億劫のオーバーロード   作:wash I/O

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連作(シリーズ)『神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国』三部作の冒頭1話全6回を、いつものように三日毎に連投します。表題からは思いもよらぬ奇想天外な物語をお楽しみあれかし。


新6話 神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国の勃興
1.安全保障(ナショナルセキュリティ)


「キミ……国家運営とか政治に興味あるかい?」

 

 口パカ。ペカペカ。

 

「ひとまず……お悔やみを言っておこうか。」

 

 ポカーン。首(ひね)

 

「……?

 いったい何の話をしてるんだい。」

 

(すべ)()か誰かが寝首を掻かれておっ()んで、その後釜にオレを求人(リクルート)しに来た……んじゃないのか?」

 

「誰も死んではいないけど、仮にそんなことがあったとして、ボクが評議国評議員にキミを薦めるだなんて、本気でそんなことを思うかい?」

 

「逆に、ツアーは本気でオレが国家だの政治だのに関心があると思うのか?」

 

「思うわけないだろ!」

 

 口パカ。ペカペカ。

 

「……言い出したのはオマエだぞ!」

 

 

                    *

 

 

 死者の率いるギルド、水晶の夜(クリスタルナイツ)との抗争から二百有余年。

 新たな来訪者(ユグドラシルプレイヤー)の気配を捉えることなく二度の<百年の揺り返し>を過ぎ越し、大陸は変わり映えのしない、それでありながら着実な変化を伴う日々を送っていた。

 

 大陸東部では、融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウフバッハ)からそれぞれ分家した村がいくつか生まれ、それぞれに原始共産制的な自治を維持しつつ、緩やかな連合を為していた。

 一歩先んじて拡大傾向を示した融水谷(ツィラータール)が範となり、それぞれの村が便宜上の統率者として歓呼を以て総統(フューラー)を推戴し、これに忠誠を誓う郷士(ランツクネヒト)が個人の手に余る仕事や、治安維持、防衛を担う体制が、それぞれに微細な差異を生じさせつつも概ね共有されている。

 これらの村々は、やはり融水谷(ツィラータール)が先鞭を切った整備事業によって復興された街道によって結ばれているが、それはかつてのバハルス帝国においてそうであったような、軍団の通行を前提とした石畳のそれではなく、最低限(みち)に迷わない程度の整地に(とど)められていた。

 これは、今なお語り継がれる大災厄<(めぇ)()く七日間>に際し、破壊が石畳の街道に沿って波及していった記憶から、そういった設備が本来的に人の(ぶん)を超えるものであり、同じ轍を踏むべきではない、との考え方が支配的であったことによる。同様の考え方から、新たに開拓された村は、かつての帝国都市のように平地の主要街道の結節点ではなく、融水谷(ツィラータール)塵の滝(シュタウフバッハ)同様に、そういった場所から谷間に分け()った盆地に陣取っている。

 融水谷(ツィラータール)の初代総統(フューラー)となったブライア・ペシュメルは、数え上げるのも馬々鹿々しくなるたくさんの子孫を残したが、彼自身もその子たちも権力、権威の世襲を望まなかった。一方で、新たな始祖となったブライアの生き様は全員、でこそないもののその子孫たちに自らの歩むべき道を指し示し、新たに誕生した村々の郷士(ランツクネヒト)には、ペシュメル姓を名乗る人材が多く見られた。

 

 一方の大陸西部では、やはり地形的に隔絶した場所を好んで分家村が増えていったのは東部同様でありつつも、政治体制については異なる様相を呈していた。

 二百余年前のいわゆる帰還事業の直後から、生き残りの村々はトブの大森林の森の民、なかんずくそれを率いる……率いていたわけでは決してないのだが……覇王、血塗れ将軍を自分たちの後ろ盾と見做し、これに年二度の付け届けを欠かさなくなったが、いつからか同時多発的に、この付け届けを取り仕切る一家が、自身を以て、覇王の権で任じられた村の領主であると称するようになった。

