億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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水晶の夜(クリスタルナイツ)のギルド拠点、鉄血宰相(ビスマルク)級空中戦艦<蒼玉(サファイア)>に乗り込んだアインズは、驚きの真実を知る。


7.和解と決意と後悔と

 それは、決して困難ではないが存外大掛かりな作戦になった。

 

 水晶の夜(クリスタルナイツ)のギルド拠点、鉄血宰相(ビスマルク)級空中戦艦<蒼玉(サファイア)>は、大陸東端(とうたん)の城塞都市オークネイス上空を通過し、さらに東、前人未到の大海原まで飛び去った後そのどこかに浮かんでいるもの、と(もく)されている。これを探すのは、不可能ではないが容易でもない。

 

 そこで、まずコキュートス、セバスが送り込まれ、放置されていたギルド光輝(ルミナス)の拠点を確保した。<蒼玉(サファイア)>捜索の橋頭堡とするためだ。

 

 続いて、アインズ自身がアルベドの姉、ナザリックの目ニグレドを伴ってそこへ赴いた。

 ナザリックに居たままではニグレドの探索範囲は当地はおろか大地溝帯すら越えることが出来ない。が、ニグレド以外にあれを見つけられる者が居ようはずもない。そして、自身はレベル総計二十に過ぎないニグレドは、よもやそんなことはあるまい、とは思いつつも、こちらの世界の住人であっても相応の猛者でさえあれば屠ることができなくはない存在だ。

 ナザリックの守りの(かなめ)であるニグレドに万が一のことがあってはならぬ、と、先発したコキュートス、セバスに周囲を警備させつつニグレド自身の警護はアインズ自身が買って出たものだが、

 

「アインズ様とお出掛けェーーー!」

 

 警護される当の本人……思えば彼女がナザリック外に出るのは転移以来初めてのことになる……は、無邪気に喜んで、アインズとアルベドの頬を否応なく緩ませた。

 

 これまたよもやない、とは考えられつつも、探査(スキャン)に対する反撃(カウンター)にアインズ自ら万全の対策を施した上で慎重に長距離探査(ロングレンジスキャン)が試みられ、五日後に<蒼玉(サファイア)>の現在地が割り出された。

 オークネイスの東に拡がる干潟の岸辺から二十三キロほど真東に進んだ沖合にそれは浮かんでいて、まるで<現実(リアル)>における領海侵犯を憚っているかのようだった。もちろんこちらの世界にそんなものはないので、単なる偶然であるのかも知れない。

 

 位置がわかれば<転移門(ゲート)>で乗り込みたいところではあるが、相手は曲りなりにも稼働中のギルド拠点で、しかも、維持費抑制のためにたちまちには使用可能でないはずだが、二連装三十八センチ砲四基計八門が備わっている。

 そこで、まずシャルティアが艦砲の射程ギリギリに転移し陽動をおこなった。主砲弾の速度は音速を超えはするがシャルティアに回避できないものではない。が、課金等の手段で追尾能を有していない、とも言えないので、シャルティアには、撃たれた場合は敢えて避けずに<転移門(ゲート)>を(ひら)いて何処かへ飛ばせ、と命じられた。

 この、何処か、が曲者で、言葉のままに適当な何処か、と命じると、これがツアーの居城に降り注ぐ、などというのはこの作品世界のお約束であることはアインズも承知している。一方で、シャルティアにとってまったく未知の座標に<転移門(ゲート)>を開くことは、それはそれで危険(リスク)があることも鑑み、もっとも無難であろうの判断からカッツェ平野のほぼ中央、かつてアインズがツアーの居城を爆散させた押し(ボタン)を捨てた辺りが指定されたのだが、これは無駄な配慮だった。

 あからさまにシャルティアが陽動をかけても、<蒼玉(サファイア)>は機関始動する様子を見せなかった。それでもアインズは、これが擬態であることを疑いつつ、自身はデミウルゴス、鳥人(バードマン)ペロロンチーノに化けたパンドラズ・アクターを伴って戦艦直上からの急降下侵入を敢行し、これは呆気なく叶った。

