜥蜴人(リザードマン)のクルシュル、妖巨人(トロール)のギンたちと、互いに持ちつ持たれつでうまくやってきた、という自負もある。

 だが、決して相容れない存在があるのもこれまた事実。森には一発で人間を殺してしまう毒蛇(パイソン)がいる。無闇に人を襲うものではないが、何かの拍子に襲われれば、逃げるか、あるいは立ち向かうかしなければならない。自分はそれを普通にするのに、ルーシェンがアインズ・ウール・ゴウンに対してそうであるのはおかしい、と主張するのは間違っているようにも思う。

 さりとて、この喩えで言えば、ルーシェンがやろうとしているのは、毒蛇(パイソン)はそうであるから森から根絶やしにすべきだ、という話にも聞こえる。森の民は決してそんなことはしない。毒蛇(パイソン)もまた、恐ろしく厄介な生き物ではあるが、同時に森の一員だからだ。

 でも、そういった思いは一切ルーシェンに伝わる様子がない。ルーシェンは、エンリネとの会話を楽しんでいるように見えたが、それでも本質的にはエンリネ自身に対しては何の関心もないように見えた。ルーシェンは、ただただ自身に与えられた、と当人が信じてやまない使命に殉じる、ただそれだけの存在であるらしい。

 

 なんだろう、この遣る瀬無さ……。

 

「まもなく刻限です。」

 

とルーシェン。

 

「私は……アインズ・ウール・ゴウン様が、私が人質に取られた、と聞いてやって来る、とも思えないんだけど。」

 

「在りし日のクリフ様はこう仰せでした。

 アインズ・ウール・ゴウンのモモンガは決して期待を裏切らない、と。」

 

 どこかの時点から、ルーシェンは創造主だというクリフのことを、クリフ様、と表現し、敬語を用いるようになった。エンリネは、これがルーシェンの本来の物言いなのだろう、と感じている。

 

「だからモモンガは必ず来るでしょう。もし来なければ、それならそれで、また別の手を考えるまで。

 戦いが始まればエンリネと語らうことももうありますまい。だから先に、ありがとう、と言っておきます。」

 

 そう言いながら、ルーシェンは唐突に、エンリネのなくはないおっぱいを揉んだ。

 

「……ふぁ?」

 

 あまりに唐突だったので、エンリネは間抜けな声を漏らす以上の反応(リアクション)が返せない。

 

 何これ?何の冗談?

 それとも……異世界(ユグドラシル)とやらでは、これがお作法なのかしら?

 彼女には、この無作法を礼法に適っている、とルーシェンが考える理由がわからない。

 

 対してルーシェンは、エンリネの胸を鷲掴みにしたまま、穏やかな表情でこう続けた。

 

「これまで、私に、エンリネのように向き合う者はいませんでした。私はエンリネとの会話が楽しかった。

 私は使命のためには、共に創られた仲間も、我が創造主に居並ぶプレイヤーさえも使い捨てにして憚らぬ者だが、エンリネをそうしよう、とは思いません。自分でも不思議ですがね。モモンガが、エンリネを守りたい、と考えているらしいことにも、納得がいかなくもありますまい。」

 

 頭の周りに無数の疑問符を浮かべたままに、それでもエンリネは呟く。

 

「そこが共感できるのであれば……」

 

 会話はそこで途切れた。

 二人が並んで立っている場所からそう遠くないところに、突如として禍々しい、闇夜にあってもはっきりとわかる黒い渦が生じたからだ。

 

「……<転移門(ゲート)>!」

 

 名残惜しそうにエンリネのおっぱいを手放したルーシェンが、身を翻して感極まった声をあげる。

 

「いよいよ最後の難敵(ラスボス)の登場だよ、エンリネ。

 心胸踊る、とはまさにこのことだ!」

 

 そこからまず姿を現したのは、赤い紳士服(スーツ)に身を包んだ痩せ型の男だった。

 口を三日月型に歪めて妖しげな笑みを浮かべている。

 

 エンリネは直感的に、悪魔だ……と感じた。

 

 そして。

 その(あと)に続いて姿を現したのは。

 

 金糸銀糸に縁取(ふちど)られた豪奢な漆黒の装束(ローブ)を纏った……骸骨!