 血塗れの再来と謳われた覇王エンリネは、直接的にせよ間接的にせよまったく後継者を残さなかった。したがって、西部の村々はある時点から既に居もしない覇王に捧げ(もの)をし、それによって自分たちの所領が安堵されている、と思い込んでいたことになるが、そもそもこの考え方自体が森の民からすればまったく理解不能で、ただただ何か持って来るからには手ぶらでは帰せない、という対応を取り続けた森の民の方からは、このおかしな慣習を是正しようとする動きが生じるはずもなく、そもそも彼らはエンリネ存命の時分から、こいつらには何を言っても無駄だ、と諦めていた。

 

 だが、意外なことに。

 

 ここ五十年ほどをかけて、徐々にトブの大森林への付け届けは漸減傾向を示している。そもそも森の民はこれを期待していたわけではないので……これまた馬々鹿々しい話になるが、最盛期にあってはA村から届けられた品々がB村が持ち帰る返礼品になる、といったおかしなことが普通に起こっていた……誰もこれを問題視などしてはいない。

 二百年も経てば、人間はもちろんのこと、より長命な亜人たちも随分と顔触れが入れ替わってきて、どうして森の西からさまざまな贈り物が届くのか、その理由が既にわからなくなっている面々も決して少なくなかったのである。

 

 もちろん。

 

 これらの動向は、ナザリック地下大墳墓の知的生物動向調査担当にして狡知の最上位悪魔(アーチデヴィル)デミウルゴスは正しく把握しており、なんなら森の民自身が関心を(いだ)かなかった付け届けが減っていった理由が、南方(なんぽう)アベリオン丘陵方面から人間、亜人混成の新興勢力が北進を開始し、彼らが、実際には何もしない森の民に代わって新たな後ろ盾として大陸西部の村々から観念されるようになったことも理解されていた。

 が、これは極めてゆっくりと、大規模な会戦などを経るでもなく、自然に遷移していったため、デミウルゴス自身もさして深い関心を持つことはなく、むしろ、退屈なことこの上ない、と欠伸をしていたくらいのものであった。

 

 そんなある日の払暁。

 

 ナザリック地下大墳墓に、白金の傀儡(くぐつ)ツアーが前触れもなく突如として降り立ち、例によって始原の魔法(ワイルドマジック)で操られるところの傀儡をナザリック内に招き入れることは叶わないので、我等が大魔王アインズ・ウール・ゴウンは、一人でナザリック地上部へ出向いてこれを迎えた。

 はて、<百年の揺り返し>の時期でもないし、仮にその残党のようなものを見つけたのであれば、ツアーであればその地点から<お助け玉(レスキューボール)>でこちらを呼ぶはずだ。傀儡がやって来た、ということは、またぞろ居城を誰かに吹き飛ばされたわけでもなし、わざわざやって来るとは何事だろう、とアインズは訝しく思いつつも対面したのだが、ツアーは何やら本題を切り出しにくい様子でしばしモゴモゴしていた。

 いったい何をしに来たんだ、オレもそんなに暇じゃないんだが……いや、暇なんだが……とアインズが急かして、漸くツアーが口にした言葉が冒頭にみた、

 

「キミ……国家運営とか政治に興味あるかい?」

 

だった、ということになる。

 

「で……何なんだ?」

 

 無駄なやり取りを経て、改めてアインズはぶっきらぼうにそう問うたが、相変わらずツアーはモゴモゴと言葉を濁している。

 

「うーん、記憶の続かぬキミにどこから説明したら伝わるか悩ましいんだが。」

 

「わからんことがあれば都度訊くし、必要があればオレ自身でシズちゃんズに確認するから、とっとと本題に入ってくれ。」

 

 アインズにそう言われて、漸くツアーは語り始めた。

 

「ポリス・ウロヴァーナはわかるかい?」

 

「……」

 

