億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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『死者の率いるギルド』三部作、ここに完結。


8.最期の希望

「ふーん、お疲れ様。」

 

 大陸北西遥か彼方、アーグランド評議国のとある人気(ひとけ)のない急峻な絶壁の上に聳え立つ同国永年評議員白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンの居城、その(あるじ)が日常微睡む謁見の間。

 

 いつものように突然現れ、ツアーが眠たそうにしている……のは、こちらもいつものことではあるが……のを知らん顔のまま水晶の夜(クリスタルナイツ)との戦いの顛末を楽しげに語った大魔王アインズ・ウール・ゴウンの話を聞き終えて、ツアーはただそっけなくそう言った。

 

「……思ったほど、ウケなかったな。」

 

 アインズが残念そうにそういうので、

 

 笑いどころは何処(どこ)だよ!

 とツアーは思うが、これまたいつものように口には出さない。

 

「まぁ、正直なところ、ボク自身は彼らにさほど興味があったわけではないからね。」

 

 無論、この一件にはツアーもまったく無関係であったわけではない。

 一つ歯車が噛み違えていれば、愛娘(まなむすめ)コニーが命を落としていたかも知れないことは、ツアーとて百も承知だ。一方で、それでも竜王(ドラゴンロード)である彼にとっては、そこはさしたる関心事でないのもこれまた事実なのだ。

 

「強いていえば、巻き込まれた(もの)たちは気の毒だったね。まぁ、キミのことだ。うまく捌いてみせたのだろうが、キーノを捕らえたのがマーレであって幸いだった、というのは傑作だ。今はマーレがアウラなのだろう?」

 

 ツアーがこういう言い方をするとき、遥か昔、彼がナザリック地下大墳墓に初めて居候した折に情誼を交わした初代アウラ、マーレが想起されている。

 アウラだろう?というのは、只今マーレを名乗っているのが、ナザリック外の(もの)に容赦ないがカラリと明るく根に持たない性分で、普く存在に愛玩動物(ペット)に対する愛情を注ぐ程度のまともさを備えた存在なんだろう?という意味だ。

 ちなみにマーレは、愛想はいいが存外酷薄で、一度こうだと決めたらツアーどころかアインズにすら後ろから殴りかかることを辞さない物騒な存在、程度の意味合いになる。

 

 逆にアインズは、博愛主義者のような顔をしているツアーに、しばしば初代マーレにも似た身も蓋も無さが見え隠れすることに苦笑いせざるを得ない。

 

「キミに遺恨ある来訪者(ユグドラシルプレイヤー)というのもさして珍しくないし、これまでにも居たし、そして、これからもあるのだろう。ましてや……」

 

 不意にツアーが言葉を詰まらせる。

 

「ましてや?」

 

「いや、それはいい。」

 

 キミ自身が滅ぼし尽くした只今のこの世界を、さらに(けが)せる(もの)など居まい。

 と思いつつも、敢えてツアーはそれも口にはしない。

 

 この、記憶が続かぬはずの大魔王が、存外それを、仔細を憶えていないにも関わらず気に病み続けていることを承知しているがゆえだ。

 

「で。今の話からすると、結局例のアレをやったのだね?」

 

「アレ、とは?」

 

 わからない、ということは……。

 

「<明日はもうやって来ない(Tomorrow is not another day)>だよ。」

「何故おまえがソレを知っている!」

 

 やれやれ……とツアーは溜息をつく。

 

「実はこういうことが出来る、と自慢げに教えてくれたのはキミだよ。」

 

「……あぁ、オレはおまえに話していたのか。」

 

 この様子にツアーは、どうやらアインズは存外本気で()()をやってしまうことをツアーに()めて欲しかったのか、と気づいた。そんなこと期待されても困るんだけどな、どうせ人の言うことを聞かないくせに……と思うも、やはりこれも口には出さない。

 

「キミ自身が、遅かれ早かれやることになる運命だ、と言っていたように思う。

 決して望んではいない、とも言っていたがね。」

 

「……だよな、そうだよな。」

 

「まぁ、やってしまったことは仕方あるまい。」

 

と、ツアー。

 

「キミの友人として、一つ助言できることがあるとすれば、だ。」

 

 一旦言葉を切ってアインズの反応を窺う。

 アインズは、じっとツアーを見つめて続く言葉を待っている様子。

 

書付(メモ)を。」

「……はっ?」

 

