1.
「キミ……国家運営とか政治に興味あるかい?」
口パカ。ペカペカ。
「ひとまず……お悔やみを言っておこうか。」
ポカーン。首
「……?
いったい何の話をしてるんだい。」
「
「誰も死んではいないけど、仮にそんなことがあったとして、ボクが評議国評議員にキミを薦めるだなんて、本気でそんなことを思うかい?」
「逆に、ツアーは本気でオレが国家だの政治だのに関心があると思うのか?」
「思うわけないだろ!」
口パカ。ペカペカ。
「……言い出したのはオマエだぞ!」
*
死者の率いるギルド、
新たな
大陸東部では、
一歩先んじて拡大傾向を示した
これらの村々は、やはり
これは、今なお語り継がれる大災厄<
一方の大陸西部では、やはり地形的に隔絶した場所を好んで分家村が増えていったのは東部同様でありつつも、政治体制については異なる様相を呈していた。
二百余年前のいわゆる帰還事業の直後から、生き残りの村々はトブの大森林の森の民、なかんずくそれを率いる……率いていたわけでは決してないのだが……覇王、血塗れ将軍を自分たちの後ろ盾と見做し、これに年二度の付け届けを欠かさなくなったが、いつからか同時多発的に、この付け届けを取り仕切る一家が、自身を以て、覇王の権で任じられた村の領主であると称するようになった。
血塗れの再来と謳われた覇王エンリネは、直接的にせよ間接的にせよまったく後継者を残さなかった。したがって、西部の村々はある時点から既に居もしない覇王に捧げ
だが、意外なことに。
ここ五十年ほどをかけて、徐々にトブの大森林への付け届けは漸減傾向を示している。そもそも森の民はこれを期待していたわけではないので……これまた馬々鹿々しい話になるが、最盛期にあってはA村から届けられた品々がB村が持ち帰る返礼品になる、といったおかしなことが普通に起こっていた……誰もこれを問題視などしてはいない。
二百年も経てば、人間はもちろんのこと、より長命な亜人たちも随分と顔触れが入れ替わってきて、どうして森の西からさまざまな贈り物が届くのか、その理由が既にわからなくなっている面々も決して少なくなかったのである。
もちろん。
これらの動向は、ナザリック地下大墳墓の知的生物動向調査担当にして狡知の
が、これは極めてゆっくりと、大規模な会戦などを経るでもなく、自然に遷移していったため、デミウルゴス自身もさして深い関心を持つことはなく、むしろ、退屈なことこの上ない、と欠伸をしていたくらいのものであった。
そんなある日の払暁。
ナザリック地下大墳墓に、白金の
はて、<百年の揺り返し>の時期でもないし、仮にその残党のようなものを見つけたのであれば、ツアーであればその地点から<
いったい何をしに来たんだ、オレもそんなに暇じゃないんだが……いや、暇なんだが……とアインズが急かして、漸くツアーが口にした言葉が冒頭にみた、
「キミ……国家運営とか政治に興味あるかい?」
だった、ということになる。
「で……何なんだ?」
無駄なやり取りを経て、改めてアインズはぶっきらぼうにそう問うたが、相変わらずツアーはモゴモゴと言葉を濁している。
「うーん、記憶の続かぬキミにどこから説明したら伝わるか悩ましいんだが。」
「わからんことがあれば都度訊くし、必要があればオレ自身でシズちゃんズに確認するから、とっとと本題に入ってくれ。」
アインズにそう言われて、漸くツアーは語り始めた。
「ポリス・ウロヴァーナはわかるかい?」
「……」
「あー、まーいいよ。とにかく、大陸側にあってアーグランド評議国の傘下にある城塞都市がある。先の……大災厄に際しても、スヴェリアー・マイロンシルクが守り通して今なお健在な街だ。」