「あー、まーいいよ。とにかく、大陸側にあってアーグランド評議国の傘下にある城塞都市がある。先の……大災厄に際しても、スヴェリアー・マイロンシルクが守り通して今なお健在な街だ。」

 

 大陸西部の北端、アーグランド評議国本体とは内海を挟んで向かい合うポリス・ウロヴァーナ、元の名をウロヴァーナ辺境伯国は、ナザリック転移歴100年代の初頭、突如として異種族、異階層間の言葉が通じなくなった異変<バベルの災厄>に際し、大混乱に陥ったものを収拾するため、ツアー自身が乗り込んでアーグランド評議国への編入をおこなった地域になる。

 ツアー自身にとって、国都リ・ウロヴァールの騒ぎは文字通り対岸の火事で何ら関心を(いだ)くところではなかったが、折しも評議国内で持ち回りで遷都される首都アクロポリスが当時は丁度対岸に当たる地域にあり、そこに(つど)っていた各ポリスの代議員(ロゴクラポス)たちは、自ら体験した言葉合い通じないがゆえの混乱を重く見て、白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツァインドルクス・ヴァイシオンに対岸ウロヴァーナ辺境伯国の実情見聞を依頼した。

 これを快諾した、と言うか、二代目傀儡の錬成に少なからず彼らの支援を受けて、その義理から快諾せざるを得なかったツアーは単身辺境伯国へ乗り込んだが、そこで彼を待っていたのは、彼の傀儡と色違い瓜二つの漆黒の甲冑姿で賊狩りを満喫するアインズだった。この時点で、辺境伯国の守旧派、急進派を含め覇を競ういずれの勢力も拮抗していて埒が()かない状態であることを理解していたツアーは、このまま捨て置けば遠からず全員アインズに皆殺しにされる、と判断し、以て同国をアーグランド評議国へ編入することで事態の収拾を図ったものである。

 ちなみに。評議国においてこういう話がツアーに持ち込まれがちなのは、(すべ)()、こと、スヴェリアー・マイロンシルクを筆頭に、他の竜王評議員たちが「そういうことはヴァイシオン卿に頼め、彼はそういうのが好きな妙な竜王だ」と常々吹聴しているからなのだが、この事実をツアーは知らない。

 

 もちろん、そういったことを何一つ憶えていないアインズは、しばしポカーンとした表情を浮かべていたが、

 

「まぁいい、とにかく街があるんだな。続けろ!」

 

と続きを促した。

 本当に聞く気があるんだろうか、と訝しく感じつつもツアーは続ける。

 

「今から話すのは、そこの代議員(ロゴクラポス)から持ち込まれた話だ。」

 

「いい度胸をしてるな。」

 

「……?」

 

「いや、虚花(うろばな)とかいうのは大陸の街なんだろ?

 そこの議員は人間だわな。おまえ相手に渡り合うとは見上げた度胸だな、と。」

 

 アインズは、結構本気で感心してそう言ったのだが。

 

「あー、ポリス・ウロヴァーナの代議員(ロゴクラポス)統治官(アルコーン)森妖精(エルフ)だ。」

 

「……なんで?」

 

「そこはキミが想像した通りだよ、もっとも、度胸云々ではなくて問題なのは寿命だ。最短でも十四年を費やすこの職務は短命な人間種には荷が重いようで、いつからか彼らはトブの森に採用担当(リクルーター)を派遣して、人品卑しからぬ森妖精(エルフ)を破格の待遇で招いてこれに当てるようになった。」

 

 先に国家運営や政治になど興味はない、と切って捨てたアインズも、流石にこの話には呆れざるを得ない。

 そんな適当な塩梅で大丈夫なのか、おまえの国は?