 

 この時点でシャルティアをナザリックの守りに戻し、三人は拠点内に侵入した。

 少なくない拠点防衛NPCが存在したが、反撃らしい反撃はなかった。いや、厳密に言うと、百レベルに達しているアインズたちには意味のないものだった、という話で、応戦が皆無だったわけではない。

 というのも、NPCのほとんどすべては、ルーシェンやジュリーがそうであったように、SF(ふう)の光沢のある全身(タイツ)を着用した人型自動人形(オートマトン)だったのだが、最大でもレベル十に届かない彼らは、アインズたちの姿を認めるや親しげに話しかけるかのように近づいてきて、そして自爆したからだ。デミウルゴス、既に元の姿に戻ったパンドラズ・アクターは特に何とも思っていないようだったが、アインズは、精神病質恐怖映画(サイコホラー)を無理やり見せられているような気分に陥っていた。

 このような戦術を弄するギルドがユグドラシル時代に皆無であったわけではなく、むしろ拠点NPCの自爆攻撃(カミカゼ)定番(ベタ)ですらあったのだが、まったく有効打にならない低レベルNPCが漏れなく特攻してくる、というのはアインズ自身は初体験だ。どう考えてもこれは、この精神にしか訴えない嫌がらせで相手を油断させたところに、知性振り切り(カンスト)百レベルのルーシェンが、回避不能のそれを仕掛けてくる意図で用意されたもの、としか考えられない。

 

 このときまでアインズは、ルーシェンの、仲間を使い捨てにする思考様式、は創造主クリフがルーシェンに与えた個性だ、と考えていたのだが、どうやらそういうことではなく、そもそも水晶の夜(クリスタルナイツ)は、配下の拠点NPC、さらには他ゲームから招いた傭兵すべてを、徹底して使い捨てにすることを前提に組み上げられたギルドであったらしい。それはそれで一つの戦略、戦術であって、必ずしも非難されるものでもない。

 同様に、水晶の夜(クリスタルナイツ)自動人形(オートマトン)は、ルーシェンを含め誰もが極めて印象に残らない、美しくも醜くもない無個性な顔をしていたが、途中からアインズは、これらが既存の著作権のある意匠(デザイン)との抵触回避のみを目的に、AIによって自動生成されたものであることに気づいた。

 要するにクリフには、アインズたちがそうであったような、自分の創造物を()でる、などという発想はまったくなかったのであって、それは徹底して打倒アインズ・ウール・ゴウンのモモンガ、の手段でしかなかった、ということになる。

 アインズは、自身の前身鈴木悟を含む至高の四十一人が、ナザリック地下大墳墓とその下僕(しもべ)たちに注いだ愛情が、アインズ自身にとっては至上の価値あるものでありつつも、<現実(リアル)>において(はた)から見る分には単なる狂人の()(ごと)に過ぎないことがわからないほど阿呆ではない。その観点では、クリフの方がやっていることはまともなのだ。それらが悉くこの世界で実体化することなど、事前に知りようはなかったのだから。

 でありながら、やはりアインズはクリフが描きルーシェンが身をもって具現化して見せたそれを許し難く感じるのであるが、よくよく考えてみれば、クリフにそれをやらせたのは、非公式ラスボス、アインズ・ウール・ゴウンのモモンガの存在感、つまるところアインズ自身なのである。

 

 空中戦艦の艦橋、すなわち玉座の間に相当する場所で、羽蟻の母体に相当すると思われる子機生成能を有した強行偵察特化NPCを始末し、残る探索箇所は宝物殿となった。そもそもこの侵入の最重要目標は、アインズの気紛れで水晶の夜(クリスタルナイツ)の手に渡った五億枚のユグドラシル金貨の回収である。

 必ずしもそれが惜しかったわけではない。まったくそうでない、というわけでもないが。これを放置すれば、追ってやって来る次なる来訪者(ユグドラシルプレイヤー)にあらぬ影響を与えかねない、と懸念されての話だ。