大陸西部の北端、アーグランド評議国本体とは内海を挟んで向かい合うポリス・ウロヴァーナ、元の名をウロヴァーナ辺境伯国は、ナザリック転移歴100年代の初頭、突如として異種族、異階層間の言葉が通じなくなった異変<バベルの災厄>に際し、大混乱に陥ったものを収拾するため、ツアー自身が乗り込んでアーグランド評議国への編入をおこなった地域になる。
ツアー自身にとって、国都リ・ウロヴァールの騒ぎは文字通り対岸の火事で何ら関心を
これを快諾した、と言うか、二代目傀儡の錬成に少なからず彼らの支援を受けて、その義理から快諾せざるを得なかったツアーは単身辺境伯国へ乗り込んだが、そこで彼を待っていたのは、彼の傀儡と色違い瓜二つの漆黒の甲冑姿で賊狩りを満喫するアインズだった。この時点で、辺境伯国の守旧派、急進派を含め覇を競ういずれの勢力も拮抗していて埒が
ちなみに。評議国においてこういう話がツアーに持ち込まれがちなのは、
もちろん、そういったことを何一つ憶えていないアインズは、しばしポカーンとした表情を浮かべていたが、
「まぁいい、とにかく街があるんだな。続けろ!」
と続きを促した。
本当に聞く気があるんだろうか、と訝しく感じつつもツアーは続ける。
「今から話すのは、そこの
「いい度胸をしてるな。」
「……?」
「いや、
そこの議員は人間だわな。おまえ相手に渡り合うとは見上げた度胸だな、と。」
アインズは、結構本気で感心してそう言ったのだが。
「あー、ポリス・ウロヴァーナの
「……なんで?」
「そこはキミが想像した通りだよ、もっとも、度胸云々ではなくて問題なのは寿命だ。最短でも十四年を費やすこの職務は短命な人間種には荷が重いようで、いつからか彼らはトブの森に
先に国家運営や政治になど興味はない、と切って捨てたアインズも、流石にこの話には呆れざるを得ない。
そんな適当な塩梅で大丈夫なのか、おまえの国は?
「
まぁ、
「むしろ
それはおまえが悪い!
「特に只今の事実上の
「待て待て!」
「……ん?」
「いや、何と言うか、その……話がどんどん
「あぁ!すまない。
どうにもアインズを前にするとキミの
……オレのせい?
違うだろ!
「とにかく彼が二ヶ月ほど前にボクのところを訪ねて来て言うには、だ。」
曰く、ポリス・ウロヴァーナに南方から人間、亜人混成の武装集団およそ百名がやって来て、通商を求めたのだとか。通商、と言えば聞こえはいいが、実際の要求は事実上のみかじめ料にほかならず、現地の
これに対して武装集団は、それなりに屈強な連中で相応の訓練も受けた統率された軍団には見えたそうだが、流石に百名ほどで城塞都市を落とせるはずもなく、しばらく城外で
これが
「滅多にあることじゃないから、あぁそういえばそうだったな、と思い出したんだが、評議国においては対外的な防衛は
……おまえの国の民が憐れになってきたよ。
「ところが、その武装集団の捨て台詞というのが神聖……帝国に楯突いてタダで済むと思うな、というもので。」
ツアーは肝心な部分で言葉を濁したのだが、もちろんアインズはこれを聞き逃しはしなかった。
「おい、ちょっと待て!
今おまえ、何て言った?」
俄にアインズが色めき立つ。
何なら骸骨頭の眼窩が真っ赤にギラギラと光り
「あぁ。こうなることがわかっていたから話し
「それはいいから。
もう一度、そいつらが何と名乗ったか言え。」
「……神聖。」
「その
「ボクに当たらないでくれよ。
その
神聖……アインズ・ウール・ゴウン帝国、に楯突いてタダで済むと思うな。
とね。」
口パカパカ!
ペカペカペカペカ!