「いや、書付(メモ)を取る準備を。」

「……なんで?」

 

「助言をしても……忘れるだろ、キミは?」

「な!」

 

 一瞬色めき立つ様子を見せたアインズは、少しだけペカった後に素直に書付(メモ)の用意をした。

 それを確認したツアーは軽く頷いた後に恭しくこう告げる。

 

「相手が<現実(リアル)>の人間由来のプレイヤーであるときは、間違ってもアレをやらぬことだ。きっと心的外傷(トラウマ)になる。」

 

「……はぁ?」

 

 パカリ、とアインズの骨の口が(ひら)いた。

 

「何を言い出すかと思えば。

 ……何故そう思うんだ?」

 

 このアインズの問いに、ツアーは、ふーっ、と深く息をついた。

 

「キミ自身はすっかり忘れているのだろうけれどね。

 常に、ではないが、キミは元は<現実(リアル)>の人間であったプレイヤーを屠るとき、悪夢を終わらせてやる、と自分が呟いていることに気づいていないのかい?」

 

「!」

 

「ボクはこれを死の支配者(オーバーロード)であるキミの愛の一つの形だ、と理解しているのだけれど、アレを使ってしまえば、悪夢が終わるどころか……だろう?」

 

「……参ったな。」

 

 アインズはそう言いながら後ろ頭を掻いた。

 

「よもやツアーにそんなことを言われるとは思いもしなかったよ。」

 

 これはアインズの正直な気持ちだ。

 一方で、それを素直に受け止めるのも癪に障るアインズは、敢えてこう嘯く。

 

「が……別に構わんさ。どうせ忘れるんだ。」

 

 だかツアーは、ニッ、と不敵な笑みを浮かべて切り返した。

 

「よく言う。今なお四半世紀前の出来事を気に病んでいる癖に。」

 

「……何の……話だ?」

 

「とぼけるのはよせ。<絶望のオーラ>がダダ漏れだぞ。」

 

「ん!」

 

 アインズは、まるで「ズボンが破れてお尻が見えているよ」と指摘された(もの)がするように、きょろきょろと見えるはずもない自身の背を覗き込もうとする素振りを見せたが、<絶望のオーラ>など出ていないことに気づいて漸くツアーの真意を悟る。

 

「ツアー!オレを(かつ)いだな!」

 

「ハハハハハッ、たまにはやり返してやらないと立つ瀬がないからね。」

 

 釣られて一緒に笑い出したアインズは、不意に神々しい緑色のペカりに包まれた後、真摯な口調でこう言った。

 

「おまえの心遣いには感謝する。

 言われるまでもなく、アレはもうやらんだろうよ。後味が悪すぎるし、そもそもあそこまでする必要のある相手が今後現れるとも思えんからな。」

 

「そうであるといいね。

 さりとて、今後もキミの手の内を知る(もの)がやって来る可能性は少なからずある。寝入ってしまっているときはともかく、ボクを当てにしてくれても構わないのだから、一人で無理に背負い込まぬことだ。」

 

「あぁ、そうだな。」

 

 ツアーの言葉にアインズは簡潔に同意を示しつつ、少しその傍らに歩み寄って巨大な前足の生え際、人間で言えば肩のあたりを、ポンポン、と叩いた。この親愛の情の表現を好ましく感じつつもツアーは、

 

 まぁ、キミに何を言っても無駄だろうがね。

 

と喉まで出かかって、やはり敢えて口には出さなかった。

 

 

                    *

 

 

(みな)(もの)、謹んで忠誠の儀を!」

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

   死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 ナザリック地下大墳墓第十階層玉座の間。

 主だった階層守護者、(みな)がその場に(つど)っている。

 

「ご苦労だったな!