 

 宝物殿は戦艦の機関室に当たる場所がこれに当たっていた。特別にそこを防衛するNPC、というものは居なかった。空中戦艦、という特殊性のなせるものだが、自身が機動力、火力を有する拠点は、通常は侵入を許せば敗北必至、がユグドラシル的常識であり、そこに防衛戦力を割く必然性はない。

 むしろ驚かされたのは、パンドラズ・アクターが残されたユグドラシル金貨の計上を開始してすぐ、<蒼玉(サファイア)>発見と侵入に要した間のギルド維持費を差し引いても、アインズとルーシェンが対峙した時点でその総額が五億枚を割り込んでいたのが判明したことだ。

 

 つまり。

 <明日はもうやって来ない(Tomorrow is not another day)>を使う必要は特になかった、ということになる。

 

「何がしたかったんだ、アイツは?」

 

 思わずアインズはそう呟いたが、これには傍らにあってギルド武器を検分していたパンドラズ・アクターが答えた。

 

「おそらくは、父上の極限、と対峙することを望んだものではないか、と。」

 

「オレの極限?」

 

「父上は、かの者が必殺(コンボ)にも対策を施し、それに対する父上の反撃(カウンター)があるであろうことも承知の上で、我が身を以てそれを知り、復活して今一度の再戦を企図している前提で決戦に臨まれたので御座いましょう?」

 

 この問いにアインズは無言のままに頷く。

 

「そんなことを、ユグドラシル時代はもちろん、こちらの世界に渡って参って以降も父上に強いた者などおりませんし、今後も恐らくは現れんでしょう。すなわち、そこには父上のユグドラシルプレイヤーとしての極限が現出したので御座います。」

 

 デミウルゴスがこれに参加する。

 

「パンドラズ・アクターの申す通りで御座います。

 そもそもかの(もの)の創造主とて、御身に勝てる、などとは夢にも思ってはいなかったことで御座いましょう。ユグドラシルに聞こえ渡った非公式ラスボス、その真の力の果ての果てを己の身を以て体感したい、といったところが本当に望んでいたところではないか、と愚考する次第です。

 そして、それは幸いにも果たされたので御座います。かの者は、この(わたくし)めを以てしても、(ぶん)に過ぎたる果報者よ、と羨望せざるを得ませんな!」

 

 ……羨ましいなら、おまえも同じ目に遭わせてやろうか!

 

 既にこの時点でアインズは、デミウルゴスが最終決戦を劇的に演出すべく故意にキーノ・インベルンたちを使嗾してルーシェンにエンリネの存在を知らしめ、以てこの顛末に至ったものだろう、と確信していた。

 結果的にアインズがこれを心底楽しんだのは否定できない事実なので、これもまたデミウルゴスの余りに行き過ぎた忠誠心の発露であることは承知しており、これがムカつくからデミウルゴスを閉時曲線に閉じ込めてやろう、などと考えるほどアインズは阿呆ではない。というか、そんなことをして困るのはアインズ自身だ。

 

 一方で、寿命を持たない自動人形(オートマトン)に対し自分が与えてやった末路が、余りに(むご)いものであることにアインズは自覚があった。

 あいつの罪はそこまでされるほどのものであったのか、(いな)、そもそもあいつ自身に罪があったのか。罪を問うのであれば、この世界を自らの意思で灰燼に()した自分自身もまた罪深い存在であり、いずれこれを裁く何者かが現れるのだろうか。

 

 そして、仮にそのような者が現れるとして。

 おそらくそれをも打ち倒すであろう自分は……いったい何者なんだ?

 

 ……ま、いっか。

 どうせ忘れるんだし!

 

「超位魔法<天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)>!」

 

 最後にアインズは、自ら対拠点破壊魔法を放って<蒼玉(サファイア)>を轟沈させた。

 過去に例を見ない長期戦となった対水晶の夜(クリスタルナイツ)との戦いが、ここにその幕を閉じられる。

 

 

                    *

 

 

「え!縛り上げたままなの?なんで?