「立ち去って行った連中は
「……」
「これを聞いて、よもや、とは思ったけれども、ボクがノコノコ出掛けて行って、万が一キミと鉢合わせたらお互いどんな顔をしたらいいかわからなくなるだろうから、事前に事情を聞いておこうか、と立ち寄らせてもらった……というわけさ。」
「……」
「その様子だと、心当たりはないんだね?」
「ない!
が……それがオレの
そこが面倒なんだよ、とツアーは思うも口にはしない。
が、その思いは傀儡のいかにも呆れかえった
「……デミウルゴス、かな?」
と、先に言いだしたのはツアーだ。
「まぁ、オレが何かやって忘れてるのでなければ、他に可能性はないわな。
さりとて、おまえか!と訊いて素直に答える奴でもないから……あぁ、面倒臭い。
しかし、だな。
それが、えーっと、二ヶ月前の話だ、と言ったか?
だとしたら、そろそろそいつらはまた
「あぁ、そろそろかな、と。」
「何やってたんだ?」
「?」
「いや、二ヶ月もおまえは何やってたんだ、と訊いてるんだが。」
「……どう考えても面倒臭い話になりそうだから不貞寝してた。
さりとて無視するわけにもいかないのでこうして重い腰を上げた、というわけだ。」
はぁーーー。
どいつもこいつも……。
何でオレがこいつにこんなことを言わねばならんのだ!
「ともかく、いくら考えてもオレたちがそんなしょーもないことをするとは思えんから、とりあえずおまえはその街に行ってやれ。十中八九オレは関係ないから、好きなように殲滅してもらって結構だ。」
「……」
「……あぁ、わかってる!
よもやない、とは思うが、手に余るようなら<
「何なら今から代わりに行ってくれて」
「馬鹿言え!それはおまえの仕事だろ!
「……それもそうだね。
あぁ、やはり持つべきものは頼りになる友だな。」
おまえ、本当にそう思って言ってるか?
「あ、それからアインズ。」
まだ何かあるのか!
「ポリス・ウロヴァーナ、だ。」
知るか、そんなもん!
聞いても忘れるわ!
*
同じ日の午前、ポリス・ウロヴァーナ領南端の、当地の住民たちが
殊更説明するまでもないが、この池は、<
南からポリス・ウロヴァーナを襲う軍勢が押し寄せるとして、水の手に困らないこの場所が陣を張るには最適であろう、と考えてまずここに立ち寄ったものだが、軍勢そのものは当然として、そういったものが直近に通過した形跡もまったくなく、また、彼の超常的な索敵能力を以てしても、南から何かが押し寄せて来る気配は感じられなかった。
あぁ、いささか短絡的だったか。
独り
件の池の周囲は低木ばかりの荒れ野だったが、小一刻も駆けてポリス・ウロヴァーナの領内に入れば、見渡すばかりの麦畑がツアーを出迎えた。
あぁ、いいなぁ、こういうの。
もっとも、彼が「いいな」と思っているのは、このふかふかの緑の絨毯の上に自身の本体で陽光を浴びながらごろりと寝そべったらさぞ気持ちよかろう、などと妄想しているからなのだが、仮に思いのままにそれをやったとて咎められる者などあろうはずもないのに、彼は敢えてそれをやろう、とは思わない。そんな恥ずかしい真似ができるはずがない。ツアーは、とにもかくにもそういう存在なのである。
麦畑の中には農作業を営む人間が少なからずあって、時折、堂々たる体躯と背に二本の
日が暮れる頃には城塞都市リ・ウロヴァールへ至り、ツアーはそのまま政庁が置かれているかつての辺境伯
領土防衛を
最奥の広間に辿り着いてみれば、当所、そこにあった三人の
「よもやご足労をいただけるとは!