 

代議員(ロゴクラポス)統治官(アルコーン)はポリスの主要種族たるべし、なんて決まりがあるわけじゃないし、これは彼らのみならず、本国でも短命種族のポリスではしばしば見られることで、むしろ、ボクがそれを示唆したわけでもないのに自ら同じところに辿り着いた彼らに感心しているくらいさ。」

 

 まぁ、親分衆(ドラゴンロード)がそのノリだから……大丈夫なんだろうな、おまえらは。それで。

 

「むしろ森妖精(エルフ)が来てくれた方がこちらとしてもありがたい。人間種はせっかちで、一ヶ月も寝過ごせば大騒ぎになるからね。」

 

 それはおまえが悪い!

 

「特に只今の事実上の代議員(ロゴクラポス)の筆頭を務める男はなかなかユニークだ。大鬼(オーガ)との混血(ハーフ)で、森妖精(エルフ)なのに戦斧(バトルアックス)を得意とする変わり種で……」

「待て待て!」

 

「……ん?」

 

「いや、何と言うか、その……話がどんどん()れていってないか?」

 

「あぁ!すまない。

 どうにもアインズを前にするとキミの調子(ペース)に引きずられて……。」

 

 ……オレのせい?

 違うだろ!

 

「とにかく彼が二ヶ月ほど前にボクのところを訪ねて来て言うには、だ。」

 

 曰く、ポリス・ウロヴァーナに南方から人間、亜人混成の武装集団およそ百名がやって来て、通商を求めたのだとか。通商、と言えば聞こえはいいが、実際の要求は事実上のみかじめ料にほかならず、現地の統治官(アルコーン)たちは、自分たちは竜王(ドラゴンロード)の庇護下にある者で、通商を開くに吝かではないが、貴公らの求める貢納に応じる要は覚えない、と突き返したらしい。

 これに対して武装集団は、それなりに屈強な連中で相応の訓練も受けた統率された軍団には見えたそうだが、流石に百名ほどで城塞都市を落とせるはずもなく、しばらく城外で示威行動(デモンストレーション)を繰り返した後に撤収したらしいが、立ち去り際に剣呑な捨て台詞を残したのだと言う。

 これが急使(クーリエ)に託されて内海を渡り、本国首都(アクロポリス)に詰めている代議員(ロゴクラポス)に伝わって、件の混血森妖精(ハーフエルフ)がツアーを訪ねた、という次第。

 

「滅多にあることじゃないから、あぁそういえばそうだったな、と思い出したんだが、評議国においては対外的な防衛は竜王(ドラゴンロード)の専権、ということになっているので、統治官(アルコーン)たちの判断は間違ってはいない。」

 

 ……おまえの国の民が憐れになってきたよ。

 

「ところが、その武装集団の捨て台詞というのが神聖……帝国に楯突いてタダで済むと思うな、というもので。」

 

 ツアーは肝心な部分で言葉を濁したのだが、もちろんアインズはこれを聞き逃しはしなかった。

 

「おい、ちょっと待て!

 今おまえ、何て言った?」

 

 俄にアインズが色めき立つ。

 何なら骸骨頭の眼窩が真っ赤にギラギラと光り(かがやい)ている。

 

「あぁ。こうなることがわかっていたから話し(づら)かったんだ。」

 

「それはいいから。

 もう一度、そいつらが何と名乗ったか言え。」

 

「……神聖。」

 

「その(あと)、だ!」

 

「ボクに当たらないでくれよ。

 その(もの)たちはこう言ったそうだ。

 

 神聖……アインズ・ウール・ゴウン帝国、に楯突いてタダで済むと思うな。

 

 とね。」

 

 口パカパカ!

 ペカペカペカペカ!

 

「立ち去って行った連中は(みな)が口々にそう言ったらしい。」

 

「……」

 

「これを聞いて、よもや、とは思ったけれども、ボクがノコノコ出掛けて行って、万が一キミと鉢合わせたらお互いどんな顔をしたらいいかわからなくなるだろうから、事前に事情を聞いておこうか、と立ち寄らせてもらった……というわけさ。」

 

「……」

 

「その様子だと、心当たりはないんだね?」

 

「ない!