 おまえたちの献身的な協力を得て、(つい)に本百年紀の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)との闘争は決着を見た。改めて礼を言わせてもらおう。

 

 みんな、ありがとう!」

 

 玉座に深く身を預けたまま、鷹揚に両手を高く掲げてアインズがそう宣じると、下僕(しもべ)たちの再びの歓呼が彼を包み込んだ。

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

   死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 これを、骨の片手で制してアインズは続ける。

 

「今回は、初動でいくつかオレ自身にも悪手があって、思いの外長引いてしまったことは深く反省するところだ。この点については皆に素直に詫びておきたい。」

 

 わかってはいたことだが、これに対しては下僕(しもべ)たちから口々に、

 

「何を仰います、アインズ様!」

「詫びていただくなどもったいない!」

「アインズ様のご判断に間違いなどあろうはずも!」

 

との反応が返る。

 再びアインズは、まぁまぁ、と骨の手の平を振り下ろしながら(みな)を宥めた。

 

「おまえたちがそう言ってくれることはもちろんわかっていた。

 が、反省すべき点は反省しなければ、我らがナザリックの維持は到底叶わない。数千年に渡り、これを弛まず続けてきたことは、オレ自身誇りとするところだ。だから、この詫びは皆も素直に受け入れてくれ。」

 

「あぁ、なんと奥ゆかしい!」

「まさに代えがたき至高の主!」

「どこまでもアインズ様について参ります!」

 

 かれこれ、もう何度繰り返されたやらさっぱりわからぬこのやり取りも、大魔王アインズ・ウール・ゴウンにとっては、ナザリック地下大墳墓の至高の主たる自身の立ち位置を確認する重要な儀式だ。心の何処かで馬々鹿々しさを感じつつも、同時に、心地よさを覚える自身を自覚する。

 

「忘れ去ってしまう前に語らせてくれ。」

 

 そう断ってアインズは続けた。

 

「今回の来訪者(ユグドラシルプレイヤー)は過去に例を見ない難敵だった。

 その最たるものは、これを率いるNPCが我等が三賢者(トリニティ)たるアルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクターに匹敵する知性を備え、しかも、自身と同じNPC、さらにはプレイヤーさえも使い捨てにして憚らない(もの)であったことだ。」

 

 至高の四十一人の嗜好を引き継ぐナザリックの(みな)にとって、仲間を使い捨てにする、などというのは想像の埒外、決して許されざる恥ずべき行為だ。自然と誰もが色めき立つが、やはりアインズは骨の手を振ってこれを宥めた。

 

「おまえたちがこれを許せない、と考えるのはわかっている。他ならぬオレ自身も、(はらわた)が煮えくり返る所業であったことは事実だ……と思う。

 が、ユグドラシルには彼ら水晶の夜(クリスタルナイツ)に限らず、少なからずそういう(もの)たちは居たし、それはユグドラシルの自由度の中にあって、一つの戦略、戦術であるに過ぎず、必ずしも絶対的に間違ったものとは言えないのだ。」

 

 んん?と下僕(しもべ)たちからどよめきが起こる。

 皆、たちまちには至高の主が何を言わんとするのかが()せぬ様子。

 

 それでもアインズは語り続ける。

 

「きっとオレはおまえたちに、そんな連中にオレたちは決して負けない、と戦いに臨む都度言ったことだろう。それは事実だ。

 一方で、オレたちがそうであるがゆえに、連中が弄んだようなユグドラシル的戦略戦術自由度の一部を、言わずもがなに放棄している、ということもまた知っておかねばならん。悪貨は良貨を駆逐する、と言うが、オレたちがオレたちの美学に殉じるがゆえに、そういった美学を一切顧みない連中と対峙した際、それが思わぬ遅れを取ることにつながる場合もあり得る、ということを、今回の来訪者との戦いは(あかし)して余りある。」

 

 おぉ!と再びのどよめき。

 

「だが!」

 

 それを、強い逆接の断言でアインズは沈黙させた。

 

「それを承知の上で、オレは、決しておまえたちを捨て駒になどしないし、おまえたち一人ひとりが生き生きと(ほしいまま)に活躍することこそがオレの望むところであり、ただそれだけが我等がナザリック地下大墳墓が存続する唯一の理由なのだ、と宣言しておく。

 たとえそれが、続いて現れる来訪者との戦いにおいてオレたちに不利を強いることがあったとしても、これだけは決して譲ることが出来ない、オレ、大魔王アインズ・ウール・ゴウンの本懐なのだと知れ!」

 

「「「ははっ!