 

「あれが、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガだ!」

 

 楽しげにルーシェンが言う。

 

 対してエンリネは当惑する。

 

 アレが……アレが、先生?

 

「一人で来い、と伝えたはずだ。」

 

 エンリネに対するのとは随分と異なる無感情な口調で、ルーシェンは声高にそう告げた。

 しばしの沈黙。

 

 ふ。

 

 ふふ。

 

 と、笑い声。

 

「あははははっ!」

 

 エンリネの疑念は確信に変わる。

 

 そう。

 この笑い声は!

 

 <伝言(メッセージ)>越しに聞いた、エンリネの決意を聞かされて自分自身を(わら)った、と告げた先生、アインズ・ウール・ゴウンの笑い声だ。

 

「ならどうする?

 その小娘(こむすめ)を殺すか?」

 

 その声が続けてそう言うのを聞いて、エンリネは息を呑む。

 これがあの、優しく自分たちを導いてくれた先生の物言い?

 

 一方で、先生は何度伝えても自分たちの名前を一向に憶えられない存在でもあった。ルーシェンがそうであるように、本質的には私たちに関心がないからだろうか。今この瞬間も、私のことなど憶えてはいないのだろうか。

 

「安心しろ、おまえ(ごと)きの相手はオレ一人で充分だ。

 こいつは舞台を整えるために連れてきただけのこと。」

 

 骸骨姿のそれは、居並ぶ赤服の男を指差しつつそう告げる。

 

「デミウルゴス!

 <次元封鎖(ディメンジョナルロック)>だ。」

 

「……よろしいので、御座いますか?」

 

「何を今更!

 おまえが望んで整えた舞台だろ、違うか?そうだよなァーーー!」

 

「嗚呼!」

 

 と、赤服の悪魔は陶酔歓喜の声を上げる。

 

「すべてお見通しで御座いましたか!

 最早何も申し上げますまい。どうぞ、ご存分にお楽しみ下さい!」

 

 赤服は、そう言いながら骸骨に深々と頭を下げた後、やおら両手を振り上げて魔法を詠唱する。

 

「<次元封鎖(ディメンジョナルロック)>!」

 

「これで邪魔者は来ないし、おまえも逃げ出せない。

 満足か?満足だよなーーー?そうだよなァ!」

 

 そして、ここまで魔王(ぜん)としていた口調が、突如砕けた。

 

「あ……で、とりあえず、さ。

 そいつ……返してくれる?」

 

 一瞬、エンリネは、それが目前の骸骨の声だとは思えずに、他に誰か居るものか、と周囲をキョロキョロと見回した。が、それは骸骨姿の先生が発したもので間違いないらしい。そう言えば先生も、<伝言(メッセージ)>越しの会話の途中で急に声色も口調もこんな感じに変わったことがあったっけ?

 

「その()にはちょいとばかし借りがあるんだ。

 おまえも、そのー、何だ!

 無関係な小娘(こむすめ)を巻き込むのは……本意、ではないだろ?」

 

 なんと!

 先生は……自分の事を憶えていて、本当に助けるつもりでやって来たのだ!