 が……それがオレの無罪証明(アリバイ)にならんことはおまえも承知の通りだ。」

 

 そこが面倒なんだよ、とツアーは思うも口にはしない。

 が、その思いは傀儡のいかにも呆れかえった姿勢(ポーズ)でダダ漏れだ。

 

「……デミウルゴス、かな?」

 

と、先に言いだしたのはツアーだ。

 

「まぁ、オレが何かやって忘れてるのでなければ、他に可能性はないわな。

 さりとて、おまえか!と訊いて素直に答える奴でもないから……あぁ、面倒臭い。

 

 しかし、だな。

 それが、えーっと、二ヶ月前の話だ、と言ったか?

 だとしたら、そろそろそいつらはまた虚花(うろばな)に来てるんじゃないのか?」

 

「あぁ、そろそろかな、と。」

 

「何やってたんだ?」

 

「?」

 

「いや、二ヶ月もおまえは何やってたんだ、と訊いてるんだが。」

 

「……どう考えても面倒臭い話になりそうだから不貞寝してた。

 さりとて無視するわけにもいかないのでこうして重い腰を上げた、というわけだ。」

 

 はぁーーー。

 どいつもこいつも……。

 

 何でオレがこいつにこんなことを言わねばならんのだ!

 

「ともかく、いくら考えてもオレたちがそんなしょーもないことをするとは思えんから、とりあえずおまえはその街に行ってやれ。十中八九オレは関係ないから、好きなように殲滅してもらって結構だ。」

 

「……」

 

「……あぁ、わかってる!

 よもやない、とは思うが、手に余るようなら<お助け玉(レスキューボール)>で呼んでもらえれば、オレかシャルティアかセバスあたりが駆け付ける。それで文句ないだろ!」

 

「何なら今から代わりに行ってくれて」

「馬鹿言え!それはおまえの仕事だろ!

 虚花(うろばな)の連中も、突然現れた骸骨姿の化け物が城外で暴れ出したらそっちの方にドン()くに決まってんだろーが!」

 

「……それもそうだね。

 あぁ、やはり持つべきものは頼りになる友だな。」

 

 おまえ、本当にそう思って言ってるか?

 

「あ、それからアインズ。」

 

 まだ何かあるのか!

 

「ポリス・ウロヴァーナ、だ。」

 

 知るか、そんなもん!

 聞いても忘れるわ!

 

 

                    *

 

 

 同じ日の午前、ポリス・ウロヴァーナ領南端の、当地の住民たちが三匹の山羊の池(レタン・オ・トロアシェーヴル)と呼ぶ、直径1キロほどの池が東西に三つ連なった湖沼の畔に白金(プラチナ)の傀儡の姿があった。

 

 殊更説明するまでもないが、この池は、<(めぇ)()く七日間>に際し、熟睡していたツアーに代わって可愛い可愛い黒い子山羊ちゃんたちを迎え撃った、ツアーが比較的話の分かる同僚、アインズが(すべ)()、と呼ぶところの青空の竜王(ブルースカイドラゴンロード)スヴェリアー・マイロンシルクが、物騒な子山羊ちゃんをさらに物騒極まりない<始原の魔法(ワイルドマジック)>で吹き飛ばした際に生じた火口(クレーター)に水が溜まったものである。

 南からポリス・ウロヴァーナを襲う軍勢が押し寄せるとして、水の手に困らないこの場所が陣を張るには最適であろう、と考えてまずここに立ち寄ったものだが、軍勢そのものは当然として、そういったものが直近に通過した形跡もまったくなく、また、彼の超常的な索敵能力を以てしても、南から何かが押し寄せて来る気配は感じられなかった。

 

 あぁ、いささか短絡的だったか。

 

 独り()ちたツアーは、まぁ、とりたてて(あせ)る話でもなかろう……というか、そもそもノリ気でないことも手伝って、飛べば一瞬であるにもかかわらず、降り注ぐ陽光の中をポリス・ウロヴァーナ、その中心地であり統治官(アルコーン)たちの在所となる城塞都市リ・ウロヴァールを目指してポテポテと走り始めた。