   全ては我等が至高の主の思し召しのままに!」」」

 

 下僕(しもべ)たちが声を揃えて復命する。

 なおもアインズは続ける。

 

「おまえたちはわかってくれていると思うが、敢えて言おう。

 水晶の夜(クリスタルナイツ)のNPCたちは、捨て駒にされることに迷わなかった。ユグドラシルNPCは、ギルドへの忠誠に縛られる存在であり、それ自体は責められることではない。そして、同様にユグドラシルNPCであるおまえたちにとっても、それは決して他人事ではなく、おまえたち自身も、ナザリックを、仲間を守るために己の生命(いのち)を捨てることに躊躇わない存在だ、とオレは知っている!」

 

 ダンッ、とアインズは己の膝を力強く打った。

 

 最早どよめきすら起きない。

 水を打ったような沈黙。

 

「でも……それでもオレは……おまえたちがそうであってくれることをこの上なくありがたく感じているオレだからこそ、おまえたちには決してそんなことはして欲しくないし、おまえたちにそうさせないためであれば、オレは喜んでナザリックの最前衛(トップアタッカー)であり続けるだろう。

 おまえたちには不本意かも知れないが、これはオレの……」

 

 ゴクリ、と誰もが息を呑んだ。

 

「オレの……我儘、として認めてくれ!」

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!

   死の支配者(オーバーロード)に栄光あれ!」」」

 

 再びの歓呼がアインズを包み込んだ。

 こんな演説をしても、自分自身を含めてどうせみな忘れ去ってしまうのだから意味などないのだ、ということをアインズは百も承知ではある。が、だからこそ、繰り返し、繰り返し、飽きもせず倦みもせず、この誓いを唱え続けていくことが必要だ。アインズはそう確信していた。

 ま、その一方で。

 

 オレ……超格好良(かっけ)ぇーーー!

 

 と悦に入っているのも事実なのではあるのだが。

 要するに、アインズはこれをするのが好きなのである。

 

 しばしアインズは、玉座から階下の、至高の主の覇気を受けて意気高々な下僕(しもべ)たちの様子を満足気に眺めていたのだが。

 

「それはさておき。

 デミウルゴス!」

 

「はっ!」

 

 不意にアインズは右腕(みぎうで)と頼む狡知の参謀の名を呼び、即座の応答を得た。

 

「捨て置いた問題に答えてもらおうか。」

 

「何の……ことで御座いますかな、アインズ様?

 不詳(わたくし)めは至高の御方のお考えなどわかろうはずもなし。」

 

 ニッ、とアインズの骨の口元が不敵な笑みを作った。

 

「とぼけるな、デミウルゴス。

 おまえ自身が、このような時節にそんな些末なことは捨て置いてよろしいのでは……と言った話だ。」

 

「……はて。

 恥ずかしながら(わたくし)の記憶容量は(みな)ほど余裕が御座いませんで。」

 

 よくもまぁ白々しいことを……。

 

 だが、今日のアインズはいつもとは一味(ひとあじ)違った。

 絶対にこれを聞き出さずにはおかない、と不屈を誓ってこの場に臨んだのだ。

 

 自身に絶対の忠誠を誓う、というか誓わざるを得ない存在に下問するのに不屈を誓わねばならない、という矛盾は、まぁ、この際どうでもいい。

 

「ではオレから問おう。よもや(みな)(つど)うこの場で、オレの(めい)に逆らう、などという失態を晒さないでくれよ。」

 

「ご、ご冗談を、アインズ様!」

 

 このやりとりに自然と他の下僕(しもべ)たちの胡乱な視線がデミウルゴスに集まった。

 

 そう、これこそがアインズが企んだ必勝の策だ!

 なぜ自分の部下と話すのに必勝の策が必要なのか、などという馬々鹿々しさは顧みるまいよ!

 

「どうやったんだ?」

 

「何を……で御座いましょう?」

 

「……オレが五年前、トブの森の連中とつるんで帰還事業ごっこをやっていたこと、その中にお気に入りの人間の娘……水晶の夜(クリスタルナイツ)のルーシェンが人質に取った娘があったこと、オレと娘が交わした会話をおまえが知っていたのは、何故だ?どうやった?」

 

 お気に入りの人間の娘、の下りでアルベドから何やら尋常ならぬ気配が発せられたことにもちろんアインズは気づいているが、これもこの際は無視だ。(あと)で<(めぇ)()く七日間>ならぬ<嗚呼(あぁ)(なまめ)く七日間>出血大奉仕(サービス)でも何でもやってやろうさ!

 

「……あぁ、そのことで御座いますか!」

 

 忘れてなんかないよな、デミウルゴス君。

 おまえが、オレがそれを気にしていて下問してくる可能性も読んで、その予習を欠かすはずがないもんな。

 

 それがおまえの命取りだぁ!