 

 驚くエンリネの背が押された。

 ルーシェンが無言のままに、骸骨たちへ向けて押し出したものだ。

 

 エンリネが振り返ると、ルーシェンは無言のままに無表情で頷いた。

 一方の骸骨の口調は再び大魔王(ぜん)としたそれに戻って(せわ)しないことこの上ない。

 

「デミウルゴス。小娘(こむすめ)を受け取って離れろ。」

 

 命じられた赤服の男が、やはり無言のままに向かって来る。

 意を察して、エンリネもそちらへと向かってゆっくりと歩き始める。

 

 が。

 

「はぃ?」

 

 エンリネが間抜けな声を漏らす。

 自身を保護するかに見えた赤服の男が、エンリネに一瞥も与えぬままにすれ違い、ルーシェンの数歩手前まで進んだからだ。

 

「キミが水晶の夜(クリスタルナイツ)のルーシェン、だね?」

 

 思わずエンリネは振り返って、立ち止まって向かい合う赤服の男とルーシェンを(かえり)みた。

 ルーシェンは何も応えない。

 一方の赤服の男は、手を左右に大きく振り広げて随分と楽しそうだ。

 

「キミとの戦いは実に愉快だった。

 私の口からこんなことを言うのも可怪(おか)しいとは思うのだがね。

 善戦を祈っているよ。せいぜい、我が至高の主を楽しませてくれたまえ!」

 

 その物言いにエンリネは唖然とさせられる。

 ここまでの振る舞いから、赤服の男は先生の従僕か何かだと思い込んでいたが、これはただ付き従う者の言葉ではない。

 では何なんだ、と問われれば、彼女には答えようもないのではあるが。

 

 そんな彼女を余所(よそ)に、赤服の男は「では、失敬するよ」と敵であるはずのルーシェンに平然と背を向ける。

 

「行こうか、小娘(こむすめ)。」

 

とエンリネに告げるや、一瞬苦悶の表情を見せると色男と言えなくもなかった整った顔立ちが蛙に似た化け物に転じ、

 

「ひぃ!」

 

と思わずエンリネは悲鳴を上げた。

 そんなことはお構いなしに蛙頭はエンリネを抱き寄せると、背中から生やした蝙蝠のような翼を大きく羽ばたかせて夜空へと舞い上がる。

 

 あぁ、お別れだ!

 

 あっという間に視界の中で小さくなっていく先生とルーシェンの姿に向けて、これだけは伝えずにはおれない、とばかりにエンリネは腹の底から声を張り上げた。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様も……。

 ルーシェンも、頑張ってーーーッ!」

 

「……(なんー)、じゃそりゃ。」

 

 とボヤくアインズの声は、最早エンリネには届かない。

 

「どうにも……調子が狂うな。」

 

「それは私もだ。」

 

と、ルーシェン。

 

「……ほぅ?気が合うじゃないか。

 気が合うもの同士、矛を納めて仲良くするか?」

 

戯言(ざれごと)を。創造主の遺命、果たさせてもらう。」

 

「クリフさん……だったか?

 オレが言うのも可怪(おか)しいが、改めてお悔やみは言っておこう。残念だったな。叶うものであれば、オレもクリフさんとやらと一戦交えてはみたかった。」

 

 この言葉に、ルーシェンはぺこり、と一礼を目前の骸骨に捧げた。

 

「そのお言葉には厚く御礼(おんれい)申し上げる。

 我が創造主クリフ様も、冥府にてお喜びであるに違いありますまい。」

 

「だが!」

 

 やおらアインズの口調は大魔王(ぜん)としたそれに転じる。

 

「オレはおまえの、自身のギルドの仲間たちを使い捨てにしたやり方が我慢ならん!」

 

「いずれも元はクリフ様の所有物。遺命のためにどう用いようと構いますまい。」

 

 さらりとそう返すルーシェンに、

 

「構うわ!」

 

と、アインズは怒鳴った。

 

「いいか?

 ユグドラシルはな。クランやギルドの仲間、NPC(しもべ)、そして対峙した敵をも()でる場だ。

 おまえの創造主は、そんな当たり前のことも理解していなかったのか?」

 

「何とでも言えばよろしい。

 我等が水晶の夜(クリスタルナイツ)には、打倒アインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、それがすべてだ。」

 

 あぁ。

 わかってはいたことだが、こいつも救いようのない阿呆だ。

 

 と、アインズは独りごちる。

 それ自体はこいつの不徳ではなく、ギルドの<日誌(ログブック)>に刻まれた記憶から顕現するところのユグドラシル由来のすべての存在に等しく降りかかる宿命、のようなものだ。

 

 なればこそ!