 ……いや、そりゃ命じたのはオレだけどさ。

 とりあえず解いてやれ!」

 

 そんな声がした途端に急に戒めを解かれたキーノたちは、身構える猶予もないままに、どさっ、と地面に落ちた。途轍もない()の気配が歩み寄ってくるのを感じる。これが、大魔王アインズ・ウール・ゴウンその人でないわけがない。

 

 嗚呼、いよいよ終わりのない処刑の始まりだ……とクレマンティーヌは既に観念し、頭を抱え込んだまま地面に臥せっていた。一方キーノは、駄目元で抗弁を試みようと大慌てで身なりを整え、正座して大魔王の臨御を待つ。

 果たせるかな、目前に金糸銀糸に縁取(ふちど)られた漆黒の装束(ローブ)を身に纏い、中腹に鮮血の如き色合いの紅玉を抱えた大魔王が立ち止まる。

 

「巻き込んで()るかっ

「すまなかった、アイ

 

 第一声丸(かぶ)り。

 

「……はぁ?」

「えっ?」

 

 互いに目を丸くして顔を突き出し、向かい合う骸骨と吸血鬼少女。

 

「おまえの話から()

「まずアインズさんの

 

 再びの丸(かぶ)り。

 

「いや、これじゃ話進まないからさ。」

 

とアインズ。

 

「なんでおまえが謝るんだ?」

 

 問われた側は恐るべき断罪が待っているもの、とばかり思っていたので、何を問われているのかがさっぱりわからない。

 

「いや……その……私たちがエンリネを守り損ねたばかりか、私たちのせいでその存在がクリフに知られてしまって……なんとか取り返そうと追いかけたんだが……」

 

「……んなこったろう、とは思ってたよ!」

 

 これで、デミウルゴスがこいつらを巻き込んで、やらされている本人たちも気づかぬうちにルーシェン……あいつ、キーノたちにもクリフ、と名乗ってたのか?……の視線をエンリネまで誘導する役目を押し付けたのは確定だな、とアインズは溜息をつく。ほんっと、大概にせいよ、あのとことん(ひね)くれたお節介悪魔め!

 

「詫びるのはこっちの方だ。」

 

 詫びる、と言いつつもその口調は随分と横柄ではある。

 

「小娘はこっちで回収して無事だ、おまえらは気にしなくていい。」

 

「……はぃ?」

 

 キーノは、今この瞬間も大魔王アインズ・ウール・ゴウンが難民の帰還事業の黒幕だったこと、その中核を担った森の少女を守りたいと考えていること、そのすべてを、本当だろうか?と疑っていたので、このアインズの発言に大いに驚かされた。

 

「むしろ、おまえが気を遣って小娘を追ってくれてたのにこの有り様とはな。

 だが、おまえらもこの森で騒ぎを起こせばオレたちが動くのは承知だったはずだ。まぁ、今回は笑い話で済んで良かった。今後は気をつけてくれ。」

 

「ちょっとそれ……どゆこと?」

 

 ここで、頭を抱えてがたがた震えていたクレマンティーヌが、ひょいと顔を上げた。

 

「……誰、おまえ?」

 

 どこまでも身勝手な大魔王。

 

「ア、アインズさん、私の眷属だ。」

 

「あっそ。」

 

 キーノの執り成しにアインズはそっけない相槌を打ったが、これがクレマンティーヌの心の琴線に触れたらしい。

 

「おいこら、ちょっと待ったれよ、骸骨野郎!」

「お、おぃ、よせよせ、クレマンティーヌ!」

 

 慌ててキーノがクレマンティーヌの袖を引くが、感情の堰が切れてしまったものか、彼女は止まらなかった。

 

「笑い話で済んで良かった、だとぉ?