 

「アインズ様におかれては()うにお気づきのこととは存じますが……」

 

「それはいい。オレは、お・ま・え・の……言葉で聞きたい。

 答えてくれるよな、デミウルゴス?」

 

 そう言いながらアインズは身を乗り出し、骸骨頭を斜めに傾けて覗き込むようにデミウルゴスの方を見た。見られたデミウルゴスに動じる気配はなく、さらりと答えて曰く。

 

「ゴキブリ、で御座いますな。」

 

「……はぁ?」

 

 パカリ、と、これまた何度目かわからないがアインズの骨の口がパカリと開く。

 駄目だ、(こら)えろアインズ。ここでそうなるとデミウルゴスの思うツボだ!

 

「それは……今後禁止だと言わなかったか?言ったよなーーー!」

 

 もちろんアインズはそんなことはまったく憶えてはいないのだが、事前に予習した個人書付(メモ)にはそんな感じのことが書いてあったし、仮にそれがなかったとしても、自分がそんなことを許可しようはずもない。

 

 っつーか、何でオレがそんなことを認める必要がある!

 

 ここまで平静を装っていたアインズの声色が俄に色めき立つも、やはりデミウルゴスにそれを気にする様子はない。

 

(おっしゃ)いました。」

 

「じゃ、おかしいだろ、ソレ!」

 

 しかし、やはりデミウルゴスは顔色一つ変えることなくさらりと返す。

 

「この世界におるゴキブリは、恐怖公眷属のみでは御座いません。」

 

「!」

 

 アインズの目が点になる。

 

「当地天然のゴキブリは、もちろん知性など備えてはおりませんので<翻訳の神秘>を以てしても我らと意を通じることは叶いません。が、恐怖公眷属の中には、我々の言語による意思疎通(コミュニケーション)とはまったく異なる次元ではありますが、現地産のゴキブリとの間に、我らで申しますところの情誼にも似た関係を築く(もの)()るのですなぁ。」

 

 アルベド、シャルティア、シニョーラ・フィオーラ、フィオーラ、アウラ、ベラがこの話を聞きながら揃って顔を顰めるも、やはりデミウルゴスにそれを気にする様子はない。

 そして抜け抜けと、至高の主にこう問うた。

 

「御身が蜥蜴人(リザードマン)の集落で帰還事業作戦本部(ヘッドクォーター)としておられた小屋に、如何程の現地産ゴキブリが住まっておるか、ご承知でしょうか?」

 

ふぁーーーーーーー?

 

「その(もの)たちが、善意で以て恐怖公眷属に非言語意思疎通(コミュニケーション)にて、このような珍しいことがありましたぞな、と語ったことが、恐怖公を通じ、この(わたくし)めにも届く、とまぁ、このような次第で御座いまして、決して恐怖公眷属をして御身を覗き見たわけではないので御座います。」

 

 わかってはいたことだが……。

 こいつだけは、本当(ほんっと)に油断も隙もあったもんじゃねぇ!

 

「禁止だ!それも禁止だ!」

 

 駄々っ子のように喚く至高の主に、事も無げにデミウルゴスが言う。

 

「それは残念で御座います。」

 

「なーにが残念なものかァーーーーー!」

 

 いきり立つアインズに、デミウルゴスが搦手から切り返す。

 

「恐怖公眷属一千六百万といえど、全世界を普く監視するには人手……ゴキ()はいくらあっても足りることは御座いません。現地産ゴキブリとの良好な関係を利用してこれを補うことは、過酷な任に耐えておる恐怖公眷属の待遇改善にも資するもの、と恐怖公も喜んでおりましたが、御身がそれを禁止されるとなれば……」

 

 自分はナザリックの下僕(しもべ)を決して捨て駒になどしないのだ、と力強く宣言した直後にコレである。

 

「て、撤回だ!許可だ、許可!」

 

 最早アインズはしどろもどろ。

 

「流石はアインズ様!利害得失を速やかにご判断あっての方針転換、その変わり身は(わたくし)(ごと)き浅学不才の(もの)には到底真似できぬところで御座います。」

 

 これ、褒められてんのか?それとも馬鹿にされてるのか?

 というか、利害得失はもっともだが、何でその()にオレの私的生活(プライバシー)が含まれんだよ!