 

 なればこそ、非公式ラスボスたる大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、こいつを倒さねば……倒してやらねばならん!

 

「<全方位衝撃波(オムニディレクショナル・ショックウェーブ)>!」

 

 突如、アインズは両手を振り上げて魔法を放った。

 彼を中心に、目には見えない衝撃波が球状に拡がり、その波面と地面が交わった箇所で次々と轟爆が生じる。

 前以てルーシェンが埋設していた地雷だ。

 

「工夫……が足りないんじゃないか、あーーーん?」

 

 斜に構えたアインズがそう煽る。

 最早ルーシェンから言葉は返らなかった。

 

 

                    *

 

 

「始まりましたな。」

「えぇ、そうね。」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 守護者統括アルベドと、御曹司パンドラズ・アクターが、戦場を遠巻きに囲む恐怖公眷属(ゴキブリ)が捉えた視野から再構成された光景を<遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)>で覗き見ている。

 

 デミウルゴスが人質を連れて離脱した瞬間こそ、

 

「デミウルゴスは何をやっているの!

 アインズ様お一人を残して離脱するなど言語道断!」

 

と、アルベドは色めき立ったが、パンドラズ・アクターに「こうなるのは守護者統括殿(アルベド)も承知だったはずでは?」と諌められて矛を納めた。

 

 そう。

 こうなることは……愛する至高の主が、水晶の夜(クリスタルナイツ)のルーシェンと差しで()り合うことを望むのは、言わずもがなにわかっていたことだ。

 

 アインズは、決してルーシェンが憎いわけではない。好きでもなかろうが。

 強いて言うならば、ここまで足掛け五年間アインズが戦ってきた相手は、ルーシェンではなく、それを創造したクリフでもなく、当人たちが意図してそうしたのかどうかは最早知りようもないが、結果的に<水晶の夜(クリスタルナイツ)日誌(ログブック)>に刻み遺された、目的のためであれば仲間を捨て駒にして構わない、という戦術原則(ドクトリン)だ。

 愛する至高の主が、その矜持に賭けてそれを断じて認め難い、と考えていることをアルベドは痛いほどに理解していた。

 

 なればこそ。

 大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、自身の信じるところの、ユグドラシルはギルドの仲間、NPC(しもべ)、そして対峙した敵をも()でる場であった、そうあれかし、との祈りにも似た思いを真実()らしめるべく、敢えてアインズは単騎で戦っているのだ、とアルベドは知っている。

 

 誰も……仮に多勢を率いて戦ったとて、おまえも仲間を駒に使う者ではないか!と非難する者など居ようはずもないのに、それでもアインズは、ギルドの下僕(なかま)、対峙した敵、その他この世界の有象無象をこよなく()でる我は無敵なり、と自ら証明すべく戦っているのだ。

 

 その熱い思いに、アルベドは愛する至高の主を案じつつも、心躍ることを否めない。

 あぁ、我が愛する御方の何と禍々しき侠気(おとこぎ)よ、と。

 

「これだから<ヴァルキュリアの失墜>以降のNPCは(たち)が悪い。」

 

と、パンドラズ・アクターがボヤく。

 映像の中では、ルーシェンが両手に内装された機関銃を展開し、アインズに向けて機銃掃射をおこなっていた。パンドラズ・アクターが言うように、この手の銃器は後期ユグドラシルに登場したもので、ナザリックではシズ・デルタが軍事愛好家(ミリおた)の創造主ガーネットからこの(たぐい)の装備を与えられている。

 