 今後は気をつけてくれ、ったーどういう了見だ!」

 

 今にも噛みつかん勢いでクレマンティーヌは捲し立てた。

 対してアインズは、しばし呆然と立ち尽くしていたのだが……

 

「……そうだな。確かにいくらなんでも、だよな。」

 

と呟くと、二人に視線を合わせるためか、ぺたん、とその場に座り込み、土下座こそしないが、ぺこり、と頭を下げて、

 

「ごめんなさい。」

 

と告げた。

 

「「……はぁ?」」

 

 これにはキーノはもちろん、返り討ち覚悟で食ってかかったクレマンティーヌも驚天動地だ。

 一方アインズは、そのままの調子で続ける。

 

「礼を失していたのは謝る。オレはおまえらのことが決して嫌いじゃないし、おまえらがやってることの意味も理解はしてるつもりだ。」

 

 この物言いに、さしものクレマンティーヌも気勢を削がれて腰から力が抜けた。

 

「おまえらに理解してもらいたいとは思わんし、多分無理だし、そもそもその必要もないんだが、残念ながらオレも全知全能というわけにはいかん。ナザリックの下僕(しもべ)たちはとにかくやること為すこと見境がないから、オレとしては、おまえら自身に気をつけてもらう以外に打つ手がない。おまえらにはそれに見合う力量があるだろう?だからこれをやってるんだろう?」

 

 目線を合わせて首を傾げながらそういう骸骨顔は、変わらず恐ろしげではあるが、キーノにもクレマンティーヌにも、恐怖や畏怖ではない、何か他の印象を醸していた。

 

「あの森の小娘もそうだが、オレはそういうのが好きなんだよ。それが出来るやつには、みんな自由気ままに跳び回ってもらいたいんだよ。決してやらせたいわけじゃないんだよ、どうして欲しい、こうして欲しいなんてのはないんだよ。

 今回の一件にしても、実際何が起こってたのか、おまえらに説明するのは簡単だが……いや、ちょっとおかしなことが多過ぎでそうでもないかもだが……おまえら自身が自分で手が届かないことまでオレが語ってしまえば、もうおまえら、元には戻れないだろう?」

 

 この言葉にキーノもクレマンティーヌもハッとさせられる。

 ここに至って、二人はこの大魔王らしからぬ物言いの含意が何となくわかってきていた。

 

「だからオレはこういう(ふう)にしかおまえらとは付き合えない。それがおまえらの矜持を傷つけた、と言われれば、ごめんなさい、としか言いようがないが、かと言って、おまえらにオレを理解してくれ、なんて言うのは無茶振りにも程があるし、オレはそんなことを求める(がら)でもないんだよ。

 だが、おまえらを捕らえたのがマーレだ、と聞いてホッとしたのは本当だ。アウラだったらおまえらは既に魔獣の餌にされてて、こうして話すこともなかったはずだからな。」

 

 仮にそうなっていたとしても、アインズはいっとき、あーぁ、と思うだけで、そしてすぐに忘れてしまうのだが、だからこそ、そうならなくてよかった、と思っている気持ちに嘘はない。

 

「こりゃ……」

 

と、クレマンティーヌ。

 

「こりゃ、参ったわさ。」

 

 そう言いながら後ろ頭をぼそぼそと掻き毟る。

 

「アンタ……いや、アインズ……さんのことは決して好きにはなれないけど。」

 

 そう言いながら、クレマンティーヌは初めて意識的にアインズと目を合わせた。

 アインズの(ほう)も、なんだろう?という感じでクレマンティーヌを見ている。

 

「アインズさんは……凄い御仁(おひと)だわ!」

 

「よせよせ、デミウルゴスでもあるまいに。

 あ、デミウルゴス、というのはいつも赤い紳士服(スーツ)を着てる悪魔だ。碌でもない奴だから気をつけろ。」

 

「そのデミウルゴスとやらも、アインズさんにそう言われたら立つ瀬がないでしょーよ!」

 

「ん?