 

 今後オレは、現地産ゴキブリの壁に耳あり障子に目ありを気にして、絶望のオーラ全開で生活すべきなんだろうか。何処へ出かけるにしても、まずは範囲殲滅魔法を放ってそいつらを駆逐すべきなんだろうか。

 

 たかがゴキブリ相手に?

 無関係な現地住民まで巻き込んで?

 

 んなことするわきゃねーだろ!

 

「オ、オ、オ、オレに関することだけは……」

 

「それは承知いたしておりますが、如何(いかん)せん相手は天然のゴキブリ。至高の御方といえども他の存在と見分けがつくかは定かで御座いません。とまれ、恐怖公とその眷属を通じて善処はさせていただきます。」

 

 な、何じゃそりゃ?

 

 おまえの耳に届いた時点でオレに関する話だったら無視すりゃいい話じゃねーか!

 

 ……。

 

 それじゃ、手遅れだろーーー!

 

 感情抑制の神々しい緑色の光と、<絶望のオーラ>の紫色の光を交互に放ってペカペカと輝くアインズに、(つど)った下僕(しもべ)たちの生暖かい視線が注がれる。

 

 みんな楽しそうで何よりだ。

 オレはおまえたちを楽しませているか、それは結構だ、結構なことだ。

 

 そうだ、オレは下僕(しもべ)たちの前に立ち塞がってこれを常に守り続ける最前衛(アタッカー)だ。億劫(おっくう)に耐えつつナザリック地下大墳墓の永続を期す億劫(おくごう)死の支配者(オーバーロード)だ。

 

 すべての無理難題はオレが独り引き受ければ……

 引き受け続ければいいんだぁ、あはははははーーー……。

 

 アインズは考えるのを()めた。

 

 

                    *

 

 

 ルーシェンは考えるのを()めた。

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 今ので何度目だ?

 ……駄目だ、考えることを()めることが出来ない。

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 達成感……はなくもない。

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 我が創造主とて、よもやあの(もの)に勝てる、とは思ってはおられなかったことだろう。

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 自分は……。

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 永遠の三秒間に閉じ込められた自分は、疑いなくあの(もの)最大限の力(マックスパフォーマンス)を引き出し、それと対峙し、かくしてこうなったのだ。

 そこには満足している。

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 だが。

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 これは……余りに辛過(つらす)ぎる!

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 同僚(NPC)であろうが主君筋(プレイヤー)であろうが、すべてを目的のための手段とすることは、創造主が定めたもうたギルドの大方針であり、それに殉じたことに悔いはない。

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 むしろ、それを徹底したことを誇らしくすら思う。

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 そんな自分だからこそ……。

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 こんなことを口にする資格はない、とわかってはいる。

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 主命を果たすためとは言え、仲間を捨て駒にして憚らなかった自分が……。

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 ……誰に救済を求めることなど出来ようか!

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 だが。

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 自身、恥知らずにもほどがある、と憤慨しつつも。

 それでもルーシェンは、その言葉を発さずにはいられなかった。

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

「誰でもかまわないから……助けてください。」

 

 ゴーーーン!

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 ……?

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 何かが聴こえる?

 

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 ……?

 

 ゴーーーン!

 

 ……笑う何かが近づいて来る!

 そんなはずはない。ついに自分は、気が狂ってしまったのか?

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

「ハハハハハハッ!」

 

 ゴーーーン!

 

「誰かが困っていたら……」

 

 死、そして復活!

 

 ゴーーーン!

 

「助けるのは当たり前!」

 

 (せい)()(こう)(りん)

 

 ゴーーーン!

 

「<現断(リアリティスラッシュ)>!」

 

 ゴーーーン!

 

 何かが、ガバッ、と裂けるが如く(おぞ)ましくも耳障りな音が聴こえる。

 死、そして復活。

 

 ゴーーーン!

 

 突如としてルーシェンは熱い光に包まれ……。

 

 最早決して揺るがぬ安らぎを得る。

 

 

                    完

 

 




<次話予告>

「キミ……国家運営とか政治に興味あるかい?」

 水晶の夜(クリスタルナイツ)との闘争から二百余年。大災厄から復興しつつある大陸を舞台に新たな冒険の幕が上がる。

 億劫のオーバーロード新6話『神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の勃興』

「おい、ちょっと待て!
 今おまえ、何て言った?」

「あぁ。こうなることがわかっていたから話し(づら)かったんだ。」


年内吉日公開予定
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