 もっとも、パンドラズ・アクターが言う、(たち)が悪い、は、自身の創造主にとって不利であることを嘆いているわけではなく、創造主の嗜好を色濃く引き継ぐ彼もまた、銃器は似非中世(なーろっぱ)に不似合いで興を()がれるものだ、と考えているからだ。

 まぁ、それを言ったら<現実(リアル)>の現代の軍服を常に纏う彼自身、それを纏わせた創造主も大概、ではあるのだが。

 

 とまれ。

 実際のところ掃射がアインズを捉えることはまったくないが、その回避に注力せざるを得ないのも事実で、魔法詠唱の機会を得ないアインズもまた、まだルーシェンに対しては有効打を得てはいなかった。

 

「パンドラズ・アクターはルーシェンの狙いをどう見ているの?」

 

 半分は不安を紛らわせるために、半分は純粋な興味関心からアルベドが尋ねる。

 怪力自慢の彼女自身は、戦略家ではあっても戦術家では決してない。

 

「ルーシェンの、と言うよりは、その創造主、故クリフ氏の、と言うべきでしょうが。」

 

と、前置きして語るところは。

 

「そもそもユグドラシル時代の連中自身には我等がナザリック地下大墳墓を襲撃する力量これなく、彼らの拠点に父上、当時のモモンガ様を何らかの方法でおびき出して、空中戦艦および機動外骨格(パワードスーツ)の火力で対することを大前提としていたはず。

 既にこれらを悉く欠くルーシェンとやらに、採り得る戦術選択肢は極めて限定的、と申す(ほか)ありませんでしょうなぁ。哀れなものです。」

 

 それは、アルベド自身の考えとも完全に一致した。

 

「つまりそれは?」

 

貴女(あなた)もお気づきのこととは思いますが。」

 

「……自爆攻撃(カミカゼ)。」

 

 溜息交じりにアルベドはそう応じる。

 

「左様。百レベル自動人形(オートマトン)のそれは、十二分に父上を傷つける威力を有しますし、課金等の手段でさらにそれを向上(ブースト)されてもおりましょう。されど、それを効果的に為すにはその瞬間に父上に、それこそ抱きつかねばなりませんが、そんな隙は父上には御座いません。通常は。」

 

 これも、アルベドが考えていたところと完全に一致する。

 

「対して只今のルーシェンは、ひたすら機銃掃射を繰り返し間合いを取っております。遠からず弾も尽きましょうが、以降も、ルーシェンはただただ自身に対する有効打をたちまちには許さぬ戦い方をするのでしょうな。」

 

「アインズ様が、その状況に()れて、アレをお使いになるのを誘うべく、ね?」

 

「ご明察です。そして、生命を持たぬ自動人形(オートマトン)とは言え、アレの前には塵へと帰されます。そんなことは打倒アインズ・ウール・ゴウンを誓った連中は百も承知でしょうから、当然、それに対する何らかの対抗策を用意しているものか、と。恐らくはベタなものでしょう、(かね)さえ積めば手に入りますからな。アレを凌いで、その一瞬の隙に懸ける……とまぁ、そんなところで。」

 

「そしてそれもまた、アインズ様は当然ご承知のはず。

 どう迎え撃たれるのかしら?」

 

「はて。」

 

 と、パンドラズ・アクターは言葉を詰まらせる。

 

「そこは(わたくし)にもわかりません。

 ただ言えますことは……」

 

 一拍おいて。

 

「父上は、必勝の確信なくして戦いに挑まれることは決してない……ただそれだけで御座いますな。」

 

「結局……(わたくし)たちは結果を知るのみ、なのね。」

 

 それが至高の主の勝利であることに二人共にまったく疑いを有してはいないが、なればこそ、一抹の不安を拭い去ることもまた叶わなかった。

 

 

                    *

 

 

「芸がないじゃないか!弾も尽きたかァ?」

 

 機銃掃射が()んで、アインズは踊る声でそう煽る。

 