 ふふ……アハハハ、それもそうだな!おまえも存外面白いやつだな、アハハハ!」

 

 隣では、何なんだこれは?とキーノが、ポカンと口を()けたままだが、放置だった。

 

 こうして、<黒の百合>の四人は解放された。

 話の流れがこうだったので、キーノはアインズに問うてみたかったこと……二十五年前の<(めぇ)()く七日間>はアインズがやったことなのか?と、(つい)に問うことが出来なかった。

 

 最早彼女の中で、それを問う意味も……。

 完全に消え去ったわけでは決してないが、その重みを失っていた。

 

 

                    *

 

 

「……閣下?」

「いかがなされましたか、将軍閣下?」

「どこかお具合でも悪いので、閣下?」

 

 エンリネは、見届けることこそ叶わなかったが自身が図らずも立ち会うことになった、触れ得ざる者同士の果たし合いに思いを馳せている。

 

 あの後、エンリネを抱き上げて飛翔した赤服の悪魔は、まっすぐ西に飛んでトブの森の端にエンリネを放置した。

 立ち去るに際し悪魔は、

 

「至高の御方がキミに対して特別な感情を(いだ)いているなどと、ゆめゆめ思わぬことだ。」

 

と、んなもん言われんでもわかっとるわーーー!と言い返したくなる言葉を残して飛び去っていった。

 

 勝手に無関係な……関係ないでしょ?……私を巻き込んでおいて、せめて結末がどうなったかくらい教えてよ!と思わないでもなかったが、そういうものはなかった。

 

 先生は自分に対して<伝言(メッセージ)>を飛ばすことができるはずだから、それがない、ということは、単純に考えるとルーシェンが本懐を遂げたのかも知れない。

 が、エンリネは直感的に、勝利を収めるのはアインズ・ウール・ゴウンであろう、と考えていた。

 

 どう表現したらよいのか彼女自身にもよくわからないのだが、ルーシェンは何の迷いもなくあの戦いに身を投じていったのは確かだが、それは迷いがなかった、というよりはむしろ、迷う余裕すらなかった、と評すべきものに思われた。

 一方で、アインズ・ウール・ゴウンは、あの時点でも強いてルーシェンが期待するところのアインズ・ウール・ゴウン……のモモンガ?……を演じているように彼女には見えていた。ルーシェン自身「アインズ・ウール・ゴウンのモモンガは決して期待を裏切らない」と創造主の言葉を引いていたが、その言葉通りなのだろう、とエンリネは考えている。

 そして、そのアインズ・ウール・ゴウンが「とりあえず、そいつ、返してくれる?」とルーシェンに問うた口調は、限りなく彼の()であるように思われたのだ。

 

 だとすれば、もちろん悪魔が言い残したように、アインズ・ウール・ゴウンが女としての自分を愛している、などという妄想こそ(いだ)きはしないものの……そもそも相手は骸骨姿の化け物で、愛されても迷惑だ!……それでもアインズ・ウール・ゴウンが、何故なのかはわからないが自身の身を案じ、駆けつけてくれたのは事実なのだろう。

 だが、そのアインズ・ウール・ゴウンが、二十五年前の<(めぇ)()く七日間>を引き起こした張本人なのだと語ったルーシェンの言葉にもまた、彼女は信を置いていて、そのことが彼女を困惑させ続けている。

 

「「「閣下ッ!」」」

 

「……え!

 あ、ごめん。考え事しちゃってたわ。

 ナニ?何かあった?」

 

 自分を呼ぶ声……と今でも決して認めたくはないのだが……にハッとエンリネは我に返る。

 

 森の外れから転移の指輪で竜牙(ドラゴンタスク)へ戻ってみれば、ルーシェンが自分と一緒に眠らせて放置したジューゲーム、ゴトー、フリニゲの小鬼(ゴブリン)三勇士が先に戻っていて「将軍閣下を攫った魔物に挑む有志」を募って大騒ぎしているところだった。

 族長ダンベルグや妖巨人(トロール)ギン他、名だたる面々が既に名乗りを上げていて、もう少し帰参が遅れたら大事(おおごと)になるところだった、とエンリネは胸を撫で下ろしたのだが、安心するのはまだ早かった。

 

「流石は血塗れの再来、自力で魔物を倒して帰還されるとは!」

「まさに覇王!」

「将軍閣下、万歳!」

 

 ちょっとーーー、勘弁してよーーー!