厚く
と跪礼を以てツアーを迎えたので、残る二人も大慌てでこれに倣った。
「あぁ、シュトックハウゼンだね、お久しぶり。元気そうでなによりだ。」
年嵩の
他二人の
「こちらの作法がわからぬのはボクも同様で、先程から随分な兵士諸君を驚かせてしまったようだ。キミたちも、火急のときでもあることだし、無礼講で頼む。」
ツアーは気さくにそう言って、若い
「エルキュルハウゼンから
エルキュルハウゼン、というのは、只今は
原則論としては評議国の各ポリスの
ツアーの傀儡は立ち
「では、
と、語ったのはやはりシュトックハウゼンだ。
南からやって来た人間、亜人の混成集団約百名が、彼らへの定期的な貢納を求めて城外で
加わった仔細としては、その集団を構成していたのが、人間種、
さらには、エルキュルハウゼンは伝聞を通じて、訓練の行き届いた軍隊、とこれをツアーに伝えていたが、確かに銘々が勝手に行動して略奪に走る、といったことは皆無で統制は行き届いていたものの、必ずしも一様でない軍装や、待機状態にあるときに直立不動が叶わず、雑談に興じながらウロウロした
ツアーの感性としては、その両者に何か差があるの?という気がしないでもないものの、その背後に何者があるのかを考えるとき、確かにそこは重要なところかも知れない、と考えている。
そう!
背後にある者、それが問題だ。
「で。
彼等は自らを、神聖……」
「はい、神聖アインズ・ウール・ゴウン帝国、と称しておりました。」
あぁ、聞きたくない音韻だ!
「ヴァイシオン卿がお訪ねくださるまでの間、古文書の
そもそも、トブの大森林に暮らした
もちろんそれらが真に高い価値を有するものであったか、と問えば、ナザリックの碩学にして博覧強記のタブラ・スマラグディナが弄んだそれの大半が荒唐無稽な
もっとも。
そこにアインズ・ウール・ゴウンの名を探しても、何も見つかろうはずもない。
「そりゃそうだよね。」
対するツアーは、彼にとっても意味不明なこの音韻が、かのギルドの前身となるクラン、
「……ヴァイシオン卿には何かお心当たりがおありなのですか?」
と問われて、
「いやいやいや!
そ、そんなはず……ないだろう?」
と慌てて
「で、連中はやって来たのかい?
半ば彼らの関心をそこから
「最初の訪問以降は梨の
こうしてヴァイシオン卿のわざわざの僥倖を賜りましたのに、その甲斐も御座いません。」
と頭を下げたので、ツアーは傀儡の
ツアーはその振った手を自身の胸の前に立てて、握った
この所作はツアー自身にとっては何の意味もなく、また、当人はほとんど無意識のうちにやっているものではあるが、人間、亜人との付き合いを通して身につけた、今、ちょっと熟考しているから少し待ってね、と相手に伝える
妙だな、とツアーは考えていた。
軍勢の往復に二ヶ月程度は要するだろう、と考えた自身の判断に間違いはない、と思いつつも、今の時点で何の兆候も見られないのはおかしい。そもそも、脅迫者たちが本気でポリス・ウロヴァーナからの貢納を得るつもりであるのならば、示威は矢継ぎ早でないとその意味を失ってしまう。
無論、あちらにはあちらの事情があって進発が遅れている、ということなのかも知れないが、しばし当地に
あるいはアインズが先手を講じてくれたのだろうか?
んなわけないか!
「ともかく。」
と、ツアーは顎を
「キミたちには迷惑かも知れないが、念のためしばらくボクはここに逗留させてもらおう。」
「「「迷惑だなんてとんでもない!」」」
言われた側は大慌てで
そもそも、元よりツアーのことをよく知るシュトックハウゼンは、ツアーが食事などを必要としておらず<
「明朝から、で構わないのだけれど、折角だからこの際ポリス・ウロヴァーナを視察して回りたい。万が一に際しての防衛にも役立とうし。誰か付き合ってくれるかい?」
「それは
珍しく勤勉な姿勢を示したツアーにシュトックハウゼンが応じ、この緊急討議は散会となった。
この時点では。
決して愚鈍でなくむしろ博識聡明な