「では、そろそろこちらからもいかせてもらおう。

 <現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 好んで用いる回避不能、絶死絶命の(やいば)が放たれるが、やおらルーシェンは、背にしていた母衣(マント)を振り払った。

 

 そこにあったのは一対の機械の副腕(サブアーム)

 これがそれぞれ一つずつの円盤を掴んでいて、アインズの魔法詠唱が為されるや中空(ちゅうくう)へと投げ(はな)たれ、その一方が<現断(リアリティスラッシュ)>に当たってこれを(はじ)き、もう一方はそのままアインズへと向かった。

 

「な!」

 

 驚いてアインズは身を逸らすが、円盤は追従してきて直撃を喰らった。纏った神器(ゴッズ)級の装束(ローブ)、事前に施されている防御系強化(バフ)の効果でその被害(ダメージ)は限定的ではあるが、初撃(しょげき)を取られたのは事実。

 

「やってくれる!」

 

 そう嘯きながら、なおもルーシェンの立ち位置を中心に周回飛行する円盤をアインズは冷静に観察した。

 この円盤刃(ソーサーブレード)は本来は機動外骨格(パワードスーツ)七式(マークセブン)の両肩に懸架(マウント)されるもので、同形式の防御力の不足を補うべく備わるものだ。ユグドラシル時分からそうだったのか、こちらに渡り来てから移植したのかは定かでないが、自動人形(オートマトン)の装備には互換性(コンパチビリティ)があるからこれが叶う。

 

 そして同時にそれは、ルーシェンが思い描く戦術を雄弁に語ってもいた。

 

「<千本骨槍(サウザンドボーンランス)>!」

 

 ルーシェンの周囲の地面から突如無数の骨の槍が飛び出し、呑み込むかの如くその姿を一旦は包み込むも、やはり件の円盤刃(ソーサーブレード)が飛び込んできて弾き飛ばされる。

 

「<龍雷(ドラゴンライトニング)>!」

 

 指先から強力な雷撃を放てば、やはり円盤刃(ソーサーブレード)がルーシェンの前に立ちはだかってこれを防ぐ。

 

「ならば……

 <魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)>!」

 

 <現断(リアリティスラッシュ)>の三連撃(さんれんげき)ならば、三(たい)ニで一つは本体を襲うと企図するも、

 

「うぉっ!」

 

 肝心の<現断(リアリティスラッシュ)>を詠唱するよりも先に円盤刃(ソーサーブレード)が襲って来て、これを回避するうちに強化(エンハンス)の有効時間が過ぎてしまう。

 

 なるほど、それが狙いか。

 

 アインズは確信した。

 つまるところ、ルーシェンの戦術は確信犯的な千日手、ただの時間稼ぎだ。

 無論、円盤刃(ソーサーブレード)にも耐久限界はあるから、アインズのMP(魔力)が尽きる前にそれを破壊することは不可能ではなかろうが、おそらくは何らかの課金による性能向上が施されていようし、そんなことはルーシェンも百も承知であろうから、さらに二段、三段の似たような構えをしているに違いない。

 こんなものに付き合うのは時間の無駄……永遠の寿命を有する自分がそんなことを気にする必要がないこともこれまた百も承知ではあるが、余り長引かせるとアルベドの機嫌を損ねる恐れは大いにある!

 

 おそらく。

 ユグドラシル時分のルーシェンに期待された役割はこうしてアインズ……当時の(いい)であればモモンガ、の猛攻をひたすら受け流して、創造主クリフなり他の然るべき誰かに必殺の一撃を放つ隙を作ることだったはずだ。

 が、それを為す僚友既になく、仮に未知の何者かがあっても<次元封鎖(ディメンジョナルロック)>で来援は封じられているし、陸路ないし空路で駆けつける者があったとしても、これはナザリックの下僕(しもべ)が先に気づいて介入を許しはしない。

 