 

 だが、もう手遅れだ。

 覇王、血塗れ伝説は生まれた。生まれてしまったのだった。

 

「ひょっとして、先の魔物との戦いでどこか痛めておいでなんですかい?」

「なんならクルシュルを呼んで来ましょうか、あの()の治癒魔法はよく効きますぜ?」

「それとも身体の凝りか何かであれば、あっしが按摩(マッサージ)でもして差し上げ……」

 

 最後にそう言ったフリニゲに、ジューゲームとゴトーが「抜け駆けは(ゆる)さーーーん!」と叫びながら掴みかかって、あんたたち私をどうしたいのよ?とエンリネはいきり立つも、如何せん突っ込む気力が起きない。

 

 百歩譲って……いや本当は譲りたくなんかないが、もうどうしようもないだろう。

 

 百歩譲って、私は覇王だ、血塗れの再来で将軍閣下だ、と認めるとしよう。自分で言うのもどうかとは思うが、確かに自分には、他の(みな)にはない何かがあるのかも知れない。

 ルーシェンは「私に、エンリネのように向き合う者はいなかった」と言った。最後まで感情がよくわからない、そもそもそれがあるのかすら定かでない人物だったが、そう語るルーシェンは確かに楽しそうだった。そういった特別な何かが、世界を滅ぼす大魔王をして、人質に取られた私を助けに()る、などという行動を取らせるのだろうか。

 

 いや、これは理屈に合わない。

 

 先生は、私に限らず、クルシュルとも楽しそうに話していたし、ダンベルグ族長とは随分長い時間いろいろ議論していたようにも思う。帰還事業本部の小屋の前に独り腰掛けて、集まった(みな)の様子をぼーっと眺めている先生をしばしば見かけたが、もちろん仮面の下の表情……あのときは知らなかったが、骸骨だから表情、なんてものはないのかも知れないが、それでも、もし仮面の下に表情があるのだとしたら、それは微笑んでいるものだろう、とエンリネは思い浮かべたものだった。

 私だけが特別なわけじゃない。先生は、森の(みな)を指して「おまえたちのことが嫌いじゃないから、無為に傷つけられるのを望みはしない」と言った。あの言葉は嘘ではなかったはずだ。だから、今回はたまたまルーシェンが私だけを人質にしたからこうなったが、たとえばルーシェンが、自分と戦わなかったら森を焼き払う、と先生に迫ったとしても、結局は同じことになったはずだ。

 

 では、森、が特別なのだろうか?

 <(めぇ)()く七日間>はトブの森を襲わなかった。アインズ・ウール・ゴウンは、森のことは好きだから見逃して、それ以外を滅ぼし尽くしたのか。いや、これも理屈に合わない。もしそうなら先生は、自ら東方へ送り届けた移民団を悉く殺し尽くすことだって出来たはずだ。

 

「閣下!何か心配事を(かか)えておいでなら、聞かせちゃいただけませんか?」

「そりゃ、オイラたちじゃ将軍閣下のお考えには及ばねぇでしょうが。」

「でも、三人寄れば何とやら、とも言いますしねぇ。」

 

 気持ちは嬉しいが、はて、これを彼らにどう伝えればよいものやら。

 

「そうねー。

 <(めぇ)()く七日間>は、どうして起こったんだろ、って話よ。」

 

 敢えてエンリネは、何故やったのか、ではなく、どうして起こったのか、と真意を誤魔化した。

 

「あっしにゃ、難しいことはわからないんですがね。」

 

 意外にも、ジューゲームには何か考えがあるらしい。

 

「あっしはあの直前にちょいと街々を旅してましたんで、もちろん、ちょいと覗いただけの話で、それで以てこんな(だい)それたこと言うのはちょいと憚られるんですが。」

 

「全然構わないから是非聞かせてちょうだい。」

 