 件の池の周囲は低木ばかりの荒れ野だったが、小一刻も駆けてポリス・ウロヴァーナの領内に入れば、見渡すばかりの麦畑がツアーを出迎えた。

 

 あぁ、いいなぁ、こういうの。

 

 もっとも、彼が「いいな」と思っているのは、このふかふかの緑の絨毯の上に自身の本体で陽光を浴びながらごろりと寝そべったらさぞ気持ちよかろう、などと妄想しているからなのだが、仮に思いのままにそれをやったとて咎められる者などあろうはずもないのに、彼は敢えてそれをやろう、とは思わない。そんな恥ずかしい真似ができるはずがない。ツアーは、とにもかくにもそういう存在なのである。

 麦畑の中には農作業を営む人間が少なからずあって、時折、堂々たる体躯と背に二本の両手剣(グレートソード)を背負って駆け足で小道を進むツアーの姿に気づいてギョッとした視線を送ってくるが、それが何者であるかに気づく者はないようだ。当地の一般庶民は今なお自身の暮らす地を、辺境伯領、と呼び習わしており、自分たちがアーグランド評議国の竜王(ドラゴンロード)の庇護下にあることについては必ずしも自覚がない。

 

 日が暮れる頃には城塞都市リ・ウロヴァールへ至り、ツアーはそのまま政庁が置かれているかつての辺境伯城館(じょうかん)へ向かった。

 領土防衛を竜王(ドラゴンロード)に丸投げしているとは言え、最低限の治安維持のため、あるいは、それは昔からそういうものだ、という思い込みもあって、城にはいくらかの守備兵がある。ツアーは、ぽかん、とした様子で身動き一つとれない兵たちに、片手を挙げて「ご苦労さん」と声を掛けつつ城の奥へ、奥へと進んで行った。

 最奥の広間に辿り着いてみれば、当所、そこにあった三人の森妖精(エルフ)城兵(じょうへい)よろしく、何事か?とぽかんとした様子であったが、その中でも最も年嵩の男が、

 

「よもやご足労をいただけるとは!

 厚く御礼(おんれい)を申し上げます、ヴァイシオン卿。」

 

と跪礼を以てツアーを迎えたので、残る二人も大慌てでこれに倣った。

 

「あぁ、シュトックハウゼンだね、お久しぶり。元気そうでなによりだ。」

 

 年嵩の森妖精(エルフ)代議員(ロゴクラポス)の経験者で、評議員としてのツアー本体に面識がある。

 他二人の森妖精(エルフ)はそれぞれ初めてと二期目の統治官(アルコーン)の任期半ばで、この(かた)が噂に聞いた白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)か、と目を丸くしているが、その視線を向けられているツアーとしては、この姿くらいで驚いていたら将来ボクの()()と対面したときに衝撃(ショック)死するよ、などと思っている。

 

「こちらの作法がわからぬのはボクも同様で、先程から随分な兵士諸君を驚かせてしまったようだ。キミたちも、火急のときでもあることだし、無礼講で頼む。」

 

 ツアーは気さくにそう言って、若い森妖精(エルフ)をより一層驚かせたが、シュトックハウゼンはツアーがこういう性格だ、ということは承知しているので、素直にこれに従って立ち上がり、日頃政務の協議がおこなわれる席へツアーを導いた。

 

「エルキュルハウゼンから大凡(おおよそ)のところは聞いて来たが、キミたちから直接事情を訊くべきだろう、と思ってね。」

 

 エルキュルハウゼン、というのは、只今は首都(アクロポリス)に詰めている代議員(ロゴクラポス)で、世にも珍しい大鬼(オーガ)との混血森妖精(ハーフエルフ)、サミュエルソン・エルキュルハウゼンのことである。

 