 一方で、アインズにはこの状況下であっても一発でルーシェンを仕留める手段がある。

 得意の必殺(コンボ)だ。

 

 これまたそんなことは、ユグドラシル時代に打倒アインズ・ウール・ゴウンのモモンガに執念を燃やしていたと聞く創造主クリフの手になるルーシェンは承知しているだろうから、当然、その対策をしているからこそこれをやっているのだ。

 必殺(コンボ)は何を用いるにせよ必然的に強力な即死魔法を伴うから、これを凌がれると再充填時間(リキャストタイム)()はアインズにとっては最も危険(リスキー)な時間帯の一つとなる。それこそがルーシェンの狙いで、おそらく狙うは自爆攻撃(カミカゼ)による相撃ち。

 無論、これにもアインズにはいくつかの対策があるが、あちらはそれも計算に入れた上で、万が一これで敗れても遥か東の海上に逃れた空中戦艦<蒼玉(サファイア)>で復活の準備をしているはずだ。つまり、これに乗ってしまうとアインズは結果的に無為に手の内を明かすことになる。

 

 となれば……。

 

 やりたくはなかったが、やはり最悪のあの手……でいくしかないか。

 (あと)でツアーに窘められるだろうなぁ、別に構わんけど。

 

「これでは埒が明かんな!」

 

 敢えてアインズは大声でそう言い放った。

 やはりルーシェンは何も言葉を返しはしなかった。

 

 そりゃそうだろう。

 あちらはこれに、文字通り全身全霊を賭けているのだ。

 

 その点ではアインズとて決して冗談でこれをやっているつもりはなく、まさに命懸けの遊びである自覚はあるが、それでも所詮は遊びだ。

 人間由来であるが(ゆえ)俯瞰(メタ)視点でこの世界の物事を捉えることが出来るアインズに対し、NPC由来であり、かつ、極めて限定的なギルドの<日誌(ログブック)>から顕現したに違いないルーシェンは、針のように狭い窓から世界を覗き込んでこれに対している存在だ。

 そこに一抹の哀れさを覚えぬでもないアインズではあるが、さりとて、だからと言って敢えて負けてやる理由もない。

 

 自分はユグドラシル非公式ラスボス。

 絶対無敵の大魔王、アインズ・ウール・ゴウンなのだから!

 

「おまえの手の内はすべて見切った!」

 

 敢えてアインズは、そう大見得を切った。

 

はったり(ブラフ)だ。そんなわけは……ありますまい。」

 

 戦闘開始以来、ここまで何も言葉を返さなかったルーシェンが漸くそう言う。

 

 アインズは思う。

 動揺したな、と。

 

「おまえとの戦いは本当に楽しかった、これは嘘じゃない。

 だが、永遠におまえとこれを楽しむつもりもないんだよ、オレはな。」

 

 これにルーシェンはやはり言葉を返さなかった。

 

「先に謝っておこう。」

 

 とアインズ。

 

「?」

 

 これには、流石のルーシェンも、何だ、と無表情なままの顔を突き出す。

 

「これからオレはおまえに(ひど)い仕打ちを与えるが、決して恨んではくれるなよ。元を糺せばおまえをそういう(ふう)に創ったクリフの(せき)に帰するものだ。万が一にも再会が叶ったら、自分で文句を言うんだな。」

 

 もっともおまえは……。

 死ぬこと、すら叶わないんだけどな。

 

「最終局面だ!」

 

 バッ、とアインズの骨の両手が天へ向かって振り上げられ、否応なくルーシェンはびくり、と身構える。

 が、放たれた魔法は、攻撃のそれではなかった。

 

「おまえに捧げる鎮魂歌(レクイエム)の序曲だ!

 <闇よりも深い闇(ダーカー・ザン・ダークネス)>!」

 

 闇夜であったにもかかわらず、その影響を受けないはずのルーシェンの、さらにはアインズの視界が奪われていく。真なる……闇。

 

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