「何て言ったらいいのかわからねぇんですがね。街の連中はあっしの目には……疲れて見えましたねぇ。」

 

「疲れ?」

 

「ええ。ほんとに難しいことはよくわからねぇんですけどね、大きな屋敷に住んで旨いもの食ってる連中も、狭苦しい長屋で今日の食うものに困ってる連中も、みんな一様に、何かに疲れてるように見えたもんでさぁな。あっしはこれを、世の中うまく出来てるもんだ、富んでも貧しくても、大きな違いはねぇもんなんだな、なんて思ってたんですがね。

 んでもって森に戻ってみりゃ、そりゃ森のみんなだって疲れることはもちろんありましょうけれど、森のみんなは疲れるのも楽しんでるように見えるんでさぁな、贔屓目かも知れやせんがね。だからあっしは、後から街々が滅んじまった、って話を聞かされたときまず最初に、あぁ、お疲れさん、だなんて思ったもんなんですよ。まぁ、おかしな話ですがねぇ。」

 

 このジューゲームの話に、エンリネに不意に霊感が走った。

 

 森の民の(なか)には、蜜を得るために養蜂を嗜むものが少なからずある。

 彼らは、まるで我が子を扱うかのようにそれはそれは蜜蜂たちを恭しく大切に育てるのだが、ときに、一部の巣にどうしようもない病気や寄生虫が蔓延ってしまい、他のまだ健全な巣を守るためにそれらを焼かねばならない場合があることをエンリネは知っている。

 

 こちらは蜂ではなく人間なのだから、(なぞら)えるのもどうか、と思わないでもないが、アインズ・ウール・ゴウンがやったことは、実はそれに近いのかも知れない。

 

 エンリネは、アインズ・ウール・ゴウンが自分たちを愛している、と感じてはいたが、それは森の民の相互の親愛とはまったく異質なものだった。むしろ、養蜂家が蜜蜂に注ぐ愛情に近いものだ。

 諸都市国家は、ジューゲームが言うところの、疲れ、の病に侵されており、これが森の民に伝播するを憚って、アインズ・ウール・ゴウンはそれらを焼き払った、と考えると、賛同する、しないは別にして理路は通る。森の難民を平野部へ帰還させる事業を自ら推進したのも、今一度彼らが健全な共同体を育むことを期して、ではないのか。

 

 だがしかし。

 仮にそうだとしたら。

 

 アインズ・ウール・ゴウンとは……いったい何者なんだ?

 

 と、ここまで考えて、エンリネは考えるのを()めた。

 

 そう、(いにしえ)の勇者、血塗れの覇王は、私と同様に、アインズ・ウール・ゴウン様は限りなく……に近い存在だとわかった上で、敢えてその庇護を求めるのではなく、自主自立の生き方を選んだのだ、そうに違いないのだ。

 そして、私たちの身を案じて森から逃げろ、と勧めた先生に、生意気にも自分は、血塗れの覇王の顰に倣うのだ、と誓ったではないか!

 

「……閣下?」

「<(めぇ)()く七日間>が何なんです、将軍閣下?」

「あっしの話はお気に召しませんでしたかい、閣下?」

 

「そんなことないわよ!

 流石ジューゲームはキレる!私は配下に恵まれた将軍だわ!」

 

「「「……え?」」」

 

 小鬼(ゴブリン)三勇士が石のように固まる。

 エンリネが、自身を将軍、と認めたのはこれが初めてのことだ。

 

「私、腹が決まったわ!

 これからもよろしくね、ジューゲーム、ゴトー、フリニゲ!」

 

「……そ、そりゃぁーもちろん。」

「……い、いやだなぁ、閣下、そんな改まって。」

「……ま、まだ今なら後戻りも」

 

「何言ってんのよ、私は血塗れの再来、覇王よ!ハ・オ・ウ!」

 

 ここに至って漸く小鬼(ゴブリン)たちは、自分たちがトンデモないことをしでかしたと気づいたが、最早手遅れだった。

 

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