 原則論としては評議国の各ポリスの統治官(アルコーン)定員三名は等しく同等の権を有する、とされており、序列を生じさせぬべく協議の席は円卓になっていて上下(かみしも)は定められていない。一方で、種族としての森妖精(エルフ)は存外長幼の序を重んじるので、自然とシュトックハウゼンが奥手の席へと進み、ツアーは壁際にあった予備の椅子を適当に引っ張って来て、円卓から離れた位置にひょいと置き、そこに足を組んで座った。

 ツアーの傀儡は立ち(はな)しであっても構わないのだが、そうすると統治官(アルコーン)たちが自分を憚って身の置き所に困ってしまうことがわからぬほど、ツアーは阿呆ではない。

 

「では、(わたくし)から掻い摘んで改めてご説明を。」

 

 と、語ったのはやはりシュトックハウゼンだ。

 

 南からやって来た人間、亜人の混成集団約百名が、彼らへの定期的な貢納を求めて城外で示威行動(デモンストレーション)をおこなった、という話の筋は、既にツアーがエルキュルハウゼンから聞いていたものと大きな差はなかった。

 加わった仔細としては、その集団を構成していたのが、人間種、豚鬼(オーク)山羊人(バフォルク)獣身四足獣(ゾーオスティア)から成っていたことで、その顔触れから、彼らが遥か南方、アベリオン丘陵からやって来たのは間違いないだろう、とシュトックハウゼンは告げ、その点についてはツアーにも異論はなかった。

 さらには、エルキュルハウゼンは伝聞を通じて、訓練の行き届いた軍隊、とこれをツアーに伝えていたが、確かに銘々が勝手に行動して略奪に走る、といったことは皆無で統制は行き届いていたものの、必ずしも一様でない軍装や、待機状態にあるときに直立不動が叶わず、雑談に興じながらウロウロした(さま)などを通して、シュトックハウゼンは、アレは指揮官に率いられた軍隊、というよりは親分に付き従う愚連隊のような感じだった、と述べ、若い統治官(アルコーン)たちもこれに同意して見せた。

 ツアーの感性としては、その両者に何か差があるの?という気がしないでもないものの、その背後に何者があるのかを考えるとき、確かにそこは重要なところかも知れない、と考えている。

 

 そう!

 背後にある者、それが問題だ。

 

「で。

 彼等は自らを、神聖……」

 

「はい、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と称しておりました。」

 

 あぁ、聞きたくない音韻だ!

 

「ヴァイシオン卿がお訪ねくださるまでの間、古文書の(たぐい)を漁ってはみましたが、アインズ・ウール・ゴウンなる名についての知見は今のところ何も見出されてはおりません。」

 

 そもそも、トブの大森林に暮らした森妖精(エルフ)がリ・ウロヴァール有志からの招聘に少なからず応じて来たのは、当地が遠い昔に滅び去ったリ・エスティーゼ王国の時代から多くの災いを生き延びて来た古都であり、自由都市群の大学が収蔵品諸共に灰燼に()した今日(こんにち)にあっては、大陸西部の歴史的文献を所蔵する唯一の地であったからだ。

 もちろんそれらが真に高い価値を有するものであったか、と問えば、ナザリックの碩学にして博覧強記のタブラ・スマラグディナが弄んだそれの大半が荒唐無稽な戯言(たわごと)で埋め尽くされていたのと同様に、玉石混淆で石の方が絶対多数ではあったのだが、それであっても、そういった蔵書を自由に扱える権は、森妖精(エルフ)にとっては何に増しても魅力的だったのである。

 

 もっとも。

 そこにアインズ・ウール・ゴウンの名を探しても、何も見つかろうはずもない。

 

「そりゃそうだよね。」

 

 対するツアーは、彼にとっても意味不明なこの音韻が、かのギルドの前身となるクラン、九人の自殺点(ナインズ・オウン・ゴール)を元ネタとした言葉遊び(アナグラム)であることをアインズから聞き及んでいるので、自然とこういう言葉が漏れたのだが、

 

「……ヴァイシオン卿には何かお心当たりがおありなのですか?」

 

と問われて、

 

「いやいやいや!

 そ、そんなはず……ないだろう?」

 

と慌てて統治官(アルコーン)たちが(いだ)いた疑念を打ち消す羽目になった。

 

「で、連中はやって来たのかい?

 三匹の山羊の池(レタン・オ・トロアシェーヴル)の辺りは様子を見てきたのだけれど、軍勢やら何やらの気配はなかったように思う。」

 

 半ば彼らの関心をそこから()らすべく、ツアーは自身の偵察の結果を告げたが、シュトックハウゼンは、

 

「最初の訪問以降は梨の(つぶて)です。

 こうしてヴァイシオン卿のわざわざの僥倖を賜りましたのに、その甲斐も御座いません。」

 

と頭を下げたので、ツアーは傀儡の篭手(こて)をひらひらと振って、いや気にしなくていいから、好きでやってることだから、と取り繕う。

 

 ツアーはその振った手を自身の胸の前に立てて、握った(こぶし)に傀儡の兜の顎を乗せた。

 この所作はツアー自身にとっては何の意味もなく、また、当人はほとんど無意識のうちにやっているものではあるが、人間、亜人との付き合いを通して身につけた、今、ちょっと熟考しているから少し待ってね、と相手に伝える(サイン)のようなものになっている。

 

 妙だな、とツアーは考えていた。

 軍勢の往復に二ヶ月程度は要するだろう、と考えた自身の判断に間違いはない、と思いつつも、今の時点で何の兆候も見られないのはおかしい。そもそも、脅迫者たちが本気でポリス・ウロヴァーナからの貢納を得るつもりであるのならば、示威は矢継ぎ早でないとその意味を失ってしまう。

 無論、あちらにはあちらの事情があって進発が遅れている、ということなのかも知れないが、しばし当地に(とど)まって様子を見るのは当然としても、どうにも今回の一件は単純に版図拡大を狙った人間、亜人勢力がある、というだけの話ではないのかも知れない。

 

 あるいはアインズが先手を講じてくれたのだろうか?

 んなわけないか!

 

「ともかく。」

 

と、ツアーは顎を(こぶし)から上げて統治官(アルコーン)たちの方へと視線を向けた。

 

「キミたちには迷惑かも知れないが、念のためしばらくボクはここに逗留させてもらおう。」

 

「「「迷惑だなんてとんでもない!」」」

 

 言われた側は大慌てで(かぶり)を振った。

 そもそも、元よりツアーのことをよく知るシュトックハウゼンは、ツアーが食事などを必要としておらず<始原の魔法(ワイルドマジック)>で操る傀儡に対しては何の饗応も無意味であることを承知していて、こちらが余計な気遣いなど不要だと割り切りさえすれば、一騎当千のその存在は有り難いことこそあれ迷惑な要素など皆無だ、と考えている。

 

「明朝から、で構わないのだけれど、折角だからこの際ポリス・ウロヴァーナを視察して回りたい。万が一に際しての防衛にも役立とうし。誰か付き合ってくれるかい?」

 

「それは(わたくし)が。今回が卿との初対面となる二人には荷が(おも)う御座いましょう。」

 

 珍しく勤勉な姿勢を示したツアーにシュトックハウゼンが応じ、この緊急討議は散会となった。

 森妖精(エルフ)たちは城館内に充てがわれた銘々の居室に戻り、ツアーは「別にボクはそういうの要らないから」と謝絶して、そのまま大広間に(とど)まった。

 

 この時点では。

 

 決して愚鈍でなくむしろ博識聡明な森妖精(エルフ)たちも、その上に君臨する白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)ツアーにしても、よもや脅迫者たちが貢納強要をあろうことか他所(よそ)と掛け持ちしていて、先にもう一方へと立ち寄っているがために当地に姿を現さないのだ、などということに思い至るはずもなく、彼らがそちらで撃退されてしまい(つい)にリ・ウロヴァールへの再訪が果たされないなどということを予期出来ようはずもなかった。

 

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